ばっくとぅざぱすと その二十二
出世払いと近代法 (一)
あなたが友人と一緒にレストランで会食して、持ち合わせのない友人の分も支払うことになったとき、 「出世払いにしようか」などと半ば冗談めかして言うことはありませんか。その場合あなたは友人から将 来本当に返済してもらう意図でしょうか。返済を求めずに奢るという意図でしょうか。 この「出世払い」の原型である近世の出世証文については、すでに本誌『附属史料館にゅうすSAM』 第25号で宇佐美英機教授が論じられています。また本年(平成21年)3月には史料館収蔵史料「馬場 武司家文書」の目録が公刊されましたが、この文書群にも何点かの出世証文が含まれています。右に 掲げたのはその内の1点、寛政6年(1794)の日付のある出世証文であり、馬場家の利左衛門が「証 人」として名を列ねています。内容については宇佐美教授による紹介があります(滋賀大学経済学部 附属史料館『研究紀要』第31号(平成10年))。 出世払いは、私が専門とする法律、特に民法の世界でも決して過去のものではなく、今も時折裁判例 に顔を出す生きた問題の一つです。冒頭に掲げた、どんな意図で出世払いという言葉を使っているか という問いは、法解釈あるいは契約解釈という法律上の問題に他ならず、そして現代の契約でも出世 払いに類する約束が現実になされることがあるのです。 日本では、明治以降、主に西欧大陸法を継受する形での法典編纂が推進され、近代法制度が整備 されました。その際に、民法や商法といった私法の領域では、日本に独特な慣行を否定するのではなく、 近代法の枠組の中に適切に位置づける、あるいは近代法と関連づけながらもそのまま慣習法として保 存することが試みられます。例えば、入会は所有権や地役権といった民法が用意した近代法上の制度 に解消し尽くされない、地域毎に異なりうる慣習として、特殊な位置づけを与えられました(民法263条 及び294条)。 出世払いについては直接これを扱う条文が法律の中に置かれたわけではありませんが、「契約」の 中の仕組みとして把握できますので、裁判例や学説の中で契約あるいは法律行為に関する問題として 扱われることになります。特に明治末から大正期、現在の最高裁の前身である大審院は、貸金の返還 につき「立身ノ上誓テ返済可仕候云々」(大判明43・10・31民録16輯739頁)、「出世」の際に弁済す る(大判大4・3・24民録21輯439頁)、あるいは債務者の「婚嫁又ハ分家ノ際支払フ」(大判大4・2・1 9民録21輯163頁)といった約定がある場合に、(1)「出世」「立身」は財産の多寡という客観的な事実 によって判断される(2)出世払いの約定は停止条件ではなく不確定期限であるとしました。(1)については具体的な判断基準が問題になりますが、ここでは議論を省きましょう。(2)について、民法には、 債務の弁済を将来に繰り延べ「○○という事実が生じたら払う」とする法技術として、条件と「期限」が置 かれています。事実の部分が、例えば「胎児が生きて生まれたら」というように将来発生するか否かが 不確かであれば条件(停止条件)であり、「平成21年10月末日が到来したら」「私が死んだらその時に」 というように発生することが確実であれば期限であるとされます。とすれば、「出世したら」は条件の方 に分類されそうですが、大審院はこれを期限としました。期限の内でも、「平成21年10月末」という明 確な期限とは異なり、いつ到来するのか曖昧なので不確定期限と呼びます。期限であるということは、 出世しないことが確定したときにも期限が到来し、債務者は弁済をしなければならなくなることを意味し ます。判例の文言からは必ずしも明確とは言えませんが、裁判所は事実の発生の確実性という形式的 な基準だけではなく、事実が発生しなかった場合に当事者がどのような帰結を望んでいたかを考えて、 出世払い約定を条件ではなく期限に振り分けた、と説明することができるでしょう。 (社会システム学科 須永知彦)