• 検索結果がありません。

無常を拒否する人々 : 徒然草から

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "無常を拒否する人々 : 徒然草から"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)Title. 無常を拒否する人々 : 徒然草から. Author(s). 杉浦, 清志. Citation. 語学文学, 54: 3-12. Issue Date. 2015. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7791. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 杉 浦 清 志. は、究極のKY(空気読めない)だと言われても仕方がないで. る。無常を認識する人々に向かって世は無常だぞと主張するの. ように繰り返し世の無常を説く必要はなかったはずだからであ. 認識していたのならば、長明も兼好も平家物語の作者も、あの. なぜなら、もし中世の多くの人々がこの世を無常の世であると. しろそうではない人々の方が、圧倒的多数だったと考えられる。. の多くが、深くこの世を無常と認識していたわけではない。む. が、もしそう思ったとしたらそれは錯覚であって、中世の人々. 無常を拒否する人々─徒然草から─. 一 はじめに 行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず。淀み に浮かぶ泡沫(うたかた)は、かつ消えかつ結びて、久し ①. く留まりたる例しなし。 (方丈記冒頭) 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双②樹の花 の色、盛者必衰の理をあらはす。 (平家物語覚一本冒頭). あろう。. そこで本稿では、実はそんなに沢山の人々が無常を認識して いたわけではなかった中世の実態を垣間見るために、まずは無. 方丈記、平家物語、徒然草からおなじみの一節を引いた。こ の三つの作品に限らず、物語、説話、軍記、歌謡、謡曲、法語. も抜き出す。最後に、そういう人達の中で、では兼好自身の無. もいたであろう。そこでその次に、そういう人々が登場する段. 常を拒否したり認識したりしない人々の姿を、徒然草の中から. 等々、中世の文学作品には、世の無常を説く作品が多い。そう. 常の認識とはどの程度の認識だったのか、についても探ってみ. 無常の身に迫りぬることを心にひしと懸けて、 人はただ、 ③ つかのまも忘るまじきなり。 (徒然草第四九段の一節). いう様相を見ていると、 仏教がわが国にもたらした思想の一つ、. ようと思う。. 抜き出してみる。しかし一方で、強く無常を認識していた人々. 無常観が、この頃には広く浸透していたかのようにも思える。. -  - 3.

(3) 傾きかけた夕陽のような老いの身で子や孫をかわいがり、その. らでもいたのではないか。. うのが情けない、と非難されているような人々は、実際にいく. 子達が繁栄する将来までも見届けられる命を願い、俗世に執着. 徒然草第七段は、よく知られた「長くとも四十に足らぬほど にて死なんこそめやすかるべけれ」という発言を含む段だが、. 二 無常を拒否する人々. その少し前に、. なっていただけかもしれない。となると、徒然草の中で明確に、 る大福長者だけとなる。. 意識的に無常を拒否していたのは、第二一七段に登場する、あ. 但しこの記述からだけでは、非難されている人々が意識的に 無 常 を 拒 否 し て い た の か ど う か は わ か ら な い。 結 果 的 に そ う. する心ばかりが深くなって、何かに感動する心が失われてしま. 飽かず惜しと思はば、千年を過すとも、一夜の夢の心地こ そせめ。 という一文がある。この、千年生きても「飽かず惜し」と思う 人がもしいたとしたら、彼、或いは彼女は、無常を拒否する人 ということになろう。但しここはあくまでも、もしそういう人. ある大福長者の云はく、「人はよろづをさしおきて、ひ たふるに徳をつくべきなり。貧しくては生けるかひなし。. 富めるをのみ人とす。徳をつかんと思はば、すべからくま. がいたとしたら、という仮定の上の論だし、そもそも千年生き た人がいるわけはないので無視すべきなのであろう。が、右の. づその心づかひを修行すべし。その心といふは他のことに. ある大福長者は、まず人は何を措いても金を貯めるべきであ り、金のある人だけが人である、金を貯めようと思うならまず. ことなかれ。これ第一の用心なり。(以下略). あらず。人間常住の思ひに住して、かりにも無常を観ずる. 「四十に足らぬ」の直後に出て来る、 そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出で 交らはんことを思ひ、夕の陽に子・孫を愛して、さかゆく 末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世をむさぼる心の. 人生は永久不変だと思って、仮にも無常だなどと考えてはいけ. み深く、 もののあはれも知らずなりゆくなん、 あさましき。 と批判される人、 或いは人々はどうであろうか。四十を過ぎて、. な い と 言 う。 こ の 後 第 二 は「 万 事 の 用 を か な ふ べ か ら ず 」 、第. 「心づかひ」を修行せよと言い、その「心づかひ」の第一に、 自らの老い衰えた容貌を恥じる心も消え失せ、 人前に出たがり、. -  - 4.

(4) なかれ」、 第四は 「恥に臨むといふとも、 怒り恨むることなかれ」 、. 三は銭を「君の如く神の如く畏れたふとみて、従へ用ゐること. 金持心理修養の根本を喝破したものである」と述べ、しかしそ. 心は、兼好の反論が反論になっていたか否か、この大福長者が. り」と念を押してもいるのだが、多くの研究者・注釈家達の関. が最も大事だと考えられたことのはずで、 「これ第一の用心な. んとする時、この常住の真を確信して進まなくては駄目で. 事も真である。同時に常住という事も真である。事を成さ. めというように思い込む。これが誤りである。無常という. いとか、或は、無常だから、生きている間にどしどし楽し. 二宮尊徳翁もこの通りの教を垂れている。無常ということ をなまかじりに知ると、無常だからかせいでもしようが無. という。. れ以前に沼波瓊音『徒然草講話』(昭和十七年版 修文館(大 正三年初版 東亜堂)」が、次のようにより詳しく述べていた. 第五は「正直にして約を堅くすべし」と続くのだが、第二以下 は無常観とは直接関係ないので本稿では特に考察しない。. 実在の人物か否か、といった問題に向かったようで、第一の心. ある。但し「無常を観ずることなかれ」という人は、己れ. 蓄財のための第一の心得が無常を観じてはいけないというこ となのだから、この大福長者にとっては五つの心得の中でこれ. 得の内容、蓄財のためにはなぜ無常を観じてはいけないのか、. をよく知っているのである。そうしてこれを踏んで、常住. ④. ということについて言及した人は余り多くない。が、徒然草解. 既に無常を知っているのである。この長者も二宮翁も無常. がいなかったわけではないことがわかる。. を知っているのである。おのずから矛盾を体得している形. ⑤. 釈大成に集められた諸注を見て行けば、その理由を考察した人 まず古注では、高階楊順の句解が、 「思ひに住して」に「人 間は常住なる物と思ひて財を惜てたくはへ置くべし」と注し、. になっているのである。. をつかんで進む事の、誤りでも悪でもない、価値あること. 「無常を観ずる事なかれ」には、北村季吟の文段抄が、 「無常 を観ずれば無欲になる間利徳をつくべきやうなければ也」と注 定版 武蔵野書院(昭和二十六年初版) )が、 「まず致富の第一 要件として精神の修養─それはいやしくも人生は無常だなどと. 生きていると思わなければ、貯める気にはなれないだろう。こ. 繰り返すならば、金を貯めるためには、貯まった時点で自分が. これらの解説で要は尽くされているようにも思うが、言い回 しが古風なのでわかりにくいようにも思うから、敢えて説明を. 抹香臭い料簡を起こしてはならぬ、社会人生は永劫不変だとい. の世を無常と強く認識するならば、明日には自分は死んでいる. したという。新注では橘純一『徒然草新講』 (昭和二十七年決. う盤石の信仰を植えつけねばならぬという─を持ち出した点、. -  - 5.

(5) にとっても必要な心得だったはずである。つまり、もっと多く. 人は彼以外にも複数いたはずだから、この心得はそうした人々. だとすれば、徒然草の中にはこの大福長者一人しか、明確に 無常を拒否した人は登場しないのだが、貯蓄して豊かになった. 大前提なのである。. 十年後も二十年後も生きている、と思うことが、蓄財のための. から第二以下になるのである。まずは自分が明日も明後日も、. 第二以下の心得は全て生きていることが前提の心得であり、だ. ない人、ということになるのであろう。. いるのであり、そういう家を建てる人は、世の無常を心得てい. うかわからない家に大金をかけて飾り立てることが批判されて. ち見るより思はるる」と批判される。無常の世でいつ火災に遭. まで心のままならず作りなせる」人は、そういう家に「さても. 大和の、めづらしくえならぬ調度どもならべ置き、前栽の草木. 段だが、その中で、 「多くの匠の心を尽してみがきたて、唐の、. 第一〇段 「家居のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿 りとは思へど、興あるものなれ」と、好ましい家について語る. かも知れないと思うことになるが、 それでは貯金など出来ない。. の人達が、この世を無常と見ることを拒否し、永久不変だと考. 第二五段 「飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば、時移り事去 り、楽しび悲しび行きかひて、はなやかなりしあたりも人住ま. やはながらへ住むべき。また時の間の煙ともなりなんとぞ、う. えて、蓄財に励んでいたはずなのである。. ののあはれも知らずなりゆく」人々もその例と言うべきかもし. で取り上げた第七段の「ひたすら世をむさぼる心のみ深く、も. 人々は、明確に無常を拒否した人々よりも沢山登場する。前節. 認識があっても乏しいか、なかったかもしれないと考えられる. 無常を明確に拒否したかどうかはわからないが、結果的に拒 否したことを前提とするような行動を取った人、または無常の. を思ひ掟てんこそ、はかなかるべけれ」と、その無常への無自. れて荒れ果ててしまった。だから、「よろづに見ざらん世まで. んや」とその心中を推測するのだが、現実には多くの堂舎は壊. きし時、いかならん世にも、かばかり褪せ果てんとはおぼして. 族のみ、御門の御後見、世のかためにて、行末までとおぼしお. 法成寺を建てた藤原道長である。 「 荘 園 多 く 寄 せ ら れ、 我 が 御. ぬ野らとなり、変らぬ住家は人改まりぬ」と人と家の無常を語. れない。その他第一〇段、二五段、七四段、九一段、九二段、. 覚が批判されるのである。但し道長は平安時代の人だから、中. 三 無常の認識が乏しいか、なかった人々. 一三四段、一八八段、二四一段などに登場する人々であり、以. 世の人の例ではない。. ることから始まる段だが、その中で批判されたのは、京極殿・. 下各段を簡単に解説する。. 第七四段 特に誰がということではなく、「蟻の如くに集まり. -  - 6.

(6) 第九一段 赤舌日という最近出来た凶日の話題。 「この日ある こと、末とほらず」と誰かが言い出したのだが、それを兼好は. 常であることを弁えていないというのである。. からであるという。死を恐れない人も悲しむ人も、この世が無. れを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化の理を知ら」ない. の近きことを顧み」ないからであり、 「愚かなる人は、またこ. それに対して「惑へる者はこれを恐れず。名利に溺れて、先途. あり。その来ること速かにして、念々の間にとどまら」ない。. なく行動するのかと言えば、 「期するところ、ただ老と死とに. やむ時なし」なのだが、では何のために彼らがそんなにせわし. 判されている。こういう人々の行動は、「生を貪り、 利を求めて、. て、東西に急ぎ、南北に走る人」という不特定多数の人々が批. る。そういう人が 「及ばざることを望み、かなはぬことを憂へ、. の上をのみはかりて、おのれをば知ら」ぬ人々が批判されてい. 第一三四段 「高倉院の法華堂の三昧僧、なにがしの律師とか やいふ者」と始まる段。この僧は自分の顔を鏡で見てその余り. の初心者と、道を学ぶ人が批判の対象となっている。. 今学ばなければ、一生学べないというのである。ここでは弓射. べもあり、夕べの来ない朝もあるのだから、学ぼうと思ったら. じっくり学ぼうと考える。しかし無常の世では、朝の来ない夕. 明日があると思い、朝になればまた夕べがあると思い、その時. のだという。「道」とは仏道。仏道を修行する人が、夕べには. 夕あらんことを思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す」. てみる。そういう人が、 「 夕 に は 朝 あ ら ん こ と を 思 ひ、 朝 に は. 信じる人達は、 「無常変易の境、ありと見るものも存ぜず、始. と結論する。そういう根拠のない凶日を作り出したり、それを. ることのやまざるは、命を終ふる大事今ここに来れりと、たし. にあらず。貪る心に惹かれて、自ら身を恥づかしむるなり。貪. 来らざることを待ち、人におそれ人に媚ぶるは、人の与ふる恥. の醜さ故に人前に出ることをやめたのだが、それに対して「人. 「愚かなり」と批判し、 「吉凶は、人によりて、日によらず」. めあることも終りなし(中略)物皆幻化なり。何事か暫くも住. かに知らざればなり」と結ぶ。結局無常が身に迫っていること. べしと思へ」と師は指導した。 「懈怠の心、みづから知らずと. 油断が出来るから、 「毎度ただ後の矢なく、この一矢に定まる. 始まる少し長い段。その後に、 「この法師のみにもあらず、世. 乗りと早歌を習ううちに、説経を習う暇がなく年老いた話から. 教へのままに」説経師になろうとした男が、それに付随する馬. 第一八八段 「ある者、子を法師になして、 「学問して因果の 理も知り、説経などして世渡るたつきともせよ」と言ひければ、. を弁えないから自分が見えなくなるというのである。. する。この理を知らざる」人達であるという。. いへども、師これを知る。このいましめ、万事にわたるべし」. 第九二段 弓射を習う人の話。初心者が二本の矢を手挟んで的 に向かったのに対して、二本持つと後の矢に期待して一本目に. と兼好は指摘して、 「道を学する人」にも同じ論理をあてはめ. -  - 7.

(7) 世をのどかに思ひてうちおこたりつつ、まづさしあたりたる目. 問をもせんと、 行末久しくあらますことども心には懸けながら、. 事につけて、身を立て、大きなる道をも成じ、能をもつき、学. 間の人、なべてこのことあり」と一般化し、 「若きほどは、諸. うかは論証のしようもないのだが、少なくとも兼好は、こうい. 時代人を名指しで非難することはしていない。だから事実かど. のだが、それは仕方がないであろう。徒然草の中で兼好は、同. 架空の人物だったのではないか、という疑いはどの段にも残る. たのかどうか、考証のしようもないから、実は兼好が創作した. 第二四一段 「望月の円かなることは、しばらくも住せず、や がて欠けぬ」と始まる段。病気が重くなるのも月の満ち欠けと. が、それは次節で取り上げる。. は思ひ捨てて、一事を励むべし」という教訓へと論は進むのだ. まさるとよく思ひくらべて、第一のことを案じ定めて、その外. ある。. る。兼好は賞賛の対象については、名指しすることが多いので. た。段数は少ないが、人名が挙げられる比率が高いことがわか. 九段の「昔ありける聖」と「心戒といひける聖」 、六〇段の盛. 人々が登場する段は余り多くない。思い浮かぶ限りでは、第四. 無 常 を 拒 否 す る 人 々、 無 常 に 対 す る 認 識 が 乏 し か っ た り な かったりする人々に対して、無常を自覚していたと考えられる. ⑥. の前のことにのみまぎれて、月日を送れば、ことごとなすこと. う人が多いと考えていたのである。. 同じで、ほんのわずかな時間でも踏みとどまってはくれないの. 四 無常を自覚した人々. なくして、身は老いぬ。つひに物の上手にもならず、思ひしや うに身をも持たず、悔ゆれども取り返さるる齢ならねば、走り. だが、多くの人は油断しているうちに臨終が近づき、 「我にも. さて四九段は、「老来りて、初めて道を行ぜんと待つことな かれ」と始まり、冒頭に引いた「人はただ、無常の身に迫りぬ. て坂を下る輪の如くに衰へゆく」と述べる。その上で、 「され. あらず取り乱して果てぬ」ということになる。直後に「この類. ば一生のうち、むねとあらまほしからんことの中に、いづれか. のみこそあらめ」と続くので、多くの人が無常を理解していな. ることを心にひしと懸けて、つかのまも忘るまじきなり」とい. . 「昔ありける聖は、人来りて自他の要事を言ふ時、答へ. ている。. う発言を含む段なのだが、その終わりに、二人の例が挙げられ. 親僧都、 一二四段の是法法師、 一八八段の登蓮法師ぐらいであっ. いと言っていることになる。 以上のような人々の例を抜き出していて気がつくのは、第二 五段の道長以外に、固有名詞で紹介された人が一人もいないこ とである。説経を習う暇なく年老いた法師というのが本当にい. -  - 8.

(8) 常はうずくまりてのみぞありける。. りそめなることを思ひて、 静かについゐけることだになく、. の十因に侍り。心戒といひける聖は、あまりにこの世のか. 耳をふたぎて念仏して、つひに往生を遂げけり」と、禅林. て云はく、『今火急のことありて既に朝夕にせまれり』 とて、. が、無常の世においては「真俗につけて、必ず果し遂げんと思. るにや」と兼好は話を結ぶ。どこにも無常とは書いてないのだ. なれども、人に厭はれず、よろづ許されけり。徳のいたれりけ. せず、食いたい時に食い、寝たい時に寝て、「尋常ならぬさま. い、帰りたければ帰ってしまう。食事、睡眠の時間も人に合わ. 諸注に指摘されるように、心戒は鴨長明の発心集巻七にも取 り上げられ、それによれば左大臣源有仁の子孫で平宗盛の養子. に立った行動をしている人と考えられたのではなかろうか。な. らずやりたいことをやりたい時にやる盛親僧都は、無常の自覚. はんことは、機嫌を言ふべからず。とかくのもよひなく、足を. となり、阿波守にもなった平宗親の出家後の名であるという。. お心戒は源平の時代の人だから兼好から見れば百年以上も昔の. 一二四段は、. ⑧. 中にも重く」思われていたが、「世をかろく思ひたる曲者にて、. 食にて、能書、学匠、弁説人にすぐれて、宗の法燈なれば、寺. の有様が「いとあらまほし」いのは、少なくとも無常の認識が. が無常を自覚した人であるかどうか明らかではないのだが、そ. という短い段。ここにも「無常」という語は見えず、是法法師. まほし。. 是法法師は、浄土宗に恥ぢずといへども、学匠を立てず、 ただ明暮念仏して、やすらかに世を過ぐす有様、いとあら. . ている。. 踏みとどむまじき」 (一五五段)だというのだから、機嫌を測. 但 し 兼 好 が 取 り 上 げ た 逸 話 は 発 心 集 に は な く、 一 言 芳 談 の 説. 古人だが、盛親は同時代。兼好とも知己であったかと推測され. ⑦. 話と似ている。 六〇段は「真乗院に盛親僧都とて、やむごとなき智者ありけ り」と始まる、芋頭が大好きな僧の話。何をするにも芋頭を食 い、師匠が死に際に銭二百貫と坊一つを譲ってくれたのを、坊 を百貫で売って手にした計三百貫(=三万疋)の金を京の人に 預け、十貫ずつ取り寄せて芋頭を買い、ついには全額を芋頭で 使い果たしてしまったという。また、ある僧に「しろうるり」. よろづ自由にして、大方、人に従ふといふことなし」であった. 足りないと批判されるような生き方はしていないと兼好が認め. という意味不明のあだ名を付けたり、 「みめよく、力強く、大. として、出仕して饗膳に着く時のやり方を例に挙げる。全員に. た、ということであろう。なお是法も兼好と同時代の二条派歌. ⑨. 膳が回らなくても自分の前に据えられれば一人で食ってしま. -  - 9.

(9) 以上のように例はかなり少ないのだが、ともかくこれらが、 無常の認識の上に立った行動を取ったと考えられる人達であっ. 平安末期の歌僧の話である。. 尋ねた登蓮法師の話が載る。 長明の無名抄にも取り上げられた、. の晴れ間を待つものかは」と言って走り出し、 「渡辺の聖」を. 識を得るために、 「雨やみてこそ」と止める人に「人の命は雨. 一八八段は前節でも見た説経師になれなかった法師の話から 始まるが、その最後に、歌語「ますほの薄、まそほの薄」の知. 人である。. して無常の認識が乏しいと批判することも不可能ではないが、. 賀茂の競馬見物に興じるために集まったのであろう。彼らに対. いたからそう答えたのであろう。しかし彼らはそれを一時的に. そ候ひけれ」と答えた人々は、兼好の無常の認識を共有出来て. の方に入れてくれたという話。兼好の発言に「まことにさにこ. こそ候ひけれ。もつとも愚かに候」と言って場所を開けて、前. るものを」と言ったところ、前にいた人達が、 「まことにさに. 好が後ろの方から、 「我等が生死の到来、ただ今にもやあらん。. か、 比較的長いスパンでかはわからないが、とりあえず忘れて、. それを忘れて物見て日を暮らす、愚かなることはなほまさりた. た。. 認識はあったし、拒否していたわけでもない。. たとえば「五月五日、賀茂の競馬を見侍りしに」と始まる第 四一段は、 人が群集して後ろの方からは見えづらかったのだが、. ながらも、兼好自身はしなかったのではないか。. 心戒、盛親僧都、是法法師、登蓮法師のような生き方を、憧れ. と一応推測することは出来る。が、 前節で見た 「昔ありける聖」 、. 無常を認識し、その認識の上に立って行動していたのだろう、. 兼好は、徒然草の中で繰り返し世の無常を語り、無常の認識 が乏しい人々を批判しているのだから、兼好自身は、深く世の. という意味で話題にする意味があったのだろう。そして兼好も. 的に多かったろうし、だから心戒や盛親の話が、普通と違う、. 行動は奇矯である。 そういう生き方をすばらしいとは思っても、. かに世は無常だと考えても、 「昔ありける聖」や心戒や盛親の. 感として無常を感じることも度重なったのではあろう。が、い. るし、戦乱や都遷りだってあるし、知識としてのみならず、実. 家も壊れたり焼けたりするし、津波や洪水や噴火や地震も起こ. 五 兼好自身の無常観の程度. 向かいの楝の木に登って見ていた法師が時々眠って落ちそうに. また、そういう大多数の一人だったのではないかと考えられる. この国に仏教とともに無常観という思想が流入して以来、や はり知識としての無常観は広まったし、実際人は死ぬのだし、. なるのを見ていた人が、 「世のしれものかな。かく危うき枝の. のである。木に登って競馬を見物してしばしば落ちそうになっ. 自分もそのように行動する、ということはしない人の方が圧倒. 上にて、安き心ありて睡るらんよ」と嘲った。そこで咄嗟に兼. -  - 10.

(10) 「心にくくのどやかなるさまして、 机の上に文をくりひろげて」. 御簾の破れから、 「かたち清げなる男の、年廿ばかり」の人が、. 第四三段は、 「春の暮つかた、のどやかに艶なる空に、いや しからぬ家の、奥深く」に入り込んで見ると、東向きの妻戸の. また、徒然草の中にしばしば見える、若さに対する憧れ、尚 古趣味、有職故実を語る段なども気になる。. 物したのだろうし。. せ給へ」と言われて、多分好意に甘えてそこに入って一緒に見. 兼好も彼らと同じように競馬見物に来たのだし、 「ここへ入ら. が、その違いはそれほど大きかったわけではないように思う。. いるのだということに、彼らより少し早く気づいたのではある. た法師と、地上で見物している自分達が、実は同じ無常の世に. なども、若さへの憧れ同様、常住への思いの強さを物語る例な. 内裏の櫛形の穴の形(第三三段)について語る有職故実的章段. ずめでたきものなれ」 (第二三段)といった尚古趣味や、閑院. 「何事も古き世のみぞ慕はしき」 (第二二段)、 「おとろへた る末の世とはいへど、なほ九重の神さびたる有様こそ、世づか. である。. 発言だったのではないか。生憎四十を過ぎれば容姿は衰え、若. という発言も、若い容貌のままに死にたかった、という後悔の. 十に足らぬほどにて死なんこそめやすかるべけれ」(第七段). ならいつまでも、若さを保ちたかったのではなかろうか。 「四. い換えることも出来るのではなかろうか。兼好も、出来ること. ない。そういう若さに対する憧れとは、常住に対する憧れと言. 七二段)と若さの持つ危うさは知りながら、 「老いて、智の若. 「若き時は、血気内に余り、心物に動きて、情欲多し。身を 危ぶめて、砕けやすきこと、珠を走らしむるに似たり」 (第一. りつつ行」ったという話。. そぼちつつ分けゆく」のを、 「行かん方知らまほしくて、見送. だかならねど、 (中略)遙かなる田の中の細道を、稲葉の露に. 「あやしの竹の編戸の内より、いと若き男の、月影に色あひさ. なりけん、尋ね聞かまほし」と思ったという。続く四四段も、. く無常を知らないわけではないのだろう。誰かから指摘されて. 乏しいとか弁えていないとか批判されたような人々も、実は全. るからそんな考え方はするなと主張したのだし、無常の認識が. ないか。無常を拒否する「ある大福長者」も無常観は知ってい. 変化するという二つの見方が同居して、人により時により場合. 無常観という思想を知って以降、多くの人の心の中には、こ の世を常住、すなわち永久不変と見る見方と、無常、すなわち. いと願っているのである。. のではないか。古きよきものが、いつまでも変わらないでほし. さが失われることは百も承知で、兼好はやはり若さに憧れたの. 見ていたと描写する段。その男について、兼好は「いかなる人. き時にまされること、若くして、かたちの老いたるにまされる. により、どちらかが強くなったり弱くなったりして来たのでは. が如し」(同)と、老人よりも容貌の勝ることを認めざるをえ. -  - 11.

(11) みれば、或いは災害や廃墟や人の死に接してみれば、なるほど. いる。たとえば③の小川氏の脚注には、「この世は永久不変. 年. ⑤ 三谷栄一・峯村文人編『増補徒然草解釈大成』 (昭和 5月有精堂)に拠った。. という信念。兼好の主張とは真っ向から対立する」とある。. そういう人々の中で、兼好はおそらく、どちらかというと無 常の認識が強かった人なのであろう。しかしその心の中にも、. と思う人も多かったのではなかろうか。. 常住を願う思いは結構強くあって、時に若さへの憧れとか、尚. ⑥ このことについては桑原博史 「兼好における中世的人間観」 ( 『国文学解釈と鑑賞』昭和 年 月号至文堂) に指摘がある。. 古趣味とか有職故実とかについて語らざるをえなくなる。だと 常に対する認識が乏しい人々に対する啓蒙とか教化とかの目的. の違いから、兼好がそれに拠ったかどうか「疑わしい」と述. ⑦ 安良岡康作『徒然草全注釈上巻』 (昭和 年2月角川書店) は「ついゐける」と一言芳談の「尻さしすゑて」という表現. すれば、徒然草の中でしばしば語られる無常の認識は、勿論無 もあったのかもしれないが、実は自分自身の中の常住への憧れ. べているが、③の脚注は一言芳談をそのまま引く。. 61. に対して、それでも世の中は変わるのだぞ、そういう現実から. 11. 年. 月笠間書院所収)や小川氏自身の研究も引かれて. ⑧ ③の書脚注。. 42. 目をそらしてはいけないぞ、と説得するための発言でもあった. 平成. いる。. 11. -  - 12. 47. のではなかったか、と考えるのだが、どうだろうか。. 年4月2版新典社)の影印本文を私に. 54. ④ 全く言及していないわけではなく、その主張が兼好の主張 と対立する、ということについては多くの注釈書が言及して. 27. 20. ⑨ ③の書脚注と補注。補注で稲田利徳「是法法師と兼好法師 ─「徒然草」第百二十四段とその周辺」 (同氏著『徒然草論』. 注. 校注古典叢書 昭和. ① 方丈記の本文は小内一明校注『大福光寺本方丈記』 (影印 校訂した。. 11. ② 平家物語の本文は市古貞次編『高野本平家物語』 (巻一は 昭和 年 月笠間書院)の影印本文を私に校訂した。 10. ③ 徒然草の本文は小川剛生訳注『新版徒然草』 (角川ソフィ ア文庫平成 年3月)に拠ったが、振り仮名は省略した。. 48.

(12)

参照

関連したドキュメント

学校に行けない子どもたちの学習をどう保障す

テキストマイニング は,大量の構 造化されていないテキスト情報を様々な観点から

これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

と言っても、事例ごとに意味がかなり異なるのは、子どもの性格が異なることと同じである。その

点から見たときに、 債務者に、 複数債権者の有する債権額を考慮することなく弁済することを可能にしているものとしては、

はい、あります。 ほとんど (ESL 以外) の授業は、カナダ人の生徒と一緒に受けることになりま

信号を時々無視するとしている。宗教別では,仏教徒がたいてい信号を守 ると答える傾向にあった

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から