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.は じ め に
古来,美学は哲学の一領域として,プラトン [エルラー 15]を始めとし,カント [佐藤 05] やヘーゲル [増成 87] など多くの哲学者によって語られてきた.カントは価値 を構成する要素として,真,善,美の三つをあげ,人々 が行動を計画あるいは評価する際の基準,あるいは,物 事を大事にする理由をこの三つのいずれかに帰着させ得 るものと考えた.真と善については人が生きるために役 立つことが容易に想像できるが,美はそれらの理由付け を拒否する.美しさの根拠は第一義的にはそれを感じる 主体である人の主観に置かざるを得ないとする主張をし ばしば耳にする.これは,いわゆる経験主義に基づく人 間観の典型である.心理学実験に依拠した認知科学研究 も,この考え方を引き継いだものと見ることができよう. 一方,多くの人々に合意される美しさという現象の 解釈として,自然の秩序あるいは合理性に根拠を求める 考え方もある.ヒト自身も自然の一部であり,美醜を判 断する機能も,二つの制約条件,情報処理機械一般に適 用される数理的な性質がもたらす条件と,それが長い年 月をかけて生物進化の過程から発生し得たものであると いう条件に基づき,解釈を与える試みである.デカルト [谷川 02]や現在の自然科学につながるベイコン[塚田 96] あるいはその後の [ニュートン 77] らの合理主義的世界 観は,思弁的な哲学から数理的アプローチへとつながる. 美学に対する進化心理学 [Buss 14] からの接近 [Dutton 10]も,ヒトの心理学的性質を進化的由来に基づき,科 学的必然性としての裏付けを見いだそうとしている. ヒトと同等の情報処理能力を機械で実現しようという 試みも長年にわたり行われてきた.20 世紀後半からの 計算機技術の進歩と,それを利用した人工知能研究およ び応用技術の発展は,それまで人間によって行われてき たさまざまな知的活動が,計算機を中心とする人工物に よって置き換えられること,ある種の知的作業は人工物 のほうが短時間に正確に実行できることが実証され,い くつかは実際に社会に実装され社会的価値を生み出して きた.1980 年代には知識工学 [小林 86, 野口 86] の名の もとに,計算機が人間専門家に代わって診断や設計を 行うという試みが多数なされた.Harold Cohen による AARON [Cohen 79, Cohen 95]は,開発者自身の絵画創 作に関する専門知識をある種のエキスパートシステムと して実現したもので,それが生み出した作品は,美術館 に展示され,また,アートマーケットでも実際に取引さ れる芸術作品として認められている[Garcia 16].ただし, マシン自身が自律的な作家として認められているわけで はない.もちろん,ここで使われるマシンは絵筆や彫刻 刀とは異なり,複雑な計算のゆえに,設計者も十分具体 的な予測が困難な動作をする.作者とこのような複雑な 機械とそれがつくり出す作品の関係については議論が必 要であろう. 動物やヒトが行うのと同様の機能を人工物によって 実現する試みは,内燃機関や電動機のような動力,自動 車や飛行機などの移動手段などの形で実現されてきた. ディジタル計算機による人工知能実現の挑戦も,ヒトの 情報処理能力の人工物による実現と見ることができよ う.ただし,実現の方法については,飛行機の翼が鳥の ように羽ばたく必要のないように,機能的な要求さえ満 たされれば,手本となる動物やヒトの構造をまねなくと もよい.多くの場合,ヒトによる発明や創作などの創造 的作業は,対象領域の専門知識に基づいて注意深く行わ れる.一方,古典的人工知能の常套手段である生成検査 法,あるいは生物の適応に習った進化計算では,探索空 間内において資源の許す範囲での膨大な数の解候補の生 成と評価を用いることが可能である.ヒトにとっては退 屈な単純な繰返し作業を含む場合には,機械は容易にヒ計算美学尺度を用いた抽象画像自動生成の
試み
A Challenge on Automated Generation of Abstract Images by
Computational Aesthetics Measures
畒見 達夫
創価大学理工学部情報システム工学科Tatsuo Unemi Department of Information Systems Science, Soka University. [email protected], http://www.intlab.soka.ac.jp/~unemi/
Keywords:
computational aesthetics, generative design, artistic value, art made by machine. 「AI と美学・芸術」トの能力を凌駕する. 以下では,著者の試みである進化計算に基づいた抽 象的な自動創作を事例として紹介する.前半は,[ 見 14],後半は [Unemi 16a] に基づいている.6 章は,本 稿のために書き起こしたもので,自動創作で用いた評 価尺度に対するもう一つの視点についての考察である. [Unemi 16b]に述べたように,マシンが創作する芸術の 可能性について思索するための材料としてお読みいただ きたい.
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.画像の生成方法
以下に述べる視聴覚作品の生成は著者が開発したソ フトウェア SBArt [Unemi 09] に基づいている.この システムは,対話型進化計算法 [高木 98, Takagi 01] に より画像を育種するツールとして作成され,1993 年に UNIXワークステーション上で稼働する最初の版が公開 された.さらに図 1 に示すようなユーザインタフェー スを備えた創作支援ツールとして拡張された [Unemi 98a].原理的には,この分野で先駆的な役割を果たした [Sims 91]の人工進化システムと同様に,関数式を表現 する木構造を遺伝型として用いる.この関数は,(x, y, t) で表される時空間座標から,色相,彩度,明度で表され る色空間への写像を表現する.ここで,二次元ベクトル (x, y)は画像内の画素の位置を表し,変数 t は動画にお けるフレームの時刻を表す.それぞれの関数式を構成す る関数記号として,負号,絶対値,三角関数,指数関数 など 9 種類の 1 引数関数と,加減算,乗除算,ベキ乗, 座標回転など 10 種類の 2 引数関数を用意する.また, 木構造の終端に対応する変数として,上記の三つの変数 の順列に基づく三次元ベクトル,定数として三つの実数 からなる三次元ベクトルを用い,関数も引数と演算結果 の両方に三次元ベクトルをとるものとする.ほとんどの 関数は,三次元ベクトルの各要素に独立に演算を適用す るが,第 1 引数と第 2 引数の第 1 要素の大小により,一 方の引数を結果とする選択的な関数も用意した.これら は,異なる二つのパターンのコラージュを生成する.遺 伝型の関数式の変数に画素の位置情報を代入し,結果を 画素の色として,矩形領域内のすべての画素について計 算を行い,画像を生成する.時刻が進むごとに指定され たフレームレートに従って時刻変数の値を変え,新たな フレーム画像を生成し次々と表示することで,動画を実 現する. その後 [Machado 02] や [Heijer 10] に刺激され,その 拡張として 2010 年から 11 年にかけて自動的な進化過 程を実装した [Unemi 12a].進化過程は最小世代間格差 (Minimal generation gap:MGG)モデル [佐藤 97] に 基づく世代交代および,遺伝的プログラミング [伊庭 01, Koza 92]で用いられる部分木交換による交 と記号変更 による突然変異を採用した.大きさの異なる部分木の交 換によって生じる構造の無制限な拡大を抑制するため, 子孫の遺伝子長には制限を加える.また,初期集団の各 個体がある程度の複雑さをもつことを保証するため,初 期集団の生成時に実行されるランダムな遺伝子生成では 最小長を設定する.選択のための適応度評価には,次章 で述べる計算美学尺度を用いる. 一つのフレーム画像の生成には画素数に比例する計算 量が必要となり,2009 年以前の版では 10 秒以上かかっ ていた.近年の進歩が目覚ましいグラフィックプロセッ サユニット(GPU)の並列処理能力を生かすようシステ ムの改良を行った結果,現在の版では,標準的なビデオ フレームレートの一つである 1/30 秒以内に 1 枚の画像 を描画することが可能になった [Unemi 10].3
.計 算 美 学 尺 度
さまざまな視聴覚芸術作品について,人間の批評家と 同等の判断が下せる計算機システムを開発することは, 計算創造性研究の究極の目標かもしれない.[Galanter 12]にあるように,これまでにも幾人もの研究者がこの テーマに関心をもち,それぞれの取組みを行ってきた. 本章では,それらの試みを俯瞰するための枠組みとして 二つの異なる考え方について考察し,ついで,SBArt に 実装された評価基準について概説する.なお,計算美学 尺度の研究の現状については,[Heijer 14] にやや詳しい 解説があるので,興味ある読者は参考にされたい. 3・1 数理合理主義的尺度 美の評価基準は個人の経験と文化から強く影響される ことは明らかであるが,一方,感覚器官や脳での信号処 理機能にも依存しており,このような知覚レベルの処理 は,文化や人種によらず人類に普遍的な要素を多く含む ものと仮定してよかろう.また,効率的な情報処理の合 理性の上からは,複雑さや揺らぎについての数理的な理 論との親和性が予想される. この発想に基づく一つの尺度は,情報量に関するもの である.知的好奇心はヒトを真理に誘導する契機として 図 1 SBArt4 の育種用画面の例有用である.強化学習 [Sutton 98] の視点からいえば, 意味ありげな刺激に注意を向ける行動を学習するために は,そのような契機への正の報酬の割当てが有効であろ う.D. G. Birkhoff は,意味のある信号と雑音の比に基 づいて美しさの数理的な尺度を提案した先駆者である [Birkhoff 33].我々は,単純すぎる刺激にも白色雑音の ような刺激にも興味を引かれることはない.この考え方 は,その後の計算美学の研究に大きな影響を与えている. M. Benseも基本的には同様の視点から「情報美学」の 名のもとに,美学に対する数理的再解釈を与えた [ベンゼ 97].彼の何人かの後継者は,その理論に基づいたある いはその拡張としての具体的な作品創作を試みた.[川野 84]にその一例を見ることができる.[Schmidhuber 97] もこの路線に沿った低複雑性アートの試みの一つであ る.このような試みは,ヒトの存在を仮定せずとも成立 する美についての普遍的な法則を見いだそうとするもの でもある.また,地球外生命体のための美の追求 [久保 田 17b] や圏論による芸術の再解釈 [Kubota 17a],さら に動物の名画への反応 [渡辺 16] や,類人猿の個体に絵 を描かせる試み [齋藤 14] とも関連する.ヒトとの美の 共有を拒絶する可能性も含め,マシンによる芸術を考え るうえで重要である. 3・2 認知経験主義的尺度 美を個人の心理機能が引き起こす現象としてみれば, その根拠がヒトの認知機能にあることは明らかであろ う.工学の文脈においても,製品をヒトにとって魅力的 に見せることは市場に陳列されずとも重要な設計指針で ある.ファジィ論理や人工ニューラルネットワークなど を含むソフトコンピューティング [前田 17] と呼ばれる 計算手法の多くは,ヒトの感性に合うよう最適化された デザインを作成するに有用であり,実際,それを目指し た応用を前提に考案されたものも少なくない.このよ うな手法は芸術作品をつくる機械を開発するためにも 役立つはずである.ファジィ論理は非線形あるいは複雑 な直感を定性的にコーディングする手段を提供し,人工 ニューラルネットワークは,具体的な現象の事例から一 般的な法則性を見いだす学習のフレームワークを提供す る.また,遺伝的アルゴリズムは複雑な状況に適応する 複雑な構造を構築する方法を提供する.例えば,[Li 12] のように,この方法によって人間の主観的嗜好の基準を 推定する試みはいくつか行われており,実際,顧客個々 の選好基準に適合した設計を行うことは有益であろう. しかし,芸術作品の評価基準は,例えば美術における色 彩と構図のように相互に強く依存するいくつかの異なる 側面の組合せと考えられるため,これらの手法を駆使し ても容易に実現できるとは考えにくい. 近年の「人工知能が創作した作品」と称するいくつか の試み,例えば The Next Rembrandt [ING 16] のよう に,過去に描かれた特定の画家による名画の画像として の特徴を分析し,作品の時代変化の延長として新作の画 像を外挿する試み,あるいはニューラルネットワークに よる様式変換 [Gatys 16] のように,ある作家の作品群に 共通する様式を学習し,写真などの別の画像を同様の様 式に変換する試みは,作家の心理状態にまでは明示的に 踏み込まないという意味では表層的であるにせよ,観測 可能なデータから美の基準を推定しようとする試みの一 種と見ることができよう. 3・3 SBArt4 に実装された尺度 静止画像についての以下のような六つの評価尺度を実 装した.(1)JPEG 圧縮を用いた擬似的な複雑性の評価, (2)全域的コントラスト,(3)明度傾斜角度の分布,(4) 色相値の頻度分布,(5)明度値の頻度分布,(6)彩度値 の平均と分散.個々の計算方法の詳細および尺度間での 標準化の方法については [Unemi 12a] を参照されたい. これらすべての評価手続きは,よく知られた画像処理の 技法を用いて容易に実現できる.(4)および(5)のた めの理想的な分布を設定するため,1 000 枚のスナップ 写真を分析し,その平均分布を用いることとした.予想 どおり,分布はほぼベキ法則に従うが,ランク上位の部 分は逆数に近くなる.(6)は色彩の鮮やかさに関するも ので,システム上ではユーザの好みを反映できるように なっている.ここで述べるシステムでは,初期は派手な 色彩に設定したが,その後,上述のスナップ写真の分析 結果を反映し,ややグレーに近い設定に変更した.これ らの尺度はすべて必要条件であると考え,重み付き幾何 平均をとることで全体の評価とした. さらに,動画として評価するには,各フレーム画像の 評価とともにフレーム画像間の変化にも注目すべきであ る.しかしながら,動画を構成するすべてのフレームに ついてそのような計算を実行するには多くの計算を必要 とし,現在,安価に利用可能なコンピュータシステムで 実用的な時間内に計算を終えることは難しい.例えば, 高解像度の 1 分間の動画に含まれる画素数は約 2 ギガ である.これを簡素化するため,ここでは,画像の大き さを 512×384 に縮小し,動画中の 10 か所のフレーム のみについて計算することとした.それでも,計算の対 象となる画素数は約 2 メガである.フレーム間の画像の 変化については,抜き出した 10 の各フレームについて, その直後のフレーム画像と,同位置の画素の色差の平均 値を評価に用いることとした.この値が大きいほど変化 が大きいものとみなし,理想的な値との差を評価値に反 映する.
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.自動化された制作過程
以下に述べる自動的な創作過程により,2011 年 10 月 14日から毎日 10 個の 20 秒間の映像作品がつくり出さ れ続けている.著者の研究室に設置されたマシンが毎朝決まった時刻に起動され,出来上がった作品は Web サー バにコピーされ,公開される.開始時点での設定は次の とおりである.ランダムに初期化された集団から始めて 200ステップの世代交代が実行される.集団サイズは 80 であるが,初期は 20 個体のみで,最初の 30 ステップに おいて生み出された子個体で残りの集団が埋められる. また,初期収束を防止するために,50 ステップごとに 新たにランダムに生成した 5 個体を下位個体と入れ替え る.最終世代の集団から適応度の上位 10 個体について, 公開用の動画および WebGL 用のデータを生成する.同 時に動画に同期した効果音も合成 [Unemi 12b] し公開用 の音声データを生成する. この時点では,2 個の 3GHz Intel Xeon デュアルコア プロセッサ,GeForce 7300 GT グラフィックスボード, MacOSX 10.6を備えた初代 MacPro 2006 を利用し,一 つの式が含む記号数の最大値を 120 に制限した.上記の 進化過程には約 90 分を要していた.2016 年 8 月からは, マシンを Mac mini 2011 2.7GHz i7,Radeon HD 6630 M に変更し,OS も 10.11 に,SBArt 自身も改版した.当 然,処理速度は向上したので,遺伝子の最大長を 200 に 拡張し,世代交代の数も単位を 50 ステップから 200 ス テップに増やし,それを 5 回繰り返す,つまり,全体で は 1 000 ステップを実行するよう拡張した.それでも, 計算時間は 15 分ほどである.また,世代交代モデルと してパラメータフリー遺伝アルゴリズム [Sawai 98] を 導入した. 全体の処理過程は,下記の付加的な作業も含め Apple-Scriptで書かれたプログラムにより制御される.Web 上での作品公開と同時に,6 秒間ずつを抜き出して一 つにまとめたダイジェスト版を動画投稿サイトに投稿 し,さらに最近 30 日間のダイジェストを並べたプレイ リストを編集する [Unemi 11a],さらに動画の URL を 一般公開型のソーシャルネットワークサイトに投稿する [Unemi 11b].また,それらの処理過程のログ情報を電 子メールで著者に伝達する. 残念ながら毎日の作成過程がすべて順調に稼働するわ けではなく,これまでに何回かバグや設定ミスなどある いは動画投稿サイトのシステム変更や混雑による不具合 により処理が完了しない場合があった.著者が現場で直 ちに復旧作業を行えない場合は,VPN や VCN を利用し た遠隔からの操作を可能とする設定も用意し,実際に数 回これを使って復旧した.このような機能は,長年にわ たり動き続けるシステムを前提にしたプロジェクトでは 極めて重要である.
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.人間美学尺度の推定と選集
3・3 節で述べた計算美学尺度は,3・1 節の数理的合理 主義に基づくものである.これら自身の妥当性について いえば,今までのところ確実な真理と言いきるまでの根 拠はない.また,これがヒトの美学に一致する必然性も ない.合理主義に基づいた基本的な考え方は,ヒトに依 存しない尺度の追求であり,進化心理学 [Buss 14] 的な 意味では,ヒトの美学は,合理主義的美学への適応を目 指して行われ続ける膨大な探索の途中結果とみなすこと ができる.進化が無限に続いたとして行き着く先も,局 所最適,つまり,他に多く存在するであろう異なる解候 補の一つに過ぎず,かつ,現時点では,それへ向かう途 中の状態ということになる.この意味では,合理主義的 美学尺度を用いた芸術作品の創作について,これまでに ヒトが歴史の中で繰り広げてきた芸術の文脈にどう位置 付けるべきかは議論すべきテーマであろう.鑑賞者とし てのヒト,特に芸術の歴史的文脈よりも作品に触れたと きの直感的感想を重視する一般鑑賞者に受け入れられる には,ヒトの美学尺度にある程度は適合したものとせざ るを得ないのではなかろうか. 5・1 遺伝的プログラミングによる選好基準の推定 著者は 2016 年 4 月に遺伝的プログラミングによる著 者自身の選好基準の推定を試みた [Unemi 16a].以下に その技術的概略を述べる. まず,自動的に作成された作品のそれぞれに評価点を 付け,上位の作品で選集を構成することを考える.評価 点は一般的には何らかの順位を決めるものであれば実数 である必要はないが,ここでは,作品の特徴ベクトルか ら単一のスカラ量を導く関数を推定することを考える. 関数の引数に代入される特徴量は,主に 3・3 節で述べた もの,および,その過程で得られる指標を利用する.ヒ トから主観評価を引き出す方法は,意思決定支援システ ム [飯島 93] の設計において種々提案されているが,こ こでは,著者が個々のサンプルを見て good,neutral, badの 3 段階評価を付けることとした.例えば 100 点満 点の具体的な点数を決めるとなると,作品間の相対評価 の整合性を保ちつつ点数を主観的に決めるのが難しく, 評価者の作業負荷が大きくなってしまう.ここでの評価 の目的は正確な評価点を決めることではなく,比較的上 位の作品群を抽出することであるから,このような 3 段 階というおおざっぱさは許容できると思われる. 2016年 3 月の時点までにすでに 16 000 個以上の作品 がサーバ内に蓄積されており,これらすべてを観察し評 価することは難しいため,サンプルとして 2016 年の 1 月 1 日∼ 4 月 1 日までの 920 作品のみを観察し,158 個 の good,113 個の bad,そして 649 個の neutral に分類 した.当初,Support Vector Machine [Tsochantaridis05]によるカテゴリー分類基準の推定を試みたが,十分 な成績が得られなかった.これは各特徴量が相互に複雑 に依存しており,領域の分離が困難なためと推測される. そこで,過学習的に陥る危険性は比較的高いが,表現能 力の意味ではより強力な遺伝的プログラミングによる評 価関数推定を適用することとした.遺伝的プログラミン
グでは各個体のゲノムは木構造をなす関数の形式で表現 される.ここでは,基本的な四則演算に三角関数や指数 関数を加えた演算子の集合を枝に対応する頂点の記号と し,作品の特徴量を表す変数と実数定数を葉に対応する 頂点の記号とする. ランダムに生成した関数群から出発し,教師データと して与えられた評価分類をより正確に導き出す関数に高 い適合度を与えることで,関数群を進化させる.関数 f によって評価されたサンプル作品 p の順位 r(f, p)の集 合に基づき,f の適合度 F(f)を次式で定義する. F ( f )= p∈P g (r( f, p),m(p)) (1) g (k,l)= k−1 if l= good |P |−k if l= bad 0 otherwise α α (2) ここで,P はサンプル作品の集合,m(p)は作品 p に 著者が与えた評価のラベル,つまり good,bad,または neutralのいずれか,αは(0, 1)区間の定数である.図 2は進化過程の監視の例である.集団サイズは 600 個体, 世代交代は 1/3 選択 [Unemi 98b],突然変異率は 1.75 を 遺伝子長で割った値である.遺伝子長さとは関数に含ま れる枝および葉を合わせた頂点の数であり,突然変異率 は,各頂点が他の記号に置き換わる確率である.また, 冗長な関数個体の発生を抑えるため,遺伝子長に応じた ペナルティを加えている.局所交配 [Unemi 98b] なども 混ぜながら何回かの試行を繰り返し,見込みのありそう な評価関数を選んだ.付録 A に,その関数を掲載する. 5・2 選 集 の 展 示 前節の操作で得られた評価関数を自動進化のシステム に適合度関数として埋め込むことも可能であるが,ここ では,すでに創作された大量の作品から,この評価関数 により上位 20%を選集として展示することとした.運 用を開始した 2011 年 10 月 14 日∼ 2016 年 9 月 2 日ま での作品を評価の高い順に並べ,上位 3 560 作品を得点 の高い順に再生する.一つの作品の長さは 20 秒である. つまり,選集全体を再生するには 20 時間かかる.多く の場合,展示の時間は午前から夕方までであり,1 日で すべてを再生することはできない.また,鑑賞者も展示 会場に 1 日中とどまって見ていることはなく,長くても 数分単位である.このことから,実際の展示では,その 日の展示が終了する時点で再生された作品の番号をファ イルに記録しておき,翌日の展示開始時にはその続きか ら再生を始め,選集のすべての作品の再生を終えた時点 で,再び最初の作品から再生を再開するようにした. 作品のデータは,動画ファイルの形式ではなく,コン ピュータスクリーン上でグラフィックプロセッサを用い て描画するためのシェーダ言語 GLSL [Kessenich 16] の 形式でディスクに保存されており,それを再生するため の著者の開発による専用のソフトウェアにより実時間で 描画する.これにより,一般に普及している動画ファイ ルのような圧縮による画像品質の劣化はいっさいなく, すべての画素が忠実に再現される.最近の多くのパーソ ナルコンピュータは,フル HD つまり 1 920×1 080 画 素のスクリーンに動きの滑らかな映像を描くには十分 な性能を備えており,さらに,上位機種では 4K つまり 3 840×2 160 画素のスクリーンにも対応できる.作品 の中には繊細なテクスチャもしばしば含まれるが,解像 度の違いにより,鑑賞者が受ける印象もかなり異なるも のとなる場合も少なくない.図 3 に上位 10 作品の画像 例を示す.
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.評価尺度の抽象レベル
3・3 節で述べた具体的な評価尺度は,ある意味でいず れも画像の表層的な性質に基づいている.つまり,ヒト が描く多くの絵画に見られるような,何かの主題に沿っ て,現実あるいは空想の三次元空間にある「もの」を描 いたとは考えない.ヒトは絵画を見ると,そこに何かが 描かれているものと仮定して解釈を試み,たいていの場 合,人物,風景,静物など,そこに描かれたものを読み 取ろうとする.写実派,印象派,さらにピカソやカンジ ンスキーらの作品も,そのような解釈を前提としたもの である.他方,[川野 84] が取り上げたピエト・モンド リアンや,抽象表現主義[尾崎 99]と呼ばれるジャクソン・ ポロック,あるいはマーク・ロスコといった画家の作品 は,そのような解釈を拒否する.つまり,作品はものを 描いたのではなく矩形の枠の中の二次元平面に並べられ 図 2 サンプル作品を評価する関数の進化計算による最適化を 監視する画面の例た色彩の配置であり,その視覚刺激から何かを感じ取る ことが鑑賞となる.上で紹介した著者の作品は,その意 味では機械による抽象表現主義の延長と見ることもでき よう.もちろん,ヒトの作家が作成する場合には,それ は何かの「表現」であることが期待され,実際,これら の作家も作品コンセプトについては何らかの説明を自身 で述べる場合,あるいは,批評家がその見識に基づいて 代弁する場合がある.しかし,上で述べた進化計算によ る創作過程の中に,そのようなコンセプトあるいは創作 動機を見いだすことは難しい.あえて探し出すとすれば, システムを開発する過程において著者が抱いていた動機 をもち出すことは可能だが,そうなると,作者の存在を 機械に求めるなら条件付きとならざるを得ない. 作者,作品,鑑賞者の関係を整理するための一つの手 段として,図 4 に示すような情報処理の階層構造を考え てみる.これは,Hearsay-Ⅱ [Erman 80] で提案された ブラックボードモデル,あるいは [Brooks 86] が提案し たサブサンプションアーキテクチャに似た構造である. それらは,音声認識や自律ロボットの制御など工学的応 用を念頭に置いた枠組みであるが,ここでは同様の構造 を芸術および美学の構造として持ち込む. コンセプトを語らなければ,抽象表現主義の作品と進 化計算による作品には二次元平面上の画像情報としては 大きな違いはない.これは図 4 におけるレベル 1 の範囲 であり,作品が鑑賞者に何らかの物理的感覚刺激をもた らすものであれば,美術,音楽,舞台などの形式とは無 関係にあらゆるジャンルに共通する.レベル 2 では,作 者側からは意図に沿った表現,鑑賞者側からは刺激の解 釈による認識が入り込む.残念ながら進化計算による創 作はレベル 1 の領域に留まっており,レベル 2 の創作に 要求される意図を見いだすことは今のところできない. 適合度の評価に用いた計算美学尺度を意図とみなせない こともないが,尺度を設定したのは設計者および使用者 であるヒトであり,機械自身がそれを変更する余地は与 えられていない. レベル 3 にある上位の目的や文脈を考慮した戦略的な 評価軸の変更などの能力をシステムに実装すれば,レベ ル 2 を包含すると認めてもよいだろう.これは不可能で はない.鑑賞者がヒトであることを前提にするならば, 上位目的はヒトを惹き付け感動させることに置いてもよ かろう. しかし,レベル 4 の人生の幸不幸に至っては,共感 性の問題も絡んでこよう.我々が芸術作品に触れると き,しばしば,その作者の人生に興味をもち,自らある いは身近な他人の人生と重ね合わせることで,感慨を深 くすることができる.これが機械となると果たして共感 などというものは可能なのだろうか.もちろん,映画や テレビドラマを見るように,つくり話であってもある種 の共感は可能である.また,犬やネコなどのペット動物 あるいは精巧にできた人型や犬型のロボットに対し,あ る種の共感を抱くことはある.生身の動物はいずれ死ぬ 運命にあることは現在のところ常識であり,であるから こそ命の尊さについて何らかの共感を生むことが可能で ある.犬型ロボットの葬儀が寺院で練り行われる [AFP 15]ことから見て,ロボットの修理保証が終わったとき, あるいは所有者が修理を諦めたときも,これと同様かも しれない.レベル 4 をヒトと共有するには,そのような 命のはかなさの共有が必須要件なのかどうかは議論の余 地があろう.
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.お わ り に
抽象的な視聴覚芸術作品を自動的に創作するプロジェ 図 3 上位 10 作品のフレーム画像の例 感覚 価値 行為 具体的 抽象的 物理刺激 現象・意味 快・不快 単純動作 ルールに 沿った行為 目的の 達成・不達成 状況・文脈 計画の 履行・不履行 人生の 幸福・不幸 意義・歴史 戦略的行動 価値創造 レベル3 レベル2 レベル1 レベル4 図 4 感覚・価値・行為の抽象度レベルクトについて紹介してきたが,これは美学尺度の問題だ けではなく,さらに芸術の意味について根本的な問題を 議論する材料をも与えるものである. 「美」の一歩手前の基準として,視聴覚刺激について の「興味深さ」や「奇抜さ」などの研究は,「人は何に 惹き付けられるか ?」という心理学的関心とともに,「人 を惹き付けるデザイン」という工学的応用への可能性も はらんでいる.このような研究は売れる商品のデザイン を効率良く見つけ出すという意味で有用かもしれない. しかし,芸術活動とは何かという視点から見ると,評 価は分かれるであろう.近代以降,個々の芸術作品につ いて作者が表に出され,作品の意味に作者の人としての 履歴が付いて回るようになった.つまり,単なる視聴覚 刺激としてだけでなく,それが創作されたさまざまな背 景,作者の人生経験や社会的状況といった文脈の中で作 品の意味が語られる.ここで述べた計算による創造の背 景には,そのような作者の人生は存在しない.有名作家 の権威に頼ったアートマーケットに対する批判としての ダダイズムやレディメードの運動も,その運動に関わる 芸術家の人生と,芸術の社会的位置付けの文脈で語られ るところに価値が見いだされており,計算機による創造 も,その計算機システムを企画・設計した人間を文脈に 組み込むことでそれを芸術たらしめる以外ないのかもし れない. あるいは,人工生命研究 [Langton 88] のように,「あ り得るかもしれない生命」ならぬ「あり得るかもしれな い芸術」を,人工物を使った仮想世界で生み出す試みな ら可能かもしれない.著者は仮想世界での大量の人生と 社会をつくり出すシステムによって,それに挑戦しよう と考えている [Unemi 18]. 謝 辞 SBArtの初期版についてコメントをいただき,ま た,インターネット上での配布を快諾していただいた Karl Sims氏,自動進化動画について有益なコメント
をいただいた,Daniel Bisig 氏,Philip Galanter 氏, Celestino Soddu 氏,Penousal Machado 氏,Simon Colton氏,Ian Gouldstone 氏らに感謝します.計算美 学についてともに議論し,有益な示唆をいただいた生島 高裕氏,藤井雅実氏,野村一夫氏に感謝します.本稿は, その執筆中に逝去された二人の恩人,長年の親友であり 著者のアートプロジェクトをさまざまに支えてくれた Keiko Taylor氏,および大学・大学院時代の恩師であり システム科学的探求の根幹を教えていただいた市川惇信 先生に捧げます.最後に本稿執筆の機会を与えていただ いき,さらに著者の遅筆に格段のご配慮いただいた中ザ ワヒデキ氏,草刈ミカ氏,高橋恒一氏,および編集委員 会の皆様に感謝いたします.
◇ 参 考 文 献 ◇
[AFP 15] AFP:イヌ型ロボット AIBO の「合同葬儀」千葉,http:// www.afpbb.com/articles/-/3041020, AFPBB News (2015)
[ベンゼ 97] マックス・ベンゼ 著,草深幸司 訳:情報美学入門 ─基礎と応用,(Max Bense: Einführung in die
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