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カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作晶解釈

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Academic year: 2022

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(1)63. カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作品解釈. カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作晶解釈. 落. 合. 桃. 子. はじめに. カスパー・ダヴィット・フリードリヒ(Caspar. David. Friedrich,1774−1840)《人生の諸段. 階》(図1)は画家晩年の代表作として知られている。夕焼けのおだやかな空のもと、前景に広. がる浜辺の上に、5人の人物が描かれている。一番左には、後ろ姿で杖をっいた白髪の老人が描 かれている。少し離れた所に、フロックコートにシルクハットを被った紳士がこちらを向いて立っ. ている。その左手は・浜辺の上の子供たちを指差している。少年はスウェーデンの旗を高く掲げ、. その隣には少女の姿も見える。右側では、婦人が右手で子供たちを指差しながら、彼らを見守る. ように横たわっている。後景に広がる海には、5隻の船が見えている。画面中央には帆をゆるめ. 図1. 《人生の諸階段》1835年頃、カンヴァス、油彩、73x94cm,Leipzig,Museum. der. bildenden. KOnste,BS411.

(2) 64. た大きな帆船、岸辺近くに2艘の小舟が描かれている。遠くには2隻の大きな帆船が、かすかに 小さく見えている。. 本作品は故郷グライフスヴァルトにある画家の弟ヨハン・ハインリヒ(Joham. Heinrich. Friedrich,1777−1844)の家(Markt10)に受け継がれていた1。本作品に関する同時代資料や 展覧会に出品された記録はいっさい残されていない。制作年代にっいて近年では1835年頃とする のが定説となっており2、本稿もこの説に従って議論を進めていく。. 本作品についてはこれまでさまざまな解釈がなされてきた。グラットマンは5人の人物を・少 年期・成熟期・老年期を表す「人生の諸段階」と見なした3。ベルシュ・ズーパンはフリードリ ヒの家族と結びっけて解釈し、ハインリヒと見なされる紳士の身ぷりが、画家の死後、子供たち. の面倒を見ることを約束していると述べる4。しかしながら、グラットマンの説ではスウェーデ ンの旗にっいて一切触れられていない。画家の最愛の妻カロリーネが描かれていない点、2人の 子供は当時11歳の長男グスタフ・アドルフ(Gustav. アーデルハイド(Agnes. Ado1f,1824−1889)と12歳の次女アグネス・. Ade1heid,1823−1889)と見なすには幼すぎるように見える点で、ズー. パンの解釈にも疑問が残る。. 一方、本作品の政治的な意味を指摘したものに、アイマーとメルカーの研究がある。両者はと もにスウェーデンの旗に着目し、アイマーは画家のスウェーデンに対する忠誠心と提え;、メル. カーは自由な農民の国と見なされていた北方の象徴と解した6。しかし、アイマーの見解では人 物の説明が一切なされておらず、メルカーの説では人物に言及されているものの、人物の意味が 軽視されている。近年、ヴォーガンとホフマンによって政治的に解釈されたが、これらの説はア イマーの見解を超え出るものではない7。. 以上のように本作品にっいては、「人生の諸段階」を中心的主題と見なす見解と、スウェーデ. ンの旗に着目した政治的意味解釈の、主に2通りの解釈がなされてきた。しかし、人物を重視し た前者の解釈では政治的なものに触れられておらず、一方、後者の解釈では人物の意味が十分に 説明されていない。. 本稿ではまず、作品の画面構図を考察した上で、スウェーデンの旗の意味について考える。そ. して、重要なモチーフである5人の人物と5隻の船にも画家の政治的な意図が読み取れる可能性 を指摘し、本作品の新たな政治的な意味解釈を提示する。. 1.三角形の岸辺 《人生の諸段階》は、人物や船など、過去のデッサンや油彩画に描かれていたモチーフの組み 合わせによって構成されている8。したがって、個々のモチーフと同様、作品全体の構図もまた、. 解釈の重要な手掛かりとなるだろう。本節では画面手前に描かれた三角形のモチーフに着目し、 フリードリヒの他作品との比較を通じて、本作品に込められた画家の意図を探っていく。.

(3) カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作品解釈. 65. 図2仙の風景》1804−05年、紙、セピア、12x18 cm,W6imar,Goethe. 図3仙上の十字架(テッチェン祭壇画〕》180フー08年、カンヴァス、油 彩、115xl1O.5cm,Dresden,G6maldegalerie. Neue. Melster.BS167. 図4. Nationalmuseum.BS122. 《バルト海の十字架》1815年、カンヴァス、油彩、. 45×33.5cm,Berlin,Schloss. Charlottenburg,BS215. 本作品の画面手前に描かれた岸辺は、ゆるやかな三角形となっている(図1)。岸辺にはスウェー. デンの旗を高く掲げた少年と少女が描かれ・彼らを取り囲むように・紳士と婦人・老人が位置し ている。. フリードリヒの作品には、画面手前を占めるこうした三角形のモチーフがしばしば登場する。. 初期のセピァ画《山の風景》(図2)の画面下部は小高い三角形の丘となっている。丘の頂点に は十字架が立てられている。初期作品に見られるこうした三角形は、フリードリヒ作品を特徴づ. けるモチーフヘと発展していく。今日・代表作と言われる《山上の十字架(テッチェン祭壇 画)》(図3)や《バルト海の十字架》(図4)にも、画面手前に大きな三角形の岩が描かれ、そ の上に十字架が立てられているヨ。後年の作品、例えば《山中の十字架》(1820年頃、ゴータ宮美. 術館、BS308)にも同様の構図を見出すことができる。このようにフリードリヒの手法において は、画面手前に描かれた三角形がしばしば、十字架を載せる台座としての役割を果たしている。 《人生の諸段階》の画面手前に描かれた三角形の岸辺にも、十字架を担う台座としての意味が込.

(4) 66. 図5. 《人生の諸階段》部分. 図6. 《リーゼンゲピルゲの朝》部分、1810−11年、カンヴァ 図7 《秋》部分、1826年頃、紙、セビア・鉛筆、19.1x ス、油彩、108x170cm,Berlin,Nationalgalerie,BS190 27.5cm,Hamburg.Hamburger Kunstha1le,BS431. められていると想定することができるのである。. この解釈の裏付けとして、3っの点を指摘する。まず、旗を持った少年と少女の姿に着目した い(図5)。少年は右手でスウェーデンの旗を高く掲げているが・左手は地面につけたままであ る。一方、少女は少年の肩にやさしく左手を掛けながら、右手でスウェーデンの旗を指さしてい る。よく見ると、少女の手のほうがスウェーデンの旗のより近くに位置しているのがわかる。. こうした少年と少女あるいは男女の姿は、フリードリヒの他作品にも見出すことができる。 《リーゼンゲビルゲの朝》(図6)には、白い服を着た女性が、岩をよじ登ろうとする男性を十 字架へと引き上げている姿が描かれている加。セピア画連作《人生の諸段階》中の《秋》(図7). では、十字架の立てられた岩山の高みを指さす女性が、山には見向きもせず前へ進もうとする男 性の手を握っている。このようにフリードリヒ作晶には、十字架へと男性を導こうとする女性の. 姿が登場する。《人生の諸段階》に描かれた少女もまた、スウェーデンの旗に描かれた十字架へ と、少年を導くのである。.

(5) 67. カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作品解釈. 図8. 《森の中の十字架》1820年頃、カンヴァス、油 彩、42x32cm,Stuttgaけ,Staatsgalerie,BS450. 図9. 《山の中の十字架》1811−12年、カンヴァス、油彩、. 44.5x37.4cm,DOsseldoイ,Kunstmuseum,BS201. 次に、画面中央の大きな帆船に目を向けたい。ここで注目すべきは、この帆船がスウェーデン の旗の延長上に位置していることである(図1)。. フリードリヒ作品では前景に・後景の意味を暗示するモチーフが描き込まれることがあ孔《山. の風景》(図2)では画面手前に十字架が立てられ、背景には雪をかぷった山頂が見えている。 タ方のこうした高山は「此岸を超越する不変のものの象徴」、「永遠の光の高貴な象徴」と見なさ れていた. 。前景の十字架が、後景の岩山の意味を暗示しているのである。《森の中の十字架》. (図8)では画面中央の十字架に対応するように・空に十字形が浮かび上がり・《山の中の十字架. 》(図9)にはキリスト像が架けられた十字架を反映するように、背景にゴシック教会が描かれ ている。十字架と空に浮かぶ十字形、十字架とゴシック教会はそれぞれ、意味の上で重なり合っ. ているのである。それでは、《人生の諸段階》はどうなっているだろうか。スウェーデンの旗に は黄色い十字架が描かれている。一方、帆船のマストは十字架を想起させ. !、帆を降ろした船は. しばしばキリスト教徒の希望の表現と見なされる1ヨ。前景に描かれたスウェーデンの旗が、その. 延長上に位置する大きな帆船の意味を暗示していると考えることができるのである。. 最後に、本作品に描かれている時が夕方であることを指摘しておきたい。フリードリヒの詩 「夕(Der. Abend)」(1803年)では、夕方の光が信仰や愛と結びっけられている. {。絵画作品で. も同様、十字架の描かれた作品の多くはタ刻に場面が設定されている(図2、図3、図4) 夕刻は宗教的な心情と深く結びっいているのである. 5。. 直。. 以上のように考えるならば、本作品に「岩の上の十字架」と同様の構図が隠されていることが.

(6) 68. 明らかになる。フリードリヒはこうした構図を用いることによって、風景の中に宗教的な心情を 表現したのである。. 2.スウェーデンの旗 しかし本作品では三角形の岸辺の頂点に・十字架ではなく・スウェーデンの旗が描かれている (図1)。この旗にっいて、ベルシュ・ズーパンはスウェーデン王の名を持つ長男グスタフ・アド. ルフの名前をほのめかしていると言い17、アイマーは過去を回顧する意味でのスウェーデンヘの. 忠誠心と解している. ㌔故郷グライフスヴァルトは1815年・画家41歳の時までスウェーデン領で. あった凹。. ここで考えるべきは、本作品が描かれた1835年頃、スウェーデンあるいはグスタフ・アドルフ. ヘの忠誠心がどのような意味を持っていたのか、ということであ孔1830年代は自由を求める市 民の動きが高まった時代であった。メルカーは旗を、自由な農民の国と見なされていた北方の国々. の象徴と見なし・ここに政治的意味を読み取っている㌔スウェーデンの旗の解釈として・本稿 ではメルカー一の説を支持したい釦。. 本作品に描かれている老人は丈の長いコートに縁なしで幅の広い帽子を身に着けてい孔この 服装は・アルントが『風習・流行・服装にっいて』で規定したドイツの国民服で塊・解放戦争後・. ドイツ連邦の保守化に抵抗する政治的立場を示すものと見なされていた㌔実際・フリードリヒ が若い頃から政治に強い関心を抱いていたことはよく知られている24。自由主義的な政治思想を もった人々、例えばアルント(Emst. Moritz. Arndt,1769−1860)やライマー(Georg. Andreas. Reimer,1776−1842)、シュライエルマッハー(FriedrichSch1eiermacher,1768−1834)らと交 流していた里5。そうした人々の聞で、「北方」は自由の地、救済としての地と見なされていたので. ある船。スウェーデンの旗を「自由な農民の国」であった北方の象徴と見なすメルカーの論は妥 当であると考えられる。. さらに指摘したいのは、本作品では画面手前の三角形の頂点に十字架に代わって、スウェーデ. ンの旗が位置していることであ孔このことは・スウェーデンあるいはグスタフ・アドルフヘの 共感がプロテスタンティズムに基づいていることを示している折。事実、三十年戦争で新教側に. っいて戦ったグスタフ・アドルフ2世の名前を持っスウェーデン王グスタフ・アドルフ4世は、 ドイツのプロテスタントの人々の支持を得ていた里昌。《山上の十字架(テッチェン祭壇画)》(図3). は当初、グスタフ・アドルフ4世に献納するっもりで描かれていたとも言われている鴉。また、. グスタフ・アドルフ4世は1809年に失脚するが、王に対する人気は衰えることはなかっが。フ リードリヒは、1824年に生まれた長男にグスタフ・アドルフという名前をつけており、1830年に. 描かれた作品(現存せず、BS380)は、「かの偉大な英雄王グスタフ・アドルフの思い出に捧げ られた」と批評されている茗1。アルントも1839年に『グスタフ3世、グスタフ4世下のスウェー.

(7) カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作品解釈. 69. デンの歴史』を書いている茗2。このように考えるならば、画家のスウェーデンヘの共感は自由主. 義的な政治的思想と深い結びっきにあり、それはプロテスタンティズムに基づいていたと言うこ とができる。. 3.5人の人物と5隻の船 それでは、岸辺の上に描かれている5人の人物と5隻の船は、どのように解釈することができ るだろうか。アイマーやメルカーによる従来の政治的意味解釈では、人物と船の意味にっいて十. 分な説明がなされていない鴉。本節では、人物と船にも、画家の政治的意図が読み取れる可能性 を示す。. 注目すべきは、5人の人物がスウェーデンの旗を軸にして描かれており、しかも、画面中央を 境にして男女が左右に分けて配置されていることである(図10)。画面左では、後ろ姿の老人に 向かって、紳士は目配せをし、その左手で少年を指さしている。老年・紳士・少年という家系を 受け継ぐ3世代の男性が描かれているのである。一方画面右には、紳士と少年に対応するように、. 婦人と少女が配置されている。身ぷりを着目するならば、老人と紳士が立ち、少年が大切な旗を. 掲げているのに対して、婦人と少女は姿勢を低くしている。また、紳士は上から手を差し出して いるが、婦人は下からの手を差し述べている別。. 男女のモチーフは、1826年頃に描かれたセピア画連作による《人生の諸段階》(1826年頃、図11) にも描き込まれている。《春》には少年と少女、《夏》には木陰で抱き合う若い男女、《秋》には武. 装した兵士と女性、《冬》には墓を掘る老年期の男女、《洞窟の骸骨》には白骨化した2人の骸骨 が描かれ、最後のセピア画《礼拝する天使》では2人は天使となって、雲の上で大きな翼を広げて. いる。地球の生成から消滅に至る、いわば宇宙的な時問の流れの中に、一組の男女の生が描き込 まれているのである昌5。. このように・「人生の諸段階」をテーマとした作品に男女のモチーフが描かれるようになった. 図10《人生の諸階段》部分.

(8) 70. 図11《夜明けの海》《春》《夏》《秋》《冬》 《洞窟の骸骨》《ネL拝する天使》1826年頃、. 紙、セピア・鉛筆、Hamburg,トlamburg6r Kunsthal16,BS338−340,. 431−434. 理由として、1つにはフリードリヒ自身の結婚が考えられる。1818年、フリードリヒ43歳の時に、. 当時25歳のカロリーネ・ボマーと結婚している。しかし個人的な事情だけでなく、当時の社会的 な状況にもその理由を求めることもできるのではないか。. そこで、《人生の諸段階》の人物の配置にっいて、アルントの『風習、流行、服装について』. に手掛かりにして検討する。アルントはフリードリヒと同じポンメルン地方のリューゲン島出身 で、グライフスヴァルト大学で神学を学んでいる。フリードリヒは若い頃にすでにグライフスヴァ. ルトでアルントと知り合っており、ドイッ解放戦争期の1813年の春、2人はドレスデンで再会し ている髄。本書はドイツの国民服を規定した本として、フリードリヒ研究でもしばしば言及され てきた帥。しかし、先行研究では服装の具体的な描写に関して触れられるのみで、こうした国民 服が人々のあり方にどのような影響を及ぼしたかにっいては述べられていないのである。 アルントが国民服を提案した背景には・「ドイッ」という国家意識の高まりがあった。「ドイツ. 民族の徳にとってまず最も重要なのは、内面的にはドイッの言語であり、外面的にはドイツの服 装である。(中略)かって我々は独自の服装をしていた。この200年の間、他の民族の服装を猿真. 似してきたのである。開」そして、服装の重要性にっいて次のように述べる。「これ〔服装〕は風 習や生活の点で、最も重要なことだと私には思われる。我々が民族として遺憾ながら失ってしまっ た独自性と堅実さを取り戻すための、大きな進歩なのだ。服装が人々〔Leute〕を作るというが、 服装が人間〔Menschen〕を作る、と言いたい。茗9」服装が風習の点で重要だと考えられており、. 服装を通じて民族としての独自性を取り戻そうという意図を伺うことができる。こうした提案は.

(9) カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作品解釈. 71. とりわけ婦人や結婚前の娘たちに向かってなされたものであった。「こうした提案を私は、統治. 者に対して述べているのではない。国民のより優れた男性、そして何よりも婦人や娘たちに提案 しているのである。(中略)愛こそが彼女たちの存在であり、愛は彼女たちの人生の始まりであ り終わりである。そして、愛はただ、風習が確立しているところに根付くのである。珊」風習が確. 立されているところにこそ愛が根付くと述べられている。では、愛が重視されたのはいったいな. ぜだろうか。「男性たちは、外でしっかりとより男性らしく振舞い、家ではやさしく情愛深い存 在にな孔女性たちよ、君たちは社会を見守る者であり、子供たちの母親だ。将来、祖国を助け、 祖国のために戦う子供たちを導き、教育するのだ。君たち自身の幸福は君たちの手によってなさ れたものだが、未来の幸福もまた、しかりである。4. 」愛が強調されたのは、愛で結ばれた男女、. 彼らが作りあげる家族こそが、将来祖国のために戦うべき、次の世代を育てるからである。人□. が国家にとっていわば富となった時代に、何よりも次世代を育てるための男女・家族が大きな意 味を持っようになるのは当然のことと言えるだろう42。. 《人生の諸段階》では、スウェーデンの旗を掲げる少年と少女が岸辺の頂点に位置しており、. 彼らを取り囲むように、画面左に紳士が立ち、右には手を差し伸べる婦人が描かれている。彼ら こそが、将来の祖国を担う少年と少女を育て上げるのである。っまり、こうした人物の配置には、. 解放戦争後に強まった男女の役割・家族観が反映されていると考えられる。画家の政治的希望は、 こうした男女・家族のあり方に支えられて成り立っのである。. そして背景に浮かぷ5隻の舟も、人物と結びっけて解釈することができる蝸。5隻の船も人物 と同様、スウェーデンの旗へ向かって進んでいる(図1)。グラットマンやベルシュ・ズーパン をはじめ多くの先行研究では、中央の大きな帆船が老人に、遠くを航行する2隻の帆船が紳士と. 婦人に、2艘の小舟が子どもたちに対応すると見なされている如。またメルカーは、舟と人物は 同格でないと主張している45。本稿では、船の種類に着目し、3隻の帆船が画面左の男性たち、 2艘の小舟が画面右の女性たちであると考える。. 図12徹会の見える冬風景)1811年、カンヴァス、油彩、33x45cm、 Doけmund.Museum. fur. Kunst. und. l(ulturgeschichte,BS194. 図13《氷の海》1823−24年、カンヴァス、油彩、96.7x 126.9cm,Hamburg,Hamburger. Kunsthalle,BS311.

(10) 72. フリードリヒ作品ではしばしば・画面の対角線上に沿って・前景と後景に対応するモチーフが 配置される。《教会の見える冬風景》(図12)では、十字架を囲んで生い茂るもみの木と空に浮か ぷゴシック教会が、《氷の海》(図13)においては、画面中央の巨大な氷山と背景に見える氷の塊. が・ほぼ相似形になっている。《人生の諸段階》では・画面左に老人・紳士・少年の3世代の男. 性が描かれ、一方、背景には3隻の帆船が描かれている(図1)。人物も帆船も、3っのうち画 面左のものが一番大きく、画面右が一番小さい。老人は他の2人から少し離れて立っているが、. 一番左の大きな帆船もまた、後景に浮かぷ2隻から少し離れている。さらに、老人に対応する船 は、岸に戻って帆をゆるめているが、紳士と少年にあたる船は、遠くを航行している。大きさと. 配置、そして意味の上で、3人の人物と3隻の帆船は一致するのである。このように考えると、. 手前の2艘の小舟が婦人と少女にあたる。3隻の帆船はかなたの海まで航行し、2艘の小舟は入 江近くを見守っている。小舟がスウェーデンの旗のより近くに位置している。先に考察した人物 の役割を、船にも読み取ることができるのである。. おわりに 本作品には、r岩の上の十字架」と同様の構図が隠されている。岸辺の頂点に描かれているス ウェーデンの旗は、プロテスタンティズムに基づく画家の政治的希望と解することができる。こ. のスウェーデンの旗を軸にして、5人の人物と5隻の船が配置されている。岸辺の左側に家系を. 受け継ぐ3世代の男性が、右側には彼らを支える婦人と少女が描かれている。5隻の船について は舟の種類に着目し、3隻の帆船が男性たちに、岸辺近くの2艘の小舟が女性たちに対応する可 能性を示した。こうした人物と船の配置には、解放戦争以降に強まった国家意識が規定する男女・. 家族のあり方を読み取ることができる。画家の政治的な希望は・こうした男女・家族観のもとに 実現されるのである。. 本作品はフリードリヒ晩年の作であり、画家の生家を受け継いだ甥の家に伝えられてきた。本 作品を通じて画家は、故郷グライフスヴァルトの子孫たちに自らの希望を託した。本作品は市民 的家族観に支えられた、画家の政治的意思表明なのである。政治的希望という1っの物語へ向かっ. て、世代を超えて歩み続ける人間の姿を一あるいはわれわれ自身の姿を一、本作品に見出すこと ができる。. 註 1. 画家の弟の義理の娘ヨハンナ・フリードリヒ(Johanna. Friedrich)によって1905年に所在が確認され、. 1931年よりライプティヒ造形美術館の所蔵となっている。Ausst.一Kat.,γ㎝〃cαs. Orαπαcんb主8Cαsραr. 」DαU〃Fr{εdricん:〃鵬8阯肌∂εr況〃επdεπKヵπ8亡2Lε卓ρ2砲;Leipzig1994,S−256−. 2. Helmut. B6rsch−Supan,0α8ραr刀ω〃〃{εか三cん,M加chen1973;1990. ,S.172一.

(11) 73. カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作品解釈. 3. Erwin. Gradman,. Caspar. David. Friedrich:《Die. Frθ阯πdεsgα6ε2〃ηz60.Gε6α所s亡αgリoπ1〔. 4. Helmut. B6rsch−Supan,. Caspar. David. Lebensstufen》,. H…rscゐ加1dα肌10ル崎r21962,Zurich. Friedrich. s. Landscapes. 〃α8α2主πεCXIV.September(1972),pp,629−630;He1mut 0α8ραr 438;. 5. Dα〃ルfε伽cかGε榊δ〃ε,D川c触rα助泌阯πd. B6rsch−Supan,a,a.O.,1973;1990. Gerhard. Frankfurt. Eimer,0α卯αF. am. 丁加α亡εr. with. απd. Wか冶〃cん冶ε屹. 1962,S.108−114.. Self−Portraits,. B6rsch−Supan. und. Kari. B阯r伽g亡oπ. WilheIm. J色hnig,. b〃㎜δβ{gεZθ肋π口πgεπ,Munchen1973,S.. ,S.172−173.. Dω〃ル三εdrあゐ.λ阯gεαπd. Zαπゐcんα払Zωgη{8sε加B〃Uπ6Wor亡,. Main1974,S.75−77.アイマーはこの旗が1815年以降のスウェーデンにおいて公式には認. められていなかったと指摘している。 6. Peter. Marker,Gε8c〃cん施α18Wα亡αrjひη亡2rs砒cん砒πgεπzαr亙肋ωた為〃πg8リor8fε〃阯πgろεi0αsραr. 〃iθか肋,Kie11974,S.183−188;Peter. M射ker,. Zum. geschichtlicher. Verh互1tnis. von. Naturbe駆iff. und. Caspar. David. Friedrich. Steuung,. zur. in:Berthold. Zeit. der. Dαリ〃. Restauration,. Hinz(Hg、).Bかgε〃c加. 月ωo〃亡{oπ阯πd月o㎜α航挽=1Vα伽rαπ∂Gε8ε〃scんαμ6ε三0α理αr1)ω〃Fr{εか三cゐ,GieBen1976,S,48−51.. 7. Wi11iam. Germany,. Vaughan,. Correcting. in:Andrew. Hemin駅ay. Friderich(Friedrich):Nature. and. 1859.Cambridge1998,p.224;Werner. William. and. Society. in. Vaughan(eds.),ルHπBo〃g20js. Post−Napo1eonic. S㏄{物,1790−. Hofmam,008ραr1)ω〃F肋洲cか〃α亡〃ω圭r棚c脇θ比阯πd. K阯π8肋α伽尻ε北,Munchen2000,S.15.. 8. 本作品のモチーフが描かれた過去のデッサンや油彩画にっいては、B6rsch−Supan. und. J身hnig,a.a.O.,S.. 438参照。. 9. グリュッターは1815年までに描かれた4点の油彩画を取り上げて・ピラミッド型の岩が宗教的モチーフを 担う台座になっていると指摘している。Tina. Gr砒ter,〃ε1απc危o伽. 〃舳g閉πd=〃εBεdε阯肋〃8幽s. Gεs滅π8bε{0㏄ραr1)α〃州ε伽cん,Ber1in1986.S.125−140.しかし、こうしたモチーフは後年の作品 にも見られるものである。. 10. ランクハイトは本作品にっいて・愛する人が神へと導くというシュライエルマッハーの思想との一致を. 指摘している。K王aus. Lankheit,. Casp趾Dav三d. Friedrich. und. der. Neuprotestantismus,. 1乃εr士εηαんrsscんrぴ亡∫竈r五北2rα亡αrωjss2πscんα1ε阯π∂Gεjs士εsgε8cん{c危亡224. 11. GotthiIf. Heinrich. Schubert,λπsjc肋επリoπ伽r. Wαc枇sε肋幽r. 1)ω亡sc加. (1950),S.138.. Wα肋rωi88ε閉cんψt,Dresden1808,S.. 306.(邦訳G・H・シューペルト(鈴木潔訳)「自然科学の夜の面第12・13講」『ドイツ・ロマン派全集第20. 巻太古の夢革命の夢自然論・国家論集』国書刊行会・1992年・56頁。). 12《窓辺の婦人》(1822年、ベルリン国立美術館、BS293)に描かれた窓枠の十字形もまた、象徴的に解釈さ れている。B6rsch−Supan,a,a.O.,1973;1990. ,S.134.. 13停泊申の船が希望の寓意になる例を、17世紀オランダのエンブレムに見出すことができると言う。『朝日 美術館. 西洋編4. フリードリヒ」朝日新聞杜、1996年、87頁。.

(12) 74. 14Si釦d. Hinz(H&),0㏄ραF. Dαリ〃Fhεdr肋肋Bガψπαπ∂Bεゐεππ肋ゐ舵π,Minchen1974,S,77,. 15「岩の上の十字架」と夕焼けとの結びっきにっいては・大原まゆみ「カスパー・ダヴィット・フリードリ ヒ画rテッツェン祭壇画』考」『美術史』第117巻第1号(1985)、20−21頁参照。. 16現在を表すとされる夕暮れは、よりよき未来を待ち望む時刻とも解され乱ゲルトルート・フィーゲ(松 下ゆう子訳)『カスパー・ダヴィット・フリードリヒ』パルコ出版、1994年、114頁。 17. B6rsch−Supan. 18. Eimer,a.a.O.,S.75−77.. 19. und. Jahnig,a.a.O.,S.438,. フリードリヒが自らを半分スウェーデン人と見なしていたと・スウェーデン人の詩人アットゥルブンは書. き残している。PerDanielAmadeusAtterboom,ん伽肋η凹πgεπ肋εrbεr疵危械〃ω亡8c加Mδππεrαπd 肋雌ππε6・亡肋・εε・j㎜ε川πg・πσ鵬D例亡・・〃απd阯π〃励・πω・伽Jα伽επ18作181aOb・…t・t von. Fr㎜z. 20M射ker,a. 21. Maurer,Ber1in1867,S.92,Abdruck. bei. B6rsch−Supan. und. J独nig,a.a.O.,S.155−. a.O.,S.185.. ラウトマンもメルカーの解釈を支持している。ぺ一ター・ラウトマン(長谷川美子訳)『フリードリヒ. 《氷海》』三元社、2000年、69−70貢。. 22Emst 23. Moritz. Amdt,晩εr8批島〃o此uπd. K1ε三d四πg鮒αc肱Frankfurt. am. Main1814,S.51−52.. JensChristianJensen,0α8pαrDαリ〃Frfεか{c加工晩απdWorん,NewYork1981,pp−128−130;ヴィ. ルヘルム・フォン・キューゲルゲン(伊原元治・大沢章・田中耕太郎・植野勲訳)『一老人の幼時の追憶』 (下)岩波文庫、1988年、146−152頁。後にこの服装は、美術アカデミーをはじめ、公的な場所での着用が禁 止された。Karl−Ludwig. Hoch,0αsραr1〕α〃片肋F圭cかα桃幽α㎜tεDoゐ阯肌2肋sε加εs. Zεb2πs,. Dresden1985,S.93−95.しかしフリードリヒはこうした服装の人物を作品に描き続けている。 24《古き英雄の墓碑》(1812年・ハンブルク美術館・BS205)や《森の中の猟奇兵》(1814年、個人蔵・BS206). などの愛国的な作品を描いてい私戦没者記念碑の構想図も数多く制作してい乱G.F.H趾tlaub. David. Friedrich. und. die. Denkmals−Romantik. (1916),S.201−212;Hans. Joachim. der. Freiheitskriege,. Caspar. Zε{士sc加沸∫かb〃επ幽Kαπs亡27. Kluge,0αsραr1)ω〃ル{ε介{cか亙η肋泣がε∫伽Grα6㎜捌εr阯πd. D2πゐ㎜δ1ε乙Berlin1993.. 25KarレLudwig. Hoch,. verfo−g1ユng,. 26. Kaエl. He三nz. Casp趾David. Fhedrich,Emst. Moritz. Amdt. und. die. sogenamte. Demagogen−. 。Pαπ肋ωπ44(1986),S.72−75;Hooh.a.a.O一,1985,S−86−92.. Bohrer,1)εr吻肋os. UoπNor伽π:8亡阯励επ刎r. ro㎜απ桃c加πGθ8c肋c肋sρrop加ε三島K61n. 1961,S.116−122;M虹ker,a.a.O.,1974,S.175.. 27ベルシュ・ズーパンによって示唆されている。B6rsch−Supan. und. J銚nig,a.a.O.,S.13.本作品はこの. ことを図像的に裏づげている。. 28アルントが『時代の精神』(1806年)中でグスタフ・アドルフに言及していることが指摘されている。 Donat. de. Chapeaurouge,. Bemerkungen. zu. Caspar. David. Fried!richs. Tetschener. A1tar,. Pαπ肋εoπ39.

(13) 75. カスパー・ダヴィット・フリードリヒ《人生の諸段階》の作品解釈. (1981),S−51;Gerhard. Eimer,Zαr1〕三α1ε脇冶d2sαωb2㎜bε三0αspαr1〕αリ〃ル三εか主仇Fr圭mkfurt. am. M出n1982,S.106, 29. Eva. Reitharo帖und. Wemer. Sumowsk三,. Beitr直ge. zu. Caspar. David. Fr三edrich,. Pαπ肋εoπ35. (1977),S.44−47.なお本作品に関しては、大原まゆみ、前掲論文並びに松下ゆう子「C・D・フリードリヒ. 〈山の十字架(テッチェンの祭壇画)>の成立事情」『文学研究科紀要』(早稲田大学大学院文学研究科)別 冊第12集、文学・芸術学編(1985年)、179−190頁に詳しい。 30. Eimer.a.a.O.,1974,S.117−118.. 31. K趾1August. Bδttiger,. 1830,S−68,Abdruck. Fdedrich. 32Emst. und. Kunstausstel1ung.Landschaftsmalerei,. B6rsch−Supan. Schweden,Konsthistorisk. Moritz. G阯8施リ幽m. bei. Dresdener. und. λr挑挑c加s〃oぬεπ61α枕,. J出nig,a−a−O一,S−115;Herrmann. Zschoche,Caspar. David. Tidskrift54(1985),S,165−16τ. Amdt,8cんωε挑c加G鮒肋肋επ〃肋r. G阯8肋伽m. Dr肋ε仏リorz蝦肋αbεr砒肋r. W2所επλdo砿Leipzig1839;Eimer,a.a.O.,1974,S.75.. 33註5−6参照。 34人物の身ぶりに関しては・若桑みどり氏からご指摘をいただいた。 351803年と1807年頃の《人生の諸段階》連作(BS103−106,153−156)では、男女は連作全体を貫くモチーフ として描かれてはいない。 36. Hoch,a.a.O.,1985,S.86−92;Hoch,a.a.O.,1986,S.72−75、. 37註24参照。 38Amdt,a.a.O.,1814,S.49−50, 39. Ebd.,S.52−53.. 40. Ebd.,S.53.. 41. Ebd.,SI54−55.. 42口頭発表の際、若桑みどり氏よりご教示をいただいたように、近代国家における家族の重要性については、 ジョージ・L・モッセ(佐藤卓巳・佐藤八寿子訳)『ナショナリズムとセクシュアリティ』柏書房、1996年並. びにエリザベート・バダンテール(鈴木晶訳)『母性という神話」ちくま学芸文庫・1998年等の研究によっ て明らかにされている。. 43舟は「人生の諸段階」と結びつき、人生の象徴とも見なされるモチーフである。SuseBarth,〃b㈱α伽r一 ■Dσrs亡ε〃απgθπ圭㎜19一阯πd20,Jα血rん阯πdεrた1為oπogrαρんゐc加8切. Bi訓ostocki,8捌απd1冶oπogrαρ加ε=S肋 44. επ〃F. Gradman,a・a・O・,S・108−114;B6rsch−Supan. md. 2π,Bamberg1971,S,153−156;Jan. Kαπs亡ωおsεπscんψ亡,K6In1981,S.232. J批nig,a.a.O.,S.438;B6rsch−Supa]n,a.a.O.,1973;. 19904,S.172−173.. 45M虹ker,a.a.O.,1974,S.183−184、. (本稿は、美学会東部会平成16年度第3回例会(2004年9月25日、於早稲田大学)における口頭発表に基つく。).

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参照

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