曲面に付随する直角アルティン群の埋め込み可能性
片山 拓弥 (広島大学, JSPS Research Fellow)
∗概 要
Kim–Koberda
により直角アルティン群の間の埋め込みの組み合わせ論的標準形が与えられて以降
,
直角アルティン群の埋め込みに対する障害の研究は グラフ理論的アプローチにより進められ,
一定の成功を見た.
グラフのフラッ グ複体はグラフのクリークに単体を貼ってできる単体的複体であるが,
位相 幾何学的不変量を考えるときには元のグラフのみを考えるよりも都合の良い ことがある.
本研究は,
グラフのフラッグ複体を通して,
多様体論を直角アル ティン群の埋め込みの問題に応用することを目指してなされた.
本稿では, 2
次元球面と同相なフラッグ複体をもつ有限単純グラフの直角アルティン群は,
種数1
以上の向き付け可能閉曲面と同相なフラッグ複体をもつ有限単純グラ フの直角アルティン群には埋め込まれない,
という著者の結果について紹介 する.
1. 直角アルティン群の間の埋め込み問題概説
この節では主に直角アルティン群の埋め込みに関する先行研究を述べる. 本稿におい てグラフといえば無向単純グラフ, すなわち辺に向きは指定されておらず, ループと多 重辺がないグラフのみを考える. Γ を有限グラフ, V (Γ) = { v
1, v
2, . . . , v
n} を Γ の頂点集 合, E(Γ) を Γ の辺集合とする. このとき, Γ に付随する直角アルティン群 A(Γ) とは次の 群表示により与えられる群のことである:
A(Γ) = ⟨ v
1, v
2, . . . , v
n| [v
i, v
j] = 1 if { v
i, v
j} ∈ E(Γ) ⟩ .
定義グラフが完全グラフのとき, それに付随する直角アルティン群は自由アーベル群 であり, 定義グラフが無辺グラフのとき, それに付随する直角アルティン群は自由群で ある.
現在では直角アルティン群は多様な部分群をもつことが知られているが, 最初の重要 な結果は, 向き付け可能な閉双曲曲面の基本群が直角アルティン群の部分群として現れ る [10] というものである. また, [9] は与えられた直角アルティン群の元の中心化群を決 定し, 直角アルティン群に含まれる有限生成アーベル群の最高階数は定義グラフに含ま れるクリークの最大頂点数に等しいことを示した. その後, 閉双曲曲面の基本群を含む 直角アルティン群の分類に関心が持たれたが, その文脈において [2] は, 直角アルティン 群の間の埋め込みに対する障害は, 閉双曲曲面の基本群と有限生成自由アーベル群の直 角アルティン群への埋め込み可能性しか知られていないことを指摘し, 次の問題を提起 した.
問題
1.1. 与えられた有限グラフ Λ と Γ に対して, A(Λ) が A(Γ) に埋め込まれるか否か を決定せよ.
本研究は科研費
(課題番号:18J13327)
の助成を受けたものである.2010 Mathematics Subject Classification: 20F36, 05C25
キーワード:直角アルティン群, 2次元球面∗〒
739–8526
広島県東広島市鏡山1-3-1
e-mail: [email protected]
web:
まず, 直角アルティン群の間の埋め込みのよく知られた構成方法を述べよう. 直観的に 自然な方法として, 定義グラフの間の “フル埋め込み”がそれらに付随する直角アルティン 群の間の埋め込みを誘導するというものがあり, これは古くから知られていた. ここでグ ラフの間の埋め込み ι : Λ , → Γ がフルであるとは, { u, v } ∈ E(Λ) ⇔ { ι(u), ι(v ) } ∈ E(Γ) が成り立つときをいう. フル埋め込み ι : Λ , → Γ が存在するとき, 簡単に Λ ≤ Γ と記す.
[5] は, 補グラフの縮約が直角アルティン群の間の埋め込みを誘導することを示し, 定義 グラフの間のフル埋め込みから誘導されるもの以外にも非自明な直角アルティン群の 間の埋め込みが存在することを示した. そして, [7] は “拡張グラフ”と呼ばれるグラフ を定義し, この “拡張グラフ”から直角アルティン群の間の埋め込みを構成した. それが 以下の定理である.
定理
1.2. 有限グラフ Λ, Γ に対して, Λ ≤ Γ
eならば A(Λ) , → A(Γ) である.
ここで, 有限グラフ Γ の拡張グラフ Γ
eとは, 頂点集合を { u
g(= g
−1ug) | u ∈ V (Γ), g ∈ A(Γ) } , 辺集合を
{{ u
g, v
h} | u, v ∈ V (Γ), g, h ∈ A(Γ), u
gv
h= v
hu
gin A(Γ) }
とするグラフである. さらに, [1] は, 定理 1.2 からは得られない埋め込みの例を与えた.
[6] はその例を一般化し, 定義グラフの補グラフの普遍被覆から直角アルティン群の間 の埋め込みを構成している.
こうした直角アルティン群の間の埋め込みの構成が行われる一方で, 埋め込みに対す る障害の研究もなされてきた. Kim–Koberda による次の結果は, 本稿の主結果の証明 においても重要な役割を果たす.
定理
1.3. 有限グラフ Λ, Γ について A(Λ) , → A(Γ) であるとする. このとき, 次の性質 をもつ埋め込み ψ : A(Λ) , → A(Γ) が存在する: Λ の各頂点 u に対して ψ(u) が Γ
eの互い に辺を張る頂点の積により表示される.
定理 1.3 が何故埋め込みに対する障害になるのか, 定理 1.3 から導かれる結果を 2 つ記 すことで読者に理解してもらうことにしよう.
定理
1.4 (実質的に [7]). Λ を有限グラフとし, Γ を有限な森とする. もし Λ が森でない
ならば, A(Λ) ̸ , → A(Γ) である.
定理
1.5 ([3]). Λ を有限な線型森の補グラフとし, Γ を有限グラフとする. もし Λ ̸≤ Γ
ならば, A(Λ) ̸ , → A(Γ) である.
新しい話題についてより詳しく知りたい読者は [8] の Introduction の一読を勧める.
2. 主定理
この節では, 主定理, その系, そして主定理の証明に必要な 2 つの補題を紹介する.
グラフ Λ のフラッグ複体 X
Λとは, Λ に含まれる頂点数 n + 1 のクリークに n-単体を 貼る, という操作を全ての非負整数 n について行って得られる単体的複体のことである.
以下の事実に注意しておこう.
命題
2.1. Λ をグラフとする. Z
n+1, → A(Λ) となるための必要十分条件は X
Λが n 次元 以上の単体的複体であることである.
次が本稿における主定理である.
主定理
2.2. Λ, Γ を有限グラフとし, A(Λ) , → A(Γ) とする. もし X
Λが 2 次元球面に同 相ならば, X
Γは 2 次元球面に同相な部分複体を含む.
この定理からただちに分かり, かつ興味深いのが次の系である.
系
2.3. Λ, Γ を有限グラフとし, A(Λ) , → A(Γ) とする. もし X
Λが 2 次元球面で, X
Γが 球面に同相でない曲面であるならば, A(Λ) ̸ , → A(Γ) である.
注意
2.4. 主定理 2.2 が本質的に意味をもつのは X
Γが 2 次元のときのみであることを 説明しよう. まず, 3-単体の境界は球面に同相である. 従って X
Γが 3 次元以上の単体的 複体のとき, X
Γは球面に同相な部分複体をもち, 定理 2.2 は自明である. 次に, X
Γが 1 次元以下の単体的複体のときを考える. このとき Z
3̸ , → A(Γ) であるが, 一方 X
Λ∼ = S
2なる仮定は Z
3, → A(Λ) を導く. 従って主定理 2.2 の A(Λ) , → A(Γ) なる仮定が満たされ なくなる.
以下の 2 つの補題を組み合わせれば, 主定理 2.2 を証明できることがただちに分かる.
補題
2.5. Λ, Γ を有限グラフとし, A(Λ) , → A(Γ) とする. もし X
Λが 2 次元球面に同相 であるならば, X
Γeは 2 次元球面に同相な部分複体をもつ.
補題
2.6. Λ, Γ を有限グラフとする. もし X
Γeが 2 次元球面に同相な部分複体をもつな らば, X
Γは 2 次元球面に同相な部分複体をもつ.
以降の節で補題 2.5 及び補題 2.6 について解説する.
3. 補題 2.5 の証明の概略
次の補題が本質的である.
補題
3.1. Λ, Γ を有限グラフとし, A(Λ) , → A(Γ) とする. もしフラッグ複体 X
Λが局所 的に次元 ≥ n で X
Γが n 次元ならば, X
Λ≤ X
Γeが成り立つ.
ここで非負整数 n について単体的複体 X が局所的に次元 ≥ n であるとは, X の各 0- 単体 σ に対して σ を含む X の n-単体が存在するときをいう. X が局所的に次元 ≥ n で あるとき, X の次元が n 以上であることは自明である.
例
3.2. n 次元多様体の単体分割は局所的に次元 ≥ n である.
補題 3.1 の (n = 2 の場合の) 証明を後で述べることにして, 補題 3.1 から補題 2.5 を導 いてみよう.
補題 3.1 ⇒ 補題 2.5 の証明. X
Λが 2 次元球面に同相であるとする. まず, X
Γeの次元が
2 でないときは, 主張は自明であるかまたはそもそも仮定が成立しないことを説明しよ
う. X
Γeが 3 次元以上のとき, X
Γeは 2-単体の境界を部分複体としてもち, これが 2 次元
球面に同相なので主張は自明である. また, X
Γeが 1 次元以下のとき, Γ
eには 3 頂点のク
リークがなく, 従って Γ にも 3 頂点のクリークはない. 故に A(Γ) は Z
3を含まない. 一
方で, X
Λは 2 次元であるから 2-単体を含み, 従って Λ は 3 頂点のクリークを含む. 故に
A(Γ) は Z
3を含み, 仮定であるはずの A(Λ) , → A(Γ) が成立しない.
それでは X
Γeが 2 次元のときを考える. 仮定より X
Λは 2 次元球面の単体分割である から, 局所的に次元 ≥ 2 である. あとは補題 3.1 の n = 2 の場合を使えばよい.
それでは補題 3.1 の証明の概略を n = 2 の場合に限って述べよう.
補題 3.1 の証明の概略 (n = 2). フラッグ複体 X
Λは局所的に次元 ≥ 2 で, X
Γの次元は 2 であるとする. A(Λ) , → A(Γ) なる仮定と定理 1.3 により, 次の性質をもつ埋め込み ϕ : A(Λ) , → A(Γ
e) が存在する; 各 v ∈ V (Λ) について ϕ(v ) は Γ
eの互いに可換な頂点の積 (性質 KK). 補題 3.1 の結論を示すために, われわれはまず写像 I : X
Λ(1)= Λ → Γ
e= X
Γ(1)eを定義し, その上で I がフル埋め込みであることを示したい. Λ の頂点 v を任意にとる.
X
Λは局所的に次元 ≥ 2 であるから, Λ の 2-単体 ∆(v) で v を頂点にもつものが存在する.
そこで [3, Lemma 3.6] よりフル埋め込み ι
v: ∆(v) → X
Γeで ι(V (∆(v))) ⊂ ϕ(V (∆(v ))) (性質 ( ∗ )) を満たすものが存在する. そこで, 次の主張を示す.
主張. 頂点 v を含む任意の 2-単体の組 ∆
1(v) ̸ = ∆
2(v ) 及び, 性質 ( ∗ ) を満たす任意のフ ル埋め込みの組 ι
1: ∆
1(v) → X
Γe, ι
2: ∆
2(v ) → X
Γeに対して, ι
1(v) = ι
2(v) が成り立つ.
主張の証明は初等的だが, 長いため概略を記す. 目標は ι
1(v) ̸ = ι
2(v) であると仮定 して矛盾を導くことである. 2-単体 ι
1(∆
1(v )) 頂点と頂点 ι
2(v ) は性質 ( ∗ ) 及び直角アル ティン群の埋め込み ϕ の性質 (KK) により可換であり, 従って Γ
e内で辺を張る. 一方 X
Γeに含まれるクリークの最大の大きさは 3 であるから, ι
2(v) ∈ ι
1(∆
1(v)) でなければ ならない. 従って 2-単体 ι
1(∆
1(v)) の頂点のうち少なくとも 2 つは ι
2(∆
2(v)) の全ての 頂点と辺を張る. さらに X
Γeに含まれるクリークの最大の大きさが 3 であることを使っ て ι
1(∆
1(v)) ∪ ι
2(∆
2(v)) が実は 2-単体であることを示すことができる. しかし , これは
∆
1(v ) ̸ = ∆
2(v) に反する. 以上が主張の証明の概略である.
この主張により, well-defined な写像 I : Λ → Γ を I(v) := ι
v(v) により定義できること が分かる (一般には ∆
1= ∆
2かつ ι
1̸ = ι
2なる場合があるが, 写像の定義には差支えな い).
では, I がグラフの準同型であることを確かめよう. Λ の辺を張る頂点のペア u, v を任意 にとる. ι
u: ∆(u) → X
Γe, ι
v: ∆(v ) → X
Γeを性質 ( ∗ )を満たし I(u) = ι
u(u), I(v) = ι
v(v) なるフル埋め込みとする. このとき, 性質 ( ∗ ) により ι
u(u) ∈ ϕ(u), ι
v(v) ∈ ϕ(v ) であ る. いま, u, v は可換であるから, ϕ の性質 (KK) 及び [3, Lemma 2.2] により像の和集合 ϕ(u) ∪ ϕ(v) は互いに可換な頂点からなる. 故に ι
u(u) と ι
v(v) は可換であり Γ
eにおいて 辺を張る. 以上により I はグラフの準同型である.
次に, I の単射性を示そう. 単射性の証明で重要な役割を果たすのは次の主張である.
主張. 任意の頂点 v ∈ V (Λ)と v を含む X
Λの任意の2-単体 ∆(v) に対して, supp(ϕ(v)) :=
{ u ∈ ϕ(v) | u ∈ V (Γ
e) } ⊂ V (I(∆(v))) が成り立つ.
主張の証明. 結論の否定である supp(ϕ(v)) ̸⊂ V (I(∆(v ))) を仮定して矛盾を導く. こ の仮定より, I(∆(v)) ⊊ ∪
x∈∆(v)supp(ϕ(x)) である. しかしながら I(∆(v)) は 3 頂点か らなるので, ∪
x∈∆(v)supp(ϕ(x)) は少なくとも 4 つの頂点を含み, ϕ の性質 (KK) と [3,
Lemma 2.2] を使えばこれらは互いに辺を張ることが分かる. 従って X
Γeには 3-単体が
存在することになり, dimX
Γ= 2 に反する.
では, Λ の頂点 u ̸ = v を任意にとり, I(u) = I (v )となったと仮定して上記の主張を用い て矛盾を示す. I を定義するときに用いた 2-単体 ∆(u) と ∆(v) をとる. 本稿では ∆(u) と
∆(v )が頂点を共有せず, ∆(u)の頂点と ∆(v) の頂点が辺を張らない場合のみを考える (他
の場合でも同様に矛盾を導くことができる). 直前の主張により, ϕ を A(∆(u) ⊔ ∆(v)) に
制限して埋め込み A(∆(u) ⊔ ∆(v)) , → A(I(∆(u)) ⊔ I (∆(v))) を得る. I(∆(u)) と I(∆(v)) は 2-単体で, I(u) = I(v) だから I(u) (= I(v)) は A(I(∆(u)) ⊔ I(∆(v))) の中心の元であ る. 一方, A(∆(u) ⊔ ∆(v )) ∼ = Z
3∗Z
3の中心は自明であるから, G をグラフ I(∆(u) ⊔ ∆(v)) から頂点 I(u) とこれに隣接する辺を削除して得られるグラフとすると Z
3∗ Z
3, → A(G) を得る. これより G は長さ 3 のサイクルを含むことが分かる. この事実と, G は高々4 頂 点のグラフで端点を共有しない辺が 2 つあることを組み合わせれば, G の中心が G のあ る頂点を含むことが分かる. 従って先ほどと同様にこの頂点が生成する部分群により 商をとることで Z
3∗ Z
3が 3 頂点以下のグラフの直角アルティン群に埋め込まれること が導かれるが, これはあり得ない. 以上により I(u) ̸ = I(v) である.
I のフル性については主定理 2.2 の証明において本質的ではないので, 省略する.
4. 補題 2.6 の証明の概略
拡張グラフの問題をグラフの “ダブル”の問題に帰着することができる.
Γ をグラフとし, v を Γ の頂点とする. グラフ Γ の頂点 v に関する星状部分グラフ St(v, Γ) とは頂点集合を { u ∈ V (Γ) | { u, v } ∈ E(Γ) } ∪ { v } とする Γ のフルに埋め込ま れた部分グラフのことである. Γ の頂点 v に関するダブル D(v, Γ) とは Γ ∪
St(v,Γ)Γ のこ とである.
次の補題に注意しよう.
補題
4.1. [7] Λ, Γ を有限グラフとする. もし Λ ⊂ Γ
eならば, 以下の性質を満たすダブ
ルの列 Γ = D
1≤ D
2≤ . . . ≤ D
nが存在する: Λ ⊂ D
nかつ D
i+1は D
iの (ある頂点に関 する) ダブルである.
この補題と以下の補題 4.2 を使うと補題 2.6 を示すことができる (証明はスライドの 19pp に書いてあるので略する).
補題