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アメリカにおける性差別の撤廃と教育法修正9章

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アメリカにおける性差別の撤廃と教育法修正9章

永 島利 明

(1983年10月29日受理)

問 題 の 所 在

憲法や教育基本法において.両性の平等が規定されているにもかかわらず,まだ,男女共学が日本に おいて完全に実施されていないことを指摘したのは,1960年代から技術・家庭科を担当する一部の教 師によってであった。当時の技術・家庭科は「男子向き」「女子向き」に分離されていたので,そのこ とは明白であった。1)しかしながら,技術・家庭科の共学が実現したとしても,両性の分業意識が解消さ れて,教育における平等が実現すると断定するのは,早計にすぎない。技術・家庭科の共学の実現はそ の第一歩にすぎないのである。

筆者は諸外国における技術教育および家庭科の共学問題を研究する過程で,アメリカにおける1972年 の教育法修正9章,1974年の婦人教育公正法,1978年の職業教育法などの一謹の性差別撤廃立法の成立 を知り上記のことを痛感したのである。2}特に,1972年の教育法修正9章は,アメリカにおける教育の 性差別の実態を鮮明にした。性のステレオタイプはアメリカ以上にわが国にも存在している。

アメリカではこの法律の施行によって,性差別が広範囲にわたって行われていることが意識されるよう になったが,日本では性差別が無意識に行われているのである。この法の存在を知ることによって,日 本国民が自らの性差別を自覚して,その撤廃のために行動を起すことが期待できよう。

この論文の目的は教育法修正9章をわが国に紹介することによって,教育における両性平等が推進さ れることをねらいとしている。なお,この法律は深尾凱子(読売新聞社)によって,その一部がわが国 に紹介されているだけである。3−4}

適 用 範囲

この法律は1972年に制定され,施行されたのは75年7月21日であった。まず,この法律は「何人とい えども,連邦政府の補助金をうける教育計画または教育活動においては,性を理由として参加すること を拒否されたり,利益を与えられなかったり,差別をうけることは許されない」と規定している。この 性差別禁止条文に続いて,きめ細かな条文が定められている。連邦政府の補助金をうける学校は公立で あろうと,私立であろうと,幼稚園から大学院にいたるまで,また,成人教育においても,生徒募集,

カリキュラム,スポーツ,ガイダンスなど男女の差別をすることを禁止している。

この法律の問題のひとつは,例外規定が広範囲なことである。例外規定は第86条11項より17項に規定 されている。ここでは,わが国に知られている事例を中心に紹介したい。まず,第1に,軍事または商 船の乗組員を養成することを目的としている学校がある。アメリカはベトナム戦争以後,志願兵制度と なり,婦人の入隊者が多い。このように軍人養成学校から差別を除外することは問題があろう。

第2に,9章に従うことが宗教的信念に反する宗教団体によって管理されている教育実践がある。イ

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スラム教が男女隔離を宗旨としていることは,周知のことである。キリスト教のなかの宗派にも,男女 隔離主義をとっているものがある。アメリカ独自の宗派ではモルモン教とエホバの証人がある。モルモ ン教の教義では,神の律法に従って正しい結婚をした場合,その結婚は,現世ばかりか,死後,神の国 においても続くと主張する。しかも,最高の幸福が得られるという。しかし,女性が独身で死んだ場合 には,死後の世界で最高の幸福を得ることが不可能となると考えた。初期の教会は,女性の数が男性よ り多かったので,必然的に独身で一生を終わらなければならない女性がいたわけである。それらの女性 を一人でも救わなければならないとして多妻結婚を実施した。5}1975年,米国およびメキシコでモルモ ン教の名のもとに多妻結婚を実行しているものが3α000人以上もいるという。6}この宗派では黒人と女 性には神権を与えていない。

エホバの証人では聖書のテモテ前にある「女が教えたり,男の上に立ったりすることを,わたしは許 さない。むしろ静かにしているべきである」とか,コリント前にある「婦人たちは教会では黙っていな ければならない……もし何か学びたいことがあれば家で自分の夫にたずねるがよい。教会で語るのは,

婦人にとって恥ずべきことである」という言葉に従う傾向がある。この宗教にはこのような女性蔑視が

ある♂》

また,カトリックでは女性を司教などの公的,役務的性格をもった務めを執行することに女性を近づ けず,女子修道会のなかでの管理だけを女性に与えてきた。こうした慣行から,旧教に男女別学が多い ことはすでにのべた。9}こうした宗教が管理している教育計画や活動には例外が認められている。

第3に,ガールスカウト,ボーイスカウト,YMCA, YWCA,ガールキャンプファィアおよびお もに19歳以下のメンバーからなる単一の性,または免税「青年サービス」団体がある。

第4に,男子大学生友愛会および女子大学生友愛会がある。

第5に,アメリカ少年軍団(American㎏gion恥ys),全国少年会議,全国・州少女会議がある。

第6に,両性の学生に対して「合理的で同程度に」機会が与えられる父と息子,母と娘の活動がある。

第7に,個人的な容姿,ポーズ,タレントが認められて,ページェントに参加するために,大学によ って提供された奨学金や援助がある。

第3者からみれば.こうした例外規定はあまりにも範囲が広く,「ざる法」のような感じがする。しか しながら,思想的に多元主義をとるアメリカでは性差別の撤廃をめざすとすれば,やむを得ない妥協の 産物であったかもしれない。なにしろ,1857年にはモルモン教を弾圧するたδ6に国は軍隊を派遣したが,

教団側は義勇軍を組織して,それに対抗し,大統領が教会と和平を結ぶというような伝統をもっている からである。10}これをユタ戦争とよんでいる。ユタはモルモン教の本部があるソルトレーク市がある州 である。こうした伝統のためか,米国は共産主義以外の思想には寛大になっているようだ。

基本的には,教育法修正9章は,性差別に関する一一般規定,すでに本節でのべた適用範囲,入学,学 生の処遇,雇用および訴訟手続の6つのガテゴリーからなっている。以下は日本の教育で性差別の撤廃 を真剣に考えている教師が実践に参考になるような点をとりあげてみたいと思う。

入  学

1960年代の終り頃まで,性によって入学が決定されていた。多くの職業高校では女子が入学できな いことがあったし,また,女子大学には男子は入学できなかった。法はこうした職業教育,専門教育,

大学院,学部における入学の性差別を禁止した。しかし,それは私立の職業教育,専門教育の学部を含

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む学部では例外とされている。この私立の学部の例外規定にもかかわらず,東部の有名私立大学,いわ ゆるアイビー・リーグは男女共学に踏み切った。それも同窓会の猛反対をのりこえてであったIJ

特に,入学許可を与える人数や割合を同一の性に制限すること,同一の性を優先すること,志願者を 性別によってランクづけすること,そのほか性によって異なったいかなる取扱をすることを禁止してい

る。また,入学試験において,テストや基準が教育計画を達成でき,また,公正な代替行為のないかぎ り,受領者は両性平等に逆行するテストや基準を用いてはならない。

入学試験のとき,性にもとつく差別,すなわち,妊娠関連事項および志望者の婚姻関係や地位を明確 にするような学生の両親家族,婚姻に関連する規定を作ることを禁止している。受領者は差別に用い るのでなければ,志願者の性をたずねることができる。

過去の差別の影響を排除するために,同一の性の募集に特別な努力をする必要がある場合を除いて,

受領者は各性の数を匹敵しうるように努力しなければならない。

学生 の 処遇

学校は性差別なしに入学した学生を扱わなければならない。学生の処遇には教育課程,特別活動(学 生団体と体育競技を含む),利益,施設,建造物,慣例,規則(出版・出演・出場の規則を含む)および 調査が含まれる。学生は性を根拠としてあらゆる権利,特権,利益,または機会を享受することを制限

されない。

公共機関は各性に対して異なった宿泊方針をもってはならない。(例えば,大学が男子にキャンパス外 の宿泊を許可するならば,また,女子にも認めなければならない)。一部の女子学校には全寮制がみられ たので,それに対応した条文であった。12}ただし,男女別の宿舎は設置できる。

トイレット,ロッカー,シャワーは分離してよい。しかし,これらの施設は両性の学生に同等に与え られなければならない。

公共機関は性を理由として教育課程に参加させたり,拒否したりすることは許されない。このことは 体育,工業,商業,職業,技術,家庭科,音楽および社会教育のコースを含んでいる。

しかしながら,性教育は例外である。性を扱う初等・中等学校の学級は分離が認められている。

体育においては,男女共学の学級内においても,接触を必要とする種目では分離が認められる。接触 を必要とするスポーツには,レスリング,ラクビー,アイス・ホッケー,フットボール,バスケットボ

一ル,その他の「身体的な接触を主な目的としたり,主な活動」とするものを含む。

合唱においては,音声の範囲や性質によって実施されているので,単一の性によって実施できる。

学区は性を理由として職業教育機関よりどんな人も排除してはならない。

受領者は性を根拠としてカウンセリングやガイダンスで差別をすることはできない。

学校はひとつの性にクラスの人数にかたよりがある場合はいつでも,カウンセリングや試験において,

性による先入観がない保証をする行動をとる必要がある。

受領者は各性のために異なった材料を使用したり,異なった処理を必要とする試験その他の評価およ びカウンセリングをしてはならない。同一の職業で異なった材料が使われたり,性差別を排除するのに必 要ならば,例外を設けることができる。

学校はカウンセリングや評価が性によってかたよりがないことを確実にするために,処置をとらなけれ ばならない。試験が学習やクラス分けの過程のなかで不適切な性の人数によって生じたならば,学校は

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テストやその利用が人数の不釣合から生じたものでないことを明確にする行為をとらなければならない。

アメリカは奨学金制度が多様である。日本の奨学金といえば,日本育英会と都道府県のものが知られ ている程度である。アメリカでは政府や州の奨学金のほかに.福祉予算のひとっとして炭鉱奨学金,・エ レンダ奨学金,怯務奨学金,大学教職者奨学金,公職者奨学金などがある。このほか民間の奨学金が ある。従って,こうした学生の生計補助にも,3つの禁止事項を補助金の受領者に課している。

。異なった量やタイプの援助,適格性の制限,異なった基準や差別をすること。

。 性によってかたよりをもつ求職,登録,承認,施設の利用規定,行為,サービス,団体を援助す ること。

。 ひとつの性を差別するような方法で学生を雇用すること,または他の団体にサービスをすること。

この生計補助では体育の奨学金,善意や施託によって設立された奨学金には例外がある。

体育奨学金を与える制度は小・中学校の学校間対抗,または大学間の対抗の体育競技に参加する各性 の割合に応じて,両性のために「適正な機会」を与えるものでなければならない。各性に分離して与え

られる体育奨学金はその奨学金や体育の理念に矛盾しない限り,男子または女子のチームに与えても差 しつかえない。

外国留学奨学金では奨学金を授与される者がほかの性にも類似した機会が与えられることを前提とし て,(ロイド奨学金のような)在外研究のための援助を与える上で差別することは,例外として認める。

(ロイド奨学金は英国植民地とアメリカからオックスフォード大学に留学するセシル・ロイド奨学金の ことである)。

単一の性に限定されているが,審査が差別的ではない限りにおいて,奨学金や単一の性のみ援助して いる善意.信託,遺贈のようなほかのかたちの経済的援助は,慣行として許される。そのことを保障す るには,慣行はつぎの3つの条件を充足しなければならない。

。性を限定しないで利用しうる非差別的な根拠をもっ経済的援助を受給者が選ぶこと。

●    。上記のような学生によって選択された性を限定した賞金をうけること。

。性を限定する奨学金ではないという理由で,賞金を受取ることを拒否する学生がいないことが確実 なこと。

学生の医療,入院,事故,または生命保険,サービス,計画においては性による差別は許されない。

このことは家族計画サービスにみられるような一方の性が多く利用するような恩典やサービスを禁止す るものではない。

完全な保健施設を備えている学校はどこでも婦人科の看護ができなければならない。

法は学生が実際に両親になることやその可能性,家族または婚姻に関することを性によって差別する ことを禁止している。

学生が志望して異なった計画や活動に参加するのでなければ,学校は学生の妊娠,出産。誤った妊娠,

流産,中絶のために学級または教科外活動を含む教育活動において,学生を差別してはならない。

学校が妊娠中の学生のために,任意の分離教育を提供する意志があるならば,授業計画は正規のもの に匹敵するものでなければならない。

学校が妊娠以外の身体的・情緒的な条件について証明が必要な場合のみに,学校は妊娠した学生に医 師から正規の教育計画にとどまることができるという証明をもらうことを要求することができる。

補助金の受領者は妊娠に関係した障害を医療,サービス,計画,または方針において.一時的に学生 に生ずる臨時の障害と同じように扱うべきである。学生の担当医が医療に必要とみなす限りにおいて,

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欠席の許可を正当なものと扱わなければならない。この欠席にっいて,学生は本来の地位を回復しなけ ればならない。ニューヨークではブロンクス区で1967年に試験的に行われた妊娠用生徒の学校が現在で        14)

ヘ各区に2校設置されている

アメリカでは16歳までに20%以上の女子が,19歳まで50%の女性が性経験をもつ。結婚前のセックス は公然と認められるようになった。最初に生まれる子どもの56%までは結婚前に妊娠してできている。

その結果,15歳から19歳までの女子の10人に1人が妊娠するという。1977年19歳以下の未婚の女性で実 際に子どもが生まれたのは60万人であった。上記の妊娠に関する規定が作られたのは,こうした背景が あるからであるま5)

連邦補助金をうけて実施される学校内,校外,大学間,クラブの体育競技においては,性にもとつく 差別を何人もうけない。各性のための分離したチームは.接触スポーツ,またはチームの選別が技能の 競争にもとついているところでは承認される。接触スポーツとはボクシング,レスリング,ラクビー,

アイスホッケー,フットボール,バスケットボールおよび身体の接触を目的としていたり,主な活動と しているものを含む。

非接触スポーツにおいては,学校がひとつの性のみのために,ひとつの与えられたスポーツで一チー ムをもっときや,ほかの性のみに体育の機会が制限されるときはいつでも,両性のメンバーがチームの ために競技に参加することが承認されなければならない。

学校は体育について両性に平等の機会を与えなければならない。体育の機会が平等であるか,どうか を決定することにおいては,保健教育厚生省の教育庁はスポーツの選択および競技の水準が両性のメン バーの興味や能力が実際に適しているかどうかを考慮しなければならない。教育庁はほかの要素として 施設,設備,補給,競技および実際のスケジュール,旅費,コーチ(指導の任務および報酬を含む),一 般の個人指導,宿泊,調理施設および宣伝について考慮する。

体育の経費の平等は要求されてはいない。しかし,教育庁は「各性のメンバーに平等の機会を与えよ うとして,ひとつの性のみにチームに必要な資金を与えるような失敗を考慮しなければならない」。

教育法修正9章では両性平等のための特別の教科書や教材を要求したり,削除したりすることを要求 していない。後にこの点が批判されて婦人教育公正法ではこのことが明確にされる。そして教科書の基 準が作られるのである。

訟訴手続

教育法修正9章の施行は1964年の市民権6章の手続に従って行われる。その手続のもとで教育庁は個 人またはグループによって告訴された事件について速やかに調査しなければならない。差別が行われて いるということを告発している手紙は保健教育厚生省教育庁市民権副長官または州の執行に権限をもつ 市民権地方局長に送付する。教育庁は告発の受諾や再審理を指導する。受諾や再審理は教育庁によって 創案された調査法によって大学または学区が行う。

9章の告発手続には法の条件を満たしているかどうか記録する教育団体が必要である。その記録は求 めに応じて教育庁が利用できるようにしなければならない。

差別されているという告発は差別をうけた日から180日以内に教育庁に書類として提出されなければ ならない。調査後差別があることが判明した場合,教育庁は差別をしている団体が自発的に告発を承諾 するように努力しなければならない。これに失敗したとき,教育庁は財政援助の打切のための公聴会を

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68       茨城大学教育学部教育研究所紀要16号(1984)

開らくことができる。

教育庁は司法省の起訴法,州法または条例を参考にできる。公聴会の規定のもとに,補助金の執行団 体はカウンセリング権や控訴権が授与される。1η

性差別と未来の教育

以上が教育法修正9章の大要であるが,それに若干のコメントをつけたい。

アメリカ合衆国憲法では男女の平等がまだ,明文化されていない。そこで「性によるすべての差別の 禁止」を盛り込んだ男女平等憲法修正条項(Equal Right Amendment=ERA)を成立させることが 婦人解放運動の大きな目標であった。ERAは1972年に連邦議会を通過した。しかし,正式に認められ

る手続きとして,全州の4分の3にあたる38州の批准が必要であった。批准の期間は当初7年とされて いたが.途中で3年間の延長が認められ,1982年6月30日が最終期限となったのである。その間35州が 批准したが,3州が不足して成立することができなかった。16)しかし,アメリカの方がわが国よりも性 差別が厳密に法によって規定されている。

憲法でわ力掴は男女平等が規定されているので,われわれは技術・家庭科以外には性差別がないと考 える傾向がある。また,体育では両性の身体構造のちがいから,別学が当然であるとされ,この教科の 両性平等思想はわが国にはみられない。しかし,教育法修正9章を研究することによって,両性の平等 にもとめられていることは,もっとも広汎なものであることがわかる。

1978年の新学習指導によって,技術・家庭科の相互乗り入れは行われたものの,内容は技術系列は男 子向きであり,家庭系列は女子向きであることは依然として変わっていない。

松島千代野はアメリカ家政学会刊行のrJoumal of Hbme Economics」を1909年の創刊号より 1975年までを分析して,男子家庭科への関心とその実施は1920年代から1940年代に集中しa・るという38}

わが国では1970年代から技術教育や家庭科の両性の学習が検討の対象となったことから考えると,約半 世紀の隔差があるといわざるをえない。

いくつかの点でアメリカの教育法修正9章は教育における両性平等に関する豊かな発想を提示してい る。まず,日本の男女平等の教育が現状では技術・家庭の共学・共修ということに媛少化されていると いうことである。同法が示したように,それ以外にさまざまの性差別や性のステレオタイプが存在して いる。そうした伝統をくずさなければ,技術・家庭科の共学共修すら困難であろう。

従って,真の両性平等を実現するには,教育全般にわたる性差別の存在を堀り出し,それを是正する ことが必要である。そうすることによって技術・家庭科,体育などの性差別が撤廃されていくであろう。

この点でわたしたちの運動は技術・家庭科の共学を目標とするだけではなく,教育全体の性差別の解消 をめざすものでなければならない。

1983年10月にニューヨーク大学の女性学フローレンス・ハウ教授が日本の女性学研究たちの招きで来 日して,「法より心の変革が先」と意識改革の重要性をといていることが報道された。「1972年に女子へ の差別的な教育をなくすための法律が22の州で公布された。テキストやカリキュラムに性差別を盛りこ んではならないというもので,女生徒には家庭科,男生徒には工作や体育,などという別学が,これで 禁止された。しかし,男女共に両方を共修するのではなく,各自が自由に選ぶ選択方式なので,結果と してやはり女子が家庭科.男子が工作をとる場合が多くなってしまう。また,男女一緒の体育の時間で も,中身は別々という例が多く,法の実効をあげるのはなかなか難しいようだ」とのべられている。19)

(7)

しかし,これは安易な紹介であるように思われる。アメリカの共学共修は量的に飛躍的に発展してい る(この点について別の研究でするので省略する)。その発展は教育法修正9章や婦人教育公正法のよう な性差別撤廃立法の成立によって可能になったのである。日本ではまだそうした法制定運動さえないの である。そのことはわが国では教育における性差別が明確に定義すらされていないことを意味している。

そうした中で「法よりも心の変革が先」と主張するならば,日本では伝統的な男と女はつくられ続ける であろう。つまり現状維持が続くのである。少くとも1972年の22州の法の内容の紹介をしてほしかった と考えている。市販されている教育書では性差別撤廃立法を紹介しているのは,稀である。今後,これ に関連した紹介が一層重要になるであろう。

この小論は筆者のはじめての教育法規の研究である。読みかえしてみると逐条的に解説すべきではな かったかとも考えられる。また,時代の背景など究明すべきことは多いが,今後の課題としたい。さら

に,雇用の問題については適切な文献がなく,本研究では省略した。

1)岡邦雄・向山玉雄編,『男女共通の技術・家庭科教育』,(明治図書,1970),p.168。

2)永島利明,『子どもの労働と教育』,(民衆社,1983)。

3)奥山えみ子・藤井治枝編,『女子教育一女の自立を求めて』,(現代婦人問題研究会,1982),p.142−144。

4)The Prolect on EquaI Education Rights,賦S㎜mary of the Regulation for Title IX Education Amendments of 1972 ,(NOW Legal Defence and Education Fund,1980), pp.1−4。

5)生駒孝彰,『アメリカ生れのキリスト教』,(旺史社,1981),p.24。

6)同書,P.54。

7)同書,p.116。

8)J・ダニエル,J.オル, Rブーパール,朝倉剛・倉田清訳,『カトリック・過去と未来』,(ヨルダソ社,

1981),P.315。

9)永島,前掲 2),p.164。

10)5),P.35−36。

11)バラ・ソ芙美子,『星明かりのアメリカ』,(文芸春秋,1982),p.90。

12)大柴衛著『アメリカの女子教育』,(有斐閣,1982),p.55。

13)W・サイモソ(松尾弐之訳),『アメリカの甦る日』,(世界日報社 1980),p.246。

14)砂金玲子,rニューヨークの光と陰一現実と理想のはざ間から』,(朝日ソノラマ,1982)p.131−132。

15)吉川祐子,『アメリカン・ウーマソ』,(講談社,1979),p.167−168。

16)竹内実・萩野隆活,『アメリカの家族』,(日本放送出版協会,1983),p.123−124。

17)Rita Bornstein, Title P(Compliance and Sex Equity:Definitions, Distinctions, Costs,

and Benefits,(CIear inghouse on Urban Educat ion, 1981), p.1。

18)松島千代野,rアメリカ男子家庭科の生成発展」,「日本家庭科教育学会誌」26,(1980), p.23。

19)『男性中心主義アメリカでも』,朝日新聞1983年10月23日。

(8)

70      茨城大学教育学部教育研究所紀要16号(1984)

EIiminating Sex Discrimination in America

and The Regulation for Title P( Education

Amendments of 1972       ,

Tosiaki Nagasima

Faculty of Education, Ibaraki University

The Constitution of Japan declares that all the people are equa1 under the law and there shall be no discrimination in sex. In spite of this fact, industrial arts, home economics and physical education

are almost separate between boys and girls. The Regulation for Title IX of the Education Amendments of 1972 says:q藍No person shal1,0n the basis of sex,be excluded from participation in, be denied the benefits of,or be subjected to discrimination under any education program or activity

receivi㎎federal financial assistance!Basically, the regt裡ation for Title

】Xfalls into six categories:general matters related to discrimintion on the basis of sex,coverage,admissions,treatment of students once they are ad卑itted, employment and procedures. The author analyzes five categories except employment. The conclusion is that thO regulation indicates not・・only the need of exchange class and mixed one,but also the existence of many sex discrimination and sex stereotype. If we can not change such traditional viewof education,it is difficult for us to realize the co−education of industrial arts and home economics.

参照

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