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「内なる国際化」と日本語教育

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Academic year: 2021

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(1)「内なる国際化」 倉. 門. 正. 美. [ キーワード ]. 「内なる国際化」、 日本語教育、 内発的国際化、 異文化交流、 多元文化主義 ふつう「国際化」と. 言えば、 英語という覚国語によって 外国人とコミュニケー. 、ションすることや 海外旅行・出張等で 諸外国にかんする 見聞をひろげることと. いうふうに考えられやすい。 現に最近でも、 細川首相の国連での. 英語演説の発. 音の良さが、 メディアによって 、 彼の「国際性」の 証として安易にもてはやさ. れたりしている。 また、 PKO 「ふ つぅ (. で海外に人員を. 派遣することこそが、. 日本が. の国」としてなさねばならぬ 最大の「国際貢献」と 言われたりもする. もちろん、. そこには別の 政治的主張が 含意されているのだが. ). 。 つまり、. 「. 国. 際 化」ないし「国際性」はもっぱら「 外 」に向けての 事柄とされがちなのであ る。. そうした常識的な「国際化」理解からすれば、 「内なる国際化」という 問題 提起は形容矛盾に 響くかもしれない。 しかし、 「国際化」という 事態の内実を まりさげていけば、 視線を「 外 」だけに限定しているわけにはいかなくなる。 経済面、 情報面をはじめとしてさまざまな 側面で「ボーダーレス」 な 活動体と なっている現在の 日本社会においては、 マクベスの魔女の 言葉をもじれば、 ま さに「 ソト は ウチ 、 ウチは ソト 」なのであ る。 初瀬龍平 (1988) は、 「国際化」 の「内なる」局面を、 (1)「日常の中の 国際化」状況、 W2) その状況に対応すべき 「心の中の国際化」、 (3床来を切り開く「市民の 国際化」活動の 三 つに 分類して いる (,)0 それらは、 「国内」の国際化、 「内面の」国際化、 そして「内発的な」 国際 ィヒと言い換えることもできよう 0 本稿では、 こうした「内なる 国際化」の 6. 三局面を概観した. 後に、 日本語教育と「内なる 国際化」とのかかわりを. 考察し. Ⅰ. みた. て. 3.

(2) [ 国内の国際化 ]. 中曾根元首相の「知的水準発言」は、. 日本の政治家の「国際性」をはかる 基. 準 が英語 力 程度で あ ってはいけないことを 暴露した事件だった。 しかも、 彼の 発言を問題化したのはアメリ 力. ヵ. のメディアであ って、 日本のメディアはアメリ. でのセンセーションを 踏まえてようやく 事態の重大さに 気づくというていた. らくだった㈹。 「国際性」の 貧弱さを露呈したのは、 首相だけではなく、 メディ ァも. 同列だったのであ る。 それはともかくとして、 中曾根発言に 反発したのは、. 彼に名指しで 蔑視されたアメリカ 在住の「黒人、 フエル ・トリコ 人 、 メキシコ 人 」たちだけではなかったことに 注目する必要があ る。 「日本は単一民族であ るがゆえに優秀」という、 中曾根発言の 含意は、 アイヌ人や在日朝鮮・. 韓国・. 中国人等の国内の「少数民族」の 反発をよんだのであ る。. 言語の異質性や、 かって独自の 国家形成をしていた 点、 さらには江戸時代薩 摩 落 下の抑圧、 そして明治以降の 差別の歴史を 見れば、 沖縄の人々も 国内「少 数民族」と言えよう。 また、 80 年代に急激に 増加した外国人労働者や、 中国残 留 孤児帰還者とその 家族も 、 他のさまざまな 国籍の在日外国人居住者とともに、 国内少数民族を 形成している。 明治以降の天皇制国家原理のもとに. 培われ、 現. 在 ではステレオタイプ 化した日本論・ 日本人論の常套語となっている「単一民. 族・単一文化」イデオロギーが、 自覚的・無自覚的にこれらの 国内少数民族を 差別し、 排除してきた 事実に目を向ける 必要があ ろう。 「内なる国際化」の 策 一の課題は、 「単一民族」神話から. 脱去口し 、. 日本がさまざまな 民族と文. ィヒ. の多. 様性を享受する「ふ つ うの国」であ ることを確認することではないだろうか。 しかし、 これはまさに「言うは アイヌ (. 易く. 、 行 うは難 」いことであ る。 明治以降の. 人 、 沖縄人への抑圧。 差別の歴史、 旧植民地民出の「皇民化」の 歴史. 「戦後補償」問題。, )は、 それ自体で膨大な 問題だが、 この問題群の 中の一 つ. の系 と言えるだろう. ). 、 その所産ともいうべき 在日朝鮮・韓国・. 中国人への戦. 後の「棄民」の 歴史、 あ るいは外国人労働者に 対する出入国管理の 厳しさ、 外 国人の日本への「帰化」の. 困難さ等を考えるわせると、. めの具体的課題は 山積していると 言わざるをえない。. 一4 一. 「国内の国際化」のた.

(3) これらの問題辞に 直面する際の、 基本姿勢は「単一民族」神話を. 打破し、. る、 と私には思える。 それは 決 して、 外国人労働者に 対する「鎖国Ⅰ開国」論議のように、 国家的危機とばか りに高ぶったり、 悲壮ぶったりすることではない。 あ る面では、 「鎖国」下の. 「多元文化主義」に 身をならしていくことにあ. 江戸時代日本は、 各藩 ごとに文化的多様小生を 享受していたとも. 考えられる 0 っ. まり、 「文明開化」を. 唱えた明治以降にかえって「内なる 非国際化」を 推進し. たとも言えるのであ. る。 また、 地域に根ざして 生活している 人ほど「国際性」 り、 国境を越境する (trans-national) 生活者としての 協同. に 開けているのであ. こそが、 真の「国際性」の 土台たりうるからであ る。 [ 内面の国際化 ]. 現在、 日本の強 い 経済力は世界中の 原材料や製品を 日本にかき集めてきて ぃ る 。 日本は貿易黒字をためこむ 輸出大国だが、 日本の輸出入を 重量でみてみる と、 実は膨大な輸入大国であ る、 という興味深い 数字があ る (。 )0 モノの世界で は 日本社会は、 完全に「ボーダーレス」 は 国際商品社会となっている。 しかし ほとんどの人はプランドやバルメは 志向しても、 それらの国際商品のルーツ に は 無関心であ る。 舶来のモノを 享受する人が 国際性を身につけるわけではない。 モノの国際性を 自らの内面にとりこなためには、 単にそのモノを 享受するので はない、 別の作業が必要なようだ。 鶴見良行 (1982) がバナナを典型的商品と して示したように、 丹念に商品のルーツを 見据えていくというのが、 そうした 作業の一例だろう (。 )。 日本社会の巷にあ ふれる多くのモノがアジアの 労働や自. している。 バナナの場合のように、 日本人の創欲 な消費 欲 が他国の人々 の 労働や生活、 自然条件を圧迫、 破壊してしまっている 事例も多い 0 しかし、 われわれの日々の 消費生活にはそうしたことへの 覚醒の契機は 閉ざされている。 では、 ヒトの場合はどうだろうか。 海外旅行や海覚勤務、 留学する日本人の 数は 70年代から 80年代にかけて 急上昇してきており、 多くの人が覚国を 実際に 見聞する機会に 恵まれるようになった。 若者たちや帰国子女たちの 外国生活 経 験の蓄積からは、 今後、 あ るいは「内面の 国際化」 へ 向けての何か 新しい芽生 然を内蔵. 一5 一.

(4) えが期待できるかもしれない (6)0 しかし、 物見遊山やグルメ、 買い物志向の 海. 外旅行には、 見慣れぬ風景への 接触以外のものは 期待できないだろう。 かえっ て、 外国の風景を 自国の風景の 尺度へと同化してしまう 視線を養って、 異文化 の. 「. 異. 」. 質 性への生き生きとした 感性を鈍摩させてしまうことにっながりかれ. ない。 「ボーダーレス」の 時代ではあ. っても、. われわれに「内面の 国際化」を迫る. ものは、 国際的出自のモノではないし、 若い感受性を 別にすれば、 海外旅行・ 出張等のハレの 外国滞在経験でもないのだろう。 の中での「 異 」 人. ( 異文化を身につけている. むしろ、 この地での日常生活. 人という意味で. ). との接触こそが. 正念場なのであ る。 この意味で、 私の心に掛かるのは、 「ガイジン」ということばであ の外国人は「ガイジン」と 呼ばれるのを 嫌う. 傾向の強い日本社会において、 には入れない 完全に「. ソト. 0. 「ウチ」と「. 「ガイジン」という. ソト. る 0 多く. 」を峻別する. 呼称には、 絶対に「ウチ」. 」の人というニュアンスがあ る。 日本に来たばかり. で日本語を全然解さない 日系ブラジル 人には「ガイジン」を 感じない (,岸面で、 日本に帰化し 日本語を流暢に 言舌 す 白人はあ くまで「ガイジン」であ るという感. 覚からは、 「日本人の血」への 信仰もほの見える 厄介さはそれにとどまみない り、. 0. 0. しかし、 「ガイジン」問題の. 「ガイジン」と 呼ばれるのは 白人に限られてお. 非白人の覚国人が「ガイジン」と 呼ばれることはほとんどないく 黒人の フ。. ロ野球選手が「助っ 人ガイジン」と 呼ばれるのが 例外の一つか. ) 0. ここには、. 明治以来の「 脱 亜人 欧 」精神にともなう 白人コンプレックスとともに、 それと 表裏 一体のアジア 人蔑視の感覚がうかがえるのであ. る。 日本社会は、 非西欧世. 界の中でただ 一国、 近代化に成功したことによって. 屈折した オリェ ンタリズ. ムけ )を 中国、. 朝鮮をはじめとするアジア 諸国にいだくようになった。 つまり、. 自らが欧米のオリエンタリズムにさらされながら、 他のアジア諸国に 対して 方 リェ. ンタリズムのまなざしを 向けるという 構造であ る。 日本社会において 誰が. 「ガイジン」かという 問題は、 この二重の オリェ ンタリズムを 端的に映し出し ていると言えよう。. 一6 一.

(5) また、 教科書における 歴史記述の問題も「内面の 国際化」を考える 際に見落 とすことができない。 「侵略」を「進出」と 言い換えさせた 教科書検定に 対す る中国をはじめとする 東アジア諸国の 抗議に端を発した 82 年の教科書問題は 、 第二次世界大戦をともすれば 加害者意識よりも 被害者意識に 偏したかたちでと. らえがちだった 日本人の歴史意識に 反省を迫った。 ナチスの侵略行為の 歴史記 述 をめぐって 西 ドイツが 被 占領諸国と率直な 意見交換をつみかさねたよ 日本も 1945年の敗戦に. い たる明治以降の. う に、. 帝国主義的展開をどうとらえなおすか. について、 東アジアの人々と 真摯な議論をかさねる 必要があ ろう。 教科書にお. ける近現代史の 記述は、 そうした議論を 踏まえたものであ ってほしい。 いずれ. にしても、 過去の植民地的侵略の 歴史を含めて、. われわれがあ まりにアジア 諸. 国の歴史に無知であ ること (。 )がいかにわれわれの「内面の 国際化」を妨げてい. るかに思いないたす 必要があ ることはたしかだ。 [ 内発的な国際 ィヒ ]. PKO. 論議の時に声高に 叫ばれた「国際貢献」が 自衛隊の海覚派遣 や 、 国連. での地位強化といった 政治的圧力による 要素が強かったように、 今日にいたる 「国際化」志向には 政治家や官僚の 音頭による「上からの」お 仕着せといった. くつきまとっている。 もちろん、 「国際化」がすりきれた クリシヱ. に. なっている背景に、 経済的な「ボーダーレス」状況があ ることはたしかな 事実 であ る。 しかし、 例えば、 80 年代の大学の 新設学部・学科のほとんどを「国際」 か 「情報」関係に 集中させた文部行政の. 駆動力となったのは、. 中曾根元首相が. 83年に打ち上げた「留学生 10万人受け入れ 計画」であ ろう。 貿易黒字減らしの ために欧米の 商品を購入するポーズをメディアの 前で示してみせたのも 無だっ た。. 日本の国連拠出金や ODA. 拠出額の急速な 増大の背景には、 貿易摩擦を緩. 和させるための 口実といった 意味合いがあ る。 日本社会における「国際化」志. 向には、 政治的・経済的「覚圧」によるお 仕着せという 側面が強いのであ る。 さらに注意すべき 点は、 中曾根元首相の 肝入りで 87 年に設立された「国際日 本文化研究センター」の 名称が象徴的に 表しているよ. 一7 一. う に、 こうした「上から」.

(6) あ るいは「中央から」の「国際化」が「国粋. であ. る (")。. ィヒ. 」と表裏 一体となりかれない 点. 80 年代前半に欧米の 一部の人々から「日本式経営」の 優秀さが評価. されたことではずみを 得て、 日本の近代化システムが「日本文明」として、 そ の国際的普遍性を 主張されるに 至っている㎝のは、 その一つの現れであ ろう。 こうしたトップダウンの 国際化志向と 対置される動きとして、 NGO. の国際. 的 活動や 、 草の根的な民衆レベルでの 国際交流に注目したひ。 そうした「地域 からの国際化」㈹や「市民の. 国際化」こそが、. お仕着せや覚圧ではない「内発. 的な国際化」に っ ながるものだからであ る。 神奈川県では、 そうした「市民の 国際化」の触媒 役 の一端を地方行政がつとめてきている。. 韓国人が多く 居住する神奈川県では、. 「. 例えば、 在日朝鮮・. 民 除外交」の一環として 1983-84年に在. 日朝鮮・韓国・ 中国人の実態調査を 行政としては 全国で初めて 行うとともに、. 88 年に地方公務員の 国籍要件の撤廃枠を 広げるという 積極的な施策をとってき た。 過度の「東京一極集中」が 端的に表している 日本社会の中央集権 システム をゆるがすためにも、 この神奈川県の 試みのような、 地域からの「内発的な 国 際化」に向けての 地方行政の独自の 努力が望まれるところであ る。 しかし、 「内発的な国際化」の 主役はあ くまで個々の 市民であ り、 地方行政 に過度の幻想をいだいてはならないだろう。 平和軍縮の問題、 人権 問題、 環境 問題、 南北問題等の 地球規模の大問題においても、 NGO. の地道な活動が 示し. ているような、 市民ひとりひとりの 生活者レベルでの 国際交流こそが「内発的 な国際化」の 土台をなすものであ る。 その意味で、 Think globally, ・. act Iocally ( 地球規模で考えて、 地域規模で行動せよ ),, というスローガンは. 「内発的な国際化」の 神髄を言い当てていると 言えよう。. [. 「内なる国際化」と 日本語教育 ]. 上述の「内なる 国際化」の姉つの 局面はもちろん 相互に密接に 関連している。 例えば、 在日朝鮮・韓国人へのさまざまな 抑圧・不平等を 撤回させていく「 国 内の国際化」の 努力㈹は 、 彼らを少数民族として 認めていく「内面の. 国際化」. や 、 市民レベルでの 連帯という「内発的な 国際化」と不可分であ る。 分けて論. 一8 一.

(7) じたのは、 叙述のための 便宜にすぎない。 では、 日本語教育はこれらの「内な 6 国際化」とどのようにかかわっているのだろうか。 な 相互連関を前提とした ぅ えで、. ここでも、. 三局面の密接. 三つの側面に 順次対応させるかたちで 見てい. くことにしよう。. (1)日本語教育と「国内の 国際. 日本の少数民族ともいうべきアイヌ. ィヒ 」. や. 沖縄の人々、 あ るいは在日朝鮮・ 韓国・中国人にたいして 現在の日本語教育が 直接かかわることはない。 彼らにとっては、 日本語は現在では 母語であ ったり、 それに準じるものであ ったりするからであ る。 もちろん、 アイヌや沖縄の 人々 が 母語を卑しめられて、 共通語への訓育を 迫られた歴史過程をもっていること. は心にとめておかねばならない。 また、 在日の人々も 戦後の歴史において 母語 の 教育を公教育において. 近代国家と国家語の. 否認されてきたのであ る。. 連動の常として、. 日本においても 明治以降の近代化過程. において、 アイヌ語や各地方の 方言が公教育の 場から追放され、 共通語の支配 の 犠牲となってきた (")。 そして、 そうした共通語による 方言支配の延長上に、 植民地における 日本語教育の 強制が「皇民化」政策の 柱として行われてきたの. であ る。 日本語教育は 、 自らの出発点がこうした 抑圧装置の先兵であ ったこと を肝にめ. い. じておく必要があ るだろう。 この点は、 英語をはじめとする、 過去. の帝国主義国の 言語のすべてに 言えることだが、 日本語教育においてもにと ばと国家」の 相関関係を見つめる. 視点を欠いてはならない。. 民族が共通語に 通じていて、 現在の日本語教育とは 無縁であ. 日本における 少数. ることの背景には、. 過去の日本語教育ないしは 国語教育の支配・ 浸透過程が見受けられるのであ る。 上述の人たち 以外の、 「国内の国際化」の 外国人当事者で 日本語習得をめざ. ると言えるだろう。 会社員、 外国人労働者、 中国か. す人々の多くが 直接・間接に 日本語教育とのかかわりにあ. 留学生、 就学生、 技術研修者や 外国人研究者・. らの帰還者、 インドシナ難民、 およびそれらの 人々の家族など、 多種多様な覚 国人学習者が 多種多様なニーズのもとに 日本語を学習している。 言語習得が文 ィヒ. 「適応」の基盤であ ること、 また、 多くの日本語学習者にとって 日本語クラ. スが日本人と 密に接する貴重な 機会であ. ることを考えるわせると、. 一9 一. 日本語教育.

(8) 者 (,。 )は「国内の国際化」における 自らの役割の 重大さを自覚する 必壊 があ ろう。. 日本語学習者は、 日本語教育者を 日本語だけでなく、 日本社会、 日本文化の生 きたモデルとしても 受け取りがちであ る。 また、 日本語教育者の 側も、 日本語 学習者との接触を. 通じて、 彼らのかかえている「国内の 国際化」問題 (例えば、. ビザや出入国管理問題、 保証人問題、 住宅問題、 ホーム・スティ 等 ) に知る機会も. を っ ぶさ. 多い。 つまり、 日本語教育者は 外国人日本語学習者と 一般の人々. をつなぐパイプ 役を期待される 位置にいるのであ る。. この点をふまえて、. ことばの教育という. に 向けて日本語教育者が. 局面にしぼって、. 「国内の国際化」. 留意すべきと 思われる点を 三点指摘しておこう。 第一. に、 日本語の特殊性、 難しさを強調しないことであ る。 日本語を流暢に 話す 外. 国人を「 ヘンな. ガイ. ジン」と呼ぶことによく 表れているように、 一般に日本人. の間では、 日本語はきわめて 特殊な上に習得困難な 言語であ り、 日本で生まれ 育った者でなければ 日本人のように 話せるわけがない、 という妙な思い 込みが 強い。 しかし、 日本語はほんとうにそんなに 特殊で難しいことばなのだろうか。 日本語の特殊性としてよく 指摘される、 主語の省略、 敬語の存在、 述語が最後 にくる語順といった 事柄は、 世界的にみれば 特別かわった 言語現象というわけ ではない。 イタリア語、 チェコ語でも 主語は省略されるし、 そもそも「主語」 という文法概念が 西欧的文脈の 所産なのであ. る 0 朝ぬ輻吾 、. ベトナム語、 ヒンディ. 語も複雑な敬語体系をもっている。 語順についていえば、 英語をはじめとする 多くの ョ 一ロ ,パ諸言語の SVO ( つまり「主語 十 動詞十目的語」 ) という語 順型 より、 日本語、 朝鮮語などの SOV. 型の方が世界の 諸言語の中では 実は多. 数派なのであ る (,,)。. 難しさという 点では、 言語習得においてどういう 点に困難さを 感じるかは個 人差があ り、 どの言語がどの 程度難しいという 客観的基準などしょせんあ り得. ない。 日本語の発音は、 一部、 特殊音節等に 外国人学習者が 困難を感じること が 多いとはいえ、 比較的習得しやすい 方ではないだろうか。 たしかに非漢字圏 の学習者が多くの 漢字を習得するのには ル0. 時間を要する。 しかし、. 日常会話レベ. 表現の習得という 点では、 それほど難しさを 吹聴するような 言語ではない. 一. 10-. 一.

(9) だろう。 日本語の特殊性と 難しさにかんする 偏見には、 英語との対比をもっぱ らとする一方で、 日本語を「 外 」へと開かない 頑なさが潜んでいるように 思え る。 留意すべき第二の. 点は、 言語規範と価値規範を. 混同しないことであ る。 「覚. 国人は標準語としてのく 美しい日本語 ノを 習得すべきだ」というようなことが、 日本語教育者の 間でよく言われることがあ る。 たしかに、 アクセントや 発音や 言葉づかい等で、. あ. る一定の「言語規範」. ( むしろ「モデル」と. 言うべきか. ). 設けることは 認めてもよい。 しかし、 それを「美しい」としたり、 それから 大 きくはずれているものを「おかしい」あ るいは「 ヘンな 」言葉としたりする 美 的価値判断をまじえるべきではない、 と考える。 そうした価値判断は 必ず隠微 な 差別意識をともなっているからだ。. また、 方言をどう教育していくかは、. 日. 本語教育にとっての 大問題だが、 私は学習者が 方言であ ることを自覚して 習得 する分にはなんら 問題ないと 思、 っている。 社会言語学的側面を 無視する め げに. はいかないが、 「美しい」とか「上品」といった. 形容は排して、. 「コミュニカティ. プ 」という尺度㏄ ,)を 使っていく方がよいように 思える。. 第三に、 日本語教育者は 日本語クラスにおいて、 学習者からみれば 時に日本 の文化や社会を 代表してしまうことに 自覚的であ りたい。 「代表者」であ るだ けに、 自らの文化規範の 強制には慎重であ らねばならないだろう。 「ことば と 文化」の関連が 強いために、 クラスにおける 言語規範の代表者であ る教育者は、 ともすれば文化規範の 代表者ともなってしまいがちだ。 文化適応と文化強制の. 差が微妙なだけに 教育者の柔軟な 感覚が必要とされるところだと 思、う 。 例えば、 授受表現や敬語表現の 使 い 方を教えることが 自然に日本社会における「タテ 社. 会」的序列意識への 順化を説くことになりかれない 面もあ る。 「郷に入れば 郷 に 従え」とばかりに. 一方的に自らの 文化規範を押しつけることは 避けたい。. し. かも、 当の「文化規範」が「日本人はこうするもの」「日本社会ではこうあ. る. べきもの」といった 形で、 「日本人論」的なステレオタイプの 日本人ないし. 日. 本社会観に安易に 依拠しているにすぎないとしたら、 罪はいっそう 重いと言わ. ざるをえない。. 一. 11. 一.

(10) (2)日本語教育と「内面の 国際化」. 自らの文化規範を 絶対視しない「柔軟さ」. とは、 文化相対主義ないし 多元文化主義に 開かれた姿勢と 言い換えることもで きる。 日本語教育者がそうした 精神の柔軟さを 保持することによって、 日本語 クラスは異文化交流の 可能性を潜在させ、 学習者にとってばかりでなく 教育者 にとっても「内面の 国際化」をすすめる 場となりうる。 岡崎・岡崎 (1990) は、 日本語教授法における「 コ、ュ ニカティ プ ・アプロー チ」の要点の 一つとして、 日本語学習者の 多様性に応じる「学習者中心」の 教 。 学習者のニーズや 自尊心を重んずる「学習者中心」の 技法を主張している ("). 姿勢は、 「教育内容」や「学習者の 重視する。 日本語教育においては. 社会性」とともに「学習者の. 異文化性」を. 知的に成熟した 学習者を対象とすることが 多. ぃ だけに、 共感できるところであ る。 そして、 著者たちは、 「文化適応」とい う表現がともすれば 白文化中心主義的に 外国人を自国文化の 価値体系に組み 込 む 志向をもっていると f 旨摘し. 、 日本語教育はむしろ 文化相対主義的に 学習者の. 異文 イヒ 性を尊重するべきであ る、 と主張する。 授業におけるさまざまなトピッ クについて、 教育者が時に「あ なたの母国文化においてはどうなのか」と 学習. 者に問うていくことによって、 学習者はそれぞれが 担う文化にかんする 情報の 発信者として 授業に主体的に 関与していくとともに、 貴重な情報の 提供者とし て クラスにおける 自らの存在価値を 実感することもできる 多様な文 イヒ の情報がすりあ. わされることによって、. 0. そして、 そうした. 日本語教育の 場は学習者に. とっても教育者にとっても 白 文化を相対化しうる「異文. イヒ. 交流の場」になって. いくのであ る。. こうした「交流」はもちろん「対立」や「摩擦」、. 「不快感・嫌悪感」を 時に. 含むものであ り、 和やかで友好的なムードで 終始するわけではないだろう。. ま. た、 初級学習者のわずかな 日本語 力 でどの程度、 内実のあ る議論が可能かとい う問題が残ることもたしかだ。 しかし、 前者の要素は「内面の 国際化」のあ ゆる局面にともな. う 事柄であ. ら. り、 異文化に自らを 開いていくためには 避けられ. ない試練であ る。 後者は、 基本的な文型・ 表現のうちにいかにゆたかな 知的内 容 をもりこめるかという 問題であ り、 教育者の知的関心の 広さと柔軟さが 問わ. 一. 12. 一.

(11) れるところではないだろうか。. 要は、 教育者が学習者の 文化背景にたいして. 知的好奇心を. 失わないこと、 っ. まり「教えることは 学ぶことであ る」という格言の 含蓄をあ じわうことであ とともに、 教育者自身が 自文化であ る日本文化・ 社会のあ 頃 から生き生きとした. 関心をもってアンテナをはり、. る. りよ う にたいして 日. それらを安易な 固定観念. で 裁断しないことであ ろう。. (3)日本語教育と「内発的な 国際化」. 伸長は、 中曾根元 ると言える要素が 強い。. 現在の日本語教育の. 首相の唱えた「留学生 10万人受け入れ 計画」の所産であ. 現在滞在している 留学生の約半数をしめる 中国人留学生の 大半の所属学部が エ 学部や経済学部であ. ること、. 日本語学校の 就学生の多くがアルバイト 収入を得. ていること等に 端的に表れているよ. う に、. 日本の経済大国化と、 それを背景と. した政策的な 国際化路線が 日本語教育の 成長の土台をなしているのであ る。. の意味で、 日本語教育の 需要の増大は 外圧的な国際化の. こ. 所産という要素が 強い。. 戦前の植民地における 皇民化政策によって 日本語教育が 本格的に始動したとい ぅ 歴史的事実を. 想起するとき、. 日本語教育はこうした「上からの」お 仕着せ的. な 国際化路線の 前線に位置している. 事実をふまえて、 そうした自らの. 役割を. 「内発的な国際化」に 貢献するものへと 転換させていくための 戦略をさし迫っ. た 課題としている。 日本語教育における「内発的な 国際 ィヒ 」も、 「内なる国際化」一般と. 同様、 上述の「国内の 国際化」や「内面的な 国際化」と結びついている。 留学生、 外 国人労働者、 中国からの帰還者、 インドシナ難民、 外国人滞在者への 日本語教 育は日々、 「国内の国際化」の 現実と接触している。 日本語教育者は、 日本語 クラスを社会的現実から 隔離された人工的な 言語練習空間としてしまうのでは. なく、 学習者が担っている「社会性」と「異文化性」にかかわっていくことを. 通して、 クラスを「異文化交流の 場」とし、. 自らを「内面的に」国際化してい. くことになる。 そしてクラスで 啓発された教育者の「内面的な 国際化」を単な 6 個人的な出来事にとどめておくのではなく、 日本社会・文化の 画一的な志向. 一. Ⅰ. 3. 一.

(12) 性や閉鎖性・ 排他性をさまざまな 局面で切り崩していくような「国内の 国際 ィヒ 」. の動きと連動していく. 必要があ るだろう。. こうした連動を 考えるとき、. 例えば、 大学の留学生センターは 単なる日本語. 教育サービスを 提供する共通教育機関にとどまっているわけにはいかないだろ. う。 留学生センターは、. 上記の「内なる. 国際化」の拠点として、. 大学内覚にさ. まざまな活動を 通じて働きかけていく 可能,性をもっている。また、 民間レベル でさまざまな 形でボランティア 的に行われている 日本語教育にも「内発的な 国 際化」のエネルギ. 一の萌芽を感じる。. 「上から」そして「中央から」の 国際化. の 動きを「内発的」なものへと 転換する主体が「地域」に 根ざした「市民」レ. ベルの国際交流であ ったよ. う に、. 日本語教育における「内発的な 国際化」も 市. 民 ボランティアの 日本語教育者によって 推進されていく 面が大きいのではない だろうか。 日本語教育能力検定試験の. 軌跡が表しているように、. 日本語教育はこれまで. 外国語教育に 匹敵するような 専門性の確保に 努力してきたと 言えよう。 「日本. 人ならだれでも 外国人に日本語を 教えられる」という 無理解が常識となって い る 現状では、 専門としての. 権 威づけもたしかに 必要なことではあ った。 しかし、. 例えば、 教授法理論をはじめとする 横文字術語の 氾濫には、 ディシプリンとし ての確立を輸入概俳に 頼るという安易さが 見受けられるだけでなく、 市民ボラ ンティアの日本語教育参入を 門前払いするという 狭量さもうかがえるのであ る。 日本語教育は 志あ る市民ボランティアに 対してもっと 開かれてあ るべきだろう。 国語学とは異なる、 日本語教育という 視座から日本語文法を 繊密に探究してい くことももちろん 必要だが、 市民ボランティアに 対して「覚国語としての 日本 語」のポイントを 明快かつ触発的に 提供していくことも、 日本語教育関係者に とって重要な 課題であ る (,。)。. ほとんどの人にとって、 母語は乳とともに 母からさずけられたものであ る。 ことばを教え、 教えられるということは、 本来、 人と人とのなじみ ぶ かい関係 0 基盤をなすコミュニケーション 活動なのであ る。 この点は 、 第ニ 言語の教育・. 学習関係において 程度の差はあ れ共通する事柄だと 思う。 この意味において、. 一. 14. 一.

(13) 「内なる国際化」の 重要な担い手の 一員たる日本語教育は 専門家集団に 囲いこ. まれるべきではなく、 志 あ る市民に積極的に 開かれていなければならない。. [ 注]. Ⅲ初瀬龍平編Ⅰ内なる. 国際化 コ. 三墳書房、 1988年、 vii. (2) 例えば、 問題の発言のあ った翌日の朝日新聞 1986年. 9 月 23 日朝刊での中 曾. 根 講演に関する 報道では、 「知的水準」云々は 全くとりあ. げられていない。. 9 月 24 日夕刊でその. アメリカで激しい 反発を受けてはじめて、. 翌日朝刊で「国際認識問われる 首相」と批判に 転じる始末であ. 事実を報道し 、. る。. (3) 「軍人恩給などの " 国内の戦後補償支出は 9Q年度までで総額 31兆円にの. ぼる。 一方、 これまで外国に 対して支払った で約. 1. 兆円だという」. ( 朝日新聞. 賠償や喪失対覚資産は 一切金財. 1993年 11月 24 日夕刊 ) 。 この数字と、 湾岸. 戦争時に多国籍軍に 支払った「国際貢献」. 額 130億ドル. ( 約 1.5兆 R). という. 数字を並べてみると、 日本の「国際化」の 本質と志向とがよくわかる。 (4) 加藤尚武『環境倫理学のすすめ』丸善ライブラリー、 1991年、 p.98. (5) 鶴見良行『バナナと 日本人山岩波新書、 1982年 (6) しかし、 帰国子女が、 外国での生活で 養った感覚を 押し殺していかないと、 日本での学校生活に「適応」できないという. 報道に接することが 多いのが、. 残俳ながら今のところの 現実のようだ。. (7) 1991年現在、 就労が認められている 外国人の入国数は 19.2万人 ( 興行 9 万、 国際業務 3.8万投資経営. 3. 万、 企業内転勤 1.2万、 教育 1.3万、 技術 0 9 万 ) 、 ・. その他、 日系人など 11.9万、 不法就労. ( 推定 ). 30万であ る。 この数字で目に. つくのは、 日系人覚国人労働者の 数の急激な増大であ る。 そこには、 日系人 ならば「 準 」日本人として 気が許せるという 行政・企業ともの 安易な「日本 人」信仰がかいまみられるのであ る。. (8) 西欧がイスラム 社会をはじめとする 東洋を見る際の 視座のすべてに 浸透し ているステレオタイプの. 強力さと、 東洋自体も自らの. 文化をそうした 西欧の. 視座によって 通規定してしまっている 事実を、 サイードの博捜の 書Ⅱオリエ. ---. Ⅰ. 5---.

(14) ンタリズム. コ. ( 平凡社、. 1986 年 ) は克明に描き 出している。 アジアにあ りな. がら、 他のアジア人を「オリエンタリズム」のまなざしで. 見てきた日本社会. の近代化の歴史は 、 「オリエンタリズム」の 呪縛力 め 根をみすえていく 時の ,恰好のフィールドの 一つとなろ う 。. (9) 日本人の視線はもっぱら 欧米を向いており、 アジアの歴史だけでなく、. ァ. ジア の現在にかんしてもほとんど 無関心な上に、 「貧しい、 きたない、 遅れ. ている」という 負のイメージで 多様なアジアをいっしょくたにしてしまって いることが多い. ( 蔵 田雅彦. 訂. 隣人としてのアジア』日本基督教団出版局、. 1993 年、 参照 ) 。 ㎝. 「国際化」の 主体が国家 ( 政治家・官僚 ) であ は 経済大国日本の. る以上、. 「国際化」の 推進. 国際的地位の 強化というナショナリズムと 結託しやすい 点. には注意を要する。 中曾根元首相のナショナリズム 的政治姿勢と 時流の「国 際化」の結節点の 一つとして「国際日本文化研究センター」の「放学協同」. ぶりが批判された. ( 小田原紀雄「日本文化論の. 諸相」、 池田浩 士 ・天野恵一. 編Ⅱ国際化という「ファシズム」』社会評論社、 19 ㏄年所収 ) 。 ㎝ 濱口恵俊・公文俊平編『日本的集団主義』. ( 有 斐閣、 1982年 ). がその代表. 的な例だろう。 ㈹. アルジャー『地域からの 国際化 J. C 日本評論社、. 1987年 ) は、 「国際二国. 家 間関係」という 既成観念を覆して、 ローカリズムとグローバリズムの 相関 について理論的に 考察している。 他方、 石井水 碓 ・神尾 宋 編『市民の目から 見た国際化』. ( 明石書店、. 1989 年 ) は、 地域レベル、 市民レベルの 国際交流. 活動の具体的姿の 報告集として. 興味深い。 以下の神奈川県の「内なる 国劇団. 努力の例は、 同書所収の宮川晴子論文. (. 「神奈川県の 民除外交」. ). によった。. ㈹ 在日朝鮮・韓国人が 戦後 ぅ けた抑圧・差別の 実態については、 例えば、 尹 健次「「昭和史」における. 在日朝鮮人と 日本国家」. 波書店、 1990年所収 ) 、 金石 範 高空明『生きることの. 意味』. 『「在日」の 思想』. ( ちくま文庫、. (. 『孤絶の歴史意識』岩. ( 筑摩書房、. 1981 年 ) 、. 1986 年 ) 等を参照。 つ い最近の. 新聞記事でも、 朝鮮学校生は JR の通学定期券が 日本人高校生よりはるかに. 一. 16. 一.

(15) 割高になっている. 点;ざ 報じられていた. ( 朝日新聞. 1993年 m1同 20 日 ) 。. ㈹近代における 共通語と国家との 密接な関係については、 田中克彦『ことば と国家コ ニ岩波新書、 1 ㏄Ⅰ 年 うが問題の輪郭を 明快に描ききっている。 日本 近代における 共通語発祥の 舞台裏 を舞台にのせた 井上ひさし『 國 諸元年』 ( 新潮社、 1986年 ) もおもしろい。 ㈲. ここであ えて「教育者」という 倫理的ニュアンスを 含むことばを 使ったの は、 「日本語教師」として 職業的に日本語教育に 従事している 人のみでなく、 ボランティア 活動として、 あ るいは友人として 外国人学習者に 日本語を教え ている人すべてを 含めて、 なんらかの日本語教育の 現場において「教える 側. にいる人」という 意味であ る。. ㈹安藤貞雄『英語の ㎝. 論理・日本語の. 論理』大修館、 1986年、 pp.56-57. 日本語教授法の 主流であ る「オーディオ・リンガル・メソッド」に 対して 根本的な問題点を つ きつけている「コミュニカティブ ・アプローチ」の 主張 の 一 つに 、 「表現の正確さに 過度に注意をむけるよりも、 伝達がスムースに. 行われていることを 重視する」という 点があ る。 ⑱. 岡崎敏雄・岡崎 轄 『日本語教育におけるコミュニカティブ・アプローチコ 凡人社、 1990 年. Q勤. 日本語教育のノウハウとポイントを 非専門家に開いていく 試みとしては、 『覚国人への 日本語の教え. ( アルク、 1993年 ). 方入門』. のアルクのムックものや、. 江副 隆秀 『日本語を覚国人に. をはじめとする 一連. 教える日本人の 木』. 1985年 ) 、 水谷修・水谷信子『覚国人の 疑問に答える 日本語ノー ト』 ( ジャパンタイムズ、 1988 年∼ ) 、 佐々木瑞枝『日本語教師という 仕事』 ( ジャパンタイムズ、 1992年 ) が評価できる。. ( 創拓社 、. 一. Ⅰ. 7. 一.

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参照

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