奈良・平安期における子ども観の多様性
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回
口
学
人
-研究目的と方法
古くから「七つまでは神の子Jとしづ言葉が
残っている。そのような,子ども観は,はたし
て古代日本における人間形成にどのような役割
を果たし,子どもはどのような形で大人たちに
理解されていたのだろうカも
f銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしか
めやもjは,山上憶良の歌であり,
r
親にとって
子どもが一番であるJ と歌う。「子等を思ふ歌J
は,当時の広く子を持つ親の実感を歌ったもの
であるとも把握できる。
また,
r
子宝jとし、う考え方の対極ととらえら
れるような,
r
子捨てJとしりた慣習も存在して
いた。一見,対極とも受け取れる,二つの考え
方は,共存していたのであろうカもこれは,当
時の人々が持コ子ども観が一様で、なかったこと
を示しているのではないだろうかも
教育史分野や関連諸分野において子ども観に
関する研究の蓄積があるD 先行研究を大尉する
と,通史的に子ども観の変遷を追ったもの,あ
る社会属性に特徴的な子ども観をとらえようと
したものがある。しかし,それらの研究は,①
通史的な研究が中世以降のものとなっているこ
とに象徴されるように古代から中古までの子
どもの歴史には十分な研究がなされていないこ
と,②「ある一定の社会の中に行き渡っている,
子どもとはこういうものであるjといった子ど
も観が強調され,実態に即して子ども観をみる
指導教官:梶井一暁
視長ヰ多様性についての検討は進んでいなし、こ
と,③一つの作品,もしくは,一つの階級や男
女それぞれの教育についての個別的な研究がな
されているだけであり,備轍的,比較的な視点
からの作業が進んでいないこと,などの課題を
残している白
本論文では,このような研究伏況を踏まえ,
古代,特に奈良,平安断吃の子ども観につして,
その多様性に留意して考察を進めた。その際,
階級差,性差としりた考察軸を設け,複B尉句に
子ども観を追ったo そして,子どもたちの生き
た状況,大人たちの子どもへの思いを少しでも
多く描き出すことを目的とした。
作業を進めるにあたり,ある一つの作品を取
り上伏それに集中的に考察を加える手法を取
らず,あえて,より広範の資料にあたることを
優先した。律令,和歌,説話,物語, 日記,な
どの資料群である。また,積極的に当時の絵画
資料として絵巻物も利用した。
・各章の概略
第一章では,子ども観を考察していく上で欠
かせない,子どもの定義を行い,
r
神から人間J
として認識される年齢を見出した。また,子ど
もにとって「憂けく辛いj時代で、あったことを,
時代背景を踏まえながら考察した。
第二章では,子ども観の諸相を,階級という
考察軸を用いて検討した。貴族特有の f甑メ」
からみられる子ども観や庶民の厳しし、現実を背
p o
景にした子ども観を提示した。また,両
F
断汲に
おいて,微少な差異を含みつつ,共通点も看取
される子ども観として f子宝J
r
相応」とし、う考
え方についても言及した。
第三章は,階級差に留意しながらも,性差に
着目し,子ども観のあらいだ、しを行った。一例
だが,貴族男子に象徴される「継承者jとする
子ども観,女子に対する婚姻に伴う子ども観を
瞥見した。また,自活させようとする親の思惑
や「后がねjたる女子への期待など階級差との
関連性も見出せる子ども観も提示した。
-考察
階級軸,性差軸を設けることにより,様々な
子ども観を見出すことができたと考える。一作
品や
F
断汲に注視す寸Lば,そのような子どもたち
の幅広い様相も,あるモデルとしての一つの子
ども像に収数されてしまう。しかし,その生活
や実態に着目すると,それぞれの現実ヰ喋境に
応じた多様な子ども観もうかがえたのである。
極論村もは大人の数だけ子ども観が存在して
いたともいえる。様々な大人や子どもの生活現
実に支えられて,現出する子ども観である以上,
一見,それは,雑多とも取れる。されど,大人
たちの,子どもは見守られるべき存在であり,
保護すべき存在とする考え方は共通していた。
例えば,七歳に満たない子どもは,現世におい
て罪を犯すことのない,もしくは罪に問えない
存在だ、とする子ども観があった。七歳までの子
どもの教育が,一般に放任の下にあったことは,
これに関係していよう。神と人間の中間的存在
と見なされる七歳までの子どもは,それゆえ教
育の対象とならなかったので、ある。
また,裏を返せば「七歳以降は人間の子Jで
あり,
r
七歳からは人間社会の一一員Jとして大人
たちが見なす存在だ、ったので、はなかろうかo
r
七
歳J周辺を境に,大人たちは,子どもたちに対
して,何らかの人間的色合いを付け始めていっ
た。そして,子どもたちに,本来抱いていた様々
な思いを付加していった。その色合いや思いの
ひだこそが,大人たちの子ども観の多様性を形
成していったので、はないだろうカ元そこで付加
せられていく様々な色は,階級,性差,嫡庶,
長幼などから渉み出たものだといえるだろうD
本論文を通じ,意思を尊重し,自由で,制約
を設けない大人は少ないと感じた。職掌にも表
れたが,大人が,子どもを従属化におき,階級
や身分,性に縛りつけた実態もうかがえたから
である。現荘とは異なる生活環境の中で,当時
の親,社会が抱いた子ども観は,今日の私たち
が描くものとは,異質な部分を含むであろうD
もちろん,これは良い,悪いをいうのではないD
しかし,時折,当時の人々が垣間見せた,子ど
もが,精一杯自らの人生を生き,自分なりの生
き方や幸せを見つければ良いとし、う考え方は,
現庄にも通底する部分を持つであろう。それは,
親心として通念的,普遍的に抱くものであるよ
うに思える。つまり,親として本来誰もが持ち
えた子ども観であるといえる。そのような子ど
も観の共通基盤には,子どもに向けられた「愛
情jがあったと思いたいD自明のことであるが,
親子聞の「愛情J,大人たちが見守る「愛情」は,
当時,確かに存在していたのである。
-課題
子ども観の研究は様々なアプローチをとる
ことができる。本論文が試みた多様性に着目し
た考察は,その一つである。本論文では,中世
への視点や東アジアの中の日本とし、った視点か
ら,子ども観の変化に関する時系列的な考察,
大陸文化受容との影響関係、の検討などは行えな
かった。今後の課題である白
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