症例報告 〔東女医大誌 第62巻 第11号頁1390∼1395平成4年11月〕
本態性高Na血症を伴ったlobar type holoprosencephalyの
1例にみられた口蓋裂閉鎖術後の急性低Na血症性脳症
東京女子医科大学 小児科(主任:福山幸失教授) ヴ曜日ラ タカシ イズミ タツロウ ァワヤ ユタカ上原 孝・泉 達郎・粟屋 豊
ヤマグチキ ヨ コ フクヤマ ユキオ山口規容子・福山 幸夫
(受付平成4年8月7日) はじめに 正常人の血漿浸透圧は285∼295mOsm/1に,血 清Na値は135∼145mEq/しに厳密に調節されて おり,この調節には渇中枢による水分摂取の調節 と抗利尿ホルモン(ADH)の適切な分泌が必須で ある.この調節には視床下部における浸透圧受容 体が重要な働きをしており,視床下部下垂体障害 に伴い血漿浸透圧及び血清Na値の異常を認める ことがある. 今回,我々はlobar typeのholoprosencephaly に本態性高Na血症を合併し,口蓋裂閉鎖術後に 低Na血症を呈した症例を経験し,その病態に関 して内分泌学的検討し得たので報告する. 症 例 1歳11ヵ月,女児. 主訴:急性意識障害・除脳硬直姿位. 既往歴:39週4日,1,980g経腔分娩.生下時よ り両側完全口唇・口蓋裂を認めた.8ヵ月時に口 唇裂閉鎖術施行したが,特に問題はなかった. 家族歴:特記すべきことなし. 現病歴(図1):口蓋裂閉鎖術施行,術後は不機 嫌は認めたが,意識はあり重湯の経口摂取も可能 であった. 術中から翌日にかけて約180ml/kg/日, Na約 70mEq/日(Na濃度約65mEq/L)の輸液が行われ た術後約40時間目より急に意識障害・除脳硬直姿 勢を認めるようになり,当科へ転科となった. 転科時油症:身長71.5cm(一4.3SD),体重 6,000g(一4.7SD),頭囲42cm(一3.5SD)と顕著 な成長障害認め,他に三角頭蓋,hypotelorism, 鼻根部平低化の所見を認めた(図2).体温37.4℃, 意識レベル300(3−3−9度),刺激により高議硬直姿 勢を認めた.その他身体所見として,顔色蒼白・ 四肢冷感・呼吸不整・陥凹呼吸および吸気時喘鳴 を認め,瞳孔計4mm(左右対称)・対光反射緩徐・ oculocephalic反射陽性,肺野は吸気時喘鳴ある もう音聴取せず,心音も整で雑音は聴取されな かった, 転科時一般検査所見:血算WBC 13,900/cmm (seg.78.5%, mono.1.5%, lymph.20.0%), RBC 3.77×106/cmm, Hb 12.1g/dl, Ht 36.9%, Plt. 16.8×104/cmm,血清生化学TP 5.9g/dl, Alb 3.4 g/dl, GOT 226KU, GPT 78KU, LDH 577mIU/ mm, BUN 6.Omg/d1, Cr O.6m9/d1, Na 123mEq/ 1,K4.2mEq/1, Cl 93mEq/1,動脈血ガス分析pH 7.458,PCO228.3mmHg, PO2112.4mmHg, HCO320.OmM〃, BE−3.3mM/1, Sat.02 98.4%. Takaski UEHARA, Tatsuro IZUMI, Yutaka AWAYA, Kiyoko YAMAGUCHI and Yukio FU・ KUYAMA〔Department of Pediatrics(Director:Prof. Yukio FUKUYAMA),Tokyo Women’s Medical College〕:Acute hyponatremic encephalopathy after reconstructive operation for cleft palate in an infant with lobar type holoprosencephaly and essential hypematremia手術当日 術後一日目 術後二日目 術後三日目 術後四日目
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口蓋裂閉鎖術 意識障害/除脳硬直姿勢 170 160 150 140 130 120 血清Na濃度 (mEq/L) 図1 臨床経過 1……ギ il:/織騨
懇…
図2 症例の顔貌 ;箋 脳波所見:急性期には除脳硬直姿位時も含め全 般性に低振幅化の所見を認めた. CT所見:後述するMRI所見の他,出血等の所 見は認められなかった. 転科後経過(図1):検査所見より低Na血症に よる意識障害と判断し,Na不足分(目標Na濃度 135mEq/1)を3∼5%NaClで約2時間かけて投 与し,その後維持輸液製剤(Na濃度50mEq/1)を 約80ml/kg/日で継続投与すると同時に,フロセミ ド(1mg/kg)の経静脈投与1回を行った. 血清Na濃度の回復に伴い,速やかに除脳硬直 姿位は認められなくなり,追視・涕泣を認め,治 療開始翌日には笑いも認めた. 意識状態改善後では,寝返り・手合わせ・二二・ 母親の介助による経口的食餌摂取等可能であり, あやすことにより笑いも認められた. 点滴中止後定常状態(転科後15日目)の一般検 査所見:血算WBC 6,100/cmm(seg.32%, eos. 2%,baso.1%, mono.6%, lymph 59%), RBC 3.11×106/cmm, Hb 10..5g/d1, Ht 30.4%, Plt. 54.9×104/cmm,血清生化学TP 7.2g/d1, Alb 4.O g/dl, GOT 35KU, GPT 21KU, LDH 431mIU/ ml, BUN 19.5mg/dl, Cr O.4mg/dl, Na 154mEq/ 1,K3.7mEq/1, C1115mEq/1, HCO323.6mEq/ 1.血清Na値はその後の定常状態の検査でも
152∼183mEq/1と高値であったが,臨床的には不 機嫌等の症状は認められなかった, 特殊検査所見 (1)内分泌学的検討 a)血漿ADH:意識障害出現時の血漿浸透圧 の低下(273mOsm/1)に対してADH分泌は抑制 されておらず(1.1pg/ml),また日常定常状態での 血漿浸透圧上昇(325mOsm/1)に対しては分泌増 加を認めず(0.4pg/ml),浸透圧の変化に関係なく ほぼ一定の値を呈した(図3). 以下意識障害改善後日常定常状態での内分泌検 査結果を提示する. b)Insulin−TRH・LHRH負荷試験:成長ホル血漿ADH (P91m1) 4.0 3.0 2ρ 1ρ 正常 囲’ 270 280 290 300 3正0 320 330 血漿浸透圧(mOsm/kg H20) 図3 血漿浸透圧と血漿ADHの関係 モン(GH)・プロラクチン(PRL)・卵胞刺激ホル モン(FSH)の韓国はそれぞれ91.2ng/ml,115.4 ng/ml,119。9mIU/m1と過大反応を認めた.その 他,副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)・甲状腺刺激 ホルモン(TSH)・黄体刺激ホルモン(LH)は頂 値がそれぞれ171pg/m1,20.2μU/ml,13.2mlU/ mlで正常反応であった.また,同時に測定したコ ルチゾールも頂値44.7μg/d1で正常であった(図 4).
c)睡眠中平均血中GH濃度:睡眠中20分毎3
時間で10回測定した血中GHの平均は4.77ng/ml (〈5ng/ml)で,生理的分泌は低下していると判定 した. d)GRF負荷試験:負荷前より異常高値(41.3 ng/ml)を認めたが, GRF負荷により更に過剰な: 反応(頂値77.6ng/ml)が認められた(図5). e)甲状腺機能:血清T3, T4の値はそれぞれ 249ng/dl,10.2μg/dlとほぼ正常と思われた. (2)頭部MRI所見(転科後21日目):左右前頭 部は癒合しているが左右視床は分離しており,ま た両側々脳室の広汎な交通を認め,lobar typeの holoprosencephalyの所見を認めた(図6). 考 案 Holoprosencephalyは,1882年にKundratら1) がarhinencephalyとして初めて報告し,1963年 にDeMyerら2)がholoprosencephalyの名称を提 唱し,その顔面奇形の特徴より1∼5型に分類し た. また,holoprosencephalyと間脳下垂体系異常 の合併は,1950年代にEdmonds3), Yakovlevら4> の下垂体欠如症例の報告以来,いくつかの報告が 見られる5)∼7).特に,ADHに関しては,1968年に Hinzら8),1969年Schimschockら9)が高Na血症 血漿GH (nglml) 100 0 前 30 60 血漿ACTH (P9/ml) 200 0 前 血清TSH (μU/m垂) 25 0_ 剛 30 60 90 120 時間(分) 30 60 90 120 時間(分〉 血漿PRL (nglml) 120 90 120 時間(分) 血漿FSH (mlUlml) 120 0 前 30 60 血漿LH (mlU/ml) 90 120 時間(分) 正20 0 ・0 前 30 60 90 120 時間(分) Insulin−TRH−LH・RH負荷試験* 前 30 60 図4 *Insulin O.1U/kg iv, TRH 4μg/kg iv, LH−RH 5μg/kg iv 90 120 時間(分)血漿GH (nglml) 100 80 60 40 20 0 前 30 60 図5 GRF負荷試験* *GRF 6μg iv 90 120 時間(分) を伴ったADH分泌不全の症例を報告したが, 1978年河野ら10)は,単純なADH分泌不全として ではなく,浸透圧受容体障害によるADH分泌調 節障害として検索した結果を報告し,以来いくつ かの論文が見られる11)∼13). 中枢神経障害に伴う高Na血症は,1939年の Allottの報告14)以来多くの報告が見られ,視床下 部障害が高Na血症の直接の原因とされてきた. Welt15)は視床下部障害に伴う高Na血症の病態 を,渇感およびADH分泌の閾値が正常より高い 血漿浸透圧になっている(reset)と考え, essential hypernatremia(本態性高Na血症)と命名した. Robertsonら16)は, hyperosmolar syndromeの中 の一つとしてとらえ,血漿ADHの動態より図7 に示すように,浸透圧受容体の障害により3型に 分類している.また本態性高Na血症の診断には, 横谷17)は,(1)持続的ないし動揺性高Na血症, 図6 頭部MRI a)視床レベル水平断TI強調画像, b)同T、強調知合, c)側脳室体部水平断T1強調画 像,d)同T2強調画像
5 4 3血漿 AVP :P91m1) 2 1 0 4 2 3 1000 800 600 尿浸透圧 (mOsm/kg) 40G 200 0 280 290 300 310 320 330 血漿浸透圧 (mOsm/kg) 図7 Hyperosmolar syndromeぴこおける浸透圧調節 異常のシェーマ16) 1:正常成人,2:浸透圧受容体の部分破壊,3: 浸透圧受容体の完全破壊,4:浸透圧閾値のリセッ ト. (2)高Na血症時の渇感欠如,(3)浸透圧による ADH分泌調節の障害,の証明が必須であるとし ている.
本症例は,holoprosencephalyとしては
DeMyerの第5型に相当し,同脳形態異常の中で は比較的軽度のものといえる. また,本症例に認められる高Na血症に関して は,日常状態で持続的高Na血症を認め,その状態 において特に不機嫌・水分を欲しがる動作等は認 められず,渇感の障害が考えられた.更に血漿浸 透圧の上昇に伴う血漿ADH分泌の急激な増加が 認められないことより,本態性高Na血症と診断 した. また血漿浸透圧の低下に対しても血漿ADH分 泌の抑制が認められず,」血漿浸透圧の変動に関わ らずほぼ一定の分泌を認めており,図7の3に相 当し,視床下部の浸透圧受容体による血漿浸透圧に対するADH分泌調節の欠如が考えられた.
我々の症例における術後の低Na血症に関して
は,このようなADH分泌動態下でいわゆる低張 Na輸液がなされると,外的に血漿浸透圧が下げ られる状態でADH分泌抑制が起こらず,相対的にADH過剰状態となり,容易にSIADH様の状
態になるためと考えられた. 下垂体前葉機能は,睡眠時血中GHは分泌低下 を示し,臨床的にも低身長を認めているが,非生 理的なインスリンおよびGRF負荷試験において は過剰反応を呈したことより,視床下部にGH分 泌調節の一次的障害があることが示唆された.さ らにTRH, LH−R}1負荷に対するPRL, FSH, 特に前者の過剰反応も,視床下部障害を支持する 所見と考えられる. 近年,同症例のような高度の精神運動遅滞・成 長障害を伴う口唇口蓋裂の症例に対しても形成術 が施行されるようになってきたが,それに合併す る脳奇形や内分泌学的異常に注目されることは少 なかったように思われる.しかし,上記のような 病態を呈する症例においては,輸液管理において それらの異常に注意を払わずにいた場合,水分電 解質の異常をきたし,時に致命的になる可能性が あり,十分な術前の評価と術中術後の管理が必要 と思われる. なお,我々は同症例に対する再手術に際し厳重 な水分管理とNa貯留を目的としたコルチゾール 投与を行い,安全に手術を行った. 結 語 Holoprosencephaly(DeMyer type 5)に本態性高Na血症を伴い,口蓋裂閉鎖術後に低Na血
症を呈した症例を報告した. その責任病巣は視床下部における浸透圧受容体 と考えられ,さらに下垂体前葉機能検査でも視床 下部のより広範な障害を示唆する所見が得られ た. また,同様の症例の手術に際しては詳細な症例 の評価と管理が必要と思われる. 本論文の要旨は,第31回日本小児神経学会(1989年 7月6∼8日,札幌)で発表した. 文 献 1)Kundrat H:Arhinencephalie als typische Art von Missbildung. Wien Med Bl 5:1395,1882 2)DeMyer W, Zeman W, Palmer CG;The face predicts the brain:Diagnostic sign圭ficance of median facial anomalies for holoprosencephaly (arhinencephaly). Pediatrics 34:256−263, 1964 3)Edmonds HW:Pituitary, adrenal and thy− roid in cyclopia. Arch Pathol 50:727−735,1950』 4)Yakovlev PI= Pathoarchitectotic studies ofcerebral malformations. III. Arrhinencephalies (holotelencephalites). J Neulopathol Exp Neu− ro118:22−55, 1959 5)Haworth JC, Medovy H, Lewis AJ:Ceboce, pha玉y with endocrine dysgenesisJ Pediatr 59: 726−733, 1961 6)Begleiter ML, Harris DJ: Holoprosence. phaly and endocrine dysgenesis in brothers, Am JMed Genet 7:315−318,1980 7)堀米ゆみ,浜野建三,菅間 博ほか:内分泌異常 を伴った全前脳胞症(Holoprosencephaly)の1 剖検例.脳と発達18:228−233,1986 8)Hinz肌, Mehking M, Sotos JF:Familial holoprosencephaly with endocrine dysgenesis. J Pediatr 72:81−87, 1968 9)’Schimschock JR, Carlson CB, OjemannゐM; Massive spasms associated with holoprosence・ phaly, Am J Dis Child 118:520−5珍4,1.969 10)河野 登,遠藤彰一,福田邦明ほか:視床下部一下 垂体機能異常を伴ったHoloprosencephalyの1 例.ホルモンと臨 26:79−86,1978 11)Ohtake M, Suzu田{i ll, Igarasi Y et al: Chronlρhypematremia皐ssociated with ho玉。− prosencephaly..Tohoku J Exp Med 128: 333−344, 1979 12)後藤麻美.,塩谷睦子,下村次郎ほか:本態性高Na 血症を合併したHoloprosencephalyの1例.小児 診療 52:1151−1156,1989 13)五十嵐登,京谷征三,市田蕗子ほか:経過中ADH 分泌過剰より分泌低下へと移行.したHoloprosen・ cephalyの1乳児例.日小.児会誌 93:362−366, 1989 14)Al艮ott麓N:Sodiu血and chlorine retention without renal disease. Lancet.1:1035−1037, 1938 15)Welt LG ed:Hypo−and hypernatremia. Ann Intern Med 56:161−164,1962 16)Robertson GL, Aycine益a P.:Neurogenic dis− orders of osmoregu豆ation. Am J Med 72: 339−353, 1982 17)横谷進:本態性高Na血症.小児医21: 531−547, 1988