法の支配と司法審査制 -- 法治主義との対比において --
27
0
0
全文
(2) 近畿大学法学 第47巻第3• 4号. た明治憲法の下 で基本的な 法原理となった わけで あるが、本稿 では、 ヨーロッパ大 陸で生成し 発展してきた法治主義. と対比しつつ、英米法における法の支 配の意 義、およびそれがどのようにしてアメリヵ型司法審査制へと発展していっ. たかを考察する。とくに、 それを生み 出す契機とな ったマーベリ ー対マデ ィソ ン事件の概 要、背 景、判決の内 容等を. 紹介し、その問 題点を分 析 ・検 討する。そして、最後に、こん にちいずれの法系に属する国も民主主義や人 権保障 を. 確保する手段として立法の憲法統制 を必 要とするという点で共通の認 識を有 しており、その統制 の方法も、 司法審査. 型と 非司法審査型 の違 いはあっても、合 一化 の傾 向をホ していることを指 摘する。. -2-. 法冶主義 の意義 とそ の変 遷. 形式的法治t義. 系列の行 政裁 判所 による行 政裁 判制度)の確立であった。. 律による行 政」とその担保としての裁 判制度( ヨーロッパ大 陸諸国では厳 格な 権力分 立t義の関 係から、司法とは別. 九 世紀 の法治 主義の任 務は、「法 た。しかし、 回 の点 は、 警察国家の時代にすでに実現されており、したがって、 一. 会により、あるいは議 会の参 与によって、制定された法、すな わち、法律でな ければな らな いこと、の三 つを意 味し. が法に某づ いて行 われること、 回 司法が独立の裁 判所 により法に従 って行 われること、およびバ その場合 の法 が議. 克服し、国民の 権利 自山の保障 を確保するため主張された近代市民階級のイデ オロギーであ った 。 そ れ は 、 印 行 政. 大 陸諸国、とく にプロイセ ンにおいてみ られたような 警察国家( 絶対主義国家)における君主の無制 約な 支配 権を ハ 。. 法治主義とは、国の統治は議会の制 定する法律によらな ければな らな いとする原 則である。歴史的には、 ヨーロッ. (1).
(3) 法の支配と司法審査制 ー 法治主義との対比において. 本来、一九世紀に主張された法治主義は、 警察 国家を否定し、国民の自由と財産 を専断 的な行政権の侵害から守ろ. うとする自由主義的国家目的と、行政は法律によらなければならないとする目的達成手段の両 面を示すものとして 観. 念されていた。ところが、 一九世 紀末期にいたり、手段が自己 目的化し、法治主義は国家目的達成の手段を示すに過. ぎないものとみられるにいたった。換言すれば、法治主義は統治が法律によらなければならないという形式 的要 件を. 課すだけのものであって、その法律の内容の適正 まで求めるものではないと解されるようになった。. このような論理 の帰 結として、国は、議会の制定した法律によりさえすれば、法治主義の原則 に違反することなく、. 文 字どおり何でも行えるということになる。 公法学者は、このような法治主義についての観念 を形式 的法治主義と呼. -3-. んでいる。その極致は、全権をナチスに委ね、 ワイマール憲法を事実上終 息せしめた一九三三年 のいわゆる「授権法」. にみられる。 明治時代にわが国が継受した法治主義は形式 的法治主義にほかならない。. 実質的法治主義. 可避となった°積極国家・福 祉国家とは、自由主義国家体制によりつつ、労 働条 件・労 使関 係の規 制、社 会福祉、社. 市民生活への国家の積極的関 与が求められ、消極国家から積極国家、すなわち、 夜警国家から福 祉国家への転換が不. 平等を生み出し、それらはそのまま放麗することを許さない程度に達した。そのような社 会的矛 盾を解決するため、. が支配的であった。しかし、そのような体制の下で高度な発展をとげた資本主義は、もろもろの社 会的不 正ないし不. きと活動できる国家、すなわち、自由主義的な市民国家こそもっとも望ましい国家であるという国家観(夜警国家観). 一八• 九世紀における国家の任務は治安の維持という消極的なものであり、自由と財産の保 障により市民が生き生. (2).
(4) 近畿大学法学 第47巻第3• 4号. 会保障、生活環境整備などの実施によって国民の生存を配慮し、その限りにおいて、財産権および経済活動の自由を. 制限する国家のことである。ボン基本法でいう「社 会的法治国」とは、まさしくこのような国家をさす。. 社 会的法治国においては、国は国民の生存の配慮をなさなければならず、したがって、たとえ議会の制定した法律. によろうとも、実質的に社 会国家の原則、すなわち、 ひろく国民の生存権の侵害となるような行政を行うことは許さ. れない。ここでは、行政が法律によらねばならないとする形式 的要 件と、その法律が内容的に社 会国家の原則に合致. していなければならないとする実質的要件をみたすことが求められてい る。そのような意味の法治主義は、実質的法. -4 -. 治主義と呼ばれている。. 「法律による行政」の担保 の手段. の法的統制(違憲立法審査)は、厳格な権力 分立の見地から、 認められていなかったが、ボン基本法においては、 そ. ためのより効果的な法的統制がはかられている。また、形式 的法治主義の段階では、法律の実体の適正 をはかるため. においては、行政による権利 侵害は、 司法の系列に属 する行政裁判所の管轄とされ、「法律による行政」 を 担 保 す る. 点からみた場合、それが不 十分であったことは言うまでもない。この点、実質的法治主義を採 用したボン基本法の下. た(プロイセンの憲法をモ デルとした 明治憲法下のわが国もその例外ではない)。 このため、 国 民 の 権 利 救 済 と い う. 判 所の管轄事項とはせず、それとは別に設けられた行政の系列に属 する特別裁判所(行政裁判所) の管轄に属せしめ. の諸国では、イ ギリスやアメリカと違って、行政による権利 侵害の救済は、性質上行政作用であるとして、 通常の裁. 「法律による行政」を担保 するための法的統制はどのようになっていたのであろうか。 戦 前のド イ ツ など大 陸 法 系. (3).
(5) 法の支配と司法審査制 一 法治主義との対比において. の よう な 目 的 の ため 、 司 法 裁 判 所と は 別 に 、 始 審に して 終 審の 憲 法裁 判 所が 設 け ら れ 、 法律 の 抽 象的 判 断を 含 む広 汎. 〉. な 違 憲 立 法審 杏 に よる 基本 法秩 序の 維 持が はか ら れ る こ と と な っ た。. 〈注. 」. に 対す る 対狸 概 念 で 、 何 人 も 通 常 裁 判 所の 適 用す る 法( コ モ ン ロ ー ) に よら ず に そ. ドイツにおける法治主義の観念の成立と展開については高旧敏 「社会的法治国家の構成」(-九 三三年 ) の第 一章 「法治国 の展開と社会的法治国」(三頁 以下) の中 で詳述されている。. m 2 法 の支 配 と 司 法 審 査 法の 支 配 の 意 義. 「 法の 支 配 」 と は 、「 人の 支 配. の 自由 •財 産を 奪わ れ な いと いう コ モ ン ロ ー 優 位 の 思想 で ある 。一 六0 七 年 、 宗 教 裁 判 所と の 争 いの 中 で 、 当 時 民 事. 」. と いう プラ ク ト ンの 有 名 な 言 葉を 援 用し て 以 来 、 法 の 支 配 は 内 容 的 に 一定 の 変. 裁 判 所の 首 席 裁 判 官 で あっ たエ ド ワ ード ・コ ー ク 卿が 「 国 王 は、 法 に よっ て 作 ら れ たの で ある か ら 、 いか な る 人 の 下 に も立 た な い が 、 神 と 法 の 下 に あ る. 容を 遂げ つ つ も 、イ ギ リ ス 立 憲 主義 の 基本 原 則と な り 、 イギ リ ス 人の 権 利の 絶 対的 保 障 の シンボ ル と し て 重 要 な 役 割. が コ モ ン ロ ー で あ る こ と は 言 う ま で もな い 。. 」. 、 す なわ ち 、 国 王の 専 制的 支 配 を 排 し 、 正規 の 法と 通 常 裁 判 所の を 演じ て き た。 要す る に 、 法の 支 配 は、「 人の 支 配 」. 」. 優 位 を 示す 原 則で あ り 、 イ ギ リ ス に お け る 新 興 市 民 階 級 の 理 論的 武 器 で あ っ た。 と こ ろ で 、 コ ー ク 卿が 「 法の 支 配 と いう 場 合 の 「 法. し か し な が ら 、 イギ リ ス に お いて は、 その 後の 政 治 史の 独特 の 展 開の 中 で 、「 男 を 女に 、 女を 男 に す る こ と 以 外 、. -5-. (1).
(6) 近畿大学法学 第 47巻第 3• 4 号. イギリス議会は何事もなし得る」という言葉に象徴されている議会主権が確立せられ、議会優位ないし制定法優位の. 原則 が打ち立てられた。ここに至って、「法の支配」 も一定の変質を遂げざるを得なくなった。. 近代 イギリス公法における法の支配の古典的解釈はアルバート・ダイ シーによってなされたものであるが、ダイシー 121 は 、そ の著書 「憲法研究入門 」(-八八五 年)の中で、議会主権と法の支配をイギリスにおける二 大 公法 原理 と 説 き. つつ、 後者のメルクマールとしてつぎの一 二つをあげている。 すなわち、印 専 断 的権力 に 対 立 す る 正 式 の 法 が 絶 対 的. に優 越し、したがって、政府 の広汎な裁鼠権が 認められず、国民は通常裁判 所によっ て通常の法的な方法で確定され. た法の明白な違反のためでなければ処 罰されないということ、 回 すべての人 が通常の法の規 定に服 し 、 官吏 と い え. どもその例外ではないということ、およびり 人身の自由、集会の権利など権利保 障の憲法規 範は 、 憲法 の条 文 か ら. 生ずるのではなく 、具体的事件における裁判所の判決の結果であるということ、 の三点である。その中でとくに特徴. 的なのは、 回 で述べられたことである。 ダイシー が云いたかったのは、イギリスでは、「法の支配」の結果と し て 、. 一般市民を規律する通常法に従う義務から官吏 を免 除したり、そのような官吏 を管轄するための特別の裁判所(行政. 裁判所)を設けたりする余地がないということであった。このことは、とりもなおさず、イギリスには行政法はない. ということであった。しかし、福 祉国家 の指導理 念に立つ現代イギリスにおいて、行政法が存在しないというダイシー 151 の所説 がもはや妥当しないことは言うまでもない。. ― 1 0 世紀に入り、企業統制、労 働関 係規 制、社 会保障・社 会福 祉などによる国民の生 存の配慮が国家の任務の中に. 加 わってくると同時 に 、ダイシー の言うような古典的な「法の支配」を維持することは非常に困難となってきた。と. くに、第 二次大 戦後、社 会経済立法が一段と増加 し、その内容もきわめて技 術的、専 門的となっ たため、伝統的な法. -6 -.
(7) 法の支配と司法審査制 一 法治主義との対比において. 技 術の訓練しか受けていない通常裁判所の裁判官では手に負えない分野 が生じるにいたった。 このため、 実際の必要. 性から、イギリ スでもさまざまな行政審判所が議会の法律によって設置されているのが現実である 。 要 す る に 、「 法. の支配」についての ダイシー の見方は、 一九世 紀において支配的であった自由主義国家 観に 基づ いたものであり、 そ 6 こに一定の限界が存することは否定できない。しかし、だからといって、国家権力 への猜疑、 通常法に対 する信頼と. い う「法 の支配」の基盤ともいうべきものが失われたというわけではない。 イギリ スにおいて、議会主権という議会. の権力 優位の原則があるにもかかわらず、人権保障、権力 分立など立憲主義の諸要 素が他の民主主義諸国より強く保. -7-. 持されているのは、「法の支配」の伝統がなお脈々と生きているからにほかならない。. 法の支配の思想と司法審査の萌芽. まず、 ドイツ の場合をみると、プロイセン憲法や ワイマール 憲法には、立法の実体についての法的統制は存在せず、. 者には根本的な差異が存した。. ているという点では、両 者に差異はなかった。これに対 し、立法の実体についての法的統制という点については、両. 裁判所とか、 通常裁判所という違いはあるものの(また、その効果は別として) 、 行政に対 する 法 的 統 制 が 加 え ら れ. 行政裁判 所の存在の余地はなく、行政に対 する法的統制も、 通常の裁判所によって行われている。このように、 行政. ばら司法とは別系列の行政裁判所が担っていた。これに反し、英米の場合には、法の支配の原理 により、 そのような. 前述のように、戦前のド イツ、 オーストリ アなどのヨーロッパ大 陸 諸国においては、法律による行政の担保 は、もっ. 一九世紀に成立した法治国家では、当然のこととして、 行政に対 する法的統制(裁判 統制)が制度化 されていた。. (2).
(8) 近畿大学法学 第47巻第3• 4 号. し たがって、議会は無制約 に立法することができた。これに対し 、「法の支 配」の思想の中には、 議 会 を も拘 束 する. 原理 の存在 を肯定 する考え方があり、 この中に立法に対 する法的統制 、すなわち、違憲立法審査の起源を明瞭 に看取. することかできる。これは、議会主権の確立のため、イギリ スでは開花しなかったが、のちにアメリ カにおいて大 き な発展を遂げ、 同国の統治の重要 な基本原理 の一っとなった。. その考え方 というのは、 コーク卿によって書かれた一六 一0 年のボーナム医 師事件判決の中にみられる。その中で、. コーク卿は、コモ ンローの中のいくつかの原 則は「基本的」であり、 議会の法律でもってし ても制限し 得 ない「高次. の法」(hi aw)であると述べ、もし 議会の法律が「一般的権利 または理 性 」 (c o mmonr i ghtorr ghe e as rl on)に 反. する場合にはコモ ンローがそれを抑制し 、無効とするであろうと述べている。 彼はその判定を行う機関とし て通 常裁. 判 所を考えていた。しかし、 前述のように、イギリ スにおいては、議会主権 が確立せられ、議会俊位ないし制定 法 優. 位の原則 が打ち立てられたため、「法 の支配」の具体的内容も変化 を遂げ、議会の立法に対 する 司法審 査 の思想 は排 除せられることとなった。. これに反し 、アメリ カにおいては、植民 地時代の慣 行および独立後の特殊な政治的条件が司法権優越の思想を育み、. のちにきわめて党派的動機をもつマーベリ ー対 マディソ ン事件判決 (-八0三年)によって、アメリ カ合衆国憲法三. 条一節の「司法権」に違憲立法審査権が含 まれていることが解釈上確立せられることとなった。 このように、コーク. 卿の主張し た法律の司法審査 はイギリ スでは承認されることはなかったが、新大陸 のアメリ カにおいて根付くことに. なった。その理 由について、 以下に敷延する。. まず、理 由の一っは、植民地時代の慣 行である。アメリ カの植民地では、国王の特許状およびイギリ スの基本法に. -8 -.
(9) 法の支配と司法審査制 一 法治主義との対比において. ,. ゜. 反する植民地議会の法律は無効とされ、その最終 審査はイギリス本国の枢密院 (P ri vyCoun c i l) が 行 っ た 。 こ の 審. 杏は国王 の立法拒 否権 の行使の一形態 とも言えるが、これがのちの司法審杏 のモ デルとなったことは否定できない。. もう―つの理 由は、独立直後のアメリカの経済的、社 会的および政治的状 況である。当 時、独立 戦争の実質的遂りれ. でありながら、深 刻化 する経済的不 況の中で困窮の度を深 めていた小農民、 都市労 働者 などを基盤とする”叫進派 か、. aw)を制定するなどして、 e g alt e nde rl 州 議会の主導権を握り、債務者 の債務弁済を容易にするための法定通貨法 ( l. ' 有産者 を不 安に陥れていた。ま た 、 合法 的手段 で同 様 の こ と を達 成 で き な い 州 で は 、「シェ イ ズ の反 乱」(Shay s. ll be Re on)(一七八六年) にみられるような実 力による法秩序の無視すらみられるようになっていた。このような状 i. -9-. e 、すなわち、州 議会における急進的多数派 による支 配 から財 廂 権 ) ranny y dt e 「 選挙 による専 制」(el 況をみれば、 t c. と契約 の自由を守 るため、当 時の有産者 か司法審査制 を主張し たという事実は十分に首肯し得 る。 さらに、もう一っ. の理 由として、 一八世紀後半における自 然法思想の高まりをあげなければならない。とりわけ、独立宣言 (-七 七六. 年)が発せられ、その中で天賦不可譲の権 利が 謳わ れ て以米 、アメリカ人の間 には、議会の法 律でもってしても奪う 3 ことのできない権利、 すなわち、法律に優 先する高次払 が存在するという強い感情が根づ いていた。. 合衆国憲法起草者と司法密査. 題は匝接取り上げられたわけではないが、州 法に対する連邦法の優 位を確保する手段についての論議の中で肯定的に. 中で判例として成立し たことは、前述のとおりである。一七八九年 のフ ィラ デルフ ィアの憲法制定会議では、この問. アメリカ合衆国の憲法 には違憲' 立法審査権を定めた明 示の規定はなく、それが当 時のアメリカの独特の政治状 況の. (3).
(10) 近畿大学法学 第 47 巻第 3• 4 号. 論 じられたことは事実である。連邦党 の指導 者 の 一人であるア レクサンダー• ハミル トンも、連 邦憲法擁護 のために. 書かれた 「 ザ ・フェ デラ リス ト」 の第七八 編 の中 で、裁判所による違憲立法審査権を強力 に支持して、つ ぎ のように. 述べている。 すなわち、「 法 の解釈は裁判所 の当然かつ特 有 の任 務である。憲法は、事実上裁判 官 に よ っ て 基 本 法 と. みなされているし、そうでなければならない。したがっ て、立法機関 から発する特定 の法 の意味だけではなく、憲法. 上 の意味を確定することも、裁判 官 の本来 の仕事に属 する。もし両 者 の間 に調和しがたい相違が存在するとすれば、. より高次 の要 請および妥当性を有するほうが優先させられなければならない。換言すれば、憲法が法律よりも、人 民 G u の意思が人民 の代理 人 の意思よりも優先される ぺきで ある」 。. - 10 -. 以上 の主張を要 約 すれば、印 憲法と制定法とが矛 盾した場合、国 の基本法であり上 位 法 で あ る 憲 法 が 優 先す る と. いうこと、および 回 憲法も法で あ る以上、そ の意 味を確定する のは裁判所 の固有 の任務内にある と い う こ と 、. こ のように、司法審査について連 邦党と共和党 の見解は真向から対 立していたが、現実には司法審査を 認める立場. 法 部が、司法については司法部が、それ以外については大 統領が最終 的な憲法解釈権をもつべきであると主張した。. 司法部が憲法解釈に関し他 の部門より優越しているという考え方を認めず、三部門は対 等であり、立法については立. 州 の議会で採択さ れた一七九八年 のバー ジ ニア決議および ケン タッ キー決 議 の中で論述されている。また、共和党は、. ため制定した外国人法および治安維持法に対 する反対 運動 の一環として書かれ、バー ジニアおよび ケン タッ キー の両. ある各州 が対等 の立 場に立って保 有すべきも のであると主張した。これは、連 邦党が共和党による連 邦批判を封ずる. た。これに対 し、共和党 は、合衆国 の憲法は州 と州 と の問 の協約 であり、したがって、そ の解釈権は協約 の締結者で. に示したも のであっ 点に集約 できる。 ハミル トン のこ のような見解は違憲立法審査権につい て の連邦党 の考え方を中筈大. の.
(11) 法の支配と司法審査制 一 法治主義との対比 に おいて. が 根 を お ろ し つ つあ った。 さ き に引 用 し た ヘイ ンズ の著 書 に よ れ ば 、 一七 八 九 年 か ら 一八0 三 年 ま で の間 に生 じ た 多. 数 の事 件 に お い て、 州 の裁 判 所 が 制 定 法 を 連 邦 憲 法 ま た は自 然 法 原 理 に反 す る と し て無 効 と 宣 言 す る か 、 あ る いは そ. の よ う な 審 査 を 行 う 権 限 が あ る旨 を 宣 言 し て い る 。 ま た 、 同 じ 時 期 に、 一七 九 五 年 の バ ンホ ー ン の賃 貸 人 対 ド ー ラ ン ⑳ ス事 件 な ど 五 つの事 件 にお い て、 連 邦 巡 回 控 訴 裁 判 所 が 州 法 を 違 憲 無 効 と し て い る し 、 連 邦 最 高 裁 も 、 違 憲 と は言 わ. な か った が 、 い く つか の州 法 に対 し 審 沓 権 を 行 使 し て い る。 さ ら に、 連 邦 法 に つい ても 、 一件 だ け で は あ る が 、 一七 四 九 六 年 の ヒ ル ト ン対 合 衆 国 事 件 に お い て、 連 邦 最 高 裁 が 審 査 を 行 い、 合 憲 の判 断 を 下 し て い る。 一八0 三 年 ま で に司 8 法 審 査 が 確 立 し て い た と い う の は 誇 張 であ る が 、 司 法 審 査 制 成 立 への条 件 が 整 い つ つあ った こと は 事 実 で あ る。. 〈注〉 m 拙 稿 「法 の支 配と違憲立法審査制」 ジ ュリ スト六00号 一七 二頁。. . udyoft ot 切 Al bertV•Di nt roduct heSt heLaw oft heConst i t ut 10 n(1885) cey,I i ont 8 , d d 88, . . . 9-90 p 9 p 1 1 r 3 ③ Ibi e d. ,3rded.1889 ,p. . 90 1 ④ Ibid. ⑤ ウ ェイドは、 ダ イ シーが法 の支配 に ついて論 述 す る に当 って議 会 制 定 法 を ほと ん ど無 視 し て いると 述 ぺ て いる。 A.V.. `. , 9t ,1 , 18 939 wi 85 udy of t he Law and t ht t ot h ed. he st ed. he St on, 1 he Const i on t i ut t i cey,I Di roduct nt . 山 田幸男 教授 は、 「ダ イ シー的 な法 の支 配は、今 日 にお 0 xbyE.C.S.Wade pp.39-4 I roducti nt heAppendi on,andt い ても、議会制定法 の侵蝕 しな い部分 に ついて、普通法 の支配 として維 持 され ている憲 法 理論 であ ると いう こと が でき る」と. ホーウ ィ ッツ教 授 は、 「ダイ シーが最初 に著作 を著 し て以来半世 紀 の間 に、法 の支配と いう理 想 は、 反 動 的 な 政 治 的 社 会 的. 評 し ている。山 田幸 男 「 行 政法 の展開と市 民法」 ( 昭 和 三六年) 一――頁。. 見解 と密 接 に結 び つくも のとみなされるよう にな ってい った」と ま で言 っている。 モート ン・ホ ー ウ ィ ッ ツ ・樋 口範 雄 訳 「現. ⑥. 代 アメリカ法 の歴史」 ( 昭和 八年 ) 二九五頁 。. - 11 -.
(12) 眼 <•8抵痢 苫 牡坦紐Y超四 L探. | 8I ー. E 8 Co. Rep. 1 18a (1610) and 2 Brown! . (C. P . 1610) 255. § Marbury v. Madison, 1 Cranch 137. 全 溢拭斗榊嶺:I!�涵祀鋸 は 匿....) \-) :0, � �, �艇 旦 竺益祀返坦恒 ....) �茄辻如+,, ';〈 ド饂認邸llllI(俎 (Board of Trade) !1 芝�....) o t\-J Q 弄似 旦 担 r � I � く兵K母会 心毎芦者壮怠媒悩 や Q � !.1忌 臣OO Q 埠囲妾答ぐ甘 Q 坦赳�&II(蕊邸llllI(ぐ虹 埒 r \-J t\-' Q 袋宍 如 知 0 醤 心 芦 tQ Alfred H . Kelly & Winfred A . Harbison , The American Constitution: Its Origin and Development (1963) , pp. 51-52. 里 Charles G. Haynes, the American Doctrine of Judicial Supremacy (1959 ) , pp. 44-59. 志圏芦 「阿迫墨渾翌 (至品 I 兵母)' I J J 1 J J 1 J - I I J -\Jfm(0 ゜ ニ 翌堵 I 「 I'-- "" ::-- .;:: 埼4§-...\.J!iii'坦*8-1$11吾 S 笞ジ」 (至云臣4:1!:lr)' I 臣<-1 1 0 1 1 1im 0 含 翌i忌翠攣 I �<-1 J OOfm( 老 Kelly & Harbison , op. cit. , pp. 47-48. 宮 Benjamin F. Wright, The Growth of American Constitutional Law ( 1942) , pp. 15-20. 苗ヱ淀1 1 1 「 I'-- "' ::-- .;::: Q 而坦 榊窯語 旦 翌+,, tQ I 拇縣 -」 臼誼坦粘i i l� l rr炉 ( I 兵ギ兵迅ギm:::) ' � 臣直 Q 垢 含 如瞑� o 含 Wright, op . cit. , p . 16; Kelly & Harbison, op. cit . , p. 141. ® Hamilton , Jay & Madison, the Federalist (Modern Library 139) , p. 506. 8 Kelly & Harbison , op. cit. , pp. 207-9. 菩 Ibid . , pp. 225-26. 里 Haines , op. cit. , pp.148-70; Wright, op . cit . , p . 28. 思 Vanhorne's Lessee v . Dorrance, 2 Dall . 304. 忌 Wright, op . cit . , p. 29. § Hylton v. United States, 3 Dall . 171 . � Wright, .op. cit. , p .28..
(13) 法の支配と司法審査制 ー 法治主義との対比にお い て. 3 マー ペリー 対 マデ ィソン事件と司法審査 制 の成立. 事 件 の 背景. 裁判所による違憲立法審査がア メリ カの統治において欠くべからざる制度 であることは 周知の 事 実である。そして、. その法的根拠が一八0 三年のマーベリ ー対マデ ィソ ン事件判決 であることも広く知られている。本項および次項 では、. この事件がどのような背景の下に、かつどのような状況の中 で発 生し たかを明らかにする。. 初代 大統領ジ ョー ジ・ ワシン トンが合衆国大統 領を 二期つとめたあと、 副大統領 であった連邦党 の ジ ョン・ア ダム. ズが 二代 目大統領に就任した。その後、連 邦党の内紛のため、 一八00 年 ―一月の 選挙 では、ア ダム ズは再 選を果 せ. ず、また連 邦議会議員の 選挙においても、連 邦党は敗北を喫し た。 これらの事実は、合 衆国憲法 実施 以来 ―二年間 政. 権を握ってきた連邦党にとって、きわめて深 刻な打 繋 であった。ただ、連 邦党にとって幸いなことは、い わ ゆる 「レ. イム・ダ ック (l amed uc k)任期」のため、連 邦議会議員も、 翌年の 三月 三日ま でそ の ま ま 在 眠 でき る と い う こ と で. あった。 その点に着目した連邦党のリ ーダーのアダム ズ大統領やマーシ ャル国務長官は、それま で連 邦党が築いてき. た現行憲法秩序を擁護するには、任期終 了ま での 四 ヶ月の間 に、連邦党 色の濃い司法部を固めておく 以外にないと考. えた。連 邦裁判 所の裁判 官は、最高裁の裁判 官に限らず、すべて憲法上終身の身分保障を与えられていた。し たがっ. て 、共和党の支配する議会が連 邦党 の過去の実績を否認する違憲の法律を制定し ても、連邦党の立場を支持する裁判. 官が 司法部を占めている限り、そのような法律を 封 じ込めることが できるから である。. 大統領 選疸後の― 二月、ア ダム ズ大統領は、最高 裁首席裁判 官のオリ バー •エル ズ ワースより 健 康 を理 由 に 辞 峨し. たいとの書簡を受け取った。マーシ ャル国務長官は、最高裁を強化 する絶 好の機会とばかり、 後任に連邦党の立場を. - 13 -. (1).
(14) 近畿大学法 学 第47巻第 3 • 4 号. 支持する強力 な裁判 官を任 命するよう大統領に進言した。しかし、 適任 者を見 つけるのははなはだ困難であった。と. いうのは、当時、最高 裁の裁判 官は、最高裁での本 務の ほか、 巡 回区と呼ばれる一定の区域内の地方裁判所を巡回し、. そこの裁判所の裁判 官と 一 一人一組となっ て控訴審の審理 に当たるという職務を負わされていた。年 間数 ヶ月にも 及ぶ. こ の巡回業務は、道路事情も悪く、交 通機関 も馬車しかなかった当時、高 齢の最高 裁の裁判官には相当 な激務であっ. た。そのため、これはと思う人は最高裁裁判 官になりたがらず、かりに就任 しても、 ほかによい職が見 つかるとさっ. さと辞めてしまうというのが実情であった。この時も、意中の人から就任を断 られたため、ア ダ ムズ 大統領は、 ジ ョ. ン・マーシ ャルを国務長官在任のまま(任期終 了まであと二 週間を残して)最高 裁裁判 官に任 命した。. 二月に人ると、任 期終 了寸前の連 邦議会が、急いで連 邦裁判所の組織に関 する 二 つの法律を制定した。そのうちの. つは、いわ ゆる 「一八 〇 一年の裁判所法」( -八 〇 一年 ― 一月一 三 日成立)で、それは、かねて か ら 問 題と な っ て い. た最高 裁裁判 官の巡回任 務を解き、その代わり六 つの常設控訴裁判所を設け、そこ ヘ一 六人の専属 の裁判 官を配置す 4 ることを定めるとともに、最高 裁の定員を六人 から 五人に減らそうとするものであった。もう ―つの法律(同年 二月. 二七 日成立)は、 ワシ ント ン特別区のための控訴裁判所(三人の裁判官より成る)の設置と、大統領が必要 と認める. だけの治安判事、執行 官、事務官等 の峨の設 韻を定めるものであった。後者の職はさ ほど菫要なものではなかったが、. それらの ポス トには連 邦等の忠実な地方党員が任命されたことは言うまでもない。 選挙で 敗れた大統領と連 邦党主導. の議会が、残任 期間にこのような重要 な法律を制定し、それによっ て創設された裁判官眠に自派 に忠実な党員を当 て. るというのであるが、アメリ カの司法の 歴史の中でもこれ ほど露骨なやり方は類例がない。. このような連 邦党のやり方に憤激した共和党支配下の議会は、 一八0 ― 一年三月、問 題の 「 一八〇一年の裁判 所法」. - 14 -.
(15) 法の支配と司法審査制 一 法治主義との対比にお い て. 151. を 廃止する法律を制定し、一七八九年の裁判 所法を復活せし めた。 続 いて、共 和党主導の議会は、それまで年 二回だっ. た最高 裁の開廷期を年 一回とする法律を制定した。 一八0 一年の裁判 所法の廃止によって職を失うことになる控訴裁. 判 所の裁判 官が、憲法上の終 身の身分保 障(三条 一節)を根拠に、裁判 所に地位の保 全を求める訴えを起こし てく る. のを阻止するのが 狙 いであることは明白であった。 一八〇 二年 四月、同 議会は、さらに、 巡回裁判所法を制定し 、 そ. れによって合衆国の全 域をかっての三つから六つの 巡回区に 分け直し、最高 裁裁判 官 一名とその地域の地方裁判 所裁 判 官一名を一組としそれ ぞれの 巡回区を 巡回させることとし た。 J. のような共和党 の巻き 返し に直面し て、マーシ ャル最高裁首席判 事も、尋常な手段 では連邦党の築き上げてきた. - 15 -. 憲法体制を守りきれな いとの危機感をもって いた。その彼にとって、 マーベリー対マ デ ィソ ン事件は、連 邦党員とし て自ら自己 の使命と考え て いることを達成する絶好の機会であった。. 事件の概要. 翌 日の 三月 四日、共和党 のジェ フ ァソ ン が第 三代大 統領とし て就任し た。し かし 、新大 統領は 、手 続きが完了し て. れらの辞令を机の 上に 置 いたまま帰 宅し 、その交付の仕事は次期国務長官の マ デ ィソ ンに引き継がれることになった。. 辞令に自ら国璽を押印し 、 記録をし 、 封鍼までし た。仕事が終 了し たのは真夜中であった。仕事に疲れた長官は、 そ. のは 三月 三 日の 夜であった。 政権交替をあと数時間 さきに ひかえ、 マーシ ャル国務長官は、つ ぎつ ぎと送られてくる. 較的に重要 性の少な いものであったため、その任 命手続きも一番最後に廻さ れ、上院の同 意 を得る手続きが完了し た. 邦党 員で弁護士のマー ベリーを含む 四二人を任命した。治安判事は、わ が国の簡易裁判 所裁判 官に相当 する戦で 、比. 「一八〇一年の裁判 所法」に基 づき、退任直 前の アダムズ 大統領は、問 題の ワシ ン トン特別区の治安判事とし て連. (2).
(16) 近畿大学法学 第47巻第3• 4 号. いな い こ とを 理由 に、 マー ベリ ーを 含む 一七 人 の 被 任 命 者 た ち の 辞令の 交 付 を 保 留す る よう マデ ィ ソ ン新 国 務 長 官 に. 指 ホし た 。 治 安 判 事 の 任 命 は 、 実 質 的 に は大 統領 に よる 指 名 と 上院 の 同 意に よ って 完 結 し て おり 、 辞 令 の 交 付 は 形 式. 的・ 補助的 な 行 為 に 過ぎな か った 。 し か し 、 辞 令 かな け れば 、 戦 務 に 付 く こ とが でき な い 。 そこ で マー ベリ ー ほか 三. 名 が 、 ―ヒ八 九 年 の 裁 判 所 法 一三 条 に 甚 づ き 、 マデ ィ ソン 国 務 長 官 に 辞 令 書 の 交 付 を 強 制 す る 職 務 執 行 令 状. ( mandamus )を 求 め る 請 求を 最 高 裁 に 提 起 した 。 ち な みに、 同 条 は 、「 最 高 裁 判 所は 、 … … 法 の 一般 的 原 則 と 慣 例. に より 認め ら れ る 場 合 、 合 衆 国の 権 威の 下に 設 置さ れ た 裁 判 所 また は 官 職 を 奉 ずる 者 に 対 し 、 職 務 執 行 令 状を 発す る 権 限を 有す る 」 と定 め て いる 。. マー ベリ ーら の 請 求 を 受 理 した 最高 裁の 首席 裁 判 官 は 、 言 う ま で もな く、 辞令の 交 付 を 怠り 、 事 件 の 原因を 作り 出. し た 前 国 務 長 官の マー シ ャル で あ った 。 当 然 、 マー シ ャル の 立 場 は デ リ ケ ー トで あ った 。 そも そも マー シ ャル は 事 件. の 関係 者 で あり 、 その 彼が 法 廷に お いて 審 理 に 携 わ る こ と自 体 が 問 頌で あ った 。 それ に 、 ジ ェフ ァー ソン 大 統領 はす. で に マー ベリ ー た ち に 辞 令 を 交 付 しな い こ とを 公 言 して いた の で ある 。 か り に 最高 裁 が マー ベリ ーら の 請求を 容 詔し、. 戦 務 執 行 令 状を 発 給 し た として も、 政 府 が こ れ に 応 ずる 可 能 性 は ほとん どな い と言 って も よ か った 。 軍 隊 の 指 揮 命 令. 権 を もつ 大 統領や 予 算 支 出 停 止権を もつ 議 会 と 異な り 、 司 法 部 に は 、 自ら の 決 定 に 政治 機 関を 従 わ せる だけ の 力が な. い 。 も し マデ ィ ソン か職 務 執 行 令 状 に 従 う こ と を 拒 否 した とすれば 、 打つ べき 手 を もた な い 最 高裁 の 裁 判 官 た ち は、. 世 間の 目に は 間 抜 け と しか 映 ら な いで あろ う 。さ り とて 、 も し 最 高 裁 か マー ベリ ー た ち の 請 求 を 却 下 す れば 、 それ は ⑬ 最高裁 が 自 ら 法 執 行 能 力 を 欠 いて いる こ と を 認め る よう な もの で ある 。 い ず れ に せよ、 この 事 態を 打 開す る の に 単 純. な 法 理 論 だけ では 不 十 分 な こ と は 誰 より も マー シ ャル 自 身 が 一番 よ く理 解 して いた 。 この よう な 状 況の 中で 、 手 続 き. - 16 -.
(17) 法の支配と司法審査制 ー 法冶主義との対比において. は開始され、や が て .一 月 二四日の 判決 日となった。. ③ 判決の要 旨. マーベリー対マディ ソン 事件の争点は、 S マーベリーに辞令の交付を受ける権利があるか、 回 も し そ の 権 利 が あ. るとして、その権利 侵害についてマーベリーは法上の救済を得られるか、さらに、 い 救 済 が 与 え ら る と し た 場 合 、 最高裁は職務執行令状を発することができるか、の 三点に要約 される。. これに対して、判決は、ま ず、い については、上院の 同意が得られており、大 統領の 署 名 、 国 務 長 官 に よ る 国 璽. の押印があることも認められるので、任命行為は完結している。したが って、マー ベリー は当然辞令の交付 を受け る. 権 利を有するし、国務長官がその交付を保留する何の法的根拠もない、と論ずる。 ついで、 回 に つ い て は 、 法 的 権. 利の本質は、それが侵害されたときに法的救済か与えられるという点にある。したがって、マーベリー が辞令の交付. を受ける法的権利を有す る 以上、その権 利の侵害かあれば、当然法的救済が得られるはずである。マー ベリーは、具. 体的にはマディ ソン国務長官に辞令書の交付をなすよう命ずる職務執行令状の発給を求めているが 、こ の令状は、政. 府の官吏が自己の職務を執行しない場合に、それを行うよう命ずるものである。ただ、それを発給するのが司法部で. あるところから、職務執行令状の発給は司法部による行政権 の纂 奪ではないかという批判もある。しかし、こ の令状. は、政府の官吏の裁量に属 する行為の実行を命じたり、政治的 問 題を解決させるためのものではなく 、法的に輯束 さ. れ裁量の余 地のない行為の実行を命ずるだけのものであるから違法とは言えない 、と論ずる。ところが、本件ではマー. ベリー が戦務執行令状の発給を求めるのは妥当としても、果たして最高裁にそれを発給する権利 があるか否かの問 題. - 17 -.
(18) 近畿大学法学 第47巻第 3 • 4 号. が残る。この問題、すなわち、 い については、判決は、 マ ーベリ ーの主張(それは連 邦党 の 主 張 で も あ る ) を す べ. て認め てい きながら、最 後の と こ ろで 突然態度を変え、最高裁にはそのような職務執行令状を発する権限はないと、. 結 ぶのである。その理 由として、判決は、最高 裁に職務執行令状の発 給を認めた一七八九年の裁判所法一三条 が合衆. 国憲法 三条二 節二 項に違反し 無効である点をあげ、 その結果、同条 に基づ いて令状の発給を求めたマーベリ ーらの請. 求は 認められない、と言うのである。. 敷延すれば、憲法三条 ―一 節 二項は、最高 裁は外交使節に関 する事件および州 が当 事者となる事件以外の事件では第. 一審裁判管轄権をもたない旨を定めている。し かるに、一 七八九年の裁判所法は本件のような ケー スにつき最高 裁に. 第 一審裁判管轄権を付与し ており、これは明らかに憲法の規 定と 抵触する。このように、法律と憲法とが矛 盾した場. 合 、国家 の基本法とし て 制 定された憲法の性質からみて、憲法が優先し 、 それに反する法律が無効となるのは論理 必. 然である。. そこまでは問題はない。問 願は 、法律が憲法に違反し ているか否かを誰が判断 するかである。成文 憲法が法律に優. 先するのが自明であるとし ても、そのことだけで法律の憲法判断 適合性の判断 を行う権限、すなわち違憲立法審杏 権. が司法部に存するということにはならない。このことは、成文 憲法をもっている国の大多数が司法裁判 所に違憲立法. 審査権を与えていないことからも明らかである。判決が言おうとし たのは、 具体的な法律上の争いが提起された場合、. 裁判所は法を解釈し、 それを適 用し て事件を解決することを任務とするが、もし 憲法と法律が抵触し ている場合、 裁. 判所としては、当然憲法のほうに従い法律を無視すべきで あるという点であった。. 判決が根拠とし ているのは、まず第 一に、司法権が 「 この憲法、合衆国の法律、合衆国の権威の下にすでに締 結 さ. - 18 -.
(19) 法 の 支配 と 司法審査制 ー 法治主義 と の対比に お い て. れ、また将来締結されるす べての条 約」に 及ぶと定めた憲法の文 言( 三条 二節一項)である。判決は、合衆国の憲法. に 基づいて発生した事件の裁判は、その事件の基礎とな った憲法 に照らしてなされる べきであると言う。そして、 ニ. つの例を示して自問をしている。その―つは、憲法は権利 剥奪法および 遡及処罰法の制定を禁止している(一条 九節. 三項)が 、それにもかかわらず、そのような法律が制定された場合 、裁判所はそのような法律を適 用して憲法が保 護. している人びと を 死刑に処 することができるであろうか。また、憲法は同 一の犯行に対 し 二人の 証言がある場合、ま. たは公開の法廷において自白がなされた場合以外は、反逆罪に処 せられないと定めてい る( 三条 三節一項)が、法律. が 一人 の証言で 有罪にできるとした場合、 裁判所は憲法を無視してそのような法 律に従う べきであろうか。この答え. は明白であり、このような例からして、司法部が違憲立法審査権をもつのは当 然であると判決は論じていく。ついで、. 判決は、第二 の根拠として、裁判 官の憲法擁護の宣誓義務をあげている。 すなわち、裁判 官は、就任 の際、憲法およ. び法律を遵守し、誠実かつ公正 に峨務を執行することを 宣誓するよう憲法六条 三項によ って義 務づけられているとい. う点である。. さらに、第三 の根拠として、判決は、憲法の最高法規 性を定めた規 定(六条 二項) をあげている。すなわち、この. 規 定では、国の最高法規として、「 この憲法、これに依拠して制定される合衆国の法律、および 合 衆国 の 権 威 の 下 に. ――つが列記さ れているが、そこでは、「憲法」が 筆 頭 に あ げ ら れ て い すでに締結され、また将来締結される条 約」の 一. るし、「法 律」もこの憲法に依拠したものでなければならないと明示されている点を判決は指摘している。. - 19 -.
(20) 近畿大学法学 第47巻第3 • 4号. | 判決の問題点. さきに述べたように、本件では、国務長官として事件の原因を作 り出したマ ーシ ャルが 、首席裁判 官として事件の. 審理 に参加し、さらに、自ら判決まで書 いて いる。事件の関係者が裁判に関 与すると いうこ と自体、おかしなことで. ある。さらに、判決の論理 の進め方も異例である。本来なら、裁判所は、まず第 一に、当 該事件につ いて裁判を行う. 権限があると判断 した場合 、初めて実体的審査に人るのである。ところが、本件では、裁判 所は、マ ーベ リーに 令状. の発給を求める実体上の権利かあるか否かと いう審杏を最 初に や り、そのような権利 があると論じておきながら、結. 論としては、最高裁に管轄 権がな いとしてマ ーベ リーの請求を斥けたのである。マ ーシ ャル法廷は、結果 的には共和. - 20 -. 党に軍配をあげる形をとっ たが、さきのような審理 方式 をとることによって、自らの立場を擁護すると同時に、共和. ,ノ ,' し. 党の非を説 く絶 好の機会をつかんだことになる。たしかに、マ ーシ ャレょ、一般に言われるように、法律理 論家と い. う よ りも、政治家、それも献身的な連 邦党の政治家であった。かれが司法審杏権の根拠としてさきにあげた 三つの点. につ いても、法的根拠としては、はなはだ不 十分であるとの批判がなされて いる。 以下にお いて、この三点に対 する 批判を紹介する。. 判決は、ま ず、司法権が合衆国の憲法に基づ いて発生 したすべての事件に 及 ぶとする憲法一 云一条二 節一項から、. ある。判決があげた事例のように、議会が憲法の明示の規定に反して権利 剥奪法または遡及処 罰法を制定した場. 定を禁止した憲法一条 九節一 二項 )が採 択されたのちに、前述の一 ―一条 二節一項が成立したと いう 歴史的事情などで. 強 い批判がある。その根拠とするところは、立法権に対する制約 規定(たとえば、権利 剥奪法 ・遡及処 罰法の制. 論理 必然的に違憲立法審査権が導き出されると主張するが 、同条項にそのような意味をもたせることにつ いては. (1).
(21) 法の支配と司法審査制 ー 法治主義との対比において. 合 に、裁 判所がそれを審査し 無効と宣言する権 限を憲法三条 二節一項から導き出すことには、あまり問題はなか. ろう。な ぜならこのような事例の違憲性はきわめ て明白であり、裁判所かことさら審査するまでもな いからであ. る。これに反し 、違憲性がそれほど明確でな い場合にも、三条二 節一項に基づ き司法審杏 権 が当然認められると. いうことにはならな い。判決が、権 利 剥奪法 ・遡及処 罰法のような極端な事例をあ げ て、同条項から司法審 査権. を引き出そうとするのは、 あまりに も我田引水的である、とマーシ ャルの批判者は いう。. つぎに、判決は、裁判官の憲法擁護の宣誓義務を根拠とし て、 司法審査権を 主張するが、 このような憲法擁護. の宣哲を義務づ けられ ているのは、裁 判官だけではなく、 議員も、行 政官も、同様 である(六条 三項 ) 。 と く に、. 大統領につ い ては、就任 に先立ち、特 別 に「合 衆国大 統領の戦務を忠実に執行し、 全力 を尽くし て合 衆国憲法を. 保持し、防護し 、擁護することを厳粛に宣誓(または誓約)する」ことを憲法 上 義務づ けら れ ている(二 条 一節. 八項 ) 。この点からすれば、裁判官ではなく、大統領こそ違憲立法審介権をもつ ぺきであると いう こ と に な る 、. と 批判者は いう。. さらに、判決は、 司法審杏権の根拠とし て、法律が憲法に依拠し ていなければならな いと定めた六条 二項( 連. 邦優位条 項)を あ げ ているが、この規定は、憲法が 法律に優位し ていると いうことの根拠にはなっ ても、司法審 杏 権 の根拠とは到底なり得な い、と批判者は指摘する。. 一月の 選挙 によっ て立法部と行政部を奪わ れた. とに力ヽ△< ヽその中身がどうであれ、この判決は、アメ リカの統治制度、とりわけ、司法部の在り方につ いての連 邦 党対 共和党の論争に 一応の終 止符を打つものであった。 一八00年. 連邦党が、最後の砦とも いう べき司法部を通し て、自らの政治理 念を制度的に確立するのに成功し たと いう意味で、. - 21 -. (2) (3).
(22) 近畿大学法学 第47巻第 3 • 4号. の判 決 の意 義 は大 き い。 し か し 、 マー ベ リ ー判 決 に よ って司 法 審 杏 権 が 明 示 的 に認 め ら れ た と い っても 、その動機. J. が き わ め て党 派 的 で あ った た め 、 そ れ に対 す る批 判 も 強 く 、 現 実 に最 高 裁 も 、 一八0 三 年 か ら 一八 五 七 年 の ド レ ッド•. ス コ ット事 件 ま で の 五 四年 問 、 連 邦 の法 律 に対 し 一件 の違 憲 判 決 も 下 し て い な い。 最 高 裁 が ひ ん ぱ ん に違 憲 立 法 審 杏. 〉. M arbury v. M adison, 1 Cranch 137.. 〈注. 権 を 行 使 す る よ う に な った の は、 連 邦 の力 が 飛 躍 的 に増 大 す る 南 北 戦 争 以 降 であ る 。. m. story ofthe G eorge G . H askins & H erbert A . Johnson, H i. story (1965), pp.19- 20. bourg, The Suprem e Courtm A m erican H i orie G . Fri M arj. ted States V ol.II Suprem e Count of the U ni. ③. , p.184. Johnson, op. ci t.. O -― 年 の法 律 を 最 高 裁 が違 憲. であるが、実際 には新 しく就 任す る大 統領 から最高裁裁判官を任 命 す る機会 を奪 うため の巧妙 な意 図があ ったと さ れ て いる。. そ の表向 き の理由 は、 一八〇 一年 の裁判所法 により常設 の控訴裁判所 が設 けられ、 最高裁裁判官 の業務 が減 った と いう こと. , 1801 -15), pp.79-,83. (Foundation ofPow er:John M arshall. ②. ぃ. , pp. 168- 69. Ibi ns & Johnson, 0p. ci d.,p. 228;H aski t.. ,pp. 199-,200. t. K elly & H arbison`op. ci ⑤. , p. 226.それと同時 に、 y & H arbison, 0p. cit. K ell. とす ることを防 止し ようと いう意 図 があ ったと言 われ てい H askins & この制度 は南北戦 争後 ま で基本的 に変 わらな った。 Ibid.,pp. 22.. 一八〇 一年 の裁判所法を廃止した 一八. ⑥. ⑦. , Sec. 13, 1789. at.81 1 St. I d.,p. 184. bi. , p. 22. t. Fri bourg, op. ci. ⑧. ⑩. .,p. 23. t Fri bourg, op. ci. , p. 35;K ell , p. 229. t. t. y v. H arbison, 0p. ci bourg, op. ci Fri. ⑨. ⑪. , p. 229;Fri .,p. 23. K ell y & H arbi son, 0p. ci t. t bourg, op. ci. ⑫ ⑬. - 22 -.
(23) 法の支配と司法審査制 一 法治主義との対比 に お い て. 4 違憲立法審 査 に向 け ての合 一化傾向. 司法裁判所による違憲立法審査制がきわめて党派的動機 で下された判決(マーベリー対 マディ ソン判決) によって. 成立し たことは、全 章 で述 べたとおり である。し かし 、それが根のないところに突然芽生えたものもの でないことも、. 2の ② で解説した。 封建制度をもたなかった新大 陸 での憲法制定権者の最大 の関 心は、 「選挙に よ る 専 制 」(e e c t ed l. nny )から国民(と言っ ても有産者 であるが)の財産権や契約 の自由を守ること であり、 違憲立法 審 査制 の 根 底 t y ra に議会に対 する不 信が存在し たことは明らか である。. 裁判所による違憲立法審査 権は 「 両刃の剣」 であり、その 使い方によってはきわめて危険 であった。その歴史を見. ても、一九世 紀末葉 か ら 二0 世紀にかけて生じた社 会的変化を理 解 でき ず、 古典的な レ ッセフ ェールの 思想に 固執す. る連 邦最高裁が、 適正 手続条 項や法の平等保護条 項に基づ き、 州や連邦の社 会経済 立法を違憲無効とし、 民 主主義の. 発展を妨げたことは周知の事実 である。し かし 、第 二次世界大 戦後、国民の間の人権意識の高まりを反映し、マ ッカー. シズ ムの払拭、人種統合の推進など人権保 障の推進のため最高裁が果たし た役割は極めて大きい。. このように、アメリカ では、統治において司法の果 たす役割は大 きく、このため、 アメリカは司法国家とさえ呼ば. れいる。国民によって直接 選ばれておらず、か つ国民に直接責任を負わ ない司法機関 が、 国民の代表機関 である議会. の制定し た法律を審査し 違憲無効とするのは 民主主義 の 原則に 反し ないかという問 題提起がし ばし ばなされてきた。. 確かに、ある時期、アメリ カ合 衆国最高裁が反動的ないし 非民主的機能を果たし たことは争うことの できない事実 で. あるとしても、 長期的にみて、それがアメリ カの民主政を支え発展させてきたことは間 違いない。もちろん、その際、. その背後に健全な世論があったことは言うま でもい。一 七世紀のイギリ ス で主張され生成し てきた 「 法の支配」の 概. - 23 -.
(24) 近畿大学法学 第47巻第 3 • 4 号. 念 は、 マー ベリ ー対 マデ ィ ソン 事 件 という き わ め て政 治性 の 強 い 事 件 を とお し て、ヨ ー ロ ッパ大 陸 では みら れ な か っ. た 法律 の 司 法 審 杏 を 新 大 陸 に 根 付 か せたの で ある 。 そし て、 こ ん に ち それ は アメ リ カの 統 治 制度 の 中 で 欠か す こ との でき な い 制度 と な っている 。. こ の 点、 強 大な 行 政 権 を ほし い ま まに し てい た 絶 対 干 政 を克 服す る イ デ オロ ギ ーとし て登 場 し たヨ ー ロ ッパの 法 治. 主義 の 体 制 下で は 、 厳 格な 権 力 分 立 主 義 が 取ら れ 、 司 法 裁 判 所 に よる 違 憲立 法 審 査が 存 在す る 余 地 は なか った。 そこ. で は 民 選の 議 会 こ そ唯 一の 法の 解 釈 者 で あ り、 裁 判 所が 議 会の 制定 し た 法 律 に「 高 次の 法 」な い し 憲 法の 立 場か ら 目. 己の 解 釈 を 押し つ け る と いう こ と は許 さ れ な い と 考 えら れ ていた 。 しか し、 ナ チ ス・フ ァ ッシ スト 時 代 の 経 験 はIf法. 府 に 対す る 国民 の 信頼 を失 わ せ、 立 法の 違 憲 審 杏 の 必 要 性 を痛 感 さ せる こととな った。. 第 二次 大 戦 後 内ヨ ーロ ッパで 制定 さ れ た 憲法 は 、 ほとん ど例 外な く違 憲立 法 審 査 制 を 採 用し ている 。 た だ、 英 米 ほ. ど 司 法 裁 判 所 に 信 を置い てい な いヨ —ロ ッパ大 陸 諸 国 は アメ リ カ 型の 司 法 審 査 制 は とら ず 、 政 治 機 関 、 あ る い は 司 法. 裁 判 所 とは別 に 設 け ら れ た 憲 法 裁 判 所 に その 機 能 を果た さ せ ている 。 た と えば 、 一九 五八 年の フラン ス憲 法 は 、 非 司. t i t ut i onnel) に 「 法律 の 憲 法 統 制 」 ( 抽 象的 審 杏 ) を行 な わ せ てい る し 、 ボ ン某 法 機 関で あ る 憲 法 院 ( Cons ei lCons. 本法や 、 一 九 四八 年の イ タリ ア憲 法 も、 憲 法 裁 判 所 を設け 、 法 律 の 具体的 規 範 統制 となら ん で 抽 象的 規 範 統制 をな す. 権 限 を付 与 し ている 。. この よう に 、 法 治 主義 の 原則 に 固執 し てき たヨ ー ロ ッパ大 陸 諸 国 も、 ナ チス・ フ ァ ッシ スト 時 代 の 反 省 か ら 、 立 法. に 対す る 規 範 統制の 必 要 性 を 認め 、 通 常 裁 判 所 とは別 に 、 立 法の 抽 象的 審 査 を 行う 審 査 機 関 を設け る よう に な った こ. とは、 先に 述 べた と お りで ある 。 過去の 歴 史 を 反 映し 、 そのや り方に 違 い は あ っても、 憲法の 立 場か ら す る 立 法 統 制. - 24 -.
(25) 法の支配 と 司 法審蒼制 一 法治主義 と の対比 に おいて. の必 要 性 と いう 点 で は 、 両 法 系 の間 に見 解 の相 違 は な い。 カ ペ レ ッテ ィ教 授 は 、 法 の支 配 の伝 統 に立 つ英 米 法 系 の国. ぐ にと 法 治 主 義 を 信 奉 し てき た 大 陸 法 系 の国 ぐ に の間 に、 違 憲 立 法 審 査 の方 法 を め ぐ って歩 み よ り の傾 向 が あ る こと. 〉. を 指 摘 し 、 そ れ を 「合 一化 傾 向 」 ( convergi ng t r end) と 呼 ん で い る。. 〈注. .Sandf 奴隷制 を容 認した 一八五七年 のド レ ッド・ス コ ット対 サ ンフォード事件判決 ( Dre dScot tv 9How.3 ord,1 9 3)、 公 共 施 設 にお け る人 種 隔 離 を 定 め ても 平 等 規 定 に違 反 し な いと 判 示 し た 一八 九 六 年 のプ レ ッシ ー対 フ ァーガ ソ ン事 件 判 決. m. `. `. 63 U. S.537)、 日系 人 の強 制 移 住 を 合 憲 と し た 一九 四 四 年 の コ レ マ ツ対 合 衆 国 事 件 判 決 ssy v•Fe e Pl ( rguson, 1 2 , 2 自由を著しく規制 す る反 共 立 法 の ス ミ ス法 を合 憲 と し た の 現 表 ・ 社 結 会 集 edSt t 、 ) 3 4 3 1 · S · es U at suv•Uni emat Kor ( ,, ; 九 五 一 年 の デ ニ ス 対 合 衆 4 国 9 4 事 ) 件 な 判 v どを見 よ。 · 決 U ( n D i t e e d n n i s 3 4 S 1 t a t e s U S ,p.24 .たとえば、 ナ チスが第 一党 とな った ワ i i d,vi emporaryWorl nt ew i heCont alRevi ci i Judi t et ② M auroCappell イ マー ル共和国議会 か制定 した .九三三年 のいわ ゆる 「 授権法」 が民t的 な ワイ マール憲法を骨 抜き にし、ナチス独裁 へのレー ルを敷 いたごとく である。. ③ フラ ンスの憲法院は、 大統領、国民議会議長、 元老院議 長 が大 々三名づ つ任命 す る計九 名 の委員 と、元大統 領 によ って構 成 される。 終身 の 委員となる元大統領以外 の委員 の任期 は九年 で、再任 されな い ( 憲 法 五六条 ) 。 憲 法 院 は、 法 令 の抽 象 的 審 査 を行 う ( 同六 一条)。. i. 項• 憲法裁判 所法ー一 条 ―一 項) 。憲法裁判所 は、 二部 より成 り、 各 部 の裁 判. 一九 四九年 のボ ン基本法 の定 める憲法裁判所 は、連邦議会 が選出 す る八名 の裁判官、 および連邦参事院 の選出 す る 八 名 の裁. 判官合計 "六名 の裁判官 により構 成 され る ( 九 四条. 印. 1. 官 の定数 は八名 であ るが、 そ のうち二名 は連邦最高裁裁判官 のうちか ら選任 された者 でなけ ればならな い ( 憑法裁 判所法二項 ・ 三項 ) 。なお、憲法裁裁判官 の任期 は _ 一 年 であ るか、六 八歳 の定年 に達 すれば、 そ の限 り でな い ( 同法 四条 一項 •三項 ) 。. また、 一九 四八年 のイタリ ア憲法 によれば、憲法裁判所 は、 一五名 の裁判 官より成り、 そ のうち三分 の 一は大 統領 によ り、 三分 の 一は国会 により、 また=一 分 の ーは通常最高裁判所 お よび行政上級裁判所 により指名 される こと にな っている (-三 五 条 一項) 。憲法裁裁判官 は、通常最高裁判所 の元裁判官 および行政上級裁判所 の元裁判官、法 律 学 専 門 の大 学 教 授 な ら び に二0. - 25 -.
(26) 近畿大学法学 第47巻第 3 • 4号. 年の実務経歴を有する弁護士の中から選任される ( 同条二項) 。また、その任期は九年で、再任は許されない ( 同条三項) 。 ,p.8 ,0p.c . 4 t. i i t t e ll ⑤ Cappe. お わ りに. 以上考察 したように、法の支配の 観念も法治主義の原則 も、 行き着く所は違憲立法審査制の確 立であった。 ョーロッ. パ大陸 法を継受したわが国の明治憲法の下 では 、 司法裁判 所は違憲立法審介権を有しなかっ た。それに反し、 日本 国. 憲法は英米法系の司法の概念を採 用し、ア メリカ 型の違憲立法審査制を導 人した。. とは言え、わが国の違憲立法審査制度とア メリカ合衆国のそれとの間 には、歴史、国情、 統治制度などを反映して、. さまざまな違いがある。本来、 司法 審沓は 「 曖昧」なもの であり、社 会環境、裁判 官の個性によって 左右に揺れるこ. とは十分あり得る。しかし、一九五0 年 代 以降、ア メリカ合衆国の最高裁は概して適 切にその任務を果たしてきたと. 言っ ても過 百ではない。過去半世紀の間 、ア メリカ合衆国最高裁は、事件 性 (c a se s andc ont rove r si e s)、 原 告 適 格. 性 (st andi n g)な どの 訴訟要件、「政治問題」(po li t i c alque st i on )、立 法 裁 量 (l i s c ret i on ) な どの 審 杏 e gi s l at i ve d. 基準、そのほか上告受理 を 選別する サーシ オ レイラ イ (c e rt i orar i )の制度を活用しながら、事 件 の 氾濫を 防 ぎ 、 あ. るいは政治に巻き込まれる危険を 回避してきた。もちろん、 その陰に、健全な世論があったことは言うま でもない。. 違憲審査制の権 威 であるカ ペ レッ ティ教 授は、「司法審査は専ら民t主義の哲学をも つ国において機 能 す る 」 と 述 べ. ている。国民の健全な批判 があり、それを受け止められる裁判 官がいることによってはじめて司法 審杏は民主主義と. -26 -.
(27) 法 の 支配 と 司法審査制 一 法治主義 と の対比 に お い て. 〈注. 〉. 両 立し、 そ の機 能 を十 分 に果 た し得 る の であ る。. m ③. Ib id . ,p . 98.. 憲法七六条 一項 •八 一条°警察予備隊違憲訴訟判決 ( 最大判 昭和 二七 ·10 •八民集 六巻九号七 八 三頁 ) 。 ,op.ci ,p.84 . i t t. et ② Cappell. - 27 -.
(28)
関連したドキュメント
NPO 法人の理事は、法律上は、それぞれ単独で法人を代表する権限を有することが原則とされていますの で、法人が定款において代表権を制限していない場合には、理事全員が組合等登記令第
処分の違法を主張したとしても、処分の効力あるいは法効果を争うことに
38 例えば、 2011
これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,
(( . entrenchment のであって、それ自体は質的な手段( )ではない。 カナダ憲法では憲法上の人権を といい、
constitutional provisions guarantees to the accused the right of confrontation have been interpreted as codifying this right of cross-examination, and the right
るものとし︑出版法三一条および新聞紙法四五条は被告人にこの法律上の推定をくつがえすための反證を許すもので
の繰返しになるのでここでは省略する︒ 列記されている