Title
科学的管理法と標準原価計算
Author(s)
宮井, 久男
Citation
沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 9(1): 17-38
Issue Date
1984-10-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6752
科 学 的管 理 法 と標 準 原 価 計 算
宮 井 久 男 Ⅰ は じ め に Ⅱ エマースンと鉄道業 町 テイ ラーの科学 的管理法 とエマースン Ⅳ エマース ンの標準原価計算論の展開 Ⅴ お わ り に Ⅰ は じ め に 本稿の課題は、標準原価計算の生成過手引こおけるテイラー (F・W.Taybr) の科学的管理法 とエマースン(H. Emerson)の標準原価計算論の位置 と役割 を明 らかにす ることにある。エマースンは、標準原価計算の生成過程 における 先駆者 と呼ばれ、科学的管理法を原価計算額域へ通 関 したことで知 られている。 そこで、本稿では、課題設定か らみてエマースンの所論の考察が中心 となるO しか し、 エマースンの論理展開は、テイラーによって提唱 された科学 的管理法 を常に念頭 に置いてお り、 その関連 を踏 まえてこそ、エマースンの歴史的脈絡 の中での位置づけ も明 らかに されて くる。 したが って、本稿 は、棲準原価計算 の生成過程に関連 して、エマースンの標準原価計算論の考察 を中心 に しなが ら ティラ-の科学的管用法について も併せて考察 し、 その両者の関係か ら位置、 役割を明 らかに してい くことにな る。 標準原価計算の生成過程 に関す る研究は、す でに多 くの研究者によって取 り 組 まれ、成果 も蓄積 されて きてい る。 そこでわれわれ は、このよ うな成果 に依 拠 しなが らわれわれな りの視角 を設定 し、更に考察を加 えてい こうとす る ものである。本稿 を もって標準原価計算の生成過程の全容 とそ
の
分析を行ないきるこ とは不可能であ るが、 まず ここでは、この課題に取 り組 むわれわれな りの視角 を明 らかに して、本稿の課題に沿 って論 を進めることにしたい。 まず第-に、管理会計論における体系化問題 との関連における視角がある。 辻厚生教授 は、 「管理会計論の起点 は、標準原価 と予算統制の端初的生成をみ る1910年 までの時点である」ときれ、その管理会計論の展開は、 「それ自身が 依拠 していた技術的基盤 である課業管理方式 を放棄す ることな しに展開で きな か った」、つ ま り 「課業管理方式 と対照的な総合的 ・期間的 ・財務的管理方式 への推 転は、管理会計の意義 ・本質にふれる統制概念の変質 を生」みなが ら展 開 された と強調 されている。 そこで、 「統制の本質規定 を誤認 したままでは体 系論の混迷 は自明である」 ときれ、「この混迷か ら脱却するためには、 19世紀 80年代か らの 「技術者の会計」の膝出 ・生成 ・展開の過程 は もとよ り、 さしあ たっては管理会計論の起点に回帰す る以外 まない」 と述べてお られる(1)。 この i:うな問題設定は、視点 を拡大すれば、必ず しも管理会計論の体系化問題だけ にかかわ る もの ではな く、管理 とい う軌 急との関連で、管理会計その ものの歴 史性、あ るいは会計 の歴史性、 その本質論 をも包含 した考察の視角 を提供 して くれ る もの とな る。 さしあた りわれわれは、 そこまで問題の視角を拡大しなく とも、辻教授の説かれ る起点への回帰 とい う視角で論 を進めてい く必要がある。 そ してまた、 それは管理会計の歴史性、会計の歴史性の考察へ と連続的に拡大 してい くもの と考え られ る.この辻教授の指摘 に基づ く起点への回帰が第-の 視角 である。 第二に、管理会計の歴 史性 とも関連す る問題 であ るが、体制の視角である。 1917年 十 月社会主義革命によって社会主 義建設 を開始 したソ連 では、その体 制的特質 を反映 して計画経済の構築に努めてい った。 1928年からの第一次五力 年計画の遂行 に歩調 をあわせ るよ うに、 ソ連では、計画管理用具の一つとして、 「ソ連標準原価計算」 とも呼ばれ る、 ノルマチーフ原価計算(2)の研究 と実践に 力 を入れ始めた。その関連で、ソ連の会計人 は、 1929年にニ ューヨークで開催 された国際会計士会 議に参加 し、 アメ リカ企業、 フォー ド社他21社の企業調査 を行な ったO 当時の アメ リカにおける標準原価計算の実務化は、議論はされていた ものの「殻にはまだ試巌的段階にあ り、採 和されていた として も先進的な 大工場のみであったろ うと想像 され る(3)、実務的には初期の時代であった。そ して、 ソ連では、 1930年、 31年に、 この時に入手 した標準原価計算 に関す る 軽紫的解明が雑誌 に報告書 として掲載 きれ、 ノルマチーフ原価計算 は試験的に 導入 されてい くことになった(4)O ソコロブ (只.B.C oKOAOB)は、ノルマ会計の源 泉について三点あげてお り、 これ を踏 まえて森章教授は次のよ うにまとめてお られる
O
「第-は、 ソビエ ト代表団の訪米前にソ連にはすでに 「棟準原価」制度 に類似 した制度が独 自に開発 されていた ことであ り、第二 は、 ソビエ ト代表団 の帰国後にアメ リカの標準原価制度の うち差異算定の考 えを批判的に摂収 した ことであ り、第三は、右の第- と第二の経験を踏 まえて社会主義経済 に適合 し た全 く新 しいソビエ ト的 ノルマ会計制度 を創造 してい ったことである(
叫
。 こ のよ うにソ連での ノル マチーフ原価計算 は、アメ リカにお ける実務的展開よ り 若干遅れてスター トしたが、部分的にではあるが交渉を持 ちなが ら進展 して きた. この点か らわれわれは、多 くの問題 を設定 しうる。た とえば、 ソ連 における標 準原価計算 と呼ばれ るノルマチ ーフ原価計算の 「標準」の、 アメ リカにおける 標準原価計算の 「標準」 との概念的異同は奈辺 にあるか。 その異同の基盤 は何 か。そこでの 「統制」の位置づけ、課業管理の位置づ けは どうか、などである。 また、 アメ リカの標準原価計算制度の うち差異算定の考 えを批判 的に摂取 した わけであるが、そこでは何が批判の対象 とな り、摂取 された ものは何か、体制 間の継承性の問題が提起 されて くろ.これらの諸問題 を検討 していく際、や は りわ れわれは、第-の視角の場合 と同様 に、アメl)カにおける標準原価計算の生成過 程の分析 を基盤 に してい く必要がある。 そして、第-の視角 と第二の視角 との 交渉の中か ら、管用会計の歴史性 を解明 してい く視角 を確立 していけるもの と 考えている。Ⅱ
エ マ ー ス ン と鉄 道業 エマースンは、壬に鉄道業において活躍 した能率技師 であり、 1910年の有名な東部鉄道運賃率事件 (The Eastern Rate Case)で 弁 護 士 プランダイス (L.D.Brandeis)に協力、そしてガン ト(H.L.Gantt)、 テイラーを彼に 紹介 し、科学的管理法の宣伝 に寄与 した人物である(6)。そしてまた、彼 は、本 稿で取 り扱われ る標準原価計算の創始者 として も位置づけられ、彼以後の- リ スン (G.C.Harrison)らに多大な影響 を与えた人物である。エマースンは、 雑誌.'TheEngineering MagaziJle''において1908年か ら1909年 まで 「作業お よび賃金の基礎 としての能率」 とい う論文を連載 し自説 を展開 している。そこ でエマースンは、能率技師 という立場から当然 の こととはいえるが、不能率の存尾の 指摘か ら論 を進めている。 彼 は不能率の存在を、工場 における 「浪費一材料の 浪費、摩擦による浪費、設計の浪費、努力の浪費、粗末な組織 や管理 による唄 費 一要す るに不能率にi:る浪密 7)Jとして把握 し、 その中で も重大な不能率の発 生要因 を 「それ は、人々が一生懸命働かないがゆえにではな く、彼 らが貧困な 指導を受 けた り、彼 らの能率が低 下するとい う反対の諸条件の 下で働いている (8)」か らであると考 える。 この観点が エマースンの主張の起点であ り、 「能率 が近代的な原価での最 も重要な項 目であ る(9)」 として標準原価計算論を展開す る基本的立場 ともな っているOそ して、以 下にみ ろよ うに、能率に関連す る生 産過程の合理的管理の問題は、 当時の アメ リカ資本主義の発展過確 での解決 き れ ろべ き課題 で もあったのである。 エ マ-スンは、王に鉄道業で活躍 した能率技師であるとすでに述べた。 した が って、論文中において も鉄道業に関連 して多 くの例証を試みている。そこで、 エマースンの標準原価計算論の性質や輪郭、 そ してその構造の深.%に接近する ためには、 まず彼が念頭 に置 き、 またそこに存在す る問鼠 点の解決 を当由1'の目 標 としていた、 当時の鉄道業についてみてお く必 要がある。 アメ リカにおける鉄道業は、全国的規模の ビッグ ・ビジネスとしては最初の ものであ った。た とえば、 1850年の時点で、全産 業中資本金額が1,000万 ドル を超 える会社 は
2
社 しか存在せず、 それが鉄道会社であ ったことはこの ことを 示 してい る。また、 1860年には、ニ ューヨーク ・セン トラル鉄道が3.000万 ド ルで建 設 され、ペ ンシルヴ7ニア鉄道はその拡張 を通 じ、 1869年か ら1873年の 間に4億 ドルに近 い投資 を行なっている。これは、 1850年当時のikL大規模の織物工場です ら、原 初投資額が50万 ドルに連す るのがまれであ り、資本金規模 25万 ドル以上の工場が41を数 えるのみであ った点 を考慮 に入れ ると、鉄道業 のけた外れの規模が明 らか となる。雇 用人員の面で も、 1850年 当時織物工場で 最大の規模 を誇 って いたペ ッ′ヾレル織物工場でさえ800人であったのに対 し、 エ リー鉄道は4,000人 を推 しており、 1880年のペ ンシル ヴ7ニア鉄道では5万 人近 くの人員 を擁 していた(叫Oそ して、 この鉄道業は、 1860年にアメ・)カ全土 に3万626マイルの鉄道が敷設 されていた ものが、 1900年には20万マイルを 超 えろとい う急速な発展を果 した事業で もあ ったのである。 このJ:うに鉄道業は、当初か ら他産業の企業に比較 して規模が大 きく、かつ その発展は急速な拡張 を特徴 としていた。それゆえ、その活動内容は多岐にわ た り、複雑性 を増大 させ、その施設の維持 ・保全 とともに現場での活動の指揮、 監督問題が重要な課題 として提起 されて くることになった。つま り、そこには 多 くの管理上の問題が、解決 され るべ き課題 として提起 されて きたのであるO たとえば、修理工場、駅舎、倉庫、事務所、橋梁、電信線な どの施設が増加 し て くれば、工機部門、運転部門、駅務部門、旅客部門、貨物部門、保線部門、 建設部門、通信部門、業務管理部門などの職能別部門が形成 され ざるを得な く な る。そ してこのよ うな部門管理の形成は、迅速かつ重要な責任 ある営業上の 決定を要請するとともに、 しだいに営業 コス トや利益、運賃率の設定 と調整 と いった長期の視点に立脚 しての決定事項を も含むに至 って、管理を一層複雑な もの としていったのであ8(ll)。以上のよ うな様相 を呈 して きた鉄道業の諸課題 に対 して、諸部門の担い手 とな ったのが技師、能率技師 らであ り、エマースン もその一人であ った。前述の1910年の東部鉄道運賃率事件では、 1904年か ら 1907年の間にサンターフ1鉄道において科学的管理法の適 絹を行なった資料を もって証言 しているのである。 アメリカにおける鉄道業 は、 19世紀後半において、広大な地域 に分散 してい た地方市場 を結合 させ るとい う社会 的要請 と、鉄道建設に関連 して連邦政府よ り与えられた土地に関す る権利によ って、急速な拡張 を遂 げてい った。そ して、 規模のけた外れの大 きさと管理の複雑性のゆえに、アメリカ資本主義の独占段階 への移行、 さらに現在に及ぶ展開の中で発揮 されてい く多 くの新機軸を提示 し
てい くことになったのであ る。われわれがエマースンの標準原価計算論を考察 してい く際、以上のよ うな歴史的脈絡の中で把握 してい く必要があ り、彼の組 織論 や標準原価計算論の円等、 と りわけ部門管理の重視 にはこのよ うな鉄道業 の特質が反映 されてい るのであ る。 それが また、鉄道網の展開によって大量生 産体制 を確立 してい く他産 業企業の規模 の拡大化によ って生起 して くる管理問 題の、 先取 り的解決策の提示 ともとらえられ ろ点なのである。 以上のよ うなエマースンの立脚点 を踏 まえて、以下、彼の論理がテ イラーの 科学的管理法 とどのよ うな関係にあ り、 その後の標 準原価計算の発展、 ひいて は管理会計の発展にいかな る貢献 を果 してい ったのかを考察 していきたい。 Ⅲ テ イ ラ ー の 科 学 的 管 理 法 と エ マ ー ス ン エマースンは、鉄道業 と深 くかかわ りなが ら能率技師 として不能率の除去の ために努力 を傾注 し、- リスンが能率技師 らの中にあってエマースンを、標準 原価計算論の先駆者 として評価す るP2)論理 を展開 してい く. このエマースンの 論理 を考察 してい く際、われわれは、 「科 学 的管 理の父 叫 と称せられるテイ ラーの論理 を考察の基礎に設定 しなければな らない。この点についてたとえば チャッ トフィール ド(M,Chatfleld)は、エマースンら能率技師 とテイラーと の関連 を次の よ うに述べている
。
「技術者およ び能率専門家た ちは、生産高を 増大 し、経費節減の努力 をしていた彼 らは、事象が生ず る前の情報は歴史的資 料よ りはろかに有用であることを兄い出 したのである。標準原価は、Frederlk Taylorと彼の後継者運 によって開発 された製造標準 と作 業の常規化の当然の帰 結であ った。科学的管理の出現 は、従来の原価の集計から、実際の作業成果 と事 前設定 の標準値 との比較による原価管理へとその重点 を移行したのである(14)」。 このよ うにチ ャッ トフ ィール ドは、科学的管理法が標準額価計算の基盤 となっ てい る、あるいは、科学的管理法か ら標準原価計算論が展開 されてい くのは、 「製造標準 と作業の常規化」 を実施す る科学 的管押法の当然の帰結であると述 べてい るのである。 ソウエル (E.M.Sowell)は、この両者の関係について、「ェマースンの計画の成功裡の適 剛 ま、時間 ・動作研究部門や標準化 された工 場機械 と手作業、そ して、注意深 く決定 された賃率 を有す る科学的に発展 した 組織 を必要 とす る。 これ らの必要条件は、F.W.テイラーと彼の科学 的方法の 影響 を示唆 している(15)」 と述べている. またエマ ースン自身 も連載論文の中に おいて、テイラーの不能率 に対す る努力 を評価し(16).標準原価設定に関連 した 標準時間について、「この時間は、 テイ ラーの時間研究 システムによ って算定 き れねばな らない(17)」 と述べてい る点か らも、その基盤あるいは影響が テイ ラー の科学的管理法にあることを明 らかにしている。 しか し、われわれは、単に科 学的管理法が 「製造標準 と作業の常規化」 を実施 したがゆえに接準原価計算論 に帰結せ ざるを得なか った とい う表面的な把握の仕方ではな く、 エマース ンが テイラーの何 を基盤に し、その論理か ら何 を継承、発展 させて標準原価計算論 の先駆 者と呼ばれ る論理 を確立 してい ったのか、この点 を検討していかな けれ ばな らない。 アメ リカにおける鉄道業は、すでに述べたよ うに、 その当初か らけた外れの 規模 を解 し、各部門管理の方法に関す る研究が次第にな され るよ うになってい った。 しか し、その他の産業部門では、 1870年 ごろまで、管理機構の合理化に 関す る問題 はまだ検討 され るには至 っていなか った。 アメ リカ資 本 主 義 は、 1873年の恐慌 に始 まるいわゆる 「大不況」期を通 じて独占段階へ移行 してい く わけであるが、 この資本主義の発展過程 で基本的に解決 され るべ き重要な課題 が生成 して きていた。 その一つがテイラーによって取 り組 まれた労務管理面の 問題であった。 アメ リカ資本主義が独 占段階へ移行 してい く際にあ らわれた特 徴は、当然の こととして企業規模が急速に拡大 してい ったことであ る。この こ とは,鉄道業 において も問題 となったが、管理の複雑性を伴 うもの として顕覗 せ ざるを得なか った。ただ、 この時期の製造工業の生産過程 にお ける機械は、 互換性部品方式、組立方式の導入以降進展はしていた ものの 「機械を操作する 手作業においては、労働者の もつ熟練は、 いまだに重要な役割 を演 じていた。 したが って、作業は、 その質の面において も、 また量の面において も、労働者 の熟練や技能に多 くを依存せ ざるをえなか った。 そのために、生産 高の増大 も、 "ァメ とムチ "の方策に、つま り、一方では、駁 しい命令 を通 じた専制的 な督
軌 と監視 を強化 しなが ら、他方では、金銭的な インセンチープによって、労働 者の作業意欲 を刺激 してい くところの伝統的な方法に大 きく依存せ ざるをえな か った88)」の である。このよ うなアメ .)カ資本主義の独 占段階への移行 とい う、 歴 史的転機 にあらわれた労使間の矛盾 を解決す るために、テイラーは科学的管 理法 を提唱す るのである。テ イラーの科学的管理法の基本的に目指 した方向は、 労働者の 「組織的怠業」 を克服し、生産 高の増加 を運成す るために、生産過程 を合理化 してい くことにあ った。 テイラーは、 まず、管理のよ しあ しを判定す る標準に関連 して、各企業の目 的 とすべ きことを要約 している
。 「a
各工員 にはその心身の能力の許すか ぎり において、 で きるだけ最 高級の仕事 を与える。 b自分の属す る階層の一流の工 員が健康 を損 うことな く、 な しうる最大量の仕事 を各工員に させ ること。 C一 流の工員が果 た しうる最大速度で仕事 をした場合 には、仕事の性質に従い、そ の階級の者の平均 よ りも30%か ら100%だけ多 く支払 うこと(19)」。 この よ うな 目的が実施 され ることによ って、労働者側の、 「彼 らの就業時間に対 してでき るだけ多 くの賃金 をうけよ うとす る安東叫
」 と経営者側の、 「支払 った賃金に 対 してで きるだけ多 くの仕事 をさせよ うとす る安東2
1
)
J
の双方 を満足 させ、労 働 者 と経営者の両者の利害が調和す るとテイラーは考 えたの である。 このため に提唱 されたのが、差別出来高賃金制 であった。テイラーの主張は、このよう に生産 が拡大 していかなければ高賃金を得 られない とい う基本的立場に立つ。 そこで、次に、 では この両者の共通利害の実現に障害 とな っているものは何か を分析す る。 障害 とな ってい る確由 をテイラーは、「- 第-の確由は最 もたい せつな ことであ るが、いろいろな仕事 を仕上 げるのに要す る時間について雇主 も職長 もまった く無知 であ り、同時に工員自身 もこの ことについて大部分無知 であ ること。二 どんな管理法 を採岡すべ きか、 それ を適 用す るには どんな方法 をとるべ きか について、雇主 は無頓着であ り、無知であることO工員の個作、 価値およ び福利に関 して無頓着であること(
勾
」か ら帰結す ると説 くのであるO 労働者の側 にあって最大の障害 となるものが、 「怠業」 と呼ばれ る現象 である。 テイラーはこれを二種類に分類 してい る。 テイラーによれば、人間は生来の本 能 として楽 をしたが る傾向があ り、これ を原因 とす る怠業が 自然的怠業であ り、他人との関係 から仕事の速度 を落す ものがあ り、これを計画的怠業 あるいは組 織的怠業 と呼んだ121)。 テイラーによ って問題 とされてい くのは後者の組織的怠 業であ り、その克服のための論理 こそが彼の 目指 した ものなのである。怠業を 生み出す理由についてはすでに述 べたが、この点はテイラーの科学的管理法の 起点で もあ り、 当時の賃金制度の もとでいかに怠 業が生起せ ざるを得なか った かについてみてお こう。 この間の事情をテイラーは 「一つの出来高賃金制」の 中で次のように説明 している
。
「普通 に行なわれている出来高払制度が「般の 製造家にとって便利であるとす る理由は、 きわめて簡単であ る。すなわ ち各工 員はあたえ られたそれぞれの仕事の賃率が決 まっているのであ るか ら、い っそ う精出して働 くな り、 あるいはなにか作業方法を改良す るな りして、 い くぶん な りとも早 くその仕事をしあげよ うと努力す る。か くして工員の収入はふ える。 ところがおな じ仕事をなん度 もなん度 も繰 り返 して行な うためにだんだんスピ ー ドが増 して くる。すると製造家は自分 もその利益 にあずか るべ きであ ると考 える。 したが ってその仕事の単価 を切 り下げ工員がどんなに働いて も、 もとの 日給時代に とっていた給料よ りもす こしよけいにとれ る くらいの単価 に して し まう。 しか しなが ら、この制度の実際の結果 はけっしてそ うな らない。精出 し て働いた報酬 として、請負値段の切 り下げを二度 も三度 もや られた らどんなま ぬけで も必ずそのや り口に憤慨 し、将来にそなえる救済策 を求めるにちがいな い。このよ うにして工員 と管理者 との間に闘争がは じまる。多 くの場合 には平 和的な闘争ではあるが、これ とて も及 ぼす害は、 けっして戦争 に劣 らぬ ものが ある。管理者側 はあ らゆる手段 を尽 して工員の生産 高をあげ させ るよ うに努力 す る。これに反 して工員側は仕事の速 さを適 当にはかって、賃金 をある程度以 上にはけっして もうけないよ うに加減す る。すなわ ち工員た ちはそれ以上の貸 金をもうけると、遅かれ早かれやがて請負値段の切 り下げをや られ ろに らがい ないことをよ く承知 しているか らである(
2
4
」. このよ うに当時の支配的賃金制 度であった出来高賃金制 との関連で、組織的怠業が発生 してい るとテイラーは 考えたのである。組織的怠業 と呼ばれる現象が当時 どの程度生起 していたか と いえば、一流の大工場で、 しか も管理の比較的よ く行 き届いた ところで さえも かな り発生 していたよ うであ り、想像以上 に多 く生 じていた といわれてい る0以上のよ うな貸金制度の欠陥 に基 づいて発生 して くる組織的怠業を克服すべ く、 テイ ラーは賃金制度の改善に取 り組むのである。そ して、そこで適岡され る賃率設定 を科学的 に行な うべ く、時間研究 によって科学的に仕事の速度 を決定 し、労働者 に課業 を設定 して実行 させてい く課業管理を提 唱す るのであろ。つ ま り、労働者の標準作業量 (課業 )を科学的に設定すべ く、作業方法、作業の 所 要時間、作業開具、材料、作業条件な どを標準化 し、設定 された課業を定め られた作 業方法で定 め られた時間内に達成 したな らば、高率の賃金支払 いを、 失敗 したな らば罰 として低率の賃金が 支払われるとい う方式を提唱 したのであ る。このよ うな作業の時間研究、標準化 こそが、 その後展開 されて いく標準原 価計算の基礎 を提供 してい くことになるのであ る。 テイラーは、 いまだ労働者の意欲 を重要な契機 とす るアメ リカ資本主義の技 術的段階での労使間の矛盾の解決 に取 り組み、差別出来高賃金制 を提唱 し、作 業については、一流労働者を基準に した標準化 を図 ってい くわけであろ。 しか し、このよ うな課業管理 を成功裡 に遂行 してい くためには、 それに見合 った組 織的整備 を必要 とした.テイラーは、企業規模の拡大 と生産過程の技術的変化 な どを考慮 に入れて、従来採糊 されていた軍隊式 ・直線組織 を職能式組織に改 革す るよ う提唱す ろのである。 当時の職長の役割 は非常に重要な ものであった。彼 らは企業の管用組織の末 端 にあ り、直接的に労働者の行な う作業 を指揮、監督 し、資本の支配の具体的 媒介 を担 っていた。企業規模の拡大 と機械化の発展は、生産過程での作業の分 割 を促進 し、これに伴 って、軍隊式 ・両線組織を採朋 してい る場合の職長の職 能は、広範かつ多岐 にわたる ものとな って きた。 その職能は、 「① 全工場のた めに、仕事の ワ リブリをす る。⑧ すべての仕事が適 当な順序で正しい機械にい くよ うにす る。③ 機械を動かす人には何 をいかにすべ きかを教える。庄)仕事を いいかげんに しないように、かつ速 く仕事す るよ うに監督す る。⑤ またつねに 一月 も先の ことを考えて作業 を完成す るために工員をふやす同意をした り、あ るいは工員の ために もっと多 くの仕事の用意 をしたりす る。⑥つねに工員の紀律 を正 し、⑦賃金 を直 し、⑧ 出来高払の単価を決 め、⑨時間記録の監督をする。 (
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)
」な ど、一人で行な うことが不可能であると思われ るほど多かった。 テイラ-は、これ らの仕事 を十分に果 してい くためには 「(む知力⑧教育@特別の知識 または専門の知識、手先の器岡または精神力(彰手腕 (気転 )⑤精力⑥勇気⑦正 直⑧判断または常識⑨ 鍵東35)」な ど、職長 として もつべ き多 くの条件があ ると 述べていろ。 しか し、 このよ うな多 くの能力を体得 した職長 を求めることは実 際には不可能なことである。 そこでテイラーは、指揮、監督上に生まれて きた 技術的専門化の必資性や職長のあま りに も過重な役割の軽減 とい う観点か ら、 軍隊式 ・直線組織形態 を、計画機能 と執行機能に明確に分離 してい く職能式組 織形態へ と改革す るよ う提 唱す るのである。つ ま り、 「(a)工員 は もちろん、組 長に も職長に もで きるだけ計画する仕事をさせないことにする。多少 で も事務 的なことは一切 させないことにす る。頭脳的な仕事 に属す ることは全部工場か らと りきり、 これを計画課 または設計課にあつめて しまい、職長 と組長 とには 実行的な仕事だけをさせ る。計画室 で計画 し指導 した作業が、工場で迅速 に実 行 されてい るか どうかをみてい くのが、 かれ らの役 目である。工員 にまえ もっ て考えることを教 え、その仕事 を指導 し教授す るために、全時間 を工員 ととも に費やすべ きである。(b)管理法の全分野 を通 じて軍隊式組織 をやめて しまい、 いわゆる職能組織 または 「機能式」組織 といれかえて しまわねばな らないO機 能的管理 とい うのは管理上の仕事 を分割 し、副工場長以下すべての人 はなるべ く受持の機能を少な くす ることである。で きることな ら管理 に従事す る人の仕 事をお もな機能 (役目 )ひとつだけに限 って しまいたい(ZT)」Oこの提唱 によ っ て企業には企画部 (ない しは計画部 )が設置 され、 きわめて重要な役割 を果 し てい く。その一方 で、 これ まで広範かつ多様な仕事 を負わ されて きた職長に対 しては、作業の直接的 な監督だけに専念で きるよ う組織的保障 を行な ったので ある. この提唱に基づ きなが ら、 テイラーは、 さらに職長の管理活動 に関 して 8名か ら構成 され る職能的職長制度 を提起 してい る。職能的職長制度の特徴 は、 作業 を行な う労働者が8名の職長か らその担 当す る機能に応 じた指示 を受 け、 ある一人の職長 を直属の長 としない制度である。 したが って職長 は、担 当す る 職能 についてだけ責任 と権限をもつ とい う制度である。 以上のよ うにテイラーは、当時の支配的な賃金制度で あった出来高賃金制の もとでの、賃率切 り下げ, そしてそれに伴 う組織的怠業問題 を克服すべ く、一
流労働者に基づ く作業標準 を設定 し、差別出来高賃金制によ って生産過程の合 理化を図ろ うとした、いわゆる課業管理方式 を提唱 したのである. さらに、そ の遂行 を組織的に保障す るための一環 として、軍隊式 ・直線組織に代えて職能 式組織の提唱 を行な ったのであろ。 に もかかわ らず、テイラーの主張 した高賃金、低原価 によ る労使 協調路線は、 彼の意図 した方向に進展せず、激 しい労働 者側の反抗 を招いた。また、 テイラ ーの職能的職長制度は、それまでの軍隊式 ・直線組織の欠陥を克服すべ き試み ではあったが、それ はす ぐれて工場 における作業現場 に限定 された ものであ り、 技術的にみて も、そ こでの職能化が、従来の職長がその職能 を遂行す るのに必 要とした熟練 を基準 とした ものであったために、一方では、客観的 ・合理的な 職能の分割が容易でな く、他方 では、分割 された職能相互間 の調整が困難である とい う限界 を もっていた。 さらに、一人の労働者が8名の職長か ら指示 を受け ることは実際的でな く、命令系統の一元化や責任 と権限の不 明確な点でその実 朋価値は、 当時すでに疑問視 きれていた(a))。 エマースンは、 テイラーの職能式 組織のす ぐれた点 を継承 しつつ も、その欠陥の克服に努め、直線 ・参謀組織 (
lineand stafforganizat10n)の提唱 を行な うのであるOエマースンは、すで に述べたよ うに、能率技師 として壬 に鉄道業にかかわって きた。その中で不能 率の除去 を実施 してい く場合、 その重要な要因が 「労働者が貧困な指導 を受け た り、彼 らの能率が低下す るとい う反対の諸条件の もとで働いてい る」 ことに あるとみて、 まず、組織の改革の提 唱か ら論 を進めるのである。 したが って、 エマースンの所説 を考察 してい く際、彼が、 テイラーの職能式組織のいかなる 部分 を鯵正しよ うとし、 そのよ うな組織的整備の もとで、テイラーの標準時間 設定に基礎 を置 きなが ら、不能率の除去をどのよ うな方法で展開 していったの か、 そのいかな る点 において標準原価計算の先駆者 と位置づけられ ろのかとい う視点が設定 されて くるのである。 Ⅳ エ マ ー ス ン の 棲 準 原 価 計 算 輪 の 展 開
エマースンは、 アメ リカの産業に存在 してい る不能率の除去のためには、 ま ず、管理組織 の整備が必要 であると説 く。その組織 的保障の もとで、標準設定 を行ない会計担当者の協力 を得なが ら能率の増進 を図ろ うとしたのである。そ こでまず、エマースンが、 テイラーによって展開 された職能式組織 をどのよ う に鯵正しよ うと考 えたのか、管理組織の整備面か ら考察 してい くことにす る。 エマースンは、テイラーによって展開 された職能式組織 を基礎 としつつも、「葡軌 こ おいて必要とされることは、ラインの各 メンバーが、いつでもスタッフの 知 識やスタッ フの援助の便益を もらうるような ラインとスタ ッフとの間の完全な並行主義 ( parallelism)である。 この種の組鰍 ま、今 日、完全な形態では存在 しない。現 代の組織 は、 スタッフを一般化す る代わ りに個別化 してい るがゆえに欠陥があ る(29)」 として、従来の軍隊式 ・直線組織での責任 と権限の明確化、命令系統の 一元性を維持 しつつ、工場 にお ける4つの分野 での計画、指導 を職能 とするス タッフの設置を提唱 している。 4つのスタッフの職能 とは、人に関 しては「1. 1従業員の福祉にかかわ る もろ もろに関す る計画、指導、助言を行なう(3))」 こ とであ り、装置に関 しては
「
2
.-手持 ちの仕事に対す る建物、機械、工具、そ の他の装 置の調整にかかわるもろ もろに関す る計画、指導、助言 を行な う(31)」 ことであ り、材料に朗 しては「3,-材料の購 入、保管、出庫、取扱いに関する や」 ものであ り、そ して方法 と条件 に関 しては「4: 条件 と標準、記録、会計 を含む方法に関す る(3
3
)
」 ものであるOエマースンは、 この直線 ・参謀組織の提 唱によって、テイラーの職能式組織の欠陥 として指摘 された、職能の分割、職 能相互間の謁整、命令系統の一元化、責任 と権限の明確化問題に解決の手掛 り を与 えよ うとしたの であ る。 スタッフ組織が相互に作開し合い、各部門に存在す る不能率の除去に機能し てい くことになるが、 その際、作業の標準化 を遂行す るのは方法 ・条件 スタッ フであ り、 それを基礎 に しなが らその管理開具 として標準原価計算が実施 され る. そこでエマースンは、 このよ うな観点か ら、従来の原価計算の能率管理用 具 としての無能力 さを批判 しなが ら、新たに提起 きれ る原価計算の優越性 を強 調 しているO
「原価 を算定す る二つの根本的に異なった方法がある。第-の 方 法は、仕事が完 アした後に原価 を算定す る方法であ り、第二の方法 は、仕事が着手される以前に原価 を算定す る方法である。第一の方法は古い方法であ り、 いまだに大部分の製造企業や修繕企業 で採朋 されている.第二の方法は、新 し い方法であ り、い くつかの大規模工場で採鞘 され始め、そこでは、その実行可 能性 と実践的価値がすでに証明 されて きている(叫」。 ここに第一一の方法 とは従 来の会計士によ る原価計算方法であ り、第二の方法が標準原価計算であ る。こ の両者の違いを さらに具体的に示 し、棲準原価計算方法の優越性を強調 してい る。「古い方法に対する反対 は、情報 にほとんど価値がなくなるまで遅れることだけ でなく、原価 に、原価 とほとんど直接的結 びつきのないできごとを混入 させるので完 全に不正確 となる。そのために、たとえば、機関車 マイル当 りの修繕費に関する原価 報告書の分析は、浪費の除去へ導かないのである。第二 の方法の優越性は、原価が、 仕事 を始め る以前 に算定 されていなければな らないだけでな く、最終的に作表 された原価が実際原価 を、各単位、それが単一要素であるか、100万個の要素の結 合 であるかEこかかわらず、 その各単位 に関 して(1)標準費瑚 (standardexpense )
と(2)回避可能損失 (avoldable loss)とに区分せ られ ることにある。述べ られ たよ うな原価の分析 は、すべての種類の不能率な条件の ほとん ど容赦のない除 去 を促進 し、擦準賛同はたえず新 しい水準に標準化 され る一浪費は、標準に関 してT:えず除去 され る(
3
i
)
」。 このよ うに、エマースンは、従来の原価計算に代 えて不能率 除去の観点か ら、新 しい標準原価計算 を提唱 している。そ して、こ の標準原価計算 を実施 してい く際、 エマースンに特徴的なことは、 他の多 くの 能率技師 らとは異な り、一般会計や原価計算担 当者 らとの交渉の必要性を認識 していた ことであ る。彼 らと積極 的に協力関係 を もつことによ って、能率技師 の設定 した標準 を会計の実績記録 と対照 させその能率判定の効果を高めうると 認識 した ことである。- リスンは、当時の、会計士による能率に関連 した場合 の無能力な原価計算 に対 して痛烈に批判 し、エマースンの先進性を評価 してい る。それ とともにエマースンが会計士 との関係の必 要性 を認識 していたとはい え、それにはかな りの限界 もあったと指摘 している。- リスンは、 「原価計算 が、 その適鞘のために特殊な知識 を必 要 とす る複雑な科学 であ る事実 を、技術 者は十分に評価 していないことが彼 らの著書で明 らかに されている.エマ-ス ンの論文 を読 み返 えす際、原価計算が、彼の提示 した原価表式 (cost for一mula)からきわめて簡単 に、また容易に展開 され うるとい う幾分空虚な表明を兄 い出す ことは、会計にそ ってエマース ン氏の理念を発展 させ るのに長年 を費や して きた私 にとっては、 まざれ もない シ ョックであった
(
3
5
)
」 と述べ、エマース ンの試みを評価 し、 また、 そのエマースンにあって もこのよ うな限界 にあ った、 と技術者によ って展開 された原価計算を批判 している。エマースンが全 く「般 会計、原価計算の意義 を無視 しなか った とはい え、 そこには明 らか に限界があ り、簿記機構 と有機的に結合 した捷準原価計算制度の提唱 は、 - リスンによる 確立 をまたなければな らなか ったのであ る。それは、彼が能率技師であったこ とと、標準原価概念の特徴 か らくる限界で もあ り、彼の論理がい まだに課業管 理 を基底 としていたことの所以でもあった。ではエマースンは、能率技師 と会計 担 当者 との関係 をどのよ うに とらえていたのであろ うか。 エマースンは、 「能 率が近代的な原価 での最 も重要な項 目であ るがゆえに、近代的 コン トローラー と能率技師 は、問題 を協力 して解決す るため、 また、 もしコン トローラーが 、 能率技師が必要 とす る当座のそ して正確な記録 を提供 しないな らば、能率技師 をして、彼の原価算定 と改善の最 も強力な相異を奪 うことになろ うために、親 掛こ共同 しなければな らない(3
1
)」 とその協力関係の必要性 を説 き、 「計算す る 際、監査人は、各費鞘項 目に関す る正確な原価 ステー トメン トに責任があ り、 能率技師は、正確な原価達成-すなわ ち、各サービス、材料出庫、装置運 f耶 こ 関す る100パ ーセン トの能率 に責任がある(31)」 とその責任担 当音域 を明確にし ている。いいかえると、 「浪費 を除去す ることが能率技師の仕事であ り、能率 技師の努力の結果 を記録形態で勘定に記入す ることが監査 人の仕事であ る(3')」 と述べてい る。 エマースンは、能率が近代的原価 における最重要項 目と指摘 し ているので、 この点で能率技師は中心的役割 を果た し,監査人、 コン トローラ ーが これに補完的に協力す るとい う形態をとることになる。 それでは、以上のよ うな管理組織上の整備、新 しい原価計算の基本的立場 、 それを実施 してい く上での会計士 との協力関係 を踏 まえて、具休的には どのよ うに標準原価が設定 され、能率 管理 に括朋 されてい くのか、次に この点 を考察 してい きたい。 標準設定の作業は、能率技師によって、会計部門の情報 を清岡 しなが ら進められ る。 その標準設定の作 業に関 して、 エマースンは、設定の ための予備作業 の必要性 を説いてい る。この予備調査は、スタッフの各 スペ シャリス トがその 職務 を遂行す ることになるが、エマースンはこれ を5つの作業 として提示 して いる。つ ま り、 「第-の調査は、材料が適切に処理 され、チ ェックされたか ど うかを確認す ることであ り、第二の調査は、機械及 び尉具の状態を網羅す るこ と、第三の調査においては、多 くの労働の分析あるいは点検が、労働者が実際 に行な った こと、すべ きであった こととの関係 を決定す ることであ り、第四の 調査 は、 当座の原価 と標準原価 との関係 をい くつかの作業に関 して示す ことで あ り、 第五の調査は、工場中の作業の動作ス ピー ドを示す ことであ った(
叫
」0 このよ うな棲準設定における予備調査の実施 は、標準原価計算制度 史上での、 彼の歴 史的位 置づけを知 る上で重要な個所 である。すなわ ち、ここには、 テイ ラーの科学的管理法の基調 をな してい る課業管理の観念が保持 されてお り、「 エマースン以後の標準原価論は もっぱ ら会計士の主導 に移行 し、 ウエブナー (F.E.Webner)によろ部門 ・工程別標準原価論の会計制度への結節の試み (1911年 )を経由 しなが ら、期間損益計算への接合を主題 とす る制度化の展開 に転 じて課業 との関連 は消裏4)」 してい く歴史的脈絡の中では、一つの重要な 特徴 をな している。ただ、 エマースンにあっては、 このよ うな課業観念の保持 に もかかわ らず、 その主張は費目別に立卸 した標準原価 と実際原価 との期間比 較 にあ り、その意味 では,課業管理 とは異質の管理方式に推転してい く端緒を 拓いてい るもの と位置づけ られ る(句。 さて、このよ うな標準設定の予備調査に基づいて標準原価が設定 され るわけ であ るが、 エマースンの標準原価概念はいかな ろもの として規定 されるのであ ろ うか。棲準原価ではないが、標準原価計算の基礎 を提供 した とされるテイラ ーの課業管理上の作業標準は、生産の拡大 こそ労使の共栄 につなが るとい う観 点か ら、すでに述べたよ うに、一流の労働 者が最善の条件で働 いている時間を 作業時間の基準 としていろ。課業管理観念を継承 し、標準設定の予備調査でこ れ を遂行 しよ うとす るエマースンにあっては、このよ うなテイラーの作業時間 の基準が反映 してい る。 しか し、テイ ラーによ って展開 される作業時間、材料 消費量な どの物的棟準は、総合的な能率測定の観点か らは十分でな く、総合的能率指標 としての標準原価 をエマースンは主張す ることになる. その標準原価 は、完全な能率 下において、す ぐれた労働 者が技術的に達成 しうるとい う、理 想的な標準時間を基礎 にした標準原価であった。 エマースンの標準原価概念は 以上の通 りであるが、ただこの点に関 しては、 エマースンの標準原価概念 は、不 明確であると指摘 され る点で もあった.た とえば、 「理想的僚準 と遷成可能標 準との間をゆれ動いていた(LB)」 と指摘 される ごとくである。これ は、確か iL 標準原価設定時には理想的標準原価を考 えているが、 「スタッフの標準 は無数 にあ り、常 に変化す る) きの うの最良の実践 はきょうの物笑いの種である(叫」 と述べて、標準原価の流動性 を指摘 してい るか らである。 エマースンは、 「標 準原価は、作業に着手 した際の可能な原価 であ った。実際原価が時間当 り68. 05ドル(梗準原価 )
に
引 き下げ られた ときには、新 しい棲 準が生 じ、多分時間 当 り60.00ドル とい う原価 になろう。その結果、標 準 は常 に前方に存在 し、 と らえ得ない(45)」 と述べ、その標準 も1年か ら2年にか けての期 間に接近 してい くもの として設定 され る、 としているのである。この ことは、 もう一つのエマ ースンに対する批判、 あるいは限界 として指摘 され る差異分析の不十分 さにも 関連す る。彼の場合には、部門別計算における差異分析 は、数か月、 1年、 2 年とい う時間の経過に伴 って設定 された時点 での標準原価 に接近 してい く、そ の接近の経過をみてい くことこそが差異分析の焦点 とな っていたのであ り、標 準原価概念の流動的規定 もこの ことに関連 してな されているのであ る。 したが って、エマースンの標準原価軌 急は、 「Emersonの差異分析 では短期的に業績 の判断がな され るのでな く、長い期 間の差異の動向 を通 じて管理 しよ うとする (45)」点 を考慮 して把握 され、評価 され る必要がある. 標準原価軌 急については、エマースン以降の標準原価計算論者 Iu って、さら に検討 されてい くわけであるが、 - リスンに至 り 「標準原価 は、理論的 に可能 な原価ではな く、適度 に、達成 され、維持 され うろことを期待 で きる原価であ るべ きである(Q)」 との規定 になる。この間の変遷は、 「第一次大戦か ら20年代 末の ころまでにアメ リカにおいて問題 ときれて きた標準原価軌 急なるものは、 完全な条件の下におけるあるべ き原価か ら、正常な条件の下におけるあるべ き 原価に移行 し、 さらに到達 目棟 を示す原価か ら、達成可能 に して同時に維持 も可能 な原価 とい うよ うに変遷 して きた もの とみることがで きる(i)」。そ してこ の標準原価執 念の変遷は、 アメ リカ資本主義の独占段階への移行、その過程で 問題 とな って くる過剰生産設備の存在が背景 にあるのである。 テイラーか らエ マースン、 そして- I)スンへの標準思考の発展は、 このよ うな経済的変化を契 機 としてい るのである。 Ⅴ お わ り に 本稿 においてわれわれは、 テイラーの科学的管理 法を起点 としなが ら、エマ ースンの標準原価計算論の展開について考察 して きた。そこでは次の点が明 ら かに きれた。 まず第-に、 エマースンは、能率技師 として立場的にみてテイラ ー派に対抗 して能率増進に努めたが、 しか し、ティラ-の科学的管理法に強 く 依拠 した論理展開になって いることであるO歴史的脈絡か ら組織論的にみて、 エマースンは、テイラーの提 唱 した職能式組織の実践上の欠陥 を純化、発展 さ せ、直線 ・参謀組織 を提唱 した。 これによって、責任、権限の明輝化、命令系 統の-一元化を維持 しつつ専門スタッフによる計画、統制の努力の効果を高め、 不能率除去 に大 きく貢献す るもの としたのである。これは、企業規模が拡大 し、 管理の複雑化 を増 して きたアメ リカ資本主義の独 占段階への移行時の組織形態 として、一定の妥 当性を もって実践に移 されてい き、今 日の組織形態へ もその 痕跡 を残す とい う新機軸の提唱 としてな されたの であった。すでに述べたよう に、 エマースンが、 その企業の出発時点か らけた外れの規模 として展開 された 鉄道業 に深 くかかわ り、その規模のゆえに当時の鉄道業 においては部門別管坤 が重要な問題 にな っていた ことが、彼の論理 に大 きく反映 しているもの とみろ ことがで きる。またその ことは、大不 況期以降独 占段階へ移行 し、他産業の企 業規模 が大 き くな ってい くに及んで、 エマースンの考 え方が適応 されてい くこ とにな るの も納得のい くことといわ ざるを得ない。エマースンは、 このような 組織的改革 を前提 に して、 その管理組織の機能によって、不能率除去のための 管理方式 を展開す るのである。それが彼の考 える標準原価計算 である。そこで
第二に、従来の会 計士 によ る原価計算 と異な る、不能率除去に役立 つ標準原価 計算の提 唱について検討 して きた。 エマース ンは、不能率の除去の ための原価 計算 を実施 してい く場合、能率技師 と会計士 との協力が必要 であ ることを指摘 している。この ことこそ、 他の能率技師 と比較 して、彼 の認識 の深 さを示す も の といえるし、この接近 こそが標準原価計算制度確立へ の起点 として と らえら れ るのである。この積極的側面 は、 しか しまた、彼の限界 で もあった。それ は まだ、簿記機構 との有機的結合 とい うレベルでの論理 として は打 ち出 しえなか った、論理的立脚点での制約であ った。すなわ ち、テイ ラーに始 まる課業管理 の思考をその根底 に もっていた ことこそ、期 間損益計算の観点 か ら提 唱 される 標準原価計算 を主張 しえなか った制約 とな ったの である。 したが って、 エ マー スンの標準原価計算論 は、課業管理思考 を残存 させつつ期 間損益計算への接近 を図ろ うとす る、ハ リスンの標準原価計舞論への過渡 的位置 にある論理 と理解 きれ るのであ る。 (注) (1)辻厚生 「管理会計論の分析視角
」r
企業会計J第33巻第3号,1981年,ll -12ページ。 (2) 「ノルマチーフ原価計算とは、月初に設定された生産費ノルマによって計算され る原価計算のことである。この原価計算の基本的機能は.設定されたノルマからの 実際費用の差異の日常的コントロールの確保にある」 (rl.A.KoCTIOK,CJK)朗Ph6yxramtFX).-2-eH3A.,rXtPeFXl6・HAPrI・一 山 H.,≪ BE・u Sr血 .mI棚 a>,,1984,
C.120.)
。
(3) 野村秀和 「- リスンの標準原価計算論における原価差異分析について」r
経済論 叢J第96巻第1号,39ページ。 ¢) 森章 「ソビエ トノルマ会計形成史の一断章」r
経理知識J第59号,1980年 , 108-110ページ。 (5)森章 ,同上稿,117-118ページ。(6)島弘 r科学的管理法の研究J増補版 ,有斐閣,1979年,224 -241ペー ジ。 なお、 エマース ンは、 のちに考察す るようにテイラーの科学的管理法の一層の発展
・に貢献 している。 そ して彼 自身は.連載論文中でテイラーを評価 した り、標準作業 時間の算定 についてはテイラーの時間研究 システムに依拠 して行な うなどと述べて い る。 しか し、エマースンは、タウン(H.R.Towne)に発 しテイラーを中心 とす る 流れであ った 「テイラー派」 (Taylorities,TayIor groupe)に対 して能率技師
(efficiency engineer)とい う名称を もって能率運動を指導す るなどテイラーに対 す るかな り強烈な ライバル意識を も っていたといわれてい る(辻厚生 r管理会計発 達史論l有斐閣,1971年,142ペー ジ)。
(7) H.Eme'so
z
',EfflCieJICy aS a Basis for OperatlOn and W ages.- I,
The EngineeriTIg M agaZlne,JuJy 1908, p.531〔Vol.Ⅱ,p.482).(本稿で扱 ってい るエマース ン、ハ リスンの論文は、主 に, MaFnagemeElt&
ManagementAccountiEIg 188011920, complled by Atsuo Tsu
J
i,Hci z-aburo Sonoda, Yushodo Bookse=ers LTD.,1975.に依拠 している。そこ で、 当該引用個所を 〔 〕 内に示 してお く)。(8) ihid., I, p.533.(VoJ.lI,p.484). (9)ibid.,Ⅵ, p.341.(VoJ.Ⅱ,p.536).
80
,
4
1) 下川浩一 「独占形成期におけ る経営戦略 と企業活動」山下幸夫編 r 経営史-欧米J第4章 ,日本評論社,1977年,87ペー ジ。他 G
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(旭 E.M.Sowe
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軸
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