ブリューゲルの「東方三賢王のネ
[拝
」図について
岡
部
糸
去
三
(H召不日53年5月31日受理) は じめ1こ1.ブ
リ ユ ツセ ルの (東 方三 賢王 の礼拝)2.ロ
ンドンの (東方三賢王の礼拝〉3.(雪
中の東方三賢王の礼拝) 結び は じ め に ピー テル・ ブ リューゲルは「百姓 ブ リューゲル」 と後世 に誤 り伝 え られたほ ど
,多
数 の農 民 を描 き農民風俗 画 を制作 した。同時 にす ぐれた風景画家 で もあって,初
期 か ら晩期 に至 るまで雄 大 な風 景描写 を数 多 く残 してい る。 また現世 に皮 肉 な眼 を向 けた寓喩画の分野 において も,独
自 な絵 画世 界 をつ くり上 げた。 その ほ か に,宗
教 画 ない し宗教 的歴史画 と呼 ぶべ き作 品 がかな りあ る。 ブ リューゲルの絵画 には さま ざまな要素 が混 って いて ジャンル別 に厳 密 に区分す ることは難 しい が,ち
なみ に宗教 的主題 を扱 った作 品 を数 える と,比
較 的短 かい生涯 で しかなかった ブ リューゲル の残 した45点 ほ どの絵画 の うち,お
よそ20点 ぐらい を しめ る。特 にア ン トワー プか らブ リュ ッセ ル に移 った1563年 か ら67年 にか けて,か
な り集 中 して宗教 的歴 史画 を描 いて い る。農民風俗 画 な どに 比 べ れ ば,そ
れ は フ ラ ン ドルの伝統絵画 との関連 が よ り深 いが,や
は リブ リューゲル固有 の絵 画世 界 を開拓 して い る。 ブ リューゲルが扱 った宗教 的主題 は さま ざまだ が,本
稿 で はキ リス トの降誕 にまつ わ る挿話 で あ る「東方三 賢王 の礼拝」 を主題 とした一連 の絵 画作 品 を観察 す る。・ 三 賢王 の礼拝図 は,イ タ リアのみ な らず ネーデル ラ ン トにおいて も頻繁 に描 かれた主題 の一 つ で あ る。 ブ リューゲルは少 な くとも三度描 いてい る。三点 の絵 画 の うち二 点 はサ イ ンがあ るか ら確 認 で きるが
,一
点 はサ イ ンが な くレプ リカ と推測 す る美術 史家 がい ないわけで は ない。 しか し,残
り の一 点 につ いて もブ リューゲルの原作 とみ ることで,大
方 の学者の意見 は一致 してい る。 この三点 は制作時期 がそれぞれ異 なる。一 点 は年記 が ないけれ ども,お
そ らくは画 家 の ご く初 期 の作 品で あ り,他
の二 点 は ブ リュ ッセル時代 の作 品で 中期 と晩期 (早 す ぎた晩期 だが)に
属 す る。興味深 い ことに
,こ
の三作 品 は様 式 な り描写法 な りが全 く別種 で,画
家 が意識 的 に三様 の描写 を試 みた こ とが分 る。 その様 式 の変遷 は ブ リューゲル芸術 の発展 で もあ って,三
点 の絵 画 の観察 がその ままブ リューゲル芸術 の展 開 と特質 を探 る手軽卜りとなるだ ろ う。 この小 論で私 は ブ リューゲルの三点 の礼拝図 を個別 に観察 し,同
時 にそれ らを比較 す るこ とによ って,特
定 の宗教 的主題 に対 す る画家 の着想 の進展 を検討 したい。(1)ブリュッセルの
(東方三賢工の礼拝
) 麻布 にテ ンペ ラ,サ
イ ンと年記 な し, 1556年 頃 と推定,115.5× 16&m, ブ リュ ッセ ル・王立美術 館 (図 1) この作 品の保存状 態 は きわめて悪 く,色
彩 は前景 の一 部 を除 いて ほ とん ど景U落 して い る。近 年の 洗浄 によって細 部 はい くぶ んは っ きりして きたが,背
景 の描 写 は輪 郭線 さえ定 かで ない部 分 が あ る。 サ イ ンや年記 が ないため,こ
の作 品の真偽性 をめ ぐって か な り議論 が なされて きた。今 日, ミシエ ルや トルネイ を別 とす れ ば, フ リー トレンダー, グ リュ ック, グロ ッスマ ン,マ
レイニ ッセ ンをは じめ多 くの美術 史家 はオ リジナル とみ な し,ブ
リュー ゲ ル が イ タリア旅行 か ら帰 国 したばか りの ご く初 期 の時期,1556年
頃 の制作 と推 定 してい る。(2)も っ と も イ ェ ドリ ッカは中期 の1562-63年頃 の 作 品 と考 えてい るが,(3)そ の推測 はむ しろ例 外 とい える。 この絵 画 にはボ ッスの影響 が認 め られ るのだが,そ
れ は ブ リューゲルの初期作 品 に特 に著 しい特 性 で あ る。 また これ が麻布 にテ ンペ ラとい うブ リューゲル に とって珍 しい画法 で あ るの は注 目すべ きだ。当時 メ ッヘ レンや ア ン トワー プで は,高
価 な タ ピス トリーの代 用 と して,麻
布 に水彩 や テ ン ペ ラで描 く壁飾 り用 の絵 画 が制作 されていた。 ブ リューゲルの師 ピーテル・ ク ック (Pieter Coeck ■ran Aelst)の 妻 のマ リア・ フェルフルス ト (Maria verllulst Bessemers)は , メ ッヘ レン出身 の画 家で そ うした制作 に携 わっていたで あろ うか ら,グ
リュ ックが示唆 し,グ
ロ ッスマ ンが推測 す るよ うにに),おそ らくは ブ リューゲルは当初 マ リア・ フェル フルス トか らその水彩画法 を学 んだ と思 わ れ る。 フ リー トレンダー もこの作 品 とタピス トリーの関連 を指摘 して い る(5)。 とす れば,ボ
ッス な り水 彩画法 な りの痕跡 を残 す この絵 画 は,や
は リブ リューゲ ルの初 期 に属 す る作 品 とみ なすべ きで あろ う。 ブ リューゲルの初 期 の絵 画作 品 と しては,ま
ず (テベ リアの海で使徒 の前 に現 われたキ リス トの い る風景)(1553年
,個人蔵),(イ カ ロスの墜落 の あ る風景)(1555年
頃,ブリュッセル・工立美術館), (種まく人のいる風景〉
(1557年,サンディエゴ。テイムケン美術画廊
)など
,聖
書や神話にもとづいた
主題 を添景化 し,壮
大 な風 景描写 に主題 を置 いた一連 の風景画 が挙 げ られ る。 ところが,こ
の (東方三賢王 の礼拝
)で
は,風
景描写 はごく限 られ,画
面一面 に聖母子 と三賢王 を中心 に群衆 が密集 し ている。 これが推測 どお り56年頃の作品 とすれば,ブ
リューゲルは本図で初 めて群衆描写 を試みた のであ り,そ
れはコック(Hieronymus Cock)の 版 画店 の た めの ブ リューゲルの下絵素描,特に「悪 徳 シリーズ」(1556-57年)に
おける群像描写 に呼応す る。そ して こ うした雑 多 な民衆 の描写 が, そのまま (カーニバルとレン トの戦 い)(1559年,ウ ィーン・美術史美術館),(ネーデルラン トの諺〉(同 年,ベルリン・ダーレム美術館)な どの絵画作品に繋 ってゆくのである。 ブリューゲルの初期の風景画 と共通 して,こ
の作品 も地平線 が高 く,や
や高い視点か ら情景 を捉 えた俯敵的構図である。画面中央 に藁葺屋根 の本造の家畜小屋 が大 きく一際印象的 に描 いてある。 小屋 の前面 に聖母子 と三賢王,小
屋 を境 に左右 には見物人の群 れがある。構 図は同主題 を扱 った ラ フアエルロ派の手 になるヴァテ ィカ ン宮のための タピス トリーの下絵 に負 う, とグロ ッスマ ンは指 摘 している(9。 画面中央 に小屋 を配 し左右 に群衆 を分 ける構図法 はた しかに似 ているが,
しか し個 々の描写 は全 く異 なっていて,イ
タリア画 との共通性 は乏 しい。 イタリア絵画やネーデルラン トの伝統絵画では,礼
拝図の舞台 となる建造物 は,一
般 に石造や レ ンガ造 りの古代の追跡 なり宮殿 の一 享【ないしその廃近 であった。だが,そ
うした豪壮 な建物 をあえ て廃 して,粗
末 な木造,藁
葺屋根 の小屋 を設定 した画家 に,ボ
ッスがいる。ボ ッスの礼拝図は五点 (ロン ドンのバーステ ッ ド・コレクシ ョンの レプリカを除 く)あ
るが,そ
の うち三点 に粗末 な月ヽ屋 の描写 が見 られる。ボ ッス以外 にも,礼
拝図や降誕図 に木造 な り藁葺屋根 な りの小屋 を描 いたネー デルラン トの画家 がいないわけではない。 フ レマールの画家の降誕図(図4)(1425年 頃,デ
ィジョン美術館),フ ァン,デル・ ウェイデ ン (ROqier van der Weyden)の ブラ ドリン祭壇画中の降誕図 (ベ
ルリン・ダーレム美術館
),ペ
トルス・クリステュス (Petrus Christus)の 降誕図 (ニューヨーク・ワイ ルデンシュタイン), あるいはメム リンク (Hans h/1emlinc)の 礼拝図 (1470年頃,マドリッド・プラド美術 館), ダヴィッ ド(Gerard David)の
ネし拝図 (1498年頃,ブリュッセル・王立美術館)な ど,いくつかの作 例 を挙 げることがで きる。 しか しフレマールの画家の降誕図の場合 を除 き,い
ずれも堅牢 な建物で, 粗木 な家畜小屋 とい うE「象 か らは遠 い。 しかも一般 に降誕図よ りも礼拝図の方 が建造物 はよ り豪華 になってお り,
したがって礼拝図 における粗末 な小屋 の描写 はまずボツスを倉J始とす る。 そ して16 世紀のフラン ドルのロマ ニスムの隆盛 に抗 して,ボ
ッスの様式 に立 ち返 ったのが,ブ
リューゲルで あつた。おそらくブリューゲルは,こ
のブ リュッセルの礼拝図 を描 くにあたってボ ッスの礼拝図, 特 に1510年頃制作のマ ドリッ ド・プラ ド美術館蔵 の祭壇画の中央パネル(図5)を参照 したで あろ う。 東方の三賢王 が聖母の膝の上のキ リス トを拝す る情景は,一
見群衆 の中に紛 れるよ うなE「象 を与 えるが,実
際 は大 きな小屋 が群衆 を逃 って中央部 の展望 を容易 にす る。その前景 中央部 は,聖
母子 を中心 に,そ
の背後の聖 ヨゼフ,聖
母子の左右 と前方 に三賢王 がいて,
ヨゼフを頂点 にピラ ミッ ド 型の安定 した構成 をな している。 ヨゼフの頭部 はか りに画面 に対角線 を引けばその交点にあた り,ま
さに画面の中心 に位置す る。構図上の中心は聖母子 とい うよりむ しろヨゼ フで ある。ボ ッスの礼拝図(図6)(マ ドリッド・プラド ) では
,ヨ
ゼフは中央パネルの礼拝の場面 に登場せず,左
翼画の背景 に孤立 してぃる。 しか し本図の ヨゼフは聖母のす ぐ後 ろにいて,聖
母子 を囲む人々のいわば代表者の役割 を果す。彼 は朴訥 な農夫 然 として,帰
依 と好奇心の混 った気持で この礼拝の情景 を眺めている。大 きな帽子 を両手で持 って 立つ その姿 は,ブ
リューゲルの中期の礼拝図(図2)(ロンドン・国立画廊)中の ヨゼフ と きわめて似通 っている。 ちなみ に,モ
ール人の工 の姿勢 を別 とすれば,聖
母子 と二賢王の位置 とその姿勢 も中期 のロン ドンの礼拝図 とほぼ同 じで ある。 本図の聖母子 と三賢玉 の描写 は,イ タリア絵画 ない しネーデルラン ト絵画の伝統的 な図式 に従 っ ているといえる。薄青の外衣 を着 た中腰 の姿勢の聖母 は,幼
児キ リス トを膝 に王 たちに面 している。 伝統の描写法 に従 って,王
たちの衣裳はかな り豪華で ある。聖母子の前 にいる赤 いマ ン トのバル タ ザールは,三
つ葉型の器の贈物 を中腰で恭 々 しく差 し出 し,幼
児キ リス トは彼 の方 を向いている。 その左のメルキォールも同 じく中腰の姿勢で贈物 を手 に し,一
方白っぽいマ ン トのモールの王 カス パルは,小
屋の中に身 を屈 めて (身体 の一部 が支柱 に隠れてい る)や
は り贈物 を差 し出 している。 ブリューゲルは前景 にこうした礼拝の場面 を描 く一方,そ
の周辺部分 に雑 多な群衆 を登場 させて, 宗教画 に風俗画的要素 を加 えよ うとす る。そこに伝統絵画 と異 なる世界を求めるブリューゲルの新 しさがある。 賢王 たちは大勢の従者 を伴 って東方 か ら来てお り,そ
の従者たちが村人たちと混 って この場 の見 物人の群 れを形成す る。群衆 は小屋 の左右ではやや様子 が異 なる。左側では前景 か ら背景 まで蟻の 這い出る隙間 もないほどぎっしりと群衆 が密集 している。 その集団の中には,槍
や戟や楯 を持 った 兵士たちがいる。ほかに農民や富裕 な商人や貴族 たちが混 っている。 この狭 い所 に,焉も入 り込 んで いるか ら,か
な り窮屈 なF「象 を与 える。前景左端 に大 きな犬 がお り,そ
の傍 に子供で あろ うか,ブ
リューゲルが しば しば描 いた後姿の人物 がい る。 その傍 の細長いプロポーションの兵士は,腰
に剣を差 し腰のバンドに右手を差 し入れ
,胸
を張 り両脚をふんばって聖母子の方を見ている。彼は 〈
洗
礼者ヨハネの説教
)(1566年,ブ ダペスト・美術館
)における前景右手の剣を下げた兵士,あ るいは
(パ ウロの改宗)(1567年 ,ウ ィーン・美術史美術館)における前景 の,焉上 の兵士の近親者で あ り,な かなか 興味深い人物像で ある。彼の前 には晩 いて宝冠 を差 し出す緑色のマ ン トの貴族 とか,中
腰 の姿勢で 手 を合わせている敬虔 な人々の群 れがいる。 それと対照的 に小屋の壁の陽の農民たちは,好
奇心 を のぞかせ なが ら礼拝の情景 を見ている。背後 の一団は大方 まだ馬に乗 っているところをみ ると,遠
くから駆 けつ けて きた人々であるよ うだ。む しろ見物人 ばか りでなく, 日常の仕事 に励 んでいる農 民たちの姿 もあるが,そ
れは点景 にす ぎない。 小屋の右側 を見 ると,そ
こにもかなりの群衆 がいるのだが,左
側 に比べれば相 当人数 は減 ってい る。それだけに一層個 々の人物の個性 ある風貌 に接す ることがで きる。狭 い場所 に集 まる前景の一 群の多 くは,モ
ール人の工 に倣 うかたちで,中
月要の姿勢 をとって両手 を合 わせている。 その集回の中にはモール人のエ カスパルの従者 をは じめ
,商
人や貴族 や農民 が混 っている。彼 らは緑・青・ 白 ・橙色 と多彩で しかもやや珍奇 な衣裳 を着て,か
な リエキゾチ ックな雰囲気 を醸す。特 に画面右端 の橙色 のマ ン トを身 に付 けた背の高い後姿の人物 は,群
衆 の中で一際異彩 を放つ存在で ある。中腰 の グループの背後 に,両
手 を前 に組み合 わせマ ン トを羽織 ったやや】巴満 した男 が立 ってぃる。 その 従順 そ うな男 の風貌 は,ブ
リューゲルの晩期の (盲人の寓話〉(1568年,ナ ポリ・国立美術館)の 最後尾 の盲人 (もっとも彼 は盲人ではないが)に
似 ていて興味深 い。小屋 の背後の人数 はかな り少 ないが , それで も遠 くか ら礼拝の光景 を覗 き見 ようとす る農民たちや,戟
をもった一,二
の兵士の姿 がある。 そのほかに珍 しく二頭の ラクダがいて,川
向 うの象 とともに画面 にエキゾチ ックな雰囲気 を与 える。 登場人物の風貌 とか衣裳 ばか りでなく,
ラクダや象 といった動物の描写 によって異国の世界の雰囲 気 を出す工夫 は,あ
るいはボ ッスの (悦楽の園)(1503年 頃,マ ドリッド・プラド美術館)な どに暗示 を 受 けたのかもしれない。 風景描写 はごく限 られ,背
景 にわずかに暗示 されているにす ぎない。背景左 に城門があるか ら, そこを通 って従者や農民 が集 まって きたので あろ う。背景 はことに損傷 が甚だ しくはっきりとは分 らないが,背
景右方の丘 には城塞 らしきものがあるか ら,お
そらく舞台 をなしている場所 は都市近 辺で あろ う。 しか し,そ
うした風景 よ りもわれわれの眼 に映 るのは,部
びた小屋であ り,聖
母子 ・ 三賢工 であ り,そ
して何 よ りも画面一面 に群 がる群衆である。群衆の描写 は円熟期のそれに比べ れ ば,や
や散漫 な印象 を免 がれないが,
しか し大群衆 を扱 って破綻 が生 じていないのは さすがで,そ
の後の一連 の宗教的歴史画 を予告する。 ブリューゲルはこの作品で画面中央 に礼拝の場面 を置 き,そ
れを伝統的図式 に従 って描 く。 しか しそれ以上 に,画
家 は周辺部分の兵士や農民の集 う雑 多な群衆 を大 きく扱 って,
リア リテ ィーを求 める。 が,一
方ではエキゾチ ックな雰囲気 を狙 って,
リアルな情景描写 を弱めて さえいる。宗教的 主題 に風俗画的要素 を加 えよ うとす る画家の意図は,そ
の点で首尾一貫 していないといって よかろ う。群衆の大半が単 なる見物人で,個
々の生活 を具現 していないのも,
リアリティーを弱 め る因 と なっている。 もっとも,宗
教的主題 に風俗性 を求め る画家の試みはそれだ けで充分斬新であるし, ボ ッスの影響 を残 しなが らも独 自の絵画世界をすで に提示 している。 しか しその世界がより深い意 味 内容 を蔵す るには,や
は り中期以降の円熟期 まで待 たねばならなかった。2.ロ
ン ドンの (東 方 三 賢 工 の 礼 拝) (図
2 麻布 に油彩,サ
インと年記,1564年
, 111×83.5伽,ロ ン ドン・国立画廊 グロ ッスマ ンの指摘 によると,年記 (M.D.LXllll)の Lと Xの間に縦 にひび害Jれがあって,X以
下の数字 にはブリューゲル固有の美 しい筆跡 が見 られず,また
Lは
原字 をなぞった跡 があるとい う。7) か りに後世 の補筆 があつた として も,そ
れだけで年記の数字 その ものに疑 いをさしはさむことはで きないだろ う。 1563年にブリューゲルは師の ピーテル・ クックの娘マイケ ンと結婚 し,ア
ン トワープか らブリュ ッセルに居 を移 してい る。 この時期 は画家 が円熟期 を迎 えつつ あった頃で,翌
64年 には第一子 ピー テルが誕生 し,絵
画作 品ではこのロ ン ドンの礼拝図のほかに,(十
字架 を担 うキ リス ト)(ウ ィーン・ 美術史美術館), グリザイユの (マリアの死)(バ
ンバリー・アプトンハウス)を 制作 している。 ロン ドンの礼拝図はブリューゲルの全絵画中 きわめて異例 に属す る作品である。グリザイユの(キ リス トの復活〉(1562年頃,ロ ッテルダム・ボイマンス・ファン・ブーニンヘン美術館)を 唯 ― の例 外 と して, これは縦長の画面で ある。 それにつ いてフ リー トレンダーは,こ
の作品は本来祭壇画 として制作 さ れたのではないか と推測 している。(8)1550-51年 にメ ッヘ レンでバルテ ンス (Pieter Baltens)と 祭壇画 を共同制作 した とい う記録 があるが,ほ
かにブリューゲルは一点の祭壇画 も残 していないの だか ら,そ
の推測 はかな り魅 力的だ。 かりに祭壇画 として特別 の注文 を受 けたのだ とすれば,画
家 として もある程度伝統的図像 に従 わざるをえなかったで あろ うか ら,画
面型式だけでなくこの絵 の 特異 な様式 について も説明がつ く。 しか し,そ
れを証 明す る下絵や文献 が残 されていない今 日,に
わかに断定す ることはむろん避 けなければならない。 この絵画 は,ブ
リューゲルが得意 とした広大 な景観 を俯欧的 に捉 える構図法 を棄て,大
型の人物 像 を導入 して登場人物 を少数 に限定 し, しかもやや低 い視点 か ら対象 に接近 して描いた最初 の作例 といえる。 そ うした緊密 な構 図は晩期 の農民風俗画や寓喩画 を予告す るし,宗
教 的主題 を正面 か ら 捉 え,緊
密 な人物構成で画面 を構築す るのは,グ
リザイユの (キ リス トと,姦
避 した女)(図7)(15 65年,ロ ンドン・個人蔵)と共通性 を も ち,ネ
ーデル ラン ト絵 画のみならず,イ タリア絵画 との関連 を強 く予測 させ る。 画面中央 に聖母子 が位置 して,前
方 と左右 から豪華 な贈物 を差 し出そ うとす る三賢王 に面 してい る。朱の外衣 を着て黄色 のヴェール と青いマ ン トを被 った聖母 は,膝
の上 に幼児 キ リス トをのせ な がら幼児の右手 を左手で軽 く握 り,右
手 を前 に出 して幼児 の注意 を老王 に向 けさせている。聖母 は フラン ドルの若い農婦のよ うな感 じだが,イ タリア絵画の聖母 の タイプとも結 びつ き,者
々 しく健 康的で しか も聖母 らしい気品 をそなえている。すで に述べたよ うに,こ
の年 (1564年)は
三点の絵 画を遺 してい るが,い
ずれも聖母 を描 いている。 しかもこの絵 の若 々 しい聖母 に対 し,(十
字 架 を 担 うキ リス ト)で
は悲哀 と老いの場 を うかべた聖母,(マ
リアの死)で
は死 に瀕 した聖母 と,三
様 の聖母 を表現 していて実 に興味深 い。 聖母の膝 に月要掛 けるよ うな恰好でいる裸 の幼児キ リス トは,ま
さに画面の中心 に位置す る。色彩 の点で も,周
囲の赤・青・黄金色 との対照の効果で,幼
児 を包む布 の白が際立 って印象的だ。イ タ リア絵画の場合,幼
児 キ リス トの形象は一般 に子供 らしい愛 らしさとヒロイ ックな榊 の威厳 とが備わってい るが
,本
図のキ リス トの場合は,子
供 らしい親近感 にやや欠 ける。額は広 く,二
重顎で唇 も厚 く,眼
はやや斜視である。顔 の造作 が全般 に大 きく,「顔 はルーペを通 して描 かれて い るか の よ うだ」(イ ェ ドリッカ)(9)。 立上 が りかけているその姿 はすで に明確 に自己の存在 を提示 してお り, 北欧特有の リアルな幼児の形象 に神性 を付与 した新 しいタイプの幼児 キ リス ト像 とい えよ う。 なお, この作品の聖母子のポーズが,
ミケ ランジェ ロの (ブリュー ジュの聖母)(1506年
以来 ブ リュージ ュのノー トルダム大聖堂 にある)の
影響 を受 けていることは, しば しば指摘 され る。あるいは,メ
ンツェルが推測す るよ うに10,こ
の聖母子 に妻のマイケ ンと第一子 ピーテルの姿 が投影 されている かもしれない。 三賢王 はそれぞれ豪奢 な衣裳 を身 につ けて,聖
母子の前方 と左右 か ら豪華 な贈物 を差 し出 してい る。(キリス トと,姦
注 した女)に
おけるキ リス トに似 た姿勢で,聖
母 子 の前 に晩 くバルタザール (図8)は
,ブ
リュ ッセルの礼拝図 における贈物 と同 じ形状 の没薬 ら しきもの の入 った三つ葉型の 鉢 を手 にす る。金色 の鉢 の蓋 は金属製の杖や僧帽 と並 んで地面 に置 いてある。恭順 と帰依の感情 を, この場ではバルタザールが最 も強 く伝 える。 それは農夫の よ うな顔の表情 からではなく,恭
々 しく 晩 くその姿勢か ら伝 わって くるものだ。彼 は黒 っぽい衣 をまとい,そ
の上 に自の肩掛 けの付 いたば ら色 の外衣 を重ね着て,そ
れを金の輪 をつないだバ ン ドで締 めている。外衣の丈 は長 くないのだが, 脹 らみのある長い袖 日が左右 についていて,豪
華 だが奇妙 な衣服で ある。 そのば ら色 の外衣 には金 色 の刺繍 があって,抽
象的 な文様 のほかに,縁
の部分 に五人ほ どの人物 をあ しらった図柄 が見 える。 そこに何 らかの物語が語 られているのかもしれないが,判
然 としない。 ちなみに,ボ
ッスの礼拝図 (マ ドリッド・プラド)ではメルキォール とカスパルの外衣 に刺繍 があって,旧
約の物語 と神話上の人 物 (半人半ヶ島の シレーネ)が
それぞれ認 め られる。 老王 バルタザールの背後で半身 を見せ る赤の外衣のメルキオールは,中
月要の姿勢で贈物 を差 し出 そ うと聖母子 に近づ く。両手で捧 げ持つ香料 の入 った金色 に輝 く器 は,金
工 に特別 につ くらせたも の らしく,緻
密 な細工 が施 して ある。肩 まで黒髪 を下 げ,日
を固 く結 び伏眼 がちなその顔 は,工
の 威厳 をもつ とい うよりむ しろフラン ドルの農夫 といったE「象で ある。 なおギブソ ンは,こ
の二人の 王の衣裳 にピーテル・ クックを含めたフラン ドルの画家の影響 をみてい る。住D 画面右端 に立っモールの王 カスパルは長身の堂 々た る人物で,こ
の場で最 も異彩 を放つ存在で あ る。 その引仲 ばされたプロポーシ ョンはマニエ リスムの特色 をそなえていると言 って よい。裾 が短 冊状 に切 れた実 に奇妙 な黄色 の外衣 を着ているが,そ
れはおそらくボ ッスの礼拝図 (マ ドリッド・プ ラド)か ら暗示 を受 けたものだろ う。さらにこのモールの王 の造形 はファ ン・デル・グース(HugO
van der GOes)の
ネし拝図(図10)(ベルリン・ダーレム美術館)に負 うところが多い。彼 は頭 に白い鉢巻をまいて針 をはさみ
,脚
に奇妙 に先の尖 った赤 い長靴 をは く。鉢巻の白,上
衣の黄色,長
靴 の赤 が 肌の黒褐色 か ら浮上 って見 え,妙
に幻覚的 なF「象 を与 える。贈物 をやは り聖母子 に差 し出 しているである。船の中には緑色 の巻貝があ り
,そ
の開口部 には真珠 を両手 にもつ小猿 がいる。 クラッセ ン によれば,黄
金 の船 は王権のア トリビュー トだ とい う。住Dそれは ともか く,小
猿 まで い る この贈 物 は,ブ
リューゲルの想像力による全 くの空想上の産物で あろう。 総 じてモールの王 カスパルは,体
躯,衣
裳,靴
,贈
物 とすべてが異様で,画
面 にエキゾチ ックで幻惑的 な雰囲気 を出すための工夫 と いえよ う。 聖母子 と二賢王の背後 に,い
わば壁 をつ くるよ うなかたちで七人の人物が立 ち並 んでいる。聖 ヨ ゼフと兵士 と射手 と商人,あ
とは従者 か農民 たちである。 ヨゼフはつ ばの広い褐色の帽子 を両手で もち,マ
リアのす ぐ後 ろに立つ。髭面で自髪 を肩 まで下 げ,恰
幅のいい老齢の人物 だ。彼 は身体 を やや傾 けて,傍
の赤 い服 に緑の被 り物の若者の言葉 を聞いている。若者は ヨゼ フの耳 に口を寄せ, 右手 をヨゼフの左肩 に置いて何 ごとかささやいている。 この若者 はおそ らく賢工 の従者だろ うか ら, 主人の贈 る高価 な贈物 について語 っているのであろ う。 あ るい はステ カフが観察す るごとく,10マ リアの純潔 を疑 う言 葉 をコゼフに語 っているのかもしれないが,ヨ
ゼフに動揺の色 はない。 フラン ドルの農夫然 とした ヨゼフは,一
方では聖母子 と接 し,他
方では若者 と結びつ けてい る。 こ うして 彼 は前景の聖 なる人物 と背後の民衆 とを仲介す る役割 を果す。 ヨゼフは礼拝の出来事 に立会 う民衆 の一人であると同時 に,帰
依 と恭順 を示す崇拝者で もあるのだ。 ヨゼフの脇 には鉄製のヘルメ ッ トと手袋,そ
れに左手 にもつ戟で武装 した兵士 が,礼
拝の情景 に 好奇心 をのぞかせ なが ら前の方へ身 を乗 り出 している。九い眼 を見開いているのは,あ
るいは豪華 な贈物 に心 を奪 われているためかもしれない。 その傍 の羽根 をつ けた帽子 を被 り,兵
士 と同系色 の 茶色の衣服 を着 た射手は,左
手 に弓をもって立 ち,礼
拝 を注視す るで もなく漠然 と斜 め前方 を見つ めている。画面左端 の黒褐色 の衣裳 に身 を包んだ富裕 な商人 らしき男 は,前
景の出来事 に眼 を向 け ず,画
面右方の農夫 かモール人の王 を見や っている。彼 は比較的孤立 した人物で,肖
像画風 に描 か れている。(農民の婚宴)(1568年頃,ウィーン・美術史美術館)における食卓の端 に坐す黒衣の男 とは風 貌 が異 なるけれ ども,似
た立場の人物像で,画
家の友人 ない しパ トロン,あ
るいは画家 自身の肖像 とみなす こともで きよ う。その画面右端 には,野
卑で愚鈍 な感 じの農夫 が二人顔 をのぞかせ る。彼 らはこの場の完全 な傍観者で ある。眼鏡 をかけ帽子 を被 った男 は一寸驚いたよ うな表情で,モ
ール の王の持つ贈物 か晩 く老王 を見ている。 もう一人の ターバ ンを巻いた男 は,野
卑 な顔 を横 に向 けて 富裕 な商人 を注視 している。 この二人はこの場 に密集す る諸人物の中では特別 に滑稽で醜悪 な存在 である。彼 らはパ リサイ人 を暗示 し,眼
鏡 をかけているのは真の信仰 に盲 目な存在 を表 わす,とマレ イニ ッセ ンは述べている。10事実,盲 目を内的省察のあらわれとす るレンブラン トと違 って,ブ
リュ ーゲルは盲人 をしば しば精ネ申的盲 目者 として扱 ったから,10この指摘 は正鵠 を得ていると思 われる。 七人の雑 多な人物の背後 には,群
がる民衆 と家畜小屋 の描写 がある。射手 と商人の背後 を見 ると, ヘルメ ットを被 り戟 を手 にした備兵 が密集 しているが,顔
がはっきり分 るのは二人ほ どで,あ
とは ごく暗示的 に描 かれているにす ぎない。背景右 に眼 を移す と,木
造の粗末 な家畜小屋 の一部 が見 える。彎曲 した梁 が画面上縁 にほぼ並行 に走 り
,そ
れを支 える柱 が背後の群衆 と小屋 との境界 をつ く る。軒 にわず かに藁束 がのぞ き,藁
葺屋根で あることを暗示 している。小屋 の中に藁 が積 まれ,そ
の藁壁 にかかった飼 い葉桶 にロバが向って干車 をむ しっている。 ロバの後方 に鞍 が見 えるが,そ
れ はいずれここか ら聖母子 が出立す ることを暗 に語 っている。情景 を巨視的 に捉 え,可
能 な限 り物語 の舞台 を詳細 に説明す るブリューゲルが,こ
こでは余分 な描写 を一切省略 し,舞
台 を最小 限暗示す るだけにとどめたのは,極
めて珍 しい描写 といえる。 この作品 にはブリューゲルが しば しば用いた対角線的構成 が認め られる。まず気づ くのは,左
下 の晩 くバル タザールか ら聖母子 を経て コゼフに達す る,左
下か ら右上へ と上昇す る対角線 (この方 向性 は聖母 の右手で緩和 され るが)で
ある。それによって視線 は深奥空 間に向 うのだが,一
方 それ に対抗す る下降す る対角線 がある。すなわち,背
景左 の群像 か ら射手,聖
母子 を経てモール人の王 に達す るもので,一
旦深奥部 に向 った視線 は再 び左上部 か ら右下の前景へ と戻 る。そ うした二つの 対角線の方向性 によ り,視
線 は流動 して多様 な部分の観察 に導 かれる。 なお,そ
の二つの対角線 の 交点 に聖母子の手の重 な りがあって,画
面の中核 をな している6ま
た二つの対角線 がバル タザール, 聖母子,モ
ールの王 の二者 よ りなるピラミッ ド型の空 間 を前景 につ くり,構
図に安定感 を与 える重 要 な要因 ともなっている。 画面は一見 イタリア画 を想起す るほど明確 な構成秩序 をもっている。 その点 に注 目して,
ドボル ザークはイタリア絵画 との類似性 を指摘 し,特に人物の空 間配置 にコレッジオの影響 をみている。10 諸人物 を狭 い空間 に緊密 に構成 して画面 に統一性 をもた らす描写法 は,た
しかにイタリア絵画の影 響 を無視で きない。モニュメ ンタルな人物描写 もやは リイタリア画 との関連 を思 わせ る。 初期の頃 よ リブ リューゲルは,ロ
マニス トに同調す る立場 をとらなかった。 しか し,そ
れはイ タ リア絵画の影響 を全 く受 けなかった とい うことではない。 ロマニス トの道 は歩 まなかったが,ブ
リ ューゲルはイタリア絵画の研究 を怠 ってはいない。若 い時期のイタリア旅行 中はむろんのことだが, 特 にア ン トワープか らブリュ ッセルに移 った後 は,イ タリア画 に対す る関心 が一層強 まった。 グロ ッスマ ンはその理 由 として,当
時のブリュッセルには ラファエルロ派の タピス トリーの下絵 をは じ め,数
多のイタリア絵画の複製や版画があふ れていて,そ れに接す る機会 が多かったことを挙 げるより 一方,ス トリッ トベ ックも,ラファエル ロの使徒行伝 の カル トンの影響 を挙 げるが,特
にロマニス トたちとブ リューゲルとの関連 を重視 し,ブ
リュ ッセル時代のモニュメ ンタルな様式 は,イ タリア 画の範 に直接遡 った とい うよ りむ しろ地方 (ブリュ ッセル)の
ロマニスムの影響 を受けた結果 と説 明す る。10いず れの影響 関係 で あ ったにせよ,ブ
リュ ッセルにおいて緊 密 な画面構成 な リモニュメ ンタルな効果 な りを求める造形思考が始 まったことはまず間違 いない。 このロン ドンの礼拝図はブ リュ ッセルに移 った翌年の作で,グ
リザイユの (キリス トと,姦
注 した女)(図
7)と ともに,イ タ リア的造形思考の頭著 な成果 といってよかろ う。 なおこの絵画 が,イ タリアのマニエ リスムと関連 が深 いことは, しば しば指摘 される。マニエ リスムをどう定義す るかによつて問題 は異 なるが
,ブ
リューゲルをマニエ リス トとみなす ことに,ゼ
ーデルマイルは反対 をとなえる。10しか しハ ウザーは,こ
の作 品 の諸人物 の細長 いプロポーシ ョン , 衣裳の入念 な描写,洗
練 された姿勢や繊細 な手,あ
るいは構図全体 の対角線のパ ター ンと上昇的傾 向に,マ
ニエ リスムの特色 をみている。90ハウザーの指摘 す る細 長 い人体 プロポーシ ョンは,初
期 のブリュッセルの礼拝図 にすで にあらわれているが,特
に中期の (十字架 を担 うキ リス ト)に
おけ る聖母 とヨハネの群像,本
図のモールの王 カスパルに典型的 に見出せ る。本図 に見 られる奇妙 に幻 惑的な色彩 も,マ
ニエ リスムの特性 の一つ に数 えることがで きよ う。 ブリューゲルが15,16世
紀の イタリア絵画のみな らず,当
時広汎 に流布 し始めたマニエ リスムに接近 しているのは,ま
ず否定 し 難いことと思 われる。 かよ うにこの作品はイタリア絵画 との密接 な関連 を示 しているが,一
方ではネーデルラン トの伝 統絵画 を踏 まえてい る。ボ ッスやファ ン・デル・グースにモテ ィーフを負 ってい る部分 があること はすで に指摘 した。殊 にファ ン・デル・ グースの礼拝図(図10)(ベルリン・ダーレム美術館)は,人物構 成 などの面で ブリューゲルの絵画 とは異 なつているものの,モ
ールの王 の描写,彼
の背後 の見物人, あるいは老王の傍 に置いた静物描写 など,細
部 に類似点 を見出す ことがで きる。そのほかに,い
わ ゆる「1518年の画家」の礼拝図 (I日ニューヨーク,ゴールドマン蔵)と
の関係 が注 目される。 主題の扱いの面で も,イ タリア絵画 とは別種である。本図は主題 そのものに焦点 を定 めてお り, その点た しかにイタリア画 に近づいている。 しか しイタリア絵画 は何 よりも「全体」 の構成 を重ん じ,調
和の とれた統一的世界 (形式的 にも内容的 にも)を
主眼 とす る。それに対 しブリューゲルの 場合は,「 全体」 よ りもむ しろ「部分」 が重要で,個
々の部 分がそれ ぞれの意味 内容 を語 る。この 作品において も,聖
なる礼拝の情景のほかに, ヨゼフに話 しかける若者や好奇心 に充 ちた兵士や傍 観者のパ リサイ人 など,い
くつ かの挿話 を換 んでいる。イタリア絵画の集 中的描写 と比較すれば, やは り叙事的要素 を含んだ描写 といえよう。 主題の扱いがこの ようにイタリア絵画 と異 なるのは,
ドボルザー クが↓旨摘す るように,「主 と し て描 かれた事件 の非 イタリア的把握 による」90のであろ う。同年制 作 の (十字 架 を担 うキ リス ト〉 を見 ると,宗
教的主題 を一方で は伝統 に即 して扱いなが ら,他
方 それをフラン ドルの現実世界 に置 き換 えて風俗画的 に捉 えよ うとす る画家の意図があ り,そ
れが前景 と背景の描写法の相違 となって あらわれている。本図の場合,画
家 は一方では聖母子 に贈物 を捧 げる敬虔 な三賢工 の立場 に立 って 礼拝の情景 を注視 しなが ら,他
方では礼拝 を好奇の眼で眺める兵士や農民の立場 に立 って この場 を 観察す る。 そ うした主題 に対す る多様 な観察 が,こ
の作品の描写 を単一 なもの にしていないので あ る。豪華 な衣装 を着てい るものの農夫の如 き風貌の三賢王 にして も,画
家 は彼 らを賢王で あると同 時 に民衆で もあるといった二重の存在 として把握 しているといえよ う。 そ うした多面的 な描写 によって,画
家は伝統的図像 を踏 まえた礼拝の情景 にとどま らず,よ
り多 様 な内容 をこの作品 に含 ませ よ うとした。聖母子 と三賢王 の礼拝 と受礼の光景だけで な く,こ
こにはそれを見物 す る諸人物のそれぞれの精神の有 り様 までがきめ細 か く描 き出 されている。その意味 ではこの絵画 は,「′
b理
的要因の表現」(ドボルザーク)9か に最 も顕著 な特色 があるとい える。ドボ ルザークはこの作品 を支配す る基調 として,「鈍 い驚 きの感情 と厳 粛 さと半 ば無意識的 な恭順」¢0を 挙 げる。 あ くまで も静誰 な聖母子 を中心 に,驚
きと敬虔の感情 が波紋 を描 くごとく三 賢王 をは じめ 周囲の登場人物 に波及 している。 それによってこの絵画の独特 な雰囲気 ―― 平静 とざわめ き,熱
気 と冷静の奇妙 な混清 ― が醸 し出 されるのだ。 ブリューゲルは,イ タリア画の構図 を根幹 とし,細
部ではネーデルラン トの伝統絵画 に製 りなが ら,諸
要素 を複眼的 に捉 えることで統 合 して,独
特の 礼拝図 に仕上 げているのである。3.(雪
中の東方三賢王の礼拝
) (図
3)
板に油彩
,サ
インと年記,1567年
35×55cm, ウィンタ トゥージレ, ライ ンハル ト・ コレクション 画面左下の年記は消 えかかっていてはっきりしないが,グ
リュ ックの判読(MDLXⅦ
)鬱0が ほぼ一 般 に認 め られている。比較的小品だけれ ども,ブ
リューゲル独特の情趣 に富む雪景 が展望で きる。 画家の晩年 に属す る作品 (死去は1569年)の
一つで,(狩
人の帰還)(1565年,ウ ィーン・美術史美術館), 保 滑 りと,亀罠のある冬風景)(図
11)(同年,個 人蔵),(ベ
ツ レヘムの戸籍調査〉(図12)(1566年,ブ
リ ュッセル・王立美術館),(ベ
ッ レヘムの幼児虐殺)(図
13)(1566年頃,ウィーン・美術史美術館)と,ブ
リュ ーゲルが描 いた一連の雪景の最後 を飾 る。 しかもこれは雪の降 りしきる情景 を描 いた作品で,ブ
リ ューゲルにしても最初で最後の試みで あった。 グロ ッスマ ンの指摘のように,90降雪 の情 景 は フ ラ ン ドルの時祷 書中の月暦描写 にすで にあるし,宗
教的主題 を雪景の中に捉 えることも,ブ
リューゲ ル以前 に例 がないわけではない。 しか し降雪の光景 と宗教的主題たる三賢王の礼拝 とを結びつ けた 画家はかって なく,ブ
リューゲルの全 くの独創である。 画面 は一見 フラン ドルの冬 の農村風景のよ うだが,前
景左隅 に粗末 な家畜月ヽ屋 があって礼拝の情 景 が見出せ る。小屋 の前の雪道 に黄緑色 の外衣の王 が一人晩 き,小
屋 の中にはそれぞれ黄緑 と薄赤 の外衣 を着 た二人の王 が同 じく晩 いている。白い布 でキ リス トを包んだ聖母 が中腰の姿勢で彼 らの 前 にい る。自っぽい衣服 を着て脇 に立 っている人物 は聖 ヨゼフであろ う。 しか しそ うした礼拝の場 面は,雪
が降 り続 く農村の風景の単 なる添景 にす ぎず,む
しろ主眼は従者や村人た ちが群 がる降雪 の農村の情景 にある。 キ リス ト教圏では 1月 6日 を三 賢工 の礼拝 日として祝すが,こ
の礼拝図 を描 くにあたって画家は 妻節 をやは り酷寒の冬の 日に定めた。 しか し場所 はベツ レヘ ムではな く,身
近 なフラン ドルの農村を選 んだ。(ベツ レヘ ムの戸籍調査
)や
(ベツ レヘ ムの幼児虐殺)に
見 られる農 村 とも似 通 った点 があ り,フ
ラン ドルの特定の村の再現で ないに して も,ブ
リューゲルがしば しば訪 れたカ ンピーネ などの小村 が画家の念頭 にあったことはまず間違 いなかろ う。 村 はすで に相 当積雪 をみているが,な
お断 え間な く雪 が降 り続 いている。家畜小屋 の後方 には背 景 を閉 ざすかた ちで大 きな農家 がどっしりと構 え,そ
れに対応 して画面右端 には堅牢 な教会堂の一 部 が見 える。群衆 はその二つの建造物の間に密集 して コンパ ク トなマ ッスを形成 してい る。王 たち の一行 は,現
に兵 と車の見 える背景中央部 を通 り,背
後のアーチ をくぐって斜 めに村道 を横切 り, 手前の橋 を渡 って聖母子のいる小屋 に到達 した と思 われる。 その行程 を示すかの ように,右
上 か ら 左下へ と対角線的 に人々が群 がっている。背 に荷 を乗せた二頭のロバが群衆の中に紛 れ込 んで いて, 特 にその方向 を強 く指示す る。群衆の中に王 た ちの従者や兵や村人たちが混 っているよ うだが,い
ずれも黒褐色系の外衣 を着 てはっきりした区別 はつ かない。月ヽ屋 に近い数人 を除いて,礼
拝の情景 に見入 っている者 はまず見当 らない。村人たちはそれぞれの活動 に忙 しく,起
こってい る出来事 に も気づかない らしい。 ところで,主
題 を片隅 に描 いてそれを添景化す る描写法は,ブ
リューゲルが初期の風景画以来実 施 して きたことだ。 しか し初期 と後期の作品 とで はその意味す るところがやや異 なる。初期 の風景 画は何 よ りも壮大 な風景 に主眼 を置 き,主
題 と大 自然 とのコン トラス トの効果 を図 った。 それに対 し本図 を含む後期作品の場合は,宗
教的主題 を 日常の次元で処理 して風俗描写 との一本化 を図 り, それによって主題 を現実化す る一方, さりげない場所で人々が気づ かない うちに重要 な事件 が起 こ っていることを暗示 しようとす る。そ うした画家の意図は,(ベ
ツ レヘムの戸籍調査)(図12)1こぉぃ てよ り見事 な成果 を挙 げている。 降 りしきる雪 の中で黙々と作業 に励む村人 たちの姿 は,小
品 にもかかわ らず (戸籍調査)の
絵 に 劣 らぬほ ど丹念 に興味深 く描 かれている。前景 中央部 の橋 の上では,礼
拝 を見守 る従者 たちに背 を 向 けるかたちで,二
人の男 が小川か ら角材 を引上 げよ うと懸命である。その傍 の男 は身 を屈 めて雪 道 に倒 した樹幹の小枝 を切 っている。橋 の脇 に階段 があって,権
遊 びがで きるぐらい凍 ってい る小 川 に降 りることがで きる。凍 った水面の穴 か ら水 を汲むため階段 を昇 り降 りす る二人の村人 がいる。 傍 には赤い服の子供 が権 に乗 って水の上 を滑 り,そ
れを母親 が レンガ塀の脇で心配 げに眺 めている。 (この微笑 ま しい子供 の権遊 びは,(ベ
ッ レヘ ムの戸籍調査)に
も見 える)。 その母親 の後 ろに焚火 用の本 を運ぶ男 がい る。焚火は教会の壁面 に立て掛 けた大 きな板 (一面 に雪 が積 もってい る)の
下 で雪 を避 けて行 なわれている。ほかに家畜小屋 の傍 で も焚火 はあって,暖
をとる人の シルエ ッ トが 見 える。(狩人の帰遠)に
おいては雪 の白と冷 たさ,焚
人の朱色 と暖 かさの対 比がE「象的だが,本
図ではそれほどの効果 は示 していない。階段近 くにはほかに犬 を抱 きかかえている男 や,帽
子 を深 く被 って雪 を避 けなが ら帰宅 を急 ぐ男 が,ほ
とん どシルエ ッ トに近いかたちで見 える。背景の農家 のあた りには,四
方 に帰宅 を急 ぐ村人たちの点景 がある。降雪のため諸人物の顔や形態 はやや暖昧 にな らざるをえないが
,画
面構成は計算 された しっか り した骨格 をもっている。垂直線,水
平線,対
角線 を組合 わせ,そ
れに所 々に曲線 を配 して,堅
牢 に して解放的 な画面 を構築 している。垂直線 は主 に樹幹 と教会 とで強調 される。なかには くね くね と 曲 った幹の裸木 もあるが,要
所 に比較的真直 ぐ伸 びた樹幹 を配 して,画
面 を枠づ けると同時 に引締 めている。水平線 は農家の屋根,農
家の前の雪道,教
会の壁 に立 て掛 けた板,川
岸の レンガ塀 など 随所 にあって,画
面 に安定感 を与 える。 しか し,垂
直線や水平線 よ りも際立つのは対角線で ある。 画面中央の群像 が右上 か ら左下へ と対角線的 に構成 されていることはすで に指摘 した。左下 が りの 斜線 は,ほ
かに橋 とか教会の壁 に立て掛 けた角材 とかに見出せ る。 とりわけ角材は鋭角で一際即象 的だ。反対 に右下 が りの斜線 は,家
畜小屋 や背後 の農家の屋根 の傾斜,あ
るいは教会の壁 に立て掛 けた雪避 け用の板 などに見 られる。そ うした二つの斜線 は背景 か ら前景へ と向 う方向性 をもってい るが,一
方 それに対抗す る逆方向への斜線 がある。す なわち,橋
の脇の切 り株 をいわば基点 として, 遠近法的 に左右の深奥部 に向 う樹幹の列である。大 きな農家や教会の建物でやや閉鎖的 な空間は, この方向性 の暗示 によって深奥性 をえているとい えよ う。 画面構成 とともに,色
彩処理 もまた注 目される。主要 な色彩は白と黒褐色で ある。家 々の屋根 や 雪避 け用の板や雪道の白い色面 は,こ
の場 に密集す る群衆や樹幹の黒褐色 と共鳴 し,そ
れに降 る雪 の白い斑点 が画面一面 に拡散 して冬の情趣 を映 し出す。特 に降 り注 ぐ雪片の描写 は秀逸で,制
作の 最後の段階で全面 に自の点描 を加 え仕上 げてぃる。帽子や樹幹 に降 り積 もった雪の描写 も,仕
上 げ 時の敏速 なタッチで処理 している。雪片のヴュールを通 しての情景描写 は,降
雪 の村の朦朧 たる雰 囲気 を醸 し出す ことに成功 している。 しか し,自
と黒褐色 とによる一見水墨画 に似 た世界は,教
会 や農家や塀の壁面の黄緑色,王
たちや子供の衣服の黄緑色 や赤,あ
るいは煙突の赤褐色 によって多 彩 な色彩世界 に変貌 している。殊 に画面 に点在す る外衣の赤 は,焚
人の朱色,煙
突の赤褐色 ととも に画面の主要 なアクセ ン トになっている。 舞台 を降雪 のフラン ドルの農村 に置 き換 えることによって,ブ
リューゲルはつぃに独 自のネし拝図 に到達 した。主題の礼拝の光景 を添景 とし,雪
の農村の 日常 をリアルに描 くことで,画
家 はボ ッス の世界 を離脱 し,イ タリア絵画の痕跡 を払拭 している。かつて くイカロスの墜落のある風景
)に
おいて
,ブ
リューゲルは主題たるイカロスの墜落を片隅
に扱 い,黙
々 と耕作 に励 む農民 を前面 に理想的 に描 いて,人
間 の倣慢 の報 い とつつ ま しく生 活 を営 む農民の日常 とを対峙 させた。中期の (十字架 を担 うキリス ト〉では,聖
母 とコハネの群像が前景 に位置 しているものの,キ
リス ト自身は群衆 に紛れて,受
難の光景は祭 日のような喧嗅の中に埋没 している。 しかし実際は,キ
リス トの受難を群衆の無関心 と対比 させることで,逆
にその真の悲劇 性 を強調 している。このように,初
期や中期の作品で主題 を添景化する場合,画
家は主題 をなす出 来事と副題の風俗画的 日常性 との際立 った対照を意図 した。(イ カロスのF_4落)で
はイカロス と農 民,(十
字架 を担 うキ リス ト)で
はキ リス トと群衆のように。 ところが後期 の作品で,
日常の風俗描写 に主眼 を置いて主題 を添景化す る場合 には
,そ
うした対立 の概 念は緩和 され,主
題 をなす出来 事は副題 た る日常の情景 と同化す る。(たとえ晩期の寓 喩画 に見 られるよ うに,美
しい自然 と罪深 い人間世界 とを対比 させ る画家の二元論的世界観 は存続するとして も)。 例 えば (ベツ レヘ ムの戸 籍調査)で
は,民
衆の 日常生活 と聖家族 の出立 とをさりげなく並置 して,聖
書の世界 を日常的 な次 元で解釈 している。 本図 において も,礼
拝 の光景 と村人た ちの 日常の活動 とは無理 な く宥和 してい る。三賢工の礼拝 の模様 はまさにこ うした もので あったろ うと納得で きるほど,
リアルに再現 されてい る。 この作品 の根底 にあるのは,そ
うした透徹 した自然主義で ある。 しかもその 自然主義的叙景 を,絶
え間なく 降 る雪 が詩的世界 に変貌 させている。農村 に,村
人たちに,礼
拝の場 に雪 は断 えることなく降 り続 ける。 わけへだて なく降 る雪 によって,こ
の農村の金景 はもろもろの細部 を包含 して一つの リリカ ルな世界に溶 け合 ってい る。 この作品は,画
家が宗教的主題 をもとに雪 の農村の情景 を「描写」 し たのであ り,伝
統 の図像 に従 って宗教的世界 を構築 した り,自
己の世界観 を「説明」 した りした も のではない。宗教的主題 を扱いなが ら, もはやこれは宗教画 とはいえないが,
しか し(氷滑 りと′亀 民のある冬風景)(図
■)のよ うな単 なる冬 の叙景で もない。 そこにこの絵画の特性 があって,三
賢 王の礼拝の光景 を冬のフラン ドルの農村 に置いて リアルに捉 える一方,絶
え間 な く降 る雪 の描写 に よってそれをリリカルな絵画世界 に到 らしめてい るので ある。 三賢王の礼拝 を扱 ったブ リューゲルの三点の絵画 を個別 に観察 した。興味深いことに,
これ らは 制作年代 がそれぞれ異 な り,ま
た様式 も異 なっていて,同
一主題 を画家 がいかに三様 に描 いたかを 判別で きると同時 に,ブ
リューゲル芸術 の展開の跡 を辿 ることがで きる。 これまでの個別の観察 を ここで総括 して結 びとしたい。 初期のブ リュ ッセルの礼拝図では,ボ
ッスの影響 が特 に顕著で,未
だブ リューゲル独 自の様式 に 達 していない。構 図はラファエ ルロ派 の礼拝図を参照 し,聖
母子 と三賢王 の ピラ ミッ ド型の人物構 成はイタリア画やネーデル ラン トの伝統絵画 にもとづいてい るとしても,群
衆描写,粗
木 な木造藁 葺屋根 の小屋,あ
るいは衣裳や動物表現 に見 られるエキゾチ ックな描写 は,こ
の作品がボ ッスの影 響 を強 く受 けてい ることをはっきり示 している。 ブリューゲルは初期の一連の風景画で,宗
教的・神話的主題 を添景 として扱い,主
眼 を壮大 な風 景描写 に置 いた。 それに対 しこの礼拝図では,壮
大な風景の代 わ りに大群衆 を配 し,主
題 たる礼拝 の情景 を前景 に描 きなが らもむ しろ添景化 してい る。 ヴュルテ ンベルガーは,ブ
リューゲルの一連 の宗教的歴史画 は初期の風景画 か ら派生 したもの と述べ,90両者の関連 を正 しく指摘 している。 び 結画面一面 に群衆 を配 して
,礼
拝 の場面 を大規模 な展望 の中で捉 えよ うとす る画家の試みは,そ
れ な りの効果 を挙 げているものの,宗
教 的主題 に風俗画的描写 を宥和 させ るまで には至 っていない。 群衆の大半 は礼拝の情景 を一 日見 よ うとす る単 なる見物人で,日
常の生活 を具現す るリアルな存在 とはいえない。む しろ画家 は異国風 な雰囲気 を醸す ことに努 めて さえいて,現
実世界の再現の効果 を弱 めている。その点 において もボ ッスの痕跡 をとどめている。ボ ッスとブ リューゲルの根本的相 違 は,ボ
ッスが専 ら幻想性 を求めたのに対 し,ブ
リューゲルはあ くまで も写実性 を追求 したことに ある。聖 なる出来事 を日常の次元で描 くことによって リアリテ ィーをえよ うとす る後年のブリュー ゲルの着想 は,こ
の作品では未 だその萌芽 を示 しているにす ぎない。 中期のロン ドンの礼拝図 において,ブ
リューゲルは彼 固有の絵画様式 を離 れて大胆 な変化 を求め た。縦長の画面 による緊密 な構成,モ
ニ ュメ ンタルな人物描写,主
題 その もの に焦点 を定めそれを 近景 か ら捉 える構図法 など,イ タリア絵画 ない しロマニス トの絵画 に意識的 に接近 してい る。緊密 な画面構成 は晩期の農民風俗画や寓喩画 に応用 されるが,グ
リザイユの作品 を除いて,宗
教的主題 をこのように扱 った絵画 はほかにな く,イ タリア画の影響 を直接 に受 けたこの作品はブリューゲル の金絵画中比較的孤立 したもの といえる。 また本図は,上
昇す る対角線的構成,諸
人物の細長いプロポーシ ョン,あ
るいは幻惑的 な色彩 な ど,イ タリア・マニエ リスムの影響 を明確 に示 している。 ブリューゲルをマニエ リス トと規定す る ことに異論 を唱 える美術史家 もいるが,筆
者 は本質的 にはブリューゲルはマニエ リス トだ と考 える。 この ように本図はイタリア的造形思考 を明瞭 に示 しているが,
しか し一方ではネーデル ラン ト絵 画の伝統 をも踏 まえている。豪華だがやや奇妙 な衣裳や贈物,あ
るいはモール人の王 の形象 など, 細部のモティーフにおけるボ ッスやファ ン・デル・ グースとの関連 は無視で きない。主題の扱いに して もイ タリア絵画 とはやや別種で,聖
なる人物のほかに世俗 の人物 を登場 させ,礼
拝の情景の中 にい くつ かの挿話 を添 える。それは伝統的 な図像 の描写 に北欧の リア リズムを導入 しようとす るブ リューゲルの着想である。聖 なる出来事 に関す る多様 な観察 が,こ
の作品の描写 を重層的 なものに している。か くしてこの絵画 は,礼
拝 と受礼の光景 だけでな く,登
場人物 それぞれの心理 を描 き出 した説話風の礼拝図 となっている。 晩期の最後の礼拝図 において,ブ
リューゲルは独 自の絵画世界 に到達 した。前二作で前景 中央部 を占めた礼拝の光景 は,こ
こでは片隅 に置 かれて,聖
母子 と三賢王 の形体 も定 かではない。代 わ り に画面の全面 を支配す るのは,雪
の降 る冬の農村の情景である。ブ リューゲルの初期の風景画 に見 られるパティニール (」Oachm de Painir)風
の壮大 な「世界風景」 と違 って,こ
の絵画では身近 な農村の「実景」 を思 わせ るほ どリアルな風景 が眺望で きる。 そして村人 たちの生活情景の一鈎一 鉤 が挿画的 に描 き出 される。宗教的主題 と風俗描写 とが無理 な く宥和 して,聖
なる出来事 を日常の 次元で捉 えるよ うとす る画家の意図が見事 な成果 をあげている。 ハ ウザーは,「ブ リューゲルのマニエ リスムのもっとも異色 ある特徴 の一つ は,群
衆 あ るいは自然の中への個人の埋没である」 と述べ る。¢ 'あるいはその「個人の埋没」 を敷行 して,「主題の埋没」 と言い換 えることがで きるかもしれない。 とすれば
,礼
拝の場面 を添景 として扱 った本図は,初
期 の風景画 と同 じ〈マニエ リスムの特性 を具 えた絵画 といえな くもない。 しか し,画
家の初期の風景 画 と晩期の本図 とを判然 と分つのは,こ
の作品の根幹 をなす 自然主義的傾向である。身近 な日常の 情景 を把捉す るそ うした自然主義 は,ボ
ッスやパティニール,あ
るいはブ リューゲルの初期の風景 画 に欠 けているもので,こ
こに至 ってブ リューゲルは彼 らの影響 を完全 に払拭 し,独
自の絵画世 界 を確立 した。 それは単 に宗教画 とか風俗画 とか風景画 とかの範疇 に属 さず,宗
教的主題 が日常の次元 に還元 さ れ,各
要素が分 ち難 く結 びついた一っの情趣 に富 む世界である。すべてを包合す る雪 が,礼
拝の場 面 と農村風景 とを宥和 させ,宗
教性 ない し日常性の世界 をリリカルな詩的世 界へ と変貌 させている。 それがブリューゲルの最後 に到達 した礼拝図で あった。註
(1)同主題 を扱 った論 文 に,森洋 子氏 の『 ブ リュー ゲル芸術 にお け るヒエ ロニ ムス・ ボ ッスー「東方 三 賢王 の礼拝」 をめ ぐって一』(「ブ リューゲ ル とその時代」 第 10回 ,『 三彩』掲 載)があ り,示唆 を受 けた。(2)EdOuard Michel, Bruegel, Paris. 1931 P,37
Max」. Friedlなnder, Pieter Bruegel, in: Early Netherlandish Painting, xlv, Amsterdam, 1969, P,20
Gustav Gl仏ck, Peter Brueghel the Elder, LondOn, 1958 P.訊
Fritz GrOssmann, Pieter Bruegel, The Paintings, LondOn, 1955/733 P。 190 ROger, H. ヽたariiniSSen and Max Seidel, Bruegel, New York, 1971 P。 37 (3)GOtthard」edlicka, Pieter Bruegel, Erlenbach― Z`rich, 1988 S.432 (4)G. Glttck, 。p・ Cit. PP。10-11
F. GrOssmann, op. cit, P,14
F. GrOssmann, Bruegel, in: Encyc10pedia Of hrOrld Art, V01.I PP.631-2
(5)M.J.Fried14nder, 。p・ Cit, P.20
(6)F. GrOssmann, Pieter Bruegel, The Paintings, LondOn, 3 ed. 1973 P.190 (7)ibid, P.195
(8)M.」 .Friedlttnder, 。p・ cit.P.27
(9) G. 」edlicka, Op. cit. S,205
(lol G.Ⅵr, Menzel, Pieter Bruegel der Altere, Leipzig, 1966, S.64-66
(11) VVaher S, GibsOn, Bruegel, New YOrk and TOrOntO, 1977 P.134 (121 Bob Claessen and J. ROusseau, Our Bruegel, Antwerp, 1975 P,81 (131 Wolfgang StechOw, Pieter Bruegel the Elder, New YOrk, 1955 P.48
43
tp R.■
Marjnissen ttd M, SOide上 ‐op.。■iP,212
10拙
論「 レンブラン トの歴史的百傑画 ― ルフォーの1委嘱による「二部作」につぃて 一 」(鳥取大学教秦部経要― 第七巻)同│「ブリューゲルの『音人の寓話むにつとゝて」(桐朋学回大学研究粽E要第1集)参照
llel.マクス・ ドヴォルシャック「柳 史としての業術史」(中村茂夫記)岩崎美術社 243=4頁
19 F. IGFoSemaれ n, Brueger S t w。中a■ Tako■ 1l Aduierデ and other GFiSadles, Burlington Maga2ine,
94,19ワ
lo carl.Gustaf Stridとoこゝ Bruegols,udゃ n, StockholⅢ 10rぉ s,266-89
19
ハンス・ゼ_ドルマイヤー「中心の柔夫J(右川公=,阿
郡公正共訳)美術―出版社2404頁
│ 901 アーノル ド・ ハウザー「マニエリスム中巻」(若桑―みど '訳 )岩崎美術社V4-5貢
― Oll マタネ`ドヴォ,ルシャッル,同掲書 24S貢921
同 上246頁
231
同 上 941G.Cl敬Okォ 。ゃid,IP,45
90 F: Grossninれ , IPioter BFuegel, The Paねtingsぅ London 3ed. 1973 P.199
961F・ W`rteれ ∝geF,PiOter Bruegel d,A,■ndュ おdeutscl・le Kunst,WiesLade■ ,1957 S.36ff―
図
1
ブリューゲル 東方三賢三 の礼拝 ブ リュ ッセ ル・王立美術館│・
「
図
2
ブリューゲル 東方三賢工のネと拝 ロン ドン 。国立画廊図
4
フ レマールの画家 キ リス トの降誕 デ ィジ ョン美術館 図5
ボ ッス 東方三賢王 の礼拝 図6の中央 パ ネル マ ドリッ ド・ プラ ド美術館 図6
ボ ッス 東方三賢王 の礼拝 トリプテ ィク内側画面図
8
図2の部分 図7
ブ リュー ゲル キ リス トと,姦注 した女 ロ ン ドン・1回人蔵 図9
図2の部 分 ファ ン・デル・ グース 東方三賢王 の礼拝 ベル リン・ ダー レム美術館 図10図■ ブリューゲル 氷滑 りと鳥民の ある冬風景 ブ リュ ッセル・個人蔵
図12 ブ リューゲル ベ ツ レヘ ムの戸籍調査 ブ リュ ッセル・工立美術館 ′ 彦