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初等教育教員として児童の造形活動を支援するために求められる能力に関する考察(11) : 現職教員大学院生を対象とした「美術テキスト」の試案

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Academic year: 2021

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(1)初等教育教員として児童の造形活動を支援するために 求められる能力に関する考察(ll) ∼現職教員大学院生を対象とした「美術テキスト」の試案-. 初田隆*・前芝武史* (平成17年10月31日受理). A Study of Teaching Skills Required for Elementary School Teacher's to Children's Creative Art Activity (ll) ・A tentative plan of an art text for the incumbent teacher'. Takashi. HATSUDA・Takeshi. MAESHIBA. Abstract On this report, we showed a tentative plan of an art text for the incumbent teacher to study on its own. In addition, contents of a tentative plan were composed of a picture domain and a carving and modeling domain.. はじめに. I.現職教員大学院生を対象としたテキストの必要性. 兵庫教育大学附属実技教育研究指導センター(以後実. 本学では、平成19年度より修士課程と専門職学位課程 を併置し、より深い学問的知識や能力、高度な実践力を 備えた教員の養成を企図している。. 技センターとする)美術教育分野では、自学自習によっ て一定の実技水準に達したと思われる学生にグレードを 付与する「グレード制」を基軸に、学部学生の美術実技 力及び実技指導力の向上を図ってきた。また、初等教育 教員として求められる実技力の要素や構造、水準等を明. 教職大学院は「学校指導職コース」 「授業実践リーダー コース」 「心の教育実践コース」そして「小学校教員養 成特別コース」の4コースから構成される予定であり、. らかにする研究を進めてきた。 昨年度まで実技センターは学校教育学部の附属機関で. いずれも美術教育とは直接の接点を持っものではないが、 美術教育についての実践的理解を深めておくことは、各. あり、学部学生を対象に教育サービスの提供が行われて いたが、本年度からは大学の附属機関へと位置づけが変. コースに所属する現職教員にとって、今後の教育実践を より豊かにするために必要であると考える。. 更されたため、必ずしも活動内容を学部学生に限定する 必要は無くなったものと思われる。また、元来本学は大 学院大学としてスタートしたものであり、平成19年度か. 現在、美術の授業を受講する現職院生は、芸術系コー ス(美術)に所属しており、各校種で回工・美術を専門 に担当しているものが中心となっているが、他系の現職 院生の受講も少なくはない。筆者の担当する「絵画教育 論」の受講生も過半数が他系の院生であり、年々増加す. らは教職大学院が設置されることを勘案すると、実技セ ンターにおいても現職教員の再教育を射程に入れた研究. る傾向にある。他系受講生の受講動機は、 ① 「趣味の充 実」、 ② 「図工・美術への苦手意識の払拭」、 ③ 「これま. を進めていく必要があると考える。 そこで本稿では、現職教員を対象とした、自学自習の ためのテキストの試案を作成する。. での教育実践を点検し、今後の手がかりを探る」といっ た3点に大別することができる。 ①、 ②については、専 門性の伸長といった大学院における授業の趣旨に照らす と問題は残るものの、改めて美術の楽しさに触れ、理解. '兵庫教育大学実技教育研究指導センタ-. -蒲lλ.

(2) を深めることは、教員としての人間性を豊かにするとと もに、児童・生徒の造形活動-の理解を促すことともな る。一方、 ③の受講動機は、職業上の知識や技術を刷新・ 伸展させる大学院教育の目的にかなったものであるとい える。 現在の美術教育においても、情幸酎ヒや国際化、環境、 福祉などの現代的課題、また生涯学習社会への対応が求 められているほか、現代美術の生み出す新しい美的価値 をどのように教育-とつないでいくのかといった課題と 向き合っている。これらの課題に対応した美術教育の方 途を探るとともに、常に自らの美術教育観の刷新を図り 続ける必要があるだろう。 そこで、できるだけ多数の現職教員大学院生にも、美 術ないしは美術教育とのかかわりを求めたいところでは あるが、美術授業の受講には限界があるため、実技セン. 一幼小123456中123. ター美術分野では、自学用の美術テキストを作成・配布 し、希望に応じてテキストに基づく指導を行うというサー. 小・中学生のときに、園工・美術に対してどのような 感情を抱いていたのか、イメージ曲線に表わすことによっ て、当時の記憶がよみがえってきたのではないでしょう. ビスを企画することにしたのである。 次章に、テキストを構成する「絵画領域」及び「彫塑 領域」の原案を示す1)0 「工芸領域」 「デザイン領域」 「総合領域」については稿を改め検討したい。. か。子ともたちの気持ちを把握する上でも、自らの体験 を振り返り対象化することは重要であると思います。 さて下の図は、筆者が勤務する大学で、 1年生203名 を対象に行った調査の結果です2)。. Ⅱ.現職教員大学院生のための美術テキスト(試案) 1.絵画領域 これまで私たちは、 「よく見てかきなさい」という指. は. ま!ま! " 、ミ. ※. 導をしばしば行ってきました。どこをどう見てかけば良 いのか、観点が不明瞭であれば子どもは戸惑うばかりで. 、吉、t捕 ミ. !ざ,ガ!!:. く:≒ !ミ ミ. y. X とこ. X、!!ち. プ顎 r!. !=…. ! ミ、、さ. じ. 粥. 、ミ. 淵. :Z ″ 、 ミミ、 ミSJ. ″、プ^. 、こ き こ 一 一■. す。しかし、観察の観点や技法が示されていたとしても、 果たして、よく見てかくことが子どもにとってどれほど. ぎう汁. 、お. ◆. 近. ミ…、…! ここ、、 = 、 こ、ミミ. i だミ. 蘚. ′:! いこン. ノミW. ミ. ;a :2 3. 重要なのでしょうか。写実的な表現を目的とした指導の 積み重ねが、かえって子どもを美術の楽しみから遠ざけ てはいなかったでしょうか。. ニ. 黙 /:. 、憑. ! =l 消. 耗、 ∼…≡、ミミh. ;gプ. シ. …、、受;3 、弦. ミ ラが. YZ !…≡く 招. …. 、;H. Rミ=顕. ミ……誉. 、ミ″{!!、錦. 買針. 吉 !、!順. 諾. 蔦 、 諜. 一Z!. ;. 報. / //(< :∼ ;! ミ ニ、 E. 、ミ. :!ミ!ゴミ、E. ZZE. 汀. …、 …、※. lt. 、。. 、叢. H. 小1小2小3小4小5小6中1中2中3 学年. 本章では、美術教育の現状や問題点をふまえながら、 写実的にうまくかくのではなく、子どもが自分なりの価. 図工・美術に対する好感度は概ね高いといえますが、 確実に低下しています。特に4年生と中学1年生での低. 値を求めて楽しく表現していくための絵画指導のあり方 を探っていきたいと思います。. 下の度合いが大きいですね。中学1年生では平均すると 緩やかな低下となりますが、著しい低下を示す回答がか. (1)図工・美術への好感度の変化 あなた自身は美術が好きですか。また、小・中学生の. なりの数に上ります。しかし一方で上昇を示す回答も数 多く、好き嫌いが鮮明になる時期であるといえそうです。. ときはどうだったでしょう。. 上昇・下降の原因として記述されたもので、特に目立 つものを下に整理してみました。. ● 小 . 中 学 生 時 の 、 図 工 . 美 術 と の か か わ り を 振 り返 リ、 右 上 の 表 に イ メ ー ジ 曲線 と して 好 感 度 の 変 化 を 表 し て み て くだ さ い 0 ま た 、 上 昇 . 下 降 の 原 因 を 表 に 書 き込 ん で く だ さ い 0. -52-.

(3) 上昇の原因 内容. . 工作 . 版画 . 共同制作. = = 評価. . 褒 め られ た . コ ンク ー ル 入 選 . 展示された . 見 本 に な った. さて、子ともたちに写実性の高い表現を求めることは. 下降の原因 .袷. 本当に重要なことなのでしょうか。そのことを考える前 に、通常、どのような絵が評価されるのかをみていさた. .. ボ ス 夕 -. . 授業 が マ ン ネ リ . 課題 が 多 い . 時間内にできない . 先生 と意見 が 合 わ な い. いと思います。 (2)評価の高い絵. . 指 導 の 意 味 が わ か らな い . や らさ れ て い る感 じ . 作 品 を わ か っ て も らえ な い. ●次 の 3 枚の 絵 はいずれ も 「 楽器 を演奏す る友 だち」. ;評 定. . 成 績 が 上 が った. . 成績 が 下が っ た. をえがい た 3 年生の作 品です 0 あ なたの 「 好 きな作. …自己. . 楽 しい . や りが い が あ る . 思 い 通 りに で き た. . 楽 し くな く な った . 思 い通 りに で き な い . 他 と比 べ て下 手. 品」 をI つ選 んで くださ い0 また、一 般的 .と 「 学校 の先 生が好 む と思われ る絵」 は どれ で しよう0. w m. . 人 の 目 が気 に な る. ます、下降の原因として、絵やポスターがあがってい るのは残念なことです。自分たちが受けた絵の指導が負 担であったと感じている者が少なくないということです。 また評定(成績)の上下や、コンクール入選などが単純 に好感度に反映されています。 一方、教師の指導や評価が下降の原因となっているケー スが多数挙げられており、特に「先生と意見が合わない」、 「指導の意味が分からない」といった、教師の価値観が 子どもの思いと食い違っていることが子どもの好感度を 低下させていることが分かります。具体的には「髪の毛. ○好きな作品 ○教師が好むと思われる作品. の色は黒ではないでしょう」、 「あの子の肌の色はこうで はない」、 「もっとよく見てかきなさい」などの指導言が. ( (. ) ). 決まりましたか。. マイナスイメージとして記憶に残っており、写実指導の 問題性が窺える結果となっています。. では、この3枚の絵を用いた調査を紹介しましょう3)0 大学生と小学生を対象に、 「好きな絵(好感度)」、及び. 成績やコンクール入選、教師の指導や学習内容など、 これらはいわば外的な要因であり、子ともたちの好感度. 「学校の先生が好むと思われる絵」を選んでもらいまし た。結果、小学生、大学生ともにAの好感度が突出して. は外的な理由によって左右されるということがまず言え ると思います。換言すると、表現への態度形成が不十分. おり、 Bは最も低い数値となりました。逆に「学校の先 生が好むと思われる絵」については大学生、小学生とも. であるということです。成績の上がり下がりやコンクー ルの入落などには関わらず、表現すること自体が何より も楽しいのだといった、表現に向かう確かな姿勢が望ま れるところです。. Bが最も高いという結果です。 A、 Cはどちらかという とおおらかで子ともらしい印象の強い作品ですが、 Bは デッサンカ、構成力などに優れた側面を持っています。. 次に、自己評価に関わる問題について触れておく必要 があるでしょう。 「楽しい」、 「やりがいがある」などが. つまり、教師の評価は技術面が中心に行われると、子ど もたちは捉えているということです。. 上昇の理由となるのはすばらしいことですが、 「楽しく なくなった」、 「他と比べてへた」、 「人の目が気になる」. 自分が好きな作品と、教師が評価するだろうと予測さ れる作品とが一致しないということは、ある意味で不幸. などが下降の原因となるのは問題です。小学校3、 4年 生頃から自他の作品を客観的に比較し、自分の表現のっ. な状況であり、子ともたちは、自分の絵がいかに気に入っ ていたとしても、教師の判断基準に即していないのでは. たなさを意識するということはある意味で正常な発達の 一側面であるかもしれませんが、どのような点で自分の. ないかという不安を抱えているということにもなります。 一方、小学校の教師が本当にBを好んでいるのかどう かについての調査も行っています。結果、最も好感度が. 作品がったないのか、上手いと評価されている作品はど のようなものなのか、そこが問題ではないでしょうか。. 高い作品はAであり、予想と反するばかりか、大学生・ 小学生の好きな作品と一致しています。更に、 「作品の. 一般に教師や親に評価される絵、それは概して写実的で 上手な絵であって、自由に思いをかいた絵は次第に認め られなくなり、評価される絵とのギャップに苦しむこと. 指導、評価で注目したい項目」を問うと、 「意欲」、 「態 度」、 「個性」などが高い数値を集めています。 しかし、作品に評価のコメントをつけるという問いで. になるのではないかと思われます。. -53-.

(4) は、 「構図」や「彩色」などの技術面についての文言に. ● そ こ で 考 え て み た い の は 、 線 遠 近 法 と 他 の 遠 近 表 現. 偏るという結果でした。 このことから、教師が好ましく思う絵や評価したい事. の 間 に 優 劣 が あ る の か と い う こ と で す 0. 例 え ば ア. ポ リ ジ 二 の 人 々 の 空 間 表 現 は 文 化 的 に 遅 れ た も の な. 柄と、実際の評価場面で重視する要素とが異なっている という、二面性が浮かび上がってきます。教師は本書と. の で し ょ う か 0ま た 、 子 ど も た ち の 空 間 表 現 は 段 階 の 低 い も の な の で し ょ う か 0. は別に、美術、あるいは美術教育はこうあるべきだとい う思いに囚われていると考えられます。つまり、写実的 で技術的に優れているということが作品を成立させるた. (4)児童画の写実性. めの重要な条件であり、美術教育の目指すべき方向なの だと捉えられているのではないでしょうか。. 鬼丸吉弘はその著書の中で、日独児童画展の印象を次 のように語っています。 「日本の子どもの場合は小学校 の中ごろから上になりますと、私の見るところ絵の上手・. (3)緑遠近法 次の絵をよく見ると、何かおかしなことに気つきませ. 下手を問わず、概して空間に遠近法的な感覚が支配的だっ たのです。意識して集中遠近法的に画面をきっちりとま. んか?手前の人物と羊のサイズを比べてみると、羊がか なり小さいようです。. とめるというのでは必ずしもないとしても、大まかに言っ て遠近法的な原則に沿うような感覚で、場面が多くとら えられているということなのです」5)。一方でドイツの. ● で は 、 何故 、羊 が 小 さ くか か れ て い る の で し ょ うか 0. 子どもの絵は、遠近法の伝統を持つ因であるにもかかわ らずむしろ平面的であり、 「奇妙に思われた」と述べて います。. ヒ ン ト ‥こ の 作 品 は 17世 紀 初 頭 に か か れ た 「南 蛮 画 」 と呼 ばれ る も の で 、 日 本 人 の 手 に よ る 初 期 の西洋画 です0. ヘルマン・ブルクハルトの『現代ドイツにおける美術 の授業と子どもの絵』6)という本をご覧になったことは. (『洋人奏楽図犀風』一部)0. あるでしょうか。実際、そこに取り上げられている指導 法は写実性とは別の原理に基づいていることに驚くと思 臣. います。写実性に基づかないとはいえ、詩的・情緒的、 または放任的な美術教育ではなく、造形芸術についての. 嶋満. 基礎経験を積み重ね、文化的な態度形成をねらう、系統 的な指導法となっているようです。. 藍も志:土二:I.芽. では何故、日本では写実性が重視される傾向にあるの でしょうか。 日本では明治初期に西洋画が美術教育のシステムに取 り入れられたわけですが、 「西洋画の絵画観、いわゆる. 小さな輸入粉本を手本に、当時の画家は西洋の風景を 想像してえがいたと思われますが、羊の実物を見たこと がなかった画家が、西洋の風景画の中・遠景にえがかれ. 『写実』を基盤にした対象のとらえかた、三次元的なも のの見方は以後深く美術教育の世界に浸透し、西洋その. た羊のサイズから推し量ったため、実際よりも小さくなっ たのではないでしょうか。この作品には線遠近法が使わ れてはいますが、西洋画を見るまで日本人は線遠近法を. ものが20世紀に別な方向に流れを変えたにもかかわらず、 一般の人々の意識の中に、それは根強く定着しているか. 知らなかったのです。遠くのものを小さくかくというこ とに慣れていなかった訳です。そこで、このようなぎこ. のようです」7)と、鬼丸吉弘は日本における美術教育観 の形成について述べています。. ちない表現が生まれたのだと思われます4)O 現在では線遠近法が当たり前の表現であると一般に. 大正期には「自由画教育運動」が起こりますが、これ はその後の創造美育運動へと繋がる側面を持っていたも. 考えられていますが、あくまでも西洋で発明された表現 方法の一つであり、それは教えられることによって身に つくもので、決して人間にはじめから備わっているもの. のの、自然を手本にするという意味では、むしろ写実を 基礎とする絵画教育観を強化したといえそうです。岡本 太郎は「これ(自由画)が今日まですでに久しいあいだ、. ではありません。歴史的にも地域によっても様々な遠近 表現が用いられてさました。. それ以上に発展しないで、なお図画教育の基準になって いるところに、もはやあきたりない、時代おくれの古さ があるのです。自由画は印象派、つまり19世紀的な自然 主義の申し子です。だからその制約、なんといっても見 えるままの素朴な自然にたよるという考え方からは抜け られないのです」8)と述べています。この文章は1954年. -54-.

(5) に書かれたものですが、現在の私たちの絵画観・絵画教 育観は、当時と比べどれほど変化しているといえるので しょうか。. れつつけているのではないでしょうか。 画家が特別なものであるというイメージは「美術」や 「美術教育」に向けられたまなざしと通低しており、美. 私たちはキュビズムから始まり現代にいたる様々な美 術を知ってはいるものの、依然として写実性を基盤とす. 術や美術教育を一部の才能のある人間にとってのみ必要 なものであり、一般的な人々の生活とは無縁のものであ. る古い絵画観・絵画教育観を根底において引きずってい るのではないでしょうか。. るとする、閉じられた考え方に結びつくものであるとも 考えられます。 一方、調査から窺える画家イメージのモデルはゴッホ. (5) 「画家」のイメージ. (破滅)やピカソ(天才)などであり、作品についての 認識も、ピカソは例外として印象派あたりで留まってい. ● 「 画家 」 とい う言 葉 か ら どの よ うな ものを イメージ. ることがわかります。もはや写実性を主たる目的とはせ ず、多様な表現を生み出してきた20世紀美術への認識は 低いようです。. しますか0 連 想する言 葉 を10個 あげてみて くだ さい0. 「画家イメージ」を基に、一般的な絵画観を探ってみ ようと、調査を行いました103人から計1066個の言 葉を収集し、分類してみました。次に結果の一部を示し mm. 私たちは、美術を特別なものとして通常の生活や人の 成長から切り離し、一方では19世紀的な写実性を基準と する美術観・美術教育観にとらわれているように思いま す。. <画家イメージ> 性向個性(47)、変わり者(31) (177)内向的(15)、温厚(14)、神経質(ll) 自分の世界(8)、自由(7). (6)テーブルを囲む家族 子どもたちに写実性の強い絵をかかせることの問題に. 夢想的(6)、非社会的(5) ルーズ(5)、わがまま(2) 能力 創造力・独創性(28) (100) 豊かな感性(15)、創造力(9) 天才(8)、集中力(6) 生活・生計貧乏(22)、孤独(16)、自由(15) (83)っらいく6)、酒飲み(3) 作家名等コ.ッホ(23)、ピカソ(20)、モネ(9) (93)ルノワール(6)、印象派(5) 画家が「個性的」であるという印象が最も強いようで す。しかし、個性的といっても、 「自分の世界を持って いる」、 「自由」、 「夢想的」などのどちらかといえばプラ ス面の性向に繋がる場合と、 「変わり者」、 「わがまま」、 「非社会的」などのマイナス面とも結びついています。 また、能力としても「創造的」、 「豊かな感性」、 「天才」 などと連動しつつも、 「貧乏」、 「孤独」、 「つらい」など の破壊的な生活イメージも、画家の「個性」を浮き彫り にする要素として挙げられています。 つまり、画家は特別に個性的な存在であるが、二面性 を持つものとして捉えられているのです。強い個性のた めに一般とは異なり、憧れや尊敬の対象ともなれば、軽 蔑や好奇の対象ともなるわけです。しかし実際には、天 才的で、破滅的といった画家は、どちらかといえば少数 に過ぎませんoこういった二面性、つまりは「天才的な 芸術家の特異性とわがままの是認」lD)という考え方は、 画家自らが自分の作品を特化するための演出としてルネッ サンス期に作られたものともされていますが、現在では、 ある種の神話として、マス・メディアを介して再生産さ. ついて考えてさましたが、ここで皆さんにも絵をかいて いただきたいと思います。 ● 4 人 が け の テ ー ブ ル に家 族 4 人 が 座 っ て い る様 子 を か い て くだ さ い 0 鉛 筆 で 、 5 分 間 程 度 で か い て み て くだ さい0. 思い通りにかけましたか。 意外と難しい課題ではなかったでしょうか。小学校低 学年ではいわゆる展開描法でかくことも多いと思います。 展開描法でかくことに何のためらいも無くのぴのぴと表 現することもあると思います。先にも触れたように、空 間表現には様々なスタイルがありえるわけで、子ともた ちは、それぞれの描画発達の段階に応じて自分なりの表 現形式を選んで表わします。 しかし、 「見たとおりにかく」という目標を置いた場 合、視点を定めてかく、つまりは遠近法でかくことが要 求されるようになるわけですが、これは大人にとっても とても難しい課題となってきます。子どもたちも、高学 年になれば自分の写実描写の限界性を自覚してきます。 絵をかくということが、遠近法に裏付けられた写実的な 表現を目標とするのであれば、意欲をなくす子どもが出 てさてもふしぎではありません。実際、大人(教師も含 めてですが)の中で、自信を持って絵をかくことが出来 る人は少数に過ぎないのではないでしょうかoしかし、 子ともたちにはかなり困難な課題を強要しているのでは ないかと思います。これはどこかおかしい、と思いませ んか?. -55π.

(6) (7)下手なリンコ. 自分が信じる道を進むことの大切さだった」13)。 アウトサイダー・アートの担い手は結果として精神的. もう一枚かいてください。. な障害を持つ人などが多いのですが、これらの作品はし ばしば「子どもがかいた様な気取らない素朴な表現」と. ●今 度 は 、 お も い つ き り下 手 な リ ン ゴ の 絵 で す 0 但 し、 - 応 は リ ン j .の 特 徴 は表 現 して く だ さ い 0. 下手な絵をかけといわれても、どういった絵が下手な. 形容されています。しかし実際には、子どもの表現は学 年が進むにつれ子どもらしい素朴さが失われていくこと. のか、イメージしにくかったと思います。そこで、.実際 のリンゴの像を思い浮かべ、そこからできるだけ離れた. が多く、これは実に惜しいことではないでしょうか。 再現的に上手くかかれた絵自体を否定しているわけで. 表現を心がけたのではないでしょうか。結果、リンゴを 忠実にかきうつすよりも、個性的でおもしろい表現にな りませんでしたか。. はありません。写実性を規準として、子どもの絵を上手 い・下手と判断しがちな私たちの価値観を問い直す必要 があるのではないか、また、子ともたちが失敗をおそれ. 写真技術が普及し、対象を忠実に再現することが絵画. ず自信を持って表わしたいものを表わすということを保 障していくことが重要であると思うのです。. の日標として成立しえなくなったこともあり、 20世紀の 画家たちは、出来るだけものの外観からかけ離れた表現. (8)子どもの描画発達. を求めてきたということもできると思います。そこで現 代人の心理に応じた多様な表現、画家の個性が見出され. 次に、子どもの描画発達の筋道について考えてみたい と思います。. てきたのではないでしょうか。 ともあれ、下手にかくということにはある種の解放感. ● 小 さ な 子 ど も に な っ た つ も り で 、 点 打 ち か ら な く..リ が. を感じるものです。小学校の中学年以降、自分の絵に自 信がもてなくなるという問題について、岡本太郎は次の ように述べています。. きヘ と、 子 ども の 描 画 発 達 を た ど って み て くだ さ い0 た だ し、 利 き 手 と は 反 対 の 手 で か い て み ま し よ う 0. 「絵はうまくなければならないものだという考えがす でに頭にあり、自分の描いているものなんか、まずくて、 人前に出せないようなものだと思いこんでいるからです。 もし、ほんとうに絵はまずくてもいい、むしろまずいほ うがいい、ということになっていれば、平気で描くこと ができるし、安心して人に見せられるでしょう」11)。 ある意味で、上手い絵、下手な絵の区別をつくりだし ているのが美術教育であるということがいえるかもしれ ません。 正規の美術教育とは無縁に、または、美術のシステム から疎外された人たちによってつくられた作品はアウト サイダー・アート、或はナイーブ・アートなどと呼ばれ. 利き手と反対の手をコントロールしながら線をひくの はさほどたやすいことではなかったのではないでしょう. ており、近年、関心が高まってきています。 谷川晃一はナイーブ・アートは「近代の理性的で分析. か。そう考えると子ともたちは実に困難な作業を行って いるということにもなります。同じ直線も手を動かす方. 的で客観性を重んじた合理的価値観からは、はすれた存 在である。だが、そうであるからこそ、このナイ-プ・. 向によって因難さの度合いが異なることに気つきました か。このようにして子ともたちは手先の運動技能を高め. アートは遠近法など合理的で客観的な視座を持つ写実絵 画ではとらえることのできないもう1つの美術の魅力、. て行き、そしてかかれた線や円に意味つけをしていくよ うになります。. 親しみ深さや幸せな感覚を、魔法の泉のようにたたえて いるのである」'2)と述べています。. ● 次 に 利 き 手 と 反 対 の 手 で 「頭 足 人 」 を か い て み て く だ さ い0 あ な た が これ ま で に獲 得 した 技 術 は 、直 線 .. また、服部正はアウトサイダー・アートとの出会いを 次のように述べています。 「その自由奔放な表現は、私. 曲線 、 及 び 円 を か く こ と だ け で す 0 ● また、子 どもた ち は どう してあ のよ うな頭足人 をか. にとって衝撃以外のなにものでもなかった。その強烈な 印象によって、私は美術に関わる仕事を目指すようにさ. くの か 、 考 え て み て く だ さ い 。. えなった。アウトサイダー・アートが私に与えてくれた もの、それは人の目を気にして自分の気持ちを押さえ込. 頭足人が出現する前の段階で、円に点を打ったものな どを「お母さん」とか「お父さん」と名づけていたこと. むのはつまらないということ、例え周囲に笑われても、. から、おそらく、頭足人の顔のように見える部分は存在. -56-.

(7) 全体を表わしているのだろうと思われます。円から外部 に伸びる線は、やがて手足を意図するようになるのです. な造形刺激を与えながら、子どもの内発的な表現を見守 り育てていくことが大切なのではないでしょうか。. が、当初は外界への働きかけを表わしてい声ものと考え られます。見たものをそのままかくのではなく、対象に. (9)生涯にわたって美術と親しむ. 同化して、そのもののあり方を絵として組み立てたもの と思われます14)。. 私たちは、小学校・中学校における子ともたちの造形 経験が、学校教育の中だけで閉じられてしまうのではな く、将来、文化的な生活の基礎となって働くことを願っ. ● 次 は 「魚 を 食 べ た 苛 苗」 を か い て み て く だ さ い 0 や は. ています。そのためには、美術が楽しく、自分とかかわ りの深い活動であるということを感じ取れるように指導. リ、 直 線 と 曲 線 、 円 だ け で 、 利 き 手 と 反 対 の 手 で 0. どのような表現になりましたか。猫の前に骨だけになっ た魚をかかれたかもしれません。おそらくある段階の子. する必要があると思います。 また、生涯にわたる美術との関わりを想定した上で、. どもは、猫の絵のちょうどおなかに当たる部分に重ねて 魚をかくのではないでしょうか。子とものすばらしさは、. 現在の子ともたちに求められる基礎的な力を考えたいも SS*#. 見えないはすの魚を当たり前のように透視的にかいてし まうところです。これを、つたない絵と片付けてしまう. 生涯発達の視点から絵画表現(鑑賞)の発達課題を捉 えるならば次のようでしょう。. ことは出来ないのではないでしょうか。子どもの描画を 幼年期 学童期. 通した工夫、そして成長を称賛するべきだと思いません か。 幼児期にはレントゲン描法のほか、興味あるものを拡 大したり、展開描法で表わすなど、自分の知っているも のを絵画空間に収めるための様々な工夫を行っていきま. 表現と結びついた諸能力の発達。 表現を通して世界を意味つける。. 表現を通して内面世界を採る。. す。下の絵には、基底線が2本かかれています。向こう の方を歩く友達をかくには基底線が2本必要だったので. 表現を通して生きる意味や価値を 見出す。. しょう。基底線を発見すること自体、子どもにとっては すばらしい創造性の発現であるといえます。. 空. 表現を通した人生の振り返り・死 への準備。. 新学習指導要領では、基礎基本を道具の使い方や表現 技法などの知識・技能ではなく、状況に応じて働く、多 様で弾力性のある「学ぶ力」であるとされています。生 涯にわたって表現(鑑賞)を楽しみ、かかわり続ける力 と捉えることもできると思います。 そのために重視したい絵画表現(鑑賞)の基礎基本と はどのようなものでしょうか。 ●生 涯 .l= わ た って 美 術 を 楽 しみ 、 美 術 と関 わ って い く 為 に 必 要 な 力 を 考 え て み て くだ さ い e. こうした子どもの描画発達は、一歩一歩、子どもが自 分で切り開いていくべきもので、そのことによって世界 を造形的に把嬉し、創造性を伸ばしていく貴重な営みで. (10)絵画学習の基礎基本 今、求められる絵画学習の基礎基本について私なりに. あるといえます。写実性が乏しいからまだまだったない と見て、次の段階へと早急に引き上げていくという指導. 考えていることを次に述べたいと思います。 (力想像する力(技術). は、かえって子どもの創造性を損なうことに繋がりかね ません。とはいえ、大人にはかけないおもしろさを過大. 想像力とは、今、実際に目には見えていないものを思 いうかペる力であり、素材と触れ合いながらぼんやりと. に評価しすぎるというのも問題です。子どもが次のステッ プへと歩を進めることを鈍らせかねないからです。. 思いをめぐらせるといった行為から、ここに赤色をおい たら絵がどう変化するだろうかと集中して次の展開を想. 子どもが表現しやすいように造形環境を整備し、適切. 起すること、また、白い画用紙を前にかきたい桧のイメー. -57-.

(8) ジを強く思いえがくなど、描画活動の根底に、常に想像. でしょう。. 力は働いています。進んで活動を深めていく為には表現 したいものへの思いをふくらませてゆくことが欠かせま. そういったデッサンカを鍛えることが人間の創造性・ 想像力を健全でしっかりとしたものへと育てていくのだ と思います。. せん。そのための方法、想像する技術を指導する必要が あると考えられます。 また、人間にとって想像力とは、こうなるだろう、こ うありたいなどと、ものごとの可能性を予測したり願っ. 2.彫塑領域 昨今、確かな学力の育成に向けて、教育現場でも目標. たりすることによって、その実現に向けた働きかけを引 き起こすものですが、必ずしも、正しい方向にのみ作動. に準拠した授業構想、支援、指導、評価が求められるよ うになってさました。こうした背景を受け、現場での教. するわけではなく、人を傷つけたい、奪いたいなどの負. 員には、授業の構想力や指導力、これを支える専門性が. の想像力もありえます15)。想像力を鍛えるということは、 負の想像力を厳しく是正し、よりよい未来を築く為の創. 一層求められるようになってきた他、各自の教育実践が 教科領域の観点からすると何処に位置つけが可能なのか、. 造的想像力を高めることであるといえるでしょう。 (診発想する力(技術). 今後とのようなことに繋がっていくのか等を考えていく 必要が高まってさました。. 新しい何ものかを生み出すときに働く想像力は創造的 想像力と呼ばれていますが、 「発想する力」と捉えるこ. 彫塑領域では、大学院における初等中等教育の現職教 員を対象に、彫塑領域の造形的本質の観点から、彫塑領. ともできると思います。 絵の構想についてあれこれと思いをめく``らせているう. 域の専門性の伸展を目的としたテキストを考案しました。 現場での指導は、やはり園児をはじめ児童・生徒を受容. ちに、ふいにすばらしいひらめきが訪れることがありま す。発想することを技術として焦点化し、習熟させるこ とが必要だと考えます。発想法としてはシネティツク法. しつつ無理を強いない範囲で指導にあたってもらいたい のは他領域と同じですが、本稿では、彫塑分野の授業構. やKJ法などの方法論が開発されており、ある程度シス テイマテイツクに発想の技術を高めることが可能である. 想にあたり、彫塑について現職教員が一通り理解しても らいたいところについて塑造を中心に述べるとともに、 教員に付けさせたい彫塑で求められる実技力を養うトレー. と思われますが、絵画制作において自分なりの発想法を 身に付けるようにしたいものです。. ニングの内容をワ-クブック形式で載せることにしまし た。. ③発見する力 絵をかくことによって様々なことに気づいたり、見出. 無論本稿の内容は幼稚園や小学校の授業に直接流用す べきものではありませんし、低年齢の子どもには、所謂. したり、膨らんだりする、このことが絵をかく喜びに繋 がるものと思います。. あわせた遊びの中から、主体性を育む教育を行うべきで あると思われます。しかしこうした教育をより一層充実. 絵をかくために目的を持って対象物を観察すると、日 頃見過ごしがちな対象物の特徴を発見することがありま す。また、かくことによってそのもののあり方について. させるためにも、造形芸術の本質や原理を知った上で、 現場での授業構想や授業実践に役立ててもらうことが出 来ればと考えています。. の認識を新たにしたり、自分の内面の変容や秘められた 力に気付くこともあるでしょう。技法とその効果を発見. (1)彫塑教育の現状と課題 現在の学校教育の現場では、いわば平面芸術の枠組み. し、うれしくなることもあります。 そこで、たくさんのことを発見しようという構えをつ くり、また、発見するための観点のようなものを自分な. に入らないものが全て立体造形として扱われているのが 概ねの現状です。そして時に、こうしたものがそのまま. りに定めておくことが大切になってくると思います。 ④デッサンカ 見えるものを正確に写すという意味でのデッサンでは. 安易に彫塑領域として扱われることも少なくはないよう です。こうした現象を見ると、彫塑教育は混沌としてい るといわざるを得ません。しかしながら学術的に見ても 彫塑は当然そういったものではありません。彫塑領域は、. なく、むしろ見えないものを可視化することがデッサン であると考えます。見たことや感じたこと考えたこと、 心の奥底にあるものなどを表わす、そのことによって自 分の考えや思い、 「見るということ」をより深め、確か. 人体塑造を中心とし、木彫、石彫、鋳造等の分野にまた がったものですが、こうした混沌とした現象の背景には、 彫塑領域の造形的本質が現職教員に浸透していないこと. なものにしていく、そういった往還的な活動がデッサン. が挙げられます。こうなれば、児童・生徒の本来的に持っ. なのではないでしょうか。 子どもの絵も、大人の絵も基本的には、心の内部にあ る見えないものを、見えるように表わしたものといえる. ている良いものを伸ばすことが出来ないばかりか、時と してその芽を摘むことにもなり兼ねません. また実際の例としては、授業で粘土が扱われていたと. -58-.

(9) しても、教員が彫塑の本質を知らないでいるが故、粘土 細工の範噂を出ない視点で指導が行われていたりする場 面に出くわしたりするほか、彫塑分野の授業であったと. 的機軸も著しく異なります。こうしたオブジェは、造形 的に見るならば彫塑とかけ離れたものであると判断され がちですが、図画工作科教育や造形遊びといった内容を. しても、指導者は指導したい内容を言葉として表現する のが難しく、そのため指導の言葉掛けも「モデルをよく みなさい」とか「モデルはこうなっているでしょ」といっ. 鑑みると、非常に重要なものでもあるということがいえ ます。 (従って低年齢の子どもを教育の対象とするとき は、これらも立体表現として総合的・総括的に考え、そ. たものになり、このため教師はしばしば児童・生徒の作 品に手を入れざるを得なくなるということが挙げられま. れらの内容・本質を参照した上で扱う内容を精選し、授 業構想を行う必要があるかと思われます)。以上からも. す。現在でもしばしば見られるこの指導法は、明治時代 二部美術学校にイタリア人彫刻家ラグーザが教授として 招噂された頃のままであるといえます16)。これらから課. 彫塑とは、彫刻芸術の中でも特に従来型の彫刻、即ち彫 道と塑造(鋳造までを含む)の領域を指すものであると いうことができます。. 題や問題点となるところをまとめると、 ●彫塑という領域が哩味になってきていること ●彫塑の本質が教師に浸透していないこと ●言葉で表すことが難しいこと. 彫塑領域では塑造が主たる領域を占めますが、これに は塑造分野で用いられる粘土という材料が、形態の試行 錯誤が行いやすく、このため形態の厳密な追及に適して いるということが背景にあります。また児童・生徒にとっ. ●児童・生徒の作品に教師が手を入れること が浮上します。. ても、粘土は非常に人気のある造形素材であるばかりで なく、大人から子どもまで皆がそれぞれの段階において 楽しめるものです。. こうした事柄を背景とし、本稿では、彫塑について現. 塑造分野では、通常人体(主として裸体。着衣の場合 もあります)をモチーフとすることが多いですが、その. 場の教員が知っておいてほしいと思われることや、彫塑 教育(制作・鑑賞)を考える上で、或いは、彫塑分野の 授業を構想する上で、更には現場において的確なアドバ. 内容は動物、鳥類、魚介類、果物、野菜、昆虫、草花、 身のまわりのもの等にまで及びます。魚介類、果物、野. イスや助言をおこなうのに必要になってくるであろうと 思われるところを中心に述べていきたいと考えています。. 菜、昆虫、草花、身の回りのもの等は比較的子ども向け のモチーフといえるでしょう。モチーフの扱いも、写実 的なもの、象徴として扱ったもの、あくまで造形の出発. (2)彫刻と彫塑一領域とその特色一 彫刻という言葉は比較的馴染みのある言葉ですが、彫. 点とし、現実の形をさほど重要視しないもの、参考とし て扱うもの等様々ですO丸彫ではモチーフや表現方法は 絵画に比して多少制限されますが、レリーフ(浮き彫り). 塑という言葉は、余り聞き慣れないものであろうと思わ れます。彫刻はsculpture、彫塑はsculptureの他、特に carving and modelingと訳されます。木版画(これは絵. では、物理的制限が軽減するため、モチーフは相当に広 げることが可能です。丸彫でしばしばモチーフとされる. 画領域)を彫る技法はengravingと訳され、 carvingと は区別されます。また、彫塑というと単に塑造を指す場 合も見られます。. 人体では、全身像のほか、トルソ(胴部の像ないしは腕 脚、頭等を欠いた像)、胸像、頭像、その他手等の部分. 彫刻芸術には、木や石等の塊材を主に彫ることで造形 を進める彫造領域、粘土や石膏等、可塑材を集積させた. 像があります。概して言うと、塊の数が多い全身像が最 も難易度が高くなる傾向が見られます。作品の大きさも. り削ったりして造形を進める塑造領域(鋳造、即ち castingはこれに付随する形で扱われる場合と、彫造・. 様々ですが、等身大、 3/4、 2/3、 1/2、 1/3等がポピュ ラーです。概して言うならば大きなものほど難易度が高 いといえます。人体以外でモチーフとなるものの特徴は、. 塑造と並列して扱われる場合があります)の他、鉄板等 をはじめとする面材、針金等をはじめとする線材等を扱っ た集合彫刻、紙を用いたペーパースカルプチャー等の領. およそ粘土という柔らかい材料に耐えうるような塊になっ ているものが多いかと思われます。. 域が存在しますが、塊材を彫るないしは可塑材で造形的 な試行錯誤を行うもの以外は、近年において展開された. (3)人体とその表現について. 彫刻表現として、彫塑と区別する考え方もあります。ま た、ダダイズム以後見られる既製品を用いたレディメイ. 彫塑領域では人体がしばしばモチーフとなります。人 間は2足歩行を行い、片足で跳ねたりすることも出来る. ドや(マルセル・デュシャンが有名)、廃材をもちいた ジャンクアート(ジャン・テイングリーが有名)等は我々. 動物です。人間には、何かを見、何かを聞き、何かを食 し、何かを話し、何かを感じ、考え、その人の人間性を. の通常の常識を打破する物体のあり方を呈示したものと してオブジェと呼ばれ、従来型の彫刻や近年において展 開された面材・線材を扱う彫刻表現とは、造形行為も美. 象徴する頭部があります。重いものを持ったり、こまや かな動きをする手がありますoまた体を支え、何かを求 め自由に歩き回る脚があります。そして全ての根幹とな. 一59-.

(10) リ、食べたものを消化吸収し、エネルギーを蓄積する胴 体があります。血が通い、感情をもち、精神があります。 更に、人間には性別があります。人間は生まれ、成長し、. 発達段階を示す確固たる資料は見当たりませんが、彫塑. 活動し、眠り、また目覚め、やがて老い、死んでいきま す。皆同じであるようで、内面も外見も一人ひとり、ま. り、それらが立体的でなく、平面的に表されていたりと いうことがよく見られます。人体表現の発達段階に関. るで違っています。こうした人体のフォルムは、頭部、 頚部、胸部、腰部、背部、腹部、背部、上腕、前腕、手、. してはおよそ絵画のそれに準ずると思われますが、立体 の獲得ということに関しては、彫塑領域は、絵画に比し. 大腿、下肢、足から出来ています。こうしたものは比較 的大きな塊(ブロック)として存在しているが、これは. て著しく遅れが見られると思われます。大人と子どもの 表現は異なると言われますが、立体の獲得に関しては、. 人体を各部の名称ごとに区分けした言い方にはかなりま. その経験の深浅や彫塑の本質の理解によるところが非常 に大きく、その経験が殆どないような場合は、大人でも. 領域でも頭足人に準ずる表現が見られたり、胴体があっ ても頭が非常に大きく作られていたり、関節がなかった. せん。上半身、下半身という言い方は人体を二つに分け た言い方であるし、大腿、下肢、足を単にあLといった り、胸部、腹部、腰部、背部、背部を胴ということもあ. 最後に美術の授筆を受けたころのままであることが通常 であるといえます(このような場合、各自がどのように 成長したのかをしっかりと記憶していただけると現場で. ります。このあしとか胴といういい方は、複数のブロッ クを-つと見た言い方ですoこうした見方は分割と統合. の指導には随分と生かされると考えられるのですが)0 人体というモチーフは、幅広い年齢層に用いられます. という意味で構築性の中でも取り分け構成と関係が深い. が、これが彫塑の困難を一層のものにしている面もあり ます。場合によってはモチーフを変えることや、モチー. ものであるといえますし、年齢によってその見え方(知 覚のされ方)や表現も様々です。そしてこれらの寸法比 率は、老若男女によりおよそ大別が可能で、民族や個人. フを用いないことも考えられます。モチーフを用いない 場合は、抽象彫刻や建築の学習に近づくことになります。 尚、人体に関する事柄を現場での授業で扱う際には、. により、若干異なるといえます。また人体には、体重等 を支持したり、臓器などを保護したりする骨格が存在し、. 思いがけないことで児童・生徒をの心を傷つけることも あり得るので、細心の注意を払っていただきたいと思い mm. これらが関節を形成しています。関節の動きも実に様々 でこの場所は痩数の骨が機能的に接合している場所でも あります。関節は筋の緊張と弛緩によって稼働する仕組 みになっており、筋肉は人間のあらゆる動きに重要な役 割をになう訳ですが、更に体重を支持する等の際に作用. (4)彫塑の材料(木・石・粘土及び芯材). し、骨格への負担を分散しこれを軽減させる役割を担う などの働きも行います。そしてこうした骨格や筋肉を弾. 彫造では、使用する素材が石か木により、石彫、木彫 に分かれます。我が国の木彫で使用される木材は、桧、. 力のある皮膚が被っています。従って人体を輪切りにし て考えてみると、これはおよそ三重構造をなしていると いえます。更に人体は原則として左右対称の構造をなし. 楠が代表的で、他に朴、桜、楓、樫等が用いられます。 木彫では、乾燥等に伴う狂いや木痩せが少ない木を使用. ています。正中線上にないものは全て二対一組として存 在し、単-で存在するものは正中線上にあります。しか. するのが基本です。木の硬さも木材の選択の決め手とな りますが、初心者には柔らかい木が向くといわれます。 練習や習作には倒木やバルサ等を使用することもありま. もこの単一で存在するものも正中線を境に原則として左 右対称の形をなしています。万華鏡の面白さは対称の美. す。通常、制作はデッサン(スケッチブック等に行い、 木にも直接描き込みます。デッサンは後も制作を進めて. にはかなりませんが、人体にも原則としてこうした左右 対称の美が存在します。しかし、これはあくまで原則と. いくにあたり必要に応じて木に描き込んでいきます)、 おが引き(鋸引き)による大まかな面取り、租彫り、像. してであり、通常、現実の人間の正中線は揺れが見られ. の充実という手順で進められます。木彫は、主に彫るこ. るのはしばしばで、人体はこれに伴い、ないしは、日常 的な姿勢の癖等も相まって、左右対称の基本構造に微妙. とで仕事が進められていきますが、寄木する方法や、失 敗の際には、その箇所を切断し、大さめの木を貼り付け. な形態的変化を与えています。こうしたものが形の美し さに一層深い奥行きを与えているのですが、厳密な彫塑 表現の難しさの-つにはこうしたものを如何に表現に取. て彫りを進めたり、おが屑に木工ボンドを混ぜたものを 盛り上げて修正したりすることも可能です。寄木造は平. り入れていくかということが挙げられます。 こうした生理的構造体としての人体を塊で捉え、塊の. 安時代の定朝による阿弥陀如来像、木彫の試行錯誤によ る修正は慶派の東大寺南大門金剛力士像等が有名です。 石彫で使用される石材は御影石や大理石が一般的で、砂. 有機的構成体として形を構築していくことが彫塑作品の 制作です。. 岩等を使用することもあります。学校教育の現場では人 工大理石(やすりで削ることも可能)等がよく用いられ. 現在のところ、彫塑領域における子どもの人体表現の. る他、コンクリートブロック、レンガ等が安価で入手で. -60-.

(11) きます。通常、制作はデッサン(スケッチブック等に行 い、石にも直接描き込みます。デッサンは後も制作を進 めていくにあたり必要に応じて石に描き込んでいきます)、 大まかに石を割っていく段階、グラインダーとコヤスケ. 形態により、或いは何を学習させるのかにより使用上の 注意が必要であるといえるでしょう。 彫塑は、表面よりも内部深層、細部よりも全体の大ま かな形が優先される芸術です(しかし認知の発達段階の 観点からすると、特に幼少期は、大まかな形よりも細部・. で比較的大きな塊を取っていく段階、聾による粗彫り、 撃やハトンボ等で形を充実させていく段階があります。. 表面に目が行って当然の段階です。そのような中でも何 らかの魅力を見つけては褒めて伸ばす事が大事です。ま た逆に、そのような中でも、細部表面にとらわれず、大. 修正には石材用ボンドなどもありますが、基本的にやり 直しは難しく、石彫の場合はより形を小さくしていく場 合が殆どです。その例としては、ミケランジェロの「ロ. まかな形に着手している子ともがいたとするならば、当 然そのことは褒めるに値するものとなります。)O彫造・ 塑造ともに造形の初期段階は特に大切な段階で、じっく. ンダニー二のピエタ」が有名です。 塑造で用いる材料では、彫塑用粘土が一般的です。可 塑性があり、変量、変形が行いやすく、このため粘土は 子どもにとっても非常に魅力的な素材であるといえます。 粘土は水の加減で硬さの調節が可能で、乾燥すると固ま り、その後焼くと硬化する性質を有しますが、テラコッ. りと腰をすえて取り掛かりたいところです。この段階で は、細部表面にとらわれず、全体の大まかな形を捉える ことが重要です。そして特に塑造では粘土を大きく手に 取って、おおらかに全体を扱うことが肝要です。完成を むやみに急いだり、やみくもに急がせたりするのは禁物. タには塑造用粘土は適しません(塑造用粘土は粒子が非 常に細かく、空気の逃げ道がないため、焼くと割れてし. です。. まいます)。学校で用いられる油粘土は、乾燥しません が、硬さの調整ということに関しては不自由です。彫塑. (5)彫塑の本質 「似顔絵は得意だが、彫塑になると一気に難しく感じ る」、 「一面から見たときこうだと思ったことと、他の面. 用粘土、テラコッタ粘土、油粘土、いずれにせよこれら は木や石に比べて非常に柔らかい素材であるが故、表現 によっては芯棒を必要とします。また粘土という材料は、 作品として半永久的に保存するのが非常に困難で、素焼 きにする以外は、通常材質転換17)を行ないます(塑像は 粘土を乾燥させたものですが、繊維質のものを混入させ. から見たときに思うことが全く違う」、 「立体は全く思う ようにならない」 -こうしたものは彫塑を経験したこと がある人ならば誰しもが感じたことがあると思われます。 この事柄は、立体感覚を持つことが如何に難しいかを示 すものです。しかし「彫塑を学習したら造形の本質やそ. てあります)。制作中の作品の保存は乾燥に注意し、湿 布とビニール袋で行います。干からびた場合は、砕いて. の原理が見えてきた」、 「彫塑の本質に触れると平面のデッ サンも飛躍的に進歩した」、 「彫塑を学習したら授業での. 水に浸すと戻りますが、やはり乾かさないに越したこと はないです。テラコッタ制作の際には、テラコッタ用粘 土を用い、粘土の空気を抜き、石膏の混入がないか確認. 生徒とのやり取りが具体的になった」、 「造形の本質を学 んだら、美術の学習の目標や内容、支援や評価に一貫性 を持たせることができるようになった」 ・=こういった事. が必要です。また型取りの手間を省くため、学校教育で は、紙粘土が用いられたり、素焼きにしたりする方法の. 柄も彫塑・彫塑教育の学習の内容を象徴するものとして 挙げられます。. 他、型取りを行わず写真撮影を行う場合などがあります。 芯棒は通常、等身大全身像では、垂木・小割り・針がね・. 概していうならば、彫塑と絵画を比較すると、前者は 立体を扱い、後者は平面に描きます。従って、彫塑作品. 綜欄・麻縄(タコ糸)等を使用します。特に大きいもの では、重さを軽減するため、発砲スチロール等を用いる. はものとして存在する物体、絵画作品は如何に精巧に描 かれていたとしてもそれは幻影ということになります。. こともあります。大きさや形態によっては芯棒を必要と しない場合や細い針金でも可能な場合があります。尚、 テラコッタの場合などは、発泡スチロールを芯材とし、 これを有機溶剤で溶かして芯を除去する方法や、紙を芯. 絵画作品では画面が既に正面であり、背面や側面は存在 しません。しかし彫塑作品は多視点からの鑑賞に堪えう る必要があります。彫塑では空間は前提となり、絵画で. 材とし、釜で焼いて消滅させてしまう方法などもありま す。学校教育の現場では、空き瓶やペットボトル、その. は表現対象ないしは日的となりますし、彫塑では空間は 無限定、絵画では空間は通常キャンパス等で限定されて. 他廃材を芯材として用いる場合や、美術教材業者で市販 されている創作面の芯材の使用も見られますが、こういっ た既成の芯材は像の根幹部であるだけに、以後の造形に. いるということになります。また彫塑では、光は前提と なり、絵画では表現対象ないしは目的となります。従っ て、画家のデッサンは光の感じを重視する傾向が見られ. も大きく影響することが考えられる他、自由な表現を促 すつもりが、かえって妨げることにもなりかねないとい. ますが、彫刻家のデッサンは奥行きの感じや塊の感じを 重視する傾向があるといえます。具象、抽象が存在する. う危険ももっています。従ってこの事柄に際しては表現. のは彫塑、絵画において共通であるといえます。彫塑と. -61-.

(12) 工芸を比較すると、用途があるのは工芸、完成度や表面. いえます。従って彫塑は、観る、感じる、造形的思考を. 的平滑さが主に問題にされるのが工芸ということになり ます。彫塑は完成度の高さや表面的平滑さ等といったこ. 巡らす、構成するという行為に立脚した芸術であると言 ^mm. とよりも造形過程が、手先の巧緻性よりも感性、観察力、 構成力、造形的思考力が重視されます。また、通常彫塑. また彫刻芸術の美の要素には、量、動勢、構築性、比 例等が挙げられます。量は三次元上のかさや、塊を意味. 作品に装飾は不必要とされます。彫塑と建築を比較する と、通常後者には住居等を目的とした内部空間が存在し. する量塊、厚みの感じや立体感を意味する量感等をいう 語です。粘土や木材、石材も体積を持つ点では既に量で. ます。また後者には通常何らかの用途があります。一般 家屋や校舎、集合住宅など通常我々が目にする建築は直. す。この意味で量は彫塑造形では大前提となるものであ り、素材として既にある量を何らかの統一体として秩序. 面的、直線的で、なんとなく冷ややかで無機的な印象を もっています。建築に曲面の要素を多く盛り込むと、温. や動きを持たせていくことが彫塑芸術の課題であるとい えます。動勢は動きや勢いを示すものです。人体ではポー ズそのものが既に主たる動きをなす訳ですが、四肢体幹. かみが増し、有機的な印象が強まり、彫塑的になってき ます(ガウディのサグラダ・ファミリアはそうした事柄 の良い例です)。逆に彫塑作品の直面直線的要素を強め. に見られる主にS字やC字のカープや歪み、ねじれ、起 伏や凹凸が生み出す有機的な感じや生命感とも密接に関. ると、形は建築的になります。通常、建築にモチーフは 存在しません。塊の構成であるということは両者に共通. 係があります。構築性とは、組み立てや建築の堅牢さや 統合感を意味するものですO人体をモチーフとするなら. する事柄です。また、彫塑は構成という要素が重視され る点ではデザインの構成分野と分かちがたいものですが、. ば、人体はそれ自体が生理的構造体として秩序をなしま すが、人体塑造を主たる分野とする彫塑領域では、こう. 彫塑は本来意匠に基づくものというよりは、自然を素直 に受容する感性に基づくものであるといえます。従って ここでは、発想というよりも理解やものの考え方が求め. したものを踏まえ、これをあてに造形を進めることが重 要です。比例は、プロポーションと訳されますが、これ は体形そのものを意味したり、部分どうしないしは部分 と全体の寸法比率を指す言葉で、この語はとりわけ、具 象彫刻においてしばしば扱われるものです。比例は頭部. られます。よって彫塑は何もないところから独創を生み 出すというよりも、与えられたものを自らの感性で如何 に受容し、如何に動かし、如何に建築するかということ が重要であるといえます。このことは書や、楽器奏者が 与えられた楽曲を如何に奏でるかという問題に例えられ. の縦の長さを基準とした八頭身が有名ですが、 7.5頭身 の他、手を基準にする方法、モデルの実際を尊重する方. るかと思います。その他、混同されやすいものを挙げま すと、粘土細工や人形等が挙げられます。粘土細工や人. 法、特に拘束を受けず、自由に表現にあったものを模索 する方法等様々なやりかたがあります。比例は全体のこ とのみならず顔や手等人体の部分にも存在します。比例. 形は、発達段階の観点を交えてみるならば、彫塑のいわ ば前段階におおよその位置つけが可能ですが、彫塑は細. は体形のほか、年齢、男女の別といったことまでも決定 つけるもので、比例の獲得は、人体のフォルムの基礎基. 工というよりも、大まかな建築と動きとそれによる量感 が重視されます。従って、粘土細工にこうした美的要素 が付加されれば、彫塑的、ないしは彫塑そのものになる. 本の構築であり、ポーズの獲得と表裏一体です。比例の 獲得は、造形の初期段階(租付けないしは粗彫り)に行 われますが、この段階は特に大切な段階で、後の段階に おいても必ずこの段階からの見直しと手直しが必要で、 この段階の行き来が即ち塑造の制作であるといえるでしょ. といえます(無論、人形の中でも随分と彫塑的なものも 存在するのも事実ですが)0 彫塑はモチーフの外形をただ上手に写すというもので. う。非具象の彫刻の美的要素は、量を前提とし、動勢、. はありません。対象から直接かたどられたものはいまひ とつ生命感に欠如します(ジョージ・シーがルは一連の. 構築性で構成されますが、具象彫刻の場合はこれに比例 という要素が付加されることになり-ます。. 作品で生命感の欠如した像を制作しましたが、これは対 象から直接かたどられたものに生命感が欠如することを. しかしこの塊という言葉は、非常に分かりにくいもの でもあります。筆者は、この塊というものを、球・円錐・. 裏付けたことにもなりました)。しかしながらモチーフ を安易に無視して身勝手な造形を行うものでもありませ. 円筒・円台のいずれかに近い大小の団子であると考え、 自らの彫塑作品の制作や教育現場での指導を行ってきま. ん。これは非常に難しいことなのですが、つまり、塑造 家の仕事は、人体という生理的構造体を、彫刻的感動・. した。それにより、新たに造形要素を導きだすことが出 来ましたOその造形要素は、団子の種類(球・円錐・円. 彫刻的主張に横溢した造形的構築体に翻訳するというこ とです。人体塑造の造形的観点からすると、彫塑は対象 から受けた彫刻的感動をあてに、無限定の三次元空間に. 筒・円台のいずれかに近いか) ・寸法・位置・方向とい うものです。この要素を軸にすると、言葉で表すことが 難しいとされた造形的な内容を飛躍的に言語化しやすく. 量塊(マッス)を用いて有機的な建築を構築することと. なったほか、生徒作品への教員の手出しをなくすことが. -62-.

(13) すものです。観察は通常視覚を通してなされます。見る. できました。この内容は以下の「(8)彫塑の自学自習ト レーニング」で体験的に内容が把握できるように考慮し. というのは、単に光という刺激を関知するというところ から始まり、ものの知覚、認識、構造の理解といった成 長過程を経る訳でありますが、事物事象の観察力が求め られるのは何も図画工作科・美術科に限ったことではあ. ました。 (6)彫塑を通してつけさせたい力. りません。これについても自らの前に存在するものを直. ここでは彫塑を通してつけさせたい力(造形的思考力・ 構成力・観察力・感性)について見てみましょう。. 接的に見たり触ったりして知覚することが出来るという 点で、彫塑教育で培われる観察力というのは非常に基礎 的な意味を持つといえます。. 造形的思考力とは、造形上の問題に対しての解決手段 が生み出されるまでの心的過程をいうものです。例えば. 感性(感受性)とは、一般的に有機体ともいうべき主 体が、外界の印象のみならず内外界における何らかの刺. 道具の製作や使用等の知的動作とみなされる一連の行動 は、サルや鳥にも認められるものです。この行動は人間 の思考作用と似ていますが、こうした知的動作による問. 激を受容する能力を指すものです。主体が内外界におけ る何らかの刺激変化に対応してある種の反応の変化を示. 題や事態の解決は、非言語的なものです。またパズルや 将棋,囲碁等に於ける思考は言語の助けによるというよ りも、こう来たからこう行こうとか、こうするとこうな. すとき、その反応変化をもたらす上で必要とされる刺激 変化の程度,度合いが感受性に対応します。例えばミミ ズに火のついた煙草を近づけるとミミズがのけ反った、. るというように自らの前で展開されている状況に対処し ているものです。彫塑では、この部分を削ったらこうな. というのも不快を感受しての反応であると考えられます。 例え弱い刺激、若しくはこ'く僅かな刺激変化に対しても. るだろう、この部分を盛り上げるとこうなるだろうとか、 この部分がもう少しこちら側に移動すればもっとよくな るだろうといった思考です。造形的思考とはこの種の思. 感性を生じ、これに何らかの形で反応したとするならば これは感受性が高いということになります(教育では、 情報の入力の面と反応即ち表出の面を二元的に考えたい. 考と同様のものです。言語的思考はあらゆる事物事象を 記号化し、これを心的過程において構成して問題解決に. ものですが)。感性面の教育は芸術科が担う非常に特質 的なものでありますが、およそ聴覚を介するものは音楽. 向かうものであるとともに、これは動作的な思考を代用 するものでもあります。よってこうした体系が形成され る前段階には上記の動作的思考能力が形成されねばなら. 科、視覚や触覚を介するものが美術科ということになり ます。快・不快から始まり、陶冶された情操に至るまで が図画工作・美術科で扱われる感性です。視覚や触覚を. ない訳で、動作的思考を足掛かりに言語的な思考は発達 し、我々はこれを構成して総合的な思考を行うのです。 従って造形的思考は、言語的思考よりも基礎的な位置つ. 総合的に働かせるという点で彫塑教育は非常に重要な位 置つけがなされますが、彫塑実技において感性(感受性) の意味合いが態く出るところはやはり彫刻的感動という. けがなされます。 構成力とは、物事や事象を組み立て秩序立ててまとめ. ところです。彫刻的感動というのは形を見たときの衝動 や新鮮な驚きのことです。しかもその内容は、個人個人. る能力を指しますが、例えば話し言葉は言語という記号 の構成により成立するものですし、音楽はメロディとリ ズムと和書の構成でありますし、数学的領域において構. によって様々です。換言すればこれは視覚的に入力され た形が刺激となり、我々が一知識としてもっている固定 的なイメージを打破する際や、対象の形に生命感を感じ 取ったときに生じるもので、これがデフォルメの一端緒 となる訳です。彫塑の作品制作では、感じたことを臆せ. 成力が必要なのはいうまでもないところです。日常生活 においても整理整頓とか、見通しを持つとか、こうした ことを挙げると枚挙のいとまがありません。構成という 事柄が、広く美術のみならずあらゆる学術から日常生活 における広範囲の事象を横断するものである限り、構成. ず表すことが非常に重要です。勇気を持って、少々極端 なく.`らいそれを表してちょうど良いという感じです。ま. 力は教育において非常に重要なものであるのは言うに及 ばないことといえます。積み木やブロック遊びは、こう. た、動きを持った形はしばしば「くねくね」とか「ひょ ろっ」とか「テン」、 「く..にやり」、 「ぐいっ」、 「すーっ」. した力を養成する最初の遊びで、彫塑では非常に重要視 される事柄ですが、彫塑の構築性や、建築芸術はこの事 柄と非常に深い関係があります。そして日で見て、しか. 等と擬態語として表されるということもここで付記して おさましょう。そしてこうした擬態語は舌を持たす、視 覚的に感じ取られたものを濃く含んだものであるという. も実際に手にすることが出来る素材で組立てを考えられ るという点で、彫塑教育で培われる構成力は非常に深い. ことを押さえておきましょう。 彫塑はこうした力を総合的にバランスよく伸展させる. 意味を持つといえます。 観察力とは、現象や真実を客観的な立場で見極めるこ. のに非常に適したものであると考えられます。. と、事物、現象についての注意深い組織的な知覚等を指. -63-.

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