45 氏 名
L
らAMAOZHUOMA(拉毛卓瑪)
も じ ょ ま 学 位 の 種 類 博士(文学) 学 位 記 番 号 甲第 136 号 学位授与の日付 2018 年9月 28 日 学位授与の要件 学位規程第3条第1項 学 位 論 文 題 目 ツォンカパの後期中観思想における二諦説の研究 論 文 審 査 委 員 (主査)大谷大学教授 福 田 洋 一 (副査)大谷大学准教授博士(文学)[大谷大学] 箕 浦 暁 雄 (副査)広島大学教授博士(文学)[広島大学] 根 本 裕 史 学位請求論文審査要旨 Ⅰ.論文内容の要旨 本論文は、チベット仏教最大の宗派ゲルク派の開祖ツォンカパ・ロサン タクパ(1357‒1419)の後期中観思想における世俗諦と勝義諦の二諦説の設 定の仕方を、関連する様々な概念と比較しながら特定していったものであ る。ツォンカパにとっては中観思想が、全仏教の根本的な立場をなしてお り、彼の中観関係文献は顕教の著作の中でも半分以上を占めている。その うち主要な著作は初期の『菩提道次第大論』(1401 年)の毘鉢舎那章、中期 の『了義未了義の区別・善説心髄』(1406 年)と同年に書かれた『中論 ・ 正理大海』(1406 年)、後期の『菩提道次第小論』(1413 年)の毘鉢舎那章と 亡くなる前年に書かれた『入中論 ・密意解明』(1418 年)である。本論文 が扱う後期中観思想とは、このうち、中期の『中論 ・正理大海』以降の 三文献に見られる中観思想を指す。 ツォンカパ中観思想の二諦説には、前期と後期で構造上の変化が見られ る(以下、福田洋一『ツォンカパ中観思想の研究』大東出版社 2018 年参照)。前期の二諦説は、「中観派の不共の勝法」という縁起と無自性の同一基体性、 あるいは無矛盾性の思想へと還元される。後期の二諦説は、凡夫、聖者、 仏陀という三種の認識主体の相違によって、その対象として設定され、他 の様々な概念と関連する枠組みの中に位置付けられる。福田(2018)は、 この後期の二諦説について概要を指摘するのみで、その詳細な解明は今後 の研究に委ねられていた。著者は、この欠を補うことを目標として本論文 を執筆した。 本論文は以下の四章および序論と結論からなる。なお附論として「ツォ ンカパの年代考」および翻訳研究として『中論 :正理大海』『菩提道次第 小論』『入中論釈:密意解明』の二諦説の箇所のチベット語校訂テキスト と訳 が附属する。 第1章 ツォンカパの後期中観思想における「世俗諦」についての分 析 第2章 ツォンカパの後期中観思想における「戯論」の位置付け 第3章 ツォンカパの中観思想における勝義諦と滅諦と涅槃について 第4章 ツォンカパの後期中観思想における「離戯論」と仏智につい て 序論においては、まずツォンカパの生涯と著作全体の中で、本論文が扱 う時期と著作が位置付けられる。次に二諦説についての従来の研究が簡単 にまとめられ、その問題点が指摘される。さらに後期の『正理大海』『菩提 道次第小論』『密意解明』において、二諦説が記述されている箇所の科文が 示される。最後に本論文の研究方法として、インドの典籍やツォンカパ以 前・以後のチベット人の著作と比較するのではなく、ツォンカパ自身のテ クストを精読し、その用例のみに基づいて考察を進めることの妥当性が論 じられる。 第1章では、世俗諦についてのツォンカパの主張が取り上げられる。ツ ォンカパは、世俗諦について、その名称の語義解釈と、世俗諦自体が何で あるかの定義とを区別して理解すべきことを強調している。名称としては、
(学位論文審査要旨) 47 「世俗諦」は「世俗」と「諦」に分解され、それぞれの意味が解釈され、そ れと同時にその諦を否定する「唯世俗」という概念が新設される。しかし、 二諦の定義においては、「唯世俗」の定義は述べられず、世俗諦と勝義諦 とは、凡夫の知と聖者の三昧智のそれぞれによって認識される対象であり、 全ての存在がその二つのあり方を有していると説かれる。このように名称 の問題と定義の問題を峻別するのは、従来のチベット人の誤った中観理解 を正すためであることが示唆されるが、その具体的な研究は今後の課題と される。 第2章では、世俗諦あるいは言説有と関連して「戯論(けろん)」の概念 が検討される。この語は従来、言語的多様性を意味する様々な現代語に訳 されてきた。しかし、中観思想にとって重要なこの概念について文献に厳 密に基づいた研究はほとんど行われてこなかった。著者はツォンカパの後 期中観文献の諸用例を検討し、①真実であると思い込まれているが、実際 には存在しない虚偽なるもの、あるいはそれを真実と執着する無明と、② 存在するものとしては否定されないが真実には存在しない言説有あるいは 諸法として現れているものという二つの意味で用いられることを示した。 真実執着は凡夫の持つ無明を指し、修行によって退けられるべき否定対象 である。一方、その無明を断じた聖者にも、無明の習気が残っているため、 そこから幻のような諸法が現れる。それら諸法は幻の如くに真実なるもの ではないが、存在することは否定されない。ツォンカパの中観思想の体系 の中では、従来研究者の主観的な印象で理解されてきたと思われる戯論が、 用例毎に明確な位置付けを与えられ規定されることが示されている。 第3章と第4章では、勝義諦と関連の深い諸概念が比較考察される。ま ず第3章では、仏教における最終的な境地を指すと思われてきた滅諦およ び涅槃が、勝義諦とどのような関係にあるかが考察される。最初にツォン カパが勝義諦をどのように規定しているかが検討され、勝義諦の概念の理 解が提示される。次に初期仏教からの基本教説の一つ、四聖諦(苦諦、集諦、 滅諦、道諦)のうち、滅諦のみが勝義諦であるという主張についてのツォン
カパの解釈が検討される。滅諦は否定対象(=集諦)を修行(=道諦)によ って退けることによって実現されるが、このときの否定対象である無明は 「存在するもの」である。これを滅することで実現される滅諦が勝義諦で あるとすれば、その勝義諦は存在する否定対象を否定することによって得 られるものである。一方、無明によって虚構された自性を否定することに よって得られる無自性も勝義諦と言われるが、このときの否定対象は存在 しない虚偽なるものである。このように滅諦にも勝義諦にも否定対象が、 存在するものである場合と存在しないものである場合とがあり、そして存 在するもの(すなわち無明とその習気)の否定こそが仏教徒の目指すべき最 終的な境地である。 仏教徒の目指す境地である「涅槃」についても、また諸法を真実に存在 すると捉える真実執着(無明)が断じられたときに得られる空性を指す自 性清浄涅槃と、その後も残っている無明の習気が断じられ、一切の現れが 消滅した最終的な涅槃(客塵清浄涅槃)という二つの場合があること、そし てこのいずれも勝義諦であることが明らかにされる。 第4章では、第2章で検討された「戯論」を離れた境地である「離戯論」 の二重性と仏智の関係について論じられる。離戯論は、戯論寂滅とも言わ れ、勝義諦と同列に置かれる概念である。戯論に真実執着あるいは真実成 立の戯論と、言説有あるいは諸法の現れとしての戯論があったのに対応し て、離戯論も存在しない自性を否定した無自性としての離戯論と、一切の 現れが消滅した最終的な離戯論とがある。特にツォンカパの文献での用例 としては後者を指すことが多く、これが最終的な涅槃を指すことになるの は、第3章で検討された通りである。 本論文で検討された概念は多岐に及ぶが、全てツォンカパの二諦説と関 連のある根本的な構造の中に位置付けられることが本論文によって示され ている。
(学位論文審査要旨) 49 Ⅱ.論文審査結果の要旨 ツォンカパの中観思想は、上記福田(2018)の研究において、その存在 論的な構造とツォンカパ自身の思想的展開過程とが詳細に検討された。本 論文は、その成果を踏まえ、さらにそこでの考察が不十分であった後期中 観思想の二諦説について、ツォンカパ自身の文献に密着し、深く切り込ん で論じた本格的な研究論文である。とりわけ、無自性や空性、勝義諦、涅 槃など、最高の価値を表現する同義語と思われていた概念に、二段階の意 味があるとの指摘は、福田(2018)の研究成果を一歩越えるものとして極 めて大きな意味がある。様々な概念を、対象とする文献における、ほぼ全 ての用例を検討して位置付けていったことも、研究方法としてさらに徹底 したものである。ツォンカパの中観思想の研究として現在の学界の水準を 超える画期的な成果であると言える。 試問において、まず、ツォンカパの独自性を明らかにするには、ツォン カパが依拠するチャンドラキールティやブッダパーリタなどの主張内容と の相違を検討することが必要だったのではないかとの疑義があった。この 疑義に対して、著者は、ツォンカパの主張を、その素材となっているチャ ンドラキールティやブッダパーリタの主張と比較することの重要性は十分 に認めているが、そのためには文献の中の個々の箇所の比較ではなく、ま ずはツォンカパ自身の主張を統一的に正確に理解した上で、そこで明らか になったツォンカパの思想がどの程度それ以前の論師の理解に基づいてい るのか、あるいは何を批判しているのかを明らかにする必要があるという、 本論文の研究方法を説明した。 また、本論文で検討している伝統的な概念については、これまでにも特 にインド仏教研究において様々な研究が積み重ねられてきたが、著者はそ れらに言及するときに、ともすると誤解を与えかねない簡単な表現で済ま してしまう場合があることが指摘された。たとえば、戯論について「これ まで研究されてこなかった」という表現について、「この分野のこの思想 の研究においては」というような丁寧な限定を付け加えるよう提案がなさ
れた。 その他、世俗諦の定義や語義、戯論についての独特の見解、仏教用語の 訳語の問題、勝義諦や法性、空性などに二つのレベルを区別すべきことな ど、個々の論点、あるいは審査委員が重要と考えた点について、著者の意 図の確認が行われ、全て審査委員の納得するような説明を受けることがで きた。 最後に主査から論文の書き方についての注意があった。明確に論旨が りづらい箇所があること、重要ではあっても、その箇所の議論には必要の ない内容が付加されていること、最初の課題で示されていない内容が結論 に含まれている箇所があることなど、今後の研究活動で注意しながら論文 を書くべきであるとの指摘があった。 論文の書き方についての注意はあったものの、審査委員による試問にお いては、本論文が、研究テーマも研究内容も現在のこの分野での最高水準 にあり、学界に大きな貢献をなすものとの評価が与えられた。 審査に必要とされる最終試験については、審査委員全員により 2018 年 7月 27 日 に 試 問 を 行 っ た。そ の 結 果、審 査 委 員 一 同 一 致 し て、 LAMAOZHUOMA に大谷大学博士(文学)の学位を授与することが適当と 判断した。
51 氏 名
森
もり山
やま結
ゆう希
き 学 位 の 種 類 博士(文学) 学 位 記 番 号 甲第 137 号 学位授与の日付 2019 年3月 15 日 学位授与の要件 学位規程第3条第1項 学 位 論 文 題 目 漢訳大乗『涅槃経』の比較研究 —「秘密蔵」の概念を中心として— 論 文 審 査 委 員 (主査)大谷大学教授 博士(文学)[大谷大学] 織 田 顕 祐 (副査)大谷大学教授Ph.D.[ハーバード大学] ローズ ロバート F. (副査)大谷大学准教授博士(文学)[大谷大学] 釆 睪 晃 (副査)国際仏教学大学院大学教授 藤 井 教 公 学位請求論文審査要旨 Ⅰ.論文内容の要旨 当該論文は、代表的な中期大乗経典である『大般涅槃経』の成立につい て、漢訳の六巻『泥 経』(法顕訳)と四十巻『大般涅槃経』(曇無讖訳、以 下大本と称する)の冒頭十巻とを比較して、後者は前者の単なる異訳ではな いということを丹念に論証したものである。両者はほぼ同じような時代に 中国の全く異なる地域で漢訳され、六巻『泥 経』は、サンスクリット原 典からの翻訳と考えられるチベット語訳とよく対応し、二つの漢訳の経文 も一見するとよく対応すると見られるので、従来から大本の前半十巻は六 巻『泥 経』の単なる異訳であると考えられてきた。著者はこの点に疑問 を感じ、六巻『泥 経』には説かれていない「秘密蔵」という概念に注目 し、それが経典の後半で思想的に大きく展開する契機になっているのであり、単なる異訳経典ではないということを綿密に論証したものである。 本論文はこのような関心に基づき、以下の構成によって論点を整理して いる。 序論 1、はじめに 2、『涅槃経』の諸翻訳 3、先行研究と本研究の方向性と方法 4、問題の所在 5、論文の方向性と構成 本論 第1章、曇無讖訳に現れる「秘密蔵」 第1節、大本における「秘密蔵」の存在 第2節、如来常住 第3節、伊字三点 小結 第2章、「秘密蔵」の影響 第1節、大本四相品後半の「秘密蔵」 第2節、「波斯匿王」 第3節、「摩訶波闍波提憍曇弥」 小結 第3章、「秘密蔵」と「仏性・如来性」 第1節、大本における「秘密蔵」の用例 第2節、大本「秘密蔵」に対応する六巻本「如来性」 第3節、「仏性・如来性」の用例に関する仮説の提示 小結 第4章、法顕訳との思想的相異 第1節、「秘密蔵」や「伊字三点」のない『涅槃経』
(学位論文審査要旨) 53 第2節、「秘密蔵」による増広の無い場合 第4節、如来性の使用のされ方 小結 結論 参考文献 序論では、当該論文に関係する諸経典の解題を整理し、先行研究を網羅 的に紹介している。その際、先行研究を単に提示するのではなく、各先行 研究の問題関心の中心に触れて、これまでの『涅槃経』研究史を振り返り 問題点を指摘するようなものとなっている。その上で、本論文の問題関心 が独自なものであることを示している。 第1章は、大本に現れる「秘密蔵」の内容の検討である。先行研究を手 掛かりに、六巻『泥 経』に無い所説を整理した上で、「秘密蔵」の初出箇 所に言及する。六巻本に無い所説とは、①釈尊の入滅の宣言、②二種施食、 ③如来常住(純陀と文殊師利の論争)、④偏教文殊(秘密蔵)、⑤伊字三点(哀 品のもの)、⑥常楽我浄である。およそ哀 品までの範囲で、大本の「秘 密蔵」に関する三つの増広を確認している。このうち、著者が「偏教文殊」 と称する段落から「如来常住」思想を「秘密蔵」の名称で呼び始めると指 摘している点が重要である。 その上で、これら大本の増広はすべて「秘密蔵」と関わっていると指摘 している。大本の「秘密蔵」は、「如来常住」や「解脱・如来身(四相品で は涅槃)・摩訶般若(伊字三点)」の思想を内包するものであり、秘密蔵の 「蔵」は「法蔵」という意味であるとする。 第2章は、「秘密蔵」の導入によって、経説がどのように深化している のかという点を検討している。「秘密蔵」導入の直接的な影響として、大 本巻第五の四相品の後半の増広を指摘し、「秘密蔵」の「蔵」は如来による 秘匿ではないことを論証するためであり、他経典からの引用増広として、 「波斯匿王」と「摩訶波闍波提憍曇弥」の挿話を取り上げている。「波斯匿
王」の増広は、本来「無常」を示すものを「無常と常の関係」を中心に改 めているのであり、「摩訶波闍波提憍曇弥」の挿話は、本来「三帰依」を説 くものであるが、「伊字三点」を踏襲して「一義」に包括することに所説の 中心があるとしている。 第3章は、大本の「秘密蔵」という概念と「仏性・如来性」の関係につ いて論及している。 大本における「秘密蔵」は、『涅槃経』前半部の様々な思想を内包する用 語である。こうした点を六巻本との比較によって明らかにした。その上で、 大本は「秘密蔵」という概念を導入することによって、六巻本に比べ「仏 性・如来性」などの重要な思想を明確に表現することができるようになっ たと指摘している。この検討によって、大本前半十巻は六巻本の単なる同 本異訳ではなく、経典のテーマを格段に進化させていると指摘する。さら に大本には「如来常住」開示以前に、「仏性」の語句を使用する箇所があり、 この点から見れば、大本は『涅槃経』の思想がある程度深まった時期に成 立した可能性や、翻訳の際に訳者が意図的に編集した可能性があることも 指摘している。 第4章は、大本によって増広された諸思想を欠く六巻『泥 経』は、本 来どのような経典なのかという問題を確認している。六巻本は「如来常 住」から派生する思想的展開に乏しく、また第三章で確認した、「仏性・ 如来性」を衆生と如来に関連するものによって使い分ける姿勢が無い。こ うした点から、六巻本は「如来常住」から「悉有仏性」への展開を一応認 めることができるが、中心はあくまでも「如来常住」思想を説く経典であ ると考えられるとする。 以上によって、大本は「秘密蔵」という概念を導入することによって飛 躍的に進化したのであり、六巻『泥 経』の単なる異訳経典ではないとい う点を明確にしている。
(学位論文審査要旨) 55 Ⅱ.論文審査結果の要旨 まず全体的な視点から評価できる点は以下の通りである。大本『涅槃 経』の「秘密蔵」に注目して経典間の思想深化を考察するといった研究は 前例がなく、着眼点が非常に良い。大本『涅槃経』は、「如来常住」「衆生 仏性」などを説く重要な大乗経典であるが、四十巻と分量が多いことや所 説が非常に難解で複雑な構成を持っているなどの理由によって、特定の教 理・思想に注目する研究は多いが、経典自体を総体的に解明しようとする 研究はこれまでも稀であった。こうした状況の中で本論文は後に述べるよ うな問題点を持ってはいるが、一定の成果を獲得しているものとして評価 することができる。その一例として、六巻本と大本との比較を通じて、後 者の思想内容上の増広展開の合理的道筋を示し得たことは大きな成果であ る。また、その具体的方法として、ある特定の概念に注目して経典の深化 を探求するという経典研究の方向性は非常に興味深いものであるとの意見 もあった。この点は他の経典研究にも応用できる可能性を持っており、一 つの具体例を示す論文であると言える。また本文中に図表(7頁、75 頁)な どを作成提示して問題点を視覚的に理解しやすいよう工夫している点も評 価できると指摘された。さらに漢文経典の文意を極めて丁寧に考察しよう としている姿勢も評価できる。 次に全体的な問題点として以下のような指摘が為された。まず、日本語 表記の不適切な箇所、不十分な箇所が少なからず存在すること。特に文末 が断定的でなく、文意が判然としない箇所が存在すること。また引用漢文 の訓読が基本通りでない箇所が存在することも指摘された。この点につい ては訓読のみでなく漢文原典を併記すべきであるとの指摘も為された。ま た論文の構成に不整合な点があること。例えば序論における「論文の方向 性と構成」が最後にあるが、これは最初に提示すべきであろう。こうした 点が本論文の全体的な問題点である。 次に各章ごとに出された意見を具体的に記す。 第1章では、六巻本と大本に共通する「如来常住」の思想が、「二種施
食」と「偏教文殊」という六巻本には存在しない所説を挟むことによって、 六巻本の「如来常住」思想が「秘密蔵」と提示されるという記述(26‒27 頁)は、両者の違いを極めて明確に論理的に証明するものであり本論文の 軸となるものであって重要な指摘であると評された。また、二種施食をき っかけに提示される「伊字三点」の思想が四相品以降には登場せず、この 点は「伊字三点」の内容がそれ以後の文脈を提示しているのではないかと 思われるとの指摘は(30 頁)、『涅槃経』全体の思想を知る上で重要である との意見が出された。問題点としては、小結最後の「秘密蔵は法蔵という 意味である」とする「法蔵」という概念については論文中全く触れられて おらず、説明が必要であるとの指摘があった。 第2章では、唐突に四相品後半に言及しているが、大本における四相品 の位置づけや、四相品自体が前半・後半に分けて考えることができること などには全く触れていないので、説明不足であるとの指摘があった。また、 「秘密蔵」の「秘密」と「蔵」の意味内容に言及する箇所(44‒46 頁)の文 意が読み取りにくいとの指摘もあった。 第3章では、両経典を非常に丁寧に読み込み、課題を整理している点が 評価できる。「漢訳『涅槃経』—仏性・如来性、品毎頻出表」(75 頁)によ って問題を視覚的に把握することができることは評価できる。その上でこ の結果を根拠に、六巻本と大本では如来性から仏性へと用語が選択されて いるのではないかと指摘している。この指摘については、全体的に一定の 傾向が確認できることは事実であるが、これは漢訳経典中での結論であり 原典の事情は不明である。したがってこの点のみで結論づけることが可能 だろうかとの疑義も出された。 第4章では、大本を一通り言及した後、 って六巻本の特徴に及ぶとい う本論文の構成の分かりにくさが再度指摘された。思想史的な観点から見 れば、こうした内容の章はもっと前にあるべきで、本論文の構成について の難点がここでも指摘された。また著者が結論で用いる「衆生視点と如来 視点」(104 頁)という見方は、おそらく『涅槃経』の中心思想である「如
(学位論文審査要旨) 57 来常住」と「衆生仏性」に言及しようとしたものと考えられるが、この点 は非常に重要な思想的課題であり、もう少し丁寧な論述が必要であろう。 以上のように、本論文はいくつかの問題点や不十分な点を含んではいる が、大部かつ難解な大乗『涅槃経』に正面から取り組み、緻密な論証によ って一定の評価ができる結論を獲得している。もともと『涅槃経』それ自 身を対象とする研究が稀有な現状にあって、本論文は看過することのでき ない内容を持つ著者独自の研究成果であると言いうる。こうした点から、 本論文は課程博士論文として充分に評価できるものである。 審査に必要とされる最終試験については、審査委員全員により、2019 年 1月7日に試問を行った。その結果、審査委員一同一致して、森山結希に 大谷大学博士(文学)の学位を授与することが適当と判断した。
氏 名
上
うえ山
やま慧
さとし学 位 の 種 類 博士(文学) 学 位 記 番 号 甲第 138 号 学位授与の日付 2019 年3月 15 日 学位授与の要件 学位規程第3条第1項 学 位 論 文 題 目 明治期仏教と初期社会主義 —大逆事件に関係した五人の仏教者たちを中心に— 論 文 審 査 委 員 (主査)大谷大学教授 博士(文学)[大谷大学] 福 島 栄 寿 (副査)大谷大学教授博士(文学)[大谷大学] 宮 健 司 (副査)大谷大学教授 脇 中 洋 (副査)明治大学名誉教授 山 泉 進 学位請求論文審査要旨 Ⅰ.論文内容の要旨 本論文は、仏教者と初期社会主義(「ロシア革命後の『社会主義』に対して、 〈初期〉にイメージされる、〈未熟〉で〈曖昧〉で、〈多様〉で〈理念的〉である」思 想[山泉進『初期社会主義研究』第5号、1991]であり、平民社を中心とする「多 様な人々の多分に混沌たる諸思想」状態ゆえに「多様な発展の可能性が孕まれてい た」[松沢弘陽『日本社会主義の思想』1973]とされる)との関係について、1910 (明治 43)年の大逆事件に関係した五人の仏教者を取り上げ考察するもの である。具体的には、大逆事件に連座した内山愚童(曹洞宗僧侶・1874∼ 1911)・高木顕明(真宗大谷派僧侶・1864∼1914)・峯尾節堂(臨済宗妙心寺派僧 侶・1885∼1919)と、事件容疑者の井上秀天(曹洞宗僧侶・1880∼1945)・毛利 柴庵(真言宗僧侶・1872∼1938)の仏教(宗教)思想と初期社会主義との関係 を重点的に考察し、五人それぞれの思想的特徴と、加えて共通点を明らか
(学位論文審査要旨) 59 にする。かかる考察を通し、初期社会主義の有様のみならず彼ら仏教者た ちの思想が持ち得た可能性についても明らかにしようとする。本論文の構 成と内容は次の通りである。 序 章 第一節 本論の主題 第二節 先行研究と本論の構成 第一章 内山愚童の仏教社会主義とその行動 第一節 内山愚童の社会主義と仏教思想 (一)社会主義思想への共鳴 (二)宗教者としての愚童 第二節 秘密出版『入獄紀念 無政府共産』 第三節 獄中手記「平凡の自覚」と無題「遺稿」 第二章 高木顕明の思想的変遷 第一節 浄泉寺入寺前とその後の顕明 第二節 「余が社会主義」の執筆 第三節 社会主義への接近と信仰生活の確立 第三章 峯尾節堂の社会主義とその「転向」 第一節 峯尾節堂と社会主義との関係 第二節 節堂執筆の論説について 第三節 獄中手記「我懺悔の一節」 第四章 井上秀天と初期社会主義との関係について 第一節 「神戸平民 楽部」の会員 第二節 中央の社会主義者との交流 第三節 井上秀天と大逆事件 第五章 『牟婁新報』と毛利柴庵の思想 第一節 『牟婁新報』の創刊と「新仏教徒同志会」との関係 第二節 毛利柴庵の日露戦争観
第三節 『牟婁新報』への弾圧 (一)官吏侮辱事件 (二)大逆事件 結 章/ ・参考文献 第一章では、内山愚童の仏教思想を社会主義との関係から論じる。愚童 と大逆事件との関係を論じた研究は多いが、かかる視点からする愚童研究 は少ない。愚童は、1904(明治 37)年2月の『平民新聞』の読者投稿欄に 「予は如何にして社会主義者となりし乎」を投稿し、そこで仏教教義と社 会主義とが全く一致するとの認識を示した。1908(明治 41)年秋頃に秘密 出版した『入獄紀念 無政府共産』では、急進的な無政府主義を主張するも、 出版目的は「安楽自由なる無政府共産の理想国」の実現のために「迷信」 から民衆を目覚めさせることにあったと指摘する。出版法違反で逮捕され た愚童は大逆事件に連座し死刑になるまでの獄中生活で、「平凡の自覚」 と無題「遺稿」という手記を書き残した。これらの手記で「理性」による 「自覚」への到達により獲得できる「独立・自由」「自治」という個人の尊 厳と責任と、「相互扶助」「共同」という他者との共生と連帯に基づく理想 社会の実現を主張したと論じた。 第二章では、高木顕明の思想的変遷を論じた。顕明は被差別部落解放・ 非戦論・廃娼の先駆者というイメージが強い。しかし彼の思想的変遷に着 目した研究は少ない。顕明は 1894(明治 27)年頃に行った「日 宗非仏教」 という講演のなかで、国体護持・天皇尊崇を唱え部落差別を利用して日 批判をしている点を指摘した。1897(明治 30)年に和歌山県新宮で被差別 部落の門徒を多く抱える浄泉寺に入寺し、部落民の生活実態を目の当たり にした彼は、被差別部落の改善の行動に取り組む。1904(明治 37)年2月、 日露戦争開戦後、顕明は非戦論を主張し、同年 10 月には「余が社会主義」 を執筆。その内容は真宗の教義に基づく非戦論・平等主義論であった。顕 明が社会主義に接近したきっかけは、1903(明治 36)年 10 月、幸徳秋水・
(学位論文審査要旨) 61 堺利彦・内村鑑三が非戦論を主張して萬朝報社を退社したことに関心を寄 せたことだが、最終的に彼は社会主義からは遠ざかり、自らの真宗の信仰 に生きることを選んだと論じた。 第三章では、峯尾節堂の社会主義との関係と、先行研究では史料として 重要視されてこなかった獄中手記「我懺悔の一節」の再評価を通して、節 堂の「転向」を考察した。節堂は、1905(明治 38)年頃から非戦論に関心 をもち、キリスト教社会主義者の安部磯雄の著書を読み、宗教は社会主義 でなければならないと考えるようになった。節堂は、1909(明治 42)年6 月の『熊野新報』に「忘れられたる根本義」を投稿、キリストの「人は麵 麭のみにて生くる者にあらず」という言葉から、富が一部の者に集中し、 多くの民衆が弱肉強食説に絡め取られ、人類の相互扶助の根本義が忘却さ れている現状を批判したと指摘する。さらに節堂は、大逆事件前には社会 主義から遠ざかっていた点を指摘する。大逆事件に連座し無期囚として収 監されている間に、節堂は手記「我懺悔の一節」を執筆した。先行研究で は、この手記に節堂の人間的弱さを露呈した懺悔や伝統思想への「転向」 が見られる点が批判されているが、検事による取り調べの様子や事件の実 相についても記述があり、大逆事件連座者の証言として、節堂の思想を知 る上でも評価されるべき資料であると指摘した。 第四章では、仏教思想と平和論に関する先行研究が多い井上秀天と社会 主義との関係を論じた。秀天は、1906(明治 39)年5月、神戸市の週刊『平 民新聞』読者会で社会主義研究会の「神戸平民 楽部」の会員となる。本 章では、「神戸平民 楽部」での秀天の活動を通した幸徳秋水ら中央や地 方の社会主義者たちとの交流が考察される。大逆事件では、秀天は神戸に おける大逆事件の容疑者として家宅捜索を受けるも不起訴となったが、大 正年間は「要視察人」として官憲の監視下に置かれた。しかし、秀天が大 逆事件後も社会主義者に好感を抱き、『新仏教』への寄稿で大逆事件や社 会主義に言及している点を指摘する。社会主義の「冬の時代」においても、 そうした論説を地方から寄稿していたことは特筆すべきであるとした。
第五章では、毛利柴庵の社会主義との関係に加え、柴庵の日露戦争観や 彼が発行に関わった『牟婁新報』への弾圧について論じた。研究史的には、 近年復刻された『牟婁新報』と同じく近年古書店で発見された『牟婁新 報』号外を史料に用いた点が重要である。1900(明治 33)年4月、柴庵は 和歌山県田辺で牟婁地方の振興を目的に『牟婁新報』を創刊し、自ら主幹 兼主筆を務めた。翌年秋、東京遊学中に「新仏教徒同志会」の会員となっ た彼は、同志会の運動に積極的に加わった。同志会の足尾鉱山鉱毒問題へ の取り組みを通じて柴庵は社会主義に関心を寄せていく。田辺に帰郷した 彼は「マークス」という名前で『牟婁新報』に社会主義に関する論説を 次々と発表した。これにより『牟婁新報』は社会主義の機関紙的な様相を 呈し始めた点が指摘される。日露戦争開戦後、幸徳秋水や堺利彦ら中央の 社会主義者は非戦論を主張するも、柴庵は『牟婁新報』の紙面で開戦論を 主張した。その主張の背景には、彼が日露戦争を折伏と理解していたとと もに天皇尊崇の考えがあった点が指摘される。日露戦後、柴庵や『牟婁新 報』は官吏侮辱事件と大逆事件の二度、弾圧を受けた。しかし大逆事件後 にあっても、柴庵は『牟婁新報』に「家宅捜査大賛成論」を連載して政府 による思想弾圧を批判し続けた点が指摘される。 結章では、以上の各章の内容を要約し、さらにそれぞれの仏教者の思想 的特徴について、以下のように論じている。すなわち愚童は、無政府主義 に傾倒し、秘密出版で天皇制を明確に批判していたが、他方、柴庵は天皇 を終始尊崇していた。このような柴庵の天皇観は、当時の社会主義者の一 般的な傾向からみれば異端であった。顕明は、「日 宗非仏教」で日 を 差別的な言葉で批判したが、浄泉寺の被差別部落の門徒と出会ったことで 部落解放・非戦論へと思想を変化させていった。節堂は、地元新聞に寄稿 するなどしていたが、最終的には社会主義から遠ざかった。大逆事件後、 秀天は大逆事件や社会主義に関する論説を発表し、柴庵は『牟婁新報』に 社会主義者について論説を掲載し、自身も同紙で政府による思想弾圧を批 判し続けていた。これに対して、節堂の場合は、真宗に帰依し、保守的な
(学位論文審査要旨) 63 思想に「転向」している。しかし節堂は「忘れられたる根本義」で、キリ ストの言葉を引用して人類が相互扶助の精神を忘却したことを批判したよ うに、彼は自らの思想にキリスト教社会主義の考えを取り入れることに抵 抗を感じることはなかったという点が指摘される。秀天は、「神戸平民 楽部」の会員になり、中央の社会主義者と交流していた。しかし、同じ曹 洞宗の愚童が天皇制を批判していたのに対して、秀天は暴力といった過激 な主張とは一線を画していたと論じた。 加えて五人の共通点として、以下の三点を指摘した。まず、彼らは中央 の社会主義者と交流し、またキリスト教の方面にも交友関係を持っていた こと。二つ目に、仏教者である彼らが社会主義に接近したのは、共通して 当時の所属教団のあり方に批判的であったためと考えられること。三つ目 に、彼らは仏教思想の理想を現実社会において実現していくために、制度 改革理論としての社会主義に接近し、自らの運動や主張を展開させていっ たことである。そして、彼ら五人の仏教者の思想的営みは、様々な限界を 有し、また弾圧にも遭ったが、しかしながら仏教(宗教)思想を基盤とし た初期社会主義が展開する可能性を示すものでもあったと結論づけた。 Ⅱ.論文審査結果の要旨 本論文は、大逆事件に関係した五人の仏教者の視点から初期社会主義に ついて、それぞれのライフヒストリーと思想的特徴について、史料に基づ きながら実証的に考察を試みた大変意欲的な研究である。仏教者の視点の 導入という点においては、従来の初期社会主義研究史の間 を埋める研究 として評価できる。加えて、仏教史研究と初期社会主義研究という領域を またぐ研究の可能性を示したという点においても重要な研究である。以下、 課題と考えられる点と口述試問で指摘された点などを述べておく。 序章では、各章ごとに先行研究の整理を通して研究課題を明確にしてい る。本論文全体を貫く筆者の問題意識を論じた部分であり、その研究史の 目配りのよい整理から無理なく各章の課題が導かれている。仏教者の視座
からする初期社会主義研究の試みの提言は、筆者の新たな研究領域を拓こ うとする意欲が感じられ、評価できる。ただ、この五人の仏教者を取り上 げた理由について説明がなされていない点が惜しまれるとの指摘があった。 また、本論文の主題と深く関係する大逆事件そのものの説明についても、 序章においてなされるべきではなかったかとの指摘があった。 第一章から第五章の各章は、それぞれにこれまでの研究成果を踏まえな がら、新しい知見を指摘している点は、評価できる。ただ、各章ごとの結 論部分が割愛され、結章にまとめて記載されているため、各章ごとの主張 が存分に論じ切れていない印象を受ける。紙幅の都合のためとのことであ ったが、惜しまれる。また些末な点だが、各章や節の見出しの行間隔が充 分でなく、また文字間隔も開き過ぎている感もあり読みにくい。論文を作 品として捉えるならば、全体の構成や書式に加え、参考文献の挙げ方も先 行研究論文・著書類、一次史料、二次史料を分けて記載するなど、読ませ るための工夫がもう少しあっても良かったのではないかという点も指摘さ れた。 次に史料解釈の方法に関して、雑誌や新聞記事、小説、獄中手記、裁判 の予審調書など様々な史・資料を分析対象として取り上げているが、これ ら性格の異なる史・資料を扱う場合の史料批判に関する筆者の考えについ て然るべき説明が必要ではなかったかとの指摘がなされた。また五人の仏 教者は宗派が異なるが、そうした宗派の違いを意識した考察があれば、そ れぞれの思想的特徴を指摘する際にも、より説得力を持ち得たのではない かとの指摘がなされた。そして無いものねだりではあるが、彼らを弾圧す る側に立った仏教者についての考察が加われば、より複眼的で厚みのある 内容となったと思われるとの指摘もなされた。 以上のように、本論文には、全体の構成や史料批判に関する問題点など 不十分な点も見られるが、全体としては、仏教者の視座を導入して初期社 会主義の意義を明らかにしようとし、仏教史研究と初期社会主義研究とい う研究領域をまたぐ研究の可能性を拓くなど、幾つかの重要かつ新たな研
(学位論文審査要旨) 65 究成果が認められる。
審査に必要とされる最終試験については、審査委員全員により 2019 年 1月 24 日に試問を行なった。その結果、審査委員一同一致して、上山慧 に大谷大学博士(文学)の学位を授与することが適当であると判断した。