<新刊紹介>金澤周作著『チヤリテイとイギリス近代
』京都大学学術出版会2008年12月刊434頁5,000円
著者 鍵谷 寛佑
雑誌名 関学西洋史論集
号 32
ページ 49‑51
発行年 2009‑03‑26
URL http://hdl.handle.net/10236/12880
金澤 周作 著
『 チ ヤリ テ イ と イ ギ リ ス近代』
京都大学学術出版会 2008年12月刊 434頁 5,000円
鍵 谷 寛 佑
チ ヤリ テ イ (charity 慈善)。 そ れは、 現代 に生 き る我 々 も よ く 耳 に す る機会 があ る言葉 で あ る。 だが、 チ ヤリ テ イ と 聞 い て、 果 た し て我 々は その詳細 な内容 を理解 し て い る だ ろ う か。 本書は、 イ ギ リ ス に お い て長 い歴史 を持 つ チ ヤリ テ イ な い し フ イ ラ ン スロ ピ (philanthropy 博愛活動) が、 こ れま で部分的 に し か知 ら れて い なか っ た と 指摘 し、 「 こ の近代イ ギ リ スにお け る チ ヤリ テ イ な い し フ イ ラ ンスロ ピ を、 「民問非 営利の自発的な弱者救済行為」 と 広 く 定義 し た上で、 「全体」 と し て再構成 し、 歴史 上 に位置付け、 一 つの歴史像 を立 ち上げ る こ と」 を日的 と し て い る。 それでは、 以下 に各章の紹介 を付 し て い く こ と に し たい。
第一 章 「 さ ま ざま な チ ヤリ テ イ のか た ち」 で は、 従来 のほ と ん どの研究 が、 フ イ ラ ンスロ ピの一形態で あ る篤志協会にのみ焦点 を当 て て き た と い う 問題点 を改善す る た めに、 近代英国 の フ イ ラ ン スロ ピは五 つ の形態 の混成物 で あ っ た と し た上 で、 その五 つの形態、 すなわち信託型、 結社型、 友愛組合支援型、 慣習型、 個人型、 それぞれに つ いて詳 し く 論 じ ら れて い る。 特 に、 中世 に起源 を持つ信託型 の 「慈善信託 (en- dowed charities, charitable trusts)」 は、 遺言者、 す な わ ち死者 に よ っ て基金 と 日 的 を 設定 さ れ、 教区聖職者、 教区委員、 自治体や遺言者の親族 と い っ た特定個人 によ っ て 管理 さ れた、 安定的、 あ るいは硬直的な救済形態であ り、 その法的な束縛が時代の変 化 に即座に対応す る こ と を許 さ ず、 そこ か ら生 じ た 「不健全運営」 が問題 と さ れ、 国 家 の調査 を受 け て い た と 述 べ ら れて い る。 一方、 結社型 で ヴ オラ ン タ リ ・ ソ サエ テ ィ と い う 形態 を持つ篤志協会は、 生者があ る日的 を掲げ、 寄付者の賛同 を民主主義的 な 方法で常 に獲得 し なが ら展開す る、 柔軟な、 あ るいは不安定な救済形態 と し て濃密に その像が描かれて い る。 ま た、 友愛組合支援型の友愛組合は、 労働者が自 ら の賃金の 一部 を定期的に出 し合い、 失業 な ど様々な不測の事態に備え る互助会 と し て定義 さ れ、
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従来 の研究 で は フ イ ラ ン ス ロ ピ と は み な さ れて こ な か っ た が、 実 際 に は、 フ イ ラ ン ス ロ ピ的性質 を見出せ る こ と が指摘 さ れて い る。 さ ら に、 慣習型 にお い ては、 コ ミ ュ ニ テ ィ の記憶 と ア イ デ ン テ イ テ イ が強調 さ れ、 「 ブル ・ チ ヤリ テ イ」 や 「 ト マ シ ン グ」、
落穂拾 いの例が挙げ ら れて お り 、 個人型 にお いて は、 広範囲 で実践 さ れて いた、 個人 が直接困窮者 に金や食料 な ど を与 え る慈善形態や、 「無心 の手紙 (begging letters)」 に見 ら れる、 困窮者か ら の間接的 な援助要請に対 し て個人的に応 じ る と い う、 こ の形 態 におけ る フ イ ラ ンスロ ピの代表的回路 につ いて述べ ら れて い る。
第二章の 「近代国家 と チ ヤリ テ イ」 にお いて は、 フ イ ラ ンスロ ピのア イ デ ンテ イ テ イ を さ ら に明確化す る ために、 国家が弱者救済の主体 と な っ て現れて く る局面 に焦点が 当 て ら れて い る。 ま ずは、 救貧法の再検討 がな さ れて お り、 救貧行政 を め ぐ る従来 の 研究 では、 英国におけ る貧者の救済 において、 公的救貧の果 た し た役割 し か認めな い も のが圧倒的多数 で あ る こ と が問題点 と し て指摘 さ れて い る。 そ し て、 フ イ ラ ンスロ ピの役割 を公的救貧 と 等 し く 重視す る本書は、 救貧 と い う 分野 にお い て、 フ イ ラ ン ス ロ ピが公的救貧 と い う 外部 を持 ち、 両者があ る程度の重複関係 を維持 し なが ら も、 ま っ た く 異 な る自立領域で あ る と い う 了解の も と で、 独自 のア イ デ ン テ イ テ イ を培 っ て い っ た こ と、 民問の自発性 を よ り ど こ ろ と す る福祉の領域は、 レ ッ セ ・ フ ェ ール を貫 き、
公的救貧 と い う 国家干渉 を最小限に抑え る こ と が可能 な空間で あ っ たこ と が論 じ ら れ て い る。 ま た、 救貧以外の分野 と し て、 海難救助の歴史が取 り 上げ ら れて お り、 「海 外」 で のチ ヤリ テ イ、 す な わ ち帝国 と チ ヤリ テ イ につ いて も 述べ ら れて い る。
第三章 「慈善社会で生 き る と い う こ と 」 にお いては、 独特の時空間 を持 っ た英国の 中で、 人 々が どのよ う に振 る舞い、 何 を感 じ たかが詳細に描き 出 さ れて い る。 特に、
与 え る 側 で あ っ た王族 の フ イ ラ ン スロ ピは、 イ ギ リ ス全体 の社会階層秩序 維持 に見事 に作用 し、 地域有力者の フ イ ラ ンスロ ピは、 地域の社会秩序維持 を支えて いた不可欠 な 存 在 で あ っ た。 ま た、 同 じ く 与 え る 側 で あ っ た富 裕者 に と っ て の フ イ ラ ン ス ロ ピ に は、 「社交」 と い う 本質的 な戦略的意味が内在 し てお り、 こ こ か ら、 人 と 人 と のネ ッ ト ワ ー ク を 見 て 取 る こ と が で き る。 さ ら に、 女 性 の フ イ ラ ン ス ロ ピ につ い て も言 及 さ れてお り、 男性に比べて、 女性が参加で き る協会の数な どは絶対的 に少 なか っ た が、
女性 た ちの限 ら れた貴重 な社会活動 の機会 と し て捉え ら れて い る。 次 に、 与 え る側に 対 し て受け取 る側の例が挙げ ら れて い るが、 彼 ら が非常 に巧妙 な計算 を し て フ イ ラ ン スロ ピを活用 し て いた実態が垣間見え、 大変興味深い。 ま た、 英国人以外 を対象 と し た 濃密 な 救済 活動 に よ っ て 強 く 自 覚 さ れた フ イ ラ ン ス ロ ピは、 英国人 の ア イ デ ン テ イ テ イ形成 に も大 き な貢献 を し た。 加 え て、 フ イ ラ ンスロ ピは、 生活史 の中 に組 み込 ま れて お り 、 「悲惨=救済対象」 の創出 によ っ て、 与 え手、 受け手、 それ以外の人 々を
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も巻き 込んで 「共同体」 志向 を維持 さ せ、 実質化 し て い っ た過程が詳述 さ れて い る。
続いて、 議論は、 近代英国 におけ る フ イ ラ ンスロ ピの実践 ・ 思考形式 に転換 を見がち な従来 の研究の批判、 フ イ ラ ンスロ ピの類ま れな る求心性、 融通性の発見に至 り 、 最 終的 に、 本書の表紙に も描かれて い る 「投票 チ ヤリ テ イ」 が取 り 上 げ ら れて い る。
紙幅の都合上、 各章の簡単な紹介 に終始 し て し ま っ たが、 本書は、 チ ヤリ テ イ を主 題に し た邦文 で の初の専門書で あ り、 こ の功績は偉大 な も ので あ る。 基本的に公権力 に よ ら な い 活動 で あ る フ イ ラ ン ス ロ ピが、 イ ギ リ スの長 い歴史 の中 で、 こ れほ どま で に拡大 し え た こ と に驚嘆す る と と も に、 今ま で抱 い て いたイ ギ リ ス像 に新 た なパー ツ が鮮明 に加わ っ た。 ま た、 本書は、 チ ヤリ テ イ と し て の側面 だけで な く 、 他の研究分 野 に も大 い に活用 す る こ と がで き る 様 々な キ ーワ ー ド や視点 を提示 し て く れて い る た め、 イ ギ リ ス近代 を研究対象 と し て い る私に と って、 大 き な糧と な り 、 刺激 を受け た。
同時代 を扱 う 研究者 には も ち ろ んの こ と 、 多 く の研究者 に と っ て、 必読 の書 と な る の は間違 い な い だ ろ う 。
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