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19世紀末アメリカの貿易構造と 多角的貿易・決済機構

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19世紀末アメリカの貿易構造と 多角的貿易・決済機構

佐  藤  恵  一

〔1〕問題の所在と限定        でも強い関心を呼び起こし,ヒルガートの,或い A.ラブディ(ALoveday)のもとに, Eヒル  はソウルの古典的業績の批判的継承・発展を試み

かト(RHi19・・d・)を中心とする国髄盟の研 た研究成果がこれまでにも蓄積されてきて・島究グループ(the EconomiらFinancial and Transit  ところで,小稿の主たる関心は・1870年代から

Department)は,第2次世界大戦による世界経済  形成されはじめ,20世紀の初頭に完成されるこの の崩壊を眼前にしながら,戦後研究プログラムの  多角的貿易・決済の世界体系のなかに・アメリカ 一環として,1870年以降の世界貿易の構造を分析  合衆国(以下,アメリカと略記)が,どのような

していた。その研究のなかで,彼らは「多角的貿易  関係のもとに包摂され・その世界体系のもとで,

制度」(the System of Multilateral Trade)の存在  どのように機能したかを追究しようとすることに を発見し,その具体像を有名な3部作,すなわち, ある。かかる視角から・われわれは・19世紀末葉・

EuroPげs Trade(1941年);Network of World 20世紀初頭のアメリカの貿易構i造の特質を再検討 Trade(1942年);Industrialization and Foreign する・しかし・資料的制約のために・専ら商品貿 Trade(1945年)にまとめて刊行したのである。  易のレベルに限定され・資本輸出入を含めた国際

それ以来,すでに40年近くの年月が経過して課ち  収支の全体構造の把握は,稿を改めて検討するこ が・この間,この多角的貿易・決済制度に関する  ととしたV為

研究は,著しい進展をみせており,なかでもSB・   〔注〕

ソウル(S・ESau1)の, Studies in Britlsh Over−   (1)国際連盟は,第2次世界大戦が勃発するまで毎 seas Trade l 870−1914・1960・は,卓越したものと  年6月に, Review of World Tradeを刊行してきた。

の評価が与えられている。彼は,The Network of  しかし,1940年にその刊行が不可能となり,これを契 World Tradeにおいて試みられた1941年以前の  機として上記の3部作が刊行されることとなった・か 世界貿易・決済の型についての分析を,発展的に  かる事惰については・本山美彦「多角的貿易の型の発 継承して,いわゆる「ソウル・モデル」をわれわ  展一解説にかえて一」・山口和男・吾郷健二・本 れに呈示するに至ったのである。さらには,Aβ   山美彦共訳『工業化の世界史一1870−1940年までの ケンウッドおよびんL。ッ暮ドも,その嬬  世界繍の動態一』(1979年)所幌を参照のこと・

       なお上記訳書は,F. Hilgerdt, Industrialization andA.G. Kenwood&A.]L Lougheed, The Growth

@      Foreign Trade,194aの邦訳である。of the International Economy,1971において,       〔2)堀晋作・西村閑也訳『世界貿易の構造とイギリ

ヒルガートおよびソウルの研究成果を踏えつつ・  ス経済1870−1914』は,その邦訳である。ソウル.

とくに世界経済の動態分析のなかに・後進諸地域  モデルについては,竹内幹敏「19世紀後半の世界経 の位置づけを確定しようと試みるなど・この制度  済↓岩波講座『世界歴史』19,吉岡昭彦「イギリス帝

に対する問騨さには灘いもの力噸あ   敵研究の獄と方法」・r社会科学の方法』儲62

@このような諸外国における研究動向は,わが国  号(1974年8月)・同「国際金本位制の成立に関する覚

(2)

書」,岡田与好他編r社会科学と諸思想の展開』(下)・  〔皿〕19世紀末アメリ,カの貿易構造と

同「帝国主義期における再生産=信用構造の諸類型と      その段階的特質ポンド体制の編成」『1978年度土地制度史学会秋季学

術大会報告要旨』所収,毛利健三『自由貿易帝国主義』  われわれは119世紀第4四半期および20世紀初

(1978年)など参照。       頭のアメリカ貿易構造を概観するとき,その構造

(3)岡村邦輔他訳『国際経済の成長1820年〜1960 が他ならぬこの時期に根本的に変化したことに気

年』(1977年)は,その邦訳である。多角的決済網に  付であろう。まず,後掲付表・1から,商品貿易ついては,第・部第6章に解な調力・ある・  収支が,16羽6年に出超に転じて以来,88.89年お

ωヒルガートの多角的貿易形成史を踏えて・世界  よび93年の小幅の入超を例外的年次として,大幅

       貿易収支のわずかな入超が通例であり,また貿易ける世界貿易の構造」,名古屋大学経済学部『調査と

資料』,61号(1976年)がある。氏は,ヒルガ_トの  外収支の赤字は海外からの資本流入によって埋め Network。f W。rk Tradeの問題点として,(1にの  合されてはいたが・経常収支は赤字となる構造で 世界体系の成立期の分析に欠けるため,大轍の変化 あっ衙

についての把握が不十分であること,(2)資本主義の世   バグウェルおよびミンゲイ(RS・Bagwell and 界体制との関連での,体系の主要環節と副次環節の位  GE・Mingay)によれば,1876年以降にあらわれ 置づけが欠けていること,の2点を指摘される。また  た新しい傾向の重要性は,当初は小幅ながら次第

ソウルの著書に対してもそれが第1次大戦前の世界貿  に増加し,やがては非常に巨額となる商品貿易収 易体系の成立についての卓越した研究であることを評  支の出超が,貿易外収支の大幅でしかもますます 価しつつも,ヒルガ嗣トに対する第2の問題点が同様i 増大していた赤字を埋め合せ,したがって全体と

に残されていることを指摘される。前掲稿,39頁,注       しての均衡を達成せんがためになされる資本輸入

(4},(5)。わが国においては,ヒルガートやソウルを批       への依存を軽減したことにあるとされる。経常勘

判的に摂取する際にも,『名和環節論』が,立論の基       定における黒字総額は1877〜81年に達成され,18礎に置かれている。この概念装置については,名和統

       96年以降,著しく大幅なものになったとされる。一『日本紡績業と原棉問題研究』,⊥939年,のちに『日       (3)

本紡績業の史的分析』と改題再刊・参照。なお,原著 第1表 合衆国の国際収支,1850〜1913年 の補説第2章は,「日本に於ける原料問題と外国貿易

1850 1870 1876 1900 1913 一日本経済国際依存性の分析一」なる表題で歴史

(100がル)

科学協議会編『日本の産業革命』に再録(1977年)。 輸    入 195 449 470 858 1,829

(5)主として,当該期全体にわたる品目別・市場別 輸    出

、品貿易収支

一1 P1 ∴: +鵬 1,395

¥537 ¥7712,600

の編年貿易統計の入手に不揃いがあること,また,資 純貿易外収支 十   4 一  97 一134 一265 一604

経常勘定収支 一  38 一133 一  42 十272 十167 本輸出についても,(Lルイスの古典的研究(C,Lewis, 資本移動 十  29 十  97 十  42 一271 十  87 America,s Stake in International Investments, (純流入+,純流出一)

1938・)が特定時点の資料を提供するものの,投資額の 原資料:E∫s加ガ6α1S如∫∫3f此soノ功θ乙「π∫加45如f6s:

       ∫π地θ・4〃¢67ゴcσπEcoκo〃η∫撹加ハ砺θfθθ飾増減に関する編年的統計が欠如していることなどによ       Cθ雇κ7ッ(Nat. Bureau Econ. Research Prin一

る。なお,当該期の資本輸出入については,油井大三    ceton 1960), pp.699−705.

郎「帝国主義成立期の資本輸入と資本輸出」,鈴木圭〔出典〕RS・Bagwell and G・EMingay・Br三tain and

@      America 1850−1939 a study of ecoロomic chan一 介編『アメリカ独占資本主義』(1980年)所収,を参    ge,μ101.前掲邦訳,102頁。

照されたい。なお,以下,本書を鈴木編。∬と略記する。

かくして,われわれは,1876年以降,96年まで

(3)

佐 藤:19世紀末アメリカの貿易構造と多角的貿易・決済機構         15

の1時期を・アメリカの貿易構造の転換期として  年にかけての短期間に出超を呈するものの,83年 措定することが可能となる。そこで以下において  から91年にかけては入超に転じ,不規則的に入超 当該期アメリカの貿易構造の段階的特質を検討し  と出超が入れ替る状況にあること,(4)その他の てみることにしよう、2)       「工業ヨ噌ッ・・」のなかでは,オランダとべ・レ

@再び後掲付表・1から・当該期アメリカの貿易  ギーとの間で,一貫して出超を呈していること,

収支を地域別に考察するならば,(1)まずヨーロッ  ㈲「工業ヨーロッパ」以外では,スイスとの間で パに対しては,一貫して彪大な出超を示している  85年以降一貫して入超を呈していること,などが

こと,(2)北アメリカに対しては1897年に出超に転  注目されよう。かくして,対ヨーロッノ脂易収支 化するまで一貫して入超であること,㈲南アメリ  においては,イギリスとの恒常的大幅出超の構造 カに対しては・一貫して入超であること,ωアジ  とドイツの19世紀末における出超基調への転換 アに対しても,同様に一貫して入超を示し,その  が,当該期の段階的特質を具体的に表出するメル 入超幅は,とくに,20世紀に突入してからは南ア  クマ・一ルとなろう。

メリカのそれを凌ぐ傾向にあること,㈲オセアニ   続いて,後掲付表・皿を参照しつつ,アメリカ アに対しては,小幅ながらも1898年まで一貫して  の非ヨーロッパ地域との貿易収支の動向を検証し 入超を呈していること(1879年を例外として),  てみよう。(1)南・北アメリカについては,カナダ

(6)アフリカに対しては,貿易の絶対額も少く,そ  が74年から79年までの1時期に出超を呈するが,

の収支もごくわずかの入超を呈する程度のもので  その後91年までは小幅ながら出超と入超を繰返し あったが,20世紀初頭には出超に転じ・その急増 つつ,93年以降,出超基調々こ定着し,とくに98年 はオセアニアを凌ぐ水準で現われたこと,などの  以降,大幅な出超を呈すること,(2馳方,キュ_

諸点を指摘できよう・これらのことから,アメリ バは97年から1902年の短期間,(7気超幅は減少する カはω対ヨーロッパ収支においては一貫して大幅  ものの一貫して入超基調にあること,(3)ブラジノレ な出超離をもつこと・(・)反面・対南北アメリカ,との関係では,慣して入超基調々こあり,この入 アジア,オセアニア,アフリカ収支にお・・てをま・ 超幅は,・886年までは,キューバに次いで第2位,

19世紀末まで一貫して入超構造にあること・(3)に  それ以降は第1位を占めること,などを指摘しう もかかわらず,19世紀末の1896〜98年を転機とし  る。

て北アメリカ,オセアニア,アフリカの3地域と  っぎに,アジアについては,ωインドおよび日 の貿易収支は,出超に転換し・かつ急激に増加す  本が一一貫して入超を呈し,中国も1902年,05年お

る傾向をみせていること,以上の3点を改めて確  よび06年の3ケ年を例外として,終始入超を呈し,

認することができる。       その入超幅は,1882年頃までは,ほぼ中国_イン このような地域別貿易収支構造の転換について  ドー日本の序列であるが,それ以降はインドと中 さらに立入って検討するために,国別収支の歴史  国が入れ替って,インドー中国一日本の序列とな 的推移を・後掲付表・皿および皿において追究し  り,92年から96年の1時期には,日本一インド_

てみよう・まず・アメリカに彪大な出超をもたら 中国という序列を示すものの,1897年以降,イン すヨーロッパについて,その内訳をみてみるなら  ドとの間の入超が急増し,20世紀初頭にはその入 ば,(1)かかる出超の圧倒的部分を,イギリスが提  超幅は,アメリカ貿易収支全体のなかで,ブラジ 供していること・(2》他方,ドイツとの間では70年  ルに次いで第2位となり,キューバのそれを凌ぐ 代(81年まで含む)の出超,80年代(91年まで含  ものとなることに注目しておこう。

む)の入超,94年以降の出超という具合に両極に   さらに対オセアニア貿易収支については,(1)フ 振れながらも,98年以降は大幅な出超を定着させ  イリピン,ハワイとの小幅の入超基調と,(2)オー ていくこ㌔)(3)フランスとの間では,78年から81 ストラリアとの1876年以降の恒常的出超,とくに

(4)

1    97年以降の出超幅の急増に注目しておきたい。以   こうしたわれわれの仮説の妥当性を,貿易品目 上,これらの米州,アジア,オセアニア地域との  構成の変化とも対応させることによって,さらに 貿易収支においては,カナダ,オーストラリアを  検証しておこう。まず,第2表により,輸入にお 除いて,すべてに対して入超基調にあり,とくに  いて完成品の占める比率が,1875年の33.3%から ブラジル,キューバ,インドがその主要な発生  1900年には23・9%へと傾向的に低下しており,他 源であること・他方,「新入植地域」(countries of 方,未加工原料が1875年の14.8%から1900年の recent settlement)であることにおいて共通の歴史  35%へと急増してしている点が注目される。ヒル 的背景をもつカナダ,オーストラリアとの関係で  ガートも・アメリカの原料輸入が,1898年に完製 は,90年代後半において,出超基調が確立される  品輸入を越えはじめたことを指摘している。つぎ       (8)

ノ至ること,この2点を改めて確認する必要があ  に,輸出品目構成においては,第3表により,完 ろう。       製品の占める比率が,75年の14・9%から1900年

これまでの貿易収支構造の検討により,われわ  には24・1%へと急増し,未加工原料が同じ時期に れは,アメリカの貿易構造が1876年前後をひとつ  41・3%から23・7%へと急激していることを指摘し の画期として,それ以前とは異なり,1896・7年  うる・しかし・同時に・アメリカ資本主義の構造的        eいまひとつの画期として,それ以降とは異なる  特質を反映して,未加工食糧および加工食糧が,

ものであることを確認しえた訳である。ここにわ  なおかなりの比重(37%〜40%)を占めているこ れわれは,アメリカ貿易構造の時期区分として,  とも指摘しておかなければならない。とはいえ,

19世紀の第4四半期を,その転換期として措定す  以上の輸出入品目構成の簡単な考察からも,当該 ることになる。       期が,その前後の時期とは段階を画すべき1時期

第2表  アメリカの輸入品目構成       (単位:千ドル,%)

未加工食糧 加工食糧 未加工原料 半 製 品 完 製 品 そ の 他 輸 人

年次

価 額 比率 価 額 比率 価 額 比率 価 額 比率 価 額 比率 価 額 比率 総 額

1865 35,i 37 147 48,030 20.1 28,777 12.0 29,902 i2.5 96,138 4α2 760 03 238,746

1870 54,081 12.4 96,082 22.0 55,615 12.7 55,569 12.7 173,615 39.8 996 α2 435,958

1875 90,018 16.8 113,146 21.2 78,892 14.8 63,411 H.8 177β91 333 9,645 1.8 533,005

1880 100,297 15.0 118,125 17.6 131,861 19.7 110,779 165 1961587 294 10β04 L5 667,954

1885 93β46 16.1 102,938 17B 106,775 18.4 78255 13.5 182,543 31.6 13,672 2.3 577,527

1890 128,480 16.2 133,332 16.8 170,637 21.6 116,924 ユ4.8 230,686 292 9,25】 1.1 789,310 ユ895 141,377 193 107,026 14.6 180,940 24.7 96,487 13.1 199,543 27.2 6,597 0.9 73L970 1900 97,916 11.5 133,027 15.6 276,241 32.5 134,222 】5.7 203,126 239 5,408 0.6 849,94玉

第3表  アメリカの輸出品目構成      (単位:千ドル,%)

未加工食糧 加工食糧 未加工原料 半 製 品 完 製 品 そ の 他 輸 入

年次

価 額 比率 価 額 比率 価 額 比率 価 額 比率 価 額 比率 価 額 比率 総 額

1865 13,975 10.2 47,981 35.0 33,852 247 10,650 7.7 30,121 220 36】 0.2   ,

z36,940

1870 41,852 11.1 50,919 13.5 213,440 56.6 13,712 3.6 56,329 14.9 363 0.0 376,616

】875 79,078 15.8 lIO,292 22.0 206,272 4L3 27,458 55 74,503 149 1,680 03 499,284

1880 266,108 323 193β53 23.4 238,788 28.9 29,044 3.5 92,774 11.2 3,878 0.4 82a946 1885 123,327 16.9 201,800 27.7 248,611 34.2 39,437 54 110,819 15.2 2,689 0.3 726,683

1890 132,073 工5.6 224,756 26.5 304,567 36.O 46,455 5.5 132,527 ユ5.6 4,915 0.5 845,294

】895 99,051 12.4 219,125 27.6 264,195 33.3 61,813 7.8 i43,245 18.0 5,963 0.7 793,393

1900 227β47 ユ6.5 3ユ8,】27 23.2 325,589 23.7 152,891 11.1 331,956 24.1 14,855 1.0 1β70,764

〔出典〕第2表・第3表ともER. Johnson, History of Domestic a孤d Foreign Commerce of the United States, vol II, PP.65,71.

(5)

佐 藤:19世紀末アメリカの貿易構造と多角的貿易・決済機構i        17

であることを確認しうるのである。かくして,ケ  第1図においてその発展のテンポを概観しうるで ンウッドらも言う,「1890年代中頃までにはアメ  あろう。

リカ合衆国は工業製品の純輸出国となった」と。

      (9)    〔注〕なお,最後に,われわれがアメリカ貿易構造の

      (1)アメリカ貿易構造の史的分析については,これ転換期と措定した19世紀第4四半期は,長期農業      までにも注目すぺき研究成果が現われているのである

不況を伴うところの「大不況」期であったことを       が,それらの多くは19世紀前半までの時期を対象とす

指摘しておかなければならない。このことは,ア  るものであったり(例えば,鈴木圭介編『アメリカ経 メリカのヨーロッパに対する農産物輸出の比重を   済史』,第2章第7節,補注に挙げられている参考文 高く維持せしめた要因でもあり・1880年代に・「一  献をみよ),或いは両大戦間期を対象とするものであ 応の域」に達していた工業国型貿易構造の発現を   った(例えば,馬場宏二『世界経済基軸と周辺』,

世紀転換期にまで遅延せしめた要因でもあった。  第3部,両大戦間の貿易,など)。19世紀末・20世紀

GO)

アメリカの急激な工業発展の様相については,稿  初頭のアメリカの貿易構造の分析は,著しく立遅れて を改めて検討しなければならないが,差当り,  いたのであるが,最近,この研究史的空白を埋める研

究が相次いで発表されるに至った。例えば鹿野忠生氏 第1図製造業生産高の変化(世界,1913=100)   の一連の研究,「19世紀末期のアメリカ貿易構造とデ

200 200

世界

イングレイ関税一統計的整理を基礎とする予備的検

「」,九州産業大学『商経論叢』14−2;「19世紀末葉・

20世紀初頭におけるアメリカの貿易構造と対外通商政

___一脅一 一一} 10G

@  世界

合衆国

Cソ連

   策」,『土地制度史学』18−69;「外国貿易と関税」,

@  鈴木編・11所収,がそれである。ただし,鹿野氏の主50   要な関心は,関税問題に向けられているようである。

また,鈴木圭介編『アメリカ経済史』,第3章(中

23 25

      合衆国

e7−

EL 書   ,・i       !      !         !

一鯵竺二さL⊥⊥1

@     \

     k4 賜」がある・齢鵬一でアメリカの       貿易構造を分析したものとして,藤瀬浩司「20世紀最L伽1二1ご熱腿蒲糠灘譲   ∠  カナダ   金本位制の成立に関する覚書」,岡田与好他編『社会ドイツ   西弘次氏執筆)の3,「統一的国内市場の成立と外国

         !

@        1  ノ@}

秩^

、鍵翼  !  スウニーデン

2.5 科学と諸思想の展開一世良教授還暦記念 下一』

@  (1977年)所収がある。

鰍ノ穿

木圭介編『アメリカ経済史』,第2章第7節および第

3章第1節を参照。なお,以下,本書を鈴木編・1と       

O.5       

@  カナダ   / ゜5@略記する。

   スウヱーデン 8日本

O.3LL」__⊥⊥   ノ  1 1   L_ (3)P.S。 Bagwell and G. E. Mingay, Britain and 0㌔3

天   染死        Am・・i・a 1850〜・93駄・・t・dy・f ec・・。mic chang馬

七七八八九 100一  二二三三_六_六___六一  一六一六     1970,PP・1Q1−02.東井正美他訳『比較経済史 イギ

↓,駄姑蕊⊥士晶晶   リスとア刈力・85・一・939』…頁,参照.アメリカ 五〇五〇五〇五〇二  五〇五八

@       の国際収支構造については,George Paish, Trade

〔出典〕F・HilgerdtJndustrialization and Foreign Trade Balance of the United States, Report of Nationa1

(Series of League of Nations Publication 1945,

窒?垂窒奄獅狽?п@1948), P.1λ       Monetary Commission・vo1・2αが基本的資料であ 山口和男他訳『工業化の世界史』7頁。     る。

(6)

(4)かかる転換期の時期区分については,前掲稿に   訳,56,59頁。なお,小稿ではロシアとの貿易関係に おいて中西弘次氏は,始期を1874年以降(商品貿易に   ついては割愛したが,ロシアの貿易構造については,

ついては1876年以降)とされ,終期を1890年代初頭に   差当り,伊藤昌太「旧露資本主義における貿易問題」

求めておられるようである。また吉岡氏は,「大不況」  (上),(中),(下),『福大史学』5,6,7および同 期のアメリカ貿易構造を,1874年以前の恒常的大幅入   「19世紀末独露通商対立と1894年の通商航海条約」,

超期および1896年以降の恒常的大幅出超期と明確に区   『西洋史研究』新輯1号など参照。

別されるところの,貿易収支(出超)激動期として把    (7)カナダとの貿易関係については,差当り,木村和 握されている。前掲稿,635頁。       男「アメリカ帝国主義の成立と対カナダ政策の転換」

㈲ ドイツとの貿易関係については,差当り,春見   『アメリカ史研究』2号,および同「第1次大戦前の 濤子「帝国主義成立期におけるドイツ貿易と世界市場   カナダ経済とイギリス資本」,『社会経済史学』41−3,

一19世紀末より20世紀初頭に至るドイツ貿易構造分   など参照。他に,鈴木編・皿所収,鹿野稿をも参照。

析一」,『西洋史研究』,新輯7号および鈴木編・  なお,第4表を参照されたい。

皿所収,鹿野前掲稿,参照。       (8)Network, p,51.

(6)スイスとアメリカの貿易は,1884年以前には,   (9)Kenwood and Lougheed, oP. cit., P.109.

分離して列挙されておらず,主としてフランスとべル   前掲邦訳,86頁。

ギーの貿易に含まれていた。スイスからの製造工業   ㈲農業不況については,差当り,椎名重明「『農業 品,スペイン,ポルトガル,ギリシャからのブドウ酒   大不況』一その実態分析一」,『土地制度史学』,

と食糧,ノルウェーとスウェーデンからの原料の輸入  50号および同「農業不況と農業恐慌」,『土地制度史 の増大は,特にロシアへの輪出のかなりの増加よりも   学』,51号;同『近代的土地所有』など参照。

上回ったとされる。Saul, OP. cit, PP.47−48.前掲邦

第4表  カナダの外国貿易 1872−1899*    (1,000ポンド)

輸       出 輸       入

イギリス 合 衆 国 合   計 イギリス 合 衆 国 合   計

1872−1874 8,724 8,158 18,661 13,524 9,560 25,153 玉875−1879 8,522 5,835 16,064 8,712 10,023 20,091 1880−1884 9,823 8,256 19,910 9,338 9,203 21,140 1885−1889 8,497 8,245 18,273 8,596 9,731 21,488 1890−1894 12,130 8,235 22,406 8,575 11,111 23,749 1895−1899 16,844 9,238 28,588 6,702 14,243 25,146

原資料:Canadian Year−book.

*6月30日におわる年々の,地金と正貨をふくむ。年平均数字。

〔出典〕 S.BSaul, Studies in British Overseas Trade 1870−1914,

1960・p.170・前掲邦訳,201頁。

〔皿〕米=英貿易関係の基軸的地位と   まず,後掲付表・Wを参照しつつ,アメリヵの その変質      輸出市場構成において・70年代にはイギリスが60

%という高率を示しており,第2位のドイツ(約

当該期アメリカの貿易が,圧倒的にヨーロッパ       10%)を大きく引離していること,この比率は80

市場に依存し,とりわけイギリスに傾斜していた  年代には,52〜53%に低下し,ぎ1らに90年代には

ことは,前節において考察された如くである。か      50%を割りこんで平均47%となり,20世紀に突入 くして,われわれは,この米=英貿易関係の構造      するやこの比率は一層急激な減少を呈し,ついに

をやや立入って検討し・アメリカにとって・この  36〜37%台にまで落込むことを確認しうるのであ 貿易関係が基軸的地位を占めるものであったこと  る。このことからも,大不況期は,アメリカの輸 を確認しておきたい。      出市場としてのイギリスの重要性が低下傾向に転

(7)

佐 藤:19世紀末アメリカの貿易構造と多角的貿易。決済機構        19

じる画期として,重視しなければならない。    総じてイギリスは,アメリカにとってその輸出 続いて・同じく後掲付表・Wから,イギリスは  市場として,またやや劣る程度において,『その輸 アメリカの輸入市場構成において,70年代前半の  入市場としても,他に比肩するものがない程の決 平均36%の水準から,大不況期には,ほぼ25%で  定的な重要性を示している。また,他ならぬこの 低迷するものの,終始,首位を占め,第2位のド 貿易関係において,あの蒐大な出超が生み出され

イツ(70年代の7%,85年以降96年までの10%)  ていたことは,前節において確認された如くであ を断然引離すという序列を確認しうるのである。  る。

第5表  アメ リカの対英輸出品目構成   (単位:百万ドル,%)

r, 黶Q

6月30口に 純輸出 原  綿 小   麦 小麦 粉 とうもろこし ベ ー コ ン 5品目比

終る年次 総 額

価額 比率 価額 1比率 価額 比率 価額 比率 価額 比率 率の合計 187L 270 166 61.4 dO ⊥1.2 8 2.8 5 1.7 6 2.1 79.2

72 261 1堵0 51.9 29 U.0 2 0.8 L9 7.3 王5 5.7 76.7

73 312, 163 ひ2.Z 41 135 4 1.1 19 6.1 22 7.0 79.9

74 341h41 41.4 75 21.9 12 3.3 20 5.8 25 7.4 79.8

15 3141138 44.1 47 14.9 7 2.2 20 6.4 23 7.3 74.9 76 33111ビ4 37.4 53 15.9 8 23 29 8.6 34 10.2 74.4 77 342 121 3b.4 37 10.6 5 1.4 33 9.6 34 9.8 66.8

78 384{117 } 30.5 74 19.2 10 2.5 38 9.8 38 9.9 71.9

79 3朽, 99 28.4 60 17.4 14 4.1 31 8.8 39 1L1 69.8 1・8・ P・舶41 31.2 99 22.0 21 4.6 31 6.δ 38 8.3 72.9

81 4曾7i三55 !

32.4 90 18.8 27 5.5 30 6.2 39 8.⑪ 70.9

δZI404 136 33.6 76 18.7 20 4.9 19 4.7 38 9.4 71.3

83i420

E・i・・3 1認 ll:1 1;:1 ll 1:1 1:1 1:1 ll:1 δbI395 130 32.8 48 12.0 34 8.6 17 4.3 27 6.7 64.4

δ6 「345 121・35.1 35 10.1 23 6.7 19 5.5 25 7.1 65.5 δ7 361 129 35.3 48 13.2 35 9.6 i2 3.2 23 6.4 67.7

88 358 140 39.0 35 9.8 38 10.5 8 2.2 23 6.3 67.8 1   δ9 380 147 38.5 28 7.3 26 6.7 20 5.1 25 6.6 64.2

 [890 444 148 33.3 31 7.0 35 7.9 23 5.2 34 7.5 60.9

〔出典〕 Treasury Department, Statistical Tables exhibiting the Commerce of the United States with European Countries from 1790 to 1890,1893, pp.428−444。よ

そこでわれわれは,アメリカの対英輸出品目構  額の30%近くの比率を占めることになる。この限 成を,第5表において検討しおこう。主要な輸出  りにおいて,アメリカはイギリスに対する原料・

品目は,原棉,小麦・小麦粉,とうもろこし,べ一  食糧の輸出国とししての性格を濃厚に付与される コンなどの原料および食糧品によって構成され,  ことになる。

      (2)

アれら5品目合計の対英輸出総額に占める割合   さて,つぎにアメリカの対英輸入品目構成を第 は,70年代前半においては,実に80%近くの高率  6表により検討しておこう。主要な輸入品目は,

に達し,その後・若干の変動を伴いつつ,傾向的  鉄鋼製品,羊毛製品および綿製品から構成されて に低下を示し,90年には60・9%にまで減少する。  おり,これら3品目の合計が,対英輸入総額に占 この期間中に,とくに大きな変化を示しているの  める割合は70年代初頭には50%の水準にあるもの は原棉輸出であり,その対英輸出総額に占める割  の,90年代にはほぼ40%に低下していることを確 合は,71年の61%台から90年には33%台へと落込  認しうる。これら3品目のなかでは,鉄鋼製品が み,ほぼその比率を半減させている点が注目され  最も高い比率を占めており,この間,15%〜27%

る。これとは対照的に,小麦・小麦粉等の食糧品  のあいだを激しく変動している。試みに,このイ は,非常に大きな変動を呈しつつも,対英輸出総  ギリスから輸入される鉄鋼製品の内訳を大別して

(8)

      みると第7表の如くとなり,一見して,鉄道レイ第6表 アメリカの対英輸入品目構成

ルとブリキ板とで50〜60%を占めて,主要な品目

(単位:百万ドル,%)

をなしていることが読みとれる。なかでも,鉄道

6月30日 対英輸 鉄鋼馴品 羊毛製品 綿 製 品 3品目 レイルは,輸入額の変動が激しく,かつ当該期後

に終る年次 入総額

価額 比率 価額 比率 価数 比率

比率の

〟@討 半にはその輸入額が著しく減少していること,反 1871 221 39 17.6 37 16.7 26 119 462 面,ブリキ板がその減少分を埋め合せつつその比

lll ll 1::; :1 }1:; 28 11.3 Q7 11.2

:1:1 率を増大させていることに注目されたい。かかる

74 180 40 22.0 31 17.1 20 11,1 50.2 現象は,アメリカ鉄鋼業の発達様式の特質を表現

75 155 27 17.5 27 17.4 18 11.8 46.7

76 123 20 16.0 20 16.1 14 11,5 43.6 するものであり,また鉄道資材としてのレイルと

77 114 17 14.8 14 12.2 1ユ 96 36.6

78 107 16 15.1 14 13.0 1ユ 9.7 37.8 食品加工業(製罐業)の発展が要請するブリキ板 79 109 17 15.8 12 11.2 10  93 363

1880 211 57 27.1 19 9i 17 7.9 44.】 の需要は,中西部農工業地帯における資本主義的 ll 111 ll:1 量1 ll 1:1 ll:1 発展の貿易面への投影であると考えられる。       (3)

ll lll ll 鴇:1 ll:1 1こ1 ところで,対英輸入品目の支柱をなす他の2品

85 137 25 185 17 12.0 11  82 387 目,すなわち羊毛製品と綿製品についても一一瞥

86 154 28 182 21 140 11  7,3 3q.5

87 165 36 22.G 22 132 11  676 41.8 を与えておこう。まず,羊毛製品輸入については

ll189D 111186 ll33 瀧17.8 ;129 iまll56 il:懇12  63

70年代後半から80年代前半にかけて,絶対額にお

「ても相対比においても,急減していることに注

〔出典〕 Treasury Department, oμcit. PP.239−279. 目する必要がある。しかも,70年代初頭の水準を より抽出作表。       ついに回復しえなかった点は,とりわけ重大で

あった。イギリス羊毛工業史の研究は,かかる事 態が,1880年代末に至り,「アメリカ市場の向背

       がブラドフォードの死命を制する」程の重大な影第7表アメリカのイギリス鉄鋼製品輸入の内訳      ④

      響をイギリスに与えていたことを指摘しているの(単位:百万ドル,%)

である。さらに,90年代にもなれば,このアメリ

6月30日ブリキ板 鉄道レイル 2品目 力市場は,マッキンレー関税およびディングレイ

に終る年次 品輸入 合計比率

価額 比率 価額 比率 関税によって,「ブラッドフォード工業の再起不能

1871 39.0 95 24.3 16.9 43.3 67.6 が語られる程の」劇的インパクトが与えられるこ 72 59.0 12.3 20.8 20.8 35.2 56.0 (5)

73 62.4 14.9 23.8 182 29.1 52.9 とになるのである。なお,綿製品の輸入において 74 39.6 12.9 32.5 10.2 25.7 58.2

75 27.3 12.9 47.2 2.8 10.2 57.4 も,絶対額・相対比の減少は著しく,当該期間中 76 19.8 10.0 50.5 03 1.5 52.0

77 16.9 9.7 57.4 一一 57.4 にほぼ半減していることが確認されよう。

;1 16.2 17.2 11:1 ll:1 :齢 かかる対英輸入3大品目の動向の帰結として,

1880@81 ll:1

鷺:1 ll:1 1:1 1器 1認 アメリカの対英輸入依存の傾向的低落が惹起さ 82 52.2 16.1 30.8 7.3 13.9 44.7 れ,対英出超構造が補強されていくことにも留意 83 44.1 17.4 39.4 3.5 7.9 47.3

84 31.3 18.1 57.8 0.2 0.6 58.4 しなければならない。しかし,これらの工業製品 85 25.3 16.6 65.6 65.6

86 28.2 17.5 62.O 0.2 0.7 62.7 の対英輸入の減少が,直ちにこれら製品のイギリ ll ll:琶 11:1 ll:1 1:1 1:1 ll:; ス以外からの輸入の減少まで意味するものでなか  89P890

ll:1 ll:1 ll:1 皇5 上4 離:1 ったことにも,同時に注目しなければならない。

第8表において明らかなごとく,イギリスからの

〔出典〕Treasury Department, op. cit.

@       工業製品の輸入の減少とは対照的に, 「産業ヨー   PP.239−279,より抽出作表。

ロッパ」からの輸入は増加を示しているからであ

(9)

佐 藤:19世紀末アメリカの貿易構造と多角的貿易。決済機構         21

る。以上の考察により,われわれは,アメリカに  およびその内実において重大な変質を潜在させて とっての対英貿易関係は,決定的に重要なもので  いたことを見通すことができた。かくして,副次 あったことを再確認し,また同時に,その重要性  的地位としての米=加,米=独の貿易関係の分析

は・すでに当該期において減退しつつあうたこと, が要請されてくるのである。      (6)

第8表  合衆国の製造工業品の輸入   (年平均1,000ドル)

1872/73一 1889/90一

玉873/74 1893/94 変  化 欝鵡望轄麟肇ロ.,, 36,165

S,037 29,081

T,70?

一 7,084

¥  1,670

毛織物}繕謡., 34,415

P4,299

18,371 P8,745

一16,044

¥ 4.446

繍物}議鑓。ツパ 22,789

W,783

11,994 P1,108

一10,795

¥ 2,325

瓢繍ト}差藁1乏.ツパ 20,128

@855 18,723S,215 一 1,405¥ 3,360

綴虹綿}蕪緊ロ。,, 8,801 P7,887

4,368 Q3,046

一 4,433

¥ 5,159

皇棄怠製造 }差藁二二.。.、 2,055

S,720

702

U,678 一 L353

¥ L958 購よび瑳馨。ツ., 4,233

ウ,124

4,235 R,448

十     2

¥ 2,324 原資料:Annual Statements of Foreign Commerce of the

United States.

〔出典〕S・BSau1,0P・cit・,μ21・前掲邦訳,23頁。

〔注〕      業国型。工業国型という2分類や,先進国型・後進国 ω米=独貿易環節について・吉岡昭彦氏は・(ドイ   型という区分の仕方については再検討の余地があるよ ツ側からみて)「アメリカとの貿易環節は原綿・穀物   うにおもわれる。

輪入の激増により若干の出超か施大な入超に転化し  (・)かくして・当該期の関税論争において,レイル 貿易構造揺動の震源地をなしている」と規定されてい   とブリキ板はその中心的争点となるのである。詳しく

る。前掲「国際金本位制の成立に関する覚書↓625頁。  は鹿野,鈴木編・巫所収稿参照。また鉄鋼業の諸問題 他に・ドイツ貿易構造分析の立場から,主穀(小麦)・   については,永田啓恭『アメリカ鉄鋼業発達史序説』

繊維原料(原棉)の大量輸入と特殊高級繊維製品,染   を参照。

料・雑貨輸出を基軸とし・必要不可欠の原棉翰入を大    {小㈲ イギリス羊毛工業の貿易関係については,

きく依存する反面,輸出品目は需要の弾力性に乏しい   桑原莞爾「『大不況』期のイギリス羊毛工業と政策転換 高級品目に特化,収支は・一国としては最大の赤字,   運動」・『西洋史研究』新輯1号,参照。引用は,同上 決済はポンド建で,ドイツの支払差額逆調=金流出の   38頁。

危機の震灘をな姉場との指摘がなされて・・る・春  (・)米融関係については,上記の注ω,また,米 見濤子「『大不測期におけるドイツの貿易構造」,『西   =加関係については,差当り,木村,前掲「アメリカ 洋史研究』・新輯5号・137頁参照。なお・鹿野「外国   帝国主義の成立と対カナダ政策の転換」,参照。なお,

貿易と関税」,鈴木編・皿所収・235−37頁も参照。    前掲,第4表が興味深い。とくに,1885−1889年の時

{2}アメリカの如き・「農工併進型」発展構造を特質  期以降,カナダの輸入額のなかで,アメリカからの翰 とする資本主義の場合に,かかる貿易構造の性格規定  入額が,イギリスからのそれを超えていく点に注目す については,議論の分かれるところとなる。従来の農   る必要がある。

(10)

〔W〕アメリカ貿易構造の転換と多角  かる機構の段階的発展を追求し・その第1期を,

      イギリスの世界市場支配のもとにおける多角的貿的貿易・決済機構の確立      易・決済の端緒的形成期,第2期を,アメリカの

これまでの叙述において,われわれは,多角的  原料・食糧輸出国から工業製品輸出国への転換と 貿易・決済機構がすでに確立されているものと前  第1次産品国の欧米工業製品への需要の拡大に規 提しながら・むしろ・アメリカの貿易構造の特質  定される多角的貿易構造の全世界的規模における

を抽出することを通して,かかる機構の存在を想  形成期,第3期を,アメリカの工業製品輸出国と 定してきた。そこで本節では,この機構の形成・  しての地位の確立ならびにドイツの躍進による,

確立の過程を整理しつつ,かかる過程とアメリカ  この両者の第1次産品国に対する需要が決定的に 貿易構造の転換との関連について・若干,検討し  重要となることに由来するところの,多角的貿易 ておこう。       構造の全世界的規模における確立期とされたので

周知のように・いわゆる多角的貿易・決済は,  ある。われわれは,このような段階区分が,イギ なにも19世紀後半の特定の歴史的状況においての  リスの工業独占を基礎とした,いわゆる古典的世 み展開されるものではなかった・それは,すでに  界市場から,各国資本主義の不均等発展とそれに イギリス・西ヨ開ロッパ・バルト海諸国を含む三  牽引されて引起される植民地・後進農業国の世界

角貿易制度においても〜ユ)また,イギリス・アプリ  市場への本格的編入とを基礎にもつ,いわゆる帝力゜西インドを含む「奴隷」三角貿易においても, 国主義的世界市場への推転過程と見事に照応する

(2)

その他の三角賜制度において霞乙、その存在を矢・ものであることを翻しつつ,かかる撫こおけられているものであった。しかし,われわれが問  る不可欠の軸らをなすアメリカ貿易構造の転換局

題とする1870年以降の・新しい多角的貿易・決済  面を再検討してみよう。

網は・従来,相互に関連をもたなかった三角貿易   アメリカが原料・食糧輸出国から工業製品輸出 が1つにまとまり・またイギリス以外の諸国や地  国へ転換することによって,世界貿易の体系はど 域の世界貿易における重要性が増大するというよ  のような変化を引起すことになるのであろうか。

うな,新たな状況のもとで形成されるものであっ  ケンウッドおよびロッキードは,そのプロセスを た。かかる多角的貿易・決済の形成・確立の過程  第2図の如き連鎖に図示しつつ,つぎのように説

,吉岡昭彦氏は,主として&Eソウル々こ拠り 明している.すなわち,国内に簿ナる資本蟻的

ながら・つぎのように整理された。       発展自工業化の進展により,アメリカはその原材       (4) すなわち,対象時期を,1870−90年,1890年代, 料・食糧に対する需要が拡大され,熱帯地域,主

1900−1913年とした3つの小時期に区分して,か  にインド,ブラジルからの輸入超過が著しく増加 第2図 1900年以後の多角貿易制度

   大草原諸国(副一一→ドイツ

アメリカ合衆国      他のヨーロッパ大陸諸国

/       \

熱帯地方       イギリス

注{a}カナダ,オーストラリア,アルゼンチンなどを含む。

〔出典〕A.G. Kenwood and A・L. Lougheed, The Growth of the Intemational Economy, P・109・前掲邦訳,86頁。ただし,訳語を一部改めてある。

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