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駒澤大學佛教學部研究紀要 53 - 010片山 一良「伝統仏教の比丘戒律 : 本篇(上)」

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(1)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty 駒 澤 大學 佛教學部 研究紀要第53 號 ZF 成 7 年

3

月 (

19

統 仏

丘 戒

 篇  

 

「序 編」 で は , 『パ ーテ n ッ カ』

Pa

timokkha

の 「

Nidana

に つ い て , そ の 註釈 『カ ン カ ー ヴ ィ タ ラ ニ ー』

 

(κα競 肱 加如 7α麗) と と もに , 和 訳 を もっ て

介し た 。 拙

稿

「伝 統 仏 教の 比丘 戒

序 篇 駒 沢 大 学 仏 教 学 部 論 集

25

号, 平 成

6

年 ) を ご覧い た だ きた い 。

 

「序」 の 趣 旨

仏 教に お ける

sahgha

い わ ば社

会 的根拠

と し ての く 和 合 〉 (samaggi と, 個人 的 根 拠 と して の く

清 浄〉 (

parisuddhi )

とを 確 認 し, 全

を維 持 し て行 こ う とする意

の 表 明に ある と言え る。 そ の こ と は 「註 釈」 が細か な説 明の で よく示 し て い る とこ ろで

る。

 

以 下に は , 「本

」 とし て,

に続 く具

的 な 『パ ー ィ モ ッ カ』 の 学 処 (

条 )を, 伝 統 的 解 釈に 基づ き, 順 次 紹 介 し たい と思 う。 た だ し, 本 稿で 扱 うもの は, 次の よ うな 最 初の 四章で あ り, その 章 名は通

に 従 う もの とす る。 一 二 三 四 第

波羅 夷 (

Parajika

章       4 条

Sahghadisesa

)の

章        

13

不 定 (

Aniyata

)の

章      

2

Nissaggiya

pacittiya

30

戒 1

4 〕

〔戒

5

17

〔戒

18

19

20

49

 

そ の 紹 介にあ た っ て は , まず 各 学 処に , その

号 と名 称,

227

戒 中の 通 し番 号 を, ま た 比丘 尼 戒と共 通しない もの に つ い ては * 印を付し て こ れを示 し た。 次に パ ー 各 学 処和 訳 と原 文を掲げた 。 そ して , これ に 随 時 「註 釈」 「

註 釈」 に よ る若 干の 説 明を加 えた が, そ れ らは あ くまで も

礎 資 料を

供 する範 囲に と どま る もの で し か ない 。 なお , こ こに使 用 され る文 献は次の 通 りで ある。

 

Be

, 

P4

’♂〃z盈 肋 α 一

P

σ

1

1977 (

ビル マ

ミャ ン マ ー

〕第

結集版 ) 〔

底 本

使

一 

332

 一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(2)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty (

20

) 伝統仏教の比丘戒 律一本篇 (上

H

LLI

   

Be

, 

K

伽 肋 励 ∫’α7α才z∫・

A

”肋 加 腕σ,

1977

(同第六

結集版) 〔

K

Re

   

資 料

Be

κ伽 肋 伽 ∫瓰 γ醐 ♂・

P

π短 〜畷 」々σ,

1961

六結

集版) 〔

略 号

KP

Be

κα競 肱 ””α プα

4bhinavalika

− ,

1961

(同

結集

版 ) 〔略 号

KA

R

・ ,

Ka

ikha

’ vitara12i

1956 (

PTS

版 ) 〔略 号

K

Re

S

α 〃1仞 z’αρσ3σ認 々♂,

1924

1947

PTS

版 )

略 号

SP

Re

7

勿α

y

αρ#α々伽 ,

1964

PTS

版 )

略 号

V

わ が国に おける

r

パ ー カ』 の 主 な和 訳 文 献 を

まで に 示せ ば、

の 通 り で ある。 『

南伝

』 (

律蔵

五所 収 「比丘波 羅 提 木 叉」) 昭 和

15年

,大

出版 『巴漢和 対 訳 ・ 戒 律の

本』

比丘 波羅提

叉)

長井 真 琴

昭和

50

, 国 書         刊 行 会 (初版 昭 和

4

年 )

r

典 史

論 』

戒 律の 研 究 ) 〔赤 沼 智

善〕

昭 和

56

年 復 刻 法 蔵 館 『二 百五 十 戒研 究

1

)(

n

) 〔平 川 彰 著 作 集 第

14

15

巻 〕 平 成

5 年

     社

331

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(3)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University 伝統 仏教の 比 丘戒 律一本篇(上)一 (片 山) (

21

波 羅夷

       

波 羅 夷の誦 唱 (

P5rhjikuddesa

)      そ こ で,つ ぎに 四 の 波 羅 夷 法が唱え ら れ ます。

tatr

ime

 cattaro  

parajika

 

dhamma

 uddesafU  

agacchanti

  〔波 羅 夷

1

〕  婬法に関 する学 処 (戒

1

     

比丘 に し て , もろ もろの 比丘 の 学 戒 と学 処をそな え た ま ま, 学 戒を捨

     

て る こ とな く, 非 力 を 明 らかに するこ と な く,

婬法

な うな らば,

     

た と え牝の

とで あっ て も, 波 羅 夷 と な り, 共 住で きな い 者 と な       るQ

   

1

 

methunadhamma −sikkhapada

     

yo

 

pana

 

bhikku

 

bhikkhttnarh

 sikkhasajivasamapanno  sikkhaih

     

appaccakkhaya  

dubbalyarb

 anavikatva  methunarb  

dhammarh

      patiseveyya

,  antamaso  

tiracchanagataya

 

pi

, 

parajiko

 

hoti

      asamvasO .

  「比 丘 」 とは, 〈来た れ,比 丘 よ〉 (ehi −

bhikkhu

),三 帰 依 (sararpa −

gamana

教 誠を

受 けるこ と (ovada −patiggahapa , 問答 (pafiha −vyakararPa ), 八重 法を受 け る こ と

(garudhamma −patiggaharPa ), 使者 (

data

), 八語 (a#

havacika

), 白四羯 磨 (

fiatti

catuttha −

kamma

の 八 種の い ず れか に よ っ て 入 団 (upasampada ) 〔進 具 〕 を得た者

をい うが, こ こ で は 白 四羯 磨に よ る 者 を さ す (

K

17

)。 「学 戒 」(sikkha ) とは 最 上 戒 (adhisila ) (

K

19

「学 処」(sajiva とは パ ー ィ モ ッ カ防 護 戒 (

Patimokkhasathva

・ rasila の こ と (

KA

.177。「て る こ と 」は, 〈私は 仏を捨て ます〉な ど と告げて成立する (

K

, 

20

。 「婬 法」(methuna ・

dhamma

)とは, 性 欲に纏 りつ かれた 同類の 二 人の行 為 (

K

21

)。 「波 羅 夷 と な り」 (parajika ) とは , 「頭 を 切 断 さ れ た者が その ,身体を もっ て生 き るこ とがで きな い よ うに , 婬 法を 行な っ た者は , 沙門で もな く釈子で も ない か ら, 波羅 夷とな

り」 (

V

IIL

 28 )敗 北した者 (

parajita

), 敗 北 し て い る 者 (parajayant ) と な る」

Sp

259

) とい うこ と。 「共 住で き ない」(asanivasa ) とは ,正規の 比 丘 と 共 同の 生 活 ・ 行 事がで きない こ と (

K

21

)をい う。 なお本学 処は, 仏が ヴェ ー

Vesali

い てが 旧 事件を 理 , 制 定された もの で ある。   〔波 羅 夷

2

〕 不 与 取に関す る学処 (戒

2

     

比丘 に し て, 村か ら, あ るい は森 か ら,

え られ ない もの を盗み心 に

     

よっ て取るな らば, ち ょ うど

え られ ない もの が

られた とき,

王 一

330

一 N工 工一Eleotronio  Library  

(4)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University (22)

2

伝統仏の比丘成律本篇( が盗 人を

らえ, 「お まえは 盗人 だ」 「お まえは

だ」 「お まえは ば か者だ 」 「お ま えは 泥

だ 」 とい っ て , 打ちつ けた り, 縛っ た り, 追 放 し た りする よ うな, そ うし た

え られ ない もの を比丘 が

るな ら ば , か れ もまた, 波 羅 夷 と な り,共住 で き ない 者 と な る。 adinnadana ・sikkhapada

yo

 

pana

 

bhikkhu

 

gama

 va  arafifia  va  adinnalh  

theyyasahkha

taTh

 

adiyeyya

 

yatharOpe

 adinnadane  rajano  cora 面

gahetva

haneyyurb

 

va

 

bandheyyu

 

va

 

pabbajeyyu

 

va ”

coro ’ si” , ”

balo

’ si” , ” mUlho ’ si” , ”

theno

’ si”

ti

 

tatharUpalh

 

bhikkhu

adinna 血

adiyamano

 ayam  

pi

 

parajiko

 

hoti

 asarbvaso .

  「gama とは, 「 一な ど 区分 の で あ り , そ れは塀が ある もの で も, 塀 がない もの で も, 有人で も, 無人で も, 何 らか の 隊商が最小 限

4

ヵ月滞 在し た もので も, すべ て と知ら れ る 」。 ま た 「森」 (arafifia /

rt

野)とは, 「村, 村の 周 辺 (gamUpacara ) を 除 く残 り」 (

K

26

)。 「与え ら れ ない もの」 と は, 昔の 貨幣で

1

パ ー

5

マ ーサ カ) , もし くは それに相 当する物 品を さす (

K

30

)。 「諸王 」 とは , 実際は ビ ソ ビサ ー つ い て言わ れて お り, 他の 者は 判断の基準に な ら ない (

K

29

30

と さ 。 なお本学処 は, ラ ー ャ ガハ (

Rajagaha

)に おい て , ダニ ャ長 老が 王 の 木 材を.盗んだ事件 を 理 由に, 制 定さ れ た もの で ある。

  〔

波羅夷

3

 

殺人 に関 する学 処 (戒

3

       

比丘 に し て , 故 意に人 身か ら

を奪っ た り, そ の命を

うこ との で き

       

る武 器 を 求め た り, 死 を賛 美 し た り, 死を

め た り, あ る い は 「お

       

い , 男よ, お ま えに は その 悪い つ ま らぬ

に な るの か。 お まえは

       

生 きて い る よ り死んだほ うがい い 」 と, こ の よ うに 心 に 思い , 心 に 考

       

えて, さ ま

まな方 法で死 を

賛 美

し た り, 死 を

め た り

るならぽ,

       

かれ は また , 波 羅 夷 とな り, 共住で きない 者 と な る。

    

3

. manussaviggaha −sikkhapada

       

yo

 

pana

 

bhikkhu

 saficicca  manussaviggaharb  

jivita

, voropey

       ya

, satthaharakarh  va ’

ssa  

pariyeseyya

, mara ロavaP ロalh  va

       

salhva

peyya

,  marapaya   va   samadapeyya

ambho  

purisa

       

kirb

 

tuyh

imina

 

papakena

 

dujjivitena

 matalh  

te

 

jivita

 seyyo ”

       

ti

, 

iti

 cittamano  cittasahkapPo  anekapariyayena  mara 章ava −

       

P

りalh  va  salhva

peyya

, marapaya   va   samadapeyya ,  ayam

       

pi

 

parajiko

 

hoti

 asathvaso . 一

329

(5)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University 伝統 仏教の 比丘戒 律一本 篇(上)一 (片 山) (23 )

  

「人 身」とは, 「受 精以後 ,命の ある人 間 として生ま れ た身 体」(

K

30

)の こ と。 「死 を 賛美した り」 とは , 「言葉に よ っ て , あるい は タ ー樹 葉な ど , 〈こ の よ うに して 死ぬ者は財を得 る〉な どの仕 方で死の を説いた り」(

K

31

)とい こ とである。 た だし, 「無 意識に 殺し てい る者 ,知らずに い る者 ,死 を意 図 し ない 老, 精 神錯乱老な どは無 罪で あ る

K

32

)。 なお本 学 処は, ヴェ ーサ ー リーに おい て , 多 くの比丘 が 互い に 生 命を奪い合 っ た事 件を理 由に , 制定さ れ た もの で ある。

 

波 羅夷

4

 

超 人法に 関 する

処 (戒

4

      

比丘 に し て ,悟 っ て い ない に もか かわ ら

, す ぐれ た 聖 な る

見の 超

      

人 法を , 自分に 関係 させ , 「わ た しは こ の よ うに知 っ て い る 」 「わ た し

      

は こ の よ うに

てい る」 と言い 触 らし た場 合, その 後に , 問い 詰め ら

      

れ て , 問い

め られ な くて も ,違犯 した 老 が浄化を求め て , 「友よ,

      

わ た しは こ の よ うに知 ら ない の に 知っ て い る と 言 っ た。 見て い ない の

      

に 見て い る と, 嘘, 偽 りを

べ た」 とこ の よ うに 語 るな らば,

上 慢

      

を除 き, か れ は ま た ,波 羅 夷 と な り, 共住で きない 者 と な る。

   

4

, uttarimanussadhamma −sikkhapada

      yo  pana  

bhikkhu

 

anabhilanarh

 

uttarimanussadhamma 血

      

attUpanayikarh  alamariyafiapadassana 血 samudacareyya ”

iti

      

janami

” ,

iti

 

passami

ti

, 

tato

 aparena  samayena   samanug

      

g

hiyamano

 va  asamanuggahiyamano  va  

apanno

 visuddha −

      

pekkho

 evalh  vadeyyaajanalh  evalh  

avuso

 avaca 函 ’

janami

      

apassalh

 

passami

, 

tuccha

 

musa

 

vilapin ”

 

ti

,  afifiatra

      

adhimana , ayam  

pi

 

parajiko

 

hoti

 asalhvaso .

  「聖 なる智 見」 とは , 「清浄 (visuddha ) に して最上 (uttama ) の , 三 明 (ti・vijja)

で ある

fiarpa

) とい う見 (

dassana

)」(

Sp

.489)。 「超 人法」 と は , 「超 人た る 禅 定 者

jhayi

)や聖 人 (ariya た ちの 法」 (

K

. 

33

, す な わ ち 「禅 (

jhana

), 解脱 (vimokkha ),

定 (samadhi , 等至 (samapatti ), 智見 (fiarPadassana ), 修道 (magga ・

bhavana

), 証果 (phala −sacchikiriya ),煩 悩 捨 断 (

kilesa

・pahana ), 心 の 離 蓋 (vinlvaranata cittassa ), 空屋の 歓 喜 (sufifiagare  abhirati )」 (

V

. 

III

91

)の こ と。 「浄 化」 とは, 「在

家者に な るこ と な ど」 (

K

33

をい う。 「増上慢の 者 」 とは, 「行 (safikhara )を三 相 (無 常 ・苦 ・無 我)に の せ て思 惟し観 (vipassan 弖に 努め てい る とぎ, 得られて い ない の に, 〈得た とい う思い〉 (

pattasafifiita

と称する慢 (adhimana )が起 こる

K

34

と言 わ れ る 。な お本学 処は,ヴェ ーサ ー リーに おい て , ヴァ ッ グム ダ ー川 辺で 雨 安 居に入 っ た 比 丘 ら が 飢饉時に 生活の た め超 人 法を言い ら し た事 件を理由に, 制 定 さ れた もの で ある。 一 

328

 一 N工 工一Eleotronio  Library  

(6)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University (

24

) 伝 統 仏 教の 比 丘戒 律一本篇(上一(片山 皆さん, 四 の 波 羅 夷 法は唱え られま し た。 比丘 に し て , こ の い

れ か一 つ で も犯 し た な ら ば, そ の

は 以 前 の よ う に , もろ もろの 比丘 と

る こ とがで きま せ ん。 波 羅

とな り, 共 住で きな い 者と な ります。  そ こ で , 皆 さ ん に お 尋ね し ます。 こ の 点に つ い て 清 浄で   し ょ うか。

 

再 び ま た, お尋ね し ます。 こ の 点に つ い て 清

で し ょ う   か。

 

三 た び ま た ,お尋ね し ます。 こ の 点に つ い て

浄で し ょ   うか 。

 

ここ に お い て , 皆 さ ん は

清 浄

で す。 そ れ ゆ え,

沈 黙

し て  い るの で

 

こ の よ うに , 私は こ の こ と を 了

い た し ます。

        〔

波 羅 夷 終わ る

uddittha  

kho

 

ayasmanto

 cattaro  

parajika

 

dhamma

yesalh

 

bhikkhu

 afifiatara  

h

 va  afifiatarath  va

pa

jjitva

 

na

 

labhati

 

bhikkh

hi

 

saddhi 血

 

sa 血vasa 血

yatha

 

pure

 

tatha

 

paccha

 

parajiko

 

hoti

 asarbvaso .

 

tatth

ayasmante

 

pucchami

, 

kacci

ttha

 

parisud

−  

dha

 

dutiyam

 

pi

 

pucchami

, 

kacci

ttha

 

parisuddha

 

tatiyam

 

pi

 

pucchami

, 

kacci

ttha

 

parisuddha

 parisuddh

’etth ’

ayasmanto

 

tasm2

 

tu

hi

,  evam  etalh  

dharayami

       〔

Parajikarh

 nitthitalh

 以上で 四 種 の 羅夷法の誦 唱はるが 波 羅 夷 罪に 台 計二 十 四種ある こ と が知 られねば な ら ない 何か とい うと, まず 一e・・一 (聖典) られ る比丘 四種 と比丘尼共 通の 四種 とで 八 種, そ れ ら と 去勢者 ・ な どの 「入 団不 可能 と称され る波羅 夷」(abhabbabh 且一

va ・sahkhata −

par

lika

)十一 種 とで 十 九 種 の波 羅夷罪に な る。 そ して在家者}こなる こ と を

望む 「比丘 尼 の還 俗 波羅夷 」 (

bhikkhuni

−vibbhantabhava −

P

°め て二 十種, さ らに

の 「随順波羅夷」(anuloma ・

p

°

)を 加 えれぽ二 十四種に なる (

K

34

)。

327

(7)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University

伝統仏’教の比 丘戒 律一本篇(上)一(片山) (25 )

僧 残

      

僧 残の誦唱 (

Sahgha

lisesuddesa

   皆 さん , つ ぎに また, 十三 の 僧 残 法が唱 え られ ます。

ime

 

kho

 

pan

ayasmanto

 

terasa

 sahghadisesa  

dhamm

         

uddesa 血

 

agacchanti

僧 残

1

 

射 精に 関 する学処 (戒

5

)*

     

故 意に 射

すれ ぽ, 夢 の 中を除 き, 僧 残 とな る。

   

1

 

sukkavissatthi −sikkhapada

     

safieetanika  sukkavisatthi  afifiatra  supinanta  sahgh 訌

diseso

  「僧 残」 とは, 「僧団 (safigha ) が, 初め (adi)に も 〔別住を与 え る た め に 〕, 残 り

(sesa )に も 〔中間に は マ ー

ッ タ を与え る た め に , ある い は本 日治 と ともに マ

ッ タを

与え る ため に,そ し て終わ りに は帰の た め に〕求め られる か ら僧 残 (sahgha ・2di −sesa

で ある 」(

K

35

)。 こ こ に い う 「別 住」(parivasa ) とは, この 罪を犯し隠 し て い た 場合に

その 口数 分だ け,まず最 初}こな う謹 慎 生活の こ と。「マ ー ッ タ」 (manatta ) と は, 別

住のな う本 来の 罰 則で あ り, 比丘の 主た る資 格が奪われた 六 日間の謹 慎生を い う (マ ーナ ッ タ に つ い て は 、 本 章 末 尾 註 参照 )。 もしその 間に 同罪を 犯せ ば, 本の 日 に戻っ て や

り治 す 「本 日治」(malaya  

patikassati

)の 罰 が与えられ る。 「復帰 」 (abbhana )とは ,

すべ てを終えて され る出罪の こ とであ り, そのため の 儀式に は 20 人の僧団 が求め ら れ ね ばな ら ない 。 な お 本学処 は, サ ー ァ ッ テ ィ (

Savatthi

)に お い て, セ ッ ヤ サ カ比丘 が自慰 行為に及ん だ事件 を 理 由に 制定 さ れた もの で ある。

 

〔僧 残

2

 

身体の 接触 に 関 す る学処 (戒

6

)*

     

比丘 に し て , と り

か れ ,

わ り果て た心で , 女 性 と身 体 を 接 触し,

     

手を握っ た り,

を 掴ん だ り, ある い は何れ かの 部 分を撫で た りする       な らば, 僧 残 となる。

   

2

 

kayasarbsagga

・sikkhapada

     

yo

 

pana

 

bhikkhu

 oti

po

 vipari atena  cittena  matugamena

     

saddhirh  

kayasalhsaggalh

 samapajjeyya  

hatthaggahath

  va

     

ve

iggaha

  

v2

 

afifiatarassa  va  a負

fiatarassa

 

va

 

ahgassa

      paramasanath

, sahghadiseso .

 

「と り憑かれ 」 と はJ 〔生欲に と り憑 か れ」。 「女性 と 」 とは ,「生 きて い る人間の女性 と,

た と え その 日に まれた ばか りの 女の 子 とで あっ て も」 (

K

36

)の意。 なお本 学 処は, サ

一 326 一

(8)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University (26 ) 伝統 仏教の 比 丘戒 律一本篇(上)一 (片山) 一 ァ ッテ ィ に お い て, ウダ ー自分 舎 を 見 っ て 来た女性の 身 体に 触れた 事件 を 理 由に 制定さ れた もの で あ る。

 

〔僧

3

 

卑 猥 な 言 葉 に 関 す る学 処 (戒

7

)*

     

比丘 に して, と り憑か れ , 変わ り果て た 心で, ち ょ うど若い 男 性が

     

行に関 す る言

を もっ て する よ うに , 女 性に ,

猥な言 葉

     

を もっ て話 し か けるな らば,

残 とな る。

   

3

 

dutthullavaca

−sikkhapada

      yo

 

pana

 

bhikkhu

  oti o viparipatena   cittena   matugamam

     

dutthullani

 

vacahi

 

obhaseyya ,

 

yatha

 

ta

 

yuva

 

yuvati

     

methunupasa 血

hitahi

 safighadiseso .

 

「卑猥な言葉」 とは , 「大 便道, 小便道, 性 行 為に関 す る言葉 」 (

K

37

)。た だ し, 「意味

(attha を 目 的 と して語 る 場 合,法 (

dhamma

)を 目的として べ る場 合,教 示 (anusasani )

を目的 とする場 合は, 違 犯に な ら ない」(

V

III

130

)。 なお本 学 処は , サ ー ァ ッ テ ィ に お い て, ウグーイ長老が 自分の 精舎女性卑猥な言葉を もっ て話しかけた事 件 を理由に, 制定さ れ た もの で ある。

  〔

僧 残

4

 

自分へ の 愛 欲 奉 仕に 関 す る 学処 (戒

8

)*         比丘 に し て , と り憑か れ , 変わ り果て た 心 で , 女 性の 近 くに お い て ,

      

貴女

よ, わ た しの よ うに 戒が

り, 梵

が あ り,

善 法

がある者に ,         こ の 法を もっ て奉 仕 す るな ら, そ れは奉 仕の 中の 最上 の もの だ 」 と,

      婬

行に 関 す る こ と を もっ て, 自分へ の

仕を賛 美 するな ら ぽ,

     

残 とな る。

   

4

 

attakamaparicariya ・sikkhapada

     

yo

 

pana

 

bhikkhu

 otip o viparipatena  cittena   matugamassa

     

santike  attakamaparicariyaya  va alh 

bhaseyya

, ”

etadagga 出

     

bhagini

 

paricariyana

ya

 m2disarb  silavanta 血

kalyapadha

     

mma 血

brahmacarirh

  etena  

dhammena

 

paricareyya

ti

 me .

     

thunupasalhhitena

, sahghadiseso 。   「戒があ り」 とは 殺 生 な ど を離れる こ とに よっ て , 「梵行 が あ り」とは婬 法 を離れる こ と に よっ て ,「善法が ある」 とはその 両者に よっ て, とい うこ とで ある (

K

38

)。 なお本 学 処 は ,サ ーヴァ に お い て, ウ ダーイ長 老 が 女性信者の家で 自分へ の 愛欲奉 仕を 賛美 し た事 件を 理 由に ,制 定 された もの で ある。

  〔

5

 

仲 介 に 関 する学 処 (戒

9

     

比丘 に して,

性の

意 向

を 女 性に , ある い は 女 性の 意 向を

性に, た 一

325

一 N工 工一Eleotronio  Library  

(9)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University

伝 統仏教の 比 丘戒 律一本篇 (上 )一(片 山) (

27

     

と え一 時 的で あ れ ,妻 と な る ため の ,あるい は夫 となる た め の , 仲 介

     

をする な らば,僧 残 とな る。

    

5

.  saficaritta −sikkh2pada

      yo

 

pana

 

bhikkhu

 sahcarittalh  samapajjeyya  

itthiya

 v

purisa

     

matirb , 

purisassa

 va  

itthimatirb

, 

jayattane

 va  

jarattane

 va ,

     

antamaso  

tarh

 

khapik2ya

 

pi

, sahghadiseso .   「仲 介」(saficaritta ) とは ,「男 女の 間 を歩ぎ 回 る こ と」 (

K

38

)をい 。 た だし 「僧 団の ため に あるい は塔の た めに , あるい は 病人 の ため に 用 事で行 く場合, 精 神錯 乱者の 場 合, 初 犯者の場 合は無 罪で ある」 (

V

IIL

 

143

) とされ る。 その うち僧 団の 用 事で行 く場 合 とは , 「職人 たちの 食ぺ 物や賃金の ため に, 病 人の 薬の ため に , 比 丘 を, 信士 が信女 の も とへ , あるい は信 女 が 信士 の もとへ す な ど合 」(KA .

235

236

。 なお本 学 処は, サ ーヴ ァ ッ テ ィ に お い て, ウ ダ ー老 が 信 者 齢 期 方 的 仲 介 し た 事 件を理 由に, 制 定された もの で ある。 〔僧 残

6

 

房 舎 建 立に関 する学 処 (戒

10

)*      比丘 が, 施 主の い ない , 自己指 定の , 房 舎を 自ら乞 い 求め て作 らせ る

    

場 合, 規 定 量の もの を 作 らせ ね ば な らない 。 その場 合の 規

量は次の      通 りで る。 す なわ ち , 長 さは 仏の 手 長で

12

手 長, 幅は 内規が仏の 手

    

長で

7

手 長であ る。 敷 地 を 指 定

るた め に , もろ もろ の 比丘 を連 れて

     来

なければ な らない 。 かれ ら比丘 は , 危 険の ない , 回 り切 れ る ほ どの

     敷

地 を指 定 しなけれ ば な らない 。 もし比丘 が , 危 険の ある, 回 り切 れ

    

ない よ うな敷 地に , 房 舎 を, 自ら

め て作 らせ た り, 敷地 を指 定      す る た めに ろ もろの 丘 を連 れて 来なか っ た り, ある い は 規 定量 を

     超

え た りする な らぽ, 僧 残 となる。

       

  

6

 

kutikara

・sikkhapada

    

sa 面

acikaya

 

pana

 

bhikkhuna

 

kutirh

 

k

訌rayamanena   assami

    

kalh

 attuddesath  

pamanika

 

karetabba

 

tatr

idath

 

pamaparb

    

dighaso

 

dvadasa

 vidatthiyo  sugatavidatthiya  

tiriyaih

 satta ・

    

ntar 巨. 

bhikkh

血 abhinetabba  vatthudesanaya

, 

tehi

 

bhikkhUhi

    

vatthulh  

desetabbath

  anarambha saparikkamanalh   sara

    

mbhe  ce 

bhikkhu

 vatthusmilh  aparikkamane   safifiacik 訌

ya

    

kuti

kareyya

, 

bhikkh

 

va

 

anabhineyya

 

vatthudesanaya

    

pamapa

血 va  atikkameyya  sahghadiseso . 一 324 一

(10)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

28

) 伝 統仏教の比 丘 戒 律一本篇(上)一(片 山 )

  「房 舎」(

kuti

) とは 漆 喰や粘 土で 内部を塗っ た もの (ullitta ), 外 部を塗 っ た も の

(avalitta , 内外を塗っ た もの (ullittavalitta )の い ずれ か (

V

. 

III

151

K

40

)を い

う。 個々 人の僧房を さす。 「仏の手 長 」 (

Sugata

−vidatthi )と

1

ま, 仏の 手の 長さ とい うこ と, 「平均 的 男性の 三 手 長, 大工 の 手に よれば

L5

バ ッ タ (約

75cm

)」 (

K

40

) とされる。 「危 険の ない (anarambha )はJ 蟻 ・ 白蟻 ・ 鼠 ・蛇 ・ 蝎 ・百 足 ・ 象 ・ 馬 ・ ラ イ オ ソ ・ 虎 ・豹 ・熊 …   う十 棲処 (asaya ) の危 険 , お よ び 七穀処 ・七菜処 ・屠 殺 場 ・刑場 ・墓地 ・庭 園 ・王 地 ・象 舎 ・馬 舎 ・監 獄 ・酒 屋 ・肉屋 ・車 道 ・四辻 ・集 会 場 ・幕 場 とい う十 六の 依 り所 (nissita の害の ない こ と (V . 

III

.151K .41 )い う。 「回 り切 れ る 」(saparikkamana は, 「二 頭 あるい は 四 頭の軛 牛に つ ない だ車が, 一輪 を軒 先 水 が 落ち る場 所に し,一輪を外に して 回転で き る 」(

K

41

)の 。 な お 本学処は, ア ー ヴィ ー (Alavi )に お い て, ア ーラ ヴィ ーの 比 丘 た ち が 自 分勝手に 房舎を求め 信 者 た ち を 悩 ませ た 事 件を 理 由に , 制定 された もの で ある。

  〔

僧 残

7

〕 

建立 に関 する学 処 (戒

11

)*

     

比丘 が、 施主 の い る,

指定

の , 大 きい

精 舎

を作らせ る場 台,

     

を 指 定 す るため に , もろ

ろの 比丘を 連 れて来 な け れば な ら ない 。 か          れ ら比丘 は , 危 険の ない , 回 り切れる ほ どの 敷地 を指定 しなけれ ば な

     

ら ない 。

し比 丘 が,

危険

の ある, 回 り

れない よ うな

地 に , 大 き

     

精 舎

らせ た り,

地 を指 定 す る ため に もろ もろ の比丘 を連 れて

     

来なか っ た りす るならば,

残となる。

   

7

 

viharakara −sikkhapada

     

mahallakath  

pana

 

bhikkhuna

 viharafU  

karayamanena

 sassa

     

mikalh   attuddesa 血

bhikkhtt

  abhinetabbfi   vatthudesanaya

     

tehi

 

bhikkhUhi

 vatthulh  

desetabbafU

 anarambhalh  saparikka −

     

manarh .  sarambhe   ce 

bhikkhu

  vatthusmirh   aparikkamane

     

mahallakath   vihararh  

kareyya

 

bhikkhU

  va

 

anabhineyya

     

vatthudesanaya  sahghadiseso .   「大 きい 精 舎」(mahallaka −

Vihara

) と}よ, 施 主 がい る こ とに よっ て 自分の ため に 求め た房 舎 (

kuti

)よ り大 きい もの で ま た内部を, あるい は外部 を, あ るい は 内外部を塗っ た もの

V

. 

III

.156 ;

K

42

)をい お本 学処は , コ ーサ ソ ビ ー (

Kosambi

)に お い て, チ 比 丘 が精 舎地 をめ る に ら も崇拝 を 切 ら 事 件 を 理 山 に, 制定 された もの で ある。

 

〔僧 残

8

 

悪 意 ・怒 りに 関 す る学 処 (戒

12

     

比丘 に して, 悪

を もち,

りを もち, 不満を もち, 他の 比丘 に , 根 一

323

 一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(11)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University 伝統仏教の比 丘戒 律一本 篇 (上)一 (片山 ) (

29

      

拠の ない 波 羅 夷 法を もっ て, 「こ の 者を こ の

行か ら

と して や ろ う」

      

と攻

する な らば, そ れ よ り

刻 に , 詰問 され て も

問 さ れ な く て

      

も, その

事柄

が ま っ た

く根

拠 の ない もの とわ か り, ま た 比丘 が怒 りを

      認

め る な らば,

残 と な る。

   

8

 

dutthadosa

−sikkhapada

      

yo

 

pana

 

bhikkhu

 

bhikkhu

duttho

 

doso

 appatito  amalakena

      

parajikena

 

dhammena

 anuddhalhseyya

, ”

app ’

eva  nama  na 塩

      

imamha

 

brahmacariya

 caveyyan ”

ti

, 

tato

 aparena  samayena

      

sarnanuggahiyamano  va  asamanuggahiyamano  va  amUlakafi

      

c’

eva  

tarh

 adhikara a  l 

hoti

, 

bhikkhu

 ca 

dosarh

 

patitthati

      

safighadiseso .

  「根拠の ない 」(amttlaka ) とは, 「攻 撃され る人に見 られ ない (adittha ), 聞か れ ない

(asuta わ れ ない (aparisahkita )」 (

V

. 

III

163

K

42

こ と。「波羅夷法を もっ て」 とは, 厂四波羅夷の い ず れか で もっ て」 (

V

IIL

 163), ある いは 「比丘 に相 応す る

十九の波羅 夷の い れ か で もっ て 」(

K

42

)の 意。 「梵 行か ら」 とは , 「比 [

L

の 状 態 か ら, 沙門のか ら, 戒 蘊 か ら, 修行の 徳か ら」(

V

III

164

)。 「詰問されて も」 と は 検 問者

(anuvijjaka に よ る詰 問をい う (

K

43

)。 「事 柄」 (adhikarapa )とは, 静論事 (vivada ・

a° ), 非 難 事 (anuvada ・a ° ), 罪 事 (apatti −a ° ), 行 事 (

kicca

−a ° )の四 を さす (

V

. 

III

164

。 な お本学処は , ラ ー ャ ガ ハ に い て , メ ヅ テ ィ ヤ比 丘 とブ ーマ ャ カ比 丘が メ ッ テ ィ ヤ ー比丘尼に 指 示し ダッ バ ・マ ッ ラ プ ッ タ尊 者を罪に 陥れよ うとした事 件を 理 由 に, 制定さ れた もの で ある。

 

〔僧 残

9

 

別 種に関 する学 処 (戒

13

      

比丘 に し て , 悪 意を もち, 怒 りを も ち, 不

を も ち, 他の 比丘 に, 波       羅 夷 法を もっ て, 別 種の 事 柄の 何らか の わずか に 類 似 し た 点を取 り上

      げ

, 「こ の

を こ の 梵

か ら

と してや ろ う」 と

攻 撃 す

るならば, そ

      

れ よ り

刻に ,

問さ れ て も詰 問 され な くて も, そ の .

事柄

が まっ た

      

別種の もの で も,何らか の わずか に 類 似 した点が

り上 げられ た もの

      

とわか り, また比 丘 が

りを認め るな らば,

残 とな る。

   

9

 

afifiabhagiya −sikkhapada

      

yo

 

pana

 

bhikkhu

 

bhikkhu

duttho

 

doso

 

apPatito

 

afifiabha ・

      

giyassa

  adhikarapassa  

kifici

 

desa

h

 

lesamattam

  upadaya

      

parajikena

 

dhammena

 anuddha 血 seyya

app ’

eva  nama  na  

b

      

imamha

 

brahmacariya

 caveyyan ”

ti

, 

tato

 aparena  samayena

 

322

(12)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University

30

) 伝統仏 教の 比 丘 戒 律一本篇 (上 )一

HL

 11

samanugg2hiyamano  va  asamanuggahiyamano  va  afifiabha −

giya

五 c’ eva  

ta

adhikarapa

hoti

 

koci

 

deso

 

lesamatto

upadinno , 

bhikkhu

 ca 

dosa

pati

thati

, sahghadiseso .

  「別種の事柄 とは , 「罪の別種 (

apattafifiabhagiya

)か, 事 柄の 別 種 (adhikararPa − fifiabhEgiya )か で ある。 どの よ うに 事柄は事 柄の別 種に なる か。 言争論 者は非 難 事の , 罪 事 の , 行 事の別 種にな る。 … …どの よ うに事 柄は 事 柄の 同種に な るか。 静論 事は 諍 論 事の 同 種に な る。 … …どの よ うに 罪事は罪 事の 別 種に なる か。 婬 法の 波 羅 夷 罪 は 不 与 取 の 波 羅夷 罪の 殺 人の波 羅 夷罪の , 超 人法の波 羅夷 罪の 別種に な る。 … …どの よ うに 罪事は 罪 事の 同種に な るか 。 婬 法の 波 羅 夷罪は婬 法の 波 羅 夷 罪の同 種に なる。 … …」(

V

IIL

 

168

)。「類 似」(

1esa

) とは 類似 なわ ち 生まれ (

1

巨ti)・ 名 (nama )・姓 (

gotta

)・ 特 相

1ihga

)・罪 (

apatti

)・鉢 (patta )・衣 (civara )・和 尚 (upajjhaya )・師 匠 (acariya )・ 臥 坐所 (senasana )の 類似 をい う (

V

. 

IIL

 

168

9

お本 学処は, ラ ー ャ ガハ に お て, メ ッ テ ィ ヤ比丘 とブーマ カ比丘 が牡 山羊 と牝山羊の 交尾 を 見 て, ダ ッバ ・マ ッ ラプ ッ タ者を罪にれ るため に 牡 山羊を ダ ッ バ ・マ ッ ラ プ ッ タ, 牝山羊を メ ッ テ ィ ヤ ー 尼 ) と 名付け, 両者が交わっ て い るの を 見た と言 い触 ら し た 事件を 理由に, 制 定さ れた も の で あ る。   〔僧 残

10

〕  破 僧に関 する学 処 (戒

14

     

比 丘 に して ,

和 合

団を

破壊

し よ うと努め た り, 破 壊に導 く事 柄 を

      取

っ て,

持 し続け るな ら ば, その 比丘 は, もろ もろ の 比丘 か らこ の

     

よ うに 言 わ れ ね ば な ら な い 。 「

者 よ, 和 合の 僧団 を 破 壊 しよ う と努

     

め た り, 破 壊に

事 柄

っ て , 固

けて は な らな い 。

     

は ,

団 と

調 し て ほ しい 。 な ぜ な ら,

団は , 和 合し, 相

び, 争

     

が な く, 一に誦唱 し ,

穏に 住 む もの だか らで る」 と。 こ の よ

     

うに そ の 比丘 が, も ろ も ろの 比 丘 か ら言 わ れ て も, その ま ま固 執 す る

     

な らば, そ の 比丘 は, もろ もろ の 比丘 か ら三

まで , それを

て る よ

     

う, 勧 告 されね ぽなら ない 。 もし 三 度 まで

勧告

さ れ て , そ れ を

て る

     

な らば, そ れ は よい 。 もし

て ない ならば , 僧 残 と な る。

   

IO

 

sahghabheda −sikkhapada

      yo

 

pana

 

bhikkhu

 samaggassa  sahghassa  

bhedaya

 

parakka

     

meyya  

bhedanasa

虚 vattanikarh   va  adhikara a由 samadaya

      paggayha

 

tittheyya

, so 

bhikkhu

 

bhikkhUhi

 evam  assa  vaca −

     

niyo ”m2yasm2  samaggassa  sahghassa  

bhedaya

 

parakkami

     

bhedanasafhvattanikarb

  va  adhikara alh  samadaya  

pagga

一 一

321

(13)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 伝統仏教の 比 丘戒 律一 本(上)一 (片 山) (

31

      yha

  atthasi ,  samet ’

ayasma

 sahghena , samaggo  

hi

 sahgho

     

sammodamano   avivadamano   ekuddeso  

phasu

  viharati ”

ti

     

evafi  ca so 

bhikkhu

 

bhikkhUhi

 vuccamano  

tath

eva  

pagga

     

pheyya , so  

bhikkhu

 

bhikkhUhi

 

yavatatiyalh

 samanubhasita

     

bbo

 

tassa

 

patinisaggaya

yavatatiyafi

 ce samanubhasiyamano

     

tarh

 

patinissajjeyya

 

icc

 

etarh

 

kusalarh

 

no

 

ce

 

patinissa

     

jjeyya

, sahghadiseso .

  「和 合」(samagga とは, 「同

共 住 (samana −sathvasaka 一の境 界 (samana −sima )に と ど まっ て い る」 (

V

. 

III

173

)の意。 「破 壊}こ導 く事 柄」 とは, 十八 事 〔非法を法 と説 く, 法を非法と説 く, 非律を律と説 く, 律を非 律と 説 く, 如来の 言 説 で ない もの を如 来の言 説で ある と説 く, 如来の 言 説 を 如来の言説で ない と説 く, 如 来の 習 わ しで ない の を 如来の わ し で ある と 説 く, 如来 の習 わ し を如来の 習 わ しで ない と説 く, 如 来の制定で ない ものを 如 来の 制定で ある と説 く, 如来の 制 定 を 如 来の 制定で ない と説 く, 無罪 を 罪 と説 く, 罪 を無罪 と説 く, 軽 罪 を 重 罪 と 説 く, 重罪を軽罪 と説 く, 有余罪を無 余 罪 と説 く, 無 余 罪を有 余 罪 と説 く, 麁悪 罪を非麁悪 罪と説 く, 非麁悪 罪を麁悪罪 と説 く〕 をい う (

V

IL

 

204

K

45

)。唱 し 」 とは 「パ ーテ ィ モ ッ カ の 誦 唱 (

Patimokkhu

ddesa

を 一緒に ない と い こ と。 「勧 告さ れね ば な ら ない 」 とは 「勧 告の 儀式 (sa − manubhasana −

kamma

な わ れ ね ば な ら ない」 とい うこ と (

K

.46 )。  な お本学処は, ラ ー ャ ガハ い て , デ ー ァ ダ ッ タ (

Devadatta

, 提婆)が 僧団の 破 壊を 企 て た事件を 理 由に, 制定 さ れた もの で ある。 ち なみ に かれ が事件 前に 要求した 事 柄は, 比丘は生涯,(1)森 住 者 (

arafirtika

) とな り,村辺に 入れば罪にすべ きこ と, (2)托 鉢 食者 (

piodapatika

)と な り, 招 待 食を受け れ ば罪に すべ きこと, (3)糞掃衣者 (palhsukU −

1ika

)と な り, 居士 衣を受け れ ぽ罪}こすべ きこ と, (4)樹 下 住者 (rukkhamUlika )と な り, 屋 内にぽ罪に こ と, (5)魚 ・肉 (maccha ・rnathsa く, 食べ れば罪に すべ こ と, とい う五 条で あっ た。そ し て, これに 対す る釈尊の解答は, (1)欲す る者は, 森に も村辺に も住ん で よい ,   托 鉢食で も招待 食で もよい , (3)糞 掃 衣で も居士 衣 で も受 けて よい , (4)八 ヵ月間の 樹下 住は許さ れて い る, (5)見ず ・聞かず ・疑わず とい う三 点が清浄で ある魚 ・肉は許されて い る, とい う もの で あっ た (

V

II

197

III

171

2

僧 残

11

 

破 僧の追 従に関 する学 処 (戒

15

    

その に, 一 人, あるい は 二 人, ある い は 三 人の 比丘 が 追

し,

    

衆論 者 と な り, かれ らが, 「

者 方 よ, その 比 丘 に 何 も言っ て は な ら

    

ない 。 その 比丘 は法 語 者で ある。 そ の 比 丘 は律 語 者で あ る。 そ の 比 丘

    

は , わ れわれの

め や好み を把

して

っ て い る。 われわれの こ と を 一 

320

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(14)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University (32)

11

, 伝統仏教の比丘戒 律本篇(上)一(片 山)   厂追 従 し」 (anuvattaka ) とは ,「その比 丘 の 意 見 (

d

tthi

) (ruci を受 け取 り 合に する言葉 (asamaggipakkhiya ・vacana を語る

K

46

をい お 本学 処 は, ラ ー ャ ガハ に お い て , デ ーヴ ァ ダッ タ に 追従し破 僧を 企 て た者たちの 事件を 理 由に ,

っ て , 話 して い る。 そ れ は わ れ わ れ に も

ま しい 」 とこ の よ うに

す な らば , も ろ も ろの 比 丘 は,かれ ら比丘 に , つ ぎの よ うに 言 わ ね ば な ら ない 。 「

者 方 よ, その よ うに 言 っ て は な ら ない 。 そ の 比 丘は法 語

で は ない 。 ま た , その 比丘 は

ない 。

尊 者方 も僧 団

の 破 壊を 望 ん で は な らな い 。 尊 者 方は , 僧団 と協 調 し て ほ しい 。 な ぜ な ら ば,

団は , 和 合 し, 相

び, 争い が な く, 一 誦 唱 , 安

に住 む もの だか らである」 と。 こ の よ うに かれ ら比 丘 が, もろ もろの 比 丘 か ら言わ れて も, その まま固 執 す るな らば , か れ ら比 丘は , もろ もろ の 比 丘 か ら三

まで , そ れ を

て る よ う,

勧告

されね ぽな ら ない 。 も し三度 まで

され て , そ れ を捨て る な らぽ , そ れは よい 。 もし捨て な い な ら ば , 僧 残と な る。

bhedanuvattaka

−sikkhapada

tass

eva

 

kho

 

pana

 

bhikkhussa

 

bhikkh

 

honti

 anuvattaka vaggavadaka

 

eko

 

va

 

dve

 

va

 

tayo

 va , 

te

 evarh  vadeyyurh , ”

ma  

ayasmanto

 etalh  

bhikkhuih

 

kifici

 avacuttha

, 

dhamma

vadi  ceso  

bhikkhu

, vinayavadi  c ’

eso  

bhikkhu

, amhakafi  c ’

eso  

bhikkhu

 chandafi  ca  rucifi  ca  

adaya

 voharati , 

janati

 no

bhasati

, amhakam  

p

 eta 血

khamati

ti

. 

te

 

bhikkhU

 

bhikkhUhi

evam   assu   vacaniya

, ”

ma  

ayasmanto

  eva 盃 avacuttha . na c’

eso  

bhikkhu

 

dhammavadi

 na  c’ eso  

bhikkhu

 vinayavadi .

ma  

tiyasmantanam

 

pi

  sahghabhedo   rucittha

,  samet ’

aya

・ smantana 由 sahghena , samaggo  

hi

  sahgho   sammodamano

avivadam 且no  ekuddeso  

phasu

  viharati ”

ti

.  evafi   ca

 

te

bhikkhU

 

bhikkhtthi

 

vuccamana

 

tath

 

eva

 

pagga

heyyu

te

 

bhikkh

bhikkhOhi

 

yavatatiyarh

 samanubhasitabba  

tassa

patinissaggaya

, 

yavatatiyafi

  ce   samanubhasiyamana  

tarh

patinissajjeyyurh

, 

icc

etarh  

kusalarb

 no  ce 

patinissajjeyyurh

, sahgh 翫

diseso

.       , 喜 び (

khanti

), 好み     , 従い 行 く者」 とい うこ と。 「別 衆論 者」 (vagga ・vadaka )と は, 「不 和 一

319

一 N工 工一Eleotronio  

(15)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University 伝統 仏 教の 比 丘戒 律一本篇 (上)一(片 山) (

33

) 制定さ れ た もので ある。   〔僧残

12

〕  言 葉 無 視 に 関 す る 関 処 (戒

16

)        比丘 が, 言 葉を無 視 す る老 と な り, 誦 唱 の 中に 含 ま れ てい る学処 に つ

       

い て , もろ もろの 比丘 か ら如 法に 話し か け られて い なが ら, 「

尊 者 方

       よ, わ た し に は 善い こ と で も悪い こ とで も, 何 も話 し か けな い で ほ し

       

い 。 わ た し も

者 方に ,

い こ とで も悪い こ とで も, 何 も話 しかけ る

       

りはい 。

者 方は, わた しに 話 し かける こ とを 止め て ほ しい 」        と, 自分に話 し かけ られ ない よ うに する な らぽ , もろ もろ の 比丘は ,

       

その比丘 につ の よ うに言わ ね ば な らない 。 「

老よ, 自分に話 し か

       

け られ ない に して はな らない 。

者は, ぜひ

分に 話し か け られ

       

る よ うに して ほ しい 。 ま た

尊 者

は , も ろもろの比丘 に

法に話 し か け        て ほ し い 。 も ろ もろの 比丘 も, 尊 者に 如 法に 話し か ける で あろ う。 な

       

ぜな らば, か の

世 尊

会 衆

は, こ の よ うに して ,

互 の

言葉

に よ り,

       

相互 に

帰 させ る こ とに よ り, 栄 え る か らで ある」 と。 こ の よ うに し        てそ の 丘 が, もろ も ろの 比丘 か ら言われて も, その まま固 執 す るな        ら ば, その 比丘 は , もろ もろの 比丘 か ら三 度まで , それ を 捨 て る よ        う, 勧 告されね ぽ な ら ない 。 もし 三 度まで 勧 告さ れ て, それ を捨 て る

       

なら ぽ, そ れは よ い。 もし

て な い な らば,

僧 残

と な る。

   

12

 

dubbaca

・sikkhapada

       

bhikkhu

 

pan

’ eva

 

dubbacajatiko

 

hoti

,  uddesapariyapannesu

       

sikkhapadesu  

bhikkhOhi

 sahadhammikark  vuccamano  atta .

       

narh   avacaniya  

karoti

, ”

ma   ma 血

ayasmanto

 

kifici

  ava ・

       

cuttha  

kalyapalh

  va  

p2pakarb

  vfi

,  aham  

p

ayasmante

  na

       

kifici

 vakkhami  

kalyanarb

 va  

papakalh

 va , viramathayasma −

       

nto  mama  vacanaya

ti

, so 

bhikkhu

 

bhikkhUhi

 evam   assa

       

vacaniyo

ma  

ayaSma

  attanarh   avacaniyath  akaSi . VaCa −

       

n1ya 廊 eva  

ayasma

  attanarh  

karotu

. 

ayasma

 

pi

 

bhikkhU

       

vadatu  sahadhammena . 

bhikkhU

 

pi

 

ayasmantalh

  vakkhanti

       

sahadhammena , eva 痴 sarbvaddha  

hi

 

tassa

 

bhagavato

 

parisa

       

yad

idalh

  afifiamafifiavacanena   afifiamafifiavu

thapanena

       

ti

. evafi  ca  so  

bhikkhu

 

bhikkhithi

 vuccamano  

tath

eva

       

paggapheyya

, so 

bhikkhu

 

bhikkhUhi

 

yfivatatiyarh

 samanu

318

(16)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty (

34

) 伝統仏教の 比丘戒 律一本篇(上)一(片山   「誦 唱」 (uddesa ) とは 「パ ー ィ モ ッ カ」 (

Patimokkha

)を さす。 とは, 「仏の制定 さ れ た学 処に よっ て 」 とい うこ と (

V

III

.178 )。 ソ ビーに おい て, チ ャ ン ナ (

Channa

) 長 老が自分に 語 らせ ない よ うに し た事 件を 理 由に, 制 定さ れ た もの で ある。

bhasitabbo

 

tassa

 

patinissaggaya

. 

y

且vatatiyafi  ce samanubha −

siyamano  

tarh

 

patinissajjeyya

, 

icc

’ etarh

 

kusalath

.  no   ce

pa

nisajjeyya , sahghadiseso .       ま た 「如 法に       な お 本 学 処は, コ ー

僧残

13

〕 

在 家 汚

に関 する学 処

17

)・        比丘 が, い ずれか の 村 , あるい は町に 依 存 し て住み , 在 家を 汚し, 悪

     行

を な し , ま た かれの も ろ もろ の

悪 行

が見 られ, 聞かれ, さ らに か れ        に よ っ て汚 された もろ もろの 在 家 が 見 られ, 聞か れるな らば, もろ も

     

ろの 比 丘 はそ の 丘 に , つ ぎの よ うに 言わ ね ば な らない 。

r

者は在 家

     

を汚し,

悪 行

を な し, また尊

の もろ もろの

行は 見られ ,

かれて

     

い る。 さ らに 尊

に よっ て 汚 さ れ た もろ もろ の

家 が 見 られ , 聞か れ

     

て い る。

尊 者

よ, こ の

居か ら立ち

るがよい 。

な たは , こ こ に

     

むべ で は ない 」 と。 し か し, こ の よ うに もろ もろ の 比 丘か ら言 わ れ

     

な が ら, その 比丘 がかれ ら比 丘 に , 「もろ もろ の 比 丘は欲 に

っ て い

     

る。 もろ もろ の 比丘 は

りに従っ てい る。 もろ もろ の比丘 は 愚か さに

     従

っ て い る。 もろ も ろ の比 丘 は恐れ に

っ て い る。 こ の よ うな罪を も

     

っ て, ある

を追 放 し, ある

を追

して い ない 」 と言 っ た な らば,

     

もろ もろ の 比 丘は , その 比 丘 に つ の よ うに言わ ね ば な らな い。 「

     

者よ, そ の よ うに 言 っ て は な ら ない 。 もろ もろの 比 丘 は欲に も

っ て

     

い ない 。 もろ もろの 比丘 は怒 りに も

っ て い ない 。 もろ もろ の 比丘 は

     

愚か さ に も従っ てい ない 。 も ろ も ろ の 比 丘 は恐れ に も従 っ て い ない 。

    

尊 者

は在 家 を

し, 悪

を な し, ま た

者の もろ もろの 悪 行 は 見 ら

     

れ, 聞かれ て い る。 さ らに尊 者に よっ て

さ れ た もろ もろの

在 家

    

られ, 聞か れ て い る。

者よ, こ の 住 居か ら立 ち去 る が よい 。 あ な た

     

は, こ こに 住 むべ きで は ない 」 と。 こ の よ うに し てその比丘 が, もろ

     

もろの 丘 か ら言われ て も, そ の ま ま 固 執 するな らば , そ の 比丘は ,

     

もろ もろ の 丘 か まで , そ れ を

て る よ う, 勧 告され ね ば な ら

    

ない 。 もし三

まで

勧告

さ れ て , そ れ を捨 て る な らぽ, そ れ は よい 。        も し捨て ない な らぽ , 僧 残 と な る。 一

317

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

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