はじめに
虚血性脳卒中(脳梗塞)の主要な原因の一つである頭 蓋内主幹動脈狭窄1)はアジア人種に多い発症が知られ ており,頸部頸動脈や冠動脈などの動脈硬化とは異な る危険因子が存在することが示唆されており,我々は これまで様々な臨床・疫学データを報告してきた2, 3). さらに我々は遺伝的背景に着目し,日本人において頭 蓋内主幹動脈狭窄に強い関連を持つ遺伝子変異の同定 を目指した.その候補として,日本を始めとした東ア ジア系集団に多く発生を認める特発性の進行性の頭蓋 内主幹動脈狭窄を主たる病態とする「もやもや病4, 5)」の 原因遺伝子に着目した. 近年,もやもや病の感受性遺伝子の同定に関する報 告が複数のグループから相次いでなされた.2 つの別 のグループ(東北大学のグループと京都大学のグルー プ)がそれぞれ異なる手法を用いて,17q25.3 に存在す る ring finger protein 213(RNF213)が感受性遺伝子とし て 同 定 さ れ た6, 7)(本 稿 に お け る RNF213 reference sequenceは National Center for Biotechnology Information Reference Sequence NM_020914.4, NP_065965.4と し た).RNF213 の多型の中でも,ただ 1 つのミスセンス 変異が日本を始めとした東アジアの人種において,も やもや病に強い関連があることが過去の報告から明ら か と な っ た. そ の 変 異 は,c.14576G>A, p.R4859K (rs112735431)である.この一塩基変異により RNF213 の 4859 番目のアルギニンがリシンに変わるミスセン ス変異である.日本人のもやもや病発症者の約 80%が この変異を有していることが報告された. もやもや病には厳格な診断基準8)が存在する(近年若 干の修正が加えられた).その根本をなすのは画像所 見および除外診断である.簡潔にまとめると以下の 2 点を満たすことが条件である. 1.内頸動脈の終末部の進行性の狭窄病変と側副血行 路としての大脳基底核におけるもやもや血管の発達を 認めること 東京大学医学部脳神経外科 *〒 113-8655 東京都文京区本郷 7-3-1 TEL: 03-5800-8853 FAX: 03-5800-8655 E-mail: [email protected] doi: 10.16977/cbfm.28.2_341頭蓋内主幹動脈狭窄の遺伝子解析研究
―もやもや病関連遺伝子 RNF213 の解析―
宮脇 哲
*,今井 英明,斉藤 延人
要 旨 虚血性脳卒中(脳梗塞)の主要な原因の一つである頭蓋内主幹動脈狭窄はアジア人種に多い発症が知られてお り,遺伝的要因の関与が示唆されてきた.近年,もやもや病の疾患感受性遺伝子として ring finger protein 213 (RNF213)が同定された.我々は RNF213 上の単一のミスセンス変異(c.14576G>A, p. R4859K, rs112735431)が もやもや病のみならず,様々な程度の頭蓋内主幹動脈狭窄に関連することを明らかにしてきた.この結果は, 従来の画像所見や既往歴といった表現型を主体としたもやもや病や頭蓋内主幹動脈狭窄の診断基準・疾患概念 のパラダイムに一石を投じる可能性がある.また,RNF213 c.14576G>A 変異は一般の日本人の 2%程度と比較 的高頻度に存在する.日本の脳卒中の領域においては重要な遺伝的要因(リスクアレル)であると言える. RNF213 c.14576G>Aの遺伝子診断は,新たな脳卒中のリスク評価,より適切な診断・予防的加療につながる可 能性がある. (脳循環代謝 28:341∼345,2017) キーワード : 頭蓋内主幹動脈狭窄,もやもや病,RNF213,脳卒中リスクアレル2.動脈狭窄を来す基礎疾患(染色体異常,遺伝性疾 患,炎症性疾患,外傷,腫瘍,動脈硬化など)が存在 しないこと しかしながら,実際の臨床の場においては,もやも や病を明確に診断することが困難な場合がある.特に 高齢者においては,頭蓋内主幹動脈にある程度,動脈 硬化性の変化を生じるため,高齢になって偶発的に発 見された頭蓋内主幹動脈の狭窄・閉塞病変はもやもや 病なのか,動脈硬化性に生じているのかの鑑別がしば しば困難である. 我々はもやもや病関連遺伝子変異 RNF213 c.14576G>A が,もやもや病の診断基準を満たさない様々な表現型 の頭蓋内主幹動脈病変に関連するという仮説を立て た.すなわち,RNF213 c.14576G>A はこれまでは後天 的要因がその発症の主たる原因と考えられてきたアテ ローム性動脈硬化病変を含めた様々な程度の頭蓋内主 幹動脈狭窄病変の遺伝的要因であると考えた.様々な 脳血管疾患において,RNF213 c.14576G>A の関連解析 を行い,この仮説を検証する方針とした.
様々な脳血管疾患と
RNF213 変異との関連解析
2011 年 10 月から 2013 月 3 月にかけて,東京大学医 学部附属病院および関東脳神経外科病院にて外来およ び入院患者のうちで,研究の趣旨を説明し同意が得ら れた 519 人を対象とした.本ヒトゲノム遺伝子解析研 究に関して,すべての参加者に説明文書を用いて十分 な説明の後,手書きの同意を得て採血を行い DNA 抽 出・解析等を行った.本研究は東京大学医学部ヒトゲ ノム遺伝子解析研究倫理委員会および関東脳神経外科 病院の倫理委員会承認を得ている. 頭蓋内主幹動脈狭窄を呈する疾患群として,「もや もや病」,「片側もやもや病群」,もやもや病,片側も やもや病のいずれにも該当しないが頭蓋内の主幹動脈 に狭窄性病変を来しているものを「頭蓋内狭窄」群に分 類した.この群に含まれる症例の大部分は,片側の頭 蓋内主幹動脈(内頸動脈や中大脳動脈など)に部分的な 狭窄・閉塞を認め,もやもや血管を認めない症例で あった.大部分の症例は比較的高齢で高血圧,糖尿 病,高脂血症などの基礎疾患を有しており,アテロー ム性動脈硬化による動脈狭窄病変と診断される症例で あった. その他の疾患群は,「頸部頸動脈狭窄」群,「脳動脈 瘤」群,「脳内出血」群,「健常者」群である.鑑別診断 の概略と各群の構成を Fig. 1 に示した. 各群における RNF213 c.14576G>A 変異の頻度およ び 関 連 解 析 の 結 果 を Table 1 に 示 し た.RNF213 c.14576G>Aは,先に提示したように,もやもや病群 で 82.8%(53/64)の頻度で認められた.一方で,片側 もやもや病群で 57.1%(8/14),頭蓋内狭窄群で 23.2% (29/125)の頻度で認められた.その他の群について は,頸動脈狭窄群においては 1.8%(1/55),脳動脈瘤 群では 1.0%(1/105),脳内出血群では 0%(0/21),健 常者群では 1.5%(2/135)という結果であり,ほとんど 変異を認めなかった.関連解析の結果は,従来の報告 通り,RNF213 c.14576G>A はもやもや病群と有意に関 連することが示された(p<0.0001, odds ratio 320.4, 95% Fig. 1.各脳血管疾患群の鑑別診断の概略と構成CI 68.6–1494.4).また,片側もやもや病群(p<0.0001, odds ratio 88.6, 95% CI 15.3–511.3)や 頭 蓋 内 狭 窄 群 (p<0.0001, odds ratio 20.0, 95% CI 4.68–86.2)とも有意な 関連が示された.一方その他の群(頸部頸動脈狭窄 群,脳動脈瘤群,脳内出血群)とは有意な関連は認め られなかった. 以上より RNF213 c.14576G>A は様々な程度の表現 型の頭蓋内主幹動脈狭窄病変と関連することが明らか となった9, 10). また,我々は「類もやもや病」に該当する患者におけ る解析を行った(Table 2).「類もやもや病」とは,もや もや病に類似した脳血管像を呈しており,さらに先天 性疾患や動脈解離,血管炎,その他血管狭窄を来す基 礎疾患を有しているものを指す.我々は 9 例の類もや もや病患者において RNF213 変異の解析を行った.結 果としてはそのすべてが RNF213 変異を有していな かった11).我々が解析対象となった類もやもや病患者 においては RNF213 変異を遺伝的背景として持たな かったが,近年類もやもや病においても RNF213 変異 を持つものがある一定頻度存在するという報告もなさ れており,大規模な解析が待たれる12).
考 察
もやもや病関連遺伝子変異 RNF213 c.14576G>A は もやもや病のみならず,片側もやもや病やアテローム 性動脈硬化頭蓋内狭窄を含めた様々な表現型の頭蓋内 主幹動脈狭窄病変に有意に関連していることが示され た.これまで病因や遺伝的背景が異なると考えられて いたアテローム性動脈硬化の頭蓋内主幹動脈狭窄に, もやもや病と共通の遺伝的要因が存在しているという ことが示されたのが,本研究の新しい知見である. 今後の研究の発展のためには RNF213 の機能解析の 発展が不可欠で,また RNF213 を有する頭蓋内主幹動 脈狭窄の臨床的あるいは病理組織学的特徴を明らかに していく必要がある.我々は RNF213 変異を有する頭 蓋内主幹動脈狭窄においては血管外径縮小しており, いわゆる negative remodeling を起こしていることを示 唆する結果を得ている13).RNF213 の血管リモデリン グに関わる機能を示唆する結果であるが,今後はオミ クス解析等を通じて14),RNF213 変異を有する脳血管 において生じている分子変化を特定することを目指し ている. RNF213 c.14576G>A 変異は一般の日本人の 2%程度 と比較的高頻度に存在する15).RNF213 c.14576G>A こ の変異を有する者は頭蓋内主幹動脈狭窄,そして脳卒 中の高リスク群であると考えられ,日本の脳卒中の領 域においては顕著な遺伝的要因(リスクアレル)である と言える.RNF213 c.14576G>A の遺伝子診断は,新た な脳卒中のリスク評価,より適切な診断・予防的加療 につながる可能性がある. Table 1.RNF213 c.14576G>A 変異の様々な脳血管疾患群における頻度と各疾患群―健常者群関連解析の結果 DefiniteMMD Unilateral MMD NonMMD ICASO ECAS aneurysmCerebral ICH Control Rate of occurrence, n* (%) 53/64 (82.8) 8/14 (57.1) 29/125 (23.2) 1/55 (1.8) 1/105 (1.0) 0/21 (0) 2/135 (1.5)
P value <0.0001 <0.0001 <0.0001 1.00 1.00 1.00
Odds ratio 320.4 88.6 20.0 1.23 0.63 0
95% CI 68.6–1494.4 15.3–511.3 4.68–86.2 0.10–13.8 0.05–7.1 *No. of patients with c.14576G>A variant (A/G+A/A)/total no. of patients
MMD, moyamoya disease(もやもや病); NonMMD ICASO, non-moyamoya disease intracranial major artery stenosis/occlusion(頭蓋内 狭窄); ECAS, extracranial carotid atherosclerosis(頸部頸動脈狭窄); ICH, intracerebral hemorrhage(脳内出血); CI, confidence interval
Table 2.類もやもや病群における基礎疾患の内訳と RNF213 c.14576G>A
変異の頻度
Baseline diseases Number of patients RNF213 c.14576G>A
Irradiation 3 0/3 Hyperthyroidism 2 0/2 Turner syndrome 1 0 Meningitis 1 0 Behçet disease 1 0 Idiopathic pachymeningitis 1 0
結 語
RNF213 c.14576G>A はもやもや病のみならず,広く 様々な程度の頭蓋内主幹動脈狭窄と関連があることを 明らかにした.今後の研究の発展のためには RNF213 の機能解析の発展が不可欠で,また RNF213 を有する 頭蓋内主幹動脈狭窄の臨床的あるいは病理組織学的特 徴を明らかにしていく必要がある. 本論文の発表に関して,開示すべき COI はない. 文 献1) Kasner SE, Chimowitz MI, Lynn MJ, Howlett-Smith H, Stern BJ, Hertzberg VS, Frankel MR, Levine SR, Chaturvedi S, Benesch CG, Sila CA, Jovin TG, Romano JG, Cloft HJ; Warfarin Aspirin Symptomatic Intracranial Disease Trial Investigators: Predictors of ischemic stroke in the territory of a symptomatic intracranial arterial steno-sis. Circulation 113: 555–563, 2006
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