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貿易収支・為替レートと非貿易財*

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(1)

貿易収支・為替レートと非貿易財*

浜 口

1.はじめに

 本稿の目的は為替レートの変化が貿易収支1)に及ぼす効果を分析するこ とにある。とりわけ,非貿易財の存在がはたす役割に焦点を当てる。為替 レート変化が貿易収支に及ぼす効果を分析するうえで非貿易財が極めて重 要な役割を演じることはかなり古くから知られていた。Dornbusch〔1980〕

(pp. g5−96)によれぽ1874年のCairnesの著作にすでに登場していたとい うことである。非貿易財モデルの展開に大きな貢献をしたのはオーストラ リアの経済学者たちである2)。

 本稿の構成は次のとおりである。豆節では非貿易財を含む貿易収支モデ ルを提示する。 サルター図(Salter〔1959コ)とジョーンズ・モデル(Jones

[1g65])を活用する。皿節では様々な価格が硬直的な場合を分析する。】V 節では生産要素が産業間を自由に移動できない状況を検討する。V節では モデルに貨幣を導入し,マネタリー・アプローチの観点から】V節までの分 析を再検討する。最後に若干の結論をV【節で述べる。

 皿〜】Vのモデルにはいっさいの資産が明示的に含まれていない。しかし、

本来,貿易収支(より一般的に国際収支)の分析は資産なしには出来ない。

なぜなら,貿易収支のインバランスは所得と支出の差(ISインバランス)

に他ならず,貿易収支の黒字(赤字)はマクロの貯蓄(負の貯蓄)に当り,

当期に発生した価値が次期に持ち越されることを意味するからである。つ

(2)

まり,価値の貯蔵手段(資産)がなければ,貿易収支は常にバランスせざ るを得ない3)。 したがって,H〜IV節のモデルには暗黙の前提としてなん らかの資産が含まれていると解釈されたい。このような分析の欠陥を補う ために,V節で貨幣という資産を明示的に導入したわけである。資産を含 む国際収支モデルのなかで最も単純明快なマネタリー・アプローチ(正確 にはマネタリスト・アプローチ)を採用したのは,本論文の意図が「貿易 収支分析に非貿易財を導入する意義は何か?」という疑問にできるだけ明 確な解答を与える点にあるからである。

H.モデル  1.諸仮定

 本稿を通じていわゆる「小国の仮定」がとられる。すなわち,分析対象 となる国はその輪出入額が世界貿易に占める比率が余りにも小さいため,

貿易財価格を左右出来ないのである。小国の仮定は一国内で,各企業や家 計が価格支配力を持たないという「完全競争の仮定」とのアナロジーで考 えればわかりやすい。「一国内」を「世界」に置き換え,「各企業や家計」

を「一国」に置き換えてみればよい。

 小国の仮定のメリットは交易条件(輸出価格/輸入価格)が所与である ため輸出財と輸入財を集計して一つの「貿易財」という合成財(composite cornmodity)を想定することが許される点にある4)。

 モデルの仮定をここで列挙しておこう。

(D 当該国は小国である5)。

(ii)全ての財について「一物一価の法則」が成り立つ。

㈹ 完全雇用が常に達成されている。すなわち生産は常に生産可能性曲線  の上で行われる6)。

㈹ 全ての市場は完全競争的である。

118

(3)

 2.非貿易財の役割について:予備的考察

 分析に入る前に,貿易収支分析に非貿易財を導入する理由ないしメリッ トについて簡単に述べておこう。ただし,ここで述べることは上記(i)〜(iv)

の仮定の範囲内に限定される。まず,非貿易財が存在しなけれぽ,経済に 存在する唯一一の財は貿易財という合成財だけであるから,「財の相対価格」

も存在しない。したがって,為替レートが変化しても実質的効果(とりわ け貿易収支の変化)は全くないはずである。ここで,「実質的」というの は,「資源配分を変えるような」という意味である。これは全ての需要・

供給関数が相対価格のみの関数であるという「同次性の公準」の当然の帰 結である。

 貿易収支変化が「実質的」効果だというのは誤解を招きやすいので,若 干説明しておこう。定義により,貿易収支=輸出一輸入,輸出=輸出可能 財の超過供給=輸出可能財の国内生産一輸出可能財の国内消費,輸入=輸 入可能財の超過需要=輸入可能解の国内消費一輸入可能財の国内生産であ る。したがって貿易収支が変化するためには(a)輸出可能財産業と輸入可能 財産業の間かまたは㈲貿易財産業と非貿易財産業の間で(供給側では)生 産要素の移動が, (需要側では)消費の代替が行われなければならない。

これが貿易収支変化が「実質的」効果であるという意味である。しかし,

輸出可能財と輸入可能財の相対価格である交易条件が一定になる小国では

(a)は起こらず,貿易収支の変化は(b)に頼らざるを得ない。これが非貿易財 の最大の存在価値だと思われる。

 このことはいわゆるマネタリー・アプローチの「貿易収支のインバラン スは貨幣的現象である」という主張と矛盾するものではないことに注意さ れたい。マネタリー・アプローチが主張しているのは,「貿易収支のイン バランスは貨幣に対する超過需要に恒等的に等しく,それは短期的な現象 であり,長期的には自動的に解消する,」ということである。短期的には

(4)

マネタリー・アプローチの立場に立つとしても「実質的」効果が現れるの

である。

 ただし,資産効果が存在すれぽ同次性の公準が成立せず,為替レートの 実質的効果は生じうる。1節で述べたように,本来,貿易収支分析にはな んらかの資産が必要であるから,当然,実質資産効果もあるはずである。

したがって,一財モデルでも為替レートが貿易収支に及ぼす効果を分析し うる。実際,最も単純なマネタリー・アプローチはそうした分析の例であ る。しかし,資産効果に頼った分析には不満が残る。資産効果そのものの 理論的・実証的研究が今のところまだ不十分であることもあり,資産効果 が貿易収支に重要な影響を及ぼすかどうか不明であるし,何より,上記の 生産要素の産業間移動や消費における代替にどのような影響が出るのかが 不明確だと思われる。

 3.サルター図

 非貿易財の役割を分析するにはサルター図(Salter Diagram)と呼ば れる図1を使うのが便利である。横軸には非貿易財の数量を,縦軸には貿 易財(上記の合成財)の数量をとってある。TTは生産可能性曲線である。

初期の均衡点をAとする。A点では社会的無差別曲線IIとTTが接して

いる。A点での共通接線が貿易財と非貿易財の初期の相対価格, P(=PT/

PN)である。ここでPTとPNはそれぞれ貿易財と非貿易財の価格をあら

わす。A点では国内均衡(総生産=総消費,あるいは総供給=総需要)と 対外均衡(輸出=輸入)が同時に達成されている。A点では貿易財につい

ては生産量=消費量=OGで,非貿易財についても生産量=消費量=OF

であるから,国内均衡点であることはすぐおかる。一方,A点が対外均衡 点であることは次式から明かである。

 (1) 貿易収支=輸出一輸入=(QrCE)一(CrQM)=(QE+Qの一          (CE+CM)=QT−CT・=0

120

(5)

貿易財

  T

G

       図1

      1

       B      I        =

       :        :        言        …        :

       :         A

二=二二1:冒二:ll二=1=二書一一…・・1二,y・c一/・

       1       1       8ρ        ,       l      o齢        曹       8      ,09

       ,      1 ..       P

       ロ      コのほ

       ;     !・ 三     1

      の 9      ・        ロ

      Dし, ノ     1

      りの      ロ

   ψ,。・!; :P

9 @        ・      ,

0

貿易財

T

 F  T

図2

E C

90

P

O

A

非貿易財

P

0 T

非貿易財

(6)

ここでQは生産量,Cは消費量,下付のE, M, Tはそれぞれ輸出財,輸 入財,貿易財(輸出財と輸入財の合成財)を示す7)。 さて,自国が為替レ ートを切り下げたとする。交易条件が所与であるから,PTが上昇する。

このときPNが(為替レートの影響を直接受けないということで)さしあ たり一定だとすると相対価格(PT/PN)も上昇し,たとえばP のように

なる。すると生産点はB,消費点はCに移動する。CEが非貿易財に対す

る超過需要でり,BEが貿易収支の黒字になる。

 しかし,もし,PNが完全にフレキシブルであれぽ,非貿易財の超過需

要をゼロにするようにPNが上昇し,その上昇率はPTと同じになるはず

である。結局均衡点はAに戻ってしまい,貿易収支はゼロとなり,為替レ ート変化の効果は何もないことになる8)。つまり,我々のモデルでは為替 レートが貿易収支に影響を及ぼすためには何等かの価格の硬直性(より一 般的には価格メカニズムの不完全性)を導入する必要がある。以下では5 つのケースを順次検討してみよう。

皿.価格の硬直性

 1.PNが固定的な場合

 最も簡単なケースはいうまでもなくPNが何等かの理由で固定されてい る場合であろう。このケースで為替レート切下げが貿易収支を改善するこ とはすでに述べた9)。ただ,PNを「制度的要因で」固定されていると仮 定するのは問題がある。というのはPNが固定されると当然,非貿易財に 対する超過需要ないし超過供給が生じるがそれがどの様に処理されるのか 不明瞭になるからである。

 この点でDornbusch〔1975 a〕の分析が参考になる。ドーンブッシュ・

モデルではPN自体は完全にフレキシブルだが,為替レート切下げによっ て生じた非貿易財の超過需要が適切な財政政策によって相殺される。この

122

(7)

場合,図1ではEC分の課税によって非貿易財に対する超過需要がちょう ど吸収される。議論を単純化するために,水平的に平行な(laterally pa−

ralle1)無差別曲線を仮定すれば,消費点はEになる1Q)。

 以上の分析は二つの重要なインプリケーションをもつ。一つは,相対価 格(PT/PN)変化の裏には生産とアブソープションの差(図1ではEC)

が対応しているということである。つまり,為替レートの効果分析におい て相対価格変化に注目する弾力性アプローチと生産とアブソープションの かい離に注目するアブソープション・アプローチの整合性が示されたこと になる。もう一つは自国の為替レート切下げは自国での増税,外国での減 税(あるいは移転支出増)が対応しており,切下げ国から切上げ国へのト

ランスファーとして捉えることが可能だということである1P。

 2.名目賃金率が固定的な場合

 PNを固定する場合の一つの問題は貿易財産業が資本集約的な場合,名 目賃金が絶対的に下落してしまうことである。これはヘクシャー・オリー ン・モデルにおいて,magunification effectと呼ばれる効果(この場合,

ハ   ム     ム         ム

r>PT>PN=0>w)にもとつく。ここでrは資本のレンタルプラス, w       ムは名目賃金,〈は変化率(例:r=dr/r)をそれぞれあらわす。この観点

から名目賃金を固定するというアイディアが浮かぶ。以下の分析はサルタ ー図では十分できないので, Jones〔1965〕およびJones−Corden〔1976〕

にしたがって2要素2財の一般均衡モデルを提示する12)。完全競争下の企 業の利潤極大化と産業間の生産要素の完全移動性の仮定から

 (2)  aLTW+aKTr=PT  (3)  aLNW+aKNr=PN

が得られる。ここでaijは第」産業に投入される第i生産要素, Lは労働,

Kは資本,Tは貿易財産業, Nは非貿易財産業, Pjは第j産業の生産物

価格である。(2),(3)式を全微分して

(8)

     ム         ム    ム

 (4)  θLTW十θKTr=PT

     ハ        ム   ム

 (5)  θLNW+θKNr=PN

が得られる。ここでθ1jは第i生産要素の第j産業における要素分配率,

   ム   w二〇,(4),(5)を式に代入すれば

    ム     ム       ム

 (6)  PT−PN=(θKT一θKN)PT/θKT

       ムが得られる。為替レート切下げ(すなわちPT>0)が貿易収支を改善する ためには餌〉翁Nである必要がある。つまりθKT>θKNでなければなら ない。これは貿易財産業が非貿易財産業に比べ資本集約的でなけれぽなら ないことを意味する。多くの非貿易財産業がサービス産業であることを考 慮すれぽ貿易財産業の方が資本集約的ということは一般的にいえるかもし れない。この理論的分析の結果をより直感的に説明すると,次のようにな るだろう。wが固定されているため,為替レート切下げによってPTが上 昇したとき変化(この場合上昇)しうるのはrのみである。rの上昇率は 両産業間で全く同じだが,それが製品価格を引き上げる効果は資本集約的 な産業の方がより大きい。

 3.インデクゼイション

 Jones−Corden〔1976〕(PP.155)は「……財政当局は為替レート切下げ に直面して,完全雇用を維持する一方で名目賃金を固定しようとするかも

しれない。換言すれば,財政政策は外生的に与えられた名目賃金のもとで 労働の超過需要も超過供給も避けることをめざす。」と述べて,上記の固 定名目賃金のケースを説明している。しかし,この様な政策は労働者が貨 幣錯覚(money illusion)を持続させていない限り労働老の支持を得難い であろう。

 労働者にとってより魅力的な政策は名目賃金をなんらかの物価にペッグ させて「実質賃金」を一定に保つことであろう。このような政策は「イン デクゼィショソ」(indexation)と呼ばれる。この場合,名目賃金をどの

124

(9)

価格にペッグさせるかが問題になる。政府は労働者の実質購買力を最もよ く反映する価格をペッグの対象に選ぶであろう。

 ところが,我々の単純なモデルにおいては,名目賃金を実質化するため の価格(ニュメレール)はどれを選んでも同じ結果になるのである。これ がなぜなのかをみるために(4),(5)式を再検討してみよう。たとえぽ,名目       ム   ハ賃金をPTにべッグさせるとする。 w=PTを(4)式に代入すると,

     ム         ム   ム

    θLTPT+θK7r=PT

     ム      ム         ム

    θKTr=(1一θLT)PT=θKTPT

      ム    ム     ム

      r=PT=w

を得る。これを㈲式に代入すれば,

     ム        ム   ム   へ

 (8)  θLNr+θKNr=r=PN

となる。したがって全ての価格が同率,同方向に変化せざるをえない。名 目賃金をP箇にペッグさせても結果は全く同じであることは上記の数式展 開から明らかであろう。これが実質賃金を測るときのニュメレールの選択 が重要でない理由である。同時にインデクゼーションが為替レート変化の 効果を消してしまうことも示された。なぜなら,PT/PNが全く変化しな いからである。

IV. Factor Specificity13)

 4.資本が産業間を移動しない場合

 しばしば資本は各産業に特有(specific)であり,少なくとも短期的に は産業間を移動しないといわれる。そうだとすると資本のレンタル価格は 両産業間で等しくならない。この短期的factor specificityのもとでの 為替レート変化の効果を分析してみよう。分析を簡素化するために名目賃 金は固定されたままだとしよう。すると(4),(5)式はそれぞれ

     ム     ム  (4)   θKTrT=PT

(10)

      ム     ム  (5)   θKNrN=PN

       ム    ム     ムとなる。方程式が2本であるのに対し,未知数は3つ(rT, rN, PN)であ るから,もう1本式が必要である。それが完全雇用条件,

 (9) (aLT/aKT)K・+(aLN/aKN)KN=し

である14)。ここで,KTとKNはそれぞれ貿易財産業と非貿易財産業に

specificな資本である。 Lは経済全体の総労働供給で,一定と仮定する。

(4γ,(5γ,(9)式を連立させて解くと,

    ム     ム       ム

 (1①  PT−PN=βPT

    ここでβ一1・綿ll鑛

が得られる15)。ここでλL」=L」/L,で労働の産業間配分比率をあらおす

      ム       ム        ム    ム

(ちなみにλKj=Kj/K)。またσj=(aKraLj)/(w−rJ)で」産業におけ る(生産要素間の)代替の弾力性をあらわす。

 ここで注意したいのはどちらの産業が資本(または労働)集約的でも,

βは常に1より大であることである。したがって,為替レートの切下げは 常に貿易収支を改善するだけでなく,資本が産業間を移動する単純なケー ス(PNが固定的な場合)に比べて改善の度合がより大きくなる。

 資本が産業間を移動しないケースのもう一つの興味深い点は長期均衡と 短期均衡からの調整過程の性格である。我々のモデルでは長期均衡では労 働だけでなく資本も産業間を移動する。ところが,PTは外生的に決まっ ており,Wは固定されている。しかし,短期均衡が達成されてしまえば,

rTもやはり,固定されてしまう。したがって,貿易財産業では資本労働 比率は不変である。他方,労働と資本は非貿易財産業から貿易財産業に移 動し続ける。これらの労働と資本は資本一労働比率が一定の貿易財産業に よって吸収されるわけである。したがって,貿易財産業は要素相対価格,

そして,製品価格のいずれもが不変のまま拡大し続けることになる。

 126

(11)

 そこで,非貿易財産業が仮に資本集約的だとする。すると,非貿易財産

業の資本一労働比率は上昇し続けるので,rNとPNは下落し続ける。し たがって,rTとrNの格差は拡大し続けることになる。換言すれぽ,非

貿易財産業が資本集約的だと長期均衡は不安定なのである。

 5.両方の生童要素が産業間を移動しない場合

 短期的に資本が産業聞を移動しないケースが興味深いのはパラドキシカ ルな結果(非貿易財産業が資本集約的だと為替レ.一トの下落がかえって貿 易収支を悪化させる)が消える点にあった。

 しかし,実は,資本準けでなく,労働も短期的には産業間を移動しない のではないかという議論も説得力があるだろう。多くの場合,労働者は過 去に受けた教育や職場で身につけた熟練といった人的資本を体化している。

したがって,労働が産業間を移動するためには,かなりの調整(再訓練等)

期間がかかるであろう。

 両方の生産要素が産業聞を移動しない場合を分析するには図2(p.121)

が便利である16)。

 ここでは要素価格の硬直性はないものとする。経済が初期均衡で貿易収 支の黒字を出していたとする。当然,非貿易財については超過需要が発生 している。消費点をC,生産点をAとしよう。この経済は為替レートの切 上げによって内外均衡を取り戻せる。相対価格(PT/PN)はPからP へ変 化する。内外均衡はA点で達成される。注意すべき点が二つある。第一に,

もしP瓦が完全にフレキシブルであれば為替レートの変更は必要ないとい うことである。第二に,もしいずれかまたは両方の要素価格が硬直的だと 完全雇用の仮定が守れなくなるという点である。

V,貨幣の導入=マネタリー・アプローチ

以上の分析は貿易収支インバランスを埋め合わせる国際的支払い手段が

(12)

明示されていないという意味で不十分なものであった。また,一連のマネ タリー・アプローチの文献で明らかにされたように,「貿易収支インバラ ンスは本質的に貨幣的現象である」という側面が無視されてきた。そこで 本節では非貿易財とともに貨幣も導入したモデルをkrueger〔1974〕を参 考にしながら考えてみよう17)。

 クリューガー・モデルは次の様に要約できる。

 ⑳  Ei=Ei〔PT, pN;M(PT, PN)一M〕 (i=T, N)

 ⑫  EM=EM(PT, PN, M)

 ここでEiはi財市場の超過需要, Mは最適貨幣保有量, Mは現実の貨 幣供給をあらわす。上記3式ともPT, PN, Mについてゼロ次同次関数で あるから,ΣEi=0(i=T, N, M)という予算制約により3式のうち独立 なのは2本だけである。さらに,一物一価法則により,為替レート(自国 通貨で測った外貨の価格)をeとすれば。

 (1鋤   PT=ePT*

ここで上付の*は外国の変数であることを示す。非貿易財市場は自国内だ けで均衡しなければならないので,

 @  EN=0

以上5本の方程式で6個の未知数(ET, EN, PT, pN, M, e)を決めねばな らない。

 ⑮  ET=0

を追加して体系をe/Mについて解くことも可能だが,ここではeを外生 的に与えてMを決定するか,逆にMを所与としてeを決めるかを検討して みよう。eとMがいおば対称的な役割を果たすのがクリューガー・モデル の特徴である。PT*は外生だからこれを1とすれば⑳式は

 α㊧ Ei=Ei(e, PN, M) (i=T, N)

と書き換えることができる。㈲,㈲式を全微分すればそれぞれ

128

(13)

       貿易収支・為替レートと非貿易財

⑰・B一一・二一藷・・一面・恥盈・M

⑱・一幕・・+籍・P・+辮・M

となる。dM=0とおくと,㈲式のゼロ次同次性と⑯式から

⑲野道・/[藷・+欝M]〈♂

が得られる。つまり,貨幣供給一定のもとでは為替レートが切り下がれば

(eが上昇すれぽ)非貿易財の価格は上昇するが,その上昇率は為替レー トのそれより小さい。したがって,PT/PNは上昇する。これは前節まで の分析結果と整合的である。

       ム      ム

 逆に為替レートー定のもとで貨幣供給を増やすと,PN<Mとなり,四

式と同様の結果になる。ここでも為替レートと貨幣供給の役割の対称性が あらわれている。 「一方の極限において,完全に開放的な経済(非貿易財 が存在しない)では,為替レートが固定されていれば,貨幣供給が変化し ても国内物価水準は不変である。他方の極限として,完全に閉鎖的な経済 では物価水準は貨幣供給に比例する。両極端の中間では貨幣供給が物価水 準に及ぼす効果は経済が開放的になるほど小さくなる一方,貿易財と非貿 易財の相対価格の変化は経済が閉鎖的になるほど大きくなる。」 (Krueger

[1974],p.155)

 最後に為替レートと貨幣供給双方の変化が貿易収支に及ぼす効果を定式 化してみると⑳式のようになる。

⑫◎・B一[1語吾1−1鶴暑1]・・+[1暑ll諮藷欝      一∂EN/∂PN]dM

 分母は常に正であるから,為替レート切下げが貿易収支を改善するため には,分子の最初の〔〕内が正である必要がある。ところが,もしこれ

(14)

が負ならそもそも安定な均衡解が存在しないのである18)。また貨幣供給増 加は常に貿易収支を悪化させることが分かる。ここで注意したいのは,為 替レート切下げは貿易財価格,物価水準と最適貨幣残高を引き上げると同 時に貿易財の非貿易財の相対価格も引き上げるという点である。したがっ て,為替レート切下げはJohnson〔1958〕のいう「支出削減政策(expen−

diture reducing Policy)」と「支出転換政策(expenditure switching policy)」双方からなっていることが分かる。

VI.結 論

 本稿では為替レートが貿易収支に及ぼす効果の分析における非貿易財の 役割が一体何であるかを究明しようとした。結果として明らかになったこ とは為替レートの変化は(小国の仮定のもとでは)貿易財と非貿易財の相 対価格の変化ととらえるのが貿易収支分析上極めて有効だという点である。

このことは,弾力性アプローチが部分均衡分析であって輸出入があたかも

(相対価格でなく)絶対価格に依存している様に定式化されているという 欠陥を解消する。また,アブソープション・アプローチがもつぼら所得分 析に終始しており,相対価格の役割が(したがって,需要側・供給側双方 における代替が)不明確であるという欠陥も解消する。もう一つ明確にな ったことは為替レートが貿易収支に効果を持つためには(皮肉なことに?)

何等かの価格メカニズムの不完全性が有効に働くという点である。

 ところで,非貿易財が重要な役割を果たすためには,(1)貿易財と非貿易 財との(供給側,需要側における)代替性が低く,(2)非貿易財がGDPに

占めるシェアが大きいことが必要である。(1)については先験的に何もいえ ないだろうが,(2)については意見が分かれるところだろう。一方において,

先進各国経済の「サービス化」が急速に高まっているから,非貿易財のシ ェアも高まっているという議論がある19)。他方,最近「サービス貿易」の

130

(15)

拡大が注目を集めていることから考えて・サービス=非貿易財とは必ずし もいえないだけでなく,非貿易財のシェアはむしろ下がっているという議

論もあるだろう28)。

 非貿易財に関してもう一つ重要なのは「そもそも非貿易財が存在するの か?」というやや超越的な批判がありうるということである。確かに散髪 のようにサービスそのものの価値に比べ輸送コストが余りにも高すぎて

「本質的に」非貿易財と見なせるケースもあるが,日本の場合の米(コメ)

のように人為的な貿易障壁のみによって非貿易財になっている場合もある。

さらに重要なのは為替レートの変動によって,ある財が貿易財になったり 非貿易財になったりすることが十分目り得るという点である。本稿の分析 の対象が為替レートの変動の効果にあるから,この点はさらに詳しく検討 する必要があるだろう。

 最後に,本稿の分析の限界のうち,いままでふれなかった点について簡 単に述べておこう。第1節でも述べたように,貿易収支の分析には資産の 存在が不可欠であるが,このことは,モデルが動学的に成らざるを得ない

ことを示唆している。つまり,貿易収支インバランスは本質的に異時点間 の資源配分問題なのである。したがって,本論文のような静学的フレーム ワークで貿易収支を分析することには無理がある2P。また, V節のマネタ リー・アプローチは最近ではより一般的なアセット・アプローチないしポ ートフォリオバランス・アプローチにとって変わられている22)。こうした 限界を克服するのは将来の課題としたい。

 * 本論文作成の過程で成瞑大学の武藤恭彦教授より貴重なコメントをいただ いた。記して感謝したい。いうまでもなく,残された誤謬や不明確な点等は全て 筆墨の責任である。

1)正確にいえぽ経常収支から,経済理論的な説明が困難な「移転収支」を除い  た収支,つまり貿易収支+貿易外収支とすべきかもしれない。貿易収支は財貨

(16)

の,貿易外収支はサービスの輸出入差額であるが財貨とサービスを区別すべき 理由はない(ただし,最近の「サービス貿易」の研究(佐々波・浦田〔1990〕

参照)ではこの区別の重要性が指摘されている)。また,後にアブソープショ  ン・アプローチとの関係に触れるので,貿易収支+貿易外収支を分析対象にし

ておいた方が便利である。本稿では,ほとんどの参考文献が貿易収支という言 葉を使っているので,そうした慣習に従うことにした。

2)Arndt[1976]参照。より一般的な学説史的サーベイについてはOPPen・

heimer[1974,1975], Ohlin[1974コ, Hinshaw〔1975コ, Arndt〔1975]等を 参照。

3)別の見方を示すため,輸出財と輸入財のみからなるモデルを考えてみよう。

 ワルラス法則により,輸出財と輸入財市場の超過需要金額の和は恒等的にゼロ であるから,貿易収支も常にゼロになる。第三の財として非貿易財を導入して  も,非貿易財市場はそれ自体で均衡しなければならないから,やはり,貿易収 支はゼロである。この場合,為替レートは「余分」(redundant)な変数となる。

つまり,為替レートがいかなる値をとっても全ての相対価格,実質所得,実質 支出は変わらない。やはり,貿易収支のインバランスを生じさせるためには資 産が必要なのである。

4)この集計は「ピックスの集計定理」 (Hicks Aggregation Theoreln)にも  とついている(Hicks[1946], pp.312−13参照)。

5)小国の仮定すなわち交易条件が所与であるという仮定は自国輸出に対する世 界需要の価格弾力性と自国輸入の世界供給の価格弾力性が共に無限大であると いいかえることもできる。また,貿易財という合成財を想定するというのは貿  易収支の改善(悪化)を輸出財の超過供給増加(減少)で行っても輸入財の超 過供給増加(減少)で行っても本質的に同じということである(Salter[1959コ,

P.227参照)

  念のため確認しておくが,「輸出財」とは「輸出された財+輸出可能だが国  内で販売された財」(expoltables),「輸入財」とは「輸入された財+それと競

合する国産財」(importables)を意味する。これに対し,「貿易財」はtrada−

blesではなくtraded goodsと呼ぶのが慣習である。非貿易財はnon−traded goodsと呼ばれる。なお,小国の仮定をはずした場合についてはDornbusch

[1980](PP.108−15), Dornbusch[1975ユ(§3)等を参照。

6)完全雇用の仮定をはずしたケースについてはBruce−Purvis[1985コ(pp.824−

27),Helpman[1977コ等を参照。

7)(1)式では交易条件を1とおいている。これは説明の便宜のためであって,議 論の本質になんら影響しない。要は交易条件が仮定により所与なのだから,我

132

(17)

 々はそれをいかなる値にしてもかまわないということである。

8)ただし,ここでは資産効果(wealth effect)ないし実質残高効果(real ba・

1ance effect)を無視している。これはモデルに資産が明示的に含まれていな  いことの反映である。資産効果については第V節で分析する。

g)もし,為替レート切下げの結果貿易収支がかえって悪化するとすれば,相対 価格線P 上で消費点がB点の左側にこなければならない。そのためには非貿  易財が極端なギッフェン財である必要がある。しかし,図1から明かなように  その場合には社会的無差別曲線どうしが交わってしまうであろう。個別家計の  無差別曲線と違い,社会的無差別曲線が交わっても論理的矛盾は生じないが,

 交わるとなれば,社会的無差別曲線を使った分析の意味が極めて疑わしくなろ  う。したがって,PT/PNの上昇が貿易収支改善を意味すると考えてもよいだ

 ろう。

10)無差別曲線が「水平方向に平行」になるとは,この場合非貿易財に対する限  界支出性向が1であることを意味する。よりプロージブルな仮定としてホモセ  ティックな効用関数を考えれば,所得消費曲線は原点0からC点を通る反直線  になり,消費点はB点からおろした垂直線とこの所得消費曲線の交点Dになる。

 この場合,OE分の課税によって非貿易財市場の超過需要がちょうど吸収され  る点は同じだが,対応する貿易黒字はより大きくなる。この場合,図1ではB  Eが相対価格(PT/PN)の変化によって引き起こされた代替効果, E Dが非貿  易財市場を均衡に導くための支出削減効果に当たる(Dornbusch[1975b],p.277  参照)。

11)為替レートの切下げをトランスファー問題として捉えた先駆的業績にJohn・

 son[1958]がある。

12)ジョーンズ・モデルの分かりやすい解説がCaves−Jones[1973], ch.9Sup  plementに与えられている。なお,このモデルは基本的にヘクシャー・オリー  ソ・サミュエルソソ・モデルであるため,供給側だけで相対価格が決まり,需  要側の条件は明示されていない。これを明示した例としてPrachowny[1975コ  (pp.18−22)がある。

13)Factor−Specif量。{tアとは生産要素(factor)が同質的ではなく,各産業に特有  (specific)であり,産業間移動が困難であるという意味である。この概念を  分析した先駆的業績はJones[1971]である。より包括的な分析としてNeary  [1978]をあげておく。

14)労働についての完全雇用条件は   (a−1)   aLTXT+aLNXN=■

 であらわせる。ここで,XT, XNはそれぞれ貿易財と非貿易財の生産量である。

(18)

 仮定により,資本投入:量は両産業とも固定されているので,

  (a−2)   XT=K》aKT, XN=KN/aKN   (a−2)を(a−1)に代入すれば⑨式が得られる。

15)KT, K:N, Lを固定したうえで(a−1)を全微分すると

         ム      ム       ム      ム

  (a−3)   ・〜LT(aLT−aKT)+λLN(aLN−aKN)=0  が得られ,また費用極小化条件から

         ム      ム

  (a−4)

       θLjaLj+aKjaKj=0  (」=T, N)

これを書き換えて

(a−5) ヘ       ノヘ    ム

aLj=θKjσj(W−rj)

ム       ノヘ    ム

aKj=θLjσj(W−rj)

       〈

(j=T,N)

  (a−5)を(a−3)に代入しw=0とおけば

      ム       ハ   (a−6)    えしTσTrT十λLNσNrN=0  が得られる。これに(4) (5) を代入すれば

      ム      へ

  (a−7)   えしTσTPT/θKT謳えLNσNPN/θKN=0  となり,多少の計算をすれば,

       ヘ      ハ   (a−8)   (1−1/β)PT十PN/β=0

 が得られるが,これが(9)式と同値であることは自明であろう。

16)産業間の生産要素移動が全くない場合,生産可能性曲線が直角になることは  Salter[1959](pp.236−38)に示されている。

17)本節の内容についていっそう立ち入った分析はKrueger[1974], Dornbusch  [1974,1973]等を参照せよ。

18)証明についてはKrueger[1974], p.156, fn 9を参照。この条件は粗代替…

 性条件に他ならない。

19)たとえば,Bruuo[1976](p.556)は(明確な根拠は示していないが)「〔非  貿易財〕は最も開放的な国でさえGNPの半分以上を占める」と述べている。

 なお,彼は非貿易財をnon−traded gocdsではなく,且ontradablesと表現し  ている。

20)サービス貿易に関する文献は膨大であるが,手ごろな解説書として最近佐々  波・浦田[1990]が刊行された。

21)為替レートが貿易収支に及ぼす効果の分析を動学的に分析した例として,

 Bruno[1976]やConnolly−Taylor[1976a,1976bコがある。

22)ポートフォリオバランス・アプローチに非貿易財を取り入れた例として  Mathieson[1973,1979,1981], Kapur[1681a,1981b,1978]等がある。

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(19)

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