小学校社会科における授業研究方法論の構築
佐藤 克士,埴岡 靖司,三鴨 範嗣,吉水 裕也
1 研究目的 昨今,教師 の授業力向上に向けた取り組みが全国 各地で展開されている。教科指導に おいては,ある単位時間の授業を開発・実践し ,それを他の参観者を交えて検討する「授 業開発・実践」と「授業分析・評価」をセットで行う授業研究が一般的である。しかし, このような授業研究において,授業を分析する視点が 授業者及び 参観者に共有されてい ないために思いつきの 感想を発表し合う場と化し,議論が深まらないこと(井上,2011)や (教師の)授業技術の検討に留まり ,授業者の授業の意図と授業の事実に即した授業研 究になっていないこと(田口,2011)等が課題として指摘されている。 本研究では ,上記の ような授業研究の課題を踏まえ,授業者及び参観者 双方の授業力 向上を保障する授業研究方法論を ,小学校社会科を事例に提案することを目的とする。 具体的には ,実際の学校現場で活用可能な 「社会科授業開発・分析ワークシート」を作 成し,その有効性を検証する。 2 研究仮説 これまで 社会科教育学研究が提示して きた「授業開発研究」と「授業分析研究」の成 果を踏まえた「社会科授業開発・分析 ワークシート」を作成し,それ を活用した授業研 究を行えば,「授業開発・実践」における論理実証性が保障されるともに,授業者の主体 性を踏まえた(統一した分析視点に基づく)客観的な「授業分析・評価」が可能とな り, 授業者及び参観者双方の授業力向上に資する授業研究となるであろう。 3 研究方法 (1) 先行研究の成果をもとに,授業者及び参観者双方の授業力向上に資する授業研究の理 論と方法を整理する。 (2) (1)をもとに「社会科授業開発・分析ワークシート」作成し,その有効性を検証する (検証1)。 (3) (2)の結果を踏まえ「社会科授業開発・分析ワークシート」を修正する。 (4)「改善版:社会科授業開発・分析ワークシート」の有効性を検証する(検証 2)。 4 研究内容 (1) 授業者及び参観者双方の授業力向上に資する授業研究 の理論と方法 これまで社会科教育学研究は,学校現場における社会科授業研究の課題に対して,目 標・内容・方法を貫く授業構成論を明示し,「授業理論」,「授業構成」,「授業実践」,「授業評価」を基本的枠組みとする方法に基づき,論理実証的に説明する「授業開発研究」 の方法論や,実践の事実を確定し,その分析を通して授業構成論を抽出するとともに, 実践と理論のズレを指摘し,改善の手立てを論じる「授業分析研究」の方法論を提案し てきた(梅津,2013)(図 1)。 図 1 社 会科 授業 研究 の基 本枠 組み (梅 津 ,2013 を もと に 筆 者作 成) 本研究では,批判可能性を高め,その科学化に貢献してきた 2 つの授業研究方法論を 基盤に,学校現場での実現可能性を 視野に入れた「社会科授業開発・分析ワークシート」 を作成し,それをもとに上述した研究仮説の有効性を検証する こととした。その際,「授 業開発・実践」に関しては佐藤・吉水(2014)を,「授業分析・評価」に関しては棚橋(2007) の研究成果を踏まえ,授業者及び参観者双方の授業力向上に資する授業研究 の理論と方 法を以下の図のように整理した(図 2)。 図 2 授 業 者 及 び 参 観 者 双 方 の 授 業 力 向 上 に 資 す る 授 業 研 究 の 理 論 と 方 法 ( 先 行 研 究 を も と に 筆 者 作 成 )
(2) 検証 1(岐阜県山県市伊自良南小学校) A:「授業開発・実践」 実践に先立ち,上記の理論を踏まえた 「社会科授業開発・分析ワークシート (図 3)」 を作成し た。また検証に際し,埴岡(授業者) には「授業開発・実践」を依頼し,佐藤 と吉水(研究者)が「授業分析・評価」をコーディネートすることとした。 なお「授業開発・実践」を依頼するにあたり,埴岡には以下の点を要請した。 ① 自身の問題意識を基づき,自由かつ大胆に授業を開発・実践すること。 ② 学習指導案には,授業者の意図や論理(「なぜ,そのように考えたのか」)を明確化するた め 各段 階に おい て仮 説(「 研 究仮 説」「 単元 仮説 」「 授 業仮 説」「 評価仮 説 」)を 明示 すること。 ③ ②は,学習指導案とは別に ,「社会科授業開発・分析 ワークシート」に整理し,授業研究前 に 参観 者に 配布 する こと。 佐藤と吉水は ,埴岡の問題意識 (主体性)を尊重しつつ ,相談を求められた際に助言 を行った。具体的には,「社会科観」-「授業評価」に至る「授業開発・実践」の論理(= 仮説)の書き方について助言した。 B:「授業分析・評価」 「授業分析・評価」を行うにあたり,当日埴岡の実践を参観した計 5 名で授業検討会 を実施した(佐藤・埴岡・吉水を含む)。授業検討会 では,まず佐藤が本研究の主旨につ いて説明した(図2)。次に埴岡が本実践における授業者の意図(「社会科観」―「授業評 価」に至る論理)について説明した(図 3)。その後,参加者で埴岡実践及び「社会科授 業開発・分析ワークシート」を活用した授業研究の有効性や妥当性について協議した。 図 3 「 社会 科授 業開 発・ 分析 ワー クシ ート 」( 筆 者作 成)
「社会科授業開発・分析ワークシート」を活用した授業研究について参加者か らは, 次のような意見が出された(表 1)。 表 1 「 社会 科授 業開 発・ 分析 ワー クシ ート 」を活 用し た授 業研 究に 対する 意見 ◎ 肯定 的な 意見 ,▲ 修正を 求め る意 見 参加者の意見 ◎ 「 ワ ー ク シ ー ト 」 に 基 づ い て 授 業 分 析 を 行 う こ と で , 授 業 者 が ど う い う 意 図 で 授 業 を 作 っ た の かが 系統 的に 理解 するこ とが でき る。 ◎ 授 業 を 作 る 際 , こ の よ う な 「 ワ ー ク シ ー ト 」 が あ る と , 事 前 に 自 分 の 考 え を 整 理 し て 授 業 や 検 討会 に臨 むこ とが できる 。 ◎ 予 め 「 授 業 開 発 ・ 実 践 」 と 「 授 業 分 析 ・ 評 価 」 の 視 点 が 示 さ れ て い る の で , や り 方 さ え 慣 れ れ ば , 表 面 的 な 議 論 に 留 ま ら ず , 普 段 あ ま り 意 識 し な い 「 社 会 科 観 」 ま で 総 合 的 に 分 析 す る こ とが でき るの で有 効だと 思う 。 ▲ 「 ワ ー ク シ ー ト 」 を 使 う こ と で 何 を 分 析 す れ ば よ い か は 分 か っ た が , い ざ そ れ ( 分 析 し た 内 容 )を 書く とな ると 難しい 。 ▲ 「授 業開 発・ 実践 の論理 」と 「授 業分 析・ 評価の 論理 」は ,逆 の方 が見や すい 。 ▲ 「評 価仮 説」 には 何を書 けば よい のか 分か りにく い。 ▲ 授 業 者 の 意 図 の 妥 当 性 や そ の 論 理 を 検 討 す る の で あ れ ば , 目 標 ― 手 だ て の 関 係 を 分 析 ・ 評 価 す る内 容に した 方が 分かり やす い ( 例え ば , ○×△ 等 )。 ▲ 授業 を分 析す る際 には,実践 者の 各段 階の 説明を 聞き なが ら「 社会 科観」( 上段)から 分析 す る より ,「 子ど もの 学び 」( 下段)から「 社会 科観」(上 段)を 分析 した 方が やり やす いの では な いか 。 ( 授業 検討 会の 議論 をもと に 筆 者作 成) (3)「改善版:社会科授業開発・分析ワークシート」の作成 表1 の意見をもとに,「改善版:社会科授業開発・分析ワークシート」を作成した(図 4)。 図 4「改 善版 :社 会科 授業 開発 ・分 析 ワ ーク シート 」(筆 者作 成)
(4) 検証 2(共栄大学) 上記で作成した「改善版 :社会科授業開発・分析ワークシート」 の有効性は, 教員研 修会(「テーマ:小学校社会科授業研究の理論と実践(180 分間)」で検証した(対象:教 職歴10 年以上の教員 12 名)。なお,検証は以下のような手順で進めた。 ① 「授業者及び参観者双方の授業力向上に資する授業研究の理論と 方法( 図 2)」と「改 善版 : 社 会科 授業 開発 ・分 析ワー クシ ート (図 4)」について説明する 。→(25 分) ② 学習 指導 案( 埴岡 作成 )か ら「 授業 開発 ・実践 の論 理( 図 4 左側)」に該当する箇所を抽出 し ,整 理す る。 →(25 分) ③ 各自が抽出・整理した内容をグループ内(1G=4 名)で確認する。→(15 分) ④ 授業映像を視聴(45 分)しながら,「授業分析・評価 (図 4 右側)」を行う。→ (20 分) ⑤ 各自が「授業分析・評価」した内容をグループ 内で協議する。→(20 分) ⑥ グループ内で協議した内容を全体で共有する。→(10 分) ⑦ 参加者の議論を踏まえ,講師(佐藤)が総括する 。→(15 分) ⑧ 「 改 善 版 : 社 会 科 授 業 開 発 ・ 分 析 ワ ー ク シ ー ト 」 を 活 用 し た 授 業 研 究 の 有 効 性 や 妥 当 性 に つ い て感 想 を 書く (自 由記述 )。→(15 分) 「改善版:社会科授業開発・分析ワークシート」を活用した授業研究について ,参加 者からは次のような意見が出された(表 2)。 表 2 「 改善 版: 社会 科授 業開 発・ 分析 ワー クシー ト」 を活 用し た授 業研究 に対 する 意見 ◎ 肯定 的な 意見 ,▲ 修正を 求め る意 見 参加者の意見 ◎ 予め「授業分析・評価」の視点が示された状態で授業を分析するので,とてもやりやすかっ た 。 ◎ 提示された「ワークシート」は社会科に限らず他教科でも応用できると思った。 ◎ 「授業開発・分析ワークシート」を使えば,授業を客観的に捉えることができ,今後の教育 実 践の 場で も活 用し ていき たい と思 った 。 ◎ 授業研究では目標・仮説・計画・事実の整合性や妥当性を検討することが重要であることが わ か っ た 。 ま た , そ れ ら を 考 え て い く 上 で 今 回 配 ら れ た 「 ワ ー ク シ ー ト 」 は 大 変 有 効 で あ る と 思っ た 。 ◎ これまで研究協議会では,自分の分析方法で良いのか自信が持てずなかなか発言できないで い た が , 本 日 の 講 習 を 通 し て , ど の よ う な 視 点 で 授 業 を 分 析 す れ ば よ い か が わ か り 少 し 自 信 が 持て た。 ◎ 「授業開発・分析ワークシート」を使用することで ,自らの指導案作成に役立てたり ,研究 協 議会 で分 析す る視 点とし て共 有化 した りで きるこ とを 学ん だ。また ,授業を 分析 する 際 ,「授 業 の事 実( 子供 の学 び)」と「 本時 の目 標」な どの 前後 の関 係性 を分 析する こと で授 業の 事実 か ら単 元計 画 , 授業 者の社 会科 観ま でト ータ ルに分 析で きる こと がわ かった 。 ◎ 協 議 会 で は い つ も , 一 体 授 業 の 何 を ど の よ う に 分 析 し 発 表 し た ら よ い の か 分 か ら な か っ た が , 今 日 の 講 習 で 配 ら れ た 「 ワ ー ク シ ー ト 」 を 基 に 考 え て み る と , こ れ な ら 自 分 で も 授 業 の ど こ を , ど の よ う に 見 た ら 分 析 し た こ と に な る の か が 明 確 に な っ た 。 こ れ ら の 視 点 を も と に 自 分 の 授 業 ( 研 究 授 業 ) を 様 々 な 先 生 に 見 て も ら え ば , 協 議 会 で の 議 論 も 噛 み 合 っ た も の と な り, 自分 の授 業力 向上に もつ なが ると 感じ た。 ◎ 授業を開発(作る)する際には ,「社会科観」や「目指 す児童像」を明確にして 臨むことが 最 も重 要で ある と感 じた。「 授業 開発・分析 ワーク シー ト」を活 用し た授業 分析 の方 法は ,授 業 者 を 尊 重 で き る 手 段 で あ り , 授 業 者 の 主 体 性 に 基 づ く 授 業 研 究 を 行 う 上 で 有 効 な ツ ー ル だ と 思 っ た 。 現 場 に 帰 っ た ら 指 導 案 を 書 く 際 に 活 用 し た い 。 ま た , 同 僚 に も 広 げ て い き た い と 思 う。 ※ ▲修正を求める意見は特になかった。 ( 参加 者の 感想 をも とに 筆 者作 成)
5 成果と課題 本研究の目的は,現在,授業研究の課題として指摘されている内容を踏まえ,「授業開 発・実践」と「授業分析・評価」をセットで行う授業研究において授業者及び参観者の 授業力向上に資する「社会科授業開発・分析 ワークシート 」を作成し,その有効性を検 証することであった。 本研究の成果は,第一に,これまで社会科教育学研究が提示してきた「授業開発研究」 と「授業分析研究」の成果を踏まえ て「社会科授業開発・分析ワークシート」作成した ことである。第二に,本研究で作成した「社会科授業開発・分析ワークシート」及び「改 善版:社会科授業開発・分析ワークシート」の検証を通して,「改善版:社会科授業開発・ 分析ワークシート」 を活用した授業研究が,授業者及び参観者の授業力向上に資する 方 法としてある程度有効的であることが認められたことである。具体的には,教職歴 10 年 以上の教員12 名を対象に行った調査結果から,現在,社会科授業研究において課題とさ れている事柄( 議論が深まらない ことや,授業者の授業の意図と授業の事実に即した授 業研究にな っていないこと等)を克服する有効なツールとして活用できる可能性が高い ことが示唆された。 今後は,「改善版:社会科授業開発・分析ワークシート」を 活用した授業研究の有効性 を引き続き 学校現場で検証 していくとともに, 教職歴や専門教科 ,校種等の違いによっ てどのような効果の違いが見られるのかを調査していきたい。 【参考文献】 井上伸一(2011)「小学校社会科授業における評価の課題と方法」,第22回社会系教科教育 学会 シンポジウム発表資料. 梅津正美(2013)「社会科授業研究の有効性を問う-社会科授業研究の教育実践学的方法 論の探求-」,社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第25号, pp.91-94. 佐藤克士・吉水裕也(2014)「科学の論理と子供の論理との統合をめざす社会科授業研究 のケーススタディ―小学校第5学年「日本の水産業」を事例にして―」, 兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科『教育実践学論集』第15号, pp.153-167. 棚橋健治(2007)『社会科の授業診断―よい授業に潜む危うさ研究―』,明治図書,pp.24-27. 田口紘子(2011)「授業者主体の授業研究の実現をめざす小学校社会科授業についての事 例研究」,第22回社会系教科教育学会課題研究1 発表資料.