Ⅰ.はじめに
呼吸器学に限らず,基礎研究や臨床検査などの幅広い分 野において,PCR(polymerase chain reaction:DNA ポ リメラーゼ連鎖反応)は必要不可欠な手法として確立して いる。そのため基礎研究者だけでなく,臨床医も PCR に 代表される遺伝子検査の原理を把握する必要がある。本シ リーズ第 3 回にあたる本稿では,臨床で広く用いられる, PCR,RT-PCR (reverse transcription PCR:逆 転 写 PCR),real-time PCR(リアルタイム PCR)について解説 する。
Ⅱ.PCR
.概 要 生命の最小単位である細胞では,細胞分裂の際に DNA 複製が行われる。DNA の二重らせん構造は解かれ,その 1 本鎖 DNA が鋳型となり,DNA ポリメラーゼ(合成酵 素)によって新たな DNA が完成する。PCR は,この DNA 複製を人工的に繰り返すことで,目的とする塩基配 列のみを効率的に増やすことができる技術である。 .原 理 PCR,RT-PCR,real-time PCR,これら 3 つの検査法 は同じ原理である。2 本鎖 DNA は,高温環境下で変性し, 1 本鎖 DNA に分かれる(denaturation)。逆に,1 本鎖 DNA は冷却すると,相補的配列を有する 1 本鎖 DNA と 再結合し,2 本鎖 DNA が再生される(renaturation)。相 補的配列を有する短い人工合成 DNA(プライマー:pri-mer)を大量に加えておくと,1 本鎖 DNA を冷却したと きに,人工合成 DNA と結合する(annealing)。PCR は, 埼玉医科大学呼吸器内科 Takashi HiramaDepartment of Respiratory Medicine, Saitama Medical University, Saitama 350-0495, Japan
要 旨 PCR は,基礎研究や臨床検査などの幅広い分野において欠かせない手法として確立している。
PCR,RT-PCR,real-time PCR の基本的原理は共通であり,いずれも DNA 複製を人工的に繰り返す ことで,目的とする塩基配列のみを効率的に増やすことができる。PCR は,2 本鎖 DNA を 1 本鎖に する Denaturation step と 1 本鎖 DNA に対して相補的なプライマー DNA が結合する Annealing step を交互に繰り返すことで DNA を増幅させる。RT-PCR は,逆転写酵素によって RNA から DNA を合 成し,それを鋳型に PCR を行う。Real-time PCR は,PCR 反応 1 サイクルごとに増幅された DNA を蛍光色素で測定することにより DNA または RNA を検出かつ定量できる。遺伝子検査は年々新し い技術が開発され,処理能力も格段に進歩しているが,これらの基本は PCR を用いている。臨床医 も PCR の原理を理解し,遺伝子検査の適応,利点,限界を理解することが重要である。 平間 崇:PCR,RT-PCR,real-time PCR,呼吸 32(11):1047―1052,2013 キーワード:PCR RT-PCR real-time PCR リアルタイム PCR プライマー
この denaturation と annealing を利用する。PCR 反応 液中に,検出対象となる template DNA,DNA ポリメ ラーゼ,プライマーを加え,加熱と冷却を繰り返す。 PCR で最も重要なものがプライマーである。プライ マーとは,増幅させたい塩基配列の両端の相補的配列を有 する人工合成 DNA である。一般的に,各々のプライマー は 18〜24 bp 程度に設計する。増幅させたい塩基配列は 目的により長さが異なり,数十塩基対から数万塩基対程度 まで増幅が可能である。Real-time PCR では 80〜160 bp とする。PCR の場合,このプライマーの配列ができるだ け他の塩基配列と異なり,目的の塩基配列特異的であるこ とが望ましい。プライマーの配列によって annealing の 温度が決定される。配列の特異性を確認するには,既知の DNA 配列を集めたデータベースと比較を行い,配列が データベース中で目的配列とのみ一致することをみるのが よい。日本 DNA データバンク(DDBJ)1)や米国生物工学
情報センター(NCBI)2)の website で,blast と呼ばれるプ
ログラムを用いて比較する。 .実際の手順 �) DNA 抽出と精製 1 時間程度で検体から DNA 抽出精製できるキットが多 数市販されており,広く普及している。多くのキットのマ ニュアルはインターネットからダウンロード可能なので, 参考にしていただきたい。呼吸器領域では,主に血液,喀 痰,肺組織から DNA を抽出するが,材料にあったキット を使用する必要がある。 �) PCR 反応液の調整(例) Template DNA 1.0 ml Reaction mixture(solution)* (2×) 12.5 ml Forward primer(10 mM) 0.5 ml Reverse primer(10 mM) 0.5 ml Nuclease-free Water 10.5 ml total 25.0 ml
*Reaction mixture(solution)として DNA ポリメラー
ゼ,dNTP(DNA の原料),Mg 塩などを適切な濃度に調 製したものが販売されている。Template DNA と各プラ イマーを添加すれば PCR を実施できる。 �) PCR 反応(図1) 〔代表的な反応条件は,PCR を行う機械(サーマルサイ クラー:Thermal cycler)にあらかじめプログラムされて いる。実際に PCR は,反応液を調整して,適切なプログ ラムを選択し,機械のスイッチを押すだけである。〕 ① Denaturation step:反応液を 5〜10 秒ほど 94 ℃で 加熱し,1 本鎖 DNA にする。 ② Annealing step:60 ℃程度まで急速に冷却すること で,2 本鎖 DNA になる(1 本鎖 DNA となった template DNA 同士が再結合するより,高濃度で存在するプライ マーのほうが template DNA とより結合しやすい)。
③ Extension/Elongation step:DNA ポリメラーゼに よって template DNA に相補的な DNA を合成する。耐 熱性 DNA ポリメラーゼ(Taq)が最も使用されており,70 ℃で 20 秒ほど加熱する。現在では,Annealing step と Extension step が一緒になるように温度を設定する 2
図 PCR 反応
PCR は,DNA を加熱と冷却することで,① 2 本鎖 DNA の変性(denaturation),② プライマーと template DNA の結合 (annealing),③ 伸長反応(extension)を繰り返す反応である。2 サイクルの PCR で DNA1 本が 4 本に増幅される。
step PCR を使用する場合も多い。
Denaturation step から Extension step までの 過 程 (①〜③)を 1 サイクルと呼び 30〜40 サイクルほど実施し たところで終了する(理論上は 1 サイクルで DNA を 2 倍 に増幅できるため,30 サイクル程度で 1 本の DNA が 108 〜109 倍まで増幅可能な計算となる)。 �) PCR 生成産物の確認(図2) PCR 反応後のサンプルをアガロースゲルで電気泳動し, 増幅された DNA 断片が予測された長さであることを確 認する。また,増幅された DNA の配列を確認したい場合, その解析を行うこともある(増幅された塩基配列の受託解 析を多くの企業が取り扱っている)。 .PCR の長所と短所 長所:DNA 抽出から電気泳動まで,様々なキットが市 販されており,簡易に短時間で PCR が実施できるように なった。 短所:定量が難しく,定性での判定となる。プライマー の配列によっては非特異的な配列が増幅される場合もあり, 増幅産物の塩基配列解析が必要な場合もある。
Ⅲ.RT-PCR
.概 要 RT-PCR は,RNA に対して PCR を実施する手法であ る。RNA から逆転写酵素 reverse transcriptase によっ て cDNA を合成し(c は相補的 complementary のこと), その cDNA に対して PCR 法を行う。 .原 理 ヒト免疫不全ウイルス HIV に代表されるレトロウイル スは,RNA ウイルスであり,宿主細胞に感染すると,逆転 写酵素を利用して DNA を合成する。RT-PCR では,レ トロウイルスのもつ逆転写酵素(遺伝子を単離し,それを 用いて人工合成したもの)を使用して mRNA(メッセン ジャー RNA)や RNA ウイルスから cDNA を合成し, PCR を実施する。 .実際の手順 �) RNA 抽出と精製 DNA 同様に,簡易に RNA を抽出精製できるキットが 市販されているため,それらを利用することが多い。ただ し,DNA と異なり,RNA は非常に不安定な物質であり, 冷凍保存であっても半減期が短い。そのため,RNA 精製 後は速やかに使用するか,−80 ℃で冷凍保存することが必 要である。 �) RT-PCR 反応液の調整(例:one-step の場合) Template RNA 5.0 ml Reaction mixture(solution)* 5.0 ml Forward primer(10 mM) 0.5 ml Reverse primer(10 mM) 0.5 ml Reverse transcriptase 0.25 ml Nuclease-free Water 13.75 ml total 25.0 ml *通常の PCR 反応に必要な酵素や材料が含まれる。 図 PCR 機械とアガロースゲルによる電気泳動A:Applied Biosystems 社の Thermal cycler(GeneAmp®)。DNA に対して加熱 と冷却を均一に実施することができる。
B:電気泳動による DNA 断片の確認。増幅産物が 300 bp になるようプライマー を設定したため,予測された DNA 断片が確認できる。
�) RT-PCR 反応
① Reverse transcription step:使用する酵素によって 多少異なるが,50 ℃で 30 分ほど加熱することで,RNA から cDNA が合成される。
② PCR reaction:①の後は PCR 反応を実施する。 Denaturation step,Annealing step,Extension step を 25〜40 サイクルほど実施し,DNA 断片を確認する。
Reverse transcriptase を選択する際に,one-step か two-step かを選択することが多い。one-step は単一の 反応チューブで ①と②を続けて実施する。two-step で は ①の後に試薬を入れ替えて②を実施する。two-step のほうが検出感度は向上するが,そのぶん煩雑である。 .RT-PCR の長所と短所 長所:RNA の検出ができる(特にインフルエンザウイル スを代表とするウイルス性呼吸器感染症の多くが RNA ウ イルスであるため,RT-PCR は有用な検査法である)。 短所:RNA は分解しやすく,同一検体からの再検査が 困難なことがある。
Ⅳ.real-time PCR
.概 要 Real-time PCR は,PCR による DNA 複製過程をリア ルタイムに測定する手法である。PCR 産物をサイクルご とにモニターするため増幅産物の定量ができ,また検出も 兼ねているためアガロースゲルを使用した DNA 断片の 確認操作を省けるといった利点がある。現在,医療におい て診断目的で利用される PCR の殆どは real-time PCR になっているといっても過言ではない。 .原 理 Real-time PCR は,増幅産物を蛍光測定によって定量 する。そのため,real-time PCR 装置は,蛍光色素を励起 する励起光源,蛍光を検出する検出器,PCR 装置(Ther-mal cycler)を組み合わせた物である。 現在では,多くの real-time PCR 法が開発されているが, その基本となっているのは,TaqMan®プローブ法と SYBR® Green 法である。本項ではこの 2 つについて説 明する。 �) TaqMan®プローブ法(図 3) PCR で増幅させる DNA の両端にある 2 つのプライ マーに加えて,その間に相補的配列を認識するプローブ (probe)を用いる。プローブは,増幅される DNA に特異 的な配列を用いるため,目的 DNA が増幅されたことを特 異的に観察できる。プローブは,5 末端に蛍光レポーター と 3 末端に消光クエンチャーを有する。PCR で目的の塩 基配列の増幅に比例してレポーターが蛍光を発するため, 検出器によって増幅過程を定量的に観察できる。Real-time PCR の多くが,TaqMan®プローブ法,またはこれ らに改良を加えた手法で行われている。 �) SYBR® Green 法SYBR® Green は二重らせんを組んでいる DNA と特 異的に結合する色素である。DNA と結合すると青色光を 吸収し,緑色光を発光する。SYBR® Green を用いる re-al-time PCR は,配列特異的なプローブを用意する必要が なく,コスト的にも安価であるため手軽に行うことができ る。しかし,SYBR® Green は配列非特異的に 2 本鎖 DNA に結合するので,プライマーの設計に特異性が求め られる。そのため,SYBR® Green 法では,PCR 後に増 幅産物を加熱して解離解析を必要とすることがある。 .実際の手順 �) DNA 抽出と精製 PCR と同様である。 図 real-time PCR 機械と増幅曲線 A:Cepheid 社の real-time PCR(SmartCycler®)。
B:real-time PCR では Ct 値(threshold cycle)として PCR 産物の増幅過程を定量化する。ここでは肺炎患者の喀 痰を使用し,30 種類の病原体に対して real-time PCR を実施したところ,ヒト細胞(陽性コントロール)と Mycoplasma pneumoniae が検出され,他の 29 種類は検出されていない4)。
�) real-time PCR 反応液の調整(例:TaqMan®プロー ブ法の場合) Template DNA 1.0 ml Reaction mixture(solution)(2×) 12.5 ml Forward primer(10 mM) 0.5 ml Reverse primer(10 mM) 0.5 ml TaqMan® Probe(10 mM) 0.5 ml Nuclease-free Water 10.0 ml total 25.0 ml .real-time PCR の長所と短所 長所:TaqMan®プローブ法の場合,プローブによって 増幅産物を特異的に識別できる。SYBR® Green 法の場 合,プローブを設計する必要がなく安価である。 短所:TaqMan®プローブ法の場合,PCR に加えプロー ブの設計費用を要するため高価になる。SYBR® Green 法の場合,非特異的な増幅でも検出されてしまう可能性が ある。
Ⅴ.実際に real-time RT-PCR を設計
する
ここでは実際に real-time PCR と RT-PCR を組み合 わせた real-time RT-PCR を設計してみる。例として 2013 年 4 月より中国を中心に感染拡大を続ける鳥インフ ルエンザ A(H7N9)を検出するシステムを立ち上げてみる。 .プライマーとプローブの設計(表 1) 自身でプライマーやプローブを設計することも可能であ るが,ここでは世界保健機関(WHO)3)の推奨する配列を 使用する。論文やホームページに掲載されている配列の殆 どは,それらが特異的配列であるかどうか確認されている ため,そのまま応用できることが多い4)。WHO の web-site から配列をダウンロードする。検索サイトで「real-time」「RT-PCR」「influenza」「A(H7N9)」と入力しても 配列を入手できる。 .real-time RT-PCR 反応液の調整(例:TaqMan® プローブ法の場合) Template RNA* 5.0 ml Forward primer(10 mM) 0.5 ml Reverse primer(10 mM) 0.5 ml TaqMan® Probe(10 mM) 0.5 ml Reverse transcriptase 0.25 ml Buffer solution(5×) 5.0 ml Nuclease-free Water 13.75 ml total 25.0 ml * template RNA はインフルエンザ陽性の検体が必要な ため,本邦流行前に入手することは不可能である。そのた め cDNA を合成して,予測される配列が増幅されるか確 認をする。現在では,多くの企業で cDNA 合成を受託し ており,2 週間ほどで安価に cDNA を合成できる。 .実際の手順 �) RNA 抽出と精製 RT-PCR と同様である �) real-time RT-PCR 反応① Reverse transcription step:50 ℃ 30 分 ② PCR reaction:40 サイクル
Denaturation step:94 ℃ 10 秒
Annealing step/Extension step:62 ℃ 40 秒 RNA 抽出から real-time RT-PCR まで 2 時間ほどで 実施できるようになる。現に,埼玉医科大学でも,鳥イン
FAM:Fluorescent Reporter,BHQ-1:Quencher
世界保健機関(WHO)より引用(http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/influenza_h7n9/en/) A 型(M1 gene),H7(HA gene),N9(NA gene)を real-time RT-PCR で検出する。
5ʼ-AGGGCATTYTGGACAAAKCGTCTA-3ʼ InfA R 5ʼ-FAM-TGCAGTCCTCGCTCACTGGGCACG-BHQ1-3ʼ InfA P 5ʼ-GACCRATCCTGTCACCTCTGAC-3ʼ InfA F TaqMan®probe reverse primer forward primer
フルエンザ A(H7N9)に備えて同様のシステムを構築して ある。
Ⅵ.さいごに
遺伝子検査は年々新しい技術が開発され,処理能力が格 段に進歩している。それに伴い,新しい検査方法や検査名 が次々に登場するため,遺伝子を操作する機会が少ない者 にとっては,それらを理解することに抵抗を感じる。しか し,遺伝子検査の基本は PCR であり,その原理が分れば それほど困難なものではない。本稿が,遺伝子検査を理解 する手助けになれば幸いである。 文 献 �) 日本 DNA データバンク(DDBJ)(http://blast.ddbj.nig.ac.jp/ blastn?lang=ja) �) 米国生物工学情報センター(NCBI)(http://blast.ncbi.nlm.nih. gov/) �) 世界保健機関(WHO)(http://www.who.int/influenza/hu man_animal_interface/influenza_h7 n9/en/)�) Hirama T, et al. Prediction of the pathogens that are the cause of pneumonia by the battlefield hypothesis. PloS one 6:e24474, 2011