2015年 夏・秋 51号目次 特集 バーのおつまみ 2 ウイスキースクエア 読者の広場 16 メモリーカクテル 小林叔巳 20 柏 崎 ↓ 新 潟 植木草一 25 村上春樹
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ウイスキー&俳句体験 小玉 武 33 長く付き合いたい新しい友 福與伸二 38 不屈のアイリッシュ魂 佐々木太一 44 追悼 柳原良平さん 48 お知らせ 54 地図 56 エディターズノーツ 57 バ ー と 蒸溜所 を 繋 ぐ 雑誌ウ
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表紙の絵 モデル 銀座「F フ ァ ー ル AL」広瀬孝一さん 絵 中野 直 十 余 年 、 通 っ て い る が 、「 F A L 」 で は い つ も ジ ョ ン ・ コ ル ト レ ー ン の 『 B alla ds 』 が 静 か に か か っ て い る 。 こ の ア ル バ ム は タ イ ト ル 通 り バ ラ ー ド の ス タ ン ダ ー ド が 8 曲 収 め ら れ 、 コ ル ト レーン のテ ナ ー サ ッ ク ス は 目 の 覚 め る よ う な 優 美 さ だ 。 一 枚 を 通 し て 聞 く と お よ そ 32分 。 お 店 で は 何 度 も 繰 り 返 し か かる の で 、 同 じ 曲 が ま た は じま る 頃 に は た い て い グ ラ スが 空 に な り 、 お 代 わ りの タ イ ミ ン グ を 計 る 目 安 と な る 。 と こ ろ が 先 日 は 聴 き 慣 れ な い 曲 が か か っ て い た 。「 こ れ 何 で す か ? 」「 ク リ フ ォ ー ド ・ ブ ラ ウ ン で す 」「 ど う し て ま た 」「 お 客 様 に い た だ い た ん で す よ 」 こ んな日 は こ ち ら も 何 か 変 わ ら な く て は 。 さ て 何 を 変 え よ う 。 と り あ え ず い つ も の ウ イ ス キ ー を 頼 ん で 考 え る 。 ( K )特集 「リンゴカン」では、お店の敷地で、さまざまなハーブを栽培。 カクテルに使うミントは、注文を受けてから摘みにいく。 その一皿には、美味しさと、 つくり手の心が折り重なる
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バーのおつまみを巡る思いを 3人のバーテンダーに伺いました。バーのおつまみ
絵/中野 直 文/編集部フランス料理店から生まれたバー
RINGOK AN ︵静岡県掛川市︶ 篠原恒治さんのお話から 海老のビスク、鰯のリエット、仔鹿のパテドカ ンパーニュ……。一から手作りするとなれば、下 ごしらえだけでも手間ひまのかかるフランス料理 が、 毎 日、 “ 本 日 の お す す め ” と し て、 お 店 の 黒 板に記される。 料理はもちろん一つ一つのソースにいたるまで、 すべてマスターの手作りだ。 前菜にスープ、メインを組み合わせ、最後にデ ザートをチョイスすれば、バーのカウンターで好 き な お 酒 と 一 緒 に “ フ ル コ ー ス ” の デ ィ ナ ー が 楽 しめる。 「うちは駅から離れているでしょう。せっかく来 てくださるお客様には、なるべくは、普段は口に 出来ないものを味わっていただきたい」 そ ん な 思 い で、 フ ラ ン ス 料 理 を 基 本 に、 “ あ れ も、これも”と挑戦していくうちに、いつのまに かメニューが増えた。 料理に使う素材にも気を配り、野菜は、自家菜 園で採れる無農薬野菜。肉は、畜産農家や猟師と 懇意になって独自のルートを開拓し、納得のいく ものを入手する。 季節限定のメニューの一つに、ビーフジャーキ ーがある。仕込みをはじめるのは、 11月の寒い時 期。牛の腿肉をフランス産の天然塩で塩をして、 約二ヶ月間、天日に干す。旨味が凝縮された逸品 は、心待ちにしている常連客も多く、春にはすべ て売り切れる。 お店の前身は、両親が営むフランス料理店だっ た。父親は、ホテルのフレンチ・レストランで修 篠原さんの主宰する掛川市のバーテンダー、ソムリエによる団体「KAKEGAWA BAR MEETING」は、“掛川をいいバーのある、いいまちに”の想いで、さまざまなイベント を開催。秋恒例の「バーテンダーナイトイン掛川」は今年も大盛況。当日の楽しい様子 や詳細は HP で公開中。 http://bn-inkakegawa.com行を積み、30代で独立、1980年にお店を開 いた。還暦を過ぎて2008年に引退し、以来、 マスターが受け継ぎ、バーとしてスタートさせた。 父に導かれた“独学の道” 先代が、フレンチのシェフとくれば、お店を受 け継いだマスターが、フランス料理をつくっても 不思議ではない。けれどマスターは、父親からは、 教えを一切受けていない。 「 う ち の オ ヤ ジ は、 根 っ か ら の 職 人 気 質 で、 “ 覚 えたいなら自分で勉強しろ”という考え」 料理は、すべて独学だ。 けれど、父親からは、託されたものがある。 それは、料理道具の一式だ。寸胴鍋も、フライ パンも、さまざまなサイズが揃い、しかも、すべ て純銅製。職人の手作りで、手入れをすればピカ ピカに輝き、何十年使ってもびくともしない。 「オヤジは、自分の店をはじめてからもコツコツ と、高価な道具を集めていたんですね。使わなく てはもったいない。でも今はまだ、私が使いこな しているのは、ほんの一部なんですよ」 食後には、お酒の他に、珈琲の用意もある。豆 は懇意にしている専門店で仕入れ、ドリップで淹 れる。時には、お客さんの要望に応じて、抹茶を 点 た てることもある。 富士山頂で、一人、野 のだて 点をする意味 お店のお客さんでもある、お寺の住職に、茶道 を習って 20年。毎年、富士山の初冠雪の時期には、 お茶の道具を持って、一人で登山に出掛ける。山 頂で、野点をするためだ。険しい自然の中で、一 人でお茶を点て、一人で味わう、その意味は。 「時々、非日常を体験すると、お客様との会話も 生き生きするような気がするんです」 茶道歴 20 年。富士山の初冠雪の時期には、一人で山頂に登り、野点を行う。
"大地"の恵みを、そのまま調理
大陸バー 彦六 ︵東京都杉並区高円寺︶ 織田島高俊さんのお話から 江 戸 時 代 の 末 期 に 生 ま れ た 曾 祖 父 は、 “ 祭 文 語 り ” と い う 旅 芸 人―
祭 り の あ る と こ ろ へ 出 掛 け て い っ て、 語 り の 芸 を 披 露 す る―
芸 名 を“ 彦 六”といった。 そんな話を、父親から初めて聞かされたのは、 大学時代。今しも、リュックサック一つを背負い、 アジア放浪の旅に出掛けようとしている時だった。 父 親 は 感 慨 深 げ に 話 し て く れ た。 「 お 前 の ヒ イ 爺さんも、旅が好きな人だった……」 卒業後は、アジアの国々と貿易を行う企業に就 職。出張先は、インドや香港……、学生時代には、 バラック小屋に寝泊まりした国々で、今度は、高 級ホテルを定宿とした。 「出張先では、いつも生き生きしているね!」 社内では、そんな評判を得たこともあった。 会社は、 10年勤めて円満退職。自分の店を開こ うと決めたからだ。修行のためにバーや居酒屋で、 4年ほど働き、店を開店したのは2005年、 37 歳の時だった。 お店の名は、曾祖父の芸名をとって「彦六」と し た。 “ 旅 好 き ” の 血 を 受 け 継 い だ 店 主 が、 ア ジ アの大陸で培った創造性と味覚を生かしたお店を はじめる。そこで、屋号の頭には“大陸バー”と の言葉を冠した。 「 大 陸 」 と い う 言 葉 に は、 “ な ん で も あ り ” の 大 らかさがある。月に何度か、さまざまなゲストを 招いて、音楽会などのイベントを行うお店にはぴ ったりだ。 し か も「 大 陸 」 は、 “ 土 ” に 通 じ て い る。 こ の “ 土 ” こ そ は、 お 店 の も っ と も 大 切 な フ ァ ク タ ー 織田島さんは仕事のかたわら、ウクレレ演奏家集団「ウクレレアフタヌーン」を率いて 演奏活動を行う。HP アドレス、ukuleleafternoon.com では楽しい動画を公開中。の 一 つ だ。 お 店 で は 毎 日、 “ 土 ” か ら 野 菜 を 収 穫 し、そのまま調理しているからだ。 美味しい野菜は、 “土づくり”から 産地は実家と住まいのある東京国分寺。そこで 両親は、畑を“土づくり”から行っている。牛フ ンや鶏フンを近隣の農家や酪農家から調達し、落 ち葉や米ぬかを用いて有機肥料をこしらえる。病 害虫の駆除は最小限にとどめ、生野菜で食べるも のには行わない。 「でも、虫に喰われることはありません。なんと、 土が強ければ、虫や病気に負けないんです」 市販の野菜と比べると、小ぶりだったり、大き すぎたり、サイズも形も不揃いだが、甘味があっ て味も濃い。 収穫される野菜の一例を挙げれば、春は、カブ に菜の花。夏は、茄子、ゴーヤ、モロヘイヤ。秋 は、ニラ、かぼちゃ、菊の華、冬は、大根、白菜、 さといも……などなど。お店では、これらの新鮮 な旬の味覚を、おひたし、炒め物、カレー、コロ ッケ、鍋にする。 通 年 の 人 気 の メ ニ ュ ー は、 “ ジ ェ ノ ベ ー ゼ パ ス タ”や“パッ・ガパオ・ガイ(鶏肉とバジル炒め &半熟目玉焼きのせご飯) 。バジルやパクチーも、 自家栽培の鮮度の良いものを豊富に使う。 お店を開店して、はや 10年。はじめた頃には、 学校に通っていた子どもは、すでに成人し、最近 では、野菜づくりを手伝い、週末の忙しい時間帯 には、お店のカウンターにも入る。 旅芸人の“彦六”さんが、祭文語りを語り聞か せ て い た の は 1 0 0 年 以 上 も 昔 の こ と。 今、 「 大 陸 バ ー 彦 六 」 で は、 そ の 子 孫 に あ た る 親 子 3 代 の力が合わさって、多くの人を魅了する美味しさ が育まれている。 有機肥料で“土づくり”から行う自家菜園では、味の濃い、旬の野菜が採れる。
物語のある一皿
BAR日下部 ︵東京都中央区銀座︶ 日下部隆晴さんのお話から 開店時間は、午後6時から翌朝5時まで。時間 帯によって、空気はさまざまに変化する。 早 い 時 間 に 訪 れ る の は、 “ こ れ か ら 夜 を 楽 し も う”というお客さん。ロングドリンクを2、3杯 飲んで、 「じゃあ、そろそろ行ってくるよ」 「行っ てらっしゃい」と送り出す。 8時を過ぎると、食事を済ませたお客さんが、 じっくりとお酒を楽しみにやってくる。おつまみ は、チーズの盛り合わせや野菜スティック。小腹 の空いている人には、和ネギをたっぷり載せた、 名物のオイルサーディンが人気だ。 さらに夜更けには、しっかりとした食事を求め るお客さんが多くなる。近所に事務所をかまえる 人や、同業のバーテンダーが、仕事を終えて夜食 を食べに店に来るのだ。 週に一度、仕事先から必ず電話をかけてくる律 儀な常連客もいる。 「マスター、今、席空いてる?」 「空いてますよ」 「じゃあこれから行くから、いつものね」 “ い つ も の ” と い う の は、 “ ス パ ゲ ッ テ ィ の 大 盛 り”だ。ミートソースは、手作りしている。レシ ピは、玉ねぎと合い挽き肉の赤身を炒め、赤ワイ ン、 ニ ン ニ ク、 生 姜、 鷹 の 爪 な ど を 加 え、 と ろ 火でかき混ぜながら3時間ほどじっくり煮詰める。 ちなみにパスタは、乾燥した麺を茹でる前に二つ に折る。食べる時にはフォークを使わず、箸で食 す。お客さんには和服の女性も多く、要望に応え て“はねない食べ方”を模索するうち、辿り着い た方法だ。 「BAR 日下部」のマスター、日下部隆晴さん。 お店には、バーという緊張感の中にも、アットホームな温かさがある。缶詰の「オイルサーディン」は、一旦中身を出して、上図の材料を、1,2,3 の順番で重ね、 オリーブオイルをたらし、缶詰の周りをホイルで包み、オーブンで焼いて直火で仕上げる。 料理の先生は、お客様 自分のバーを開店する前に働いていたお店の一 つに、同じ銀座にある「モーリバー」がある。 10 名余りいたお店のスタッフのまかないご飯は、手 作りのものが用意された。 ある日、常連客に聞かれた。 「今日、まかない何食べた?」 「秋刀魚です」 「残ってる?」残っていたので、お客さんのご所 望の通り、定食にして出したこともある。 オーナーバーテンダーの毛利隆雄さんの人柄の 通りに、お店は懐が深く、温かい雰囲気が魅力だ。 常 連 客 は、 食 の オ ー ダ ー も 細 か く な り、 “ 焼 き そ ば に 目 玉 焼 き を 載 せ て く れ ”“ ブ リ ュ ー チ ー ズ だ けでピザをつくってくれ”など、思い思いの注文 をする。そして、時にはそのような注文が、新し いメニューのヒントにもなった。 「私の料理は誰に習ったかといえば、店のお客様 なんですよ」 現在のお店の名物、スパゲッティのミートソー スも、レシピはモーリバーのお客さんから教わっ た。ある晩、お店に来た常連客がおっしゃるには、 「 新 宿 の レ ス ト ラ ン で、 旨 い ス パ ゲ ッ テ ィ を 食 べ たので、ソースの作り方を聞いてきた」 。そして、 二人分の材料を、カウンターの上にポンと置いた。 「 要 す る に、 “ 今 こ こ で 作 っ て く れ ” っ て こ と な んですね」思い出すたび、顔がほころぶ懐かしい エピソードだ。 「お客様が楽しいと思うことは、何でもやってさ しあげたい。そんなふうに思ってきました」 マスターのこの思いがあればこそ、バーのおつ ま み の 一 皿 に は、 美 味 し さ と 作 り 手 の 心、 そ し て、楽しい物語が折り重なっていくのだろう。
WHISKY
SQUARE
"あなたのお店の ウイスキーに合うおつまみを 教えてください" 読者の方々から寄せられた アンケート葉書をご紹介します。 BAR やまざき 北海道札幌市山﨑達郎
さん ( 95) 私どもの店では開店以 来〝卵の刺身〟をお出し して居ります。お客様の 中には、茹でて作るんで すか? と云う人もいま すが刺身ですから生です。 冷蔵庫の冷凍室にいれて おこしの為、冗談で元祖 関内餃子を作り、ノボリ を出したところ、意外に もお客様に注文されビッ クリしました。ノボリを 見た新規の方も来店くだ さるようになり、やや申 し訳ない感じでした。バ ーなのでマニアックなお 酒を入れて作っています。 BUCCANEER 愛知県名古屋市實廣誠志
さん ( 41) おすすめのおつまみは、 甘いときもあり、辛いと きもあり、苦いときもあ り、たまにお腹一杯にも 出来る、私のトークです かね⋮⋮なんてね。 BAR wisce 福岡市増田博宣
さん ( 25) 燻製ナッツがおすすめ です。桜のチップに、少 しピートを混ぜてスモー キーに仕上げています。 アイラモルトとの相性は 抜群です。 門道 栃木県宇都宮市遠山邦久
さん ( 44) おすすめはズバリ〝ゴ ボウの唐揚げ〟です。醤 油と砂糖で、柔らかくな るまでゴボウを煮込み、 カ ラ ッ と 揚 げ る と、 〝 こ れがゴボウ?〟といった 様になってしまうのです。 BAR STURGIS 石川県金沢市新田喜郎
さん ( 51) 豚ほほ肉野菜炒め。フ ライパンにオリーブ油、 ニンニク、生姜、山芋、 玉ねぎ、セロリ、マッシ ュルーム、ズッキーニ、 パプリカ、豚ほほ肉を炒 め、塩・コショウ、コリ アンダーを加え、皿に盛 り付け、パセリを散らし、 仕上げにオレンジの絞り 汁をかけて出来上がり。Live & Bar Uncle Jam
兵庫県西宮市
浅野てまり
さん 〝コリコリ豚スモーク〟 。 軟骨入りの豚の燻製を薄 くスライス。ウイスキー にも合う大人気のおつま みです。 スコッチバー・ノア 東京都文京区福田はるな
さん 〝 シ ャ リ っ と 歯 に あ た る で し ょ。 何 だ と 思 う?〟マスターが作るサ ンドイッチには、炒り卵、 カニ、シソ、そこへあと 一つ隠れた食材がある。 答 え は〝 ラ ッ キ ョ ウ 〟。 〝 初 め て の お 客 様 と の 会 話のきっかけにもなるで しょう〟と言う。食べる と何故か、フフッと寛い だ気持ちになって、ウイ スキーがすすんでしまう。 Bar Polaris 宮城県仙台市今出とよみ
さん 〝 何 か お 酒 を 入 れ た 生 チ ョコ〟です。ウイスキー、 ブランデー、ラム、リキ ュール、たっぷり使って 週替わりで作ります。お 客様はチョコから飲み物 を 選 ば れ た り。 〝 今 日 は 何入り?〟と訊かれるの が嬉しくて、次は何を使 おうかと楽しんでいます。BAR & CAFÉ UP
新潟県長岡市
佐藤達也
さん ( 39) スズキのフリット。ス ズ キ の 切 り 身︵ 釣 っ た 魚︶を、少しかために水 で溶いた天ぷら粉で、カ リッと揚げて、シーザー ドレッシングで食す。 PIANO DINNING BAR Ken's 大分市津脇
玄
さん ( 34) ベーコンパイ。さくさ くのパイ生地にベーコン を入れてオーブンで焼く。 パンほど重たくなく、ハ イボールにぴったりです。 オールド・スコット 東京都墨田区渋谷知美
さん 馬刺とハイボールの組 み合わせが、下町ならで はで、人気です。明日の 活力を貰えます。 凍らせた卵をスライスし て、わさびと醤油を添え て出します。箸でつまみ 上げて、やゝしなる位が 食べ頃です。 BAR KNIGHT 横浜市岸
康
さん 近所のバーと2店で村おたよりください 次回のテーマ 「お店の音楽」 クラシック、ジャズ、 タンゴ、Jポップ⋮⋮、 あなたのお店ではどんな 音楽をかけていますか。 想い出の曲や、おすすめ のCD・レコードがあれ ば、ぜひあわせて教えて ください。 次号掲載分と抽選で 10 名様に、蒸溜所で発売の シングルモルトをお贈り します。 '15年 11月 23日︵月︶消印有効 BAR NORGE 横浜市
古林圭介
さん ( 28) 定番なのかもしれませ んが、王道ピクルス。パ プリカはじめ、セロリ、 人参など、彩りを考え、 ラッキョウ酢を使い、丁 寧に味付け。昔も今も変 わらず愛されています。 天神橋サンボア 大阪市田仲一彦
さん 1日 10食限定のカツサ ンド。肉は、開店の際に 老舗の洋食屋さんから特 別に紹介されたお肉屋さ んより仕入れているので 上質です!Restaurant cafe bar
N's nude 兵庫県神戸市
成本一樹
さん ( 48) モチを小さなキューブ に切り、バターを塗って オーブンで焼きます。玉 ねぎのスライスをじっく り炒めて、塩、コショウ、 カレー粉、生クリームを 加えて、ひと煮立ち。焼 きモチに小さじ一杯さら っとのせると、オードブ ルに。 ALLAN 愛知県名古屋市林
茂広
さん ( 31) ピスタチオの醤油炒め。 ピスタチオを殻付きのま ま炒め、フライパンの鍋 肌に少量の醤油をまわし かける。水っぽさがなく なったら出来上がり。ハ イボールによく合います。80's Rock Bar FREAK
大阪市中央区東心斎橋
加納明夫
さん ( 44) オイルサーディンの油 を7割ほど捨てて、醤油 と一味をかけて直火で焼 き、ネギをふりかける。SHOT BAR GROW THICK
東京都練馬区
鴨下茂
さん ( 46) ﹁ 魚 介 醤 油 ト マ ト も つ 煮 込 み ﹂。 大 好 き な つ け 麺のスープをメニューに 取り入れたいと思い考案 しました。魚介醤油スー プにトマトを加え、洋風 にアレンジしたもつ煮で す。食べる時に、チーズ、 パセリをのせて。ハイボ ールによく合います。PuB The Thistle
大阪府枚方市
阿曽安泰
さん ( 40) おすすめはズバリ、レ ーズンバターです。昔は 定番でしたが、最近は懐 か し く 感 じ る で し ょ う か?ブランデーの風味を 効かせた手作りで、シー ズンにより塩加減を変え ています。こだわりのハ チミツを隠し味に。Jack & Grill
MINAMI SENBA 大阪市
中野功一
さん ( 33) ﹁ 燻 製 ポ テ ト サ ラ ダ ﹂ が おすすめです。醤油、三 温糖、赤ワインが決め手 のオリジナルリミュール 液に玉子をつけ込み、煮 玉子を作ります。それを 燻製して、粒マスタード、 アンチョビ入りのポテト サラダと混ぜます。お出 しする際に、スモークの 演出もして、見た目にも 楽しい一品です。 アザブバー 兵庫県神戸市濱田知行
さん ( 44) おすすめは、キュウリサ ンドです。キュウリをサ ンドしただけのシンプル なものですが、お客様に 合わせて、時には特別メ ニューに変わります。味 付き玉子や、カモの燻製 をはさんだり。今日もお 腹を空かせたお客様がメ ニューとにらめっこ。 Taro's Bar 愛知県安城市本間太郎
さん お腹の膨れるメニューの なかった頃、ある日、空 腹のお客様がお見えにな ったので、冷蔵庫にあっ た高菜漬けで、まかない 用のパスタを作ったとこ ろ好評で、口コミで広が り、いまでは﹁高菜スパ ゲッティの素﹂までお土 産用に作っています。 Shot Bar 聖者 東京都港区竹内正和
さん 好きで食べ歩いたレーズ ンバター。甘さと塩気の ほどよいバランスで酒が すすみます。 BAR ピーコート 大阪市天王寺区森田高志
さん ( 59) 落花生の殻で燻製した自 家製のベーコンです。素 直でしっかりした燻製香 で、濃いめのハイボール にぴったりです。甘味の引き立つ、ラフロイグ&ソーダ 秋の深まるこの季節、ウイスキー好きのお客様 におすすめしたい一杯は、ラフロイグのハイボー ルです。 ラフロイグといえば、個性の強いスモーキーな シングルモルト。これをソーダで割ったらどうな るか。好奇心から試してみたのは二十代の頃でし た。巷では、バーボン・ソーダが大流行しており ま し た。 “ モ ノ は 試 し ” の 精 神 で、 覚 え た ば か り のアイラモルトをハイボールにしてみると、これ が抜群に旨かった。 一 口、 味 わ い、 驚 き ま し た。 “ 甘 さ ” が、 引 き 立っているのです。舌の上に液体をとどめておく と、じわりと感じる甘味は、ストレートやオンザ ロックで飲んでいた時にはスモーキーな香りが先 に立ち、ほとんど感じられずにいたものでした。 飲み方によってこれほどまでに表情が変化する とは、さすがはシングルモルト、奥が深いと感心 することしきりでした。 それにしてもソーダで割ると、どうして甘味が 引き立つのか? おそらくはソーダにそなわる酸 味と、シュワシュワと湧き立つ泡に原因があるの でしょう。
メモリーカクテル
「ウイスキーと食のマリアージュ」篇 モンドバー品川店小林叔
よ し み巳
バーテンダー、語る ■ 第 6回LAPHROAIG and Soda
そこで、おつくりする時には“ソーダの泡”を 大切にします。 まずはグラスに氷を入れ、ウイスキーを注ぐ時 には氷に直接当てるようにして注ぎます。これは、 ウイスキーをなるべく早く冷やすためです。 一方、ソーダを注ぐ時には氷に当てず、ウイス キーの液体に向って注ぎます。こうすると、ウイ スキーとソーダはステアをする前から混ざり合い、 その後に行うステアは、最小限にとどめることが 可能です。ステアをしない分だけソーダの泡が保 たれる、というわけです。 黄金トリオが織りなす、ウイスキーに合う複雑味 さ て、 「 お す す め の お つ ま み は?」 と 問 わ れ た ら“BLTサンドイッチ”をおすすめします。 ベーコンの薫香と、レタスのシャキッとした歯 触り、そしてトマトの酸味と甘味……、これらを
BLT sandwich
重ね合わせた美味しさは、ラフロイグのハイボー ルにとてもよく合います。 当店のレシピを簡単ですが、ご紹介しましょう。 一、薄切りにしたパンを、片面のみ軽くトース トし、その反対の面に、マスタードバターを塗り ます。 二、 パ ン の 上 に、 レ タ ス( 当 店 で は グ リ ー ン カ ー ル を 使 用 )、 ス ラ イ ス ト マ ト、 ソ テ ー し た ベ ーコンを順に重ね、特製のマヨをさっと振りかけ、 同じく片面トーストのパンでサンド。ちなみに、 マヨは自家製で、卵黄を多めに使い、隠し味にフ レンチマスタードを利かせます。 三、サンドイッチは2セットつくり、それを二 段に重ね、包丁で耳を落とし、十字にカットして 皿に盛り、パセリを載せて完成です。 ベーコン、レタス、トマトの“黄金トリオ”が 織りなす複雑味は、ハイボールの杯を進ませます。取材・文 植木草一
柏崎→新潟
日本海には今日も 美 し い 夕 日 が 溶 け て い く 。 新潟県の柏崎市と その北にある新潟市。 二つの街の バーテンダーをつなぐ 話を聞いた。 新潟県の海にて。 こばやし よしみ 1972年東京生まれ。 2004年、モンドバー品川店に入店。 バーテンダーとして仕事に携わる。 今宵、グラスに注ぐアイラモルトの“スモーキー”もまた。 感じられるのは、空気が澄んでいるからでしょうか。 最近、ウイスキーの香りがいつにも増して豊かに話を聞かせてくれたの は、柏崎市の﹁ピアノバ ー 未 完 成 ﹂ の マ ス タ ー、 藤巻雄吾さん。 音楽大学に通う学生の 頃に思い描いていた夢は、 ﹁ 卒 業 し て も、 こ の 先 ず っ と ピ ア ノ を 弾 き た い ﹂ それなら、たとえば店を 持ち、そこにピアノを置 いたらどうだろう。いつ でも好きな時にピアノが 弾 け る。 〝 甘 い 夢 〟 と は 分かりながらも、その思 いはしだいに強まるばか りだった。 縁あって、バーを開店 したのは2003年、 23 歳の時だった。 店の隅には、アップラ イ ト の ピ ア ノ を 置 い た。 けれど、一人で切り盛り するバーでは、いつも弾 いてはいられない。演奏 は、たまに手が空いてい る時、お客さんに求めら れた際に限られた。 柏崎市「ピアノバー 未完成」のマスター、藤巻雄吾さん。 “只今演奏中”の CD やレコードのは、カウンターの横に掲げられる。「未完成」にて。
お酒は、ウイスキーの シングルモルトが好きだ った。お客さんにすすめ ると、いつの間にかお店 には愛好家が増えていた。 そ こ で 開 店 5 年 目 に は、 シングルモルト専用の棚 を増設。今では120余 りの蒸溜所のボトルが顔 を揃えている。 静かに流れるジャズは、ウイスキーとの相性もいい。「未完成」にて。 カウンターでくつろぐモルト好きのお客様。 奥にはシングルモルト専用の棚も見える。「未完成」にて。
新潟市「ハイダウエイ」のマスター、上野啓一さん。 柏崎市の海岸にて。 そのマスターとは、新 潟市のバー﹁ハイダウエ イ﹂の上野啓一さん。 今は、お店も立て直し、 ピアノもアップライトに 戻して営業を続けている。 あの時、マスターが示し てくれた心遣いに、どれ だけ救われたことか。最 近は、ご無沙汰している が、近々また伺いたいと 願っている。 ピアノについては苦い 思い出もある。無理をし て、アップライトを、グ ランドピアノに買い替え たときだ。 ﹁お店のスペースはピア ノにとられ、お客様にも 迷惑をかけました﹂ 経営は窮地に陥り、悩 みは日増しに深まるばか り。そんな時、かねてか ら顔馴染みになっていた バーのマスターは、何も 言わずに一杯のウイスキ ーをふるまってくれた。
村上春樹
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ウイスキー & 俳句体験小玉
武
風 鈴 の た ん ざ く 落 ち て 秋 ふ か し 春 樹 しみじみとした風情を感じさせる掲句は、春樹の少年時代の作である。父との思い出にまつわるエピソ ードとともに、この小説家の創作の“根っこ”につながる意味が含まれている。しかし、俳句の話はあと にまわして、まずは国分寺のジャズ喫茶&バー「ピーターキャト」のことからはじめよう。その方が村上 春樹らしいだろう。―
村上春樹が書く小説はじつにおもしろい。世界三十七ヵ国で翻訳され、広く読まれている村上作品は、 処女作『風の歌を聴け』以来、異色の作風と重いテーマを“軽み”で表現する見事なレトリックを駆使し て、世界的な名声を築き上げた。 フ ァ ン の 間 で「 鼠 三 部 作 」 と い わ れ て い る『 風 の 歌 を 聴 け 』 を は じ め『 1 9 7 3 年 の ピ ン ボ ー ル 』『 羊 たちの冒険』のうち、前二作は、主人公の行きつけの酒場「ジェイズ・バー」が印象的な舞台となって小 説の世界をつくっている。村上文学の原風景だ。 さて、ジャズ喫茶&バー「ピーターキャット」を、じっさいに村上が国分寺に開店したのは、まだ学生 だった一九七四年、二十五歳の時。早稲田大学に入学してすでに六年が過ぎていた。留年を重ね、かなり 酒場の歳時記 ■ 連載 20 開店前、ピアノに向かう藤巻さん。 開店して 12年。お客さ んには﹁長いねぇ﹂と言 われるが、自分では、あ っという間に感じている。 ﹁ 20代の頃は、見栄を張 って、自分を主張したい 気持ちも強かった。その ために、身近な人を大切 に出来なかったこともあ ります。でも今は黒子に 徹して、人のために尽く したい﹂ * * * ﹁実は今日、三歳になる 娘 の 誕 生 日 な ん で す よ ﹂ 取材の日、藤巻さんはイ ンタビューの後に、嬉し そうに教えてくれた。苦しい頃だった。文学部演劇専攻に籍をおいていたけれど、授業にはあまり集中できなかった。それでも 三年生だった一九七一年、教室で知り合った高橋陽子と学生結婚をした。ときに二十二歳。彼女は春樹よ り三ヵ月年上だったが、おそらく学年もクラスも違う女友達だったのではなかろうか。春樹より二年早く、 七三年に卒業した。 結婚後しばらくは、文京区千石で蒲団店を営んでいた妻の実家で暮らしていた。すでに陽子の母は他界 しており、義父と三人での生活だった。後年、 『村上朝日堂』 (一九八四年) で、こう書いている。 「 い つ まで も 居 候 を し て いる わ けに も い か な い の で 、 女 房の 実 家 を 出 て 、 国 分 寺 に 引 っ 越 し た 。 ど う し て 国 分 寺 か と い う と 、 そ こ でジ ャ ズ喫 茶 を 開 こ う と 決 心 した か らで あ る 。 / は じ め は 就 職 し て も い いな 、 と い う 感 じ で コ ネ のあ る テ レ ビ 局 な ん か を 幾 つ かま わ っ た のだ け れ ど 、 仕 事の 内 容 が あ ま り に も 馬 鹿 馬 鹿 し い の で や め た 。そ ん な こ と を や る く ら い な ら 小 さ な 店 で も い い か ら 自 分 で き ち ん と し た 仕 事 を し た か っ た 。」 とにかくジャズが好きだったし、ジャズに少しでもかかわる仕事をやりたかった。むろんそのうえにビ ールもウイスキーも、ジャズと同じくらい好きだったのだ。 と は い う も の の、 学 生 の 身 で 開 店 資 金 は ど う し た の だ ろ う。 こ れ も は っ き り と、 「 僕 と 女 房 と 二 人 で ア ルバイトをして貯めた金が二百五十万、あとの二百五十万は両方の親から借りた」と書かれている。準備 をし、毅然とした気持ちで開店に踏み切ったことがわかる。 ちょうどその頃、私は国立や国分寺方面に出かけることが多かった。以前、上司であった小説家山口瞳 の家があったからだ。そんな折、仕事仲間で一ツ橋大OBのY君に連れられて「ピーターキャット」に出 か け た の だ。 き っ か け は Y 君 が「 国 分 寺 駅 南 口 の ビ ル の 地 下 に 近 ご ろ 開 店 し た ジ ャ ズ 喫 茶 が あ る ん で す よ」といった一言だった。国分寺で二軒目という。 その店はあまり広くはなかった。しかし近辺の一ツ橋大や東京経済大の学生らしい連中が多く、それら しい雰囲気があった。スピーカーはJBLのL88だったような気がする。大き目のカウンターがあって、 木製のテーブルと椅子。横浜の古いジャズ喫茶「ちぐさ」にどこか似ているな、と思った。夕方からはバ ーになった。店主のマスターは、むろん、まだ無名の若ものだったけれど、店の奥で目立たぬようにレコ ードをかけていた。 「ピーターキャット」は、開店から四年後の一九七七年、千駄ヶ谷の神宮球場まで十分ほどのところへ移 転 し た。 ( こ れ も 縁 だ と 思 う が、 後 年、 作 家 と し て デ ビ ュ ー し た ば か り の 村 上 春 樹 氏 に、 私 は 何 度 か 会 っ ていて、創刊した『サントリークォータリー』へフィッツジェラルドについての連載をやって貰った。現 在、中公文庫の一冊となっている。 ) それからが春樹にとっての第二幕である。神宮球場で霊感をえて、書き上げたという『風の歌を聴け』 は、翌年、講談社の「群像新人文学賞」を受賞するが、むろんその時、村上は「ピーターキャット」の一 マスターだった。芥川賞候補になり、丸谷才一や吉行淳之介には評価されたが落選。しかしアメリカ現代 文学をよく消化した新風をよぶ小説と評判は高かった。翌八〇年に次作『1973年のピンボール』を発 表して自信をつけるが、これも芥川賞は落選。気持ちを入れ替え、八一年に店を友人に譲って専業作家と なった。
しかし忘れてならないのは、ジャズ喫茶&バー「ピーターキャット」を経営した経験が、小説家村上春 樹の大きな財産となったということだ。初期の作品では、とくにジャズとビールとウイスキーが、小説の 世界で異彩を放っている。たとえば、次の引用である。有名な「ジェイズ・バー」のシーンだ。 「その夜、鼠は一滴もビールを飲まなかった。これは決して良い徴候ではない。そのかわりに、ジム・ビ ームのロックをたてつづけに5杯飲んだ。/僕たちは店の奥にある薄暗いコーナーでピンボールを相手に 時 間 を 潰 し た。 ( 中 略 ) し か し 鼠 は ど ん な も の に 対 し て も 真 剣 だ っ た。 だ か ら 僕 が そ の 夜 の 6 回 の ゲ ー ム の う ち 2 回 を 勝 て た の は 殆 ど 奇 蹟 に 近 い こ と だ っ た。 /「 ね え、 ど う し た ん だ い?」 /「 何 で も な い さ。 」 と 鼠 は 言 っ た 。 / 僕 た ち は カ ウ ン タ ー に 戻 り 、 ビ ー ル と ジ ム ・ ビ ー ム を 飲 ん だ 。」 ( 「 風 の 歌 を 聴 け 』 2 4 ) こ の 場 面 は、 4 0 の 断 章 か ら な る 作 品『 風 の 歌 を 聴 け 』 の、 大 き な ヤ マ 場 で あ る。 断 章 で 構 成 さ れ た この小説は、コラージュ風でとても技巧的だが、じつは村上春樹は、連句の付句をするように書いている。 ア メ リ カ 西 海 岸 風 の 軽 快 な 小 説 で は な い。 “ 根 っ こ ” は 日 本 の 伝 統 的 な 俳 諧 の ワ ザ を 生 か し た プ レ・ モ ダ ン的手法の作品だった。どこまでも日本的なのだ。 村上春樹は、情景描写をあまり好まないようだ。モノの存在を示し、登場人物の行動と会話を書いて、 小説を展開させてゆく。モノとモノを取り合わせる俳句的技巧が感じとれる。これも彼の“芸”だ。ここ ではバーボンの銘酒「ジム・ビーム」と「ピンボール」が、登場人物の意識の流れの微妙な動きを表現し ている。主観をジカに表現せず、モノに託す。 はからずも、そこに春樹における俳句の原体験を覗うことができると思えるのだ。 冒頭の風鈴の一句は、春樹が小学校五年生の時の「文集」に載った作品だ。この時期に、春樹は甲陽学 園の国語科教諭だった父に連れられて、生徒たちにまじって、芭蕉で知られた大津の「幻住庵」への吟行 に参加している。 (父から『方丈記』や『平家物語』の読解をすでに教わっていた) こ の と き の 回 想 記 が「 八 月 の 庵 ― 僕 の『 方 丈 記 』 体 験 」 ( 雑 誌『 太 陽 』 一 九 八 一 年 十 月 号、 単 行 本 未 収 録 ) と な っ て 残 っ て い る。 「 方 丈 記 」 に あ る よ う な 死 生 観 を 初 体 験 し た と あ る。 つ ま り 春 樹 は、 句 会 の 運 座 に は 入 ら な か っ た け れ ど、 暗 い 庵 の 縁 側 に 一 人 座 っ て、 蝉 の 声 を 聞 き、 草 深 い 庭 を 眺 め て い た 時、 ふ と 衝 動 に お そ わ れ た 。「 死 は そ れ ま で の 僕 の 生 活 に ほ と ん ど 入 り 込 ん で こ な か っ た 。 ( 中 略 ) し か し そ の 庵 に あ っ て は 、 死 は 確 実 に 存 在 し て い た 。」 最 晩 年 の 芭 蕉 が 仮 住 い を し 、 荒 れ 果 て た 「 幻 住 庵 」 で の こ と だ っ た 。 都会の若ものの日常を描き、登場人物にアメリカ現代小説の主人公たちを思わせるテンポのいい会話を させ、そしてストーリー・テリングのうまさ……。しかし、登場人物たちは死の影をまとっており、ここ ろの安定はみられない。虚無と悲哀、崩壊と消滅のイメージが作品世界に空気のように漂っている。作品 が軽くて、明るくて、そして苦いのは、根拠のないことではない。村上春樹は少年時代、あの荒れ果てた 八月の庵で、衝撃的に「無」を体験してしまったのである。それが村上文学に捉えられた“ニヒル”の正 体であったに違いない。だからこそいえるのだが、村上春樹は、そこからの脱出を図ろうと考えている小 説家なのではあるまいか。 こだま たけし 文筆家。俳人︵師=森澄雄︶ 。前 ・ 早稲田大学参与。小川未明文学賞委員会会長。 ﹁﹃洋酒天国﹄とその時代﹂ ︵筑摩書房︶ で第二四回織田作之助賞を受賞。著書に、 ﹃佐治敬三 夢、 大きく膨らませてみなはれ︵ミネルヴァ日本評伝選︶ ﹄︵ミネルヴァ書房︶ 、﹃係 長山口瞳の︿処世﹀術﹄ ︵小学館文庫︶などが あ る 。 日 本 文 藝 家 協 会 会 員 。
長く付き合いたい新しい友
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シングルグレーンウイスキー「知
ち た多」が出来るまで
チーフブレンダー 、語る ■ 知多の巻 サントリーチーフブレンダー福與伸二
グ レ ー ン ウ イ ス キ ー は、 「 響 」 や「 角 」 と い っ たブレンデッドウイスキーをつくるために、なく てはならない存在ですが、モルトウイスキーと違 って、それ単体では、製品となることはほとんど ありません。ブレンドにおいては、個性の強いモ ル ト ウ イ ス キ ー の 引 き 立 て 役。 い わ ば、 “ 縁 の 下 の力持ち”が、グレーンウイスキーの役割です。 そんなグレーンウイスキーを発売するにあたっ て、ある人に言われました。 「ウイスキーが人気で、供給するモルトが不足し ているのだろう」と。 a Whisky a Whisky a Whisky Grain Whisky Grain Whisky Grain Whisky Grain Whisky 〈グレーンウイスキー〉 コーンなどを主原料に、 連続式蒸溜機で蒸溜。 製品:「知多」など。 Malt Whisky 〈モルトウイスキー〉 大麦麦芽(モルト)を原料に、 ポットスチルで蒸溜。 製品:「山崎」「白州」など。 Blended Whisky 〈ブレンデッドウイスキー〉 多彩なモルト原酒をかけあわせ、 グレーン原酒とブレンド。 製品:「響」「角瓶」など。+
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コーン、モルト(コーンの糖化に使用) 大麦麦芽(モルト) 連続式蒸溜機 ポットスチル “グレーンウイスキー”と、 “ブレンデッドウイスキー”と、“モルトウイスキー”。 その原料や蒸溜方法の違い。 樽熟成 樽熟成も ち ろ ん、 そ う い っ た 背 景 も な く は あ り ま せ ん。けれど、真の理由は違います。説明するため に、まずは、問いを逆さにしましょう。すなわち、 “ こ れ ま で、 グ レ ー ン ウ イ ス キ ー を 発 売 し な か っ た理由は何か?”です。 端 的 に い え ば、 “ 縁 の 下 の 力 持 ち ” で あ る グ レ ーン原酒は、バラエティさに欠けていたからです。 1972年、設立以来、リファインを重ねる サントリーのグレーンウイスキーは、愛知県の 知多半島にある、知多蒸溜所でつくっています。 設立は、1972年。蒸溜する原酒のタイプは一 種類のみのスタートでした。 設備の改良や、品質のリファインを重ね、 90年 に は、 “ ラ イ ト ”、 “ ミ デ ィ ア ム ”、 “ ヘ ビ ー” の 3 つのタイプのグレーン原酒をつくり分けるように なりました。その後2000年には、ライトタイ プを進化させた“クリーンタイプ”を完成させ、 10年には、香味の陰影をより深めた新しいミディ アムタイプの原酒をつくりはじめました。 さらには、樽の多様化も進め、パンチョンの古 樽や、バーボン樽はもちろんのこと、スパニッシ ュオーク樽や、ワイン樽など、さまざまな樽を用 いた熟成を行っています。 た と え ば、 “ シ ェ リ ー 樽 で 熟 成 さ せ た グ レ ー ン 原酒”は、モルト原酒にも肩を並べるほどの個性 豊かな味わいで、一昨年、限定発売した「響ディ ープハーモニー」では、ブレンドのキーとして欠 かせない原酒の一つとなりました。 開設以来 40余年、知多蒸溜所は、弛まぬリファ インを重ね、ブレンデッドに用いるグレーン原酒 の品質を磨いてきました。そして気が付けば、舞 台が整えられていた、というのが現状です。
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“ 知 多 ” と い う 蒸 溜 所 の 名 前 を ブ ラ ン ド 名 と す る “シングルグレーン”の開発に挑戦する舞台です。 ひと口、味わう間に、変化する香味 今 回、 「 知 多 」 に 使 用 し た 原 酒 の 香 味 の タ イ プ は、5つに大別できます。 一つは、滑らかな味わいの“クリーンタイプ” 。 そ し て、 コ ク の あ る“ ミ デ ィ ア ム タ イ プ ” と、 “ヘビータイプ” 。さらには、 “ワイン樽”と、 “ス パニッシュオーク樽”で熟成させた、個性の強い 原酒です。 原酒の酒齢は、長くは 15年ものまで加えていま すが、一樽、一樽、丹念なテイスティングを行い ました。将来にわたり味わいを維持していくため には、樽が変わるたびに見直しも必要です。 というのも、グレーンウイスキーは、同じ樽で 熟成させても、寝かせた場所が違うだけで、熟成 の具合はまるで異なるものになるからです。樽のふ く よ し ん じ サ ン ト リ ー ス ピ リ ッ ツ 株 式 会 社 チ ー フ ブ レ ン ダ ー 。 1961年、愛知県生まれ。2009年より現職。 種類や貯蔵環境を、その味わいに如実に反映させ る。このように影響を受けやすい性格は、言い換 え る な ら、 “ ピ ュ ア ” で、 “ 素 直 ”。 ブ レ ン ダ ー と しては手がかかりますが、個人的には、愛すべき 個性と感じています。 さまざまな原酒を掛け合わせていく“つくり” の過程では、ほんの少量のみ、加えた原酒もあり ます。全体のわずか1、2%にすぎない量ですが、 これがアクセントとなって、ウイスキーの味わい に深みを与えてくれます。グレーンウイスキーな らではの、軽やかさと、滑らかさを大切にしなが らも、一本調子に終わらない奥行きのある味わい を目指しました。 香りをかいで、口に含んでみましょう。ひと口 味わう間に、香味は刻々と変化します。 はじめに感じられるのは、さらりとしたハチミ ツのような甘さです。続いて、穀物を感じさせる 画・甘酢ユキオ 甘味が口の中一杯に広がります。その後に見えて くるのは、樽由来のウッディーな苦みと、複雑味。 さらにアフターテイストには、甘味と、かすかな ビターネスが余韻となります。 長く付き合うほど、新しい良さが見えてくる 飲み方によっても、味わいの表情は変わります。 “ストレート”では、甘さもあれば、苦みもあり ま す。 一 方、 “ オ ン ザ ロ ッ ク ” に す る と 冷 た さ に よって苦みはマスクされ、滑らかな甘みが強調さ れます。いずれもすっきりとした飲み口は、負荷 が少なく、飲んでいて楽に感じられ、これこそグ レーンウイスキーの良さといえるでしょう。 そして“ハイボール”ではどうなるか。炭酸に よってウイスキーの酸味が引き出され、爽やかな 風 味 が 生 ま れ ま す。 そ の 味 わ い は、 風 の よ う に 非 常 に 軽 や か で、 こ の 一 杯 は、 “ 風 香 る ハ イ ボ ー ル”と名付けられました。 長く付きあうほどに、新しい良さを感じてもら えるウイスキーでありたい。そんな願いを込めて、 丹念につくりあげたひと瓶です。 皆様の新しい友に迎えていただけるなら、これ ほど嬉しいことはありません。
不屈のアイリッシュ魂
ウイスキーアンバサダー佐々木太一
はじめまして。ウイスキーア ンバサダーの佐々木太一です。 新連載“ウイスキーを巡る世 界 旅 ”。 第 1 回 は、 ウ イ ス キ ー 発祥の地といわれるアイルラン ドへ行きましょう。 現存する世界最古の蒸溜所へ “キルベガン蒸溜所”は、現存 する世界最古の蒸溜所。重厚な 石造りの建物が目を惹きます。 場所は、首都ダブリンから西 へ約 90キロ、アイルランドのほ ぼ中央、ブロスナ川のほとりで す。創業は1757年。当時は ブルスナ蒸溜所と呼ばれていま したが、 19世紀中頃にロック家 がオーナーとなってからはロッ クス蒸溜所、オーナーも変遷し た 今 は ( * ) 、 町 名 の キ ル ベ ガ ン を蒸溜所の名前としています。 アイリッシュの隆盛と衰退 蒸溜所が開設された 18世紀の 中頃は、アイリッシュウイスキ ーの隆盛期のはじまりでした。 生産量はスコッチをはるかに上 回り、酒はイングランドで飲ま れるだけでなく、アメリカにも 輸出されていたそうです。けれ ど 20世紀に入ると、独立のため キルベガン蒸溜所 左上から時計回りに:「石臼」、「水車」、「木桶の発酵槽」、「小型のポットスチル」。 ウイスキーを巡る世界旅 ■ 連載1 * 1988年 ク ー リ ー 蒸溜所 ↓ 2011年 ジ ム ビ ー ム 社、 ↓ 2014年 ビ ー ム サ ン ト リ ー 。の内戦や、アメリカの禁酒法の 制定などが要因となり、衰退の 道をたどります。 実際、キルベガン蒸溜所も1 953年に製造を停止。その後 1988年、クーリー蒸溜所が オーナーとなり、まずは貯蔵庫 を使用し、古い設備はウイスキ ー博物館として機能させます。 さらに2007年からは、小規 模ながら蒸溜を再開。製品にな るのはまだ先ですが、今後の期 待が高まります。 世界を魅了するアイリッシュ魂 それにしても、水車や、石臼、 小型のポットスチル……、昔な がらの道具や設備が息を吹き返 し、使われている姿は実に感動 的です。歴史的価値のあるこの 蒸溜所は、観光スポットとして も有名で、世界各国から訪れる 多くの人たちを魅了しています ★ ★ ★
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さて、最後に今夜の一杯。 アイリッシュウイスキー「キ ルベガン」は、同じ系列のクー リー蒸溜所の原酒を使ったブレ ンデッドウイスキーです。ラベ ルに描かれた水車のある建物は、 まさにあのキルベガン蒸溜所。 爽やかで、飲むたび、元気にな れるのは、不屈のアイリッシュ 魂を感じとれるから。 上「貯蔵庫の入口」、下右「貯蔵庫内/パレットを使用した縦積み方式」、下左「引退したポットスチル」 ラベルに描かれた蒸溜所の姿は、今もほとんどそのまま残る。 さ さ き た い ち ウ イ ス キ ー ア ン バ サ ダ ー。1971年横浜市生まれ。大学時代 にバレーボールの全日本メンバーに選ば れ、94年サントリー入社、Vリーグ5 連 覇 に 貢 献、 日 本 代 表 に も 選 ば れ る。 2007年より現職。スコッチ文化研究 所認定﹁マスター・オブ・ウイスキー﹂ 。追悼
柳原良平さん
画家・イラストレーターの柳原良平さんが2015年8月 17日、 呼吸不全のためご逝去されました。享年 84歳でありました。 柳原さんは、京都市立美術大学 (現 ・ 京都市立芸術大学) を卒業後、 壽 屋 ( 現・ サ ン ト リ ー) 宣 伝 部 に 入 社、 ウ イ ス キ ー の 広 告 づ く り の 中で、アンクルトリスを生み出します。同僚の開高健、山口瞳らと P R 誌『 洋 酒 天 国 』 ( 1 9 5 6 ― 6 3 年 ) を つ く り あ げ、 ま た 本 誌 で は2009年より表紙の絵を手がけられました。 生涯現役を貫かれた“ウイスキーの大先輩”に感謝を捧げるとと もに、心よりご冥福をお祈りいたします。 編集部一同 本誌の『ウイスキーづくり 90 周年記念号』(2013 年刊)の表紙となった切り絵の原画。アンクルトリスに捧ぐ
編集部 川畑 弘 毎年春、横浜の「せんたあ画廊」で開催 される個展に伺うのを楽しみにしていまし た。奥には油絵の大作が並び、そのモチー フは、大きな空と、海と、船。見つめてい ると晴れ晴れとした嬉しい気持ちになりま した。奥の部屋では画廊の女性がつくって くださるハイボールをいただきながら取材 の打ち合わせ。 「さて、次はどこへ行こう?」 この間は横浜のバーに行ったから、今度 は銀座、それとも大阪……。こうして取材 先を決め、西に出掛ける時には新幹線に乗 りました。座る席は必ず富士山が見える側。京都を過ぎると窓から一瞬、山崎蒸溜が見える の で、 「 ほ ら、 山 崎 」 と 指 差 し な が ら、 い つ も 嬉しそうに教えてくれました。 広 島 の 尾 道 に あ っ た「 ア ン ク ル 船 長 の 館 」 ( 1 9 9 5 ― 2 0 0 9 年 ) に ご 一 緒 で き た の も 忘 れ られない思い出です。展示は油絵、水彩、リト グラフの作品をはじめ、装丁や広告のために描 いた原画など、 50年余りに制作された数千点も の作品群です。その一画に、子どもの頃に手作 りした“船の雑誌” ( 52頁に写真) がありました。 「瀬戸内海」 「大洋」といったタイトルと記事、 そ し て 船 の 絵 が 描 か れ、 「 柳 原 汽 船 株 無 会 社 発 行」といったユーモアもしっかりと表現されて います。そのうえ、数も膨大で、少年の日の大 先輩が毎日、無心になって雑誌づくりに取り組 んでいた姿が目に浮かんでくるようでした。 後年、制作される『洋酒天国』の原型はここ 『洋酒天国 50 号』(1960 年刊)では、これまで発行した1∼ 49 号を、表紙にあしらった。 本誌の前号(50 号)の表紙は、これに倣ってデザインされた。 『洋酒天国 46 号』(1960 年刊)の表紙と裏表紙。本の大きさはB 6 版で、本誌もこれに倣っている。
「順風満帆(にっぽん丸)」F100 号 油彩。「せんたあ画廊」の個展の案内状を筆者撮影。 にある。私はそのように確信しています。 「ボクは昔から仕事は早いんだ。仕事の後 はゆっくり飲みにいきたいからね」 こうして半世紀以上にもわたってウイス キーに尽くしてこられた大先輩と、他でも ないウイスキーのPR誌をつくれることを、 私はこの上ない喜びに感じてきました。 仕事を終えてプライベートの時間には、 バーの他料理店にも連れて行ってください ました。その時は必ず、奥様のかほるさん もご一緒です。静かな座敷で食卓をはさみ、 お二人と差し向かいに座っていると、私は 子どものような気持ちになることもありま した。 10代で両親を失った後 30年忘れてい た昔日の団欒を、ふいに思い出すからです。 アットホームな人と人とのつながりは、 今のビジネスには不要かもしれません。し かしサントリーのウイスキーづくりにおい ては違います。それはむしろ、もっとも大 切にされるもの。この伝統は、柳原さんを はじめウイスキーの大先輩たちによって築 かれたものに他ありません。 「この頃は、ストレートはキツいから、水 割りにしよう」とおっしゃって、ウイスキ ーを召し上がる。数週間おきに入院されて、 点滴で薬を投与され、直後は副作用のため に飲酒をひかえているけど、3日もすると また飲める、とのお話を伺いました。 「ボクがウイスキーを飲めなくなったら、 アンクルトリスに申し訳ない」 つぶやくように語られたその言葉は、あ まりに烈しく、今も私の心を貫いています。 何一つ、未だ恩返しをしていません。感 謝と悔いで涙の海が出来そうです。 子ども時代に手作りした「船の雑誌」の数々。「アンクル船長の館」にて筆者撮影。
お知らせ 750㎖ 45度 4、 300円 表示価格 は す べ て 、税抜 き 希望小売価格 700㎖ 37度 900円 ﹁トリス︿クラシック﹀ ﹂ ﹁知多﹂ ﹁響 ﹁ISC﹂で イギリスの酒類コンペティション 21年﹂が3年連続 ﹁トロフィー﹂を受賞 700㎖ 43度 25、 000円 新発売 シングルモルトウイスキー ト リ ス の 名 コ ピ ー と い え ば、 壽 屋︵ 現・ サ ン ト リ ー︶ 宣 伝 部 に い た 作 家・ 開 高 健 に よ る 次 の 作、 〝﹁ 人 間 ﹂ ら し く / や り た い ナ / ト リ ス を 飲 ん で /﹁ 人 間 ﹂ ら し く / や り た い ナ / ﹁ 人 間 ﹂ な ん だ か ら ナ 〟 が 思 い 出 さ れ ま す。 新 し く ト リ ス の ラ イ ン ナ ッ プ に 加 わ っ た こ の ひ と 瓶 も ま た、 今 の 時 代 に﹁ 人 間 ﹂ ら し さ を 求 めるように、やさしく丸みのある味わいです。 イ ギ リ ス で 開 催 さ れ た 世 界 的 な 酒 類 コ ン ペ テ ィ シ ョ ン﹁ 第 20回 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル・ ス ピ リ ッ ツ・ チ ャ レ ン ジ︵ ISC International Spirits Challenge ︶ 2 0 1 5﹂ で、 ﹁ 響 21年 ﹂ がワールドウイスキー部門における最高賞 ﹁ト ロ フ ィ ー︵ Trophy ︶﹂ を 受 賞 し ま し た。 審 査 員 か ら は、 ﹁ 長 年 の 技 術 に よ り 生 み 出 さ れ た 熟 成 感、 ま さ に ジ ャ パ ニ ー ズ ウ イ ス キ ー ら し さ を 感 じ ら れ る 作 品 に 感 銘 を 受 け た ﹂ な ど の 高 い 評 価 を 受 け ま し た。 ﹁ 響 21年 ﹂ の 同 賞 受 賞 は、 今回で 3年連続 3回目となります。 愛 知 県 の 知 多 蒸 溜 所 は、 サ ン ト リ ー の ブ レ ン デ ッ ド ウ イ ス キ ー に 使 う グ レ ー ン ウ イ ス キ ー 原 酒 を つ く る 蒸 溜 所 と し て、 1 9 7 2 年 に 設 立。 蒸 溜 す る 酒 質 の タ イ プ や、 熟 成 に 用 い る 樽 の 種 類 を 変 え て、 多 彩 な グ レ ー ン 原 酒 を つ く り 分 け て い ま す。 こ の ひ と 瓶 は、 そ れ ら の 原 酒 を 厳 選 し て 掛 け 合 わ せ た〝 シ ン グ ル グ レ ー ン ウ イ ス キ ー〟 。 軽 や か な 味 わ い と、 ほ の かに甘い香りが特長です。 ︵ 38頁に記事を掲載︶ 設 立 は 1 8 2 4 年。 ﹁ シ ン グ ル モ ル ト の ロ ー ル ス ロ イ ス * ﹂ と も 評 さ れ る 蒸 溜 所、 ﹁ ザ・ マ ッ カ ラ ン ﹂ の 希 少 な 原 酒 を 集 め た 逸 品 が 誕 生 し ま し た。 使 用 し た 原 酒 は、 酒 齢 30年 以 上 の 原 酒 を 含 む、 厳 選 さ れ た 16種 の シ ェ リ ー 樽 原 酒。 レ ー ズ ン や チ ョ コ レ ー ト、 バ ニ ラ を 思 わ せる香りと、 上品で心地よい味わいが特長です。 ﹁ワイルドターキー フォーギブン﹂ 700㎖ 43度 25、 000円 700㎖ 43度 3、 800円 新発売 サントリーウイスキー サントリーウイスキー 新発売 あ る 日、 蒸 溜 所 の 従 業 員 が 完 成 し た バ ー ボ ン に 誤 っ て ラ イ ウ イ ス キ ー を 混 入 し て し ま い、 当 初 は そ の ミ ス に 憤 り を 感 じ た マ ス タ ー デ ィ ス テ ィ ラ ー が、 そ の ウ イ ス キ ー が 非 常 に 美 味 し か っ た た め に〝 許 し た 〟 こ と か ら、 〝 フ ォ ー ギ ブ ン 〟 と 名 付 け ら れ ま し た。 ク リ ー ミ ー な 甘さと、スパイシーさが特長です。 数量限定新発売 アメリカンウイスキー ﹁ザ・マッカラン レアカスク﹂ * ハ ロ ッ ズ ウ イ ス キ ー 読本 よ り
Editer's
Notes
ウイスキーヴォイス 201 5年 春 51号 発行人 鳥井憲護 編集 川畑 弘 制作進行 大窪信一 AD・デザイン 美正堂 発送管理 田中典子、新貝洋基 大川奈央 協力 中田佳和 印刷 有限会社ティーエヌ 発 行 サ ン ト リ ー ス ピ リ ッ ツ 株 式 会 社 〒135︱8631 東京都港区台場2︱3︱3 本誌についてのお問い合わせは 左記までお願いいたします。 サ ン ト リ ー ウ イ ス キ ー ヴ ォ イ ス 事 務 局 03︵3533︶8977 10 00∼ 12 00、 13 00∼ 17 30 ︵土日祝・年末年始は除く︶ 新刊書籍をご紹介いた しましょう。 ● ﹃ ス タ ア・ バ ー の カ クテルブック﹄は、銀座 のスタア・バーのオーナ ーバーテンダーである著 『伝説と呼ばれる至高のウイ スキー 101』(WAVE 出版) イアン・バクストン 著 土屋守 翻訳・監修・執筆 土屋茉以子 翻訳 おかつ充実しています。 ● 次 号 は カ レ ン ダ ー と 共に 12月に発行。お便り お待ちしています︵K︶ 〈東京都港区〉Bar Map
今号で取材をさせていただいた、 お店の地図と情報です。 モンドバー品川店 p.20 港区港南 2-18-1 アトレ品川 3120 Tel 03-6717-0923 11:00~0:00(ランチ営業あり)無休 〈東京都杉並区〉 〈東京都中央区〉 大陸バー 彦六 p.8 杉並区高円寺北 2-22-11 2F 左 Tel 03-3336-5153 水 ~ 土 18:00~2:00 日・月 18:00~0:00 火曜休み 1 BAR FAL(ファール) p. 表紙の絵 中央区銀座 8-10-16 進藤ビル 2F Tel 03-3575-0503 月 ~ 金 18:00~2:00 土・祝 19:00~0:00 日曜休み(連休は休み) ア ト レ JR品川駅 ↑至・東京駅 第1京浜 ストリングス ホテル 品川 プ リ ン ス ホ テ ル 『スタア・バーのカクテルブ ック』(文春新書) 岸 久 著 者が、現場の豊富な体験 を織り交ぜながらカクテ ルの今を、生き生きと伝 える一冊です。内容は、 カクテルの教科書にとど まらず、バーテンダーと しての著者の歩みや、銀 座で学んだこの街ならで はの〝温かい習わし〟な ど、示唆に富むエピソー ドが綴られ、一冊で幾通 りにも味わえる名著です。 ● ﹃ 伝 説 と 呼 ば れ る 至 高のウイスキー101﹄ は、イギリス人の著者が、 文化や歴史の洞察とユー モアを交えて、101本 のウイスキーの伝説を語 り尽くした一冊です。巻 末の﹁監修者による全ボ トルの注釈と考察﹂は、 本書の3分の1に満たな い分量ながら、その内容 は本編よりも重要で、な 〈静岡県掛川市〉Cigar Bar RINGOKAN(林檎館)p.2 掛川市谷の口町 69-3 Tel 0537-23-1129 19:00~1:00 木曜休み 2 BAR 日下部 p.12 中央区銀座 8-4-4 三浦ビル 2F Tel 03-3571-8077 月 ~ 金 19:00~5:00 LO4:00 土・祝 18:00~23:00 LO22:30 日曜休み 〈新潟県柏崎市〉 PIANO BAR 未完成 p.25 柏崎市幸町 8-26 サザンウインドビル 2F Tel 0257-21-3570 火 ~ 土 19:30~2:00 LO1:00 日 19:30~0:00 LO23:30 月曜休み (火曜が祝日の場合、月曜営業、火曜休み) 〈新潟県新潟市〉 haidawei(ハイダウェイ) p.31 新潟市中央区東大通 1-6-21 三友ビル 5F Tel 025-249-8223 19:00~2:00 JR高円寺駅 純情 商店街 北口 庚申 通 り 電器店 外堀通り 中央通り 博品館 2 1 掛川駅 掛川城 254 号線 39号線 1号線 JR柏崎駅 JR新潟駅 第一ホテル 万代口