博 士 ( 環 境 科 学 ) 石 川 麻 乃
学位論文題名
Regulatory mechanisms underlying the polyphenlsms lnaphidS
( ア ブ ラ ム シ の 表 現 型 多 型 制 御 メ カ ニ ズ ム ) 学位論文内容の要旨
生 物 は、 外 的刺 激に応じ て表現型 を可塑的 に変化させ ることで 変動する 環境に対 応 する こ とが で きる。中 でも同一 の遺伝型 から環境に 応じて異 なる表現 型が生じ る 表現型 多型は、 変わりやす い環境に 対して生物が編み出した巧みな適応戦略である。
表現型 多型の制 御機溝の解 明は、生 物全般が持つ可塑陸を理解する上で!ピ須である が 、そ の 実体 は 殆ど明ら かになっ てない。 アブラムシ は多様な 表現型多 型を示す 代 表 的な 昆 虫で あ り、同一 の遺伝型 から、季 節に応じて 繁殖方法 を切り替 え(繁殖 多 型 )、 密 度に 応 じて翅型 を切り替 える(翅 多型)。本 研究では 、表現型 多型のモ デ ルとしてアブラムシの翅多型と,繁殖多型に注目し、.分子制御機構の解明を目指した。
第 一 部で は 、翅 多型にお ける有翅 型と無翅 型の運命決 定機溝に 注目した 。材料に は 容易 か つ高 頻 度 で有 翅 型の 誘 導 が可 能 た ソラマメ ヒゲナガ アブラム シlVlegoura crassf(冶u出 を用いた 。多くのア ブラムシ では母虫 の受けた 高密度刺激により子虫 の 翅型 が 有翅 型 になる。 そこで、 密度情報 がどのよう に母虫か ら胚に伝 わるのか を 知 るた め に、 マ イクロプ レートを 用いた有 翅型誘導系 を確立し 、母虫へ の高密度 処 理 時間 を 変化 さ せ て子 虫 の翅 型 を 追跡 し た 。そ の 結果 、10分 間 の高 密 度 処理でも 有 翅型 が 産出 さ れること 、密度処 理時間に 応じて有翅 型産出期 間が長く なること 、 胚 の高 密 度情 報 への感受 性はクチ クラ形成 期まで維持 されるこ とが示さ れた。こ れ は、母 虫内に、 高密度刺激 に応じて 即座に生じ、ある程度の期間体内に蓄積した後、
消 失す る 密度 シ グナル物 質が存在 すること が示唆され 、それら がクチク ラ形成期 ま での胚 に感受さ れることで 、胚の翅 型が切り替わると予想された。従って、゛翅型運 命 決定 機 購の 解 明には、 このシグ ナル物質 の同定を目 指した生 理学的・ 分子生物 学 的解析が必要であると考えられた。
そ こ で、 密 度シ グナル物 質の候補 として多 くの昆虫の 多型に関 わる幼若 ホルモン
(m) に 注 目 し た 。LC・MSに よ っ て 高 / 低 密 度 処 理 下 の 母 虫 の 体 内JH濃 度 を 計 測 した と ころ 、 密 度処 理 間で 有 意 な差 は な かっ た 。JH分 泌阻 害 剤も 子 虫 の翅型に 影 響を 与 えな か っ たこ と から 、JHは 翅 型 運命 決 定に 関 わ らな い と考 え ら れる。一 方 、JHが 有 翅 / 無 翅 型 の 分 化 過 程 の 制 御 に 関 わ る 可 能 性 を調 べ る ため 、3〜5齢
の有翅/無翅型でJH 濃度を計測したところ、3 齢の無翅型で JH 濃度が高かった。
また3 齢の有翅型にJH を塗布すると、飛翔器官形成が阻害されたことから、JH は 有 翅 / 無 翅 型 の後 胚 発 生 で 、 飛 翔 器 官 の 発達 制 御 に 関 わ る と 示 唆され た。
次 に、 バッ タの 相変異 で群 生行 動を引 き起 こすセロトニン(5HT) に注目し、
高/ 低密 度処 理を行った母虫頭部の5HT レベルをHP‑LC で計測した。その結果、
低密 度下 に比 べ、高密度下では5HT 濃度が上昇する傾向が見られた。しかし 5HT やアゴニストをインジェクションしても子虫の翅型に影響を与えなかったため、5 HT が 直 接 密 度 シグ ナ ル 物 質 と し て 機 能 す る可 能 性 は 少 な い と 考 えられ た。
更に、翅型運命決定に関わる遺伝子群を網羅的に探索するためDifferential disp lay 法とcandidate gene approach 法により、母体と胚で密度依存的に発現する遺 伝子群のスクリーニングを行った。その結果、高密度下の母虫で発現が上昇する遺 伝子 4 つ (w 唾 出鬮八 ra 顔,ぴぬj と未知の遺伝子)と、胚で発現が上昇する遺伝 子 1 つ(qp . P )を得た。相同性検索によりこれらの遺伝子の機能はシグナル伝達 や翻訳制御などと推測され、密度情報の伝達や翅型運命決定に関わると考えられる。
第二部では、繁殖多型において繁殖様式の切り替えを担う内分泌機購に注目した。
材料にはゲノムプロジェクトが完了したエンドウヒゲナガアブラムシA げr めDs ・紬 D .ロp おum を用いた。アブラムシでは、短日条件により単為生殖から有性生殖への 切り替えが誘導され、その制御にJH の関与が疑われてきた。長日/短日条件下で 育っ た母 虫の 体内 JH 濃度をLC .MS で解析すると、短日条件の母虫でJH 濃度が顕 著に低カョつ恕また、短日、条件下の母虫に凪を塗布し、人為的t こJH 濃度を上昇さ せると雄の産出が遅れた。以上から日長条件による繁殖様式の切り替えはm によ り制御されると示された。次に、JH 濃度の制御機溝を知るため、JH シグナルに関 わる遺伝子群をゲノムデータベースから同定し、長/短日条件下での発現を虹ぽ‐P CR で解析した。すると、JH 分解酵素をコードする。7 珊Z が短日条件で高く発現し、
JH 濃 度と 強い 逆相関を示した。従って、短日条件によって上昇した凪めの活性
に よ り JH 濃 度 が 低 下 し 、 有 性 生 殖 が 誘 導 さ れ る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。
アブラムシの中には、繁殖多型を二次的に失い、短日条件下でも単為生殖のみを
行う集団が多数存荏する。本研究ではこのような繁殖多型の喪失をもたらした内分
泌基盤の解明も試みた。日本国内で独立に繁殖多型を失った2 つの系統を用い、長
日/ 短日 条件 下でのJH 濃度の測定や、 JH 合成、 JH 分解に関わる遺伝子の発現解
析を 行っ たと ころ、短日条件に応じた tm 濃度の低下や凪め遺伝子の発現上昇が
見ら れな かっ た。したがって、繁殖多型の喪失の背景には、 JH 濃度や凪Ej 発現
の 日 長 応 答 陸 の 喪 失 と い う 進 化 過 程 が 存 荏 す る と 示 唆 さ れ た 。
本研究は、アブラムシのニつの表現型多型において、環境条件と発生制御をっな
ぐ分子生理機購の一端を明らかにした。中でもJH は翅多型と繁殖多型の制御機構
の中で重要な役割を果たしており、また、表現型多型の喪失という進化過程におい
ても重要な役割を果たしていると示唆された。今後、アブラムシのような表現型多
型のモデルケースを用いて内分泌機溝と発生制御機溝を結ぶネットワークを詳細に
明らかにすることで、生物全般が示す可塑性の制御機隣の理解が進むと期待される。
学位論文審査の要旨
主査 准教授 三浦 徹 副査 教授 木村正人 副査 教授 大原 雅
副査 教授 秋元信一(大学院農学研究院)
学位論文題名
Regulatory mechanisms underlying the polyphenisms 1naphidS
( ア ブ ラ ム シ の 表 現 型 多 型 制 御 メ カ ニ ズ ム)
生物は、外的刺激に応じて表現型を可塑的に変化させることで変動する環境に対応するこ とができる。中でも同一の遺伝型から環境に応じて異なる表現型が生じる表現型多型は、変 わりやすい環境に対して生物が編み出した巧みな適応戦略である。表現型多型の制御機構の 解明は、生物全般が持つ可塑J陸を理解する上で必須であるが、その実体は殆ど明らかになっ てない。アブラムシは多様な表現型多型を示す代表的な昆虫であり、同一の遺伝型から、季 節に応じて繁殖方法を切り替え(繁殖多型)、密度に応じて翅型を切り替える(翅多型)。本 研究では、表現型多型のモデルとしてアブラムシの翅多型と繁殖多型に注目し、分子制御機 構の解明を目指した。
第一部では、翅多型における有翅型と無翅型の運命決定機構に注目した。材料には容易か つ高頻度で有翅型の誘導が可能なソラマメヒゲナガアブラムシMegoura crassicaudaを用いた。
多くのアブラムシでは母虫の受けた高密度刺激により子虫の翅型が有翅型になる。そこで、
密度情報がどのように母虫から胚に伝わるのかを調べるために、マイク口プレートを用いた 有翅型誘導系を確立し、母虫への高密度処理時間を変化させて子虫の翅型を追跡した。その 結果、10分問の高密度処理でも有翅型が産出されること、密度処理時間に応じて有翅型産出 期間が長くなること、胚の高密度情報への感受性はクチクラ形成期まで維持されることが示 された。これにより、母虫内に、高密度刺激に応じて即座に生じ、ある程度の期間体内に蓄 積した後、消失する密度シグナル物質が存在することが示唆され、それらがクチクラ形成期 までの胚に感受されることで、胚の翅型が切り替わると予想された。従って、翅型運命決定 機構の解明には、このシグナル物質の同定を目指した生理学的・分子生物学的解析が必要で あると考えられた。
そこで、密度シグナル物質の候補として多くの昆虫の多型に関わる幼若ホルモン(JH)に 注目 した。LC‑MSによって高/低密度処理下の母虫の体内JH濃度を計測したところ、密度
処理間で有意な差はなかった。JH分泌阻害剤も子虫の翅型に影響を与えなかったことから、
JHは翅型運命決定に関わらないと考えられる。一方、JHが有翅/無翅型の分化過程の制御 に関わる 可能性を 調べるため 、3ー5齢の 有翅/無 翅型でJH濃度を計測したところ、3齢 の無翅型でJH濃度が高かった。また3齢の有翅型にJHを塗布すると、飛翔器官形成が阻害 されたことから、JHは有翅/無翅型の後胚発生で、飛翔器官の発達制御に関わると示唆され た。
次に、バッタの相変異で群生行動を引き起こすセ口トニン(5HT)に注目し、高/低密度 処理を行 った母虫 頭部のSHTレベルをHP‑LCで計測した。その結果、低密度下に比ベ、高 密度下で はSHT濃度が 上昇する傾向が見られた。しかしSHTやアゴニストをインジェクシ ヨンしても子虫の翅型に影響を与えなかったため、SHTが直接密度シグナル物質として機能 する可能性は少ないと考えられた。
更に、翅型運命決定に関わる遺伝子群を網羅的に探索するためDifferential display法と candidate gene approach法により、母体と胚で密度依存的に発現する遺伝子群のスクリーニン グを行った。その結果、高密度下の母虫で発現が上昇する遺伝子3つ(wingless, Nacび,
Obal)と、胚で発現が上昇する遺伝子1つ(ClpP)を得た。相同Jl生検索によりこれらの遺伝 子の機能はタンパク質修飾や翻訳後制御などと推測され、密度情報の伝達や翅型運命決定に 関わると考えられる。
第二部では、繁殖多型において繁殖様式の切り替えを担う内分泌機構に注目した。材料に はゲノムプ口ジェクトカ浣了したエンドウヒゲナガアブラムシAcyrthosiphon pisumを用いた。
アブラムシでは、短日条件により単為生殖から有性生殖への切り替えが誘導され、その制御 にJHの関与 が疑われ てきた。長日/短日条件下で育った母虫の体内JH濃度をLC―MSで解 析すると、短日条件の母虫でJH濃度が顕著に低かった。また、短日条件下の母虫にJHを塗 布し、人為的にJH濃度を上昇させると雄の産出が遅れた。以上から日長条件による繁殖様 式の切り替えはJHにより制御されると示された。次に、JH濃度の制御機構を知るため、JH シグナルに関わる遺伝子群をゲノムデータベースから同定し、長/短日条件下での発現を qR:IギCRで解析した。すると、m分解酵素をコードする凪ビや丑班Hが短日条件で高く発 現した。 従って、 短日条件によって上昇したm分解酵素遺伝子の発現によりm濃度が低下 し、有性生殖が誘導される可能性が示唆された。
アブラムシの中には、繁殖多型を二次的に失い、短日条件下でも単為生殖のみを行う集団 が多数存在する。本研究ではこのような繁殖多型の喪失をもたらした内分泌基盤の解明も試 みた。日 本国内で 独立に繁殖多型を失った2つの系統を用い、長日/短日条件下でのm濃 度の測定 や、m合成 、m分解に関わる遺伝子の発現解析を行ったところ、短日条件に応じ たm濃度の低下やJH分解に関わる遺伝子の発現上昇が見られなかった。したがって、繁殖 多型の喪失の背景には、m濃度やm分解酵素遺伝子発現の日長応答J陸の喪失としゝう進化過 程が存在すると示唆された。
本学位論文では、アブラムシのニつの表現型多型において、環境条件と発生制御をっなぐ 分子生理機構の一端を明らかにした。中でもmは翅多型と繁殖多型の制御機構の中で重要 な役割を果たしており、また、表現型多型の喪失という進化過程においても重要な役割を果
たしていると示唆された。今後、アプラ ムシのような表現型多型のモデルケースを用しゝて内 分泌 機構 と発 生制 御機 構 を結 ぶネ ット ワー クを 詳細に明らかにす ることで、生物全般が示す 可塑性の制御機構の理解が進むと期待さ れる。審査委員一同は,.これらの成果を高く評価し、
また 、自 らの 興味 をか き 立て る生 命現 象の 解明 に多彩な手法を取 り入れながら貪欲に取り組 む 研 究 姿 勢 、 大 学 院 博 士 課 程 に お け る 研 鑽 や 修 得 単 位 な ど も あ わ せ 、申 請者 が博 士備 淵 学)の学位を受けるのに充分な資格を有 するものと判定した。