博 士 ( 歯 学 ) 村 松 真 澄
学 位 論 文 題 名
地域自立高齢者の口腔の健康と主観的幸福感との関係 学位論文内容の要旨
【緒 言】 高齢 者が いき いき とした社会生活をおくるためには長寿 を達成することに加え,高いQOL (Quality of Life)を維 持することが求められる,Lawtonは,高齢者のQOLの構成要素として、生活機 能や行動,生活の質への認知,客観的環境,主観的幸福感の4領域を提示しているが,今後は内面的に 満足する状態にあることが,高齢者のQOLの最終的な決め手となる.したがって,内面の満足感すなわ ち主観的幸福感に関連する要因を明らかにすることが必要である.全身の主観的健康感が主観的幸福感 に関連することは報告されているが,口腔の主観的健康感と主観的幸福感との関連は,明らかにされて いない.本研究では,口腔の主観的健康感と主観的幸福感との関連を明らかにし,さらに口腔の主観的 健康感にどのような口腔の要因が関連するかを明らかにする.
【対象と方法】65歳以上の自立高齢者1161名に調査への協カを依頼したところ,334名(28.8%)が参 加した,欠損データのある者および85歳以上の者を 除外した311名をデー夕解析の対象とした.調査 は,平成16年7月に実施 された.調査内容は,間診およびアンケート項目として社会背景要因(年齢,
性別,仕事の有無,暮らし(独居,同居),学歴,社会活動への参加の有無),生活環境要因(食習慣:
20点満点,IADL(Instrumental Activities of Daily Living:手段的日常生活動作):13点満点),身 体的要因として,全身疾患の有無について調査した.主観的評価として,主観的幸福感(改訂版PGCモ ラールスケール(Philadelphia Geriatric Center Morale Scale):17点満点),全身の主観的健康感,
口腔の主観的健康感,自己評価に基づく咀嚼能力(自己評価咀嚼能力)について調査した.全身の主観 的健康感および口腔の主観的健康感については,「大変健康」,「まあ健康」と答えた者を良好群,「あ まり健康でない」,「健康でなレゝ」と答えた者を不良群した,自己評価咀嚼能カでは,「何でも噛める」
と答えた者を良好群,「少し硬いものでも噛める」,「柔らかいものなら噛める」と答えた者を不良群と した.口腔内診査としてCPITN (Community Periodontal Index of Treatment Needs)について上下顎 の前歯,両側臼歯を6分画に分け,各分画の中で最高のcodeをその 分画のcodeとした.6分画の 中で の最高値をその対象者の代表値とした.歯の清掃状態については,プラークの付着状態が極めて少ない 者を良好群,概ね歯面1/3未満の付着,概ね歯面1/3以上の付着の2群を不良群とした.アイヒナ一分 類でAからB3までを咬合支持ありとし,B4およびCを咬合支持なしとした,顎関節の雑音,咀嚼 筋あ るいは顎関節部の圧痛あるいは運動時痛,開口障害のいずれかのあったものを顎関節症ありとした.口 腔粘膜の乾燥状態,泡沫状唾液,耳下腺,顎下線の流出障害のぃゝずれかを認めたものを口腔乾燥ありと した.男性では,口腔乾燥の認められた者が1.4Xときわめて少なかったため,口腔乾燥の項目を解析に 用いなかった.義歯適合性についての評価は,「大変適合」,「概ね適合」と答えた者を良好群,「適合 していない」と答えた者を不良群とした.身体的要因として栄養状態の指標として,BMI (Body Mass ―570−
Index: 体 格 指 数 = ( 体 重kg)÷ ( 身 長m)2) , 血 清 ア ル ブ ミ ン 値 (g/? ) を 測 定 し , 体 カ の指 標 とし て , 握 力(kg)お よ び 開 眼 片 足 立 ち 秒 数 を 測 定 し た . 統 計 分 析 は, 主観 的幸 福感 の 平均 値の 比較 に つい て は ,t検 定 に よ り 行 っ た . 口 腔 の 主観 的 健康 感と 全身 の主 観 的健 康感 との 人数 分 布の 関連 性を 検 定す る た め に は ,Fisherの直 接 法を 用い た. 次 に主 観的 幸福 感を 従 属変 数と して ,社 会 的背 景要 因, 生 活環 境 要 因 , 身 体的 要因 ,口 腔 の主 観的 健康 感 を独 立変 数と して , ステ ップ ヮイ ズ回 帰 解析 を行 った . 口腔 の 主 観 的 健 康感 を従 属変 数 とし ,口 腔の 状 態と 機能 に関 する 因 子を 独立 変数 とし て 多重 口ジ ステ ィ ック 解 析を行った. P<O. 05を 有意水準と定めた.
【 結果】口腔の主観的健康感では,男性(n二二ニ142)で「大変いい状態」4.9%,「まあいい状態」61.3%,
「 あ ま り い い 状 態 で な い 」29.6% , 「 い し ゝ 状 態 で な い 」4.2% で , 女 性(n=169)で は , そ れ ぞ れ 5.9%,46.8%,36.6%,10.7%であった.主観的幸福感の平均値は,男性で,口腔の主観的健康感が不良な者 で10.8土3.1,良 好な 者で12.4土2.9(P=O. 004),女性 で,不良な者で10.5土3.5,良好な者で11.7土3.0 (P=0.012)で あっ た .主 観的 幸福 感の 平 均値 は, 男性 で, 全 身の 主観的健康感が 不良な者で9.8土3.3. 良 好 な者 で12.4土2.7(PくO.001), 女 性で ,不 良な 者で10.0土3.6,良好な者 で11.6土3.0(P=O. 004) で あ っ た . 口腔 の主 観的 健 康感 が良 好な 者 で全 身の 主観 的健 康 感が 良好 な者 ,不 良 な者 の割 合は , 男性 で は87.2%,12.8%(仁0.001),女性では88.8%,11.2%(卩く0. 001)であった .主観的幸福感を従属 変 数 とし たス テッ プ ヮイ ズ回 帰分 析で 採 用さ れた 独立 変数 は ,男 性では,仕事の 有無(p二ニO. 232,P‑
0. 003),学歴(ロ‑0. 240,P=O.002),BMI(ロ‑0.176,P=O. 024),口腔の主観的健康感(ロニニニO.198, P =0. 012)で あ り, 女性 で は,IADL(p=0. 230,
主 観 的 健 康 感 ( ロ‑0. 178,P=0. 017)で あっ た ,
尸=0. 003),BMI(ロニニ0.172,P=0. 020),口腔の 口腔 の 主観 的健 康感 へ関 連 する 要因 は,男性では、
自 己評 価咀 嚼能 力 (オ ッズ 比2. 55,95f'6CI1.208―5.376,尸=0. 014)の みであったが,女性では,自 己 評価 咀嚼 能力 ( オッ ズ比2.12,95%CIl.070・4.212,P=0. 031), 顎関 節症 の有無(オッズ比1.97, 95%CI1.048ー3.717,P=0.035)で あ っ た . 残 存 歯 の あ る 者(CPITNの 評 価 対象 者) では , 男性 で、
自 己評 価咀 嚼能 力 (オ ッズ 比3. 39,95%CIl.248−9.174,尸=0. 017), 女性 で,歯の清掃状態(オッ ズ 比3. 99,95%CI1.191ー13. 356,P=O.025) であ った .義 歯 を使 用し てい る者では,女性のみで顎 関節症の有無 (オッズ比2. 37,95%CI1.119・5.000,P=O. 024),義歯の適合状態(オッズ比4.24. 95%CI l. 896−9.461,PくO.001)が関連して いた.
【 考察 】口 腔の 主 観的 健康 感が 他の 要 因を 調整 した 後で も ,独 立し て主 観 的幸 福感 に関 連し て いた .全 身 の主 観的 健康 感 も独 立変 数と して 多 重解 析に 含め る必 要 があ ると 考え ら れた が, 全身 の主 観 的健 康感 は 口腔 の主観的健康感 とは関連性が強く(男性: P‑0. 001,女性:P<O. 001),強い多重共線性を示す と 考え られ たた め ,今 回は ステ ップ ヮ イズ 回帰 解析 に含 め なか った .口 腔 の主 観的 健康 感以 外 の要 因で 主 観 的 幸 福 感 に 関 連 し て い た もの は, 男性 で は仕 事の 有無 ,学 歴 ,女 性で はIADL, 男 女と もにBMIであ っ た. 男性 では , 仕事 とし て社 会貢 献 して いる こと が主 観 的幸 福感 に重 要 な意 味を 持つ と推 察 され た.
学 歴は ,経 済状 態 など に関 連し 間接 的 に主 観的 幸福 感に 影響を及ぽすと考え られる.高齢者の女性では,
IADLす なわ ち日 常 生活 の活 動性 が保 た れて いる こと が, 主 観的 幸福 感を 高 める うえ で重 要な 意 味を 持つ と 考え られ た. 女 性に おい て顎 関節 症 と口 腔の 主観 的健 康 感に 有意 な関 連 が見 られ たの は, 男 女間 の顎 関 節症 に対 する 病 識の 違い がー つの 原 因と なっ てい ると 推 察さ れた .義 歯 の適 合状 態は ,女 性 で口 腔の 主 観的 健康 感に 関 連し てレ ゝた .義 歯 の状 態は ,咀 嚼機 能,発声,審美性あ るいは快適性などに影響を及 ば すこ とに より , 口腔 の主 観的 健康 感 に影 響を 及ば すと 考 えら れた .口 腔 の健 康状 態が 損な わ れて いる
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高齢者では主観的幸福感が低いため,歯科保健活動や歯科治療を行うにあたっては,口腔の健康だけで はなく心理的側面にも十分配慮することの重要性があらためて示唆された.今回の調査は横断的調査で あるため因果関係があるとは断定できない面もあるが,口腔の状態や機能をより良くすることは,口腔 の主観的健康感を高め,さらにQOLのーつの柱である内面の満足感すなわち,主観的幸福感を維持向上 させる可能性が示唆された,
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