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戦後における漢文教育実践史の展開 : 昭和二〇・三〇年代の『漢文教室』誌掲載論考を中心に

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戦後における漢文教育実践史の展開

︱︱昭和二〇

三〇年代の﹃漢文教室﹄誌掲載論考を中心に︱︱

渡 

辺 

春 

はじめに   戦後における昭和二〇 ・ 三〇年代の漢文教育に関する制度 ・ 思潮史研 1 究によれば、二〇年代には﹁文化教育﹂的漢文教育か ら﹁語文教育﹂的漢文教育に展開し、更に二〇年代後半の﹁東 洋精神文化振興に関する決議﹂ ︵昭和二七年︶をターニングポ イントとして三〇年代にかけて﹁道徳教育/民族教育 2 ﹂的漢文 教育に展開されたとする。この制度・思潮史研究から見えない のは、漢文教育の内実の展開である。   本稿では、当代の漢文教育の内実の展開を﹃漢文教室﹄誌掲 載の実践論考を中心に把握し、成果と課題を明らかにしたい。 一  昭和二〇 ・ 三〇年代の漢文教育の文教政策状況    ︱学習指導要領を中心に︱ 1  経験主義に基づく漢文教育   ﹃昭和二六 ︵一九五一年︶年版   中学校 ・ 高等学校学習指導 要領︵試案︶ ﹄における漢文については、⑴﹁わが国で読まれ、 書かれてきた漢文は、わが文章語体の一種であり、わが国語と して扱われてよい性格を有し、 わが古典の中にはいるもの﹂ ︵七 章  二〇六頁︶とされている。⑵漢文教育の意義は、①古典と しての漢文を正しく理解する技能や態度の育成、②わが国で書 かれ、古典となった漢文・漢文調の文章の理解、③漢文と深く 関わる国語の正しい発達のためとされている︵七章   二〇九∼ 二一一頁参照︶ 。⑶漢文教育の目標は 、①漢字 ・漢語の意味理 解と効果的使用、②国語の効果的使用のための技術と能力育成、 ③漢文の構造の理解と読みこなす能力育成、④わが国の文学と 漢文の関係理解と鑑賞、⑤漢文理解による豊かな生活、⑥日本 文化・東洋文化に貢献した漢文の意義の理解、と設定されてい る︵七章   二一二頁参照︶ 。⑷学習指導に関しては、 ﹁生徒の日 常 生 活 と 関 連 さ せ て 計 画 さ れ な け れ ば な ら な い ﹂︵ 七 章   二一二頁︶とある。   ⑴ ⑵には、 ﹁︿漢文=日本の古典﹀観﹂が見いだされ 3 る。   とともに、ここでは、漢文の思想教育的側面は、抑えられて い 4 る。⑶の目標では、国語の効果的使用、文学鑑賞、豊かな生 活が目指されている。また、⑷は、生活における言語経験を漢 文学習に結びつけている点に経験主義の影響が見いだされる。

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2  能力主義に基づく漢文教育   ⑴  ﹁東洋精神文化振興に関する決議﹂   昭和二七年二月二三日に ﹁東洋精神文化振興に関する決議﹂ が衆議院本会議において可決された。決議に至る審議において、 次第に漢文の言語的要素から思想的要素に偏向し 、道徳教育 ・ 民族教育としての漢文教育が強く主張されるに至っ 5 た。   ⑵  通牒公布   決議の可決を受けて、昭和二七年三月三一日付で、文部省初 等中等教育局長   田中義男名で、高等学校の漢文学習に関する 通牒が公布された。この通牒によって①漢文は国語能力の基礎 として必修化され、教師の判断に基づく漢文教材の補充による 指導が可とされた。また、②﹁東洋の古典に対する正しい理解 を深めることは、国民として必要な教養﹂とし、③二六年版学 習指導要領の改善を要する点は他日改めるとしている。さらに、 昭和二七年八月八日には、昭和二六年改訂版学習指導要領の漢 文に関する事項を一部補訂している。すなわち、これによって、 例えば、 ﹁読むこと﹂の目標が﹁ 9   漢文訓読の方法がわかる﹂ ︵一学年 ・付加︶ 、﹁ 7   漢文がある程度理解できる﹂ ︵二学年 ・ 改 訂 ︶ 、 ﹁ 9   漢文の批評 ・鑑賞がある程度できる﹂ ︵三学年 ・ 付加︶と改訂された。単元例においても、 ﹁漢文入門﹂ ︵一学年︶ 、 ﹁漢文の読み方﹂ ︵二学年︶ 、﹁日本文学と漢文学﹂ ︵三学年︶が 付加され、漢文の指導の強化がなされることになった。   ⑶  昭和三〇年版学習指導要領   昭和三〇年版学習指導要領は、二六年版学習指導要領に対す る学力低下批判を受けて作成された 。必修の ﹁国語 ︵甲︶ ﹂に 加えて、選択科目﹁国語科漢文﹂を同時履修科目として設定し た。これは﹁生徒の個性や進路に応じて、やや高い程度の教養 を養うためのもの﹂で、目標が﹁読解する豊かな能力が身につ き、 あわせて批判や鑑賞ができる。 ﹂、﹁漢文に盛られている文化、 特にわが国の言語・文学・思想などと関係の深いものについて、 その特質・意義がわかる﹂と設定されている。   ⑷  昭和三五年版学習指導要領   昭和三五年版学習指導要領から 、科目は 、﹁ 現代国語﹂と古 典︵甲・乙 Ⅰ ・ 乙 Ⅱ ︶に分けられた。古典における必修選択科 目に﹁古典甲﹂と﹁古典乙 Ⅰ ﹂があり、更に選択として発展的 な﹁古典乙 Ⅱ ﹂が置かれた。古文と漢文の時間比は、甲は、均 等、乙 Ⅰ ・ 乙 Ⅱ は、三二である。   漢文の目標は 、﹁⑶古典としての漢文を読解し鑑賞する能力 を養い、思考力・批判力を伸ばし、心情を豊かにするとともに、 特にわが国の言語、文学、思想などと関係の深い漢文の読解を 通して、そこに盛られている文化の特質や意義がわかるように する。 ﹂となっている。三五年版において特徴的な指導事項に、 ﹁エ   詩や文章の表現上の特色を味わい、ものの見方、感じ方、 考え方を深めるように努めること。 ﹂がある。この指導事項は、 目標の﹁心情を豊かにすること﹂と関連している。   こうして見ると、二六年度版、三〇年度版と異なり、三五年 版学習指導要領になって、漢文教育は、言語生活に結ぶ漢文教 育から、読解・鑑賞能力と﹁豊かな心情﹂の両面を育成する漢

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文教育へと展開した 。この ﹁豊かな心情﹂の育成には 、道徳 ・ 民族教育としての漢文教育が投影されていると考えられる。 二  漢文教育実践   昭和二〇 ・ 三〇年代の ﹃漢文教室﹄誌掲載の漢文教育実践報 告の多くは、二〇年代後半から三〇年代前半に集中している。 1  昭和二〇年代の漢文教育実践報告   ⑴  興味・関心・問題意識による主体的探求学習   実践報告の多数が研究授業の報告としてなされている。その 中心は、東京教育大学附属高等学校教諭による研究授業である。 新学習指導要領に基づく授業のモデルを模索する姿が窺える。   東京教育大学附属高等学校教諭大木春基は 、﹃高等漢文﹄巻 一の﹁戦国の世﹂ ︵ a  後掲﹁資料﹂の﹁ a ﹂の意、以下同じ︶ を扱うにあたり 、生徒が 、史話の理解に留まることなく 、﹁ 日 常生活・実際社会の中にみられる眼前の課題として考え 6 る﹂こ とを求めた。これは、昭和二六年版学習指導要領の﹁生徒の日 常生活と関連させて計画されなければならない 。﹂ ︵第七章   二一二頁︶を反映させたものである 。学習指導にあたっては 、 学習者の自発的欲求・興味と関心を重視し、班別学習を計画し、 史話の劇化を構想するなど、主体的学習活動の場を与えようと した。安房菊三郎の﹁仁斎赤貧﹂の授業︵ c ︶ にも重なってい る。大木春基の場合、授業の構造として、興味・関心・問題意 識に基づいて読みに向かい、探究していく過程で、必要性の生 じた時に読解、解釈を指導するという方法がとられてい 7 る。ま た、単元﹁漢楚の興亡﹂他︵ b ︶の学習指導において、旧来の 試験という観念から脱却し、テスト本来の意義を理解させるこ とをねらいとし、班別で教材からテスト問題を作成させている。   ⑵  読解に基づく主体的課題探求学習   一方、 東京教育大学附属高等学校教諭尾関富太郎は、 陶潜﹁五 柳先生傳﹂の学習指導︵ e ︶ において、 導入︵陶潜の人となり︶ ↓音読↓範読↓中心思想の把握↓通釈↓慣用句整理↓五柳先生 と読書・酒・衣食住・人生観・賛について班別学習↓梅里先生 との比較↓陶潜の他の作品補説、とする学習指導を行っている。 本実践は、読解の発展として班別学習を取り上げている。   宮本泰子は 、﹁ 国文学と漢文﹂の学習指導 ︵ i ︶を 、日本文 学への影響などをねらいとして展開した。白楽天﹁長恨歌﹂と 清少納言・紫式部の文学について学習した後、発展学習として 長恨歌と関係する日本の文学作品について、班別の調べ学習を 行っている。   ⑶  読解学習   月洞讓の﹁四面楚歌﹂の学習指導︵ h ︶は、単元設定の理由 を、次の通りに述べている。①混乱の時代に史実は、過去と現 在の関連を示す。②人間の生き方と、行動のもたらした結果を 追求、批判することは人間性の開発に役立つ。③漢楚興亡の推 移 、 高祖と項羽の性格対比 、歴史の偶然と必然 、史実の批判 、 作者の態度と意図を追求する。指導は、導入↓読み︵内容理解

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と大意・問題点把握のために、通読・範読・黙読︶↓部分読解 ↓通釈↓問題点の探求︵高祖と項羽の比較・感想・批評・作者 の態度︶↓まとめの通読、と展開した。 2  昭和三〇年代の漢文教育実践報告   昭和二〇年代の実践に続き、なお実践報告の多くが研究授業 の報告ではあるが 、各地の高等学校の教員による授業が増え 、 さらに、個々の教室で実践された授業報告も見えている。   ⑴  興味・関心・問題意識による主体的探求学習   大木春基は 、﹁中学における漢文指導体系への一試案﹂ ︵ n ︶ において、次の通りに述べている。 現代の生活の中に古典が生きておればこその古典学習指導 でなければならないことは当然の常識である。こうした観 点に立って漢文教育を考えるとき、いわば専門的な学習と しての文化材の理解鑑賞以前に、どうしても手をつけられ なければならない生活の中の学習があるはずであろう。 ︵ n  一三頁︶   このように述べて、大木春基は、漢語の学習指導に取り組ん でいる。単元 ﹁漢語の理解﹂ 設定の理由は、 漢語 ︵能力︶ は、 ﹁生 きてはたらく言語事実であり、とくに文字言語の読解面におい ては 、何としても培われなければならない基礎能力であ 8 る。 ﹂ と述べられている。指導目標については、①生活言語への親近 感、②漢語の構造の機能的理解と読解力育成等が挙げられてい る。教材として、スポーツ記事 ・ 生徒の水泳部檄 ・ 俳句︵蕪村 ・ 子規等︶ ・漢詩︵柳宗元﹁江雪﹂ ︶などを開発している。指導過 程は、導入︵漢字語彙競技・班別による難語彙の収集発表︶↓ 展開︵漢語の機能的理解︱形容型 ・ 省略型 ・ 合成型 ・ 並列型等︶ ↓応用︵誤用指摘 ・ 類推練習 ・ 鑑賞練習︱俳句 ・ 漢詩教材使用︶ 、 と構成している。   本実践の特色は、ア.漢字語彙競技・難語彙収集の学習によ る興味・関心の喚起、イ.生活と古典とを往還的に関連づける 学習指導 、ウ .生活における漢語から古典文学としての俳句 ・ 漢詩における漢語への着目と、その構造的特徴把握、エ.漢語 学習から俳句・漢詩の鑑賞へと進む段階的発展的学習指導、オ. 学習を支える教材開発に見いだされる。大木春基の三〇年代の 実践にも、二六年版学習指導要領の単元学習の考え方が、なお 生きている。   小谷等 ﹁漢文教育序説﹂ ︵二︶ ︵三︶ の ﹁論語﹂ の学習指導 ︵ x ︶ は、次の教育観をもって行われた。すなわち、真理を生み出す のは生徒自身、教師は産婆役である。論語のような偉大な思想 に関しては、学習者が全身全霊で取り組めるようにする。指導 内容は、興味があり探究したい論語の一章を選択︵教科書外か らも可︶する。選択した一章を辞書を用い、リズム感に留意し て口語訳し、 併せて関連事項を調べる。 同じ章の選択者でグルー プを編成し、 発表準備を行った上で発表を行う。発表は、 通読 ・ 選択理由・語釈・通釈と行い発表後に質疑応答を行う。最後に、

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感想発表︵提出︶となっている。小谷等の実践にも昭和二六年 版学習指導要領の影響が見えるが、さらに昭和三〇年版の鑑賞 力の育成への配慮が窺える。   ⑵  読解学習   鈴木総一﹁漢文入門﹂の学習指導︵ j ︶は、平易な漢文の読 解と読み味わい、漢字・漢文の読み方、構造理解、訓点の機能 理解、漢文の国語国文に対する影響の大体の理解などを目標と している。新聞を用いた故事成語の学習、入門教材として徳冨 蘆花﹁自然と人生﹂ ・書き下しによる徳川光圀﹁大日本史﹂ ・孝 経・論語・唐詩などの教材化等の工夫をし、漢文の国語国文へ の影響も分かりやすく理解させる授業を展開している。   尾関富太郎﹁漢楚の興亡﹂の学習指導︵ k ︶が報告されてい る 。 目標は 、次の点に置かれている 。①史実を興味深く読み 、 妙味を味わう。②古人の批判を考える。③後世の詩文や戯曲演 劇等に及ぼした影響の後をたどらせ、文学的情操や史眼を高め る。尾関富太郎の場合、学習指導は、昭和二〇年代には、読解 の発展的学習として班別学習を行っていたが、三〇年代に入る と教師を中心とした問答による展開になっている︵ o ・ q ・ r ・ w ︶。 ﹁経験主義的なものから能力主義的なものへ﹂という変化 に伴い 、﹁読解力と共に批判鑑賞の能力をのばす方向に進んで い 9 る﹂と言えよう。教材として新しい唐代小説﹁桃花依舊笑春 風﹂ ︵人面桃花︶ を教材とした学習指導 ︵ r ︶ も報告されている。 他に 、﹁ 漢楚の興亡﹂の学習指導 ︵ t ︶では 、生徒の優れた登 場人物論が掲載されている。理解学習から表現学習へと展開さ れたことが窺える。   月洞讓の ﹁老子﹂の ﹁研究授業報告﹂ ︵ u ︶は 、ねらいを 、 ①段階的な教材の取扱、②生徒自身による課題解決︵教師は支 援︶ 、③面白さと老子の考え方の追求等に置いている 。指導過 程は 、導入 ︵儒道法三家の経国処世策に関することばの理解︶ ↓通読↓老子の思想把握と現代的意義︵可能な限り生徒自身に よる解明︶↓通釈・文法解説等補足説明、となっている。   ⑶  学習者の実態に配慮した漢文指導の試み   今井重昭は、 ﹁一 ・ 二年生の漢文授業﹂ ︵ m ︶を報告している。 年間を通した漢文の学習指導を一 ・ 二学年に分けて報告したも のである。生徒の興味を持つ教材を用意し、魅力ある授業をす るのが大切であり、地図・写真等を十分活用し、多角的にやっ ていくことが必要として授業を展開している。例えば、二学年 では 、生徒の実態から単元を編成し 、﹁漢楚の興亡﹂の学習指 導において、 歴史小説の郭沫若 ﹁項羽の自殺﹂ と比較読みを行っ てい 10 る。垣松香の﹁塞翁馬﹂の学習指導︵ p ︶では、読解整理 するだけでは 、生徒は何等の感動も受けず 、﹁ 塞翁馬﹂を読ん だ実感も湧かないとした。そのために、垣松香は、生活経験と して﹁敗戦﹂を提示して実感を付与しようとした。実感させる ための工夫が窺えるが、その成果は明らかではない。   岡村繁は 、﹁ 漢文入門﹂の学習指導 ︵ s ︶において 、当用漢 字の字体と音訓との範囲内で漢文 ︵白文︶を作成し 、 3時間 、 口語︵現代仮名づかい︶で読ませることを試みている。

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三  漢文教育実践事例の考察 ︵一︶昭和二〇年代の実践事例   実践例として、大木春基の学習指導︵ a ︶を取り上げる。経 験主義に基づく学習指導の特色が窺える実践である。昭和二七 年九月二六日に千葉県教育庁主催による漢文教育研究会が千葉 県立千葉第二高等学校において行われた。授業対象は、同校一 年生︵女子︶であった。計画は、次の通りであった。 1  単元目標 ︱﹁単に史実の知的理解にとゞめることなくして、 あくまでも戦国時代の様相なり実態なりというものを、生徒 の経験の上において把握させたい﹂とし 、﹁ 歴史や古典とい う以上に、かれら自身の現実問題、身辺問題として本単元の 内容を探求させたい﹂と述べている。 2  教材 ︱九鼎︵戦国策︶ ・ 合従連衡︵史記︶ ・ 中天台︵新序︶ ・ 連城の壁︵十八史略︶を本編とし、 ﹁商鞅変法﹂ ・﹁先従隗始﹂ ・﹁ 鶏 鳴狗盗﹂ ・﹁長鋏帰来乎﹂ ・﹁毛遂自薦﹂ ︵十八史略︶を使用。 3  学習指導計画 ︱指導計画は、次の通りである。 導入 ﹁野獣の選挙﹂と題する読売新聞科学欄記事の検討 学習活動          1  予備テスト・・・ ﹁問答﹂ 第一時︵本時︶   2  導入          3  学習の準備、計画・・ ﹁話合い﹂ 第二時    戦国時代の史的外観・ ︵発表、質疑応答︶ 第三時    単元の各素材にみられ 第四時    る戦国的様相の検討、 ・・ ︵班別学習︶ 第五時    把握 第六時    評価   学習効果の判定︵ a  一一頁︶ 4  授業の実際   第一時が研究授業として行われた 。本時の ﹁主眼﹂は 、﹁単 に史話としてのみ探求するのではなくして日常生活、実際社会 の中に見られる現前の問題として考えとるよう方向付け 11 る﹂こ とにあった。授業は、次の通りに展開した。 ︹導入︺ ①新聞の随筆﹁野獣の選挙﹂を読み聞かせる。内容は、 実力闘争としての統率者決定の方式。②人間社会の決定方法︱ 理性に基づく文化的方法。③身近な社会生活における暴力の有 無︱ボスの存在 ・思想的な暴動 。新聞コラム ﹁よみうり寸評﹂ のメーデー公判に見られる左翼・右翼の暴力的騒動を例に﹁人 間生活から暴力を離すことは、千万年努力してみても容易では な 12 い﹂というところを紹介。④野獣方式で統率者を決定するの は戦国時代。暴力による統率者の決定、利己・欺瞞裏切りなど 暗黒面が特質。⑤敗戦直後の、混乱時の社会の姿を想像しなが ら戦国時代を調べることへと方向付ける。 ︹学習への計画樹立︺ ︱まず、学習のねらいとして、 ﹁戦国時代 というものの概観と、 そこにくみとられる独特の様相﹂と﹁ ﹃話 のおもしろさ﹄ ﹃人情の機微﹄ ﹃事件の因果関係﹄ ﹃人物評論﹄ ﹃国々

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の興亡及び群雄の事跡﹄等﹂の把握を確認した。その上で、希 望によって班に分け、手分けして、①﹁どんなすじの話であり 内容であるかを知る﹂ 、② ﹁いかにも戦国の世らしいと思われ るような点はどこにあるであろうかを考えてまとめる﹂を目標 に調べることを計画している。 ︹内容把握︺   ついで、各班ごとの発表に当たるところ、本時では、研究授 業の性格上、 ﹁九鼎﹂のみを扱った。   ①﹁九鼎﹂の内容、あらすじ、戦国的様相の把握。②主役二 人の問答から成る本文を、 二人の生徒に対読させる。③﹁九鼎﹂ の妙味は、主役二人の心理戦にあることに気づかせ、戯曲的に 構成し直すことが効果的であることを自覚させる。④戯曲にす る場合の時・所・登場人物とその性格について話しあいを行う。 ⑤戯曲化を念頭に本文理解。 5  授業の考察   授業後に批評会が開かれた。授業者︵大木春基︶は、 講義的 ・ 説明的授業、無理な授業展開等の反省を行っている。   質問者は 、﹁読みの方に主力を向けるべき﹂ 、﹁漢文そのもの の読み方をもっと生徒に教えてほしい﹂ 、﹁やはり一番先に訓詁 をやらなければ内容に入れない﹂と訓詁注釈の必要性を問う質 問を行っている 。授業者は 、﹁訓詁をやってから内容に入る 、 というのは古いやり方で﹂ 、﹁何か一つ問題を持ってから内容に 入﹂り 、﹁訓詁は 、ポイント ︵問題︱渡辺注︶をより明確にす るための手段になるべ 13 き﹂と答えている。他に生徒の興味・関 心と教科書の系統のどちらが重視されるべきかという問もあっ た。授業者は前者を重視すべきとした。   昭和 26年版学習指導要領には、 ﹁これからの国語教育課程は、 決して知識をそのものとして与えるものではなく、生徒の興味 と必要を中心として、価値のある、必要な言語経験を展開して いくようなものでなければならな 14 い 。﹂と述べられている 。本 授業は、ア.旧来の訓詁注釈中心の漢文教育を排し、イ.生徒 の興味・関心・主体性を重視し、ウ.新聞の随筆とコラムを用 いて、戦国史話教材を日常生活、実際社会の中にみられる現前 の問題として考えるよう位置づける授業を展開し、エ.主体的 な班別学習により、多様な言語経験を与えようとした点に特色 が見いだされる。 ︵二︶昭和三〇年代の実践事例   次に、小谷等の漢詩の授業︵ v ︶を取り上げる。 1  学習指導のねらい   漢詩指導に関して小谷等は 、﹁生徒のなかに潜んでいる芸術 的能力の萌芽を見出し、 それを自ら引き伸ばす機会を与え﹂ 、﹁ 詩 を鑑賞する能力を育て美的鑑賞を高める効果的方法を探り当て る努力﹂の必要性を説いている。これは、昭和三五年版学習指 導要領にいう﹁漢文を読解し鑑賞する能力を高め﹂ 、﹁心情を豊 かにする﹂ ︵古典乙︶という目標に重なる 。小谷等は 、教師中 心の学習指導の効果に疑問を呈し、漢詩の指導において、翻訳 作業による生徒の発表中心の学習を試みた。そのねらいは、 ﹁訳

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詩の創作を鑑賞の発展としてではなく、創作活動そのものを通 して鑑賞を深めるという立場で学習させること﹂にあった。 2  教材 ︱﹃新定漢文﹄ ︵好学社︶ ・﹃高等漢文﹄ ︵三省堂︶中の 漢詩︱涼州詩 ︵王︶ ・絶句 ︵杜甫︶ ・望廬山瀑布 ︵李白︶ ・送 元二使安西︵王維︶ ・泊秦淮︵杜牧︶ ・送友人︵李白︶等。 3  学習指導計画 ︱次の通りである。時数不明。   ①全漢詩音読。②学習者は一詩を選択し研究。③選んだ詩に ついて 、ア .二回朗読 ・イ .選んだ理由 ・題意 ・語釈 ・通釈 ・ 鑑賞︵何を訴えようとしているか、その時の背景・詩の優れて いる点など︶ ・ウ .訳詩という順で 、プリントを配布し発表 。 ④質疑応答。⑤教師は誤読・誤釈の訂正、誤訳指摘、優れてい る点の評価、補 15 説。 4  授業の実際 ⑴  学習者の反応   ﹁﹃翻訳﹄の部面で、生徒は異常な熱心さで作業し、発表の場 合も作品を自己の創作としての信念で他生と渡り合う場面がし ばしばで教師の批評に対しても自作の芸術性を熱心に弁護した。 その際私は原文の正確な翻訳という角度からその表現の舌たら ずや誇張的表現を指摘し 16 た。 ﹂とある。   また、発表形式の授業に関する感想は、以下の通りであった。 ①辞書を引くくせがつき漢詩に興味がわいた。②じっくり研究 できた 。③いろいろの参考書に目を通したので大変役立った 。 ④自分でやってみて自分なりに詩が分かり興味がわいた。⑤人 前での発表のために学習態度ができ 17 た。 ⑵  学習者の訳詩   次は、 ﹁涼州詩﹂を訳した二二名の内の一人の訳詩である。   葡萄の美酒を   玉杯にそそぎ   飲みつつ聞くは   誰の琵琶   笑いたもうな   我が酔態を   戦より帰った人はなしと聞く︵ v  三四頁︶   小谷等は 、学習者の訳詩について 、﹁ 現代的感覚で詩そのも のにジカにぶつかって自らの想像力を働かせ、そのみずみずし い印象を自分の言葉で表わさせるべきであると思う。 ﹂と述べ、 ﹁そこにこそ古典としての純粋な漢詩の享受﹂があるとしてい る。訳詩の文体については、 ﹁文語調よりは口語調の翻訳の方が、 生徒の感動がより率直に表現される﹂とし 、それは 、﹁ 生徒の 作品自体が実証している﹂と述べている。   この授業に基づいて、小谷等は教材の再吟味を行い、漢詩教 材を李白・杜甫・白居易の詩、および幾編かの長詩に限定する ことを提案している。 5  授業の考察   こうして見ると、本授業は、ア.鑑賞力と美的情操を高める 漢詩教育を求めて、イ.旧来の教師中心の学習指導の効果に疑 問を呈し、ウ.生徒中心の学習による、エ.創作活動そのもの を通して鑑賞を深める学習を 、オ .教材の選択 ・訳詩の創造 ・ 発表・交流という学習活動を通して行わせ効果を上げた点に特

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色を見出すことができる。 おわりに︱考察のまとめと課題   右に考察したことをまとめれば、以下の通りである。 1 .昭和二〇 ・ 三〇年代の漢文教育を巡る状況   二六年度版から三五年版にかけて 、言語生活に結ぶ 、興味 ・ 関心重視の漢文教育から、読解・鑑賞能力と﹁豊かな心情﹂の 両面を育成する漢文教育へと展開した。 ﹁豊かな心情﹂ の育成に、 道徳・民族教育としての漢文教育の投影が見出される。 2 .昭和二〇年代の大木春基の漢文教育実践   本授業は、旧来の訓詁注釈中心の漢文教育を排し、生徒の興 味・関心・主体性を重視している。新聞の随筆とコラムを用い て、戦国史話教材の特質を日常生活、実際社会の中にみられる 現前の問題として考えるよう位置づける授業を展開し、主体的 な班別学習により、多様な言語経験を与えようとした。 3 .昭和三〇年代の小谷等の漢文教育実践   本授業では、鑑賞力と美的情操を高める漢詩教育が求められ た。旧来の教師中心の指導の効果に疑問を呈し、生徒中心の主 体的学習による創作活動を通して鑑賞を深める学習を、教材の 選択・訳詩の創造・発表・交流という学習活動を通して行い効 果を上げた。 4 .昭和二〇 ・ 三〇年代の漢文教育実践の成果と課題   全体としては、教師主導の授業が多いが、取り上げた実践例 に次の成果を見出すことができる。   ①学習者を授業の主体として授業に位置づけた。②班別学習 など、学習者の主体的活動の場の設定がなされた。③学習者に よる教材の選択、発表、創造的表現、交流が授業に取り入れら れた。④発展としての創作ではなく、創作活動を通して理解を 深めることが試みられた。   一方、次の課題も見出される。   ①興味・関心を喚起し、言語能力を高め、認識を深化させる 教材の開発・編成。②漢字・漢文の言語的難解さの克服法。③ 学習者主体の授業方法の開発。④生活問題意識の喚起と、それ に基づく主体的学習、読みの能力及び認識の深化の方法。 ︻資料︼ a .大木春基指導﹁千葉研究会   漢文科学習指導案︵高等学校 一学年︶ ﹂︵三号   一九五二年一一月︶ b .大木春基指導﹁東京研究会   漢文指導案︵高校二年︶ ﹂︵ 三 号  同︶ c .安房菊三郎 ﹁生徒作品   仁斎赤貧 ︹劇︺ ︵東邦大学附属高 校一︶ ﹂︵三号   同︶ d .尾関富太郎指導﹁研究授業報告   漢文入門   一学年︵東京 教育大学附属高校︶ ﹂  ︵四号   一九五四年六月︶ e .尾関富太郎指導﹁研究授業報告﹃自適﹄二学年︵東京教育 大学附属高校︶ ﹂︵四号   同︶

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f .尾関富太郎指導 ﹁研究授業報告 ︵岡山県朝日高等学校︶ ﹂︵ 四 号  同︶ g .尾関富太郎指導﹁研究授業報告︵三重県津高等学校︶ ﹂︵ 四 号  同︶ h .月洞讓指導﹁全国大会︵漢文教育懇話会︶研究授業︵東京 都立赤城台高等学校︶ ﹂︵一六号   一九五五年一月︶ i .宮本泰子指導﹁単元﹃国文学と漢文﹄の研究授業報告   公 開授業︵平塚江南高等学校三年︶一七号   一九五五年三月 j .鈴木総一指導﹁研究授業報告   公開授業︵平塚興南高等学 校一年︶ ﹂一七号   同︶ k .尾関富太郎指導﹁研究授業報告   大阪府における漢文教育 研究会︵大阪府立市岡高等学校二学年︶ ﹂︵二一号   一九五五 年一一月︶ l .大橋定雄指導 ﹁研究会報告 ︵埼玉県立巣鴨高等学校二学年︶ ﹂ ︵二二号   一九五六年一月︶ m .今井重昭 ﹁一 ・ 二年生の漢文授業 ︵大阪府立布施高等学校︶ ﹂ ︵二五号   一九五六年七月︶ n .大木春基﹁中学校における漢文指導体系への一試案︱漢語 の学習︱   東京教育大学附属中学校 ︵一学年︶ ﹂︵二八号   一九五七年一月︶ o .尾関富太郎指導﹁兵庫県国語漢文研究会   兵庫県立洲本高 等学校︵二学年︶ ﹂︵二八号   同︶ p .垣松香 ﹁﹃塞翁馬﹄ について私のやった授業の実際︱ ﹃人生﹄ ︵巻一︶に関連して︱﹂ ︵二九号   一九五七年三月︶ q .尾関富太郎指導﹁授業報告記﹂ ︵三一号   一九五七年七月︶ r .尾関富太郎指導﹁研究授業報告   新潟国語部会教育研究会   新潟県立新潟南高等学校 ︵二学年︶ ﹂︵ 三三号   一九五七年 一一月︶ s . 岡 村 繁 ﹁ ○ 漢 文 入 門 期 の 取 り 扱 い に つ い て ﹂︵ 三 八 号   一九五八年五月︶ t . 尾 関 富 太 郎 ﹁ 漢 楚 の 興 亡 を 指 導 し て ︵ 上 ︶﹂ ︵ 四 一 号   一九五九年三月︶ ・﹁同︵中︶ ﹂︵四二号   一九五九年三月︶ ・﹁ 同 ︵下︶ ﹂︵四三号   一九五九年七月︶ u .月洞讓指導﹁研究授業報告﹂ ︵四三号   一九五九年七月︶ v .小谷等﹁新学習指導要領による漢文教育序説︱漢詩の取扱 いについて︱﹂ ︵六三号   一九六三年七月︶ w .尾関富太郎﹁漢文授業実践記録   指導法とその問題点をさ ぐる﹂ ︵六四号   一九六三年九月︶ x .小谷等﹁漢文教育序説︵二︶︱﹃論語﹄の発表学習とその 作品から︱﹂ ︵六七号   一九六四年五月︶ ・﹁漢同︵三︶︱﹃論 語﹄ の発表学習とその作品から︱﹂ ︵六八号   一九六四年七月︶ 注 ︵ 1 ︶冨安慎吾 ﹁昭和 20年代初期における漢文教科書︱ ﹁文化 教 育 ﹂ 的 漢 文 教 育 観 の 展 開 ︱ ﹂︵ ﹃ 国 語 科 教 育 ﹄ 五 九   二〇〇六年三月三一日   全国大学国語教育学会︶ ︵ 2 ︶冨安慎吾 ﹁昭和 20年代後期における漢文教育の転回点︱

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﹃東洋精神文化振興に関する決議﹄ ︵昭和 27年︶ に注目して︱﹂ ︵﹃国語科教育﹄六二   二〇〇七年九月   全国大学国語教育学 会  五五頁︶ ︵ 3 ︶冨安慎吾は、 ﹁昭和 20年代の戦後初期漢文教育思潮は、漢 文が日本語/日本文化に大きな影響を与えたことを根拠とす る︿漢文=日本の古典﹀観をベースとして展開したと仮説で き る 。 ﹂ ︵ 注 1 に 同 じ  一九頁︶としている。 ︵ 4 ︶冨安慎吾は 、長澤規矩也の言をもとに 、﹁ここからは 、 ﹃ 26年学習指導要領﹄における漢文観が 、漢文教育を国語科 教育の一部として位置づけるために戦略的に選択されたもの であったことがうかがえる 。﹂ ︵ 注 2 に同じ   五一 ・ 五二頁︶ と述べている。 ︵ 5 ︶冨安慎吾︵注 2 に 同じ   五三 ・ 五四頁参照︶ ︵ 6 ︶大木春基指導 ﹁千葉研究会   漢文科学習指導案 ︵高等学 校  一学年︶ ﹂︵ ﹃漢文教室﹄三   一九五二年一一月   大修館   一一 ・ 一二頁︶ ︵ 7 ︶世羅博昭 ﹁第五章   漢文と古文 ・現代文の総合化を図っ た指導﹂ ︵浜本純逸監修 ・冨安慎吾編著 ﹃中学校 ・高等学校 漢文の学習指導︱実践史をふまえて︱ ﹄︵二〇一六年一二月   溪水社︶において 、中西清が ﹃ 漢文の単元学習﹄ ︵昭和二五 年二月   金子書房︶の中で、教科書︵ ﹃中等国語⑷二﹄ ︵中等 学校教科書株式会社   昭和二三年三月︶教材である﹁孔子と 子路﹂ ︵中島敦 ﹃弟子﹄ の一部︶ と ﹁孔子とそのことば﹂ ︵﹃ 論 語﹄ ︶を併せて 、単元学習 ﹁孔子﹂のもとに 、現代文と漢文 の総合化による主題単元学習を構想していることを指摘し 、 ﹁この意欲的で先導的な提案も 、実践の場にどの程度受け入 れられたのかは定かではない﹂ ︵同書一七五頁︶ と述べている。 昭和二〇年代後半には、中西清が構想した漢文の授業のよう な型の授業がいくつか実践されている。 ︵ 8 ︶大木春基 ﹁中学における漢文指導体系への一試案︱漢語 の学習︱ ﹂︵ ﹃漢文教室﹄二八号   一九五七年一月   大修館   一四頁︶ ︵ 9 ︶尾関富太郎指導 ﹁兵庫県国語漢文研究会﹂ ︵﹃漢文教室﹄ 二八号   一九五七年一月   大修館   二〇頁︶ ︵ 10︶ここにも 、世羅博昭が指摘した 、現代文と漢文の総合化 による授業実践が窺える︵注 7 に 同じ︶ 。 ︵ 11︶大木春基 ﹁千葉研究会﹂ ︵﹃漢文教室﹄三   一九五二年 一一月   大修館   一一 ・ 一二頁︶ ︵ 12︶大木春基︵注 11に同じ   一五頁︶ ︵ 13︶大木春基︵注 11に同じ   二四頁︶ ︵ 14︶﹃昭和二十六年︵一九五一︶版   中学校高等学校学習指導 要領   国語科編 ︵試案︶ ﹄︵一九五一年一〇月   文部省   四頁︶ ︵ 15︶小谷等 ﹁新学習指導要領による漢文教育序説︱漢詩の取 扱いについて︱﹂ ︵﹃漢文教室﹄六三号   一九六三年七月   大 修館   三二 ・ 三三頁︶ ︵ 16︶小谷等︵注 15に同じ   三三頁︶ ︵ 17︶小谷等︵注 15に同じ   三三頁参照︶ ︵わたなべ   はるみ・京都ノートルダム女子大学︶

参照

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