テンニェスの社会哲学の基礎としての意志論 : 記 憶論の視角からみた本質意志論の再構成
著者 西澤 真則
URL http://hdl.handle.net/10236/10070
論 文 内 容 の 要 旨
テンニェス(1855-1936)は、1909年のドイツ社会学会の設立から1933年ナチスによって解散に追い込ま れるまで同学会会長を務め、ドイツ社会学の指導的存在であった。テンニェスが提唱したゲマインシャフト、
ゲゼルシャフトという二つの社会形態は、伝統社会と近代社会を特徴づけ、また両者の関係を評価するため の基本概念として、社会科学の諸領域において広範に受容されてきた。それとともにこれらの概念の理解も 多様化し、さまざまな問題点や不整合性が指摘されるようになった。論文提出者西澤真則氏は、そのような 混乱が、テンニェスにおけるゲマインシャフト、ゲゼルシャフトの両概念の理論的基盤である意志論や記憶 論を考慮せずに、それぞれの解釈者の理論基盤に接ぎ木された結果生じたものであると指摘した。そして、
一旦両概念をテンニェスの意志論および記憶論に立ち返って再構成することによって、ゲマインシャフトお よびゲゼルシャフトの両概念の成立起源、および現代における問題射程を示した。
本論文の構成は以下の通りである。
序論
テンニェスの主著と目される『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト:純粋社会学の基本概念』(1887)は、
一般に伝統社会、近代資本主義社会それぞれの特徴および両者の差異を論ずる社会形態論として受容されて いる。ゲマインシャフト、ゲゼルシャフトという概念区分は、近代社会学の形成に決定的な影響を及ぼした。
しかし西澤は、この社会形態論の枠を越えて、次の二点をテンニェスの功績として評価する。すなわち第一 に、前掲主著および遺稿『意識の事実』(1889)の綿密な検討を通して社会形態成立の理論的基盤となる意 志と記憶との構造を提示し、そこから近代におけるゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行の意味を 解明したこと。第二に、そのような基礎的な研究を通して、上記の社会形態の移行によって生じた現代の諸 問題を解決し、克服するための未来構想の方向性を示したこと。西澤はこの二点を明らかにすることを本論 文の目標として掲げている。
第一章 一九世紀末における人文精神諸科学の諸状況とテンニェス――遺稿にみる意志論研究の枠組み――
氏 名
学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目
西 澤 真 則
テンニェスの社会哲学の基礎としての意志論 ―記憶論の視角からみた本質意志論の再構成―
博 士(総合政策)
甲総第12号(文部科学省への報告番号甲第405号) 学位規則第4条第1項該当
2012年2月29日
論 文 審 査 委 員 (主査)
(副査)
鎌 田 康 男 村 上 芳 夫
山 口 廸 彦
(日本大学法科大学院教授)本 田 盛
教 授 教 授 教 授
本章は、テンニェスの社会学研究を育んだ19世紀末のドイツの学問的状況を、これに先立つドイツ観念論、
およびポスト観念論的な社会思想の受容という側面から示し、また、デュルケーム、ジンメル、マックス・
ウェーバーらの同時代の社会学者―とはいえ、この中では『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』が最も古 い―における共通の社会形態論的な問題意識を確認する。更にその後のテンニェス研究が、本質意志と選択 意志との質的相違の提示、および本質意志の正当な評価に失敗していることをいくつかの先行研究を実例と して指摘しつつ、テンニェスの意志論再評価の必要性を主張する。
第二章 先行研究における記憶と本質意志との関係
本章は、さまざまな先行研究文献に見られる本質意志の解釈を三つの類型に分類し、それぞれの主張とテ ンニェス自身の著作との不整合性を明示することによって、第一章の、意志論再評価の必要性、という主張 を検証する。ここで批判される三つの類型は、(1) 本質意志を行為の原因性と考える、つまり事実上、選択 意志と混同している解釈(第一節)、(2) 本質意志を低次の欲求と同一視し、あるいは刺激と反応という図 式へと解消する心理行動主義的解釈(第二節)、(3) 本質意志を、個別的直接的意識の自己展開の構造その ものととらえる弁証法的解釈(第三節)である。それぞれに綿密な検討が加えられ、結果的にこれまでのテ ンニェス解釈の不十分さが確認される。またこの批判過程を通じて、本質意志の発現条件としての記憶の重 要性が浮上し、事実上の本論となる第三、四章への橋渡しの役割を果たす。
第三章 テンニェスのゲマインシャフト論における記憶と本質意志
前章における先行研究の評価を経て、西澤は本章の冒頭で、記憶を媒介とした本質意志論の再構成を本章 の目的として提示する。まず、個別的直接的意識における現前の強烈さではなく、記憶によって保持され習 慣化される存在秩序の安定性(それは最終的には精神のゲマインシャフトにおける共同の祭祀として表現 される)こそが実在性、すなわち本質意志の活動の基盤をなす、ということが示される(第一節)。本質意 志と選択意志とに共通するのは、 意志とその対象認知との共時性である。これに加えて本質意志は、 記憶に よってすでに不在なるものとの通時的な結びつきを産みだす。この後者の問題把握が従来のテンニェス解釈 においては欠けており、それがテンニェスの本質意志論およびそこから帰結する、記憶の共同体としてのゲ マインシャフト論の整合的解釈を阻んできたと西澤は結論づける(第二節)。そこからさらに、本質意志の 三つの形式である、植物的意志、動物的意志、精神的意志に対応したものとして、適意、習慣、記憶が相互 的に関連づけられ、統一的に解釈される(第三節)。本章で、本論文における最も重要かつオリジナルな主 張が展開される。
第四章 記憶論の視角からの意志論の再構成:主著『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』と遺稿『意志の 事実』との比較をめぐって
前章において『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』に即して提示された本質意志論・記憶論のオジリナ ルな解釈を、西澤は本章で遺稿『意志の事実』の詳細な叙述とつきあわせ、整合性を検証することによって 強化する。遺稿『意志の事実』成立に関わる歴史的背景を略述した後(第一節)、意志を近代的な意味にお いて選択意志ととらえたジグヴァルトに、本質意志と選択意志との二重性にもとづくテンニェス意志論を対 置しつつ、テンニェスの意志論の特徴を際立たせる(第二節)。更にこの意志の二重性から、記憶の二重性 へと論及し、ゲゼルシャフトにおける記憶理解との対比において、ゲマインシャフトの基底をなす記憶の役 割を示す(第三節)。これらの結果を踏まえて本質意志と選択意志との相違点が明らかになる。すなわち記 憶において世界の実在性を保持する本質意志は、人間の共同性そのものを可能とする制約であるのに対し、
選択意志は共同体の存在を前提とした上で、この共同体に操作的に介入する作用であるという質的な相違が
存するのである。この質的相違の認識が、『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』および遺稿『意志の事実』
の理論的核心をなすことが確認される(第四節)。
結論
これまでの第一章から第四章までの論点整理に続いて西澤は、自己利益追求を社会的原理として掲げ、ま た人と自然の総体をおしなべて自己利益追求の対象―資源として画一化、規格化することによる効率性の向 上と共に、人間・社会・自然環境への負荷の増大が懸念されるようになってきたという事態に着目する。こ の現代の根幹に関わる問題の解決に向けても、西澤は、テンニェスが目指したような、意志論、記憶論に基 礎づけられた社会哲学という視点から、近代社会の特質をとらえてゆくことによって、より核心に迫る問題 把握が可能になると結論づけている。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
テンニェスの主著と目される『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト:純粋社会学の基本概念』(1887)は、
近代資本主義社会の確立とともに、伝統的共同体の崩壊消失がはっきりと自覚される過渡期に成立した。共 感と同情とに支えられた伝統的共同体の絆を解体し、契約と協定とによって個人の利益追求を軸とする新た な社会形態へと移行した結果、物質的生活の条件は飛躍的に改善し、個々人の選択の自由は大幅に広がった。
他方、共同体の絆の消失、社会的格差の増大、精神疾患の増加などの問題も顕在化した。そのような歴史的 な問題状況に導かれるように、近代科学としての心理学と社会学とが誕生した。テンニェス本人を始めとし て、ジンメル、マックス・ウェーバー、デュルケームら、この時期の代表的社会学者たちは、その研究方法 や概念装置は異なっても、等しく新たな社会の現実と向き合いながらそれぞれの学説を展開していった。彼 らが注目した近代特有の問題は、それから100年以上を経た現代でもその重要さを失ってはいない。むしろ、
人間環境、社会環境の危機に自然環境の危機も加わり、問題はさらに複雑なものとなった。
しかし他方、社会科学研究の多様化と裏腹に、社会学成立期においてはっきりと自覚されていた近代特有 の問題意識が曖昧化・風化する傾向にあると言っても過言ではない。
以上のような展望の中で、今回提出された西澤真則氏の学位論文は、19世紀から20世紀初頭に至る社会学 の幅広い学説史的知識を下敷きに、すでにキャッチフレーズ化しているかに見えるゲマインシャフト・ゲゼ ルシャフトの概念の理論的背景を丁寧に描き出し、その論理構造を綿密に根拠づけた。すなわち、これまで あまり注目されることのなかったテンニェス社会学の理論的基盤としての意志論、記憶論に裏付けを取るこ とによって、社会形態論としてのみ理解されがちだったゲマインシャフト、ゲゼルシャフトの特徴および両 者の差異、さらにゲゼルシャフトがゲマインシャフトから派生してきた経緯等を、単なる歴史的過程として 叙述するにとどまらず、ゲマインシャフトを構成する思考行動様式の内的ダイナミズムから整合的に解釈す るための理論枠を提示した。
序論における問題提起と研究方法の提示、そして、本論における意志論と記憶論を下敷きとしたゲマイン シャフト・ゲゼルシャフト論の再構成はどれも独創的であり、また先行研究の綿密な批判的検討を通して、
従来の研究によっては超えることのできなかった理論的不整合をほぼ解消できたと考えられる。ことに意志 を、表象に依拠する現実への介入的操作する意志(選択意志)、という近代的理解だけに狭めず、現実秩序 の構成要因としての意志(本質意志)という、ヨーロッパの伝統的な意志理解をも考慮することによって、
そのような現実秩序を生成保持する記憶の機能を再構成した。
テンニェスの意志論と記憶論を再評価することによって、そこからゲマインシャフトとゲゼルシャフトの 特徴と差異、 ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行とその内的ダイナミズム、さらにそれによって
生じる近代特有の諸問題解決の方向性などの諸点を、西澤氏は従来のテンニェス研究と比べて、より統一的 かつ整合的に解釈しえた、と評価することができよう。
他方、テンニェスの新解釈によっていつかは切り開かれるべき共同存在の未来構想、すなわちゲゼルシャ フト化した現代において、共感と同情とにもとづくゲマインシャフト的契機を再興する可能性―これをテン ニェスはゲノッセンシャフトと表現した―については十分に立ち入った議論は行われなかった。しかし、ま さに現代がそのような問いに答えるさまざまな試みを行っているただ中にあり、そのような方向性において、
西澤氏のテンニェス研究への貢献および、今後の成果に期待したい。
西澤氏のテンニェス解釈が画期的、かつ独創的であるという点については、評価者全員の一致するところ である。
この新理論が、これまでのテンニェス研究に新風を吹き込んで行く可能性は十分考えられ、また期待され る。とはいえ、定説となった既成のテンニェス像を書き換えるためには、今後とも細部の、また周辺部のテー マに関する研究を周到に積み上げて、その説得力を高める努力が必要となろう。
以上、2012年2月18日の公聴会、および口頭試問の試験結果に基づき、審査委員は全会一致で、本論文提 出者西澤真則氏が博士(総合政策)甲号を受けるに値するものと認める。