一 はじめに 山田詠美「ひよこの眼 」 (1) は、一九九五年に教科書教材として採録 さ れ て 以 来、 二 〇 一 九 年 現 在、 三 省 堂『 現 代 文 B 改 訂 版 』、 教 育 出 版『新編現代文 B 』、数研出版『新編現代文 B 』、第一学習社『改訂 版標準現代文 B 』、 『改訂版新編現代文 A 』に採録されているテクス トである。しかし最初に教科書教材として候補に挙がっていたのは、 「ひよこの眼」ではなく、 「ひよこの眼」を収録している『晩年の子 供』の表題作「晩年の子供 」 (2) であり、一九九四年発行予定であった 第一学習社『新訂国語 Ⅰ 』の教材候補であった。これが当時の文部 省から教材として不適切とされ、その後一九九五年発行予定の三省 堂『 現 代 文 』 で 教 材 候 補 に 挙 が っ た 際 に も 同 様 の 判 定 を 受 け、 「 ひ よこの眼」に差し替えられた。これが「ひよこの眼」が教科書教材 として採録されることになった経緯であ る (3) 。こうした特殊な事情の 上で教材とされた「ひよこの眼」は教科書教材として採録され続け、 中野登志美からは「もはや定番教材のひとつと言っても過言ではな い だ ろ う 」 と 評 価 さ れ て い る (4) 。 一 方、 「 晩 年 の 子 供 」 は 一 度 も 教 科 書教材として採録されていないわけであるが、牛山恵は「晩年の子 供 」 が 教 材 化 さ れ な か っ た 理 由 に つ い て、 「 私 」 が 標 本 の 水 晶 を 盗 むなど学校の現場で行った数々の「悪戯」が問題であったことを指 摘 し、 「 作 品 の 評 価 と は 別 に、 生 活 指 導 的 な 面 で 教 材 化 で き な い わ けがあった」とする。その上で「ひよこの眼」が教材化された理由 についても「この作品が教材として二番手だということではないだ ろう」と述べてい る (5) 。また、加藤三重子は「ひよこの眼」が教材と し て 認 可 さ れ た 理 由 に つ い て、 「 二 〇 〇 〇 年 一 二 月 に 文 部 省 か ら 出 された『高等学校学習指導要領解説 国語編』の「まえがき」から 挙げることができる」としたうえで以下の様に述べてい る (6) 。 「生きる力」の育成を手助けするものとして、 「ひよこの眼」は か っ こ う の 教 育 的 指 導 材 料 に な り 得 る の で あ る。 「 生 き る 力 」 を養う際に〈死〉を同時に考えなければならないのであるとす
山田詠美「ひよこの眼」における語りと
教材的価値の関係性
野
澤
涼
子
れば、 「ひよこの眼」は優れて〈教育的〉であると言えるのだ。 加藤のこの指摘は最初に「晩年の子供」を教材候補に挙げた第一 学習者が、志賀直哉「城の崎にて 」 (7) に差し替えたことからも肯ける。 「城の崎にて」は定番教材ではあるが、 「晩年の子供」から差し替え られたテクストとしては、発表年が大きく異なり作家の共通点も見 出 せ な い。 こ の 両 者 に 共 通 す る の は、 〈 死 〉 を 扱 っ て い る と い う た だ 一 点 に あ る と 言 っ て も 過 言 で は な い。 そ の 点 を 鑑 み れ ば、 「 晩 年 の子供」は〈死〉を考えさせる教材として評価されたために候補に 挙がったと推測でき、それと差し替えられた「ひよこの眼」も同様 の評価を受けたと考えられる。 「 晩 年 の 子 供 」 の「 私 」 は 飼 い 犬 に 手 を 噛 ま れ た こ と か ら、 狂 犬 病に伝染し六ヵ月後に死ぬと思いこみ、自らの生と向かい合うこと で死生観を確立させようとしていく。そして自分の人生を振り返り、 自らの自意識のために教室内で居場所を失うことになったクラスメ イトたちへの罪悪感を認識し、実際にその中の一人に自分の想いを 伝えるという行動も起こしている。 また戦後初期からの定番教材である「城の崎にて」は、荒木裕子 の指摘の通り 「この主人公 (もしくは志賀直哉) の死生観こそが、 「城 の崎にて」読解の土台として認識されて 」 (8) きたという教材としての 歴史がある。語り手は列車事故に遭ったことから死への親しみを感 じ、小動物の生死に自らを重ね合わせながら自身の生死と向き合う。 語 り 手 の 死 生 観 を 読 み 取 る こ と が で き る と い う 点 に お い て、 「 晩 年 の子供」と共通するものがある。 一方「ひよこの眼」は、自身の死に直面する主人公が描かれてい るのではなく、同級生の死を通して生死を見つめていく主人公の心 情が描かれたテクストである。国語科教材における死生観を包括的 にまとめている各務めぐみは、死を扱った教材を「①戦争・紛争の 多様化を扱った教材」 、「②死の受容を扱った教材」 、「③「持続可能 な社会」に関する題材を扱った教材」に大別し、②をさらに「 (エ) 肉親や身近な人の死を扱った教材」 、「 (オ)友人の死を扱った教材」 、 「( カ ) 老 い や 認 知 症 に 寄 り 添 う 視 点 の 教 材 」 に 分 け た 上 で、 「 ひ よ この眼」は②の(オ)に含まれるとしてい る (9) 。この分類から鑑みる と、 「 晩 年 の 子 供 」 や「 城 の 崎 に て 」 の よ う に 主 人 公 が 自 身 の 生 死 に向き合うテクストでなくとも、他者の死に出会うことで生死を見 つ め る 様 相 が 描 か れ て い る テ ク ス ト に は、 〈 死 〉 を 考 え さ せ る 教 材 としての適性があるということになる。各務は「ひよこの眼」につ いても「主人公は心に深い傷を負」い「その影響が十年近く経って も 続 」 い た 上、 「 後 悔 の 念 に 苛 ま れ 」 て い る と 言 及 し て い る (9) 。 各 務 の こ の 言 及 は、 「 こ こ ろ 」、 「 舞 姫 」、 「 羅 生 門 」 と い っ た、 数 十 年 に も 及 ぶ 定 番 教 材 に「 サ バ イ バ ー ズ・ ギ ル ト( 生 存 者 の 罪 悪 感 )」 の 問 題 を 読 む 野 中 潤 の 指 摘 )(1 ( を 合 わ せ て 考 え れ ば、 「 ひ よ こ の 眼 」 が 歴 代の定番教材と同様の問題を内包していることを浮かび上がらせる ように思われる。だが「ひよこの眼」の語りを見ていくと、同級生 の死に対する「私」の「深い傷」や「後悔」は ほ とんど読み取るこ とができない。それ以上に特徴的なのは、恋慕と恐怖が切り離せな いものとして語られている点であり、主人公が他者の死に直面する 物語で読み取られる類型的な感情とは一線を画す、複雑な心理が描 かれているといえる。それを踏まえると、死が描かれた文学教材の 一つとして分類するという手続きに留まっていては、 「ひよこの眼」
の真の意味での教材的価値を見いだすことはできないであろう。本 論は語りの分析を通して「私」が直面し受け止めたもの
─
受 け止めきれなかったものも含めて─
が何であったかを追求し、 そこから「ひよこの眼」の教科書教材としての価値の有無について 検討することを目的とするものである。 二 語りの編集 二.一 ひよこの目と幹生の目 「ひよこの眼」は、 「私」という一人称で過去について語られたテ クストであり、語る「私」によって過去が編集されている可能性を 排除して読むことはできない。その点を指摘する先行論は多く、特 に語る「私」の矛盾点はいくつかの論で指摘されている。多く指摘 されているのは、幹生とひよこの目を同一視する「私」の語りの矛 盾である。たとえば加藤三重子は、ひよこが妹真利子から「最初っ から、生きる気なんてなかったよ」と言われているのに対し、幹生 は「生きようとしていた姿勢が強調される」として、 「〈死〉を見詰 め て い た 幹 生 の 目 は、 「 私 」 の 手 の 中 で 死 ん で い っ た ひ よ こ の 目 と 通じてはいるものの、完全に一致することはない」としてい る (6) 。ま た丸山範高も「目」が似ていたというだけで、 「ひよこ」と「幹生」 を「ともに、抗うことのできない運命としての死に取りつかれた目 であるとして重ね合わせ」る「語りの偏向性」があると指摘してい る )(( ( 。こうした丸山の論を受けて中野登志美は、さらにその点を以下 の様に指摘してい る (4) 。 ひよこは静かに死を受け入れていたのだが、幹生の場合は生の 方向へ踏み出そうとしていた。したがって、幹生とひよこは共 に死と生の境界の狭間にいるものの、向いている方向が対蹠的 な の で あ る。 幹 生 と ひ よ こ の 間 に は 懸 隔 が あ る の に、 「 私 」 は どちらの目も同質のものとして見ているのである。その違いを 現在の「私」は少しも気が付かないまま語っている。 ここでこれらの先行論の主張の根拠となる部分を確認すると、そ れは幹生の「おれ、寒がりだけど、吐く息が白くなって行くってこ とは、体の中があったかいってことだもんな」 、「 ほ んとのこと言う と、高校は諦めてたんだ。おれんち、貧乏だからさ。でも、なんか、 大丈夫のような気がして来た」という台詞にあることがわかる。確 かにここからは幹生が生への希望を感じとっていたことが読み取れ るが、これらの台詞は「私」と想いが通じ合っていることを確認し た後のものであり、それ以前から幹生が生きる希望を抱いていたこ との根拠にはなり得ない。この点について佐野正俊は、先行論に対 し「 「 幹 生 」 は 自 ら の 過 酷 な 運 命 を「 私 」 と「 い っ し ょ に い る 」 時 だけは忘れることができたと解釈すればよいように思うがどうであ ろうか」と反論してい る )(1 ( 。たしかにこの瞬間の幹生は「私」との恋 の成就による喜びの只中にいたわけであり、それ以前の幹生が「死 を 受 け 入 れ て い た 」 こ と を 否 定 す る も の で は な い。 「 私 」 も こ の 時 の幹生の目を 彼の瞳には、相変わらず涙の膜が張っているように見える。け れど、それは、決して上の空の涙ではない。私が側にいること が、彼の瞳を濡らしているに違いないのだ。と述べており、希望を語る幹生の目をそれ以前の幹生の目と区別し、 ひ よ こ の 目 と は「 同 質 の も の と し て 見 て 」 は い な い。 「 私 」 が ひ よ この目と同一化した幹生の目は、 出会った時に感じた「懐しい気持」 にさせる目であり「上の空」の目である。生きようとしていた幹生 に「私」は「上の空」の目を感じ取っていない。この直前の箇所を さらに検討すると、幹生の「上の空」の目に対し「私」は「その瞳 を懐しいとは思わ」なくなっている。そしてその理由は「彼が決し て幸福ではない」と知っており、幹生が幸福でないことは自分を傷 付けたためであるとしている。つまり、 語る「私」は語られる「私」 を相対化し、幹生の「上の空」の目を「懐しい」と思わなくなった のは、好意を抱く相手が幸福でないことに自分が傷つくためである と認めているのである。このように「私」は「懐しい」幹生の目が、 何らかの不吉な前兆を示していることに感づいていた。それ故、語 る「 私 」 は ひ よ こ と 幹 生 の 違 い に 気 が 附 か な い の で は な く、 「 決 し て上の空の涙ではない」 、「私が側にいることが、彼の瞳を濡らして いるに違いないのだ」と断言するのであり、自分の存在によって幹 生の目を幸福なものに変えることができたと自負しているのである。 幹生は、私を抱き寄せた。夕暮れだった。公園には、何組か の恋人たちがいたが、 私は、 自分と幹生が一番、 せつないと思っ た。私たちは、恋を語り合うには幼な過ぎるのだ。肩を寄せ合 うこと以外にどうして良いのか解らない。お互いに好きだとい うことしか解らない。 〈中略〉 私は、幹生の手に触れた。彼は、私の手を握り、そのまま自 分のジャケットのポケットに押し込んだ。 この時 「私」 は「幹生の手の感触が、 甘い毒のように全身にまわ」 っ た、ある種のエロティックな快楽の只中にいたが、帰宅後に一気に 死んだひよこの記憶を甦らせ、死への恐怖へと突き落とされる。 ここで 「私」 が幹生の目とひよこの目に共通して感じ取ったと語っ て い る も の は 何 か を 確 認 す る と、 「 私 」 は「 ひ よ こ が 自 分 の 死 期 に ついて考えていたとは思えない。けれど、確かに、死は、ひよこを とらえていた」のだとしていることがわかる。ここから「私」がひ よ こ の 目 か ら 感 じ 取 っ た の は、 自 分 の 死 期 を 予 見 す る 目 で は な く、 死にとらえられた者の目であり、本人が生きようとしているか否か に拘らず、死が迫っている者が持つ、死を映した目であると考えら れる。それを「私」が「死を見詰めている瞳」と表現しているなら ば、 「 私 」 が ひ よ こ と 幹 生 の 目 か ら 共 通 し て 感 じ 取 っ た も の は、 本 人の意思とは無関係に押し寄せる死の運命ということになる。その ように捉えれば、先行論で指摘されているような、幹生とひよこの 目を同一視する 「私」 の語りに矛盾はないことになる。幹生と出会っ た時に「私」が感じた「懐しい気持」が死にとらえられた者の目に あ っ た と 仮 定 す れ ば、 「 何 が し て あ げ ら れ る の だ ろ う 」 と 思 い、 幹 生の死を知った際に「この年齢にして、人間の思う通りに行かない ことがあるのを知ってしま」ったと語ることとも符合する。そして 幹 生 が、 公 園 で「 私 」 と 想 い を 通 い 合 わ せ た 時 に は、 「 確 か に 」 生 きようとしていたと語る語り手は、自分の存在が幹生に生きる希望 を与えたという矜持を手放してはいないといえる。
二.二 「私」の「諦観」 既述の通り各務は「ひよこの眼」には「主人公」が「後悔の念に 苛まれる姿」が描かかれていると し (9) 、中野も「中学三年生だった私」 が「 ナ ル シ シ ズ ム 的 な 恋 に 陶 酔 し て い る だ け 」 で、 「 幹 生 そ の 人 を 受け止めきれなかった当時の自分の未熟さを「現在」の「私」は後 悔している」と述べてい る (4) 。 しかし幹生の死を知った際の「この年齢にして、人間の思う通り に行かないことがあるのを知ってしま」ったというという言葉から は、 「 人 間 の 思 う 通 り に 行 か な い こ と が あ る 」 と い う 事 実 を 知 る に は早すぎる年齢だったという「私」の思いが垣間見える。そうであ るならば知る必要もなかった「人間の思う通りに行かないこと」に ついて、当時の「私」になすべきことがあった、と語る「私」が考 え て い る と は 解 し 難 い。 こ の こ と か ら、 「 私 」 は 自 分 の 存 在 に よ っ て幹生に生きる希望が生まれたという自負を抱きながらも、圧倒的 な死の運命にはひれ伏すしかなかったという「諦観」も共存させて い る こ と が わ か る。 そ う で あ る な ら ば、 「 人 間 」 に は ど う す る こ と もできない死の力に対して後悔をする由もない。だからこそ 「私」 は、 そ の 後 の 人 生 で 出 会 う「 ひ よ こ の 目 」 に 対 し て も「 困 っ て し ま う 」 だ け な の で あ る。 「 も し や、 あ な た は、 死 と い う も の を 見 詰 め て い るのではありませんか」と「尋ねてみたい衝動に駆られ」るという 最後の部分も、 「尋ねて みたい 4 4 4 衝動」 (傍点引用者)という言葉から 読みとれる消極性と軽さからは、死という運命のもとにはひれ伏す しかないことを前提とした「諦観」とそれを許す自分への甘さが表 れている。 要 す る に 語 り 手 は、 元 々 死 ぬ 運 命 に あ っ た 幹 生 が、 「 私 」 の 存 在 によって生きる希望を抱いたものの、死の運命はその希望すらも打 ち砕く ほ ど強かったために幹生は死んでしまい、そのことから死の 運命には誰も抗うことはできないと、 中学三年生にして 「私」 が知っ てしまった、という物語を紡いでいるのである。こうした語り手の 編集に亀裂を入れるのが、妹真利子の「ひよこは、最初っから、生 きる気なんてなかった」という言葉である。この言葉が、加藤が指 摘するような幹生とひよこの相違性を示すのではなく、むしろ幹生 とひよこの同質性を示唆している可能性を考えてみることはできな いだろうか。ひよこ同様、幹生も「生きる気なんてなかった」と考 えれば、幹生が「私」に公園で語った希望の中には、自分の家庭環 境を「今のは、全部、嘘だよ。冗談」と誤魔化したのと同様、想い を寄せる「私」を安心させるための優しい嘘が含まれていた可能性 を否定できない。幹生が転校してきたのは借金取りから逃げてきた ためであるが「もう、逃げる必要もないみたい」という台詞は、父 親が幹生と心中を図ろうとしていることを予期していたことも匂わ せ る )(1 ( 。幹生が父親から殺されることを予期しつつも、それを回避す ることを諦めていたのであれば、ひよこ同様幹生も「生きる気なん てなかった」ことになる。 だが語り手は、真利子の言葉と幹生を繋げることはなく、幹生へ の 「確かに生きようとしていた」 という評価を覆さない。語る 「私」 は幹生の目に不吉なものを感じ取っていたにも拘らず、何もできな かった過去の「私」を糾弾することもなく、 「私が側にいることが、 彼の瞳を濡らしているに違いないのだ」 、「彼は、あの公園で、確か に生きようとしていたのに」とむしろ不幸な幹生の唯一の生きる希 望 が 自 分 で あ っ た か の ご と く 語 る の で あ り、 「 後 悔 」 と は 程 遠 い 位
置にいるのである。 三 後景化される幹生、前景化される「私」 三.一 語る「私」のナルシシズム 「 私 」 の 語 り か ら は、 幹 生 の 死 に 対 す る 喪 失 感 が 不 自 然 な ほ ど 感 じられない。牛山恵は「私」にとって幹生の死が意味したものが何 かを問う時に、喪失感が無い点を次のように指摘してい る (5) 。 周囲が気遣いを見せたように、ふつう恋人を失うということ は耐え難い悲しみであろうし、どのような予感があろうと、そ れが現実になったときの衝撃は軽減されるものではない。むし ろ、それを予感しつつ回避できなかったことを悔やんで、悲し みはいっそう強いものとなるだろう。 〈中略〉なぜ、 「私」には そ の よ う な 喪 失 感 が 希 薄 な の か。 「 私 」 は「 死 ぬ な ん て 憎 ら し いことだ」と「泣き続け」るが、それは相沢という恋の相手を 失 っ た か ら で は な い。 「 人 生 に 対 し て 礼 儀 正 し い 人 」 が 死 な な ければならないという不条理を知ったからだ。 牛山が指摘するように「私」は幹生を失った喪失感が希薄であり、 その死を回避できなかった後悔も感じていない。 だが、 これらは 「私」 の語りの中に組み込まれているとも解することができる。 牛山は 「読み手は相沢 幹 マ マ 夫 をうまくイメージできない」 とし、 「私」 が幹生について「何も語らない」と指摘する。さらに「都会で電車 通 学 を し て い る 彼 ら の 通 う 中 学 校 は、 お そ ら く 私 立 中 学 校 だ ろ う 」 と し た 上 で、 「 高 校 を あ き ら め な け れ ば な ら な い よ う な 経 済 事 情 の 相 沢 が、 な ぜ 私 立 と お ぼ し い 中 学 校 に 転 校 し た の か と い う 疑 問 が、 相沢の存在感をますます希薄にする」とも指摘している 。 )(1 ( 牛山の指摘通り、語られるのは幹生の目、視覚ばかりであり、し かもその目は「死を見詰めている目」 、「ひよこの目」として他の多 く の 目 と 同 質 化 さ れ て し ま う。 「 私 」 が 幹 生 へ の 恋 心 を 自 覚 し た 時 も「私は、その時、既に、好きな男には、呑気な幸せをさずけたい と願う程に大人になっていた」と、語られる「私」から距離をとり、 語る「私」に引きつけられて語られている。この「好きな男」とい う言葉からは「相沢幹生」という個が持つ特殊性が払拭されている。 「 好 き な 男 」 と い う 表 現 に は、 語 る「 私 」 が 幹 生 の 死 以 降 に 恋 を し た そ の 他 の 男 た ち を 含 有 す る 響 き が あ る。 語 る「 私 」 は「 そ の 時、 既に」という言葉によって、中学三年生だった語られる「私」と現 在 の「 私 」 と の 間 に、 「 好 き な 男 」 へ の 感 情 と い う 一 貫 し た 共 通 性 があることを示唆することによって、 語る 「私」 にとって幹生が 「好 きな男」 の一人に過ぎないことを示すとともに、 幹生が語られる 「私」 にとって唯一無二の存在であった可能性も希薄にしていると言える。 このように考えると、幹生の死に対する喪失感の希薄さは、語ら れる「私」のものではなく、語る「私」によって付与されたもので ある可能性が考えられる。幹生の死が担任教師から告げられた以降 の 語 り で は、 幹 生 の 名 が 主 語 に な っ た 文 は 一 文 も な く、 「 彼 」、 「 あ の人」という代名詞でしか語られない。恋人の死に際し、その名を 語らない不自然さが喪失感をより希薄にしているといえよう。さら に「気落ちしていた」 、「口惜しくて」 、「死ぬなんて憎らしい」とい う表現は、貧困と病気を背景にした父親による無理心中という、あ ま り に 非 劇 的 な 幹 生 の 死 に そ ぐ わ な い 軽 さ が あ る。 語 る「 私 」 は、
幹生の存在を決して前景化しないのである。 幹生に比して 「私」 の特徴は読み取りやすい。丸山は 「対比によっ て、当時の「私」の、教室における異質性を際立たせる」と指摘し ている が )(( ( 、確かに「素敵」 、「大人っぽい」という幹生に対する女子 生徒の評価を「私」は「転校生は、いつも見慣れた男子生徒たちよ り、どうしても格好良く見えるものだ」と冷静に判断し、幹生に対 して彼女たちとは異なる観点
─
「懐しい」目─
から関心 を持つ。しかもその関心は、幹生の背景に隠されていた不幸な死の 予感を暴くものであった。そもそもひよこの死に際しても、母と妹 が 悲 し み の み を 感 じ て い た 時、 「 私 」 だ け は ひ よ こ の 目 に 引 き つ け ら れ て お り、 「 私 」 に は 他 の 人 と は 一 線 を 画 す 独 特 の 感 性 が 具 わ っ ていることが示唆される。現在でも町の雑踏や電車の中で「ひよこ の目」を見つけてしまう洞察力の鋭さがあり、他の人には見えない ものが見えるようである。 このように表象された「私」には、幹生よりも個としての特殊性 と 悲 劇 性 が 付 与 さ れ て い る よ う に 考 え ら れ る。 既 述 の 通 り 中 野 は、 「 中 学 三 年 生 だ っ た 私 」 が「 ナ ル シ シ ズ ム 的 な 恋 に 陶 酔 し て い 」 た ことを現在の「私」が批評的に語っているとしているが、テクスト 内から読み取れるのは、むしろ語る「私」のナルシシズムである。 語り手のナルシシズムは、自分の存在が幹生に生への希望を抱か せたとの自負を語る部分にも表れている。だが、 語り手は同時に 「好 きな男には、呑気な幸せをさずけたい」と「その時、既に」思って いたことも述べている。それを考えるならば、自分が幹生には「呑 気 な 幸 せ を さ ず け 」 ら れ な か っ た こ と を 認 識 し て い る は ず で あ り、 この記憶は語り手のナルシシズムを傷つけるに十分であると思われ る。それにも拘らず剥がれることのない ほ ど分厚い、このナルシシ ズムは、強固な防衛の役割を果たしているともいえるのではないだ ろうか。それはナルシシズムを盾にして守らなければならない何か を、語る「私」が抱えているということを示唆しているのである。 三.二 ナルシシズムで覆われた恐怖 加 藤 は「 私 」 の 幹 生 へ の 恋 心 に は「 〈 死 〉 へ の 共 振 が あ る 」 と 指 摘 し、 「 ひ よ こ の 眼 」 は「 タ ナ ト ス を 漂 わ す 物 語 で あ 」 る と し て い る が (6) 、そのことは幹生への恋心だけでなく、ひよこが死んだ時の 母や妹は、悲しみで肩を落としていたけれども、私は、ひよこ を見守り続けたのだ。 まるで、憑かれたように、私は、その小さな生き物が最後の力 を振り絞り、目を見開いているのを見続けていた。ただ不思議 だった。 と い う 記 述 か ら も う か が え る。 ひ よ こ の 死 の 際 に「 恐 怖 を 感 じ た 」 という「私」は、幹生に対しても「最初から、彼のあの目に引かれ て い た の だ。 そ し て、 恐 し さ の あ ま り に、 恋 を し て し ま っ た の だ 」 とし、死に牽引されたことを示唆してい る )(1 ( 。 し か し 初 め て 幹 生 の 目 に 出 会 っ た 時、 「 私 」 は「 懐 し い 」、 「 せ つ ない感情が霧のように胸を覆い、心を湿らせた」という、恐怖とは 程遠い表現で語り、幹生の目への「懐し」さがひよこの目にあった ことに気づいた晩になって、初めて恐怖に襲われたと語っているの で あ る。 語 り 手 は 物 語 内 の 全 て の 出 来 事 が 終 わ っ た 後 の 時 間 か ら語っているはずであるから、語られる「私」が感じた「懐し」さが 誤りであったことを知った上での語りである。冒頭部分では、死期 が 迫 っ て い る こ と を 映 す 瞳 を、 「 懐 し い 」 と 感 じ た 過 去 の「 私 」 の 迂闊さが語り手から示唆されることはなく、語られる「私」に寄り 添った語りが紡がれる。だが語り手が語りながら過去を辿っていた な ら ば、 「 懐 し 」 さ が ひ よ こ の 目 だ と 思 い 出 し た 場 面 を 語 る 時、 語 り手はその時の感情を追体験しなければならないことになる。 懐しいなんて嘘だ。私は、最初から、彼のあの目に引かれてい たのだ。そして、恐ろしさのあまりに、恋をしてしまったのだ。 死を見詰めている瞳。あの人は予感しているのだ。でも、私に、 いったい、何がしてあげられるのだろう。ひよこは、とうの昔 に死んでしまったのだ。 唐 突 に 挿 入 さ れ る「 ひ よ こ は、 と う の 昔 に 死 ん で し ま っ た の だ 」 と い う 箇 所 か ら は、 語 り 手 の 動 揺 が 漏 出 し て い る。 「 甘 い 毒 」 と い う恋の喜びに酔っていた「私」が、一変して眠れない ほ どの恐怖を 体験する場面であるが、生きる喜びを感じる恋の源に実は死があっ たという事実は、幸福な愛の只中にあってもその裏には死が潜んで いるということへの恐怖を呼び覚ます。つまり語られる「私」が感 じた恐怖が顕現させるものは、恋と死が自分の中で結びついている ということであり、その点から見れば「ひよこの眼」は、加藤が主 張するような、単に「タナトスを漂わす小説 」 (6) なのではなく、生の 喜 び そ の も の で あ る よ う な 恋 / 愛 の 影 に 潜 む 死 を、 表 出 さ せ て し まった経験が語られたテクストなのではないだろうか。 しかし登校した後を語る場面では、 「私」の恐怖は一切表されない。 そして語り手は既述のように、幹生という個の死を悼むよりも「こ の年齢にして、人間の思う通りに行かないことがあるのを知ってし まい、すっかり気落ちしていた」と、語られる「私」の感情を優先 した自己愛的な語りを形成する。だがこのナルシシズムが、実は語 られる「私」が感じた恐怖に向き合うことで起こり得る自身への衝 撃を避けるためのものであるとすれば、語る「私」は幹生との恋に よって経験した、恋の源泉が死であったという経験が物語る事実に 向き合えてはいないことになる。それは自身が死に惹かれるという こと、すなわち生と死が自身の中で分かちがたく結びついていると いうことである。 幹生の目を 「懐しい」 と肯定的に形容したのも、 「私」 が死に魅了されてしまうからであろう。そうした死への魅惑に抗え ない自らの心性に対し、語る「私」はナルシシズムで防衛しなけれ ばならない ほ ど恐怖を感じているのである。 四 幹生とひよこ 既 述 の 通 り、 「 私 」 は 幹 生 が 生 き よ う と し て い た に も 拘 ら ず、 死 の運命に抗しきれずに悲劇的な死を遂げてしまったという語りを紡 いでいる。しかし幹生もまた、 「私」と同様に、 恋愛の幸福感によっ て生へと引き寄せられる側面を持ちながらも、一方で死にも引きず られる存在である。 テクスト内において幹生の死は、 「父親が病気を苦に自殺を計り、 その道連れにされた」と表現されている。しかし幹生の同意なく父 親に自殺の道連れにされたのであれば、幹生は殺されたということ
になり、子殺しの被害者なのである。病死ではなく殺人の被害者で ある幹生は、実は抗えない死の運命にとらえられた者ではない。幹 生の家庭は、母親は去り、父親は病気で働けず借金から逃げ、祖母 が幹生の面倒をみているという「小説やテレビのドラマの中にしか ない」と思われるような状況である。幹生の死は、こうした家庭に いる子供が、学校や地域社会によって救われることなく殺されてし まった結果であり、語り手が語るように「人間の思う通りに行かな いこと」では決してないのである。語り手は「道連れ」という言葉 によって殺人事件という重大さを緩和させ、恰も幹生が抗えない運 命の犠牲者であるかのごとく語っているが、実は異なるのである。 だが一方で、丸山が述べるように幹生の死は「不慮の偶発的な出 来 事 」 )(( ( と も 言 い 切 れ な い。 「 私 」 は 幹 生 が「 彼 自 身 に し か 見 え な い ものを見詰めている」 とし、 クラスメイトからの追及に対しても 「個 人的な事情などは、上手い具合に、避けて言葉を選びながら会話を 交わし」ており、 「私たちの年齢の人間が許容出来る大きさ以上に、 なにかを背負っている」ように見え、 「私」と親しくなった後も「自 分の領域を守り続けて」いたと語る。また既に述べたが、幹生は父 親の自殺とそれに巻き込まれて殺されることを予感しているかのよ うな発言をしている。幹生もひよこと同様、自身の死に対して「諦 観 」 を 抱 い て い た の で あ れ ば、 「 私 」 と の 恋 に よ っ て 微 か に 生 へ の 希 望 を 抱 き つ つ も、 父 親 に 殺 さ れ る こ と を 甘 ん じ て 受 け 止 め る と いった、生と死の双方へと牽引されていた存在であると考えられる。 そもそも他のクラスメイトが「私」が幹生を見つめる理由を恋心に よるものだと誤解していた際にも、幹生はそうではないことを見抜 いていた。それは翻せば、 自分の、 死を見詰める瞳に惹かれる「私」 に 惹 か れ た、 と い う こ と で あ り、 「 私 」 を 好 き な 理 由 も「 亜 紀 っ て 変 な 奴 だ も ん。 お れ の 目 が 懐 か し い っ て 言 っ た り し て さ 」 と「 私 」 が死に牽引されている点にシンパシーを感じているのである。二人 が惹かれあったのは、互いの死への「諦観」を感じ合ったためであ り、その意味では二人の恋には必然的に死が纏わりついていたと言 える。 こうした幹生の存在と重ね合わせられるひよこが、縁日で安価で 売買されていた生命であるという点は見逃せない。現在であれば動 物愛護法に抵触するであろう〈カラーひよこ〉などは、染色による 身体的ダメージの大きさから、買ったのち数日で死んでしまうこと も少なくなかった。幼く儚いひよこと、中学三年生という若さで貧 困ゆえに殺される幹生が重ねられることによって、安価で売買され るひよこ同様、幹生の命がないがしろにされたという事実が浮き彫 りになる。つまり幹生から透けて見える死への「諦観」は、自身の 命があまりにも不当に軽いことに対する諦めでもあるのである。 それにも拘らず語る「私」は、 彼 は、 あ の 公 園 で、 確 か に 生 き よ う と し て い た の に。 そ し て、 私の手をきちんと握ったのに。あの人は、私が初めて出会った、 人生に対して礼儀正しい人だったのに。 とし、幹生のそうした側面に触れることはない。だが「のに」と接 続助詞で繰り返されるこの語りに注目すると、幹生が「確かに生き ようとしていた」 、「私の手をきちんと握った」 、「人生に対して礼儀 正 し い 人 だ っ た 」 と い う 三 つ の 内 容 を 並 列 さ せ て い る も の の、 「 確
かに生きようとしていた」と「私の手をきちんと握った」が公園で の具体的な行為を指すとともに「私」のナルシシズムを表象するの に 対 し、 「 人 生 に 対 し て 礼 儀 正 し い 人 だ っ た 」 の み が 抽 象 的 で 異 質 であることがわかる。この「礼儀正しい」という形容詞は、 〈誠実〉 や〈真摯〉などの性質を表す言葉とは異なり、作法や敬意を表現す るという意味である。 つまり、 幹生は人生に対して表面上敬意を払っ ていたに過ぎなかった、という否定的な意味を含有してしまうので ある。語る「私」は、自らの恋の源泉に死があったことに向き合う ことを避けた語りを形成すると同時に、幹生が死へ牽引される側面 を 持 つ こ と を も 語 る こ と は な か っ た。 し か し こ こ で「 礼 儀 正 し い 」 という言葉を選択することによって、幹生がただ「生きようとして いた」のではなく、 彼の中には死に対する「諦観」があったと「私」 が気づいていたことを漏出させてしまっているのではないだろうか。 こ の よ う に 考 え る な ら ば、 語 る「 私 」 自 身 の 揺 れ が 見 て 取 れ る。 そ れ は 幹 生 の 死 後 に 出 会 っ た「 ひ よ こ の 目 」 に 対 し て、 「 困 っ て し まう」 、「尋ねてみたい」など、死を見詰める人に向ける言葉として は似つかわしくない軽さと好奇心を含んだ表現で語りつつ、同時に 「 片 手 を 握 り 締 め 」 て も い る こ と か ら も 読 み 取 れ る。 こ れ は「 幹 生 の瞳」 と 「ひよこの目」 が同じであることに気づいたとき、 「甘い毒」 を感じた手を「手の平に爪が食い込む程、握り締めた」のと同様の 行為なのである。 「私」 はただ自身が恐怖に脅かされることを避けて、 ナルシシズムによって生の裏にある死を隠蔽しているだけではなく、 語りの隙間から死への恐怖と、それに牽引される自らの危険性をも 露呈させているのである。語り手が揺れているために 「ひよこの眼」 というテクストは、恋人を亡くした喪失感、何もできなかった後悔、 などという典型的なテーマで読まれることを拒む。このテクストの 教材的価値における検討は、こうした語りの複雑な在り様を掴むこ とからはじめなければならない。 五 教材としての「ひよこの眼」 はじめに「ひよこの眼」は、他の死生観が読み取れる文学教材の 分類に当てはまるテクストではないことを述べた。先に教材候補と された「晩年の子供」と比較してみても、より複雑な死生観を表象 す る テ ク ス ト で あ る と い え る。 「 晩 年 の 子 供 」 も 回 想 形 式 の 一 人 称 テクストであり、死に直面した子供時代を振り返るという点は共通 しているが、語られる「私」の、狂犬病になって死ぬという誤った 認識から生じた死との直面に伴う緊張は、当然のことながら誤解だ と知ることで弛緩する。過去の「私」が必死に向き合って受け入れ た死は、母親から狂犬病にはならないことを知らされることで一気 に 先 延 ば し に さ れ る。 こ の、 〈 落 ち 〉 の つ い た 物 語 の 構 成 上、 語 り の 現 在 に お い て も 死 を 目 前 に 見 据 え て い る と は い え な い「 私 」 は、 安定した語りを構成する。つまり「晩年の子供」からは、生と死に 関して、語る「私」の揺れが読み取れないのである。 一方「ひよこの眼」も、幹生に恋をした原因が死を見詰める瞳に あ る こ と は 物 語 の 後 半 ま で 明 か さ れ な い の で あ り、 「 晩 年 の 子 供 」 同様、語り手は全てを知った上で物語の結末へと向かって語ってい る。しかし「ひよこの眼」では、語ることで過去を追体験している 語り手が、語られる「私」に共振し「ひよこは、とうの昔に死んで しまったのだ」という一文を唐突に挿入させるような動揺を見せて
しまう。そしてナルシシズムによって幹生の存在感を隠蔽し、死へ と惹かれてしまう自身の心性をも覆い隠そうとする。だが語る 「私」 がナルシシズムをいくら厚く重ねようとも、死に牽引されたという 事実は、幹生への恋物語を語る時点で既に暴露されているのである。 なぜなら「私」がそれに正面から向き合えないにも拘らず語る理由 は、本来なら甘い思い出になるはずの初恋が、死に惹かれる自身を 顕在化させた記憶となって刻まれており、語りの現在に至ってもそ こから完全には脱却できないことにあると考えられるからである。 そして幹生もまた、単純に「生きようとしていた」だけの少年で もなく、死の運命に引きずられるだけの少年でもなかった。幹生は 生と死の双方の間で揺れ動きながら、最終的に殺されるという現実 から逃れられない
─
或いは逃れられないと諦めた─
存 在である。そうした幹生の死へのシンパシーに惹かれたのであれば、 「私」と幹生が生と死の双方に引き寄せられる存在であったことを、 語 り 手 は 隠 蔽 し つ つ も 露 呈 さ せ る と い う 揺 れ を 生 じ さ せ る こ と に よ っ て 浮 か び 上 が ら せ て い る。 こ の よ う な 語 り の 特 徴 を 鑑 み れ ば、 幹生の死は語る「私」に、美しい初恋物語を紡ぐことを許さない ほ ど衝撃を与えたことを示していることになる。それは安定した語り の中で、初めから答えがわかっている結末─
「私」は狂犬病に 感染して死ぬことはないという事実─
へと向かっていく「晩 年の子供」とは、大きく異なっているのである。そしてそれは、他 の 文 学 教 材 に 表 象 さ れ た 死 生 観 と も 差 異 を 持 つ。 「 ひ よ こ の 眼 」 の 特徴は、語りの持つ揺れが生と死の双方へと向かうベクトルの存在 を顕在化させる点にこそあるのである。そしてその点を読み取るこ とによって、このテクストの持つ、真の意味での教材的価値を見出 すことができるのではないだろうか。 〔注〕 ( 1 ) 初出は 『小説現代』 (講談社 一九九〇年一〇月号) 、初刊は 『晩 年の子供』 (講談社 一九九一年一〇月) ( 2 ) 初 出 は『 新 潮 』( 新 潮 社 一 一 九 九 〇 年 一 月 号 )、 初 刊 は『 晩 年の子供』 (講談社 一九九一年一〇月) ( 3 )『週刊文春』 (文藝春秋 一九九三年七月八日) ( 4 ) 中 野 登 志 美「 山 田 詠 美「 ひ よ こ の 眼 」 に お け る 教 材 性 の 検 討 ─「私」の〈語り〉から読みとられる二重の批評性─」 (『国 語科教育』七一号 二〇一二年) ( 5 )牛山恵「山田詠美「ひよこの眼」の教材価値」 (田中実・須貝 千里編『 〈新しい作品論〉へ、 〈新しい教材論〉へ 6 』右文書房 一九九九年七月) ( 6 )加藤三重子 「山田詠美 「ひよこの眼のパースペクティブ ─〈学 級〉に取り込まれたテクストの法則─」 (『成城国文学』第二一 巻 二〇〇五年三月) ( 7 )初出は『白樺』 (一九一七年五月) ( 8 )荒木裕子「戦後初期教科書の中の「城の崎にて」 :三省堂発行 教科書からの一考察」 (『近代文学試論』二〇一三年一二月) ( 9 ) 各務めぐみ 「高校国語総合の現代文教材における死生観」 (『日 本語と日本文学』二〇一八年二月) ( 10)野中潤「筑摩の教科書国語通信 連載「定番教材の誕生 「こ こ ろ 」「 舞 姫 」「 羅 生 門 」」 ( http://www.chikumashobo.co.jp/ kyoukasho/tsuushin/rensai/teiban-kyouzai/001-01.html 最 終閲覧日 二〇一九年一〇月二七日) ( 11) 丸 山 範 高「 山 田 詠 美『 ひ よ こ の 眼 』 に お け る 語 り の 再 構 成 の 可能性 ─「私」の語りの相対化によって開かれる読者の世界 を読む─」 (『解釈』二〇〇九年二月) ( 12)佐野正俊「 「ひよこの眼」とは何か」 (『日本文学』二〇一七年 三月) ( 13) 前掲論文 ( 12) の中で佐野も、 「「逃げる必要もない」 とは 「「幹 生」がまさに無理心中を予感していたことの証左ではないだろ うか」と指摘している。 ( 14) 全 員 が 高 校 受 験 す る こ と を 前 提 に し て い る こ と か ら、 公 立 中 学校である可能性が高いとも考えられる。 ( 15) 前掲論文 ( 11) で丸山は 「私」 が 「ひよこの目」 の持ち主に 「心 を寄り添わせることのできる思いやりを持」っているとし、 「ひ よこを見守り続けた」行為に「私」の思いやりが現れていると しているが、 「憑かれたように」という言葉からは「思いやり」 よりも死に惹きつけられる「私」の特性が現れていると考えら れる。 (のざわ・りょうこ/東京学芸大学・東京女子大学非常勤講師)