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廃食用油再生せっけん(岡部昭二教授退官記念論文集)

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廃食用油再生せっけん

鮫  島  和  子

はじめに  農林水産省は1991年2月に「廃食用油回収・再利用システムーガイドライ   1) ンー」を作成し,1991年4月からは「廃食用油リサイクルモデル推進事業」 に取り組みはじめた。中央官庁がここに至るまでの背景に,全国各地における さまざまな住民運動があった。特に廃食用油からの「せっけん製造」について は消費者運動,環境運動(自然保護運動)などを通しての,いわゆる「合成洗 剤追放運動」ならびに「せっけん運動」の辿った20年以上の歩みを見逃すこと はできない。  近年,地球規模の環境問題に対する国民の意識が高まり,身近な環境問題, 廃棄物問題についての関心もようやく高まってきている。また1989年に「エコ マーク」認定制度が発足し,1990年には「水質汚濁防止法」の一部改正,1991 年4月には「再生資源の利用の促進に関する法律(リサイクル法)」の制定,同 年10月には「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の一部改正などが実施され, 「環境保全型・循環型社会システム」の構築に向けて,少しずつ各省庁の重い 腰も上がってきた。改正された「水質汚濁防止法」では,生活排水対策に関す る条項が追加されて,国民の責務が明らかにされた。国民の責務として「何人 も,公共水域の水質保全を図るため,調理くず,廃食用油等の処理,洗剤の使 用等を適性に行うよう心がけるとともに,国または地方公共団体による生活排 1)農林水産省食品流通局食品流通課・環境庁水質保全局水質規制課;厚生省生活衛生局水 道環境整備課監修「廃食用油の回収・再利用システムーガイドライン  」,pp.1∼62,  (1991)a

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118  岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) 水対策の実施に協力しなければならない」としており,廃食用油は水質汚濁防 止法によって,適正に処理しなければならない物質として規定されている。こ れを受けて環境庁でも1991年から生活排水対策の一環として,「廃油回収・石け ん再生施設などの整備助成」のための予算を計上している。  そのまま環境に放出すれば水質汚濁を増大させる廃食用油は,せっけん,飼 料,肥料,燃料等の原料として利用できる。揚げ物に使用した油は,妙め物な どによって使いきるのが原則である。しかし,台所の流し台から安易に流すこ とに少しも疑問を感じない人たちが多い。都市部の河川の汚濁は生活排水によ るところが多く,中でも油は最も環境負荷の高い物質である。さらに,外食産 業の増加にともなって,廃食用油の量は年々増加しているにもかかわらず,回 収業の採算割れによる回収手数料の高騰,回収業の廃業が相次いで,逆流通, 静脈産業の道が断たれかねない状況が発生してきた。「環境保全型・循環型社会 システムの構築」の必要性が高まっている時に,全く逆行する現象が起きはじ めている。大量生産∼広域流通∼大量消費∼大量廃棄の経済構造の中で,便利 さを求め続けることや,使い捨ての生活に慣れることに疑問を持ち,加えて自 らが加害者となるような環境問題に気がついた人々による住民運動が,さまざ まな形で展開されている。「廃食用油再生せっけん」に関連した運動はその代表 的なものと言えよう。  筆者は1972年から,札幌学院大学で環境問題を講じてきたが,1985年から, 共同研究として「日本における廃棄物処理による汚染状況および廃棄物処理方 法の調査」を続けてきた。この間,札幌学院大学研究促進奨励金を受け,さら にユ987年から4年間,日本私学振興財団より,「特色ある教育研究」として,補 助金を受けながら研究を進めてきた。  本報告は共同研究の小テーマとして筆者が設定した「廃食用油の処理とリサ イクル」に関する調査の結果を軸として,「廃食用油再生せっけん」をめぐる諸 問題について,若干の考察を加えたものである。

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廃食用油再生せっけん  119 1 調査地と調査工場  1985年から1991年までに調査した「廃食用油再生せっけん」工場は第1図お よび第1表に示す13工場である。残念ながら,豊中市のエーゼット作業所は販 売ルートが断たれて,現在では閉鎖している。旭川市の旭川ミートでは,動物 解体時に出る廃脂を利用しているので,いわゆる「廃食用油再生せっけん」で はないが,捨てる獣脂を利用する点と住民運動とのかかわり方において,類似 点が多いので,加えてある。 II 「廃食用油再生せっけん」小史  1.「廃食用油再生せっけん」の誕生(1970年代)  天ぷらやフライなど揚げ物に使用した後の廃食用油を回収して,粉ぜっけん を製造する運動は,琵琶湖に大規模な赤潮が発生した1977年に,「琵琶湖を汚さ ない消費老の会」と「㈱マルダイ石鹸本舗」が手を結ぶことによって始められ た。最初は運動体の回収した廃食用油を現マルダイ石鹸本舗の社長と工場長の

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120  岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号)          第1表 調査工場の概要(製造開始年順) 製造元 製造方法 商品名 製造開始年 月産(の ㈱マルダイ石鹸本舗 @ 滋賀県大津市 高温炊き込み法 @(直火) マルダイ粉せっけん @びわこ 1978 30 松山生活学校グループ @ 愛媛県松山市 塩析法 @(スチーム) 生活学校天然せっけん 1979 6 ㈱旭川ミート @ 北海道旭川市 低温炊き込み法 @(直火) 純性粉せっけん 1979 2 ㈱まるは油脂化学 @ 福岡県久留米市 高温炊き込み法 @(直火) 手洗い用粉せっけん 1979 7 エーゼット作業所 @ 大阪府豊中市 塩析法 @(スチーム) 天然粉せっけん 1980 1988年に閉鎖 ㈱ペカルト化成 @ 北海道旭川市 低温炊き込み法 i活性炭処理・直火) シノハラ粉せっけん 1980 16 ㈱南油脂 @ 北海道小樽市 塩析法 @(スチーム) 粉せっけんせせらぎ 1981 6 社会福祉法人ゆたか 沁ヮOつゆはし作業所 @ 愛知県名古屋市 高温炊き込み法 @(直火) ホカホカせっけん 1983 10 ㈲ミヤデン化学 @ 北海道北見市 低温炊き込み法 i白土処理・直火) パワーソープ 1983 5 ㈱手賀沼せっけん @ 千葉県柏市 高温炊き込み法 @(直火) せっけんの街 1985 16 水俣せっけん工場 @ 熊本県水俣市 高温炊き込み法 @(直火) 水俣粉せっけん @しらぬひ 1987 5 ㈱川崎市民石けん vラント @ 神奈川県川崎市 低温炊き込み法 i自土と活性炭処理 @ ・スチーム) きなりっこ 1990 6 ㈲タカシマ @ 北海道釧路市 低温炊き込み法 @(直火) タカシマの粉せっけん 1991 2 仲介で,山口県で業務用の廃食用油から再生せっけんを製造していた工場で製 品化してもらい,滋賀県で消費する形の運動であった。1977年,山口県の製造 元が倒産したので,滋賀県に工場をつくることになった。ここでの製造法は倒        2) 産した山口県の石鹸工場から伝授された「高温炊き込み法」である。  その後も相次いで発生する琵琶湖の赤潮に滋賀県のさまざまな住民運動体が 琵琶湖を守ろうという点で一致し,行政も巻きこんだ「琵琶湖を守る粉せっけ 2)琵琶湖を考える会編「よみがえれ琵琶湖」,p.8, p. 60,(1981)。

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       廃食用油再生せっけん  121 ん使用推進運動」県連絡会議に発展,それが1979年の「琵琶湖の富栄養化防止 に関する条令」の県議会可決,1980年施行につながったと思われる。  1960年代から各地で展開されていた「合成洗剤追放運動」の方向は1970年代 後半には「粉ぜっけん使用推進運動」の形態をとりはじめていたが,滋賀県の ように消費者団体と製造業者が共同して,「消費∼廃棄∼再生∼消費」の循環を 完結させる運動ではなかった。現在,多様に展開しているリサイクル運動の先 駆的な運動であったといえる。リン規制だけでは不十分という批判はあったも のの,この条令制定が,日本各地のさまざまな住民運動に影響を与えた。  滋賀県に「廃食用油再生せρけん(以下再生せっけんという)」工場が誕生し た翌年の1979年,四国にも再生せっけん工場が出来た。愛媛県松山市の「松山 生活学校グループ」によって作られたこの工場は,生ゴミの減量化から出発し たせっけん作りで,琵琶湖の運動とは異なっている。生ゴミの減量法として堆 肥化を始めたが,農家から合成洗剤が混じっている堆肥は使えないというクレ ームがついたのがきっかけとなり,せっけん運動に発展したという。そのまま 捨てれば水にも土にもよくない影響を与える廃食用油から再生せっけんを作れ ば一石二鳥だからと,製造を始めたという。あくまでもゴミ問題から出発した 独自の運動である。松山での製造法は「塩析法」であり,滋賀県での「炊き込 み法」とは異なっている。生活学校グループの女性が交替で作業する形態であ り,運動体自体が生産者であり消費者である。廃棄物処理業者の敷地を借りて 建てられた小屋で,小規模ではあるが着実に生産されている。この運動には販 売ルートの面で,地方自治体が協力する形をとっている。  1979年に製造を開始した「旭川ミート」は精肉加工の過程で出る獣脂を原料 にした粉石けんで,厳密には廃食用油再生せっけんではないが,加工過程で大 量に発生する獣脂を利用しているのでリサイクル石けんとも考えられる。製造 法は「炊き込み法」である。自然保護団体が販売ルートの一つになっている。 2.福祉活動への広がり (1980年代前半) 前に述べた松山での活動を新聞記事で知った豊中市の「エーゼット作業所」

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122  岡部昭二教授退宮記念論文集(第279・280号) では,1980年に松山と同じ「塩析法」によって,軽度の障害者による再生せっ けんの製造を開始した。廃食用油の回収,再生せっけんの製造,配達まですべ てを軽度障害者の手で進めていた。さらに各地の施設に製品を送って袋詰作業 をしてもらっているという説明を聞いて,再生せっけん製造が消費者運動や環 境運動などの住民運動に止まらず,福祉活動にまで輪を広げることのできる可 能性を知った。市の指定商品になり,年産50トンにもなっていたこの作業所は 市の協力が打ち切られたとのことで,残念なことに1988年閉鎖された。  久留米市の「まるは油脂」は戦前から続いている石けんメーカーであるが, 1979年から「合成洗剤追放久留米市民の会」と連携をとり,市民の集めた廃食 用油を材料にして業務用の「手洗い三三せっけん」を開発,ユ980年には市民の ために「ミニ釜(小型のケン化釜)」を開発して,市民自ら再生せっけんを作れ るようにマニュアルを作成した。現在,この「ミニ釜」ユ5台が障害者の福祉施 設で,「高温炊き込み法」による再生せっけんの製造に使用されている。  ユ983年に製造を開始した名古屋市の「社会福祉法人ゆたか福祉下つゆはし作 業所」も廃食用油の回収,せっけん製造,販売までを軽度の障害者たちによっ て進めている。「つゆはし作業所」は滋賀県の「マルダイ石鹸本舗」の直接指導 による「高温炊き込み法」による製造で,現在も順調に生産が伸びている。  3.「琵琶湖につづけ」運動との連帯(1980年代前半∼)  1980年代に入ってから,全国各地で「琵琶湖につづけ」をスローガンにかか げて,合成洗剤を追放してせっけん使用を促進しようという運動が活発に展開 された。1981年,「手賀沼を守ろう!合成洗剤追放市民会議」の直接請求によっ て「我孫子市石けん利用推進対策審議会の設置および運営に関する条令」が我 孫子市議会で修正可決,茨城県議会で「霞が浦,富栄養化防止条令」が採択さ れたのを皮切りに,市町村単位での請願や直接請求が相次いだ。北海道でも1983 年に札幌市で「公共施設からの合成洗剤追放と石けんの使用を推進する条例」 の制定を求める直接請求運動が展開され,1984年2月に市議会で否決されたが, 市民の声を重視して市は「札幌市洗剤対策委員会」を発足させ,市民の石けん

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       廃食:用油再生せっけん  123 利用を促進するための積極的な広報活動もはじめた。釧路市議会では1984年に 住民団体による「市民の健康と生活環境を守るため合成洗剤の使用をやめ安全 性の高い石けんに切り替えるための請願」を採択した。札幌では直接請求運動 を契機に再生せっけん工場と運動体との交流が深まり,協力体制ができあがっ た。札幌では直接請求運動の実行委員会が,「くらしを洗おう!さっぽろ市民連 絡会」として生まれ変わり,学校給食におけるせっけん使用推進を重点課題と した運動を進め,1990年目は札幌市内すべての学校給食の食器洗浄がせっけん      3) 使用となった。  1980年から製造を開始した「ペカルト化成」は,「低温炊き込み法」を独自に 開発した。活性炭による前処理をし,使用済み活性炭を燃料として利用する徹 底したリサイクルである。北海道最大の工場で,北海道内各地のみならず北海 道外にも,学校給食における食器洗浄用として出荷しているのが特徴的である。 また,1989年から,旭川市が始めた「家庭廃食用油回収モデル事業」に協力し, 家庭からの廃食用油の回収と,せっけん加工を委託されている。  1981年には小樽市で「南油脂」が製造を開始した。小樽商科大学の前身,小 樽:高等商業学校時代には,「企業実践科実習工場」(1919年竣工)が学内に置か れて,工場では「高商石鹸」という品質の良い石鹸を製造・販売していた歴史   4) がある。石鹸の品質に関する研究をされていた,商品学の小原亀太郎教授の指 導のもとに学生が固形石鹸を製造し,経営にも当たったことが記録されている。 小樽の「南油脂」では,そのお膝元らしく「塩析法」によって再生せっけんが 製造されている。原料は白土処理した廃食用油を回収業者から購入している。 数年前から,「生活クラブ生協」のプライベートブランド商品が製造されてお り,販路が拡大した。  1983年,北見市の「ミヤデン化学」が製造を開始した。この工場の製造法は 3)鮫島和子,「9万人の声は今……合成洗剤追放直接請求その後……」,「札幌学院評論」第 4号,pp.70∼79,(1985)。 4)斉藤 要,「日本における自然科学的商品学の黎明期一小樽高等商業学校と小原亀太郎 先生を中心に一」,日本商品学会北海道部会20年史,pp.12∼13,(1985)。

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124  岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) 「低温炊き込み法」であるが,「ペカルト化成」からの直接指導は受けていな い。前処理には白土を使っている。原料は主として北見市内,網走市内のホテ ル,学校から回収しているが,北見市のスーパーが協力して廃食用油回収ポス トを設置し,家庭からの廃食用油を回収している。1990年に北見の「㈲ミヤデ ン化学」の釧路工場として操業を開始していた「㈲タカシマ」は,「くらしを洗 おう!釧路市民連絡会」の協力で「地域循環型社会」をめざして1991年に独立 し,「タカシマ粉せっけん」を製造している。市民団体による廃食用油回収が進 められているが原料は主に市立病院の給食からの廃食用油を使用し,「ミヤデン 化学」の指導による「低温炊き込み法」で製造している。  4.住民共同出資工場の設立(1980年代後半∼)  1985年,「手賀沼せっけん」が誕生した。日本で一番汚れている手賀沼周辺 で,住民運動による「廃食用油再生せっけん」生産のモデルとも言える形態が 作り出された。住民の共同出資による工場建設が成功したのである。ユ982年に 「石けん工場建設準備会」が結成されてから,住民による工場建設にむけての 活発な運動が進められ,1984年に出資者による「手賀沼せっけん共有者の会」 が結成され,出資者1万人,1,300万円の資金を集めて,「㈱手賀沼せっけん」       5, 6) が設立され,1985年工場の竣工にこぎつけた。それまでの運動は,回収した廃 食用油を工場に委託し,再生せっけんを購入すことによる利用拡大の運動が多 かった。小さなグループの試みとしては,さきに述べた「松山生活学校グルー プ」による自己完結型の運動がすでにあったが,月産15トンを超える工場が住 民出資によって出来たのはこれが初めてである。製造法は滋賀県の「マルダイ 石鹸本舗」の指導によっているので,「高温炊き込み法」である。運動体が回収 した廃食用油を工場が購入する形式をとっているのも,滋賀県と同じである。 現在,第2工場の建設が計画されている。ここでは作業員として,障害者を雇 5)手賀沼せっけん共有者の会会報「せっけんの街」No.12,(1992)。 6)岩波則康,「リサイクルせっけん協会設立の経緯一市民主導の環境運動の形成へ一 一」,「クリーンジャパン」90号,pp.25∼29,(1991)。

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      廃食用油再生せっけん  125 臆している。  1987年には熊本県水俣市で,水俣病患者とその支援者たちの共同出資によっ て,「水俣せっけん工場」が操業を開始した。この工場の製造法も「マルダイせ っけん本舗」直系の「高温炊き込み法」である。  1989年に操業を開始した「㈱川崎市民せっけんプラント」もその名の通り, 市民の共同出資によって出来た工場である。寒食噴油の前処理には白土と活性 炭の両方を使用した,「低温炊き込み法」である。この工場でも,障害者を雇用 している。  1980年代後半は,住民共同出資による再生せっけん工場が設立され,少しず つ福祉活動としても広がっていることが大きな特徴と言えよう。  5.「エコマーク」の認定(1989∼)  環境保全型商品に対して,1989年2月にエコマーク認定制度が開始された。 「廃食用油再生せっけん」は最初の認定品目に入っていなかった。「㈲日本環境 協会」に問い合せたところ,要望の多い品目については追加認定を考えている とのことで,当時,再生せっけんを製造していた各地の工場に「日本せっけん 工業会jを通して連絡をとり,早めに申請を開始した結果,8月の追加認定時 に認定品目となった。10月になって「マルダイ粉せっけん びわこ」,「水俣粉 せっけん しらぬひ」,「手賀沼せっけん せっけんの街」,「シノハラ粉せっけ ん(ペカルト化成)」,「粉せっけん せせらぎ(南油脂,生活クラブ生協)」の 5商品が第1号認定商品となった。同年,12月には「ホカホカせっけん(ゆた か福祉会つゆはし作業所)」も認定商品となった。1990年1月に「パワーソープ (ミヤデン化学)」,6月に「きなりっこ(川崎市民せっけんプラント)」が認定 商品となり「タカシマ粉せっけん」も1992年に認定商品となっている。  エコマーク認定制度が発足してから3年半が経過し,エコマークに対するさ まざまな批判も出てきているが,1992年11月現在で認定品目数は49品目,認定 商品数は当初の50倍となり,2,350商品に達した。再生せっけんの認定商品数も 90年代に入って急増し,1992年11月現在で44商品を数えるに至った。第2図は

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126  岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) (xlO3) 2.5 2.0 1.5 1.0 O.5 o.o    ’89 ’90 ’91 ’92 第2図 エコマーク認定の全商品数 F; d 脚※ 騎 ;1・ く / 二歪琵く 唾 慧  幽 .   ・ D」’堰F;賜1 癒1懸 xx

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30 20 10 〇      一      ’90 ’91 ’92   ’89 第3図 再生せっけんの認定商品数 ρ戸 t巨 5   s 〆 ’ 尺 , 、 , γ 激

x 翼 jX ヨ 7 求@唖 メ@民 x× xκ 一 K 風 ` ×ソ − KX ㍗ み XK @ − K κ ッ 吐 写 ア  −  r ×× エコマーク認定の全商品数の6ヵ月毎の推移を,第3図には再生せっけんの認 定商品数の推移を示す。  1991年11月∼1992年1月に北海道の婦人団体993名に対して行なったアンケ ート調査(回収率83%)で,特に使用したいと思う「エコマーク」商品の品目 を尋ねた結果では60%の人が「廃食用油再生せっけん」を使用したいと回答し   の ている。環境意識の高まりとともに,再生せっけんが注目されはじめている。  6.「粉せっけんミニプラント」の普及と国際交流(1990年∼)  1990年に「水俣せっけん」工場で,「粉ぜっけんミニプラント(以下ミニプラ ントという)」が開発されたことにより,再生せっけん製造が急速に普及し始め た。ミニプラントはケン化骨,ガスコンU,粉砕機がセットになっており廃食 用油と力性ソーダとソーダ灰を用意すれば再生せっけんができる。販売元の「日 本せっけん工業会(1985年結成)」は1991年2月に「リサイクルせっけん協会」 として生まれ変わり,1992年には「ミニプラント2号機」も開発し,全国各地 に販売している。さらに,モンゴル,マレーシアなどの発展途上国にミニプラ ントを贈り,製造法の指導のために,現地を訪れている。その他,韓国からの 7)鮫島和子,「女性の暮らしと環境に関する調査」,北海道婦人団体連絡協議会,p,16,  (1992) e

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       廃食用油再生せっけん  127 実習生を受け入れ,韓国にも再生せっけん工場が2工場設立されている。また, フィリピンからも研修生を受け入れ,工場を建設する計画が進められており,        8, 9) 次第に民間における国際交流の輪を広げつつある。  いわき市の「工房 阿列島(オリーブ)」でミニプラントによって製造された 再生せっけん「沙羅」は1990年7月にはエコマーク認定商品になっている。  従来のせっけん工場では,ある程度,小企業の徒弟制度的なものが残ってお り,自立するまでに指導料を支払ったり企業秘密だからと肝心なところは教え られなかったりしていたが,ミニプラントでは,わずかな指導料込みで販売さ れているだけで,わかりやすいマニュアルを公開し,誰でも何処でも製造でき るようになっている点が画期的である。住民運動からの視点がここに生かされ ていると言えよう。  「水質汚濁防止法」の一部改正,「再生資源の利用の促進に関する法律(リサ イクル法)」の制定,「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の一部改正など, 一連の環境政策を受けて,地方自治体にも「リサイクル推進」にかかわる部署 が設置されるようになって,「粉せっけんミニプラント」は急速に普及してき た。これまで無関心であった住民の「環境保全意識」と「循環型社会システム 構築」にむけての啓発のために,多くの自治体でミニプラントを購入し,「環境 フェアー」などのイベントに使用したり,自分の手で「廃食用油再生せっけん」 を作ることによって,環境保全と循環型社会システムに対する意識の高揚を期 待する啓発事業として,住民が自由にミニプラントを使用できるように開放す るなど,有効に活用している。  「リサイクルせっけん協会」の資料(販売台数)によれば,1992年10月現在 で,1号機が62台,2号機が17台,合計79台が販売されている。その内,地方 公共団体の購入は1号機28台で45,2%,2号機10台で58.8%となっており,約 半数が地方公共団体によって購入されている。環境庁の助成金の活用によって, 今後さらに購入が増加するように思われる。ミニプラントの都道府県別普及状 8)リサイクルせっけん協会,「SAIFE」1号, pp.3∼4,(1992)。 9)リサイクルせっけん協会,「SAIFE」2号, pp.3∼5,(1992>。

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128  岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) 況を第4図に示す。数字は購入台数である。 III廃食用油リサイクルせっけんの製造法と品質  住民運動では「廃食用油再生せっけん」は「せっけん」の文字を使い,「石鹸」 や「石けん」の文字は使わない。その理由は,「廃食用油」から作られた「せっ けん」は水に溶けやすいという意味を持たせているからである。1970年代から 1980年代前半にかけての合成洗剤メーカーの粉石けん批判は「粉石けんは水に 溶けにくい」,「材料が食糧と競合する」であった。「廃食用油再生せっけん」は この二つの批判に耐え得る商品である。  一般に石鹸メーカーの「粉石けん」は「脂肪酸中和法」によって生産されて いるが,住民運動を背景にした再生せっけん工場の製造法は「ケン化法」であ 2

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1 第4図 「粉せっけんミニプラント」の都道府県別普及状況

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      廃食用油再生せっけん  129 る。「ケン化法」は更に次のように分けられる。

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 「脂肪酸中和法」は点食呼出を加水分解して脂肪酸を蒸留精製してから,力 性ソーダを加えて中和する方法で,この工程での熟練は必ずしも必要ではない が,「ケン化法」では廃食用油をケン化釜に入れて加熱しながら,少しずつ力性 ソーダを加えてケン化させるので,釜炊き10年と昔から言われていた程,熟練 を要する。したがって,この段階で品質が左右される。マニュアル通りに炊い ても同じ品質のせっけんができるとは限らない。ミニプラントを使いこなすに も熟練が必要なことを留意すべきだろう。特にケン化の終点を見極めるのが難 しいと言われている。「塩析法」は,食塩水を加えてケン化し,さらに仕上げ塩 析をして,せっけん素地と廃液を分離し,グリセリンや余分な力性ソーダなど を取り除くため,廃液の処理など排水対策が必要である。どの方法でせっけん 素地を製造しても,その後の工程は同じで,炭酸ソーダ(ソーダ灰)を加えて 混ぜる混合工程,乾燥工程,粉砕工程,包装工程となる。  油の前処理は「高温炊き込み法」の場合には沈殿濾過のみであるが,「低温炊 き込み法」と「塩析法」では沈殿濾過をしてから,「白土処理」,「活性炭処 理」,「白土と活性炭処理」などの前処理をしている。「活性炭処理」の場合は使 用済みの活性炭を燃料として再利用できるから問題はないが,「白土処理」や「白 土と活性炭処理」の場合には少量とはいえ,廃棄物問題が生ずる。  これまでに調査した再生せっけん工場でのケン化の方法と前処理の方法は第 1表に示してある。  品質はどの製造法でも日本工業規格(JIS)をクリヤーしており,水によく溶 け,汚れ落ちもよい。特に「廃食用油100%」の銘柄の脂肪酸組成は,パルミチ ン酸,ステアリン酸,オレイン酸,リノール酸,リノレイン酸で,水に溶けや

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130  岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) すい。汚れ落ちについては,1991年に兵庫県生活科学研究所で,「エコマーク石 けんの試買テスト」が行なわれた。水に溶けにくい銘柄のほうが洗浄力が高い 傾向があるが,エコマーク石けんの洗浄力については,実用的には問題がない と報告されている。匂いについては,「人工的な香料は添加すべきではない」と するのが運動体の基本的な考えである。  後述の「廃食用油再利用技術研究会」の報告書では,良質のせっけんを製造 するための技術的課題について検討された結果が述べられている。この資料は 廃食用油の回収・再利用を具体的に検討する上で,貴重な参考資料になる。新 しく「廃食用油再生せっけん」工場を作る場合には,特に参考になるだろう。 IV 行政における廃食用油対策  わが国における廃食用油対策は1986年の国会質問に端を発している。当時, 関税引下げと円高で,安価な原材料の輸入が増大したことにより,採算がとれ なくなった回収業者が,転廃業に追いやられはじめていたため,外食産業等か ら生ずる業務用の廃食用油の回収が次第に難しくなってきていた。そのまま放 置すれば,廃食用油のたれ流しが発生し,河川や海域の水質が汚濁される恐れ があることを懸念されての質問であった。  この質問をきっかけに,環境庁を窓口とした関係6省庁(環境庁,大蔵省, 厚生省,通商産業省,建設省,農林水産省)の協議の結果,油およびその回収 に係わる業務は農林水産省の所管となり,1986年度と1987年度の「パーム油競 合油脂需給動向実態調査事業」を皮切りに1988年度,1989年度,1990年度の3 ヵ年計画で,「食用油の回収・流通システム等ガイドライン作成事業」が進めら れ,1991年3月に前述の「廃食用油の回収・再利用システムーガイドライン ー」が完成した。このガイドラインは農林水産省食品流通局食品油脂課,環 境庁水質保全局水質規制課,厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課の監修で あり,従来からの行政の縦割りを越えた形で出されていることは,今後の行政 のあるべき姿として,評価できる。  1991年度から「廃食用油リサイクルモデル推進事業」が開始され,初年度に

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       廃食用油再生せっけん  131 は19,978千円,1992年度には33,090千円が,農林水産省の予算として計上され ている。また,農林水産省食品流通局において,1991年度に「廃食用油リサイ クルモデル事業推進委員会」が発足し,さらに「廃食用油墨利用技術研究会」 が働政策科学研究所内に設置され,せっけん化,飼肥料化,燃料化についての 技術的,経済的な細部について検討された。1992年3月には「廃食用油リサイ        IO) クルモデル事業推進検討報告書一夕食用油のリサイクルにむけて一」と「同         11) (基本設計関連資料)」が出された。環境庁が1992年度に「生活排水対策」とし て計上した予算(3億円)項目の中にも昨年度に引き続き「廃油回収・石鹸再 生のための施設整備」が入っていて「粉せっけんミニプラント」購入に対する 補助金制度もある。このような中央行政の取り組みにもかかわらず,廃食用油 の回収・再利用は全国的な展開にまで至っていないのが現状である。「再生資源 の利用の促進に関する法律」の制定と前後して都道府県,市町村に「リサイク ル推進室」や「リサイクル推進課」など,リサイクル関連の窓口が設置された。 そこでは,さまざまなリサイクル関連業務が行なわれているが,環境庁や厚生 省に属する部に置かれており,農林水産省に属する「廃食用油リサイクル」の 情報は農務部に流されるため,地方自治体の縦割り行政の中では難しい問題を 抱えているのかもしれない。 おわりに  以上,1985年から始めた工場調査に基づいて「廃食用油再生せっけん」の誕 生から現在までを辿ってみた。住民運動を背景にはじめられた「廃食用油再生 せっけん」は,ようやく国の政策として取り組まれるようになった。  「廃食用油再生せっけん」としては,「プリンせっけん」などの「手作りせっ けん」運動があるが,ここでは,筆者の調査した再生せっけん工場に絞って報 告した。住民運動を背景にした再生せっけん工場に重点を置いたため,廃食用 10)農林水産省食品流通局食品油脂課・廃食用油リサイクルモデル事業推進委員会・廃食用  油日利用技術研究会,「廃食用油リサイクルモデル事業推進検討報告  廃食用油のリサイ  クルにむけて  」,pp.1∼59,(1992)。 11)前掲10)の別冊,「基本設計関連資料」,pp.1∼94,(1992)。

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132  岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) 油の量や再生せっけんの生産量については,言及することができなかった。  産業界での「循環型リサイクル社会」に向けての試みが始められているが, 住民レベルでの資源ゴミの回収・再生システムは確立されていない。地方自治 体の取り組みも,縦割りの問題だけでなく,担当者の意識の差がそのまま実態 に表れている。リサイクルは地域完結型であることが望ましい。そのためには 地域で生産されたリサイクル商品を地域で消費するような循環型のシステムが 出来上がらなければならない。それは一部の人々の努力だけでは限界がある。 行政レベルでの更にきめ細かい政策と啓発が必要であるように思われる。  最後に,「廃食用油再生せっけん」発祥の地に所在する滋賀大学の「彦根論叢」 に,本報告を掲載する機会を与えて頂いた岡部昭二教授に心から感謝の意を捧 げる。

参照

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