学校における働き方改革と教育経営学の課題
シンポジスト(所属等は,シンポジウム時点) 放送大学教授(中央教育審議会初等中等教育分科会 学校における働き方改革特別部会部会長)小 川 正 人
徳島県教育委員会教育次長竹 内 敏
鳴門市里浦小学校教諭(前徳島県教職員団体連合会委員長)東 條 光 洋
日本PTA全国協議会会長東 川 勝 哉
同志社女子大学特任教授水 本 徳 明
司会天 笠 茂・佐 古 秀 一
1 シンポジウムの背景と趣旨
文部科学省が実施した教員勤務実態調査(平成28年度)の速報値が2017年 4 月に公表され,教員の長時間勤務の実態が明らかとなった。文部科学大臣は, 中央教育審議会に対して「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運 営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策につい て」を2017年( 6 月)に諮問し,これを受けて,中央教育審議会初等中等教育 分科会に「学校における働き方改革特別部会」が設置され,2017年 7 月から検 討を開始した。2017年12月には審議の「中間まとめ」を公表し,同時期に文部 科学省が「中間まとめ」をふまえて実施する取り組みをまとめた「緊急対策」 を発表した。教員の過重な負担や学校における働き方改革については社会的に も関心を呼び,教育委員会においても具体的な検討がなされるようになった。 教員の長時間勤務は,学校教育に深刻な影響をもたらしている。直接的には 教職員の心身の健康を損なう要因となるが,それとともに,仕事に追われ疲労 が蓄積した中で,子供と接する時間を思うように確保できない状態や授業準備 に十分な時間を割くことができない状態をもたらしていることが予想され,子 供の学校生活や学習にも好ましくない影響を及ぼすことが考えられる。また, 過酷な勤務条件が明らかになるにつれ,学校をブラックな職場であると捉える 風潮も見え始め,教職に対する魅力の低下とそれに伴う教員人材確保が困難に なることも考えられる。公開シンポジウム:学校における働き方改革と教育経営学の課題 誰がどのように担うべきなのか? 教科指導のみならず全人格的教育を学校が 担う日本型学校教育の特長が見直される中で,教員が担うべき職務(教員でな ければならない仕事)とは何なのか? また過労死ラインを超える長時間勤務 の教員が珍しくないばかりか,それがむしろ「当たり前」のようにまかり通っ てきた制度的もしくは文化的な背景はどのようなものなのか? それはどう改 善できるのか? 教員が負担すべき仕事量に一定の上限を想定するとすれば, 学校に配置すべき教員数はどのように考えるべきなのか? 等々である。学校 における働き方の実態とその改善方策は,これまでの学校と教員のありようの 捉え直しを迫る課題であり,かつこれからの在り方をわれわれがどう構想する かにつながる課題でもある。 日本教育経営学会第58回大会では,中央教育審議会での議論の動向をふまえ て,学校における働き方改革を幅広い観点で議論することをねらいとして, 「学校における働き方改革と教育経営学の課題」と題して公開シンポジウムを 実施した。 シンポジウムには,以下の方々に登壇をしていただいた(所属等は,シンポ ジウム時のものである)。 小川正人:放送大学教授(中央教育審議会:学校における働き方改革特別部 会部会長) 竹内 敏:徳島県教育委員会教育次長 東條光洋:鳴門市里浦小学校教諭 (前徳島県教職員団体連合会委員長) 東川勝哉:日本 PTA 全国協議会会長 水本徳明:同志社女子大学特任教授 進行は,天笠茂(千葉大学),佐古秀一(鳴門教育大学)である。 開催日時は,2018年 6 月 9 日,13時30分∼16時までであった。当日の参加者 は非学会員を含めて200人を超えた。 シンポジウムは,まず登壇者からそれぞれの立場で,学校における働き方の 問題ならびにその改善に関する意見等を述べていただき,その後,フロアから の質問を受ける形で進行した。 以下に当日のシンポジウムの内容を報告するが,これは各登壇者が当日配布 された印刷物と発言記録をもとに,佐古がとりまとめたものである。
2 シンポジストからの報告
小川正人氏には,シンポジウムの議論の基本的な材料として,中央教育審議 会の検討経過の説明をお願いし,それとともに働き方改革の今後の方向性など を個人的な意見も含めて述べていただいた。そのため,小川氏には,他の登壇 者より長い報告時間を割り振った。 小川氏は,「中央教育審議会の審議:論点と課題」というテーマで報告を行 った。前半では,中央教育審議会特別部会長の立場から,教員の勤務実態と問 題、並びに中央教育審議会におけるその時点までの審議経過を報告した。後半 では,中央教育審議会の今後の審議の見通しと特に教員の長時間勤務の背景と なっている制度的問題とその改善方策について,個人的な見解を含めて報告が なされた。 小川氏の報告は,このシンポジウムの基調ともなるので,提出資料の内容も 含めてやや詳しく紹介しておく。2016年教員勤務実態調査では,月当たりの平 均時間外勤務が,校内勤務だけで小学校は74時間(土日勤務を加えると約83時 間),中学校は約98時間(土日勤務を加えると約125時間)となっており,平均 値でも過労死ラインを超えるという異常な長時間勤務の実態にある。また, 2006年の調査との比較では,授業・授業準備等の本来的業務の勤務時間が増え ていることが示された。小川氏はこの背景には,2008年学習指導要領改訂によ る授業時数の増加や言語活動・理数教育の充実等による学習指導の取り組みの 強化,一人ひとりの児童生徒へのきめ細やかな授業や学習指導に取り組むため, 少人数指導・習熟度指導,補習指導等が行われてきたこと等を挙げ,さらに, 国による正規の教職員定数改善や加配などが増えない中で非常勤講師や現有ス タッフによる持ち時数の増加などで対応してきたことがその背景にあることを 述べた。そして2020年度からの新教育課程実施を考えた時,授業など本来的業 務を中心に長時間勤務の状況がより深刻化することが懸念されることにも言及 した。 中央教育審議会特別部会前半は,国や自治体の厳しい財政事情の中で教員の 大幅増員を見通すことが難しい状況にあることから,本来的業務により専念し てもらうために,周辺的・境界的業務を学校・教員から切り離していく方向で公開シンポジウム:学校における働き方改革と教育経営学の課題 特別部会後半の審議については,⑴学校の組織運営体制の在り方,⑵学校の 労働安全衛生管理の在り方,⑶時間外勤務抑制に向けた制度措置の在り方を挙 げ,⑴については,特に主幹教諭制度,主任制度の在り方が議論の対象になる とした。 小川氏の報告後半の中心的なテーマは,勤務時間抑制の制度的措置に関する ものであった。具体的には給特法の取り扱いと年間変形労働時間制の導入につ いて個人的な見解を含めて報告された。小川氏は,まず給特法の本来の趣旨が, 労基法の考え方をふまえて正規の勤務時間の割り振りを適正に行い,原則とし て時間外勤務を命じないこと,時間外勤務をさせる場合には超勤 4 項目の業務 に限定することになっているにもかかわらず, 現実には,膨大な時間外勤務が 生じており,その要因としては,学校において適正な勤務時間管理がなされて いないこと,そして上限規制が明確でないことが問題であると述べた。 このような認識をふまえた上で,今の政治事情と追加財源の見通しが不透明 な中では給特法の廃止は難しいとして,現実的に最大限できることを考えたい という基本的な姿勢を示した。そして,これまで超勤 4 項目以外の業務の時間 外勤務を教員の「自発的行為」と扱ってきたことを見直した上で,それら業務 の時間外勤務も含めた勤務時間の上限規制を考えるべきであることを述べた。 さらに,給特法の本来的趣旨に立ち戻り,時間外勤務が生じた際にはそれを相 殺する勤務の割り振りを行い休日を取得させる方法が現実的ではないかと述べ た。その方策の一つとして,勤務時間を柔軟に設定し,振替休暇をしっかりと 取得させる可能を拡げる制度として, 1 年単位の変形労働時間制の導入も検討 に値すると提起した(現行法制下では、時間外勤務は「ただ働き」のままであ るため、同じ時間外勤務をやらざるを得ないのであれば、その一部を正規の勤 務時間に組入れて正規の勤務時間を長くすることになるが、その長くなった時 間分を長期休業期間に振替休暇として取得することで「ただ働き」時間を少し でも減らせる - 小川追記)。もちろん,導入の前提には、業務量を減らし繁忙 期と閑散期のメリハリをつけ,例えば時間外勤務の上限を 1 日 2 時間以下とす る等、教員の健康を保持するルールを明確に定めるとともに,繁忙期の業務負 担を軽減するために教職員の定数等の改善も考慮した上で,変形労働時間制の 導入は検討に値するとした。 次いで,竹内敏氏は,徳島県の学校における働き方改革の取組状況について
報告を行った。 徳島県では,2017年12月から「学校における働き方改革タスクフォース」を 設置して検討に着手していることが紹介された。徳島県の現状として,教員時 間外勤務状況調査をもとに以下の点が報告された。教員一人当たりの時間外勤 務時間は,小学校で14時間 8 分,中学校では20時間54分であった。業務内容別 に見ると,時間を費やした時間外業務については,小学校は,授業準備・教材 研究が第 1 位,次いで校務分担,第 3 位が成績処理であった。中学校では,授 業準備・教材研究が第 1 位,次いで校務分担,部活動の順であった。県立学校 については,月当たり時間外勤務は,14時間12分であった。 このような状況に対して,県の取り組みの柱とされた事項は,⑴勤務時間の 管理と意識改革,⑵業務改善の推進,⑶外部人材等の活用,⑷部活動の適正化, ⑸保護者・地域への理解推進であった。これらに関して取り組みの現状と課題 が紹介された。竹内氏は⑴が最も重要で困難も大きいとの認識を示した。勤務 時間を客観的に把握するシステム等の導入・整備に務めていると共に,学校の 有効事例をホームページで発信していることを紹介した。業務改善の推進とワ ークライフバランスの推進は,これからの管理職の重要な職務であり,管理職 研修も重要であると述べた。管理職が働き方改革にどう取り組んでいるか,今 後の県教育委員会による学校訪問等で検証していく必要性にも言及した。この 他,⑵については,県教育委員会自ら,調査,照会などの精選に努め, 3 年間 で42件の削減を実現したこと,今後は鳴門教育大学と連携して県内サテライト を活用した研修なども推進したいとも述べた。⑶の外部人材の活用については, これまでスクールサポートスタッフの確保に関しては一定数の応募者が確保で きたが,部活動指導員の確保が困難であることの実状等が紹介された。 さらに2018年からは,学校における働き方改革推進チームを設置して,具体 的な改革の推進に取り組んでいることを紹介し,モデル地区である東みよし町 の事例を紹介した。また県下の市町村教育委員会で,学校閉庁について検討が なされていることも紹介した。報告の最後には,個人的な意見としつつ,学校 における働き方改革は,できることを総合的に行っていくことが有効だと思わ れると述べ,特に校長のマネジメントと教員の意識改革がポイントとなると指 摘した。そして,子供には主体的・対話的で深い学びが求められているが,教
公開シンポジウム:学校における働き方改革と教育経営学の課題 3 人目の報告者は東條光洋氏である。東條氏は,学校における働き方につい て,学校の教員としての実感から問題を提起した。 平成における学校の変化として,学校と地域との連携が求められ,その結果 として,それを担う人がいないまま,学校には連携に伴う仕事が多く発生し, 教職員が従事する時間が増大したこと,また,授業時数が増大したことや情報 発信が求められホームページ作成などの業務が増大していることなどを述べた。 次いで,教職員の負担を増大させている学校の現状を説明した。教育委員会等 からの報告文書が大量に学校に求められていること,特に 4 , 5 月期には文書 が多いことを指摘した。授業に関連する業務も多く,子供の提出物に対するマ ルつけや評価事務の負担も大きいこと,学校行事については防災に関わる行事 が増えていること,保護者との連絡も保護者への便り,連絡業務も日常的に行 わなければならないこと,研修についても必要であるが,あまりにも多すぎる こと,学力向上の要請から学力テストに付随するさまざまな指導を行わざるを 得ないこと,部活動については成果が求められ,小学校でも金管バンドや水泳 などについて時間をかけた指導がなされていることなどを紹介した。 このような学校の状況をふまえて,学校がいつまで持続できるか不安に感じ ると述べた。 次いで PTA の立場から東川勝哉氏が報告した。 日本 PTA 全国協議会の歩みを紹介し,日本 PTA 全国協議会における家庭教 育支援の歴史と考え方に言及した上で,働き方改革についても教育委員会,学 校と連携しつつ推進したいとの方向性を示した。また日本 PTA 全国協議会が 調査事業の一環として実施している保護者・親を対象とした意識調査の結果を 紹介し,保護者・親は先生方が授業に集中して取り組むことを望んでいる一方 で,学校における働き方改革について意識はまだ高まっていないのではないか との問題点を示した。そして,家庭・学校・地域が一体となって取り組んでい くことの重要性と必要性について述べた。 各登壇者の報告を受けて,水本氏が教育経営研究からの問題提起を行った。 一点目は,日本型学校教育の認識に関する問題提起である。つまり教科指導 (授業)以外の教育活動によって日本型学校教育が担われているとの認識に対 して,授業で全人的な教育ができないことを前提としつつ議論が展開されてい
ることが問題ではないかとの疑問を呈した。二点目は働き方の現状認識に関す る問題である。学校における働き方については,全国平均でその実態を把握す ることは重要なことであるが,地域により,学校によりその実状が異なってい る点に留意すべきではないか。働き方の実態と対応策は,それぞれの学校でき め細かく進めていくことが重要であることを指摘した。 第三は,自律的な学 校経営の未確立に関する問題である。一体自分たちの学校は,何を実現するた めに,どう取り組むのか,そのようなイメージをしっかりともち,そのもとで 教職員が注力すべきものを明確に把握できる自律的な学校のマネジメントの確 立が必要なのではないかと述べた。第四には,保護者に学校の実態を知らせる ことの必要性である。学校における働き方や教師の実状(勤務負担など)につ いて,保護者や地域がどれほど知り得ているだろうか? 働き方改革の前提と して,保護者・地域にまず学校の実態を知ってもらうことの必要性を指摘した。 第五には,働き方改革の前提として,専門職としての教師の自律性を担保する ことが重要ではないかと指摘した。つまり,専門職として行うべき,力を入れ るべきことを,自ら明らかにしていくことが求められているのではないかと指 摘した。それに関して,教師の専門職団体の自律性も確立していくことが必要 であることにも言及した。
3 フロアとの質疑並びに意見交換
これら 5 名の報告の後,フロアからの質問・意見を求めた。多様な内容の質 問・意見が出されたが,主なものを列挙しておく。 一つは,中央教育審議会における議論の観点をめぐっての意見である。 これは,議論の立て方が,教員の働き方改革ではなく,働かせ方改革として 議論されているのではないかという疑問である。この点は,上記の水本氏の報 告と関連するものであろう。 二つ目には,中央教育審議会での議論においてさらに検討を要すると思われ る事項に関する意見である。 これについては,一つには教員配置の考え方に関する問題が提起された。す なわち,教員が担当する授業時数について, 1 人の教員が担当すべき時数につ いて,担当授業時間,授業準備なども含めて積み上げ式で算出していくことが公開シンポジウム:学校における働き方改革と教育経営学の課題 要ではないかという点も述べられた。これは,教職員定数の改善などを実施す ることが困難な方策よりも,まず現実的に最大限できることを方策として検討 するという特別部会の審議方針に対する疑問であるといえる。 また,日本型学校教育とはどのようなものなのかについて,どのような議論 がなされたのか,今後のわが国の学校教育のビジョンをしっかりとふまえて議 論をすることが重要であるとの指摘があった。 三つ目には,教員の勤務実態と働き方改革の動向に関する意見である。これ については,過酷な勤務状況におかれている学校・教員の実態について複数の 意見が出された。それとともに,勤務の振り替え措置については,事務量が膨 大となり,特に教頭に負担がかかってくる。それに付随する教頭の事務処理負 担を考慮すべきであるとの意見が出された。 四つ目は,教員の専門職性の確立に関する意見であり,教員の自発的な研究 活動が低調になりつつあり,今後教員の自律的・自主的な教科等の研究・研修 ができるようにしてほしいとの意見が出た。 これらの質問,意見をとりまとめる形で,報告者からの補足意見が述べられ た。 小川氏は,教員の持ち時数をどう設定していくかは重要な問題であり,持ち 時数の上限設定を含めて,教員が本来業務に専念できる環境づくりが重要であ る。またそれが年間の変形労働時間制導入の前提となるのではないかという考 え方を改めて示した。また年間変形労働制は,勤務時間の管理が難しく,その ため管理職が過重負担になることも予想されるので,学校のマネジメント体制 を整備することが必要であるとの認識を示した。 竹内氏は,これまで教員の献身的な努力で学校が機能してきたことは事実で あるが,教員が新たに学んでいくこと,さまざまな経験を蓄積することなしに, 教員をこれからの社会の中で続けていくことができるかが疑問であるとの認識 を示し,教員がさまざまな経験ができるような働き方が必要との認識を示した。 東條氏は,教員がやり甲斐のある教員生活を送れるように,働き方改革を進 める必要があると述べた。 東川氏は,PTA としては学校に関わりサポートをしたいと思っているが, そのための情報がない,積極的に声をかけてほしいと,学校等との連携に積極 的な姿勢を示した。 水本氏は,なぜ自分たちの学校が忙しいのか,そのことを学校自らが考える
ことが必要だと述べ,学校の現状を分析する力を高めることが必要だとした。 そしてどんな学校になってほしいかを描く力のある学校・教員が必要だと述べ た。 なお,フロアから,これまで学校のマネジメントを中心的なテーマとして取 り扱ってきた教育経営学は,学校における働き方改革にどう貢献してきたのか, また貢献しうるのか,学校における働き方の実態と教育経営学の関係を捉え直 す必要があるのではないか,という教育経営学の在り方に対する意見が出たこ とを,最後に申し添えておく。 (文責 佐古秀一:本原稿に記載の内容については,配付資料,録音データを もとに佐古の責任において作成したものである。)