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韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争についての一考察 一一消耗的論争を回避するための争点の“段階的"整理と分析一一

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︿ 講 演 〉

韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する

最近五年間の論争についての一考察

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消耗的論争を回避するための争点のグ段階的。整理と分析││ 6ト一一『奈良法学会雑誌』第12巻 2号 (1999年9月)

仁~*日 )

序 モ~A、 両冊 韓国では法学教育・法曹養成制度に関して以前からその改革に関する論議があったが、 一九九五年新たに成立した 金泳三政権が多分に革命的改革を試図したことを契機として、この五年間法曹界と法学界は史上類例がないほど加熱 した論争を繰り広げている。当時金泳三政権は国際競争力を強化して国民に対する法律サービスを極大化させること ができるような法曹養成制度を構築するという目的を立てて法学教育を米国式の戸問看

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8 ]

をモデルとして改編 しようとしたが、その改革構想は法曹界と法学界の合意を引出せず、修正を繰り返している途中で政権末期まで遅延 され結局坐礁してしまった。しかし後に続く金大中政権も原則的にその改革構想をそのまま継受して推進しているた

(2)

号一一 めに、論争はまた再燃したが 一九九九年一一月二六日大統領諮問機関の司法改革推進委員会が試案を公表して結論 に至るある程度の手順が捉えられてきたように思える。たぶん最近韓国の法曹界と法学界にこの問題ぐらい長い聞の ( 1 ) 論争を繰り広げた場合はないだろう。その間に韓国では数多くの発表会、公聴会、討論会が開催され、これに対する ( 2 ) ( 3 ) 多くの論文が発表されたし、外国の事例が紹介され研究された。しかしこの問題は学問的問題であるというよりは実 際的政策問題でもあるために、容易に結論が導出されなかったし、どの論拠も絶対的論拠とはならなかった。したが ( 4 ) って論者らはこの論争を。消耗的論争。といった。だから結局いかなる制度が危険負担を極小化しながら実験してみ ることができる制度なのかを探求するようになり、法曹界と法学界を網羅して関連者等の合意を前提とするようにな った。関連者等の合意には譲歩と妥協が必要なことなのであるが、 その譲歩と妥協にも基準になる論拠が必要である。 したがって論拠が提示される時ごとに、また論争は再燃した。このような絶えず反復する消耗的論争の悪循環の輪を 断ち切るために、筆者は表面的主張とその裏面に隠された利害関係を綜合的に考察し、このように整理された争点を グ順序に従い段階的に 8 分析すべきだと判断した。筆者はこの順序を韓国の現在の法学教育・法曹養成制度とその間 題点を土台に捜し出さなければならないと考え、 付法曹人数←口司法試験の機能と司法研修院の役割←同大学の法学 教育という順序を定めた。筆者は韓国全国の教授らが集う韓国法学教授会下の法学教育共同研究会の研究委員で活動 した経験を土台にこのような論争の争点を整理し、順序に従って段階的に分析し、将来最も望ましい法学教育・法曹 養成制度のモデルを提示しようとする。そして筆者は、最近五年間に韓国で進行した司法改革論争が新しい法を継受 する国家が新しい法と伝統社会との葛藤を調節する為の同化過程(﹀印印

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巴 。 ロ ∞ き 話 回 口 問 ) と 把 握 し た 。 言 い 換 え れば倫理を重視し紛争あるいは訴訟よりは妥協を重視する儒教的伝統をもった韓国社会が国際競争時代を迎えてグ官 僚司法時代。から汐大衆司法時代。に変貌することだと把握される。新しい法の継受は法典と法理論の継受、継受さ

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( 5 ) れた法と伝統社会との同化、最後に法運営体系とその組織の同化と見れば、韓国での最近五年間の加熱した司法改革 論議は法継受過程の最後の陣痛だと考えられる。この陣痛を賢明に克服する時はじめて韓国の法文化は、韓国伝統社 会に深く根をおろすことになると考えられる。 71一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 従って本論文は次の通り構成される。まず韓国の現行法学教育・法曹養成制度(以下

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)

とその問題点(以下血) を 把 握 し 、 一九九五年以後から現在まで推進された政府の改革案を順に紹介しながら、その時ごとに論議になった争 点を分析し(以下町)、最後に論争の裏面に隠された(仮想できる)利害関係を浮刻させ争点を整理し順序に従って 段階的に分析して最も望ましいモデルを提示し ( 以 下

V

)

、韓国の伝統的な儒教的文化背景を土台に向後の展望と残 った課題を考察して綜合的結論を導出しようとする(以下町)。

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韓国の現行法学教育・法曹養成制度

現在韓国の法学教育・法曹養成制度は付法科大学の教育と

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司法試験を通じて選抜された者を教育して法曹人に輩 出する司法研修院の教育に二元化されている。すなわち法科大学教育←司法試験←司法研修院教育←弁護士資格の取 一 九 七

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年司法試験令の改正を通じて司法試 得(判事・検事への任用または弁護士開業)という過程をたどるのに、 験受験者の学力制限が完全に撤廃されて法科大学教育を受けなくても司法試験の受験が可能になった。 A 法科大学の教育 韓国で最初に大学が設立され始めた一九四六年以後現在に至るまで法学を教える学部課程を設置した大学校 ( d E E

(4)

JN ゆ吋田広三は八六校であり 一九九入学年度に法科大学の法学科が六八大学校に六、 九 七 名 法 科 大 学

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の 五 法 一 学 名百部 て ) が 一二大学校に一、三七O名、法政系に所属する法学科が六大学校に七一O名が入学していて(総定員九、 法学を教える専任教授の数は七00│八OO名である。入学生らは四年の法学教育課程を経て卒業するが、卒業に必 要な学点は時代によって変遷してきた。 一九四六年から一九六O年までは一八O学点 一九六O年から一九七五年ま では二ハO学点以上一七O学点が要求されたが、教養教育を強化する汐米国式の実験大学。の制度(複数専功制度も 包含されること) が導入された一九七六年からは一四O学点に調整されて、卒業生が二│三個の学位を取得するよう にして。多専攻複合学問 4 の大学を指向するという趣旨になり、 一九九六年からは卒業に必要な学点がさらに一三O 学点にされ、卒業生が二

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コ一個の学士学位を取得できるようにするいわゆるグ学部制。が実施された。学部制によっ て三六学点を履修すると専攻学土学位を取得するので、法科大学に設講した科目中から三六学点のみを履修しても法 学士の学位を取得できるようになった。例えば法科大学に入学した学生が法学科目三六学点だけ履修し、其他の専攻 で三六学点を履修すると、法学士の学位と他の専攻の学住を取得して卒業できるようになった。過去に一九七五年ま で要求されていた卒業学占ど六O学点中からも、教養教育科目の強化ゆえに専攻科目は、 八O学点の履修(約二O│ 二 O個の専攻科目)に減らされてしまったのに 一九七六年│一九九五年の場合卒業学点が一四O学点、 一九九六年 からは一三O学点になって、 さらに法学専攻科目の個数や時間数が減るようになった上に、 一九九六年以後は法科大 学の法学部のほとんどすべて設講科目が選択科目になった。政府の教育政策とは違い法学界では政府の教育政策に法 曹養成制度と連繋するしかない法学教育の専門性・特殊性が全く考慮されないために、法学教育は危機を迎えている と考えるのが一般的見解である。しかし現行法学教育・法曹養成制度では全体卒業生の極少数だけが司法試験に合格 して法曹界に進出するので、法科大学は大学という枠組の中で学問としての法学の研究と教育を担当して大多数の卒

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業生を社会の各職域に輩出してきた。 B 司法試験 大韓帝国が一八九五年四月二五日歴史上最初の西欧式法律として制定した裁判所構成法と一八九五年五月一七日高 73一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 宗皇帝が頒布した勅令第四九号法官養成所規程によって最初の近代的法曹養成機関である法官養成所が設置されて一 九 一

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年日本帝国主義に合邦される前まで一八三名の卒業生を輩出し、 一 九

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五年には法律第五号光武弁護士法が施 行されて三名の弁護士を輩出した。 一九四五年日本帝国主義から解放された後、米軍政時代には判検事特別任用(一 九 四 五 年 、 一九四六年一五

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名)、済州道可法要員養成所試験(一九四六年一五

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名)、朝鮮弁護士試験(一九四七

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四九年三一回一一五一名)等いろいろな制度が混用されて 一九四八年大韓民国の政府が樹立できた後には簡易法院判 事補試験(一九四八年)、簡易検察庁検事補試験(一九四九年)に分れて実施された試験を統合するという趣旨で一 九四九年から一九六三年までは高等考試令(一九四九・四・二八)による高等考試が司法科と行政科に分れて実施さ れた。ただし例外的に韓国戦争という特殊な戦時状況で高等考試とは別途に判検事特別任用試験(一九五二年、 九 五六年一五

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名 ) が実施されもした。高等考試司法科の試験には受験資格の制限はないのに、 一九四九年から一九六 三年まで一六回実施された高等考試司法科は、第一回(一九四九年)から第一六回(一九六三年)までの累積総合格 者数は六六七名に平均合格率は一、 五%に過ぎなかった。第一回に六二五名が受験して一六名が合格して二、 五%の 合 格 率 を 、 一九六三年の一六回では 一九四名が受験して三六名が合格して 一%の合格率を記録した。その後 一九六三年国家公務員法が改正により高等考試司法科が独立して司法試験令(一九六三・五・九) が公布された。当 初には司法試験の受験資格を四年制大学の卒業者に制限したが、 一 九 七

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年五月の改正に司法試験受験の学歴制限は

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号一一 完全に廃止されて、大学での法学教育との連繋が完全に断絶された。司法試験も合格率は高等考試と同様で、 一 九 六 四五O名が受験して四一名が合格し ( 一 、 二 % の 合 格 率 ) 、 一九七O年第一一回の試験で二、 三 年 第 一 回 試 験 で 三 一 、 と 三 し 二 て ハ 定 名 着 が し 受 た?験 。)し て 名 カf l入 口 格 四%の合格率)したように共に合格率は常に二%以下を記録する難しい試験 高等考試・司法試験は一九七七年まで六O│八O名のみを選抜(合格率は二%以下)したが、 一九七八年には一O

名 一九七九│八O年に一二O│一四O名に漸次的の増員(合格率二・五%以下)をし、 一九八一年からは画期的 ( 合 格 率 二 % ) 。 その後一九九五年二月の司法改革論 に三OO名に増員して一九九五年まで三OO名が維持された ( 8 ) 議を契機に合格者数は、画期的に増員され始めた。当時司法改革論議で提起された批判の要旨は、法律サービスの需 要の増大ということに比べて、司法試験は選抜試験として選抜された少数の法曹人が法律市場を独占して法律サ

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ビ ス費用が過度に高いということだった。このような批判的世論を勘案して当時金泳三政府は、市場経済原理を通じて 法律サービスを強化するという側面で法曹人数を画期的に増大させることを確定した。これに伴い司法試験の合格者 数は一九九六年には五O二名 一九九七年に六O四名 一九九八年に七OO名 一九九九年に七O九名に増員された。 しかし受験者も増大して約二O、 0 0 0 │ 二 五 、 000名が受験して五OO│七OO名が合格することで合格率は相 変らず四%以下にとどまった。元来一九九五年には一九九九年に八OO名、二OOO年に一、000名にすることで ( 9 ) 一九九八年の新しい政府は一日一七OO名で凍結しており、二OOO年に八OO名に増員する計画を立 合 意 さ れ た が 、 てテンポを遅らせたが、また二OO一年からは一、 000名に増員する予定である。司法試験の合格率が相変らず四 %以下で競争が加熱するだけだけなく司法試験の試験科目が過度に多く、法科大学の教育が荒廃化して長期間の受験

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期間に国家的人力浪費を招来するという批判を勘案して、政府は一九九六年八月二二日司法試験令を改正して可法試 験自体の試験科目を縮小調整し、 司法試験一次試験の受験回数を四回に制限した。現在司法試験の一時試験と二次試 験の試験科目は次の通りである [ 司 法 試 験 の 試 験 科 目 ] 75一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 法 憲 二企 雪選択 空選択費科El量科(目

次試験 、次試験

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営 行 £-、政 、r3ノ・ C 司法研修院の教育 高等考試・司法試験の合格後には一定期間(二年) の実務教育が実施された後、判検事任用されるが、 一九六一年 までは司法官試補制度、 一九六二年から一九七

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年までは司法大学院制度を通じて実務教育が実施されて、 ( 凶 ) 一九九五年二月の司法改革論議を契機に司法研修 一 九 七 年からは大法院が司法研修院を設置して実務教育を担当してきた。 院が改編されて一九九七年から学期制、学点制等大学院システムを導入し、専門分野教育の強化し専門法曹人を養成 するということに主眼点をおくようになった。司法研修院生は四学期にわたり法律理論(一般法、専門法、外国法)、 法律実務(弁護士実務、民事裁判実務、刑事裁判実務、検察実務)、法曹倫理(社会奉仕も包含)を学ぶようになる

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が、履修学点は総六六学点中で法律実務が三四学点を占める。伝任教授陣は全部実務家で構成されるが、 の教授構成は院長を包含して判事(裁判官)が二八名、副院長を包含して検事が二二名である。 一 九 九 八 年

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韓国の現行法学教育・法曹養成制度の問題点

A 法科大学の教育の問題点 教育部の大学政策との葛藤 一九七六年二ハ

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学点から一四

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学点に縮小された当時、法科大学教授達は司法試験科目以外の基礎法学を教育す 一 六

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学点に還元することを文教部(現在の教育部に該当)に建 ( ロ ) 議したが受け入れられなかった。以後法学界ではずっと法学科目の増大を主張して五年制法科大学の案を提示した。 るためには法科大学は実験大学制度の例外として しかし政府の大学政策は一貫してこれとは反対の道を辿った。 特 に

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体制で国際競争力を強化するという目標の下で一九九五年以後大多数の大学を多専攻複合学問体制に改 編して二│三個の専攻を履修するようにして、少数の大学を大学院中心の研究大学に育成するという計画を立てた。 これに伴い一九九五年五月三一日大統領直属の教育改革委員会の大学改革方案が発表され、 一九九六年から

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部制 4 が実施されるようになった。これに伴い既存の学科が過度に細分化されすぎるという理由で廃止され、 いろいろな学 科を統合させた 9 学部 8 に編入された。法学科も法学部に改編されて入学生らは四年間法学科目中三六学点だけ取得 すれば法学士の学住を取得できるようになって、同時に其他の学位一│二個をさらに取得して卒業することが勧奨さ れている。したがってこの制度下では学部で専門教育を行うことができなくなるので、教育部は医学、法学、神学の

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専門大学院の導入が必須的だと主張した。すなわち教育改革委員会の一九九五年五月コ二日の発表を通じて提示され た教育部の方案は、大学課程は大学教育改革の趣旨によって多専攻複合晶子間体制に基本知識を中心として、法学専門 大学院では多様な専攻を履修した者を対象に専門的の法学教育を実施するということである。これによれば大学での 法学教育はいわゆるか教養法学。の教育として、企業等社会の各領域に進出させ、裁判官、検事、弁護士等の専門法 77一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年聞の論争 曹人のための教育は大学院で実施するということである。教育部は一九九五年八月八日のグ大学院の制度改善方案。 を発表してこれをもう一度確認し、高等教育法を改正して特定の分野の専門家を養成するために大学院だけを置く か大学院大学 4 という概念を導入した ( 同 法 第 三

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燦)。これに伴い いつでも教育部が認可をすれば法学専門大学 院の設置が可能になった。そして教育部は新しい大学政策でいわゆるグ大学院中心大学 4 という政策を立て、 い く つ かの先導的の大学を大学院中心大学で改編しているが、法学専門大学院もこのような大学院中心大学に配定し、相当 な財政的支援をするとした。しかし法科大学の改編は必然的に法曹養成制度と連繋する他ないので政府は司法改革の 次一元で教育部・大法院・法務部などの意見を綜合して決定するようにした。 以上で簡略に概観したように、大学の法学教育は、 ますます専門性が稀薄化されるという問題点を持つようになっ た。しかし韓国の現行制度下では大学での法学教育の問題点が法学教育・法曹養成制度の改革に関する論争の端緒を 提 供 し た り 、 その出発点にすることはできない。なぜなら法曹人は司法試験を通して選抜されて、この合格者を対象 にした司法研修院で二年間教育を受けた後法曹人になるためである。 法学教育と司法試験の連繋の欠如 上に見たように司法試験は法科大学の教育とは関係しないので、学生は司法試験の科目だけを集中的に受講し、基

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礎法学科目は軽視され、学問的講義よりは要点整理式の講義が選好されて、学生は法科大学の講義よりも司法試験の 準備のための私設学院に行って試験準備だけをする等、法科大学が試験準備のための考試学院に転落する現像がめだ つようになった。したがって法学教育が軽視され、司法試験万能主義とによって、司法試験の合格者が資質ある法曹 人でなく法技術者に過ぎないという批判を受けるようになった。 ( 日 ) 司法試験の選抜人員の増大と比例して、最近法学を専攻しない受験生の数が急増し、大学が考試学院化する現象が { U ) めだち優秀な人材が司法試験のみに長期間拘束される国家的人力浪費を招来しているという批判が提起されている。 その聞にこのような法学教育の荒廃化を防止するために法学教育と司法試験を連繋させ、第一次(客観式問題)、第 二次(主観式問題)、第三次(面接)にわたりなされる司法試験の試験科目あるいはその内容を改善しようという試 みがあったが、司法試験が法学教育と直接的に連繋されない限り、法学教育の荒廃化を粛すことを根本的に解決する ことは難しいということが一般的な評価である。言い換えれば選抜試験としての司法試験を止揚し一定点数以上を取 得すれば法曹人の資格を賦与する資格試験に転換させ、あるいは司法試験を廃止し法科大学を一定水準以上で卒業す る者(全体卒業生の約七O%)は法曹人の資格を賦与する方案も提示される。各大学等の水準差異を考慮して少数の 特定大学に

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-を設立して

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-の卒業生全員に弁護士資格を与える方案も論議される。結局法 科大学の教育の正常化は、 司法試験の問題点と直結する問題ということである。 要約するならば、結局司法試験の合格率が四%以下にとどまる限り、大学での法学教育は荒廃化するという現像を 避ることは出来ないと考えられる。しかしこれは大学その自体の問題であるというよりは、司法試験が持つ制度的問

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題である。現行の司法試験制度を維持する限り、受験生に司法試験準備よりも大学の法学教育を優先して受けよと強 要出来ないことだからである。筆者も司法試験委員であり、司法試験の問題を出題したが、試験問題の出題方式を通 して大学の法学教育と司法試験を連繋させるということには限界がある。結局法学教育の正常化は司法試験の合格率 を、せめて六

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にする必要がある。このような合格率にするためには司法試験の合格者数を増やしたり、反 79一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 対に受験資格を法科大学卒業者に限定して法科大学定員を減縮させるしかないが、韓国では後者の場合に米国式

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の げ 。 。 -の 形 態 が 論 議 に な っ て い る 。 B 司法試験の問題点 司法試験の主管部署及び試験科目 司法試験は行政自治部(旧総務処) が主管して実施し、現在司法試験委員は法科大学の教授がひきうけることが普 通である。しかし大法院側では、司法試験は法曹人を選抜する試験であるから大法院が主管しなければならないと主 張していて、同じ理由で法務部も司法試験を主管すると主張している。 一九八一年司法試験の合格者数の増員(一四

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名から三

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名への大量増員) が実施される前には司法研修院の卒業者はほとんど全部判検事及ぴ軍法務官に任用 されたので、国家公務員の任用試験のひとつと看倣されて行政自治部が担当したが、 一九八一年以後司法研修院の教 育を終えて直ちに弁護士で開業する者が多数を占めるようになり、このような主張は説得力を増していきつつある。 司法試験の試験科目を大幅拡充しなければならないという主張があったが、主管部署及び受験生の負担を加重させ、 予想と違い法学教育の正常化にも大きく寄与できないという理由で採択されなった。 一九九五年には小規模の科目調

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整があった。受験期間の長期化を防止するために、 (日山) 提起された。出題方式は単純な暗記式から綜合的の理解力をテストする問題に転換されるべきだという主張が提起さ 一年に一回で終わるように改善して二回実施しようという主張も れて、第二次論述型試験の場合、現在では、 ほとんどケ

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ス問題で出題される。第一次客観式試験の場合にもこのよ うな出題傾向によって教科書類に明示されない応用問題が出題されている。司法試験の科落制度によって平均得点が 合格者より高いが科落で不合格になったり、反対に平均得点は低いが科落科目がないので合格することは不合理だと ソウル高等法院は科落制度が司法試験の本質に違背し、国民の基本権としての職業選択の自由や公 ( げ ) 務担任権を侵害する制度とは違うと判断した。結論的に筆者の見解では司法試験の試験科目の数や内容を調整して大 う 主 張 に 対 し 、 学の法学教育を正常化させることはほとんど不可能であると判断される。問題は合格率である。 きわめて寡少である合格率 上にで見たとおりに司法試験の合格者数が増加するほど受験者数も増加して、法学専攻の新入生定員九、

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五一名 及びその累積人員以外にも其の他の専攻者の受験で一九九八年の場合一一

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、 七五五名が受験しており、 一九九九年の 場 合 二 三 、 ( 日 ) ヲ hv

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九名が受験した。司法試験を準備する総人員を推算すると七

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名に達すると報告されてい 一九九八年司法試験の合格者は七

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名 、 一九九九年七

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八名に受験者の合格率が概略四%も越えておらず、法 科大学の教育を荒廃化させているので、この際、司法試験を資格試験に転換しなければならないという主張が提起さ ( 川 口 ) ( 幼 ) れる。それから合格者の平均年令がだんだん高齢化(一九九八年の司法研修院の卒業生の平均年令は二九・六歳)す る 等 、 長期間司法試験のみに集中する受験生が増加する弊害をなくすために、 一九九六年八月コ二日以後、司法試験 の受験回数を四回に制限した。筆者の見解を要約するならば司法試験の合格率が現在のように維持される限り、 司 法 試験が大学の法学教育を荒廃化させる現象を防ぐ方法はないと考えられる。先に説明したとおり司法試験の合格率を

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高くする方法としては司法試験の合格者数を増やしたり受験資格を法科大学卒業者に限定させて法科大学定員を減縮 するしかない。しかし現在政府は司法試験の合格者数を増やしているので、この問題は適定な法曹人数と直結してい る 適正な法曹人数の推算 81-.韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 選抜試験の司法試験は、 必然的に法曹人数と連繋する。国際的に比較する時、韓国の法曹人数は過度に少なく(左 の表参照)、法曹界が国民の期待に対応する法律サービスを提供できないという批判をかなり前から受けていたが、 法曹界は恒常このような批判を無視したので、法曹界自ら改革するのが難しいという判断の下に政府が法曹界の同意 を 受 け ず 、 または法曹界に直接・間接的の影響力を行使して改革を推進する端緒を提供してきた。 ( 幻 ) [ 一 九 九 八 年 一 法 曹 人 数 の 国 際 比 較 ] フ ド フ ン イ 本 ス 、y 五 1¥ 五 四 四 1¥ 1¥ 1¥ 七 ム ノ 、 、 、 、 、 、 、

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1¥ ノ 、 その間裁判官、検事、弁護士の数の統計を見れば次の通りである

(14)

( 幻 ) [ 法 曹 人 数 の 変 動 ] 年 九 九 九 九 九 九 九 九 J¥ 七 、ノ 五 八 四 度 裁 、 、 四

~J 九 七 J¥ 四

J¥ 七 J¥ 五 官 検 、 七 四 0 九 五 九 四 九

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四 護 ノ 、 J¥ 四 J¥

まず裁判官数を考察すれば、韓国は急激な経済成長によって法的紛争も着実に増加して、最近裁判官一人が処理し なければならない事件数は、 ほとんどその限界を越えたと評価される。最近の統計を見れば、裁判業務に関与する裁 判官の数は一九九七年に一、二四三名、 一九九八年に一、二二二名であったのに反して、訴訟事件の総負担数(前年 度の未済件数十当該年度の接受件数)は一九九七年に五、九

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九 、 ( お ) で あ り 、 九九二件(本案事件一、二二二、 五一一件+本案 外 事 件 四 、 六 八 七 、 四八一件) 一 九 九 八 年 七 、 五六七、二七一件(本案事件て 五八三、二四五件十本案外 事 件 五 、 O 二六件)に増加して、裁判官一人当負担件数は一九九七年に四、 九 八 四 、 七五回・六件(本案事件九八三 -五 件 + 本 案 外 事 件 三 、 七七一・一件) か ら 一 九 九 八 年 に 六 、 一四七・三件(本案事件て二六八・一件+本案外事 件四、六八一・一件)に約二九%増加した。訴訟事件の処理件数は一九九七年に五、一二三

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、三八八件(本案事件九

、 一一三件+本案外事件四、三九七、二七五件)から一九九八年六、 七七四、六四五件(本案事件一、二五て

(15)

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九五件十本案外事件五、 五 五 九 、 五五九件)に増加して、裁判官一人当処理件数は一九九七年に四、二二八・三件 ( 本 案 事 件 七 五

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・七件十本案外事件三一、五四七・六件)から一九九八年に五、五

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三・四件(本案事件て二六八 ( M ) 五一六・コ一件)に約二八%増加した。裁判官一人が一年に六、 -一 件 + 本 案 外 事 件 四 、 一 四 七 件 、 一ヶ月平均五一二 件の事件を処理しなければならない等、裁判官一人当事件負担・処理率は類例のないほど高い比率を記録して適正な 83一一韓国での法学教育・ほ曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 裁判を不可能するほどの水準に至っているので、裁判官の増員が時急に要請されている実情である。 検事の場合にも事情は似ていて 一九八六年犯罪発生件数は八

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九、六六

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件から一九九六年一、 四 九 四 、 八四六 件に増大して 一九九七年に検察が処理する人員は 一 一

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、 四三六名で前年対比一

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名 が 増 大 し た 。 法院で処理された刑事事件の数は一九九七年の一七五 一六五件から一九九八年には二一六、二一九件に二三・四% も増加した。これに反して、検事の定員は一九八六年五八七名、 ( お ) 一一一四名に過ぎない。検事一人当月平均事件処理数は約三

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件が越えることと報告されている実情である。 一九九六年には

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名 、 一九九八年には 法律サービスの需要に比べて弁護士数が過度に少ないという点は、 かなり以前から指摘されてきたが、弁護士協会 では弁護士数の増大に対し常に反対してきたために、法曹職域の既得権を維持しようとしているという批判を受けた。 軍事反乱を通じ一九八

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年執権する第五共和国(全斗換政権)は、政権の正当性を確保するために国民の不満を解消 させるための対策を立てたが、 その中には法曹人数の増大も含まれた。すなわち第五共和国は国民の司法に対する不 満の要因になった法曹人口の寡少現象を解消させるために司法試験の合格者数を一九八一年から一四

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名から三

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名に多分に革命的に増加させた。これに対して弁護士協会では強い批判を提起したが、 一九九三年の金泳三政府は前

(16)

巻 述したとおり一九九五年から司法改革を推進して司法試験の合格者数を増員することで一九六一年四九一名、 年 O二二名のみであった弁護士数が一九九八年一二、 四六二名に増加した。 一九九五年当時金泳三政府が二

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一 九 八 ( 一 ) 伝 統 的 な 争 訟 需 要 企弁護人選任率民事六O%、刑事四O%に仮定する場合一O、

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名一民事七O%、刑事八O%に仮定する場合二二、

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名 。 ( 二 ) 新 規 法 律 需 要 企企業・金融機関・医療機関等経済・社会団体の需要・二、

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名 。 企行政府・立法部の需要二、

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名 A 公益法務官(法務部の計画)一五OO一、

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名 A 法学教育改編にともなう教授要員一二OO名 ( 三 ) 裁 判 官 ・ 検 事 の 需 要 企弁護士数の増加と比例して裁判官ワ検事総人員三、

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名 が 必 要 な の で 、 を 勘 案 し て 二 O O 五 年 ま で 一 、

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名 の 増 員 が 必 要 で あ る 。 企実務研修教員の兼職需要を考慮すれば一、二OO名の増員が必要である。 五年の将来需要を推定する法曹人の需要算定の内訳は以下のとおりである一 ( お ) ︹ 法 曹 人 の 需 要 算 定 の 内 訳 ] 一 九 九 四 年 の 、 一OO名の年間退職率三% 企合計一二OO五年には一七、

0

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名の法曹人が必要である。 企一九九四年法曹人数が五、六O七名であるから二OO五年まで 一、OOO名の法曹人が追加的に輩出されなければならない。 C 司法研修院教育の問題点

(17)

大法院に所属された司法研修院は法曹はひとつという理念下にいわゆる法曹三輪のあらゆる職域に該当する統一的 研修を志向していて (いわゆる法曹養成の一一冗化または統一法律家宙

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司法研修院生は公 の 指 向 ) 、 務員の身分を賦与され、あらゆる研修は国費で運営されている。司法研修院自らは成功的な教育機関であるという評 ( 幻 ) 価 を し て お り 、 85 韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 一九九七年から学期制・学点制等大学院システムを導入して専門性を提唱しているが、相変らず教育 ( お ) 科目が細分化ないし専門化していないし、教科課程が判検事の養成にだけ偏って弁護士実務教育が不足して、過度に ( 刊 日 ) 実務教育にだけ偏って法曹人としての素養と人格を酒養させる教育を疎かにしていると指摘されている。また司法試 験の選抜人員の増大によって大部分の司法研修院卒業生が弁護士になるのにもかかわらず、 司法研修院生に国家公務 員の身分を賦与し国費で研修をさせることは不当すると批判されている。現実的には現在の司法研修院の施設は一九 八一年に司法試験の合格者数が一二

OO

名に増加することとあわせて一九八二年に竣工された庁舎(建坪六、四八一坪) 一九九五年以後司法試験の合格者数が画期的に増加することに伴い現在の司法研修院はこれ以上 ( 却 ) 研修教育を実施するのは難しい状況にあると指摘されている。このような施設の制約だけでなく現制度上の構造的の を使用しているが 脆弱点に起因して、例えば専門領域の研修と関連して弁護士や現職の判検事だけでは、これ以上新しい専門化された 法領域を教授するのは難しく、招聴講師制の補完だけでは限界があるために司法研修院の教授能力に対する懐疑が提 起 さ れ て い る 。 筆者の見解としてはこのような批判は、漠然とした一般的批判に過ぎないと考えられる。より根本的な問題は、司 法研修院の機能の変化にある。司法研修院生が公務員の身分を賦与される点から分かるように、元来司法研修院は裁 判官・検事を養成する教育機関ないし研修機関の機能を持っており、司法研修院の卒業生は原則的にすべて裁判官・

(18)

検事に任用された。しかし一九八一年から司法試験の合格者数が三

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名に増加したために裁判官・検事に任用され ず弁護士として開業する者が増えるようになって 一九九六年以後合格者数が七

OO

名に達するようになり大多数の 卒業生は直接弁護士に進出するようになった。司法試験の受験資格に制限がなく法学を専攻しない合格者が増加して い て 、 また卒業生が直ちに弁護士として開業する現実から事実上司法研修院は、法曹養成教育を専担する教育機関の 機能を修行するようになったのである。大学に代わって司法研修院が、このような機能を一子に引き受けることが望 ましいか再検討されるべきことだ。

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政府改革案の変遷 A 最初の政府改革案(一九九五・二・二四)一 世 推 委 の 円 、 邸 宅

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-案 一九九五年一月二五日金泳三大統領は、国際的な無限競争時代に韓国が生き残るために政治・社会・経済のあらゆ る領域の国際競争力を強化する改革を推進するといういわゆる汐世界化構想 4 を公表したが、 その中で司法改革にも 言及された。世界化構想を推進するために大統領直属機構で設置されたグ世界化推進委員会(略称一世推委アが、 一九九五年二月二四日大統領に世界化推進計画を報告し、 その中で司法改革の一環としてか法律サービス及び法学教 育の世界化の推進計画。に言及した。世推委は法律サービスと法学教育の世界化のために法曹人数の拡大するという 目 標 を 立 て 、 その方法として司法試験制度と司法研修院制度を廃止して法学教育機関の卒業と法曹人資格を連繋させ る方向に法曹人養成体制を改編することを提示した。世推委の案は既存の司法試験を廃止しグ米国式の戸担当∞与。。} 制度。を導入して法曹人を養成し、法曹不修理ないし法曹腐敗の原因になった法曹制度と法曹慣行を改善するという ことがその骨子であった。法曹人の需要に合せて少数の戸担当

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。。-をおいてその入学定員を調節して法曹人を供

(19)

給することで、法曹養成教育を司法研修院に代って少数の戸釦当ωnyoo-に任せるということであった。この時、学 部では法学専攻を廃止し大学院に戸田君ωnFo♀を設置するので、結果的には概して米国の下担当ω のF C O ] と 同 一 の 制 度であった。全国の宮城別(高等法院の所在地)に定員二

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名の五個の戸川喜

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与。♀を新しく新設する方案と既存 の法科大学中で一二│四個を選定して戸担当

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♀の設立を許容する方案が秘密裏に内部的にのみ検討されていた。 87一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 これに対し当時改革の対象に転落したとの白噸感と疎外感ではじめには消極的だった大法院は、世推委の司法改革 案が国民世論の支持をうけると、危機感を感じて世推委と共同案を出す積極的な方向に旋回した。これに伴い一九九 瓦年三月一八日に大法院と世推委の共同法曹改革推進計画が公表されて、 一九九五年四月二五日に具体的な改革案 グ法律サービス及ぴ法学教育の世界化 4 が発表され、最も敏感な問題である司法研修院の改編、司法試験制度の改善、 法科大学の学制に関してはグ法曹学制委員会 6 で具体的な案を用意することに合意した。合意された事項は次の通り である ( 剖 ) [ 大 法 院 と 世 推 委 の 合 意 さ れ た 事 項 ( 一 九 九 五 ・ 四 ・ 二 五 ・ ) ・ 法 律 サ ー ビ ス 及 び 法 学 教 育 の 世 界 化 ] 論 2ム3ZA ( - ...名..."" の米式国 一) 一O 一九 法曹人 -)

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(20)

( 三 ﹀ 法 曹 制 度 及 び 慣 行 の 改 善 企腐敗の原因になる法曹制度及び慣行の改善 B 第二次政府改革案(一九九六・二・九)一一二年制の法学専門大学院案 世 推 委 の 円 、 向 者 ω n y o 。日制度導入案は数次の公聴会をたどりながら特に現職弁護士、判事、検事の強力な抵抗と法 学教授等の批判を受けるようになって 一九九五年一二月一日に大法院・世推委の共同委員会の法曹学制委員会は 戸田君 ω n F 。。-制度導入案の白紙化を宣言し、大法院と世推委は司法試験を存置させながら法学教育制度それ自体の みを分離して改編方案を論議することで A 旦百川した。合意の骨子は次の通りである一 [ 法 曹 学 制 委 員 会 の 合 意 ( 一 九 九 五 ・ 一 一 了 一 ・ ) ] ( 一 ) 法 曹 人 選 抜 人 員 の 拡 大 企 一 九 九 六 年 ( 五

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名 一 九 九 八 年 ( 七

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名 ) ( 二 ) 司 法 試 験 制 度 の 存 置 を 前 提 と し た 大 幅 改 編 企試験科目の縮小、租税・特許・通商等専門科目の補強 企暗記型問題より綜合的な思考と理解を要する問題を中心に出題する 企受験回数の制限 ( 三 ) 法 学 教 育 制 度 の 改 編 企基礎素養と基本法学教育の強化 企専門法学教育の拡充・法曹人資格者による実務教育の強化 企多様な背景を持った者に法学教育機会の提供

(21)

( 四 ) 司 法 研 修 制 度 の 改 編 企専門分野の法学教育・研修の拡充 企大学等教育機関との連繋の強化 企実務教育の内実化・多様化 89一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 既存の司法試験制度を存置しながら法学教育と司法研修を連繋させないまま各々改革するという一九九五年一二月 一日の大法院と世推委の合意によって世推委は、 その聞大学教育の全面的な改革を推進してきた教育改革委員会(略 称一教改委)に法学教育制度の改革案の作成を委任し、司法研修制度の改革は大法院が推進するようにした。これに 伴い世推委の委任を受けた教改委は一九九六年二月九日汐法学専門大学院。の設置を骨子とする法学教育改革方案を 発表し、大法院は一九九六年五月一五日に司法研修制度の改編案を発表した。 ( お ) [ 教 改 委 の 法 学 専 門 大 学 院 案 の 要 旨 ] 二 一 八

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(22)

名 三模擬法廷及び法学図書館等施設の完備 ( 鈎 ) [ 司 法 研 修 院 制 度 の 改 編 ] 企 学 期 制 ・ μ モ 良 一 制 の 実 施 企教科科目の改編二

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個の専功分野 企評価方式の転換一学点評価と非学点評価の並行 A 外部人士の教授への迎入の拡大 企 実 務 教 育 の 強 化 企司法研修院の運営委員会に法曹人と非法曹人の数を半半にする 教改委の法学専門大学院(案)は、米国式の戸川口司

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ロ F 0 0 ] 案とそれに対する大法院の反対との妥協の産物という ことが一般的見解である。すなわち教改委は、 世推委と大法院の現行司法試験と司法研修院をそのまま存置するとい う合意(一九九五・一一了こを前提に案を作ったが故の限界を持っていた。大法院は、 既に司法研修院を存置する ということを前提に司法研修院制度の改編案(一九九六・五・一五)を発表した。教育部がこの案を一九九六年五月 二八日全国法科大学の学長協議会に提示し、全国法学教授等の集いである韓国法学教授会は即時反対声明(一九九六 -六・一)を表明した一教育部の改革案は秘密裏に進行されて、 きわめて一部の教授・法曹人の意見が反影されただ けである。大陸法体系を土台にしたその聞の法学教育の成果を否定し罵倒していて、英米式に類似な制度の導入はむ しろ法学教育と法曹実務をより一層異質化させるようになることで、専門法科大学院と司法研修院の並存は重複的な 浪費に過ぎないし、 正体不明のグ教養法学 6 という概念は国際社会での競争力を弱化させるだけだけなく漸次既存の

(23)

法科大学が解体されて少数の法学専門大学院が法学教育を独占するようになって法治主義を後退させる結果を招来す ることということが声明書の要旨であった。代案として韓国法学教授会は、現行四年制法科大学を五年制または六年 ( お ) 制法科大学に改編して法学教育を改善することを提示した。政府は一九九七年から法学専門大学院制度を施行しよう としたが、法学界の強力な反対に当面して、 また大法院の公式的な立場とは違い法曹界でも大部分批判的意見が優勢 91一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 になったので、この案を保留するようになった。 C 第三次政府改革案(一九九六・七・一

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)

J 一年制の法学大学院 d 案 司法試験の存置への合意(一九九五・二一・一) から出発した教改委の法学専門大学院(案) が前述のような批判 を受けるようになって留保されたので、教育部が前面にたって一九九六年六月一二日教育部所属にグ法学教育委員会 6 を設置し、法学専門大学院案を継続的な推進方針を固めたが、法学教育委員会の一九九六年七月三日の第二次会議で 三年制の法学専門大学院は教育の浪費を招来するという内部的な批判を受けるようになったので、 一九九六年七月

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日の第三次会議で二年制の汐法学大学院。案を新しく提示した。この案は法学専門大学院案と同じだが、ただし三 ( 幻 ) 年制から二年制に教育期間が縮小されただけである。韓国法学教授会は一九九六年八月五日に法学専門大学院に対す ( お ) る声明書と同趣旨の反対声明を出して、いまでは大法院側も法院行政処の名義で一九九六年七月一八日に反対意見書 ( 鈎 ) ( 川 叫 ) を公表しており、大韓弁護士協会も一九九六年七月二七日に反対声明書を発表した。 D 第四次政府改革案(一九九九・五・一七

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一年制の法学大学院 6 案 金泳三政府の司法改革案は、法曹界と法学界の批判を受け、時聞が過ぎるにつれてその実施可否が不透明になって

(24)

いよいよ政権末期には完全に推進力を失ってうやむやになった。ただし司法試験の選抜人員は、大法院と世推 き て 委が合意したとおり大幅に増員された。 一九九八年二月の政権交替による新しい金大中政府でも教育改革を国政指標 の一つとして大統領諮問機構であるグ新しい教育共同体委員会 4 が設置されて、 一方司法改革を推進する汐司法改革 推進委員会 4 も設置された。新しい教育共同体委員会は、原則的に金泳三政府の法学教育改革案を承継する方針を立 てて 一九九八年一一月にグ学士後法学教育。の具体的の案を研究することをグ法学教育制度研究委員会(略称一法 教制委アに依頼した。 一九九九年五月一七日に法教制委は、再びコ一年科程の法学大学院案を提示し、大統領報告を 経て司法改革推進委員会に送付された。汐学士後法学教育の導入。という題目を持ったその案の基本骨格は、次の通 りである ( 引 ) [法学教育制度研究委員会のぷ子士後法学教育 H ( 一 九 九 九 ・ 五 ・ 一 七 ) ] 一・法学教育の基本軸を学士課程の法学教育から大学院課程の専門大学院法学教育に転換する。法学教育制度の改善の基本精神 は M 全大学の考試学院化 H に象徴される現在の法学教育問題を解決して高附加価値を創出する専門法律家の養成にある。 二 -P 学士後法学教育 H を担当する機関の名称はか法学大学院 w として、ぷ子土後法学教育 μ を履修した者には法務博士学位を 賦与する。これは学術学位の法学博士とは区別される専門学位である。 三 ・ H A 子 土 後 法 学 教 育 H に転換する大学では学士過程の法学教育は廃止する。 四存置される学士過程の法学教育は他専攻と連繋して特性化させることによって法曹人以外の社会各領域で法的に必要とす る職域(いわゆるか非法律職域乙の人材や法務士等の類似法曹人を養成し、法学大学院は司法試験合格者を輩出して法曹人 (いわゆるが法律職域乙を養成する。 五.法学大学院は所定の設立基準を充足させるかぎり既存の法科大学が設立され、いろいろな法科大学がこのコンソーシアムの 形態で共同に設立することができ(この場合は学部教育課程を廃止)、単設法学大学院の設立も可能である。 六.上の設立基準は学生数二

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名以下、専任教授対学生の比率が一一一二を越えるべきではなく、専任教授の最少人員は二五 名 以 上 で あ る 。

(25)

93一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 七.法学大学院の入学資格は学士取得者で、同じ学校の学部卒業者が六

O%

以上超過出来ないし、学部で法学を専攻しない者の 比率が最少三

O%

以 上 に す べ き で あ る 。 八・法学大学院の受業年限は六学期(三年)であり、履修学点は九六学点以上である。 九・教授要員養成のために法学大学院に博士課程及び専門学位課程と学術学位課程を連繋する複合博士学位課程をおく。 一

0 .

法学教育と法曹人選抜を連繋させるために司法試験の受験資格を学士課程で法学を専攻した者及び法学大学院卒業者(法 務博士)に制限する。法学大学院卒業者には司法試験の第一次試験を免除する。

-M 学士後法学教育 H の主管機関に教育部にが法学教育委員会 H を 設 置 す る 。 E 法学教育共同委員会の代案(一九九九・一

0

・ 一 三 ) 法教制委の案に対し批判的な大多数の法学教授達は 一九九九年六月に韓国法学教授会下に全国大学の一八名の教 授(研究委員)で構成された。法学教育改革共同委員会。を設置して代案を研究するようにした。筆者もこの委員会の 研究委員に代案作業に参与した。法学教育改革共同委員会は、まず法学教育の披行原因は教育部の画一的な大学政策 と司法試験制度にあると指摘しながら法教制委のか学士後法学教育 e 案を批判した。批判の要旨は次の通りである一 [ 法 学 教 育 改 革 共 同 委 員 会 の 批 判 ] 一.教育部が法科大学と医科大学を廃止し法学大学院と医学大学院を設置しようとしていることは過度な大学入試競争を解消さ せるためのものであるという背景を持っているが、これは高校生の法科大学入試競争を大学生の法学大学院入試競争に四年延期 させたことに過ぎず、結局はその職域の専門家数を増やして解決しなければならない問題である。 二.法律職域(法 μ 子夫学院担当)と非法律職域(学部担当)の二元的な法学教育は、世界的に類例がないだけでなく法律職域の 教育費が上乗して結局法律消費者にその費用が転嫁されやすくなり、教育期間の長期化(七年)によってむしろ法曹人の国際競 争 力 を 弱 化 さ せ る こ と が 憂 慮 さ れ る 。 三 . 米 国 式 の F 担 当 ω S o o -は、大学に法学科がないので法学大学院でなく職業訓錬機関を兼する専門大学に類似で、その学位 の ﹄ U ・ C C 江 田 U o n H O 円 ) は 法 務 博 士 で な く 学 士 に 該 当 す る m 律 士 H に 錬 訳 で き 、 ﹁ 同 者 ω ロ F 0 0 ︼が実務教育に重点をおき、事実

(26)

第 号一 上法に対する分析的な接近方法と手段を培養する教育に焦点が合わせてあって、西部開拓時代以来、法律家の需要が増加しよう として比較的に短い時間で養成するための米国に特異な制度であり、米国に比べて国民所得が低く、停年退任が早くて兵役義務 がある韓国には適合しない。 四韓国は大陸法を継受し、理論的な体系を重視する大陸法は先例を重視する英米法とは根本的な差異を持っていて、体系化さ れている大陸法を米国のように三年の課程を通して教育するということは誤っていることであり、国際通商専門家等を養成する た め に ﹁ 白 老

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-が適当であると主張されることもあるけれども、大陸法界ではまず圏内の各種裁判規範を習得した後に個 別専門領域の法規範を習得すべきだ。米国の﹁白戸、

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-修了者も、法律事務所に入っていき多年間の修練を積んだ後に専門 法律家として活動するようになることが普通である。したがって米国特有の制度の

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-はそのまま導入されようが変形 されたモデルが導入されようが韓国では法律家の量産を粛すことはあるが法学教育の政行を粛すものになるので適当ではない。 このように法学教授等の批判が強く提起されると、 司 法 改 革 推 進 委 員 会 も 一 九 九 九 年 九 月 に 法 学 教 育 共 同 委 員 会 に 法学教授等の統一的な意見を提出することを要請した。 ゆえに法学教育共同委員会は、 一九九九年一

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月 一 一 一 一 日 に 司 法改革推進委員会に代案を提出した。代案の要旨は次の通りである一 [法学教育改革共同委員会の代案] 一.試験を通じての法曹人選抜から教育を通じての法曹人養成に転換する。したがって司法試験を弁護士資格試験に転換する。 法科大学を卒業する者だけ一次試験を受験でき、受験回数は三四回に制限し、二次試験も同様に受験回数を三 i 四回に制限 し、最終受験年令も設定する。弁護士資格試験は究極的には定員を定めず、一定点数(平均七

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点)以上を取得した受験者はす べ て 合 格 さ せ る 。 二・大学で法学教育を受けた者はほどんどすべて国家試験に合格させる体制を原則として、必要であると推定される法曹人数に 合せて合格者数を調整するのではなく、法科大学の入学定員を減縮させるべきだ。現実を勘案する時、国家試験の合格者数(入 学定員)は年二

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名以上が望ましい。入学定員乃至合格者数は、大学と関連団体(弁護士会、経済団体)及び政府との協議 を経て決定する。 三弁護士の養成は法科大学が専担するものの弁護士資格試験は、大学と法務部が共同に主管し、合格者数の増大で現行司法研

(27)

95一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 修院は飽和状態になるにからこれを廃止し、大学と弁護士会が共同に一年間の研修を実施する。判検事の任用は既存の弁護士中 で選抜するものとし、選抜基準と任用方式はそれぞれの任用権者の大法院と大検察庁(または法務部)が定め、その実務研修も 担 当 す る 。 四.法科大学は、教育部の学部制政策から例外として五六年制として、一二年は予科、三 1 四年は本科として多様な専門領 域の科目を幅広く教授し、理論と実務の接木を容易にするようにするために実務法曹人を一定期間大学に招轄する招勝教授制と 法学教授の研究年の期間に法律実務を担当するようにする循環制度を導入し、卒業時に平均学点以上を取得していれば一次試験 の受験資格を賦与する ( A 案 ) o A 案の五│六年制が既存の教育制度と相容れず制度的に受容するのが困難すると判断される場 合には、既存の四年制法科大学を存置させながら二年制の法律大学院を設置する。法律大学院の定員は法科大学と同じにして、 入学資格は法学を専攻する学生に制限するものの、法律大学院の卒業生にだけ一次試験の受験資格を賦与する ( B 案 ) 。 F 司法改革推進委員会の司法改革試案(一九九九・一一・一二ハ) 新しい教育共同体委員会と同じく大統領諮問機構の司法改革推進委員会は、新しい教育共同体委員会が法教制委を 通じ提出したグ学士後法学教育 4 案と韓国法学教授会の法学教育改革共同委員会の代案を検討して一九九九年一一月 二六日に司法改革試案を発表した。試案は、同じ大統領諮問機関の新しい教育共同体委員会の案の急進的な改革を拒 否し、法学教育改革共同委員会の批判を一部受容しながら最小限の変化だけを受容していることが目につく。その試 案の要旨は次の通りである [司法改革推進委員会の司法改革試案(一九九九・一 ( 叫 ) 一 一 ム ハ ) ] 一司法試験はそのまま存置させることを前提として、司法試験一次試験の受験回数は現行のように制限するものの、司法試験 の合格者数は二

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名を維持させるが、長期的には定員制を廃止し一定点数を 取得する受験者を合格させる資格試験に転換する。司法試験の管理は、現行の行政自治部から法務部試験官理委員会に移管され

(28)

第12巻2号 一 一96 る。現在司法試験一次試験と二次試験を合せて総一三科目の試験科目を基本法中心に縮小する。司法試験の受験資格は、法科大 学の卒業生または法学科目の所定の学点を履修する者に限定される。 二司法研修院を廃止し独立した二年制の韓国司法大学院を新設し、韓国司法大学院生の身分を学生に転換して卒業生に碩士学 位を授与して、卒業後には一年間に法院・検察・弁護士の職域別研修を経る。長期的には五年以上の法曹経歴をもった法曹人中 で判検事を任用するいわゆるグ法曹一元化 H を 推 進 す る 。 現行制度と司法改革推進委員会の試案を比較すれば次の通りである一 ( 必 ) [現行制度と司法改革推進委員会の試案との比較]

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の 務 員 公 無制 科 験次試 限 の 目 法司 ( 四 回 研 修院 次 ノ、 科目 十 現 │ 七 次 科 行 目

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法 大学院 四 回 素 簡 化 ぶ位寸込皐・. る し、 lま 試 十 職 域 Au. 研 修 別 の 履 修 者 年 司法改革推進委員会の司法改革試案(一九九九・一一・二六)は現行制度と比較する時、根本的には大法院所属の 司法研修院を大学院に相応する独立した韓国司法大学院に変えて法院・検察・弁護士の職域別研修(一年間)を追加 したことの他には大きく変わったところがない。ただし司法試験の合格者数を増やして行きながら受験資格を制限し 将来定員をおかないで一定点数を越えれば合格させ P 完全な意味の資格試験 d に転換させるという長期計画を立てた

(29)

ことのみが注目される。しかし司法改革推進委員会の司法改革試案は、 その聞に論議された争点を完全に整理できて おらず、利害集団の妥協の産物と見られるので論争の火種は相変らず生きている。なぜなら筆者の見解ではグ司法試 験の資格試験化 4 と。司法研修院乃至司法大学院の制度。というその沿革は、将来望ましい発展方向の観点から見る とお互い交流しない制度であるためだ。この点に関して筆者は次の章(以下

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)

で 詳 細 に 論 ず る 。 97一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 争点の整理と分析

V

/ ¥ A 論拠に隠された裏面の利害関係 筆者自身が韓国法学教授会の法学教育改革共同研究会の一八人研究委員中の一人だったので、基本的には上で言及 した一九九九年一一月一三日の。法学教育共同委員会の代案。と基本方向は同じであるけれど、この代案は研究委員 等の共通の見解を集約して韓国の全体教授等の意見に提示しようという趣旨から作成したので、筆者の個人的な見解 と完全には一致しない。ここでは一九九九年一一月一三日の法学教育共同委員会の代案とは別途に筆者の独自的見解 を比較的詳細に提示する。前章で注意深くみたように一九九五年以来政府が推進しようとした法学教育・法曹養成制 度の改革は、論議を繰り返した末に現在では司法改革推進委員会の司法改革試案(一九九九・一一・二六)に至って いるが、これと関連した論議過程を見れば論者等の論拠には、論証の正当性に対する表面的な主張以外にもいろいろ ( 必 ) な集団の利害関係が潜在する背景を推察することができる。 か 消 耗 的 な 論 争 4 を終熔させるためにはこのようなグ隠 された裏面の利害関係 e の側面を浮刻させ綜合的に考察することが必須的だと考えられる。次の主張六個は、論争か ら推察することができる裏面の隠された利害関係を提示したもので、括弧内はこのような隠された裏面の利害関係を 貫徹するための表面的な論証の代表的な例を挙げた。

(30)

第12 2 98 [ 隠 さ れ た 裏 面 の 利 害 関 係 ( 括 弧 内 一 表 面 的 な 論 証 ) ︺

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れど、少なくとも利害当事者の出発点が所属集団によって違っていることは明らかである。以下では上の六種類の主 張を争点によって分析する。 B 争点の整理と分析 99一一韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争 結局韓国での法学教育・法曹養成制度の改革に関する最近五年間の論争には、上で見た概して六種類の表面的な主 張とその裏面に隠された利害関係が互いに絡みあうと見られる。これをもう一度争点別に次例に整理するならば主張 一と二は付法曹人数の増大、主張三と四は

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司法試験の機能と司法研修院の役割、主張五と六は同法科大学の教育に 関連した問題ということができる。筆者の見解では、この論議では付←口←同の順序が非常に重要だと考えられる。 なぜなら上で考察したように現在法科大学は、大多数の卒業生を法曹界に進出させることよりは社会の各職域にまん べんなく輩出させる役割を担当しながら法学の学問的な研究を扱当する二重の役割をしてきたし、実際の法曹養成教 育は、司法試験の合格者を対象にした司法研修院が受け持ってきたが、このような役割の分担が破棄され始めたこと は司法試験の合格者数の増大から始まるためだ。司法試験の合格者数の増大は、必然的に適定な法曹人数と直結され るのでまず法曹人数の増大を論議し、 その次に司法試験の合格者数を増やすべきか反対に受験資格を法科大学の卒業 者に限定させて法科大学定員を減縮させるべきかという論議をするべきである。後者の場合に韓国では八六個の大学 で 約 九 、

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名の法学専攻の新入生を選んでいるので、 どんな方案にも大学と定員の減縮が必要になる。しかし現 在韓国では一九八一年以来既に司法試験の合格者数を増やす方向であり、この方案は最近の政府試案でも確認された。 それならば司法試験及ぴその合格後の教育を担当する司法研修院の役割をまず論議した後に、大学での法学教育との その機能的分担を考慮しながら、大学の法学教育・法曹養成制度内での機能と役割を再検討すべきである。

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