― 早稲田大学 ―
2月 19 日 教育学部 世界史
1
(1)d(2)c(3)c(4)b(5)c(6)a(7)c(8)c(9)b(10)c
設問A・フィリップ2世 設問B・シュリーマン 設問C・ヴァロワ朝
2
(1)c(2)b(3)b(4)a(5)b(6)c(7)b(8)b(9)b(10)c
設問A・大西洋革命 設問B・ヴァルミーの戦い
3
(1)b(2)b(3)d(4)d(5)c(6)a(7)b(8)b(9)b(10)b
設問A・デリー=スルタン朝 設問B・市舶司 設問C・アラゴン王国
4
(1)a(2)a(3)a(4)b(5)a(6)a(7)c(8)d(9)a(10)b
設問A・理藩院 設問B・ゴ=ディン=ジエム
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正解を得るために必要な知識の難易度が絶対暗記レベルなら初級、G・MARCH(学習
院、明治、青学、立教、中央、法政)で差がつくレベルなら中級、早慶上智で差がつくレベ
ルなら上級、受験生が明確な解答根拠を持って正解を導くのが困難なレベルなら難問と表
示しました。なお、解説で掲載されているまとめは全て、著者(増田塾・世界史・鈴木靖則)
が作成し、授業で使っているオリジナルテキストの抜粋です。太字は基礎・標準、☆はハイ
レベル、★は合否に関係のないマニアックな知識、下線部は正誤判定問題の選択肢によく登
場する一文という意味です。また、解答の根拠となった情報を
赤字
で示しました。
1【古代・中世・近世ヨーロッパ史】
(1)初級「ローマ」について正しいものを選ぶ問題ですが、aの「カエサルは,大ブリテ
ン島全域を征服し,属州とした。
」は誤文です。以下の通り、
「全域」ではなく、南半分
のみの侵略である上に、
「属州」としたのは、クラウディウス帝です。
・平民派 カエサル =BC59 コンスル就任(14 上智) BC58~BC51 ガリア(現フランス・ベルギー)遠征、ウェルキンゲトリクス がケルト人とゲルマン人を破る → ラテン語の「ガリア戦記」執筆 ブリタニア(大ブリテン島の南部、現イギリス)遠征 BC49 カエサルがガリアから☆ルビコン川を渡り、“☆賽さいは投げられた”と叫 び、BC48☆ファルサロスの戦いでポンペイウスを討伐(ポンペイウスはエジ プトに逃れるが暗殺死 14 上智) エジプト遠征 → プトレマイオス朝エジプト最後の女王クレオパトラ(7世) に魅了、エジプト太陽暦導入、BC46ユリウス暦採用(1582教皇グレゴリウス 13世のグレゴリウス暦導入まで使用) ↓ BC46 カエサル独裁(共和政違反) ※↓エンペラーの語源 =BC46独裁官ディクタトル就任、BC45元老院が称号インペラトルを授与。BC44終身独裁官ディクタトル就任。 初代ローマ皇帝 オクタウィアヌス ※元老院から授かっ た尊称=アウグスト ゥス(尊厳者) ★腹心=アグリッパ (キリスト教誕生) ① 元老院と協調、自称プリンケプス(市民の中の第一人者) → 帝政の前半元首政(プリンキパトゥス)開始 ② AD9☆トイトブルク森の戦い vs ゲルマン人★アルミニウス ※意義=北の国境はライン川(独ゲルマニアは入らず) ★名言=“ウァルスよ、我が軍団を返せ”by アウグストゥス ③ ラテン文学黄金時代 → 三大詩人ウェルギリウス・ホラティウス・オウィディ ウスと歴史家リウィウスが活躍 ☆ティベリウス帝 30 イエスを処刑(34 歳)※自ら「神の子」「ユダヤの王」と名乗った罪で byポンティウス・ピラトゥス(ローマ人ユダヤ総督)← ユダヤ人× ★カリグラ帝 ☆クラウディウス帝 43 ブリタニア(イギリス)を属州化解 説
解答根拠を 赤字で明示第5代暴君 ネロ帝 (キリスト教初弾 圧) ★母=アグリッピナ (ケルン出身) ① 師=セネカ「幸福論」 → 禁欲的なストア派の哲学者 ② 64 ローマの大火 → キリスト教初弾圧(ペテロ・パウロ殉死) ③ 66☆第一次ユダヤ戦争=ローマ vs 属州ユダヤ ④ タキトゥスの「年代記」、20Cポーランド女性作家★シェーンキェヴィチの「★ クォ・ヴァディス」の題材に
次に、bの「全ガリアを征服して,属洲としたカエサルの名声は高まり,終身コンスル
として絶対的な権限を行使した。
」も誤文です。上記の通り、カエサルの役職は「終身
コンスル」ではなく、コンスル → 独裁官(ディクタトル)→ 終身独裁官(ディクタ
トル)です。
また、cの「五賢帝の3番目に数えられるトラヤヌス帝の治世に,ローマ帝国の領土
は最大になった。
」も誤文です。以下の通り、
「3番目」ではなく、2番目です。
96 | 180 五 賢 帝 時 代 ☆実 子が いて も養 子相 続制 96~98 ネルウァ帝 98~117トラヤヌス帝 ※ローマ最大版図=北は ブリタニア、南はサハラ 砂漠北端、西は大西洋 岸、東はメソポタミア ① 106 ドナウ川下流の北側のダキア(現ルーマニア)征服 ② 116☆パルティア領メソポタミアを征服 ③ ☆初の属州出身の皇帝(イベリア半島スペイン=ヒスパニア出身) ④ ★フォロ・ロマーノを建設 ※↑13 上智、13 早法、14 早社 ⑤ ★オスティア港を建設 117~138 ハドリアヌス帝 ※帝国各地を巡遊、属州 の発展に努力 ① 大ブリテン島のブリタニアに長城を建設 vs ☆ケルト人 ② 自身の名にちなむ都市☆ハドリアノポリスを建設 ③ 132☆第二次ユダヤ戦争 ※↑後のアドリアノープル ④ 多神教の神殿☆パンテオンを改築 アントニヌス・ピウス帝 ★貧民救済と財政改革、ピウスは「敬虔な人」という称号 161~180 マルクス・アウレリウ ス・アントニヌス帝 “大秦王安敦” ① 禁欲的なストア派の哲人皇帝、ギリシア語の「自省録」 ② 166大秦たいしん王安敦あんとんの使者が後漢の日南郡(最南端の郡、ベトナム中部、 現ユエ)に → 「後漢書」に記載 ③ 小アジアのペルガモン出身の医学者ガレノスが侍医に ④ 実子★コンモドゥスを継承者に → 五賢帝時代終了よって、残ったdの「ローマからイタリア半島南部へ向けて,アッピア街道が建設さ
れた。
」が正文です。
新課程の山川出版社の教科書p.40にもはっきりと地図が
掲載
されています。
(2)初級「イべリア半島に進出することはなかったゲルマン人部族」を選ぶ問題です
が、aの「ヴァンダル」はイベリア半島を経由して北アフリカに移動します。
次に、bの「西ゴート」は、以下の通り、イベリア半島に移住して西ゴート王国を建国
しますね。そして、cの「東ゴート」は、以下の通り、イベリア半島ではなく、イタリア
半島で東ゴート王国を建国しました。よって、cが正解です。
最終建国地 部族名(それぞれ王国を建国) 族長 ☆都 大ブリテン島(ブ リタニア)南部 449~829 アングロ・サクソン人(アングル人 とサクソン人と☆ジュート人) スペイン(ヒスパ ニア・イベリア半 島) 418~711西ゴート人 ※5C初に南仏で建国、6Cにイベリア半島に移動 (スペイン北部はカトリックの☆スエヴィ人) アラリック王 → 415~ワリア イベリア半島 中央部の トレド 北アフリカのチュニジア 429~534ヴァンダル人(最も長距離移動) ガイセリック カルタゴ フランス東南部 443~534 ブルグンド人 リヨン 北フランス・ドイ ツ フランク人 クローヴィス パリ、アーヘン 北イタリア (西ローマ滅亡後 の興亡順序は絶対 暗記!) 西ローマ帝国 ↓ オドアケルの国 ↓ 493~555東ゴート人 ↓ ビザンツ帝国(ユスティニアヌス大帝) ↓ 568~774 ランゴバルド(ロンバルド)人 ↓ テオドリック大王 ラヴェンナ パヴィアフランク人 ※↑最も遅い時期に移動
なお、dの「フランク」はカール大帝時代にイベリア半島に遠征して後ウマイヤ朝と戦
います。以下の通り、
『ローランの歌』の題材にもなっていますね。
カロリング朝 フランク王国 768~814 カール大帝 (☆シャルルマーニュ) ※ピピンの子 ※都=アーヘン → ドイ ツ西部の都市、歴代のド イツ王・神聖ローマ皇帝 の戴冠式が開催 ① 非世襲の伯(グラーフ)を設置、巡察使が監察 → 官僚制× ② ラテン語発展、学問奨励(カロリング・ルネサンス)at 都アーヘン ex.イングランド僧アルクイン(神学者)が来朝 → ラテン語普及 ex.「カール大帝伝」by☆アインハルト(歴史家)※アルクインの弟子 ex.「ランゴバルド史」by☆パウルス・ディアコヌス(歴史家) ③ 774 北イタリアのランゴバルド王国を征服 .. → 北イタリア get ④ ドイツ北部のザクセン人を討伐、バイエルン、クロアティアを支配 ⑤ 778 甥ローランvs×○イベリア半島の後ウマイヤ朝(アブド・アッラフマーン 1世)→ 騎士道物語「ローランの歌」の題材に ⑥ 国境防備=○新スペイン辺境伯領、オストマルク(辺境伯領、現墺)設置 ⑦ モンゴル系遊牧民アヴァール人(=柔然?)が侵入 but 撃退 → 800 カールの戴冠 by 教皇レオ3世 at サン・ピエトロ大聖堂 ※クリスマスに旧西ローマ皇帝の冠を付与 ※↑☆バシリカ式 ※意義=西ヨーロッパ世界を再編、中世西ヨーロッパ世界の成立 政治:旧西ローマ帝国の復活、東ロ帝国に対峙する勢力に 宗教:ローマ教会が東ローマ帝国の干渉から独立した地位に 文化:ギリシア・ローマ文化、ゲルマン文化、キリスト教の融合 ★「気高きカール、神によって加冠され、偉大で平和的なるローマ人の皇帝 万歳」=カールはゲルマンのフランク人だが、敬虔なキリスト教徒ならロ ーマ皇帝になれるという意味(3)初級「カール大帝の治世中の出来事ではないもの」を選ぶ問題ですが、aの「アヴァ
ール人の撃退」
、bの「ザクセン人の征服」
、dの「ランゴバルド王国の滅亡」は、上記の
通り、全てカール大帝の業績です。よって、cの「ベネディクトゥスによる修道院戒律
の制定」が誤りだと分かります。そもそも、カール大帝は8世紀に活躍しますが、ベネ
ディクトゥスは6世紀に活躍したので、時代が異なります。
529 ベネディクト修道院 (伊) (ベネディクト派修道 院) ※西欧最古の修道院 ① 創立 by ベネディクトゥスat 伊中部のモンテ・カシノ(MAP!) ② 信仰+労働を重視、“祈り、(かつ)働け” ③ 聖ベネディクトゥスの戒律=清貧・純潔・服従の3原則 ④ ☆ゲルマン人と民衆を教化、写本製作で古典文化保存 910 クリュニー修道院 (仏) (ベネディクト派) ※ロマネスク様式 ① 聖ベネディクトゥスの戒律への回帰を掲げ、聖職売買(☆シモニア)と妻 帯(☆ニコライスム)にふける教会に対し、11C以降教会刷新運動を展開 ② 教皇グレゴリウス7世、☆ウルバヌス2世を輩出 1098 シトー修道会(仏) ※西欧最大の修道会 ○新ベルナルドゥス(ベルナール)が改革し、クレルヴォー修道院を設立、聖 母マリア信仰を確立。開墾活動(15 上智)、東方植民で活躍。13C托鉢たくはつ修道会 ※主に都市部(農村部 ×) ★13Cを「托鉢修道士の 時代」とも呼ぶ ※右の②③ともに教皇イ ンノケンティウス3世が 承認 ① 信者の喜捨で運営、余計な財産所有を否定、布教を重視 ② 1209 フランチェスコ修道会 at 伊アッシジ by 伊フランチェスコ ※プラノ・カルピニ、ルブルック、モンテ・コルヴィノ、マリニョーリ、ロ ジャー・ベーコン輩出 ③ 1215 ドミニコ修道会 at 南仏トゥールーズ → 南仏異端カタリ派討伐 by ドミニクス or ドミニコ(イベリア半島スペインの☆カスティリャ出身) ※パリ大学における神学研究や異端審問にも貢献 ※学問も重視=アルベルトゥス・マグヌス、トマス・アクィナス、エックハ ルト、サヴォナローラ、ジョルダーノ・ブルーノ、フラ・アンジェリコ、 ラス・カサス、カンパネルラを輩出
(4)
中級 誤っているものを選ぶ問題ですが、bの「リューべックを盟主とするハンザ同盟
は,ノヴゴロドやスウェーデンのべルゲンにまで在外商館を置いて交易をおこなった。
」
が誤文です。以下の通り、
「ベルゲン」は「スウェーデン」ではなく、ノルウェーの都
市です。
北 ヨ | ロ ッ パ 商 業 圏 北 ド イ ツ 13C(1241)~17C初ハンザ同盟 at バルト海沿岸 ※ハンザは「仲間」「団体」の意 =リューベック(盟主)、ハンブルク(エルベ川河口)、ブレーメンなど約 100 都市が加盟 ※ハンザ同盟の四大商館:奢侈し ゃ し品の毛皮以外は主に穀物・木材・生活必需品を扱う 毛織物のブリュージュ(ベルギー)、毛皮のノヴゴロド(露)、タラ・ニシンなど海産物の ベルゲン(ノルウェー)、羊毛のロンドン(英、テムズ川下流) ※vs1397~1523 カルマル同盟 byデンマーク女王マルグレーテ(養子エリクを北欧三国の君主に) =デンマーク連合王国(デンマーク、ノルウェー、スウェーデン)が加盟。カルマルはス ウェーデンの都市。※ハンザ同盟もカルマル同盟も共に陸海軍を保有 ベ ル ギ | フランドル地方=毛織物産業で繁栄、イギリスから材料の羊毛を輸入 ※繁栄した都市の順番=14・15Cブリュージュ(ブルッヘ) → 15・16Cガン(ヘント) → 16Cアントウェルペン(アントワープ)発展(5)初級 正誤の組み合わせとして正しいものを選ぶ問題ですが、①の「デーン朝を開い
たクヌート(カヌート)は,デンマーク王とスウェーデン王でもあった。
」は誤文です。
以下の通り、クヌートはデンマーク王・イングランド王・ノルウェー王を兼ねたのであ
り、
「スウェーデン王」にはなっていません。
8Cデンマーク王国 by ノルマン人のデーン人 at ユトランド半島 9Cノルウェー王国 by ノルマン人のノール人 atスカンディナヴィア半島西部 ※13Cアイスランド領有 10Cスウェーデン王国 by ノルマン人のスウェード人 atスカンディナヴィア半島東部 ※12Cフィンランド領有デンマーク王クヌート(カ ヌート)の活躍 ★デンマーク王スヴェン の息子 ①1016~42 イングランドに デーン朝建国 ②1028 ノルウェー併合(☆ 北海帝国)を樹立 but すぐノルウェー独立 ※よって、クヌートの最大 版図はデンマーク、イン グランド、ノルウェー 1380 ノルウェー領アイスラ ンドを併合 北仏=911 ノルマンディー公国 by ロロ(デーン人説あり) 都=ルーアン(☆セーヌ川下流) ※911 西フランク国王によってノル マンディー公に封じられ、☆セーヌ 川下流域を支配(15 上智)。1066 ノ ルマンディー公ウィリアムがイギ リスを征服(ノルマン・コンクェス ト)。以後、英ウィリアム1世とし て北仏のノルマンディー地方を領 有 but 百年戦争でフランス領へ 南伊=1130~1860 両シチリア王国 at 南イタリアとシチリア島、 by ルッジェーロ2世 都=パレルモ&ナポリ ※東ローマ(ビザンツ)・イスラーム・ ノルマン文化が融合、シチリア島と 南伊のナポリを支配 ※↓ロシアの起源 北ロシアに862 ノヴゴロド国 by ノルマン人(ロシアでの呼称は ルス or ルーシ“船の漕ぎ手”) の一派スウェード人のリュー リク ※Russia の語源。都ノヴゴロドは ロシア北部、黒海とバルト海を 結ぶ交易路上が決まり文句、毛 皮貿易で繁栄
また、②の「百年戦争の戦費調達のための人頭税徴収に反対して,ワット・タイラー
の乱が起きた。
」は細かいですが、以下の通り、正文です。よって、①が誤文、②が正
文なので、cが正解となります。
1358 仏ジャックリーの乱 by☆ギヨーム・カール(ジャックリーは農民に対する蔑称で、反乱の指導 者の名前ではない。)at フランス北部 1381 英ワット・タイラーの乱 ① 原因=百年戦争の戦費のために貸された人頭税への反発、封建反動へ の不満、農奴制廃止を要求 ② 理論的指導者=ジョン・ボール“アダムが耕しイヴが紡いだとき、だれ が貴族(領主)であったか” ※英ウィクリフの信奉者で、思想的影響を受けていた ③ 実際の指導者=ワット・タイラー ④ ☆英リチャード2世が鎮圧(6)初級「
「教皇のバビロン捕囚」が起こった世紀の出来事として誤っているもの」を選
ぶ問題ですが、以下の通り、
「教皇のバビロン捕囚」は1309~77年(14世紀)です。
☆教皇クレメンス5世 1309~77(69 年間)教皇のバビロン捕囚by 仏フィリップ4世 =教皇をフランス南東部のアヴィニョンに移住させ、仏の支配下に ★ベネディクト 12 世 1334☆マリニョーリをモンテ・コルヴィノの後任に ★グレゴリウス 11 世 1377 神カール4世が教皇のバビロン捕囚を解決、教皇グレゴリウス 11 世がロー マに帰還 but すぐに死去 1378~1417 教会大分裂(大シス =イタリア人教皇が選出されたことに対し、フランスが再びアヴィニョンに教皇 を擁立し、イギリス王・神聖ローマ皇帝も介入して擁立したローマの教皇と対マ) ※約 40 年間 立。後にピサにも擁立され、3人の教皇が鼎立し、混乱 → 1414~18 コンスタンツ公会議でローマの教皇に統一 by 神ジギスムント ★公会議で選出された新教皇=マルティヌス5世
以下の通り、aの「アルビジョワ十字軍」は1209年(13世紀)なので、これが正解で
す。
教皇 インノケンティウス 3世(最盛期) (1198~1216) ※フランチェスコ修道 会、ドミニコ修道会を 承認 ① 1202~04 第4回十字軍を提唱 ② 1209 アルビジョワ十字軍を提唱=マニ教の影響を受けた南仏の異端アルビジ ョワ派討伐を指令。主に仏フィリップ2世が討伐、仏ルイ9世が撲滅。アル ビジョワ派の拠点は南仏のアルビ、☆トゥールーズ。 ③ 1215(第4回)ラテラノ公会議で“教皇は太陽であり、皇帝は月である”と豪語 ☆ユダヤ人に対する差別的扱い、キリスト教徒との通婚や土地所有、荘園経 営禁止 → ユダヤ人は金融業へ ※↓ジョンとの抗争原因=カンタベリ大司教の叙任権 ④ vs☆神オットー4世、英ジョン王、仏フィリップ2世を破門なお、bの「異端審問」は、以下の通り、13~17世紀に行われていたので、14世紀が
含まれます。
1545~1563 トリエント (トレント) 公会議 (計3回) at 伊トレント(独で はトリエントと呼 ぶ) ① 主催者=教皇パウルス3世 with 神カール5世 ② 目的 =新旧両派の調停 but 新教(プロテスタント)側が出席ほぼ拒絶、旧教(カ トリック)側のみで討論 ※宗教改革で生まれたルター派、カルヴァン派、イギリス国教会などをプロテスタン ト(新教)と呼び、カトリック(旧教)と区別する ③ カトリックの教義、教皇の至上権を確認 ④ 禁書目録の作成=反カトリック的な書物・著者を監視 → 主に地動説の本が対象 ※1559 初リストを作成、20C半ばにいたるまで約 40 回改版、1966 廃止 ⑤ 宗教裁判(異端審問)強化=教会の教理に反する異端を処罰する裁判、13C確立 → 16~17C魔女狩りの横行(新教・旧教ともに横行) ※魔女狩り=「魔女」とは、悪魔と契約して魔力を得て個人や社会に災いをなすとさ れた人間。男性も含む 10 万人以上が処刑されたとされる。18C啓蒙思 想の普及とともに沈静化。また、cの「ウィリアム=オブ=オッカムの活動」は、以下の通り、主に14世紀です。
ウィリアム・オブ・オ ッカム(英) (1290~1349) ① 師匠☆ドゥンス・スコトゥス(08 中法)から唯名論継承 ② 信仰と理性、神学と哲学、教皇権と世俗権を分離 .. ・区別.. ③ ★意思の優位を主張(11 上智) ④ ★近代合理思想の基礎を築く(11 早商、15 慶文)さらに、dの「ニコポリスの戦い」は1396年(14世紀)ですね。
オスマン帝国 第4代 “稲妻” バヤジット1世 1389~1402 ① 1396 ニコポリスの戦い(ニコポリス十字軍) vs ○× ジギスムント(神ロ帝兼ハンガリー王)・仏・英・バルカン諸国連合軍 ※ニコポリスはドナウ河畔ブルガリア北端、1396☆ブルガリア get ② 1402 アンカラの戦いvs×○ティムール → 捕虜になり、一時的に滅亡(7)初級 誤っているものを選ぶ問題ですが、cの「北欧では,三十年戦争の結果,デンマ
ークの優位が確立した。
」が誤文です。以下の通り、
「デンマーク」ではなく、スウェー
デンです。
1618~48 三十年戦争 ↓ 1648 ウェストファリア条約at 独ウェストファリア地方の都市☆ミュンスターと☆オスナブリュック ① 世界初の主権国家間会議(イギリスは1642~49 ピューリタン革命中で三十年戦争自体に不参加) ② 勢力均衡に基づく主権国家体制(ウェストファリア・システム)を確立 ③ カルヴァン派公認(カトリック or ルター派のみの 1555 アウクスブルクの和議の欠点を解消) ④ 神聖ローマ帝国内の領邦国家の主権を承認、神聖ローマ帝国の有名無実化 → 神聖ローマ帝国は 300 以上の領邦(国家)に事実上解体し、1つの帝国としての機能を喪失(名目 のみ 1806 年まで存続、滅亡は 1806 年 by ナポレオン1世)、ウェストファリア条約は“神聖ローマ 帝国(ドイツ帝国)の死亡診断書”と言われる) ⑤ ブルボン家 > ハプスブルク家(フランスのブルボン家の優位が決定的に) ⑥ スイス・オランダ(ネーデルラント連邦共和国)の独立が国際的に承認 ※前者は神ロ国(ハプスブルク朝)、後者はスペイン(ハプスブルク朝)から独立 ⑦ ★帝国議会へのフランス・スけウェーデン代表の出席・議決権の承認 ⑧ 仏がアルザスとロレーヌ(ヴェルダン・メッス・トゥール3司教領)地方 get from 神(ハプ家) ⑨ スウェーデン(☆クリスティナ女王)がバルト海沿岸(北ドイツ)の西ポンメルン、☆ブレーメン大司 教領 get → ☆バルト帝国と呼ばれる繁栄へ ※12 青学(総合)、法政(法、経営、文)(8)初級 正誤の組み合わせとして正しいものを選ぶ問題ですが、①の「フランス語の統
一と純化を目的としたフランス学士院(アカデミー・フランセーズ)は,ルイ14世治世に
創設された。
」は誤文です。以下の通り、
「ルイ14世」ではなく、ルイ13世です。
ルイ13 世 (1610~43) ※宰相 =リシュリュー (1624~42) ↑12 青学総合 ① 1615 三部会召集停止(創設年と創設者は?)→ 1789 フランス革命直前に再開 ② 1635 三十年戦争に旧教国であるにも関わらず、新教側で .... 介入 ③ 1635☆アカデミー・フランセーズ(1795 創設のフランス学士院に統合される)by リシュリュー → フランス語の統一と純化が目的、当時の国際語に ④ 妃は☆アンヌ・ドートリッシュ(12 慶文)、母は☆マリ(ー)・ド・メディシス(ル ーベンスの肖像画に 13 上智)次に、②の「北京郊外の円明園には,バロック様式の建物が建てられていた。
」は正
文です。よって、①が誤文、②が正文なので、cが正解です。
バ ロ ッ ク 様 式 ☆エスコリアル宮殿 スペインのマドリード、フェリペ2世の命 ヴェルサイユ宮殿 ① 1682 仏ルイ14 世時代に完成、1789 三部会再開 ② 建築家=☆ル・ヴォー ③ “鏡の間”→ 独ドイツ(第二)帝国、ヴェルサイユ条約 ☆エルミタージュ宮殿 ロシアのペテルブルク、エカチェリーナ2世の冬宮 円明園 ① 北京郊外、イエズス会士伊カスティリオーネ(郎世寧)が設計 ② 雍正帝時代に着工、歴代皇帝が整備・拡張、バロック様式の西洋館と 大噴水が有名 ③ アロー戦争中の1860 年に英仏が破壊
(9)初級「フランスが1713年のユトレヒト条約で失った海外領土」とあるので、bの「ニ
ューファンドランド」です。
1701~1713(14)スペイン継承戦争=西仏 vs 墺英蘭普 → 1701 普が“公国”から“王国”に昇格 ① 原因=スペイン・ハプスブルク朝断絶 → ブルボン朝フランス(ルイ 14 世)は妃がスペイン王女であ ることを理由に、孫フェリペをスペイン王位につける → 反発するオーストリアが英蘭普と共に対抗 ② 1713 ユトレヒト条約 ※↑フランスがイギリス・オランダ・プロイセンなどと個別に結んだ条約の総称 1・西仏の永久合邦禁止を条件に、西がブルボン朝に(初代国王=ルイ 14 世の孫フェリペ5世) 2・英が仏領ニューファンドランド、アカディア、ハドソン湾地方(全て北米のカナダにある)get 3・英が西領ジブラルタル(イベリア半島南端、現在まで英領)、ミノルカ島(1783 西領に戻る)get 4・英が仏からアシエント(=大西洋三角貿易においてスペイン政府が結んだ特定の個人、各国政府、 外国商人との......奴隷供給契約)get → 18C後半に発生する産業革命の前提条件となる資本を蓄積 5・☆サヴォイア公国がシチリア島 get ③ 1714 ラシュタット条約=オーストリアがスペイン領南ネーデルラント(現ベルギー)get ※↑ミラノ、ナポリ、サルデーニャも get(10)上級 順番に並べ替えると、aの「アンボイナ事件(1623年)
」→ dの「財務総監とな
るコルベールによるフランス東インド会社の再建(1664年)
」→ cの「第3次イギリス
=オランダ(英蘭)戦争(1672~1674年)
」→ bの「カーナティック戦争(1744~61(63)
年)
」とあるので、
「3番目に来るもの」はcです。このうち、アンボイナ事件以外の年
号の難易度がそこそこ高いので、上級としました。
設問A・初級「この時期(13世紀初頭)に,
王領地の大幅な拡大に成功したフランス国王」
とあるので、以下の通り、
「フィリップ2世」が適切です。
カペー朝 仏フィリップ2世 (1180~1223) ① 第3回十字軍に参加 but 英リチャード1世と対立し、途中で帰国 ② 1214☆ブーヴィーヌの戦いvs〇×英ジョン王 ③ vs 教皇インノケンティウス3世 ※離婚問題で教皇に屈服 ④ アルビジョワ十字軍=教皇インノケンティウス3世の命で、マニ教の影響を 受けた南仏の異端アルビジョワ派討伐 .. → 南仏へ王権拡大設問B・初級「トロイアと推定される都市遺跡を発掘した考古学者」とあるので、
「シュリ
ーマン」ですね。
※トロイア文明 =小アジア西北岸、独シュリーマンが発掘、ホメロスの「イリアス」「オデュッセイア」に描写、滅亡原 因は☆トロイア戦争(ミケーネ王アガメムノンを総大将とするミケーネの兵器☆トロイの木馬で征服 される)
設問C・初級「百年戦争開始時のフランス王国の王朝名」とあるので、以下の通り、
「ヴァ
ロワ朝」です。
ヴ ァ ロ ワ 朝 フィリップ6世 1328 ヴァロワ朝開始、1339 英仏百年戦争を開戦 ★ジャン2世 1356 ポワティエの戦い=エドワード黒太子によって捕虜に ★仏ジャン2世の捕虜を機に反乱したパリ市長 =エティエンヌ・マルセル シャルル7世 (1422~61) ① 1429 オルレアン解放 by ジャンヌ・ダルク、百年戦争勝利 ☆ジャンヌ・ダルク=ドンレミ村出身、神のお告げ、ランスでシャルル7 世の戴冠式を実現、英が宗教裁判にてルーアンで火刑 ② 官僚・常備軍を整備、大商人☆ジャック・クールを財務長官に登用2【現代史、戦後史】
(1)初級「この間(1899年および1907年)の出来事でないもの」を選ぶ問題ですが、aの
「ドイツによるバグダード鉄道敷設権の獲得」は1899年、bの「第一次日英同盟の成立」
は1902年、cの「日本から中国への二十一カ条要求」は1915年、dの「ロシアの血の日曜
日事件」は1905年です。よって、cが正解です。
(2)初級「この会議(1899年および1907年の万国(国際)平和会議)が開催された都市」と
あるので、以下の通り、bの「ハーグ」です。
☆ハーグ国際平和会議 (万国平和会議) ※用語集では頻度①だ が・・・早稲田(06 国 教、08 文、08 社、09 教育、09 人科)、11 立 教(コミ福)、10明治 (法)、06 法政(社)、 11日大(文理)、07 南 山(人文)、07 上智 (外、総、文)、11 慶 應(経済)、関西学院 (08 経済、10 社会、 10 商)etc ① 1899 第1回ハーグ国際平和会議 目的=19C末からの深まる国際危機、緊迫した国際情勢の緩和 主催=露ニコライ2世 場所=オランダのハーグ 成果=毒ガスの使用禁止などを含む戦時国際法、国際仲裁裁判所の設立を決定 but 軍備縮小に関しては成果なし 備考=1901 国際仲裁裁判所 at オランダのハーグ → 1946 国際司法裁判所が 継承 ② 1907 第2回ハーグ国際平和会議 目的=19C末からの深まる国際危機、緊迫した国際情勢の緩和 主催=露ニコライ2世&★米ジョン・ヘイ 場所=オランダのハーグ 備考=開催中に 1907 ハーグ密使事件が発生 ※↑李氏朝鮮(韓国)の第 26 代国王高宗(李太王)が第2回万国平和 会議に密使を派遣して、韓国の危急を訴え、第2次日韓協約の無効と 日本支配の不当性を訴えようとした事件。(3)初級「ニコライ2世」について誤っているものを選ぶ問題ですが、aの「在位中,日
露戦争が起った。
」
、cの「皇太子時代に日本を訪問した際,日本人に斬りつけられた。
」
、
dの「帝政ロシアのロマノフ朝最後の皇帝である。
」は、以下の通り、全て正文です。
よって、bの「1917年の十一月革命(ロシア暦十月革命)で退位を迫られ,その後処刑さ
れた。
」が誤文で、以下の通り、
「十一月革命(ロシア暦十月革命)」ではなく、三月革命
(ロシア暦二月革命)です。
ニコライ2世 (1894~1917) ※ロマノフ朝最後 のツァーリ ①1891☆大津事件=皇太子時代に滋賀県へ、津田三蔵に襲撃される ②1895 三国干渉 by 仏・独・露 ※↑07 中京、10 明法、09 早人、07 早社、15 上智 内容=日本の遼東半島取得に反対する露が仏・独を誘って、日本に返還を強要 結果=3000 万両を代償に日本は遼東半島を清に返還 1896 露清秘密条約(清は李鴻章)で清はロシアに東清鉄道敷設権を付与 ③1899、1907☆ハーグ国際平和会議(万国平和会議)を提唱 ④1904~05 日露戦争中に1905 血の日曜日事件 at 都ペテルブルク byガポン(聖職者)、労働者※日露戦争の戦況が不利になる中、ペテルブルクの冬宮への平和請願のデモ隊 に対して軍隊が発砲し、多数の死傷者が出た事件。各地で都市労働者を中心と した暴動が発生。民衆は皇帝への信頼を失った。 → 編集の都合上、以下省略 ⑤皇后☆アレクサンドラが怪僧☆ラスプーチンを妄信し、政治腐敗へ ⑥1917 ロシア(三月)革命(ロシア暦二月革命)で退位、1918 処刑死
(4)
初級 誤っているものを選ぶ問題ですが、aの「アメリカ大統領ローズヴェルトは連邦
議会で発表した14力条の原則で,軍備縮小を主張した。
」が誤文です。以下の通り、
「ロ
ーズヴェルト」ではなく、ウッドロー・ウィルソンです。
米ウッドロー・ウィルソンが 1918 年に発表した十四カ条(十四カ条の平和原則) ※14 慶(法) ※無併合・無償金(無賠償)・民族自決 + 勝利なき平和を根本精神に作成 ※前者3つ=1917 年にレーニンが発表していた平和に関する布告を参考に作成 ①秘密外交の廃止=外交の交渉過程・結果を交渉相手国以外の国々や国民に公開しない秘密条約の廃止 ex.1915 ロンドン秘密条約、1916 サイクス・ピコ協定など ②海洋の自由 ③関税障壁の撤廃 ④軍備縮小 ※↓民族自決=他民族の支配を受けている民族はその支配から自立すべきとする理念 ⑤民族自決に基づく植民地問題の公平な解決(東欧のみに適用、アジア・アフリカは不適用) ⑥ロシア領内からの外国軍撤兵と領土回復 ⑦ベルギーの主権回復 ⑧☆アルザス・ロレーヌをフランスへ返還 ⑨イタリア北部の国境修正 ⑩☆墺・ハンガリーの民族自決 ⑪☆バルカン諸国の独立保障 ⑫トルコ支配下民族の自治保障 ⑬ポーランドの独立 ⑭国際平和機構の設立 → 1920 国際連盟として実現 but 上院の主張により、アメリカは伝統の孤立主義外交に回帰し、参加できず(5)初級「
(第一次世界大戦の)連合国(協商国)でない国」とあるので、以下の通り、
bの「ブルガリア」です。
第 一 次 世 界 大 戦 の 構 図 同盟国(三国同盟側) =墺・ハンガリー二重帝国、独、(伊)、ブルガリア、トルコ(オスマン帝国) vs ※↑1915 ロンドン秘密条約で三国同盟離脱、連合国側で参戦 連合国(三国協商側) =伊、英、仏、露、日、米、セルビアなど 27 カ国
【
同盟国
4カ国】
未回収のイタリ ア問題
三国同盟
パン・ゲルマン主義vs 【
連合国(協商国)
27 カ国】
裏切り 露仏同盟 英仏協商三国協商
英露協商 パン・スラヴ主義 日英同盟トルコ
(オスマン帝国)
ブルガリア
セルビア
日本
※1917アメリカ合衆国
も連合国側で参戦 ※途中参戦の年号 =15 イタリア、ブルガリア、16 ルーマニア、ポルトガル、17 アメリカ、中華民国、ギリシアなど(6)初級「パリ不戦条約成立を推進した政治家」とあるので、以下の通り、cの「ケロッ
グ・ブリアン」です。
1928 不戦条約(ブリアン・ケロッグ条約)atパリで日独など 15 カ国が調印 → 後に 63 カ国が参加 ※人物=米クーリッジ大統領の国務長官ケロッグ ∽ 仏外相ブリアン ※内容=戦争の違法化、国際紛争の解決に武力を用いない(自衛戦争はOK、15 早文構) ※問題=実効力に乏しい(7)初級 順番に並べると、cの「ナチス=ドイツによるオーストリア併合(1938年)
」→
dの「ミュンへン会談の開催(1938年)
」→ bの「独ソ不可侵条約の締結(1939年)
」→
aの「ソ連によるバルト三国の併合(1940年)
」となります。よって、
「3番目にくる」
ものは、bです。
なお、cの「ナチス=ドイツによるオーストリア併合(1939年)
」と、dの「ミュンへン
会談の開催(1938年)
」は同年ですが、前後関係の把握は重要ですね。
【ナチス・ドイツの侵略】 1938 オーストリア併合 =ヴェルサイユ条約とサン・ジェルマン条約で合併が禁止されていたが、併合を強行伊
独
墺
仏
露
英
1938 ドイツ系住民が多いチェコスロヴァキア領のズデーテン地方の割譲を要求 ★チェック人 46%、スロヴァク人 13%、ドイツ人 28%程度 ※チェコスロヴァキアは割譲を拒否 but ヒトラーは戦争の可能性を示唆、威嚇 1938 ミュンヘン会談=編集の都合上、詳細は省略 1939 チェコスロヴァキア解体 =ドイツの脅迫で、西半分のチェコ(ベーメン or ボヘミア)・メーレン(モラヴィア)と東半分のス ロヴァキアに分離され、西半分のチェコ(ベーメン or ボヘミア)・メーレン(モラヴィア)をドイ ツが併合 → ○新ベーメン・メーレン保護領を設置 1939 スロヴァキア保護国化 1939☆リトアニア領メーメルを併合 1939★ドイツ・イタリア軍事同盟(鋼鉄同盟) 1939ポーランド回廊の通過権、ダンツィヒの割譲を要求 but ポーランドは拒否 ※前者=ドイツと東プロイセンの中間地域。1919 ヴェルサイユ条約以来ポーランド領。 ※後者=現グダニスク。1919ヴェルサイユ条約で国際連盟管理下の自由市(ポーランド唯一の海港) 19398月独ソ不可侵条約=独☆リベントロップ ∽ ソ連スターリン&☆モロトフ ※結果=全く性格を異にするドイツ(枢軸国・資本主義・ファシズム)とソ連(連合国・社会主義・ 反ファシズム)が条約を締結し、世界に大きな衝撃を与えた。また、秘密条項(14 明治情) で独ソ両国がポーランド・バルト3国での勢力範囲を協定。 ※当時の日本首相=☆平沼騏き一郎“欧州の情勢は複雑怪奇なり”“青天の霹靂へきれき” ※ソ連がバルト3国(エストニア・ラトヴィア・リトアニア)に進駐、占領 → ソ連との相互援助条約の締結を強要。進駐・占領は 1939 年だが、併合は 1940 年。
(8)上級「国際連合について,誤っている」ものを選ぶ問題ですが、bの「スイスは現加
盟国ではない。
」が誤文です。以下の通り、2002年に加盟しています。なお、
スイスの
国際連合加盟は2008法政(全学部・T日程)が出題しています。また、2011
中央(法)もスイス史を出題
しています。
【
スイス史
都=★ベルン 08 法政(全学部・T日程)、11 中央(法)がスイス史を出題】
先史:新石器時代に★湖上住居、BC:★ヘルウェティ族が居住、11C~神聖ローマ帝国領に 13C~独立運動 by☆ウリ、シュヴィッツ、ウンターヴァルデンの3州(☆永久同盟を結成)15 早社 1315☆モルガルテンの戦い=スイスの自治が認められる 15C(1499)☆シュヴァーベン戦争でスイスが神聖ローマ帝国から独立 15 早社 by 伝説英雄☆ヴィルヘルム(ウィリアム)・テル → 19Cシラーの戯曲、ロッシーニの音楽の題材に 16C宗教改革 by ツヴィングリ、カルヴァン=編集の都合上、詳細は省略 1648 ウェストファリア条約で神聖ローマ帝国(ハプスブルク家)からの独立を国際承認 1712 啓蒙思想家ルソーが生まれる at ジュネーヴ 1815 ウィーン議定書で永世中立国に 1863 国際赤十字社 by デュナン at ジュネーヴ 1875 万国郵便連合 at スイスのベルン(1874 スイスのベルンで開催された万国郵便会議の協定による) ※↑10、14 早稲田(社)、08 法政(T日程、社、法)が年号まで出題1917 スイスに亡命中にロシア三月革命がおこったことを知ったボリシェヴィキのレーニンが封印列車で 帰国、ぺトログラードで四月テーゼ発表、“すべての権力をソヴィエトへ”と主張し、臨時政府を批判 1919 国際労働機関(ILO)at ジュネーヴ → 国際連盟の付属機関、1946 国際連合の専門機関に 1920 国際連盟 at ジュネーヴ → スイスも加盟 but1938 脱退 1923 ローザンヌ条約 at スイスのローザンヌ、1925 ロカルノ条約 at スイスのロカルノ 1927 ジュネーヴ軍縮会議 by 米クーリッジ大統領=補助艦軍縮の討議 but 仏・伊は不参加(p.392 参照) 1954 ジュネーヴ休戦協定(インドシナ戦争の休戦協定、54 ジュネーヴ会議で締結、米英仏ソ中などが出 席) 1955 ジュネーヴ4巨頭会談=国際紛争を話し合いで解決するという機運を高めた 2002 国際連合に加盟
(9)中級「イラク戦争」について誤っているものを選ぶ問題ですが、bの「対イラク攻撃
には,イギリス,フランス,オーストラリアが参加した。
」が誤文です。以下の通り、
「フ
ランス」のシラク大統領はイラク戦争に反対の立場を示していたので、bが誤文だと判
断できます。なお、cの「日本ではイラク復興支援特別措置法が制定され,自衛隊がイ
ラクに派遣された。
」は、以下の通り、正文ですが、繰り返し出題されると思います。
第 43 代 2001~2009 ブッシュ (子) (共和党) 国務長官 ∥ パウエル → ライス 05★ハリケー ン“カトリー ナ”上陸 ①2001.9.11 同時多発テロ事件(九・一一事件)=ニューヨークの貿易センタービルに、 航空機が相次いで激突、ビルが倒壊、ペンタゴン(☆国防総省、国防省)にも旅客機が 激突 → ブッシュは「対テロ戦争」宣言を発表、②へ ②01 米軍、アフガニスタン攻撃=同時多発テロ事件の首謀者はアフガニスタンのターリ バーン政権保護下にある国際テロ組織☆アル・カーイダのビン・ラーディン(サウジ アラビアの豪商出身)とみなし、攻撃開始。米・英など連合軍が空爆を開始、首都カー ブル(ムガル帝国建国者バーブルの出身地)を制圧 → ターリバーンは「学生たち」 の意。パキスタンの支援で結成、アフガニスタンのほぼ全土を支配、バーミヤンの大 仏を破壊、厳格なイスラーム原理主義に基づく(11 上智、総合人間) ③03米軍、イラク攻撃(イラク戦争)=イラク(サダム・フセイン)が国際原子力機関 (IAEA)の査察に非協力的であることや、核兵器や毒ガスなどの大量破壊兵器を 保有しているとの疑いで攻撃を開始。イギリス軍と共にバグダードを制圧、フセイン 政権崩壊 but 赤十字委員会などの国際機関関係者やイラクの民間人にも犠牲者が拡大。 日本はイラク復興支援特別措置法を国会で可決、自衛隊の海外派遣を行った。米ブッ シュ(子)の単独行動主義(13 青学法、12 中央法)に対して、英(ブレア首相)、日 (小泉純一郎)、スペイン(13 青学法)、オーストラリアなど少数が支持。仏(シラク 大統領)、露は反対を表明。06 サダム・フセインは人道に対する罪を理由に絞首刑死。 ④02☆中東和平ロードマップ ⑤2008 年国際金融危機=サブプライムローン(低所得や破産歴などのために信用力が低 くなっている消費者層に対するローン)問題から、08 リーマン・ブラザーズ(リーマ ン兄弟が設立したアメリカの大手証券会社)が倒産 10 慶商、13 上智(総合・法・外)(10)
難問「NATO」について正しい組み合わせのものを選ぶ問題ですが、①の「トルコ,
オーストリア,カナダはNATO加盟国である。
」は誤文です。オーストリアは加盟し
ていません。ただ、この点は山川出版社の教科書にも用語集にも掲載されていないので、
難問です。また、②の「1955年に西ドイツがNATOに加盟し,ワルシャワ条約機構が
NATOに対抗して結成された。
」は以下の通り、正文です。
西側
(資本主義、民主主義)東側
(社会〔共産〕主義、人民民主主義) 54 パリ協定(調印は 54、発効は 55) ① 西ドイツが主権回復 ② 55 西ドイツ、NATO加盟 ③ 55西ドイツ再軍備 → 56 一般兵役義務法(徴兵制法)可決 ④ 55☆ソ連・西ドイツ国交回復 55~91○
軍ワルシャワ条約機構(WTO)結成 ※別名=東欧(8カ国友好)相互援助条約 ※参加=ソ連、東ドイツ、ポーランド、チェコ、ハンガ リー、アルバニア、ブルガリア、ルーマニア(統 一軍司令部はモスクワに設置) ※備考=独自路線のユーゴスラヴィアは不参加 68 アルバニアは脱退設問A・上級「フランス革命やアメリカ独立革命,ラテンアメリカ諸国の独立達成などの18
世紀末から19世紀初めにかけておきた変革・革命の連鎖を地理的共通性をもったものとし
て一括して捉えた場合の呼称」とあるので、以下の通り、
「大西洋革命」です。
※大西洋革命 =18C後半~19C前半、大西洋両岸のアメリカ大陸・ヨーロッパ大陸で展開した一連の変革運動。思想 的連関・人的交流など相互に影響しあいながら生起した側面を重視し,七年戦争とアメリカ独立革命, アメリカ独立革命とフランス革命,フランス革命とラテンアメリカ諸国独立,産業革命と各変革運動 などを相互関連の視点で見,同時代史的に一括してとらえる考え方。設問B・初級「1792年,フランス軍がオーストリア,プロイセン連合軍に勝利した戦い」と
あるので、以下の通り、
「ヴァルミーの戦い」です。
1792・8月 10 日事件=山岳派がサンキュロットや義勇兵に呼びかけ、パリの☆テュイルリー宮殿を襲撃、 王家を☆タンプルの塔に幽閉 → 王権の停止を宣言 1792・9月 20 日ヴァルミーの戦い=フランスがプロイセン・オーストリア軍に初勝利 ... ※プロイセン軍に従軍したゲーテが、義勇軍が常備軍に勝利した状況を見て、“この日、この場所から世 界史の新しい時代が始まる”と記した3【14世紀の歴史】
(1)中級「ベルベル人」について誤っているものを選ぶ問題ですが、bの「アラブ支配下
でイスラーム化がすすみ,11世紀にはムワッヒド朝を建国した。
」が誤文です。以下の
通り、
「ムワッヒド朝」ではなく、ムラービト朝です。なお、dは難問ですが、正文です。
1056~1147 11Cムラービト朝 (1170~都=モロ ッコの語源となっ たマラケシュ) ★アルモラヒド王国 ① 建国 byハム系ベルベル人(北アフリカのマグリブ地方の先住民) ※ハム系=古代エジプト人とクシュ(ヌビア)人とベルベル人 ② 拠点はモロッコだが、イベリア半島に進出し、スペイン南部のアンダルシア地方 を支配、1076 西サハラのガーナ王国を衰退させる ③ レコンキスタに劣勢、カスティリャ王国に敗れ、1085☆トレド喪失 ④ 1147 滅亡 byムワッヒド朝 1130~1269 12Cムワッヒド朝 (都=モロッコの マラケシュ) ★アルモハード王国 ① 建国 byハム系ベルベル人(ムーア人ともいう) ② 拠点はモロッコだが、スペイン南部のアンダルシア地方も支配 ③ イブン・ルシュド(ラテン名=アヴェロエス)が活躍 ※「医学概論」、アリストテレス哲学を研究して著作に注釈 ④ レコンキスタに劣勢、カスティリャ王国に敗れ、1236☆コルドバ喪失、☆セビリ ャ喪失 ⑤ 滅亡 by モロッコの★マリーン朝(イブン・バットゥータの祖国)(2)初級「五行に含まれない」ものを選ぶ問題ですが、以下の通り、aの「喜捨」
、cの「断
食」
、dの「礼拝」は全て該当します。よって、bの「懺悔」が正解です。
イスラーム 教徒の義務 (六信ろくしん 五行 ごぎょう ) 13 上智 ① 六信=神(アッラー)・天使(ガブリエル)・啓典・預言者・来世・神の予定(定命) ② 五行=信仰告白(シャハーダ)・礼拝(サラート)・断食(サウム)、一生に一度メッカ のカーバ聖殿へ巡礼(ハッジ)・喜捨(ザカート) ※9月の断食月(ラマダン)(3)初級「当時(1325年)のエジプトを支配していた王朝」とあるので、以下の通り、d
の「マムルーク朝」です。
1250~1517 マムルーク朝 at エジプト (都=カイロ) ※マムルーク=ト ルコ系白人の軍人 奴隷 ※ファーティマ、 アイユーブ、マム ルークはシリア・ パレスチナ・メッ カ支配 ① カーリミー商人を保護 =アイユーブ朝とマムルーク朝時代の前半に、インド洋・紅海・地中海間の香辛料 貿易で活躍した商人 ※拠点=アレクサンドリア、カイロ(14C人口 50 万人、国際商業・学術の中心地)、アデン ※ムスリム(イスラーム)商人の船=ダウ船、中国商人の船=ジャンク船 ② ☆1258 アッバース朝滅亡時にカリフ保護、名目上のカリフとして擁立 ③ 建国者=★シャジャン・アッドゥル(宮廷の女性奴隷出身)or アイバク ④ 第6・7回十字軍と抗争 ⑤ 第5代スルタン=☆バイバルス 15 慶法 ※1260即位前に★アイン・ジャールートの戦いでフラグ率いるイル・ハン国(○新フ ラグ・ウルス)に勝利、即位後 1270 仏ルイ9世率いる第7回十字軍にも勝利 ⑥ 1291 十字軍・イェルサレム王国の最後の拠点パレスチナのアッコンを征服 ⑦ 1509 ディウ沖海戦 vs ポルトガル → 紅海・インド洋の覇権喪失 ⑧ 1517 滅亡 by オスマン帝国(セリム1世)★1516 マルジュ・ダービクの戦い
(4)初級「カイロ」について誤っているものを選ぶ問題ですが、以下の通り、dの「1943
年ローズヴェルト,チャーチル,スターリンがこの地で会談し,対日戦の基本方針を討
議した。
」が誤文です。以下の通り、
「スターリン」ではなく、蔣介石です。
1943 年11月 カイロ会談 at エジプト 米=フランクリン・ロ ーズヴェルト 英=チャーチル 中華民国=蔣介石 ①対日戦の基本方針を討議 ②カイロ宣言(11 月調印、12 月発表)=日本が 1914 年以降 に奪った太平洋上の島の放棄、中国東北地方と台湾の中国 への返還、戦後の朝鮮の独立など(5)
初級「この国(イル=ハン国)の君主でイスラームに改宗」とあるので、以下の通り、
cの「ガザン=ハン」です。
1258~1353イル・ハン国
(○新フラグ・ウルス)(都タブリーズ、★スルターニーヤ) ① 建国=フラグ(イル・ハン「国の王」)atアッバース朝の跡地のペルシア(イラン)やメソポタミア ② 宗教の変化 景教(ネストリウス派キリスト教)を保護、☆ラバン・ソーマ司教が西欧へ伝道 ↓ 1295回教(イスラーム教、清真教)改宗、国教化 by 第7代ガザン・ハン(イクター制採用なども) ※宰相=ラシード・アッディーン(イラン人)→ ペルシア語の「(蒙古)集史」を著す ① 外征 成功=小アジアの☆ルーム・セルジューク朝征服 失敗=エジプトのマムルーク朝(バイバルス)に敗北 ※★アイン・ジャールートの戦い ② 元を宗主国として友好、キプチャク・チャガタイ両ハン国と対立 ③ 衰退=君主継承権を巡る内紛 ④ 滅亡 byティムール朝(6)初級「これ(東アフリカ沿岸地域)にふくまれない」とありますが、bの「キルワ」
、
cの「マリンディ」
、dの「モンバサ」は、以下の通り、全て該当します。よって、aの「ア
ガディール」です。アガディールは「東アフリカ沿岸地域」ではなく、アフリカ西北端
のモロッコの港市で、第2次モロッコ事件(アガディール事件)で有名ですね。
東 海 岸 の イ ス ラ | ム 都 市 モガディシュ (現ソマリアの首都、スワヒリ文化圏の北端、明の鄭和が寄航) マリンディ(現ケニア、鄭和の南海諸国遠征の最西端、ヴァスコ・ダ・ガマがイブン・マージドを雇う) モンバサ (現ケニア最大の港市) ザンジバル (現タンザニア沖合のザンジバル島および周辺の島々から構成される諸島) キルワ (現タンザニア、一時はソファラを支配、15C末ポルトガルが破壊) モザンビーク(島)(現モザンビーク) ソファラ (現モザンビーク)※↓アラビア語で「海岸に住む人」の意 11武蔵 ※スワヒリ文化形成(商業語...のスワヒリ語=固有の☆バントゥー語+アラビア語) ↑09 学習(済)、12 中法、12 早人、10 慶商、14 慶法、15 慶済、15 上智、06 関学、08 京都産業、08 福岡 ※イブン・バットゥータ=モガディシュ、モンバサ、ザンジバル、キルワを訪問 ☆黒人農業奴隷(ザンジュ)、金、象牙の取引が行われた(7)初級「ティムール朝の君主でサマルカンド郊外に天文台を建てた」とあるので、以下
の通り、bの「ウルグ=ベク」です。
1370 | 1507テ
ィ
ム
|
ル
朝
ティムール (チンギス・ハンの子孫) 都=サマルカンド ※旧名★マラカンダ、☆アレクサ ンドロス大王・チンギス・ハンが征 服、イラン系ソグド人の拠点、 アム川とシル川の間のソグディ アナ地方の中心都市、☆製紙工 場、ホラズム(・シャー)朝の 都、現☆ウズベキスタン領、中 国名は☆康国 ① 中央アジアの西チャガタイ・ハン国から自立、征服 ② ぺルシアのイル・ハン国の領域を征服 ③ 南ロシアの★キプチャク・ハン国に侵入 ④ 北インドのトゥグルク朝に侵入 ⑤ 1402 アンカラの戦い vs オスマン帝国(バヤジット1世) → 捕虜にし、オスマン帝国を一時中断に追い込む ⑥ 明(永楽帝)への遠征途上、中央アジアの☆オトラルで病死 ⑦ 都市文化に関しては☆“チンギス・ハンは破壊し、ティムー ルは建設した”と言われる ⑧ ★英マーローの戯曲で扱われる ★ハリール・スルタン 第3代、最盛期 シャー・ルフ 都=☆ヘラート アフガニスタン西北部の都市 サマルカンドで細密画(ミニアチュール)が流行 ○用写本絵画 → 主に書物の挿絵、元祖は9C(or12C)アッバース朝の宮廷、 13Cにイラン(ペルシア)のイル・ハン国で中国絵画と融合、 ティムール、オスマン、ムガル帝国で最も高度に発展 第4代ウルグ・ベク 在位 1447~49、サマルカンドに天文台を建設 滅亡 by トルコ系の遊牧ウズベク(ウズベク人)の☆シャイバーニー(シャイバニ・ハン) 08 中央 (法)(8)初級「セイロン島」について正しいものを選ぶ問題ですが、aの「1505年スぺイン人
が来航して交易所を建設した。
」は誤文です。以下の通り、
「スペイン人」ではなく、ポ
ルトガル人です。次に、cの「1815年ロンドン議定書でイギリスが支配権を得た。
」も誤
文で、
「ロンドン」ではなく、ウィーンですね。また、dの「1947年インドと共に独立を
果たした。
」も誤文です。
「1947年」ではなく、1948年である上に「インドと共に」もデ
タラメです。よって、残ったbの「17世紀オランダの支配下に置かれた。
」が正文です。
【セイロン島(スリランカ)史】 BC5C~1815☆シンハラ王国 by☆シンハラ人(14明学) → アショーカ王の息子☆マヒンダが小乗仏教布教 1505 大航海時代にポルトガル領へ 17C絶対主義時代にオランダ領へ 1815 ウィーン議定書でイギリス領へ(☆英リプトンがセイロン茶を輸入) バンダラナイケ (男性、夫) 1948 スリランカ(セイロン)独立 from 英アトリー → イギリス連邦内の自治領として独立 59 暗殺 バンダラナイケ (女性、妻) 60 世界初の女性首相、1972 国名をシンハラ語のスリランカと改称 12 立教(全)が年号 ※世界初の女性大統領 =イサベル・ペロン(アルゼンチン) ※イギリス初の女性首相 =サッチャー(保守党) ※ドイツ初の女性首相 =メルケル(キリスト教民主同盟) ※韓国初の女性大統領 =朴槿恵パ ク ク ネ ※アフリカ初の女性大統領=06~サーリーフ(リベリア)→ 12 ノーベル平和賞 その他 1983~2009 スリランカ内戦 =シンハラ人(多数派仏教徒)vs タミル人(少数派ヒンドゥー教徒) ※タミル人はインドのラジブ・ガンディー首相を暗殺 1985 コロンボからスリジャヤワルダナプラコッテ(通称コッテ)に遷都(9)
初級「13世紀末からマラッカ海峡周辺域まで次第にイスラーム化が進み,イスラーム
系国家が誕生した。つぎの国のうちこれにふくまれないのはどれか」とありますが、単
に「これ(イスラーム系国家)にふくまれない」ものを選ぶ問題です。bの「マジャパ
ヒト王国」はヒンドゥー教国です。ただし、問題文の「13世紀末からマラッカ海峡周辺
域」ばかりに気を取られて、見破れなかった受験生も多いと思います。
1293~1520○
ヒ マジャパヒト王国at ジャワ島東部 ① 明(永楽帝)に朝貢(鄭和の南海諸国遠征の影響) ② 最盛期=☆ハヤム・ウルク王、宰相=☆ガシャ・マダ ③ 東南アジア最後のヒンドゥー教国(現在ヒンドゥー教はバリ島のみ) ④ マラッカ王国に繁栄を奪われる(10)初級「マリ王国最盛期の国王」なので、bの「マンサ=ムーサ」です。
14C:マリ王国 (1240~1473) 都=★ニアナ ※現在のセネガルからマリ にかけて存在 ① 民族=黒人の☆マンディンゴ人 ② 中心都市=“黄金の都”トンブクトゥ at ニジェール川中流 .. ③ 1312~37 最盛期の王マンサ・ムーサ(カンカン・ムーサ)のメッカ巡礼 ④ モロッコのタンジール生まれの旅行家イブン・バットゥータが来朝 ※著作=「旅行記(三大陸周遊記)」 ⑤ 滅亡 byソンガイ王国設問A・初級「奴隷王朝,ハルジー朝,トゥグルク朝,サイイド朝,ロディー朝と続いた5
つのインド=イスラーム王朝を総称」とあるので、
「デリー=スルタン朝」です。
右の5王朝 の総称 ∥ デリー・ス ルタン朝 ※都は全て デリー(ヤ ムナー河 畔) 奴隷王朝 (1206~ 1290)※モン ゴル帝国と同 年 ① 国名の由来=スルタンや有力者に宮廷奴隷出身者が多い ② 建国 byアイバク(ゴール朝のマムルーク出身の武将) ※即位前に 1200 クトゥブ・ミナール(インド最古の大 モスクであるクトゥブ・モスクの塔)を造営 ③ インドを拠点とした初のイスラーム王朝 ヒンドゥー 中心のイン ド人にイス ラーム教を 強制せず ハルジー朝 (1290~ 1320) ① 建国者=☆ジャラールッディーン ② 地租金納化(14 早社) ③ 最盛期=★アラー・ウッディーン・ハルジー トゥグルク朝 (1320~ 1414) 14C ① 建国者=★トゥグルク第2代=★ムハンマド・ビン・トゥグルク
→ デリー・スルタン朝の最大版図を達成 ② 1398ティムールの侵入で事実上崩壊 ③ イブン・バットゥータが来朝 ※「旅行記(三大陸周遊記)」、モロッコの旅行家 サイイド朝 (1414~51) ① 建国者=元トゥグルク朝の地方長官★ヒズル・ハン → サイイド(ムハンマドの子孫)を自称して建国 ② 4代 37 年、デリー周辺のみの王朝 ロディー朝 (1451~ 1526) ① 建国者=★バフルール(バハロール) ② 1526 パーニーパットの戦い vs バーブル(ムガル帝国建 国)設問B・初級「唐の玄宗のとき広州に設置され,宋代に泉州,明州などにも置かれた海上交
易を管理する役所」なので、以下の通り、
「市舶司」ですね。
唐・第6代 最盛期玄宗
(李隆基) (712~756) ※玄宗が創設、 宋で完成した画 院 =☆翰林かんりん図画院と が い ん ① 韋后一派を倒し、武韋の禍を平定、父睿宗から禅譲を受けて即位 ② 治世の前半=713~741 開元の治=玄宗の治世の開元年間を称えた言葉 ・兵制=749 西魏以来の府兵制(性質=徴兵制)から募兵ぼ へ い制(性質=傭兵制)へ ・節度使(募兵制で集まった辺境に設けられた軍団の指揮官)一般化(創始×) → 最初の設置は 710☆河か西せい節度使 by 第5代☆睿宗 ※広東省↓ ・(堤挙)市舶司し は く し設置(海上貿易全般の管理を扱う役所)at珠しゅ江こう下流の広州 → 宋代では秀州・明州・杭州・温州・泉州・密州にも設置、明代まで存続 編集の都合上、以下省略設問C・初級「カスティリャと統合してスペイン王国を形成した国」とあるので、以下の通
り、
「アラゴン王国」です。
キ リ ス スペイン王国 1469カスティリャ王国の王女イサベル(74~カスティリャ女王)とアラゴン王国の 王子フェルナンド(74~アラゴン王フェルナンド2世)が結婚ト 教 ※夫婦共に教皇アレクサンデル6世から「カトリック両王」の称号 1479両国が合邦、スペイン王国成立 → フェルナンド2世とイサベル女王の共同統治に 1492 フェルナンド5世がナスル朝を征服、都グラナダ陥落=レコンキスタ完了 1492 イサベル女王がコロンブスの航海を援助