山本須美子・加藤尚子著『ハンセン病療養所のエス
ノグラフィ : 「隔離」のなかの結婚と子ども』東
京: 医療文化社,2008,465p.
著者名(日)
石井 綾
雑誌名
白山人類学
号
12
ページ
99-104
発行年
2009-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002393/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止書 評 山本須美子・加藤尚子著 『ハンセン病療養 所のエスノグラフィー一「隔離」のなかの 結婚と子ども』 東京:医療文化社,2008年1月 465ページ,3,850円(+税) 石井綾* ISHII Aya★ 本書は,ハンセン病を患った人々が,その 後何十年も生活する場となった療養所をフ ィールドの拠点として,人々の暮らしの様子 とその変遷を明らかにしたエスノグラフィ である。かつては,療養所の外に出られるの は「煙になって」といわれたほど,一度入所 すれば二度と外出が許されない時代もあっ た。ハンセン病療養所という特異な場で人々 が生きてきた様が,著者らの丁寧なフィール ドワークを基に描かれている。 序章では,本書がいかなる背景のもと,ど のような視点で書かれたのか,数多いハンセ ン病関連の資料の中から本研究の問題の所 在を明らかにした上で,先行研究の紹介と本 研究の位置付け,そして調査方法が示される。 日本では約90年にわたって,外見上の特 徴や遺伝病との誤解がもとで,ハンセン病患 者は厳しい処遇を受けてきた。悪名高い「ら い予防法」廃止後は,強制隔離政策が憲法違 反の人権侵害であるとして,ハンセン病療養 所入園者らは国に対して「らい予防法違憲国 家賠償請求訴訟」をおこした。裁判では当時 ★白山人類学研究会会員;Hakusan Society of Cultural Anthropology, Toyo University,5−28−20, Hakusan, Bunkyo, Tokyo/aya.moemoekyaw@ の厚生省の過失が認められ,勝利した原告団 がメディアで大きく取り上げられたのを思 い出す人も多いだろう。原告団の勝利を機に 事態は隔離政策施行当時の真相究明に向か った。その検証会議によって出された報告書 では,国が差別を拡大し必要性のない隔離を 惰性的に続けてきたことに加え,医学界や報 道関係,法曹界といった各界の責任も免れな いことが指摘された。こうして当時の被害実 態が明らかにされ,ハンセン病に対する認識 を正す行為に一旦終止符が打たれることに なった。しかし,隔離政策に関する最終報告 書が作成される過程には,ある入園者の生の 声があがっていた(p.3)。その声を集約する ならば,「入所者は被害の中だけに生きてき たのではない。被害という一方的な見方では ハンセン病問題の全体像が見えてこない」と する訴えであった。しかしながら,こうした 意見に対して,誰も取り上げようとしなかっ た現実があったのである。 経緯を知り,著者らは考える。訴訟時に行 動を起こした人は入園者の中の一握りにす ぎない。それでは,自らの経験を語ることな く生涯を終えようとしている人の語りにこ そ,耳を傾けてはどうだろう。「被害者」対 「加害者」という図式では見落とされがちな 「被害だけではない語り」にこそ,長い年月 を生き抜いてきた人々の暮らしの真髄を読 み取ることができるのではないか。こうして, 著者らは,被害実態の報告書とは異なる民族 誌としての生活の記録を試みるのである。 国立ハンセン病療養所は,閉鎖的で独自の コミュニティを築き上げていた。なかでも, 結婚は許されたが子どもを持っことを禁じ られたコミュニティであったことが入園者 の暮らしを特徴づけた。その特徴をさらに深 く観察する方法として,著者らは一’つの療養 所の女性入園者だけに的を絞ったライフス トーリーという手法を用いる。
白山人類学12号2009年3月
先行研究では,ハンセン病患者のライフス トーリーを用いたものも存在したが,語りを 通して生き方の解釈を行うものや,結婚や中 絶を人生の一コマに凝縮してしまう扱い方 が,著者らの意向と異なっていた。また,ハ ンセン病患者の生み出す特有の価値体系を もとに,「社会的世界(生活世界)としての 療養所」という視点の転換をあげる理論研究 も存在したが,それにはフィールドからの資 料は用いられていなかった。その他にも,結 婚や子どもについて論じたものもあるが,そ の聞き取りは出産経験者のみに偏り,本研究 の中心的課題である,子どもを産まないとい う自己決定や,療養所内での出産に関するタ ブー意識との関連をみるところまではいた っていない。著者らは「ライフストーリーを 縦糸に,結婚や夫の断種,妊娠や中絶,出産 というトピックを横糸にたとえ,あたかも縦 糸と横糸を絡めて織物を織るように,療養所 での結婚と子どもをめぐる事象を描き出す ように試みた。」(p.11)のである。ここに本 研究のオリジナリティがある。 それでは,以下に章ごとの内容について, 順を追って紹介する。 第一章では,ハンセン病問題の基礎知識が 学べる。ハンセン病とは何かについて,医学 的,歴史的な資料の提示とともに,なぜ世界 中で他に例をみないほど嫌われ恐れられる 病気であったのか,そうした価値観がつきま とう社会的な要因に触れ,日本の近代以前か らのハンセン病への見方を振り返ったあと, 強制隔離政策から法律の廃止を経て,国家賠 償訴訟の行方までをたどっている。 続く第二章では,本研究の中心的なフィー ルドである,星塚敬愛園についての基礎知識 が提示される。ここでは地理的な確認に始ま り,園の開設から今日にいたるまでの歴史と, 本研究のキーワードとなる子どもや療養所 内での結婚の条件などが予備知識として取 り扱われる。 第三章では,インタビューを基に編集され た9名の女性たちによる園での生活が紹介さ れる。ここでは,入園前の実家での様子から, 入園のための移動日の思い出,入園後の雑居 部屋生活やその人間関係,日々の炊事や畑仕 事や縫い物,そして結婚や子どもに関するこ とが明らかにされる。なかには園をこっそり 抜け出して当時はやりのパーマをかけに行 った微笑ましい思い出から,重症患者の看病 まで,さまざまな身の上話しが登場する。 続く第四章は,三章で登場した女性たちの データから,特に結婚と子どもに関する事柄 に焦点を絞って分析作業が進められ,最後に 「被害だけではない語り」についても考察が 行われている。ここでは結婚相手の選択には じまり,施設への届け出,夫婦の住まい,当 時の園の規則であった夫の断種,妻の中絶, さらにハンセン病療養所特有の結婚形態で ある通い婚や茶飲み友達婚と呼ばれる二重 結婚を取り上げ,入園者が事態をどのように 受け入れてきたのかが明らかにされる。 第五章は,人類学のエスノグラフィながら, フィールドからのデータをほとんど使用し ていない異色の分析スタイルをとっている。 それは,園内の機関誌である『姶良野』や, 小説『失われたもの』といった文芸作品15 編を基本のデータとして使用しているとこ ろにある。著者らは,なぜこうした方法をと ったのか,については書評後半で触れたい。 第六章は,著者らが研究を進める中で出会 った,実際の入園者以外の人々の声を取り扱 っている。規則に反しながらもこの世に生を 受けた子どもたちや,療養所の内と外を行き 来しながら現在は社会復帰した人の声から は,「らい者」というスティグマのために思 うとおりの人生を歩めなかった患者とその 家族が,互いを見つめ思いやる様子が分かる。 また,後半には,あの光田健輔の弟子であったという元医師の声も取り上げられている。 最終の第七章は,付記として編集され,本 研究と平行して調査を行っていた私立の療 養所のデータを用いて比較分析が行われる。 ここでは,私立療養所が善意と寄付と信仰に よって成り立ってきた経緯や,小規模ゆえの 家族的な雰囲気,また患者本人の希望による 入退所の様子がわかる。 以上,本書を概観してきたわけであるが, 次に本書が持ついくつかの特徴について若 干の私見を述べてみたい。 まず,全体を通していえることは,本書の 副題である「『隔離』のなかの結婚と子ども」 にっいて解くためのデータが,序章から五章 までで完結しているのではないかと感じら れたことである。なぜなら,副題が示すとお り,鉤括弧のっいた隔離が意味するものこそ, 療養所内という特定の空間を限定するもの であるし,その中で生きてきた人の声を拾う ことで,本研究が成り立ったはずだからであ る。 調査を通して出会った療養所の外の声や, 別の調査地で得たデータを使わないのは惜 しいと思うのも当然考えられるが,テーマに 対する資料としては,付記である七章だけで なく六章も少々内容違いであるように感じ られる。仮に,それらのデータを用いるのな らば,別の機会に改めるとか,本書全体を二 部や三部構成にわけ,最終的な結論を出す方 がよかったかもしれない。というのも,六章 で扱われたスティグマを負う子どもや妻と, 社会復帰した人と,当時の医師とでは,それ ぞれに立場が異なっており,本来はそこから 導かれるものも異なるであろうと思われる からである。それをひとくくりにして,園と 社会の狭間に生きる人々と位置付けてしま うのは,少々乱暴すぎはしなかったか。 評者が特に違和感を持ったのは,六章のデ ータには,本書執筆にあたっての著者らの最 大のこだわりであった「被害だけではない語 り」があまりみられず,どちらかといえば限 りなく「被害の語り」に近いデータであった ことにも起因する。いずれにせよ,六・七章 は,本来の調査対象とは異なる上に,分量も 少なく,他の章とのバランスから考えても同 等の扱いには疑問が残るのが正直な感想で ある。 続いて,本書の中で特に注目すべき三章と 四章にっいて取り上げてみたい。これらの章 は,著者らのエネルギーが最も注ぎ込まれた であろう地道なフィールドワークの結集と いえよう。三章では,インフォーマントの記 憶や表現力,また,聞き手と話し手の間の親 密度の違いから,形式の異なる九つのライフ ストーリーが並ぶが,いずれもその人の生ま れや発病時期,入園時や結婚時の年齢に加え, 容姿や近況が簡単に書かれた解説のあとに 物語が展開されるため,読者としては,一人 ずっ向き合いながら,お話を聞かせて頂いて いる気分を味わえた。 四章もフィールドからの声をふんだんに 活かした構成になっており,論をすすめる上 でのデータの差し込み方が少々読みづらい 面もあったが,その内容はかなり読み応えが ある。特に,園内では多くの人が子どもを持 たないのが「当たり前」とする空気が確かに あったことがよく分かった。そして,その当 たり前のことが,実は人によって少しずつ違 う理由によるものであることに著者らは調 査時の語りを通して気付いたのであろう。そ こには人類学者らしい勘が働いたと思われ る。そこで採用されたのが,田辺明生の「エ ージェンシー」という概念である。これは, 構造から完全に自由でもなく,完全に支配さ れているわけでもないものとして個をとら え、その個が他と交渉するなかで,その行為 の戦略性や白発性や創造性によって自己の 置かれた関係性を組み替えて,新たな共同性
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を生み出す力をとらえることができる(p. 242)ものである。著者らは入園者を「エー ジェンシー」としてとらえ,これにより,療 養所の規則に縛られながらも,しかし現実に は「子どもを育てる人がいないから産まな い」と主体的に判断する人々の自己決定が確 かにあったことを明らかにする。四章は,的 を射た概念使用によって,読者が語りと分析 を追いながら,入園者それぞれの意思を読み 解くことに努められるような仕上りになっ ているといえよう。 しかし,ここでもう一度立ち止まって,三 章と四章で使われたデータから,表象の暴力 性と,それに伴う研究者のジレンマの問題に ついて検討してみたい。 著者らによって創られた三章の物語や,四 章のフィールドからの声には,何か漏れてし まったものはなかったのだろうか,著者らは 調査データの何を汲んで何を省いたのだろ うか。もちろん,この問題は聞き手と語り手 にしか真相は分からない。その場に立ち会っ ていない読者には,余分なものを削ぎ落とさ れ整合性のある物語だけが提示される。評者 の疑問は本書の「エピソード・4 噂の文化」 を読むと,さらに膨らんだ。そこには,イン フォーマントの辻棲の合わない語りを他の 入園者が情報提供してきたり,著者らが原稿 を持参し内容を確認してもらう際のインフ ォーマントの悩む姿や,最終掲載を断る人の 存在が見えるからである。 著者らは療養所を訪れ観察し,インフォー マントの語りとは異なる園内での噂を耳に すれば,本人へ再度インタビューを重ねてい る。こうした行動は,ラングネスによるフィ ールドで集積された人類学的なデータをチ ェックする三っの技術[ラングネス1993: 68]に当てはまる。また,著者らは語りの信 懸性を考慮する編集作業にあたって,桜井の 指摘[桜井2005:51]に倣ったライフストー リーの内的一貫性を吟味し,最終的に一貫性のあるものだけをデータとして扱った
(p.20)という。こうした作業過程を経たデ ータについては,信頼性と妥当性が高いとみ ていいだろう。 しかし,原稿を許された内容だけがデータ として使われたのであれば,それはインフォ ーマントと読者の間で,どの程度の内容の重 みの違いがあるのだろうか。評者が考えるの は,インフォーマントが原稿になった自分の 言葉をみて悩んだり,断ってきたのは,なぜ だったのかということである。本書では,そ の理由の一っを前述のエピソードの中で簡 単に触れている。ある人は,子どものことが 原稿に入っていないのは嫌だが,話す気には なれない旨を口にしたという。これは,原稿 として小さくまとまってしまった自分の生 き様に,インフォーマントが何らかの違和感 を覚えてのことと考えられる。 確かに,ポストコロニアル理論で指摘され ているように表象の暴力性は,研究者によっ て対象が規定され記述される行為そのもの であり,そこには,研究者による編集作業も 含まれている。さらに厳密にいえば,それが エピソードであれ,表象という行為に変わり はない。そして,先の掲載を断った人の理由 を評者が再度取り上げることも,表象の暴力 の再生産行為といえる。 しかし,ポストコロニアル理論には,実際 に調査の途中で語り手が口をっぐんでしま ったり,急に態度を変えてきた時に,研究者 はそれから先をどう進めばいいのかという 問題に対する確かな答えは出されていない。 研究者は,一方でインフォーマントに対する 倫理的な対応をとりながら,もう一方では自 身の研究のためのデータの扱い方に悩み,ジ レンマに陥るのである。菅原は「忘れていた り,口ごもったり,矛盾に満ちたことを言っ たりするということ自体が,『語りえないこと』への語り手の態度を照らすのですし,そ れに耳をすますことが,そのような世界に対 する分析者の謙虚と畏怖とを養うのです。」 [菅原2000:164−165]と述べている。こう した菅原の考えに基づくなら,著者らの記述 が果たして正しかったのかという疑問も残 る。しかし,著者らがあえてエピソードの中 で取り上げた背景には,インフォーマントの 熱い思いを汲みとった行為であったとも読 みとれる。前述のエピソードの最後にある 「活宇にさせてもらった後の責任の取り方 次第だと思っている。」(p.252)という決意 に溢れた一行には,自身の研究だけにとどま らない,著者らのハンセン病問題に対する前 向きな志をみた気がする。 最後に,五章で取り上げられた民族誌的な 記述にっいて述べたい。四章までに使用され たライフストーリーという手法は,聞き手に よって導かれた語り手が,過去の経験をその 場で物語るものであり,現在から過去をみる 方法である。それに対し,五章で用いられた 文芸作品の分析とは,その時代を反映するも のであり,頁に横たわる揺るぎない過去だけ を調査者が単独でみるものである。著者らが, 通常の人類学の研究方法には珍しい文芸作 品を使用した背景には,聞き取りを行う上で のポジショニングの問題があったという。 本来,男性入園者にも話題の細部に触れて インタビューしたいところだったが,著者ら はいずれも女性で,年齢も現存する入園者の 男性に比べると若い。ラポール以前の問題と して,ごくプライベートな話題の聞き取りに は,著者らが限界を感じたのは頷ける。その 点,文学はフィクションでありながらも,そ の当時を確かに生きていた人たちの考えが 少なからず反映したものである。使われた作 品を読む限りでは,確かに聞き取りでは難し かったであろうと思われるものが多く,調査 に行き詰まった末の苫肉の策でありながら, 男性入園者の機微に触れ,被害だけではない 語りを分析することに,ある意味では成功し たといえるだろう。 ただし,この方法は,あくまで本書の一つ の章という位置付けだから成り立っもので, 文芸作品が必ずしもいつも有効なテキスト になるわけではないように思われる。なぜな ら,文芸作品を選び要約する作業と,聞き取 りを整理して文宇化する作業を並べて考え ると,どちらも調査者の主観によって創り上 げる作業としては同等だが,前者は最初の素 材自体が調査者以外からの借り物である。ま た,歴史資料と違い,小説に出てくる人物は モデルこそあれ実在せず,あくまで作品のキ ャラクターとして作者が創り出した理想的 な架空の人物なのである。その点で,調査者 自らの力で作ったフィールドからの生きた データを使う通常の人類学のやり方とはや はり異なるからである。ただし,五章の試み は,著者らが投げかけるように,民族誌的な 記述とは何かにっいて再考する良いきっか けとなることだろう。 以上,本書の紹介とともに,いくつかの指 摘を行ってきた。本研究は,ハンセン病とい う問題を,療養所という内側からの視点で捉 えることにより,これまで触れられてこなか った療養所内部の日常生活を明らかにして いる。この作業を通して,隔離政策という国 家権力における暴力や強制に屈しながらも, 今まで触れられてこなかった療養所で生き てきた人々の,独自で文化的な主体性をとら えようとする試みをしたといえる。 本書は,これからハンセン病を対象に人類 学研究を進めていく者にとって,必ず言及さ れるべき研究成果となるであろう。また本書 は,研究者以外の人にとっても,ハンセン病 という病を後生に語り継ぐうえで,使いやす いテキストとなっている。もちろん,この一 冊のエスノグラフィ自体が,人の声にかわる
白山人類学 12号 2009年3月 語り部としての働きを担うことは言うまで もない。なお,本文中でも述べられていると おり,インタビューに協力された方々の中に は,すでに亡くなられた方も多い。そうした 現実を知るほどに,数々の貴重な声をぎりぎ り拾えた中で完成したこのエスノグラフィ は,かなり切羽詰まった状況の中で何とか期 限に「間に合った」秀作といえるだろう。そ の意味で,このエスノグラフィの持つ価値は 高く,また山本・加藤の功績は大きい。