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判例研究 取締役会の承認決議のない多額の借財と相手方の過失 : 東京地判平二四・二・二一判時二一六一号一二〇頁 (加藤秀治郎教授退職記念号) 利用統計を見る

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全文

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判例研究 取締役会の承認決議のない多額の借財と

相手方の過失 : 東京地判平二四・二・二一判時二

一六一号一二〇頁 (加藤秀治郎教授退職記念号)

著者

楠元 純一郎

雑誌名

東洋法学

58

3

ページ

167-180

発行年

2015-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00007007/

(2)

【事実の概要】   Y社は有線テレビ放送事業を営む株式会社であり、平成一七年~一八年当時、その株式の四七%が、筆頭株主で あるA物産を中心とするAグループにより保有されていた。Y社の代表取締役専務Bは、同時にA物産の専務取締 役でもある。原告Xは都市銀行であるが、平成一七年一二月、X銀行の法人営業部部長代理であったCは、Bから 融資を求められ、その際Bが説明した借入れの目的は、Y社によるデジタル放送配信プロジェクトのための運転資 金の調達であり、借入金の相当部分は、A物産が仕入れた端末の購入代金などとしてA物産に支払われるというも のであった。しかし、実際の目的はA物産への借入金の転貸であった。X銀行は、Y社の法人登記の履歴全部事項 証明書のほか、Y社およびA物産等の関係企業の過去三年分の決算書その他の財務関係書類を提出させ、検討した 結果、物的担保なしで、連帯保証人はBのみとする二億円の融資がなされた。その間、CがBに対し、本件借入れ につき、Y社において取締役会決議が必要かどうかを確認したところ、Y社においては取締役会の承認なく借り入 《 判例研究 》

取締役会の承認決議のない多額の借財と相手方の過失

東京地判平二四・二・二一判時二一六一号一二〇頁

 

  

純一郎

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れることができる額についての内部基準が存在しないにもかかわらず、Bは、取締役会決議は不要である旨の返答 をした。Cは、その内部基準の存在および取締役会決議が不要となる根拠について特に確認、調査をすることはな かった。Y社はXから借り受けた二億円をA物産に転貸したが、本件借入金債務はY社の貸借対照表に計上せず簿 外債務とし、A物産がこれを自らの債務として貸借対照表に計上した。その後、A物産は平成二〇年六月、破産手 続開始の決定を受けた。そこでX銀行はY社に対し、主位的請求として、貸金残元金および確定約定遅延損害金の 支払を求め、予備的請求として、不当利得返還請求を行った。 【判旨】主位的請求については棄却、予備的請求については認容。 1   本件借財が、会社法三六二条四項二号の「多額の借財」に該当するかどうかについて   「『多額の借財』に該当するかどうかは、当該借財の額、その会社の総資産及び経常利益等に占める割合、当該借 財の目的及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきである。これを本件についてみる に、Y社の平成一八年一月二七日時点での資本金が一一億一八〇〇万円、平成一七年九月三〇日時点の総資産が合 計約三五億円、平成一七年九月期の売上げが約六億八二三三万円、経常利益が約六〇〇万円であったことは当事者 間 に 争 い が な く、 他 方、 本 件 契 約 に 係 る 借 財 の 額 は 二 億 円 で あ る か ら、 こ の 額 は、 当 時 の Y 社 の 資 本 金 の 一七・九%、資産の約五・七%、経常利益の約三三・三倍に相当することになり、また、分割弁済の負担も、元金 だけで年額六六六四万円に上り、これに支払利息を含めると、年間売上げのほぼ一〇%に相当する程度の金額とな る。このような点だけから考えても、本件契約に係る借財は、Y社の財務、経営への影響が極めて大きいものとい う こ と が で き る。 … 上 記 借 財 の 目 的 で あ る が、 … A 物 産 に 対 す る 運 転 資 金 の 転 貸 融 資 に あ っ た こ と は 明 ら か で あ

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る。そうすると、この借財は、Y社自身の売上げに直接貢献するような性格のものではなく、また、A物産から確 実な担保を徴求した形跡もないから、A物産の経営状況いかんによっては原告への支払に窮する結果となりかねな いリスクの高い借財ということができる。…以上の認定判断を総合すれば、本件契約に基づく借財は、取締役会の 承認決議が必要な『多額の借財』に当たると解するのが相当である。 」 2   取締役会の承認決議の欠缺とXの悪意・過失について   「X 銀 行 が、 本 件 契 約 に 基 づ く 借 財 に つ い て の 被 告 取 締 役 会 決 議 の 欠 缺 を 知 っ て い た か ど う か に つ い て 判 断 す る に、 … X 銀 行 (担 当 者 の C) は、 本 件 契 約 の 締 結 に 当 た り、 B か ら、 本 件 契 約 に つ い て Y 社 取 締 役 会 の 承 認 決 議 は 不要であると聞き、これを信じたことが認められるから、Xが上記取締役会決議の欠缺について悪意であったこと は 明 ら か で あ る。 ま た、 『本 件 契 約 に 基 づ く 借 入 れ が 多 額 の 借 財 に 当 た り 取 締 役 会 決 議 が 必 要 と さ れ る こ と』 を 知 らなかったことに着目しても、以下のとおりX銀行には過失があるというべきである。すなわち、Cは、本件契約 に先立って、Y社の法人登記の履歴全部事項証明書及び過去三年分の決算書等を徴求していた…のであるから、X において、…『多額の借財』該当性を基礎づける事情のうち、被告の資本金、総資産、売上げ、経常利益、これら と 借 財 の 額 と の 関 係 は 十 分 認 識 し て い た も の と 認 め ら れ る。 ま た、 『多 額 の 借 財』 該 当 性 を 基 礎 づ け る 事 情 の う ち の本件貸付金の使途に関していえば、A物産への運転資金の転貸融資という実際の目的をCが知らなかったことは 上記のとおりであるが、本件全証拠に照らしても、Cは、Bから聞いていた資金使途について、客観的な資料を徴 求するなどの調査を尽くしたとは認められず、この点に関しても、Xには過失があったというべきである。 」

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【研究】結論に賛成 一   はじめに   取 締 役 会 設 置 会 社 に お い て、 多 額 の 借 財 は、 重 要 な 財 産 の 処 分 等 と 同 様、 取 締 役 会 の 専 決 事 項 と さ れ て い る (会 三六二条四項二号) 。その趣旨は、取締役全員の協議により適切な意思決定がなされることをねらってい ( 1 ) る 。   本件では、Y社において取締役会の承認決議なしに、X銀行からの二億円の借入れがなされ、Xから主位的請求 として、貸金返還請求がなされたが、裁判所は、本件借入れが「多額の借財」であると認定し、また、貸し手のX 銀行が、Y社において取締役会決議がなかったことについて悪意であったこと、および、本件借入れがY社にとっ て多額の借財に該当するかどうか、さらには、本件借入れの目的、資金使途について客観的な資料を徴求するなど 調査を尽くしていないがゆえに過失があるとして、Y社主張のとおり、本件金銭消費貸借契約を無効とし、X銀行 の請求を棄却した。   ま た、 本 件 借 入 れ の 目 的 は、 Y 社 に よ る デ ジ タ ル 放 送 配 信 プ ロ ジ ェ ク ト の た め の 運 転 資 金 の 調 達 と さ れ て い た が、実際は、Y社の関連会社であるA物産の運転資金に充てるための転貸融資目的であり、Y社において貸借対照 表に計上しない簿外債務として処理されていたため、Y社は名義貸しに当たると主張したものの、このY社の主張 は採用されず、X銀行による貸金残金の不当利得返還を求める予備的請求については認容された。   本件の主な争点は、①本件借入れが会社法三六二条四項二号所定の「多額の借財」への該当可能性、②取締役会 の承認決議を欠く多額の借財取引の効力、③「知りうべかりし場合」に関する、相手方の調査・確認義務の有無お よびそれがあるとした場合のその範囲、④転貸融資が名義貸しと認められるための要件についてである。

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  本判決の先行研究には、本判決の意義について、企業間取引における取引先の調査・確認等の重要性を示した事 例 で あ る と す る も の 2 ) や 、「多 額 の 借 財」 該 当 性 に つ い て、 平 成 一 七 年 改 正 前 商 法 二 六 〇 条 二 項 に 関 す る 判 例 を 踏 襲 し つ つ、 「多 額 の 借 財」 該 当 性 に つ い て 銀 行 の 過 失 を 認 め て 融 資 契 約 を 無 効 と す る お そ ら く 初 の 裁 判 例 で あ り、 銀 行実務上も極めて重要な意義を有するとするも ( 3 ) の 、などがある。 二   多額の借財の意義   現行会社法三六二条四項二号の規定は、元来、昭和五六年商法改正の際に、旧商法二六〇条二項二号において導 入 さ れ た も の で あ る。 「多 額 の」 の 意 義 に つ い て、 当 時、 一 般 論 と し て、 具 体 的 な 事 案 に つ い て、 金 額 や 企 業 組 織 上の意義や従来の取扱い等からみてその会社では取締役会の決議を要求するのが合理的かどうかで判断するほかな いとされてい ( 4 ) た 。また、当時の立法担当官によれば、この「多額」は同項一号の「重要な財産の処分」の「重要」 と同一ものとされてお ( 5 ) り 、単に金額の多寡だけではなく、資金使途との絡みも非常に重要と指摘されてい ( 6 ) た 。   多 額 の 借 財 該 当 性 の 判 断 基 準 と し て は、 「重 要 な 財 産 の 処 分」 に 関 す る 判 例 (最 判 平 成 六・ 一・ 二 〇 民 集 四 八 巻 一 号 一 頁、 金 判 九 四 三 号 三 頁) が 参 考 と な り、 そ れ に よ れ ば、 「重 要 な 財 産 の 処 分 に 該 当 す る か ど う か は、 当 該 財 産 の 価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の 事 情 を 総 合 的 に 考 慮 し て 判 断 す べ き も の と 解 す る の が 相 当 で あ る」 と さ れ て い る。 本 件 で は、 会 社 の 総 資 産 の 約 一・六%に相当する価額の株式の譲渡が「重要な財産の処分」に当たるとされた。   そ の 後、 こ れ を 踏 襲 し た 保 証 予 約 に 関 す る 裁 判 例 (東 京 地 判 平 成 九・ 三・ 一 七 判 時 一 六 〇 五 号 一 四 一 頁) で は、 本 件融資額の占める割合が、資本金の七・七五%、総資産の〇 ・ 五一%、負債の〇 ・ 七五%、経常利益の二四・六%の

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場合でも、多額の借財に当たると認定されている。   いずれも、額の多寡とか総資産・経常利益等に占める割合など量的要素に加え、その目的、会社における従来の 取扱い等、その意義、資金の使途など質的要素も考慮された総合的な判断といいうる。   本件裁判所も、借財の額二億円が、資本金の一七・九%、資産の約五・七%、経常利益の約三三・三倍、分割弁 済の負担が年間売上げの約一〇%であるとして、まず量的要素について検討し、次に、借財の目的が実は関連会社 に対する運転資金の転貸融資であって、それが被告自身の売上げに直接貢献するものでなく、また、当該関連会社 から確実な担保を徴求した形跡もないことから、リスクの高い借財であるとし、質的要素についても考慮して多額 の借財に当たるとしているが、裁判所のこの認定それ自体についてはとくに異論はない。   た だ し、 こ の 該 当 性 基 準 の あ い ま い さ ゆ え、 「重 要」 、「多 額」 に 該 当 す る か ど う か は、 最 終 的 に 裁 判 所 の 判 断 を 待つほかなく、当事者には決められず、予測可能性に乏しい。仮にあらかじめ、会社が取締役会規則によって、取 締役会の決議を要する取引の類型、財産の種類、金額等を定めたとしても、取締役会規則によって取締役会の決議 を要するものとされていない取引が必ずしもそれを要しないものとされるものではな ( 7 ) い 。   そこで、相手方にとって予測可能性を高める観点から、財務上の特定の数値基準を法定するなど、基準の明確化 を望む向きもあ ( 8 ) る 。   しかし、最終的には諸般の事情を総合的に判断せざるをえないことから、たとえ目安があっても絶対ではなく、 どこまでいっても客観的な数値基準を定立することは不可能であろう。とすれば、やはり、その効力の有無が会社 の 情 報 (借 財 の 金 額 の 多 寡 と 会 社 に お け る 意 義、 借 財 の 目 的) に 左 右 さ れ る 相 手 方 に と っ て の 取 引 安 全 の 観 点 か ら、 会社による無効の主張を制限的に解する方向で処理するほかはない。

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三   取締役会の決議を欠く取引の効力   取締役会決議のない多額の借財の有効性をめぐり、諸説分かれており、概ね、①原則有効としつつ、会社が相手 方の悪意または過失を立証すれば無効とする心裡留保説、②原則有効としつつ、会社が相手方の悪意・重過失を立 証すれば無効とする一般悪意の抗弁説、③原則無効としつつ、相手方が善意であれば、会社が相手方の過失の有無 を問わず、無効を主張できないとする代表権内部的制限説、④代表取締役の越権行為のために無効であるが、善意 の相手方は、越権代理に関する民法一一〇条により保護されるべきとする表見代理類推適用説に大別できる。 ( 1)心裡留保説   本 件 の よ う な 取 締 役 会 の 決 議 を 欠 く 代 表 取 締 役 の 行 為 の 効 力 を め ぐ る 事 案 の リ ー デ ィ ン グ ケ ー ス (最 判 昭 和 四 〇・ 九・ 二 二 判 時 四 二 一 号 一 六 頁) は、 次 の よ う に 述 べ て い る。 「代 表 取 締 役 は、 株 式 会 社 の 業 務 に 関 し 一 切 の 裁 判上または裁判外の行為をする権限を有する点にかんがみれば、代表取締役が、取締役会の決議を経てすることを 要する対外的な個々的取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止ま る か ら、 原 則 と し て 有 効 で あ っ て、 た だ、 相 手 方 が 右 決 議 を 経 て い な い こ と を 知 り ま た は 知 り 得 べ か り し と き に 限って、無効である、と解するのが相当である。 」   こ の リ ー デ ィ ン グ ケ ー ス は、 民 法 九 三 条 但 書 を 類 推 適 用 す る、 い わ ゆ る 心 裡 留 保 9 ) 説 に 依 拠 し て い る と さ れ て お ( 10 ) り 、以後、裁判所は一貫して、この立場を踏襲してきている (東京高判昭和四四・五・一二金法五五七号二八頁、東京 地 判 昭 和 五 五・ 五・ 一 二 判 時 九 八 四 号 一 二 二 頁、 大 阪 地 判 平 成 六・ 九・ 二 八 判 時 一 五 一 五 号 一 五 八 頁、 東 京 地 判 平 成 九・

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三・ 一 七 判 時 一 六 〇 五 号 一 四 一 頁、 那 覇 地 判 平 成 九・ 三・ 二 五 判 示 一 六 一 七 号 一 三 一 頁、 東 京 高 判 平 成 九・ 六・ 二 五 金 法 一 六 〇 二 号 五 一 頁、 福 岡 高 那 覇 支 判 平 成 一 〇・ 二・ 二 四 金 判 一 〇 三 九 号 三 頁、 東 京 地 判 平 成 一 〇・ 六・ 二 九 判 示 一 六 六 九 号 一 四 三 頁、 東 京 高 判 平 成 一 一・ 一・ 二 七 金 法 一 五 三 八 号 六 八 頁、 最 決 平 成 一 一・ 六・ 二 四 金 判 一 〇 七 〇 号 一 〇 頁、 最 判 平 成 一 一・ 一 一・ 三 〇 金 判 一 〇 八 五 号 一 四 頁、 東 京 地 判 平 成 一 二・ 三・ 一 三 判 タ 一 〇 六 三 号 一 六 二 頁、 最 判 平 成 一 二・ 一 〇・ 二〇金法一六〇二号四九頁、最判平成二一・四・一七民集六三巻四号五三五頁) 。   この心裡留保説に対しては学説から次のような批判がある。たとえば、①心裡留保説は、取締役会決議の欠缺と 代 表 取 締 役 の 行 為 と の 関 係 を、 内 心 的 効 果 意 思 (真 意) と 表 示 意 思 と 捉 え、 そ こ に 不 一 致 が あ る こ と に 依 拠 す る も のであるが、そもそも、代表取締役はその行為の効果を会社に帰属させるつもりで行っていることから、内心的効 果意思と表示意思とは一致しており、心裡留保には該当しないというも ( 11 ) の 、②会社が自らの監督不十分のために代 表取締役がその決議を経ないで専行した取引行為の効果を、相手方がその事実につき知りうべきであったという理 由で覆しうるというのは、会社は相手方の過失が軽過失にすぎない場合であっても無効主張できるので不合理であ ると ( 12 ) か 、相手方は決議を経ていないことにつき善意・無過失の場合にしか保護されないというも ( 13 ) の 、③心裡留保説 は、相手方に調査義務を負わせる結果となるからよくないとするも ( 14 ) の 、である。 ( 2)一般悪意の抗弁説   一般悪意の抗弁説は、取締役会の決議は内部的意思決定手続にすぎず、それを欠いても代表行為は原則有効であ るが、会社は相手方の悪意・重過失を立証できる以上、一般悪意の抗弁で対抗でき、相手方は信義則上、権利を行 使することはできないとする説であ ( 15 ) る 。

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  この説は通説とされているが、本件のような場合において、取引が無効とされたとしても、相手方に不当利得返 還請求権を認めることが理論上困難であり、相手方にとって不利益ではないかと思われる。 ( 3)代表権内部的制限説   代表権内部的制限説は、代表取締役が会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有し、 その権限に加えた制限は善意の第三者に対抗することができない (会社三四九条四項・五項) ことに依拠し、取締役 会決議を要することがその制限であって、原則無効となるが、会社は善意の相手方に対しては無効主張できず、悪 意・重過失の相手方に対してのみ無効主張できるとする説 ( 16 ) で 、会社は相手方が悪意・重過失でない限り、軽過失の 有無を問題にせず、無効主張できな ( 17 ) い 。 ( 4)表見代理類推適用説   これは、取締役会の決議が必要であるにもかかわらず、それを欠く代表取締役の行為は、代表取締役の越権行為 で あ り、 原 則 無 効 で あ る が、 代 表 取 締 役 が 完 全 な 代 表 権 を 有 し て い る と 信 頼 し た こ と に つ い て の 正 当 事 由、 な い し、善意・無過失を相手方が立証できれば、民法一一〇条により、有効となり保護されるとする説であ ( 18 ) る 。   この説に対しては、①会社法の規律を超えてまで表見代理を類推適用しなければならない必要がどれだけあるの か疑問視するも ( 19 ) の 、②結局保護されるのは、善意・無過失の取引相手方に限られることとなり、相手方に不当な不 利益を及ぼすとの批判があ ( 20 ) る 。   以上、主な学説を概観したが、私見としては、会社法に根拠規定のある代表権内部的制限説が、代表取締役の専

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断 行 為 を 防 止 す る た め に 取 締 役 会 の 決 議 を 要 求 す る 会 社 法 に 違 反 す る 行 為 を 原 則 無 効 と し つ つ、 取 引 の 安 全 の た め、取締役会の決議欠缺につき善意・無重過失の相手方の保護にも厚いことから、妥当であると考える。   ただし、軽過失しか存在しない場合に会社側の無効主張を認めず、相手方を保護しようとする、代表権内部的制 限説と心裡留保説における実際上の相違はそれほど大きくないようであ ( 21 ) り 、そもそも、重過失と軽過失の差異は実 務 上 区 別 が つ か な い 場 合 が 多 22 ) い 。 実 際 に 重 要 な の は 過 失 の 内 容 で あ っ て、 心 裡 留 保 説 に 従 っ た と し て も、 裁 判 所 は、相手方が「知り得べかりしとき」をきわめて弾力的に解し、取引に至る経緯を詳細に検討することによって、 必ずしも取引の相手方に調査義務を課し、それを尽くさなかったからといって過失ありと認定するわけではないと されてい ( 23 ) る 。 四   相手方の悪意・過失の有無および調査・確認義務の有無   相手方の悪意の要件は、①当該借財が本条項二号所定の「多額の借財」に該当すること、②取締役会の承認決議 を欠くこと、の二重の悪意を意味し、このいずれかの悪意を欠く場合、取引は無効とはならないが、本判決は、相 手方の悪意を上記①および②の両方で問い、かつ①の「多額の借財」該当性の点に銀行の過失を認めて本件契約を 無効としてい ( 24 ) る 。   代表権内部的制限説や一般悪意の抗弁説などに比べ、判例のように心裡留保説に立てば、相手方が軽過失であっ たとしても保護されないことが懸念されてはいるが、実際に裁判所は、相手方が「知り得べかりしとき」をきわめ て弾力的に解し、取引に至る経緯を詳細に検討することによって、必ずしも取引の相手方に調査義務を課し、それ を尽くさなかったからといって過失ありと認定するわけではな ( 25 ) い 。

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  たとえば、①代表取締役が内部手続を経ているであろうと信頼し得る諸般の事情が認められる場合には、確認す る の が 失 礼 で あ る と 考 え、 相 手 方 (金 融 機 関) に お い て 取 締 役 会 決 議 の 有 無 を 確 認 し な か っ た こ と を も っ て、 過 失 が あ る と は い え な い と す る も の (福 岡 高 那 覇 支 判 平 成 一 〇・ 二・ 二 四 金 判 一 〇 三 九 号 三 頁) 、 ② 会 社 の 代 表 取 締 役 と 財 務を統括する専務取締役が共謀して取締役会決議を経ないで銀行に対して保証予約をした事案において、銀行が当 該専務に対して保証予約の意思確認を行ったことなど、保証予約締結の経緯、会社の経営実態等の事情を考慮する と、保証予約の締結に際し、銀行において、取締役会決議が不存在であることを知り得る状況にあったとは認めら れず、取締役会の議事録、あるいはこれに代わる確認書の徴求をしなかったとしても、銀行に過失があったと認め る こ と は で き な い と す る も の (東 京 高 判 平 成 一 一・ 一・ 二 七 金 判 一 〇 六 二 号 一 二 頁) 、 ③ 取 締 役 会 決 議 が な く て も、 社 内 手 続 が 完 了 し た と の 説 明 が あ れ ば、 特 段 の 事 情 が な い 限 り、 そ の 説 明 を 信 じ た こ と に つ き 相 手 方 (商 社) の 過 失 が問われることはないとするもの (東京地判平成一八・四・二六判示一九三〇号一四七頁) 、がある。   その意味では、どちらの理論構成をとろうとも、相手方保護の点で結論には差がないといわれてい ( 26 ) る 。よって、 重過失か軽過失かを議論するよりも、会社と相手方との取引関係やその状況、相手方の調査・確認の程度等の観点 から、個別具体的な事案ごとに過失の内容を吟味することが重要であ ( 27 ) る 。 五   内部統制システムからの視点と実務の対応   本 件 に お い て 相 手 方 で あ る 銀 行 の 過 失 が 認 定 さ れ た ポ イ ン ト は、 ① X (担 当 者 C) は、 Y 社 に お い て 取 締 役 会 決 議は不要であると聞いており、その意味ではそもそも取締役会決議を欠いていることにつき悪意であり、本件借財 が多額の借財に当たるとして取締役会決議が必要であることを知らなかったとしても、法人登記の履歴全部事項証

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締役会承認の有無を確認したため相手方は悪意とされたわけであるから、適法な手続を経ていることの念書等を徴 求する扱いが無難であるとされてい ( 29 ) る 。 明 書 及 び 過 去 三 年 分 の 決 算 書 等 を 徴 求 し、 「多 額 の 借 財」 該 当 性 を 基 礎 づ け る 事 情 の う ち、 Y 社 の 資 本 金、 総 資 産、売上げ、経常利益、これらと借財の額との関係は十分認識していたはずであること、②本件貸付金の使途につ いて、Y社代表取締役から聞いた虚偽の使途を鵜呑みにし、客観的な資料を徴求するなどの調査を尽くしたとは認 められないことであった。   本件判旨は、相手方が銀行であることが前提となっているかどうかは不明であるが、裁判所は、相手方に調査義 務を認めるかのような言い回しとなっている。調査義務があるとなれば、相手方の過失が認められ、取引が無効と な る 余 地 が 広 が る。 新 会 社 法 の 下 で の 内 部 統 制 シ ス テ ム や 法 令 遵 守 体 制 の 論 議 も そ れ を 後 押 し し て い る よ う で あ る。   すなわち、内部統制システムの下で、何かにつけてあとから検証可能な可視化・文書化が要求されることから、 取締役会決議の必要があるというのならば、決議をし、議事録を作成し、合理的な必要性があれば、定時・閲覧に も 積 極 的 に 対 応 す る こ と が 期 待 さ れ、 「多 額 の 借 財」 に つ き 取 締 役 会 決 議 の 存 在 を 資 金 提 供 者 側 で 確 認 す る た め に、取締役会議事録原本の提示あるいはその写しの提供そのものを慣行化し、その点に関して、偽造や捏造があっ た時に、相手方がそのことを知りまたは知り得べかりし時に無効とか、あるいは、そのことについて悪意である会 社が立証したときに会社側から無効を主張できるというようにして、これまでよりも、資金の提供者の側の取締役 会決議存在調査義務・確認義務を加重する方向で、取締役会決議の存在を重視して利害調整をすべきとする意見が あり、傾聴に値す ( 28 ) る 。   本判決を受けて、とくに銀行など実務に与える影響は少なくないと思われ、今後、融資の際に金額の多寡にかか わらず取締役会議事録の添付を条件づける動きが出てくることは予想しうる。また、皮肉なことに本件の場合、取

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( 1)   江頭憲治郎『株式会社法(第 5版) 』、有斐閣、二〇一四年、四〇六頁。 ( 2)   小菅成一「本件判批」 、TKCローライブラリー   新・判例解説 Watch (商法 No.54 )、二〇一三年、四頁。 ( 3)   神吉正三「本件判批」 、金判一四一九号、二〇一三年、三頁。 ( 4)   竹内昭夫『改正会社法解説』 、有斐閣、昭和五六年、一四八頁。 ( 5)   稲葉威雄『改正会社法』 、金融財政事情研究会、一九八二年、二三二頁。 ( 6)   稲 葉 威 雄 発 言「改 正 商 法 二 六 〇 条 の 銀 行 実 務 は い か に あ る べ き か ―『多 額 の 借 財・ 重 要 な 財 産 処 分』 等 の 対 応 策 ―」 、 金 法 一〇一三号、昭和五八年、一一頁。 ( 7)   神崎克郎「商法二六〇条と銀行取引」 、金法一〇一一号、昭和五七年、一六頁。 ( 8)   神吉・前掲注三、 四頁。なお、神吉教授は、総資産の五%程度を一つの目安とすべきと提唱されている。 ( 9)   松田二郎・鈴木忠一『条解株式会社法(上) 』、一九五一年、二八四頁。 ( 10)   豊水道祐「調査官判解」最判解民事昭和四〇年度、法曹会、一九六六年、三三七頁。 ( 11)   前田庸『会社法入門(第 12版) 』有斐閣、二〇〇九年、四八〇頁。 ( 12)   竹内昭夫『判例商法Ⅰ』 、弘文堂、昭和五一年、二三三頁。 ( 13)   落合誠一『 8   会社法コンメンタール』 、商事法務、二〇〇九年、一九頁。 ( 14)   龍田節『会社法大要』 、有斐閣、二〇〇七年、一一四頁。 ( 15)   大隅健一郎・今井宏『会社法論(中) (第 3版) 』、有斐閣、一九九二年、二一七頁。 ( 16)   前田庸『会社法入門(第 12版) 』有斐閣、二〇〇九年、四八〇頁。龍田節『会社法大要』 、有斐閣、二〇〇七年、一一四頁。 締役会承認の有無を確認したため相手方は悪意とされたわけであるから、適法な手続を経ていることの念書等を徴 求する扱いが無難であるとされてい ( 29 ) る 。

(15)

( 17)   前田・前掲、四八〇頁。 ( 18)   山口幸五郎「取締役会の決議事項の法定」 、民商八六巻二号四一頁。 ( 19)   小林俊明「会社法における取締役会の運営( 2・完) 」、専修法学論集一〇五号、二〇〇九年、一八頁。 ( 20)   前田重行「商法二六〇条二項二号の『多額の借財』と銀行の注意義務」 、金法一四八九号、一九七七年、一〇頁。 ( 21)   小林俊明「会社法における取締役会の運営( 2・完) 」、専修法学論集一〇五号、二〇〇九年、二〇頁~二一頁。 ( 22)   社団法人商事法務研究会・経営法友会「資料   商法改正追加要望事項について」 、商事法務一〇四〇号、昭和六〇年、三六頁。 ( 23)   小林俊明「会社法における取締役会の運営( 2・完) 」、専修法学論集一〇五号、二〇〇九年、二一頁。 ( 24)   神吉・前掲・五頁。 ( 25)   小林俊明・前掲・一九頁。 ( 26)   山田廣己「取締役会決議を経ない取引の効力」 、『会社法判例百選(第 2版) 』、有斐閣、二〇一一年、一三五頁。 ( 27)   小菅・前掲・四頁。 ( 28)   加藤修「多額の借財のような重要事項に関する取締役会の決議」 、慶応大学法学研究八〇巻一二号、平成一九年、一二頁。 ( 29)   高橋恒夫「多額の借財と取締役会承認の確認」 、銀行法務二一、 七六四号、二〇一三年、六三頁。 ―くすもと   じゅんいちろう・東洋大学法学部教授―

参照

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〔付記〕