――目次――
1,
パスカルにおける Duplicité について, 仁戸田六三郎, On The Duplclity in Pascal’s Logic, Rokusaburō
NIHEDA, pp.1-20.
2,
マックス,ミューラーの宗教学説, その性格をめぐつての一考察, 戸田義雄, On the Nature of the
Science of Religion, founded by Max Müller, Yoshio TODA, pp.21-36.
3,
宗教的人格の研究, 野村暢清, Study of Religious Personality, Nobukiyo NOMURA, pp.37-56.
文献目録, pp.57-63.
本稿は主として﹁パンセー﹂︵Pens訂su︰ar2−igiOn2−sur que官2S au−res suj2−s︶以前のパスカルに現われた d旦icitm即ち二重性について出来るだけ簡単に論述するものであるリバスカルの作品はそれが現存する形態自体を以てす
れば必ずしも体系的でほないい即ち第三者に体系的な理解を与えるようにほなつていないじ比較的かかる点に関して明瞭に
感ぜられるものほ﹁サシとの対話﹂即ち正確にほEn−r2tiendePasca−a責M・deSacysurEpict訂etsurMOコtaigne ヽE告aitd2S−童ぎOirespOur望は・くir=、トistOir2d2POrt・ROya−ミd2FOntain2であろうが、之れはパスカル白身の
作でほなく、此の対話がポールロワイヤルで行われてから約四十年を経て世に出たものであるり これは径にも触れるけれど
も、フォンテ一文が果してパスカルの言葉を真実に伝えて居るか否かに就いて、論議の対象になつているひ ストロウスキlの如きは此の覚書の価値を高く認めていない∩︼特にパンセ一に至ってほポール・ロワイヤル版のペリエの序文にも語られて
いるように実に複雑であつて、7.ルンシュウイックの編集に依る﹁パンセー﹂の如く従来の配列と異った配列をしているも のがある位である。﹁パンセー﹂の自筆原稿と二つのCOpie︵九二〇三並びに一二四四九−この番号はBib︼iOtbgue欝tiO邑e パスカルに於けるduplicitかについてパスカルに於けるDup−icitかについて
一、前仁戸田 六三郎
二
の那号を意味する︶の聞に存する夫々の異同を考察してみるならば恐らくほ決定的な断定ほ殆んど不可能であろうゥ パスカル
のフラグマンの分類は恐らく永久に未解決であるかの如き感を与えるのである︺ 最近のパスカルの文献考証学者の一人であ
るルイ・ラフユウマほその著 Recherche∽Pasca︼iennes の中で Mai∽訂prOblかme du c︼asseヨent desPens紆s n一語t
tOujOurSpaSrmSO︼u⋮⋮︵P・Nご と育っている位である一その原因の最も重要な点ほポール・ロワイヤルの序文が物語って
いるっ特に﹁パンセー﹂は。ハスカルが﹁思い起すのに必要なものだけ﹂ ︵dゼmetサre・seu−eヨent leschOSeSqui estOient
コeCeSSaires pOur lefaireressOu言nir⋮⋮
︶ のものを草稿として記したに過ぎないむ 此の意味に於て Recuei−Ori的ina︼ ︵九二〇二︶は謂わは作品そのものではなく、作品の材料に過ぎないものであろうし シャルル・ノヂエも Pes PeコS訂de Pasca︼コ恵aie已pa∽un宇r2︰C恵aitma叶i㌢ede守re⋮⋮︵浮l−etiヨdubiblj。phi︼e−澄u,P・岩eと言っている位であるじ これほE・ペリエが例の序文 ︼iassescOmpOS紆sdepeti叶spapiers打ritsdごnc賢かetdefeui︼lesく○︼antes・と言っ ている尊からも考えられるであろう。更にまたブランシュウィックも、c打tunecO−︻ectiOn de訂ui−1es臥par計sOude p乱tsヨOrCeau舛d2papier,C01︼かscOヨm2Suruロa−bumいunedate qu−コ好什pasant賢eure㌢−コー︰・⋮︵伸ddes Grands打ri象ns・T・−・P●−︶と言っている。
ガリックはラフユウマの﹁パン七−﹂の序文の中でPascal meurt︰−ゴistOire des Pens紆s cOmme宍e⋮︵Pa筈a−Pens紆s Hachette.
−誤OP・−∽Ⅰ已rOd宍tiOn par RObertGarric︶と興味深い青森妄由らしている。或る鶴点から見れほ、パスカルり死に依って﹁パン七−﹂
り歴史は開始され今日に迄至っているとも言えるであろう。
にも拘らずパスカル自身の意図ほ当初からかくの如き﹁覚書﹂乃至﹁備忘録﹂的なものではなく、E・ペリエの序文 ︵ポ
ール・ロワイヤル版︶ が物語る如く、。ハスカルがポール・ロワイヤルの人々に講墳した内容ほ理路整然としていたのである。
ある。即ち作品を書く時最後に気付く事ほ何を最初に置くべきかと言う事だと言っているのである。︵Laderヨi・肯echO詔
qu♂コtrOuく2en露00antunOuくrage、eSt de saさirce︼訂qu己fautme茸e︼a premi甘e ︵Pens訂●訂●POr→R。ya−
舛舛火−Brunscぎic甲−り︶ また言葉ほ異なる排列をすれば異なる意味を生じ、意味ほ異なる排列をすれば異なる効果を生じる と言っているニLesm。︹sdiくerSementra屋訝fOntundiく3SenS.e二esse㌃di責Sementr彗唇訂f邑di慧rentse賢s︵P? ヽヽ 。S訂s・MS・N芦Bru房CぎicgNu・︶此の意味に於て現存するパスカルの﹁。ハンセー﹂の草稿の表現と形式並びに在り方一般を端的 に非体系的であり︰ハスカル自身もかかる人間であると考えるのは誤りであると思う■U。ハスカルの作品の文献学的考証は幾 多の難問願を含むものであるが、それほ何れ別の機会に譲って此処では、これから試みる論述に対して最少限定の考証的前 線を示したに過ぎぬのである。私見に依れば文献考証に立脚しない研究ほ学問的でほあり得ないと思うのであるい 二、前程よみの出発 右に述べた事は例えばパスカルの宗教思想に関する諸間髄の一つとしてdup−ici誌∵を取扱うに際し、私自身の勝手な論理 的思惟に基く事を出来る限り避けんとする意図に依るものであつて、パスカルの所説を如何に配列して私が論ずる場合も私 が前提として意識して居なければならぬ最少限度の制約なのである。
そこで先ず私が取り挙げたいのほ、パスカルの宗教思想を通じて一つの特色となつている二重性の思惟方法であるじ この
ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 二蚤性の論理は同一の場に於て内在する相反するものに就いての思惟であるっ それはかかる論理自体がかく考えるのである
と言う解釈学的見解も成立するかも知れない。しかしながら宗教思想に於ける論理はかかる見解に依って完仝に規定し尽し
得るものでほないように考えられる。パスカルの思惟の出発は二重性にあると考えられる。即ち彼は﹁パンセー﹂に於て、
パスカルに於けるDuplicitかについて四
此の事を明瞭に述べている。
Les deu舛rai00OnS COコtraires.Ⅰ︼faut cOmmenCer par−少︵Pe宏訂ひ︰MS●−声Brunsnhくicg∽笥︶
此の如く相反する論拠、そこから出発しなければならないと言う事は、パスカルの思想を貫流する基本的な思惟方法である。
かかる方法ほ彼自身の個性的な思惟であつて、伝統的な正統な考え方ではないり 此の点のみを以てすれば、デカルトやス
ピノザと軌を一つにするようにも思われる。しかt乍らデカルトはSempere已stiヨaくiduasquaestiOne00.deDeOetde
Aコiヨ少praec−puaSe∽SeeH帥訂quaeP邑OSOphiaepOtius quaヨThe010聖ae Ope Sunt deヨOnStrandae︵Descarte㍗
MeditatiO完∽deprimaphi−。∽。phiaA・T●声−︶ と言っている如く、それほ所謂無神論的な神の探求であり、神学の否定にな
った。同様にスピノザに於ては ad separandaヨphi︼○写phiam a TheO︼○乳a ︵SpinONa●Tractatus↓beO−Ogic?pO−iticus・
Cap・輌SpinOZaOpera︹Gebhardt︺T冒・芦︶ と主張されている通り、哲学の立場に立つ事は神学よりの分離を意味した∪神
を問題にしながら、その方法が純粋に哲学的たらんとしたから、成立某教の所有する神学から離れ之れを否定する結果にな
つた■り
この問題に関Lては別の機会に詳細に論じてみたいと思っている。十七世紀に於ける哲学と言う用語は自然的理性︵raisOnnat弓eue︶に
依る学であるから、現代青々の言う哲学と概念規定を輿にするものである事を附首して置く。
一六田七年仮の省察録の仏訳には下の如きデカルトの言葉があるゥ C釘t pOnrquOy j耳nraqu.i−ne serait pas cOntre−e deくOir
dビnphi−OSOpbesこefaisOisくOiricy cO日ment−etparque〓eくOyenOuSpOuくOnS、∽anSSOrtirdeヨOuS・me日eCOnnOistreDieu
p−usfani−ement e︻plus certainement−quenOuSreC呂nOiss呂S les cbOSeS dum昌de − 以上の文で私がアソダー・ラインを引い
た個所は興味あるように私には思われる。青々自身から離れないと貰う事は、他面神学から離れる事を意味Lている。この文はA・T厳
にはないが、青々自身から離れる事はjepens2,d呂こesuis と言う第一原理を意味することは当然である。従って伝耗的権威の思惟
然るに。ハスカルに於てほ独自の思惟方法を用いながらも、神学と同一の帰結に到達しているのである。これはフォンテーヌ の覚書である﹁サシとの対話﹂の終りに明記されている。それはパスカルが一六五四年十一月二十三日夜 COnくer乳On d畏niti謡を経て翌年深い信仰生括に身を投じていたポール・ロワイヤル ︵PO芋ROyaldesChamps︶でサシ︵LeMaitre de Sacy︶ と行わたものである。 C2futainsiqu肝c2Sdeu舛p2rSOnn2∽dピコ玖b2−2名rit∽ぎcOrd町en−2邑コauSuje叶de訂−ec冒redecesph苧 OSOpFesets2r2nC邑r訂n−auヨぎet2rヨeもPi︼sarriく訂n−n訂nヨOinsdビn2mani町edi慧rente︰M●deSacy
yかtant完nutOutdビn cOtlp par la c︼air2言e du Cbris叶ia詠me−et M.Pas邑nヾ恥叶a已arri息qu嶋apres ′
beancOupdetOurS、enS、attachantau粥principesdecesphi−OSOphes・︵EロturetiendePasca−aくeCSacysurEpict打e et MOntaigne.︶ 此の記述が当時の真実を伝えているか否かは今日伶阿願とされてるところである。ストロウスキーは対話の内容が余りに黙然とL過ぎて、 エビクチトスの引用文は一六〇九年のサン、フラソソワわ訳文を逸事的に取ったものであり、四十年も経てお人好のフォンテーヌが、かく も正確に想起し得たかが疑わしいし、怪しげな記憶や友人蓮の記録を合せて作ったものとしてその実実性を否定Lている。︵LesPensかes de冨ca−・帥2dee−A邑yseparFOr−una−S−rOWSki・2・一宇讃︶しかし︼般的には大体に於て覚束な資料とトてそ完備が認めら れているようであるから、私は仮りにそれに従って符く。 右の文中deロXperSOn完Sは。ハスカルとサシであり、cesphi︼OSOphesとほエビクテトスとモンチエ−ユである。そして終 結に対しては。ハスカルもサシも一致していたに拘らず、その過程が興味ある対照を示している。即ちサシほ端的に基督教知 見に依るものであるが、。ハスカルは両者の哲学原理に密着しっつ多くの廻り路を経た後︵apr訂beaucO亡pdetOurS︶に終 結に達したのである。 此処で私が問題にしたいのはapr訂beaucOupde言ursと言う事である。これはサシとの対照に於て言うならば、端的 パスカルに於けるDup−icitかについて 五
六 な基督数的な知見や理論換言すれば正統的乃至伝統的なカトリシズムの理論や知見に依らずして、パスカル自身の思惟に依 る事Jイ意味している﹀重ねて言うならば、独自の思惟に拠りながらも、デカルト的にもスピノザ的にもならなかつた点に問題 があるように思われる・乃ち私は此処にパスカルの宗教思想の特色即ち二重性の問題があるのではないかと思うのである1. 伝粍的な基軒数J其理を自然的理作に依ごし立証出来ると言う主舵は眈にパスカル以前からあつた︹倒せばレーモノ、スボン︵Raim呂d SO亡bO邑.︶ほそ︼一人で、モノテーニュは彷心理論に興味を抱き、そJ父︺依閏もあって、スヘイン群山そ揖作品を仏訳したと言われ る︵ しかしそれは多く山帯解を坐r波乱を証したりで、モンテーニュはスボンを弁護するために論文を書いたl これはモノテーーニ山エ ツ七イ中苑長山も︼でAp010giedeRaim昌dSOubOnd として有名である√ ハスカルは一六五二年から決碇的回心前まで0所謂世俗時 代メレ ︵Che邑ierdeM肯か︺・とり交瞬からモノテーニュJ作品に接して影準を受けたと言われる︵ しかし、モンテーニューリ弁護は結界 に於て弁護と言う本来り意味から脱落してしまつた感が深い.学者に依ってはパスカルわ二束性がこ山スボンとモソテー三り緑に洗い 関都関係を持つように言われ,∼・が、私は否慰するも︺ではが、一面的に過ぎると思うもJである︵ しかし、私がかくの如/、諭ザる場合、或る人はヘーゲルの宗教哲学を想起して、パスカルとの異同を私に対して問うかも知 れない二と言うのは、ヘーゲルもその﹁宗教哲学﹂ abs。−u叶eRe−igi呂に於てプロテスタント的基督教を認めているからて ある、例せば三位一体論を平り挙げてヘーゲル独自の弁証法て諭しているー一私見に依ればくa.[きS旨︼・芽i−igerGeis叶を 説くヘーゲルの論述は如何にも得意満面と言う印象を受けるように思われる▲▼ 此山点はへーデルり周辺に於け一心種々なる物誘をかもした問題に比較して完全であつた様に思われる︹ フィヒテ0法廷に於ける弁明は要 するに自己り哲学に忠実であつた為め、伝統宗教か、シ鱒神論者と鞍解された結果である︵そJ Gericht−iche宕rantwOrtunggegendie
Ank厨e des Atheismus り中で、フィヒテは卒直なる自己揖心情を殖産してIch bedarf nur der R。he。m mi。h her。m占nd
pers宣icherSicherhei[と言っていりヤ 身辺の平安と身1山安全を求めラ二貰う告白は希自身?哲学託と如何なる関保があるか∩晩年
め作品AnweisungNumSe−igenLebenに於てほ伝統宗教と非常に接近して ich insbes呂deredeロEくange−isten l。hann。Sall。i。
a−sLehrerdesechtenChristentumsge−ten−asse︰⋮・と言いつつ使徒ヨハネを質讃し、そ山理由として diesera−1einhatAchtung
f賢die宕rnun許undberuftsichaufdenBeweis.denderPhi−OSOpha−−einge−︻en−訝st,と述べている︵此空所記を考えてみる
旨er dieReligi呂に於ける汎神論的傾向が問題となり・Chris︻−icher G−aubeに於ては全く態度を改めている。ヘーゲルはかかる曲折と 比較的韓ずして、自己l︺軒学と革基督教とを一致せしめている点は一つ山岡題となるように考えられる。私心言わんと欲する処は、多くの 論証を続て ︵今此処ではそれはⅢ来ぬ︶ パスカルにはかかる問題は有り得ねと言う事であ■る。勿諭COmpagnie de l訂usとPOrt・ROya− との対立抗争は十九世紀ドイツに於けるプロテスタソト神学山岡堪とは比較にならぬ程血なまぐさい問題むまき起した。人はアルノオ ︵Arnauld︶ む中心として担った問題を堰り挙げても解るであろう。ドイツの哲学者︵上述の︶は彼等に比較しておとなLい人間であった ようにも思われる。︵此り点に就いて私は多く?論拠た持っている︶ 右の点をのみ観るならば相通ずる面があるであろうが、ヘーゲルが哲学体系自体を主体的に考えていて、それを前提として ヽヽヽヽヽ 宗教を自己の哲学の対象とする立場はパスカルと性格的に興るものと言わなければならない。へ1ゲルの言葉を左に掲げな らば、
ichhabees宗r n賢ig erach叶e叶−die Re厨iOn f守 sic−−Nuヨのegens叶aコd der phi−OSOphiscllen出e叶−・aCh叶ung 冒
machen und diese Betrach叶unねals ei記n besOndeH.n Thei一2deヨGanNen der PhibOSOphie hin苫宗geロ.
︵Hege−︰Re−igiOnSphi−OSOphie Einleitun的︶
Wenn wir Oben sagteコ、dass diephi−OSOphi川di川 ReliねiOn Num Gegenstande ihrer Betrachtung mache︰⋮・
︵ibid● ヲ︻●︶ この言葉のような庵めて小部分を捕えて全般的に規定することほ正しい事ではないが、紙面の都合上仮りに寛恕されるなら ヽヽ ば、ヘーゲルに於ては哲学体系自体が主体性を持っていて、宗教はその対象である串が知られるハ一之れに反してパスカルに 於ては宗教ほ対象ではない。勿論ヘーゲルの言う宗教とパスカルの言う某教とは概念規定を同一にすべきではないであろう。 ヽヽヽ パスカルに於ては哲学閏理性と宗教的心情とは両者何れも主体的なものであつて、何れかか対象になるものでもなく、何れ かが他に先行するものではない。然らばスピノザに於ける思椎と延長の如きものであるかと言えば、かかるものでも全くな .ハスカルに於けるDup︼icitかについて 七
八
いのである。スピノザに於てほCOgitatiOとe箆ensiO は並行するものであつて、神である Substantia から三角形の内
角の和が二直角である必然性と等しい必然性で萬緯されたものに他ならないっ。ハスカルに於てほ寧ろ其の哲学は哲学を軽蔑
するものでなければならないのである︹−SemOquer de−a philOSOphie︸C打tくraiヨe羊phi10SOpher ︵Pen乳esMS.−声
Brunschくicg・三 これは単なる逆説的快感として冷笑に附せられるかも知れないが、かかる表面的な批判的冷笑を越えて舟
面に存在するパスカルの意図を内在的に把顕するならば、主体的な立場が見られるであろうっ 此の主体的な立場に於てパス
カルの二重性が存在するものと考えられる一.此の如きパスカルのサンスは現代に於ても一つの底流として認める事が出来る。
例えばマルセルのActeet PersOロneがそれであり、ムニュの如きほパスカルをフランスの弁証港と実存主義の父としている
′ のであるり ︵Pasca−、pere de−a dia−ectique et de la cOコSCience e已stentiel−e ヨOderne⋮⋮Emmanue−MOunier︰Le
PersOnnalisme・−誤OP・−ど私はかかるパスカルに於けるものとして、二重性の考察をはじめたいと思うのである。 三、真空論序説の問題 決定的回心以前のパスカルの作品に﹁真空諭序説﹂︵Prか訂cesur−e耳aitかduくide︶がある。これほブランシュウィッ クやダートルーに依ると、一六四七年の十月から十一月の間に書かれたものらしい。此の論文に関するノートを後に。ハスカ ルは﹁。ハンセー﹂の中で試みている。 ラフチワマの窮する﹁パンセ−﹂第二巻一入貢には20tepOuニe糸↓raitかd亡≦de∀︵−の∽ごとして入れられている。ブランシュクイ ックはその﹁パン七−﹂七五に置いている。MSは三九三であるが、COpie・にもPOrTROya−阪には見当らない。 。ハスカルは此の作品の中で既に理性と心情 ︵rais。netCOeur︶ の二重性を語っている⋮ハスカルほ権威に依る真理と自 然性に依る真理のCOntriかt和上に立つ。それ故彼は真理は只一つでなく多数である垂を認めるのである。︵H︼yaun
graコdnOmbredeく賢t恥s\⋮・Pens訂・P。rTROya−対当l−1.︶権威に依る真理は常に理性に依る真理と二重性COntrari舎恥
に立つのであつて、決して前者は後者を駆逐するものでほない。
Jen2pr小宮dspasban旨−2urauthOri−恥pOurr212完ニeraisOnn2menニOut詔ul︵OeuくreSdeB︼aisePas邑■par
LかOn Brun鰐hくicg etPierreBOutrOu㌍−篭∽.〒−UN.P.︶
此処で力点が置かれているのは両者の区別であつて、決して何れかが他を支配すると言うのではない。権威とは。ハスカルに
於てはカトリシズムであり、聖書の著者が自然と言うものを用いずに神の存在を証明した事を喜んでいるq ︵C好t une ChOS2admir邑2qu2jamaisaut2uJCanOn−qu2完Su2S叶琵まd2訂呂叶urep2rprOuく2rDieu㌔ens訂COpieN芦 Br。nS。hま。g冨・︶そして権威のみが吾々を啓蒙し、その権威が主力となるものは神学であると考えた。︵C打t authOritか 托u−equi nOuS2np2uteSC訂ircir・MaisOPc2−−eau−hOri−ma−aprinci邑2IOrCe\estdanslatheO−Ogie⋮Pr欝ce SuニeTraitかdu≦de︶此の一言に依ってもパスカルほ神学を認めていた事が知られるであろう。かくの如く権威と神学ほ同一本質に基くものであつて、此の立場は哀してパスカルを貰いているものである。自然的理性の世界を認めて居る事が前
線となつて、この権威の世界を考える事が出来るのである。かかる権威に依る世界はG・ペ少エが伝うるところに依れば。ハ スカルの幼少の頃から内在したものであつて、信仰の開園は理性の対象にはなり得ないと考えていたらしい。︵tOutCequi esニさj㍑d2−afOine12p2ut賢2d2−arais芦訂くi2d2M・Pasca=crit2parMadam2P賢ersa冨ur︶次に之れと同時にパスカルほ自然的理性の世界を認めた。そこでほ推理と感覚の作用が行われる。自然の認識は理性が行
ぅのであつて︵−araisOnS2u−ea−i2udぎcOnn訂−re︶、そこに科学の無限の進歩が考えられた。権威の世界でほ自然的理性は役に立たないように、権威は此の認識の世界に於てほ無用の長物と考えられた。
Ⅰ−n好nestdemesmedessubj2tSquitOヨbentsOuSlesen∽OuSOuこeraignnementこ、authOritmye箆inu昌e パスカルに於けるD亡p−ici什かについて 九︼0 ︵ヲP●︻∽は︶ 右のパスカルの考え方を考察してみると、権威の世界から感性と推理の世界を演繹しょうとするものでもなく。また後者を 否定するものでもない坤を知るのてある。蕪空論序説ほかくの如く二つの世界を上述の如き意味に於て示しているJ 自然的 な理性の世界は権威の世界とは別個に存在し、権威と理性は人間と言う同一主体に於て反対対立として存在しているのてあ る︹ 認識の世界に於て.ハスカルほ自然の無限を語。り、それに比して人間の存在が如何に禽弱であるかを強調している。それ はあたかも﹁パンセ−﹂に現われる人間の悲惨︵Misre de〓6ヨヨe︶の伏線であるかの如き印象を受けないでもないっ 四、対話に示された二重性 右の思想は﹁サシとの対語﹂に於て一層明瞭に示されている■﹂エビクテトスは人間の偉大さをのみ強調し過ぎたと語り、 モンテーニュほ人間の悲惨さのふ力説したと語って、両者を同時に否定するのである。私ほこの問題に関するパスカルの論 証過程を此処で取り巻けて、パスカルの宗教思想の特色が二霞性の論理にあることを示したい。 。ハスカルに依ればエビクテトスほ人間の義務を重要視した事は賞斎に佃するけれども、人間の無力を知らなかつた点に大 いなる欠陥があるのである■J 人間の尊大を否定する論拠は人間の無力と悲惨の実存にあると言う事はパスカルの常に主張す ることであるが、しかしながら・、その論拠は人間の悲惨を強調するモンテI一一ユとは似て非なるものである。モンテーニュほ ﹁V−モン・スボンの弁護﹂の中で赤裸々な人間を取り巻げている。即ち他の助力もなく自分自身の武器のみで武装され恩
寵と聖なる知識を奪われた人間ただ独りを考えてみょう ー と言うのである。 ︵COnSiderOnS dOnq pOur Cette heure
︼ゴOmヨeSe阜 呂nS SeCOurdestranger−arm仙籍u−eヨeコt de∽eS armeS、et despOurくeu de−a grace e†cOgnOi・
蜜.ApO︼Ogie deRaim雪d SOubOnd■Edi旨n Garnier Fr町es、Pこ$︶
このモンテーニュの立言に対しパスカルは﹁対語﹂に於て、モンテーニュは信仰の光がない場合、理性が如何なる道徳を課
すべきかを探求せんと欲し、かかる前提の下に原理を取ったのであると解釈している。モンテーニュほ上述の無力な赤祉々な
人間を自然の無限に対決させて、人間の悲惨を更に一層明示しょぅとした、■ この対決の申で彼ほ人間の尊大な自惚を指摘し
て之れを極力非難している。即ち彼に依れば自惚は人間の本能的で始瀬的な病気なのである。︵LapresOmptiO−一eStnOS叶re
ヨaladienaturelleet Originel−e Lap−uscalamiteuseet frailedetOuteS−es crea−ures、C釘こゴOmm2MOntaigコ2︰
Essaisヲchap芦Ap010giedeRaimOnd SOubO已掛ditiOnGarnierFr町esヲP●−∽N︶人間存在のほかなさと醜さをかくの如く モソテー一;ほ指摘するのであるが、パスカルほ同様に自然との対決に於て人間を規定しょうとしている︵ノ この。ハスカルの 方法は﹁パンセI﹂ ︵MS.∽芦BrunscFくicg.記︶ に於てモンテーニュの実文に託して語って居るし、先の﹁真空諭序説﹂に 於ても、人間を無限者のためにのみ生み出されたものと規定している尊からも見られる。︵︰⋮七hOmmequiロ.eStprOd已叶 quepOnrlぎfini叶m.︶この線に沿う人間は結局帰結するところほ、人間の悲惨を指摘する命題に到るのである。 ヽヽ しかし此処にパスカルとモンテーニュとは非常な相違がある事を看過する串はH来ない。即ちモンテーニュは端的に人間 の弱さと醜さを鋭く指摘するのみてあるゥその鈍さは神の存在を否定する無神論者の論拠の薄弱な事に迄及んでいるへ、しか し、それは基督教の信仰を弁護する為めにではない。と言うのは信者の論拠をも彼は鋭く批判したからである。Qu“sai? je∼Iこの言葉かモンテユーユの性格の貢要な一両を物語るならば、人間そのものに対する態度もこの青葉に依って知ら れるのではないかと思われるご﹂れをパスカルの二重性の論理から考えてみるならば、モソテー⋮は人間を端的に一面的 に規定するの五であつて、かくも醜く悲惨な人間をかかるものとして規定したままであると言う事になる。若し人間がかく も悲惨なものであると言うならば、当然かかる人間を救済し善導することこそ人間の義務であるとパスカルは考えたのであ パスカルに於けるDuplicitかについて
此処にモンテーニュもパスカルも人間の悲惨と言う一点に於て一致している或る而を知るのであるが、更にこれから述べ
る点で本質的な相違を見るのであるり即ちパスカルの指摘する悲惨は同時にそれと反対なるものを所有する萌、換言すれば
人間の醜さと悲惨は彼の二貢性の論理の一構成要因であると言う事であるJ 結論としてほ一致する両を持ちながらも意図を
異にしていた点に於て注目すべき問題があるように思われる
こ霊思図と心情山相投ほ次山パスカル?言葉に依って知られるであろうっ即ち、Car i−s peu扁nt bien かtre di禁rents e什cOnduire
n訂nmOins auXm巾mes cOnCどsiOnS,Chacun sachan︻que訂くrai se cOnC−ut sOuくent d亡fau㍗竃ntretien de Pasca︼aくeC M.
︵de Sacy.︶ 右に引用した文から知られる如く、パスカルは思惟方法自体に自意識を持っていと考えられる。かかる自意識の内容に属す る二重性の論理は上述の如き事態を方法論的に展開して行くところに、パスカルの二露性の特色があるように思われる さて、人間の弱さと悲憤ほモンテーニュに依って指摘され、人間の偉大さほエビクテクスに依って指摘されているのであ るが:ハスカルに於ては、かくの如く別々の人間に依って別々の蔀が主張されている串に非難の央が放たれるのである ﹁サシとや対話﹂が、エビクテトスとモンテーニュを対象としている事が色々な問題た含んでいるようであるハ一サシは相手の趣向に拾う て話題を選ぶのと習慣としていた事は﹁対訊﹂の初めの部分に記されているが、その習慣に従ってパスカルに水を向けたことになつて いる︹−それに対してパスカルは自分が最も常に読んだ市物はエビクテートスとテンテーニュとであつた事を答えているっかかる理由で﹁対 話﹂は上め両人を対象としているのであるっ此ウ摺想に対して色々な記がある。ストロクスキーの如きは﹁対話﹂の棒逸が﹁仕組まれて
いて、芝辟じみている﹂と言つてその価倍を低く見ている∩ ︵dごne fa巾On pr音ar訂et th㌫t邑e.Les Pens訂s de Pasca−.F.
一二
るが、モンテーニュは只かかる人間を傍観するに過ぎないとパスカルは言うのである。パスカルに依れば結局モソテーエユ
StrOWSki P.↓A.︶
二つの開園が二人の人間に依ってほらばらばらに取扱われていると言うパスカルの考えは、それ自体一つの解釈であつて、
事態自身に関してはまた別な見方や解釈が存在し得るわけである︹一悲惨と偉大が夫々二人の人間に依って強調されていると
言う事実の指摘は、その他の諸事実の中から特に此の事実を選択したものであつて、此の選択自体が既に。ハスカルの立場を
物語っているように思われる。そしてその選択を主題にして批判する。ハスカルの心ほ、その内的前提として、悲惨と偉大は
ヽヽヽヽ 同一の人間性自体に内在するものであつて、同じ人間が此の二つを同時に考うべきであると言う命逝を持っているのであ
るりこの選択を前提とするパスカルの批判方法ほ、パスカル自身の立場を告白するものであつて、そこに二重性の論理が遼
遠しているように思われる。
かかるパスカルり立場はモンテーニュの言祝から転じてモンテーニュ?些活辟捉と心情に及んでいる。例せばパスカルはモノテ一三を 指して、柁は管しみと死を遅ける︵ainsii=uiニadOuleureニamOrこと批評し、輿教徒として行動し︵ロaisilagitauc。ntrair。・decettesOrteenpa誉︶意表に川るような事は背くけれども、他の人々のように行動する。︵Ainsニーn.a rien d好traくagant dans
sa c呂duiteニーagit cOmme−es autresじと批評している。発しパスカルに於ては坐活自体が関心事三つとなつていた事が知られ
る。これはG・ペリエの ﹁パスカルの崖涯﹂を読んでも側而的に知られるであろう。
右の如きパスカルの立場に立脚してエビクテートスとモンテーニュの欠点を指摘したのであるが、私は更にその批判を﹁対
語﹂の中から次の如く取り挙げたい。諾しそれに依つて。ハスカルの思惟方法と思想内容が必然的に顎推さ丸るであろうから。
先ずエビクテートスの場合
人間の初めの偉大さの若干の痕跡に注目して、その後の人間の将敗を知らなかかつた。︵remarquantque官estraces
desa preヨi町egrandeuretignOraコt SaCOrruptiOm︶
右の解釈はパスカルが先の両人に対して行つた批判の結典であるが、かかる箇条を前に逢いて自己の見解を披摩するのであ
る∵てれに依って一層。ハスカルの二束性の特色が理解されると思うノ 即ちパスカルは彼にとりて欠陥だと思われる前述の両
人に対して次の如く言うのである︻U ﹁轟理を悉く知るためには、一緒に認識されなけれはならない是等二つの状態が抑小に
認識されたので、必然的に倣慢と怠惰との二つの悪徳の何れか一つに導かれるのであるーJ︵Ainsic2S d2u舛冨−s quゴ
邑laitcOヨa誉e enseヨblepO亡rくOirtOコte︼a象ritm−かtant cOnnuS S甘armヨeきcOnduisel︼t neCmSSaireヨent㌢
︼ビn de ces deu舛くicesニーOrgueil eこa paresse︶
ヽヽ 此の言葉から完全な真理の認識ほ二つの状態が一緒に知られなければならない事が考えられるであろう。この事は﹁パン セ−﹂MS・−声Brunschくicg∽笥でLesdeu粥raisOコSCOntraires﹂〓autcOヨヨenCerpaニ㌣と言って居る事からも 理解されるであろう。相反する二つの論拠から出発しなければならないとするパスカルの方法が、エビクテートスとモテー ニュと言う二つの対象に対して適用されているのを見るのである。 一国 その結果が彼を倣悼の頂上に導いた。︵cequ〓eヨ㌻eaucOヨb−ede−asupeユ︶e︶ モンテーニュ 現在の悲惨を感じて最初の状態の尊厳を知らなかつた∴甘rOtl昌コ二aヨist町eprmsenteet igコOranニapreヨi町e dignitサ・・⋮︶ 其の結果が彼を真実の善へ連することを絶望させ、極端な卑怯へと転落きせた。︵cequ〓epr賢pi叶enansled訝espOir d、arriくerかunく町itablebieコ.etdel少daコSuコee琵rかヨe−抄chetm.︶
五、二重性の帰結 以上のような二重性の論理とも言うべきものは単に思惟の方法としてパスカルに存在していたのではない。今迄の論述ほ 凡そ非論理的にして非体系的であると専ら此の国で考えられているパスカルに対して、強いて私が論理主義的方法を勝手に 強要するかの如き印象を与えるかも知れないが、かかる印象を持つ者はパスカルの作品の表面のみを知り、且つ若干の宗教 上の逸話をのみ知っての判断に過ぎないと思うのである。私はパスカルの宗教思想に対して独断的な論理を弧要するもので は決してなく、その内在的な立場に於て問題を究明しょうと思うだけである。 さて、パスカルのdup︼icitm と言う事は端的に彼の特異なる論理的な性格でのみあるのではい。パスカルの宗教思想の内 容そのものに或る意味に於て実質粕に内在するものなのである。此の点について以下少しく論じてみたい。その謂わは等質 的な。ハスカルの形而上学厄要するに福音苗の性格にあると彼ほ言うのであるが、福音書をかかる方法で規定するとこ一つに、 ヽヽヽヽ ヽヽヽヽヽ 彼の某教理論があるのではないかと思われる。即ちパスカルをして言わしむれは、福音の真理は全く.聖なる方法で相反する ヽヽ
対立を調和させ、頁なるものを完全に結合するのである。︵C好t e−−e qui accOrde−es cO琵rari恥tmspar un aH.け叶Out
di註e巾unis笛ロニOutCequiestdeくrai⋮⋮︶此のせでel−eほ前史の︼aくeritmdelふ昌n覧eを受けている=更に またパスカルほかかる相反する対立が聖書に於ては美しく維一されているし結びついているけれども、人陶に於てはあたか も両立し待ない存在であると考えた。従って人間的にほ紘一調和し難い対立を反対対立としてc呂trari賢かとして明示する パスカルの背後にほ今述べたーaく賢叶かde−ふくangile即ち福音の舜理が存在する郭が信じられていたのであるりかかる福 著書の真理を信仰の立場に於て前提とするが故に、人間に於ける尺対対立を如実に静観するrais呂 で感受出来たのであろ 、フ︹︸ パスカルに於け乙Dup︼icitかについて
decOコtradictiOnSS2trOu克raie亭el−esdansunsuje−乳mp−e︵2e邑es,房、∽NN・Brunsch喜g喜︶ 右の断章の語るところほ。ハスカルの謂わは人間観と言うべきものの一端が現われているように思われる。同一主体︵uコ竿 ヽ ヽ ヽ
時に偉大なのである。それは福音書的信仰を場とする限りに於て成立する命題である。
に内在するものと考えられたっ悲惨なる人間と偉大なる人間ガ存在すると言うのでほなく、人間そのものが悲惨であると同
パスカルに於ては成立し得ないのである。かかるアポリアは福音書に帰結する論拠を持つ事に依って、同三体である人間
右の所説に依ってパスカルの二蛋性ほそれ自体では成立し経い串が知られるであろう。乃ちd旦ici−仇ほ福音書なくしてほ Nu−−2autreRe−igiOnq完−aChr笠ennen−acOnnuquelゴOmヨe2Sニap−use琵−−entecr賢ure.etenヨ巾me 叶2ヨpS−ap−usmis町able︵Pe誘かes・P●R●ヲ︶此の断章に依り二瀧性はキリスト教のみに於て成立することがパスカルに於て主張きれて居る事が知られる。
かくの如く人間と言う同三体に内在する対立であると見るところに、パスカルの宗教思想の特色があると考えられる。即
、ヽ ち二重性の存在する場ほ人間自体に他ならないのである。この場の中に多くの矛盾や対立が存在するのであつて、そこにパ
スカルは人間と言うものを考えていた。
Cesdeuニta−∽ぎまOuくertS、iles−impOSSib訂qu2喜Sn2−2SreCOn邑ssieN paS、Suiく22くOSヨOuくeヨentS、 Obser完2・∃uSくOuS・ヨぎe−2−くOy2NSiくOuSnゼぎu壱2NpaS−2S童raCt訂sくi昌ntSdeces deu舛natureS.Ta已 ]六 e−1eeコfaitun2Sag2SS2をitab訂ヨ2コーc筈s叶20シ竺gcOrd2コーc2SOppOS訝qui賢i星iコCOヨpatib−esdansce00 dOCtriコeS huヨaiコeSjetsimple︶の中に矛盾対立を見ようとする観点を私の問題とするのであるが、更に私ほかかる内的矛盾を人間自身の立場
から止揚すると言うのでなく。それに先行するキリスト教的信仰を前捷としなけれほならなかた事が究明される必要がある
と思う。
そこで次に考察したい事は、悲惨とか偉大とか、理性とか心情とか言う対立︵CO已rariかt小︶の生ずる原因の問題であるじ
悲惨と偉大の原因は相互に因となり果となつている事をパスカルは明瞭に育ついる。︵La mi卦﹂e Se CO邑uant de−a
的ra。d。ureニa graロdeur de laヨi瞥epe邑eひ●MS.−芦甲uコSChくicg芸.︶しかし乍ら端的に此の言葉に接するもの
ほ、一棟の逆説とのみ感受するであろうが、或いは之れを弁証法であると言う者があるかも知れないが、そう思えばそう思
われるであろう。しかし、。ハスカル自身の内的な心情ほ、かかるものを所有していたかどうか、パスカルを内在的主体的に
考えてみるならば、かかる解釈ほ初学者を一応惹きつける程度の超越的解釈であると考えられるJパスカルは更に別な角度から悲惨と偉大の根源を語っている。即ち、悲惨とか弱さと言うものほ﹁自然﹂に帰せられ、偉
大とか力あるものは恩寵に帰せられるとするのである一い即ち彼ほ言っているー∴OutCequゴyadぎfirme apparteロant ごa邑ur2二す告c2quJ−yadepuisg−appart2呂n−=agr抄c2︵En−re−ien・︶此の点からすれば、自然の産物と して人間を見れば、人間は悲惨で弱いものになる。琴Qに恩寵に属するものと考えるならば、人間は偉大で力強いものとなる。此の意味を人間そのものを基準に考えてみるならば、人間は二つの世界に所属する可能性が考えられるであろう。人間
がその何れに属するようになるか、そこにモラルが存在すると言うのが。ハスカルの立場であろう。自然にのみ所属すること
ほ、神を所有することにならないから、其処に人間の悲惨と言うものが発生する。之れを。ハスカルほMis町e de−ゴOmme SanSDieuと言う言葉で表現している。而して恩寵に所属する人間は神と共に存在するから、幸福であると言う事になるU パスカルはこれをFかーicitmde︼ゴOmヨea孟C Dieuと表現をしている。この悲惨と幸福ほ相対するものとしてl﹁パンセ パスカルに於けるDup−icitかについて︼七
一入
−﹂MS.N∽では次の如く表示している。
Preヨi肯e partie︰Mis町e de−ゴ○ヨヨeSaコS Dieu
SecOコde partie︰Fm︼icitm de︼ゴOmヨe aくeC Dieu
Autreヨent︰
Premi肯e partie︰Que−a nature est cOrrOmpue.︵Par︼aコatureヨ巾ヨe.︶
SecOコdeParユe︰Qu己ya⊂コr冴arateur∴Paニふcriture.︶ 右の表ほポール、ロワイヤル版にほ存在しない。厨runschくicgでほ六〇になつて居り、Massisでほ第二章の冒頭に掲げら れて居る。またLafumaでほー。Ordreの八になつている㌧ かくの如く各版に依って順序に異同があるが、Mas乳sの﹁パ ンセー﹂が一番此の断章に貢きを遭いて居るように思われる.り 悲惨と幸福の対立は人間が神を持つか否かに依って決定されるように思われるっ 此の対立関係は人間が理性にのみ所属す るか、或いほ心情に所属するかにもある。悲惨と偉大のアポリアほ所詮理性と心情即ちraisOnetCOeurの対立となるへ一党 に﹁真空論序説﹂に於て語られた二つの世界の対決は此処に再びraisOコ と COeur の関係に於て登場するのである。若し 人間が理性のみで生きるものならば、それは自然の法則に完全に属することになる一︰∴然る時人聞は悲惨になる。何んとなれ
は、自然は考える葦を押し潰すにほ何等武装する必要ほないからであるり︵i−コe faut pas que−ピコi記rS entier s.arme
pOur︼ぶcraser.pens巾es.MS.−叫.Brunsch5.∩的︺烏︶一吹の蒸気、一滴の水がそれを殺すに充分である。︵une昌peur︼ une
gOutte d一eau−Su琵t pOnr︼e tuer.ibid︶此の角度から考えるならば、考える葦でも自然には勝つことは出来ない。しかし、
葦は考える力を持って居る事を如何に考えるべきかと言う課題が。ハスカルにほ定立されるのである。﹁考える輩﹂︵un rOSeau
めるには、思考の尊厳を知るべきで、﹁よく思惟するように努めようではないか﹂︵→raくai−−OnSdOnC㌢bienpeロSer︶と首
ぅのである。そして其処に。ハスカルは人間のモラルの原理を樹立しょうとした。︵象︼〓eprincipede−aヨ○邑e︵ibid︶︶
然しながら、此の考える働きに偉大さを求めると言う思想ほ、此の断章に於けるままを端的に骨定する事ほ出来ないじ と
言うのほパスカルに於ては思惟作用にほ二つの意味、謂わば一種の二重性があるからである。
En uコmOニゴ○ヨmeCOnロa諾qu已est mis野ab︼e●Il est dOnCヨi乳rable.puisquゴcOnna蒜︰ヨais i−est bien
grand−puisqu.il cOn呂蒜qu.il e∽tヨis賢ab−e︵Pensかes.P.R.舛巴︶
右の断章に於て COnna百e と言う動詞が用いられているが、悲惨であると知るが故に悲惨であり、悲惨であると知るが故
ヽヽ に偉大であると言う事になつている。即ち同じ知ると言う事から相反する結論が出て居る。これは確かに矛盾の法則を冒す
ことになるり之れが両立することほ一棟の二律背反に近いとし言えようり其処でCOnnaぎeと言う動詞が前の場合と彼の場 合と違う作用を持ち異った意味を持つものと考えなければ両立ほ困難だと考えられる︵ 其処で私ほ前者の認識は理性の行う 認識であつて、後者のは心情の行う認識であると思うのである。此の言葉の中にほ同じ文字COnコa守eを場としてraisOコ とcOeurの二重性が存在していると考えられる。 心情ほ理性と同様に考える働を持つ:ハスカルの言葉ほ概念規定とその準拠が非常に流動的であるから、一般論理学の基準からは規定することが困難であるり かかる意味に於てパスカルは心情の論理を理性の論理と対決せしめている。彼に依れ
ば、心情には理性が重く知らない論理があるのである︵LecOe亡raSeSrais呂Sque︼araisOコ諾COヨa蒜pOin叶.PeコS紆s MS●00●Brunschまcg.N∃︶パスカルの二貢性はかくの如く人間と言う同一主体に内在する対立を意味するものであつて、それを人間自体の哲学的思
惟に依って止揚しょうとするものではない。然らば悲惨と偉大、理性と心情、神と人間−是等の対立が端的に対立でほな パスカルに於けるDup︼icitかについて二〇
く存在すべきならば、それは如何にして可能であるかと言う事が問題になるであろう。二重性を二重性として生かしている
根源者を前提として二重性ほ成立するものであるとは既に論じた通りであるが、此処で更に明瞭に亨えば、それはイエス、
キリストである。
quin、estquビneimagee−quビn e詳−d2︼ビniOn iコ2謬b−e d2p2u粥na−ur2S dan∽−a seu︼e persOnne dビn
己Omヨ?Dieu︵E已retien︶
此処に神・人の一位の存在に依って二蛮性はパスカルに於てほ独自の思惟方法と同時に宗教思想の内容となつてい至未だ
︵一︶ 問 題 の 視 点
マックス、ミュエフーを以て、宗教学の始祖とするに、異義を挟む者は一人とてあるまい。 彼の﹁宗教学入門﹂︵ImtrOduc叶iOヨtOtheScienceOfRe︼igiOI︼︶が、ロンドンのROya〓nstitu叶e に於ける、Giぎrd Lectureとして企てられる以前、ルードヴヰッヒ・ノーアックの﹁思弁的宗教学﹂︵Ludwig NOaCk︰Diespecu−atiくeR? ヽ −igiO宏Wissenschaf叶・−00烏︶があり、エミール・ビュルヌッフの﹁諸宗教の学﹂︵同ヨi12BurnOuf︰LaSciencedesRe−ig・ iOnS.−笥ゆ︶があつた。 ︵l︶ しかし、厳正なる科学的方法を以て、宗教研究にたち向つた者は、マックス・ミューラ1を以て囁央とする。彼を以て、 斯学の創唱者とする所以ほそこにある。 マックス、ミューラーの宗教学詑マックス、、、、ユーラーの宗教学説
− そ の性格をめぐつ て の一考察 −
戸 田
義 雄
( ( ( ( 四 三 二ニ ー ) ) ) ) 問題の祀点 比較神撃と宗教曹畢 比較方法としての言語畢的方法 ﹁無限なるものの認識﹂と﹁無限優位感﹂二二 恩師石椿智倍博士の生前に於ける講義によつても、或はまた、博士の毀後、大畠清博士によつて、増補編纂せられた、﹁宗 教学概論﹂によつても、先生の所謂、宗教主体の側よりする宗教本質論の展開ほ、実に、マックス・ミューラーの宗教学説 を通路として、これの精細なる批判吟味の彼方に展開せられたものであることに気付かざるを得ない、 新に刊行せられた前述の﹁宗教学概論﹂の第三章﹁マックス・ミューラーの生涯と宗教学説﹂ほ、昭和五年春秋社版、大 思想エンサイクロペヂア第七巻所収の旧稿に増補せられた箇所である このうち﹁マックス・ミューフーの生涯﹂ほ、昭和十七年﹁宗教研究﹂姉崎博士古株記念論文集に戴せられたものてあり、 ﹁マックス・ミュラーの学説﹂は、先生御退官後、病床に就かれる日までに執筆せられたものであると云はれる 先生が畢生の心魂を傾尽せられた﹁メシア思想を中心としたるイスラエルの宗教化史﹂ほ、イスラエル民族の宗教に於て、 メシアの観念が成索に亨Qまでの該思想の変遷を研究せられたものである㌧之が研究に当つて、ランプレヒトの近代史学の 方法や、ハイデッガーの実存哲学等が、先生の学問の申で、いかなる位置を占めていたかが、或は間はれねばならぬかもL れぬ、 しかし、それにも拘わらず、マックス・ミューラーが提唱したところの宗教学の科学的研究方法、即ち事冥の開明、歴史 的研究方法、発達的探究、原文批評的研究等に、まともに、そして正しく準拠せられたものであつたことを見逃す事が招来 ヽヽヽヽヽヽヽ かくみて来ると、石橋博士にとつて、マックス・ミューラーほ寛服せらるべき対象でほあつた■し しかし、克服せらる可き ヽヽ ものと云う性格に於て、マックス・ミューラーは、博士の広い学問の棟抵に、強い基盤を形成するものであつたとすら私に ほ思われてならないっ 石椿博士程、長いその学的生涯を通して、マックス・ミューラーその人に対決せられた御方ほなかつたとすら思われる
斯様な、石椿博士にして、はじ空し、精細なるマックス・ミューラーの宗教学説の研究もあり得た訳であるり 従って、私 如き浅学が、敢て、ここに蛇足を加えて、光被ある博士の御研究を械すような事があつてほならぬと考えて居る。 このように自らに云い聞かせている私が、マックス・ミューラーの宗教学説に拙い検討を加えようとするには、いささか 理由なしとしない。 マックス、ミューラーが、宗教学の名を用いて、斯学の建設を図つた一八七〇年以来、八十年余の歳月が流れた。その間、 宗教心理学、完教社会学、宗教民族学、神語学、完救民俗学等、完教学の特殊研究領域は、確かに顕著な発展の跡をみせて 居る。 しかし乍ら、これら宗教学の研究領域を、打って一丸とした宗教学の学問体系の樹立と云う両に裁ては、今日僻、学の若 さをかこたねばならない。かかる反省の上に、宗教学の新たなる学問体系の構想と、その学を、学たらしめる基本的な研究 ︵2︶ 方法の見透しとを、提示されたのは岸本英夫博士である′し 即ち、文化現象を、冥証的方法を基礎として研究するものを社会科学なりと規定した場合、文化現象中の宗教現象を対象 として、之に実証的、組紋的研究を試みるものは宗教学であるが故に、宗教学は先ず以て社会科学として性格付けられねば ならぬ、とされたのであつた・。 ここに、宗教学の新たなる展開をみることが出来るハ 社会科学として、宗教学を規定してかかる立場は、宗教学史的回顧を、白づから不可欠として居る▼= 宗教学創設以来の学統に、何を附加し、何を除去しょうとするのであるか。新たなる学の展開は、このような開に対する 解答を、学問史の反省としてなすことであろう。 かくて、先ず第一に、宗教学の始祖、マックス、ミュエフーの宗教学の科学性と、その限界が間巌とせられなければなら マックス、ミューラーり宗教学託
二田
ないのである。
︵二︶ 此牧神学と宗教哲学出版年代別に配列せられたる、マックス、ミューラーの著作文献は、その順序と内容が、そのまま彼の学的発展を物語る。
そして、そこには、秩序ある系譜すら見出すことが出来るノ
一八七〇年、﹁宗教学入門﹂を講説したROya〓nstitu叶eは、彼が、之に先立つ数年前、近代言語学者としての全貌を軒蕗 にした禄の地である1彼は﹁宗教学入門﹂を講ずるに当り、先に比較言語学を講じた際の、非難とその後の評価に対する思い出からはじめたのは故ある事と云はねほなるまい一その時の言語学講義が、Lectures Oロthe ScieロUe Of Lan讐age、
Nく○−sL00のーとなつたのであるご﹂の﹁言語学講義﹂か出版されてより、オックスフォード大学に於て、はじめて比較言語学 ︵3︶ ︵COヨー︺aratiくe Phi−○−Ogy︶ は、正当の地歩を占める事が出来たと云う彼の回顧は、世界に於ける基幹的諸宗教の比較研究 ︵a。。mparatiくeStudyOftFeprincipa−邑igiOnS。ニhew。ユd︶と云う意味での宗教学の樹立に対する自信となつて居
る一∵また、このような宗教の比較研究を不可能とする各種の主張に対する論駁を以て、宗教学講義を始めるに至る大勇断と
もなつたとも考えられる﹁
︵4︶ 今日、宗教学の各学派の分類に於て、比較宗教学派中の言語学派に、マックス、ミューラーが数えられる所以は、何よりも、彼が言語学者として登場したと云う、学的経歴が明にそれを告げることであろうっ
幼稚なるもの、高等なるもの、偽なるもの、異なるもの、おしなべて宗教対象と云われるものほ、すべて客観的に比較研
究せられねはならぬと云う事、この事は我々にとつて、仕合せにも常識となつているし しかし乍ら、マックス、ミューラー
の時代に於ては、今日の我々にとつて常識であるものが必ずしも常識ではなかつたのであるeアメリカ人にして、GiぎrdLectureに招かれたる最初の人は、ウイリアム・ジェームスである.彼は、エンジバラ大学
に於て、一九〇一年から二年にかけて、かの有名な﹁宗教経験の諸相﹂を講じた。この講義の始めに、彼ほ何を訴えねはな
らなかつたか。
従来の論理学に従えば、宗教的性質は何であるかに答えるものは存在判断︵e已stentia二udgemeutOrprOpOSitiOn︶であ り、それが、もつている人生や人間に対する意味が何であるかに答えるものは精神判断︵spirituaこudgeヨe已︶であるJしかるる、この二種の判断を、ほっきり区別して用いることがうまく出来ぬため、純裁たる存在上の見解について、いささか
結く宗教者が多い︹.あたかも、宗教経験ほ個人の生活史の上に起った単なる珍しい事実であるかの如く、これらの現象を生物学的、心理学的にとり扱うと、このような崇高なるものを敢て肢し入れ、あまつさえ、人生の宗教的分野に不信の感をい
︵5︶ ただくものだとすら自分を疑うような人が居るかもしれぬと、ジェームスは聴衆に叫ばぎるを得なかった。存在判断とは、謂うまでもなく、あるがままの宗教事象の客観的科学的研究である。宗教学的研究であるゥ
今を去る五〇年前、ジェームスはこのように前置きしなければならなかつた。まして、八〇年前にさかのぼる宗教学黎明
期に於て、マックス、ミューラーが抗しなけれほならなかつた思潮ほ、いかなるものであつたか、想い半ばに過ぎるものが
あろう
﹁いかに極悪なる犯罪人に対しても、之まで歴史家や神学者が、世界の諸宗教を取扱った程に、むごい取扱ひをした裁判
官の例ほあるまいつ単なる人間としての委を示すものでしかない。開祖の行為の節々を、しつこくつかまえて、何等の同
情もなく論断するのである。キリスト教的方法と奥るような、神まつりの礼拝儀式は何でも馬鹿にされ、軽蔑されるので
ある。かかる事は偶然になされた事ではなく、しかと腹を決めて意図されたことである。:::このような必然的結果とし て、キリスト教が他の世界の諸宗教と区別される所の其のすがたを発見することが出来なくなつて了つた。⋮:・敢て他の諸マックス、ミューラーの宗教学艶
二五
ニ六 ︵6︶ 宗教をないがしろにすることよつて、開祖イエスが考えもしなかつたような位置に我々をおいて了つたのである。﹂ キリスト教を唯一最勝とし、他を下等なる宗教とするような、価値感の支配する世界、それが正に宗教学誕生当時の精神 的状況であるり かかる状況下に、価値観をぬきにした、公平厳正なる諸宗教の比較研究が成り立たねばならぬことを、マッ クス、ミューラーは、何を拠り処として主張しょうとしたのであろうか︵− そこに優れた彼の比較言語学の素養が生かされる事となる ﹁比較法によつて得られるものは何か。高等なる知識は、比較法によつて獲得され、且つ比較法にのみょると云う理由を、 人々は問うことがあろう㌔若し、現代に於ける科学的研究の性格が、優れた比較法にあると云うことが云えるとすると、我 々の研究は、得られる限りの最も広い範囲の証拠を基礎として、また人間精神によつて及ぼし得る最大限の広汎なる帰納法 ︵7︶ を基礎とするものであることを意味するに至る。﹂ 比較法による真の知識の獲得はいかなるものであつたかを、比較言語学 の成果を以て、示そうとした ヘブライ語は、二、三百年前まで、人類言語の根本であり、ギリシア語、ラティン語等の諸言語は、何れもこのヘブライ 語から派生したと考えられていた。しかし、この誤謬は、近代言語学の創始者連、即ち、ウイヘルム・フンボルトやボップ、 ヤコブ、グリム連によつて愕へされた.その結果、失ったものは小く、得たものほ逆に多い。科学的取扱ひの結果、ヘブラ イ語の性質が明になつたからとて、之迄地り、母国語に対する親愛の感はすこしも変らない。このような言語の場合にみら れる比較研究方法は、之を宗教の場合にも及ぼしうるとするのが、彼の論拠である。 ﹁ゲーテのパラドックスー1一ケ国語しか知ざる者は、その国語をも知ざるものに等し ︵HewhOknOWSOne−anguage、 knOWSnOne︶ − を比較言語学徒が用いた時、人々はほじめ大いに驚いたが、やがて、その。ハラドックスの裡にかくさ れた真理がわかるようになつた∴︰⋮同じことが宗教についても妥当する。二示教しか知ざるものは、その宗教を異に知
︵8︶ るものに非ず︵He wbOk誓WS呂eV knOWS nOne︶と。﹂ 故に、自己の信仰は、山をも動かす程強固なりと確信する人は多くいても、さて、あなたの宗教は何かと間ほれると、黙り こくつて了つて返答することが出来ないでほないか、という訳である。 宗教を比較研究する学は、厳密にほ二様の分野に分たれる■.そのことをまた、彼は言語のもつ二棟の意味と、その各々に 対する研究の相違より推論するのである。 ﹁言語の歴史的形態とほ別に、言語能力なるものがある。同じように、宗教の歴史的形態とは別個に、人間には信仰能力 ︵訂culty Offaith︶があるり人間が動物と興る所以は宗教にあると云う場合、キリスト教とか、ユダヤ教とか云つた特定 宗教を意味する訳でほなくて、ある培神能力J望息昧する一り この能力は、感性や理性とほ違い、否両者を拒否するものであ ヽヽヽヽヽヽ って、色んな呼び方をされ、色んな変装をしている或る無限なるものを理解せしめる力である。︵facu−ty wEch.ind?
pendent O︹コayin spi訂Ofsenseand記aSロコーenab︼esヨan tO apprehe邑the Infinite under di謬rent name∽、
︵9︶ and underくaryiコg disguisⅢS.︶
ヽヽヽヽ そこでマックス、ミューラーは、前者即ち宗教の歴史的形態をとり扱うものを比較神学︵COヨparati完TheO︼Ogy︶ とし、 、、ヽ, ︵10︶ 後者即ち宗教を成り立たしめる条件の究明を理論神学︵TheOretic↓FeO︼0撃︶とした。 ﹁宗教学入門﹂は、後述するように、専ら、比較神学のためになされ、理論神学はNatura−Re−igiOn∴琵琶に結実したり ﹁理論神学は、時として宗教哲学ともよばれる。私の判断する限りでは、この宗教哲学ほ比較神学の始めに位置すべきで ほなく、その終りに位置すべきものである。比較言語学の研究が、言語研究に、その枕置転換を迫ったように比較神学の 研究は、また同じような転換を、宗教哲学の研究にも生ぜしめたご﹂のような確信を、かくしなく私は述べて来たのであ ︵11︶ る。﹂ マックス、ミューラー?宗教学設
二八 右の告白によつて、マックス、ミュエフ−は、比較神学の上に、それを土台として宗教哲学が成立すべきものとした点、叉、 右にみたような、比較神学と宗教哲学の、革の両輪の如き関係を以て、彼の宗教学の全容は全きものとなることを知るので ある。 ︵12︶ 同時に、我々は、宗教学史の上に長らく繰り返えされた宗教学と宗教哲学の聯関をめぐる循環論の、遠き因由をここにま で求める串が出来るかと思うっ 十九世紀に入る噴からの宗教哲学は、宗教史の影響によつて、度々経験的な研究に近いものさえ含み、十九世紀末葉に至 るまでは、往々宗教学と明確なる区分はみられなかつた。 十九世紀の中頃になると、法律、道徳、言語、神話など種々なる文化現象を、古今の諸民族について比較研究することが 学界の一つの風潮となり、やかて宗教についても、記述的な宗教史から一歩をすすめた組紋的研究としての比較宗教なるも ︵13︶ のが唱え出されて、そこにまた宗教哲学とは興る経験的な宗教研究が、独自の体系をもつてあらわれた▲し マックス、、こユーラーが比較神学と呼ぷ処のもの、また往々、比較宗教史、比較宗教学などの名称で呼ばれるものがそれ であるr=ゝそれは、宗教哲学とほ異る、経験的組織的研究を意味し、単に諸宗教の教義や儀礼の異同を比較するだけでなく、 それらを統一しての通宗教的なるものの性質、特にその発生発達の開園を中心として考察するものの如くであるハ しかし、マックス、ミューラの宗教学体系ほ、比較神学と宗教哲学の両域を判然と区分するが如きで、実は之をよく果し 得なかつたのである。むしろ両者の混融を以て、彼の学説の特色とすら云つてよいであろう。 比較神学の書としての﹁宗教学入門﹂ほ、宗教の比較研究を不可とする風潮に抗して、該現象の実の科学的取扱い ︵a
tru−y scientific treatヨent Of religiOn︶ の可能なる点を、比較言語学を依拠として論じ、かかる学の意義を高調するのに
彼の宗教学ほ、むしろ、﹁宗教学入門﹂の善かれた後、二十年近い歳月を経て、世に出た﹁Natu邑Religi呂﹂に於て体系 を整えるのである。 宗教を宗教たらしめる性質、それなしでほ宗教でほあり後ない特質、ヘーゲル流に云えば、宗教がそこに、どつかと腰を 据える地床︵汐den︶にあたるもの、それを、﹁宗教の人心中に占める基礎いかん︵whatRe厨iOnis−WhatfOundatiOnit ︵14︶ hasinthes邑Ofヨan︶﹂といふ問いの形で彼は求めた。それに答えるものが、理論神学の分野である。 人心に占める宗教の基礎ほ、或る無限なるものを認識せしめる信仰能力である。宗教ほ夫々、発達を異にしてほいるが、 ︵15︶ しかし、宗教を生ぜしめる種子は無限の認識である。 彼ほ、宗教発生の種子であるっこの無限認識の発展を基礎理念として、宗教の起漁、発生とその彼の発展の諸様相を体系 化せんとした。即ち、彼に於ては宗教哲学的研究の結果、得られた無限認識が、宗教の組織的体系的研究の根幹をなすので あるり比較神学と宗教哲学との混融、そこに彼の学の学的腔昧さがみられるであろう︹■ ︵16︶ 従って、彼の宗教学は、むしろ、今日言う他の一般宗教史の範疇に入るものではなかろうか。石橋、宇野両博士をはじめ とし、幾多免学の努力ほ広義の宗教学と、宗教哲学との問にどのような学問的境界線をひくかに傾けられた∩・更に、宗教学 の目的は何かに。 石橋、宇野両博士ほ、夫々、独自の宗教本質論を展開された。だが、今や、社会科学としての立場からは、宗教本質の探 求ほ、この学の目的ではなく、それは狭義の宗教学 Re−igiO︼Ogy の埼外におかれ、専ら、宗教哲学に委ねられることにな つた。 ︵17︶ そこで、宗教学が、その出発点として、最初にもつ他の操作概念、作巣仮設としての宗教現象観が掩頭して来たのである。 マックス、ミューラー?宗教学祝
三〇 マックス、ミューラーは、﹁宗教学入門﹂に於て、無限なるもの↓helコtiコi叶eが、踵々なる名をもつて呼ばれ、種々の相 を呈するものであることに僅かばかりふれたっしかし、nコderdi欝rentコameSもndu邑er<arying dis讐isesにある無 限なるものを、自然と、人間と、自我の中の三方問に要約して見出したのほ、NatllralRe︼igiOnの第六講に於てであるり ゃがて、之らほ、各々、彼の宗教学各論ともみられるべき性質をもつた、 p−︼ySical Re−igiOコL00芝 AnthrOpOlOgica−Re︼igiOnL雷N PsychO−Ogical ReligiOn、−怒− となつて、世に出で、ここに彼の宗教学体系ほ完結を告げるのである。 ︵三︶ 此枚方法としての言語学的方法 研究対象たる宗教資料は、むしろその多きに戸惑いせざるを得ぬ程であるり豊富な、妄容易に処置し難くみえる宗教資 料をいかに、操作したらよいのであろうか∪
ここに於て彼は、﹁分類せよ、しからば勝たん︵Diくideetiヨpera、a邑tra邑ate it sOヨeWhaニreely by式assify
︵18︶ aコdcOコquerJの古語を引用して、或る準則に基いて分類すべきことを提示した。 彼は、彼独自の準則を述べるに先立ち、従来の、常識的な、或は学的と云われる幾多の宗教分類法に裁て省察する所があ ︵19︶ った。しかも何れも、彼の眼鏡に適ふものではなかつた。 彼が、最も科学的なりとした分類法は、比較言語学の言語的方法によつて採用される事であるロ 苦し、近代科学としての比較言語学の大きな功績は、人類の多様なる、その如くに多様なる世界の言語を、比較研究する