論 文
幼児期後期の嘲笑理解の発達
―感情理解・心の理論・道徳性の観点から―
伊藤 理絵
要旨 幼児期後期における嘲笑理解の発達につ いて、他者感情理解、心の理論および道徳 性の観点から検討するため、2つの実験を 行った。実験1では、年少時に調査した年 長児7名(男児3名,女児4名,平均年齢 6歳4か月)に対し、感情理解課題、心の 理論課題、笑いの攻撃性理解課題および絵 画語い発達検査(PVT-R)の追跡調査を 行った。実験2では、実験1の7名を含む 年長児10名(男児6名,女児4名,平均年 齢6歳4か月)を対象に、笑いの攻撃性比 較課題を実施した。その結果、幼児期後期 の嘲笑理解の発達には、語い年齢、他者の 感情理解や心の理論、失敗を笑うことに対 する道徳的判断および相手を失敗させる行 為か否かを判断する故意性の理解が相互に 関連している可能性が示唆された。嘲笑を 含む笑いの攻撃性の理解には、高次の心の 理論や道徳性の発達が絡んでいることから、 本研究で用いた「笑いの攻撃性理解課題」 と「笑いの攻撃性比較課題」について、笑 われたことが原因でネガティブな感情にな ることを説明することや攻撃の意図を判断 することは、高度な心の理論(AToM)の 観点から検討していく必要があることが示 唆された。 1.問題と目的 笑いの攻撃性は優越感情理論として長く 議論されてきたものの、子どもの社会的発 達における嘲りの役割については、十分 に扱われてこなかった(Billig, 2005/2011)。 本研究の目的は、幼児期後期注1)における 嘲笑理解の発達について、他者感情理解、 心の理論および道徳性の観点から検討する ことである。 現在、笑いやユーモアは好ましいものと いう見方が定着し、嘲り(ridicule,以下、 笑い声を伴う嘲りを「嘲笑」とする)です ら、賢さやディベートの腕前を左右する知 性がなければ使いこなせないものであると されている(Martin & Ford, 2018)。嘲笑 とは、笑いによって他者に不快感情を生起させる攻撃行動の一種であり、優越感情理 論の中で扱われてきた笑いの攻撃的側面で ある(cf. Larkin-Galiñanes, 2017)。 人間は協力的なコミュニティを築くため に、笑いを用いたり、逆に抑制したりして、 集団を形成している。ベルクソン(Bergson, 1900/1976)は、社会規範を維持するため の「矯正機能」としての笑いについて指摘 している。社会が求める“あらねばならぬ もの”から外れた行為を笑うことによって、 笑われた者が少なくとも人前では自分を修 正しようと努めるようになるため、笑いに よって欠点が外に現れるのを未然に防いだ り、社会に対して自由過ぎる行動を笑いに よって非難し、屈辱を与えたりすることで、 あるべき姿に戻したりすることができると する。また、道徳とは、仲間の人間を手助 けする、あるいは少なくとも害さないとい うことにかかわる規則の体系であり、協力 的な社会実現を促すために、私利の追及を 制限し、個人よりもコミュニティを優先す る体系である(de Waal, 2013/2014)。嘲 笑に矯正機能があるならば、協力的なコ ミュニティを形成・維持するために、非協 力的な個人や集団に攻撃的な笑いを向ける ということもあるだろう。 嘲笑理解及び嘲笑行為の発達には、複数 の要因が関連していることが考えられる。 本研究では、悪意をもって嘲笑うことを「嘲 笑」と定義するが、笑いを攻撃として用い るためには、笑いによって生起する他者感 情を理解する必要がある。笑いが時に人を 傷つけることがあることを理解するだけで なく、他者の笑いが嘲笑か否かを判断する ためには、相手が思わず笑ってしまったの か、悪意をもって笑ったのかなど、他者の 意図を推測する心の理解の発達(いわゆる、 心の理論(Theory of Mind; ToM)注2)) も関連しているだろう。嘲笑を理解してい ても、実際に嘲笑行為として実践するか否 かは、道徳的判断が関与していることも考 えられる。 幼児期は、表情等から感情を識別したり、 感情を引き起こす状況を理解したり、感情 を表す言葉を獲得する力の発達が見られる 時期である(森野, 2010)。また、攻撃的ユー モアの一種である皮肉や嫌味の理解には、 心の理論の中でも二次的信念の理解が必要 であると言われている(子安, 1999)。嘲 笑について、これまでの観察研究では、年 少児になると集団規範からのずれを理解し、 笑われることを気にし始め、年中児では他 者へ向けた嘲笑行為が見られ出し、年長児 になるとそのような笑いを抑制するように なることが示されてきた(友定, 1993)。幼 児期後期の笑いの攻撃性に関する一連の 研究では(伊藤・内藤・本多, 2009; 伊藤, 2012, 2017a)、幼児の嘲笑の発生頻度は少 ないものの、無視等の間接的な攻撃行動と ともに見られ、この時期に、幼児は笑われ ると悲しい気持ちになることを説明できる ようになっていくとしている。笑われるこ とにより生じるネガティブ感情を予測した り説明したりすることには、感情理解と心 の理論の発達が関与していることも示唆さ れている(伊藤, 2017a)。 以上のことから、嘲笑の発達の解明には、 嘲笑理解とその発達に関連する要因として、
他者感情理解、心の理論および道徳性の発 達の観点も含めて明らかにする必要がある。 よって、本研究では2つの実験を実施する。 実験1では、笑われる不愉快さの理解を他 者感情理解、心の理論、笑いに対する善悪 判断から検討するため、年少時と年長時の 追跡調査を行う。実験2では年長児を対象 にした攻撃的笑いの意図理解について検討 し、幼児期後期の嘲笑理解の発達について 考察する。 2.笑われる不愉快さの理解: 年少時と年長時の追跡調査(実験1) 2.1 目的 幼児期後期における笑われる不 愉快さの理解については、2014年度に実施 した横断的調査により(伊藤, 2017a)、年 長になるにつれ、失敗を笑われたこととネ ガティブな感情を関連付けて説明するよう になっていくことが示唆されている。 横断的研究法は、同一時点で異なる年齢 集団のデータを収集し、比較することで発 達変化を明らかにできる反面、発達の個人 差や内的変化を明らかにできないという短 所がある(小田切, 2011)。加えて、伊藤 (2017a)では、失敗を笑われたことに対 する感情予想と、笑われて泣いた理由を問 うた質問のみ取り出して分析しており、笑 い手の意図の理解や他者の失敗を笑うこと に対する道徳的判断の検討がされていない。 よって、実験1では、伊藤(2017a)の 分析から除外した質問も含めて、縦断的な 分析を通して、幼児期後期における笑われ る不愉快さの理解に関する発達の個人差や 内的変化を明らかにすることにした。伊藤 (2017a)の調査対象であった年少児11名が、 依頼時に年長児になっていたため、所属園 に連絡をとり、在籍児の確認とともに研究 協力を依頼した。最終的に同意が得られた 7名に、2017年2月に年少時と同様の実験 を行った。 2.2 方法 2.2.1 材料 伊藤(2017a)と同様に、感 情理解課題2種類(表情認識課題,感情ラ ベリング課題)(cf. Denham, 1986; 風間他, 2013; 東山, 2012)、心の理論課題4種類(サ リーとアン課題,スマーティ課題,Real-Apparent Emotion(Hidden Emotion), 二次的誤信念課題)、笑いの攻撃性理解課 題2種類(麦茶課題,転倒課題)、および 絵 画 語 い 発 達 検 査(Picture Vocabulary Test-Revised; PVT-R)(上野・名越・小貫, 2008)を用いた。 2.2.2 参加児 伊藤(2017a)の調査に参加 した年少児で、本研究の調査時に年長児ク ラスに在籍し、かつ、園および保護者の同 意が得られた7名(男児3名,女児4名) に対して実施した。年少時(以下、T1) の平均生活年齢は4歳3か月(レンジ3歳 10か月~4歳7か月)、平均語い年齢は4 歳5か月(レンジ3歳0か月~5歳8か月) であり、年長時(以下、T2)の平均生活 年齢は6歳4か月(レンジ6歳0か月~6 歳9か月)、平均語い年齢は7歳11か月(レ ンジ5歳6か月~ 10歳7か月)であった。 2.2.3 手続き 伊藤(2017a)と同様に、2
回に分けて実施した。1回目は、感情理解 課題と心の理論課題を、2週間後の2回目 に笑いの攻撃性理解課題と絵画語い発達検 査(PVT-R)を実施した。生活年齢と語 い年齢は、2回目実施時の年齢である。感 情理解課題では、喜び・怒り・悲しみ・驚 きの表情図(直径6.5㎝)を用い、心の理 論課題は紙芝居形式(縦27㎝×横37.5㎝) で提示した。感情理解課題と心の理論課題 のサリーとアン課題(Wimmer & Perner, 1983; Baron-Cohen, Leslie, & Frith, 1985)、 ス マ ー テ ィ 課 題(Perner, Leekam, & Wimmer, 1987) お よ びReal-Apparent Emotion(Harris, Donnelly, Guz,& Pitt-Watson, 1986; Wellman & Liu, 2004)は、 東山(2012)に基づき作成・実施した。二 次的誤信念課題は、林(2002)の「チョコ レート課題」を用いた。課題の詳細と結果 については、伊藤(2017a)を参照されたい。 笑いの攻撃性理解課題(伊藤, 2017a) の「麦茶課題」は、運んでいた麦茶をこぼ してしまう心理的苦痛課題であり、「転倒 課題」は走って転んでしまう身体的苦痛課 題である。どちらも他者に見られて笑われ、 笑われた子どもが泣いてしまうエピソード で、参加児とやり取りしながら紙芝居形式 で進めていく(Table1)。 提示した各場面について、失敗に対する 感情(Table1, Q1)、他者の失敗を笑った 理由(Table1, Q3)、笑われた子の表情予 想とその理由(Table1, Q4 ~ 5)、笑われ た子が泣いた理由(Table1, Q7)、笑った ことに対する善悪判断とその理由(Table1, Q8 ~ 9)、および失敗した子に対する適切 な対応(Table1, Q10)について分析した。 なお、Q4の表情予想では、感情理解課題 で用いた4つの表情図(喜び・怒り・悲しみ・ 驚き)に、Real-Apparent Emotionで使用 した「平気」を加えた5種類の表情図から 選択するよう求めた。笑いの攻撃性理解課 題の提示順序と登場人物の性別は、T1と 同様とし、カウンターバランスをとった (Table2)。 Table1 麦茶課題と転倒課題の場面と質問(cf. 伊藤,2017a) 課題・質問 場面① 場面② [失敗場面] 場面③ 場面④ [笑われ場面] 場面⑤ [笑われた後の悲しみ場面] 麦茶課題 転倒課題 弁当の時間に麦茶を運ぶ。 友達に呼ばれ、走り出す。 麦茶をこぼしてしまう。 石につまずいて転んでしまう。 失敗を見ている子がいる。 見ていた子が「アハハハ」と笑う。 笑われた子が泣いてしまう。 質 問 Q1. 今、(失敗した登場人物の名前)は、 どんな気持ちかな?[感情を確認した 後、悲しい気持ちでいることを教示す る。] Q2. (失敗した登場人物の名前)は、ど んなお顔したかな?[表情図で確認] Q3. (笑った登場人物の名前)は、どうし て笑ったのかな? Q4. (失敗した登場人物の名前)は、こ の後どんなお顔するかな?[表情図を指 さしてもらう] Q5. どうしてこのお顔すると思ったかな ? Q6. (失敗した登場人物の名前)は、ど んなお顔したかな?[表情図で確認] Q7. (失敗した登場人物の名前)は、ど うしてこのお顔したのかな? Q8. (笑った登場人物の名前)は(失敗 した登場人物の名前)を笑って良かっ たかな?悪かったかな? Q9. (Q8に対して)どうしてそう思う? Q10. (笑った登場人物の名前)は(失 敗した登場人物の名前)に何て言って あげたらいいかな?
Table2 笑いの攻撃性理解課題の提示順と 各課題の登場人物の性別の内訳 課題提示順 登場人物の性別 1. 麦茶課題 2. 転倒課題 1. 転倒課題 2. 麦茶課題 1. 女の子 2. 男の子 1名 2名 1. 男の子 2. 女の子 2名 2名 前回同様、職員室での1対1の対面式で 行った。参加児全員、筆者を覚えていな かったが、T1よりも緊張せずに話す様子 が見られた。記録用紙を用いた記録を基本 とし、録音については、園長、保護者およ び本人からの承諾を得られた場合にのみ補 助的な記録のために行った。全ての分析に は、IBM SPSS Statistics 24を使用した。 2.3 結果と考察 2.3.1 言語発達 T1とT2で対応のあるt検 定を行った結果、T2では生活年齢よりも語 い年齢が有意に高くなっていた(t = -2.59, df= 6, p<.05)。生活年齢に対する語い年齢 の発達の評価点の平均も、T1が11(平均)、 T2が14(平均の上)で、T2が有意に高く なっていた(t = -2.55, df= 6, p<.05)。語い 年齢の最小値と最大値の差は、T1が2歳 8か月、T2が5歳1か月で個人差が広がっ てはいたものの、T2の平均語い年齢は小 学校低学年程度であった。 2.3.2 感情理解課題 感情理解課題のうち、 表情認識課題はT1、T2とも全員が通過し ていた。感情ラベリング課題では、各表情 図に対して“正答”とされる感情語が述べ られた場合に2点、感情の方向性が当たっ ていれば1点とした。結果をTable3に示す。 Table3 感情ラベリング課題の得点分布の 内訳人数(N=7) T1 T2 0点 1点 2点 0点 1点 2点 喜び (嬉しい) 怒り (怒っている) 悲しみ(悲しい) 驚き (驚いている) 1 1 0 1 3 1 2 1 3 5 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 7 7 7 7 T2の通過率は100%であり、1名はT1と もに通過していた。T1では「喜び」の通 過者が他の感情よりも少ない傾向がみられ たが、このことは「喜び」の表情(笑顔) に対して“正答”とされる感情語を「嬉し い」としていることが影響していると思わ れる。笑顔が表す感情について、本研究で は先行研究に倣って「嬉しい」を“正答” としているが、伊藤(2017a)においては、 笑われた不愉快さを説明することと、笑顔 に「嬉しい」とラベリングすることとの関 連性が指摘されている。失敗を笑われた時 に笑顔にはなれないことと、笑顔が嬉しい 気持ちを表す表情であることを理解するこ とには何らかの関係があり、笑われる不愉 快さの理解には笑顔が表す感情理解の発達 が関連していることが示唆される。 「嬉しい」という感情状態語は、本研究 のような表情図を用いた課題よりもストー リー課題で生じやすく、3歳児クラス以降 に「笑う」という感情表出語よりも「嬉 しい」という感情状態語をラベルづけす るようになっていく(浜名・針生, 2015)。 3歳児クラスにあたるT1で1点の3名は、 「楽しい」「面白い」と答えており、特定 のポジティブな感情語を答えていた。一方 で、「怒り」と「悲しみ」で“正答”とさ
れる感情語を挙げなかった幼児は、特定の 状況における嫌悪感のようなネガティブ 感情を伝えようとしていた(「怒り」の例 「気持ちが悪いとき。げぼ吐いちゃう。」, 「悲しみ」の例「怒られた時。」「お友だ ちがいじめた時にする。やな気持ち。」)。 T1、T2ともに感情認識課題で表情図が 表す感情語を指差しで答えることはできて おり、感情ラベリング課題は感情認識課題 の後に行ったが、T2でも口を開けた笑顔 の表情図に対して「嬉しい」の他に「楽し い」を挙げる幼児が1名おり、その他の表 情図については全員が“正答”とされる感 情語のみ回答していた。笑顔は、「嬉しい」 の他にも多様な感情語を喚起させる表情で ある。本研究で用いた課題のように、ス トーリー性がなく提示された笑顔の表情図 からは、複数のポジティブ感情語が想定さ れ、その中から「嬉しい」を選択的に上位 語として答えるようになっていく発達過程 があることが推測される。表情図から生じ る「嬉しい」反応の発達と笑われる不愉快 さの理解との関連性は、引き続き残された 課題として明らかにする必要があると思わ れる。 2.3.3 心の理論課題 心の理論課題の各課 題の通過者数をTable4に示す。通過者は、 伊藤(2017a)に則り、確認質問・記憶質問・ 誤信念質問の正答者とした。T2になると、 各課題に通過者がみられた。 Table4 心の理論課題通過者数(N=7) T1 T2 サリーとアン課題 スマーティ課題 Real-Apparent Emotion 二次的誤信念課題 0 0 0 0 4 3 3 3 T2について、各課題につき通過した場 合を1点とし、4点満点で心の理論得点を 算出した。0点が1名、1点が2名、2点 が2名、3点が1名、4点が1名であった。 T2の心の理論得点は平均1.86点(SD=1.34) であり、T1よりも有意に高くなっていた(t = -3.65, df= 6, p<.05)。なお、通過パター ンは一様ではなく、個人差がみられていた。 2.3.4 笑いの攻撃性理解課題(麦茶課題・ 転倒課題) ① 失敗に対する感情 登場人物が麦茶を こぼした場面と石につまずいて転んだ場面 について、登場人物が自分の失敗をどのよ うに思っているかを尋ねた(Table1, Q1)。 T1とT2の結果をTable5に示す。なお、T2 で「痛いから、泣きそうな気持ち」という 回答があったが、痛みが泣きたい気持ちの 理由となる感情であると見なし「痛い」に 含めた。 T1では「泣きそうな気持ち」「やな気持 ち」のように漠然としたネガティブな感情 の表現がみられたが、T2になると、麦茶 課題では7名中5名が「悲しみ」に、転倒 課題では7名中5名が「痛み」に言及して おり、麦茶課題と転倒課題は異なる感情が 生起する失敗場面だと認識されていること が示唆された。
Table5 失敗に対する登場人物の感情(N=7) 回答 麦茶課題 転倒課題 T1 T2 T1 T2 悲しい気持ち 怒られた気持ち 困ってる気持ち 泣いちゃう/泣きそう 恥ずかしい しまった! 痛い気持ち やな気持ち 4 1 1 1 0 0 0 0 5 0 0 0 1 1 0 0 3 0 0 1 0 0 2 1 2 0 0 0 0 0 5 0 ② 他者の失敗を笑った理由 失敗場面を 見ていた登場人物が「アハハハ」と笑った ことに対して、その笑いの理由を尋ねた (Table1, Q3)。得られた回答について、「こ ぼしたから」「転んだから」という行動の 事実に言及する回答ではなく、「お茶をこ ぼして、おもしろい」「転んだのが、おも しろい」のように失敗のおかしみに言及し た回答および「思わず転んじゃったから 笑ってる」のように、予測とのずれを笑っ た理由とした回答を「ユーモア言及」とし た。結果をTable6に示す。 Table6 ユーモア言及の有無(N=7) おもしろさ/おかしみ言及 麦茶課題 転倒課題 T1 T2 T1 T2 あり なし 1 6 5 2 2 5 5 2 T2では麦茶課題と転倒課題とも同じ幼 児5名が、失敗を面白がって笑ったと解釈 していた。笑いの理論の一つである不適合 (不調和)理論では、予測や期待とのずれ が笑いやユーモアを生起させるとしている (Martin, 2007/2011)。McGhee(1979/1999) によると、子どもが言葉の曖昧な意味を理 解するようになるのは6歳から8歳が過渡 期であり、学童期にはより抽象的で複雑な 曖昧性をもつユーモア刺激を理解するよう になっていく。本研究は、言葉の曖昧さで はなく、紙芝居の場面を見て解釈する課題 であったが、幼児期後期は、他者が麦茶を こぼしたり、石につまずいて転んだりとい う予測とのずれを面白いと感じて笑うこと があると説明できるようになっていく時期 にあると言える。 ③ 笑われた他者の表情予想と理由 笑わ れた後の登場人物の表情を予想してもらい、 その理由を求めた(Table1, Q4 ~ 5)。結 果をTable7 ~ 8に示す。T1の転倒課題で は、1名が「分からない」として表情を予 想しなかった。また、T2で複数の表情図 を選択した1名には、それぞれの表情図に ついて理由を求めた。なお、「悲しかった から」のように感情語のみ答えた場合には、 麦茶課題を先に行った幼児には転倒課題で、 転倒課題を先に行った幼児には麦茶課題で、 「どうして悲しいかな?」と聞いたが、そ の際に笑いに言及したとしても、自ら言及 した幼児と区別するため、笑い言及なしと した。 Table7 笑われた後の表情予想(N=7) 表情予想(複数選択あり) 麦茶課題 転倒課題 T1 T2 T1 T2 喜 び 怒 り 平 気 悲しみ 驚 き わからない 0 0 2 4 1 0 0 0 0 7 0 0 0 0 3 3 0 1 0 1 1 7 0 0
Table8 表情予想に対する笑い言及の有無(N=7) 笑い言及 麦茶課題 転倒課題 T1 T2 T1 T2 あり なし わからない 1 6 0 5 2 0 1 4 1 5 2 0 T1では、7名中4名が「悲しみ」、2名 が「平気」、1名が「驚き」を予想しており、 T2では全員が「悲しみ」を選択していた。 T1の方が様々な表情を予想しているよう に見えるが、「悲しみ」以外を選択した幼 児の理由は「こんな顔しようとしてる。」「こ れと一緒だ。」のように紙芝居の表情と類 似している表情図を選択したり、紙芝居の 文脈とは関連のない理由を挙げたりしてい た。一方で、T2では、「悲しみ」の他に「怒 り」「平気」と複数を選択した1名がいたが、 理由を尋ねると、「平気」については「笑っ て泣いたら、もう1回笑われちゃうから。」 と答えていた。T2で「悲しみ」以外を選 択した幼児は、笑われたことで生起する感 情について、様々な可能性を予測した上で、 複数の表情を選択したことが推察される。 笑われた他者のその後の表情を予想した理 由では(Table8)、年長になるにつれ、笑 いに言及して説明するようになっていた。 T1では笑われたことを理由に説明した幼 児は1名で、両課題とも同一の幼児であっ たが、T2では「笑い言及あり」の5名中 4名が、両課題に対して自ら笑いに言及し て説明していた。T2において、両課題で 自ら笑いに言及しなかった幼児は1名だっ たが、「悲しいから」と回答したため、理 由を尋ねたところ「笑われたのが」と述べ ていた。よって、T2では、全員が両課題 もしくはどちらか一方について、笑われた ことを理由に表情を予想していたと言える。 ④ 泣いた理由 笑われて泣いた場面につ いて、なぜ登場人物が泣いてしまったのか 理由を尋ねた(Table1, Q7)。質問に対し て「悲しいから。」「びっくりしたから。」 のように感情語に言及した場合は、「どう して悲しいのかな?」のように感情語の理 由を尋ねた。得られた回答について、自ら 笑いに言及した幼児と感情語の理由を問う た際に笑いに言及した幼児について、「自 ら言及」と「感情語の理由として言及」 に区別した結果をTable9に、回答内容を Table10に示す。 Table9について、T1の転倒課題の「感 情語の理由として言及」で(1)と示され ている1名は、Table10で悲しい理由とし て「いじめたりするから。」と述べていた。 笑いに言及はしていないものの、笑って泣 かせる行為全体を「いじめ」と解釈してい ると見なし、「感情語の理由として言及」 に暫定的に含めた。 T2になると、全員が笑いに帰属して説 明しており、失敗行動のみに帰属して説明 する幼児はいなかった。つまり、T1で麦 茶をこぼしたことや転んだことが直接的な 泣いた理由であるとしていた幼児も、T2 Table9 泣いた理由での笑い言及有無(N=7) 笑い言及 麦茶課題 転倒課題 T1 T2 T1 T2 自ら言及 感情語の理由として言及 なし わからない 2 2 3 0 6 1 0 0 2 (1) 4 0 6 1 0 0
になると登場人物が泣いた理由や悲しんで いる理由を笑いに帰属して説明していた。 伊藤(2017a)の調査でも、転倒課題につ いて「笑われて悲しかった。石につまずい たのは、お姉ちゃんだから大丈夫。でも、 笑われたのが悲しかった。」と回答した年 長児がいたが、本研究においても、年長児 では自分が引き起こした失敗よりも、他者 に笑われたことが悲しく、そのために泣い たと見なすようになっていた。 ⑤ 笑ったことに対する善悪判断と理由お よび適切な対応 全ての場面を提示した後、 笑ったことが良かったか悪かったか、その 理由とともに回答を求め、どのような声か けをすれば良かったかを尋ねた(Table1, Q8 ~ 10)。結果をTable11に示す。 T1では、1名が麦茶課題と転倒課題に 対して「良かった」と答えていたが、理 由は「そう思うから。」と明確ではなかっ た。T2では、 全員が「悪かった」と回答し、 Table11 笑いに対する善悪判断と適切な対応の内容(N=7) 回答 麦茶課題 転倒課題 T1 T2 T1 T2 善悪判断の理由 笑い言及あり ・お茶こぼしたのに笑うから。 ・笑ったら、やな気持ちだから/嫌な気持 ちになるから。(2名) ・笑っちゃったから。 ・笑われたらさ、嫌な気持ちになる。 ・ふざけてるから完全に。笑うのが。 ・笑うのが面白いから。 ・笑ったから。 ・笑ったから。(2名) ・笑ったら、やな気持ちだから。(2名) ・笑ったのが、すごい嫌だったからさ。 ・転んだことを笑ったから。 ・いじめてるから。これ、いじめなんだか ら。だってさ、怪我したことを笑われた らさ、笑われることが、たまにあるから さ、だから。っていうか、ふざけてる。 笑い言及なし 攻撃行動言及あり・この人がさ、いじわるみたいなことしたから。 ・人をからかっちゃいけないから。 ・いじめるみたいなことしたから。 その他 ・そう思う/思ったから。(2名) ・麦茶こぼれて悪かったんだよ。 ・悪い人じゃなかった。誰も悪い人じゃな かった。だけどさ、保育園の話みたいに なってるけど。 ・無回答 ・うーん。 ・そう思うから。 ・悪かったんだよ、泣くのは。 ・だめだから。 ・わかんなくなっちゃった。 適切な対応 謝罪 ・ごめんね。/ごめんなさい。/ごめん。(5名) ・ごめんね。/ごめんなさい。(7名) ・ごめんね。/ごめんなさい。(3名) ・ごめんね。/ごめんなさい。(7名) 慰め ・大丈夫? ・大丈夫? その他 ・わからない。 ・わからない。・困る。 ・ちゃんと話、聞いた方がいい。 Table10 泣いた理由の内容(N=7) 笑い言及 麦茶課題 転倒課題 T1 T2 T1 T2 自ら言及 ・だって、この人がなんか笑うのが悪いから。 ・笑われて悲しかったから。 ・笑われてさ、嫌な気持ちになったから。 ・笑っちゃったし、こぼしちゃったし、 泣いちゃったし。 ・笑われちゃったから。 ・笑われたから。 ・笑われんのがさ、ちょっとやだからさ。 ・笑われて悲しかったから。 ・笑ったから。 ・笑われて悲しかったから。 ・笑われたから。(3名) ・痛いし、笑われちゃったから。 ・笑われたからとか、石につまずいてと かが嫌だったから、こうなったってい うわけ。 ・笑われたり、痛くて悲しかったから。 感情語の理由として言及 ・笑ったから。・だって、この人が麦茶こぼしちゃった のにさ、大笑いしたから。 ・笑われたから。 (・だって、この人が、この人にさ、い じめたりするから。) ・笑われたの。 なし ・びっくりしたから。(どうして?)だっ て、びっくりしたから。 ・麦茶、いっぱいこぼれたから。 ・これ、こぼしちゃったから。 ・石につまずいたから。 ・転んじゃって、きーっとして、怒られ てさー、泣いちゃったんだよ。 ・転んじゃったから。 ・痛かったから。
笑いや攻撃行動に言及し、笑わずに謝罪す ることが適切な行動であるとしていた。 3.年長児(6歳)における嘲笑理解と 善悪判断(実験2) 3.1 目的 実験1の笑いの攻撃性理解課題 の一つであった「転倒課題」は、転んだ者 を見た者が笑い、笑われた者が泣くという ストーリーであった。嘲笑が笑いを用いて 意図的に他者を攻撃する笑いであるならば、 転倒課題の笑いは、偶然に目撃した場面を 見て思わず笑ってしまった、いわば過失の 笑いである。そこで、相手を転ばせようと 石を置き、その石でつまずいて転んだのを 見て笑うという場面を想定し、思わず笑っ てしまった笑いとの攻撃性の差異を理解し ているかを検討することにした。 3.2 方法 3.2.1 材 料 実 験 1 の 課 題 に 加 え、 笑 いの攻撃性比較課題を新たに作成した (Figure1)注3)。各場面を縦7㎝×横10㎝ ×厚さ0.5㎝の絵カードにし、偶然に転ん だ者を見て笑うという実験1の転倒課題を 「おはなし1(偶然の転倒課題)」、置いた 石につまずいて転んだ者を見て笑うという 課題を「おはなし2(意図的な転倒課題)」 とした。 3.2.2 参加児 実験1の協力園に、笑いの 攻撃性比較課題の趣旨を説明し、実験協力 を依頼した。実験1の年長児7名に5名を 加えた計12名の同意が得られたが、欠席に より全ての課題ができなかった2名を除き、 計10名(男児6名,女児4名)を分析対象 とした。新たに加わった3名には、実験1 同様の同意確認を行った後、実験1に続い て実験2を行った。 平均生活年齢は6歳4か月(レンジ6歳 0か月~6歳9か月)、平均語い年齢は7 歳9か月(レンジ5歳6か月~ 10歳7か 月)であった。語い年齢では、幼児期後期 から児童期中期という個人差がみられた。 なお、実験1同様に、笑いの攻撃性理解課 題の提示順序および登場人物の性別はカウ ンターバランスをとった。協力児10名の内 訳はTable12の通りである。笑いの攻撃性 比 較 課 題(Figure1) で は、Table12の 転 Figure1 笑いの攻撃性比較課題(登場人物女児版, 実際はカラー)
倒課題の登場人物の性別に合わせて「おは なし1」および「おはなし2」を提示した。 調査期間は2017年2~3月であった。 Table12 笑いの攻撃性理解課題の提示順と各課 題の登場人物の性別の内訳(N=10) 課題提示順 登場人物の性別 1. 麦茶課題 2. 転倒課題 1. 転倒課題 2. 麦茶課題 1. 女の子 2. 男の子 2名 2名 1. 男の子 2. 女の子 3名 3名 3.2.3 手 続 き 笑 い の 攻 撃 性 比 較 課 題 (Figure1)の一連の流れをTable13に示 す。最初に実験1で用いた紙芝居の図版を 絵カードにした偶然の転倒課題(おはなし 1)を、協力児の前に並べ、ストーリーを 確認・再現した。次に、おはなし1の下に、 最初の絵カードのみ異なる意図的な転倒課 題(おはなし2)の絵カードを並べた。お はなし1とおはなし2を並べた後、参加児 に異なる点について説明を求めたが、実験 者からおはなし2の説明はしなかった。そ の後、「このお話とこのお話は、どちらが たくさん悪いかな?」と尋ね、その理由と おはなし2の適切な対応について回答を求 めた。 3.3 結果と考察 感情理解課題は全員が通過していた。ま た、実験1では、表情予想の際に7名全員 が「悲しみ」を選択していたが、実験2に 加わった3名のうち、1名は両課題で「怒 り」を、1名は麦茶課題で「平気」を、さ らに1名は麦茶課題で「悲しみ」と「平気」 を選択していた。よって、10名の結果から は、笑われた後の表情として「悲しみ」を 選択する者が多いものの、怒りも含めて主 としてネガティブ感情を意味する表情を予 Table13 笑いの攻撃性比較課題の手続き ①記憶確認:調査協力児から向かって左から、おはなし1の図版5枚を並べる。 「この間、紙芝居を見たけど、お話、覚えているかな?」→覚えている場合「どんなお話だったか、 教えてくれる?」 ②ストーリー再現:「それじゃ、もう一度、お話するね。」と言ってから、場面ごとに図版を指しなが ら紙芝居の話を再現する。 ③比較課題:「じゃ、このお話を見てくれるかな?」と言って、おはなし1の下におはなし2の図版 5枚を並べる。 「(おはなし1の図版を左から右へ指しながら)このお話と(おはなし2の図版を左から右へ指しな がら)このお話は、どこが違うかな?」 質問1「(おはなし1の図版を左から右へ指しながら)このお話と(おはなし2の図版を左から右へ 指しながら)このお話は、どちらがたくさん悪いかな?」 質問2「どうしてそう思う?」 質問3「(おはなし2の最後の図版を指して)このお話の時は、何て言ってあげたらいいかな?」
想する傾向にあった。 笑いの攻撃性比較課題では、おはなし1 の方が悪いと回答する幼児が10名中4名、 おはなし2の方が悪いと回答する幼児が5 名、「同じくらい悪い」と回答する幼児が 1名であった。以下、おはなし1を悪いと した幼児を「偶然群」、おはなし2を悪い とした幼児を「意図群」として分析する。 偶然群と意図群について、生活年齢、語 い年齢および心の理論得点の平均、心の理 論課題の各課題の通過者数、感情予想笑い 帰属群に該当する人数、および感情結果笑 い帰属群に該当する人数と割合をTable14 に、悪いと判断した理由と適切な対応の回 答をTable15に示す。「感情予想笑い帰属 群」とは、笑われた後の予想した表情に対 する理由を尋ねた質問について(Table1, Q5)、麦茶課題および転倒課題ともに笑い に言及して予想した表情の理由を述べた者、 「感情結果笑い帰属群」は、泣いた理由 を尋ねた質問について(Table1, Q7)、麦 茶課題および転倒課題ともに笑いに言及 して泣いた原因を述べた者である(伊藤, 2017a)。 Table14の生活年齢(月齢)、語い年齢(月 齢)、心の理論得点について、Welchのt検 定を行った結果、語い年齢(月齢)と心の 理論得点で10%水準の有意傾向がみられ た(語い年齢(月齢) t = -2.082, df= 6.998, p=.076;心の理論得点t = -2.143, df= 6.959, p=.070)。 偶然群には、おはなし2の最初の図版を Table14 群別の結果(N=9) 偶然群 意図群 平均 n=4 n=5 生活年齢(レンジ) (6歳0か月~6歳5か月)6歳3か月 (6歳2か月~6歳9か月)6歳5か月 生活月齢(SD) 75.00(2.45) 77.80(3.11) 語い年齢(レンジ) (5歳6か月~7歳8か月)6歳11か月 (7歳3か月~10歳7か月)8歳6か月 語い月齢(SD) 83.25(12.04) 102.20(15.27) 心の理論得点(レンジ) (0~2点)1.0点 (1~4点)2.4点 SD 0.82 1.14 通過者数(%) サリーとアン課題 スマーティー課題 Real-Apparent Emotion 二次的誤信念課題 感情予想笑い帰属群 感情結果笑い帰属群 1(25%) 1(25%) 1(25%) 1(25%) 1(25%) 2(50%) 4(80%) 3(60%) 2(40%) 3(60%) 4(80%) 5(100%)
「(石を)拾ってあげているところが優し い。」のように、思いやりに基づく向社会 的行動であると解釈する幼児がいた。実験 者は石を置くと想定していた場面であった が、転ばないように石をどかしてあげたに も関わらず転んでしまったという、あくま でも「偶然の転倒課題」と推測したと言える。 なお、「どっちも同じくらい悪い」と答 えた1名の理由は、おはなし2の1枚目の 図版を「こっちは関係ない」として考慮に 入れていなかったが、適切な対応を尋ねた 質問3では「違う所に石を置けばよかった。 砂場に入れとくとか。」と述べていた。石 をどかす方法が悪かったと考えており、お はなし2の最初の図版について、意図的に 石を置いた行動を意味するとは捉えていな かった。 協力児には、おはなし1とおはなし2が 別々の話であることを伝えていたが、偶然 群および「どっちも同じくらい悪い」と答 えた幼児にとっては、おはなし1で泣かせ てしまったために、おはなし2の最初の図 版について、石を移動させる行動が適切で あると判断した可能性も考えられる。しか し、その後に笑う場面と関連付けて、転ば せるという意図的な攻撃行動を行った上に 笑ったと解釈しなかったことは、あくまで も転んだことや笑ったことを故意ではなく 過失であると捉えていたことが推察される。 故意か過失かという意図の違いによって、 善悪判断基準に変化があることはピアジェ 以降の認知発達における道徳判断の研究で 扱われてきたことであり、心の理論研究の 進展により、わざとかわざとでないかは年 少の頃から敏感に反応して善悪判断をして いることが報告されている(林, 2011)。幼 児期後期の幼児を対象とし、Wimmer& Perner(1983)を参考に作成した一次の 誤信念課題と故意性について検討した実験 では(吉川・島, 2017)、一次の心の理論が 獲得された後に故意性理解・故意性推測が 発達することが示唆されている。 Table15 群別の選択理由と適切な対応(N=9) 回答 偶然群(n=4) 意図群(n=5) 悪 い 理 由 笑い言及あり ・笑った。 ・笑ってるから。でもこっちの方(おはなし 2)は、笑って石持ってる。 ・笑ったところがあるけど、こっち(おはなし 2)は拾ってあげてるところが優しいから。 ・笑ったのも悪いし、石を置いたのも悪いで しょ。 ・石を置いたのが悪い。それから、笑ったの も悪いし、泣かしたのも悪い。 笑い言及なし ・ここ(おはなし2)に石があって、つまずい たから。 ・道路に、道にさ、石置いてるみたいだから。 ・こっちのえりちゃん(おはなし2)、石置い てるから。 ・石を置いてさ、走ってんの。つまりこうい うことね。[おはなし2の最初の図版をおは なし1の最初の図版の前に置く] 適切な対応 謝罪 ・ごめんね。(3名) ・ごめんね。/ごめんなさい。(3名) 慰め ・大丈夫? ・大丈夫?(2名)
意図群は、「石を置いた」ことによって、 おはなし2を悪いと判断し、おはなし2に 故意性を見出していた。意図群の心の理論 得点が偶然群よりも有意に高い傾向を示し ており、一次の誤信念課題であるサリーと アン課題は意図群の7名中4名が通過、二 次的誤信念課題は3名が通過していた。二 次的信念は6歳後半~7歳前半頃(1年生) で理解できるようになるとされているが (林, 2002)、意図群の語い年齢は偶然群よ りも有意に高い傾向にあり、小学校低学年 から中学年の語い年齢であった。また、感 情予想笑い帰属群と感情結果笑い帰属群の 該当者も多く、感情結果笑い帰属群は意図 群では100%であった。 しかしながら、悪いと判断した理由をみ てみると(Table15)、意図群がおはなし 2の笑いについて、悪意を伴うような攻撃 性の強い嘲笑と捉えていると断定するのは 難しいように思われる。なぜなら、石を置 いたことを笑いと関連付けて解釈している というよりも、「石を置いたこと」と「笑っ たこと」をそれぞれ独立した悪い行動とし て捉えている可能性も考えられるからであ る。おはなし2のストーリーの故意性を笑 いと結び付け、嘲笑であると解釈し説明す るためには、語い年齢の高さや心の理論課 題だけではない心の発達に絡む要因も含め て、明らかにする必要があると思われる。 以上の結果から、本研究で作成した「笑 いの攻撃性比較課題」は、「意図的な転倒 課題(おはなし2)」のストーリーの教示 をしないことで、幼児にとって、攻撃の意 図の有無の解釈が分かれる課題であった。 石を置いたことを笑いの意図と関連づけて 「嘲笑」と解釈する過程を明らかにするた めには、児童期以降の複雑な感情理解や高 次の心の理論および道徳性の発達の観点か ら、さらに調査が必要であることが示唆さ れた。 4.総合考察 本研究では、笑いの攻撃性理解課題と笑 いの攻撃性比較課題を用いて、嘲笑理解と その発達に関連する要因として他者感情理 解、心の理論および道徳性の発達の観点を 含めて明らかにすることを目的とした。実 験1では、年中時の調査ができなかったが、 年少時と年長時の個人内の発達の変容を検 討したことで、幼児期後期における笑われ る悲しみの理解や笑いの攻撃性、およびそ の意図を理解する発達過程には、語い年齢、 笑顔を「嬉しい」とラベリングすることを 含む他者の感情理解や心の理解、笑いに対 する善悪判断という道徳性の発達が相互に 関連している可能性が示唆された。実験2 では、嘲笑理解が故意と過失の理解の発達 とも関連することが示唆された。本研究に よって、嘲笑の発達の機序の解明につなが る第一歩を踏み出した意義は大きいと思わ れる。 笑いの攻撃性理解課題において、年長に なるにつれ、笑われたことに意味づけて説 明する子どもが増える傾向がみられた。ま た、実験1の転倒課題について、T1で「い じめたりする」と回答した幼児がいたが、 笑いは、時に、いじめの手段として用いら れ、仲間同士の親和性を高め、仲間以外の
他者を排除するように働くことがある。い じめの被害者経験は、笑われることへの恐 れ(gelotophobia)やからかいへの恥の感 じやすさに関連すると言われるが(Platt, Proyer & Ruch, 2009)、幼児期では、嘲笑 のような意図的に笑いを攻撃として用いる 行動が見られることは少なく(伊藤, 2012)、 実験で用いた課題も悪意については曖昧に している。しかし、「いじめ」と回答した 子どもにとっては、笑われて泣いた登場人 物がいじめられていると感じ、悪意を感じ ていた。 心の理論課題への言語的理由付けについ て、健常児とASD(自閉スペクトラム症) の子どもを比較した別府・野村(2005)は、 健常児は、言語的理由付けはできなくても 行動レベルでは心の理論を踏まえた行動が 直感的にとれるようになるという発達的前 提があることを示している。笑いの攻撃性 理解課題では、言語で説明できなくとも、 もしくは、語い年齢が生活年齢よりも低く とも、笑われた悲しみを笑いと関連付けて 説明できるようになるが、故意性の理解に は語い年齢と心の理論が関与していること が示唆された。直感的な笑われる悲しみの 理解から内省的な理解へ発達していくとい う嘲笑理解過程が推察されるが、このこと が健常児の特徴なのか、ASD児は異なる 発達過程で嘲笑理解をするようになるのか は、今後の課題である。 笑われた後の感情を予想する質問では、 年長になるにつれ「悲しみ」の表情を選択 するようになっていたが、T2の1名は、「悲 しみ」の他に「怒り」「平気」の表情図も 選択していた。T1で「悲しみ」以外を選 択した幼児と異なり、笑われたことで生じ る怒りや、笑われて泣きたい気持ちを抑制 するためにあえて本当の心ではない表情を 示すことに言及し、笑われて悲しいという 本当の気持ちとは異なる見かけの表情を選 択していた。 笑われた他者の感情を予想する質問は、 心の理論課題の一つとして実施したReal-Apparent Emotionに類似していると思わ れる。Real-Apparent Emotion は、いじわ るなことを言われ、周りに笑われた男の子 の心の中の本当の気持ちと、弱虫と思われ たくない気持ちから表出する表情を問う課 題である。実験1のT2で「平気」を選ん だ幼児の理由は「笑って泣いたらもう1回 笑われちゃうから」であり、悲しみを隠そ うするために「平気」な表情をすることを 述べていた。また、心の理論課題のReal-Apparent EmotionをT2で通過した幼児の 一人でもあった。見かけの感情表出が他者 の信念に影響を与えることへの理解は、児 童期以降に深まっていき、二次的誤信念の 理解と関連しているとされている(溝川, 2013)。よって、児童期以降、さらに高次 の心の理論の発達が進むにつれ、失敗を笑 われた他者の感情はネガティブ感情であり ながらも、そのことを表出しない表情を選 択したり、さらには、失敗を自ら笑い飛ば すことを理由に「喜び」を選択する者が増 加する可能性があることが示唆される。 児童期以降、失敗場面を見られることで 生じる「恥」の感情の理解が笑いに対する 善悪判断とどのように関連するのかも今後
の研究課題である。幼児期後期では、恥 感情に言及した幼児は1名だったが、恥 は、実験1の感情理解課題で用いた4種類 の基本的な感情よりも高次の感情であると されており、自己の何らかの振舞いが他者 の目にさらされたり、あるいは一般的な他 者たる社会の価値や基準などに触れたりし たと個人が認識した場合に生起する感情で ある(遠藤, 2013)。笑われまいとして恥 を回避することは、ベルクソン(Bergson, 1900/1976)の笑いの矯正機能や、日本で も柳田(1946/1998)により、笑われるこ とは被害であり、笑われまいとする努力が 日本の今日の道義律を打ち立て、多くの窮 屈な慣習法を作っているとして、笑いの道 徳的役割が指摘されてきた。転倒課題につ いて、大学生を対象とした調査では(白井・ 伊藤, 2018)、転倒場面よりも、人に見られ たり、笑われたりした場面の方が恥感情が 喚起されるとしている。よって、嘲笑理解 と道徳性の発達について明らかにするため には、幼児期以降の恥の理解も含めて検討 する必要があろう。 笑いの攻撃性比較課題からは、意図的な 転倒課題(おはなし2)について、石を拾っ てあげたと解釈する幼児がいる一方で、石 を意図的に置いていると解釈する幼児、さ らには石を置いた上に笑ったと評価する子 どもが混在していることが明らかになった。 このことについて、幼児期は、故意性の理 解の発達が未熟なために、石を置いた場面 を“誤って”思いやりの行動と解釈したと 結論付けることも可能であるが、本研究で はストーリーの教示をしなかったため、石 を拾ってあげたのか、石をわざと置いたの かは、どちらも正しい回答と言える(伊藤, 2018)。よって、笑われる不愉快さの理解 と同時に、なぜ攻撃の意図を明確に示して いないストーリーや場面に対して悪意を見 出すようになるのかも明らかにする必要が あると思われる。 近年、二次以上の高次の誤信念理解、社 会的理解、情動と心的状態の認識、視点取 得等から成り立つ複雑な心的状態の理解 は「高度な心の理論(Advanced Theory of Mind; AToM)」と言われ、児童期以降 に発達が進むとされている(Osterhaus, Koerber, & Sodian, 2016; cf. 林, 2018)。本 研究で用いた「笑いの攻撃性理解課題」と 「笑いの攻撃性比較課題」は、高次な心の 理論や道徳性の発達が絡む高度な心の理論 の理解を測定している課題である可能性が ある。今後は、本研究で用いた課題が嘲笑 理解に関連する要因として何を測定してい るかも含めて、嘲笑理解の発達について児 童期以降の高次の心の理論と道徳的判断の 発達との関連を明らかにしていきたい。 (いとう りえ)
注
1)本研究では、年少児(4月時点で3歳)か ら年長児(4月時点で5歳)にあたる3歳~ 6歳の就学前の幼児期を「幼児期後期」とする。 2)心の理論とは、Premack & Woodruff(1978)
によって定義された概念であり、他者の目的・ 意図・知識・信念・思考・疑念・推測・ふり・ 好みなどの内容を理解できれば、他者の行動 に「心」を帰属させることができる「心の理 論」をもっているとする(cf. 子安, 2000)。 3)実験2の結果の一部は日本乳幼児教育学会 第27回大会で発表し、要旨をまとめている (伊藤, 2017b)。要旨の結果に基づいた考察 が伊藤(2018)でされているが、実験2は除 外されていた課題及び質問を全て含めて再分 析、再考察を行った。 付記 本研究は、名古屋女子大学「ヒトを対象 とする研究」審査の承認を得ている。 謝辞 ご協力いただいた園児、保護者、協力 園の皆様に感謝申し上げます。本研究は、 JSPS科研費JP16H07395、18K13185、名古 屋女子大学教育・基盤研究助成(交付番号 2813)の助成を受けました。また、結果の 一部は、日本笑い学会第24回大会、日本乳 幼児教育学会第27回大会、日本発達心理学 会第29回大会で発表しました。ご意見くだ さった方々に感謝いたします。 文献
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Wimmer, H., & Perner, J.(1983). Beliefs about be-liefs: Representation and constraining function of wrong beliefs in young children’s under-standing of deception. Cognition, 13, 103-128. 柳田國男(1946). 笑の本願(養徳社). 柳田國男 全集第15巻(1998). pp.151-233所収. 東京: 筑摩書房. 吉川詩織・島義弘(2017). 幼児の感情理解と心 の理論-故意性の推測と悲しみ・怒りの弁 別- 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀 要, 26, 55-64. プロフィール 岡崎女子短期大学幼児教育学科講 師。2016年3月、白梅学園大学大学 院子ども学研究科博士課程修了(博 士・子ども学)。名古屋女子大学短 期大学部保育学科専任講師を経て、 2018年4月より現職。精神保健福祉 士。保育士。