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家庭の生産的機能について

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(1)家庭の生産的機能について 相 On An. 馬. 子. 信 Function. Productive Introduction. Home. to. Nobuko. of Home Economics. SoMA*. SUMMARY With. the. of industry,. growth. rapid. subjecthood. In tive is. political. unit. and. a. productive it will not be. an. has. economy血ome outlet for. so. manufactured if we grasp. llnit. But long before. is. home far. been. dealt as. goods bone. being. now. solely. deprived. as. only. with. a. of its. consump・. enterprise, against vhicb from this point of view, real of its own. loses sight of the home objective its as essential qualities such creativity and individuality will gradually and cease to exist in a great丘ood of commodities. into the way in is a theoretical inquiry Tbe thesis aim of this short for home in its to activities. regain economic which subjecthood by historical facts in Tbe following are the main 1) to prove points: the past that bone 也.ere fore performs也e. is. function. 2). sumptive, activities; developed and with clear. that. this. mere. COnSumptive. independent. an. tbo fllnCtion. to. of. survey. economic. still survives. of in home,. as. society; wbicb. and is far. unit. well. has. 3). to. from. and con・. as. changed make being. 次. 2.社会的生産の発生と家庭の生産的. はじめに. 機能の分化. 論 Ⅱ. 資本主義社会における家庭の経済的認識. 2.家庭の生活目的と消費枚能. 論. Ⅰ家庭の生産的横能について 1.経済単位としての家庭. *家政学教室(Dept.. 家庭の消費的機能について 1.家庭生活と使用価値. とその誤謬について 本. life. a. unit.. 目. 序. and. carrying productive, function how this productive. progress. economic. unit. on. of. Home. Economics). 線. 括. it a.

(2) 46. 相. は. 馬. じ. 借. め. 子. に. 最近家政学につき種々の論議が交わされている。家庭の経済生活1'について,経済学は これを全く捨象してしまい,家政学におし′、ても受身的な立場で論じられているにすぎない. 産業の高度成長に伴い,家庭問題が新に社会の重要な課題となり,その本質や任務,経 済的機能,家庭の二次的貧困等々が改めて論じられるようになってきた。 こうした現代的課題を背景にして,家庭を企業から独立した経済単位とし,その機能を. あらたに体系づけてみようとするぁが本稿の目的で,今回ほその前提として,家庭の生産 的機能について理論的立場を明らかにせんとするものである。次にその要点をあげると, 1・家庭を生活単位,経済単位と認め,自主的に経済行為,すなわち,生産と消費とを 白から行ないうるものとする。. 2・社会的労働-の参加や,家族のための家庭内労働ほ,家庭の生産的機能であると考 える。. 3・家庭生活ほ,交換価値より使用価値の生産が中心となっていること, 4・家事労働は,家庭の生産的境能の主要部分である。これを社会の経済のなかに引き 出し新に評価を加える。 などがこゐ小論の目的であるo. 序. 請. 資本主義社会における家庭の経済的認識とその誤謬について 資本主義社会においてほ,従来家庭に対し,生活の多様性,格差,プライバシィ-など の問題により,そこに一般的な経済法則を適用することは困難であるとして,学問的体系 からこれを排除してきた。. 経済学は立論の基礎に「Homo. Economics」望'経済人なる抽象化された孤立人を想定す. 1)常見育男氏は「社会の経済機能の発達にともない, ``家庭の生産的境能"の意味はうすれ,社 会的生産,商品生産と変わっている-しかしながら,家庭生活が成立しているかぎり,何ら かの意味の経済的磯能ほ分業の形をとって家庭内に厳存している筈だ」という。改稿『家政 学・家庭管理学』 p. 90. Karl Bdcherほ「自己生産によって得られる財貨は,それらの財貨が成立している経済の 貨弊収入にも劣らぎる部分を構成している」, 「(食物の調理や薪を小割にするなど)多くの財 貨は人間の働によってはじめて消費しうるようになる」と,貨弊形態を採らない作業の経済的 有用性をのべ,また, 「経済単位における消費を経済的に整頓することを,家政経済と称する. 家政ほ所得を合目的に使用すべき職能を持つ・ -家政ほ家族の使用財産に立脚する・ -経済史 を潮るはど,営利経済と家政とほ相互に結合しており,遂にほ両者が家族に依存して区別し得 られない一点に到達する」として,これを彼の経済発展段階に対応せしめている。 『国民経済 進化論』 pp. 298-311. 2)アダム′・スミスは, 「人間ほその生存のために絶えず外界自然に働きかけ,そこに存在する物 質をとり出して,その必要を充たし,また不断に生起する欲求にたいし,いっそう工夫をこら し,より多くの物質をえようとする。」として,これらの自然的行為のなかから,労働,生産, 消費,財などの基本的概念を抽出し,これを経済学立論の基礎とした.これにつき,大河内一 男は『スミスと1)スト』のなかで``経済人"は正義をになう「慎慮の人」であるとし,マック ス・ラーナ-ほ「あの見馴れぬおそろしい新種族」と表現し,また,マルクスほ「経済学はロ ビンソソ物語を好む」といっている。 ・.

(3) 家庭の生産的機能について. 47. もが,家庭ほ,生活共同体という複数概念3)を基礎とするもので,男女を内包する生活共 同体であり,生活単位であるということが,家庭経済学立論の核であり,基本的条件であ る。. 経済学は社会の経済現象を対象として成立する科学であり,社会でおこなわれる生産と 消費について研究するもので,社会的経済現象としての交換の完了した以後における家庭 内の消費は「本来経済学の対象とはなり得なった」4)のである. 社会で行われる生産ほ社会的生産で,企業が生産の単位5)である。 家庭ほ労働力参加という形で企業の生産に介入するが,企業が要求するものほ個人の労 働力であり,家庭は単に労働力の再生産6)の場として受け止められているに過ぎないので ある。. 家庭における消費は,家計との関連での消費であり,企業の生産物の最終消費者として のみ存在が認められているのであって, "家計"という概念により具現されるものは,衣 庭の本質とほ離れて,単に商品を購入する場として掴えられたもので,巨視的な社会的消 費と区別された微視的な家計であり,受け身の消費概念によるものであると考えられる。 家庭ほ"家計"の収支につき,意志決定者としての自主行為が僅かに認められるが,坐 産面からは全く影を没した存在であり,購入選択という自主行為も,デモソストレ-ショ ソ効果により,特定の方向に誘導され,欲望は企業により造成7)され,自主性の範囲ほま すます僅少となってきている。こうして,消費者としての家庭はいよいよ他動的懐向を加 速し,画一化,無個性化への傾斜を促進しているのである.. 以上が家庭に対する従来の経済的認識であり,しかも家庭における消費ほ学問的体系の 堵外のものであったのである. かかる認識の仕方ほ家庭の本質および主体性を無視する発想に基づくもので,家庭を社 会の従属的存在としてのみ経済的価値を認めようとするに外ならないo 現実の社会での生活単位は家庭であり.実在概念としての人間であり,男女を内包する 3)大熊信行氏は「経済学もまた孤立人の想定を廃して,一家族の想定から再出発すべき時がきて いる」と述べている。 「生活構造論反省のた把沖こ」『国民経済研究』γol. 6, No. 5, p. 28. 4)マルクス「経済学批判」 p.622. 5)ローザンヌ学派のレオン・ワルラスほ経済学のなかに複数概念である家庭を導入したが,彼は 国民経済を構成する基本単位として,企業を生産単位,家庭を消費単位として両者を対置せし めた。. 6)マルクスは「労働力こそ資本主義的生産の担い手であり,剰余価値の生産であるo. --賃労働 の存在を前提としてのみ資本は蓄積への自己運動を行ないうる」といい,消費は労働力の再生 産を意味する生産的消費であり,労働者ほこの労働力再生産に必要な最低費用として,賃金を 受けとるのであるとする。 p. 144. 7)ガルブレイス『ゆたかな社会』岩波版, 「生産の増大に対応する消費の増大は,示唆 344. や見栄を通じて欲望をつくり出すように作用する」,同上p. 「貧しい社会でほ欲望は自 立的に決定されたもの」であるが「ゆたかな社会では,宣伝や広告によって合成された欲望と 見栄による欲望が中心になる」, 「生産とは本来欲望を満足するものであるのに今や欲望が生産 Effect)を述べているo に依存するようになっている」と依存効果(Dependent.

(4) 48. 相. 馬. 信. 子. 複数概念であるoその家庭について,如何に抽象的理論化が行われようとも上述のように 従属的取り扱いしか受けられないということに対し,疑問をもっものである。 この論理をおしすすめてゆくと,家事労働は,貨弊収入を伴なわないゆえをもって,無 価値であるとする発想につながるのであって,社会的生産,すなわち商品生産のみが価値 与. ありとする考えを生む原因になるのである。 さて,個人を対象とする経済学が,近年家庭を重要視するようになってきた。その背景 には,英国の経済学老ピグ-,ヒックス,カルダー8)などの意見があり,現実には米国経 済の高度成長という事実があったのである。 ヒックスはその著書において,生産的労働とほ「交換を通じて他の人々の欲望を充足せ しめるために行われる労働であるという定義はイギリスの国民所得計算の所得の定義に対 応するもので,それは決して十分に満足なものではない。」といい, 「この定義において, 生産的労働から除外される少なくとも三種の社会的に有用な労働がある,」として,次に それを掲げている. 1.主婦やその他のひとびとによって家庭で行われている家内労働, 2.庭園,割当地および小農地における家族の使用に供するための主に食料の直接的な 生産,. 3.彼自身のため,また彼の属する社会またほ,社会的集団に対する義務観からなされ る自発的労働がある。 と述べ,つづけてこれらの種類の労働ほ,それが報酬の支払いをうけないという論拠に 立って,われわれが生産的と考える種類のものから区別されるだけである。とつけ加えて いることに注意せねばならない。ヒックスは更に定義の拡衷に対する最も有望な示唆ほ, ピグー教授の「われわれは,報酬の支払いが行ぁている労働だけでなく,支払いの行われ る可能性のある労働も含めて,. "貨弊という尺度"に関連せしめうるようなすべての労働. を含めねばならない」のである。と述べているのである。 われわれが家族のために行われる家庭内の労働を重視する論拠ほ正にここにあるといっ てよいのであって,家庭を労働力再生産の場とか,消費の単位とかいう受身の立場で認識 することを排撃するのは,家庭内で行われる家族のための用役を重要視するからに他なら ないのである。. 米国における社会的生産の増大は必然的に生産過剰という現象を招来し,その解決策と しては,所得を直接増加させる,また減税により間接的に所得をふやすことで,それによ り,購買者の可処分所得を増加させるいわゆる有効需要造出政策の重視で,そのためにほ 購買者である家庭の経済的実態を掴む必要に迫られているのであって,家庭が経済の学問 的関心をよぶに至ったのは以上のような理由に基づくのである. 8). ∫.R.. Hicks:. TIle. Social. Framework.. An. lntroduction. to. Economics,. 3rd. ed・. 1960・. 257-258.. 日本語訳『経済の社会的構造』原書pp. A.C. Pigou: 『厚生経済学』第一部,第一章,第三章o Economic on N. Kalder: 『経済安定と成長』Essays. Stability. and. Growth.. 1960・.

(5) 49. 家庭の生産的機能について. それはロスト-9,のいう"高度大衆消費社会"を現出せしめる手段でもあったので,ア メリカの家庭生活は,その結果として浪費化傾向,無個性化傾向などの問題を発生させて いるのである10)o. 請. 杏 Ⅰ. 家庭の生産的機能について. 1.経済単位としての密鹿 家庭の生産的榛能を考える場合,その基盤である家庭を経済的にどう受け止めるかが問 題であるoわれわれほ,家庭ほ一つの独立した経済単位であり・経済行為を自主的に行い うる経済主体であると考えるのであるoしたがって家庭は孤立した生活単位でもありうる ということを認識の前提とするものである。 経済単位であり,経済主体であるということは,家庭もそれ自体ですべての経済行為を 単独でしかも自主的に行いうる横能を有するということであって,家庭は独自の自主的意 志により経済行為,すなわち生産と消費を行いうるのであって,本質的には他の経済単位 の従属的存在でほないのである。 生産機能に関していうならば,家庭は独立した経済単位であるから,家族の生活を支え るすべてのものを家庭で生産しうるのであって,このことをひるがえって考えてみると, われわれは自然へのChallengeという形で,自家生産を行っていた孤立的封鎖的自給自 足11,の生活を過去の歴史に有するのであって,このことほ明らかに家庭も経済単位であり, 経済主体であり,生産的榛能が存在していたという証左になるのであるo 経済単位であり,経済主体である家庭ほ,その生活目的にしたがって,意志的に自主的 に生産し,消費し,蓄積するのであって,家庭が生産と消費の′ミラソスを考え,私的所有 の蓄積を計るということほ,家族の生活に必要不可欠な機能なのであるo こうした原型的な行為のなかからわれわれは,家庭の瓢立性や封静陸を見ることが出来 9). W.W.. Rostow:. Manifests. 10). munist Ⅴ. Packard:. 『経済成長の諸段階』. The. Stages. of. Economic. Growth. a. non・Com. 1959.. 『浪費をつくり出す人々』The 深まりゆく矛盾の解決策としての戦略として,. Waste. Makers・. 1960,. ⅠⅠ・pp・. 31-195・. ・もっと買わせる戦略 ・捨てさせる戦略 ・計画的廃物化の戦略 ・混乱をつくり出す戦略 ・月賦販売による戦略 ・快楽主義を植えつける戦略 ・人口増加を利用する戦略 などをあげている。. ll). K. Biicherほ財貨流通の上から経済段隆を封鎖的家内経済,都市経済,国民経済とその発展 形態を分けているが,封鎖的家内経済である自給自足経済は歴史的発展段階における一形態で 『国民経済の あって,したがって,その発展に伴い遂には解消,消沸する運命にありとするo. 成立』。.

(6) 50. 相. 馬. 信. 子. るし,また家庭の自主性や個性的性格,創造性などを家庭の重要な要素として引き出すこ とが出来るのである。. ここで経済単位としての家庭の蓄積機能にふれると,人々の労働の成果によって得られ た物財(goods)は,家族の生活欲求に応じて消費されるが,物財の存在量ほその欲求に対 し常に不十分であり,かつ消耗に対する不断の補給を必要とするものである。他方におい て家庭という生活共同体は白から物財を求めることの不可能な乳幼児,病弱着,老齢者な どを内包するものであり,さらに家族の将来に対する配慮をも必要とするのであって,そ のためには種々の物財の備蓄,すなわち家庭におげる私的所有の蓄積が必要欠くべからざ る本質的要素となるのであるo 家庭の蓄積機能は,のちに交換現象を生み,貨弊経済の導入とともに,貨弊蓄積すなわ ち貯蓄現象を生み,やがてこれが社会的資本形成の機能に道を開いてゆくのである。 マルクスのいわゆる原著過程は,家庭の持つ蓄積機能によって推進されてゆくのであり, 生産性の低いこの段階では,蓄積を可能にするための勤倹節約の道徳律も発生するのであ る。蓄積の効果を高めるた捌こほ,当然費用要素の意識的削減が必要となる。 老齢者1B'ほ家計にとって純然たる費用要素であり,多子家庭もまた家計の負担であり, 必然的に生活水準を切り下げざるを得ない,という事実も多くの家計調査によって明らか にされている。このことほ,現代の核家族化18'傾向の主要な原因となっているのである。 また家族の生活をより豊かにするためにほ,直接生産によるよりも,先ず生産の拡大に. 12)深沢七郎の『梅山節考』ほ,家計の貧困ほ生産能力のない老人を排して,他の生命を救おうと する極限状況を小説化したものである. J・ H6ぽnerほ「多子家庭は社会的に階級低下をさせるo 社会的な生活水準は,同一階層に あってほ,子供がないか,せいぜい18才未満の子供が1-2人までの世帯と家庭によってきま る」といいo 勤人階級の家庭では,子供たちは, 「純然たる出費要素」であるといっている。 『社会・経済倫理』 p. 115. P・ A・. Samuelson:. T・N・. Morgon,. tbeロnited. 13). 『Economics, M・Ⅱ・. Dovid,. Sixth W.∫.. Edition』 1964, Co虹en,. H.E.. γol. 1,. Brazer:. 6章.. 『Income. and. Welfare. States』 1962.. 1人で暮す場合の費用を70とすれば夫婦では100,子供1人なら130, と子供がふえるにしたがい生活費は上るとしている。 J・ H6ffnerは出産減少の原因に次の事項をあげているo l・賃金制度が家庭を対象とせずに個人を対象としているo 2.女性の労働参加。 3.住宅難.. 4・多子家庭が社会で重んぜられなくなった. 5・夫婦生活の中に理性が入るようになった。 6・生活水準という考えが出てきた. 7.宗教的拠り処がなくなった。 8・子供たちが社会的に立身出世が出来るようにとの努力. 9・その他,女性の人口過剰,老人増加,堕胎増加,など。 『社会・経済倫理』 p.. 114.. 2人なら160,・-. in.

(7) 51. 家庭の生産的機能について. 役立つ道具を作る迂回生産14)がいっそう効果的であり,それを可能にするものは,その間 家族の欲求に応じられるだけの諸財の蓄積がなければならないのであり,家庭における私 的所有の蓄積は,家庭の生産,消費機能と共に家庭経済において極めて重要な機能であり, 同時にそれが経済社会の発展の原動力となっているのである。 2.社会的生産の発生と家庭の生産的機能の分化 すでに知られているように,原始的,. ・自然的経済状態である自給自足生活において,坐 産の機能ほ自然物採集,狩猟,漁拷などの単純なものであったが,定着的な農耕時代に入 ると,家庭の生産的機能は,農耕,開墾,農具の製作,家畜の飼育などに体現する一方, 生活共同体である家族の日常の食物,.衣料,住居などの調製,補修といういわゆる家政的 側面に機能する労働となって現われるが,同時にこれらの家庭の生産的機能ほ社会的生産 の源泉であり,生産の社会的分化の萌芽となるのである。 家庭内における道具の製作ほ生産を拡大し,能率を増進し,. 「生活の知恵」としての経. 験的知識の蓄積は,さらに生産を豊かにし,これらの生産手段と生産技術の原始的蓄積が 次第につみ重ねられ,やがて自家生産の社会的分化が遂げられるのである。 社会的分化が進展する過程において家庭の生産的模能は,家内任事→家内手工業→マニ ュファクチュア(工場制手工業)-工場制工業-とすすみ,生産の場は家庭の外部へ転移す るが,そのことは必らずしも家庭の生産的機能の消滅を意味しないのである。しかし,社 会的生産が行われるようになると,家庭の生産的機能はその影響を受けて次第に変形し, ついにほつぎの二側面に体現する。. 1.社会的労働-の参加 2.家族のために行われる生産機能としての家事労働(家庭内労働)である。 1の社会的労働への参加とは,本来家庭にあった生産的機能の一部が変形して社会に移 ることによって,家庭内における生産的労働の場を家庭外の作業場および工場などに移す ことであり,そうすることによって,報酬を得るのであるo現代社会では家庭における収 入の多くは勤労所得収入で15】,家族の生活はほとんどそれによっているのであるが,この 収入源である勤労は,家族員が社会的生産-の参加という形で具現するところの家庭の生 産的機能であると理解したいのである。 このことを企業側からみると,彼等の雇用する個人の労働力ほ,何れかの家庭の構成員 であり,家庭ほ労働力の再生産の機能16)を有するのであって,企業の必要とする労働力を 14). W.. Roscher. 1817-1894.ほ漁師の寓話により,蓄積がなければ蓬回生産ほ失敗することを述 (これをこ対し,現代の経済学は,貯蓄ほ将来の消費で べ,貯蓄-資本の概念を明らかにした。 あるとして,消費概念のなかに入る)0 15)勤労所得者の割合ほ年年増如している。分配国民所得中の雇用者所得構成比ほ(7o). である。国民所得統計年報, 16)序論, 6)参照o. 42年嵐. p.. 44,経済企画庁編。.

(8) 52. 相. 馬. 倍. 子. 日々更新し,長期的には新しい生命を再生産17)して労働力の枯渇を防く小場であるというこ とになるのである。. われわれが家庭の側に立って,本来の家庭の姿を考えると,生産的磯能はもともと家庭 の本質に根ざしたものであって,その原型においてほ白からの欲求を充足せしむるために 自主的に生産し,生産した財貨は家族員の必要に応じて分配消費され,備蓄されていたも のである。そうした生産的機能の一部が社会的労働への参加という形に変ったのであって, 企業側の要請に基づく労働力提供の場という従属的な形で家庭を把握すべきものではない。 こうした受身の立場では家庭ほやがてその自主性,主体性,独立性を失い,アーサー・ミ ラーの「セ-ルスマンの死」のように"ゆたかな社会"の商品洪水の中にその進路を失っ てしまうであろう。. 2の家族のために行なわれる生産的機能としての家事労働についてみると,家族のため の家庭内労働は,自給自足生活における家庭のもっ本質的な生産形態であったが,生産の 拡大発展に伴い社会的分化を遂げ,一方は社会的労働への参加という形で賃金嫁得の手段 となり,家庭という生産の場を離れるのであるが,家族のための有用な物的生産および用 役としての家事労働の機能ほ家庭に残るのであって,家事労働18)は家庭の本質的な生産的 機能として家庭に引き継がれている本流なのである。 企業労働の性格は他律的労働であり,利潤を目的とし,不特定多数を対象とする交換価 値生産であるのに対し,家事労働ほ自律的労働19)であり,家族のためにする物的生産およ び家妖-の用役を通じて使用価値の生産を行っているのである。家事労働の自律的側面ほ 家庭生活における自発性,思考性,創造性の根源であり,交換価値の生産を目的とする社会 的労働とほ全( ・性格を異にするもので,家事労働が単に貨弊収入を伴なわないがゆえに軽 視される如)とすれば,それは家庭生活の本質をわきまえぬ主菜であるといえるのであるo 17)大熊信行氏ほ, 「生命の再生産こそが生活の本質であり,再生産は生殖の意である」となす. 『国民生活研究』γol.'6, No. 5, p. 28, 35. 飯塚重威氏は「-7ルクス・レーニンが``人間の生産'7, "人間の再生産"なる用語を使用した 場合,その人間は生身の人間を意味するものでなく,「労働-商品」として資本主義的生産の 具体的欲望をみたすものとして使用しているのであって,家庭の生産的鏡台熟も 生殖の段階で 「受胎以後の胎児への配慮の段階から働くもの」と考えるべきである_.と述べている. ほなく, 『国民生活研究』γol. 6, No. 9, p. 7. 18)青木茂氏ほ「家とは何か」という論文において,家庭にほ労働生活と,くつろぎ生活の二側面 があり,労働生活はくつろぎ生活のための手段であり,家事労働生活ほ,くつろぎをよくする ためのもで,家庭の本質はくつろぎ生活であるとしているo 『家政研究』Vol.Ⅰ,pp. ll-15. 19)家事労働は家族のために行われる生産および用役の一切を含むもので,主婦労働にのみ限定さ れるものでない。家事労働にも思考性,創造性をもたぬ単純反覆面のあることは確かである。 アダム・スミスは不生産的労働として,召使の労働,文武百官,軍人,牧師,法律家,医師, 学者,俳優,音楽家,ダンサーなどをあげており,古典派経済学では生産概念を物的生産とし て狭義にとらえている. 『国富論』キャナン版p. 314. しかし近代経済学においては効用価値説がその基盤にあるのであって,生産の対象は効用 (utility)であり,従って効用を持つ無形の生産である用役もまた生産的労働であると解せられ ている。 (経済学大辞典一経済学の発展と横型-3巻, p. 135,ほかo 74-79ほかo 20)マルクス,エソゲルス, i,-ニ./,スター1)ソ『婦人論』国民文庫版pp..

(9) 53. 家庭の生産的機能について. Ⅱ. 家庭の消費的機能について. 1.家庭生活と使用価値. 家庭生活は使用価値を消費する場である。家族が社会的労働へ参加することは賃金嫁得 のためであり,そこで行われる労働は商品価値の生産なのである。しかしこれらの商品ほ 最終的には,家庭で消費されるのであり,商品のもつ交換価値と使用価値との関係を明ら かにしておく必要がある. ところで商品は, 「まずもって他の人々にとっての使用価値であって,その所有者にと ってほ単なる交換手段にすぎない」のであって,したがって商品は「他の諸商品にたいす る関係でだけ商品なのであって,商品が使用価値として自己を実現するにほ・商品ほ交換 価値として自己を実現しなければならない。」皇1'のであるo 商品は交換価値として淀通し2丑',その最終段階において家庭に渡り,そこで消費され消 えてゆくのであって,この消費されて"姿を消1"段階で評価されるのが商品の使用価値 であって,消費者ほ使用価値を認めるからこそ商品を購入するのであるo さて,消費者が商品を購入する場合二重の決定に迫られるがその一つほ,自分の支払う 貨弊量と交換価値が等価であるか否かということであり,他の一つは,その物は果して自 分の欲求を満足させてくれるであろうかということである。この二つのうちいずれがモチ ーフになるかといえば明らかに後者であって,消費者は常に使用価値を中心に行動するの であり,不用の物は購入しないのが原則である。そうした消費者の態度から家庭の生活は 使用価値が中心となっていると考えられる。商品はこの使用価値をその核に蔵しながら・ 流通の過程では交換価値のベールにおおわれているのであって,消費者ほこの最後のベー ルをほぎとって商品が持つ最終消費の可能性を実現せしめるのであり,およそ価値の根源 には使用価値が存在するのであるo 2.家庭の生活目的と消費機能. 家庭の消費機能は前述のごとく使用価値の購入および消費であるが,家庭の生活目的を 達するには,ある時点における物財の購入,消費だけでは十分でない。家庭の運営にほ長 期的計画が必要で,家庭の生活目標を全うするには生活設計全体の反映として消費を捉え ノなければならないoしたがって単に月々の家計の支出としてだけではなく,. stockを含め. 28-29・ pp・ 21)マルクス『経済学批判』 22)アダム・スミスは「自分の労働所産の中,自分の消費にあててあまる全剰余部分を・他人の労 『国富論』p・ 17,あるよう 働所産の中自分の必要とするような部分と確実に交換出来る」と-. に,交換ほ最初,有無相通ずる余剰部分の物々交換よりほじまり,次に交換の規準の必要が生 とし・ p・乳 じ,スミスは, 「労働は価値の唯一正確な尺度であり,また普遍的尺度である」 ト財貨の獲得または生産に普通投ずる労働量はその財貨-普通購買し,支配し,若しくは・ それと交換になるべき筈の労働量を定める唯一の事情である」として投下労働量と支配労働量 とは等しいo P. 50,という前提のもとに,交換の規準を具体的な投下労働量に求めた8 マルクスほ,この具体的投下労働量はそれぞれ異質であり,等価はあり得ないとし'これを 更に抽象して,労働力に還元し,社会的平均労働力量を価値の規準としたo この他に効用価値説(utility)があり,商品の価値は欲求q)充足される度合により測ること がで来るとする主観的価値学説もある。 (3参照).

(10) 54. 相. 馬. 信. 子. た長期的な全生活の中での使用価値の蓄積,購入および計画的配分が家庭における消費機 能である。経済学はこの使用価値を不問にしたまま交換価値としての商品の追求に専念す るもので,家庭経済ほ独自にそれを系統立てねばならない。その意味で家庭の消費機能は 家庭経営,家庭管理の中心的課題となるものである。 経済学が使用価値を捨象している矛盾は国民所得計算皇3'に現れており,使用価値を除い てほ社会の総価値生産の正しい把撞ほ出来ないのである。 家庭が長期の生活設計を建てるにほ家財など耐久消費者財に考慮を払わねばならないが, 家財である持ち家についてスミスは「家屋に対し放下される資本ほ,もしそれが持ち主の 住宅用であるなら,その瞬間から資本の機能を果さなくなるであろう」つまり住宅用とし ての家屋は「居住者の所得に何ら寄与するところがなくまた国民全体の所得はそれによっ て聯かたりとも増加されない」望4)のであるといい,自分の住む"持ち家"の使用価値性につ いて述べているのであるが,ヒックスは「国民所得計算に賃貸料の支払われるような耐用 消費者財の用役ほ含ませるべきで,こうしないとひとびとが自分の家を所有しようとする 傾向が増加するときは社会的所得の減少として現れるであろう」--「それほぼかげている ことであり,」-・・したがって「すべ七の家屋の用役を含ましめるのがより安全である」乏5,と いっている。. わが国では純粋に使用価値であるこの"持ち家"に対し標準賃貸価格を定め,これを国 民所得計算の中に算入しているのであって,この標準賃貸価格は一種の家賃とみなしうる もので,家賃ほとりも直さず交換価値である。政府は使用価値である住宅に対し,これを 交換価値に組み替えて国民所得計算に入れているのであって,このことはわれわれの使用 価値問題に一つの足場を与えるものである。 なお現行の国民所得計算にほ算定の方法,二重計算部分のあることなど社会の資本形成 要素に関する種々の問題のあることが指摘されている26)o. 個人住宅に対するこの考え方は,家庭の生産的機能にとって本源的意義を有する使用価 値生産部分を社会の経済に連れ出す可能性を示唆するもので,純粋に使用価値である持ち 家に対し,標準賃貸価格を定めうるなら,家事労働という使用価値生産部分にたいし,何 らかの規準的価格を定めうる可能性は皆無とほいえないのである。 マルクスが個別的な具体的投下労働量を抽象して,社会的平均労働力量という価値基準 を見出したように,家事労働に対しーつの価値基準を想定すれば問題は一歩前進するので ある。多様な家事労働を地域的偏差を考慮した婦人の社会的平均的労働力量というような ものに還元することにより,ある程度解決がつくと思われるが,それは今回の論述の範囲 でないから触れないが,アメリカでは貨弊に換算されない生産(non money products)と して家事労働の生産的機能が漸く重視されるに至り,この測定のためにあらゆる計算法が 23)国民所得計算は,通貨の流通面(money Row)のみから行なうところの国民総生産であって, そこでは,交換価値のみが取り上げられ,計測不能な使用価値生産は捨象されている。 24)アダム・スミス『国富論』キャナン版p.263. 25) 258. J・R・ヒックス『経済の社会的構造』原著p. 26)金子-ルオ『生産的労働と国民所得』 p. 173,ほか.

(11) 55. 家庭の生産的磯能について 検討されている27)o. っまり家庭生活に欠くことの出来ない主婦の家事労働や,その他の家内労働ほヒックス のいうように「支払の行われうる可能性のある労働」として受け止め得るのであって,そ れは貨弊評価を通じて国民所得計算に加えうるものであり,そうすることにより,より正 確な社会の総価値生産を掴むことが出来ると考えるものである。このことは経済学におけ る家庭の受け身的立場を離脱する一つの突破口であると思われる。 経済単位として家庭がもつ私的所有の蓄積について前に触れたが,家庭の生活目的を全 うするにほ,家族の共有財産である有形の生活財(goods)ばかりでなく無形の経験,知識, 技術などの蓄積があることを忘れてほならない。それに関して最近話題になったもので高 松地裁の判決28)があるo. 裁判長は「主婦の家事労働ほ,家政婦に支払う賃金より高い価値をもつ,主婦に賃金が 払われないのはその分だけ家族の共有財産として蓄積されたものと考えるからである。」 といっており,ここで主婦の家事労働がいくらに評価されるかという問題より,主婦の家 事労働が家族の共有財産として家庭に蓄積されてゆくという解釈の仕方に注目したいので ある。使用価値としての家族のための用役の中にはこの無形の価値部分が含まれており, それほ家庭生活の特色をなす重要部分で,さらに注意せねばならぬことほ,家事労働を含 め,家庭で蓄積された経験,知識,技能はいつでも家庭外労働に転化しうる性格を持って いるという点である.. 家庭は常にその成員が社会的生産に参加しうる能力を内包しつつ生活目標に向って日々 の生活を営むもので,家族成員のそうした能力の育成は,家庭の生産的棟能と共に蓄積作 用があずかつて力のあることを忘れてはならないのである。 家庭経済の諸機能を考察するにほ,長期的な全体的な姿のなかで捉えねばならぬことを 強調したいのである.. 総. 括. 資本主義経済社会における経済主体である国家・企業・家庭ほそれぞれ追求する経済的 価値を異にする.然るに家庭は企業にその主導権をうばわれ,単に消費単位として企業の なすがままに動かされている感がある. 家庭ほ独自の経済単位として,それ自身の生活目標にしたがい経済的諸機能を考えねば ならない。そこで,家庭の経済的主体性とは如何なることを指すか,経済主体としての家 庭の追求目標は何かなどの理論的根拠をさぐり,それをどのように体系の中に組み入れる かを考察することが本稿の目的であり,その方法として家庭の経済行為の原型に立ち戻り, 27). 『Income. and. Welfare. in. the. United. States』 by. N・. Morgan,. H・. David,. J・ Cohen,. Brazer.. 28)国道改良工事で働いていた農家の主婦が発破で飛散した石にあたって即死した事件で,その主 席が家事労働や農業労働で,当然得る筈の収益と慰謝料約340万円を工事人は支払えという判 1. 決。昭43.. EI.

(12) 56. 相. 馬. 信. 子. そこから家庭における生産概念を抽出し,家庭の生産的換能は,長い歴史を通じて現在も そこに生きつづ杵ていること,その一部ほ形を変えて社会的生産への参加となり,一部は 家事労働として家庭に残り,生産的磯能を果しているので,家庭は単なる消費単位である とする決定ほ再考を要すること,家庭ほ企業を離れて独自に経済的価値体系を追求すべき こと,さらに経済学ほ,それ自体の体系のなかにこの使用価値生産部分を付け加えねばな らぬことなどを明らかにしたもので,これらは家庭経済学を学問的に組織する上での基本 的要素であると考えるものである。 なお本論文につきご指導ご助言をいただいた国学院大学の飯塚垂威教授に心から感謝を 申し上げます..

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参照

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