スペイン語表現 bastar con 不定詞 が生起する
環境について
有
田
美
保
0
はじめに
スペイン語の自動詞「十分である」 は, ノンネイティヴ学習者にとって感覚的にみ 取りにくい動詞のひとつである. この動詞が不定詞をともない 「∼するだけで事足りる」 の意味 で使用されるとき, 前置詞を介する表現とこの前置詞なしで生成されるものの二通りが可 能であるのだが, 構造的に異なっている両表現が観念的には同じ意味で用いられるがゆえに, 完 全な習得をいっそう困難なものにしているのではないだろうか ) . マリアと話ができればそれでよい. . 文主語のない無人称文 . 文主語は (マリアと話すこと) 残念なことに, 学習者が容易に得られる文献でこの件に関し十分な文法説明を施しているもの は少ない. 広く使用されている辞書であっても, この動詞における不定詞との使用に関しての記 載が一切ないものもあり, 用例を挙げているものでさえ, 解説は簡単なものにとどまっており, ニュアンスの違いによる両表現の使い分けについて言及されたものはない ) [自] [+にとって] 十分である) [++不定詞・+接続法] , 私はこれ以上は望まない. どうにかやってい けるだけで十分だ. ) [不定詞・+接続法が主語] ガスに点火するにはこのボタンを押すだけでよい. (白水社 現代スペイン語辞典 (関連部分のみ抜粋)) [自動] 1十分である, 足りる .モーターを動かすにはボタンを押せばよい. 2.(…で)十分である; +不定詞…さえすればよい. 言うだけでよい. (小学館 西和中辞典 (関連部分のみ抜粋)) 学習者にとっては, これら二表現の含意的相違を感じ取り, より良いほうを選択することが困 キーワード難であるのにもかかわらず, スペイン語母語者はごく自然に両表現を使い分けているようである ) (われわれが救われるには信仰に関する諸条項を信じればよいのであるが, それらを信じ 崇拝するためには, きちんと認識する必要がある信仰を持たないものには, 真の信仰者 の言動を言い聞かせ実践すればよい) () この論文の目的は, 主にを介しての表現に照準を当て, これら二表現の使用選択のもと にある意味的な相違を明らかにしたうえで, それぞれが好まれる環境探索の手がかりをつかむこ とである. 二つの表現を使用した文献データを分析しながら「動詞 内にあらわれる不定 詞の動作をとしたとき, よりも数量や動作エネルギーの大きい別動作や背景が認識される とき〈+不定詞〉タイプがより好まれるのではないか」 という仮説に沿って進めていく.
1先行研究
本稿において討議される二表現は, 同じ概念を表しながらも異なった構造をもっている. 通常 動詞に不定詞が後置される構造においては, この不定詞が主語役割を果たしているため は 3 人称単数に活用し用いられる. 一方で, 不定詞が前置詞 の目的語となり の 3 人称単数形の補語として生起している場合には, 単人称構造をとっていることになる. 本稿 では, 便宜的に前者を なし表現 , 後者を あり表現 と呼び論を進めていくものと するこの章では, これまでこの動詞がどのように解説されてきたかをふりかえることとする 伝統的に, 動詞は, 自動詞のなかでも無生物を主語に据え, 意味論上“体験者”であ る生物を間接目的格として現わす可能性を持つ(準単人称動詞) の 範疇に分類されてきた ( 他). 本稿中のいわゆる なし表現 はま さにこの構造であるのだが, () や() はこの動 詞に前置詞が続く あり表現 に関する記述をし, 人称活用のうえ使用されるケースと の平行性を説いているが, 例文は普通名詞によるものであり, 本研究のテーマである不定詞での 表現に対する言及はない ) (わたしにはこれらの本があればよい) () (君の言葉だけでわたしは十分だ) () ()は, と統語的性格の似た前置詞を介す・介さない 両構造を保持する可能性をもつ動詞群に関し, 産出する表現の意味的な差異について触れ,さらに, 本来おこなわれるべき無生物主語と動詞間の人称一致が無視されたのない の用 例を引用している ) , (礼節のある罪人には, もはや脅しだけで十分である.) () 中岡(1994)は, 単人称構造の中でも, 前置詞によるフレーズをともなって生起する当該動 詞と「あり余る」 をほかと分け, この前置詞句を単なる状況補語ではなく補完補語で あると明示しているのであるが, これらを 「通常は〈+名詞句〉を伴い単人称で用いられる 動詞」 () と解説するにとどまり, なし表現 との意味の差異や各表現の選択傾向に関 しての記述はみられない. 寺崎(1997)は, 中岡(1994)と同様のスタンスを持ちつつも,さらに両表現の構造の違いを あり表現 を文型 [ ], なし表現 を文型 [ ] と明示し, 後者に関して 「情報的 な観点からみると, これらの構文で重要なのは述語自体よりもその評価判断の対象となっている 文末の主語であり, これが伝達上の焦点となっている」 (p.) と記述しているが, あり 表現 においての記載はみられない. さらに, 非人称文の例外的な型として [ ] を挙 げ, 唯一の該当動詞としてに関して記述し, 「この文型は古語的で現在の語法では を 省くのが普通」 () と解説, その場合の文型が [ ] となることに言及している ) (君たちを怒らせたのは残念だ.) (寺崎 1997106) 寺崎(1997)が [ ] と定める あり表現 は, 随意的に を付帯したとき 同様 に [ ] の構造をとることが可能であるが, なし表現 を, を喪失した の ように時代とともにを失った類似したケースととらえ, もとをたどれば あり表現 と 同一であると考えることが妥当であるのか. あるいは, あり・なし はそのような一表現 の歴史的シフトを経た原種・変種ではなく, 微妙なニュアンスの違いから自然共存しているもの であるのか. 本稿は, 次項でのデータの分析より, 動詞と同期する不定詞が意味する動 作を, 周囲の環境 としたとき, > が明白な談話構造において あり表現 がお こりやすいのではないかという仮説のもとで, 後者の可能性を推し進めていきたいと思う
2
調査とそのデータ分析
21. 調査方法 本調査のデータ収集は, すべて の 博士が制作し たデジタル・コーパス“”を用い, 1800年代・1900年代のスペイン・ 中南米諸国のスペイン語出版物またはインタビュー会話を対象におこなった. 地域的な言語バリエーションの差異を最少にするため, 時制は直説法現在形に限定して抽出したところ, あ り表現 が79件, なし表現 が243件確認された. 本稿では「動詞 と同期する不定詞を としたとき“> ”を含意する談話の流れや 形式がある場合に〈+不定詞〉タイプがより好まれるのではないか」 と仮定し, あり表 現 に主たる焦点を当てていくのであるが, その判断基準として以下の項目を設けることとする 基準[() ] =() が否定されており, 直後で反対の概念が肯定で言い換えされてい る 基準[; () ] =否定表現の直後に, その同格的に() が肯定で用いられている 基準[ > () ] =()と同期使用される不定詞フレーズの意味内容が, 前出の要素より も狭義である 基準[() (不定冠詞つき名詞句入り不定詞フレーズ)] =使用される不定詞フレーズの中に“ひとつ”の意を表す不定冠詞つき名詞句等が 用いられている 全用例を分析し, 基準∼にあてはまるもの, またはどの基準にもあてはまらないものに分 類したところ, 表 1 のような結果を得た 本研究が定めたいずれかの基準を満たす表現の出現割合が, 両表現間でこれほど差があり, さら に, あり表現 においてその総数の六割近くあるという点が注目をひく. 次章にて, 各基 準ごとにそれを定める意義と該当例文の観察をおこなっていきたい 22統計の考察 . 概論 あり表現 および なし表現 が否定であらわれている事例を分類してみたところ, それぞれが以下のような割合で確認された (表 2) ∼合計 その他 計 あり表現 (%) (%) (%) (%) (%) (%) (%) なし表現 (%) (%) (%) (%) (%) (%) (%) 表 1
あり表現 のほうが若干否定表現の割合が高いが, これは否定の副詞 の作用領域による 可能性がある否定とその作用領域に関する ()の研究では, の焦点が文 を構成しているどの要素にあたるかによる文の複数解釈の余地について記されている. たとえば () は, コンテクスト次第で の作用域がかわり, ()∼() までの 3 つの解釈が可能であ る ) 君の友人は今日誰かと話したが, それはマリアではない. 君の友人は今日マリアと話したが, それは今日ではない. 君の友人は今日マリアと“話”をしたのではない (実際にしたのは“討論”であっ た). () このことを あり・なし表現 にあてはめて考えると, 構造がことなるがゆえにその否定作 用領域もことなっている可能性が検討される. たとえば () および () を否定文にした場合 ) なし表現 である () よりも あり の () のほうが項の数が多いため, コンテク スト次第で () でおこなわれたような複数解釈が可能であり, 「マリアと話をするのでは用は足 りない (さらに有効な手段をとる必要がある)」「話はマリアとしても用は足りない (もっと適した人 物と話す必要がある)」 のふたつの解釈が同形式によって実現されることとなる そのことから, あり・なし表現 に同期する動詞として, できるだけ項の数が少なくか つ動詞そのものの語彙的意味が最小限であるべき連結動詞のを選び, その使用例を観察して みた 〈あり表現〉 ) … (単に立派な画家であるだけでは十分ではなく, これまでに偉大な創造者たちが進んでいっ た道をたどっていかなければならない) () ) , 表 2 否定 肯定 計 あり表現 (%) (%) (%) なし表現 (%) (%) (%)
, , (というわけで, 良い大学教員になれると確信するのに, 単に良い高校教師であるというだ けでは不十分である… 同様に, 良い学生・良い研究者であるというのもまた十分ではない. というのも, すばらしい研究者であるのに最悪の教員であるということはありうるからだ) () 〈なし表現〉 ) … … (良い人間であるだけでは十分でなく, 外からもそのように見えなければね.) ) … , , (ある企業を運営していくとき経済学者であればいいわけではないというのも, 企業とは単 に数を意味するわけではないからある企業を運営していくとき弁護士であればいいという のでもない,企業とはそれすなわち法律というわけではないから)() それぞれの表現にあらわれる属詞にそれぞれある一定の特徴が見られる. あり表現 (), ()では, 文中の不定詞として使用されている動詞 の属詞はすべて形容詞で修飾された名詞 句であり, 中には不定冠詞を伴うものもある一方で, なし表現 (),()中に現れている 連結動詞の属詞は形容詞あるいは形容詞による修飾のない無冠詞名詞によるものである. この結 果は あり表現 該当例 3 件および なし表現 該当例 8 件のすべてに例外なく見られ た. このように, 不定詞句内に不定冠詞つき名詞がみられる例は, のちに基準の項目にて討議 されるのでここで詳細にふれることを避けるが, 属詞上にあらわれるこの均一的な性質は, あり表現 において副詞の作用がかならずしも動詞 そのものにおよぶわけでなく, の補語である不定詞へ影響する可能性を示唆していないかを考えてみる余地がある. すなわ ち, このことが, あり・なし表現 が +不定詞がたどった時代的文法化によるバ リエーションの類ではなく, 同一使用者であってもコンテクスト・環境やニュアンスによって使 い分けをおこなうような“類似形態による別表現”であるということのひとつの裏づけである可 能性を保持しつつ, 以下各項にて基準∼に沿って該当文例を検討していきたい . 基準 [ () ] 本項では, 基準として, 動詞 と同期する不定詞を とし, 直後に言い換えて現れ る述部をとしたとき, [() ] の形式であらわれているもの,つまり, あり・なし 両表現が否定で用いられている直後に肯定で反対の概念を言い換えしている例を観
察・分析する. このような同格のリフレージングの記述には筆者によって数種のバリエーション があり, セミコロン()やコンマ()でなされているケース, ピリオド() によりいったん文を 閉じて新たな文としてを記述するケース, 逆接の接続詞 で接続されているケース, さら には接続詞に導かれ 「∼ではなく…である」 の対句表現を構成しているケース等が見られ, それぞれの例文数は, 前章で見たとおり全 あり表現 79例中の11例 (291), 全 な し表現 243例中の26例(226)となっている. これはまた, 否定例文総数のうちのそれぞれ478 , 473を占めており, このような同格での言い換えは動詞 が意味的に出現しやすい論 理構造であるとわかる. また“() ”の 「∼するのは十分とはいえない」 とい う意味の流れから「むしろ∼することが必要なのである」 といった と真逆である 必要性 , 義務 の意味を明示する+ 不定詞, , 等のフ レーズを配する構造も頻出する 〈あり表現〉 ) … , , … (テレビというメディアは映った映像をただ見るだけでは不十分な新形式の書物ともいえ, 映った画像を読み解くことを学ばないとならない.) (()) ) , ,… (保全や保護のシステムを経済的に導入するだけでは不十分であり, 法律の適用に関しては 確固とした力と揺るがぬ強さが求められる) () 〈なし表現〉 ) (良い人間であることを望むだけでは十分でなく, そうである必要がある) () ) … , (信心のためには, 宗教を勉強してきたことだけでは足らず, 精霊の恩恵が必要となってく る.) () 否定表現中にしか用いられない否定対極項目 ()である接続詞に導かれ 「∼ではなく… である」 の対句表現を構成しているケースは, なし表現 での全否定表現55件中 5 例 (9) であるのに対し, あり表現 では同23件中 5 例 (217) と, 否定表現中における出現の可 能性が倍以上になっている. ()は, の否定対極性は単に統語的な制約を受けて 成り立つだけでなく, 語用論を含めた意味・価値観念に負うところが大きいという点を指摘して いるのであるが, による呼応表現における出現率の高さは, まさに あり表現 が なし に比べてある意味有標性が高いことの表れであるといえる
) … , (社会的にみて公正な教育制度を単に発展させるというだけでは不十分で, 国の科学技術の 必要性に見合って発展しないと意味がない) () ) , (大部分の国において, 認可されている添加物が製品に配合されていると届け出るだけでは 不十分であり, 製造ラベルに印刷されたかたちで表示されているべきである) () (),()は, ともに あり表現 内である陳述を提示し, が導く節内でそれにさらな る条件を付加した別の陳述を呈している. いいかえれば,()での は 「公正な教育制度を発展 させる」 こと,()では 「添加物配合を公開する」 ことであるが, にあたる 後でそれが完 全に機能・目的を果たすための肉付けがなされている. なし表現 での同副詞があらわれ た例文()に比べると, 図式 >がはっきりとあらわされたコンテクストとなっているのが わかる. 前置詞が介されたときに出現の可能性が高まるのはなぜなのかを考察しながら, 事項を進めていきたい. . 基準 [; () ] 前項では, 動詞の 充足 の概念から, 否定文によりいったん表現した 不十分 感 を補う論理構成 「では十分ではなく, である」 を観察したが, 本項では, 過分さ を否定 する述部をもつ文に引き続き, この動詞でリフレーズする構成「することはなく, すれ ば十分である」 を検討していく. 基準同様, 接続パターンは数種みられ, あり におい て計 7 例(89), なし では計12例(49)確認されるのであるが, 各表現の検討に入る前 に, あり表現 の前置詞 自体にどのような意味機能があるのかをこの場で考察してお きたい ()は, 前置詞がもたらす 「方法・手段・貢献」 の意味機能を〈+不定 詞〉にまで拡張し, 以下のような例文を挙げている() ) (成功は努力でのみ獲得されうる) (彼は40パーセント分を出資していた) ) (食べなさい. 食べないことには何もとりしきれないよ) ,
(その角を曲がったら, 靴屋さんが見えますから) 動詞は, , (もう結構ですたくさんだよ),(もうよろしい!) のように, 主語や補語等をともなわず 3 人称単数に活用した動詞単体に極めて近い形でも頻出す る. その表現にフレーズで一定の“条件付け”を加えたものが, あり表現 であると 考えてみる余地があるが, ()においても〈前置詞+不定詞〉が“制限の概念” を含意するとしてことさらに当該表現を明示していることは注目に値するだろう.このように あり表現 への直接的な言及はないが, () の記述にもこの前置 詞のもつ陳述への充足条件付加の機能が指摘され,その解説は条件提示の前置詞句フレーズであ る∼ 「∼するという条件なら」 との類似性にまで及んでいる(). これらの指摘を考慮に入れると, あり表現 における〈前置詞 +不定詞〉とは, 不 定詞で表現される“ある行為”を, 動詞 bastar のもつ 「足りる・十分である」 ための必要最低条 件として明示的にあらわすための手段であると考えることができる. 基準 B にこの考えをあて はめたとき, あり表現 における [Y; BASTA()X.] のが, なにかの達成・到達 のための必要であり最低限の手段としてことさらにあらわされている可能性を打診してみる必要 がある: 〈あり表現〉 ) , , (自分にかけているものを得るためにもはや卑屈になることはない戦えばよいのだ. 真正 面から, 力ずくで.) ( ) ) (わたしたちの意図やこの伝説の特長をもってしても, 歴史的報道への造詣を深めることは できないのであるが, それは人物像を紹介することで可能となる.) () 〈なし表現〉 ) , , (即座にその絵画の持つ美しさを感じた. わたしには創作する必要などない. 鑑賞するだけ で十分だ. 生み出すことはない, わたしの魂は能動であるよりもむしろ受身の状態である.) () ) - ! - , (「あなたには想像さえつかないだろう!」 「想像には及びませんよ…あなたの顔を見れば十 分わかりますから.」) ()
(), ()ではそれぞれ 「自分にかけているものを得る」 ことや 「歴史的報道への造詣を深める」 ことが筆者の伝達したい達成・到達にあたるであろうが, 「戦う」, 「人物像を紹介する」 という 手段や方法をとったときにこそそれが叶えられるという論の進めをとっている. その一方で,
con なし表現 の例文においては, 同じ [no Y; BASTA X.] の構えを取りながら, X 部が何 かの到達手段になっていると感じ難い. 動詞 bastar が語彙的に 充足 の意味価値を内在していることから, 「Y する必要はなく, X するだけで十分だ」 という意味に根ざす本基準は, 基準A での 「X するのでは十分とはいえず, Y しなければならない;Y すれば X の必要はない」 と深く関連していると考えられ, 基準 A・B ともにおいて, 述部動作の意味範囲の広さやエネルギー強度の観点からみたとき Y > X という 図式がなりたつ. たとえば: ) () (一時間仮眠を取ればよいわけではない. しっかり休むことが必要なのだ.) . () (しっかり休む必要はない. 一時間仮眠を取れば十分だ.) .() (しっかり休むのでは不十分だ. 一時間の仮眠が必要なのだ) () (一時間の仮眠は必要ではない. しっかり休むだけで十分だ.) (), ()はそれぞれ = 「一時間仮眠を取る」, = 「しっかり休む」 という述部をもつ文 の同格配置であるが, まったく反対の主張でありながらにして両者に > は成立している. 一方で, () が論理的に成立しづらいなら, () での言い換えもまた成り立ちにくい. 基準 ・基準 どちらかを満たす, つまり > がみられる例文総数は, あり表現 の場合 計18例で全体比の228となり, なし における計38例の156をはるかに上回ることとな る. 基準・におけるこの結果は, 「 > がみられるコンテクストにおいて あり表 現 がより使用されやすいのではないか」 という仮説に反しないものとなった. . 基準 [ > () ] 基準, において, 形式 [() ] あるいは [; () ] 形式のように > である場合に あり表現 のほうが好まれやすいのではないか という結果を得たのだが, 本項では, たとえ() がかかわるリフレージング表現 に否定形式が用いられていなくても, その生起環境に > が存在している例を検証するこ とにする. () は, 事象を認識する際の概念的処理方法を数種類にモデル化しているが, 行為・イベント認知にかかわる必須構成要素として“空間”“時間”“物的実体”と“エネルギー”
が挙げられている (1 , 7 ). 本項でいう > が単なる感覚的スケール上でのこととなら ないように, 事象, 事象 においてこれら必須要素を見極めることにより客観的に認知して いく必要がある. たとえば前出()において = 「一時間仮眠を取る」 と = 「しっかり休む」 を認識する際, その行為が行われる“空間”“時間”“物的実体”は同一であるが, 動作の密度 や持続時間にあたる“エネルギー”だけが異なり, その差異はあきらかに > である. こ のような観点を基準にもつ本基準にみあった例文は, あり表現 において22件(278), なし表現 では12件(49)確認できる 〈あり表現〉 ) … (その社が出版しているものはたいしてなじみがないが, その社が日々発行している報道を 読んできたということだけで, 信憑性に対しては確証がもてる) () ) , (「言っておくが, おれは死など怖くない」 「きょうのところは, その口をふさぐだけで十分 だ」 (()) 〈なし表現〉 ) … , … (「社会主義論を勉強しておくべきだよ」 「これまでにそれを学んだことがあるのかい?」 「な いけれど, 新聞などで関連事項を読んでおけば十分だ.」) () ) (もしその数をここにリストアップすれば君たちも驚くことだろうが, もっとも名高いもの を挙げれば十分であろう.) () たとえば()において, = 「その出版社の発行物になじんでいる」 ことであり, = 「その社 が日々発行している報道を読む」 ことであるのだが, それぞれの事象で認知されうる“空間”と “時間”に差異はないが,“物的実体”にあたる 「その社の発行物」 と実際に読んだ 「日々の報 道文」,“エネルギー”に相当する 「なじんでいる」 行為と単に 「日々読む」 行為, それぞれ明ら かにのほうが高労力かつ複雑であるといえる. 同様に, なし表現 である(),() に おいても > がなりたっているとはいえるが, あり表現 における278に相当する 22 件に対し, なし での12件はこの表現の全体のわずか 49でしかなく, ここでも >
が成り立つ環境での あり表現 の優位が確認できる結果となった . 基準 [() X (不定冠詞つき名詞句入り不定詞フレーズ)] 談話コンテクストにおいてのスペイン語表現を記述している()であるが, “なにかが実現するために最小限ではあるが十分な条件を提示する”とする動詞 につい ての 2 箇所の記述はどちらもが あり表現 で記載されており, なし への言及はな されていない ) (これを作動させるのはすこぶる簡単だ. このボタンを押せばよい) ) (チェックアウトの際, 特に何もする必要はない. 出る事を告げ鍵を返せばよい) ) , , (「それをもらうのは大変ですか?」 「いいえ, 非常に簡単ですよ. 用紙を一枚記入するだけ でいいのです.」) (Ⅱ ) 談話はいずれも, 困難さや複雑さに関する陳述があり, 次に あり表現 でいかに簡単であ るのかを表現している構成をとっている. 本項では, なかでも()のように不定詞フレーズに不 定冠詞・不定形容詞つきの名詞句がある例に着目するが, その目的は, それらが意味する 「ほん のひとつ・ただ単なる」 や 「いくつかの」 の概念と あり表現 ・ なし表現 との起こ りやすさから, あり表現 に特記される 「必要最低限の条件」 を付与する特徴が な し表現 にも同様にもとめられるかをみるためである. 〈あり表現〉 ) , … (このの操作は遺伝子工学の一端であり, 細菌学に直結しているその応用例として, 一例を挙げれば十分であろう.) () ) … (僕たちは彼女たちの日常生活をすっかり即時に忘れさせてしまったため, 再び発つ時には, 彼女たちは僕らを忘れられなくなってしまった. いくつかのスナップ写真を例に取れば十分 だ.) () 〈なし表現〉
) … (官僚主義の脆弱な精神だけが建築にかかわる採決時の着想の元となっているようだマド リッドで周囲をちょっと見回して見ればわかる.) () ) , , , , ,… (残念ながらわが国ではこのような設備改善はほとんどなされていない. そのことに気づく には郊外をちょっと歩き回るだけで十分わかる.) (()) ()∼()ではいずれも, 引き続き具体例の叙述が後続する. たとえば()の場合, 「細菌学に 関連した遺伝子工学の一端である操作がさまざまに応用されている」 という内容を述べた 後, その 「一例」 を挙げてその内容を説明する構成をとっており, ()では同様の談話の組み立 てを 「いくつか」 の例の列挙が引き続いていく. つまり, 不定冠詞や不定形容詞が内にあり, その数量が一部であるという含意がコンテクストから得られる場合に > が成り立つこと になる. 同様に, 220内で見た あり 例文(),()では, 連結動詞 が属詞として不 定冠詞つきの名詞句, をとることで となってい るわけであるが, それぞれ 「単に立派な画家である」 こと 「単に良い高校教師である」 ことは, それ以上の資格や素質, つまり“> ”を示唆する形式であったともいえる. 本調査の結果と して, あり表現 7 件()に対し なし表現 は 7 件 ()と同表現使用のごくわず かな割合でしかなく, このような最小限の数を含意するフレーズとの相容れやすさは感じられな い統計となり, 前置詞の 「必要最低限の条件」 を付与する機能の優位性を再確認する結果 となった. . その他の特筆事項 表 1 で確認したとおり, 基準∼に該当する例文の割合は なし表現 23.5(57件) に 対して あり表現 59.5(47件) となっており, このことにより, 動詞がとる不定 詞の動作をとした際, コンテクスト中に“ > ”が認識される場合に, 当該不定詞を で導くタイプが選択されやすいのではないかとの仮説が確認された. 逆に, なし表現 においては, 上記基準のどれにも属さないケース, つまり“ > ” が認知しにくい例文がきわめて多く存在するのであるが, さらなる観察においてそれらの例文の 多くに共通するあるひとつのパターンが散見される. それは, なし 内の不定詞が他動詞 で, しかもその直接目的語にによる従属節にて新情報を提示するという構えである )
, , …, , … (これらの標識の使用法を解読することは容易でもないし必要でもないいろいろな形状や色 の組み合わせによる十九の旗で船は海上でコミュニケーションをとっていたということがわ かれば十分だ) (Ⅲ) ) , , , … (つまり, 放蕩がまねく不幸な結果を知るには, 積み重ねてきた価値が命取りの価値にとり 替わるのを目の当たりにすればよい.) () ) , , , , (そのことはもう少ししたらわかるでしょうが, いまのところは, ドン・ファン・マヌエル・ ロサスの駆け引き上手な姉に悪の種の多くが潜んでいるとだけ言っておきましょう) () ()∼()はどれも なし の引用であるが, 表現内で使用されている他動詞 , , どれもがその直接目的格にあたる従属節内でコンテクスト上未知の情報を提示する 構成となっているこのパターンは なし表現 に顕著に見られ, 使用される他動詞には上 記 3 動詞以外にも(思い出す), (理解する), (考慮する), (熟考 する), (考える) 等枚挙に暇がなく, いずれも主要使用動詞の上位を占めている. 該当例 文は あり での 6 件(78)に対し なし表現 では61件にのぼり, その割合は総件数 243件中の25, さらに基準 ∼以外の事例186件中の328という高い割合で発生しているこ とは考慮に値することであり, 今後の調査の必要性を感じる . 同一話者の使用の観察 今回の調査で用いたコーパスの中で なし表現 表現のほうがより多く収集できるのであ り, また, 個人の言語習得環境や好み・癖によりどちらかひとつの使用に偏る傾向にある可能性 もある. ここでは, 本調査で確認された同一筆者または話者が作成した二つの表現の使用例を比 較分析することにより, 前章での仮定を再検証してみる. 両方の使用が確認できたのは11名の筆者または話者による あり表現 18件, なし 表現 33件である. 11名それぞれを使用者∼としたとき, 各人の使用数は以下のとおりと なっており, 修辞的効果のため なし表現 を反復使用した使用者 を除いては, 各人に 両表現の使用選択の大きな偏りは感じられない. それぞれの使用者がこの二つの表現を用いた環 境を観察してみたところ, 表 1 のような結果を得た
221∼224 で観察した基準∼を満たした あり表現 にあたるもの網掛部分でしめし 各人の あり 総使用における割合を計算したところ72という高い率が得られた基準ご との小計は表 2 のとおりでその出現は比較的均一である なし表現 においても同様に統計を取ったが, 基準を満たしている例は21%に過ぎず, こ の表現と各基準で定めたフレーズのとの相性のよさがあまり感じられない結果となった. このこ とは同時に なし表現 での基準外の使用率の高さにつながっており, 22でなされた分析 と矛盾しない. 同一使用者の あり・なし の使い分けに関する参考までに, ここでは使用 者の用例を引用しておく ) , (そのような最小限の礼節にこたえるだけでは十分とはいえないのではないでしょうか 外面上もそのように見えることが不可欠です.) →〈あり表現〉基準 に合致 , , , , , , … (彼らは荷物を一, 二, 三, 四, 五, 六と数えればよく, ハンドバッグはご婦人自身で 話者 計 話者 計 2 3 4 22 3 2 4 2 5 2 2 51 有無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 ∼小計 1 − 1 1 − − 1 6 2 − 1 − 3 − 1 − 1 − 1 − 1 − 13 7 その他小計 − 1 1 − 3 1 − 15 − 1 − 1 − 1 − 1 1 3 − 1 − 1 5 26 ∼割合 100 0 50 100 0 0 100 29 100 0 100 0 100 0 100 0 50 0 100 0 100 0 72 21 その他割合 0 100 50 0 100 100 0 71 0 100 0 100 0 100 0 100 50 100 0 100 0 100 28 79 総計 1 1 2 1 3 1 1 21 2 1 1 1 3 1 1 1 2 3 1 1 1 1 18 33 表 3 話者 計 話者 計 2 3 4 22 3 2 4 2 5 2 2 51 有無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 有 無 − − 1 − − − − 4 − − − − 1 − − − 1 − 1 − 1 − 5 4 1 − − − − − − − − − − − - − − − − − − − − − 1 − − − − 1 − − 1 − 2 − 1 − 1 − − − − − − − − − 5 1 − − − − − − − 2 − − − − 1 − 1 − − − − − − − 2 2 ∼小計 1 − 1 1 − − 1 6 2 − 1 − 3 − 1 − 1 − 1 − 1 − 13 7 表 4
お持ちになるだろう. 中にあの褒賞の宝石が入っているのだから.) () →〈なし表現〉基準 ∼に不一致
3. おわりに
伝統的に存在をあらわす動詞群に区分され 充足 の意味をもつが必要最低限の条件 を付与する前置詞を補完的に配する あり表現 は, それにまつわる概念的な数量・規 模の環境が整ったときに選択されやすい表現であり, 意味論・語用論的にみて. 前置詞なしでの 別表現よりも有標性の高いものであると考えられる 存在動詞の区分の中には 同様に 充足・不足 の動詞とみなされる「欠けている」 や 「有り余る」 があるが, 本件 の予備調査の過程で, 件数こその比ではないが, 前置詞 に関して あり・なし表現 の両方の例がみとめられたのは非常に興味深い ) (君たちは彼を愛することを欠いていなかったか?」 「はい, そのとおりです」) () →〈あり表現〉 …, … … , … (彼が手に鉛筆と筆を握りしめ来る日も来る日もすごしていたことを, 君たちは知る必 要がある.) () →〈なし表現〉基準 ∼に不一致;使用不定詞は 節つきの他動詞 ) …, , , , , … (そのために宗教も才能も分別も威厳, 教養もなにも必要ない. 卑劣な精神があれば余 りある.) () →〈あり表現〉基準 に合致 … (わたしたちもそれをする必要があったのは言うに余る.) () →〈なし表現〉基準 ∼に不一致;使用不定詞は 節つきの他動詞 しかしながら, 本研究の基準にあてはまらない あり表現 も存在し, 基準の精度をあげ ると同時に別の仮説をたてつつのもつ二表現をさらに観察していく必要がある. 目的・ 達成を意味するフレーズ〈+不定詞〉との共存については, 内容が煩雑になるのを避け今回除外したが, 今後の分析・考察を要する事項であろう. また, なし表現 の不定詞とし て新情報を呈した他動詞が多用されることに対してもあらたに精密なる分析が要される. これら に加え, さらには存在動詞全般にあてはめることができるような理論を模索することが, 今後の 研究課題として保留されるテーマである 注 文法上の主語を持たず, 動詞が 3 人称単数に活用している文をいう 「十分である, …だけで足りる (実行だけで足りる), (騒ぎはもうたくさんだよ)もうよろしい!」 (西和辞典増訂版 高橋正武編 白水社 1979) “(意味的な違いが生ずる)”() 「動詞と組んで特殊な意味を表すこのような〈前置詞+その補語としての名詞句〉は補完補語と呼ばれ, 単なる状況補語と区別される. …補完補語を取る動詞は比較的多くあり, 次のように直接目的語と補完 補語とが構造上の変種として現れることがある 家事を見る 農場の管理をする…」 (中岡 1994:427) [主語 述語動詞 属詞 直接補語 間接補語 斜格補語] () としたうえで, 「斜格補語は, 前置詞によって導入されるもので, 前置詞付き補語と呼ぶこともできる. …随意要素であ る付加語とは異なり, むしろ次のような直接補語の役割と似ている. 警察はそ れを疑っている.」 () と記している. 解釈文は本稿筆者による , () 白水社 現代スペイン語辞典 1990 出典 白水社 西和辞典増訂版 1979 出典 …, , 〈〉,〈〉() , , , …, , , , …, , (), , () “, , , +…”(Ⅰ, ) 話者 , (出典 )話者 , (出典 )話者 , (出典 )話者 ,(出典 )話者 , (出典 )話者 , (出典)話者 , ( 出典 )話者
, (出典 )話者 , (出典 ) 話者 , (出典 )話者 ,(出典 ) 参考文献 , (), , (), , (), , ()“”, , , ()( , ) , ()“”, , , ()“ ”, , , ()“ ”, , , ()“”, , , (), , ()“”, , , (), , , ()“ ”, , , ()“” , () , () , , ()“”, , , ()“”, , 伊藤太吾, 1995, ロマンス語比較会話 , 大阪外語大学 興津憲作, 1972, 中級イスパニア語文法 , 創元社 出口厚実, 1995, 中級スペイン文法 表現編 表現12 非人称, 白水社 寺崎英樹, 1997, スペイン語の構造 , 大学書林 土岐恒二訳, 1984, 石蹴り遊び , 集英社 中岡省治, 1995, 中級スペイン文法 第22章 文型, 白水社