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理科学習指導要領の変遷
高 瀬 一 男
(1980年11 月 15 日 受f果 )
は じ め に
昭和22年に初めて学習指導要領が定められて以来,すでに4回目(昭和52年)の改訂を迎えてい る。教育課程の改訂ということは,我が国の普通教育の基本方計の改訂を意味し,それにより教科 の内容・組織の改変が行なわれる。およそ教育の将来について見通しを立てようとするならば,今 日に至たるまでの歴史的過程という縦方向と,現在における世界的動向という横方向との2つの方 向から迫ることが必要と思われる。しかし,本稿では,戦後30年にわたる理科教育の変遷過程を実 際の教育がどう展開されたかという微視的な観点についてはとりあげ凱主に学習指導要領そのも のにっいて,小学校理科を中心にその変遷の過程を概観してみる。
1.昭和22年の学習指導要領(試案)
我が国では,第二次世界大戦によって経験した戦争の痛手から立ち直るため,とりわけ教育に大 きな期待がかけられることになった。新しい教育は,これまでの画一的な国家中心の教育から,地 域社会や現場教師そして児童・生徒に中心をおいた教育への転換が強調され,その教育の指針とし て,昭和22年に我が国で初めて学習指導要領が作成された。
昭和22年の理科の学習指導要領は,昭和21年から,アメリカの「コース・オブ・スタディ」を参 考に6月に学習指導要領理科編(試案)として発行された。そして,それに準拠した教科書小学校 用「理科の本」(1〜3年), 「小学校の科学」(4〜6年)。中学校用の「私たちの科学」(単元別 18冊)が作られた。 ,
デューイやキルパトリックの哲学を実践に移したアメリカの進歩主義教育学会(Prog ressive Education Association)の教育哲学の影響をうけ,新しく「単元学習」や「問題解決学習」といわ れる学習が登場し,こどもの心理性と生活経験を重視する生活理科の色彩を打ち出していった。こ の教育哲学の具現は,生活単元,問題解決学習により,子どもの能力を最大限に伸張することを理 想としていたのである。
この戦後の小学校教育課程は,8教科と自由研究という2領域からスタートし,我が国教育史上 初めて,理科が第1学年から独立の教科として認知されたのである。しかし,「自然を知る」という 知的活動に理科の教育的価値を認めたというよりも,生活を合理科する手段として位置づけられたこ
とカ㍉次の目標から明らかである。すなわち,この指導要領理科編の「第一章理科の目標Pには,
次のようにしるされている。
理科の指導目標は,すべての人が合理的な生活を営み,いっそうよりよい生活ができるように,
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児童生徒の環境にある問題について,次の三点を身につけること,
① 物事を科学的に見たり考えたり取り扱ったりする能力。
② 科学の原理と応用に関する知識。
③ 真理を見出し進んで新しいものを作り出す態度。
であり,この目標はさらに次のように分けられる。
1,自然に親しみ科学的な作品に興味を持つ態度。
2.自然界の物と現象とを観察する能力。
3.すじ道の通った考え方をする能力。
4.機械や器具を使う能力。
5.生きものをかわいがり育てる態度。
6,健康を保つ習慣。
7.ねばり強く,助けあい,自ら進んで科学的な仕事や研究をする習慣。
8,真理にしたがい,進んで未知のものを探ろうとする態度。
9。やさしい科学の本を読む能力。
10.身のまわりの物ごとの間の関係や性質を知るための科学の主な原理と応用に対する知識。
11.自然の調和,美しさ,恵みを知ること。
12.科学者の仕事の尊さを知ること。
13.更に進んだ理科学習への準備と職業上必要なものの準備。
以上のように,一般目標の次に13項目にわたる具体的目標を掲げ,さらに,育てたい科学的能力 についても述べている。
戦後最初の学習指導要領は,小・中学校をひとまとめにして理科の性格や指導のねらいについて 詳しく記述されているが,具体的な内容やその展開についてはあまり触れていない。単元学習の指 導法の大要は,「導きの段階,研究理解の段階,整理の段階,活用の段階」を通して,子どもの活動 を重視し経験単元の構成の重要性を記している。各学年において追求することが望ましいと考えら れる単元名を示しているが,それをみると,生活理科の色彩がいかに強く,次の例からもわかるで
あろう。
第1学年〜第3学年………機械と道具のはたらき
第4学年 …・・ 私たちの研究,イネの研究,こんろの湯わかし 第5学年 …… カイコとクワ,写真機,油しぼり,ポンプ
第6学年 ・アサとワタ,海と船,自転車,きもの,メッキ,たこあげ 第7学年 ・…水はどのように大切か,火はどのように使ったらよいか 第8学年 ・………家はどんなふうにして建てられるか
第9学年 ・・……交通・通信機関はどれだけ生活を豊かにしているか
2.昭和27年の改訂学習指導要領(試案)
昭和22年の指導要領は,緊急かつ短期間に作成されたため,作成者自身も研究不十分で不完全で
あることを認め,その後の研究成果をふまえて改訂されることになったが,ここにおいて,生活を
中心とする問題解決学習が徹底してきたのである。
改訂指導要領は,昭和22年版に比べて「理科の目標」がずいぶん改められたことである。第1に,
理科教育の目標を学習指導要領一般編の教育目標と密接に結びつけたこと,第2に,理科教育の目 標としての理解・能力・態度を整理して,焦点がすぐつかめるように具体的表現を用いたことであ
る。
まず,理科の一般目標として次の3点が強調された。
L 個人生活では,自主的に,すすんだ事物を学ぼうとする強い意欲と正しい態度の育成,その ためには,自然現象について見いだした問題を自主的に解決しようとする態度を育てること 2.家庭生活および社会生活では,絶えず家庭および社会の生活を能率的に営むくふうをして,
日増しに生活を向上発展させること
3.経済生活および職業生活では,生産増強の必要なわけを知るため,自然科学の近代生活に対 する貢献や使命を,ある程度理解させること
以上のように,理科の目標が幅広い生活領域を背景に強調されたため,理科の具体的目標も次に 示すように,極めて広範囲な観点から設定されている。
小学校理科の目標
1.自然の環境についての興味を拡げる。
2.科学的合理的なしかたで,日常生活の責任や仕事を処理する。
3.生命を尊重し,健康で安全な生活を行う。
4.自然科学の近代生活に対する貢献や使命を理解する。
5.自然の美しさ,調和や恩恵を知る。
6.科学的方法を会得して,それを自然の環境に起る問題を解決するのに役ただせる。
7.基礎になる科学の理法を見いだし,これをわきまえて,新しく当面したことを理解したり,
新しいものを作り出したりすることである。
これらの目標を達成するため,理解,能力,態度,習慣のそれぞれについて,くわしく分析項目 を示しているが,それらがあまりにも広範多岐にわたるため,1つ1つの学習項目については,極め て表面的な扱いしかできず,いわゆる「はいまわる生活教育」といわれるようになったのである。
一方,生活との関連において自然の事象を追求することの生活理科では,典型的なスパイラル方 式を採用して,学習内容の選択にあたってはあれもこれもとり入れられ,内容量の増大する結果を 生んだのである。
また,指導要領理科編では,子どもが自分の問題を自分で解決するいわゆる「問題解決学習」に ツいて観己,学習段階を次のように示している。
1.学習すべき問題をはっきりつかむ。(導きの段階)
2。問題を解決するために計画を立てる。(計画の段階)
3.計画に基づいて,研究や作業を続ける。(研究の段階)
4.研究や作業の結果をまとめる。(整理の段階)
5.まとめた結果を活用して応用してみる。(活用の段階)
各学年での取り扱う内容が多く,それぞれの項目を問題解決の形で追求しようとすれば,時間は
不足する。そして,問題解決学習における研究の段階は,必ずしも観察や実験の過程をふまえるも
のではなかった。研究という活動は,種々の資料を調べ,それについて報告し討論することをさし
ていたのであって,観察・実験を無視した問題解決学習といわねばならない。
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このように,資料を調べたり見学したりという社会科的な活動だけで理科の授業が展開されるの では,科学的方法を会得させるという理科の目標6.が達成されないばかりでなく 理科そのものの 存在意義も疑問視されてくる。やがて,内容過剰,無系統性,基礎学力の低下などの問題が顕在化
し,生活理科,生活教育そのものが批判されるようになってくるのである。
昭和27年の指導要領をつらぬく思潮は,]つは,科学的な基本概念,科学的能力,科学的態度な どの系統化という本質主義(Essentialism)であり,もう1つは,生活的問題解決によって経験の 再構成をはかるという進歩主義(progressivism)ないし道具主義(instrumentalism)である。この 指導要領のめざした本質主義と進歩主義の止揚,つまり,進歩主義の中に,本質主義を生かそうと した試みは,進歩主義が本質的に内包する理念的あいまいさや指導上の困難さのために,本質主義
.3)の真価を十分に発揮できなかったといえよっ。
3.昭和33年の改訂学習指導要領
この時期は,我が国をとりまく情勢は大きく変化しつつあった。占領下の不自由から解放され,
独立国家への再出発国連加盟,世界における文化・科学・産業の急速な発展,貿易の拡大など経 済成長の時代へと大きく移り変わろうとしていた。このような内外の情勢変化に対応するため学校 教育に対し,これまでとは違った観点から強調されたのである。
朝鮮戦争の終った昭和29年には,理科教育振興法が施行された。これは,第2次世界大戦後の我 が国の復興を産業に求めようとする社会的,政治的要請を強く反映させたものである。理科教育の 振興が強く叫ばれ,従前の生活中心の「よき市民の育成のための報告」の一端を担うものとしての 理科教育という立場を科学技術の振興をめざす理科教育へと転換させ,科学の体系を重視する理科 教育が盛んに論ぜられるようになったのである。
昭和31年3月,初めて教育課程審議会が設けられ,2年間の審議ののちに,理科教育に関係する 改訂の基本方針として,次の4点が示された。
1.基礎学力の充実 2.科学技術教育の向上
3.小・中の教育内容について義務教育としての一貫性 4.各教科の目標・内容の精選と基本的な学習への重点化
この答申を受けて作成された学習指導要領は,この改訂から今までの試案という性格を脱して,
国家基準として告示されることになった。この学習指導要領は,これまでの生活理科の実践上の反 省や時代の要請などから生活単元的性格を後退させ,科学の体系や科学の基本概念などを重視しよ うとする色彩を強めている。そして,この観点からの内容の精選と基礎的なものの学習に重点がお かれる学年ごとの学習内容とその程度を定めた教育課程の基準が示されたのである。いわゆる系統 学習重視の時代に入ったわけである。この内容精選の方向は,試案時代に苦しんだ内容過剰を脱け 出すためのものであったのである。
小学校理科の目標は,次のように示されたのである?
1.自然に親しみ,その事物・現象について興味をもち,事実を尊重し,自然から直接学ぼうと する態度を養う。
2.自然の環境から問題を見いだし,事実に基づき,筋道を立てて考えたり,くふう・処理した
りする態度と技能を養う。
3.生活に関係の深い自然科学的な事実や基礎的原理を理解し,これをもとにして生活を合理化 しようとする態度を養う。
4.自然と人間の生活との関係について理解を深め,自然を愛護しようとする態度を養う。
この目標をみてもわかるように,生活理科的側面である「生活との関係」や「生活の合理化」が 依然として残されていることから,内容精選が不徹底に終る結果となったのである。このような系 統理科と生活理科との折衷的なあり方は,次のような内容領域の設定のし方に具体的に表われてい
る。
低学年 ① 生物とその生活(人体を含む) ② 気象・土地・天体とその変化
③ 道具とそのはたらき,物質とその変化
初期の系統学習は,経験主義教育への対決を意識するのあまり科学の体系=教科の体系一教授の 順序性といった短絡的な結びつきがみられたり,実質陶冶への偏りがみられたといわれている。し かし,系統学習が全国的に浸透していった50年代後半から60年代にかけて,これらの欠点が修正さ れて,いっそうの深みをみせるようになったといわれている。
特に注目されるのは,系統学習というのは教科の内容条件をおさえたものだから,これをふまえ て多様な方法条件によって授業展開ができることが再確認されたこと,科学の方法の習得という形 で形式陶冶醜も目をひらくことになったことであろう?
このとき,中学校理科では,内容の精選と系統化をはかるため2分野制が導入された。すなわち,
第1分野……物的・化学(無機)的内容,第2分野……生物的・有機化学的・地学的内容である。
これは,これまでの無秩序に取り込まれていた内容に筋を通したことになる。
4.昭和43年の改訂学習指導要領
昭和30年代から40年代にかけて,高度経済成長の時代,知識爆発の時代を迎えて教育界も世界的 に大きな変革期にさしかかった。ブルーナーの「教育の過程」がアメリカにおいて大きな反響をよ びおこしたのは昭和35年(1960年)である。ブルーナーは教科の構造の重要性と知的早教育の可能 性を提唱したのである。
1950年代に始まったアメリカの現代化運動の影響をうけて,我が国でも1960年代の初頭から新し いプロゼクトの紹介研究が行なわれ,カリキュラム開発研究が盛んになってきた。このような時代 背景のなかで小学校理科は,次の方針に基づいて改訂されることになったのである。
1.自然認識の基礎になる科学的な物の見方や考え方を育成すること
2.基本的事項を精選・集約し,発展的,系統的な学習ができるようにすること 3.理科の目標として,自然の理解に重点をおくこと
このような方針をもとに改訂された小学校理科の目灘総嗣標と具体的目標に分けて示さ犠
「自然に観しみ,自然の事物・現象を観察,実験などによって,論理的,客観的にとらえ,自然 の認識を深めるとともに,科学的な能力と態度を育てる。このため,
1.生物と生命現象の理解を深め,生命を尊重する態度を養う。
2.自然の事物・現象を互いに関連づけて考察し,物質の性質とその変化に伴う現象やはたらき
を理解させる。
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3.自然の事物・現象についての原因・結果の関係的な見方,考え方や定性的,定量的な処理の 能力を育てるとともに,自然を一体として考察する態度を養う。
この指導要領の特徴は,事物・現象の因果関係の把握や類としてのまとめ,あるいは時間・空間 的な見方,考え方を基礎に,連続的な量を基本とする定量的処理の必要性が極めて重視されたこと
である。
教育内容は,科学的な物の見方や考え方,更に進んでは創造力の育成が十分になされるように,
子どもの自然認識の基礎になる経験や自然科学的な事実や考え方を中軸にして精選,集約された。
具体的にはその内容を自然の事物・現象の対象の違いと,対象による物の見方,考え方,扱い方の 違いに応じて,「A 生物とその環境」,「B 物質とエネルギー」,「C 地球と宇宙」の3区 分にまとめられた。この点は大きな前進といえるが,その内容項目が理解目標の形で表現されたこ
とによって,小学校1年生から理科はむずかしくなったという印象を与えることになった。また,
小学生という発達段階の子どもに対して, 「論理的な自然認識」や「定量的な処理能力」を求める ことは,行き過ぎのきらいを免れなかったという反省がある。
中学校理科も自然科学的色彩を強める方向で昭和44年に改訂された。これは,アメリカの現代化 運動の中のプロゼクト,例えばIPS, ESCP, AAASなどの考え方を導入し,「内容の精選と基本 的な概念の重視」, 「探究の過程と科学の方法の重視」という改訂の2本柱によって基本的な科学 の概念をおさえ,構造化・系統化された自然科学の基礎になる知識を選び組織された。また,それ
らの知識を獲得していくプロセスやさらに発展させていくための科学の方法を分析して習得させて
いくように構成されたのである。目標にも,「探究する過程を通して科学の方法を習得させること」 7)や「基本的な科学概念を理解させること」が示されている。