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ジージェックにおける統計數の論理的性格の規定 : ジージェック統計學研究のための一断章

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ジージェ.クにおける統計藪の論理的性格の規定

● 1ージ ー

ジェソク統計學研究のための一噺章一1

 ドイツ耽愈統計學は、二十世紀に入ると、方法論的分野において、從前の統計作成者竹富点から統計利用的観点へ移行   ① する。この移行は、 一般統計方法論の學的内容にも顯著な攣化をもたらさすにはおかなかった。先ず第一に見出される攣 化は、統計利用論が組織的に展開を始めたことであり、第この憂化は、統計作成論が新しい測点の下に再編威されたこと である。幾多の制約をもちつつも、この傾向を黒子に代表し、またこの方向における新しい學的構成をなしとげた最初の 學者は、フランツ・ジージェゾク︵津,毎凶§N㊦ぎ一G。♂1お。。。。︶である。  統計學の領域において既に古典の地位を得ている﹃統計的中唐値﹂︵ま。’・ド窪窪己・。﹁§7ヨ琶∼’・食^ザちO。。︶をもって肇界に 立現れたジージェソクは、 一九二二年印,統計學綱要﹄︵9・8二嵐器β5尻望︻a訟巳門︶と﹃統計方法論における五つの里芋問題﹄ ︵辱’含=肖・ヨ三管。弼ε・ち二。・,歪§ドぎ﹁;﹃ζ。げ[5含秀ぎ︶を獲表して統計利用者的観点に立つ方法論体系の全容を示す。その後 の飽くことなき一般統計方法論の研究は著しく多岐に亘り、これによって売に獲表された方法論体系は一層の整備と充實     ② を加える。      ジージェソクにおける統計籔の論埋的性格の規定      ︸     .

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     ジージェックにおける統計籔の論理的性格の規定      二     ・  ジージェソクの一般統計方法論は、統計敷を中心として二つの翼を左右にのばす。一つの環ハは﹁統計数獲得論﹂ ︵馨二午 募。ぎ碁三8ぴ。。’乱一夏5σq︶であり、いま一つの翼は﹁統計敏読明﹂論︵。・芝峯§8ジ瓦①≡pμ三︵嘩三σq︶である。  形式的にも内容的にも最も充實整備された統計激獲得論を盛るところの・晩年の薯作﹃統計撒は如何にして威立する か﹄︵≦﹃ざ馨註mけぎざ碁丁一82話εぎpぴ。。“︶において明確に見られるように、 ジージェックの統計数獲得論は統計敏獲得の       ③ 方法論と成果論の二つの側面をもつ。  統計敷獲得の方法論では、方法に舟倉される目標を大きく前面に浮び上らせ、これに方法の形威と批判の基準としての       ④      ⑤ 役割を與える。所論によれば、この目標は、基本的には﹁或る特定の集團を表示する統計数の獲得﹂である。これを實現 するために必要な操作を設定し、これを相互に連絡することによって統計敏獲得め方法的過程を組立てる。また、この方 法的過程に組入れられるところの諸操作が目標の實現に熱してもつ意義を規定する。か∼る意味において最も某本的な操 作は、結果たる統計数が目標通りに特定の集團を直るか否かを直接的に規定するところの操作である。ジージェソクの究明.          ⑥ はこれに重点をおく。こ、に吾々は、統計数の形式的および内容的な意味を介して方法的過程がとり上げられ、方法的過 程の規定が統計激に牧倣するのを見るのであ.る。  成豊玉は焙る意味において統計数獲得の方法論の結論を構成する。それは方法論において統計数獲得の方法的過程に目 標として前提された統計数を、方法的過程の成果として取上げる。追究は先ず第一に統計激の形式的ならびに内容的な意 味一﹁統計数の本質﹂iに向けられ、これを統計数獲得の方法的過程の封塚化とすることにより解決の方向が與えられ る。この問題の解決は敢會的に利用性のある統計の帝威のための方法的基準とともに統計の見方の規定を與えることを可’ 能にする。こ、に成果論と続計数説萌論との蓮鮒を見る。だが爾者の連關はこれだけではない。統計激詮明はその方向と 限界を統計数の本質、すなわち形式的および内容的な意味によって規定される。かくて統劃数説明論は統.計数説明の方向

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と手績の規定においても成果論に基礎を求めねばならないのである。  統計数説明論の展開は、統計徴獲得論のそれに比べて、非常に不充分である。ジージうクは、統計数説明の某本的手段        ⑧ を、統計比較︵・、藝裟望ぎく霞覧。一躍︶とし、統計比較のための形式的および實質的要件の規定、統計比較の手績の定立を 統計敬詫明論の主な課題とする。こ、に形式的要件と云うのは﹁形式的比較適性し︵辱一置戸。<碧賦。置・ぎ降.δ、すなわち、 比較される統計敦相五間の﹁形式的同種性﹂︵︹ゴヨ戸三.一︵㎞一乱。一峯a艦.舞︶一1,統計敏の内容的な意味を規定する方法的要素の        ⑨ 一致一を云う。實質的要件とは統諺比較かそれに前提される實質的目標を實現するために灌たさねばならぬ諸條件を云 い、この中には種々なるものが存在する。掌るものは方法論的に著しく性質を異にするので、か、るものを一括して實質 的要件となすことに若干の疑問を感ぜしめ、更に進んで、統計数説明を統計比較とすることの余りにも形式的であるよう         に思わせるものがあるのである。それはそれとして、これらの實質的要件もまたさきに蓮べた形式的要件も、究極のとこ ろ、統計数の本質、すなわち形式的ならびに内容的な意味から必然的に生する制約に外ならない。か、る制約を考慮しつ つ目標を蓬成する統計比較の手軽を定立することが、統計数論明野のいま一つの課題となっているのである。  以上の詮明によって明かなごとく、ジージェックの一般統計方法論において統計敏のi形式的ならびに内容的な1慧 智が學的構成の底流をなす。統計藪獲得論の脊骨、統計雲離藩論の母胎は統計数の意昧にあると云はねばならぬ。これを 直接的に問題にするところの皆皆数獲得成果論は、かくして、統計藪獲得方法論を自己に至る道程とし、統計数説明論を 自己より出する道程とする。このことはジ!ジェソクの一般統計方法論の伸系の軍なる外的形式的特徴としてではなく、内 的實質的特徴として指摘せらるべきことであろう。しかして學的体系のこの特恩的な構威を可能にしたのは統計敏の意昧 に封ずる絡始一貫した馳心である。  ところで、ジージェックにおいて、統計数の形式的ならびに内容的な意味への野心をかきたてたのは、明かに、その統計      ジージェソクにおける統計激の論埋的性格の規定       三

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ジージェヅクにおける統計敏の論理的惟格の規定 四 利用者的観点である。ドイツ就會統評學が專ら統計作図華墨槻点に立っていたときには、統計敏の意味に封ずる爆心はむ しろ副次的・偶然的であった。もっともこのことはドイツ瀧禽統計學において統計敏の意味が全く問題にならなかったと 云ヶわけではない。斯學形成の基礎的過程の一段階をなした・かの意志自由論孚が絡結した後にもしばしばとb上げられ た統計的法則の性質に關する問題とは比較にならぬけれども、或はこの問題に關寵して、或は統計敷の諸皿鉢︵特に比率 と中盤値︶の性質に關連して、蜥片的に取上げられて來た。馬飼ン︸派の哲學、特にリッケルトの科學論の影響の下に立・ つチュブ・フ︵﹀幽﹀・、一、・・。一三一警き三ゴ;一い費︶とヴァノセルマン︵二二、・董︵.暑琶=︶による等号統計︵學︶の樺利づけの試みは統       ⑪ 計敬の本質に封ずる反省の機會となったが、問題の充分なる展開を見ることなく絡らねばならなかった。吾々はジージェゾ クにおいて始めてこの問題の直接的な提起と綜合的な展開を見る。ジ!ジェノクの一般統計方法論の課題とする、統計利用 のための、また就禽的に利用性のある統計の作成のための方法的指針の提供の爲には、統計数の意味の規定が不可欠であ る。ドイツ耽會統計學の一般統計方法論において統計利用者的観点への移行を最初に代表したジージェックが統計数の本 質・意味に最大の丸心を向けたのは偶然でない。 もっともジージェソクの所論においては、 ドイツ就會統計墨がとり來つ た・從前の統計作成者的観点の淺澤を非常に張く感ぜしめるものがなお多くあり、また、ジージェックにおいて移行した・ かの統計利用者的槻点についても制約と限界が全くなかった諜ではない。統計敏夕明論の展開の既に指摘したごとき総体 的な未熟さ一なかんづく、統計敏の意味を直接的に前暗してこれを介して統計緻獲得の方法的過程に緊密につながると ころの・いわば統計敏獲得の方法的過程の統計敏下蔭への投影とも、計うべき・統計比較の形式的および實質的要件を中心 的な問題とすることによって濃化した統計敏獲得論の延長的性格は、一つには、この制約と限界を反映するものであろう。  ところで、ジージェ,クののち、ドイツ蔵愈統計學が、統計利用者的観点を益々露にし統計解折手績の定立を下面の課題 とする様になると、事態は非常に攣化し、統計敏の意味は猛撃され始める。斯學が、その歴史的遺産の上に立って自主的 自生的に統計解析の勲績を定立展開することが出郷ないで、外部から、しかも自然遺墨的分野において方法的構造をとと

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のえて來た激理統計學の威果の撮取を課題としなければならなかったことによるのであろうか、例えば統計数の意味を最 も重覗するフラスケムパー︵剛.・三髪寡・ξ9一・。μ︹下︶にしても、統計解析手績を主体とし、これが使用を鋼約するものとし       ⑫ てやっと問題にするにすぎぬ。ジージェソクのごとく統計徽の意味に立脚し、これから解析手直を導き出すことをせぬQ統 計数の形式的および内容的な意味の問題性はこ、に前倒したのである。進歩は可能であろうか。か、る事態の下にあって は統計数の意味の規定のより一層の展開を期待することは許されないのである。ジージェックにおいて、しかして︸定の制 約と限界をもつた統計利用者的観点において、統計数の意味の規定の本格的な展開を開始したドイツ耐魯統計學は、その よって立つ統計利用者的観点を本格的なものとするに至るや展開を停止するのである。かくして、統計敏の意味に關して ドイツ祓脅統計學が與え得た最もゆたかな規定は、これをジージェソクに見出すこととなる。  一九三三年、ジージェノクは國際統計多芸機著書︵売“ミ鳶驚ミ巴ミ、へ“討、ミ、ミ帆ミミ譜罫N、馬ミ鴨ミ嘘団﹀同ぎ㊦ρ=︷門押二あ^旨“ご       む に﹃統計数の論理的基本性格﹄︵bミミ鷺鴇鳶亀、.ミミミミヘミミ、§、、偽ミミ、.時、恐ミNへ、ミミ︶と題する論文を獲表した。この論 文は﹁統計数の特有の本質を統計姫鱒待の目標と方法から結果する﹂ ﹁論理的性格﹂においてとらえて定式化したもので ある。こ、に﹁論理的性格﹂︵δ景島亀Q夢﹃鋳けεとは、所論の内容から見て、統計敏か就會的現實を把握する形式におけ る特徴と考えられる。これをジージェックは五つのテーゼに定式化する。しかしてこの定式化は、﹁統計敷の本質﹂1﹁論       ⑭ 理的性格﹂一の﹁積極的確定﹂と﹁この本質より生する統計数の意義と証明力の隈界に黙する消極的確定﹂から威る。 これによって、また、耽倉的現實と統計敬との關係を明かにしようとする。更に統計恥辱明に封ずる統計緻の本質から坐 する種々なる制約とこれが克服の方途を明かにすることによって、統計の利用および利用性のある統計の作成のための方 法的指針を與えようとする。論蓮は、中核を統計敏獲得成架論に聾すものにおくとは云え、廣く統計徴獲得方法論および      ジージェックにおける統計激の論理的性絡の規定      五

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     ジージェソクにおける統計撒の論理的性格の規定       六 統計数論空論におよぶ。このことは既にのべた統計敏の本質および統計敏獲得成果論がジージェックの一般統計方法論の体 系においてもつ問題性および意境から云って當然であろう。吾々はこの論文を通じてジージ渉クの統計敏の形式的および 内容的な意味一﹁統計敷の本質﹂−に關する麗定を忌明に見、その規定における欠陥と制約を追究することにっとめた い。このことは、既にのべた還由によって、統計数の言質についてドイツ卒直統計墨が輿え得た最も一9たかな規定とそれ における限界と欠陥どを明かにして、吾々に一つの足場を提供することとなるであろう。  ジージェックはこの論文において﹁統計敗の論理的性俗﹂として、経験的性格︵。=戸℃二巴ろ﹁9ヨ門・象。﹃︶・墜史的相封的性格 (}v3ユ亀=6ぎけ一く。、9累ご色︵︷︵噌﹁︶・身売的性溢︵・・ジ;ぎ汽⊆闇・箋ζ乙・特殊工性格︵ζ監。=¢﹃Qぞp寡ζ︹、・︶を貢げる。第三の抽象的 性格には二つの相異つたものが含まれる。したがってこの論文におけるへ澗理的性格の特徴づけは、既に述べたように、五 つのテーゼから成ること、なる。以下はこの論文の所倫の要点である。 ① ② ③

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この移行の基礎を形成する計 撃茎諸條件、 ドイツ國家官僚およびブルジョアジーによる統計利用の展開をあとづけることによりb移 行の必然性と瀧會的性格を明かにしなければならない。このことによってまた移行後におけるドイツ就會統計學の問題展開の限界を 規定し得るのであるが、筆者の研究は未だ飯事である。先乗の卸教示を求めてやまない。 この時期におけるジージェノクの唱般統計方法論.の依系の構想は、寓¢こ≧︻390=三ぎ^∼美r”エ旧る斗自。,.馨暮韓凶γoぎ≧oけぎ︻鱒〇三〇=﹁ρ嗣ぴ・ めZ︷き=.幹電ら。︾.◎灯ρつ。し。じ¢島・噛ご葺きこ慶・輩でもに・において詳懐に示されている。 この二つの側面の薫別は必ずしも巧一︹.・・峠葺・・募6﹃Φ賦叫“三︻・旨︻、三養・ぞ賃等の篇別構成によったものではない。所論そのものの申にこ の二つの側面があり、それらがまた特殊な統一を形成していることを筆者は指摘したいのである。 §塁ズ費●鉾06訟。繭・ §Noぎ鉾㌘O.り訟●=∼じ。.

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N罫。ざ劉”・O‘刀・一⇔一O・拙稿﹃大量吉家、法に議する︸著作﹄・経濟論叢・第四六舞第三号・一九三八年。一鳴︷葺︹=2ぢ亨3ご。同昌。 ^[E7∼二三﹃皐窪ン﹃3c今ロ一3スず︷三重寓葺ξμアρ一三^︹三rン=騎●芸:ζc一一﹂一幽界一二一葺C.一はこの点を﹁四某.本概念の理論﹂︵、一.ぎξざ ぎ口^一髭≦臼8宏島働︹す二§一w。鱒三ポ剛μ︶とし︵定式化している。 §きぎ≦、な5。窪二湾置07①\鑓丁一§2ヨ量同︵・7界一一︵︺ーゴ §塔ぎbざ ﹀=器5鉱員。..昌ロ島 ヨろ斗£一6、.段暮ジ峠ぼ。ぎ寓簿︸一〇︵ず三︻・ξρ灘︶●hZ鋒●=.鯵β触W茅︾飼。”G。簡W幅とる訟.ゆ○。一齢     リリ      サロ §Noぎ峯ぎ︹=舶F三み︸藁︶圃︾帽①5。︷ざ門。・誓ドヨ=器ぎ=三Φけぎ^︻︵乏。73エ陪㏄一こ。一. §謬﹃b。﹃訟鐸二σニコ。。︸戸。1﹃う嶺δ宣ポ﹀=解浴‘︸ド。7皆旨W^r日℃呂”融.惣ミ塗 ﹀.﹀●﹁[﹄。。07ε︸戦G’5エ讐江p二更帥話≦﹃㌘蓉奮。;3>﹁。酬剛.h且つ斗Fプく・二.エ。尊p周旧︶‘讐露r一門 つへ一同脚.づ﹃器。。㊦聾5巨鴨︸839露欝.屍”︷=ぐ。量①肖︼ 号﹁︸︿露葺ぎ貧5。智盆筆巳ψお9げ 囑・寓実測篇三℃。ひ︵ざ繋・ロ’<聖旨−≡三N三εP舞昌鍵鑑三=︷ぐ、㌦エ一二琢穿ぎ︻︶㊤露・・阜ず罠r願Wつ写だ。碧日雪融雲舘。7§訟ゴニ¢け節”隔りむ。9−−1 ≧渥〇三〇ぎ。訟讐鵠湾即ぎ酷﹀=、画室ぢ.拙稿﹃フラスケム.ハーにおける肚會統計學の⋮構想﹄・彦担弧等量・第二四号・一九五三年・三八 一九頁。 ジージェソクは≦.ごエ片戸剛←二器﹁δ蕊葛一旛一〇コ§7仲︻・ぎ亭の申で特にこの論文に言及し、要旨を牧録している。︵コロ・一二只︶ §︸ψ=韓写讐山。7。︵重萎互≡﹁纂帥︵噌㌧二。㌦ア雰︻Zデ塾︻濯罫島ぎポ一一21・︷ぎ誤ヨ鹸・﹃写h=幽^︷①農圃≧葺・ご閣・ナ、.⊆。噂一い︺;。3︸3“・ ■ 一 脚 一 経験的性格︵“ミ笥鳩、鳶ミ、、らぎ§ミミ、︶  統計救は蔵禽的現實の大量観察を前捉とする。大量観寮は喜喜的現實を集團においてとらえ、集團に含められる側別事 事例を一定の幌角から槻察する。この観察富士を一定の方式において蒐集整理することによって統計数が獲得される。統 計敷は大量観祭を通じて風息につながる。大量観察と云う一つの輕験への二﹂の依存性をジージェヅクはく統計数の経験的      ジージェノクにおける統計籔の論埋的焼格の規定      七

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     ジ冨ジェソクにおける統計歎の論理的性格の規定      八 性格﹀と呼ぶ。この性格は、統計激より誘導されるところの・諸種の推論においてもそのま、維持される。 ︵鶉。歪。象 5鼻戸仲三葺。ロ影けざ昌巴牙。・葎碧著Φ”吋﹀琶”βζ毒ぎ岡︼F剛・凝・饗綴の︶。  二 歴史的相封的性格︵ミ旨ミ防ミも、匹ミN、讐ら詠ミ霞ミミ、︶       .  ω 大量観察は、特定の時点︵或は七海︶において、また、特定の地域において、集團を謁獄としておこなわれる。統 計数は、その獲得を媒介するところの大量観察において槻察の封象となった、特定の時点︵期闇︶・地域における集團に 裳當し、また、これにのみ委期する。質的にこれと同一の集團であっても、時点︵期問︶と地域を異にするならば、もは やそれには安曇しない。統計数はその獲得の基礎となった時美的察問的に特殊な規定をもつ集團を乗越えて一般化され 得ないのである。この時運梗塞間相輿規定性をジージェックは︿統計敬の歴史的相封建性格﹀と呼ぶ。この性格は統計激か ら誘導される諸種の推論の41にもそのまま維持される。統計敏の歴史的相量的性格によって統計の科學論重詰鵬が定まる        ① ジージェックは、チュプロフに倣って、統計[を文化科︷學的認識に所騰させる。 ︵弓・“一。。︶  ② この歴史的厳封的性格は統計数を統計比較に撮して緊密にむすびつけるQ ﹁統計数の歴史的規定性は、種々なる統 計比較、勝に地理的ならびに時間的比較の動機となる﹂。統計厳の比較によって吾々は亡母の立師的地理的特殊性を認識す ることが可能となるのである。︵マ。。・︶ ①﹁交潮科學﹂的認識なる概念は、明かに、リッケルト︵;︼論。ぎ許回。。轟一さ。。3に由來する。チュプ・フはリッケルト的科學論の立   場と親角において統計︵墨︶の論埋的性絡と科難論的所属を問題にすると寵しつ、、實際にとる立場と碗角は、多くの点において一   歴る意味において本質的にiーリソケルトのそれとは相異る。文化科學酌認識の方法的基礎をなす﹁個性化﹂ ︵剛甑島<一・ぎ餌旨・・凶窺州一轟︶   についても、チュプロフは、個別論存在の實質的性質における特殊性よらもむしろ時論的室問的位置の特殊性を重心して、これを志   向する﹁個性化﹂を考える。この点については、[、エ鼻一ξご∼季三・・簑︵己エニ、7エ︵‘プ。一”三〆﹀噌。7ぞ冷雨。鉱巴’く・嗣︻・エ^葺鯛忌︾・し。bコ[w^ご   εCO●蓼照。

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●  三抽象的性格︵導旨簿“ミら勘ミ暮踏、︶・その一  ω 統計敷は集團︵またはその部分春蚕︶の表示である。か、るものとして統計数は集團に關係する。しかして、この 集團に崩する個性的な個別事例については侮の詑明も與えない。たぜ集團︵または部分前婦︶について論明を與えるにす ぎぬ。この点にジージェックは︿統計激の抽寡的性格﹀の一つを認める。 ︵Ψ。。︶  ㈲・この抽象的性格は統計における特殊な個体把握の様式から由翻する。集團に総括される廉々の個・別事例は下る微表 については相帯に同じ性質をもつ。しかし多くの他の徴表においては相互に性質を異にし、その結果個々の個別事例は個 性的なものとして現れる。個別事例の集團への総括は、個別事例の個性、種々なる方殉︵微表︶に現れる差異性を捨象し、 特定の方向︵徴表︶に現れる共通性によりおこなわれる。かくて、 ジージェソクは云う一﹁蛍該集團の枠内においては、 個別事例は〃代替可能な軍位抑として九がいに等置される﹂とQこの﹁個性的なもの、無硯﹂が統計数に抽象的性格を 附盗ハするのである。 ︵マ。。︶      .  ⑧ 統計数のこの抽探的性格は、他の論理的諸性格と同様に、活計比較結果・統計的規則性︵。・耳匿ぎぎ︻︷£島陶属孟舞魯︶・ 統計的法則︵馨暮﹃氏伍9ま︹諭器酔“︶等のi統計徴から誘導される結論にそのま、うけつがれる。それらはいつれも個騎事例 に妥鼓せぬ。統計的法則はか、るものとして自然法則︵蜜︹・護・きSと王立する。自然法則は、統計的法則に欠如するとこ ろの・個別事例への普遍的な安蛍性をもつ。 ︵マε  四 集團は部分心立に分割される。この分割は、個別嘉例を三位に総括するための幕礎となった特微の外に、更に他の 特徴から見て、相互に同等ないし近似の個別事例を獅集することによって可能となる。かくして構威された個々の部分集 團には、それぞれその表示として統計数が興えられる。これによって面恥の内部比較の可能性が生み出される。所で集團 の分割のうちで方法論的に持に軍要なのは、宮塚を規定する肉果約因子から見て﹁同質的な﹂部分集圏の構成である。こ、

     ジ1ジェックにおける統計歎の論理的性格の規定    

,九

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     ジージェノクにおける統計敏の論理約惟格の規定       一〇 に﹁同質生し︵ぎ三。鞍、εとは、集團ズは部命崩書に封して或る瞬果的囚子が整一的に作用していること、換言すれば集團        ① または部分集團の構成要素が或る因果的因子から見て同じ性質を有することを云う。個性的な個別事例を網信ずるから、 懸命は一般に同質性をもたぬ。大体において、密々なる同質郡馬賊團の混血、棲家の強度を異にするいくつかの部弊集團 の複合が通例である。統計数によって示される現象の強度はこの混威・複合關係に左右される。このことは、統計比較に おいてしばしば障害となり、その除去手段として、 ﹁因果的因でから見て同質的な部分集金への分割﹂が問題になる。分 疏は一つの因果的肉子について行われるだけでなく、いくつもの肉果的因予の組合せによる分割の累積ないし多元化によ って﹁高度に同質な﹂部分集團の獲得が可能となる。しかし芸域を規定する因果的煎子は無二で、そのすべてを組合せた 累積的多元的分割は不可能であるから、完全に同質的な集團1すべての囚恥的因子から見て同質的な立話−一の獲得、 叉それによる上述の比較障害の朝露な除去を期待することは出來ぬ。この様な霊界があるとは云え、とも角、因果的因子       ③ から見て同質的な部分集團への分割は、か、る部分渠團の滉成から生する比較障害除去の手段となるのである。個性的な 個別事例の集團的把握、それから必然的に結果するところの・堤團における同質部分集團の混成11これに封抗する﹁分 割﹂、こ、にジージェソクは統註の本質から生ずる犠牲が統計の本質に適しい形で救われるのを見る。︵嗣冒・OIざ︶ ① ジージ.ソクは下記の螢作において詳細に﹁同質的﹂ないし﹁三冠性﹂︵︸︷。圃き嬢・三葎︶を問題にしている。︵唾蚕。7碧二﹂9ぎ詳=。葺謁宇 戸銭呼=門口︵出①一〇︸ ’奉﹁二﹂qぎ謬一コ︷︷︵肖謬一諾一遇愛盛﹀剛蒔.深6kζ巳一”一。。一W^岬.おト23訟.諺ら。悼ψ診じ二一脚。讐一R号、︵出①一9門三置ぎ一時営鋤蒋コロけ蓼江。。− 銘ぎと一鵬・藩・卜﹁。﹃‘障O一W︷r一い︶h一ρなお一︶7器丘‘江ψ。7¢コ嵩葺︹ナ<o藁ヂ峯︵︶つ。⋮な﹁二.乙﹃ごω忌㍉狐ゴ艶㎝片二︵℃b。ン=9Hり巽幽もこの問題 に關読するところが多い。 ︸九二九一三〇年にジージェソクとフラスケムパーとの問に起つた所謂﹁統計的同種性﹂論孚において 最も重要な論雪点を構成したのは﹁同質性﹂、就中、その概念であった。後述するごと↑、ジージェゾクは、凡ゆる因果的因子から見 た品質性︵或いは同質的な集團︶を實現不可能として拒否し、個々の因予から見た同質性に隈定する。この点においてフラスケムバ ーの﹁本質二等性﹂︵二圃窪︻叩≡覧缶〇三屋一仲︶と⋮封立する。一、、写集鎚:戸℃︻5口︶専一U﹃c︸▼圃。曜二二霞甑出。一目葺二39ぎ匿、^ぎ︵ざ、聾暮ヨ自ぎ﹀=孕訟計 ●

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② ﹀﹁。∬ち藁︷‘ちP3訟・田蝋γヨ■蓼照。 ジージェックは、同質部分集團の混成から生する比較障害を除去する手段として、ここに云う・因果的因子による﹁分割﹂の外に、 比較される集嗣がそれぞれもっところの混成割合を相等しくする、研謂標準化︵訟ぎ 脅嵩﹄。3距︶の方法を推す。これについては、 RぎOぎ︵洩Oざぞ高丘αqズ濠℃寓O彰。碁三陸律”葺告︷亭・ぽ︸算く︹肖等浄ざ自;釦亀エ一丁♂二ぎ﹀=鵬.置け●︸﹃07己一Qc二一・を蓼.昭師。  四 抽象的性格・その二       ①  ω  ﹁本質的・學問的に債値のある﹂統計敏は、研究封象たる慧智に働くところの、 一般的︵本質的・恒常的︶原因 ︵箋鷺剛=¢言。qヨ雀ろ冒︶の効験を、偶然的原因︵註建謡巻O﹃。。雑98︶からひきはなして表現するものである。か、る統計数 の獲得は充分に大なる集結の観察によって可能となる。この所論に賑いて容易に推知し得ることは、現壌に作用する制約 型押條件の一般的なものと親船的なものとの産別、爾者の常置、即興集團を大ならしめることによる偶然的諸制約の作用 の相殺、これである。しかしてこれの方法論的原理がージージェソクにおいてはii大敷法則︵︵申○馨裳^三碧差^話&触自。昌︶       ② に外ならない。さて、大踊法則によって、それが要求するだけの、充分に大なる集印が観察されるときには、偶然的原囚 の作用が相殺されて、 コ般的館下だけが働いていたならば結果するであろうと思われる・作善的な−1いわば“現實事 態の舞台裏μに横わるi激殖﹂が得られろ。かくして統計徴は、それが充分に大なる観察集團の上に立つときには、 コ般的原因複合の代表﹂︵霧㎏蚤訟§齢聾叶毒二く9三き×一三㌃^、葺①ぎ︼”隼鶏塾聲︶としての意味をもつ。ジージェノクによればこ、 にもまた︿統計敏の抽象的性格﹀が見出されのである。 ︵マ一〇一一一︶  ② こ、に問題にする抽顔的性格の實体をなすところの、偶然的原囚の影響の拝聞、 一般的原因複合の代表性は、ただ し、半過的なものである。けだし親察集團の無限の無実は許されぬゆえ偶然的原囚の影響の垂領な除去は不可能である から。かくて統計敬は多かれルかれ偶然を身につけている乙と、なる。渠團の大いさが攣化すれば身にまとう偶然も或は      ジージェノクにおける統計数の論理的性格の規定       ,       一中

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     ジ!ジェヅクにおける統計籔の論理的性格の規定      一二 大きくなり或は小さくなり、・それに鷹じて統計数は攣化せざるを得ない。したがって個々の統計数が妥書するのは、獲得 の基礎となった、その大いさの集計,すなわちその親察集團だけであって、それよりも小なる一その観察集團のi部 分集團には妥當しないのである。 ︵︸ワ●=︶  ③ 一つの現顔についてそれの一般的原因と考えられる制約は多書である。これを一つ一つ實休講内容において規定す ることは、學問的に重要な意義をもつけれども、すべてに及ぶことは不可能である。一般的原因のうちで方法論的に軍要 なのは、因果的因子から見た唐心の組成である。これについては既に論明したから、こ、では立入らない。比較結果を因        ④ 果的に解明しようとするとき、 一般的原因を出漏るだけ克明に明かにしてゆくことが必要である。  統計敏が﹁一般的原因複合の代表﹂としての意味をもつと云う解繹から、吾々は二つの方法論的教訓を導き鼓すことが 出來る。  先ず第一に統計数の獲得に關済して、統計調査に前提される問題謀定の實質的内容により、同一の現象についても、統  計敏が代表しなければならぬ一般的原因の範園が相異って來る。それ故に統計訥査においては調査目標に 〃如何なる原 因複合をとらえてその効験を勲的に記載するか” と云う方向において精確な規定を輿えねばならぬ。この目標規定は他 の一切の調査活動を一貫的に規制する。  第二に統計比較に關謝して。統計比較は一般的原因複合の比較であり、原因複合とその効験、において比較することによ って原因そのものにおける弟異を知ろうとするものである。ところが比較せらるべき一般的原肉の範園は、統計比較に前 提される問題該定によって種々に相麩って來る。それ故に、如何なる原因複合を比較すべきかを明確に意識し、これを比 較結果に影響を及ばす他の原因および制約f一比較阻害因子iから引きはなさねばならぬ。因果的因子から見た集團の 組成はしばしば比較阻害因子として現れる。 ︵h︶二に!湛︶

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① ②

@@

ジージェックは云う;・﹁一般的・本質約原因の効瞼を表現するところの・蹴ひ獲得は、私にとっては、第二の・副∵次的な・常に要常 するとは限らぬ目標設定である﹂。︵二、一¢器帥鋤7二鵬2屋N肺二戸ズ・=2夢み︵・︸うじ︾エ6F︶﹁統計歎鋒倶の基本的な・常に安下するところの・口 標設定﹂は、﹁集團とこれにおいて問題になる部分集團に關する愚書表示の獲得﹂である。︵・﹁帥F・ハき∫惣一ρ=︶但し獲得される 激的表示が學問的儂値を有するためには、偶然に支配されたものであってはならぬ。かくて目標設定に﹁般餉原因の効瞼を表現する 統計激の獲得が追加される。︵鉾即rO‘融●︸家−ε一このことけこの論文﹃統計籔の論理的基本性格﹄の論結の仕方の上にも現れ ている。 ジージェソクは、若干の論者と異って、大数法則を形式約にとらえて︸つの方法論的原理とし、この法則︵U方法論的原理︶の適用に よって見出されるところの・統計的規則性と層別する。1一次に、大洲法則の適用條件として,ジージェソクは、槻察集團の大いさ のみを問題にする。この点において、例えば、フラスケムパーとは見解を異にする。フラスヶムパーけ、鶴察集團の大いさが充分に 大なること、牡よび、二言の構成因子の同種幡陛本質同等悦︵多.oさ田屯色。︸島守凶︶を要求する。ジージェソクとフラスケム。八1との間 におこなわれた﹁統計的同種性﹂論孚はこの相異とも深い關係がある。!§きぎ〇二︼員ぐ一象島。・己費目n邑。。範♂に﹀=幹砿・H8一ら。午 同旨∴﹂︶鍵¢①。。o欝︷8喉鷺。器霧踏舞三巴噸︵算曜N9二一。︸5闘︿c塁審長=弓⋮︵嵩。=℃一跨ぎ罵鉱︸範薦。塾二帥一田鼠﹀一ぢ.簗G>唇∼HQ。.葬一ら︼誌︹︺り このv一。。糞⋮︵鷺巴。ご三鵬ぎ一計=§5”§一銭酔ε乙︵豪⋮。︸三、魯一79ぎ冒ぎ︹ζ望気。。け一ぎ﹀=α。●紹・﹀旦μ這Hつ。﹂W︵[‘訟・;。℃二。hゆ三蹟㎝姦葺℃3 一︶ぎ墾陥臨。陰ニォ=口島︵冨㊨︵一二。讐^ぎ㌧醇。釜︹高︼尊倒訂︵Ψ♪﹀一着.コ。壁>2︸μ‘一Ω剛二ち雪・エ●8一案配ヒ鎚牢。碧05号㌦導.︵出。一〇︸影弓陣黄ぎ一肱^ぎ 島。、漆簿団乙・二評≧蒔.コQ僧﹀危ごHo●一w・デ”鉾︻。8飛フラスケム。バーにむける大激法則の適用條件については拙稿﹃大量躍察と大籔観 察b・経濟論叢・第四七総第五号︵一九三八年︶蓼照。 ジージェソクは偶然の影響の程度、換言すれば信頼度の確率論的測定の可能性を承認する︵︸︾・一日︶。 §琴ぎ月ジ芦。甲琵き。笈二つき・一¢垂さ︸戸ε夢剛胆。算髭ぎ︵軍皿ゴニ葺岸”﹀二二●エ陣:∼三ポ寄ゆ2︼潟。。二単一a。ぎ乱繋毎植一剛〇一回5鴻§謬鐸∈二 ︵申︻。剛。ヲく。p.二婆。凶二剛 ﹂。門訟営冷韓葺﹀一思・畢●︸乞7一つ○矧W︹rり一ζにじ・にこれらの点の筆先⋮な説明がある。  五 特殊的性格︵も馬誉こミ、ら春ミ、幕ミ、︶  ω 統計敏は、量質を全く特殊的に限定された三春に闘慰し、この集團を特定の方向において特徴づける。か、る意味 において、 ﹁統計徴は常に亘る杢く特殊なものを語る﹂。立言内容のこの特定性一々る意味におけるコ面性﹂︵二塁ω三蓼 O ジージうクにむける統計数の論理的性格の規定 一三

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  ・   ジージェックにおける統計藪の論理的性格の規定      ︸四

書門iをジ←・・クはく統計数の特殊工性格vと呼ぶ・この性格は、謡講集礎とし・それから藪される諸種の

推論ii就中、統計比較結果や統計的盛期性においても消失しない。 ︵μ冒・羅一α︶  ② 統計法の特殊的性格は何に依存するか1所説によれば、統計敏の表示内容の特殊性を規定する因子は次の三者で   ② ある。 ︵一ソ嵐︶  ㈲ 統計数の販回する基本的方法論的範疇1すなわち、絶勤数︵触き3三=8N多8冒︶であるか、相酌数︵﹁。一価旧く。§.︸二。H戸︶ であるか、斎王値︵と潔8プε貰。︶であるか、しかして相尊爵または中之偵ならば如何なる種類のそれであるかtと云うこ と。相器数には構成比率︵︵⋮¢量﹁=嚢臨月p剛§︶・關係比傘︵︸w。誉ぎ轟。・鑓7ざ・︶・指数︵ぎ⊆貫§二[ざ耳︶の三種類があり、中敏殖と しては算術李均︵帥﹁三子豊。。島窪7一峯£︶・幾何手均︵碧9豪・三馨一題と三塁︶・並激︵缶。洋霧8毛窪︶・中位数︵竃継当ロ︶が問題にな        ③ る。一各個の範晦はそれぞれ特殊な方向において封象を特輯づける。これを範疇別に見ると、i一嵩置数は集團または 部分集團を猫型的に・それ自体において直接的に特徴づける。相封数は集團または部分集團が他の集團または部分集團に 封してもつ大いさの比例を示す。關係づけられる他の集團または部分集團が同種のものであるか・異種のものであるか、 しかして同位のものであるか・上位または下位のものであるか一と云う二方向の﹁論理的關係﹂により相客敏には上記 の三種類が匿別される。構成比率は同種・上位または下位の集客︵部分集魚︶に封ずる關係を、關係比率は異種・同位の 集塊に封ずるそれを、指敏は同種・同位の中心に封ずるそれを示す。中里値は同種の一蓮の個別値を総括的に特徴づけ る。しかして総括の仕方が上記の算術雫均・幾何平均・並数・中位敏に憩いて相異る。  ㈲ 集團︵または部分集團︶の大いさを表わすのに、調査軍位の敬によるか・量的調査標識の現象形態の和︵合算︶に よるか一と云う表示の種類。例えば、工業経螢統計における認る工業部門の工場数︵調査霊位数︶と工場生産額■︵量的 調査標識の和︶のように、表示のこの類別は絶封数において直接的な形で現れる。調査等位数としての受認数は最も通例

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且華礎的な表示形態であるが、調査単位の大いさの相異を反映せぬ。これが重要な意味をもつとき、量的調査標識の現象 形態の和が補充として採用される。相機数と中数仙も表示のこの匪別に無縁ではなく、それによって種々なる形態的種別 をもつ。例えば、相封数としては、工業全体に封ずる罵る工業部門の工場敏︵調査単位数︶の割合と工場生産額︵量的調 査標識の和︶の割合との如く、中敬値としては各署雫均火災件緻︵調査軍位数︶と各年干均火災損害額︵量的調査標識の 和︶との如く。  ㈲ その統計数の獲得の基礎となった・三つの特殊的實質的概念、すなわち、調査四位︵︻を・。︸・善寝。一夢・一悼︶・調査標識 ︵自岳9彦毬菖曾ぎ・・二。︶・組︵孚ξ蕊︶の特殊的實質的規定。統計調査においては調査言違の概念に該當する個別事例だけが 蘭質に総括されて統計表・示の書体を形成する。﹁調査軍位の概念が集團の枠を限定すろ﹂。したがつで調査電・位に輿える特 殊的實質的規定によって統計敏の語る集團の特’獣的内容が決定される。次に、集團はいくつかの部.分集解に.匝分され、各 燗の部分集團に統計表示が與えられる。部分集團への展.分は一i個別事例︵調査箪位︶につき調査標識の概念に相當する 馬繋を観察し、⋮観察結果︵調査標識の現象形態︶が如何なる組の概念に所騰するか・にしたがって個別事例を類集するこ とにより−一可能となる。この過程において調査標識の概念と組の概念とが、集團の枠内に構成されろ部分集圏の枠を規 定する。かくて、調査亜聖の特殊的實質的⋮規定によって内容を特質的に限定された集團が更に如何なる特殊的内容の部分 集團に匿分されるかは、調査標識と組に與えられる特殊卵實質的規定の如何に依存する。要するに、上呂するところによ り、統計敏の語る集團および部分群島の牲︸殊的内容は、集團においては調査軍歓の、部分集団に・おいては調査一位・調査 標識・組の特殊的實質的概念によって定まるのである。  ⑧ 統計数の特殊的性格から必然的に肺結されるものとしてジージェソクは次の如き方法的指示を癒える。統計作成者 は、獲穏し得る統計数が常に特殊的な一上る意味において一面的なfものでしかないことを明確に意識して、その特      ジ暫ジェソクにおける統計敷の論理的性格の規定      ︸五

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     ジUジニソクにおける統計敬の論剛理約性格の規定      ︸六 殊的内容を統計作成に前提される門中当事にびつたり適合させる様に、上記の規定因子、特に特殊的實質的概念︵調査軍 位・調査標識・組︶を精密に定めねばならぬ。穂方、統計利用考は、銑存の統計数を利用する前に、それらの統計激の語 る特殊的内容をi上記の諸規定因rを喚、黙することによってil槍討することを必要とする。利用すべき統計数の選揮 は、統計利用に前期される周題設定に蛙合する特殊的内容が一1したがってまたか、る特殊的巾容を統計徽に與えるとこ ろの・上記の規定因子がi一基準となる。それ故に統註利用者はこの基準を明確に意識し、それに合致.するものを選揮し なければならぬ。さて、實際には上述の意味において統計利用者がとる基準に合致する統計敏が既刊の統計書の中に存在 せぬことがしばしばある。殊に起り易いのは統計利用奢が共選とする特殊的實質的概念︵調査箪位等︶と既存の統計敏の それとの不一致である。統計利用者は、か、る場合、 ﹁求めるものを統計の中に見出し得ぬ﹂こと、なる。 ﹁求めるもの を統計の中に見出し得ぬしと云う・手々がしばしば縄験する・かの不愉快.極まる事態を分析してみると、その中には性質 の異った種々なる場合が存在するけれども、方法論的に最も重要なのは統計利用者の基準とする特殊的内容と既存の統計        ① 敷のそれとの不一致によるものである。しかしてこの事熊のよって分るところは、結局のところ、統計数の特殊的性格を        ⑤ 明確に認識することによって理解することが出実るのである。︵︸︾・一二︶ ① ② ③ 「一 ハ性﹂︵三紫曾二西パ。謬︶と云う規定は、特に統計追認者の親角.において成立する。   峯9﹁田草ε二二。叢。葺①島国訟㌶冨笛。。毎。昌 三亀四〇号三Q︸μβゆロ一一.ゆ鮪これに就ては後述する。 これはジージ.ックが﹁四谷・本概念の理論﹂︵、一’ぎ。二。’ご回=[書く一︵噌=葺コ・︸呉[曾︷一§ζq。讐罵㌘ロ︶として峯冨悔;葦詣︸5試①百。き、ゆ露笥・。・ 蝕7。ぎ昌と。仲ぎ︹ざ一︼一。ぼρお謡とζ。ぎ窪ズ﹁葺ξ已層﹀二塁羅:ぐ。ど=︸琴”一℃し。も。−−↑・において一書の定式化を與えたものであるが、 この論文および≦.ざロ霧凱。。紬・闘。・。70\謡一畳昌。暮養w︸家司.には一段と整理された形において示されている。 ジージェノクはこの論文において統計数の個々の範疇が四重を如何に特徴づけるか一に關する個別的説明を與えておらぬ故、弛の 勢作、特にヨ窒けき隆蓬δR・艶窪窪け造ぞ・耳における野壷箇所の二重.を蓼照する。触⋮rO‘砿.蕊1㏄㏄.

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④︼㌔響=咽・二 葺・;げ5きβ幽安。。貯峠デ斤ぎ。︸畔葺ソ峯ぎ^す挙国︸5暫.に詳急な説明がある。 ⑤ 更にジージェノクは統計比較に關齢する﹁つの方法約指示を添える。所説によれば、統計比較に際﹂て、それから誘導されるところ   の比較結栗が相矛盾する・いくつもの比較尺度臼統計数が問題になることがある。例えば、大純督・中纒瞥・小興部等の工業纒管規  模塩鱒暦がもつ工業上の地位を比較しようとするときし比較尺度として斉階暦の脛管数・煙毒額・難業員数が問題になり、それらの  全体に封ずる割合がしばしば相反する籔値を示すがごとき、これである。かくの如きは、各個の比較尺度︵器質では昏階暦の纒螢   敏・生蓬額・從業員激の工業令休に早福る割合︶の馨るところが特殊的︸面的たるに嬉して問題が一般的多選的だるによる。そこで  問題を内容的に特殊的一面約ないくつかの間匙に分割して、それぞれの特殊的な問題に照合する比較尺度を潔ぷことにより事態の困  難を解決することが可能となる︵剛γ同O一刈︶。ジージェックの回読は以上のごとくであるが、これに就いては、更に、 O︵・﹃胆髭笛溝ヨ。︸お  く霞αq回巴Oy>=憩■訟計﹀器︸”・︾津寓︹一︾繋り嵐⋮罵離ロ門口一触已酬意肖O窪O葺O︻︷霞ω詳録巽デ070冨とω昏O︹[〇三⑦︸旨¢の趣・を漁勢照。  六 統計敷の本質、現實との開係  ω 統計数は、これまで節を分けて詳溢したように、経験的性格・歴史的相封的性格・抽貌的性格・特殊的性格を焦本 的性格、﹁本質﹂とする。この謡本的性搭は統↓計数の利用を種々なる方向から限界づける。主たる限界は三つ。ジージLヅ クはこれを方法論的指示の形において次の如く定式化する。 ︵一︸●嵩︶  ω 統計的結果は、その獲得の追号となった特定の集団以外の他の集團にまで診よぼしてはならぬ。  ㈲ 集團︵部分集團をつ、む全集團︶,に幽する慣値を個別事例および部分集團にあてはめてはならぬ。  囚 統計的結果には、これが實際に答える特殊な實質的問題設定以外のもの︵他の實質的問題設定︶に封ずる解答を求 めてはならぬ。  ② ジ!ジェゾクは、最後に、 ﹁統計数と蔵含的現實との關係﹂1﹁現實が統計数において如何なる仕方で表現される か﹂ーーを要約的に規定する。個性的雑多・偶然的錯綜によって混沌たる﹁維験的始實の完全な細網は問題にならぬ﹂。統 ジ書ジェ。クにおける統計籔の論理的性格の規定 唱七

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     ジージェソクにおける統計歎の論理的性格の規定       ︸八 計数の獲程過程において調査︵隼一︸①︸と養ワ蒐集︶の段階は﹁経験的欝欝とその雑多性につながる﹂けれども、﹁調査材料の整 理は経験的現實から本質的に遠ざかった数に導く﹂。統計数は経験的現實をその混沌性とは異ったかたちにおいて表現す る。しからばそれは如何なるかたちにおいてであるか。これは統計敏の論珊的性柊、 ﹁統計数の本質﹂からただちに明か となる。統計数においては、コ切の個性的なものが消え去り﹂、﹁集團に關する表示が與えられる。しかも各個の統計敏の 撮供する表.示はその各個の場合に調査の写象となった築團に聾するものでしかない。統計数にとって特徴的なことは〃組 ︵集團︶における展観”であり、 〃組に關する数的判勘”の提供である。統計藪は研究される集團について、 一般的原因 の結果を偶然の作用をとり彿つた、いはば 〃純粋培養11 において牝徴づける。統計藪は内容的に見ると當該集票を全く 特定特殊な方向において特徴づけ、かくて現實界に摩する悪く特殊な設明を提供する。就中、現實と統計徴との悶に介入 するところの、奈く特殊な統計的實質的概念によって﹂。︵一γ旨︶ 三  統計数ω本質、統計数の形式的および内容的な意味の問題は、敏脅統計學、とくにその一般統計方法論における基礎的 な問題である。ドイツ厭會統計畢においては、從苦いくたびかとり上げられたことがあるが、それはあくまで副次的・漸 珪的でめった。吾々はジージェゾクにおいて始めてこの問題ω意識的・直接的な提起と体系的な展開を見ることが出來る。 甑に指摘したように、ジージェ,クは統計利用者的観点をとる。しかして統計利用のための、また臓魯的に利用性のある統 計の作成のための方法的指針を立てることを諜題とする。そのために、この問題は統計方法の全手績過程の中におかれ、 統計数の獲得と魂明・すなわち・統計作成と統計利用と云う二つの方法的過程に封ずる關係において把握され、また、問 題の展開はすぐれて.総合的・体系的となった。しかもジージェソクにおけるこの問題の意識的・直接的提起と総合的・体系

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的展開の共礎には統計利用者的立場があることを見のがしてはならない。  ジージェックのこの勢作によって統計緻の本質の杢体像は或る秤度まで浮び上るに至った。もっともこの杢体像を構威す る個々の論理的性格のうちには、既に幾多の統計學者が問題にし且定型化したものがある。抽蒙的性格の如きはすなわち これに匂する。これに卦して特殊的骨棺は殆ど全くジージェノクの貢献に嫁する。ともあれ、か、る全体像の提供によって 統討の利用と作威に關する方法論的闇題の上に光が與えられるに至ったことを承認しなければならぬ。しかしこのことは ジージェックの所論に何ら批判せらるべきものがないことを意味しない。むしろ吾々は首肯し得ぬ多くのものをその中に見 出すのである。  統計数の本質を明かにするのにジージェックは、上蓮のごとく、統計敏の論理的性格に着眠する。この論理的性格とは、 ●究極のところ、封象を方法が加工憂労する形式に外ならない。ジージェックにおいては、方法は一定の形式において封象 を加工愛噛する手段であって、結果として得られるところの認識の内容は一加工二形によって1本取的に封象とは相 異る。iかくて、統計数は急募たる蔵會的現實から必然的に乖離することとなる。しかしこのことは下下的現實の難多 性についてのみ云わるべきことであって、雑多性と共に瀧會薫辛實の契機をなすところの・統一性一﹁本質的なもの﹂ 一についてではありえない。むしろ前者においての乖離が後者においての近迫を媒介するのでなければならぬ。ジージ         エノクもまたこのことを承認するもののごとく、﹃統計方法論における五つの宝要問題﹄において述べている。−﹁統計 は決して現価事態の爲眞たることを欲しない。爲眞ならば、それには融會生活の混沌たる雑多性がそのま∼再現されるに すぎないであろう。統計が得ようとするのは、むしろ、集團現象の形態における本質的なもの、説明である。﹂:::﹁統計 は粧會生活現象を要素に分解し、しかるのち、この要素から一つの像を組み立てる。この像は、威秤経験的現實と一致せ ぬけれども,その認識のためには正に本質的なものを表現する﹂と。ところでこの所知におけるように統計数が﹁本質的      ジージェックにおける統計敏の論理的牲格の規定      一九

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ジージェソクにおける統⋮計数の論理灼焼絡口の規定 二〇 なもの﹂を表現することが出寄るためには、筆墨を加工攣形する形式が勝馬的現實そのものに号して必然性をもたねばな らぬ。それは、正に、野津の内容がもっところの形式の外化として封象から必然的に導き璃さるべきものであり、封禦に よって構造が規定され、またそれに從膓するものでなければならぬ。 ︵か、るものにはもはや加工攣形の形式と云う語は 妥當しないであろうが︶。ジージェ,クにおいては果してそうであろうか。  ジージェックの一般統計方法論において、方法規定の上で基本的な意義をもつものは目標である。﹁目標は方法の形威と        ③ 方法の批判の基準を提供する﹂。方法は目標に導かれて構造を定められ、成果と目襟との比較において正調性を槍される。 方法規定は、かくして、︿目標←方法←目標の實現﹀と云う円環において進められる。封探は円環の外におかれ、たゴ外 的に、しかも受動的に關係させられるにすぎない。これを方法聾封蜜の開係に即して云えば、方法は封蒙と引きはなして 別個に形成せられ、封家に封して優位の地位において關係させられるのである。かくの如き方法規定の態度または覗角は 正しくなく、また、現實的でもない。それは余りにも形式的であり、正に昏倒的である。  ジージツクにおけるかくの如き形式的・韓倒的な方法規定の態度ないし硯角においては、統計数の封禦把握の形式は、 外から封象にあてがわれ、これを加工弓形する形式となる。しかもこの場合、封験とは無關係な形式が導入されて、恣意 的.宅観的な現凝血の構成を許さねばならぬ危瞼すら存在する。かくては統計数か現實における本質的なものを表現する と云う・さきのセ張も結局のところ根妙なき一片の愈愈とならざるを得ないであろう。これらの諸点を考慮するとき、吾 々には、ジージェ,クが統計緻の論理的性脩として舞げるものについていま少し立入つた隣、咲稔討を行う必要がある様に思 われるのである。  も   も   も  も   む      も  も   も  抽敦的性格・その一・について。ジージェックの云うように、また既に多くの統計學者が論くように、統計は個別事例を 一その個性を捨禦して−−卦算に穂括する。この集團的把握は寸話の多くの統計墨者によって大義法則との關係におい て考えられた。しかしジージェックにおいてはそうでない。ジージェックにおける集團的把握と大敏山懐との分離は、統計

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数獲得の目標の規定において﹁集團に關する表示の獲得しを基本的目標とし、 二般的・本質的原因の効験を表現すると ころの.敷の獲得﹂を醜次的目標とするのに照憾する。さて、大教法期と分離して繭紬的把握を考える諸訳者のうち、 代表的なもの、一人は、 ジグワルト︵Ω囮・醗痢’話3霧さL¢o幽︶である。 ジグワルトは個性を無硯する﹁統計的計数﹂        ⑤ ︵二三。。臣。ぎ鑓募一骨︶を多数の個別事例の目録的個性記述の代用的手段と規定した。 チュプロフは個性の捨象を﹁相封個       ⑥ 性化しと規定し、その紫黒を二値的硯点に求めた。ところで抽象は直接的感温以上により︷76全且深刻な表象を吾々に與え        亀      ⑦       、より正しく、より完全に反映するし。 個性ω捨象、る科酒興操作である。 ﹁すべての利學的な母家は、自然をより深く 集團的把握において震えられるものは肚脅的存在・城會性である。大量観察法はその意思と獲達の過程において、封琢た る近火から方法的構造を受取つた。祇愈の構造が統計における集團把握的形.式を必然的なものとして生み出し定形化した のでφる。絶体主義國家以降の統計的實践の歴史がこれを証明するであろう。統計皮のこの事實の上に立って聖業統計學 は前篇から方法を必然的なものとして導き出さねばならぬ。卸本主義議場における砒男性、個体と磯會との關係、個体の もつ歳調性の繕造が統計における個性の捨象、離層的把握形式を必然化する。ジ1ジ.▽クの規定はか、る認識の遙か彼方 にある。ジージェソクにおける方法一般について翫に指摘した如く、雪空的把握も封象たる捻転の外において構成せられ、 外的に撃墜に當黒められてそれを加工する論理的形式としてしか問題にされぬ。その結果、黒鼠の無親、集團的把握の形 式のもつ深刻な杜曾的實−体的な意味を、統討数の表示内容の耽會書影体性を明かにすることが出來す、統計数を一つの主 観的な構成物として現實からの乖離を認めねばならなくなったのである。  セ   も  カ   も  も      も  も  も  抽象的性格・その二・について。統計敏をコ般的原因の代表﹂ーコ般的原因だけが現壌に働いていたならば結果す るであろうと思われる作、爲的な下血﹂一とするジージェックの所論は、既に指摘した如く、現象に作用する制約を一般的 なものと偶然的なものとの機械的な廣分封立において把え、大敏において偶然的制約が相殺されると云う確素論的思考が      ジージェックにおける統計数の論理的性絡⋮の規定      二一

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     ジージェックにおける統計轍の論理的性絡の規定       ご二 塞礎をなす。ドイツ耽倉統.計學の歴史的課題の一つはヶトレー︵﹀.Ogεζ︾嵩8一おN甫︶によって導入され適確書論的思考 の限界を融へ⋮月について設定することにあったが、斯學における形式的噂、倒的な方法観と形而上學的世界観はこの課題の完 途を妨げて來・た。ジージェックもまた本質的にはこれが例外をなすものではない。しかし、この確率論的思考はジージェッ クになるともはや殆ど驚く換骨醗胎されつくしている様に思われる。写実における同質部分集團の混威の張調、集團につ いて得られた敬値の部分集團および巴瓦事例への黒田可能性の頑強な報否はこのことの証左である。こ、で必要なことは 殿倉現象の原因体系の現實的・三士科學的分析を通じて必然的な把握形式を打立てることであろう。  カ  も  も  セ  も  特殊的農務について。統計敏の表示内容の特定性の認識、特定的な統計数の表示内容を規定する方法的要因の摘出が、 統計敏の﹁獲得﹂および﹁詫明﹂、すなわち統計・調査および統計利用に署する多くの方法論的問題の解決に重要な基礎を與え るものであることは明かである。とくにこれを某礎として立てられた統計の見方の某準は、ドイツ青函統計學に課せられ た吐倉的實践的課題に何ほどか調え得る重要な成果である。しかしまたそれだけに、与日においては隠密な槍討を受けね ばならないであろう。細部における問題はこ、に問わぬこと、してージージェックの云うごとく個々の統計数の表示内・容 ・はそれぞれ43殊のものである。しかしその特殊な簸るものがその統計数の現實に︵、衣示しなければならぬものであるか否か          ① は別個の岡題である。この点につきジージェックは、統蟹田敬獲得に前提される問題譲定または統計に封ずる製出の需要を考 慮して統計数の表示すべき特殊な内容が定めらるべきことを・夕張するが、この様な技術的論客では問題の解決とならな い。統計の顕示すべきものは客観的現實的に與えられている筈である。云うまでもなく、諸種の瀧會的技術的制約によっ てこれを統註に完堅に再現することは不可能であり、また武愈的認識が封駁の本質に肉迫し得る程度には繋る歴史的な限 度があるとは云え、統請敏の表示しなければならぬものはそれぞれの歴史的段階において客糊的に明かになし得る。これ が統計敏の表示すべき内容の基準となる。このことに着眼することによって統計方法論は統計の眞實牲とその歴史的相封

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性に了する問題︵統計における絶封的眞理と無封的節理の問題︶を解決する緒を與えられるのである。ジージェックはか、 る方向に問題を展開していない。それは、究柚のところ、封壌の方法的規準性の看過、韓倒的形式的な方法観にもとす く。敢てこ、に附言するに、㎝,統計方法論における五つのt要問題﹄において、ジージェックは、同一の現職につきいくつ かの相矛贋する統計数が併存するのに當面して困惑する統計利用者に、その申の何れをえらぶべきかに奏する選揮ω基準 を與え得なかつ㌔統計数の表示内容を規靭する●上蓮の客観的某準に考窒らなかった必然の結果である・しかし・統        ⑫ 計利用者はジージェックと共にいたずらに統計作聖者の﹁恣意﹂を歎く要は毫もないのであるQ  以上、統計数の論理的性格として墨げられたもの、若干に就ての簡軍な蔭ア味槍討を以てしても、ジージェックの問題の展 開には種々なる制約と欠陥があることが判る。論理的性格として翁忌的に必然性をもたぬ形式を導き入れる危瞼が現實の ものとなっていること、論課的性格をその基底をなすところの封象的實体性においてとらえて治らぬこと、統計敏の表示 内容を規制する客観的基準に考え及ばなかったこと一これらのことは、結局のところ、統計敬から虚構の現画像を引き 出さしめ、また統計藪の総締把握をあくまで宝親的なもの・相封的なものとし、客観性とその現實的可能性を否定するこ と、なる。かくのごとき欠陥と阻界1それは要するに、方法を封顔からひきはなし・しかも耐油を封壌に蜀して優位に おくところの・形式的卒倒的な方法規定の硯角から生じた必然の聾結である。ジージェックにおいては、 蔵倉的現實は統 計敬のはるか彼方にあり、冠者の臨戦は決して縮められないのである。統計における瀧春心社章把握の客槻性と可能性を 論擦づけるべき蔵會統計學が統計鐵の現實からの乖離を結論しなければならぬとは皮肉でなければならぬ。  しからば打開の途は如何なるところに兇川されるか一翻心はいまや封象に向けられねばならぬG方法に封ずる封象の        ⑫ 現實的規定性を正幌すべきである。方法は寝酒の魂なのである。方法に封ずる封象の現貰霊前定性は、しかしながら、統 計数の本質をもはや現實把握の形式においてではなく、これを超え、またこれの某底をなすところの・劉象的實体性にお      ジージェックにおける統計籔の論埋的性格の規定      二三

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ジージェノクに毒ける統計数の論理的性格の規定 二四 いてとらえることを要求するであろう。たとい論理的馬糧をージージェソクとは騎にi正しく現量把握の形式における        ⑬ 特微としたとしても、これをもってしては統計数の本質は把握され得ないのである。

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この点については本稿第﹁節において指摘した。 寓筈病匡欝ロ箕冒。玄3昌φ︵♂弼警暮一ζ。岱。。o︸μ曾三︵廷5︵ぎ二〇ξ︻げ訟●触︶・F①・ §遷置巧簡①。。蜜焦。・江蓉7雄R斜乞§の慕馨ユ委♂エ曜肯 §器ぎ帥.幽・O・輝澱・一一・ ⊆μ焦。。8℃7鮒39薫角計﹃oo9一ぎbo⇔コ︻ポO>倉門︻・りHOP8幹き鉾 弓。・o署も8き費欝Oご鉾OつO−GQ● レーニン﹃蓉凹學ノート﹄.謄置仰定士口課目.上巻・篭黒金日予州丁研﹁究命口・﹁九五〇年・七四頁。 こ∼で筆者は所謂意志自由論璽、更に芦鵠護︵き♂<.い¢図鑑”︵レ7穿嵩等の知的寄與を念頭においているQ>・≦ゴ潜。♪O凶①O霧簿苧 μ再話⋮αq昇巴二⇒量回甚。︸蚤ロげ鐸託泣自象阜。コ葺。霧9ぎ丁§;萎一ぎ渥。=ぎ岡[卵深︸日ξ==ξ¢侮曾郵費蓼凱置H。c︵さ¢.翠霞”。=pζ。︸︾。肘島霧 寓①讐楚。貯20・o藁瓢05傘窃の俘お9曳曳⋮ ﹁.一﹂¢覧ψり試霞、一1ぎ;弓ぎ︵ぎ門寓豪きゴ。ヨ。ぎぎ=ごαq窪ご篇¢弓回田邑謀。︸乙。︸お昌︵ざロ①=の。﹃鑑3浅“ご 9竃鉾饗”幹舞7銘犀戸旨島¢¢ωo=誇一二雲一^、ぼ︵、ゆ困ごσ3.﹁詞8Q・9冨90幹舞一G・臨ぎHつG︷︶9 蜷川虎三・﹃統計利用に於ける基本問題﹄・唱九三二年・岩波書店・ 四四・i六頁。 §器ぎ峯言、︼冒二℃琶﹃〇三〇一昌。島臼。自叶葺﹃嵩の。8餌乙。けぎρ庁拭07﹁3⑳・≠卸bo口只 §蓉ン鯛﹃鯛“・ρ噂幹憲. 念のため附言するに、か、る見地はジージェック以後におけるドイツ就職統計學者に見ることは禺來ない。 方法に隠する封象の点線軍規定性への栄爵と消究は、また、周題をつ統計激の本貿﹂として提起し﹁統計の本質﹂として礎起せぬこ とに饗しても批判的態度をとらせる。統計は統品数の集合であるが、軍なる集合でなく、 ︸つの組織聖もつた集合であり、この組織 は揚象から定まる。勤象り規定性を無硯す歓とき、統計は統計敷の軍なる集合、複籔形を以て呼ばれ勇け・蒙ぎ﹁・。苓二・︻。・・となる。 ︵本塁は昭和二十八年度文部省科學研究助成金をうけて行いつつある﹃ドイツ励會統計學、特にそω後期愛質過程の研究﹄の︸部である︶

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