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新荒倉トンネルおよび河之内トンネルの地質について (土木地質に関する資料-其の3)

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(1)

新荒倉トンネルおよび河之内トンネルの地質について

      (土木地質に関する資料一其の3)

  藤  次  郎

(文理学部地質学教室)

Geology of the New

Arakura

and Kawanouchi

Tunnels in the Shikoku Area, Southwest Japan

      Jiro

Katto

D e p a r l m e n i が G e 必 5 g v ,   F a c u t り o f L i t e r a t u r e a n d S c i e n c e ,       K o c h i u n i 。 s i り ,   K o c h i ,   J a b a n − 一 一 I 瓦 緒     言 新荒倉トンネル 1. 工 事 概 要 2.調 査 経 過 3. 新荒倉トンネルの地質 4. 土木地質学的考察 次 Ⅲ 河之内トンネル 1。 2. 3. IV 4。 結 工事概要 調査経過 `’ 河之内トツネルならびに    周辺地域の地質 土木地質学的考察    語

       I● 緒     言

 筆者は,高知市西南部の新荒倉トンネルおよび愛媛県松山のいわゆる道前・道後を結ぶ河之

内トンネルを調査する機会を得た.

 前者は,虚空蔵山層群(ペルム期中世)をほぼ南北に貫通するトンネル(553

m)であるが,

岩質不良と南坑口上部付近の掘削に伴う地辻りなどのために,変更設計が必要となった.

 後者の河之内トンネル(375

m)は,中央構造線桜樹屈曲に位置し,同破砕帯中の変質安山

岩を縦走している.

 これらのトンネル掘削は,地質学的並びに土木地質学的に重要な問題をふくんでいると思わ

れるので,まだ未解決・不備の点も多々あるが,これまでの資料をまとめておきたいと思う.

 土木地質に関する資料(其の3)としたのは,既刊の同種文献6)7)に,その主旨を述べてお

いたので, ここには省く.

 本調査の機会と便宜を計って下さった四国地方建設局高知工事事務所並びに同松山工事事務

所の方々に,まず謝意を表し,ついで河之内トンネル調査に際しては,特に御協力頂いた愛媛

大学の永井浩三博士,同宮久三千年博士叱厚く御礼申しあげる,

 また本論文を草するに当り,本年9月に河之内トンネル巻立部め予備(クラック)調査に出

むいた際に,御同行頂き種々御協力下さった同大学の鹿島愛彦博士,並びに構造地質学的観点

から資料の解析に御協力頂いた本学の波田重煕博士に厚く御礼申しあげる.     一

(2)

274 高知大学学術研究報告 第22巻  自然科学  第18号 第1図 新荒倉トンネル位置図(破線は仏像構造線)       U● 新荒倉トンネル  1.工事概要  .新荒倉トンネルは,既存の荒倉トンネルのすぐ西側にほぼ並走して掘削されたか,これは既 存の荒倉トンネル,(昭和28年度県営工事による.延長520 m,幅員5.5 m)が,最近の交通量 の増加につれ,交通マヒや排気ガス充満などによる支障を生じてきたので,建設省がこの解消 をはかる為に計画したものである(第1図).両トンネルの坑口間隔は,北坑口で約33 m, 南 坑口では約50mである.なお,新トンネルの貫通する地表面の最高標高は108 m である.   トンネル名称 新荒倉トンネル,位置 高知市下朝倉宇下針木∼吾川郡春野町弘岡字飛石   工事着工 昭和45年12月20日,竣工 昭和47年3月15日       (春野町側の取付け道路工事が,用地交渉未解決などのために遅れ,       現在はまだ共用されていない(共用開始は49年1月の見込)   道路幅員フ●5m      ●,   トンネル幅員 9m(うち1.5 mの歩道),高さ6.59 m, 長さ553 m   トンネル内のコンクリート巻立の様式 側壁導坑先進工法       ・]       d ÷          巻厚は土砂70Cm(計280 m),岩I・60 cm (計273 m),舗装はコン          グリート厚25 cm   工 事・ 費 約330,000千円        づ          内訳 掘削200,000千円,巻立工80,000千円,舗装30,000千円.       其の他20,000千円  2● 調査経過      ,ス ,‥ ユ  地質調査は,応用地質調査事務所によって,昭和43年度および昭和45年度にわたり,地表調 査・弾性波探査(7測線計2230 m)および試錐(43年度3本計130 m, 45年度4本計252 m) が行なわれた,       .\  筆者は,建設省高知工事事務所から,同43年度報告書(昭44 ・ 12)をもとにした意見を求め

(3)

275 新荒倉トンネルおよび河之内トンネル・の地質について・(甲藤) 賀 j Q 功 j ︵Q4。り一慮廓降節H艮曜綻駱相応︰裂田臨池図邱催H倒.Q唾J一拓蜘協姻冒昿涸暖迫池図圖些賦調︶

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(4)

276 高知大学学術研究報告 第22巻  自然科学  第18号 られ,昭和45年10月に2日間にわたって現地を検討する,機会を得た.筆者の特に疑問をもった のは,同報告書で荒倉トンネルと新荒倉トンネルの間に南北性断層を推定していることであ り,その主な根拠は弾性波探査による低速度層の解釈によること,であった.また45年度の調査 は,その確認を主目的として実施されているように見うけられた.`  筆者は,この南北性断層については否定的な見解を関係当局に報告しておいたが,ここには その問題には触れずに,その後主として導坑で観察しか有相並びに南坑口上部付近の掘削に伴 う地辻りなどについて記述する(写真1∼4).フ ノ`  3.新荒倉トンネルめ地質       ∧  本トンネルは,秩父累帯南帯に位置し,虚空蔵山層群を貫通ずる.仏像構造線は,南坑口か ら約350 m 南方を,ほぽ東西に走る.     I>   .  本地域の虚空蔵山層群は,チャート・輝緑凝灰岩を主とし,砂岩・頁岩および石灰岩をはさ み,北坑口から南約250 m 付近を通るほぽ東西方向の向斜構造を形成している.走向はほぽ N75°∼86°Eで,南または北に傾斜する.  ス  本燧道に露出する岩相は,北坑口(Om)から435 m, までの岩盤区間と,同435 m から南 坑ロ(553 m)までの崖錐区間に大別されるが,同岩盤区間のO∼13mまでの砂岩および89 ∼113 m 間の砂岩頁岩互層を除けば,主としてチャートおよび輝緑凝灰岩の互層からなり, 同岩盤区間の各岩相のしめる割合は,砂岩3%・砂岩頁岩互層17%・輝緑凝灰岩2a%・チャー ト58%である.北坑口の砂岩は,著しく風化して土質化している.       ・,i       J  ●  著しい断層破砕帯としては,導坑東側坑壁の344∼353 m 間と同西側坑壁の349∼353 m 間 をつらねる破砕帯があって,その間のチャートは角錬紬片状に破砕している.  435 mから南坑口(553 m)までの崖錐区間には,第?図(導坑岩相図)に示すように,岩 盤の石灰岩がところどころに露出する.        ,>  4. 土木地質学的考察       ’,`  プ  岩盤区間では,既述のようにチャートが優勢て?あり,ヂャこ卜そのものは一般に極めて堅硬 で,塊状または板状をなすが,その間に挾まれる.軟質椴(輝緑凝灰岩及び頁岩)は,一般に著 しくもまれて風化しており,土質化している箇所が少なくない,また,堅硬なチャートと軟質 岩の境界には,湧水あるいは彦透水が多く,被圧水がこのような土質を洗い流して空洞をつく ったり,また支保工を土圧で押す場合が少なからず観察された/  崖錐区間は,当初計画では480 m付近から南坑ロ(547 m)までを予想していたようであ るが,実際は435 m付近から始り,岩盤の石灰岩起伏部(崖錐被覆前のカーレンフェルド) をふくめ112 m 間となった.       〉  これは,特に試錐(43-B-No. 2 および45-B-No. 4)の=ごゴアーの鑑定が,風化輝緑凝灰岩 ・石灰岩地特有の紅土O誰錐および破砕帯などの識別困難の為に生じたものと推定される・  また,この南坑口付近をしめる崖錐地帯は,トンネル導坑の貫通した46年11月はじめ頃から 地表にクラックを生じ,地七りが予想されるに至っ弗.  新荒倉トンネル南坑口付近の地表には,階段状にみかん畑・が続き,またすぐ西側では石灰工 場が操業している.このトンネルはサイロットエ法.で北口より掘削を開始し,46年lo月末に貫 通した.地辻りの主な原因は,サイロット掘削ならびに地山の切取りによる為であって,まず 石灰工場の不等沈下(最大約23 cm)を生じ,.つづいて地辻りによるクラックを発生するに至 った.加えて両サイロットの支保工は,坑口から約10 m間,頂部が前面に傾斜し,辻りの兆 候を示すようになった.辻りの範囲は,’第3図に示すように最大巾約30mである.坑口付近 では,切土の埋戻し・土体積み・シートパイノレ打込今・丿ン‘,ク.リート擁壁打設などの対策が行

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         新荒倉トンネルおよび河之内トンネル・の地質.について(甲藤)        277 なわれ,47年2月中旬頃には,これらの地動は殆んどおさまった.  以上のようなトンネル地質の不良の為に,・南坑門の位置を6m延長,し,また岩質の良・不 良に応じて,それぞれの区間の支保工建込間隔と覆工厚などの変更を要することとなり,その 為に約1千万円増額の変更設計が必要となり,また地辻りによる補償(石灰工場復旧工事費・ 墓地復旧工事費)に,約170万円を要することとなった.

0     10“ l・__』 1 r崩壌 ペクラック

      第3図 新荒倉トンネル南坑口付近の崩壊とクラック

      m●河之内トンネル

 .1. 工事概要    1

 河之内トンネルは,国道11号線一ケ谷∼土谷間新線付替区間のほぽ中央部にあって,これま

での通称桜三里の峠道(桧皮峠)は道が狭いうえカーブも多くかつ勾配も急なので,川内町滝

ノ下から同町土屋までを・トンネルで結び,松山一小松間を自動車で約30分間短縮しようとする

ものである(第4図).

 トンネル名称 河之内畦道,位置 愛媛県温泉郡川内町一ケ谷∼同町土谷間

      (国道11号線)

  工事着工 昭和35年8月25日 竣工 昭和37年10月30日

  道路幅員フ.5m

  トンネル幅員 フ.5

m,高さ5.10

m, 長さ375:00 m

  トンネル内のコンクリート巻立の様式 逆巻工法

       呂 巻厚は,地質不良部は50

cm ’(計200m),その他30 cm

(計175

m),

         舗装はコンクリート厚23

cm

  工 事 費 76,410千円

         内訳 掘削30,690千円,巻立工18,720千円,舗装6,000千円,

      其の他21,000千円      ’

(6)

278 高知大学学術研究報告 第22巻ト自然科学  第18号  2.調査経過       ニレ‥‥ ‥  このトンネルが,中央構造線桜樹屈曲,に位置する/こ・とは予測書仰でいたか・エ事に役立9よ うな細部にわたる既刊の地質図は弩か,つた.パ 二 :< レ.‥‥ ‥  従ってバ,四国地方建設局松山工事事務所では・叩叫吽席亭岑叶画に基き,地質調査の為に        1   ●’J  I’1 t  ・       1 実施した横孔試掘50m(東ロ20 m, 西ロ30 m)………お.よび試錐’・50昨(No. 1)によって,地質 の検討に着手している.       プ      ヘ  すなわち,当初計画中心線では,トンネルの西口は和泉層群,東口は安山岩で,その間に中 央構造線につき当るものと予測していたようであるが,同破砕帯の位置確認の為に試錐N0. 2 (50m)が追加され,さらに弾性波探査(中心線方向.41本と,とれに斜交する方向6本計10本, 延3000 m)(11)が実施された.         ………      ‘       ●,    |   一一  試錐N0. 2 ゛では予測した破砕帯は現われず,ま・だ弾性波坪査7は,・非常に広範囲に不規則 な低速度帯が分布することとなり,かえって地下構造が把握できず,また結晶片岩や変質安山 岩などの境界も判定できない結果に終ったようで弗るこ  ・このような昏迷した時期に,たまたま愛媛県肱川上流の鹿野川ダム地点を調査していた筆者 は,高知県の永瀬ダム調査以来親交のあった山崎博氏・(当時の四国地方建設局長)の依頼によ って,本卜‘ンネルの路線決定の為の調査をお手伝いすることにyなった/  同地質調査の経過については,資料嫡29)にまとめられているがに中央構造線の破砕帯に貫入 したA変質安山岩中に,変更予定線の中心線を求ややことに・よって,河之内トンネルの工事も        7   1    1    ●      ●-     ●       s 1 ・ 順調に進められることとなったのである,・ ‥≒ヽ    丿・  その後の継続調査は,学兄の愛媛大学の永井浩三博士および宮久Ξ千年博士にひきついで頂 くことになった.特に宮久博士からは,本文の為に貴重な導坑地質展開図(第フヽ図)を提供頂       ●・  ・j. r. .j .       1 いた*. また永井博士は,調査に基いた桜樹屈曲の戌因にづいての新知見を,既に発表されて いる.      こ,・ダ‘ ●  3. 河之内トンネルならびに周辺地域の地質’  既述のように,本トンネルは,中央構造線桜樹屈曲の断層破砕帯に貫入した変質安山岩中に *本文には,紙面の都合で,導坑の東側壁のみを転載す乱

(7)

         新荒倉トンネルおよび河之内トジネルの地質について(甲藤)        279 位置している.  中央構造線活動の時期については諸説かあるが,中央構造線にそって繰り返し行なわれた著 しい地殻変動は,四国では次のようにまとめられている(34).  ①和泉層群と三波川系と相接するようにした運動‐上部白亜紀後∼中部始新世前  ②久万層群明神層を下盤とする北から南への逆断層‐中部始新世後∼上部中新世前 ・  ③辻村太郎の石鎚山断層崖の示す正断層一鮮新世末期ないし更新世初期  ④永井浩三の岡村断層(北側の洪積層の上に南側の和泉層群が衝上する)―更新世,中∼末   期      ミ  河之内トンネル近傍の中央構造線の好露出地としては,砥部(温泉郡砥部町)および湯谷口  (周桑郡丹原町)がある.前者は国指定の天然記念物であり,後者は丹原町指定の天然記念物 となっている.      \   ,・     ∠f  ..        ・I .・●  砥部では,中央構造線の走向・傾斜’はN70°E,30°Nで,その南側に久万層群名神層(始新 統)に属する凛岩があり,その北側には厚さ5m内外の著しい破砕帯七はじまる和泉層群  (白亜系)があうて,両者の接する部分に厚さ50 cm程度の変質安山岩がある.  また湯谷口では,南側の結品片岩と北側の和泉層群は走向N80°W ・ 傾斜43°Nで接し, 北側の和泉層群は,水平距離々35∼70m間が破砕帯となっている.こめ破砕帯と結晶片岩の

第6図 A変質安山岩中に発達する断裂のπ−ダイアグラム     (シュミットネット下半球投影).測定数:97個,     等密度線:8-7-5-4-3-2-1 %

(8)

高知大学学術研究報告 第22巻  自然科jL_璽坦隻 280 Zot。M09N M8Z 'MSEZ 涙切口S ○        ︲一栂e 渚煕2芯心り而画l

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(9)

281 新荒倉トンネルおよび河之内ドンネノレ'の地質について・・(甲藤) g r ・ i 亀 印・∽ ≒ SS泌SjgZ 呂 y ニ 寸 Z ︵ ︶ ﹂ 。 M 0 9 N S f ・ 哨 O 卜 F 哨 N S 9       M S 9 N   S O E     A \ 2 S i M のS。S]        061 心o∞’Sm’ ]o∞゛SaZ 2 F ・ 叫   a O i   ' A \ 9 I N N 0 8   ' A \ 3   =39* 'as^N Z09  '308Z︷のgj g 四

(10)

高知大学学術研究報告 第22巻〉 自然科学‘  第18号 282 C / り 品 ヨミ S08 SS8 'mSN aS8N'Ni8  'MS*Z R CM 罵 og ∃ l  のo`。M3 S08  'M3 罵 RI ○ 一 N 回       のo心。So口Z のo∞。SOQZ 91 § § 1 S ( ` Q

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(11)

         新荒倉トンネルおよび河之内トンネル‘の地質について(申藤)        283 接する部分に,・厚き約・5 m ’の変質安山岩がある.,  (  ‥ ‥‥  ∵白∇∧ ・  きて,河之内トンネル周辺地域(第5 El)では/中央構造線の走向・傾斜はN50°E.20°NW であって,東側には結晶片岩’(主として緑色片岩).西側には和泉層面(砂岩頁岩互層)が海 布し,同破砕帯中には,比較的厚い変質安山岩がある.この安山岩は,見掛上,いわゆる粗面 岩質安山岩と讃岐岩質安山岩に分けられぶのでj本文では前者をA変質安山岩,後者をB変質    f    ●      ■      ■      I   ●  ● I I●●  I 安山岩と仮称する.厚さは,いずれも40m内外である.        一  A変質安山岩は,結晶片岩と走向N50°E・傾斜20°NWの断層面で接しているく(容真一        ●     ・   ・17).      ●卜 犬. ÷/ . 吻  A変質安山岩とB変質安山岩は,前述の走向・傾斜とほぽ一致するような断層で接してお り,同断層破砕帯の厚さは1.5 mから30m内外まで変化し,その中には偽篠状の砂岩や角 篠状になったA変質安山岩か入っている(写真−6・9).  B変質安山岩と見掛上上位の和泉層群の関係は断層関係で,走向・傾斜は未詳であるが,同 破砕帯の厚さは3m内外と推定される(写真-12) .  本トンネルの貫通するA変質安山岩には,第7図導坑(2.5 m X 30 m)地質展開図(宮゛久, 1961) (C示されているように,節理及び小断層が多数観察されるが,統計的に処理した結果, 第6図断裂のπ−ダイアグラムに示すように,・断裂の最大集中(8.25%)方位は, EW.78°S で,東西性の走向をもちy南へ急斜する断裂が卓越している.∧         /  この断裂系は,野外の観察結果からみて,A変質安山岩に発達する柱状節理(写真−11)が 強く表現されているとみなされる.しかしながら,断層破砕帯を伴なう小断層と節理を区別し てπ−ダイアグラムを作成しても,それらはほぽ同一の断裂系パターンを示すことから判断ず ると,既存の柱状節理に沿って,弾性歪の蓄積に伴なって小断層が形成されていったとみられ る.  従って,野外観察と合わせて,詳細に小断層を解析すれば,中央構造線の運動を解明する一 助とな’ると思われる.  4. 土木地質学的考察       十    /       >  既述のように,河之内トンネルは,土木地質上問題のある中央構造線を縦走することになっ たか,これは同破砕帯中に貫入した安山岩の限られた岩層内に中心線を合せることによって, ルートの設定に成功した珍しい例となった.  トンネルの通るA変質安山岩は,新鮮,なものは堅硬であるが,・導坑展開図に示されているよ 西口

大背

土平

中脊

九型

頂設

中割

底設

導坑

回 隠居   ミ

自│  回訓   \._。

| 皿

§1  眉

自1  冒

││    ’ V・

束 □    距離0   100  。200   300 ・ 375" 第8図 コンクリート巻立実施図(白地は安山岩,斜線は破砕帯)        四国地方建設局松山工事事務所による   /

(12)

284 高知大学学術研究報告 第22巻  自然科学  第18号

うに,同安山岩中にゼノリス状にとりこまれている断層破砕帯の存在や,貫入後の変勁による

断裂系などによって複雑な様相を呈する部分が少なくない.このような黒色破砕帯は特に脆

く,水分を含むと泥化しがちである.ただし,本トンネルエ事にあたっては,湧水は一般に少

なかった.      .

 切拡掘削は,中割式掘削法によるが,中割・頂設と掘進するKつれて,導坑掘削時の破砕帯

部以外に大きいものが現われたので(第8図),全断面掘削後の不安定を考慮して,巻立の本

巻工法を逆巻工法に変更し,巻厚は地質状況に応じ,地質不良部は50

cm

.(計200m),同良

質部は30Cm(計175

m) ■として施工されている.

      IV● 結     語● 一一 ●

 河之内トンネルは,地質学的に問題の多い中央構造線を縦走する`長さ375

mのトンネルで

あるが,いわゆる地質屋と土木屋の緊密な協力のもとにトンネル掘削に成功した珍しい例とな

った.       ∧

 ただし,中央構造線の活動に関しては,既述のように,著\しい変動が知られており,さらに

近年のプレート・テクトニクス理論に関連して,現在も横ずれめ超勤が続いているという考え

方が一般にひろまうている.ただし,これに対する強い反論もある.

 筆者は,予察的な意味もあって,本年の9月2?1日に,本トンネル巻立部のクラックの状況を

観察したが,既に坑内および坑門に数本のヘアー・ク.ラックを認めた.ただし,これが中央構

造線の活動に関係するものかどうかは,現在なにも言えないが,今後とも注目を要する問題で

あると考えている.

 新荒倉トンネルについては,(旧)荒倉トンネノじの沓料が残されていたなら,エ事関係者にと

って必要以上の危惧や負担が避けられたであろうと痛感される.

 現在,本地点の東方2kmにも,同じような南北方向のトンかレが検討されているが',.本文

が何らかの参考になれば幸いである.仏像構造線北側の虚空蔵山層群の地質についでは,調査

を継続しているので,いずれ明らかにしたいと思っている9),

      文 献 及 び 資 料 I)j藤田和夫(1968):六甲変動,その発生前後―西南日本の交差構造と第四紀地殼運動,第四紀   研究, Vol. 7, No. l,p. 248∼260.       ” 2)藤田和夫・岸本兆方(1972):近畿のネオテクトニクスと地震活動,科学, Vol. 42,No. 8, p・   422∼430.       ..

3) K. Huzita, Y. Kishimoto and K. Shiono (1973):Ncotectonics and Seismicity in the   Kinki Area, Southwest Japan・Jour. Geosci., Osaka City Univ。Vol. 16, p. 93∼124. 4)堀越和衛(1964):四国西部(愛媛県)における中央構造線に沿う地帯に分布する火山岩類に   つい`て,愛媛大学紀要,第2部,Dシリーズ, Vol. 5, N0.1,p. 7∼16・ 5)甲藤次郎・須鎗和巳(1956):物部川盆地の再検討(四国秩父累帯の研究一VD),高知大学学術   研究報告,第5巻,第23号.         ・, ヽ・‥ 6)甲藤次郎(1957):物部川,永瀬ダム地点の地質(土木地質に関する資料一其のl),高知大学   学術研究報告,第6巻,第27号. 7)甲藤次郎(1963):愛媛県肱川,鹿野川ダム地点の地質と湛水池周辺地域の地すべりについて   (土木地質に関する資料一其の2),高知大学学術研究報告,第12巻,自然科学工,第4号. 帥助 1 0 ) 甲藤次郎(1969):高知県の地質(316頁),高知市民図轡館. 甲藤次郎・松本弘之・近藤修平(1971):虚空蔵山層群に関するある知見,日本地質学会関西 支部No. 71.西日本支部報N0. 54 合併号.・., 甲藤次郎(1961):四国外帯の片岩喋の意義,日本地質学会関西支部報No. 45,西日本支部報 No●30 合併号.       <`        i

(13)

H)宮本地下探査株式会社(││励7・・7):河之内畦道弾性波法地質調査報告書(附図10葉). 12)宮島圭司(1970):四国の道路トンネル工事と地質,応用地質Vol. 11,N0,2・ 13)松田時彦・,岡田篤正(1968):活断層.第四紀研究, Vol.フ, No. 4, p,188∼199・ 14)永井浩三(1954) :四国西部における中央構造線の活動についての考察,愛媛大学紀要,第2    部,Aシリーズ, Vol. 2, N0.1,p. 63∼73・ 15)永井浩三(1955):東予の中央構造線に沿う地帯の最近の地殼運動,愛媛大学紀要,第2部,    Aシリ・一ズ, Vol. 2, No. 2, p. 71∼85. 16)永井浩三(1958):四国西部の中央構造線,藤本治義教授還暦記念論文集,p. 282∼283. Iフ) Nagai, K. (1959) ;・Some Geomorphological Problems of the Ishizuchi Range, Shikoku.    Mem. Ehime Univ., Sec. 2, Vol. 3, No. 2,"p. 77∼89.

18)永井浩三(1962):愛媛の地質(125頁),松菊堂. 19)永井浩三(1970):四国西部大寄峠付近め中央構造線,愛媛大学紀要,自然科学,Dシリーズ。    Vol. 6, No. 3, p. 35∼41.       1 20)永井浩三(1971):四国西部の中央構造線についての新事実,地学部誌, Vol. 80, p. 1∼10・ 21)岡田篤正(1968):阿波池田付近の中央構造線の新期断層運動,第四紀研究, Vol. 7, p. 15∼   .26.      ’ 22).岡田篤正(1970):吉野川流域の中央構造線の断層変位地形と断層運動速度,地珪評, Vol. 43,    p●1∼21.      , 23)岡田篤正(1971):動いている中央構造線,科学,. Vol. 41,p, 666∼669・ 24)岡田篤正(1972):四国北西部における中央構造線の第四紀断層運動,愛知県立大文学部論集,    第23号,p. 68∼94・ 25)岡田篤正(1973):四国中央北縁部における中央構造線の第四紀断層迎動,地理評, 'Vol. 46,    p. 295∼322. 26).地質センター理研試唯工業株式会社(昭外・10・ 4∼12 ・ 18):河之内隨道計画地点ボーリン    グ地質柱状断面図. 27)四国地方建設局限山工事事務所(昭33・ 7):昭和32年度道路調査成果報告沓(国道H号線一    ケ谷∼土谷間実測調査,同河之内腿道重要構造物調査)(謄写) 28)四国地方建設局(昭31・ 10):河之内畦道地質調査について(その1)(胎写) 29)四国地方建設局(昭36・H):国道H号線河之内トンネルの地質と施工について(謄写) 30),杉村 新(1972):日本付近におけるプレートの境界,科学, Vol. 42, N0.4, p. 192∼202・ 31)須鎗和巳(1972):吉野川北岸の第四系とその運動,岩井淳一教授記念論文集,p. 309∼318・ 32)須鎗和巳・阿子島功(1973):四国島の中央構造線の新期の活動様式,中央構造線,東海大学    出版会. 33)須鎗和巳・阿子島功(1974):四国島の中央構造線の諸問幽,徳島大学教養部紀要(自然科学)    Vol. 7.      ’゛ 34)矢部長克・尾崎 m (1961):西南日本に於ける中央構造線中区の考察,国立科学陪物館(東    京)研究報告,第5巻,第3号. 35)吉川虎m (1963):西南日本外帯の地形と地震吐地殻変動,第四紀研究, Vol. 7, No. 4, p. 157    ∼170. ,       ㈲和18年9月29日受理) 285

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286 高知大学学術研究報告 第22巻  自然科学  第18号 - 』 辱 S r . . d ㎜ 写-1 工事中の新荒倉トンネル北坑口(高知側),    左側は旧荒倉トンネル 写-3 比較的よく成層した砂岩頁岩互層(北坑[│よ    り90m付近] 写-4 擾乱した輝緑凝灰岩(北坑口よ    り264m付近) − j - ● ・ 〃 = 写-2 新荒倉トンネル南坑口東側の崖雛

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写-5 河之内トンネル西坑口(松山副)を望む  S:結晶片岩,A:A変質安山岩,B:B変質安山岩 写-7 結晶片岩(S)とA変質安山岩(A)の断層関係 287 写-6 A変質安山岩(A)とB変質    安山岩(B)および和泉層群    の断層破砕帯(C) 写-8 B変質安山岩中に見られる断層破砕帯 写-9 和泉層群の断層破砕帯中に見られる角啼状のA変質安山   ’岩(当初計画中心線西坑口付近試掘坑内)

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288 高知大学学術研究報告 第22巻  自然科学  第18号 -¬:……‘゛L 写-10河之内トンネル東坑口(小松副)を    望む.露出している岩石はA変質安    山岩 写-12河之内トンネル東坑口より1,500 m    北方で見られる断層破砕帯(C,和    泉層群)とB変質安山岩(B) 写-11 A変質安山岩の柱状節理(写-10の    右側露頭で,現在は掘削除去されて    いる) 写-13河之内トンネル西側坑門中央部に   見られるへす・クラック(48.9.24) 写-14導坑掘削中の河之内トンネル(白っぽいのはA変質安山岩)

参照

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