ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著
『ドイツ伝説集』試訳(その三)
鈴木
滿
訳・注
*凡例 1.ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ伝説集』 (一八五三) (略称をDSBとする)の訳・注である本稿 の底本には次の版を使用。 Deutsches Sagenbuch von Ludwig Bechstein. Mit sechzehn Holzschnitten nach Zeichnungen von A. Ehrhardt.Leipzig, Verlag von Georg Wigand. 1853. ; Reprint. Nabu Press.
初版リプリント。ちなみに一〇〇〇篇の伝説を所収。 2.DSB所載伝説の番号・邦訳題名・原題は分載試訳それぞれの冒頭に記す。 3. ヤ ー コ プ と ヴ ィ ル ヘ ル ム の グ リ ム 兄 弟 編 著『 ド イ ツ 伝 説 集 』( 略 称 を D S と す る ) を 参 照 し た 場 合、 次 の 版 を 使用。
Deutsche Sagen herausgegeben von Brüdern Grimm. Zwei Bände in einem Band. München, Winkler Verlag. 1981.
Vollständige Ausgabe, nach dem Text der dritten Auflage von 1891
. ちなみに五八五篇の伝説を所収。 なお稀にではあるが、DSの英語訳である次の版(略称をGLとする)も参照した。 The German Legends of the Brothers Grimm. Vol.1/2. Edited and translated by Donald Ward. Institute for the
Study of Human Issues. Philadelphia, 1981.
4.DSB所載伝説とDS所載伝説の対応関係については、分載試訳冒頭に記すDSBの番号・邦訳題名・原題の 下に、ほぼ該当するDSの番号・原題を記す。ただし、DSB所載記事の僅かな部分がDS所載伝説に該当する場 合はここには記さず、本文に注番号を附し、 「DS***に詳しい」と注記するに留める。 5.地名、人名の注は文脈理解を目的として記した。史実の地名、人名との食い違いが散見されるが、これらにつ いては殊更言及しないことを基本とする。ただし、注でこれが明白になる分はいたしかたない。 6.語られている事項を、 日本に生きる現代人が理解する一助となるかも知れない、 と、 訳者が判断した場合には、 些細に亘り過ぎる弊があろうとも、あえて注に記した。こうした注記における訳者の誤謬へのご指摘、および、こ のことについても注記が必要、といったご高教を賜ることができれば、まことに幸いである。 7.伝説タイトルのドイツ語綴りは原文のまま。 8.本文および注における〔 〕内は訳者の補足である。
*分載試訳(その一)の伝説
一
ドイツの大河ラインの話
Vom deutschen Rheinstrom.
二
スイスの民の起源
Des Schweizervolkes Ursprung.
*DS514 Auswanderung der Schweizer.
三 聖 ザンクト ガルス Sanct Gallus. 四 聖 ザンクト ガレンの修道士たちが祈りを捧げて 葡 ワ イ ン 萄酒 を授かる
Die St. Galler Mönche erbeten Wein.
五 ダゴバートの 徴 しるし Dagoberts Zeichen. *DS439 Dagoberts Seele im Schiff. / *DS440 Dagobert und seine Hunde. 六 テ ル 伝 説 Die Tellensage. *DS298 Die drei Telle. / *DS515 Die Ochsen auf dem Acker zu Melchtal./
*DS516 Der Landvogt im Bad. / *DS517 Der Bund im Rütli./ *DS518
Wilhelm Tell. 七 ル ツ ェ ル ン の ホ ル ン と 殺 害 の 夜 Luzerner Hörner und Mordnacht. *DS519 Der Knabe erzählt ,s
dem Ofen. / *DS520 Der Luzerner Harschhörner.
八
ホーエンザクスの殿たち
Die Herren von Hohensax.
九 イ ー ダ ・ フ ォ ン ・ デ ア ・ ト ッ ゲ ン ブ ル ク
Ida von der Toggenburg.
*DS513 Idda von Toggenburg.
一〇 ピラトゥスと 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人
Der Pilatus und die Herdmanndli.
*DS150 Die Füße der Zwerge.
一一 獣と魚を守る 山 ベ ル ク マ ン ド リ の小人
Die Bergmanndli schützen Heerden und Fische.
*DS302 Der Gämsjäger. 一二 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人 の 退 去 Die Herdmanndli ziehen weg. *DS148 Die Zwerge auf dem Baum. /
*DS149 Die Zwerge auf dem Felsstein.
一三 デュルスト Der Dürst. *DS 172 Der wilde Jäger Hackelberg. / *DS270 Der Türst, das Posterli
und die Sträggele. / *DS312 Die Tut-Osel. 一四 有 ド ラ ッ ヘ 翼龍 たちと 無 リ ン ト ヴ ル ム 翼龍 たちの話
Von Drachen und Lindwürmen.
*DS217 Der Drache fährt aus.
一五 ヴィンケルリートと 無 リ ン ト ヴ ル ム 翼龍 W in ke lr ie d un d de r L in dw ur m . *D S2 18 W in ke lr ie d un d de r
Lindwurm. / *DS220 Das Drachenloch.
一六 カステレン 高 ア ル プ 原牧場 Kastelen Alpe. 一七 お ブリューメリス 花の 高 ア ル プ 原牧場 Blümelis Alpe. *DS93 Blümelisalp. 一八 マ ッ タ ー ホ ル ン に 現 れ た 永 遠 の ユ ダ ヤ 人 Der ewige Jude auf dem Matterhorn. *DS344 Der Ewige
Jude auf dem Matterhorn. / *DS345 Der Kessel mit Butter.
一九 巖 い わ か べ 壁 の聖母
Mutter Gottes am Felsen.
*DS348 Das Muttergottesbild am Felsen.
二〇 動 物 た ち の 楽 園
Das Paradies der Thiere.
*DS300 Die Zirbelnüsse. / *DS301 Das Paradies der Tiere.
二一 悪 トイフェルスブリュッケ 魔の橋 Die Teufelsbrücke. *DS337 Die Teufelsbrücke. 二二 牡 シ ュ テ ィ ー レ ン バ ッ ハ 牛の小川 Der Stierenbach. *DS143 Der Stierenbach. 二三 よ ベ ッ サ ー シ ュ タ イ ン り良き石 Der Besserstein. 二四 十 ク ロ イ ツ リ ベ ル ク 字架山 Der Kreuzliberg. *DS340 Der Kreuzliberg. 二五 骰 ヴュルフェルヴィーゼ 子が原 Die Würfelwiese. 二六 バーゼルの時の鐘
Die Basler Uhrglocke.
二七 ア ウ グ ス ト 近 郊 な る 異 ハ イ デ ン 教 徒 穴 ロッホ の 蛇 乙 女 Die Schlangenjungfrau im Heidenloch bei August. *DS13 Die Schlangenjungfrau.
二八
ベルンハルト公誓言を守る
Herzog Bernhard hält sein Wort.
二九
忠実なエッカルトの話
Vom treuen Eckart.
三〇
ツェーリンゲン家の起源
Der Zähringer Ursprung.
*DS527 Ursprung der Zähringer.
三一 巨人の 玩 お も ち ゃ 具 D as R ie se ns pie lz eu g. *D S1 7 D as R ie se ns pie lz eu g. / *D S3 25 D ie R ie se n zu Lichtenberg. 三二 蟇 クレーテン シ ュトゥール 蛙の椅子 Krötenstuhl. *DS223 Der Krötenstuhl. 三三 粉 挽 ひ き小屋の 熊 く ま Der Mühlenbär. 三四 司 コ ー ル 教座聖堂 王 ケーニヒ Chorkönig. 三五 聖 ザンクト オッティーリア Sankt Ottilia. 三六 父と息子
Vater und Sohn.
三七 大聖堂の時計 Die Münster-Uhr. 三八 シュトラースブルクの射撃祭とチューリヒの 粥 か ゆ
Straßburger Schießen und Zürcher Brei.
三九
ブレッテンの小犬
Das Hündchen von Bretten.
*DS96 Das Hündlein von Bretta.
四〇 トリフェルス Trifels. 四一 カイザースラウテルンの 赤 デア・ロートバルト 髭 Der Rotbart zu Kaiserslautern. *DS296 Kaiser Friedrich zu Kaiserslautern. 四二 舟に乗る修道士たち
Die schiffenden Mönche.
*DS276 Die überschiffenden Mönche.
四三 シュヴァーベン 鉢 シ ュッセル Die Schwabenschüssel.
四四
シュパイアーの弔鐘
Die Todtenglocken zu Speier.
四五
ヴォルムスのユダヤ人たち
Die Juden in Worms.
四六
ダールベルク一族の話
Von den Dahlbergen.
四七 ヴォルムスの象徴 Wormser Wahrzeichen. 四八 ラインの王女
Die Königstochter vom Rhein.
四九 オッペンハイム近郊の ス シ ュ ヴ ェ ー デ ン ゾ イ レ ウェーデン柱
Schwedensäule bei Oppenheim.
五〇 ジーゲンハイム Siegenheim. 五一 イ イ ェ ッ テ ン ・ ビ ュ ー エ ル ェ ッ テ の 丘 と 王 ケーニヒス シ ュトゥール の 椅 子
Jetten-Bühel und Königsstuhl.
*DS139 Der Jettenbühel zu Heidelberg.
五二 聖 ザンクト カタリーナの手袋 St. Katharinen ,s Handschuh. 五三 ローデンシュタインの進発
Des Rodensteiners Auszug.
*DS170 Rodensteins Auszug.
五四
エーギンハルトとエマ
Eginhart und Emma.
*DS457 Eginhart und Emma.
五五 ヴィンデック一族 Die Windecker. 五六 ロルシュのタッシロ Thassilo in Lorsch. 五七 鬼 ヘーアヴィッ シ ュ 火 Der Heerwisch. *DS277 Der Irrwisch. 五八 草 地 の 乙 女 と く し ゃ み Die Wiesenjungfrau und das Nießen. *DS224 Die Wiesenjungfrau. /
*DS225 Das Niesen im Wasser.
五九
沈んだ修道院
Das versunkene Kloster.
六〇 フランケンシュタインの 無 リ ン ト ヴ ル ム 翼龍 Der Lindwurm auf Frankenstein. *DS219 Der Lindwurm am
*分載試訳(その二)の伝説 六一 フランケンシュタインの 驢 ろ ば 馬 扶 ふ ち 持
Das Frankensteiner Eselslehen.
六二
黄金のマインツ
Das goldne Mainz.
六三 ハットー、ヘーリガー、ヴィリギス Hatto, Heriger und Willigis. *DS242 Der Binger Mäuseturm.
/ *DS474 Das Rad im Mainzer Wappen.
六四
マインツの聖なる十字架
Die heiligen Kreuze zu Mainz.
六五 ハインリヒ・ 女 フ ラ ウ エ ン ロ ー プ 人讃美 の葬礼 Heinrich Frauenlob ,s Begängniß. 六六 聖女ビルヒルデ
Die heilige Bilihilde.
六七 フランク族の 渉 フ ル ト り場
Der Franken Furt.
*DS455 Erbauung Frankfurts. 六八 王の 降 ヴ ァ イ ナ ハ ト 誕祭
Des Königs Weihnacht.
六九
エッシェンハイム塔の話
Vom Eschenheimer Thurm.
七〇 ファルケンシュタインの 悪 トイフェルスヴェーク 魔の道
Der Teufelsweg auf Falkenstein.
七一 エップシュタイン一族 Die Eppsteiner. 七二 血 ブ ル ー ト リ ン デ の科の木 Blutlinde. 七三 神 ノ ー ト ・ ゴ ッ テ ス の難儀 Noth Gottes. 七四 レーダーベルク Räderberg. *DS279 Räderberg. 七五 囁 ささや き声 Die Wisperstimme. 七六 燃える炭
七七 死を告げる 鳩 は と
Taube zeigt denTod an.
七八
トハウンの猿
Der Affe zu Dhaun.
七九 坊さんの帽子 Das Pfaffenkäppchen. 八〇 長靴一杯の 葡 ワ イ ン 萄酒
Der Stiefel voll Wein.
八一
荒 デア・ヴィルデ・イェーガー
れ狂う猟師
Der wilde Jäger.
八二 シュパンハイムの創設 Spanheims Gründung. 八三 モーゼル 葡 ワ イ ン 萄酒 の起源の話
Vom Ursprung des Moselweins.
八四
聖人たちの墓
Der Heiligen Gräber.
八五
メッツは踊るのお断り
Metz versagt den Tanz.
八六 ヴ ィ ル ド ゥ ン グ の 悪 魔 と の 盟 約 者
Der Teufelsbündner in Virdung.
*DS536 Der Virdunger Bürger.
八七
貞女フロレンティーナ
Die getreue Frau Florentina.
*DS537 Der Mann im Pflug.
八八 トリーアの 齢 よわい Trier ,s Alter. 八九 聖 ザンクト アルヌルフの指環 Sankt Arnulf ,s Ring. 九〇 天罰 覿 て き め ん 面
*本分載試訳(その三)の伝説 九一 殉教者たちの墓 Die Martyrer-Gräber. 九二 聖女ゲノフェーファ
Die heilige Genofeva.
*DS538 Siegfried und Genofeva.
九三
ライン河畔の酒神たち
Die Weingötter am Rhein.
九四
七人姉妹
Die sieben Schwestern.
九五 ルールライ Lurlei. 九六 聖 ザンクト ゴアールの奇蹟
Sankt Goars Wunder.
九七 兄と弟 Die Brüder. 九八 さすらい歩く修道女
Die wandelnde Nonne.
九九
シュタインの奥方
Die Frau von Stein.
一〇〇
大胆不敵なクルツホルト
Der kühne Kurzhold.
*DS471 Der kühne Kurzhold.
一〇一 空の橋 Die Luftbrücke. 一〇二 アルテンアールの 囚 と ら われ 人 び と たち
Die Gefangenen auf Altenahr.
一〇三 ジーベンビュルクの話 Vom Siebenbürg. 一〇四 ロ ロ ー ラ ン ツ エ ッ ク ーラントの角 Rolandseck. 一〇五 リューデリヒの鉱夫たち
Die Knappschaft im Lüderich.
一〇六 最後の種 蒔 ま き
Die letzte Saat.
一〇七
古きベルク一門
一〇八 修道院の 驢 ろ ば 馬 Der Klosteresel. 一〇九 花咲ける司教杖
Der blühende Bischofstab.
一一〇 蜜 イ ン メ ン カ ペ レ 蜂の礼拝堂 Immenkapelle. 一 一 一 ニ ー ベ ル ン グ・ フ ォ ン・ ハ ル デ ン ベ ル ク と 小 人 の ゴ ル デ マ ー ル Nibelung von Hardenberg und der Zwerg Goldemar. 一一二 聖なるケルン Das heilige Köln. 一一三 市民マルシリウス
Der Bürger Marsilius.
一一四
ケルン大聖堂の伝説
Die Kölner Dom-Sage.
*DS205 Der Dom zu Köln. 一一五 アルベルトゥス・マグヌス Albertus Magnus.
*DS495 Albertus Magnus und Kaiser Wilhelm.
一一六 グリューン殿と 獅 ラ イ オ ン 子
Herr Gryn und der Löwe.
一一七 床の穴から 覗 の ぞ く馬たち
Die Pferde aus dem Bodenloch.
*DS341 Die Pferde aus dem Bodenloch.
一一八 馬で回って手に入れた森 Umrittener Wald. 一一九 カール皇帝の 林 り ん ご 檎 の切れ端
Kaiser Karls Apfelschnitze.
一二〇 アーヘン大聖堂 Dom zu Aachen.
*DS187 Der Wolf und der Tannenzapf.
一二一 ポネレン 塔 トゥルム の悪魔
Der Teufel im Ponellenthurm.
*DS188 Der Teufel von Ach.
一二三 蛇の 指 ゆ び わ 環 Schlangenring.
*DS459 Der Kaiser und die Schlange.
一二四
カール皇帝の帰還
Kaiser Karl kehrt heim.
*DS444 Karls Heimkehr aus Ungerland.
一 二 五 フ ァ ス ト ラ ー ダ の 愛 の 魔 法 Fastrada ,s Liebeszauber. *DS448 Der Ring im See bei Aachen. /
*DS459 Der Kaiser und die Schlange. 一二六 カール大帝の死と 奥 お く つ き 津城
Karl des Großen Tod und Grab.
*DS481 Otto III. in Karls Grabe.
一二七 アーヘンの 神 テ ン プ ラ ー キ ル ヒ ェ 殿騎士教会 Templerkirche zu Aachen. 一二八 アーヘンのヒンツ 小 ラ イ ン 人 たち
Die Hinzlein zu Aachen.
一二九 ペルフィッシュで演奏した 屈 く ぐ せ 背 の楽士たち
Die buckligen Musikanten auf dem Pervisch.
一三〇
翔 と
び行くオランダ人
Der fliegende Holländer.
一三一
スパなる聖レマクルスの足跡
Sankt Remaclus Fuß zu Spaa.
一三二
眠れる子どもたち
Die schlafenden Kinder.
一三三 駿 し ゅ ん め 馬 バイヤールとバイヤールの 城 や か た 館
Roß Bayard und Schloß Bayard.
一三四
ルーヴェンの死者たち
九一 殉教者たちの墓 モ ー ゼ ル 河 畔 な る ト リ ー ア の 下 手 に あ る 古 い、 世 に 聞 こ え た 修 道 院 は 聖 ザンクト マ ク シ ミ ン と い う。 こ れ が 建 っ て い る 場所には異教時代既にディアーナ の神殿があった由。修道院はコンスタンティヌス大帝 とその妃フラウィア・ヘレ ナ がその創立者であることを誇っている。最初この僧院は洗礼者ヨハネに、 次いで聖者ヒラリウスに奉献されたが、 第 四 代 修 道 院 長 ト ラ ン ク ィ ル ス の 時 代、 僧 院 が 聖 ザンクト マ ク シ ミ ン の 遺 骸 を 手 に 納 め た の で、 以 来 現 在 の 名 で 呼 ば れ る に至った。コンスタンティヌス大帝が、かの名高いI ・ H ・ S ・ 、 In Hoc Signo
─
これすなわち vinces 〔が続き〕 、 「 こ の 徴 しるし に お い て 汝 なんじ 勝 利 せ ん 」 と な る─
な る 文 字 と と も に 十 字 架 が 天 に 現 れ る の を 見 た の は、 こ の 地 方─
ノ イマーゲン近郊だ、との説が多い─
でのことだった由。この頭文字は昔の書法でイエーズス〔Ihesus〕の 御 み 名を意味する 。聖なる教父アンブロシウス、ヒエロニムス、アタナシウスがしばらく暮らしたのはここだ、とい われるし、アタナシウスがその名に 因 ち な む信条 を書き下ろしたのもここである由。ここにはまた大司教ニケティウス と バ シ ヌ ス が 眠 っ て い る し、 福 音 書 の 黄 コ デ ッ ク ス ・ ア ウ レ ウ ス 金 写 本 を 書 い た カ ー ル 大 帝〔 = シ ャ ル ル マ ー ニ ュ〕 の 妹 ア ダ が 憩 い こ う て いる。 そ し て、 ト リ ー ア 地 ガ ウ 域 な る こ の い と 古 き 聖 な る 土 地 に は、 聖 ザンクト マ ク シ ミ ン 修 道 院 近 傍 に 聖 ザンクト パ ウ リ ヌ ス 修 道 院 が ある。この修道院の 地 ク リ プ タ 下聖堂 はこの上もなく尊い多数の殉教者の巨大な骨壺となった。皇帝マクシミニアヌの総督 リクティオウァルスは主君の命令に従い、キリスト教徒のいわゆるテーベ軍団 を至るところで迫害したが、この地 方でも然りで、情け容赦無く 殺 さ つ り く 戮 した。トリーアの大司教パウリヌスは鉄鎖で絞首された。ティルススなる名の軍 団指揮官の一人がパウリヌスの左手に、 執 コ ン ス ル 政官 パルマティウス はその右手に埋葬された。聖者の頭の方にはテーベ ( ) 1 ( ) 2 ( ) 3 ( ) 4 ( ) 5 ( ) 6 ( ) 7 ( ) 8 ( ) 9軍団兵とともに殉教の冠を授かった七人の聖堂参事会員たちが休らっている。その中の一人はマクセンティウスと いう名である。これに続くのはコンスタンティウス、クレセンティウス、ユスティヌス、レアンダー、アレクサン ダ ー、 ソ ー タ ー で、 最 後 の 三 人 は 兄 弟 で あ る。 聖 ザンクト パ ウ リ ヌ ス の 足 あ し も と 許 に は、 リ ク テ ィ オ ウ ァ ル ス が お ぞ ま し い 拷 問 を加えてから斬首させた四人の殉教者が葬られている。すなわちホルミスダ、パピニウス、コンスタンス、ヨウィ アヌスである。トリーアおよびこの地方で殺された数千人の血潮は小川のようになってモーゼル川に流れ下り、そ の河波を遙か下流、ノイマーゲンの城に至るまで 紅 くれない に染めた。 九二 聖女ゲノフェーファ モーゼル河畔のプ フ ァルツェル 、 あるいはプ フ ェルツェル(小プ フ ァルツ )にゲノフェーファの 館 やかた と呼ばれる塔 を 持 つ 邸 が あ る。 ト リ ー ア 大 司 教 ヒ ル ド ゥ ル フ ス の 時 代、 こ こ に 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 ジ ー ク フ リ ー ト な る 人 物 が 住 ん で お り、 その貞節にして 敬 け い け ん 虔 な奥方はブラバント 公の息女だった。ところがある時、ジークフリートが聖地に出征しなけれ ばならなくなった。そこで妻をモーゼル河畔の居城に残し、腹心の家臣で名をゴーロという者に 庇 ひ ご 護 を 委 ゆ だ ねた。出 立 す る 前 に 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 は 愛 す る 妻 ゲ ノ フ ェ ー フ ァ と 心 を 籠 め て 合 歓、 か く し て 彼 女 は 男 の 子 を 授 か っ た。 け れ ど も ゴーロはいやもうひどい番人で、麗しい女主人に情欲を燃やし、 奸 か ん ち 智 奸策を回らし始め、ジークフリートが部下の 総 勢 も ろ と も 海 難 で 溺 死 し た、 と の 偽 手 紙 を 数 通 作 り、 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 夫 人 に 読 み 聞 か せ、 己 おのれ の 愛 を 告 白、 相 手 を 抱 き 締 め よ う と し た。 し か し 奥 方 は 拳 こぶし で ゴ ー ロ の 顔 を 打 っ て 拒 ん だ。 そ こ で 愛 は 一 転 し て 激 し い 憎 悪 に 変 じ た。 ゴ ー ロは 宮 プファルツグラーフ 中伯 夫人の身辺から 悉 ことごと く召使いを引き下げたので、奥方の 分 ぶ ん べ ん 娩
─
これで彼女は男の赤ちゃんを産むの ( ) 11 ( ) 11 ( ) 12だが
─
が迫った時には、老年の洗濯女一人を除き、介添えする者はいなかった。そのうち、奥方の背の君が息災 で帰還する、 との知らせが館に 齎 もたら された。 背信者ゴーロはこれには死ぬほど 驚 きょうがく 愕 し、 ある年老いた魔女に相談した。 魔 女 は な ん と も お ぞ ま し い 入 れ 知 恵 を し た。 ゲ ノ フ ェ ー フ ァ が 産 ん だ 綺 麗 な 男 の 児 が、 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 が 思 い 込 ん で い る よ う に 彼 の 実 子 だ な ん て と ん で も な い、 あ れ は 料 理 番 の ド ラ コ の 種 だ、 と 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 に 吹 き 込 む が よ い、 と い う もの。ゴーロは主君を出迎えに旅立ち、言われた通りのことをやった。ジークフリートは悲嘆のどん底に落ち、自 分をこうまで辱めた─
嘘つきの不実な報告によれば─
妻をどう処置すべきか迷った。するとゴーロがこう提案 した。自分がゲノフェーファを子どももろともどこか水辺へ連れて行き、 二人ながら溺死させよう、 と。そこでジー クフリートは同意したのである。その後ゴーロは二人の下僕を呼び寄せた。彼らは、ゲノフェーファとその息子を 城から連れ出し、殺してしまえ、そして、これこれしかじか、と命じられた。けれども途中下僕たちは麗しい奥方 と 可 か わ い 愛 らしい子どもがかわいそうで 堪 た ま らなくなり、 お互いこう語り合った。 「この人がどんな悪いことをしたっちゅ うのだ。どのみちおれたちが何かされたわけじゃあんめえ。どうせこの人が死ぬと決まっとるならよ、おれたちが 命を取ることはねえわな。おれたち、一緒に連れているこの犬の舌を切り取ってよ、奥方を殺した証拠だってゴー ロに見せようじゃねえか。そしてこの人はどこへでも好きなように行かせべえ」と。 かくいうしだいで、下僕たちはそうした。そしてかわいそうなゲノフェーファを、絶望して、すすり泣き、祈る がままに 委 ま か せ、子どもと一緒に 曠 こ う や 野 に置き去りにした。この子をゲノフェーファは 悲 シ ュ メ ル ツ ェ ン ラ イ ヒ しや悲し と名付けた。まだ生 後三十日にもならず、悲嘆のあまり母親の胸の乳はすっかり 涸 か れ果てていた。そこで哀れな若い母は全ての苦悩と 全 て の 至 福 の 母 に 懇 願 し た。 す る と 永 遠 の 処 女 な る 御 お ん か た 方 は 寄 る 辺 な い こ の 女 に ょ し ょ う 性 を い と お し ん で 恩 寵 を 垂 れ た も う た。森の繁みから一頭の 牝 め じ か 鹿 が出て来て、ゲノフェーファの前に横たわった。ゲノフェーファは坊やを獣の乳首に ( ) 13縋 す が ら せ、 自 分 は と い う と、 森 が 与 え て く れ る も の で 身 を 養 っ た。 そ し て 木 木 や 小 枝、 茨 いばら や 苔 こ け で 自 分 と 息 子 の た め に小屋を作り、六年と 三 さ ん か げ つ 箇月 暮らしたが、忠実な牝鹿以外生き物は目にしなかった。 た ま た ま あ る 時、 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 ジ ー ク フ リ ー ト は こ の 森 の あ る 一 帯 で 狩 り を し た。 す る と、 犬 ど も が 例 の、 そ の 乳 でゲノフェーファと坊やを養ってくれた 牝 め す の 角 ヒ ル シ ュ 鹿 を 駈 か り立てた。猟師たちと犬どもが獣の跡を追うと、牝鹿はゲノ フ ェ ー フ ァ の 小 屋 へ と 逃 げ、 少 年 の 傍 に 跪 ひざまず い た。 そ こ で ゲ ノ フ ェ ー フ ァ は そ の 辺 に あ っ た 棒 を 手 に 取 っ て 急 迫 し て 来 た 犬 ど も を 防 い だ。 こ の 時 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 が 現 れ、 長 い 年 月 の せ い で 身 に 纏 ま と う 物 と て ほ と ん ど 無 く な っ て い る こ の 森の女を見てびっくりした。 宮 プファルツグラーフ 中伯 は、 これは宿無しの異教徒の女か、 漂 ジ プ シ ー お ん な 泊の女 の 類 たぐい であろう、 と推量し、 「そ ちはキリスト教徒か」と声を掛けた。
─
答えて「わたくしはキリスト教徒でございます。─
なれど、この身を 覆 え ま す よ う、 お 召 し の 外 マ ン ト 套 を お 貸 し く だ さ い ま し 」。─
ジ ー ク フ リ ー ト は そ う し て や っ て、 ど う し て 着 物 を 持 たないのか、また、どうして人里離れた森の中でこうも孤独に住んでいるのか、と 訊 た ず ねた。─
「わたくしの着物 は歳月のためにぼろぼろになってしまいました」と彼女。─
「そちはどれほどの間この森で暮らしておる。この 童 わらべ は だ れ の 子 じ ゃ。 父 は い ず れ の 者 か。 し て ま た そ ち の 名 は な ん と 」。─
訊 き か れ た こ と に 対 し て ゲ ノ フ ェ ー フ ァ は こ う 返 辞 し た。 「 わ た く し は こ の 森 で 六 年 と 三 箇 月 孤 独 に 暮 ら し て お り ま す る。 こ れ な る 童 は わ た く し の 息 子。 こ の 子 の 父 は わ た く し 同 様 神 様 が よ っ く ご 存 じ。 し て、 わ た く し は ゲ ノ フ ェ ー フ ァ と 申 し ま す 」。 最 後 の 言 葉 を 耳 に し た 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 は 愕 が く ぜ ん 然 と し た。 す る と 従 者 の 一 人 が 近 づ い て、 こ う 言 っ た。 「 殿、 そ れ が し の 記 憶 に 誤 り な く ば、 これなるはまこと我らが奥方。もうずっと前にお亡くなりあそばしたはずの。─
したが、お 頸 く び 筋に 黒 ほ く ろ 子 があるや いなやご 覧 ろ う じろ」 。─
すると、 なんと、 その 徴 しるし があったのだ。 宮 プファルツグラーフ 中伯 はたじたじと後ずさり、 どうしたものや ら、茫然とした。そしていわく「この女がいまだ結婚 指 ゆ び わ 環 を 嵌 は めているかどうか見届けよ」と。─
指環はまだ嵌ま っ て い た。 そ こ で 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 は 名 状 し 難 い 懊 お う の う 悩 と 深 い 後 悔 に 襲 わ れ、 急 い で ゲ ノ フ ェ ー フ ァ に 歩 み 寄 る と、 両 腕 で 抱 き 締 め て 接 く ち づ け 吻 し、 少 年 を 愛 撫 し て、 こ う 叫 ん だ。 「 し か り、 こ れ ぞ 余 よ の 妻。 こ れ ぞ 余 が 息 子 ぞ 」 と。
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す る とゲノフェーファは、ゴーロの 奸 か ん け い 計 と背信によって自分にいかなることが起こったか、逐一物語った。そこへこう し た で き ご と に 何 一 つ 気 づ か ぬ ま ま 当 人 が や っ て 来 た。 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 の 部 下 た ち は 激 怒 し て、 こ や つ を 刺 し 殺 そ う と し た。 し か し 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 は、 控 え よ、 と 命 じ、 こ の よ う な 裏 切 り 者 は 騎 士 の 手 で 殺 す 値 打 ち は な い、 と 言 明。 こ れ まで一度も 犁 す き を 牽 ひ いたことのない 牡 お う し 牛 が四頭連れて来られ、この悪人の両手両足がそれぞれ綱で縛られ、その綱が 牡牛たちに繋がれ、次いで牡牛たちは四方へ駈り立てられた。かくしてゴーロは生きながら四つに裂かれたのであ る 。 さて、それからジークフリートは奥方を居城へ連れ戻し、あらゆる栄誉を 恢 か い ふ く 復 しようとしたが、彼女はそれを受 け 入 れ よ う と せ ず、 こ う 言 っ た。 「 こ れ な る 場 所 で 聖 処 女 様 が 私 を 庇 か ば い、 護 ま も り、 目 に は そ れ と 見 え ま せ ぬ が 野 獣 た ちを近寄らせず、 あの牝鹿を通じて我が子を養ってくださいました。ここをこのままわたくしの住まいといたして、 あ ら ゆ る 天 使 が た の 女 王 様 に お 捧 げ し と う 存 じ ま す 」 と。 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 は こ の 言 葉 に 従 い、 司 教 ヒ ル ド ゥ ル フ ス に 使 い を 送 り、 彼 に こ の 場 所 を 聖 別 し て も ら っ た。 そ れ か ら ゲ ノ フ ェ ー フ ァ の 願 い に 応 じ て 教 会 建 立 の 手 配 を し た。 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 夫 人 は こ れ ま で よ り ま し な 屋 根 の 下 に 住 ん だ が、 も は や 人 間 の 手 に な る 食 べ 物 を 受 け 付 け る こ と が で き ず、これまで慣れ親しんだ森の 糧 か て しか 喉 の ど を通さず、発見されてからほんの数日しか生きなかった。彼女は喜びと浄 福の内に亡くなり、新たに造営された森の礼拝堂である 我 ウ ン ザ ー ・ フ ラ ウ エ ン ・ キ ル ヒ ェ らが聖母教会 に 憩 い こ うた。これはマイエン から程遠からぬ ところにある。そしてこの教会では奇蹟が少なからず起こり、敬虔なゲノフェーファの物語はありとあらゆる地方 に 伝 わ っ た。 も っ と も プ フ ァ ル ツ ェ ル ば か り で な く、 マ イ フ ェ ル ト に あ る マ イ エ ン に も ゲ ノ フ ェ ー フ ァ の 塔 な る も ( ) 14 ( ) 15の が あ り、 そ の 地 の 聖 フ ラ ウ エ ン ・ キ ル ヒ ェ 母 教 会 の 方 が 本 物 の 由。 こ こ の 大 祭 壇 の 後 ろ に ゲ ノ フ ェ ー フ ァ が 坐 っ て、 糸 紡 ぎ を す る 姿 がしばしば見られるとか。 九三 ライン河畔の酒神たち ドイツの古い押韻格言 によると、ライン河畔のバハラッハ では最上の 葡 ワ イ ン 萄酒 の一つができる、とのことだが、こ こにはその昔酒神バッコス の祭壇があったそうで、町の名はこの祭壇、すなわち「 ば バ ッ キ ・ ア ラ っこすノ祭壇 」 に由来してい る 由。 祭 壇 の 石 を 周 辺 の 葡 ぶ ど う 萄 栽 培 農 家 に し て 葡 ワ イ ン 萄 酒 醸 造 業 者 は 親 エル タ ー シ ュ タ イ ン 石 と も 呼 ん で い る。 同 地 の ラ イ ン の 流 れ の 中には 巌 い わ が一つあって、これはラインの流量がごく少なくなる折、つまり、非常な渇水で夏の気候が暑く乾燥して いる時にしか見えず、 見えると常に 葡 ワ イ ン 萄酒 の当たり年となる前兆とされる。なにしろ、 こんな 諺 ことわざ があるから。 「水 の 涸 か れたるラインこそ 旨 う ま い 葡 ワ イ ン 萄酒 をくれまする」 。この巌そのものがバッコスの祭壇なのだ、と主張する者が多い。 こ れ は さ ま ざ ま な 模 様 で 飾 ら れ て い る。 舟 人 た ち は こ の 親 エ ル タ ー シ ュ タ イ ン 石 が 現 れ る と、 バ ッ コ ス に 擬 し た 藁 わ ら 人 形 を 盛 装 さ せ て 石 の 上 に 安 置 す る が、 こ れ に は も し か す る と、 古 いにしえ の 異 教 時 代 の 儀 式 が 遠 く 幽 か す か に 反 響 し て い る の か も 知 れ な い。学者たちが、 信じられるものか、 と 頭 かぶり を振ろうとも、 伝説の中の信仰はこんな風に民衆の間に生き続けるのだ。 ラ イ ン の 流 れ の 只 中 に あ る 古 い プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ ェ ン シ ュ タ イ ン 城 に は そ の 昔、 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 の そ れ ぞ れ が 使 っ た そ の 揺 り 籠 か ご が あ っ た。 な に し ろ 宮 プ フ ァ ル ツ グ ラ ー フ 中 伯 夫 人 の 産 さ ん じ ょ く 褥 は 悉 ことごと く こ こ に 設 しつら え な け れ ば な ら な い、 と い う こ と に な っ ていたので。さて、この城塞の近くの町カウプ にはなんとも不思議な聖者テオネスト に 纏 ま つ わる伝説がいまだに健在 である。ちなみにこの名にはギリシア語のディオニュソス(バッコス)が 訛 な ま ったような響きがある。もっともこの ( ) 16 ( ) 17 ( ) 18 ( ) 19 ( ) 21 ( ) 21 ( ) 22 ( ) 23
テオネストは異教の酒神だったわけではなく、キリスト教の殉教者だった由。彼はマインツですんでのところ死ぬ ほど拷問を受けたが、それから 葡 ワ イ ン 萄酒 樽 だ る を小舟代わりにライン河上を流れの運ぶまま下流へと脱出することに成功 し た。 行 き 行 け ば 行 き 行 く ほ ど、 〔 樽 た る の 葡 ワ イ ン 萄 酒 で 〕 ま す ま す ご 機 嫌 に な っ た テ オ ネ ス ト は、 樽 に 入 っ た ま ま カ ウ プ 近郊に流れ着き、キリストの教えを 弘 ひ ろ めるとともに葡萄を、それも甘美な房をつけるものを栽培した。この甘美な 房 を テ オ ネ ス ト は ま ず 自 分 が 乗 っ て 来 た 樽 クーフェ に 搾 り 込 ん だ。 彼 が ラ イ ン 河 畔 の こ の 地 に 建 設 し た 町 カ ウ プ は、 そ の 名をこれからもらったのである。その後カウプの人人は感謝を籠めて市の印章の中に 葡 ワ イ ン 萄酒 樽の中に坐っているテ オネストの像を入れ、市の紋章に使った。今日もこれが印章である、さよう、それからまた後代カウプはライン河 通行税と河川船舶業によって重要な町となった。 九四 七人姉妹 プ フ ァルツグラーフェンシュタインの下手のライン河畔に高く 屹 き つ り つ 立 する城の廃墟がある。 麗 シ ェ ー ン ベ ル ク しの山 なる城 である。 ここにはかつてそれはそれは美しい騎士の姫君たちが暮らしていたとか。その麗しさは彼女らの住まう城そのもの に そ の 名 を 与 え た ほ ど だ っ た。 し か し、 七 人 姉 妹 の こ の 姫 君 た ち は 頗 すこぶ る 綺 麗 な の と 同 じ 度 合 い で、 恋 の 道 に 関 し て は 頗 すこぶ る 冷 淡 か つ 無 情 だ っ た。 騎 士 輩 ば ら の 求 愛 を 一 切 聞 き 入 れ ず、 次 次 と 求 婚 者 を 拒 絶、 美 し い 七 人 姉 妹 の 巖 い わ ね 根 の ような心に座礁して砕け散った若い貴族の心は少なくなかった。しかし、運命は彼女らに科す罰を定めていたので ある。ある日 一 い っ そ う 艘 の小舟が 城 し ろ や ま 山 の 裾 す そ に着いた。乗っていたのは七人の 凛 り り 凛 しい青年で、騎士の装束を 纏 ま と い、典雅な 物腰だった。城へやって来た彼らは姫君たちに向かって、我らは 御 み 心と 御 お て 手 を請い願うしだい、と申し述べた。結 ( ) 24
果 は 空 し く、 姉 妹 た ち は い つ も 通 り 冷 や や か な 応 対 だ っ た。 そ の 時 突 然 一 天 俄 にわか に か き 曇 り、 陰 惨 な 楽 の 音 が 響 い て来たと思うと、青年たちは各各さながら輪舞に誘うかのように七人姉妹のそれぞれを抱き、踊りながら、旋回し な が ら、 ふ う わ り 城 か ら 連 れ 出 し、 撥 は ね 橋 を 渡 り、 城 し ろ や ま 山 を 下 り、 雷 鳴 轟 とどろ き、 稲 妻 の 閃 ひらめ く 下、 激 浪 逆 巻 く ラ イ ン の 流れに入って行った。
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魅惑の岸辺が再び明るく 麗 う ら らかな風情を取り戻すと、なんと、河中から七つのごつごつ し た 巖 根 が 突 き 出 し て い る で は な い か。 こ れ ぞ、 巖 根 の よ う な 心 の 七 人 の 乙 女 た ち が 世 の 常 な ら ぬ 頑 かたく な さ の 罰 と し て 変 身 さ せ ら れ た も の。 水 量 が 多 い と 巌 は 没 し、 少 な い と 河 か わ も 面 に 現 れ る。 ラ イ ン の 舟 ふ な び と 人 ら は 七 ジー ベ ン ・ ユ ン グ フ ェ ル ン 人 乙 女 と い う 名で 馴 な じ 染 んでおり、こんな言い伝えを語り合う。いつの日にか、だれぞ力のある男が、これらの巌を河床から持ち 上げ、岸辺に建立される礼拝堂の柱に使えば、乙女たちは救済されて、修復成った城に再び戻り、何世紀にも及ん だ厳しい 贖 しょくざい 罪 も終わったこととて、めいめい幸せな結婚をすることだろう、と。 ( ) 25九五 ルールライ ラ イ ン の 河 谷 が カ ウ プ の 下 手 で 最 も 狭 ま る 箇 所 の 両 岸 に は、 よ く 谺 こだま す る 黒 く 不 気 味 な 片 へ ん が ん 岩 の 巖 い わ か べ 壁 が 高 く、 こ ご しく 聳 そ び えている。ここでは流れが一際射るように速くなり、波浪は一層高くざわめき、巖 裾 す そ に砕けては、泡立つ渦 を作る。この 山 や ま か い 峡 の中、この 奔 ほ ん た ん 湍 の高みにはおどろおどろしい気配が漂っている。ラインの麗しの 水 ニ ク セ の精 、油断の ならぬルールライ、あるいはローレライ が巖の中に呪封されているのだ。とはいえ、しばしば舟人たちの前に姿を 現し、 黄 こ が ね 金 の 櫛 く し で長い亜麻色の髪を 梳 す き、 聴く者を甘く惑わす唄を歌う。この唄に 誘 いざな われて、 巖に 攀 よ じ登ろうとし、 渦巻きに落ちて命を終わる男が少なくない。ラインの上流、下流を通じて、ルールライの伝説ほどだれもが口にす る話はない。もっともこれは種種さまざまに変転、反響すること、さながらここなる巖壁の谺のごとし。数多の文 人が 扮 ふ ん 飾 しょく を施し
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遂にはほとんど似ても似つかぬ物語にまでなっている。 ルールライはラインの 水 ウ ン デ ィ ー ネ の精 である。彼女を目にし、 その唄を耳にする者は、 胸から心臓を抜き取られてしまう。 遙 か な 高 み、 そ の 巖 の 最 も 高 い 頂 き に 坐 る 彼 女 は、 白 い 衣 装 を 纏 ま と い、 面 ヴ ェ ー ル 紗 を 翻 ひるがえ し、 髪 を 靡 な び か せ、 両 の 腕 かいな で 差 し 招く。けれどもだれも傍には近づけない。男が巖の頂きに登りついても、さっと身を避ける。─
それからふんわ り戻って来て、 蠱 こ わ く 惑 に満ちた麗しさで男を誘う─
切り立った絶壁の縁まで。男の目には女の姿しか入らず、 足 あ し も と 許 が堅固な大地だ、と思い込んで前に踏み出し、谷底に転落して五体を打ち砕く。 ルールライの諸伝承は、お互い共通点がないのに、 陰 い ん う つ 鬱 で物悲しいところだけは似通っているが、そうした他の どれよりも明るい色調のものはかくのごとし。 昔むかし悪魔もライン河で船旅をし、 ルールライの巖のところにやっ て来た。この地峡がどうも狭過ぎる、と思った悪魔は、対岸の巨大な巖壁をどこかへ移すか、流れを完全に 堰 せ き止 ( ) 26 ( ) 27めて舟の行き来をできなくするような石塊に打ち砕いて、 拡 ひ ろ げてしまおうとした。そこで悪魔はルールライの巖に 背中をつっかって、向かい側の山裾のところで巖壁を持ち上げたり、押したり、揺すったりをやらかした。この巖 壁が揺らぎ始めた時、ルールライが歌い始めた。歌声を耳にした悪魔はどうにも妙ちきりんな気分になった。仕事 を止めたものの、なにかもうこれ以上我慢ができそうもない。なろうことならルールライを自分の愛人にして連れ 去りたくて 堪 た ま らなかったが、彼女は意の 儘 ま ま にはなりはしない。けれども愛欲のせいでおそろしく体が熱くなったの で、悪魔はもうもうと湯気を上げた。ルールライが歌い終えると、悪魔は慌てて立ち去った。このままだとずっと 巖に呪縛されてしまうに違いない、と考えたので。でも、悪魔がいなくなると、おや、まあ、不思議、悪魔の姿形 が、 尻 し っ ぽ 尾 も含めてそっくり全部、巖壁に黒黒と焼き付けられていた。こやつはこれを形見にルールライに残したと い う わ け。 そ れ か ら と い う も の 悪 魔 は、 二 度 と 再 び ラ イ ン の 歌 う 妖 セ イ レ ー ネ ス 女 に 近 寄 ら な い よ う 用 心 し た。 ま た し て も あ いつに絡め取られようものなら、おいらの仕事はしっちゃかめっちゃか、尻切れとんぼになっちまわあ、と心配し たのである。 さてルールライは今もなお 静 せ い ひ つ 謐 な月夜に歌い、今もなお巖頭に姿を現し、今もなお救済を待ち焦がれている。し か し か つ て 彼 女 に 惑 わ さ れ た 恋 い 慕 う 男 ど も は 死 に 絶 え て し ま っ た。 現 代 人 に は ル ー ル ラ イ の 巖 に 攀 じ 登 っ た り、 月明の夜小舟に乗って巖に近づくようなゆとりなど 微 み じ ん 塵 も。せわしない蒸気船の回転する 外 が い り ん 輪 は休むことなくそこ を通り過ぎ、そのごとごとざあざあという騒音をものともせずに突き抜けて響いて来るような歌声や伝説を語る声 のあらばこそ。 ( ) 28
九六 聖 ザンクト ゴアールの奇蹟 ア ク ィ タ ニ ア の 国 か ら 一 人 の 敬 け い け ん 虔 な 修 道 士 が ラ イ ン 地 方 と モ ー ゼ ル 地 方 に や っ て 来 た。 彼 は ラ ー ン 川 の 畔 ほとり に も しばらく滞在、キリストの教えを 弘 ひ ろ め、少なからぬ奇蹟を起こした。ルールライ下流に存するある 巖 い わ は今なお彼の 証 あかし と な っ て い る。 こ の 巖 に は 四 角 い 窪 く ぼ み が 彫 ら れ て い る の が 見 え、 聖 ザンクト ゴ ア ー ル の 説 教 壇 と も、 聖 ザンクト ゴ ア ー ル の 寝床とも呼ばれる。かの聖なる 御 お ひ と 人 はここで長いこと住み暮らして、福音を説き示し、遭難した舟人たちに力添え をした由。ライン河を隔てて互いに向かい合っている町ザンクト・ゴアールスハウゼンとザンクト・ゴアール・ア ム・ ラ イ ン に、 今 も な お、 そ し て 今 後 幾 久 し く、 聖 者 の 名 は 生 き 続 け る。 ザ ン ク ト・ ゴ ア ー ル の 背 後、 プ フ ァ ル ツ フェルトの近くにかつて聖者の記念柱が立てられたということである。聖者はザンクト・ゴアールにあった自分の 庵 あ ん し つ 室 で亡くなったそうだが、その跡地に彼に帰依した人人が礼拝堂を建立した。これはカール大帝の時代に既に存 在しており、旅人、 舟 ふ な び と 人 、巡礼、巡拝者に対して物惜しみせずもてなしをする歓待の家として名高かった。この地 方を領有していたカッツェンエレンボーゲン伯爵家の一員 によって造営された教会の地下納骨堂には聖者の等身大 の 彫 像 が あ る。 こ こ に は ま た か つ て そ の 他 に も 数 多 く の 聖 遺 物 が 奉 安 さ れ て い た が、 今 は 散 逸 し て し ま っ た。 聖 ザンクト ゴ ア ー ル を ト リ ー ア の 使 徒 と 呼 ぶ 者 が 少 な く な い。 か つ て 司 教 ル ス テ ィ ク ス が 特 使 ら を 遣 わ し て 聖 ザンクト ゴ ア ー ル を か の地へ召喚したことがある。ルスティクスは聖者の奇蹟の噂を耳にしたのだが、信じることができなかったのであ る。 聖 ザンクト ゴ ア ー ル は 使 者 ら と と も に 旅 立 っ た。 け れ ど も 道 中 は 荒 れ 果 て て い て、 人 跡 も 稀 だ っ た。 や が て 糧 食 が 尽 き、 特 使 ら は「 奇 蹟 が 助 け て く れ な ん だ ら、 わ し ら は 餓 か つ え 死 に い た す 」 と 言 っ た。
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す る と 聖 ザンクト ゴ ア ー ル は 奇 蹟 を起こした。彼が森の中に声を掛けると、乳の出る 牝 め す の 角 ヒ ル シ ュ 鹿 が三頭出て来て、乳を搾らせた。使者一行はこの乳の ( ) 29 ( ) 31 ( ) 31 ( ) 32 ( ) 33お 蔭 か げ で命を救われた。聖なる人がトリーアに到着して司教の前に案内された時、 彼は歩いたため体が 火 ほ て 照 っていた。 なにしろ暑い夏の季節だったので。集会所の大広間の中に着ている 外 マ ン ト 套 を掛ける場所か掛け釘がないかと見回した が、そうしたものは見当たらなかった。そこで彼は 外 マ ン ト 套 を広間に斜めに射し込んでいる陽光に掛けた。諸人は驚嘆 したが、司教は相変わらず疑い深かった。そしてたまたま同じ日に拾われた乳呑み児を連れて来させた司教が言う よう「おお、聖なる人よ、おぬしに 叶 か な うものなら、この哀れな 嬰 え い じ 児 の口から、この子の父親がそも 何 な ん ぴ と 人 なるや、我 ら に 聞 か せ て 欲 し い 」 と。 聖 ザンクト ゴ ア ー ル が 指 を 赤 児 の 唇 に 触 れ る と、 広 間 に 参 集 し て い た 者 た ち は 子 ど も の 口 か ら はっきり次の言葉を聴き取ったのである。 我ガ父コソ るすてぃくすナレ、 司教ナレ。 す っ か り 黙 り 込 ん だ 司 教 は 聖 ザンクト ゴ ア ー ル の 奇 蹟 を 起 こ す 能 力 を 信 じ、 そ れ 以 上 彼 を 試 み よ う と は し な か っ た。 そ し て赤児が更に語り続けることも望まなかったしだい。 か つ て カ ー ル 大 帝 は イ ン ゲ ル ハ イ ム に あ っ た 宮 廷 か ら 船 で コ ー ブ レ ン ツ に 行 幸 し た が、 聖 ザンクト ゴ ア ー ル の 庵 室 に 立 ち寄らずに通り過ぎた。これに気を悪くした聖者はひどい濃霧を生じさせたので、カールは上陸して、野天で一夜 を明かさねばならなくなった。これに反し、お互い憎しみを抱き合っていた大帝の息子たち、カールとピピンはた ま た ま 聖 ザンクト ゴ ア ー ル の 庵 室 で 落 ち 合 い、 聖 者 は 二 人 の 胸 に 宥 ゆ う わ 和 の 情 じょう を 注 ぎ 込 ん だ。 彼 は 大 帝 の 妃 フ ァ ス ト ラ ー ダ ( ) 34 ( ) 35 ( ) 36 ( ) 37
の懇願に優しく応じて、妃の激しい歯痛を治してやった。カール大帝は感謝して例の客もてなしの手厚い礼拝堂の 賄 まかな い 所 に 上 等 の 葡 ワ イ ン 萄 酒 を 一 ひ と た る 樽 贈 っ た。 聖 者 は こ の 酒 さ か だ る 樽 を 祝 福 し て 決 し て 尽 き る こ と が な い と い う 力 を 与 え た。 あ る時酒蔵管理係の神父が
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どうやらこの樽の能力を試し過ぎたせいだろう─
樽の栓をちゃんと締めるのを忘れ た。そこで樽からはひどく酒が滴り落ちた。すると一匹の 蜘 く も 蛛 がやって来て、栓の口の下でせっせせっせと糸を紡 ぎ 続 け、 と う と う 巣 を び っ し り 織 り 上 げ た の で、 一 滴 も 流 れ 出 さ な く な っ た。 亡 く な っ た 後 も ま だ 長 い あ い だ 聖 ザンクト ゴアールは永続するその奇蹟を起こす力でこうしたなべてのことどもをやってのけたのである。 九七 兄と弟 ライン河畔の隣り合った城塞シュテルンフェルスとリーベンシュタイン に二人の兄弟が住んでいた。彼らはしご く裕福で、 父から受け継いだ遺産で堂堂たる城郭を構えたのである。母親が亡くなると、 彼らは更に豊かになった。 もっとも二人には妹が一人いた。妹は目が不自由だった。兄弟はこの妹と母親の遺産を分け合うことになった。さ て彼らは─
その金はどっさりあったので─
めいめいが順繰りに 桝 ま す 一杯ずつ受け取るという形で分配することに し た。 盲 めしい の 妹 は そ の つ ど 同 じ よ う に、 桝 が ち ゃ ん と 一 杯 だ、 と 感 じ た。 け れ ど も 狡 こ う か つ 猾 な 兄 弟 は、 桝 が 妹 に 回 る 番 になるたびに、桝を逆さまにし、細い縁で囲まれている底を貨幣で覆ったに過ぎなかった。 瞽 こ 女 じ ょ は上からそれに触 れて、桝一杯分もらった、と満足し、そうではないなどとは思いも寄らなかった。彼女はこうして神を 蔑 な み する 騙 だ ま く らかしに 遭 あ ったわけだが、それでもそうした金は神の祝福に恵まれ、ボルンホーフェン、キートリヒ、 神 ノ ー ト ・ ゴ ッ テ ス の難儀 と いった三つの修道院にたっぷり寄進をすることができた。これに反し兄弟の金には絶えず天罰が下り、資産は減る ( ) 38 ( ) 39一 方、 飼 っ て い る 畜 群 は ば た ば た 死 に、 耕 地 は 雹 ひょう で 壊 滅、 城 は 崩 れ 始 め た。 や が て 兄 と 弟 は 仲 良 し だ っ た の が 仇 かたき 同士に変じ、つい近くに隣り合っている城塞の間に隔てとして厚い壁を設けた。この隔壁の名残は今日なお見るこ とができる。遺産がすっかりおしまいになると、敵対していた兄弟は和解して、また仲良くなった。けれども幸運 も祝福も授けられなかったのである。両人は一緒に騎馬で狩りに行く計画を調え、先に目を覚ました方がもう一人 を早暁窓の 鎧 よ ろ い ど 戸 に 箭 や を射掛けて起こそうではないか、と約束した。ところがたまたま二人とも同時に目覚め、同時 に 弩 いしゆみ の 弦 を 引 き 絞 り、 同 じ 瞬 間 に 鎧 戸 を 押 し 上 げ、 箭 を 発 射 し た。 そ の 結 果 兄 弟 そ れ ぞ れ の 箭 が 相 手 の 心 臓 に 突 き刺さった
─
これぞ二人が盲目の妹に対して犯した背信行為の報いだったのである。 こう語る者もある。運命の導きで兄弟の片方の箭だけがもう一人の心臓を貫いたのであって、生き残った片割れ は 贖 し ょ く ざ い 罪 の た め 聖 墓 へ の 巡 礼 に 旅 立 ち、 東 方 の 国 で 死 ん だ の だ、 と。 仇 かたき 同 士 に な っ た こ の 兄 と 弟 に つ い て 新 た に い ろいろ物語を創作した連中はまだ他にもあるが、そうした話は専門家なら一目で、その昔民衆の中に息づいていた 伝承ではない、と 看 み て取れる。 九八 さすらい歩く修道女 ニーダーラーンシュタイン 近郊、ライン右岸に、かつてマッヘルンという女子修道院があった。院内の規律はど う 考 え て も 神 に 嘉 よ み さ れ る も の で は な か っ た。 近 隣 の 幾 つ も の 修 道 院 か ら 修 道 士 た ち が 訪 れ、 放 ほ う じ ゅ う 縦 な 酒 宴、 大 騒 ぎ、 あまつさえ夜の輪舞まで行われるという始末。 深更になると修道士たちは乗り込んだ荷馬車をせわしなく 駈 か り立て、 小川に沿った谷あいの道をヘルヒハイムやニーダーラーンシュタイン指して帰って行った。信心深く徳高い修道女 ( ) 41はたった一人で、彼女はひたすらお祈りに身を捧げ、聖典の数数を一心に読み、一方仲間の尼僧たちはありとあら ゆる世俗の 快 け ら く 楽 に陶酔しきっていた。ある時、ミヒャエルなる名で、マリーエンブルクの傍の静かな谷に住んでい る 敬 け い け ん 虔 な 隠 い ん と ん し ゃ 遁者 が、嵐の夜修道院の門に 辿 た ど り着いた。折も折、修道院では 挙 こ ぞ ってラーンシュタインの教会堂開基祭 をことほいでいた。祝宴は大層な盛り上がりで、 愛 い と し恋しのお客様がたにも不足は無かった。隠遁者ミヒャエルは、 中へ入れて欲しい、 と要求したが、 俗界の罪を犯している女たちは霊界の目撃者を恐れ 憚 はばか り、 招き入れることなく、 雨 あ め つ ゆ 露 を 凌 し の ぐ屋根も元気づけの飲食も提供せず、そのまま外に置き去りにした。信仰 篤 あ つ い御仁は激怒して全修道院を 呪 じ ゅ そ 詛 し、 尼 僧 た ち を 梟 ふくろう と 夜 よ た か 鷹 に、 助 す け べ い 平 修 道 士 ど も は 悉 ことごと く 悪 ト イ フ ェ ル ス ラ ル フ ェ 魔 蛆 虫 に 変 え て し ま っ た。 そ こ で 朝 に な る と
─
修 道 院 は 消 え 失 せ て お り、 そ れ が あ っ た 場 所 は 蕭 し ょ う じ ょ う 条 た る 曠 こ う や 野 だ っ た。 以 来 毎 年 ラ ー ン シ ュ タ イ ン の 教 会 堂 開 基 祭 の頃ともなると、修道院が建っていた峡谷の奥から金切り声、わめき声、どんがらがっちゃの 莫 ば か 迦 騒ぎ、 猥 わ い か 歌 など が 聞 こ え る。 そ の 合 間 に は 敬 け い け ん 虔 な 歌 声 も 混 じ る の だ が。─
そ れ か ら お ぞ ま し い 修 道 士 の 亡 霊 ど も が 焰 ほのお を 上 げ る 車輪のついた荷車に乗って、谷沿いの道をそちらへ向かうのが見られる。あのただ一人の信心深い修道女はという と、 聖 夜 に、 そ れ か ら か の 開 基 祭 の 折 に、 生 真 面 目 か つ 穏 や か な 面 持 ち で、 谷 か ら 流 れ 出 る あ の せ せ ら ぎ の 畔 ほとり に 立つ風雨に 曝 さ ら された路傍のキリスト 磔 た く け い 刑 像のあたりへときたま 彷 さ ま よ 徨 って来る。なにやら本に読み 耽 ふ け っている様子で ある。彼女はだれにも害を加えはしないし、愛想良く会釈もするのだが、その姿を目撃するだけで多くの者はぞっ とさせられた。 ところで、隠者ミヒャエルが呪いを掛けてここなる土地から取り去ったマッヘルン修道院はモーゼル河畔のツァ イトリンゲンの傍で再び発見され、敬神の念 篤 あ つ い尼僧たちが住みついた。隠遁者ミヒャエルについてはこんな言い 伝えがある。彼は死期が迫ると、遺骸が埋葬されぬままにならぬよう、神に懇願した。すると、なんと、彼が息を ( ) 41 ( ) 42 ( ) 43引き取った時、ニーダーラーンシュタイン近郊の古いヨハネ教会の鐘がおのずと一斉に鳴り始めたのである。引き 綱を天使に引かれて。そこで人人が 馳 は せ参じ、 隠遁者の 亡 な き が ら 骸 を運び、 ヨハネ教会の墓地の聖別された土に埋葬した。 九九 シュタインの奥方 ナーエ 河谷のシュタイン城に同名の貴族の女主人が住んでいた。 彼女は寡婦で、 しごく雄雄しくかつ騎士らしかっ た城主を夫としていた。彼女はこの夫との間に四人の花も盛りの息女と二人の子息を 儲 も う けており、子息たちはいず れも既に騎士に叙任されていた。四人の息女は全て結婚していて、夫君は皆、非の打ち所のない、よくできた騎士 だった。ある時シュタインの奥方は息子たち、娘婿たち、娘たちを客として 豪 ご う し ゃ 奢 な宴会を催した。これら内輪の者 以 外 に は だ れ も 招 か な か っ た。 宴 席 で は 一 同 心 楽 し く 上 機 嫌 だ っ た。 す る と シ ュ タ イ ン の 奥 方 が こ う 語 っ た。 「 四 人の立派な騎士の婿殿、二人の立派な騎士の息子たち、四人のしっかり者で花も盛りの娘たち。そして 凛 り り 凛 しい騎 士でいらしたかの 御 お ん か た 方 の 寡 や も め 婦 が一人。わたしのように、かような幸せを誇れる寡婦がまたとありましょうか。わた しに授けられたこうした誉れの数数はまこと身に余るものです」と。
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母 ぼ ど う 堂 の言葉を聞いた子息たち、 息女たち、 そして 女 じ ょ せ い 婿 たちは、彼女を帝国一番の幸福な寡婦だと褒め讃え、母堂の健康と長寿を祈り、朗らかに酒杯をちりん と打ち合わせた。しばらくすると、シュタインの奥方は、部屋の外で何か指図か手配をして来ようといった風情で 座を立った。─
そして集まった者たちは長いこと歓談していたが、そのうち母堂が一向席に戻って来ないことに 気づいた。もしかしたらちょっとうとうとしようと横になっておいでかしら、と考えた娘たちはそっと寝室を 覗 の ぞ い たが、シュタインの奥方は中にはいなかった。下男下女に 訊 き いて回ったが、奥方が出て行くのを見掛けた者は一人 ( ) 44もいなかった。
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そして、 彼女がどこへ行ったかだれにも分からなかったし、 彼女の姿は二度と見られなかった。 つまり、奥方は決して戻って来なかったのである。 一〇〇 大胆不敵なクルツホルト その昔 下 ウンター ラーンガウ伯 クンツなる御仁がいた。ハインリヒ 捕 デア・フィンクラー 鳥王 の父にあたるドイツ王コンラートの 弟の息 子だった。─
伯は剛勇無双の武者だったが、姿形はちっぽけだった。そこでクルツホルトという 綽 あ だ な 名 を付けられ た が、 こ れ は 親 ド イ ム リ ン グ 指 小 僧 と お っ つ か っ つ の 意 味 で あ る。 け れ ど も、 ク ル ツ ホ ル ト の 体 た い 軀 く が そ れ は そ れ は 小 さ く と も、 彼 の 知 力 は そ れ は そ れ は 大 き く、 た め に こ の 勇 士 は 賢 者 と 言 わ れ た。 勇 士 ク ル ツ ホ ル ト は ハ イ ン リ ヒ 捕 デ ア ・ フ ィ ン ク ラ ー 鳥 王 を 鉄のように強固な友情で愛していた。クルツホルトの近縁者であるザリエル一族は王に対して 謀 む ほ ん 叛 を起こし、兵を 挙げたのだが。その中でもとりわけロートリンゲン公ギーゼルバート、フランケン公エーバーハルトは一軍を率い てブライジヒ の近く、アンデルナハ の下手で、ラインを渡河しようとした。クルツホルトは僅か二十四人の兵士と ともに対岸でこれを待ち構え、ロートリンゲン人ギーゼルバートが座乗する小舟が岸に着こうとした時、クルツホ ル ト が 恐 ろ し い 勢 い で 槍 を そ の 艀 はしけ に 突 っ 込 ん だ の で、 舟 は た ち ま ち 沈 ん で し ま い、 乗 っ て い た 者 は 全 員 ラ イ ン の 流れに巻き込まれて、水の 藻 も く ず 屑 となった。この 椿 ち ん じ 事 の最中、フランク人エーバーハルトは上陸を果たした。と見る や、クルツホルトはたちどころにそちらへ向き直り、 馳 は せ寄って、剣でエーバーハルトをずんぶりと刺し貫いた。 ハ イ ン リ ヒ 捕 デ ア ・ フ ィ ン ク ラ ー 鳥 王 が も は や こ の 世 に い な く な る と、 オ ッ ト ー─
添 え 名 し て 一 世、 ま た は 大 デ ア ・ グ ロ ー セ 王・ 大 帝 と も─
がドイツ王となった。この人もまた勇士クルツホルトを大いに尊重した。ある時王がクルツホルトとただ二人 ( ) 45 ( ) 46 ( ) 47 ( ) 48 ( ) 49 ( ) 51で 佇 たたず ん で い る と、 捕 ら わ れ の 獅 ラ イ オ ン 子 が 檻 お り を 破 り、 二 人 の 男 目 掛 け て 襲 い 掛 か る と い う 事 件 が 起 こ っ た。 得 え も の 物 を 持 ち 合わせていなかった王は、クルツホルトの 佩 は い け ん 剣 を取ろうとしたが、こちらは王に先んじて 獅 ラ イ オ ン 子 に突進、これを殺し てのけた。また別のある時、オットー王と 対 た い じ 峙 していたボヘミア公率いるスラヴ軍の陣中から巨人のように大きな ペ チ ェ ネ グ の 男 が 現 れ、 そ の 大 変 な 膂 り ょ り ょ く 力 と 恐 ろ し い 顔 つ き を 誇 示 し て、 オ ッ ト ー の 将 た ち に 決 闘 を 挑 ん だ。 す る と往昔の巨人ゴリアテと小さなダヴィデの勝負さながら、大胆不敵なクルツホルトがその前に進み出て、槍を用い ての 徒 か ち 歩 の闘いに誘い、大男の刺突を素早く 躱 か わ すやいなや、こちらの槍をすさまじい力でその体に突き通して、相 手を 斃 た お した。
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勇士クルツホルトにも苦手が二種類あった。 女と 林 り ん ご 檎 である。 それゆえ彼は妻帯したことがなく、 従 っ て 嗣 子 も い な か っ た。 け れ ど も ラ ー ン 河 畔 の リ ン ブ ル ク に 壮 麗 な 聖 ザンクト ゲ オ ル ク 教 会 を 創 設 し た。 こ の 教 会 を 彼 はかの龍退治の勇者のために龍退治をした場所に建立、奉献したのである。言い伝えによれば、昔一頭の 無 リ ン ト ヴ ル ム 翼龍 が この地に 棲 す んでおり、かつてあった城と今日の町の名の元であるリントブルクはこれに 因 ち な んだ、とのこと。このリ ントブルクが後世リンブルクに変わったしだい。剛勇クルツホルトの 奥 お く つ き 津城 は今日なおこの教会の中に見ることが できる。 一〇一 空の橋 その昔、隣接する二つの壮麗な城塞が誇らかにかつ雄雄しくアール川 の河谷から向かい合って 屹 き つ り つ 立 していた。両 者の間をアール川が深淵となってどよめき流れたのである。これぞヌーヴェンアール城とランツクローン城で、更 に峡谷の高みに空中 橋 きょう が架かっており、 二つの城の中心部を互いに結んでいた。 この城郭の両城主、 ヌーヴェンアー ( ) 51 ( ) 52ル伯とランツクローン殿は極めて親密な友人同士だったので、この橋を共同で建設したのである。橋材の接合には 筆舌に尽くし難い 伎 わ ざ 倆 が発揮され、橋脚が無いのに 堅 け ん ろ う 牢 無比だった。そこで、二人の友垣はいつ 何 な ん ど き 時 でも逢え、し かもどちらもさっと帰宅することができた。本来なら、隣り合っているとは申せ、騎馬で城を下り、また騎馬で城 に登るには数時間も掛かったのであるが。この仲良したちが死んでしまうと、橋は崩壊した。自然の力が滅亡させ たのである。ただ、どちらの城にも橋全体を頑丈に支える役目の基部が残されていた。たまたまランツクローン城 の 騎 士 の 子 息 が 隣 人 で あ る う ら 若 い ヌ ー ヴ ェ ン ア ー ル の 女 伯 と 恋 に 陥 っ た。 そ し て 二 人 は 父 た ち の 友 ゆ う ぎ 誼 を 忘 れ ず、 橋 を 取 り 戻 し た い と 切 望 し た。 そ こ で 伯 爵 の 姫 君 は 弩 いしゆみ の 箭 や に ご く 緩 ゆ る く 巻 い た 紐 ひ も 玉 を 結 び 付 け、 一 端 を 固 定 し て お いて、隣城へと箭を射渡した。こうして城同士が再び紐で結ばれた。そして〔この紐にくぐらせた〕 窓 カ ー テ ン ・ リ ン グ 掛けの環 に 付いたもっと細い紐がこの紐に沿って動き、これを使って、恋の 玉 た ま ず さ 章 やら愛の贈り物やらが明け方や 黄 た そ が れ 昏 刻 ど き に行っ たり来たりしたもの。細紐は、真っ白でも真っ黒でもないので、上の方で見てもよく分からず、下からは皆目見え なかった。相思の二人はこうしてその胸の 裡 う ち をよくよく理解し合うことができたので、やがて 華 か し ょ く 燭 の典を挙げ、言 い伝えが語るところによれば、橋をもう一度再建した、ということである。さて、やがてこの橋も崩壊、その後二 度と架け直されることはなかった。そして両城も崩壊、友誼も恋ももはやかしこには住んでいない。さよう、ヌー ヴェンアールの城塞はその廃墟を除いては消滅してしまっている。 一〇二 アルテンアールの 囚 と ら われ 人 び と たち 二代目のヌーヴェンアール城(ノイエンアール城 )の 瓦 が れ き 礫 は時の歯に 悉 ことごと く 囓 か じ り尽くされ、 もはや跡形もないが、 ( ) 53
片 や、 誇 ら か な ア ル テ ン ア ー ル 城 の 廃 墟 は 同 名 の 村 を 見 下 ろ す ご つ ご つ し た 円 錐 状 の 峰 に、 そ れ だ け 一 層 堂 堂 と 空高く 聳 そ び えている。強大な 地 ガ ウ グ ラ ー フ 域伯 たちがこの城から全土を支配したのである。そのうちの一人、 弟のコンラート ・ フォン ・ ホッホシュターデン が大司教としてケルンを治めていたホッホシュターデン=アーレ伯フリードリヒ は、 全 伯 爵 領 を そ の 二 つ の 牙 が じ ょ う 城 で あ る ア ー ル と ホ ッ ホ シ ュ タ ー デ ン ご と ケ ル ン 大 司 教 管 区 に 遺 贈 し、 た め に 大 司 教 管 区 は こ れ ら 強 力 な 城 塞 を う ま く 利 用 す る こ と が で き た。 あ る 時 ケ ル ン の 市 参 事 と 市 民 ら の だ れ か れ が 大 司 教 に 謀 む ほ ん 叛 し た 折、 反 大 司 教 派 の 指 導 者 で あ る 十 一 人 の 都 市 貴 族 た ち が 逮 捕 さ れ て、 ア ル テ ン ア ー ル 城 に 厳 し く 拘 禁 さ れ る に 至 っ た。 苛 酷 な 虜 囚 生 活 に 長 い こ と 苦 し ん だ 彼 ら の 唯 一 の 気 慰 み、 憂 さ 晴 ら し は 一 匹 の 小 こ ね ず み 鼠 だ っ た。 こ れ を 彼 ら は 手 て な ず 懐 け た の で、 鼠 は 物 怖 じ せ ず 傍 に 来 る よ う に な っ た。 も っ と も、 何 か 音 を 聴 き つ け る と、 さ っ と 素 早 く 自 分 の 穴 に 潜 り 込 む の だ っ た。 あ る 日 の こ と、 囚 と ら わ れ 人 び と た ち が い つ も の よ う に 小 鼠 が 楽 し げ に 麵 パ ン 麭 屑 く ず を ポ リ ポ リ や っ て い る の を 眺 め て い る と