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予言の見地からする監査知識の吟味(4)
一監査人が許されたいと願う許容可能な
誤謬総額の限定・配分方法一
酒 居 叡 二
二 許容可能な誤謬とは E 許容可能な誤謬額設定の必要性 皿 許容可能な誤謬総額設定の基盤 IV 監査人が許されたいと願う許容可能な誤謬総額の限定 V 監査人が許されたいと願う許容可能な誤謬総額の配分法 1.影響要因 2.数学上の公式理解 1 許容可能な誤謬とは 監査文献上“許容可能な誤謬”という概念の起源はこれを何処まで棚り得る のかについて筆者は詳細なことを何も知らない。しかしながら,アメリカ合衆 国公認会計士協会の出している文献を見る限りにおいては,この概念が明確に 用いられ始めたのは,1981年に監査基準書第39号『監査上のサンプリング』が 公表されるに至ってから後のことであることが知られる。それ以前においては 精度(precision)という概念が用いられていた。信頼性という概念同様,精度 という概念も統計学における専門用語であり,その理解はすべての監査人にと って必ずしも容易なものであると限らないこと,および,これらの概念につい ての定義・解釈が事実において必ずしも一様でないことが,新旧概念置き換え エラ の理由として挙げられている。 1) AICPA, SAS No.39, paragraph 45, note 8.(The.fournalげAccountancy, Au− gust 1981, p.109.)許容可能な誤謬という概念の一般的用語による定義を前掲監査基準書第39号 にもとめれば以下の通りである。 「(取引種類・勘定残高の)詳細について行うsubstantive tests一内部会計 統制から独立した存在の考査一の標本を計画するに際し監査人は,金銭的誤 謬が関係のある勘定残高あるいは取引種類中に存在していたとしても,どの 程度の誤謬であれば,誤謬があるから財務諸表の申し立てにも著しい偽りが あるとまで看倣されることにはならないのか考慮すべきである。勘定残高あ るいは取引種類に認められるこの最大金銭的誤謬のことを標本についての許 ラ 容可能な誤謬とよぶ。」 このように定義される許容可能な誤謬という概念の必要性は一見自明なこと のように思われるかもしれない。しかし,この概念が実際の調査過程において どのように生きて働くものであるかは必ずしも自明でないであろう。それで, 先ず,企業が公表する財務諸表の適正性について公認会計士が意見を表明する 場合の監査,すなわち,財務諸表監査についてこの概念の働きを注視すること から平めよう。 1【 許容可能な誤謬額設定の必要性 財務諸表を構成している個々の勘定残高は被監査期車中になされた彪平な数 の取引結果の要約であるから,その表示の正確性・妥当性について確信ある意 見を表明し得るためには,勘定残高を組成するものであると被監査会社におい て主張されている個々の取引についてその処理の正しさを批判的に跡付ける必 要があることはいうまでもない。許容可能な誤謬という概念には,このように して実際に見出された誤謬に限定されたものとしての陰影が一面においてあり, その源泉はここにもとめ得るものであるかしれない。また,このことから,実 際に見出された誤謬についての監査人の主観的判断を主に,許容可能な誤謬と いう概念をその従者に仕立てて具体的問題に対応することは可能であるとの思 2) AICPA, SAS A[o. 39, paragraph 18. (The fournal of Accountancy, August 1981, p. 107.)
予言の見地からする監査知識の吟味(4) 27 考が芽生えることもあるかしれない。しかしながら,このような思考は空虚な ものであることを免れ得ないであろう。第1,実際に見出される誤謬が存在し ている誤謬のすべてであるとは考えられないし,また,先行する概念であると も考えられないということがある。実際に見出される誤謬は,それ自体に何ら の出ロも有してはいない。第2に,存在している誤謬を一つ残らず摘発するこ とは必ずしも必要ないことであるということがある。本節の以下においては, この後者の理由を出発点にして,先行概念としての許容可能な誤謬額設定の必 要性を要約している。 叙上の如く,存在している誤謬を1つ残らず摘発することは必ずしも必要な いことであるとしても,このことは何らの検査も行わなくてよい監査領域が存 在するということを意味するものではない。財務諸表監査の場合,監査人は財 務諸表表示の全般について検査し,意見表明する責任を負っているのであるか ら,このように解釈することは自然である。それ故,その意味するところは, 誤謬存在の危険性・存在しているかもしれない誤謬の重要性を考慮すれば,金 額の全般的整合性比較に重点を置いた網目の粗い跡付け検査(分析的再吟味手 の 続)を行うだけで監査目的にとって十分である場合もあるということでなけれ ばならないであろう。このことは,勘定項目の性質如何によって勘定項目数量 的表現の正否・適否を確かめるための監査手続の選択・適用に影響が及ぶこと, そして,それは勘定項目に割当てられている許容可能な誤謬額を介して初めて の 可能であることを物語っている。言わば,これは詳細な点についてまで検査す る必要があるか否かを判断しなければならないときにおける許容可能な誤謬の 役立ちを示すものである。しかしながら,許容可能な誤謬という概念の調査過 程における役立ちはこれに尽きない。 上記の段階で識別される網目の細かな跡付け検査の極限,それは勘定残高あ るいは取引種類中に存する項目を1つ残らず完全に検査することであり,許容 3) AICPA, SAP No. 54, paragraph 70. The fournal of Accountancpt, March 1973, p. 63. 4) C. S. Warren & S. V. N. Yates cS} G. R. Zuber, “Audit Sampiing: A practical Approach,” The fournal of Accountancy, January 1982, p. 64.
28 彦根論叢i第240号 可能な誤謬が0とされる項目について行われるであろう。詳細な点についてま で検査する必要があるとしても,100%完全な検査は必要ないと監査人が判断 ゆ する領域について初めてサンプリング実施の可能性が生じると看てよい。しか しながら,サンプリングを用いて勘定残高あるいは取引種類をテストしてみよ うと監査人が決断した場合においてさえも,勘定残高あるいは取引種類中に意 味ありげな項目が存在しているならば,サンプリングを始あるに先立ってこれ らの項目を識別し,その他の項目から切り離して個別的に検査する必要がある のであろう。検査上欠落させることのできないこれらの項目は他の項目に類似し ていない突出項目ないし異常項目であり,これを手抜き検査することには誤っ た判断形成をしてしまうことになるかもしれない危険が余りにも著しく伴うと ア いうことから,上記の如き扱いが必要になると解してよい。これには帳簿価額 の大きい項目および項目の性質上特殊な危険を随伴している項目が含まれてい るが,その前者に該当するものであるか否か判断するときの目安として許容可 能な誤謬という概念の働きを見ることができる。すなわち,いずれの帳簿価額 が高額の故に,これをサンプリングから切り離し,完全な検査をすべきである かは本来監査上の判断の問題であるとしても,勘定残高あるいは取引種類に割 当てられている許容可能な誤謬額を上回る帳簿価額項目はすべて完全検査の対 の 象項目になると看てよい。 勘定残高あるいは取引種類中に認められるこの欠落させることのできない項 目を識別してしまった後の残余項目部分についての対処の仕方には3通りのも ののあることが知られる。すなわち,①残余項目部分から標本を抽出して検査 する,②分析的再吟味手続を適用する,③標本抽出と分析的再吟味手続を併用 する,がそれである。今,その中,最も有効かつ能率的な監査手続として,標 本抽出の方法が選択されたとすれば,標本規模の決定・被検査項目の選択・検 査結果の評価を如何ようにするのかという問題が生じることになるであろう。 このサンプリング段階における被検査項目の選択には,最早,許容可能な誤謬 5)一一9) fbid., pp. 64−65
予言の見地からする監査知識の吟味(4) 29 という概念の介入は認められないとはいえ,標本規模決定要因の1つとして, また,標本結果の数量面からの評価用具として生きた働きをなすものであるこ とが認められるに至っている。すなわち,アメリカ合衆国において全国的規模 を有しているある公共会計事務所が現在実務において用いており,非統計的サ ンプリングを用いている場合満足ゆくものであると一般に判明してきているモ デルに従えば,標本規模は以下の公式に見出される如く許容可能な誤謬という le) 概念に密接な関連をもっている。にこに詳論していないとはいえ,統計的サ ンプリングが用いられる場合にあっても,標本規模の決定に許容可能な誤謬額 11) が下可欠なことは同様である。)
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また,個々の勘定残高あるいは取引種類中の欠落させることのできない項目中 に発見されている誤謬額とサンプリングの対象となった母葉睡中に存在してい 10) lbid., pp. 71−72. 11) R.Anderson 6} A. D. Teitlebaum, “Dollar−Unit Sampling,” (Cnadian Chartered Accountant April i973, p. 3Z 12)上記引用論文においては,標本に望まれる監査上の保証の程度を以下の如く3大別 し,これに具体的保証係数を割当てている。保証係数割当ての根拠については明らか でない。 標本に望まれる監査上の保証の程度の分類 大:相対的に高い保証水準。一般的に内部会計統制とかその他関連のあるsubstantive testsの手続にほとんど,あるいは,全く信頼をおかないことを指示している。 中:平均程度の保証。一般的に内部会計統制とかその他関連のあるsubstantive tests の手続にいくらか信頼をおくことを指示している。 小:最小限度の保証。一般的に内部会計統制とかその他関連のあるSubstantive tests の手続に多大の信頼をおくことを指示している。 適切な保証係数の選択 監査上の保 保証係数 証の程度 誤謬の存在がほとんど 誤謬の存在がいくらか 予期されない場合 予期される場合 大中小 ︵Q4り山 1り984
ここに誤謬の存在がほとんど予期されない場合とは,テスト対象になっている勘 定中に存在していそうな誤謬金額合計が許容可能な誤謬額のiを越えていること はないと監査人が自からの判断をもって査定している場合を意味している。 Jbid p. 72.13) るであろうと見積られる投影誤謬額との合計額が,その勘定残高あるいは取引 種類に割当てられている許容可能な誤謬額以上である,あるいは,許容可能な 誤謬額未満であるとしてもそれにきわめて接近したものであるという場合には, 標本結果によって帳簿価額の正しいことが確かめられたとは考えられないのが 14) 通常である。前者の場合は最早論外であるとしても,後者の場合においては, 監査人は,勘定残高あるいは取引種類中に存する真実の誤謬額が果して許容可 能な誤謬額未満であるのかどうかということについての判定資料をさらに得よ 15) うとして,標本を追加し検査することの必要を覚えるであろう。監査人をして このように誠実な証拠収集活動へと駆り立てるものは許容可能な誤謬以外にな いことは明らかである。 このように見てくるなら,監査入が勘定残高あるいは取引種類の正否・適否 について最終的な結論を導出するに至るまでの調査の諸過程において,許容可 能な誤謬という概念は幾重にも機能するものであり,この概念を無視もしくは 軽視していては,他に対し申し開きすることのできる監査実務は一歩も進み得 ないことが首肯されるであろう。 皿 許容可能な誤謬額設定の基盤 監査証拠収集のための諸過程における許容可能な誤謬の働き・必要性を叙上 の如く理解するならば,許容可能な誤謬額導出の方法を曖昧なままに放置し, 監査入の個人的判断にのみ委ね続けることは怠慢でないのかとの責めを感ぜず にはいられないであろう。アメリカ合衆国公認会計士協会の「重要性・監査危 険に関する特別委員会」は,1982年現在,監査基準書下22号「監査計画および 監査捕助者の指導監督』 (1978年)中に要求されている“重要性ある金額の予 備的見積り”に関し,その決定方法および勘定残高・取引種類に対するその配 13)たとえば,監査人が標本中に識別した誤謬額は$1000であるとし,標本金額は勘定 残高母集団の10%であるとすれば,その勘定残高中に存する誤謬は$10,000であると 投影される。lbid., p.69. 14) 15) lbid., p. 70.
予言の見地からする監査知識の吟味(4) 31 16) 分方法をなお考慮中であり結論を公表するに至っていない。本節においては, 許容可能な誤謬額設定の基盤は具体的に何にもとめられるべきであるのかを中 心に論じている。 前節において指摘した如く,勘定残高あるいは取引種類ごとに存在している 誤謬自体からは,それが許容し得るものであるかどうかの結論を導出するがで きない。それ自体に何らの出口も有していないと述べたのはこのことを指して いる。ところで許容可能な誤謬という場合の許容を与える直接の主体は監査人 であるとしても,監査人が真に究極の主体であるとは考えられないであろう。 監査人がその者のために働く真の主体は企業が公表する財務諸表の読者,すな わち,潜在的投資家を含む一般投資家であるとするならば,この一般投資家が 公表財務諸表に寄せる関心如何ということから監査上のすべての要件が演繹さ れてこなければならないことは自然である。 それでは一一一L般投資家が公表財務諸表に寄せる関心とは何であるのか?財務諸 表による企業実体の真実な描写こそそれであるとしても,一般投資家に与えら れるものは財務諸表のみであり,これを通じ企業実体の真実な姿を読みとる以 外にないのであるから,上記の如き答えではトートロジー(同意語反復)に陥 る危険がある。会計原則の制定によって財務諸表表示の相対的真実性が確保さ れている今日にあっても,そこに示されている数量表現は依然として生きたも の・動的なものであるから,一般投資家による財務諸表の読解は,実際のとこ ろ,安易なものではないであろう。そして,この状況は会計原則による相対的 真実性表示の枠組みを否定することによって更に混沌としたものになることを 免れないとすれば,この枠組みを維持し,この枠組みの範囲内で解決を図るの が実際的であるといえるであろう。会計原則に従って作成されている財務諸表 17) の表示は適正:である(相対的に真実である)とのこれまでの定義を承認するこ との望ましさはここにある。しかしながら,財務諸表が会計原則に従って作成 されているかどうかを調査しその結果について報告する監査の立場からすれば, 16) lbid., p. 64 17)飯野利夫『財務会計論〔改訂版〕』同文館出版(株),昭和59年,2−16頁。
財務諸表中に存在するかもしれない誤謬を何を根拠に許容し得る・許容し得な いと弁別すればよいのかが問題である。 許容し得る誤謬・許容し得ない誤謬に関する一般投資家の関心は何処に収略 するものなのであろうか?重要性概念について論究したものの中には売上総利 18) 益とか経常利益・純利益・売上高・資産総額等種々なものが暗示されている。 これらの中のいずれかの項目金額に一定の百分率を乗算して得られるような唯 一絶対的な重要性判断規準など存在する筈もないと考えられるかもしれない。 しかしながら,少くとも,許容可能な誤謬の弁別に関する一般投資家の関心の 基盤となる項目は確かに存在しており,その項目は他の項目より明らかに優位 にあるとの認識が得られるというのであれば,それだけでも貴重なことである といってよいであろう。上記の認識はいかにも人の異るごとに異ったものであ るかもしれない。筆者としては「監査計画における重要性の利用』と題する G.R. Zuber&R. K:. EIIiott&W. R, Kinney, Jr.,&J. J。 Leisenrin9共同執筆 の論文より示唆を受けて,許容可能な誤謬額設定の基盤は純利益にのみあると の確信を得るに至ったとしか他に言うことはない。ただそれだけのことである。 しかし,その論拠は彼らのそれとは必ずしも同じではない。彼らが純利益一例 ラ 示に従えば当期純利益一に許容可能な誤謬額設定上の基盤をもとめる論拠は次 の一連の命題にある。すなわち, 1. 財務諸表の用途は企業実体の現在の状態と成績とを査定し,実体の将来 21> における現金の流れを予言することにある。 2. 企業の将来における現金の流れを最:も敏感に予言するものは(純)利益 ラ である。 18) W. Reininga, “The Unknown Materiality Concept,” The fournalofAccoutancy, February 1968, p. 32. 高田正淳,「最:新監査論』,(株)中央経済社,昭和58年,96頁。 19) G. R. Zuber cg} R. K. Elliott ({} W. R. Kinney, Jr. & J. J. Leisenring, “Using Materiality in Auditing Planning,”’ The fournal of Accountancy, March 1983, pp. 42−54. 20) lbid., p. 52. 21,22) lbid., pp. 42−43.
予言の見地からする監査知識の吟味(4) 33 上記の命題1について筆者に異論はない。しかし命題2については異論があ り得るであろう。企業の将来における現金の流れを予言するもの,否,予言す べきものは,財務諸表を構成している個々の勘定項目の数量表現自体であって, (純)利益はただそれらを集計した後の残高にすぎないと考えられるからであ る。このような残高利益が企業の将来における現金の流れを最も敏感に予言す るものであるとは筆者として到底容認することができない。 これに対して筆者の論拠は以下の如きものである。すなわち (1)財務諸表監査における主たる監査対象としての揖益計算書・貸借対照表 は,複式簿記のもと,純利益の導出を目的として組立てられており,損益 計算書・貸借対照表を構成しているすべての勘定項目は,純利益の数字を 確定せんがための数量表現を自項目に課しているかにさえ見える。 ② このように,損益計算書・貸借対照表を構成しているすべての勘定項目 の数量表現は純利益数字の導出に向け集中的に働くものであるならば,勘 定項目の数量表現に如何ほどの誤謬が存在していても許容されるかという ことについての指示も,純利益数示を基盤にして出されるのでなければ首 尾一貫しない。 がそれである。このように論拠は相異るとはいえ,一般投資家にとって純利益 こそが究極的な関心事であるにちがいないという点において筆者はG.R. Zu− ber&R. K. Elliott&W. R. Kinney, Jr.,&」, J. Leisenringと同意見をも っている。 しかしながら,たとえ純利益が許容可能な誤謬額設定上の基盤として承認さ れ得るとしても,未だ解決すべきいくつかの間竿が残っている。その第1は, 当期純利益を許容可能な誤謬額設定上の基盤として用いることに果して問題は ないのか,過去数年間の平均純利益を基盤にすべきではないのかという問題で 23) ある。監査前の財務諸表数値にはとてつもなく大きな虚偽表示の含まれている 可能性があり,当期純利益に対するその影響も,また,とてつもなく大きいと 23) L. A. Bernstein, “The Concept of Materiality,” The Accounting Review, Janu− ary 1967, p. 93.
いうことさえあり得る。たとえそうでなくても,許容可能な誤謬額設定上の基 盤として用いられる当期純利益は未だ監査前のものであるが故に,それ自体怪 しげな物尺であることを免れないであろう。上記の懸念は怪しげさの程度問題 であるにすぎない。他方,過去数年間の平均純利益については,平均の基にな っている個々の純利益が監査済みのものであるが故に相対的に真実のものであ るとしても,その“平均”の故に生きた意味をもたず,また,現会計年度の純 利益と直接の関係をもたないという弱点を認め得る。この問題については,被 監査会社内部統制の調査をふまえて,それが良好と看回し得るものであるなら ば,監査前のものであるとはいえ,当期純利益を許容可能な誤謬額設定上の基 盤として用いてよいのでないかと筆者は考えている。第2の問題,それは監査 ラ 基準書第22号の要求している重要性水準の予備見積り値を得るためには,上記 純利益に一定の百分率を乗じなければならないということに関係している。勘 定残高あるいは取引種類に対する許容可能な誤謬額配分の源資としての重要性 の 水準予備見積り値が,重要性概念についての一般的定義を満たすものでなけれ ばならないことについてはいうまでもないであろう。すなわち,以下に示すよ うな定義を満たすものでなければならない。 「合理的な人間が財務諸表に記録の脱漏とか誤表示が含まれているというこ とを知っていたなら財務諸表を公表している会社に対する自らの判断を多少な りとも修正したかもしれないという場合,そのような記録の脱漏とか誤表示に は重要性がある。」 しかし,このような定義を満たすために,純利益に乗じられる百分率数字を 何とすればよいのかは誰にとっても解決の困難な問題であるといえるであろう・ 多くの監査人は10∼15%の範囲内の数字を妥当なものとして考えているらしい 24) AICPA, SAS IVo. 22, paragraph 3. (The Journal of Accountancy, June 1978, p. 115.) 25) ここにいう一般的定義とは,イギリス会社法の更新に際しディヴィ委員会が1895年 に定義を示して以来,諸国の規制機関・会計学会・会計士協会が示してきた定義中, そのいずれにも意味内容として相通じる定義を平易に示したものという意である。 26) G. R. Zuber & R. K. Elliott & W. R. Kinney, Jr. & J. J. Leisenring oP. cit. p. 42.
予言の見地からする監査知識の吟味(4) 35 つ ということが知られているばかりである。監査入としては,個々の具体的事例 に即し職業専門家としての判断を行使して%数字を決定する以外にないであろ う。 IV 監査人が許されたいと願う許容可能な誤謬総額の限定法 監査計画の樹立に際し監査人が如何に重要性水準の予備見積り値を立てよう とも,それが監査計画,すなわち,各被検査項目についての適切な監査手続の およ選択・適用方法に結びつけられ生かされるのでなかったならば,それは凡そ意 味のない無駄骨折りとなるであろう。重要性水準予備見積り値と監査手続の計 画との関連を見出すためには,許容可能な誤謬と看倣さざるを得ないもの,す なわち,重要性水準予備見積り値の中にも性質の相異るものが混在しているこ とを認め,これを識別することが必要である。本節においては,この識別を手 懸りに,監査人が許されたいと願う許容可能な誤謬額はどのような見地にもと づいて限定されるべきであるのか論じている。先ず,許容可能な誤謬の識別と いうことから始めよう。 監査の調査過程における監査人の狙いが誤謬の狩り出し,あるいは,誤謬不 存在の確認に向けられるのは当然であるとしても,監査手続の選択・適用の結 果は“必ず当初の狙いが達成される”ということばかりにもいかないであろう。 如何に用意周到に監査手続を選択・適用したつもりであったとしても,存在し ている誤謬が1つ残らず発見されるとは限らない。さらにまた,監査人が誤謬 の存在を発見したとしても,その指摘が被監査会社によって受け容れられると は限っていない。後者の誤謬,それは,監査人が監査手続適用の結果発見した 誤謬を被監査会社の経営陣に指摘し,財務諸表数字の調整をもとめたにもかか わらず被監査会社がこれを受付けないでおり,監査人も要調整金額の重要性を 27) L. A. Bernstein, op. cit., pp. 93−94. 28) R. Anderson (g} A. D. Teitlebaum. op. cit., p. 34. 29) G. R. Zuber di} R. K. Elliott & W. R. Kinney, Jr., & J. 」. Leisenring, op. cit,, p. 49. AJCPA, SAS No. 39, paragraph 11. (The fournal of Accountancy, August 1981, p. 107.)
30) 考慮してその無調整に同意している場合に生じる誤謬である。これは監査入に おいて渋々黙認せざるを得ない誤謬であり,“許している誤謬”であるといえ おい め る。この場合,負目を負っているのは誤謬の存在を指摘されながらそれを無視 しようとする被監査会社であって監査人ではない。したがって,内実は外見と は反対に強者・許す者は監査人,弱者・許しを願う者は被監査会社経営陣とい う状況にあると看倣し得るであろう。これに対して,前者の誤謬は,監査人も 生身の入門であってみれば,如何に専門家といえども,完全なものではないと いうことを自ら認め,誤謬の存在発見に落度があったとしても“許されたいと 願う誤謬”である。否,‘‘許されたいと願わずにはいられない誤謬”である。 31) 監査手続の計画に結びつけられるべき誤謬はこの誤謬でなければならない。前 者の誤謬も後者の誤謬もともに許容されなければならない誤謬ではあるが,無 制限に許容されるものではあり得ないということから‘‘許容可能な誤謬”とい う概念を理解することができる。許容可能な誤謬の総額は前述の予め見積られ ている重要性水準によって制約されるものであると考えることに困難はないで あろう。この制約は次の形式によって理解することができる。すなわち 監査人が許す誤謬+監査人が許されたいと願う誤謬 ≦予め見積られた重要性水準 上述の如く,“監査人が許されたいと願う誤謬”とは監査手続の選択・適用 上の誤りに対処したものであり,これが財務諸表を構成している各成分に具体 的に割当てられることによって第11節において示したようなものとしての許容 可能な誤謬の働きが可能となる。上記式によってこの大きさが限定され得るた めには,被監査会社の経営陣が無調整を願い要求するであろうと予測される誤 謬(監査人が許す誤謬)の大きさが限定されなければならないことは明らかで ある。それ故,先ず,“監査人が許す誤謬”の限定ということから始めよう。 この“ト査入が許す誤謬”の源泉を分析すれば以下の如く2大別されることに 30) G. R. Zuber & R. K. Elliott (f} W. R. Kinney, Jr., & J. J. Leisenring, oP. cit., p. 48. 31) lbid.
予言の見地からする監査知識の吟味(4) 37 なるであろう。 ① 前年度の財務諸表監査において監査人が重要性なしと判断し無調整に同 合した誤謬………純利益に及ぶ影響$××× これは前年度の財務諸表監査において監査人が被監査会社の願いを聞き入れ 黙過した誤謬である。それ故,この誤謬は今年度の財務諸表勘定項目の数量的 32) 表現の中に継承されているであろうと信ずべき理由がある。 ②今年度の財務諸表勘定項目の数量的表現の中に新たに生じているであろ うと見積られる誤謬………純利益に及ぶ影響$××× これは被監査会社内部会計統制の弱点等により今年度新たに生じているであ ろうと推測される誤謬に限定した場合の誤謬見積り値である。被監査会社の業 務内容を理解し,過去幾会計年度にわたり同一の被監査会社を監査しておれば, 今年度新たに生じたであろうと見込まれる誤謬額を見積ることは可能であると 33) 言われている。 ①によって示される“純利益に及ぶ影響$×××”は全く固定的なものと看 呈し得るのに対し,②によって示されるそれは多分に可変的なものと看倣し得 ることは確かであろう。もっとも,これは利益数字の相対性ということとは無 関係の議論である。①によって示される“純利益に及ぶ影響$××x”が全く 固定的であるというのは,それが最:早,前年度において確定済みのもの・動か し得ないものであるという事実から来ている。同様に,②によって示されるそ れは今年度の監査がほとんど完了するに至る一歩手前まで未確定のものであり, 被監査会社側との交渉によって動かし得るものであるかもしれないという可能 性を秘めている。すなわち,これは,被監査会社が監査人の指摘にどの程度従 順な態度をとり,財務諸表の調整に応じるであろうかという見積りによって動 くものであると看幽すことができる。如何にも,監査人の示した誤謬見積りを 支持し,快く財務諸表を調整しようとの意向が被監査会社に多くあればあるほ ど,監査終了後の財務諸表中に正されないまま存在していると考えなければな 32) lbid. 33) /bid., p. 46.
おの らない誤謬の額は少くなることであろう。このことを以て,①+②によって示 される“純利益に及ぶ影響$×××”がそのまま“監査人が許す誤謬”の源泉 となるものではないと考えられる場合がある。すなわち,“監査人が許す誤謬” の源泉は,①+②によって示される“純利益に及ぶ影響$×××”から被監査 会社による調整が見込まれる金額を控除したものでなければならないと考えら 35) れる場合がある。しかしながら,“監査入が許す誤謬”についてのこのような 理解をふまえて“監査人が許されたいと願う誤謬”を限定しようとすることに は重大な問題があると判定せざるを得ない。このことは1つの極端な場合を考 えることによって明白となる。 会社は,前年度,監査人により指摘された誤謬をすべて認め,監査人の指示 に従順に財務諸表を調整したので前年度より引継がれている誤謬は今年度の財 務諸表中に存在しないものと想定せよ。また,監査人は前年度の経験から,今 年度においても被監査会社の従順さに疑いをもっていないと想定せよ。このよ うな場合,前述の論理に従えば,“監査人の許す誤謬”としての①+②によっ て示される“純利益に及ぶ影響”は$0と考えなければならない。したがっ て,許容可能な誤謬中の‘‘監査人が許されたいと願う誤謬”は予め見積られた 重要性水準そのものか,あるいは,それに近似したものとならざるを得ないで あろう。このことは今年度における監査手続の選択・適用が相対的に粗雑なも のであったとしても許されるということを意味している。このような監査手続 の選択・適用を以て監査人の発見した誤謬を被監査会社がすべて認め,その限 りにおいて財務諸表を調整しているとしても,そのことにどれ程の意義がある であろう?前年度より今年度に引継がれている誤謬額は$0であるというのも, このような監査手続の選択・適用の結果であったかもしれない。前述の論理に 従えば,少くとも,今年度における監査手続の選択・適用上の誤りは確実に次年 度へ送り届けられ,誤りの存在は気付かれないままということになるであろう。 もといこのような不都合な結果をもたらす思考の基,それは,許容可能な誤謬中“監 34) Ibid,, p.48. 35) Ibid.
予言の見地からする監査知識の吟味(4> 39 査入が許す誤謬”の最大値(①+②を以て示される純利益におよぶ影響$×× 36) ×)は被監査会社が財務諸表の調整に全く応じない場合にのみ成立つと看倣す 点にある。許容可能な誤謬中“監査人が許す誤謬”②に対する被監査会社の対 応は,監査計画樹立の段階においては未実現のものである。未実現の財務諸表 調整を先取りして財務諸表に対する監査手続きの選択・適用を計画することは, もとい 監査人と被監査会社との慣れ合いとの批判を招く基になるであろう。 V 監査人が許されたいと願う許容可能な誤謬総額の配分法 1. 影響要因 監査手続の選択・適用にもかかわらず誤謬の存在が監査人に気付かれなくて 許される限界を誤謬総額で把握し得たなら,次には,これを財務諸表構成々分 に如何に配分すべきであるかが問われることになるであろう。 前掲『監査計画における重要性の利用』は,この配分に影響を及ぼす要因と きの して以下のものを掲げている。すなわち, (i>財務諸表を構成している各成分の相恩的大きさ ㈹ 財務諸表を構成している各成分ごとに認識される下位命題の真実性をす べて確認するに要する(成分)単位原価 ㈹ 財務諸表を構成している各成分価額の可変度 嗣 財務諸表利用者の欲求 これらの影響要因は総合的に考慮されるべきものであるから,いずれかの要因 のみをとくに重視するということは必ずしも正しいといえないであろう。しか し,たとえば影響要因(i)に注目して,市場性ある有価証券勘定残高$2,000,000 中に存するかもしれない誤謬の許容額より売掛金勘定残高$3,000,000中に存 するかもしれない誤謬の許容額を大きく見積ることの方が合理的であると主張 されてみれば,これに異議を唱えることは困難であろう。他の条件にして同じ 36) lbia. 37) G. R. Zuber & R. K. Elliott & W. R. Kinney, Jr., (f} J. J. Leisenring, op. cit., p. 50. 38) lbid.
ならば,より多くの注意を帳簿価額の大きい項目に集中させたいということに 監査人の関心があるのは,立証活動上,自然なことであり,その受皿としての 許容可能な誤謬(“監査入が許されたいと願う誤謬”を指す。以下同じ。)は監 査の有効性と能率とによって制約されるものであるからである。 影響要因(ii)について前掲論文が主張するところは次の通りである。 「たとえば,現金とか長期借入金といった財務諸表成分と比較して正確に監 査するのが相対的に困難であり,正確に監査しようとすれば多大の費用を要す るであろうと予期される成分,たとえば棚卸資産勘定に対しては,許容可能な るの 誤謬がより大きなものとして配分されるといってもよい。」 筆者としても,この主張自体に異議を唱えるものではない。しかしながら,こ の主張の背後に次のような信念,すなわち,財務諸表成分値の真実性は固定的 なもの・静態的なものとして把握可能であると看徹す信念があるとするなら, このような信念に裏付けられた主張には誤解があると言わざるを得ないであろ う。財務諸表の成分値といえども,本質的には,主観と観察対象との攻め合い の結果生まれた瞬間的生命の数値描写に他ならない。この数値の真実性は本来 瞬間的なものであるにすぎないから,時が移れば,書かれたものとして固定化 された数値は,その生命あるいは真実性を失いゆく筈のものである。如何に周 囲の環境は変化してゆこうとも,現に存する被写像物は環境に適応して生きて いる。しかし,写像として書かれた数値は,被写像物の種類により程度の差は あるとしても,環境の変化についてゆくことができない。現金とか現金等価物 としての債権・債務の写像(成分値)は環境の変化に順応し易いものであるが 故に,その真実性を確かめるための監査は基本的に物量計算の監査で済み,し たがって,これの監査に要する単位原価はそれ以外の評価を伴う成分値のそれ より低いであろうということなら解る。評価を伴う成分値の真実性を確認しよ うとしても,その真実性自体変幻自在といってよいほどのものであるから,そ 39) C. S. Warren & S. V. N. Yates & G. R. Zuber, op cit., p. 66. 40) G. R. Zuber & R. K. Elliott c{} W. R. Kinney, Jr., & J. J. Leisenring, oP. cit., p. 50.
予言の見地からする監査知識の吟味(4) 41 れ(評価を伴う成分値)に付与されるべき許容可能な誤謬の振幅も相対的に大 きなものにならざるを得ないということであろう。影響要因(ii)をこのように解 するなら,(ii)は直ちに働に通じているものであることが解る。 影響要因㈹について前掲論文が述べているところは以下の如くである。 「成分を構成している項目が可変的であればあるほど,成分中に存在してい る誤謬を見積ることはそれだけ困難である。その結果,可変性の高い成:分に 対しては,許容可能な誤謬を相対的に大きく配分する監査人もあることであろ う。」 影響要因ii}を上述の如く解するとき,影響要因㈹は影響要因(ii)に包含される ものであることは明らかである。影響要因(ii)について考慮すれば,㈹も自動的 に考慮されていることにならざるを得ない。そうであるとするならば,影響要 因働を(ii)から敢えて独立させ留め置く必要はないといえるであろう。 財務諸表の利用者は財務諸表の各成分がどの程度正確なものであることを欲 しているかということ(影響要因(iv>)も無視することはできないにちがいない。 影響要因(i)㈹を以てする網の目に漏れる成分はこれを放置しておいてよいとい う訳にいかないのは,財務諸表利用者の欲求充足を離れた財務諸表監査には, 最早,生命の発露がないということに拠る。一般目的財務諸表の読者の資質・ 関心は広範多様であり,財務諸表構成各成分の許容可能な誤謬額について合意 されるものを見出すことは困難なことであるにちがいない。しかし,このこと は監査人にとっていささかも障壁とはなり得ない。監査対象成分の相対的危険 性を考慮するに際し,面倒と思えば,保守主義に立ち,許容可能な誤謬額を0 にする覚悟があれば済むことだからである。監査計画硬直性の絶えざる誘惑に 対処するための砦として,この要因の重みを理解することができる。 2. 数学上の公式理解 前掲論文は,上記影響要因ωを考慮した数学上の公式を用い第一次通過の許 容可能な誤謬額を勘定残高あるいは取引種類ごとに算出した後,それにその他 41) lbid.
42 彦根論叢i第240号 の影響要因を加味し調整する方法を示している。そこに示されている数学上の 公式は看過するには余りにも意味深長であるので,以下,公式導出の根拠を尋 ね吟味してみることにしよう。示されている数学公式は以下の如きものである。 42)
難鎌継1難霧]疇謡禦雰総
上記公式右辺初項中の‘‘財務諸表中に正されないまま存在することが予期さ れる誤謬”が“財務諸表中に存在することが予期される誤謬”と訂正されねば ならないことについては前に指摘した。今,この公式を以て算出される勘定残 高ごとの許容可能な誤謬額をy、,Y2,_,ynとし,前述の如く訂正されたもの としての上記公式右辺初項の値(監査人が許されたいと願う許容可能な誤謬 総額)をYとすると,(yl, Y2,...,Y。)とYとの聞に存する関係は, Y= 》㌶+露+…+露であるという。これはどのように解すべきものなのであろ うか?何故,Y=)」エ+Y2 +…一F Ynの関係は正当と看傲され得ないのであろうか ?この問題を解くためには,Yが当期純利益に基礎を置く数値であるというこ とを思いおこす必要がある。複式簿記のもとにおいて同じ大きさの損益を導出 する損益計算書・貸借対照表が,それぞれ,損益の大きさに対し正の方向・負 の方向の力を以て働く諸勘定により構成されているということは疑いのないと ころといってよいであろう。損益計算書における収益勘定対費用勘定,貸借対 照表における資産勘定対負債勘定・資本金勘定がそれであることはいうまでも ない。今,更に注目しなければならないのは,これら5種類の勘定を構成して いる具体的勘定残高ごとに割当てられるべき許容可能な誤謬額Y1, Y2,.。.,yn が損益の大きさに対し働く力の方向も,プラス・マイナス入り混じったもので あると考えられないかということである。 Y=y1+y2+…+ynと解することが不都合であるというのは, Yについての 定義により,2Y=yl+ツ2 +…+ynと考えられるべきでないのかということの 42) lbid. 43) lbtd., p. 53.予言の見地からする監査知識の吟味(4) 43 みではない。Yl,フ2,...,ynは形式的に見る限り正の値である (でなければな らない)にもかかわらず,その中にはYとの関連において負のものが必ず存在 している筈であるということを上記式は表現し得ていないという事実にある。 今,このことを具体例を以て示してみよう。 例1 当座預金 $××× 現金 $××× 借方当座預金についての許容可能な誤謬額をY1,貸方現金についてのそれを ぬとすれば,Ylの過大表示は,当座預金増加の過大表示であるが故に, Yに 対し正;y2の過大表示は,現金減少の過大表示であるが故に, yFに対して負 であることが解る。このことは,借方現金:貸方当座預金の場合のみならず, 取引仕訳に登場する勘定が,借方・貸方ともに,その他の資産勘定である場合 に等しくあてはまっている。
例2
商品 $××× 買掛金 $××× 借方勘定項目についての許容可能な誤謬額をy3,貸方勘定項目についてのそ れをY4とすれば, y3の過大表示はYに対して正;Y4の過大表示はYに対 して負であることが解る。この両勘定項目を倒置した場合にも,また,取引仕 訳に登場する勘定項目が,借方・貸方ともに,その他の資産勘定・負債勘定で ある場合にも,このことは等しくあてはまることが知られる。 例1,例2に認められる如く,取引仕訳に登場する勘定が借方・貸方ともに 資産・負債・資本金のいずれかであるとき,その過大表示に伴う許容可能な誤 謬額(yl, Y2,_,Y。)は,必ず, Yに対し正・負の両方向をもつものから成っ ていることが解る。このことは,これら諸勘定項目の数量的表現が過大表示の 場合のみならず,過小表示の場合にも同様にあてはまることが知られるであろ 44) う。.誤謬の存在は貸借対照表勘定項目としての資産・負債・資本金のいずれ 44)複式簿記のもとにおいて費用勘定・収益勘定の仕訳上の相手方勘定は資産勘定・負 債勘定に限られるから,費用勘定・収益勘定の誤謬も,結局,資産勘定あるいは負債 勘定の誤謬として現象せざるを得ない。ただ,この場合においては,仕訳に登場するかの数量的表現中に引継がれざるを得ないということから,形式的に見る限り y、,Y2,...,み>0であるにもかかわらず, Yに対し実質的に負に働くYの成分 ッ、も必ず存在しているにちがいないと理解されるのである。このような性格の Yの成分y、,y2,...,ynを加算してみても意味のあるYの数値が得られない ということは明らかであろう。ここに,Yに対し内容的には負の許容可能な誤 謬の成分も,形式の示す通り正と把握したうえで,ΣY。とyとの関連を見出す 方法としてy2 =yl+yl+…+鏡,すなわち, Y=》猛+yl+…+y3という案 が考えられていると解釈することができる。以下,Y=Y1+Y2 +…+J?.の関係 およびy’2=メ+ッ肝…+頚の関係を図示することによって,このような解釈 をさらに詳しく説明してみよう。 図1 Y=Yl十Y2十…十みの関係 コ
Acrrン、 ル)1P、_、C D
T一一一一一一一一←一一一一一一一一> 1 >一一一一一一’)PT一一一一一一一一一一一一一一一一一一一 l l l く 1 事 ツn γ。一1 1 k一一一一一一一一一・一一一一一一一一y一一一 l i I 1 図2 Y2=班十躍十…十鴛の関係 i ンL2 ン22 ツ・2 「・一一一一一一一一一一一一一う一一一レー一一一一一一一一一一→レー→一一一一→レー→一一一一一一一一→e一一一一i 層 1 ! l I I l Y2 1 1 1 d 図1は,Yに対し正に働く力をy、, Y2,...,y。一、まで,同じく負に働く力を み→,y、に限定し,それぞれ寄せ集めて示したものである。ここに問題の焦点 シ う は,Yに対し正に働く力・40の末端Cの延長線上に, Yに対し負に働く力CB を仮想上折り返したときに得られるADとYとの関係如何ということであると しても,この関係はせいぜい次のようにしか表現し得ないであろう。すなわち Y〈]yil+ly21+…+ly。]・…………・・……・……・………・…・一…① 図2が示しているところは,最底限,この①の関係を満たすようなYのy、, 具体的勘定が何であれ,借方勘定・貸方勘定がyに対する関係は,ともに,正である か,あるいは負であるかのいずれかである。予言の見地からする監査知識の吟味(4) 45 y2,...,ynへの配分法であると解することができる。すなわち, Y>0である から,①の左辺・右辺をおのおの2卜しても不等号の向きは変らず Y2〈yl+yl+…+露+21s,,11y21+………② が得られる。ここに,21y、Hy21+21y、lIy,[+…>0であるから, y2=yl+y:+・・’+Y; ’H”’“””H’”’H’””””””’””””””H’””’@ とおくとき,②は必ず成立し,①も成立するということが解る。このことは③ によって①は置き換えられるものであるということを意味している。 ③すなわち,y『2=諸+露+…+露の関係を満たすy、, y、,...,ynをYの関 数として見出すのに大した困難はないであろう。すなわち y1に対応する成分の額 監査入が重要性を配分している財務諸表構成全成分の額 とすることによって, ㌶+露+…一白蓋=Y2・1 となるからに他ならない。第一次通過許容可能な誤謬額算出のための前掲数学 公式は叙上のような理解のもとに導出されたものと考えることができる。 ところで,定義によって,Yとは貸借対照表勘定項目か,あるいは,損益計 算書勘定項目かのいずれかの面に限った場合における許容可能な誤謬総額であ るから,y、, y2,_.ynが貸借対照表勘定項目および損益計算書勘定項目の双方 に言及したものである場合,①は次に示す①’の如く修正する必要がないので あろうか?すなわち, YZ [= Y2 . 監査人が重要性を配分している財務諸表構成全成分の額
1
躍_Y2. Y。に対応する成分額 2Y〈1囲刊夕2汗…刊夕nl ’・…・…一……・・………・…・…①’ ①’の左辺・右辺の2乗4〕i2<ツ呈十二釜十。。9十」y舞十2Lソ111ヅ21−1−2Lソ111ニソ31一}一 ・・・…一・…・一一・ 浴C より 4Y2=yi+躍+…+露…・………・・…・………・…・……・・…・…③’ とおくのがより妥当であると考えられないであろうか?このような理解が妥当 であるならば, ynに対応する成分額 y9=4y2. 監査人が重要性を配分している財務諸表構成全成分の合計額 であるから Yn=2Y