Japanese Society for the Science of Design
Japanese Sooiety for the Soienoe of Design洛 中
洛 外 図
に み る
小 袖 意
匠
形 式
一
新
出
「洛中洛外図
」
お
よ
び
岐阜市立博物館
所 蔵
「洛 中 洛 外 図
亅を
中
心 に
The
Kosode
Design
FQrms
on
Scenes
in
and
Around
Kyoto
,− Newly
Found
Scenes
in
andAround
Kyoto
andScenes
in
andAround
Kyoto,
Collection
ofGifu
City
Museum
ofHistory
.
小 出 (
末 久)真
理 子 目 白大学短期 大 学 部KOIDE (
SUEHISA
)
Mariko
Mejiro
University
1
.
は じ め に室 町
時代
の中
頃 よ り一
般 的 に着 用 さ れ る よ う に なっ た 小袖
の装飾 意
匠につ い て は、
これ まで い くつかの論 考
が ま とめ られ、
主に近世 初
期 頃 を 中 心 に して そ の詳 細 が 語ら れ て き た。
当該
期 の代表
的な小 袖 意 匠と して先 行 研 究で論
じ られ た 小袖 様 式
を時
系列
に ま と めると、
室
町 時 代 後 期 から桃 山 時 代の代
表 的な意
匠 形 式であ る 肩 裾 小 袖 な どの区 画 に特 徴のある桃 山
小袖 様 式
、
そ して お およ そ 慶 長 末 期 か ら 元 和、
寛 永 期 頃に盛ん に着
用 さ れ た と考
え ら れている、
抽 象 的で複 雑
な染
め分
けの区画
を持
ち地 無
しの 意 匠 構 成の慶 長 小 袖 (註1
)様
式、
そ の後
江戸 時 代に入 る と背 面 に余 白 を 大 き く取 り動 的で大柄
な文様
を配 置し、
絵 画 的 な意 匠 構 成 を 持っ寛 文 小袖 (
註
2
)様 式
と いう よ う に、
これ ら は それぞれの時 代ご との小 袖 様 式と し て 定義付 け ら れて き た。
しかし、
慶
長小袖
の周 辺に それとは 異 な る 小 袖 遺品群
が複 数見
られて いたた め、
慶
長 期 か ら寛 文 期 頃の問に は慶長小袖
の装飾
意
匠とは 別の意
匠 形 式 が 存 在 する の では ないか と推 測
された。 そ こで、
平 成18
年 度 に 提 出 し た 拙 論 (註3
)におい て、
近世
初期
に発生
し た桃 山 小 袖 か ら 寛 文 小 袖 に 至る間の異
なる特徴
を 持つ小袖
意 匠の成立、
発 展、
定 着の過 程 を、
主に意匠形 式の変 遷 とい う側
面か ら論
じた。
その際 に、
室 町 時 代 末 期 か ら 江 戸 時 代 寛 永 期に制 作
さ れ た と考え られて いる 近 世 初 期 風俗 画
を用
い て、
慶 長 期 から寛 文 期
に至るまで の間の、
特 に寛 永 期 頃 を 中 心 に した 小 袖 意匠 の解
明を行っ た。
そ の
結 果
、
6
つの小 袖 意
匠 形 式 を 見 出 し、
それぞれの変遷 に つ いて導
き出
す こ とができ た。
これ らのことを 踏 ま えて、
本稿
で は、
拙 稿に て導き出し た小 袖 意 匠 形 式 を 基 に して、
さ ら なる 補 完 を 成 すべ く、
近年 発
見された新 出
の 「洛 中 洛 外 図」 お よ び、
岐 阜 市 立 博 物 館 所 蔵の 「洛 中
洛 外 図」 を新た に取 り上 げ、
これ ら に 描 か れ た 小 袖 意匠
につい て そ の詳
細
を精査
し、
新 た な 考 察 を加 えるこ と を 目 的とする。
(
註
4
)
2 ,
研 究 方 法先 述 し た よ う に
、
本 稿で取
り 上 げる資料
は、
江 戸 時 代 前 期 元 和 期(
1615〜
1624
) 頃 (
註
5
)
を 景 観年
代 と さ れている、
新 出 「洛 中 洛 外図 」 と、
岐阜 市
立 歴史 博 物 館 所 蔵 「洛 中 洛 外 図」 の2
作
例を用い、
まず
、
その成立背 景 を 確 認 していく。
近世 初期
風俗
画とい う ジャンルに お ける2
作 例 に対 する絵 画 資 料 として の位
置づけ や、
本 稿 においてそ れ ら を 選 出 した 背 景 につ い て、
先 行 研 究 史 を 中 心 に概 観 してい く。
そ し て、
それら2
作例
に描
か れて いる小 袖 に お け る 意 匠 構 成の特 徴 を 抽 出 して順 次 列 挙 する (註6
)。
その後、
抽 出 し た 小 袖 意 匠の特 徴につい て、
拙稿
で導
き 出 した意
匠 形 式 と比 較、
対 照 し2
作 例の小 袖 意 匠 に 見られる造 形 的 な 特 徴 を 捉 え る。
同 時 に絵画
に お ける実
写性
を確
認 す る た め に、
当 該 期の製 作 と 考 えられて い る現存
遺 品を用 い、
その照 合 に 出来
るだ け努
める ことにす
る。 こ こ で取 り上 げ
る小 袖 と は、
被 衣、
打 掛、
帷子、
ま た胴 服、
羽織に関しても小 袖 に 類 似 し た 形 態 を もつ衣服
とし て捉
え、
対象 資料
とす る。 な お本 稿では、
文 様その ものに限っ て 取 り上 げる の で は な く、
文様
も含
め た意
匠の配 置、
す な わ ち小 袖 意 匠の構 成 に 着 目 して論
じて い く。
ま た、
こ こ で は 新 出 「洛 中 洛 外 図 」 を 「新 出 本」、
また岐 阜
市 立 歴 史 博 物 館 所 蔵 「洛 中 洛 外 図 」 を 「岐阜
歴博 本
」 と呼 称 するこ と にす る。
3
.
近 世 初 期
風俗
画 に お け る 「洛 中 洛 外 図
」 の成
立背 景
3.
1
.
近 世 初期
風俗
画 に お け る第
2
定 型 「洛 中 洛 外 図 」 の位置
づ け
近
世 初期
風俗
画の1
ジャンル に位 置づけ られ る 「洛 中 洛 外 図 」 は、
そ の成
立はもっ とも 古 く、
様 々 な 風 俗 画 的 主 題 を 併 せ 持っ て い る点で も、
近 世 初 期 風 俗 画 にとっ ては 根 幹 と なるジャ ン ル であっ た。 「洛 中 洛 外
図」 とは、
洛 中 は 京 都 市 中 を、
洛 外 はそ の郊 外を 示 し、
そ こで 営まれて いる 時 世 粧 につ いて六 曲 屏 風一
双の画面
に俯 瞰
的に描
き だし た風俗
画であ る。
本 図 が 最 初に現 れ たこ と を 記した 文 献と し て、
永正 三年 (1506
)『実 隆 公 記 』 が 残 さ れて い る。
これに は、
越 前
の朝倉 氏
が新
調 し た 屏 風一
双 は、
京中
を 土佐 刑部 大 輔 (
光信 )
が描いた 大いに 珍 重 すべき 珍 図で、一
見 の価値
が あ る も の と記されて いる (註7
)。
し か し、
今
のとこ ろ こ の新
図は発 見 さ れて いない。
現 存 す る 最 古の 「洛 中 洛 外図」 は、
国 立歴史民俗博
物 館 所 蔵の 「洛 中 洛 外 図 」 で、
通 例 「歴博 甲本
」 と呼 称
さ れて いる。
「歴博
甲 本」 に 次いで、
東 京 国 立 博 物 館 所 蔵 「模 本
」、
ま た比 較 的 近 年に発 見 さ れ た歴42
デザイ ン学研究 特集号Special
Issueo「JapaneseSocietyfortheSclemceofDesign Vol
19
−
4 No76 2012
NII-Electronic Library Service
史 民 俗博物 館
所 蔵の 「歴博乙本 」 や 米 沢 市 所 蔵の 「上杉本
」 が 現存
し て お り、
これら は初期 洛
中 洛 外 図 と して位 置づけ ら れて いる。
こ の室町時代 末
期か ら桃 山 時 代 頃に出 現 した 初 期 洛 中洛 外 図 に新
しい変 化
が生
ま れ、
天正15
年 (
1587
) に 時の権 力 者 であっ た豊
臣 秀 吉に よっ て竣工さ れ た 聚 楽 第 を、
画 面の 主 要モ チー
フ として描
く よう になる ことで新
しい形 式 が 誕 生 す る。
そ の後、
桃 山 時 代 末 期慶
長8
年 (
1603
)
に は関
ヶ原
の戦
いに お いて勝 利 を お さ めた徳 川 家 康に よっ て造営
さ れ た二条 城の出 現 は、
いわ ゆ る 「洛 中 洛 外 図 」 の第
2
定
型 が 生み出
さ れる契機
と なっ た。
こ の 第2
定 型では、
二条
城の描
写 は重要な 景 観 要 素 と なっ てい く。
第2
定 型では、
初 期洛 中洛 外 図
で み られ た よ う な 上 京 下 京とい った区 別で は な く、
洛中
を 東西 に二分 し た 形 式 を とり、
左 隻 に は 北 山およ び 西山
を背 景
に洛 中
の西半
分 を 描 き、
右
隻 に は 東 山 を 背 景に洛 中の東 半 分を表 現し た形 式 を もつ。
江戸時 代に入 り制 作 さ れ た
第
2
定型
の 「洛 中洛外 図
」 は、
初期洛
中 洛 外 図 と 比べ てか な り点 数が多
い が、
こ こ で はま ず林
原 美 術 館 所 蔵 「洛 中 洛 外 図 」 を挙げ る こ と が で き る。
本図 はも と も と 岡L]藩 主・
池 田 家 に 伝 わっ て い る こ と か ら以 後
、
これ を 「池田家 本 」 と呼 称 す る。
こ こ に は、
左 隻
の中央 付
近に、
第
2
定
型 に代
表 的 な 景 観 要 素であ る二条城
が 大 き く描
き 込 ま れ て、
描
かれ
た人
数 は優
に3,
000
人 を 超え る。
景 観 年 代と し て は 元 和 期(
1615
〜
1623
) 初 頭 と さ れて い る(
註
8
)
。 「 池 田家
本
」 は、
先
学の指 摘 に よ ると第2
定型 の代 表 的な作
例と考え ら れ て い て、
同一
画 家、
あるいは 同工 房の作 例
と して は、
寛 永 行
幸
を描
いたサ ン ト リー
美 術 館 所 蔵 「洛 中 洛 外 図 」、
細身美 術 館
所 蔵 「洛 中 洛 外 図 」 あ るいは、
京 都 国立博物 館
所 蔵 「洛 中 洛 外図
」な ど が 挙 げ ら れ る (註9
)
。
こ こ に、
本 稿
で対 象 資料
と し て い る、
近 年 新 た に 発 見 さ れ 狩 野 博 幸 氏に よっ て 発表 さ れ た 「新
出 本」や 「岐 阜 歴 博 本」 を加
えると、
10
作 品
ほど現存
して いるとい う (註IO
)。
「池 田 家 本 」 につい て は、
拙 論において 資 料 対 象 と して用い、
既に検討
を行
っ て い る。
本 稿では、
第2
定 型 「洛 中 洛 外 図 」 の代表
的な作
例である 「池田家 本」 に お け る小 袖 意 匠 形 式の結
果を踏
ま えつ つ、
「新
出 本」 お よ び 「岐 阜 歴 博 本」 を 資 料 対象
と し て用い そ の詳 細
につ いて検 討 を 加えて 行 く。
次 に
、
本 稿で対象 資 料
と す る 「新 出 本 」 お よ び 「岐阜
歴 博 本」 の概 要につい て論
じる。3.
2.
新 出
「洛 中洛 外 図
」 お よ び岐阜
市 立 歴 史 博 物 館 所 蔵 「洛中 洛 外 図」 につい て の
概
要先 述 し た よ うに
、
新 出
「洛 中洛 外 図
」 につ いては、
近 年 新 た に発 見され、
狩 野博 幸
氏が 『新発 見洛 外 図屏 風』 に おい てそ の詳 細 を 発
表
さ れて い る(
註
11
)
。
こ の文 献 に よ る と、
本 図 は 六 曲一
双の紙 本 金 地著 色
屏 風で、
左右両
隻のおおよ そ その取 材 範 囲 や 洛 中 洛 外の名 所・
霊 所や店舗
に集ま る貴 賎 僧 俗の姿 や 表情
な どは、
「池 田 家 本 」 と 非 常 に 類 似 してい る(
註
12
)
。 こ の こ と か ら 「新 出本
」 と 「池 田 家 本」 は 同一
筆 者、
同一
工房の制
作で あ る と論
じ て い る。
画 家につ いては その判 定 が 困難
である が、
やま と絵系
であると記
さ れている。
伝 来につ い て は、
越前
の前 田 家の所 蔵と さ れ て い るが現 時 点では 詳 細 は 分かっ て いな い。
「新 出本
」 は東 福 門 院和
子の 入内 (元 和6
年 (1620
))の 様 子 を主な 景 観と し て い て い る も の の、
そ の制 作 時 期 は そ れ よ りや や降
ると されて いる。岐 阜 市立歴 史
博物 館
所 蔵 「洛 中 洛 外 図 」 につ い ては、
六 曲一
双の紙 本 金地著 色
の屏
風で、
第
2
定 型の典 型であ る 左 隻 の 中 心 に二 条 城 を 描 き、
西側
の京 都 市内外
を 表現
して、
右 隻に は内 裏 中 心に そ の右側を描い て い る。
両隻に描 か れ た 人 物 は2
,
000
人 以 上、
主 な建 物
や名 所
は約
80
ヶ所
。 人物 描
写の特 徴 など か ら 「池 田 家 本 」 と同一
工房で制作
さ れ た 可能 性 が 指 摘 されていて、
同 時 に、
描 か れ た東寺
の構
図 から み ると噺
出 本」 と も 非 常 に 近い関 係 に ある と指 摘さ れてい る(
註
13
)。
本図 の景 観・
制 作 年 代 につ い て は先 学
では未
だ詳細
が語
られて いないが、
元 和 期 頃の景 観・
制 作 年 代と さ れ て い る 「新 出 本 」 と 本 図 は 同一
工房 の作 例 と 考 え ら れていることからも、
本 図
の制作
時 期 につ い て も 元 和 期 前 後では ないか と推 測 さ れ る。これら
2
作 例 を 対 象として、
そこに描か れ た 小袖
意匠 にっ い て詳
細 に 考 察 さ れている 論 考 は管
見の限り見られ な く、
そこに 描 か れ た 小 袖 意 匠 形 式の造 形 的 特 徴を検討
す る こ と で、
新 た な 小 袖 意 匠の連 繋 を 加 え ら れ、
これま で導
き だした 意匠
形 式 を補完
するもの と思 わ れ る。
4 .
近世 初 期
にお
け る6
小 袖 意 匠形
式先 述 して いる よう に
、
これ まで拙論
にて未 解 明であっ た 近 世 初 期 に お け る 小 袖意
匠 形式
につい て、
そ の詳 細
を 分 類 し、
6
つ の意 匠 形 式を導き出し た。 こ こ で は、
対 象 資 料 と している2
作 例 の 小 袖意
匠 を考察
する前
に、
ま ず6
つの小 袖 意 匠 形 式につ い て の概 要を確
認し て い く。
(図1
)(
1
) 室
町時代
よ り引
き続
くいわ ゆる肩 裾 小 袖 に 類 似 し た 形 式で
、
そ の肩裾
以外の 腰あるい は 胴 部 分 に 文 様 を 散 点さ せ た小袖意
匠 を 「肩裾構
成 に お け る 胴 部 文 様 形 式」。
水平 方 向の段
・
筋 あるいは 斜 縞 をひ とつのユ ニ ッ ト と して
、
肩
か ら裾
まで小 袖 全 体 に 隙 間 な く並べ て いく小袖 意 匠
を「
段
・
斜縞
にお ける連 続 構 成 形 式」。
小
柄
あ る い は中位 な 文 様 を 小 袖 全体
に散点
さ せた小袖
意匠
につ い て それらを 「文 様 散 点 形 式1。
(
4
)
小袖
全体
に比 較 的 精 緻 な 文 様 を 充填
させてそれらを 地 文様
と し
、
そ の上にや や 中 位 な 文 様 を 上 文 様として散点
さ せ る小
袖 意 匠につ い て
、
それらを 「地 文 様と上 文 様に お け る二重 構
成 形 式
」。蘓 麟
∵
1
∴∴
∴
Japanese Society for the Science of Design
Japanese Sooiety for the Soienoe of Design図
1
小 袖意匠形式 変遷略図
* 印 の 小袖 様式 図 につ い ては長 崎巌 氏の 『When Art
became
Fashion
』324
頁 か ら 引 用 し た。
そ れ 以外の小 袖 図 は 上 記の文献を参 考に し独 自に作成 し た
。
(
5
} 文様
を中位
よ り大 き く表 現 し、
それ ら を 主に肩
、
裾
周辺 に配
置
した 意 匠を 「大柄
文 様 形 式」。
抽 象形 態
によ
る 区切
ら れ た 形の中
に 非 常 に 精 緻 な 文様
を 充填
した意
匠を小 袖
全体
に ランダ
ム に 配 して、
その形 態 以外
の余 白
に は さ ら に文様
を 充 填 す る 抽 象 的 な意 匠 構 成 が 見られ た。
こ の
小袖 意
匠を
「抽象
形態
に よ る 区 画 を用いた 充 填構
成 形 式 」。以 上の意 匠 形 式 を 踏 ま えつつ
、
次に 「新 出 本
」お よ び 「岐 阜 歴博 本
」 に描
か れ た 小 袖 意 匠の詳 細 を検討
して い く。5
,
「洛 中 洛 外 図
」 に表
現
さ れ た小 袖 意 匠 形 式
5
.
1
.
新 出
「洛
中 洛 外 図 」 に見
られ る小 袖意 匠形 式
の特徴
新 出
「洛 中洛 外
図」 につ いては、
今の と こ ろ一
般
に は公 開 さ44
デザイ ン学研究特 集号Sp id
Issue
ofJapanese
Sociby
fOrthe
SeiemceofDesign
VeL194
No
.
762012NII-Electronic Library Service
図2 洛中 洛外図 (新 出 本 ) 部 分T 図
3
洛 中 洛 外 図 (新 出本 ) 部分 れてお らす、
そ の図 版
を 確 認てき る の は 上 記の 『新
発 見洛 中
,
各外 図』 に 限 られているた め、
本 稿で 「新 出 本」 に描
か れた小袖 意
匠 を 選出
する際 に はこ の文 献 を 用いるこ と に した。 ま た、
こ の論 考
によると、
約
3000
人の人 物 像か描か れ て い る とさ れ て いる が、
図 版て確認 てきう る小 袖意
匠 を出来
る たけ抽 出
する よ う努
めた。画 中に お い て資 科 対 象 と して挙 け た 小
袖 類
は総計
445
領てあ る。 それらを6
つ の小 袖 音 匠 形 式 に 分 類 する と、
fl)肩 裾構
成 に お け る 胴部 文 様 形 式」 につ い ては117
領、
(
2
)
「段斜 槁にお け る連
続 構
成 形 式」 につ いては5
領、
〔
31
「文様 散
声 形 式」 につ い て は190
領、
〔4
)「地 文 様と 上文 様に お け る二重 構 成 形 式1 は57
領
、
〔
5
〕
「大 柄 文 様 形 式 」 につ い て は7
領
、
(
61
「抽 象 形 鮨 に よ る区画
を 用い た 充埴構 成 形式」 につ い て は57
領 選 出 する こ と か出 来 た。
そ して、
拙論
にて導
き出
した6
意 匠 形 式 以 外 の 特徴
とし て、
ts地の小 袖の背 面に い わ ゆ る一
つ 紋 あるいは三つ紋 と いっ た 定 紋 を 付 け る小 袖 意匠
が12
領 見 ら れ た。
ます
、
(
1
)
「肩 裾 構 成 に お け る 胴部 文様 形
式 」 につ い て は、
画中
の 男女ともに表 現 さ れて いる。
本 図の意 匠 形 式の中ては、
「文 様 散占形 式 」 に 次 い て多
く の割 合 を 占 めて い る。
そ の特 徴 と して は、
肩と裾部 分
に染
め 分 け を施 し区 画 取 り してい て、
そ の肩 裾 部 分 に は、
丸文様
、
花
文様
、
引 両といっ た細い水平 方 向 の筋 文 様か数 本 表 現さ れ て い る。
胴 部 分 に は、
肩裾 部分
と同様
の文 様 や、
垂直方 向
の縞文 様
か描
か れている 意 匠も多
く見ら れ る。
こ のよ う な特徴
は本 意匠形 式の大 半 を 占めて い る か、
散 見
し た とこ ろ、
そ の内
の15
領
く らい の小 袖 意 匠 に は、
主
に裾
の 区 画 線が斜め 方向に描か れ てい る意 匠 か 見られた。
こ れ は拙論
て導
き出
した、
元和
期頃
に は 水 平 方 向て あっ た肩裾
の区画 線
か 斜め方 向に変 化 するという傾 向と同 様の意 匠 構成 が存 在し た と いうこ とかいえる。
そ して、
本意
匠 形 式の中
に は数領
てある が、
特
徴的
な音 匠構
成 が 見 ら れた。
本 意 匠 形式 の 大半は、
肩 と 裾の区 画線
の中に文 様 か 収 められて配 置さ れて いるか、
これ と は別
に肩裾
の区画
線 を 越えて、
文 様か表 出し て い る意 匠 構 成 が複
数散
見され た。
(図2
)こ の文 様
の大
き さ は、
本 形 式て見 ら れ た 上記
の文 様 表 現 よ り も 比 較 的 大 き くなり梅
文様
や 菱 文 様と い っ た 具象 的 な 文 様 と して描かれて いる。
従来
の桃
山 時 代の意 匠 形式
ては、
いわ ゆる肩 裾 小 袖、
肩身 替
小袖
、
段替 小袖
に見
ら講
驚
二
ll
:
∵
∴
臨
Japanese Society for the Science of Design
Japanese Sooiety for the Soienoe of Design図4 染分 地斜め縞に花唐 草と 流 水 鴛 鴦 文 様 具 足 下 着 (女 子 美 術 大 学 美術 館所 蔵) れる直 線で仕 切 ら れ た 区 画 構
成
の中
に文様
が 規則
正 し く配置
さ れている意匠
が特
徴であ るが、
本 図で は肩裾
の区 画の上に 具象
的 な 比 較 的 大 き な 文 様 が 配 置 さ れている。
す な わち、
肩裾
の区画
を飛
び出
して明快
な 花柄
文 様 といっ た 具 象 文 様 が 表 出 してい る。
描
か れ た 文 様は上 文 様 と して の モチー
フ の意 味 を 持ち始 め、
区画 に 埋 没 する こと な く主 体 性 を 帯 びてく る傾向
が見られ た。
その後の寛 永 期 頃にみられるよう に な る、
小袖
意 匠に お け る 区 画 線 を 超 え た 文 様 の意
匠構 成
と類似
し て い て、
本 図
の表現
は その萌 芽 的 な 小 袖 意 匠と言え る のでは ないか と捉え ら れ た。
全 体 的 に は
、
本
形式
は拙 論
で対象 資 料
とした 「池 田家本
」 と 非 常 に 類 似し た特 徴を持ち、
同 形式 を と る こ とが確
認 され た。
ま た 「池 田 家 本 」 と本
図 は、
こ の意
匠 形式
にお ける全体
に対 し て、
本 形 式 が 占 め る割
合 が 同 じであっ て、
や
はり本 図
と 「池 田 家 本」 関 連 性がうか が え る。〔
2
〕「段・
斜 縞 におけ る連続構 成 形式
」 につ い て は、
垂直
方 向 の細い縞 文 様が数 領散
見さ れ た。 ま た、
こ の意匠形 式の中に は、
垂直
の縞 方 向
が斜
め に変 化
し て い る意匠構
成 も 数領 見
られ た。
この 垂直 方向
の縞
の連続
文 様は室町、
桃 山 時 代 から江 戸 時代
に か けて、
風俗 画
で はし ば し ば 散 見 さ れ る 意 匠 形 式であ る。
上記のような 垂直
方 向の縞 や 斜 縞には、
それ らの中 に 文 様 など は充填
さ れて いないが、
本 図 に お ける六 条 柳 町 付 近の遊 里 を 描 い て い る場
面に は、
遊女
と 思 わ れる人物
像 が 描 か れて い て、
そ の小 袖意
匠に は、
斜線
で7
色に染 め 分 けて分 割 した 広い段 表 現 を連 続
し た中
に精緻 な 花文 様 や
、
輪 車文 様
、
格 子
文様
、
あるい は丸 文 様 など を充 填さ せ、
そ の段を1
つのユ ニ ッ トとし て肩 か ら裾
まで交 互
に隙 間
なく配 置
して い る意匠 構
成 が 登 場 して い る。
(図3
)こ の よ うな意 匠 構 成は、
そ の後
の寛
永 期 制 作 とさ れる彦 根 城 博 物館
所 蔵 「遊 楽 人 物
図(
彦根 屏
風)
」 な どの遊 楽46
デザイン学研 究特 集号 SpeGial lssueQfJapaneseSoGietyfortheScienceofDesLgn VoL.
19.
4NQ
.
762012 図 に 位 置づけ ら れ る風俗
画に も見られ
る。 ま たこ の意 匠 構 成 に類似
し た 遺 品と して、
女 子 美 術 大学
美術館
所 蔵 「染 分 地 斜 め 縞 に花 唐 草 と 流 水鴛
鴦 文様
具 足 下着
」 が挙
げられ(
図
4
)
、
寛 永 期特
有 な 段 表 現と して拙 論に おい て も確認 さ れ て い る。
この こ と から、
本 図 に は、
寛
永期
にお ける段 表 現
の萌
芽 的一
要 素 も 描 か れて い ると捉 え ら れ る。
(
3
)
「文 様 散 点 形 式 」 につ い て は190
領と全 体の約 半数
と い う 意匠
形 式の割 合 を 示 している。
この傾向
につ い て は、
「 池 田 家 本」 と 同 様であっ た。
本 形 式 は、
室 町 時 代末
期か ら 江戸 時 代 寛 永 期 に 至る間、
し ば し ば 登 場 して いたこ とが確
認されて い る。
そ してこ の意 匠 形 式につ い て も男 女と も区別 な く描かれてい て、
多 様 な 文 様 表 現 が な されて い る。 具体 的
な 文様
とし ては、
大胆
に表現
さ れ た 輪 車と思 わ れ る 文 様を抽 象 化
し た描
写や、
ま た扇 面 文 様、
花 文 様、
輪 繋 文 様、
丸 文様
な どが多数描
かれてい る。 ま た、
男性
が 着 用 して いる 小 袖 に多
くみ られたが、
千鳥文
様
を散ら した 表 現 も 複 数 確 認 さ れ た。
以 上の様な扇 面 文様
や輪車
文様
な ど は、
や は り寛 永 期 頃 に は 頻 繁 に登 場 す る表
現である の で、
本 図 に おいてもそ の要 素 を 持 ち 合 わせ た文 様が描か れ て い る こと が う か が え る。
そ して、
上 記 の よ うな 文様 表
現 は、
比
較 的 中位
な大
きさで描
か れている意匠構
成 が 多 数であ るが、
こ れら よ り も比較
的大 き く文 様 表 現 さ れている小 袖意
匠 が み られ る。 これ
ら は寛
永 期、
あるいは 寛 文 期 に 入る頃に は、
中位
な 文 様 が 大 き く なる傾 向 が 確 認 さ れて い るた め、
この表 現
におい て も寛
文 期 に み ら れ る構 成 要 素 が 感 じ ら れ る。(
4
)「地 文 様 と 上 文 様 におけ る二重 構 成 形 式 」 につ いて、
本
形 式 は、
室 町 時 代 に は 見 られず
、
桃 山 時 代慶
長期 後 半 頃
から散 見
さ れるよ う に な り、
江 戸 時 代 元 和 期に な っ てよ う や く多
く の割
合 を 占 めるよ う に な ること が 確 認 さ れて いる。 こ の傾 向
は、
本
図
に おいても一
致 して い る。
「新 出 本 」 に お け る本
形 式は、
人 物 像 が も と も と小 さ く描 か れて い ることも あ り、
上文 様
と地 文
様の区 別 が 付 きにくい個 所も多
々 あ る が、
そ の特 徴
と し ては、
小 袖 全 体 に 霰 文様
のよ う な 小紋
を充 填
して 地文様
を表現
し、
そ の上 に 中 位 の 丸 文 様、
輪 違い文 様
、
千 鳥文 様
、
また丸文 様
の中
に 花 文 様 が 上 文 様と して施された表 現な どが挙
げら れ る。
こ の 地 文 様の特 徴で あ る小 紋
の文様
につ い て は、
も と も と、
お お よ そ 室 町 時 代 半ば頃ま で に は、
小紋 染
め の基 盤 が 整 備 さ れてき た と考
えられて い て、
桃 山時 代
に 入 る と主に武 家 服 飾
遺品
の中 に、
小 紋が見られる よ う に な る。
そ の後、
江戸時 代に 入 り、
武家
の中
でも 男 子の服飾
であ り、
中世
で登場
する素襖
の流 れ を 汲 む 上 下、
いわ ゆる肩 衣 袴に お いては、
小紋
が 装飾
の主調と なっ てい っ た。
その後、
その使
用 は一
般
の市 井
に も急速に拡
大し て いっ た とい う (註
14
)
。
このこ と から、
もともと武 家
が愛
用 し ていた 小 紋 は 江 戸 時 代 元 和 期 頃に は、
男 女を問わず
、
市井
一
般 の人 々 に 愛 用 さ れ、
さ ら に その上 に 文様
が表
現 さ れて いくことNII-Electronic Library Service
図5 洛 中 洛 外 図(新 出 本)部 分 に なること が本
図か ら確認するこ と がで きた。〔
5
}
「大柄 文様
形 式」につ い て は7
領散
見さ れ た。
拙 論で論 じ た 「池 田家 本
」 を始 め と し た 江 戸時 代
元和 期 頃
の景
観・
制 作 年 代と されて い る そ の他
の風 俗 画 に おい て は、
こ の形式
はさ ほ ど 見ら れなく、
そ の後、
寛 永 期に入る と 全体
の占め る割 合 が急
速
に拡
大 して いくこと が 確 認 され
て い る。本 図
の特
徴として は、
男子が 着 用し ている小 袖 に 具 象 的な蜻
蛉 文様
や、
抽 象 化 さ れた梅 文 様
、
ま た 千 鳥 文 様 な ど が 表 現されて い る。 ま た、
本 図 には非常
に興 味
深い特 徴が見られる。
左隻 第
4
扇 で は、
説 教 語 り を し て い る と 思 しき 男の小 袖に は、
背面
に裾
か ら 肩 まで大 き く伸
び た具象
的 な 竹 文 様が背 面いっ ぱい に描 か れている。
(図5
)
こ れ に類 似 し た小 袖遺
品と して、
時代
が多
少 降 り寛 文 期 頃 の作
例 とな る が 東 京 国 立博物 館所 蔵
「紅 綸
子 地 竹 鴬 文 字 模 様 小袖
」 を 挙 げるこ とがで きる。
(
図6
)
こ の小 袖 は 竹の幹と葉
を 大 き く具 象 的 に 表 した 上 に、
鴬
の文 字
を散
ら す よ うに配して い る。
こ の遺 品の製 作 年 代か ら も指 摘できるよ う に、
本 図に描
か れ た 意 匠 構 成 は、
こ の後
の寛永期
、
寛
文 期 に 現 れてく る 具象 的
なモチー
フを 大 き く表 現 し た意匠形 式であ りこ の初 期 的な要 素 をもっ意 匠 構 成 と位
置 づ けられ よ う。
以 上の ことか ら、
本
図の景観
・
制 作 年 代につ いて も元 和 期 頃 よ り は、
少 し降 るのでは な い か と推 測 さ れ た。
(
6
)
「抽 象
形 態 に よ る 区 画 を 用い た充 填 構
成 形 式」 につ い て は、
拙論
で確認さ れ た よ う に、
着 用者
は 比較
的 高 位 な 女 性とし て描
かれ
、
本 図
におい て こ の形 式 は 被 衣に表
現されて い る。
そ の特徴
として は、
主に青
や薄
い浅 葱 色で地を染
め ら れ た と み ら れ る上に、
抽象
形態
の文様
が 散 点 さ れ た 様相
で比較 的
明快
に描
か れて い る様
子 がわかる。
この特 徴につ い て も、
「池 田家 本」 との共 通 性を指 摘す る こ とができる。
5.
2
.
岐阜市
立 歴史 博物 館
所 蔵 「洛 中 洛 外 図 」 に 見 ら れる小袖
意
匠形式
の特 徴
「岐 阜 歴
博
本j に 関 し て は、
展 覧 会 図 録 『洛 中 洛 外 図 屏 風に 描 か れ た世
界』(
註
15
)
におい て、
屏 風 両 隻 の 全 体像
は確
認で き た が、
拡
大 画像
につ い ては 掲 載 さ れて い ないた め、
小袖
意匠 の詳 細を確 認す る こ と は 不可 能であっ た。
その た め、
こ の企画
展で展 示された、
「上杉本
」・
「池 田 家 本」・
「岐阜
歴博本
」 の高 精 細 画 面を閲 覧す る こ とが 出 来る デジ
タ ルコ ンテンツ の画像
を 用いて、
「新 出本
」 と同様
に、
確
認でき う る 小 袖意
匠 を出来
る だ け選 出 する よ う努め た。
画 中 におい て
資 料 対象
と して挙 げ た 小 袖 類 は 総 計188
領
であ る。
それら を6
つの小 袖 意 匠 形 式 に 分 類 す ると、
(
1
)
「肩裾構
成 に お け る 胴部 文 様 形
式」 につ い ては17
領、
お よ び 「 肩裾 形 式
」 につ いては68
領、
「
段
・
斜 縞
にお け る 連 続 構 成 形 式」 につ い ては3
領、
(
3
〕「 文 様散 点
形 式」 につ いては46
領、
〔
4
}
「地 文 様
と上 文 様 に お け る二重 構成 形
式」 は13
領、
〔5
}「大 柄 文様
形式」 につ い ては16
領、
(
6
)
「抽 象 形 態による区 画 を 用いた充 填構
成 形 式」 につ い て は21
領
選 出 し た。
こ の他 に、一
つ紋
、
三つ紋
を 付 ける小 袖が2
領、
桃
山 時 代の形 式であ る 肩 身 替 小 袖が2
領散
見 され
た。口
)
「肩裾 構
成にお ける胴 部 文 様 形 式」 につ いて は17
領、
そ して 「肩 裾 形
式」 につ い ては68
領 と、
桃 山時代
の肩 裾
小袖
と 思 わ れ る 形 式 が全 体
の約 半
数 を 占 めて い る。
これ ら の 形式は、
やは り 「 新 出本
」 と 同様に男 女 差 は な く描かれて いた。特徴
と しては、
肩
と裾
を染
め 分 けて、
その肩 部 分や裾 部
分に丸 文 様 な ど を散 点
さ せ て い る意 匠 構 成 が多
く見られ た。
肩裾
形 式 は、
室 町時代 末 期
から江 戸 時 代 元 和 期 頃 にかけて しばしば散 見
さ れ る が、
そ の後 寛 永 期、
寛 文 期の風 俗 画な ど に は 見 ら れな く な り、
こ の形
式 は 「肩 裾 構 成 に お け る 胴部文 様形
式 」 に取
っ て代 わる よ う になる。
こ こ では 「肩 裾 形 式 」 が多
数 を 占め ていること か ら、
本
図 は 「新 出 本 」 よ り も や や古
風 な雰囲
気 を 持 ち 合 わ せて い ると捉
え ら れ る。
「段
・
斜 縞 に おけ
る連 続構 成形
式 」 につい ては、
垂 直 方向
の細
い縞
文 様 が 数 領 散 見さ れ た。 こ の特 徴 は 「新 出 本 」 と同様 の特
徴 を示している。
この特徴
は、
室 町 時 代 末 期 か ら寛 永 期 頃 にか けて しば し は 風 俗 画 に散
見されて い る。
本 図 に おい ても、
同様
の様
相 を示す といえ る。
「
文 様散
点 形 式」 につ いては、
意
匠形式
の中
で2
番
目 に 多謙
欝
:
!
:
∵
:
∴
に
Japanese Society for the Science of Design
Japanese Sooiety for the Soienoe of Designくの
割
合 を 占めて いる。
こ の形 式につい ても、
男 女の小 袖 意 匠 に表 現 さ れて いた。
主
な特徴
と し て は、
文様
モチー
フが 「新 出 本」 と 同 様 に、
花 文様
、
扇 面文様
、
輪 繋
文様
な ど を 小 袖 全 体に 散 ら した 意 匠 構 成で あっ た。
こ う し た傾
向は、
拙 論で対 象とし たこの 他の風 俗 画でも ほ ぼ 同様
の様 相
が示さ れてい る。
〔
4
}「地 文 様と上 文 様に お け る 二重 構 成 形 式」 につ いては、
先 述 したと お り、
元 和 期に 入 る と こ の形 式 は 増 加 してく ることが 確 認されて い る。
本 図を見て も こ の傾 向 と一
致 している。
特 徴 と しては、
「新 出 本
」 で散 見
さ れ た よ う な、
地 文 様 に 霰 文 様、
あ るい は 小紋
の よ う な仔 細 な 文 様 を 小 袖 全 体 に 散 ら して充 填さ れて、
その上に抽象化
さ れ た梅
文様
や 丸 文様
が 上 文 様 と して表 現 さ れている 特 徴 が 見 られた。これ以 外
に興味
深い特 徴として、
地 文 様 に 甲 繋 文 様を小 袖全体
に充 填し て、
そ の上に従 来 見 ら れ た 上 文 様 よ りも比較 的大
きい 丸 文様
が 表 現 さ れて い る。
ま た、
地 文 様に は水 平 方 向の筋 文様
を 肩 から裾 まで連 続 に 配 置し た上 に、
やは り鹿
の 子文 様
が 充 填 さ れ た 大 き な 丸 文 様 が 散 ら さ れて 描か れてい た。
後 者
に比 較 的 類 似した 小 袖 遺 品として は、
本 図 の景 観年 代 よ
り やや降
っ た寛
文 期こ ろ の小 袖であ る が、
国 立 歴 史 民 俗 博 物 館 所蔵
「鬱金洸 地 桐 段 雪 輪 模 様 絞 縫 小 袖」 が 挙 げら れ る。
水 平方 向
の段
の連続
文様
を 肩 か ら裾 まで配 置 し た 上 に、
比 較的
大 き な 雪輪文 様
が複
数 重 な り合っ て散 らされて いる。
こ の 小袖遺品は寛 文期 ご ろ の作 例 と考 えられて い るた め、
本
図で表 現
され
た意 匠
形 式 は、
寛 文 期の要 素 を 持ち合わ せ る初期
的な構
成で あ ると捉 えられ た。
同 様 以 上の こ と か ら、
本
図の景観
・
制 作 年代
は元和 期
よ りや や 降 る もの では ないかと推 測 さ れる。(
5
)
「大柄
文 様 形 式」 につ いては、
「新 出 本J に描かれて い た文様
表現
よ りも、
バラエ ティー
に 富 ん だモ チー
フが多
く散
見さ れ た。
具 体 的には、
花 文 様、
輪 車 文 様、
熨 斗 目の よ う な結
び文様
、
大 き な 丸 文 様の中 に 鹿の子 を 充填
させ た文様
、
また、
具象
的に描
か れ た 藤 文 様 など が描かれてい た。熨 斗
目 文様
や具象 的 な 藤 文 様 な ど は、
寛 永 期 以降
の風俗画
や 小袖
遺品
等でよ く散 見 さ れる文 様 表 現である た め、
本 図も後 世
の雰
囲 気 を 持 ち 合 わ せ てい る意 匠 形 式 が 存在
して い る こ とが確 認
さ れ た。
「抽 象 形 態 に よ る 区 画 を 用いた
充 填構 成 形
式 」 につ い て は、
そ の特 徴 や、
着 用 者な ど は ほぼ 「新
出 本」 と変 化 が な かっ た が、
「新 出 本 」 では、
被
衣 以外
に は本
形 式は現 れてい なか っ たが、
本 図では 小袖に そ の意 匠 構 成 が見 られる様 子 が5
領 確 認 で き た。
特
徴と し て は、
鹿
の 子 のよ う な 仔 細 な 文 様 を 充 填 さ せ た 雲 文 様の よ う な抽 象
的な区 画 を 小 袖 全 体 に万 遍 な く 充 填 した意
匠 構 成で あ る。 この特 徴
は、
先学
で論
じ ら れてき た 慶 長 期 末 から元 和、
寛
永 期に 上層階
級の武 家 女 性に用いら れていたいわ ゆ る慶
長小 袖
に類似
した意 匠形
式であると捉
え ら れ た。
以 上 の
6
意
匠 形 式 以外
と し て、
「新 出本
1 お よ び 本 図に は、
主 に 男 性が着 用して いる一
つ紋
ある い は 三つ紋 といっ た 定紋
が48
デザイ ン学 研究特 集 号Special lssue ofJapanese Society for theScienGe gf Design
Vo1