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Title
阮籍「大人先生傳」訳注
Author(s)
水野, 杏紀; 平木, 康平
Editor(s)
Citation
人文学論集 .32 ,p.17-43
Issue Date
2014-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10466/13815
Rights
大阪府立大学人文学会 人文学論集 抜刷 第三十二集(二〇一四年三月)
水
野
杏
紀
平
木
康
平
阮籍「大人先生傳」訳注
阮籍「大人先生傳」訳注
水
野
杏
紀
平
木
康
平
一、はじめに
中国の三国時代は、魏、呉、蜀が鼎立した時代である。魏(二二〇 ︱ 二 六 五 ) の 末、 竹 林 に 集 ま り、 清 談 を 行 っ た と さ れ る 人 々 が い た。 そ れ は、 い わ ゆ る 竹 林 の 七 賢 と 称 さ れ た、 阮 げん 籍 せき 、 嵆 けい 康 こう 、 山 さん 濤 とう 、 劉 りゆう 伶 れい 、 阮 げん 咸 かん 、向 しよう 秀 しゆう 、王 おう 戎 じゆう たちである。清談とは老荘思想などをもとにし、当 時の知識階級の人々による、世俗を離れてくりひろげられた談論のこ とをいう。彼らに関するエピソードや清談の一端は、南宋の劉義慶が 編纂した『世説新語』などに記されている。 竹林の七賢の中心的存在であったのが、阮籍(二一〇︱二六三)と 嵆康(二二三︱二六二)であった。なかでも、阮籍は老荘易の三玄の 学を重んじ、儒教的な礼法を好まず、世間の常識にとらわれることを 嫌い、酒をこよなく愛し、琴を弾じた人物として知られる。彼の振る 舞いは、世間の人々の目には奇異に映ったが、たとえば、礼俗の士を みると白眼を以て対した、 「白眼視」の話は有名である。 彼の著述としては、代表的な作品に、五言詩「詠懐詩」八十二首が あり、また、 「大人先生傳」という一文がある。 「大人先生傳」は、彼 の思想の全容と、その形成過程を通観する上で、もっとも重視すべき 作 品 で あ り、 彼 の 著 作 の 精 粋 を と り 集 め て 圧 縮 し た か の 趣 き が あ り、 彼の思想の集大成と目してよい著作である。 こ の 書 に 関 す る 先 行 研 究 は、 平 木 康 平「 大 人 の 思 想 ︱ 阮 籍 の 世 界」 (1) 、 馬場英雄「阮籍「大人先生傳」の諸相」 (2) 、 大上正美「 「達荘 論 」 と「 大 人 先 生 伝 」( 3) 、 福 永 光 司「 阮 籍 に お け る 懼 れ と 慰 め 」( 4) などがある。 しかしながら、これまでに「大人先生傳」の全訳はみられない。そ こで、ここにすべての訳注を施したいと考える。なお、底本としては『 全 三 國 文 』 巻 四 十 六 所 収 の「 大 人 先 生 傳 」 を 用 い た。 ( 5) 本 文 中 に 記 載された文字の異同は、 原文、 訓読においてカッコ書きで記した。 また、 全体像を理解しやすくするために、まずは通釈の全文を紹介し、つぎ に原文、訓読を記した。その通釈、原文、訓読を文の段落ごとにそれ ぞれ番号をふって対照しやすいようにし、その後に「大人先生傳」の 解説を記載した。
二、全文通釈
大人先生は思うに老人である。その姓名はわからない。天地の始原 を述べ、古代の神農や黄帝のことをはっきりと話す。その年齢はわか らない。かつて蘇門の山に住まいしていた。故に、世の人々はみなこ の人を閑人と呼んでいた。性命を養い寿命を延ばして、自然と同じ時 間の流れのなかに生きたので、いにしえの堯舜の時代のことをまるで 手に取るように知っていた。万里を一歩、千年を一朝ぐらいに思って いた。行くときも、 どこかへ行こうとするつもりはない。住むときも、 どこかに住もうとするつもりはない。大いなる道を求めて一か所に身 を置かない。先生は自然の変化に順応して、 天地をわが家としている。 運気が去り、時勢が衰えても、意に介することなく毅然としてひとり 立ちしていた。みずからの心は十分満足し、自然の変化とともに推移 していた。だから沈黙をまもり、自然の道とその働きを探って、世間 とは同調しなかった。自分の考えを好む者は先生を非難し、見識のな い者はいぶかり、先生の変化の奥深さがわからなかった。しかし先生 は、世間が非難し、いぶかしがるからといって、自分の生き方を変え ようとはしなかった。先生が思うには、 中土が天下に占める大きさは、 まったく蠅や蚊がかやの中にくっ付いている大きさにも及ばない。だ か ら 世 間 の こ と を 大 事 と は 思 わ ず、 異 国 の 珍 し い 地 域 に 心 を 馳 せ た。 遊覧して楽しんだところは、世の人のまだ見ぬところであった。その 旅はあちこち徘徊して尽き果てることはなかった。先生はみずから書 いた書を蘇門の山にのこして去り、天下の人びとは先生がどこへ行っ たかは知らない。① あるひとが大人先生に書を送っていう。天下の尊貴のなかで、君子 より尊貴な者はいない。君子の服には定常の色があり、容貌には定常 の規則があり、行動には定常の形式がある。立つときは、腰を九の字 に折り曲げて拝礼をし、両手を胸の前で重ねて太鼓を抱いているよう に敬礼する。動静には礼節があり、歩む足どりは音律にかなったよう に リ ズ ミ カ ル で あ り、 立 ち い 振 舞 い は 流 れ る よ う で、 み な 規 矩 に か なっている。心は氷をいだくように慎重であり、戦々恐々として、身 を律して行いを修めている。いつも一日一日を慎んで過ごし、地は吉 方を選んで行き、ひたすら落ち度はないかと恐れている。周公や孔子の 遺 訓 を 復 唱 し、 堯 舜 の 時 代 の 道 徳 に 感 嘆 し て、 ひ た す ら 法 を 修 得 し、ひたすら礼を順守している。手には珪璧の玉器をとり、足は墨縄 の上を踏むかのように振る舞う。行動するときは目前の手本となるよ うにし、もの言うときは永久の規範となることをねがっている。若い ころは郷里でその名がたたえられ、成人してからは国中にその名がと どろき、うまく行けば三公の高位に就こうとし、下手をしても地方長 官 ぐ ら い に は な る。 だ か ら 金 玉 を 身 に つ け、 綾 な す 組 ひ も を た ら し、 尊位を授かり、領地を得て、名を後世にとどろかし、功績と徳行は昔 の人と肩をならべる。君王に仕えて民を治め、やがて引退してわが家 を治め、妻子を養い育てる。地を卜して吉宅を建て、わざわいを遠ざ けて福を招き、末永く家が安定するよう心を配る。これはまことに士 君子の高い境地であり、昔より今日にいたるまで変わらぬ立派な行い である。いま先生はといえば、ざんばら髪で大海のなかにおり、君子 とはほど遠いところにおられる。私は世間の人々が先生を歎き、非難 することを心配している。その行いは世間に笑われ、その身が出世す る 術 も な い の は、 恥 辱 と い う ほ か は な い。 そ の 身 は 困 苦 の 地 に 置 き、 その行いは世俗の人に笑われている。わたしは先生のためにも支持す ることはできない。② そこで、大人先生はやおらゆったりとして歎いた。雲や虹に身をよ せ て、 こ れ に 答 え て い う。 そ な た が い う 高 尚 と や ら は、 通 ら ぬ 話 だ。 そもそも大人は、造物主と一体であり、天地とならび生きている。浮 世に逍遙し、道とともに生成し、変化集散して、その姿は一定ではな い。天地はわたしの内側に場所を占めており、宇宙はわたしの外側に 遠く開かれている。わが天地の永遠堅固なことは、世俗の人間の及ぶ と こ ろ で は な い。 私 は い ま そ な た の た め に 次 の こ と を 話 し て 聞 か そ う。③ (堅固なはずの天地ですら)いにしえ、天はかつて下にあり、地は かつて上にあった。天地は反転をくりかえしており、安定し固定した ものではない。どうして法則性を失わず、これを一定させることがで き よ う か。 天 は め ぐ り、 地 は 動 く。 山 々 は 陥 没 し、 河 川 は 隆 起 す る。 雲散してバラバラになり、宇宙は理法を失う。それなのに、そなたは ま た、 ど う し て 地 を 選 ん で 行 き、 ( 五 音 の ) 商 羽 に あ わ せ て リ ズ ミ カ ル に 歩 む こ と が で き よ う か。 い に し え、 も ろ も ろ の 気 が 生 存 を 争 い、 万物は思慮を失い、手足が意のままに動かず、その身は泥土となって しまった。根は抜かれ、枝は分断され、皆その居場所を失った。それ なのに、そなたはまた、どうして身をひきしめ、行いをおさめ、腰を 折り手を前に組んで礼儀をただすことができようか。④ たとえば、李牧は戦功をあげたが、その身は殺された。伯宗は君主 に忠義をつくしたが、家は断絶した。 (李牧は)進んで利益を追求し、 それで身を滅ぼした。 (伯宗は)爵位や褒賞を追及して、家は滅んだ。
それなのに、そなたはまた、どうして萬億の金玉を抱きかかえて、君 主に忠実につかえ、妻子を安全に守ることができようか。かつそなた は、 あのしらみがふんどしについているのを見たことがないかね。 (そ れはふんどしの)深い縫目に隠れ、綿くずにかくれて、自分では吉宅 に住んでいると思っている。行きはするけれども、あえて縫い目を離 れない。動きはするけれども、あえてふんどしより出られない。じぶ んでは(よい)住いを得たと思っている。飢えると人をかみ、食に困 窮することはないと思っている。けれども、 燃えさかる炎がひろがり、 村が焦土となり、都が滅んでしまえば、多くのしらみはふんどしのな かで死んで、そこから出ることはできない。そなたの君子とやらが狭 い区域に住んでいるのと、しらみがふんどしの中にいるのと、なんの 違いがあろうか。悲しいかな。自分では、わざわいを遠ざけ、福を近 づけ、堅実で行きづまることがないと思っている。⑤ また、あの太陽に住むカラスが世俗の塵の外に遊ぶのと、ミソサザ イ が よ も ぎ の 中 で 遊 ぶ の と を み く ら べ て み る と、 も と よ り 大 小 の ス ケールが違う。それと同じこと、そなたはまた、何でそんなつまらぬ 君子のことをわたしに聞いたりするのか。たとえば、近いところでは 夏は殷に滅ぼされ、周は漢の劉氏に追われた。 (殷都の)耿 こう や薄 はく (亳) は 廃 墟 と な り、 ( 周 都 の ) 豊 や 鎬 は 丘 陵 と な っ た。 至 人 が 来 て ち ょ っ とふりかえる間に、世の王朝は交替した。その居処が定まらないうち に、他人がその土地を領有した。いったい誰が久しく領有することが できようか。こういうわけで、至人はひとつのところにその身を置か ずに居り、その身を修めなくても治まっていた。日月の運行を基準と し、 陰 陽 の 交 替 を 時 期 と し て い る。 ど う し て 世 俗 の こ と を 心 に か け、 一 時 の わ ず ら わ し さ を 身 に か ぶ る 必 要 が あ ろ う か。 ( 至 人 は ) 東 雲 を 呼び寄せ、西風に乗ってあまがける。陰の気のときは雌伏し、陽の気 のときは雄飛する。志は得られ、欲求は満たされ、これをさまたげる 物はない。また、どうして自分が思いを達することができなくて、あ の俗人どもに笑われることなどあるものか。⑥ むかし天地が開けて、万物は並び発生した。大きなものはその本性 を安定させ、小さなものはその形体をととのえた。陰はその気を収蔵 し、陽はその精を発散させた。危害があっても避けることがなく、利 益があっても争うことがない。これを放しても失うことがなく、これ を収めてもあふれることがない。死んでも若死にとはせず、生きなが らえても長寿とはしない。福は得ようとすることはなく、禍はさけよ うとすることはない。おのおのその天命に従い、節度をもってたがい にその分を守る。賢明な者はその智で勝つことはなく、暗愚な者はそ の愚で敗れることはない。弱者は迫害されることはなく、強者は圧迫 することはない。おもうに君子がなくても庶民は安定し、臣下がいな くても、万事はうまくおさまる。自分の身を保ち、本性をおさめ、そ
の理法をふみはずさない。ただただこのようにすれば、よく長生きで きるのである。いまそなたたちは音律をつくり、それでもって自然の 声 を 乱 し て い る。 顔 色 を つ く り、 そ れ で も っ て 姿 形 を ゆ が め て い る。 外はその容貌をかざって、内はその心情を隠している。欲望をいだい て多くのものを求め、本心を欺いて名声をもとめている。君子が立っ て残虐な行為が勃発し、臣下がおかれて残賊が生じている。礼法を定 めて、下々の民を束縛している。愚かな民をあざむき、つたない民を たぶらかす。智慧をたくわえて、自分をえらいと思っている。強い者 はにらみつけて、他の者を凌辱する。弱い者は憔悴して、人につかえ る。清廉のふりをして貪欲なことをする。内は邪険なのに、外は仁慈 のふりをする。罪が問われても、過ちを悔いない。たまたま運がいい と、自慢をする。そのような生き方を駆使して、世渡りをする。だか ら物事が沈滞してふるわない。⑦ いったい貴い身分がなければ、賤者は怨むことはない。富がなけれ ば、貧者は争うことはない。それぞれが自分の分に満足し、それ以上 に求めることはない。恩に着せる者がいなければ、失敗しても報復す ることはない。奇妙な音をつくらなければ、耳はものの聴き方を変え ることはない。淫らな色が示されなければ、目はものの見方を改める ことはない。耳目が改めかわらなければ、その心をかき乱すことはな い。これは先の世の人がたどりついた境地である。今、そなたは賢者 を尊んで高く評価し、才能を競って有能をたっとび、権勢を争って勝 者を君主とし、尊貴を愛して地位を上げようとしている。天下の人々 をかりたてて、そこに趣かせようとしている。これが身分の上下の者 がともに傷つけあう原因である。天地万物の限りをつくして、声色の 無限の欲望を満たそうとしている。これは人民を養育するやりかたで はない。こういうわけで、人民がことの本質に気づくことをおそれる がゆえに、恩賞を重くして人民を喜ばせ、刑罰を厳格にして人民を威 嚇する。しかし国の財はとぼしくて、恩賞を供与できない。刑は足り なくなって、処罰がなされない。そうして、はじめて国を亡ぼし、君 主を殺し、滅亡の禍が起こってくる。これはそなたの君子のせいでは ないのか。そなたの君子の礼法は、まことに天下に残虐や混乱をひき おこし、危険な死に追い込む術である。ところが、それを自分では永 遠に変わらない美徳の道だと思い込んでいる。まことに勘違いではな いか。⑧ 今わたしは天地の外に逍遥し、造物主と交友し、日の昇る湯谷で朝 の気を食らい、日の沈む西海で夕の気を飲む。また万物は変化流行す るが、わたしはその道の流れに身をゆだねている。これは、万物にた いしてまことに厚いつき合い方ではないか。ゆえに、自然に通じてい ない者とは、ともに道について語ることはできない。道理に暗い者と は、ともに自然の道に達することはできない。それはそなたのことで
ある。⑨ 先生がこのような言葉を述べたところ、天下の奇言を喜ぶ者は、大 人先生をりっぱだといい、悲憤慷慨する者は、大人先生を高く評価す る。しかし、大人先生の本質を知らず、その実情を見ず、その道に通 じていないので、的外れな言葉がでてくる。彼らはその真相を知るこ とがなく、その実情に通じていない。彼らは大人先生をりっぱだとし てこれを評価し、これに同調するけれども、大人先生を非難し怪しむ 連中は軽蔑する。⑩ 至人(至高のレベルに達した者)は、自分が貴いことを知らず、自 分が神秘な働きをもっていることに気づかない。神秘で貴い道は至人 の内側に存しており、万物はその外側に運行している。だから、天下 が尽き果てても、人々はその働きを知らない。⑪ はるか遠く宋の国の扶搖の野に隠者がいた。彼は大人先生を見て喜 び、 志を同じくし、 行いを同じくする人だと思った。 そしていった。 「よ きかな。私は大人先生に出会い、日頃のうっぷんを晴らしたい。大昔 の 質 朴 で 純 粋 で 手 厚 い 道 は す で に 廃 れ、 枝 先 に あ だ 花 が 咲 き 残 っ た。 山犬や虎のごとき獰猛な連中が、罪のない人々を虐待した。有害なも のを利益があるとし、本性を損ない、身体を滅ぼしている。わたしは それを見るに忍びない。だから、世俗を去ってここにいるのだ。世俗 の人間とは一緒に仲間になることができない。木石と仲間になる方が ましだ。安期生は蓬莱山に隠れ、角李は丹水に身を潜めた。隠者の鮑 焦は立ったまま樹が枯れるように死に、萊維は世俗から去ってはるか 遠くで死んだ。 それもこれと同じ考えからだ。 わたしは志を高く持ち、 高尚さを顕示して、ここで自分の人生を終えようと思っている。鳥の ように生まれ、獣のように死んでいくのだ。自分の肉体を埋め、骨を 残して、もとの暮らしに戻ろうとは思わない。いったい志を同じくす るものは互いに相手を求め、好みの合う者は仲間になるものだ。先生 は私と同じ考えであろう」 。⑫ かくして、大人先生は虹をひろげ、塵を撒きひろげた。雪のような 白い蓋を傾け、日の光をおおった。玉のひさしによりかかり、空に飛 びあがり、 もろもろの手綱をまとめ、 静かに馬車を進めた。ふりかえっ て、 隠 者 に こ う い っ た。 「 大 昔、 真 人 は 天 の 根 源 で あ っ た。 気 を 合 わ せ、志を一点に集中した。万物はそれによって存続した。退いても後 ろをみず、進んでも先をみない。西北を開いて住まいをつくり、東南 を開いて門をつくった。奥深い道を会得して、その徳でもって長く楽 しんだ。天地にまたがって、尊いところに身をおいた。このようにし て、自分の本質を形づくった。こうして、いかなるものをも避けるこ となく身を処したので、目にする所はすべて安らかだった。どんな物 もわずらわしく思わなかったので、 おもむくところはすべて成就した。 逍遥して、その思いを十分にのばし、飛翔して、その心を十分にとき
放った。もとより至人には自分の居宅はなく、天地を客人とみなして いる。主人という意識がなく、天地を自分の居場所としている。自分 の仕事がなく、 天地の仕事をわがこととしている。是非の分別がなく、 善悪の差異もない。ゆえに、天下は至人の恩沢を受けて、万物は盛ん となるわけだ。 (ところがあの君子のように) 相手を憎んで自分を好み、 自分を肯定して相手を否定し、激しく怒って争って何かを求め、ここ ろざしを貴んで身を卑しめている。鳥のように生きて、獣のように死 んでいく。なお何を顕示して栄誉を得ようとしているのか。悲しいこ とよ。そなたの心の用いようは。安らかな生活を軽んじて、生命を忘 れ、 ( 高 尚 だ と い う ) 名 誉 を 追 求 し て、 身 体 を ほ ろ ぼ し て い る。 ま こ とにそなたは世間のひとと違わない。なんで痩せ衰えてじわじわと死 んでいくのかね。そなたの好むところは、まるで話にならない。わた しはもうそなたとはお別れだ」 。⑬ そこで先生は眉をあげて視線を流し、袖を振って裳裾をさばき、手 綱をゆるめ、むちを入れさせた。かくして風のように飛び上がり、雲 のようにあまがけた。 あの隠者は涙を流し、 自分の志をいたましく思っ た。草木の皮を着て、岩下に身を伏せて、今宵のうちに、死ぬのでは ないかと、恐れたのであった。⑭ 先 生 は 神 宮 に 立 ち 寄 っ て 休 息 し、 呉 泉 で 口 を す す い で 立 ち 去 っ た。 ゆったりとあちらこちらをへめぐって遊覧した。すると丘でたきぎを 伐 る 者 を 見 か け、 溜 息 を つ い て い っ た。 「 そ な た は 何 で こ ん な と こ ろ で一生を終えようとしているのかね」 。たきぎを伐る者はいった。 「こ うして一生を終えるのか、 こうして一生を終えないのか、 わからない。 聖人は胸中に何の思いもない。なにそれ、哀れむことなどあろう。こ の世は盛衰変化するもので、いつも同じ状態ではない。才能を自分の 身の内に秘め、じっとして時節の到来を待っているのだ。むかし、 孫 臏 は(龐涓によって)足斬りにされたが、逆に(龐涓を)つかまえて 殺した。范雎は脇腹をへし折られたが、のちに出世した。百里奚は若 い頃は貧しかったが、秦の宰相に昇りつめた。姜子牙は年老いてから 周を輔佐した。このように、人生はひっくりかえったかと思えば、ま た起き上がるものだ。これらは、先に困窮して、後に成果を収めた例 だ。秦は六国を破り、その地を兼併し、諸侯を殲滅し、南面して皇帝 と称した。盛んに色彩をほどこし、壮大な宮殿をつくり、南山に穴を あけて闕門とし、東海に標識を立てて関門とした。多くの宮室に門を 構えて絶えることがなく、永遠に存続することを願った。宮殿を美し く飾り、旗やのぼりを盛んにたて、鐘鼓をうち鳴らして、そのりっぱ さを称揚した。園地を広くして池沼を深くし、 渭河の北側を開発して、 咸陽に都を建てた。しかし、美しい木々が生育する前に、荒れ果てて いばらが阿房宮にむらがり生えてしまった。時は代わる代わる変化し て、場は代わる代わる変化する。だから先に得ても後には失う。山東
の捕虜が崛起して、天下の王となった。このような例を見れば、行き づまるか、出世するかは、知れたものではない。かつ聖人は道徳に心 がけたり、富貴をこころざしたりはしない。聖人は無為をもってみず からの働きとし、人事を大事にしない。尊貴も重視しないが、貧賤も 軽視しない。何かを失っても屈辱とも思わない。何かを得ても栄誉だ とも思わない。木の根が伸びて枝が伸び、葉が繁茂しても、やがて花 は落ちてしまう。無限の死も一瞬の生もさして区別はない。寿命の多 少など気にして、またどうしてあくせくする必要があろうか」 。⑮ そこで、ためいきをついて歌っていう。 「日は不周の山の西に没し、 月は丹淵のうちより出ず。陽の光が隠れて見えなくなると、月の光が 代わって輝く。月がこうこうと輝いているのはつかの間、やがて月の 光は衰えてまた東に進む。雲や霧については離れ、行き来するさまは 疾風のごとし。富貴の身になってもほんの一瞬のこと、貧賤の身もそ の ま ま 終 わ る わ け で も な か ろ う。 張 良 は 逃 亡 す る 立 場 か ら 身 を お こ し、その武威は夷狄にまでとどろいた。召平は秦の東陵に封ぜられた が、 一 朝 に し て 庶 民 に 身 を お と し た。 枝 葉 は 根 に 命 運 を 託 す よ う に、 人の死生は木の盛衰と同じことだ。志を得て出世したかと思うと、勢 い を 失 っ て 時 が た つ と 没 落 し て し ま う。 寒 暑 は か わ る が わ る お と ず れ、 も の ご と の 変 化 は く り か え す。 禍 福 は い つ も 一 定 し て は い な い。 何でわが身がよるすべがないと憂える必要があろうか。こうして見て く る と、 た き ぎ を 負 う 身 で あ っ て も、 ど う し て 悲 し む こ と が あ ろ う か」 。⑯ 先 生 こ れ を 聞 い て 笑 っ て い っ た。 「 大 に は 及 ば な い が、 な ん と か 小 を ま ぬ が れ て は い る ね 」。 そ こ で、 歌 っ て い う。 「 天 地 は 解 き 放 た れ、 六 合 は 開 き 放 た れ た。 星 辰 も 眼 下 に 落 ち、 日 月 も 眼 下 に 落 ち て 行 く。 わたしは大空にとびあがって、さてどこを目指すことやら。衣は重ね ずともわが服は美しく、佩玉は飾らずともわが腰は美しい。大空を上 へ下へと徘徊すれば、だれがわが本性を知ろうか」 。⑰ かくて飛び去り、はるかなる大空に浮かび、雲の乗り物をほしいま まにあやつり、雲のかさをたてて蔽う。あてもなくとびまわり、宇宙 のかなたを旋回す。彗星をおし建てて旗にみたて、雷鳴をガンガンと うちならす。不周の山を押し開いて車を進め、九野の夷泰に出る。中 洲に腰をおろしてちょっとふりかえり、崇山を見やって遥か遠くへと 進む。わが旗をおし立てて旋回し、心を宇宙のかなたに解き放つ。前 をひくものを抑えず、暗い宇宙を駆け抜けてゆく。世の中のさまざま な雑務を捨て去って、細々としたことなどに構っておれようか。身体 を か ら に し て 軽 く し、 精 は こ ま や か に し て 神 は 豊 か で あ る。 ( 古 代 の 弓矢の名人とされた)夷羿に命じて日の光を和らげ、忻來をよびよせ て風を穏やかにさせる。扶桑の高い枝の上に登り、扶搖のそびえたつ 木の上に登る。つむじ風が渦まく暗闇のなかを飛び上がり、明るく輝
く光の中でわが身を洗う。着ていた衣裳を脱ぎ捨てて、雲気を身にま とって進んでいく。朝には湯谷に車駕を休ませ、夕べには長泉に馬を 息わせる。時には一息入れて気分を変え、若い花をかざして、暗闇を 照 ら す。 朱 陽 を 左 に お き 旗 を 建 て、 玄 陰 を 右 に お き 旗 を 建 て さ せ る。 見づくろいをして方向をかえ、躍り上がって向きをうかがい、遠くへ と進んでゆく。⑱ 陰陽はかわるがわる交代し、四季は駆け足で過ぎ去ってゆく。ただ 仙人に姿を変えるのはほんのつかの間、久しくそこに留まることを願 わない。驚かす風が吹くと楽しみを忘れるが、雲がわき起ると憂いを 忘れる。突然の稲妻が消えさると心はなごみ、ひろびろとした宇宙を 巡りはるか遠くにゆく。日月を腰にぶらさげて光を照らし、逍遥して 上へ上へと登り浮かぶ。前を押し広げて進み行き、これから進路を虚 州にむけよう。紫微宮を掃き清めて席を広げ、帝室に坐ってさっそく 酒を酌み交す。多くの楽器を集めて音楽を奏でると、その声がはるか 遠くまで鳴り響く。五帝が舞いを舞うと、いま一度と所望し、六神が 次々に歌い継ぐ。ひゅうひゅう粛々とした音色は、心の奥底に沁みわ たってゆく。遥かかなたまで気分は果てしなく伸び広がり、心は行っ たきり帰るのも忘れてしまう。胸中はひろびろと大きいが、志はきっ ち り と 揺 る が な い。 ( こ こ に も 長 居 は せ ず に 立 ち 去 り ) 大 人 の 姿 は 小 さく見えなくなって、もうここにはかえってこない。雲気に乗りさら に上へと登ってゆく。大幽の玉女を召し寄せ、 上天の美人と接見する。 ゆったりのびのびとした雲気を身に帯び、大清の淑女の真心を身に受 ける。歓びの情を寄せ合い、ひそかに情を授ける。あふれんばかりの 色香を前面に押し出すさまはまるで神のようだ。華やかな姿はかがや いて、ともに色気を発散し、つややかな容色はあでやかで、その美を 競いあっている。黒髪が傾いてびんが垂れ、紅顔をかがやかしてお色 直しをする。時の立つのも忘れていたが、いざここを立ち去ろうとす ると、風がさっと吹いて衣をなびかせた。雲気は消えて霧もはれ、も やもさっと晴れ、すっかりどこかへ消えてしまった。心はぼんやりと してはるか彼方に思いをはせ、遠くに目をやるが、はっきりとは見え ない。清風をふきあげて旗をはためかせ、旋 せん 軫 じん (星宿)を脇添えとし て 方 向 を 転 ず る。 炎 陽( 太 陽 ) を 燃 え 盛 ら せ て 境 界 を 出 て、 ( 火 の 神 の ) 祝 融 に 命 じ て 遺 わ し め、 ( 水 の 神 の ) 玄 冥 を 先 駆 け さ せ て 堅 固 な 守りとし、 (金の神の)蓐收に戈をとってつゆはらいをさせる。 (木の 神の)句芒にこしきを守らせてすばやく浮かぶ。朝霞が果てしなく広 がるなか、都を目指してすすんで行くが、はるかに見渡しても仲間は おらず、ただひとり立ちつくす。玉の庇に身を寄せて、下界にふと目 をやって、そこに苦しんでいる者たちを憐れに思う。是非善悪を区別 して行いすましているが、またなんとも彼らとは仲間として付き合い はできない。それを見捨てて、美しい虹の旗をひるがえし、雲の旗を
たなびかせ、さらに遊ぼうと思って、天空の外にうち出してゆく。⑲ 大人先生はざんばら髪で頬ひげをさかだてて、縫い目のない方形の 衣 を ま と い、 紱 ふ つ 陽 よう の 帯 を 巻 い た。 霊 芝 を 口 に ふ く み、 甘 い 華 を か み、 空に浮かぶ霧を吸い、空の霞を食べた。朝雲に乗り、春風にまいあが り、太極の東に飛び立ち、崑崙山の西に遊んだ。手綱を忘れ、むちを 落 と し、 堯 舜 の 都 に 視 線 を む け た。 ぼ ん や り と し て 物 思 い に ふ け り、 ぐったりとしてものを忘れた。⑳ ( 大 人 先 生 は ) 慨 嘆 し て 吐 息 を も ら し て い っ た。 「 あ あ、 一 時 は 一 年 に 及 ば な い。 一 年 は 天 の 時 に 及 ば な い。 天 の 時 は 道 の 時 に 及 ば な い。道の時は神の時に及ばない。神とは自然の根源である。あの物事 にこだわっている者は、自分たちの世界を貴いと思っている。だから 自 分 た ち の 世 界 が、 こ の 広 大 な 世 界 よ り 卑 し い こ と な ど 知 る 由 も な い。それだから世の人と交わって貴を争うが、そんな貴は尊ぶに足り な い。 世 の 人 と 交 わ っ て 冨 を 争 う が、 そ ん な 冨 は 重 ん ず る に 足 り な い。かならず世俗を超越し、群衆を超越し、世俗を忘れてひとり行か ん。太古の前にさかのぼり、広漠とした原初をみる。心は無限のかな たに周流し、志はひろびろと広がり解き放たれる。四季をめぐりただ よい、ひるがえって八方の隅々まで飛翔する。心のおもむくままに振 る舞い心を空しくし、心を清らかに保って、何ものにも拘束されるこ とがないように心がける。些細な行いもそれをけなすほどのこともな く、聖賢の行いも誉めるほどのこともない。世界は絶えず変化し移り かわるが、神明の働きによりそっていく。無限の空間を広げて、それ を自分の居宅とし、宇宙をぐるっと取り巻いて、それを自分の家とす る。世界をささえる八本の綱を強くして安定させ、物を制御する自然 の力を身につけて、末永く暮らしてゆく。いったいこういう生き方こ そが、ほんとうの富貴というべきである。だから、いにしえの堯舜と 德を競い合うこともない。殷の湯王や周の武王の功績と肩をならべよ うとすることもない。王許とは仲間となるほどでもなく、陽丘とは並 んで遊ぶほどのこともない。天地ですら大人先生の寿命を超えること が で き な い。 ま し て 廣 成 子 と は、 そ の 容 貌 を 比 べ る ほ ど の こ と も な い。八風を激しく吹かせて声を揚げ、太初の形跡を踏んでゆく。九天 をひらいて解除し、雲を招きよせて飛龍を御す。上へ下へとわけ隔て なく自在に制御し、いにしえと今をわけて、そのどちらかにつくわけ でもない。いったい世間の名利は、心を煩わすほどのこともない。だ から斉の国を手でぶらさげて楚の国を踏み、趙の国をひっさげて秦の 国を踏む。朝が終わらぬうちに、天下に人はいなくなり、東西南北に 隣に住む人はいなくなる。悲しいことではないか。そなたが自分を飾 ることは。わたしからみると、そんなことでは、どうして長続きでき ようか」 。 ここにおいて、先生はここを去り、くらい荒野に身を紛らせ、深い
大洋をたどり、溢れる水流に身をまかせ、重なる淵をつぎつぎと渡っ た。さらに青天にまたがり、かえりみて遥か遠くを眺めた。かくして 逍 遙 し て 年 を 延 ば す こ と は あ っ て も、 か り そ め に 気 を 合 わ せ て 生 き、 やがて散り果てるようなことはない。しかしやがて身が分離して拡散 すると、水が果てなくなみなみと広がっているかのようになる。つむ じ 風 が わ き お こ り 雲 が 浮 か ぶ な か、 ゆ ら め く 光 の さ す と こ ろ に 達 し た。まっすぐに太初のなかを駆けぬけ、無為の宮殿で休息した。太初 とはどんなところか。そこは、後ろもなく、前もなく、その果てをき わめることもできず、誰もその根源を知ることはできない。太初は遥 かかなたまで綿綿と続き、さらに反転するのであろうか。そこには大 い な る 自 然 の 道 が 存 在 し て い る が、 そ の 極 致 に 達 す る こ と は で き な い。誰もその根源を悟ることができない。九霊の館を開いて探し求め ても、まったく自分の理解の足しにもならない。広大な天に登ってあ たりを見わたし、太始の和やかな風を浴びる。ひるがえり、逍遙して 遠くをめぐる。際限なく続く大路をたどり、太乙星を見すてて方位を さぐらず、天地を越えてまっすぐ進み、煙霧をくぐり抜けて遠くに足 をのばす。左は暗く鬱蒼として果てしなく、右はほの暗くゆったりと 限りなく開けている。上は遥か遠くの音を聴こうとしたが何も聞こえ ず、下は遠くを看ようとしたが何も見えない。なすすべもなく心を休 ませた。大空に永くとどまり、思いのままにはばたく。やがてけわし くそびえる高山には黒い雲が湧きおこり、北風は横なぐりに激しくふ き、白雪がまい散る。積もった氷雪が丘のように積み上がり、寒く人 の心をやぶる。陰陽は位を失って、日月はくずれ落ちる。地はさけて 石もさけ、林の木々もうちくだかれる。たいそう冷えて陽は消え、寒 さが人の心をやぶる。陽気は微弱で陰気が極まると、海水は凍って流 れず、綿は凍って折れてしまう。呼吸することができなくなり、寒さ で 皮 膚 が 裂 け て く る。 気 は あ わ さ っ て、 か わ る が わ る 変 動 す る さ ま は、 ま こ と 不 思 議 だ。 寒 さ が 先 導 し た か と 思 う と 暑 さ が つ き 従 っ て、 人を傷つける。こんな時にも心楽しむ、真人は大清を思い慕う。 精神を統一して、こころを平静に保っている。寒暑もその身をやぶ らないのは驚くばかりである。憂いや患いは生じないし、ふだん通り 安らかな気持ちでいられる。霧が立ち込めて天を覆っても、迷わず自 由自在に歩いて行ける。通りが暗くて見えなくなっても、道に迷うこ とはない。好み楽しむところは世間の人とは違うので、何も争うこと はない。俗人はみな死に絶えようとしているが、わたしは独りだけ生 きのびている。さて、真人は遊んで、八龍に車をひかせ、日月を照ら し、 雲の旗を立て、 あちこちを徘徊し、 どこに行っても楽しんでいる。 真人が遊ぶと、太階は段差がなくなり、原野はひらけ、天門はとびら を開く。雨がざあざあと降り、風がびゅうびゅうと吹く中、黄山に登 り、いただきに出て静かに住みなす。
見わたせば、長江や黄河の水は清く、洛陽は埃もたたず、雲も消え て澄みわたっている。するとそこに、真人がやって来た。真人がやっ て来てくれると、まことに楽しいことよ。ところが、時に世の中が移 り変わり、楽しいことがなくなると、真人は去ってゆき、天をめぐっ て未央宮に帰ってしまった。そこで、わたしは寿命を延ばし、ひとり で 遊 ぶ こ と に し た。 世 間 の 人 は わ た し が 帰 る の を 待 ち 望 ん で い る が、 いつ帰るかわからない。ゆっくり歩いてゆくと、日に日に道は遠ざか る。 先生はこの地を立ち去ってから、天下の人びとは先生がどこで一生 を終えたのか誰も知らない。おそらくこの天地を超えて宇宙に遊んで いるのであろう。その遊びはいつ始まり、いつ終わるのか、誰もわか らない。自然に生きた真の至人である。ははつ鳥は済水や洛水、汶水 をこえて飛ぶことはないが、世間の人間もこれと同じことで、まるで 中土の地理にも通じていない。まして四海のかなた、天地の外のこと など知る由もない。先生のような人は、天地を小さな卵ぐらいにしか 思っていない。もし、つまらない小人が、先生の長所短所をあげつら い、その是非を議論するならば、まことに哀しいことではないか。
三、原文と訓読
(原文) 大人先生蓋老人也。不知姓字。陳天地之始、言神農、黃帝之事昭然 也。莫知其生年之數。嘗居蘇門之山。故世咸謂之閒(閑) 。養性延壽、 與自然齊光、其視堯舜之所事、若手中耳。以萬里為一步、以千歲為一 朝。行不赴、而居不處、求乎大道而無所寓。先生以應變順和、天地為 家。運去勢隤、魁然獨存。自以為、能足與造化推移。故默探道德,不 與世同之。自好者非之,無識者怪之,不知其變化神微也。而先生不以 世 之 非 怪、 而 易 其 務 也。 先 生 以 為、 中 區 之 在 天 下、 曾 不 若 蠅 蚊 之 著 帷。故終不以為事。而極意乎異方奇域。遊覽觀樂、非世所見。徘徊無 所終極。遺其書于蘇門之山而去。天下莫知其所如往也。① 或 遺 大 人 先 生 書 曰、 天 下 之 貴、 莫 貴 于 君 子。 服 有 常 色、 貌 有 常 則、 言有常度、行有常式。立則磬折、拱若(一作「則」 )抱鼓。動靜有節、 趨步商羽、進退周旋、咸有規矩。心若懷冰、戰戰慄慄、束身修行。日 慎一日、擇地而行、唯恐遺失。誦周孔之遺訓、歎唐虞之道德、唯法是 修、 唯 禮 是 克。 手 執 珪 璧、 足 履 繩 墨、 行 欲 為 目 前 檢、 言 欲 為 無 窮 則。 少稱 鄉 閭、 長聞邦國、 上欲圖三公、 下不失九州牧。故挾金玉、 垂文組、 享尊位、 取茅土、 揚聲名于後世、 齊功德于往古。奉事君王、 牧養百姓、 退營私家、育長妻子。卜吉宅、慮乃億祉、遠禍近福、永堅固已。此誠士君子之高致、古今不易之美行也。今、先生乃被髪而居巨海之中、與 若 君 子 者 遠。 吾 恐 世 之 歎( 或 作「 笑 」) 先 生 而 非 之 也。 行 為 世 所 笑、 身無由自達、則可謂恥辱矣。身處困苦之地、而行為世俗之所笑。吾為 先生不取也。② 于是、大人先生乃 逌 然而歎(一作笑) 。假雲霓而應之曰、若之云尚、 何 通 哉。 夫 大 人 者、 乃 與 造 物 同 體、 天 地 竝 生。 逍 遙 浮 世、 與 道 俱 成。 變 化 散 聚、 不 常 其 形。 天 地 制 域 于 內、 而 浮 明 開 達 于 外。 天 地 之 永 固、 非世俗之所及也。吾將、為汝言之。③ 往 者、 天 嘗 在 下、 地 嘗 在 上。 反 覆 顛 倒、 未 之 安 固。 焉 得 不 失 度 式、 而常之。天因、地動、山陷、川起。雲散震壞、六合失理。汝又、焉得 擇地而行、趨步商羽。往者、群氣爭存、萬物死慮、支體不從、身為泥 土。根拔、枝殊、咸失其所。汝又、焉得束身、修行、磬折抱鼓。④ 李牧功而身死。 伯宗忠而世 絕 。 進求利以喪身。 營爵賞而家滅。 汝又、 焉得挾金玉萬億、祇奉君上而全妻子乎。且汝、獨不見夫虱之處于 裩 之 中 乎。 ( 隠 乎 ) 深 縫、 匿 乎 壞 絮、 自 以 為 吉 宅 也。 行 不 敢 離 縫 際。 動 不 敢出 裩 襠。自以為得繩墨也。飢則嚙人, 自以為無窮食也。然、 炎斤 (昕) 火流、焦邑、滅都、群虱死于 裩 中、而不能出。汝君子之處區之內、亦 何異夫虱之處 裩 中乎。悲夫。而乃自以為、遠禍、近福、堅無窮也。⑤ 亦觀夫陽烏遊于塵外、而鷦鷯戲于蓬 芰 、小大固不相及。汝又、何以 為若君子聞于余乎。且近者夏喪于商、 周播之劉。耿薄為墟、 豊鎬成丘。 至人來一顧、 而世代相酬。厥居未定、 他人也(一作「已」 )有汝之茅土。 將誰與久。是以主(至)人不處而居、 不修而治。日月為正、 陰陽為期。 豈希情乎世、繋累于一時。來東雲、駕西風。與陰守雌、據陽為雄。志 得欲從、物莫之窮。又何不能自達、而畏夫世笑哉。⑥ 昔者天地開闢、萬物竝生。大者恬其性、細者靜其形。陰藏其氣、陽 發其精。害無所避、利無所爭。放之不失、收之不盈。亡不為夭、存不 為壽。福無所得、禍無所咎。各從其命、以度相守。明者不以智勝、闇 者不以愚敗。弱者不以迫畏、強者不以力盡。蓋無君而庶物定、無臣而 萬事理。保身修性、不違其紀。惟茲若然。故能長久。今、汝造音以亂 聲、作色以詭形。外易其貌、內隱其情。懷欲以求多、詐偽以要名。君 立而虐興、 臣設而賊生。坐制禮法、 束縛下民。欺愚、 誑拙。藏智、 自神。 強者睽眠而凌暴、弱者憔悴而事人。假廉而成貪、內險而外仁。罪至不 悔過。幸遇則自矜。馳此以奏除。故循(一作「滔」 )滯而不振。⑦ 夫無貴、則賤者不怨。無富、則貧者不爭。各足于身而無所求也。恩 澤無所歸、則死敗無所仇。奇聲不作、則耳不易聽。淫色不顯、則目不 改視。耳目不相易改、則無以亂其神矣。此先世之所至止也。今、汝尊 賢以相高、競能以相尚。爭勢以相君、寵貴以相加。驅天下以趣之。此 所以上下相殘也。竭天地萬物之至、以奉聲色無窮之欲。此非所以養百 姓也。于是、懼民之知其然。故重賞以喜之、嚴刑以威之。財匱而賞不 供、 刑盡而罰不行。乃始有亡國、 戮君、 潰散之禍。此非汝君子之為乎。
汝君子之禮法、誠天下殘賊、亂危、死亡之術耳。而乃自以為美行、不 易之道。不亦過乎。⑧ 今吾乃飄 颻 于天地之外、與造化為友、朝 飧 湯谷夕飲西海。將變化遷 易、 與道周始。此之、 于萬物豈不厚哉。故不通于自然者、 不足以言道。 闇于昭昭者、不足與達明。子之謂也。⑨ 先生既申若言、天下之喜奇者異之、忼愾者高之。其不知其體、不見 其情。猜耳其道、虛偽之名。莫識其眞、弗達其情。雖異而高之、與嚮 之、非怪者蔑如也。⑩ 至 人 者、 不 知 乃 貴、 不 見 乃 神。 神 貴 之 道 存 乎 內、 而 萬 物 運 于 外 矣。 故天下終、而不知其用也。⑪ 逌 乎 有 宗( 或 作「 宋 」) 扶 淫 之 野 有 隱 士 焉。 見 之 而 喜。 自 以 為、 均 志 同 行 也。 曰、 善 哉。 吾 得 之 見 而 舒 憤 也。 上 占 質 樸、 淳 厚 之 道 已 廢、 而末枝遺華竝興。豺虎貪虐群物無辜、以害為利、殞性、亡軀。吾不忍 見也。故、 去而處茲。人不可與為儔。不若與木石為鄰。安期逃乎蓬山、 角 李 潛 乎 丹 水( 一 作「 山 」) 。 鮑 焦 立 以 枯 槁、 萊 維 去 而 逌 死。 亦 由 茲。 夫吾將抗志、顯高、遂終于斯。禽生而獸死、埋形而遺骨。不復反余之 生乎。夫志均者相求、好合者齊與夫子同之。⑫ 于是、先生乃舒虹霓、以蕃塵。傾雪蓋、以蔽明。倚瑤廂而徘徊、總 眾 轡、而安行。顧而謂之曰、太初眞人惟天之根。專氣、一志、萬物以 存。退不見後、進不観先。發西北而造制、 啟 東南以為門。微道、而以 德久娯樂。 跨天地而處尊。 夫然成吾體也。 是以、 不避物而處、 所観則寧。 不以物為累、所 逌 則成。 彷 徉、足以舒其意。浮騰、足以逞其情。故至 人無宅、天地為客。至人無主、天地為所。至人無事、天地為故。無是 非之別、無善惡之異。故天下被其澤、而萬物所以熾也。若夫惡彼而好 我、自是而非人、忿激以爭求、貴志而賤身。伊禽生、而獸死。尚何顯 而獲榮。悲夫、子之用心也。薄安利、以忘生。要求名、以喪體。誠與 彼其無詭。何枯槁、而 逌 死。子之所好、何足言哉。吾將去子矣。⑬ 乃 揚 眉 而 蕩 目 、 振 袖 而 撫 裳 、 令 緩 轡 而 縱 策 。 遂 風 起 而 雲 翔 。 彼 人 者 、 瞻 之 而 垂 泣 、 自 痛 其 志 。 衣 草 木 之 皮 、 伏 于 巖 石 之 下 、 懼 不 終 夕 而 死 。 ⑭ 先 生、 過 神 宮 而 息、 漱 吳 泉 而 行。 迴 乎 逌 而 遊 覽 焉。 見 薪 于 阜 者 歎 曰、汝將焉以是終乎哉。薪者曰、是終我乎。不以是終我乎。且聖人無 懷。何其哀。夫盛衰變化、常不于茲。藏器于身、伏以俟時。孫 刖 足以 擒龐。雎折脇而乃休。百里困而相 嬴 。牙既老而弼周。既顛倒、而更來 兮。固先窮、而後收。秦破六國、并兼其地、夷滅諸侯。南面稱帝、 姱 盛色、崇靡麗。鑿南山以為闕、表東海以為門。門萬室而不 絕 、圖無窮 而永存。美宮室而盛帷 㡩 、擊鍾鼓而揚其章。廣苑囿而深池沼、興渭北 而 建 咸 陽。 木 曾 未 及 成 林、 而 荊 棘 已 叢 乎 阿 房。 時 代 存、 而 迭 處。 故 先 得、 而 後 亡。 山 東 之 徙( 徒 カ ) 虜、 遂 起 而 王 天 下。 由 此 視 之、 窮 達 詎可知邪。 且聖人以道德為心、 不以富貴為志。 以無為用、 不以人物為事。 尊顯不加重、貧賤不自輕。失不自以為辱、得不自以為榮。木根挺而枝
遠、葉繁茂而華零。無窮之死猶一朝之生。身之多少、又何足營。⑮ 因 歎 而 歌 曰、 日 沒 不 周 西、 月 出 丹 淵 中。 陽 精 蔽 不 見、 陰 光 代 為 雄。 亭亭在須臾、厭厭將復東。離合雲霧兮、往來如飄風。富貴俛仰間、貧 賤何必終。留侯起亡虜、威武赫夷荒。召平封東陵、一旦為布衣。枝葉 托根柢、死生同盛衰。得志從命升、失勢與時隕。寒暑代征邁、變化更 相推。禍福無常主、何憂身無歸。推茲由斯、負薪又何哀。⑯ 先生聞之、 笑曰、 雖不及大, 庶免小矣。乃歌曰、 天地解兮、 六合開。 星辰 霣 兮、 日月隤。我騰而上。將何懷。衣弗襲而服美、 佩弗飾而自章。 上下徘徊兮、誰識吾常。⑰ 遂去而遐浮、肆雲 轝 、興氣蓋。徜 徉 回翔兮 漭 瀁之外。建長星以為旗 兮、 擊 雷 霆 之 礚 。 開 不 周、 而 出 車 兮、 出( 一 作「 步 」) 九 野 之 夷 泰。 坐中州而一顧兮、 望崇山而廻邁。 端余節而飛旃兮、 縱心慮乎荒裔。 擇(或 作「釋」 )前者而弗修兮、 馳蒙間而遠 逌 。棄世務之 眾 為兮、 何細事之足 賴。虛形體而輕舉兮、 精微妙而神豐。命夷羿使寬日兮、 召忻來使緩風。 攀扶桑之長枝兮、登扶搖之隆崇。躍潛飄之冥昧兮、洗光曜之昭明。遺 衣裳而弗服兮、服雲氣而遂行。朝造駕乎湯谷兮、夕息馬乎長泉。時崦 嵫 而易氣兮、輝若華以照冥。左朱陽以舉麾兮、右玄陰以建旗。變容飾 而改度、遂騰竊以修征。⑱ 陰陽更而代邁、四時奔而相 逌 。惟仙化之倏忽兮、心不樂乎久留。驚 風奮而遺樂兮、雖雲起、而忘憂。忽電消而神 逌 兮、歷寥廓而遐 逌 。佩 日月以舒光兮、登徜徉而上浮。壓前進于彼 逌 兮、將步足乎虛州。掃紫 宮而陳席兮、坐帝室而忽會酬。萃 眾 音而奏樂兮、聲驚渺而悠悠。五帝 舞而再屬兮、六神歌而代周。樂啾啾肅肅、洞心達神。超遙茫茫、心往 而 忘 反。 慮 大 而 志 矜 局( 或 作「 粵 」) 。 大 人 微 而 弗 復 兮、 揚 雲 氣 而 上 陳。召大幽之玉女兮、 接上王之美人。體雲氣之 逌 暢兮、 服太清之淑眞。 合歡情而微授兮、先豔溢其若神。華姿燁以 俱 發兮、采色煥其竝振。傾 玄髦而垂鬢兮、曜紅顏而自新。時曖 曃 而將逝兮、風飄 颻 而振衣。雲氣 解而霧離兮、靄奔散而永歸。心 惝 惘而遙思兮、眇廻目而弗晞。揚清風 以為旗兮、翼旋軫而反衍。騰炎陽而出疆兮、命祝融而使遣。驅玄冥以 攝堅兮、蓐收秉而先戈。句芒奉轂浮驚。朝霞寥廓茫茫而靡都兮、邈無 儔而獨立。倚瑤廂而一顧兮、哀下土之憔悴。分是非以為行兮、又何足 與比類。霓旌飄兮雲旗靄、樂遊兮出天外。⑲ 大 人 先 生 被 髪 飛 鬢、 衣 方 離 之 衣、 繞 紱 陽 之 帶。 含 奇 芝、 嚼 甘 華、 浮霧、 飧 霄霞。興朝雲、 颺春風、 奮乎太極之東、 遊乎昆侖之西。遺轡、 隤策、流盼乎唐虞之都。惘然而思、悵爾若忘。⑳ 慨然而歎曰、嗚呼、時不若歲。歲不若天。天不若道。道不若神。神 者 自 然 之 根 也。 彼 句 句 者、 自 以 為 貴 夫 世 矣。 而 惡 知 夫 世 之 賤 乎 茲 哉。 故與世爭貴、貴不足尊。與世爭富、富不足先。必超世而 絕 群、遺俗而 獨 往。 登 乎 太 姑 之 前、 覽 乎 忽 漠 之 初。 慮 周 流 于 無 外、 志 浩 蕩 而 遂 舒。 飄 颻 於四運、翻 翱 翔乎八隅。欲從肆而仿彿、浣瀁而靡拘。細行不足以
為毀、聖賢不足以為譽。變化移易、與神明扶。廓無外以為宅、周宇宙 以為廬。強八維而處安、據制物以永居。夫如是、則可謂富貴矣。是故 不與堯舜齊德、不與湯武竝功。王許不足以為匹、陽丘豈能與比縱。天 地且不能越其壽。廣成子曾何足與竝容。激八風以揚聲、 躡元吉之高蹤。 被 九 天 以 開 除 兮、 來 雲 氣 以 馭 飛 龍。 專 上 下 以 制 統 兮、 殊 古 今 而 靡 同。 夫世之名利、胡足以累之哉。故提齊而 踧 楚、挈趙而蹈秦。不滿一朝而 天下無人、 東西南北莫之與鄰。悲夫、 子之修飾、 以余觀之, 將焉存乎。 於 茲、 先 生 乃 去 之、 紛 泱 莽、 軌 沕 洋。 衍 溢、 歷 度 重 淵。 跨 青 天、 顧而 逌 覽焉。則有逍遙以永年。無存忽合散而下。臻分離蕩、 瀁瀁洋洋。 飆涌(一作「踊」 )、雲浮、達於搖光。直馳騖乎太初之中、而休息乎無 為之宮。太初何如。無後、無先。莫究其極。誰識其根。邈渺綿綿、乃 反復乎。大道之所存、莫 畼 其究。誰曉其根。辟九靈而求索、曾何足以 自隆。登其萬天而通觀、 浴大始之和風。 逍遙以遠 逌 。遵大路之無窮、 遺太乙而弗使、陵天地而徑行。超濛鴻而遠迹。左蕩莽而無涯、右幽悠 而無方。上遙聽而無聲、 下修視而無章。施無有而宅神、 永太清乎敖翔。 崔巍高山勃玄雲、朔風橫厲白雪紛。積冰若陵、寒傷人。陰陽失位日月 隤。地 坼 石裂、林木摧。大冷陽凝、寒傷懷。陽和微弱隆陰竭。海凍不 流、 綿 絮 折。 呼 不 通、 寒 傷 裂。 氣 并 代 動、 變 如 神。 寒 倡 熱 隨、 害 傷 人。熙、與眞人懷大清。 精神專一、用意平。寒暑勿傷、莫不驚。憂患靡由、素氣寧。浮霧凌 天、恣所經。往來微妙、路無傾。好樂非世、又何爭。人且皆死、我獨 生。眞人遊、駕八龍、曜日月、載雲旗、徘徊 逌 、樂所之。眞人遊、太 階夷。□原辟、天門開。雨濛濛、風 。登黄山、出栖遅。 江河清、 洛無埃。雲氣消、 眞人來。眞人來、 惟樂哉。時世易、 好樂隤。 眞 人 去、 與 天 回、 反 未 央。 延 年 壽、 □ 獨 敖。 世、 望 我、 何 時 反。 趈 、路日遠。 先生從此去矣、 天下莫知其所終極。蓋陵天地、 而與浮明遨遊無始終、 自然之至眞也。 鸜 鵒 不踰濟洛、不渡汶。世之常人、亦由此矣。曾不通 區域、 又況四海之表、 天地之外哉。若先生者、 以天地為卵耳。如小物、 細人欲論其長短、議其是非、豈不哀也哉。 (訓読) 大 たい 人 じん 先 せん 生 せい は 蓋 けだ し 老 ろう 人 じん な り。 姓 せい 字 じ を 知 し ら ず。 天 てん 地 ち の 始 はじめ を 陳 の べ、 神 しん 農 のう 、 黃 こう 帝 てい の事 こと を言 い いて昭 しよう 然 ぜん たり。其 そ の生 せいねん 年の數 すう を知 し らず。嘗 かつ て蘇 そ 門 もん の山 やま に 居 お る。故 ゆえ に世 よ は咸 みな 之 こ れを閒 かん (閑)と謂 い う。性 せい を養 やしな い壽 じゆ を延 のば し、自 し 然 ぜん と 光 ひかり を 齊 ひと し く し、 其 そ の 堯 ぎよう 舜 しゆん の 事 こと と す る 所 ところ を 視 み る こ と、 手 し 中 ちゆう の 若 ごと き の み。 萬 ばん 里 り を以 も て一 いつ 步 ほ と為 な し、千 せん 歲 ざい を以 もつ て一 いち 朝 ちよう と為 な す。行 い くも赴 おもむ かず、居 お る も處 お らず、 大 だい 道 どう を求 もと めて寓 ぐう する所 ところ 無 な し。先 せん 生 せい 變 へん に應 おう ずるを以 もつ て順 じゆん 和 わ し、 天 てん 地 ち を家 いえ と為 な す。運 うん 去 さ り勢 せい 隤 くず るるも、魁 かい 然 ぜん として獨 ひと り存 そん す。自 みずか ら以 お 為 も
えらく、能 よ く造 ぞう 化 か と推 すい 移 い するに足 た る、と。故 ゆえ に默 もく して道 どう 德 とく を探 さぐ り、世 よ と之 こ れを同 おな じうせず。自 みずか らを好 この む者 もの は之 こ れを非 ひ とし、識 し る無 な き者 もの は之 こ れを怪 あや しみ、其 そ の變 へん 化 か の神 しん 微 び なるを知 し らざるなり。而 しか れども先 せん 生 せい は世 よ の非 ひ 怪 かい するを以 もつ て、其 そ の務 つと めを易 か えざるなり。先 せん 生 せい 以 お 為 も えらく、中 ちゆう 區 く の天 てん 下 か に在 あ るは、曾 かつ て蠅 じよう 蚊 ぶん の帷 い に著 つ くに若 し かず。故 ゆえ に終 つい に以 もつ て事 こと と為 な さず。而 しか して意 い を異 い 方 ほう 奇 き 域 いき に極 きわ む。遊 ゆう 覽 らん して觀 かん 樂 らく するは、世 よ の見 み る所 ところ に 非 あら ず。 徘 はい 徊 かい し て 終 しゆう 極 きよく す る 所 ところ 無 な し。 其 そ の 書 しょ を 蘇 そ 門 もん の 山 やま に 遺 のこ し て 去 さ る。 天 てん 下 か 其 そ の如 ゆ き往 ゆ く所 ところ を知 し らざるなり。① 或 ある ひと大 たいじん 人先 せんせい 生に書 しよ を遺 おく りて曰 いわ く、天 てん 下 か の貴 たつと きは、君 くん 子 し より貴 とうと きは 莫 な し。服 ふく には常 つね の色 いろ 有 あ り、貌 ぼう には常 つね の則 そく 有 あ り、言 げん には常 つね の度 ど 有 あ り、行 おこな いには常 つね の式 しき 有 あ り。立 た つときは則 すなわ ち磬 けい 折 せつ し、拱 きよう するときは抱 ほう 鼓 こ するが 若 ごと (一に「則」に作る)し。動 どう 靜 せい は節 せつ 有 あ り、趨 すう 步 ほ は商 しよう 羽 う し、進 しん 退 たい は周 しゆう 旋 せん し、咸 みな 規 き 矩 く 有 あ り。心 こころ は冰 こおり を懷 いだ くが若 ごと く、戰 せん 戰 せん 慄 りつ 慄 りつ として、身 み を束 つか ね て修 しゆ 行 ぎよう す。日 ひ び一 いち 日 にち を慎 つつし み、地 ち を擇 えら びて行 い き、唯 た だ遺 い 失 しつ を恐 おそ る。周 しゅう 孔 こう の遺 い 訓 くん を誦 しよう し、唐 とう 虞 ぐ の道 どう 德 とく を歎 たん じ、唯 た だ法 ほう を是 こ れ修 おさ め、唯 た だ禮 れい を是 こ れ 克 おさ む。手 て には珪 けい 璧 へき を執 と り、足 あし には繩 じよう 墨 ぼく を履 は き、行 おこな いは目 もく 前 ぜん の檢 けん と為 な さ ん と 欲 ほつ し、 言 げん は 無 む 窮 きゆう の 則 のり と 為 な さ ん と 欲 ほつ す。 少 わか く し て 鄉 ごう 閭 りよ に 稱 しよう せ ら れ、 長 ちよう じて邦 ほう 國 こく に聞 き こえ、上 かみ は三 さん 公 こう を圖 はか らんと欲 ほつ し、下 しも は九 きゆう 州 しゆう の牧 ぼく たるを 失 うしな わず。故 ゆえ に金 きんぎよく 玉を挾 さしはさ み、文 ぶん 組 そ を垂 た れ、尊 そん 位 い を享 う け、茅 ぼう 土 ど を取 と り、聲 せい 名 めい を 後 こう 世 せい に 揚 あ げ、 功 く 德 どく を 往 おう 古 こ に 齊 ひとし く す。 君 くん 王 おう に 奉 ほう 事 じ し、 百 ひやく 姓 せい を 牧 ぼく 養 よう し、退 しりぞ きて私 し 家 か を營 いとな み、妻 さい 子 し を育 いく 長 ちよう す。吉 きつ 宅 たく を卜 ぼく し、乃 すなわ ち億 おく 祉 し を 慮 おもんばか り、禍 か を遠 とお ざけ福 ふく を近 ちか づけ、永 なが く堅 けん 固 ご ならんのみ。此 こ れ誠 まこと に士 し 君 くん 子 し の 高 こう 致 ち にして、古 こ 今 こん 不 ふ 易 えき の美 び 行 こう なり。今 いま 、先 せんせい 生は乃 すなわ ち被 ひ 髪 はつ して巨 きよ 海 かい の中 うち に居 お り、君 くん 子 し の若 ごと き者 もの と遠 とお し。吾 わ れ世 よ の先 せん 生 せい を歎 なげ (或いは「笑」に作 る)き、之 こ れを非 そし るを恐 おそ る。行 おこな いは世 よ の笑 わら う所 ところ と為 な り、身 み は自 みずか ら達 たつ す るに由 よ し無 な ければ、則 すなわ ち恥 ち 辱 じよく と謂 い う可 べ し。身 み は困 こん 苦 く の地 ち に處 お りて、行 おこな いは世 せ 俗 ぞく の笑 わら う所 ところ と為 な る。吾 われ れ先 せん 生 せい の為 ため に取 と らざるなり。② 是 ここ に 于 お い て、 大 たいじん 人 先 せんせい 生 乃 すなわ ち 逌 ゆう 然 ぜん と し て 歎 たん ず( 一 いつ に 笑 しよう に 作 つく る )。 雲 うん 霓 げい を假 か りて之 こ れに應 おう じて曰 いわ く、若 なんじ の尚 たつと ぶと云 い うは、何 なん ぞ通 つう ぜんや。夫 そ れ 大 たいじん 人 は、 乃 すなわ ち 造 ぞう 物 ぶつ と 體 たい を 同 おな じ う し、 天 てん 地 ち と 竝 なら び 生 しよう ず。 浮 ふ 世 せい に 逍 しよう 遙 よう し、 道 みち と 俱 とも に 成 な る。 變 へん 化 か 散 さん 聚 しゆう し、 其 そ の 形 かたち を 常 つね と せ ず。 天 てん 地 ち は 内 うち に 制 せいいき 域 し、 浮 ふ 明 めい は 外 そと に 開 かい 達 たつ す。 天 てん 地 ち の 永 えい 固 こ な る は、 世 せ 俗 ぞく の 及 およ ぶ 所 ところ に 非 あら ざ る な り。 吾 われ れ將 まさ に、汝 なんじ の為 ため に之 こ れを言 い わんとす。③ 往 むかし 者、天 てん は嘗 かつ て下 した に在 あ り。地 ち は嘗 かつ て上 うえ に在 あ り。反 はん 覆 ぷく 顛 てん 倒 とう し、未 いま だ之 こ れ安 あん 固 こ ならず。焉 いずくん ぞ度 ど 式 しき を失 うしな わずして、之 こ れを常 つね にするを得 え んや。天 てん は 因 めぐ り、 地 ち は 動 うご き、 山 やま は 陷 おちこ み、 川 かわ は 起 お こ る。 雲 うんさん 散 震 しんかい 壊 し、 六 りく 合 ごう は 理 り を 失 うしな う。 汝 なんじ は 又 ま た、 焉 いずくん ぞ 地 ち を 擇 えら び て 行 い き、 商 しよう 羽 う に 趨 すう 步 ほ す る を 得 え ん や。 往 むかし 者、 群 ぐん 氣 き 存 そん を 爭 あらそ い、 萬 ばん 物 ぶつ 慮 りよ を 死 うしな い、 支 し 體 たい 從 したが わ ず、 身 み は 泥 でい 土 ど と 為 な る。 根 ね は拔 ぬ かれ、 枝 えだ は殊 さか れ、 咸 み な其 そ の所 ところ を失 うしな う。汝 なんじ は又 ま た、 焉 いずくん ぞ身 み を束 たば ね、 行 おこな いを修 おさ め、磬 けい 折 せつ 抱 ほう 鼓 こ するを得 え んや。④
李 り 牧 ぼく は功 こう あれども身 み 死 し す。伯 はく 宗 そう は忠 ちゆう なれども世 よ 絕 た つ。進 すす んで利 り を求 もと めて以 もつ て身 み を喪 うしな う。爵 しやく 賞 しよう を營 もと めて家 いえ 滅 ほろ ぶ。汝 なんじ は又 ま た、焉 いずくん ぞ金 きん 玉 ぎよく を挾 はさ む こ と 萬 まん 億 おく に し て、 君 くん 上 じよう に 祇 ぎ 奉 ほう し て 妻 さい 子 し を 全 まつと う す る を 得 え ん や。 且 か つ 汝 なんじ は、 獨 ひと り夫 そ の虱 しらみ の 裩 こん の中 なか に處 お るを見 み ざるや。深 しん 縫 ほう に隠 かく れ、 壞 かい 絮 じよ に匿 かく れ、 自 みずか ら以 もつ て吉 きつ 宅 たく と為 な すなり。行 い くも敢 あ えて縫 ほう 際 さい を離 はな れず。動 うご くも敢 あ えて 裩 こん 襠 とう より出 い でず。自 みずか ら以 もつ て繩 じよう 墨 ぼく を得 え んと為 な すなり。飢 う うれば則 すなわ ち人 ひと を 嚙 か み、自 みずか ら以て食 しよく に窮 きゆう する無 な しと為 な すなり。然 しか れども、炎 えん 斤 きん (昕)火 か 流 りゆう し、 邑 むら を 焦 こ が し、 都 みやこ を 滅 ほろぼ さ ば、 群 ぐん 虱 し は 裩 こん 中 ちゆう に 死 し し て、 出 いづ る 能 あた わ ず。 汝 なんじ が君 くん 子 し の區 く の內 うち に處 お ると、亦 ま た何 なん ぞ夫 そ れ虱 しらみ の 裩 こん 中 ちゆう に處 お ると異 こと ならん や。悲 かな しいかな。而 しか るに乃 すなわ ち自 みずか ら以 お 為 も えらく、禍 か を遠 とお ざけ、福 ふく に近 ちか づ き、堅 かた きこと窮 きわ まるなし、と。⑤ ○李牧… 『史記』列傳、廉頗藺相如列傳二十一には、趙の北辺の名守 将と記される。李牧は匈奴や秦軍を撃破したが、最後には秦の謀略に よる趙の奸臣の讒言により、趙王によって斬殺された。 ○伯宗… 春秋時代の晋の政治家。景公・厲公に仕えた。賢臣として知 られるが、最後には厲公によって殺され、その子孫も殺された。 亦 ま た夫 か の陽 よう 烏 う は塵 じん 外 がい に遊 あそ びて、鷦 しよう 鷯 りよう は蓬 ほう 芰 がい に戲 たわむ るるを觀 み るに、小 しよう 大 だい は 固 もと よ り 相 あ い 及 およ ば ず。 汝 なんじ は 又 ま た、 何 なに を 以 も て 若 かくのごと き 君 くん 子 し を 余 よ に 聞 き く を 為 な すか。且 か つ近 ちか きは夏 か は商 しょう に喪 ほろ ぼされ、周 しゅう は之 こ れ劉 りゆう に播 お わる。耿 こう 薄 はく は墟 きよ と為 な り、 豊 ほう 鎬 こう は丘 おか と成 な る。至 し 人 じん 來 き たりて一 いっ 顧 こ するに、 世 せ 代 だい 相 あ い酬 か わる。 厥 そ の居 きよ は未 いま だ定 さだ まらざるに、他 た 人 にん 已 すで に汝 なんじ の茅 ぼう 土 ど を有 ゆう す。將 ま た誰 だれ か與 とも に 久 ひさ しくせん。是 ここ を以 もつ て至 し 人 じん 處 お らずして居 お り、修 おさ めずして治 おさ む。日 にち 月 がつ を 正 せい と為 な し、 陰 いん 陽 よう を期 き と為 な す。豈 あに に情 じよう を世 よ に希 ねが い、 累 るい を一 いち 時 じ に繋 つな がんや。 東 とう 雲 うん を 來 き た ら せ、 西 せい 風 ふう に 駕 が す。 陰 いん と 雌 し を 守 まも り、 陽 よう に 據 よ り て 雄 ゆう を 為 な す。 志 こころざし は得 え て欲 よく は從 したが い、物 もの 之 こ れを窮 きゆう する莫 な し。又 ま た何 なん ぞ自 みずから ら達 たっ すること 能 あた わずして、夫 か の世 よ の笑 わら うを畏 おそ れんや。⑥ 昔 むかし 天 てん 地 ち 開 かい 闢 びやく し、萬 ばん 物 ぶつ 竝 なら び生 しよう ず。大 だい なる者 もの は其 そ の性 せい を恬 やす んじ、細 さい なる 者 もの は其 そ の形 かたち を靜 しず む。陰 いん は其 そ の氣 き を藏 ぞう し、陽 よう は其 そ の精 せい を發 はつ す。害 がい も避 さ く る所 ところ 無 な く、利 り も爭 あらそ う所 ところ 無 な し。之 こ れを放 はな つも失 うし なわず、之 こ れを收 おさ むるも 盈 み たず。亡 し するも夭 よう と為 な さず、 存 そん するも壽 じゆ と為 な さず。福 ふく は得 う る所 ところ 無 な く、 禍 わざわい は咎 とが むる所 ところ 無 な し。 各 おのおの 其 そ の命 めい に從 したが い、度 ど を以 もつ て相 あい い守 まも る。明 めい なる者 もの は智 ち を以 もつ て勝 か たず、闇 あん なる者 もの は愚 ぐ を以 もつ て敗 やぶ れず。弱 よわ き者 もの は迫 はく を以 もつ て畏 おそ れず、強 つよ き者 もの は力 ちから を以 もつ て盡 つ くさず。蓋 けだ し君 くん 無 な くして庶 しょ 物 ぶつ 定 さだ まり、臣 しん 無 な く し て 萬 ばん 事 じ 理 おさ ま る。 身 み を 保 たも ち て 性 せい を 修 おさ め、 其 そ の 紀 き に 違 たが わ ず。 惟 た だ 茲 こ れ若 かくのごと く然 しか り。故 ゆえ に能 よ く長 ちよう 久 きゆう す。今 いま 、汝 なんじ は音 おと を造 つく りて以 もつ て聲 せい を亂 みだ し、色 いろ を作 つく りて以 もつ て形 かたち を詭 たわ ます。外 そと は其 そ の貌 ぼう を易 か え、內 うち は其 そ の情 じょう を隱 かく す。欲 よく を 懷 いだ き て 以 もつ て 多 おお き を 求 もと め、 詐 さ 偽 ぎ し て 以 もつ て 名 な を 要 もと む。 君 きみ 立 た ち て 虐 ぎやく 興 おこ り、 臣 しん 設 もう けられて賊 ぞく 生 しよう ず。禮 れい 法 ほう に坐 ざ 制 せい し、下 か 民 みん を束 そく 縛 ばく す。愚 ぐ を欺 あざむ き、拙 せつ を