1 .中学校期の算数困難・障害の教育と
研究の課題
筆者は、中学校において数学科教育に携わっ てきた。チームティーチングや少人数指導など、 子ども一人ひとりに対応した指導を充実させる 流れが進んでいるが、それでも学業不振の生徒 を救いきれない現状がある。それは、小学校で の基礎的な学力の不足が原因になっていると思 われる。算数・数学は内容の系統性が明らかで あり、学習したことを積み上げていく教科であ る。実際、算数・数学では内容がわからなくな ると、学年進行に伴って学習内容の定着度や学 習意欲が低下することは、諸調査の結果からも 経験上からも明らかである。筆者は、小学校で 2 年間の勤務経験があり、少人数担当として小 学校 2 年生から 6 年生までの指導を担当したこ とがある。その中で、小学校における算数の学 習内容を把握するとともに、該当学年の学習内 容が定着していかない児童の実態も目の当たり にしてきた。では、小学校の学習内容が十分に 定着しないまま入学してきた生徒に対して、中 学校ではどのように対応していけばよいのだろ うか。算数・数学の学習上の困難や障害を抱え ている子どもたちは、大きく分けて、全体的な 理解力の問題なのか、それとも、特別の問題(LD 等)を抱えているためなのかを判断し、それに 見合った対応が必要であると思われる。そのた めには、生徒一人ひとりのつまずきや原因を把 握していく必要がある。 ところで、算数困難や障害の基準として、ど のような考えがあるのだろうか。上村(1991)は、 算数障害の基準として、教科のうち算数能力が 特に低いこと、数学の学力検査で各領域を総合 して 2 年以上の遅れが認められること、併存す る行動上の問題が目立っていることの 3 点をあ げた。そして、算数障害を持つ LD 児の出現率 は、12.6%であったと報告している。しかし、 算数障害の主要な症状や基準は未だ明確にされ ていない。その理由として、伊藤(2007)は“算 数”という言葉が指し示す範囲があまりにも広 いことを指摘している。“算数につまずきをし めす”という言葉には、計算ができない、分数 の大きさがわからない、文章題が解けない、作 図ができない、方程式が解けない、作図ができ ない、証明問題が解けないなどさまざまな症状 が含まれているからである。また、文部科学省 による LD の定義では、算数の学習において「 2中学校期における算数困難の実態と特別な
困難・障害がある生徒の特徴
― 計算能力に基づく評価とその意義 ―
今 井 俊 彦
*・黒 田 吉 孝
The Features of the Calculation Ability of the Junior High
School Students and the Educational Problems of Students
with Special Calculation Difficulty
学年以上の遅れ」が認められることを評価基準 として提案しているが、標準化された学力検査 が存在せず、その基準は明確とはいえない状態 にとどまっているとも指摘している。秋元 (2003)は、算数にかかわる機能を大きく言語 性と非言語性に分け、多様な症状を示す算数障 害の分類を試みた。そこでは、言語性能力の障 害による算数障害は数詞とその読み書き・計算 に困難を示し、視覚-空間能力の障害による算 数障害は量や図形の概念の視覚的な理解の弱さ と演算の意味理解の弱さを示すと指摘し、いず れのタイプも計算困難を示すことが示唆されて いる。さらに、秋元(2006)は、算数障害の子 どもたちが、どの程度計算ができるのかを調査 し、計算に困難を示すものの、基本的な計算は できることを指摘している。伊藤(2000)も同 じく、計算ができない状態は長く続かないこと を指摘している。伊藤(2003)は、また、算数 障害の学習困難の症状は表面化する二次的な問 題に過ぎず、計算という数の問題解決における 思考の障害がその基底にあることを示唆してい る。そして、計算を評価する際、その背景にあ る思考の問題を捉えるため、計算に使用する方 略を評価することを提案している。 算数困難や障害をしめす子どもは、LD に限 らず、ADHD 等の子どもたちにも注意をはら う必要がある。例えば、ADHD の子どもが学 習障害を併存する割合については、30 ~ 40% 前後と推定されている(宮本,2000)。三橋(1999) は、注意集中困難をもつ子どもたちの中に、算 数の学習、主に計算に問題を示すものを認め、 その学習の問題については、注意・記憶機能に 関連するものとして指摘した。秋元(2001)は、 注意集中困難をもつ LD の算数の学習困難につ いて検討し、言語性能力の障害による算数障害 の症状、視覚-空間能力の障害による算数障害 の症状とは異なる症例を報告している。このよ うに、LD の中の算数障害だけでなく、その周 辺に見られる学習に困難を示す子どもたちの問 題を幅広く考えていく必要がある。 算数障害の子どもに対する支援や指導法の研 究も、近年多く発表されるようになってきた。 熊谷(2000)は、幼児期から小学校低学年の子 どもたちを対象として、学習障害児の算数困難 の実態を健常児との比較からの実験的および事 例的に検討した。さらに、熊谷(2003)は、数 学に特に遅れのある中学生の事例を紹介し、く り上がり・くり下がりの計算指導の事例を報告 している。その他、算数障害児の症例報告や指 導事例も示されているが、中学生を対象として 数学の内容を扱ったものは、ほとんど見られな かった。その中で、小田切(2002)は、「 1 週 間に 1 度の授業と 1 日 1 題の宿題」というペー スで進むスローラーニングを提案し、数学嫌い の子どもたちに十分な時間を確保して、納得す る、わかることを実感するカリキュラムの開発 を推奨している。志水(2007)は、全員がわか る授業の創造をめざし、○つけ法、意味付け復 唱法、音声計算練習法などの指導法を紹介して いる。 これまで述べてきたことに関する論点は以下 のように整理することができる。 ①学力調査は、その学年が学習する教材を課題 として与える場合がほとんどであり、中学生 の学力について小学校の内容の定着度を調査 した研究が少ない。 ②標準化された検査法がなく、基準が明確でな いことから、学習障害児を含めた学習に困難 を示す生徒の実態を把握することが難しい。 ③算数障害についての中学生を対象とした症例 報告は少なく、学習に困難を示す中学生への 指導方法が明らかになっていない。 本研究では中学生の計算能力の実態調査をお こなうにあたり、天野、黒須(1992)が小学生 の学力を調査した学年相応の考え方を中学生に 適用する。彼らは、アメリカでよく用いられて いる学年相応という基準を利用した。これは、 1 つの学年だけに限定した問題を作るのではな く、多くの学年にまたがった問題を作成し、そ れぞれの学年の子どもから得られる平均学力を 基にして、それぞれの学年の相応学力を算出す るという方法である。学年相応という考えをと ることで、学業不振の子どもは、平均からのず れや知能によってではなく、それぞれの学年か らの遅れということで定義できる。本論では、 中学校で学習する教材を課題として与えるので はなく、小学校の算数から中学生の数学までの 幅広い内容について、計算能力の実態を把握す
る。この方法を採用することで、学習に困難を 示す子どものスクリーニングと、個々のつまず きの分析に役立てていくことができるのではな いかと考える。 また、本研究では、幅広い算数・数学の領域 の中から、計算だけに焦点を絞って研究を進め ることにする。これは、伊藤(2003)が指摘し たように、「算数障害の学習困難の症状は表面 化する二次的な問題に過ぎず、計算という数の 問題解決における思考の障害がその基底にあ る」と考えたからである。とくに、計算に困難 を示す生徒がどのような方略を使って計算する かを評価することにより、その改善の手だてを 見つけることができるのではないかと考える。 そこで、本研究の目的を次のように設定する。 ①中学生の通常の学級に在籍している生徒に対 し、数学の中でもその基礎となる計算力につ いて、小学校の算数から中学校の既習事項に 至るまでの定着状況を把握すること。 ②通常の学級において、支援を必要としている 生徒がどのくらいいるか、その中でも、「特 別な困難がある生徒」はどの段階でつまずき、 どのような支援を必要としているかを明らか にすること。 ③「特別な困難がある生徒」への指導を通し、 その改善を図るとともに、実際の学校現場に おける指導内容や方法、支援システム等を検 討すること。
2 .計算能力に基づく中学校期の算数困
難・障害の実態
ここでは、小学校のどの学年の計算でつまず いているのか、小学校の内容のつまずきが中学 校での計算の習得にどのように影響しているか を明らかにする。また、計算力の定着が弱い生 徒について、多方面から分析を加えることで、 学習障害をはじめとする発達障害の可能性を探 り、必要な支援のあり方を考えるための資料と する。 ( 1 )調査対象 A 市 B 中学校 中学 1 年生 126名、中学 2 年 生 103名、 中 学 3 年 生 117名 の 合 計 346名。 ( 2 )調査方法 調査問題は小学校 2 年生から中学校 2 年生ま での既習の計算問題である。各学年の相当課題 は、その学年での基本的な代表的な学習事項を 精選して出題した。そのため、各学年の問題数 にやや偏りがあるが、正答率に直して比較する ことにより学年ごとの特徴を明らかにする。特 に中学校においては、 1 年生の内容が基礎とな るので、中学 1 年生の問題については、20問と 最も多く出題し、その定着状況を確認したいと 考えた。なお、中学 1 年生に対しては、2007年 9 月時点での既習の内容までとした。 ( 3 )学年別問題の中学 1年、2年、3年の正答率 ①小学校 2 年生の問題についての分析 小学校 2 年生の代表的な学習事項は九九であ る。九九の定着状況を見るために、 6 以上の数 を使った九九の計算を 6 問出題した。また、繰 り上がりのある足し算、繰り下がりのある引き 算をそれぞれ 1 問ずつ出題した。加法・減法の 基礎的な計算は、小学校 2 年生で最終となるが、 かけ算・わり算の筆算で活用していくことになる。 表 2 - 1 は、小学校 2 年生の問題の学年別正 答率である。 この表から、九九については、大半の生徒が 表 1 - 1 小学校 2 年生の問題の学年別正答率定着していることがわかる。全くわからないと いう生徒はいなかったが、各学年数名の生徒は、 1 ~ 2 問の間違いがみられた。また、九九よ りも足し算・引き算での誤答が多く、特に繰り 下がりのある引き算は、 1 年生・ 3 年生におい ては 1 割弱、 2 年生においては 2 割弱の生徒が、 正答できなかった。これは、小学校 4 年生のわ り算の筆算の計算に影響を及ぼすことになる。 ②小学校 3 年生の問題についての分析 小学校 3 年生では、あまりのないわり算を 2 問、あまりのあるわり算を 2 問、かけ算の筆算 を 2 問、それぞれ出題した。ここでも九九の定 着とかけ算の逆の考え方を使ったわり算の概念 の理解が必要とされる。小学校 3 年生の問題の 学年別正答率を表 1 - 2 に示した。 1 の⑨と⑩は、中学校では分数で表すこと が多く、75―9 や 58―8 などの解答も多かった。それ ぞれ約分が必要となり、⑨の正答は 25―3 、⑩の 正答は 29―4 である。表 1 - 2 を見ても、 1 の ⑨と⑩の正答率が他に比べると低くなっている が、学年が上がるごとに正答率が高くなってい る点から、学年が上がるにつれて分数に習熟し ていくことがわかる。 また、 1 の⑰と⑱を比較すると各学年とも 10%程度の正答率が低下している。( 1 位数) ×( 2 位数)が( 2 位数)×( 2 位数)になる ことで、かけ算とともに繰り上がりの足し算も 行う必要が生じたためと考えられる。 ③小学校 4 年生の問題についての分析 小学校 4 年生では、小数の加減の計算、整数 の加減乗除の混合算、わり算の筆算を出題した。 表 1 - 3 の正答率を見ると、 1 の⑪で、正答 率が90%を超えているのに対し、⑫で少し低下 している。これは、(整数)-(小数)となっ ており、整数同士、小数同士の計算に比べ、混 乱する傾向が見られる。⑬は、乗除の計算が加 減の計算に優先するという計算法則の理解を問 うものであるが、90%前後の正答率であった。 これは、中学校の計算においてもたびたび出て くるものである。しかし、⑭になると⑬に比べ て20%~ 30%の正答率の低下が見られた。こ れは、かっこの中、かけ算、足し算という計算 の順序が、あまり見慣れない計算であったこと が考えられる。 わり算の筆算の問題では、⑲の( 3 位数)÷ ( 1 位数)で、80%を下回り、⑳の( 3 位数) ÷( 2 位数)では、各学年ともに50%を下回っ てしまう。つまり、わり算の計算の定着状況は、 他の四則計算に比べて極端に低いことがわかる。 ④小学校 5 年生の問題についての分析 小学校 5 年生では、分数の足し算、引き算、 小数のかけ算、わり算、小数から分数への変換、 分数から小数への変換について出題した。表 1 表 1 - 2 小学校 3 年生の問題の学年別正答率 表 1 - 3 小学校 4 年生の問題の学年別正答率
- 4 の正答率を見ると、 2 の⑤が、やや低い 数値を示している。2.5× 4 を先に計算するこ とにより10を導きだし、6.2×10を計算すると いう計算の工夫ができるかを見る問いであった が、左から順に計算するという計算法則をその まま使った生徒が多く、そのため誤答が多かっ たものと思われる。 2 の⑧では、各学年ともに50%を下回る結 果となった。 2 の⑥、⑦に比べ、⑧の正答率 が低いのは、⑥、⑦が割り切れるのに対し、⑧ は割り切れないために、その計算処理が困難な 生徒が多いことを示している。 3 については、小数を分数に直す計算であ るが、0.26を とする誤答が非常に多く見ら れた。方法としては正しいのであるが、 13―50 と 約分することを忘れている生徒が多かったと考 えられる。 ⑤小学校 6 年生の問題についての分析 小学校 6 年生では、分数の四則計算を中心に 出題した。通分や約分の必要なものも混ぜて、 適切な計算処理能力を見る問題とした。また、 6 は比の計算、 7 は最小公倍数を求める計算 を出題した。いずれも中学校の数学においても、 必要となるものである。 表 1 - 5 を見ると、ほぼ 8 割の生徒について は分数の計算ができていることがわかる。だだ し、中学 2 年生については、いくつかの問題で 8 割を下回っている。最も正答率の低かった問 題は、 5 の③である。これは、 3―8 -―8 =1 ―28 と する誤答がほとんどであった。他の問題にも約 分を必要とするものがあるにもかかわらず、こ の問題の正答率が低いのは、「約分ができない」 というより、「約分するのを忘れていた」生徒 26 100 表 1 - 4 小学校 5 年生の問題の学年別正答率 表 1 - 5 小学校 6 年生の問題の学年別正答率
が多かったのではないかと考えられる。 また、 6 と 7 において、 3 年生の正答率が 低くなっている傾向が見られるのは、学年進行 とともに比の計算や最小公倍数についての知識 を、忘れてしまっているのではないかと思われ る。 ⑥中学校 1 年生の問題についての分析 中学校 1 年生では、正の数・負の数の計算、 文字を含む式の計算、 1 次方程式の計算につい て出題した。正の数・負の数の計算では、小学 校 5 ・ 6 年生の学習の定着を見るために、小数 や分数を含む計算を 4 問取り入れた。また、 1 次方程式の計算でも小数と分数を含むものを 1 問ずつ取り入れた。 表 1 - 6 の中で、正答率の低かったのは、 8 の④である。これは、通分を必要とする分 数の計算で、正答が負の数になるものである。 ⑧は整数同士のわり算ではあるが、そのまま計 算すると割り切れず、分数で表さなければなら ないものである。わり算を計算して、割り切れ ないために、処理の仕方がわからなかった生徒 が多かった。やはり、整数の計算のみで対応で きる問題に比べ、小数や分数が含まれている計 算になると正答率は低下してくる。この傾向は、 1 次方程式においても同様である。 ⑦中学校 2 年生の問題についての分析 中学校 2 年生では、多項式の計算、連立方程 式の計算について出題した。多項式の計算につ 表 1 - 6 中学校 1 年生の問題の学年別正答率
いては、10の③の指数の計算、④の分数を含む わり算で、やや低い傾向を示したが、その他に ついては概ね80%以上の正答率であった。連立 方程式では、係数をそろえるかけ算が必要な11 の③や、さらに小数が含まれている④など、計 算の手順が複雑になるほど、正答率は下がって くる。 ( 4 )中学 1 年、2 年、3 年の問題別正答率比較 表 1 - 8 は、各学年ごとに問題別に正答率の 平均を出したものである。各学年ともに、小学 2 年生の問題から小学 5 年生の問題にかけて、 正答率の平均は低下していくが、小学校 6 年生 の問題から中学校 1 年生の問題でやや持ち直す 傾向を示す。これは、わり算や小数の理解が不 十分な生徒が多いことを示している。また、小 学校 6 年生の問題から中学校 1 年生の問題でや や持ち直す傾向を示すのは、既習事項が記憶に まだ残っているということも考えられる。 1 ・ 3 年生の比べると、 2 年生の平均が低い特徴が みられる。 ( 5 )計算能力からみた中学校期の特徴 各学年ともに、小学 2 年生の問題から小学 5 年生の問題にかけて、正答率の平均は低下して いくが、小学校 6 年生の問題から中学校 1 年生 の問題でやや持ち直す傾向を示す。これは、わ り算や小数の理解が不十分な生徒が多いことを 示している。中学生が最も苦手としていた計算 は、わり算であった。特に割りきれない場合の 処理の仕方がわからない生徒が半数以上であっ たことは危惧される。中学校の数学では、わり 算は実際に計算し整数または小数の商として表 す場合もあれば、a ÷ b = a―b という形で分数に 直して処理される場合も多くなる。さらに分数 に直した場合には、約分する作業を伴う場合が 多い。調査結果からは、約分そのものができな い生徒は少ないと思われるが、最終的な処理の 段階で忘れてしまう生徒は非常に多かった。ま た、小数を含む計算については、小数点を揃え たり移動したりする必要が生じるため、基礎と なる四則計算が定着していないと、さらに混乱 を招き正答率が下がってくると推測される。 また、小学校 6 年生の問題から中学校 1 年生 の問題でやや持ち直す傾向を示す理由として、 分数の計算の中では先ほど指摘したわり算をす る必要がなく、計算法則さえ理解できていれば 比較的容易であると考えられる。また、学習し て間もないことから、既習事項が記憶に残って いるということも考えられる。中学校における 数学では、正負の数、文字式、方程式など新し い概念や計算法則が導入されるが、整数を中心 に定着を図っていく。小数や分数については、 「複雑な計算」として扱い、あまり時間をかけ て扱っていない。したがって、中学校における 計算はできるが、小数や分数、あるいは筆算を 使っての計算などは、忘れてしまっているとも 考えられる。 表 1 - 7 中学校 2 年生の問題の学年別正答率 表 1 - 8 各学年の問題別正答率平均
3 .計算能力の下位群の生徒の分析
計算能力調査から全般的な中学生の計算能力 の実態を明らかにしてきた。ここでは、小学校 2 年生から該当学年までのいずれかの問題につ いて正答率が半分に満たなかった生徒を対象と して、これらの生徒に見られる特徴を明らかに する。さらに、その中でも「特別な困難がある 生徒」について、つまずきの様子や原因を詳細 に分析し、指導につなげていくことを目的とす る。 ( 1 )対 象 計算能力実態調査において、小学校 2 年生か ら該当学年までのいずれかの問題について正答 率が半分に満たなかった生徒で、中学 1 年生23 名、中学 2 年生23名、中学 3 年生21名、合計67 名である。 ( 2 )調査方法 ①計算能力実態調査からの分析、②平成19年 度 1 ・ 2 学期の定期テスト結果や評定との比較、 ③特別な支援を必要とする生徒についての分析 ( 3 )下位生徒における学年別問題の困難性の 特徴 表 2 - 1 は、中学 1 年生で学年の問題ごとの 正答率が50%未満であった生徒を一覧表に示し たものである。アルファベットが同じものは、 同一の生徒を表している。例えば、A は小学 4 年生の問題は、正答率が50%未満であったが、 小学 5 年生以降では50%を超えている様子がわ かる。B は小学 4 年生以降すべての学年の問題 で正答率が50%未満であったことを表している。 表 2 - 1 では、現在の中学 1 年生の問題での 正答率が50%未満である生徒が10名いることが わかる。この中でも B については、小学 4 年 生以降でつまずいており、C・D・E・F につ いても、ほぼ同様に授業について行くにはかな りの困難があると考えられる。J については、 小学 5 年生以降でつまずきが見られ、小数・分 数の計算が苦手である様子が覗え、この 6 名に ついては、何らかの支援が必要であると思われ る。 T・U・V・W については、小学 5 年生まで の内容をクリアしているならば、現在の内容を よりていねいに指導することで改善が図れると 考えることができる。また、A・G・H・I・K・ L・M・N・O・P・Q・R・S については、部分 的な落ち込みはあるものの、現在の状況は良好 であると考えられる。ただ、わり算、小数、分 数など部分的に苦手とするものがあるので、補 充的な学習で改善を図る必要があると考えられ る。 さらに、つまずきの程度を見るために、表 2 ― 2 では、それぞれの生徒の正答率を一覧表に した。これを見ると、B・C・D・E・F・J の 6 名は要支援と考えられる。また、G・K・L・ V についても、50%以上はクリアしているもの のいずれも低い水準であることから支援が必要 と考えられる。R と S は、 1 ページ分が無回答 であったことから、問題をとばしてしまったと 考えられる。T・U については、急激な落ち込 みが見られるため、生活面での変化などが予測 できる。 表 2 - 1 中学 1 年生で学年の問題ごとの正答率が50%未満の生徒一覧表表 2 - 3 中学 2 年生で学年の問題ごとの正答率が50%未満の生徒一覧表
表 2 - 3 は、表 2 - 1 と同様にして中学 2 年 生で学年の問題ごとの正答率が50%未満であっ た生徒を一覧表に示したものである。 これを見ると、現在の中学 2 年生の問題での 正答率が50%未満である生徒が17名である。し かも、A は小学 2 年生から、B・C は小学 3 年 生からずっと50%をクリアできない状態が続い ている。また、D・E・F・H・I・J・K は、小 学 4 年生以降でつまずいており、支援を要する 生徒はかなり多いと思われる。 表 2 - 4 の正答率一覧表を見ると、さらに深 刻な学習困難の状況が見られる。中学 1 年生で 表 2 - 5 中学 3 年生で学年の問題ごとの正答率が50%未満の生徒一覧表 表 2 - 6 中学 3 年生の下位生徒の正答率一覧表
は正答率が30%未満の生徒は、中 1 の問題で 3 名であったが、中学 2 年生では中 1 の問題で10 名、中 2 の問題では11名にものぼった。授業で の支援が必要と思われる生徒は、先程の10名に 加 え、L・M・N・T・U・W あ た り も、 何 ら かの支援が必要ではないかと考えられる。 表 2 - 5 は、同様に中学 3 年生で学年の問題 ごとの正答率が50%未満であった生徒を一覧表 に示したものである。 これを見ると、中 2 の問題での正答率が50% 未満である生徒が11名である。小 2 ・小 3 の問 題で正答率50%未満の生徒はおらず、小 4 の問 題でつまずき始めた A・B・C・D・E・F、小 5 からの K の 7 名あたりが、支援の必要な生 徒と言えるだろう。 表 2 - 6 の正答率一覧表からは、上記の 6 名 に加え、H・S・T・U あたりも、支援の対象に なってくると思われる。正答率が30%未満の生 徒は、中 1 の問題で 4 名であったが、中 2 の問 題では 6 名に増えた。また、全体的に50%はク リアしているものの、かろうじて50%・60%あ たりをキープしている生徒が多く、全体として の指導をていねいにおこなっていく必要がある。 ( 4 )下位群生徒における小学 4 年生時の算数 学習の問題 3 学年を通して、小学 2 年生、 3 年生の問題 で、正答率が50%未満の生徒は 3 名で、いずれ も中学 2 年生であった。この 3 名は小学 4 年生 以降の問題すべてに50%を上回っていない。 小学 4 年生の問題で正答率が50%未満の生徒 は、中 1 で 9 名、中 2 で12名、中 3 で10名であっ た。中学 1 年生の 9 名に関しては、そのうちの 4 名が 5 年生以降の問題で持ち直す傾向を示し たが、残りの 5 名は、 5 年生の問題でも低い正 答率にとどまり、中学 1 年生でも改善されてい ない。中学 2 ・ 3 年生の22名に関しては、 3 名 が中学 2 年生の問題で正答率50%を上回るにと どまり、その後の学習に大きな影響をおよぼし ている。 中学校 1 年生の中で、中学校 1 年生の問題で 正答率が50%未満の生徒は10名であった。その 中の 7 名は、小学 4 年生の問題の正答率が50% 未満である。後の 5 名のうち、 1 名は小 5 から、 1 名が小 6 から、 3 名が中 1 から、正答率が低 くなる傾向を示している。 中学校 2 ・ 3 年生については、中学校 2 年生 の問題で正答率が50%未満の生徒は28名であっ た。その中で小学校 2 年生の問題から正答率が 低く、それ以降も正答率が低くとどまっている 生徒が 1 名、同様に小学校 3 年生の問題から低 くとどまっている生徒が 2 名、小学校 4 年生か らが14名、小学校 5 年生からが 2 名、小学校 6 年生からが 1 名、中学校 1 年生からが 1 名で あった。また、小学校 4 年生の問題のみ低くと どまっている生徒が 2 名、小学校 5 年生の問題 のみ低くとどまっている生徒が 1 名、残りの 1 名は問題をやり忘れていたのではないかと考え られる。この結果からも、小学校 4 年生の問題 が、その後の結果に大きな影響を及ぼしている と考えられる。 小学校 4 年生の問題としては、基本的な小数 の加法・減法、四則混合計算、わり算の筆算を 出題した。基本的な小数の加法・減法ができな い生徒は、小数の概念的理解が不十分であると 考えられることから、 5 年生における小数の四 則計算や、中学校の正負の数や方程式の計算に 小数が含まれると正答することが困難になると 考えられる。また、四則混合計算は、乗除の計 算は加減の計算に優先するといった計算の決ま りの理解が問われる。これも不十分であれば、 中学校の正負の数の計算等が困難になる。また、 わり算の筆算は、商を見積もりたてる・かける・ ひく・おろすといったアルゴリズムに基づく計 算である。この基本的なアルゴリズムの理解が 不十分であれば、中学校での一次方程式や連立 方程式を解くためのアルゴリズムの理解も困難 になると考えられる。このように考えると、中 学校における計算力の基礎となる要素が、小学 校 4 年生の学習の中に多く含まれているように 考えられる。 ( 5 )平成19年度 1 ・ 2 学期の定期テスト結果 や評定との比較 平成19年度の 1 ・ 2 学期の定期テスト 4 回分 の平均点と、授業担当者からの聞き取りで、授 業についていくことが困難で支援が必要であろ う生徒をリストアップしたものを、表 2 - 2 、
表 2 - 4 、表 2 - 6 の右にそれぞれ掲載した。 中学 1 年生23名の数学の定期テスト 4 回分の 平均点を調べたところ、20点台の生徒は 2 名、 30点台の生徒は 9 名、40点台の生徒は 6 名、50 点台の生徒は 4 名、60点以上の生徒は 2 名であっ た。 5 段階評定では、定期テストの平均点が50 点以上の 6 名の生徒は、いずれも評定 3 であっ たが、それ以外の生徒は、 1 または 2 であった。 中学 2 年生23名では、定期テスト 4 回分の平 均点が10点未満の生徒が 4 名、10点台の生徒は 6 名、20点台の生徒は 4 名、30点台の生徒は 4 名、40点台の生徒は 3 名、50点台の生徒は 2 名 であった。 5 段階評定では、評定 3 以上の生徒 が 6 名含まれていたが、あとはすべて 1 または 2 であった。 中学 3 年生21名では、定期テスト 4 回分の平 均点が10点台の生徒は 5 名、20点台の生徒は 2 名、30点台の生徒は 9 名、40点台の生徒は 5 名 であった。これらの生徒はすべて、 5 段階評定 では 1 または 2 であった。 評定 3 以上の生徒は、基礎学力定着調査にお いては、小学校 2 年生から該当学年までのいず れか 1 学年のみ50%以下になっているが、あと は高い正答率を示している。つまり、下位生徒 群の中でも、比較的学力が高い様子がうかがえ る。しかし、他の生徒については、中学校にお ける定期テストや評定においても、下位にとど まっている。 また、授業担当者からの聞き取りから、授業 についていくことが困難で支援が必要であろう 生徒は、全て下位群の生徒の中に含まれていた。 計算能力実態調査において、授業についていく ことが困難と判断した生徒の中で、授業担当者 も同様の見解を示した生徒は、 1 年生について は 6 名中 5 名、 2 年生については16名中10名、 3 年生については11名中 6 名であった。授業担 当者が授業についていくことが困難と判断した 生徒は、そのほとんどが計算能力実態調査の分 析からも同様の判断が出来ることになる。これ らの結果から、小学校での学習内容が定着して いないことが、中学校での学習内容の定着にも 大きな影響を及ぼしていることがわかる。授業 についていくことができると判断した生徒でも、 計算能力に部分的な落ち込みが発見できたこと も、この調査の成果といえる。
4 .特別な支援を必要と思われる生徒の
特徴
ここでは、特別な支援が必要だと思われる中 学 2 年生を対象に個々に誤答の特徴などを分析 した。 A は、九九の問題 6 問中 3 問が正答、残り の 3 問が誤答、あとの問題はすべて未記入で あった。この生徒については、家庭環境の要因 が強いと考えられており、小学校の頃から学習 習慣が身についておらず、知的障害の疑いもあ る。学習面だけでなく、生活・行動面において も課題を抱えている生徒である。学習に向かう 意欲を育てていく必要のある生徒であると考え ている。 B ~ D の 3 名については、定期テストの平 均がいずれも 1 桁の生徒である。授業中は、課 題に取り組もうとするが自力解決が難しく、説 明も理解できないまま板書を写しているだけに なってしまっている。誤答を分析すると、小 2 の問題では繰り下がりのある引き算、小 3 の問 題ではあまりのあるわり算からつまずいている ことがわかった。また、これらの生徒は無記入 の解答が多いので、細かな誤答の分析は出来な かったが、問題を解く意欲もあまり見られない ように感じられた。要支援となっている残りの 6 名も、そのうち 4 名が繰り下がりのある引き 算での誤答が見られた。B と D については、 知的障害または境界線の知能である疑いがある。 C については、ADHD と LD の疑いが指摘さ れている。 E については、四則計算の方法は理解してい るように思われるが、いろいろな計算でミスが 多く自信のなさが伺える。指導者がついて繰り 返し取り組むことで改善していく可能性は大き いと思われる。F は繰り上がりの足し算でミス があり、その影響で筆算を使う計算が不十分で あった。また、わり算も基本的な理解ができて いない。H は、整数の四則計算までは理解でき ているが、小数の扱いやいろいろな計算法則の 理解が不十分である。中 1 の問題でも正の数・ 負の数の計算法則が不十分であった。I は、繰り下がりの引き算と九九を間違って覚えている ものがあり、そのためかけ算やわり算の筆算で も誤答が見られた。また、分数の理解が不十分 である。M は、繰り下がりのある引き算をはじめ、 筆算を使う計算はほとんど誤答であった。筆算 の計算の仕方を忘れてしまっていると思える。 U については、繰り下がりの引き算は正答し ているのに、繰り上がりの足し算は間違えてい たり、( 2 桁)×( 2 桁)の計算は正答である のに、( 1 桁)×( 2 桁)の計算で間違えるな どのアンバランスが見られる。また、わり算に ついては、小学 3 年生のあまりのあるわり算か ら、すべてが誤答であった。中学校の問題につ いては、整数の問題は正答が多いが、小数や分 数が混じった計算はほとんどが誤答であった。 これらの生徒については、授業の担当者から 授業の様子や学力の定着について、聞き取りを おこなうとともに、授業観察もおこなった。 A、B、C、D の生徒については、授業内容 を理解することが、困難であるとのことであっ た。A については、授業中も落ち着いて学習 に取り組めず、忘れものも多い。学習内容が分 からないためか、手遊びをしていたり、居眠り をしている様子も見られた。B については、授 業中は一生懸命ノートを取っているが、書く作 業だけに集中し、内容は理解できていない様子 であった。C については、板書をノートに写す 作業に時間がかかっており、教師が次の説明に 移っていても、まだ書いている状態であった。 時折集中力が切れ、何もせずに過ごしている様 子も見られた。D については、B と同様に話を 聞いて、ノートも取っているが、演習になると わからないまま止まっていることが多い。他の 生徒については、授業の内容や説明は理解でき、 授業への取り組みもできていた。 分析をおこなった結果、個々の生徒の誤答の 特徴が明らかになり、改善の方法も考えること ができた。授業の中で常に意識して指導に当た ることは難しいかもしれないが、生徒の苦手と する内容を知り、授業の中で既習事項の復習を 取り入れたり、個々にアドバイスすることがで きる。このように少しでも個々のつまずきに応 じた指導ができれば、学力を伸ばしていける生 徒も出てくるのではないかと考えられる。 しかし、小学校 4 年生までの課題で大きなつ まずきが見られた 4 名については、授業だけの 支援では、改善していくことはかなり厳しいの ではないかと思われる。今後、さらに詳細に分 析をした上で、改善を図っていく必要がある。 *元滋賀大学教育学研究科院生。本論は今井の修士 論文の一部を加筆訂正したものである。 文 献 天野清・黒須俊夫(1992)小学生の国語・算数の学力 , 秋山書店 国立特殊教育総合研究所(1995)教科学習に特異な 困難を示す児童・生徒の類型化と指導法の研究 国立特殊教育総合研究所(1999)学習困難児の指導方 法に関する実証的研究る学習上の困難を有する児 童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議 国立特殊教育総合研究所(2003)学習障害児の実態 把握,指導方法,支援体制に関する実証的研究 上村菊朗(1991)計算(算数)能力の特異的障害 , 教育と医学,11, 26-32 伊藤一美(2007)算数の学びの支援 , 発達,No.110, vol.28, 14-20 秋元有子(2003)算数障害のサブタイプ-記号とそ の意味の観点から,LD -研究と実践,第12巻第 2 号,153-157 秋元有子(2006)計算の評価-課題と呈示についての 検討,日本 LD 学会第15回大会論文集,272-273 伊藤一美(2000)算数障害のこどもが示す計算困難 の症状-数行動の観点からの分析,日本 LD 学 会第10回大会論文集,88-91 伊藤一美(2003)算数障害の評価と指導-算数障害 児が示す困難の症状を評価する,LD 研究,第12 巻第 2 号,157-160 宮本信也(2000)注意欠陥・多動障害,小児の精神 と神経,40( 4 ),255-264 三橋美典(1999)注意と記憶の障害-認知心理学・ 生理心理学的に見た LD と注意欠陥多動障害-, 小児の精神と神経,39( 1 ),41-49 秋元有子(2001)注意集中困難をもつ LD の算数の 学習困難,白百合女子大学発達臨床センター紀 要 , 第 4 号,59-63 熊谷恵子(2000)学習障害児の算数困難,多賀出版 熊谷恵子(2003)数学に特に遅れのある中学生の計 算指導,「LD & ADHD」,No. 7 ,20-23 小田切忠人(2002)学習障害サスペクト児の数学学 習(事例研究)Ⅴ-数学学習の可能性と学習困 難-,琉球大学教育学部障害児教育実践センター 紀要,No. 4 , 51-70 志水廣(2007)「愛」で育てる算数数学の授業,明治 図書