92 あった.なお一過性黒内障は2例に認められた,発症 様式については11例が活動時であり,4例は突発完成 型,7例は進行性脳卒中であった.発症時の意識レベ ルは7例が清明で,意識障害例では,傾眠・昏迷が5 例で比較的軽度のものが多かった.大脳皮質症候を呈 したものは3例だった.また,12例に片麻痺と構音障 害を認めた.凝血学的検査については,血小板凝集能 充進例は14例中7例血液粘度充進例は13例中6例で あった.閉塞部位については起始部が最も多く7例, 次にサイフォン部の3例であった.CT所見では1例 を除く全例で低吸収域を認め,そのうち7例に境界領 域梗塞 4例に低吸収域の中の高吸収域を認めた.た だし大梗塞は3例であった,ダイナミックCTは7例 で施行したが,5例で皮質枝と穿通枝の両領域に血流 の低下を認めた.予後は比較的よく10例が軽快した. 今回の検討ではICOの臨床像が比較的軽度であった がこれは発症様式から推測されるようにICOの中で 血栓性閉塞が対象例の主体であったためと考えられ る.しかし本教室では,入院時意識障害が高度な症例 では脳血管撮影を施行しないことから比較的重症の転 帰をとる塞栓性閉塞は対象に入っていないことによる と思われる. 〔総 説〕 脊髄髄内腫瘍の外科 (脳神経外科)加川瑞夫 脊髄髄内腫瘍の外科治療については未だ議論のある ところである.歴史的にみても数多くの手術手技が行 なわれてきたし,またこの疾患に対する治療哲学にも 違いがみられる.
脊髄髄内腫瘍の最初の手術成功例は1907年Von
Eiselbergによってであり,1910年にElsebergの歴史 的に有名な“two stage procedure”が提:唱されている.しかしながら手術手技で近代的な進歩がみられるの は,!940年Greenwoodによる双極電気メスとmi− crosuryの始めともいえる拡大鏡の導入であり,最大 の進歩は1976年Yasargilらによる手術顕微鏡を用い た手技であろう.これにより腫瘍摘出に際し,脊髄微 小血管の温存ができるようになり,成績が著しく向上 した.さらに,1982年Epsteinらはultrasonic aspir− ator,1985年CooperらはCO21aserを髄内腫瘍摘出 に応用している.同時に注目しなけれぽならないのは 脊髄髄内腫瘍の診断の進歩がある,CT, metrizamide CT, MRIは腫瘍の局在をより明確に描出し,手術到達 法,手術の範囲などの決定に有力な情報を与えてくれ る. 術中ではultrasonographyやSSEP monitoringも 用いられ切除範囲の決定に役立てられている. 最近,髄内腫瘍の手術にステロイド剤が再び注目さ
れ,なかでもsteroid receptor positive spinal tumor
との関連がいわれる.さらに脊髄虚血の保護物質の投 与なども重要な課題になりつつある.ここでは,この ような時代のすう勢を背景として,脊髄髄内腫瘍を如 何に扱うか,peri・intra operativeの問題は何かについ て手術手技を中心に述べてみた.