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日本佛教學會年報 第42号(全)

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日本悌教組乎曾年報

第四十二競

(2)
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ー悌教における浄土思想

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(4)

つ 表 音

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。 れさ 谷 本号掲載 も を の 会 の で 場 論文 あ と る し は 。 て す 号 本 催開さ ベて 集 事務の偏 れた 五昭和 本 十 は 会A寸Mー' 年十 大 の 大 谷 術学 十月 学 大 会 六 お に 十 い お 七 て い 両 行 て 日 な 発

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浄 土 教 の 用 語 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 平 種

の 業 願 本日 4じρ

説 本 間 パム、 と 浄

来 と 法 華 経 に 見 ら れ る 浄 土 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 望 ||我此土安穏天人常充満を中心として 1 1 ﹁ 阿 弥 陀 経 ﹂ と ﹁ 大 阿 弥 陀 経 ﹂ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 苅 } || 村

谷 手 ノ ・ 2 p u − − − − 芳 朗 ・ ・ ・ ・ 一 七 玄' u

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月 日 A ・ ・ ・ ・ 三 一 一 一 一 幸 正 ・ ・ ・ ・ 豆 一 海 淑 ・ ・ ・ ・ 六 七 定 彦 ・ ・ ・ ・ 八 五 悲

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大乗密厳経に説く密厳浄土・

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・ 中 竜樹における浄仏国土と菩薩の行・

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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 光 浄 土 荘 厳 と 宗 教 的 主 体 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

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・ ・ ・ ・ ・ ・ 本 世 親 造 口 u 浄 土 論 ﹄ の 背 景 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 向 ー i ﹁ 別 時 意 ﹂ 説 と の 関 連 か ら | |

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︸ 多 井 瑞 隆 ・ ・ ・ ・ 一 二 一 豊 官 製 ・ ・ ・ ・ 一 吉 一 五

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中国における浄土観の受容について・

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・ ・ ・ ・ ・ 三 人 像 主主B

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明 朝 禅 に お け る 浄 業 の 行 修 桐 田 諸 山 海 ・ ・ ・ ・ 一 七 七 本 巾 −e − h u 一 品 ・ ・ ・ ・ 一 八 七 ・ ・ 長 谷 部 幽 際 ・ ・ ・ ・ ニ O 一 一 一 洋 ・ ・ ・ ・ 二 三 一 密 教 に 於 け る 弥 陀 思 想 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 泉 真 ,三ァ ー・ ノ、 の 浄

,=i 覚 銀 上 人 と 浄 土 思 想 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 佐 親 驚 の 乗 fTI ,,よ品、

西山証空における観経の浄土・

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・ 上 了 誉 聖 問 の 浄 土 思 想 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 深 日本の禅と浄土教に及ぼせる永明延寿の影響・

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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 森 釈迦如来転法輪所・当極楽土東門中心・・

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± 相 ] と

r 民 信 宗教的決断における意志と時間・

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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 立 中 藤

江 μ__, 序 田

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告 千 秋 ・ ・ ・ ・ 一 一 回 一 隆 賢 ・ ・ ・ ・ ニ 歪 晃 祐 ・ ・ ・ ・ ニ 七 一 良 準 ・ ・ ・ ・ ニ 八 九 掠 山 孝 ・ ・ ・ ・ 一 色 五 俊 孝 ・ ・ ・ ・ 一 三 一 一 一 宏 教 ・ ・ ・ ・ 一 ニ 四 一 清 ・ ・ ・ ・ 三 五 七 武 蔵 ・ ・ ・ ・ 一 ニ 七 五

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固め︿m 凶 背 中 島 ι F m w

m w に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 磯 ||皆目立分担の理解を中心に|| 田 匝巳

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浄土教の用語について

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︵ 早 稲 田 大 学 ︶ 問

寸浄土教﹂という言葉は、学術用語として現代の学界で広く用いられている。しかしその用例を見ると、その概 念内容は必らずしも明らかでない。 一般には阿弥陀仏の浄土の教理を﹁浄土教﹂と呼ぶことが多いのである。しか し﹃大品般若経﹄などにしきりに説かれる﹁浄仏国土﹂の思想なども浄土教の中に含め得るし、 ﹃ 法 華 経 ﹄ に 説 く ﹁霊山浄土﹂の思想も広義の浄土教といってよいであろう。その他、﹃維摩経﹄にも浄土について種々に説いている し、﹃悲華経﹄などにも浄土の思想はある。その外にも﹁浄土﹂の訳語が見られる漢訳経典は非常に多いのである。 し か る に こ れ に 反 し て 、 ﹃無量寿経﹄をはじめとする浄土三部経には﹁浄土﹂の語は意外に少い。 こ れ ら の 点 に つ いては、藤田宏達博士が詳しく研究しておられるので︵ 1 ︶、ここには繰り返さない。漢訳に﹁浄土﹂とある場合にも、 そのサンスリット語は一定しないことが多く、或る場合には漢訳には﹁浄土﹂の語があっても、原典やチベット訳 にはその対応語を欠く場合が多い。 そのために藤田博士も﹁これは、寸浄土しがシナにおいて成語化され、 術語化 さ れ た 言 葉 で あ る こ と を 物 語 っ て い る ﹂ ︵ 2 ︶ と 言 っ て お ら れ る 。 浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰 げ ︶

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浄土教の用語について︵平川彰︶ この点に対する藤田博士の説には私も全く讃意を表するものである。しかしそれだけに、浄土教とか浄土思想と いわれるものは、中国仏教において成立したものであると考えるのである。もちろん﹁浄らかな土﹂とか﹁浄めら れ た 土 ﹂ と い う 思 想 は 、 すでにインド仏教にあったであろう。 と く に 浄 仏 国 土 の 思 想 は 、 ﹃般若経﹄において般若 波羅蜜の思想で基礎づけられて成立している。しかし狭い意味の浄土教は、阿弥陀仏の教理を中心にして説かれる も の で あ る 。 ﹂ の 狭 義 の 浄 土 教 が 、 ﹁浄土﹂の語を欠く﹃無量寿経﹄等からどのようにして成立してきたかが間わ るべきである。阿弥陀仏の﹁極楽国土﹂が清浄な国土であることは﹃無量寿経﹄にも現れている。しかしそれだけ で直ちに、浄土教や浄土思想が﹃無量寿経﹄において成立していたとは見難いように思う。即ち浄土教が成立する ためには、極楽が何故に清浄な国土であるかの理由づけ、教理的な基礎づけが必要であると思う。さらに又、この 浄土である極楽に、凡夫が何故往生できるか、すなわち﹁往生の論理﹂が明らかにされねばならない。これらが整 つてはじめて、浄土教・浄土思想と呼びうるのではなかろうか。 もともと﹁極楽﹂は﹃阿弥陀経﹄に説く如く﹁舎利仏よ、極楽世界には有情に身の苦もなく、 心の苦もない、無 量 の 楽 の 因 の み が あ る 。 その理由によって、彼の世界は極楽︵印 Z W F m Z ω 仲 間 ︶ と い わ れ る の で あ る ﹂ ︵ 焚 本 第 二 章 ︶ と 定 義されているように、﹁苦がなく楽因だけがあること﹂、楽があることが﹁極楽﹂と呼ばれた主なる理由である。こ のことは﹃無量寿経﹄においても同一である。﹃無量寿経﹄にも極楽の結構を詳述したあとで、﹁阿難よ、この理由で、 彼の世界は略して極楽︵

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−4 m 注目︶と呼ばれるのである。詳説によったのではない。阿難よ、極楽世界の楽の因を 讃嘆する聞に一劫が過ぎてしまうとしても、その聞にその楽の因の際限を知ることはできないのである﹂︵発本第二 四 章 ︶ と 説 か れ て い る 。 こ こ で も 、 楽があるから極楽と呼ばれたことが明らかである。 楽と清浄とは同一でない。

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極楽が直ちに浄土であるのではない。 しかしこのような﹁身心の楽のある世界﹂は、形相的にも美しい世界であるから、極楽は七宝等で飾られた美し い世界として説かれている。この美しい世界に﹁清浄な世界﹂の意味を読みとることは可能である。さらにそれを ﹁浄化された世界﹂と読みかえて、それが何によって浄化されたかを考えて、浄化の原因として法蔵菩薩の願心を 取り上げるところに、浄土教が形成されていく経過があると考えるのである。しかもこのような浄土教の形成は、 天親の﹃浄土論﹄ではまだ十分に成立していないのであり、曇驚の﹃論註﹄に至って、 ほぽ成立したと考えたいの である。しかしその問題を考察する前に、 ﹃阿弥陀経﹄を訳した時には羅什に極楽が浄土であるという認識が無か ったことを明らかにしておきたい。これは、彼の訳した﹃阿弥陀経﹄と玄英訳の﹃称讃浄土仏摂受経﹄との訳語を 比較することによって示しうる。 しかも若し羅什に極楽

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浄土の理解が無かったとすれば、 ﹁ 浄 土 ﹂ の観念が﹃阿 弥陀経﹄や﹃無量寿経﹄に必然的に内含されるものでないことを示すと言えよう。 擢什と浄土の観念 羅什の訳した﹃阿弥陀経﹄には﹁浄土﹂の訳語が一回も現れないのに、それより二百年以上後に訳された異訳の 玄英訳﹃称讃浄土仏摂受経﹄には、経題に﹁浄土﹂の語を入れているだけでなく、本文の訳文中にも﹁極楽世界浄 仏土﹂の訳語が多用されており、 さ ら に ﹁ 彼 仏 浄 土 ﹂ の 訳 語 も 現 れ る す ︶ 。 し か し こ れ は 、 玄突の訳した阿弥陀経 の党本に﹁浄土﹂に相当する原語があったのではなく、藤田博士もいわれるように恐らくこれは玄突が翻訳にさい して附加した言葉であろう︵ 4 ︶ 。 浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰 ︶

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浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰 四 しからば何故このような訳語の変化が起ったかといえば、羅什の時代にはまだ極楽が﹁浄土﹂であるという問題 意識が中国仏教で熟していなかったためであろう。若し、極楽は浄土であるという認識が羅什にあったとすれば、 ﹃阿弥陀経﹄の翻訳にさいして﹁浄土﹂という訳語を組み入れることは、羅什にとっては容易であったであろう。 したがってそれがないのは、羅什には、阿弥陀仏の極楽が浄土であるという認識が無かったためであろうと考える。 しかるにその後において、中国に天親の﹃浄土論﹄が伝来し、曇驚以下の浄土教家たちによって、極楽

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浄土の観 念が確立したので、 その後に﹃阿弥陀経﹄を訳出した玄突は、 この経を﹃称讃浄土仏摂受経﹄と、 経題からして ﹁浄土の経典﹂という認識に立って翻訳をしたことが窺われるのである。この点からも、極楽が浄土であるという 認識は、中国仏教で成立したことが推知される。 しかも一般に、諸仏の国土が浄土であるという認識は、羅什の訳経に負う点が多いことを注意すべきである。羅 什の訳した﹃大品般若経﹄には、﹁浄仏国土﹂の訳語が多い。しかしこれは、羅什に先行する﹃放光般若経﹄や﹃光 讃般若経﹄にもすでに現れている。 そして党本にも見られる︷ 5 ︶ 。 したがって﹃般若経﹄系統では、 浄仏国土の思 想がインド仏教ですでに確立していたことが確かである。しかし﹃般若経﹄に浄仏国土の思想があることが、直ち に﹃無量寿経﹄にもあることを示すものではないのである。 羅 什 は 、 大品・小品等の﹃般若経﹄を訳したのと同時に、﹃維摩経﹄をも訳している。 羅什の訳した﹃維摩経﹄ の﹁仏国品﹂に﹁直心は是れ菩薩の浄土﹂をはじめとして、多くの浄土を説き、最後に﹁若し菩薩浄土を得んと欲 せ ば 、 当さに其の心を浄むべし。 其の心浄きに随いて則ち仏土浄し﹂︵ 6 ︶ の 有 名 な 言 葉 が あ る 。 支謙訳・玄英訳の ﹃ 維 摩 経 ﹄ に も 、 羅什訳と全同ではないが、 浄土の思想が見られる。それは﹁国土清浄、仏国清浄之行﹂﹁厳浄仏

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土 、 浄 仏 土 ﹂ ︵ 7 ︶等の訳語で一不されている。チベット訳﹃維摩経﹄にも、羅什訳ほどに多くはないが、ともかく寸浄 土﹂に相当する訳語があることは、藤田博士の示しておられる通りである︵ 83 故 に 維 摩 経 に も 、 インド仏教時代にすでに浄土の思想はあったのであるが、 しかし中国仏教としては、 支謙訳 ﹃維摩経﹄には﹁仏国清浄﹂の語はあっても、﹁浄土﹂の訳語は見当らないから、 中国の浄土思想の発展には羅什 訳﹃維摩経﹄の果した役割が大きいと考える。さらに﹃法華経﹄にも、羅什訳﹃妙法蓮華経﹄には﹁浄土﹂の訳語 があり、それによって有名な﹁霊山浄土﹂の思想が起こる。この場合にも竺法護訳の﹃正法華経﹄には浄土の訳語 は見当らないすなさらに究本の﹃法華経﹄にも、羅什訳の﹁浄土﹂の対応語に﹁浄﹂の意味は見当らない︵目。 、 , ' -の場合にも、羅什訳の﹁霊山浄土﹂の思想がその後の中国仏教の浄土思想に寄与した点は大きいと考える。このよ うに中国仏教の浄土思想の発展には、羅什訳諸経典の果した役割が大きいのであるが、その羅什の訳した﹃阿弥陀 経﹄には﹁浄土﹂の訳語がないことを注目すべきである。 中国仏教で、仏国土が浄土であるという思想がたかまるにつれて、阿弥陀仏の極楽も浄土であるという思想が強 まってきたのであろうと思われる。しからば羅什や虚山の慧遠の時代から、曇驚までの約百年間に、どのように極 楽浄土の思想が発展したか。この点については諸方面から研究を進める必要があるし、資料も豊富であるとはいえ ないので、この小論で触れる余裕はない。ともかく羅什は﹃般若経﹄や﹃維摩経﹄の訳出を通じて、 インド大乗仏 教の浄土の思想を知っており、それを﹃維摩経﹄や﹃般若経﹄の訳文の上に巧みに生かしている。しかし﹃阿弥陀 経﹄の訳文には浄土の訳語は見られないのであり、すなわち羅什が、 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ 訳 出 時 に 、 極楽を浄土と理解し ていなかったことは、これで明らかであろう。むしろ羅什の﹃維摩経﹄や﹃般若経﹄の浄土の思想が、その後の中 浄土教の用語について︵平川 彰 五

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浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰 /', 国仏教者の浄土思想を発展せしめ、それが阿弥陀仏を主題とする念仏三昧や般舟三味等の実践と結合して、極楽浄 士の観念を醸成していったのではないかと考えるのである。ともかく曇驚が﹃論註﹄を著わす時には、すでにそれ 以前に中国仏教につ極楽浄土 L の思想が成立していたと考えられるのである。 そ の こ と は 、 ﹃論註﹄における曇驚 の﹁浄土﹂という用語の取扱いによって知りうる。 浄土論の浄土の観念 天親の﹃浄土論﹄は詳しくは﹃無量寿経優波提舎願生偏﹄と題されている。これを﹃浄土論﹄と呼ぶのは、中国 仏教においてであり、恐らく道紳の﹃安楽集﹄に﹁又天親の浄土論に依るに﹂︵日︶とあるのが最初であろう。 曇 驚 の ﹃ 論 註 ﹄ は 、 大 正 蔵 本 で は ﹃ 無 量 寿 経 優 婆 提 舎 願 生 備 婆 薮 輔 衆 頭 菩 薩 造 井 註 ﹄ ︵ ぎ と あ る 。 こ れ を ﹃ 浄 土 論 註 ﹄ と か ﹃ 往 生論註﹄と呼ぶのは、後世の呼称である。ここには便宜上﹃論註﹄と呼ぶが、これは本来の題名ではない。さらに ﹃論註﹄の本文中にも、天親の論を﹃浄土論﹄とか﹃往生論﹄と呼んでいるところはない。しかし﹃論註﹄におけ る曇驚の註釈の仕方が、天親の論を﹃浄土論﹄と呼ぶにふさわしいものたらしめる内容を持っているために、曇驚 のあとで、天親の論を﹃浄土論﹄、曇驚の註を﹃浄土論註﹄という呼称が行われるようになったのであろう。 このように天親の論は、後世﹃浄土論﹄と呼ばれたが、しかし天親の論自身には﹃浄土論﹄と呼ばれる理由は必 らずしも十分でない。この呼称は曇驚の﹃論註﹄における註釈によるのであり、曇驚の註釈が天親の論を﹃浄土論﹄ たらしめているのである。天親の論には、﹁願生安楽園﹂といい、 さ ら に ﹁ 安 楽 世 界 ﹂ ﹁ 安 楽 国 土 ﹂ ︵ 日 ︶ 等 と 極 楽 を 呼 んでおり、﹁安楽同﹂の呼称が多い。﹁浄土﹂の用例は﹁浄土の果報は二種の議嫌の過を離る﹂︵ M ︶ と い う 文 に 一 例 あ

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る の み で あ る 。 なお﹁安楽園土﹂は﹁極楽国土﹂と原語は同じであると見てよい。 そして天親の論では、 極楽を ﹁清浄な国土﹂として示さんとする点がつよいのである。 極楽を﹁清浄国土﹂と見ることは、 ﹃無量寿経﹄や﹃観無量寿経﹄にこのような叙述が見られるから、 それに基 い て い る も の と 見 て よ い 。 とくに﹃観無量寿経﹄では、極楽を観想するのに﹁清浄業処観﹂︷さによっている。清浄 業処観によるから、観ぜられた極楽が清浄国土となるのである。それゆえ極楽を清浄な国土として観ずることは、 ﹃無量寿経﹄よりも﹃観無量寿経﹄の方が一歩進んでいる。しかしこの点についてここに詳説する余裕はない。天 親の論では、安楽園を十七種の器世間清浄と十二種の衆生世間清浄とによって観ずることが主題となっている。こ れは奪摩他︵

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笹 川 凶 止 ︶ と 毘 婆 舎 那 己 目 出 身 山 口 勧 観 ︶ と を 広 略 に 修 行 す る こ と に よ っ て 行 ず る の ぐ あ る 。 こ の よ うに観法によって極楽の清浄性を観ずる点では、天親の論はその立場が﹃無量寿経﹄よりも﹃観無量寿経﹄に近い と言ってよいであろう。もちろん﹃無量寿経﹄が考慮されていることは否定できないが、 しかし、安楽園には女人 −根欠・二乗種は不生であるとなす点などは、﹁二乗種不生﹂の点で現在の﹃無量寿経﹄とは合わない。 ここには天親の論について詳しく言及する全裕はないので、その示す﹁清浄性﹂について考察し、それがいわゆ る﹁浄土﹂と、少しく意味が異なる点を明らかにしたい。天親の論の目的は五念門の修行を成就して安楽園土に往 生せんとすることである。五念門とは、礼拝門・讃歎門・作願門・観察門・廻向円である。この中、著摩他を行ず るのは作願門である。そしてそのあとの観察門で毘婆舎那を修するのである。そのあとに廻向門がつづくが、中心 は観察円である。ここで十七種の仏国土の功徳荘厳成就と、八種の仏功徳荘厳成就、四種の菩薩功徳荘厳成就とを 観ずるのである。これらの功徳荘厳成就の一一を取り上げる余裕はないが、十七種の仏国土功徳荘厳の第一は清浄 浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰 七

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浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰 F

功徳成就であり、これは安楽世界の相が、欲界・色界・無色界の三界の相にこえて勝れており、清浄であることを

ぃ 、 っ 。

さらに仏功徳荘厳成就の第五に寸衆荘厳﹂があるが、これは安楽国土の天人不動衆が︵阿弥陀仏の︶清浄の智海か ら生ずることであるという。次に菩薩功徳荘厳成就の第一に、安楽国は清浄にして常に無垢輸を転ずることをいう。 これは、安楽国の無量の大菩薩が、本処を動せずして、十方に至って種々に応身化身を現じ、法輸を転じ、煩悩の 泥中にある衆生を開導して、正覚の花を聞かしめることである。 山口益博士は、この二十九種荘厳を唯識の四智に配当して解釈される。即ち十七種の阿弥陀仏の国土功徳荘厳成 就 を 大 円 鏡 智 に 配 し 、 八種の仏功徳荘厳成就を平等性智に配し、四種の菩薩功徳荘厳成就を妙観察智と成所作智と に 配 し て 説 明 し て お ら れ る お ︶ O この配当は理由があると思う。 国土功徳荘厳は後に﹁器世間清浄﹂と言いかえら れているように、極楽の器世間の功徳荘厳の成就をいうのであるから、 ア l ラヤ識の転依した大円鏡智と見るのに ふさわしい。次の八種の仏功徳荘厳成就は、阿弥陀仏の自利利他円満の功徳荘厳の成就であり、平等の法身を得る ことであるといっているから、これを平等性智と表出することは理由がある。 つぎに四種の菩薩功徳荘厳成就は、 応化身が十方世界に遊化して、自在に衆生を教化することであるから、妙観察智と成所作智とに配当することは妥 当 で あ る 。 天親の論では、この国土と仏と菩薩の三種の功徳成就は法蔵菩薩の願心の荘厳したものであるという。その理由 は﹁一法句﹂すなわち真如の等流であるからであると述べている。これは法蔵窓口薩の願心の浄化の力によって成就 したものであるから﹁清浄句﹂ともいう。この清浄に二種があり、十七種の器世間清浄と、仏の八と菩薩の四を加

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えた十二種の衆生世間清浄とであるという。 以上は、極楽の清浄を国土・仏・菩薩衆とに分ち、二十九種によって組織的に示したものである。天親の論には なおこの外にも、極楽の清浄について述べているが、 ともかく極楽の清浄性を解明することが、天親の論の目的の 重要な部分であることは否定できない。すなわち、清浄な浄土が前提されているのではなく、極楽の清浄性を論証 せ ん と し て い る の で あ る 。 しかもそこではまだ極楽が清浄だといわれているにとどまる。 これが一転すれば、﹁清 浄な国土﹂すなわち浄土が表面に出ることになる。 天親の論においては、﹁是の如く菩薩の智慧心・方便心、 無障 心 ・ 勝 真 心 は 、 能 く 清 浄 の 仏 国 土 に 生 ず ﹂ ︵ 立 と 述 べ 、 唯心論の立場で仏国土の清浄が基礎づけられている。ここに はすでに清浄な仏国土、すなわち浄土が認められているが、しかし天親の論全体が唯心論的基調に立って、極楽が 浄土であることを論証する立場にあることは否定できないと思う。すなわち中心は浄土ではなしに安楽園にある。 これが﹃論註﹄になると、極楽は極楽浄土・安楽浄土として前提されているのである。しかも曇驚には、唯識の転 識得智の思想はないから、上述の極楽の二十九種荘厳も、客体的な浄土の荘厳として理解されている。ここに天親 の論と曇驚の﹃論註﹄との立場の違いがあると考える。

浄土論註の浄土観 ﹃論註﹄では、極楽が浄土であることは最初から前提されている。例えば最初の難行道と易行道とを示すところ に 、 ﹁ 易 行 道 と は 、 謂わく、信仏の因禄を以って浄土に生ぜんと願ず。 仏の願力に乗じて便ち彼の清浄土に往生す る を 得 ﹂ ︵ ぎ と 述 べ 、 極楽をはじめから浄土と呼んでいる。﹁浄土﹂といえば阿弥陀仏の極楽国土を指すことが自明 浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰 九

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浄土教の用語について︵平川彰︶

な こ と と な っ て い る 。 そして天親の論で﹁安楽園、安楽国土﹂と言われていたものが、﹃論註﹄では、 すべて﹁安 楽浄土﹂と呼びかえられている。稀には﹁安楽世界﹂の語も用いているが、これは用例が少ない。これはさきにも 一言した如く、曇驚以前の中国仏教で、阿弥陀仏の極楽が浄土であることが定説となっていたためであろう。した がって曇驚はこの定説に立って、極楽が浄土である理由を、天親の論に拠りつつも、それとは別の仕方で論証して いる。︵﹃論註﹄に中観の思想のつよいことは、学者によって注意されている。︶さらにそのような浄土に、凡夫がい かにして往生できるかという往生の論理をも明らかにしている。 天親の論では﹁五念門を修して成就する者は、畢寛じて安楽園土に生じ、彼の阿弥陀仏を見ることを得﹂︵四︸と説 き、五念門が極楽往生の方法となっていた。しかしながら第一の礼拝門に次いで、第二の讃歎門は如実修行と相応 すべきものであり、第三の作願門は如実修行の蓉摩他であり、第四の観察門も如実修行の毘婆舎那である。しかし ﹁如実修行﹂は聖者になってはじめてなし得べきことであり、凡夫のなし得べき行ではない。この点に天親の論の 限界があるわけである。しかるに曇驚は﹃論註﹄の最初に﹃十住毘婆沙論﹄を引用して、菩薩が﹁不退﹂を求める のに二種の道があるとして、難行道と易行道とを出している。そして易行道は﹁信仏﹂に拠って浄土に往生する道 仏国土功徳成就を説明したあとにも、 であり、仏の本願力に乗じて浄土に往生する道であることを明かし、凡夫往生の道を示している。そして十七種の ﹁此の十七種の荘厳成就を観ずれば能く真実の浄信を生じて、 必定して彼の 安 楽 仏 土 に 生 ず る こ と を 得 る な り ﹂ ︵ 包 と 説 き 、 観 察 門 の 説 明 に お い て も 、 ﹁浄信﹂によって往生が可能であると説 いている。ここにも﹃論註﹄が天親の論と立場が異なることが一不されている。天親には竜樹の﹃十住昆婆沙論﹄の 引用、易行道への反省はない。信仰によって往生できることも説かない。 天 親 の 論 に も 、 五 念 門 を 説 く 前 に 、 ﹁ 云

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何 が 観 じ 、 云 何 が 信 心 を 生 ず る や し ︵ 幻 ︶ と 言 っ て 、 信 心 に 関 説 し て い る が 、 曇驚の場合の如くに、信心が往生のため に重要な役割を果していない。 ﹁浄土教﹂と呼ぶためには、単に浄土が説かれているだけでなく、凡夫の浄土往生を可能にする論理が必要であ ると思う。そしてこれは曇驚に至ってはじめて成立したものと言ってよいのではなかろうか。 しかも曇臨時は、天親の論の礼拝門等の五念門を解説したあとに、 ﹁ 五 種 の 業 和 合 す れ ば 、 則ち是れ往生浄土の法 門 に 随 順 し て 、 自在の業成就せるなり L ︵ 忽 ︶ と 述 べ 、 ﹁ 往 生 浄 土 の 法 門 し と 言 っ て い る 。 法門といえば教えのことで あるから、これは浄土教というのと同じである。ここにも曇驚が浄土教の教理を組織しようと意図していたことが 一不されていると思う。曇驚のあとに道縛が﹃安楽集﹄に﹁無量清浄覚経に云う、善男子、善女子、浄土の法門を説 く を 聞 い て 、 心に悲喜を生じ、身毛ために堅つ

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− − − 若 し 復 人 有 り 、 浄 土 の 法 門 を 聞 く を 聞 き て 、 都 て 信 を 生 ぜ ざ る 者 は 、 当 に 知 る べ し 、 此 の 人 は 始 め て 三 悪 道 よ り 来 れ る な り と ﹂ ︵ 幻 ︶ 等 と 述 べ 、 ﹁ 浄 土 法 門 ﹂ の 用 語 を 用 い て い る 。 その後に善導の ﹃ 法 事 讃 ﹄ や 窺 基 の ﹃ 西 方 要 決 ﹄ ︵ 勾 ︶ 等 に ﹁ 浄 土 教 ﹂ と い う 用 語 が 使 わ れ る の で あ る 。 こ の よ う に ﹁浄土法門﹂﹁浄土教﹂の用語も中国仏教で成立したものである。 極楽が清浄であることは、天親の論で証明されているが、その清浄性の根拠については天親の論ではまだ十分に 示されていなかった。これを明示したのは﹃論註﹄である。すなわち天親の論に極楽の二十九種荘厳、すなわち十 七 種 の 仏 土 功 徳 成 就 と 、 八 種 の 仏 功 徳 成 就 、 四種の菩薩功徳成就とは﹁此の三種の成就は願心荘厳せり、 応 知 L ︵ 勾 ︶ と 述 べ て い る が 、 この﹁願心荘厳﹂を説明して、﹃論註﹄には﹁此の三種の荘厳成就は、 もと四十八願等の清浄願 心の荘厳する所なるに由る。因浄なるが故に果浄なり。 無 因 と 他 の 因 の 有 る に は 非 ら ざ る と 知 る べ し ﹂ ︵ お ︶ と 述 べ て 浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰

(20)

浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 彰 、・﹀ 0 . , w ・ 4 即ち法蔵菩薩の願心が清浄であったから、 極楽が清浄なのである。﹁因浄なるが故に果も浄である﹂という の で あ る 。 そしてこの﹁因浄 L ということが、華厳の﹁性起﹂の思想で説明せられていることも注目せられる。すなわち天 親の論に﹁正道の大慈悲は出世の善根より生ず﹂の語があるが、この句は、十七種の仏土功徳成就の第三﹁荘厳性 功徳成就﹂を示したものであり、この﹁性 L を曇驚は﹁性とは是れ本の義なり。言うこころは、此の浄土は法性に 随順して、法本に訴かず。事、花厳経の宝王如来の性起の義に同じ。又言う、積習して性を成、すとは、法蔵菩薩を 指すなり。諸波羅蜜を集めて、 積 習 し て 成 、 ず る 所 な り 。 ま た 性 と 一 7 一 口 う は 是 れ 聖 種 性 な り 。 は じ め 法 蔵 菩 薩 、 世 白 在王仏の所において無生法忍を悟れり。その時の位は聖種性と名ずく。この性中において四十八の大願を発して此 の土を修起せり。即ち安楽浄土と日う。是れ彼の因の所得なり。 果 の 中 に 因 を 説 く が 故 に 名 ず け て 性 と な す ﹂ ︵ 幻 ︶ と 述べている。これで明らかなように、法蔵の願行と浄土の関係を、曇驚は華厳の性起の思想で説明しているのであ る。これは広義の如来蔵思想であると言ってよい。ここでは法蔵菩薩の法蔵を、六波羅蜜を積習して成じた﹁性﹂ であると理解しているのである。この性は性起の性であり、この法蔵の性から浄土が現れたのである。法蔵菩薩が 世自在王仏の許で無生法忍を起した。その時の位は聖種性であった。この性の中から四十八の大願を起し、修行の 結果、安楽浄土を修起したのである。浄土は因の力によって得られたものである。極楽が浄土であり、清浄である こ と は 、 とりもなおさず因の﹁性﹂が清浄である意味である。 さきには、﹁因浄なるが故に果もまた浄なり﹂と言 わ れ た 。 いずれにしても﹁性は不改の義なり L ︵ お ︶ と 曇 驚 も い う 如 く 、 不変の本性であり、これは法性、仏性、自性 清浄心というのと別のものではない。 私はかつて法蔵菩薩の﹁法蔵﹂を如来蔵と解釈したが︵鈎︶、 ﹂の考えは上記

(21)

の曇驚の考えと別のものではないと考える。仏教で説く寸法 L には多くの意味があるために、法政菩蔭の﹁法﹂に それらの中のどの意味を当はめるかは困難な問題である。私はこの﹁法蔵 L ︵ 色 町 民 自 白 ・ 巴

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︶という合成語において、 後分の﹁アlカラ﹂によって前分の﹁法﹂が規定せられていると考え、 ア I カ ラ に 界 ︵ ダ l ッ 、 向 山 ︸ H b 広 巳 ︶ と 同 じ な 味 がある点から、法蔵を法界、法性と同じ意味に解したのである。これは曇驚のいう﹁性とは本の義、法性に随順し、 法本に請かず﹂という場合の法性と同じ意味に解されるのである。法性は人格的にいえば、仏においては﹁法身﹂ で あ り 、 聖種性の菩薩にあっては﹁如来蔵﹂というべきものである。 四十八願を発したときの法蔵書薩を聖種性 の菩薩と曇驚は見ているのである。したがって法蔵菩薩を如来蔵と解することは曇驚の解釈と一致すると考える。 ﹃論註﹄にはまた﹁安楽浄土は是れ無生忍菩薩の浄業の所起なり﹂︵加︶とも言っている。 ﹃論註﹄には尚多くのことが説かれているが、ここには極楽の清浄性は天親によって一不されたが、曇驚はそのあ とを受けて、その浄土の浄土たる根拠を﹁性起﹂の思想で基礎つけた。さらにこの浄土に往生する根拠が﹁信仏の 因縁﹂にあることを示して、浄土の法門を組織したのは曇驚であることを指摘するにとどめた。 ︵ 1 ︶藤田宏達﹃原始浄土思想の研究﹄五

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七 頁 以 下 参 照 。 ︵ 2 ︶藤田宏達、前引書五

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八 頁 。 ︵ 3 ︶ ﹃ 称 讃 浄 土 仏 摂 受 経 ﹄ 大 正 二 一 、 三 四 八

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三 五 一 中 。 ︵ 4 ︶藤田宏達、前引書五

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入 賞 。 ︵5 ︶ 可 大 口 問 般 若 経 ﹄ 巻 六 で は 、 十 地 の 説 明 で 、 第 三 地 に 五 法 を 行 ず る こ と を 説 き 、 多 学 問 無 厭 足 、 浄 法 施 、 浄 仏 国 土 亦 不 自 す 岡 、 受 世 間 無 量 数 字 口 、 不 以 為 厭 、 住 断 憐 処 の 五 を 挙 げ て い る 。 大 正 入 、 二 五 七 上 。 こ の 第 三 に ﹁ 浄 仏 国 土 ﹂ 壱 挙 げ て い る 。 ﹃ 放 光 般 若 経 L 巻 四 、 大 正 問 、 二 七 中 、 ﹃ 光 議 経 ﹄ 巻 七 、 大 花 岡 、 一 九 六 中 に も 、 ほ ほ 合 致 す る ﹁ 五 法 ﹂ 壱 挙 げ 、 ﹁ 浄 仏 国 土 浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 ヌルノ +ゾ )

(22)

浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 平 川 ヨシノ 早壬 ) 四 を説いている。党本守二万五千碩般若経﹄の相当箇所にも、一二地には﹁五法に住すべきこと L ︵ 宮

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巴 白 宮 ユ ロ 山 吉 田 口 出 片 山 ︶ そ 述 べ て い る O H M 白 出 向 、 曲 一 三 信 回 同 江 田 山 町 白 田 円 安 仙 宮 ・ と 出 仙 同 ︼ 仙 ﹃ 同 B 伊 丹 伽 ︵ わ 回 − n E S C 丘 町 三 回 目

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U Z 2 ” の m w W C 2 p 同 申 ω∞ w 同 ︼ ・ 丘 町 ︶ しかし般若経には、これ以外にも﹁浄仏国土﹂の用語はしばしば出る。 ︵6 ︶ ﹃ 維 摩 詰 所 説 経 ﹄ 巻 上 、 大 正 一 四 、 五 一 二 八 上 中 。 ︵7 ︶﹃維摩詰経﹄巻上、大正一回、五二

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上 中 。 ﹃ 説 無 垢 称 経 ﹄ 巻 一 、 大 正 向 、 五 五 九 上 中 。 ︵8 ︶藤田宏達、前引書五

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九 、 五 一

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頁 。 長 尾 雅 人 司 維 摩 経 ﹄ ︵ 守 大 乗 仏 典 ﹄ 七 、 二 ハ

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頁 ︶ 参 照 。 ︵9 ︶﹃妙法蓮華経﹄巻六、大正九、四三下。なお同巻四、大正同、二八上中参照 o ﹃正法華経﹄巻七、大正向、一一五上。な お 同 巻 五 、 大 正 岡 、 九 六 上 中 参 照 。 但 し 緩 什 訳 で も 、 可 大 智 度 論 ﹄ 巻 一 三 一 、 大 正 二 五 、 コ 一

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二 下 、 ﹃ 十 住 昆 婆 沙 論 ﹄ 巻 八 、 大正二六、六四下等には、阿弥陀仏の悶土が浄土であることを言っている。しかし﹃阿弥陀経 L は羅什の訳経の初期のも のであり、これらの論書の翻訳は後であるので、事情が異なる。 ︵日︶藤田宏達、前引書五

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八 頁 。 ︵ 日 ︶ 守 安 楽 集 ﹄ 巻 上 、 大 正 四 七 、 七 下 。 ︵ロ︶立雨量寿経優婆提舎願生儲婆薮繋頭菩薩造井註﹄大正四

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、 八 二 六 上 。 ︵ 日 ︶ ﹃ 無 量 寿 経 優 波 提 舎 願 生 偏 ﹄ 大 正 二 六 、 二 一 二

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上 中 。 ︵ M ︶ 同 上 、 大 正 岡 、 ニ コ 一 二 上 。 ︵日︶﹃観無量寿経﹄意提希が﹁教我観於清浄業処﹂と仏陀に請うたのにたいし、仏陀は十方諸仏浄妙国土を意提希に一示し、 西方極楽国土を観ずる清浄業処観ぞ説いている。大正三二三四一中下。なお消浄業処観については、平氏何鋭正﹁浄土教 の清浄業処観について L ︵ 可 干 潟 博 士 古 稀 記 念 論 文 集 ﹄ 一 二 三 頁 以 下 ︶ 参 照 。 ︵日︶山口益﹃大乗としての浄土﹄八六頁、同﹃世親の浄土論﹄一

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一 一 良 以 下 参 照 。 ︵ 刀 ︶ ﹃ 無 量 寿 経 優 波 提 舎 願 生 偏 ﹄ 大 正 二 六 、 二 三 三 上 。 ︵ 団 ︶ 守 浄 土 論 註 ﹄ 巻 上 、 大 正 四

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、 八 二 六 中 。 ︵問︶司無量寿経優波提合願生偏 ι 大 正 二 六 、 二 三 一 中 。

(23)

︵ 却 ︶ 吋 浄 土 論 註 L 巻下、大正四

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、 八 三 九 上 。 ︵ 幻 ︶ 可 無 量 寿 経 優 波 捉 舎 願 牛 一 例 ﹄ 大 正 二 六 、 二 三 一 中 。 ︵ 幻 ︶ 守 浄 土 論 註 L 巻下、大正四

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、 八 四 コ 一 上 。 ︵ 幻 ︶ 吋 安 楽 集 L 巻上、大正四七、四下

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五上。なおここに引く早川山量清浄正等党経﹄巻四の相当筒所には、﹁浄土法門 L の 語 はない。同上、巻四、大正一二、二九九中。 ︵剖︶可転経行道願往生浄土法事讃﹄巻上、大正四七、四二八中。コ凶方要決釈疑通規﹄大正凹七、 ︵お︶可無量寿経優波提舎願生偏 L 大 正 二 六 、 二 二 三 中 。 ︵部︶﹃浄土論註﹄巻下、大正四

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、 八 四 一 中 。 ︵幻︶向上、巻上、大正同、八二八中下。 ︵犯︶向上、巻上、大正問、八二八下。 ︵却︶拙論﹁法蔵菩薩と如来蔵﹂令官山谷先生古稀記念 ︵初︶﹃浄土論註﹄巻上、大正四

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、 八 二 九 上 。 浄土教の思想と文化 L 一 二 八 七 頁 以 下 。 浄 土 教 の 用 語 に つ い て ︵ 4 1 川

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四 中 。 五

(24)
(25)

︵ 東 京 大 学 ︶

の原語

は じ め の 常 寂 光 土 と は 、 結論から先にいうと、仏教において立てられた浄土は、常寂光土・浄仏国土・来世浄土の三種にまとめられよう。 ただ今ここでっかまれる彼此相対をこえた絶対浄土のことで、在る浄土といいうるもので ある。それにたいして、浄仏国土と来世浄土とは相対浄土にあたるもので、その中、浄仏国土は現実の社会に浄土 を現成せしめることであり、世界の浄土化を意味するもので、成る浄土と称せよう。来世浄土は死後おもむくべく、 来世に立てられた浄土で、往く浄土といえよう。 さで問題は、この三種の浄土のいずれが最初に考えだされたものかということである。次に問題は、三種の浄土 観が相矛盾・対立するものか、根底は一つのものかということである。いいかえれば、発生経路を異にするものか、 同一線上のものかということである。 そこで、まず原語ないし出典にさかのぼって検討を加えてみたいと思う。はじめに一般的な﹁浄土﹂という語で あるが、浄土教関係の経典では、 ﹁浄土﹂という漢訳語に相当する原語は見あたらない︵ 1 ︶ O な お 、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ に 三種の浄土観︵田村芳朗﹀ 七

(26)

ゴ 一 種 の 浄 土 観 ︵ 田 村 芳 朗 ︶ 八 ﹁ 諸 仏 如 来 浄 土 之 行 ﹂ ︵ 2 ︶とて﹁浄土﹂の請が一箇所だけ見えるが、それに相当する原語は

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注 目

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︵ 仏 国 土 ︶ で あ る 。 ちなみに、﹃大阿弥陀経﹄には相当箇所がなく、﹃無量清浄平等覚経﹄巻一では﹁諸仏国功徳﹂︵ 3 ︶ と な っ て い る 。 原 文 は 、

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︵ 如 来 た ち の 仏 国 土 の 功 徳 の 荘 厳・装飾・成就︶となっている。これと同類の原文は前後数回にわたって見られるが、﹃無量寿経﹄では﹁仏国清浄荘 厳無量妙土﹂﹁荘厳仏土﹂﹁諸仏利土﹂﹁厳浄国土﹂﹁荘厳仏国清浄之行﹂﹁荘厳仏土清浄之行﹂などと訳されている。 ﹃大阿弥陀経﹄や﹃平等覚経﹄では、単に﹁仏国土﹂とか﹁仏国﹂と訳すのみである。 他の例として﹃法華経﹄を見てみると、羅什訳︵四

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六︶の妙法華・五百弟子受記品第八の偏頚の中に、﹁当得斯浄 土 ﹂ ︵ 4 ︶︵焚本第二十億︶とて﹁浄土﹂の語が存するが、その原請は

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= ︵ 勝 土 ︶ と な っ て い る 。 生 一 法 護 訳 ︵ 二 八 六 ︶ の 正 法 華 で は 、 それに相当する備を欠く。 い ま 一 つ は 、 如 来 寿 量 口 問 第 十 五 の 伺 頚 に 、 ﹁ 我 浄 土 不 殻 ﹂ ︵ 5 ︶ ︵ 努 本第十四億︶とて﹁浄土﹂の話が見えるが、それに相当する原語は、

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︵ 同 土 ︶ で あ る 。 正 法 華 で は 、 ﹁ 五 日 之 同 土 建 立 常 然 ﹂ ︵ 6 ︶ と な っ て い る 。 以上のごとく、﹁浄土しという漢訳語は僅少であり、その実質はっ仏国土

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詔昨日︶と同じであることを 知 る 。 そ こ で ﹁ 仏 国 土 ﹂ 守 口 庄 一 宮 内 W E W 宮 門 店 ︶ と い う 用 語 で あ る が 、 ﹂の語は原始経典、たとえば﹃長老倍﹄

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と い う パ l リ語が見え ており、原始仏教以来、使用されたものであり、意味は仏の統轄・教化する世界ということである。実例でいえば、 この裟婆世界は釈迦が出現し、教化した世界で、釈迦の仏国土ということになる。また凶方の極楽世界は弥陀の住 する処として、弥陀の仏国土ということになる。ただし、両方の極楽世界は死後往生しゅくべき来世の他土として

(27)

立てられたもので、仏国土とは起源ないし発想法を異にするといわねばならない。 つまり、来世浄土としての西方 の極楽世界は他界観念に由来するものであり、それが想定されて後、仏国土の一種とみなされるにいたったという こ と で あ る 。 なお、西方の極楽世界は阿弥陀仏の住する国土であって、﹃無量寿経﹄巻上のことばを借りていえば、﹁仏所住﹂︵ 7 ︸ ︵

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4 5 m F 円 相 凶 ︶ の 世 界 で あ り 、 十 界 説 で い え ば 、 頂 上 の 仏 界 に あ た る も の で あ る 。 いいかえれば、凡夫所住の裟 婆世界とは呉なる仏国土である。 したがって、﹁仏国土﹂という語を裟婆世界にあてたときには、 仏の教化の国土 という意になり、極楽世界にあてたときには、仏の所住の国土という意になる。 ひ い て は 、 こ の 極 楽 世 界 に ﹁ 浄 土 ﹂ と い う 語 を あ て る と 、 それは裟婆世界の﹁稼土﹂に対するものとなり、意味は仏の清浄の土ということになろう。 ところで、仏所住の世界ないし十界の頂上の仏界は、天界を超越した空・無相の絶対界である。 いっぽう、極楽 世界についての描写を見ると、第六天ないし他化自在天︵司向田口町

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詐 H 4 g m 4 日 江 口 ︶ の ご と く と あ る よ う に ︵ 8 ︶ 、 天 界と類同的な形で描かれている。 ち な み に ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ 巻 上 で は 、 ﹁ 超 諸 人 天 ﹂ ﹁ 超 過 人 天 ﹂ ︵ 9 ︶ と か ﹁ 住 空 無 相 無 願 之 法 。 無 作 無 起 ﹂ ︵ 凶 ︶ ﹁ 空 無 我 声 ﹂ ︵ 日 ︶ な ど と て 、 人天をこえた空・無相が説かれているが、初期無量寿経の﹃大阿弥 陀経﹄や﹃平等覚経﹄には、これらの語句は見あたらない。こういうことからも、西方の極楽世界は生天思想ない し他界観念の線上で考えられるものといえよう。 浄仏国土の思想 ﹁ 仏 国 土 ﹂ 守 口 仏 門 医

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︶という語は、大乗経典に頻出するところであるが、 ﹂の語に関連して注目すべき語 コ 一 種 の 浄 土 観 ︵ 田 村 芳 朗 ︶ 一 九

(28)

三 種 の 浄 土 観 ︵ 田 村 芳 朗 ︶

匂に、﹁浄仏国土﹂がある。仏国土を浄めるという意で、般若経典以来、 しばしば説かれたものである。 原 語 は 、

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口 同 な ど で あ る 。 ﹃法華経﹄信解品第四には、 ぴ ロ 仏 門 同 ︸ 岡 山

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白 ︵ 仏 国 土 の 荘 厳 ︶ と い う 語 も 見 え る 。 羅 什 は 、 こ れ を ﹁ 浄 仏 国 土 ﹂ ︵ ロ ︶ と 訳 し た 。 なお授記品第六の第二十一倍 こ 十 三

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︵ 仏 国 土 を 荘 厳 す る ︶ と い う 。 羅 什 の 訳 で は 、 ﹁ 彼 国 常 以 菩薩荘厳﹂︵臼︶となっている。一種の浄仏国土の思想といえよう。五百弟子受記品第八の第五倍には、

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︵ 自 身 の 勝 土 を 浄 め た ︶ の 句 が 見 ら れ る 。 羅 什 訳 で は 、 ともに﹁自浄仏土﹂となっている︵ U ︶ 。 ところで、さぎの﹁浄土﹂という語を浄められた仏国土と解するなら、 ﹁浄仏国土﹂と発想法を同じくするとい えなくはない。﹃法華経﹄においても、 そのように解しうる用語が見られる。 たとえば、授記品第六の第二十七倍 および授学無学人記品第九の第二倍に、

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︵ 浄 め ら れ た 国 土 ︶ の 語 が あ る 。 羅 什 は 、 ともに﹁国 土清浄 L と訳しているお︶。これに関連して、 五百弟子受記品第八の

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︵ そ の 世 尊 の 仏 国 土 は 不 可 思 議 の 功 徳 島 ι 足 せ ん ︶ な ど の こ と ば も 、 浄仏国土 の観点から考えられよう。 前者についてのみ、 羅什訳が存するが、 ﹁ 其 仏 国 土 。

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ν 等 無 量 功 徳 一 荘 厳 成 就 ﹂ ︵ 日 ︶ となっている。 授 学 無 学 人 記 日 間 第 九 の

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(29)

具 足 L ﹁ 国 土 荘 厳 ﹂ ︵ 立 と な っ て い る 。 右の五百弟子受記品第八のことばや授学無学人記品第九のことばは、 前 項 に あ げ た ご と く 、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ の こ と ばに類似したものであることを知る。特に法蔵比丘が誓願を立てるにさいしての

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= ︵ か の 仏 国 土 は 不 可 思 議 の 功 徳 ・ 装 飾 ・ 荘 厳 を 具 足 せ ん ︶ と い う こ と 、 主 主 、 ほとんど同じものといって、過言ではない。ただし、﹃大阿弥陀経﹄﹃平等覚経﹄および﹃無長寿経﹄には、 このことばは見あたらない。また誓願を立て終っては、

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ョ ︵ か れ は 、 こ の よ う な 仏 国 土 の 清 浄 と 仏 国 土 の 威 勢 と 仏 国 土 の 広 大 と を 達 成 し 、 菩 薩 行 を 実 践 し た ︶ と 紹 介 さ れ て い る 。 ﹂の文こそは、浄仏 国土の菩薩行を表現したものといえよう。 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ 巻 上 に は 、 ﹁ 一 向 専 志 荘 = 厳 妙 土 一 。 所修仏国快廓広大超勝独 妙 : : : 積 ニ 植 菩 薩 無 量 徳 行 一 ﹂ ︵ ぎ と い う 訳 文 が あ る 。 争 − r − J

φJJJlL ﹃ 大 阿 弥 陀 経 ﹄ と ﹃ 平 等 覚 経 ﹄ に は 、 該当の文はな L

ふり返って浄仏国土の主張を見なおずと、常に﹁菩薩が仏国土砂﹂浄める﹂と説かれているように、菩薩行の典型 と し て 、 しかも菩薩個人の成仏ではなく、現実社会の浄土化ということで主張されていることを知る。 いっぽう浄 土経典であるが、さきに検討したように、後期無量寿経には、浄仏国土としての菩薩行の意に解しうる文が見いだ されるけれども、﹃大阿弥陀経﹄や﹃平等覚経﹄の初期無量寿経では、 簡単な表現にとどまるか、 全く欠けている かである。これは、後期無量寿経にいたって、浄仏国土の菩薩行という典型的な大乗仏教の菩薩思想を、改めて取 り こ ん だ こ と を 暗 示 す る ︵ 刊 ︶ O い い か え れ ば 、 本 来 の 浄 土 経 典 は 、 来世浄土への往生を主眼として作成されたもの 三 種 の 浄 土 観 ︵ 田 村 芳 朗 ︶

(30)

三種の浄土観︵田村芳朗︶ ということである。ここからも、生天思想ないしは他界観念と関連させて考察することが、当を得ているといえよ h n ノ

往生浄土の系譜

そもそも来世浄土としての極楽世界は、直接には仏陀崇拝の線上で考えられよう。すなわち、来世他土仏思想の 産物ということである。仏陀崇拝は釈迦追慕の念から進んで釈迦に代わる仏の希求となったもので、仏身論でいえ ば、永遠の仏の探究である。釈迦に代わる仏としては、まず過去仏が立てられ、それから将来仏としての弥勤信仰 が お こ り 、 さらに現在でも他士におもむけば仏に会えるとの考えから、来世他士仏思想の誕生となる。その代表的 な も の が 、 すなわち西方極楽世界の阿弥陀仏であるあ︶。 そういうわけで西方極楽世界の観念は、 直接には来世他 土仏としての阿弥陀仏信仰の産物といえるが、来世他土ということで、 一般的には他界観念に関連するものとなり、 また弥陀の来世浄土に生まれゆくということから、生天思想と関係するものとなったといえよう。 そこで生天思想であるが、 ヴェーダ期においては、バラモンが党行︵

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ミとを修することによって、死 後、ヤマ︵

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︶天に生まれ、そこで不死︵

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ヨーとの生活を送ると考えられた。ちなみに、 ヤマ神は﹁人間の中 の 最 初 に 死 ん だ 者 ﹂ ︵ ﹀ ︿ − M 円

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・ ロ ︶ で あ り 、 ひいては死者の導き手となった者である。 さ ら に 進 ん で は 、 死 者 のおもむく天界をヤマ天と称するにいたったと考えられる。なお、ブラ I フマナからウパニシャツドにかけては、 第二階級以下の現実の位俗生活に携わる者が浮びあがり、 そ こ で 、 か れ ら は 世 間 的 な 普 業 ︵ 吉 川 有 国 ‘ ,

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︶を行 な っ て 、 一度、天界にのぼり、再び、この世に生まれるとみなされ、 そうして招世間的な党行による生天の近を神

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道 ︵ 仏

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仙 円 高 ︶ 、 世 間 的 な 善 業 に よ る 再 生 の 道 を 祖 道 ︵ 匂

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吉田︶と区別するにいたった。このころ、 さぎのヤマ 天 界 が 党 一 大 界 ︵ ∞

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自 由

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︶に置きかえられたと思われる。 仏教は、右の生天思想を取りいれた。 ただし、仏教的に解釈しなおしてである。 一つは、階級による差別を除い た 。 たとえば﹃スッタニパlタ﹄に犬殺しの賎民︵

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ロ 円 節 目 白 ︶ で あ る マ l タ ン ガ に つ い て 、 ﹁ 王 族 や バ ラ モ ン は 来 て 、 かれに仕えた﹂︵二二八︶、﹁かれは浄き大道の神道官

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︶ぞ登り、貧欲を離れて、先天界︵∞

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白 色 。

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︶ に 生まれるにいたった。 氏 姓 は 、 かれの党一大界に生まれることを妨げなかった﹂︵一三九︶と説かれているところであ る 。 い ま 一 つ は 、 不死生天思想を主として在俗の信者にたいする方便説として採用し、究極的には不死生天ぞ超越 した絶対界︵浬奨︶を一段上に立てるにいたったことである。 そのさい、党行を浬紫の絶対界に、主け業務﹄不死生天に 移し変えるにもいたった。 たとえば﹃法句経﹄に、 ﹁ 悪 業 者 ︵ 匂 身 長

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︶ は 地 獄 に 、 善 業 者 ︵ 印 巴 官 民 同 戸 ︶ は 天 界 に お も む き 、 無 漏 ︵ 白 ロ 伽 由 自 己 ︶ の 者 は 洞 化 撲 に い た る ﹂ ︵ 一 一 一 六 ︶ と い う 。 ﹂こで無漏とは、党行︵清浄行︶を修して煩悩 が 全 く 消 滅 し た 状 態 、 を さ す 。 そのように究極的なものとして浬繋の絶対界を立てるところから、 ときに不死生天の思想にたいする批判的な言 説も見えてくる。まず不死長生の考えにたいして、批判が投ぜられた。すなわち、不死長生の考えは、 いつまでも 生きていたいという生にたいする執着の産物であり、執着のあるところ、それは迷いにほかならず、迷いによって は真の永遠・絶対の生はつかめないということである。ここから、生にたいする執着を断つこと、 いいかえれば生 の超越が説かれるにいたる。たとえば、﹃スッタニパlタ﹄に﹁生は尽きた。 先行は完成した。 なすべきことはな し終えた。再び、このような生を受けることはない﹂︵聞

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召片山門出口司

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召 三 種 の 浄 土 観 ︵ 田 村 芳 朗 ︶

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三種の浄土観︵田村芳朗︶ 二 四 ロ 肝 昨 日 ︶ 同 ﹃ 釦 ぷ 戸 洋 一 行 ︸ 回 同 −

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ロ ・ ∞ N ︶ と 説 か れ た と こ ろ で あ る 。 生 の 滅 尽 な い し 超 越 は 、 しばしば原始経典に説かれてお り、漢訳語では﹁不生﹂ということばで表現され、 ひ い て は 、 ここに仏教の特色があるとみなされるにもいたる

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ついで、不死生天の思想においては生と死、現世と来世とが相対・対立しているということで、批判が向けられ た 。 こ こ か ら 、 両者の相対・対立の超越が説かれでもくる。 た と え ば 、 ﹁ 生 死 の 彼 岸 に 達 し た ﹂ ︵﹄

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日 ︼ 釦 円 問 問 ロ ωロ・ ω N ︶ 、 ﹁ 生 死 を 超 越 し た ﹂

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ロ ℃ 伯 仲 守 主 件 。 ると、生と死の両否定という形で生死の超越が主張された。

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ロ − m N C ︶などというところである。 大乗経典にな 漢訳語でいえば、﹁不生不誠﹂ということばが、 ぞれ で あ る 。 現世と来世の超越については、﹁この世とかの世を捨てる﹂

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ロ − H 等 ︶ 、 ﹁ こ の 世 に も か の 世 に も 執 せ ず ﹂ ︵

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︶ 、 ﹁ こ の 世 も か の 世 も 求 め ず ﹂ ︵ ロ 伽 包 召 由 主 ご 。

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Ill ω p ミ 由 ︶ 、 コ ﹂ の 世 も か の 世 も な い ﹂ ︵ ロ

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。 口 門 同 ・ ︿ ロ F H ︶ 、 ﹁ 死 生 な け れ ば 、 ﹂ の 世 も か の 世 も な い ﹂ ︵

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品 ︶ な ど と 説 か れ て い る 。 ちなみに、天界も人間界と ともに、相対界として超越すべき対象に入れられてくる。すなわち、﹁人界のきずなを断ち、天界のきずなを断つ﹂ ︵ ぽ 伊 丹 乱

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、﹁学人は、この地と闘魔界と天界とを 征 服 す る ﹂ ︵

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丹 即 ペ 日 口 氏 岳 山 口

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・ 品 目 ︶ な ど と 説 く と こ ろ で あ る 。 話を来世浄土としての極楽世界にもどすと、それが生天思想の延長線上に考えられることについて、 まず極楽世 界の描写と天界の描写とが近似している点があげられよう。 つ い で 、 極楽世界に﹁往生する﹂という語と天界に ﹁ 生 ま れ る ﹂ と い う 語 が 、 原語的に同じである点があげられる。 すなわち、﹃無量寿経﹄や﹃阿弥陀経﹄に﹁往生

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ず る L の 原 語 と し て ロ 仲 間 出 仏 苫 −

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ロ ℃ 右 包 苫 H O w − ︼

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な ど が 使 わ れ て い る が ︵ 辺 ︶ 、 同 じ 原 語 、 か 天 界 に ﹁ 生 ま れ る L という場合にも使われていることを知る。たとえば、 さきにあげた﹃法句経﹄ 一 一 一 六 の ﹁ 天 界 に お も む く ﹂ ︵ 生 天 ︶ と い う 部 分 で 、 口 問 ︶ 匂 釦 巴 一 ﹄ ︺ 丘 町 な い し 口 問 ︶ 印 刷 ︼ と 官 広 が 使 わ れ て い る 。 そ れ ぞ れ 、 サ ン ス ク リ ッ ト の ロ 仲 間 出 一 仏 苫 汗 ク ロ 宮 町 . 回 出 円 同 可

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に相応するものである。なお、官

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に相当するパ l リ 語 は 宮 の 乱 首 可 向 丘 で あ る 。 右のことに関連して、﹃法華経﹄薬草喰品第五には、﹁現世安穏・後生善処﹂

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日 宮 口 問 ︸ 仰 向 ︶ 白 丘 、 何 百 件 。 ︶ と 説 か れ て い る 。 ここでの﹁後生善処﹂は﹁生天﹂と同次元の ものであり、現世の安楽を延長したものといえよう。前半に﹁現世安穏﹂の語が存するところである。来世浄土と しての極楽世界︵

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皆 、 釦 仲 間 ’

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︶ へ の 往 生 と い う こ と も 、 同様のものと考えられよう。 ただし、すでに原 始経典に生死・此彼・人天などの超越が説かれ、しかも極楽世界への往生は大乗仏教において説きだされたもので あるから、生天思想と同次元の段階にとどめておくわけにはいかなかった。そこで、浬奨の絶対界によって補整し た り ︵ 幻 ︶ 、 後期無量寿経になれば、空の観念によって裏づけたり、 大乗菩薩行の典型としての浄仏国土思想と結び つけるにいたったと想像される。 ところで、浬繋ないし空による絶対化はょいとして、浄仏国土の菩薩行との一致を強調しすぎると、本来の往生 浄土の意義を消失せしめる結果を招きかねない。来世浄土への往生は、思想としては低次元のものであるとしても、 信仰としては否定しがたきもので、その点から往生浄土の意義は失われではならないといえよう。天台智頴が常寂 光土を絶対浄土として四土の最後に置き、 いっぽう西方極楽浄土を最低の凡聖同居土とみなしながら、臨終にさい しては弥陀来迎・極楽往生を念じたところである。 三種の浄土観︵田村芳朗︶ 二 五

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