低心機能の慢性心不全患者
のバイオマーカー診療
GUIDE-IT trial; The Guiding Evidence Based Therapy Using Biomarker Intensified Treatment in Heart Failure multicentre randomised clinical trial
JHOSPITALIST network
2017年10月10日 手稲渓仁会病院 総合内科 萬 春花 手稲渓仁会病院 総合内科 永井 友基
症例
70歳男性 多発化膿性関節炎で当科入院加療後のフォローアップ外来 【既往歴】 慢性心不全(EF 30%), 陳旧性心筋 塞(二枝病変に対しPCI後), 糖 尿病(HbA1c 7台) 【内服薬】 抗血小板薬2剤, β遮断薬, ACE阻害薬, 利尿薬, スタチン, メトホルミン, DPP4阻害薬 【検査値】血圧 110台, 洞調律. 腎機能 eGFR 68ml/min/1.7m^2.臨床の疑問
• 退院後3ヶ月フォロー中, 外来にて患者は元気であり, 問診・身体診察にて心不全兆候は認めていない. • しかし, 本患者は低心機能の慢性心不全であり, 今後 心不全の増悪を発症するリスクは高い. • 例えば, 1-2ヶ月ごとのフォローアップをするとして, 身体所見・胸部X線写真以外に, BNP測定することは 心不全の増悪の早期発見につながるのだろうか?現在の心不全のバイオマーカーの位置付け
急性・慢性心不全の診断・評価に使用される. • 心不全の診断 • 心不全の予後・ リスク評価 • 心不全の予防 心不全に至っていない患者(Stage A/B)には, 心不全の予防として利用(推奨IIa) 心不全の症状があるNYHA II-IVの患者(Stage C/D) に対してリスク評価のために利用(推奨I) 外来での呼吸症状のある患者(Stage C/D)に, 心不全の診断として利用(推奨I) 非代償性心不全で入院となった患者に, 診断(推奨I) や退院後の予後予測(推奨IIb)として利用 日本循環器内科ガイドライン2010年版pg. 9心不全のバイオマーカー
BNP, NT-proBNPについて • NT-proBNPとNYHA分類には相関関係があり, バイオマーカーは心不全の重症度を反映し, 高値であるほど心不全としての予後が不良で あることが示されている. (表上) • 2013年に日本心不全学会が循環器非専門医 に対して心不全の治療対象のカットオフ値を 提案した. • さらに, 同学会よりBNP値に相当するNT-proBNP値の提案が出された. (表下) Am Heart J 2002; 144: 834-839. NT-proBNP pg/ml BNP pg/ml 臨床的意義 8000 1000 集中治療を要する 4000 600 治療開始 900 200 治療対象となる 400 100 軽度の心不全の 可能性 125 40 55 20 18.4以 正常値 NYHA median BNP (pg/ml) I 83.1 (49.4-137) II 235 (137-391) III 459 (200-871) IV 1119 (728-1300) no CHF 9.29 n=472Arch Intern Med. 2006;166(3):315-320. Circulation. 2003;107(9):1278-1283.
EBM の 5 steps
Step1: 疑問の定式化(PICO) Step2: 論文の検索 Step3: 論文の批判的吟味 Step4: 症例への適応 Step5: Step1-4の見直しEBM の 5 steps
Step1: 疑問の定式化(PICO) Step2: 論文の検索 Step3: 論文の批判的吟味 Step4: 症例への適応 Step5: Step1-4の見直しStep1: 疑問の定式化
P:低心機能の慢性心不全の外来患者の診療で I :BNPやNT-pro-BNPによるバイオマーカーの値で 診療することは C:身体所見・胸部X線写真で評価することに比べ O:死亡率を低下させるか Clinical questionは「治療」に該当。EBM の 5 steps
Step1: 疑問の定式化(PICO) Step2: 論文の検索 Step3: 論文の批判的吟味 Step4: 症例への適応 Step5: Step1-4の見直しStep2:論文の検索
• Pubmedで[BNP,chronic heart failure, clinic]をキ ーワードに
検索を行った.
• 2017年に発行されたrandomised controlled clinical trialを見つけた.
Step1: 疑問の定式化 論文のPICO
P:慢性心不全患者でEFが40%以下, あるいは12か月以内に 心不全を発症した既往がある, 30日以内にNT-proBNP 2000pg/ml or BNP 400pg/mlを超える「外来患者」
I: ‘NT-proBNP-guided strategy’; NT-proBNP 1000pg/ml未満を 目標とした心不全治療を展開することは
C:NT-proBNP値に関わらず普段の心不全診療をする時に比べ
方法
・研究デザイン ランダム化, 無作為割付試験 ・期間・対象 期間:2013年1月16日から2016年9月20日の約3年半 施設:米国とカナダの45臨床施設Patient: Inclusion criteria
1. 年齢18歳以上 2. 12か月以内に心不全(*)を発症 3. 12か月以内にEFが40%以下(モダリティーはなんでも良い) 4. 30日以内でBNP > 400 pg/mL あるいは NT-proBNP > 2000 pg/ml *心不全; (a) 心不全増悪による入院 (b) 救急外来で心不全治療を受けた (c) 外来で利尿薬静注の心不全治療を受けたPatient: Exclusion criteria
1. 30日以内に臨床的急性冠症候群あるいは冠動脈再還流療法を受けた 2. 3ヶ月以内にCRT(*)を施行あるいは現在CRTを予定している 3. 重症弁狭窄症 4. 12ヶ月以内に予定の同所性心臓移植術あるいは補助人工心臓術を控え ている 5. 慢性的に強心作用の治療を受けている 6. 複雑な先天性心疾患 7. 末期腎不全で腎代替療法をしている 8. 非心疾患の終末期疾患のために余命12ヶ月未満 9. 妊娠中あるいは妊娠予定 10.プロトコルを遂行できない 11.他の臨床試験に参加している (*)CRT : 心臓再同期療法EF 40%以下の心収縮能の低い患者で, 割付される12か月以内に心不全を発症し, 割付される30日前にNT-proBNP>2000 pg/mlあるいはBNP>400pg/ml 初 診 2 週 間 後 3 ヵ 月 12 ヵ 月 6 週 間 後 6 ヵ 月 9 ヵ 月 15 ヵ 月 18 ヵ 月 21 ヵ 月 24 ヵ 月
Intervention/Comparison
最新版のACCF/AHAガイドライン 推奨に従う ガイドラインに 基づいた治療 NT-proBNP<1000 pg/mlを目標 バイオマーカーを 目標とした治療Biomarker-guided therapy Guideline-directed management and therapy
診療は初診,2週間後,6週間後,以降3か月ごとで12か月間 治療介入をした場合は,その1週間後にフォローをする.
診察, 血中Cre, BUN, 電解質, NT-proBNP,
ガイドライン診療群について:
2013年版ACCF/AHAガイドラインの概略
【HFrEFとHFpEF】 心不全の定義は臨床診断であるが, 左室収縮能が低い HFrEFと, EFが保たれているHFpEFに分けられる. 【心不全のStage分類】ガイドラインでは心不全をStage A-Dで分類する. NYHA 分類との比較は表2に示す. 【治療指針】 治療のターゲットは「症状」である. HFrEFの治療指針に は3つ; ①非薬物療法, ②薬物療法, ③CRT挿入がある. 治療 介入の具体的な方法は次頁のグラフを参照. 表2. 心不全のstage分類・NYHAとの比較
ACCF/AHA stage NYHA A 器質的変化はないが 心不全のハイリスク なし B 器質的変化はあるが 心不全兆候なし I C 器質的変化があり、 心不全症状を有する I∼IV D 治療抵抗性の心不全 IV 本論文の patientに相当 本論文の patientに相当 表1. ACCF/AHAのHFrEFとHFpEFの定義 分類 EF HErEF ≦40% HFpEF ≧50% 境界 41-49% 改善 >40%
2013年版 ACCF/AHA 心不全のガイドラインにおける
HFrEF, Stage C, NYHA I-IVの心不全患者に対する治療指針
薬物療法
↪︎ ACEi/ARB+BB
NYHA II-IVでeGFR>30かつK<5
アフリカ系アメリカ人NYHA III-IV volume overloadでNYHA II-IV
↪︎ループ利尿薬(Class IC) ↪︎アルドステロン拮抗薬(Class IA) ↪︎サイアザイド系(Class IA) (Class IA) さらに 心臓再同期療法 (CRT)
【HFrEF, Stage C, NYHA I-IVの場合(抜粋)】
非薬物療法 教育・指導
EF35%以下で, 非虚血性DCMか心筋 塞 40日以降でNYHA II-III (Class IA)
EF35%以下で, 洞調律, LBBB, QRS 0.15msec以上でNYHA II-IV (Class IB)
NYHA IでもEF 30%以下で, 心筋 塞 40日以降 (Class IB)
本論文でのバイオマーカー指標での治療方針における
具体的な治療手段
心不全マーカーを下げうる治療手段 ACEi. ARBの調整 β遮断薬の調整・導入 アフリカ系アメリカ人にはヒドララジンの調整 うっ血がある・あるいはNT-proBNP>5000 pg/mlの場合ループ利尿薬を増量する 経口サイアザイド系の追加 ジゴキシンの追加 ACEiに加えARBを追加する考慮 (スピロノラクトンなし) CRTがあるならCCRTへ設定変更の考慮 スピロノラクトンの追加 非アフリカ系アメリカ人にヒドララジンの調整の考慮 心不全の栄養指導の徹底 CRTの挿入の検討 心房細動でレートコントロールを最大限にしたり洞調律にするよう努力する 心不全リハビリの考慮 基本的にはACCF/AHAガイドラインと一緒18Outcomes
Primary outcome:12か月以内の①心不全増悪入院と ②心血管死の発症の複合エンドポイント
Secondary outcomes:全死亡率, 心不全増悪までの 入院期間, 心疾患による入院をしていない期間,
primary outcomeの各項目, 健康QOL, resource utilisation, 費用・費用対効果, 安全性
Statistical analysis
• 検出率90%, 有意水準5% (両側検定) • 対照群における年間での心血管死及び心不全増悪入院の発症率 が40% と仮定し、介入群で12か月後にそれが20%減少することを目標とする • 必要サンプルサイズは1100人となる. 実際は: • 894人の解析の時点で, primary outcomeで差がないことから(2群とも primary outcome 37%), 意義がないとして試験が中断となった. →200 人程度の不足あり 本文p.715 20Informed consent
• 全ての患者にInformed Consent を得ている.
• 倫理委員会(institutional review board)の承認を得
ている.
An independent DSMBという独立機関がプロトコール通りの診療の 遂行と患者の安全をモニターしていた.
EBM の 5 steps
Step1: 疑問の定式化(PICO) Step2: 論文の検索 Step3: 論文の批判的吟味 Step4: 症例への適応 Step5: Step1-4の見直しStep3: 論文の批判的吟味
結果は妥当か
①介入群と対照群は同じ予後で開始したか -1.患者はランダム割付されていたか -2.ランダム割付は隠 化されていたか -3.既知の予後因子は群間で似ていたか ②研究の進行とともに予後のバランスは維持されたか -1.研究はどの程度盲検化されていたか ③研究完了時点で、両群は予後のバランスが取れていたか -1.追跡は完了しているか -2.患者はランダム割付された集団において解析されたか -3.試験は早期中止されたか ④サンプルサイズは十分か介入群と対照群は同じ予後で開始したか -1. 患者はランダム割付されていたか -2. ランダム割付は隠 化されていたか 患者は バイオマーカー診療群と ガイドライン診療群に コンピューターで1:1形式で ランダムに割付られた. コンピューターによ る1:1形式での割付なので割付は盲検化され ていた. 患者の治療手段はバイオマーカーを医師が 見るかどうかでわかってしまうため、かつ 患者も数値を見るため、医師と患者は隠 化されていない. 本文p.714 24
層別化として, 年齢, 性別, 人種, 心不全 の既往期間, EF(%), NYHA分類, リスク 因子(虚血性心疾患, 糖尿病, 心房細動, 慢性腎不全の各項目ごと), 収縮期血圧, 脈拍, NT-proBNP, クレアチニン値, 治療内容(β遮断薬, ACE阻害薬/ARB, 鉱 質コルチコイド作用薬, 埋め込み式除細 動器, 同期CCRTの各項目ごと) これらにおける大きな差は見られなかっ た. その他、例えば慢性心不全の背景心疾 患やBMI, 喫煙歴についての層別化は記 介入群と対照群は同じ予後で開始したか -3. 既知の予後因子は群間で似ていたか
研究完了時点で、両群は予後のバランスが取れていたか -1.追跡は完了しているか -2.患者はランダム割付された集団において解析されたか -3.試験は早期中止されたか 研究の進行とともに予後のバランスは維持されたか -1. どの程度盲検化されていたか コンピューターによる1:1形式での割付なので割付は盲検化されていた. 患者の治療手段はバイオマーカーを医師が見るかどうかでわかってしまうため, かつ患者も数値を見るため,医師と患者は隠 化されていない. ・追跡が完了できたのは介入群で89.0%, 対照群で90.2% ・ランダム割付された集団においてITT 解析された. ・試験は中止された. 理由は894例の解析 の時点で15ヶ月フォロー終了時点で2群 で有意差がないと判断したため.
Step3: 論文の批判的吟味
②結果は何か
治療効果の大きさはどれくらいか RRR, ARR, NNTはそれぞれどれくらいか 治療効果の推定値はどれくらい精確か 上記それぞれの95%CI区間の範囲は適切か・広すぎないか実際治療介入した時の治療内容の差について
結果 Primary outcome • 心血管死及び心不全増悪入院の12か月以内での発症率 • バイオマーカー群 37%(164/446) • ガイドライン群 37%(164/448) 差が無い!(ARR=0, RRR=0)→ここで試験が打ち切られた. 治療効果の大きさはどれくらいか
結果 Secondary outcomes 全死亡率, 心血管死, 非心血管死, 心不全増悪入院率・心不全増悪の 合計入院回数, 心不全で入院をしなかった日数についてはいずれも 群間での有意差はなかった. 12か月後の平均NT-proBNPの減少については以下のとおり 治療効果の大きさはどれくらいか Δ平均NT-proBNP NT-proBNP<1000pg/ml達成率 バイオマーカー群 2568→1209pg/ml 46% ガイドライン群 2678→1397pg/ml 40% (p = 0.21)
結果を言葉にする
• NT-proBNPを1000 pg/ml未満を目標とすることは,
ACCF/AHA心不全ガイドラインに基づいた普段の診療 をしていることと比べ, 心血管死及び心不全増悪入院を 減少させることにはつながらなかった.
Limitations
• バイオマーカー診療群は値を参考にするため医師と患 者は盲検化されていない. • 2群とも, 実際の診療よりも通院回数は多めであった. • ガイドライン診療においてもバイオマーカーを参考に することもあった. • 研究はアメリカ及びカナダの患者であり, 体格の違い などでの投薬用量の差があるかもしれない.EBM の 5 steps
Step1: 疑問の定式化(PICO) Step2: 論文の検索 Step3: 論文の批判的吟味 Step4: 症例への適応 Step5: Step1-4の見直しStep4:症例への適用 論文の結果が症例に適用できるか吟味する 結果を患者のケアにどのように適用できるか 研究患者は自身の診療における患者と似ていたか 患者にとって重要なアウトカムはすべて考慮されたか 見込まれる治療の利益は、考えられる害やコストに見合うか
研究患者は自身の診療における患者と似ていたか
• 70歳男性のEF30%の慢性心不全, 虚血性心疾患, 糖尿病の 既往のある患者でInclusion criteriaを満たし, ガイドラインに 基づいた服薬加療がなされている. • Exclusion criteriaを満たさない. 患者にとって重要なアウトカムはすべて考慮されたか • 患者は心不全増悪入院・心血管死にならなかった見込まれる治療の利益は、考えられる害やコストに見合うか • NT-proBNPは30-40分程度, BNPは40-50分程度で採血結果が出る. BNPは血漿検体であり, 一般採血とは別のスピッツが必要となる. • BNP/NT-proBNPはどちらも保険点数140点. 保険適応は月1回. • 毎月バイオマーカー測定をするのは心臓超音波を半年に1回施行 するのと保険点数として同等. 検査 保険点数 一般生化学 11点 末梢血液像 25点 単純写真 60点 12誘導心電図 130点 BNP 140点 心臓超音波 880点
EBM の 5 steps
Step1: 疑問の定式化(PICO) Step2: 論文の検索 Step3: 論文の批判的吟味 Step4: 症例への適応 Step5: Step1-4の見直しStep5: Step1-4の見直し
Step 1:PICOに従って論文を検索した.
Step 3:サンプルサイズが予定より少ない時点で打ち切りと された(81%). 12ヶ月の期間で, バイオマーカー診療群・ガイドライン診療群 のNT-proBNP目標達成率は有意差がない(2群間の心不全管理 において, バイオマーカーの値は結局ほとんど同じであった). Step 4:患者の条件は論文の患者群に相当する.
論文のまとめ
低心機能の慢性心不全患者の外来診療において, バイオマーカー診療及びガイドライン診療でも, 12ヶ月の時点での心血管死・心不全増悪入院の 発症率に差はなかった.