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「過失」及び「相当の注意」

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(1)

第三章

本章では︑﹁相当の注意﹂が国際法の一次規則の内容から参照されるのではなく︑むしろ一次義務の履行に関わる

具体的状況から﹁相当の注意﹂が参照される場合について検討したい︒前章で議論したように︑義務違反の認定にあ

,---=—=----..: —,

: 1=.6,11 

•=

ロ岡::

一定の事態に対する責任と﹁相当の注意﹂

はじめに第一章国際法上の﹁国家﹂と﹁過失﹂︵以上二二巻二号︶第二章国際義務の分類論と﹁相当の注意﹂︵以上ニ︱︱一巻一・ニ号︶

第三章一定の事態に対する責任と﹁相当の注意﹂

一領域使用の管理責任

1

領域使用の管理責任に関する判例の概観

2

領域外の管轄または管理下の事態に対する国家の管理責任

3

国際人権法・人道法における国家の積極的義務と管理責任

4

領域使用の管理責任の法的構造︵以上本号︶

国 際 法 上 の 国 家 責 任 に お け る

﹁過失﹂及び﹁相当の注意﹂

J

lJ

説 ︱ ︱

﹂ ‑

'  

、日

修 ガ

三五

に 関 す る 考 察 口

24-3•4-275

(香法

2 0 0 5 )

(2)

d

v e n e m e n t

)

﹂とい の注意の参照は義務の内容とは別に事案の一定の状況にもよると考えられる︒ たっての相当の注意の介在は特定の一次義務の内容︵義務の強度︶に依存するが︑それに尽きるわけではない︒相当

特に﹁相当の注意﹂は領域主権のコロラリーとして領域内での私人の行為を防止︵または処罰︶する国家の義務︵﹁領

域使用の管理責任﹂または﹁領域管理義務﹂と呼ばれる︶の問題として論じられてきたのであり︑この点の検討を抜

きにして注意義務の問題を論じ尽くしたということはできない︒相当の注意義務と考えられる一次義務の多くがこの

ような管轄下の私人の行為を規制する義務であることも︑相当の注意を違法行為が起きた状況の問題としても考えな

ければならないことを裏付ける︒

前章で検討したように︑

A g

は﹁行為の不法行為﹂とは区別される﹁事態の不法行為

o

( d e l i t s

うカテゴリーを提唱していた︒これは国家の行為そのものではなく︑行為の結果生じた外在的事態が違法となるもの

である︒その例として彼は︑爆弾の投下によって生じた敵国の病院の破壊や︑大使館に対する保護の欠如によって生

じた大使館への個人による攻撃といった状況を挙げていた︒

A g

o

ILC

の国家責任条文草案の審議過程において︑

﹁一定の事態を防止する義務﹂という義務のカテゴリーを提唱し

( A

g o

草案

二三

条︑

ILC

第一読草案二三条︶︑国

(2 ) 

家は外在的事態の発生を防止するため︑物理的に可能な限りで注意を払わなければならないとした︒

A g

が一次義務

o

の内容とした点は正確ではないと考えられるが︑﹁事態の不法行為﹂という概念は検討に値するように思われる︒

本章ではまず︑主として領域に基づく国家の責任の問題を検討する︒領域以外の管轄または管理の下にある事態に

も管理責任が及ぶこと︑人権法の分野における積極的義務との関連性を検討し︑領域管理義務の法的構造を考察する︒

次に領域とは無関係に国家に注意義務が課せられる状況について議論する︒

三六

24-3•4-276

(香法

2 0 0 5 )

(3)

国際法上の国家責任における「過失」及び「相当の注意」に関する考察口(湯山)

先に述べたように︑注意義務の問題は義務違反の生じた具体的状況︑すなわち国家の領域内で私人が有害な行為を

行う状況にも依存すると考えられる︒この問題は領域という国際法に特有の概念に関わり︑国内法からのアナロジー

が単純に妥当するとは限らない分野である︒そこで︑国家が領域に関して負う義務に関して国際判例を検討すること

領域使用の管理責任︵または管理義務︶の古典的言明は︑領域の帰属が問題となった

P a l m a s

島事件仲裁判決︵一

九二五年︶における

Hu

be

裁判官の以下の傍論に示されている︒﹁領域主権は⁝⁝国家の活動を表示する排他的権利r

を含む︒この権利はコロラリーとして義務を有する︒すなわち︑領域内において他国の権利︑特に平時及び戦時にお

けるその保全と不可侵の権利を︑各国が外国の領域でその国民のために請求しうる権利とともに︑保護する義務であ

る︒状況に対応する方法でその領域主権を表明することなしに︑国家はその義務を履行することはできない︒領域主

権は消極的側面すなわち他国の活動を排除することに自らを制限することはできない︒というのは︑それは︑国際法

がその擁護者であるところの最低限の保護をいかなる点においても保障するために︑人間活動が行われる空間を諸国

間で分割することに資するからである﹂︒ここでは︑領域主権が他国の法益を保護する義務をともなうこと︑空間を

国家によって分割することで国際法の規律が及ぼされるという考え方が見受けられる︒

A l a b a m

号事件判決

a

﹁領域使用の管理責任﹂に関する第一の先例は

A l a b a m

号事件判決(‑八七二年︶

a

にし

たい

︒ 1領域使用の管理責任に関する判例の概観 領域使用の管理責任

三七

である︒同判決は︑ワシントン

24-3•4-277

(香法

2 0 0 5 )

(4)

( 5 )  

三原則に定められた﹁相当の注意﹂は﹁中立の義務の不履行から交戦者の一方がさらされうる危険に正確に比例して

( i n   e x a c t   p r o p o r t i o n t o     t h r i e   s k s )

由 工 > 一

国 国 訪 以

mによって用いられなければならない﹂と定義し︑﹁本訴訟の主題を構成

する事実がそこから生じたところの状況は英国政府の側に一八六一年五月十三日に英国国王が発布した中立宣言に含

まれる権利及び義務の遵守のためのすべての可能な配慮の行使を求める性質のものであった﹂と認定した︒さらに

A l a b a m

号の建造︑艤装及び武装の事実から︑英国政府は中立義務の履行における相当の注意を用いなかったこと︑

a

特に建造中の米国の警告及び抗議にもかかわらず﹁適切な時に防止のいかなる実効的措置もとるのを怠った﹂こと︑

船舶の拿捕の命令は遅すぎて実行不可能であったことを認定した︒さらに︑追跡のためとられた措置は不完全であっ

て英国の責任を免除するためには不十分であること︑

A l a b a m

号が発見されえた英国の管轄下の港でなすべきであっ

a

たことをしておらず同船は英国植民地の港に数回自由に入港したこと︑英国政府は﹁その有する実施しうる法的な手

( 6 )  

段の不十分さを主張して相当の注意の欠如について自らを正当化することはできない﹂と認定し英国に賠償を命じた︒

この判決で注目すべき点は︑﹁相当の注意﹂の内容が予測される危険に比例したものであるとされ︑英国の現実に

有する手段にかかわらず一定の措置を義務づけられること︑英国のとった様々な措置がそのような注意の程度には不

十分であるとされたこと︑米国の警告及び抗議の存在を強調していることから了知または予見可能性の要素が強調さ

れていることなど︑注意義務の具体的な内容が判示されている点である︒

二五

年︶

P a l m a s

島事件の

H u b e

が同じく仲裁裁判官を務めたスペイン領モロッコにおける英国人財産事件仲裁判決(‑九

r

は︑スペイン植民地で起きた内乱や略奪による外国人の被害に関する事件であるが︑ここでも﹁他国の国民 スペイン領モロッコにおける英国人財産事件判決

三八

24-3•4-278

(香法

2 0 0 5 )

(5)

国際法上の国家責任における「過失ー及こゞ「相当の注意」に関する考察口(湯山)

た場合﹂はそうであるという︒ に関して一定の条件の下で他国に対して一国に負わせられる責任は︑

三九

つねに責任ある国の領域で生じる事態に限定さ

(7 ) 

れるものと理解されてきた︒責任と領域主権は相互に条件づけ合っている﹂と述べている︒

さらに︑﹁一定の程度までは︑その国民と財産を保護する国家の利益は領域主権の尊重に優先すべきであり︑その

ことは条約上の義務がない場合でもそうであ﹂る︒暴動︑反乱︑戦争に対して国家は責任を負わないものの︑そのこ

とは国家が暴動などの場合に一定の注意

( v i g

i l a n

c e )

の義務を負うことを排除しない︒﹁国家は︑革命的事態それ自

体に責任を負わないとしても︑可能な限りその結果に備えるため当局がなすことまたはなさざることに責任を負いう

る⁝⁝︒国家とその領域に居を定める外国人との関係における不介入の原則は︑行政と司法の通常の条件を前提とす

るだけでなく︑そのもっとも重要な目的︑すなわち内部の平和及び社会秩序の維持を実現する国家の意思を前提とし

ている︒国家は一定の注意の義務を負う︒革命の鎮圧などのためなすべきことまたはなさざるべきことを決定するの

は国家の当局であるが︑救援の可能性がもっともな理由なく明らかに惜怠されたなら︑または適当な時に通報された

当局が防止のいかなる措置もとらないならば︑さらに保護がすべての国の国民と同等の条件で付与されないならば︑

国家は︑その国民の利益に被害を受けた他の国家が無関心であるよう要求することはできない﹂と述べている︒そし

て︑﹁公権力がその付与された任務によって外国人の権利を保護するよう求められ︑かつその場合にそうすることの

できた状況における公権力の不作為は意図的な作為と同視しなければなら﹂ず︑それは特に﹁外国人を脅かしている

危険を公権力が警告されていた場合︑または害を受けた者がその国民である国の政府が現地の公権力の介入を要求し

判決は武装し組織化された集団による強盗行為

( a c t

d e s

e  b

r i

g a

n d

a g

e )

に関しても注意義務を負うとする︒しかし︑

その基準は暴動や反乱の場合と同様︑国際基準ではない︒﹁国際法に反する可能性のある行為の防止に関して国家の

24-3•4-279

(香法

2 0 0 5 )

(6)

不注意

( n e g

l i g e

n c e )

の問題が特に重要な役割を演じる国際法の分野︑すなわち海戦時の中立の分野においては︑国

家はその自由になる手段に対応する程度の監視を行うことのみを義務づけられることが認められるにとどまる︒その

手段が状況に見合うことを求めるのは︑国家に多くの場合対処することのできない負担を国家に課すことになろう︒

同様に︑払うべき注意は問題となる利益の重要性に対応するものでなければならないという命題は認めることはでき

ない﹂とし︑国家の負う注意の程度が﹁自己の物におけると同等の注意﹂であり︑国家は外国人︵外交使節の場合は

異なる︶に自国民と同等の保護を与えなかった場合にのみ責任を負うとした︒

さらに判決は︑﹁国家の責任は︑問題となっている状況においては︑有害な行為の防止における注意の欠如によっ

てだけではなく︑扇動者の刑事訴追さらに要求された民事的制裁の賦課における注意の欠如によっても生じうる﹂︒

しかし︑﹁刑事裁判の行動は実際には自然の限界内に制限されることになる﹂︒というのは︑個々の不法行為には可能

であっても革命や内戦に対しては不可能であるし︑それは社会が正常な状態にあることを前提とする︒防止の場合と

同様処罰にも事実の限界があり︑﹁刑事及び民事訴訟は結局︑国家の自由になる手段及び行使できる権能の程度にし

( 8 )  

か依存できないのである﹂︒ゆえに処罰に関しても国際基準を課すことはできないとした︒

この判決は︑領域の排他的支配の事実に基づいて︑国家は領域内での犯罪行為から外国人︵の待遇に関する本国の

権利︶を保護する義務を負うこと︑この保護の義務は有害な行為の防止︑さらに事後の刑事制裁または民事上の救済

にあること︑そしてこの防止及び処罰の義務は注意義務であることなど︑領域使用の管理責任の内容に関する古典的

な叙述として先例的価値を持つものである︒ただし︑判決は注意の基準を﹁自己の物におけると同等の注意﹂つまり

国内標準主義とし一般的な犯罪にもこの基準が適用されるとしているが︑反乱︑暴動についてはともかく︑外国人保

護義務の一般的な基準については孤立した先例であると思われる︒

四〇

24-3•4-280

(香法

2 0 0 5 )

(7)

国際法上の国家責任における「過失」及び「相当の注意」に関する考察(=)(湯山)

( s e e   t o ,  

注意する︶ことはカナダ自治領政府の義務である﹂と判ホした︒そして︑付託事項に従って︑二酸化硫黄

の排出量や気象データの計測及び記録︑二酸化硫黄の排出量の上限の設定︑施設の煙突の高度を上げないことなどの

( 1 0 )  

制度の設立を指示した︒

③ 

T r a i

熔鉱所事件米加仲裁裁判所判決l

一九四一年の

T r a i

熔鉱所事件米加仲裁裁判所︵最終︶判決は︑カナダ自治領内での熔鉱所の操業により生じた煤l

煙が米国ワシントン州内で損害をもたらした︑いわゆる越境環境汚染の事例である︒付託合意ではカナダの責任の存 在が前提とされていて︑賠償額や熔鉱所に関してとられるべき制度の決定が裁判所に付託された︒裁判所は︑

T r a i

l

熔鉱所が将来損害を生じさせることを差し控えるべきか否か及びそれはどの程度までかの争点に関連して次のように

論じた︒裁判所は﹁国家はいつでもその管轄内からの個人による有害な行為に対して他国を保護する義務を負う﹂と

( 9 )  

E a g l e t o n

の言明を引用する︒しかし︑越境汚染の問題についてもこの原則が適用されるかは定かではない︒そこ

で︑裁判所は米国連邦裁判所において大気汚染及び水質汚濁から生じた州間の準主権的権利に関する紛争が扱われた

判決を参照する︒仲裁裁判所は︑国際法において反対の規則がある場合や米国法上の特殊な事情がない限り︑これら

の判決を類推により踏襲することが合理的であるとする︒

四 そこで裁判所の導いた結論は︑﹁国際法さらに米国法の諸原則の下では︑事案が重大な結果を有するものでありかつ被害が明確で説得力ある証拠によって証明される場合には︑国家は︑他国の領域またはその財産もしくは人身に煤煙による被害を生じさせるような方法でその領域を使用しまたは使用を許す権利を持たない﹂︒そして︑﹁条約による約束を別として︑この行為がここで決定されたような国際法上のカナダ自治領の義務に合致すべきであるよう確保す

この判決は︑越境大気汚染が他国の領域主権の侵害という国際違法行為であり︑そのような形で国家が自国の領域

24-3•4-281

(香法

2 0 0 5 )

(8)

を使用する権利はないことを確認した︒ただし︑カナダの責任の認定が注意義務違反に基づくものか︑または注意の 要素を介在させないいわゆる厳格責任もしくは危険責任に基づくものなのかは︑付託合意においてすでにカナダの責

( 1 1 )  

任の存在が合意されていたこともあって︑判決からは必ずしも明確ではなく︑学説においても両方の見解がある︒し

か し

T r a i

熔鉱所の操業に関して命じられた制度の検討において︑濃度が一定の度合いを超えた場合に金額を支払

l

うという米国の主張を︑熔鉱所の操業に不当で不必要な障害を与えるとの理由で否定した点は︑注意義務の内容とし ての危険回避のための措置の合理性の認定と考えられ︑注意義務違反による責任として認定されたことを推測させる

( 1 2 )  

ものである︒

コルフ海峡事件国際司法裁判所判決

国際司法裁判所のコルフ海峡事件︵本案︶判決は領域使用の管理責任のリーディングケースとされている判決であ る︒被告アルバニアの領海であるコルフ海峡を通過した原告英国の艦船が触雷し大破した事案で︑アルバニアの直接

の関与は証明されず︑また誰が機雷を敷設したかも特定されなかった︒にもかかわらず︑ アルバニアの責任が認定さ

裁判所は︑﹁国際実行が示しているように︑その領域において国際法に反する行為が起きた国家はそれを説明する よう求められることは真実である︒同様に︑当該行為の状況またはその行為者を知らないと回答するにとどめること

によって︑この要求を免れることができないことも真実である︒

の手段を用いたことについて情報を与えなければならない︒しかし︑国家がその領土または領海に対して行使する支

(c on tr 6l e)  

た ︒

の事実のみから︑当該国家がそこで実行されたあらゆる国際違法行為を当然知っていたもしくは知る

一定の程度まで︑その自由になる情報収集及び調壺

24-3•4-282

(香法

2 0 0 5 )

(9)

国際法上の国家責任における「過失ー及び「相当の注意」に関する考察曰(湯山)

的である人道の基本的考慮︑海上交通の自由の原則及び他国の権利を害する行為のためにその領域を使用させてはな

( 1 4 )  

( n

e  

p a

s  

l a i s

s e r  

u t i l

i s e r

)

すべての国の義務に基づくものである﹂︒アルバニアは英国艦隊への機雷水域の警告

の欠如により上記の義務に違反したと認定された︒

( 1 5 )  

この判決の特徴の︱つは国家の管理責任が領海にも及ぶことを示した点である︒さらに︑この判決については︑国

際司法裁判所が客観責任の立場に立ったのか主観的な﹁過失﹂の介在を認めたものなのか︑あるいは客観的な﹁注意﹂

の欠如にアルバニアの責任の根拠を求めたのか︑それとも危険責任の考え方に基づいたのかに関して︑学説では様々 らない 敷設はありえなかったと結論づける︒ それ自体そして他の状況とは無関係に︑

四 べきであった︑またはその実行者を知っていたもしくは知るべきであったと結論することはできない︒この事実は︑

一応の責任

( r e s

p o n s

a b i l

i t e

pr

im

a  f

a c i e

,   責任の推定︶も挙証責任の転換も正

当化するものではない﹂と判示する︒そして︑﹁他方︑その国境の限界内で国家が行使する排他的領域支配は︑この

了知

( c

o n

n a

i s

s a

n c

e )

を示すための適切な証明方法の選択に影響がないわけではない︒その排他的支配の事実から︑

を行

う︒

国際法違反の被害国はしばしば責任が生じた事実の直接の証明をすることが不可能な状態にある︒より広く事実の推

( 1 3 )  

定または状況証拠を用いることが許されなければならない﹂と指摘する︒

裁判所は︑アルバニアがコルフ海峡における機雷敷設を知っていたことが間接証拠により支持されるか否かの検討

アルバニアの対外的声明︑機雷敷設の技術的条件と軍監視所の状況を検討してアルバニアの認識なしに懐雷

そこで︑﹁アルバニア当局の負う義務は︑通航の利益一般のために︑アルバニア領海における機雷水域を知らせる

こと︑及び近づきつつある時点で英国艦隊にこの機雷水域が艦隊をさらしたところの差し迫った危険を警告すること

にあった︒この義務は︑戦時に適用可能な一九0七年のハーグ第八条約ではなく︑戦時よりも平時においてより絶対

24-3•4-283

(香法

2 0 0 5 )

(10)

( 1 6 )  

に議論されている︒まず︑アルバニアの責任の根拠は同国の負う義務︵人道の基本的考慮など︶の違反に求められて

いて︑裁判所は主観的な過失を参照していないし︑また単なる損害の発生からアルバニアの責任を認める﹁絶対責任﹂

( 1 7 )  

や過失の推定または責任の推定といった﹁厳格責任﹂の立場もとっていない︒判決からは自明ではないが︑裁判所は

アルバニアの責任を不注意︵ネグリジェンス︶すなわち注意義務の違反による責任と捉えていたと考えられる︒その

( 1 8 )  

理由の第一は判決が英国政府や一部の裁判官が主張した危険責任の立場を明示的に否定したことである︒第二は︑判

決がアルバニアの負っていた義務を事案の具体的状況に照らして解釈し︑機雷の存在を英国に通報するという具体的

義務を導いている点である︒そして最後に︑英国艦隊の受けた損害の事実に加えて︑︵機雷敷設を監視する手段の存

在と事実からの推論により︶アルバニアが機雷の存在を﹁了知﹂していたこと︵﹁了知﹂を予見可能性と同視してよ

いかどうかは議論の余地があるが︶︑及び損害防止のための措置すなわち英国艦隊への機雷の存在の警告が時間的に

( 1 9 )  

可能であったことを確認してはじめて義務違反を認定した点である︒

とい

う︶

固在テヘラン米国外交・領事職員事件国際司法裁判所判決

最後の例は︑同じく国際司法裁判所の在テヘラン米国大使館員人質事件判決(‑九八0年︒以下︑大使館人質事件

である︒イラン国内の米国大使館及び領事館の学生活動家による占拠︑外交官に対する人質行為に対するイ

ランの責任が争点となった事件で︑裁判所は二つの段階に事実を分けて検討した︒その第一段階において︑裁判所は︑

暴徒はイランの公務員または機関ではなく︑イランが暴徒に大使館襲撃を授権したものでもないとして襲撃行為のイ

ランヘの帰属を否定したが︑イラン自身の行為がその国際義務︵外交関係条約二二条二項︑二九条など︶の違反を構

成すると判断した︒

四四

24-3•4-284

(香法

2 0 0 5 )

(11)

国際法上の国家責任における「過失ー及び「相当の注意」に関する考察曰(湯山)

自らの義務を履行するためその自由になる手段を有していた︒

( 2 0 )  

自らの義務の履行を完全に怠った﹂︒

この言明は︑一次義務である外交関係条約上の義務の違反の要件を示したもののようにみえるが︑その義務の内容

自体が接受国がその領域内において私人の行為から外国の外交公館及び外交官を保護することにあるので︑領域使用

の管理責任の適用事例と解して差し支えないであろう︒国際司法裁判所はイランの責任の要件として︑義務の認識︑

義務を履行すべき状況にあることの認識︑義務履行のための手段の存在︑義務の不履行を挙げているようにみえるが

( 2 1 )  

これらの条件が適切なものであるかどうかについては後で検討を行いたい︒

(d)  (c 

分に認識していた

そして︑以下のように結論する︒イラン当局は︑﹁固米国大使館の公館ならびに外交及び領事職員をいかなる攻撃及び不可侵の侵害からも保護するため︑ならびに前記の公館に存在する他の人物の安全を確保するため適当な措置をとるという効力を有する自らの条約上の義務を十

米国大使館によってなされた救助の訴えの結果として︑行動する緊急の必要性を十分に認識していた︒

いる﹂という︒

( w

e r

e  

f u l l   a

w a

r e

of) 

四五

すなわち︑事件前の同種の襲撃事件においてイラン当局が襲撃を阻止または撤退させるために迅速に行動した事実

を参照して︑﹁一九七九年十一月四日の事態に直面してのイラン当局の現実の行動に関して裁判所の前にある情報は︑

米国政府に対して事前に与えられた保障及び繰り返された緊急の救助の要求にもかかわらず︑暴徒が大使館に侵入す

ることを防止するため︑撤退するよう説得または強制するためのいかなる明白な措置もとらなかったことを証明して

24‑3・4‑285 

(香法

2 0 0 5 )

(12)

領域外の管轄または管理下の事態に対する国家の管理責任

①属地的管轄権以外の管轄権に基づく国家の管理責任

コルフ海峡事件で裁判所が判示した﹁他国の権利を害する行為のためにその領域を使用させてはならないすべての

国の義務﹂︑すなわち国家が領域に関して負う管理義務は︑領域と無関係な場合であっても国家は同種の義務を負う

ものであることが指摘されてきた︒領域そのものではなく︑国家が領域に対して持つコントロールの権能こそが責任

の要素であるならば︑領域外であっても同じようにコントロールの権能を持つ人や物︵船舶など︶に対しても管理義

( 2 2 )  

務を負うことは自然な推論であろう︒

一九七二年の国連人間環境会議で採択されたストックホルム人間環境宣言の第ニ︱原則であろう︒そ

こでは︑﹁国家は⁝⁝その管轄または管理の内にある

の管轄の範囲を越える地域の環境に損害をもたらさないよう確保する責任

( r e s

p o n s

i b i l

i t y ,

仏語は

d e v o

i r )

を有

する

( 2 3 )  

と規定している︒そこでまず参照されているのは領域ではなく︑﹁管轄︵権︶﹂という概念であり︑次に﹁管轄﹂とは

異なる﹁管理︵コントロール︶﹂という概念である︒﹁管轄﹂は領海を含めた国家の領域︑﹁管理﹂は国家のコントロ

( 2 4 )  

ールの下にある国民︑国家の旗を掲げる船舶︑国家の領域において設立された会社を包含するものと解される︒つま

り︑

﹁管

理﹂

の意味するところはとりわけ属人主義や旗国主義に基づく管轄権である︒そしてこの義務は注意義務で

( 2 5 )  

あると解される︒

国家は自国民の領域外での行為に対して対人主権のコロラリーとして注意義務を負いその違反には責任を負いう る︒例えば︑国際司法裁判所の﹁安保理決議二七六(‑九七

0

年︶にかかわらずナミビア︵南西アフリカ︶において

南アフリカが継続して存在することの法的効果﹂事件︵以下︑ナミビア事件︶の勧告的意見(‑九七一年︶のA

no

un

その

典型

は︑

( w i t

h i n  

t h e i

r   j u

r i s d

i c t i

o n  

o r

control))18~

 

動 が

i m

国のまたは国家 四

24-3•4-286

(香法

2 0 0 5 )

(13)

国際法上の国家責任における「過失ー及び「相当の注意」に関する考察

(湯山)

四七 相当の注意は

裁判官の補足意見は︑﹁政府は中立に反する個人または集団のあらゆる行為を防止するため相当の注意を行使しなけ ればならない︒この義務は国民

( l e s

n a

t i

o n

a u

x  

e t  

l e s  

r e s s

o r t i

s s a n

t s )

さらに外国人住民を対象とする︒相当の注意を払

うことは︑制裁を含む立法措置を含めた適当な措置がとられなければならないことを意味する︒というのは︑義務が

課される国家はその自国民及びその法の下に生活する者に義務を負い︑統治に用いる立法︑行政または司法のあらゆ

( 2 6 )  

る種類の措置を用いなければならない﹂と述べる︒

また

C o

n d

o r

e l

l i

は︑国家に帰属しない私人の行為に国家が責任を負うのは国家による領域空間のコントロールの

( 2 7 )  

事実からであるが︑このコントロールは空間だけでなく一定の私人の活動にも及ぶことを指摘している︒

Sm it hも ︑

各国が自国民の国外での行為に関する立法管轄権を有することから︑事前の防止の立法及び事後の当該法令の執行︵処

罰︶により︑国際法に違反する行為に対して相当の注意を払ってこの管轄権を行使する義務を負うと主張する︒一違

反となる行為を防止またば処罰する法的権限を国家が有する場合は︑それがどこで起きようとも︑

当該権限の行使を要求すべきである﹂と述べる︒その例として︑自国民の国外での中立侵犯や隣国への敵対行為を防

止する義務や︑スペイン領モロッコにおける英国人財産事件

( M

e n

e b

h i

事件︶においてスペイン領モロッコの域外で

( 2 8 )

2 9 )

 

起きた窃盗の刑事責任追及の欠如にスペインの責任を認定した例を挙げている︒

( 3 0 )  

また︑この管理義務は個人だけではなく企業の域外での行為にも及ぶ︒ストックホルム人間環境宣言にいう﹁管理﹂

( 3 1 )  

は国内で設立された会社に所有される外国子会社には適用されないものとされていたが︑近年は﹁実効的管理﹂の概

念の下に多国籍企業の行為︵特に環境汚染行為︶に対する親会社の本国の属人的管轄権に基づく管理義務が議論され

( 3 2 )  

るにいたっている︒

ただし︑このような属人的管轄権に基づく管理責任はその適用の局面は限定されている︒というのは︑本国のなし

24‑3・4‑287 

(香法

2 0 0 5 )

(14)

うる措置は原則として規制のための法令の制定にとどまり︑行為者たる私人が国外に滞在する限り実効的な執行措置

( 3 3 )  

は困難なことが多いと思われるからである︒特に︑問題となる行為が他国の領域内で行われた場合は︑属人主義に基

づく本国の管轄権と領域国の属地的管轄権が競合することになり︑原則として領域国の管轄権が優先すると考えられ

る︒行為者たる個人が領域国内にとどまれば︑国籍国の執行管轄権は及ぼせない︒そこで︑属人的管轄権に基づく管

理義務が主に問題となるのは国家の管轄を越えた地域すなわち国際公域においてであろう︒南極や深海底については

( 3 4 )  

国籍国のコントロールと責任を認める規則も存在する︵南極については南極条約八条及び一

0

条︑深海底については

( 3 5 )  

国連海洋法条約一三九条など︶︒

H a

n d

は︑ストックホルム宣言第ニ︱原則の義務は領域外の宇宙空間︑公海︑深海

l

( 3 6 )  

底などの私人の活動に拡大するものであると主張する︒

属地的管轄権以外の管轄権に基づく管理義務の中で重要なのは︑船舶に対する旗国の管轄権︑航空機に対する登録

国の管轄権であろう︒

船舶の旗国のコントロールと責任については︑船舶領土説に基づくものではあるが︑常設国際司法裁判所のローチュ

ス号事件(‑九二七年︶の

M o

o r

裁判官の反対意見ーーーこれも領域使用の管理責任の古典的言明として学説におい

e

てしばしば引用されるが次のように述べる中で言及している︒﹁国家がその領土

( d o m

i n i o

n )

内における他国ま

たはその人民に対する犯罪行為の実行を防止するため相当の注意を払わなければならないことは十分に確立されてお

︑ 属 地 的 管 轄 権 の 原 則 そ れ は 公 海 上 の 船 舶 に 関 し て 存 在 す る の で が 加 害 船 舶 の 属 す る 国 に 有 利 に 特 別 か つ

( 3 7 )  

一方的な作用を有するならば︑対応する特別の責任

( l i a b i l i t y )

があると期待できる﹂︒

海洋法は︑船舶を私的船舶︵商業的役務に使用される政府船舶を含む︶と軍艦及び非商業的役務に使用される政府

( 3 8 )  

船舶とに区別しており︑それぞれ異なる責任の制度が適用されるとされる︒後者の国家の船舶は国家機関となり︑国

四八

24-3•4-288 (香法 2 0 0 5 )

(15)

国際法上の国家責任における「過失ー及び「相当の注意」に関する考察曰(湯山)

四九

連海洋法条約三一条などに基づき当該船舶が沿岸国や他国の船舶に与えた損害について︑船舶の属する国家が直接賠

( 3 9 )  

償責任を負う︒前者のカテゴリーの船舶は私人として扱われ︑国連海洋法条約三

0

四条に従って国家責任に関する一

般国際法が適用されるので︑その行為は旗国に帰属しないが︑旗国は私的船舶が国際法に合致して行為することを確

( 4 0 )  

保するため適当な措置をとる義務を負うとされ︑当該義務の違反があれば責任が発生すると考えられる︒海洋法条約

( 4 1 )  

は旗国に船舶に対して種々の規制をとるよう義務づけている︒特に海洋環境の保護の分野では︑旗国に自国船籍の船 舶に対して汚染の防止もしくは軽減または一定の基準の実施のための法令の制定または執行︵処罰︶などの義務を定

( 4 2 )  

める条約がいくつか存在する︒学説ではこの場合の責任も﹁相当の注意﹂の欠如に基づくと解している︒民間航空機

︵ 認

に関する登録国の管理の権限と責任︵国際民間航空条約︱二条を媒介とした︶についても同様に考えられる︒

宇宙空間における宇宙物体についても打ち上げ国の管轄権と管理責任が及ぶが︑この場合の責任は不注意による責

( 4 4 )  

任ではなく︑国家の直接責任であり場合に応じて危険責任または絶対責任となる︒

以上みてきたように︑国家の管理責任は国家の有する属人的管轄権︑旗国管轄権︑登録国管轄権などを媒介として

国家の領域を越えた事態に対しても及びうる︒

W y l e

は国際法により注意義務の妥当する範囲が国家の領域を越えて

r

実効的コントロールを及ぼしうる範囲にまで空間的に拡大していく傾向を﹁脱地域化

( d e l

o c a l

i s a t

i o n )

﹂と呼んでい

( 4 5 )  

る︒このような責任の根拠は国家がその自国民や船舶︑航空機などに及ぼしうるコントロールの権利及び実効的にコ

( 4 6 )  

ントロールする手段にある︒

そこで︑法的な権利があってもコントロールのための手段に制約があれば︑対応する注意の程度も低いものとなら

ざるをえない︒先に述べたように︑国家は領域外で起きる行為について︑それを規制するための法令を制定すること

はできても︑当該法令を執行し取り締まるための十分な能力を備えているわけではなく︑実効的な執行措置は国家の

24-3•4-289

(香法

2 0 0 5 )

(16)

能力に依存する︒

Wy

le

は︑旗国の船舶に対する管理責任の文脈であるが︑内陸国が旗国である船舶の場合や旗国以r

外の国で建造し傭船された船舶の場合があって︑義務履行のために各国の自由になる手段は様々であるので違法性の

( 4 7 )  

評価は事案に依存するとしている︒さらに︑問題となった事態が本国︵旗国または登録国︶以外の国の領域内で起き

た場合︑例えば船舶の旗国の管轄権と領域国の管轄権の間に︑あるいは多国籍企業の親会社の本国の属人的管轄権と

( 4 8 )  

領域国の管轄権との間に管轄権競合の問題が発生するであろう︒通常は領域国の管轄権が優先するものと考えられる︒

事実上の支配の下での事態に対する国家の管理責任

国家の管理責任は属地的︑属人的その他の管轄権という法的な権限のみから生じるものではない︒もちろん領域以

( 4 9 )  

外に︑国家がその統治︵施政︶を適法に委ねられた一定の地域についても管理責任は準用されるであろう︒さらに︑

法的根拠を欠いたまま一定の地域を事実上支配している場合にもそのコロラリーとして︑規制しうる立場にあること

代表的な言明は国際司法裁判所のナミビア事件勧告的意見である︒国連による委任統治終了後も南アフリカ政府が

ナミビアに不法に残留し続ける事態の法的帰結について︑裁判所は次のように判示した︒

﹁現在の違法な状況を維持し権原なく当該領域︹ナミビアの領域︺を占領することによって︑南アフリカは国際義

務の継続する違反から生じる国際責任を負う︒また南アフリカはその国際義務の違反またはナミビア人民の権利のい

かなる侵害にも責任を負う

( r

e m

a i

n s

a c

c o

u n

t a

b l

e )

︒南アフリカがもはや当該領域を統治するいかなる権原も有してい

ないという事実は︑この領域との関係でその権力の行使に関して他国に対する国際法上のその義務及び責任から南ア

フリカを免れさせるものではない︒主権または権原の正統性ではなく︑領域の物理的支配

( p h y

s i c a

c o l

n t r o

l )

こそ

が︑

を理由として管理義務は発生する︒

五〇

24‑3・4‑290 

(香法

2 0 0 5 )

(17)

国際法上の国家責任における「過失ー及び、「相当の注意」に関する考察曰(湯山)

一九七四年にキプロス

( 5 0 )  

他国に影響する行為についての国家の責任

( l i a b i l i t y )

の根

拠で

ある

︒﹂

国際司法裁判所は法的な権利を欠いた領域の事実上の支配の場合においても︑その支配の事実そのものから管理義

務が生じることを示した点で興味深い︒むしろこの判示からは︑法的権利よりも﹁物理的支配﹂または領域の﹁実効

( 5 1 )  

的かつ排他的支配﹂という事実こそが国家の管理義務の淵源であると解することもできる︒

法的権原を欠いた事実上の領域支配として想定されるのは一方の交戦国による他方の交戦国の領域の軍事占領の場

合であろう︒国際人道法︵武力紛争法︶

を履行しなければならないだけでなく︑

( 5 4 )  

ければならないのである︒ は占領地における占領国の権力の行使に様々な制限を課している︒

戦規則四三条は﹁国ノ権カ力事実上占領者ノ手二移リタル上ハ︑占領者ハ⁝⁝成ルヘク

(a ut an t  qu 'i  

e s t   po ss ib le )

共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ

(p re nd ra to ut es l e   s   m

cs ur cs   qu i  d ep en de nt e  d u i   l ) ﹂

と規定して︑占領国に占領地における秩序を維持するよう義務づけており︑この義務は相当の注意を払う義務である

( ﹁ き

と解されているこまた︑ジュネーブ第四条約︵文民条約︶は占領地の住民及び財産を保護する多数の規定を持ち︑特

に二七条及び六四条は第四条約上の義務の履行や占領地の秩序ある統治などの目的での占領地住民へのコントロール

( 5 3 )  

の権利を占領国に付与していて︑管理責任の基礎をなすものと考えられる︒従って︑占領国は自身が人道法上の義務

コントロールの権利を行使して︑私人による侵害からも被保護者を保護しな

さらに︑欧州人権条約の実施機関は同条約の締約国が軍事占領下の地域についても欧州人権条約上の義務を負うこ

とを認めている︒例えば︑キプロス対トルコ事件の欧州人権委員会の決定(‑九七五年︶

ょ ︑

ハーグ陸

北部に軍事侵攻したトルコの北キプロスにおける責任に関連して︑次のように述べている︒

﹁︹欧州人権︺条約一条において︑締約国は﹃その管轄内

wi th in

t h e i r   ju ri sd ic ti on

﹄︵仏文テクストでは﹃管轄に属す

24-3•4-291

(香法

2 0 0 5 )

(18)

﹄ ︶

r e l e v a n t d e   l e u r   j u n s d i c t i o n  

のあらゆる者に第一節に規定された権利及び自由を確保する義務を負う︒委員会は︑

この文言は⁝⁝関係締約国の国家領域に等しいまたはとどまるものではないと認定する︒文言︑特に仏文テクスト及

び条文の趣旨から並びに全体としての条約の目的からは︑締約国は︑その権限

( a u t h o r i t y )

がその領域内で行使され

るか国外で行使されるかに関わらず︑その現実の権限及び責任の下にあるすべての者に前述の権利及び自由を確保し

なければならないことは明白である⁝⁝︒委員会はさらに︑登録された船舶及び航空機を含む国家の国民はどこにい

るのであれ部分的に当該国家の管轄内にあり︑そして外交または領事職員及び軍隊を含む国家の権限を与えられた公

務員は国外にある場合管轄の下に留まるだけでなく︑いかなる他の人︵身︶及び財産を当該人及び財産に権限を 行使する程度で国家の﹃管轄内﹄におくことになると考える︒その作為または不作為により︑当該人または財産

( 5 5 )  

に影響を与える限りで国家の責任は生じる﹂︒

一九九六年の

L o i z i d o u

事件本案判決では︑トルコ軍占領下の北キプロスに樹立された﹁北キプロス・トルコ共和

国﹂の行為に対するトルコの責任が問題となった︒判決は次のように述べている︒欧州人権条約一条の﹁管轄﹂の概

念は締約国の領域に限定されず︑締約国の責任はその領域外での当局の作為不作為によっても生じる︒関連する国家

責任の原則に従って︑﹁締約国の責任は︑軍事行動合法か違法かを問わず││'の結果として︑その国家領域外の

地域の実効的コントロールを行使する場合にも生じうる﹂とし︑人権を保障する締約国の義務は︑直接にかその軍隊

または下位の地域的統治体を通じてかを問わず︑そのようなコントロールの事実から導かれる︒トルコが﹁北キプロ

ス・トルコ共和国﹂の行為に詳細にわたるコントロールを現実に行使したか否かを決定する必要はなく︑トルコ軍が

島の一部に実効的な全般的コントロール

( e f f e c t i v e   o v e r a l l   c o n t r o l )

  4'l,t:~L

ていることは北キプロスに駐留する多数

の部隊から明白であり︑そのようなコントロールの事実から北キプロス当局の行為に対するトルコの責任が生じると

24-3•4-292

(香法

2 0 0 5 )

(19)

国際法上の国家責任における「過失」及び「相当の注意」に関する考察口(湯山)

① 米 州 人 権 条 約

人権条約の実施機関の示した見解の中で︑もっとも注目に値するのは︑米州人権裁判所の

V e l a s q u e z

にし

たい

人権条約の実施機関の実行によれば︑国家は自ら管轄下の個人の条約上の権利を侵害しない義務を負うだけでな く︑他の個人による侵害から保護し︵いわゆる﹁第三者効力

D r i t t w i r k u n g

﹂の問題︶あるいは個人のおかれた一定の

状況を改善するなどの積極的義務を負うとされる︒それらは領域使用の管理義務すなわち伝統的な国家責任法におけ

る相当の注意義務の特徴を備えているように思われる︒以下︑本稿の関心に関係する限りで取り上げて検討すること 3国際人権法・人道法における国家の積極的義務と管理責任 のではないように思われる︒ この判決は北キプロスに対するトルコの実効的支配から北キプロス当局の行為に対するトルコの責任を導いた︒し

かし︑判決からは︑北キプロス当局がトルコの﹁事実上の機関﹂としてトルコに帰属するのか︑トルコの﹁地域的統

治体﹂として帰属するのか︑あるいはトルコに直接帰属しないがトルコの相当の注意を払って管理する義務の違反に

( 5 7 )  

よりトルコが責任を負うのかは明確ではなく︑学説においても様々な解釈がある︒少なくとも︑北キプロス当局の行

為に対するトルコの責任の根拠がトルコによるキプロスの一部の領域の実効的支配であったことは疑いない︒そし

て︑そのような実効的コントロールから施政国の人権を保護するための管理義務を導くことをこの判決は否定するも

( 5 6 )  

した

R o d r i g u e

z

24-3•4-293

(香法

2 0 0 5 )

(20)

償しなければならない︒ 件判決(‑九八八年︶であろう︒この事件は︑ホンジュラス国内で繰り返し行われた強制的失踪に関するものである︒申立人は

V e l a s q u e z R o d r i g u e

の家族らで︑米州人権委員会に対し︑彼がホンジュラスの警察及び軍により一九八一

z

年に逮捕状なしに拘束され︑治安部隊の基地において拘禁され拷問を受けたと申し立てた︒委員会は︑ホンジュラス

政府とのやりとりの後︑米州人権条約四条︵生命に対する権利︶及び七条︵身体の自由に対する権利︶の違反を指摘︑

その後米州人権裁判所に事件を付託した︒

裁判所の下した本案判決では

V e l a s q u e z

認定した︒彼を拘束した者がホンジュラス政府の関係者であることは十分に証明されなかった︒裁判所は︑ホンジュ

ラス国内で失踪が繰り返し行われたこと︑失踪の実行者がホンジュラスの軍及び警察の要員の手によってまたはその

命令の下で行われたことはホンジュラスの了知するところであったこと︑

V e l a s q u e z R o d r f   g u e

の失踪はこのような失

z

踪の実行の枠内でホンジュラス公務員の手でまたはその黙認の下で行われたこと︑ホンジュラス政府が失踪の実行に

有効な対応をとらなかったことなどを認定した上で︑国家の人権保護義務に関して次のように判示した︒

裁判所によれば︑米州人権条約一条一項は︑締約国に管轄に服するすべての人に条約で承認された権利及び自由を

尊重する

( r e s p e c t )

こと及び当該権利及び自由の自由なかつ完全な行使を確保する

( e n s u r e )

ことを義務づけている

という︒締約国は﹁尊重する﹂義務と﹁確保する﹂義務を負う︒前者の義務は公権力の行使に制約を課すものである︒

他方︑確保する義務は﹁法的に人権の自由かつ完全な享受を確保することができるように︑政府の機構及び一般に︑

公的権力が行使されるあらゆる機構を組織する義務﹂を含意し︑この義務の結果として︑締約国はいかなる人権侵害

も防止し︑調査︵捜査︶し及び処罰し︑並びに可能な場合には侵害された権利を回復し及び侵害から受けた損害に補

R o

品 d

u e

の失踪及び︵推定された︶死亡についてホンジュラスの責任を

z

五四

24-3•4-294

(香法

2005)

(21)

国際法上の国家責任における「過失ー,及び「相当の注意」に関する考察四(湯山)

国家の機関︑公的または公的実体及び公務員による人権侵害は︑国内法上適法か否かにかかわらず︑尊重する義務 の違反を構成する︒しかし︑国家に直接帰属しない人権侵害︵私人の行為である場合や責任ある者が特定されない場 合など︶も﹁それ自身の行為によるのではなく︑侵害を防止するため︑及び条約によって要求されたものとしてそれ

に対応するための相当の注意の欠如により﹂締約国の国家責任が生じる︒

五五

﹁国家は︑人権侵害を防止するため合理的な措置をとり︑並びにその管轄内でなされた侵害の真摯な調査を実行し︑

責任ある者を特定し︑適当な刑罰を科し及び被害者に適切な補償を確保するためその自由になる手段を用いる法的義

務を有する﹂︒この義務は人権保護を促進するための法的︑政治的︑行政的及び文化的性質のあらゆる措置を含むが︑

このような措置は各国の法と条件に応じて多様であるので詳細なリストを作成することは不可能である特定の人権 侵害の存在はそれ自体防止措置をとることの欠如を証明するものではない︒他方で︑拷問や賠殺を実行する槻関に人 を委ねることは︑実際に拷問または暗殺されなくても生命や身体に対する権利の侵害を防止する義務の違反を構成す 裁判所はまた︑条約上の権利を侵害するあらゆる行為を調査する義務を負い︑違反を処罰せず︑被害者の権利の完

全な享有をできるだけ早期に回復しないならば違反となると述べる︒しかし︑調査が満足すべき結果を産まなかった ことだけでは義務違反とならない︒にもかかわらず調査は真摯に行われなければならない︒調査は私人のイニシアチ プに依存する私的利益によってではなく客観的に行われなければならない︒条約に違反する私人の行為が真摯に調査

( 5 8 )  

されなければ︑当該私人はある意味で政府に援助されていることになり︑国家は責任を負う︒

裁判所は以上のように判ホし︑本件においてく

e l a s

q u e z

R o

d r

i g

u e

の失踪が公的権能の外観の下で行為する者によっ

z

て実行されたと認定したが︑かりにその事実が証明されなかったとしても︑調査などの政府機構の行為の欠如は一条

24‑3・4‑295 

(香法

2 0 0 5 )

(22)

②欧州人権条約│ー│︱九七0年代から八0年代まで

欧州人権条約の実施機関︵欧州人権裁判所及び欧州人権委員会︶においても国家の積極的義務を認める傾向が顕著

( 6 2 )  

であり︑その中には国家に帰属しない私人による侵害または事態に対して国家の管理責任を認めたと考えられる事例 て

いる

一条一項と併せ読まれた七条︑五条︵人道的な取扱いを受ける権利︶及び四条

( 5 9 )  

の 権 利 を 尊 重 し 確 保 す る 義 務 に ホ ン ジ ュ ラ ス は 違 反 し た と 認 定 し た

本判決は︑米州人権条約の規定という一次規則の解釈に関するものであるが︑その人権の行使を﹁確保する義務﹂

が︑第三者︵加害者が特定されない場合を含む︶による人権の侵害を防止し調査し処罰し事後の救済を付与する義務

であると解釈し︑それが国家責任法において伝統的な﹁相当の注意﹂を払う義務であることを明示したことで重要な

( 6 0 )  

意義を持つものである︒裁判所の示した確保する義務の内容は︑一般に﹁相当の注意﹂の内容とされてきた防止及び

処罰の義務︵正しくは防止義務及び処罰義務が﹁相当の注意﹂に条件づけられるとすべきであるが︶を参照して措定

されたと考えられる︒

特に︑裁判所の措定する﹁確保する義務﹂は︑次の二点で注意義務の特徴を備えていることにも注意しなければな

らない︒第一に︑確保する義務及びそれに含まれる防止義務などの具体的な内容は各国毎にそして事案の状況に応じ

( 6 1 )  

て様々であるとしていることである︒第二に︑確保する義務が結果の発生により違反が認められる義務︵すなわち結

果の義務︶ではないとされていることである︒裁判所は︑特定の違反の発生がつねに防止義務の違反を含意するもの

ではないとし︑また調査が満足すべき結果を産まなかったことは調査義務の不履行を意味するものではないとも述べ 一項の確保する義務に違反するとし︑

五六

24-3•4-296

(香法

2 0 0 5 )

(23)

国際法上の国家責任における「過失ー及び「相当の注意」に関する考察曰(湯山)

五七

が存

在す

る︒

積極的義務の存在が明確に表明されたのは欧州人権委員会のベルギー全国警察労働組合事件に関する報告(‑九七

四 年

であるとされる︒ベルギー法上政府との協議が認められる公務員労働組合としての資格が申立人たる組合には

認められず︑この場合のベルギー政府が立法者として責任を負うのか雇用者として責任を負うのか否かが問題となっ

た事例であるが︑報告の中で委員会は︑﹁条約が本質的に公権力の保持者としての国家に対して伝統的自由を保障し

ていることは真実である︒そのことは︑適当な措置によって︑他の個人︑集団または組織による一定の形式の干渉か

ら個人を保護することを義務づけられないことを意味するものではない︒もし条約違反を構成するような行為にそれ

( 6 3 )  

らの者が責任を負うとされないのであれば︑一定の状況においては︑国家がその責任を負うのである﹂と述べたこ

また

アイルランド対英国事件の委員会報告(‑九七六年︶に付された

S p e r

d u t i

委員の補足意見は後の裁判所の先

例にとって重要な意義を持つものである︒意見では次のような見解が示された︒﹁私の見解では︑条約の締約国は︑

条約第一節のリスト及び追加議定書に従って︑﹃その管轄に属するあらゆる者に﹄承認した権利及び自由のいずれか

の侵害を生じるあらゆる行為を差し控える義務を負うだけでなく︑同様に︑同じ権利及び自由を侵害するあらゆる行

為 そ れ が 国 家 の 機 関 及 び 公 務 員 に 由 来 す る か ま た は 個 人 も し く は 個 人 の 組 織 に 由 来 す る か を 問 わ ず を 禁 止 す るようその国内法秩序において当該権利及び自由の享受を保障する義務を負うそのことは特に条約一条の英文テ

( 6 4 )  

の語の使用から生じる義務である﹂︒クストにおける﹃確保する

s h a l

l s e

c u r e

欧州人権裁判所の判例における私人による人権侵害に対する国家の管理責任は︑違反を主張されている取扱いが国

内法により許容されていることが当該国家の責任を成立せしめるという︑国内法の欠如または不適切性による国家の

( 6 5 )  

条約違反の認定というユニークな形式から始まった︒

Y o

u n

g ,

r u

n e s

及び

W e

b s

t e

r 事件判決(‑九八一年︶がその嘴矢

24-3•4-297

(香法

2 0 0 5 )

(24)

であるが︑ここではX

及び

Y対オランダ事件判決(‑九八五年︶を取り上げたい︒

本事件は︑精神障害を持つ女性Yが性的犯罪の被害を受けたものの︑オランダ刑法典は一定の性的犯罪について被

害者が一定年齢以上の場合には本人の告訴がなければ刑事手続の開始を認めていなかったため︑Yの父親Xによる告

発が受理されなかったという事案で︑オランダ政府の条約八条︵私的生活及び家族生活を尊重される権利︶

申し立てられた︒﹁裁判所は︑八条の目的は本質的に公権力による恣意的干渉から個人を保護することにあるけれど

も︑単に国家に当該干渉を差し控えるよう強制するだけではないこと︑すなわち︑この第一次的に消極的な義務に加

えて︑私的または家族生活の実効的尊重に内在する積極的義務があることを想起する⁝⁝︒これらの義務は個人の相

( 6 6 )  

互間の関係の局面においてさえも私的生活の尊重を確保することを意図した措置の採用をともなう﹂︒

そこで裁判所は本件事案の検討を行う︒﹁裁判所は⁝⁝個人の相互間の関係の局面で八条の遵守を確保するために

考慮される手段は︑原則として締約国の評価の幅の中にある事項であると考える﹂︒私的生活の尊重を確保するため

には様々な手段があり︑義務の性質は問題となる私的生活の特定の側面に依存する︒ゆえに刑法の利用は必ずしも唯

一の答えではない︒しかし︑Yの場合には私法上の救済では不十分である︒﹁これは私的生活の基本的価値及び本質

的側面が問題となっている事例である︒実効的な抑止がこの分野では不可欠であり︑それは刑法規定によってのみ達

とし

て︑

成されうる﹂︒問題となっているオランダ刑法典の規定はY

に﹁実際的かつ実効的保護﹂を与えるものではなかった

( 6 7 )  

Yに関してオランダ政府の八条違反を認定した︒

この事件において︑Yに対する性的犯罪が直接オランダ政府に帰属するとか︑加害者個人が人権条約上の義務を負

うであるとはされなかった︒オランダ政府は私人間の関係においても人権の尊重を確保しYを保護する義務を負い︑

犯罪の発生に関連したオランダの行為により当該義務に違反したと認定されたわけである︒そしてその行為とは人権

五八

の違反が

24-3•4-298

(香法

2 0 0 5 )

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