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野溝七生子の作品世界―「灰色の扉――」を中心に―橋  本  のぞみ

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Academic year: 2021

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はじめに 野溝七生子は、大正から昭和の末にかけて広く活躍した作家・教 育者である。自身の少女時代に材を採った『山梔』が『福岡日日新 聞 』 の 懸 賞 小 説 に 入 選 し、 デ ビ ュ ー を 果 た し た の が、 一 九 二 四 ( 大 正 一 三 ) 年 九 月。 以 後、 北 原 白 秋 を 中 心 と し た『 近 代 風 景 』 や 長 谷 川時雨が主宰した『女人芸術』などの雑誌を舞台に多くの作品を発 表する一方、東洋大学で長く教鞭を執り、晩年は、森鷗外研究にも 健筆を振るった。 しかし、その幅広い活躍ぶりや作品の豊穣さに反し、代表作でさ え研究が立ち後れており、いまだ野溝の作品世界は十分に解明され て は い な い

。 そ こ で、 本 稿 で は、 「 灰 色 の 扉 ―

Doppelgängerin

―」 ( 以 下「 灰 色 の 扉 」。 『 近 代 風 景 』 一 九 二 八・ 一 ) を 中 心 に、 と り わ け彼女の短篇に見られる顕著な傾向について検討してみたい。

  女性の「心」への注目

『山梔』との共通点

「灰色の扉」は、 語り手の「私」が、 妹のクノに宛て、 自己のドッ ペルゲンガー(分身)体験を語っていくという内容を持つ。まずは、 作品が発表された当時の社会的背景を押さえ、野溝作品の傾向を概 観しつつ、その特色を考えてみたい。 野溝が活躍しはじめた大正末から昭和初期にかけては、過度に科 学技術の発達した社会への反動として、不可視の領域、とりわけ人 間 の「 心 」 が 注 目 さ れ る よ う に な っ て い く 時 代 で あ っ た。 し か し、 その「心」もまた、しだいに科学による研究対象とされていくこと を免れ得ない。明治から大正にかけての心霊現象を分析した一柳廣 孝氏

は、 「「こっくりさん」から催眠術へ、 そして「千里眼」に至る」 流行の流れは、 「「近代」 にともなう 「制度」 、「棲み分け」 の成立」 と、 「「 科 学 」 に 合 致 し な い あ ら ゆ る 対 象、 具 体 的 に は「 心 」 =「 内 部 」 へ の 唯 心 論 的 な ま な ざ し 」 を 排 除 す る 構 造 を 鮮 明 に 映 し 出 す 事 象 だ っ た と い う。 当 時 流 行 っ た 心 霊 学 研 究 も、 同 様 に 近 代 的 な 知 に よってオカルト的なノイズを封じ込まれていく。 やがて、心理学という学問領域が日本でも定着して日本心理学会 が設立され、専門学術誌『心理学研究』が創刊されるのが、一九二 六 ( 大 正 一 五 = 昭 和 元 ) 年。 哲 学 の 分 野 か ら 独 立 し、 海 外 か ら 輸 入 さ れた新たな分野としての心理学が、アカデミズムのレベルで本格的 に日本で確立された画期といえよう。それに先立ち、幅広い異常心 野溝七生子の作品世界

「灰色の扉―

Doppelgängerin

―」を中心に

     

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理を扱った雑誌『変態心理』が中村古峡により発刊されたのが、一 九 一 七 ( 大 正 六 ) 年

で あ る。 ほ ぼ 同 時 期、 一 九 一 八 ( 大 正 七 ) 年 に 創 刊 さ れ た『 赤 い 鳥 』 を 中 心 と し、 「 童 心 」 の 発 見・ 追 究 が な さ れ た の も、 ま た 大 正 時 代 に お い て 旧 来 の 宗 教 の 再 評 価 が 進 み、 「 宗 教 小 説」の流行現象が指摘

されるのも、このような流れの延長線上にあ る。 時代の「心」に対する関心を考えるにあたり、昭和初期における モダニズム文学の隆盛も忘れてはならないだろう。とりわけ、人間 の内面を表出することに価値を見出すドイツ表現主義などは、たと えば同時代の尾崎翠が女性の内面を描いた『第七官界彷徨』をはじ めとする作品群に多大な影響を与えたことが知られている。これら と並行する形で、文学のジャンルとしても、すでに以前より書き継 が れ て き た 分 身 小 説 の 流 行 が 本 格 的 に 訪 れ る の は、 昭 和 も 戦 後 に なってからであるという

。 このような時代に小説を書きはじめた野溝七生子の作品に、人間 の「 心 」、 と り わ け 女 性 の 内 面 に 光 を 当 て た 分 身 小 説 が 多 い こ と は 偶然ではない。その主要な成果ともいうべき「灰色の扉」は、分身 小説が比較的まだ数少なかったという昭和初期に発表された先駆的 な作品といえるだろう。野溝作品には、 他にも後章で見る 「藤と霧」 (『 近 代 風 景 』 一 九 二 七・ 八 ) の よ う な 霊 魂 の 移 り 変 わ り を テ ー マ と し た も の も あ れ ば、 「 往 来 」 ( 同、 一 九 二 七・ 一 ) の よ う に、 「 ド ッ ペ ル ゲンガー」 の語を用いているものさえあるが、 とりわけ 「灰色の扉」 では、分身現象と女性の内面との結び付きがメインテーマとして正 面から扱われており、注目されるのである。 で は、 「 灰 色 の 扉 」 の 際 立 つ 特 色 は 何 か。 着 目 す べ き は、 本 作 品 と彼女のデビュー作にして代表作『山梔』をはじめとする野溝の諸 作 品 と の 共 通 点 で あ ろ う。 『 山 梔 』 は、 父 の 暴 力 に 脅 え、 女 を 取 り 巻く社会通念に抑圧されていく少女・由布阿字子が、それらに抗い、 「 美 し い 魂 」 の 復 活 へ 向 け て 歩 み 出 す ま で の 成 長 と 苦 闘 を 描 い た 長 編小説であるが

、この作品中に描かれる複数の事柄が、後続する数 多の小説に引き継がれ、変奏されていることはいまだ詳しく検討さ れていない。第一作品が作家のすべてを含み持つ、とはよくいわれ ることだが、野溝が長期にわたり描いた作品群には、まさに彼女固 有の問題が最初期から貫かれているのであり、その要となる作品の 一つが「灰色の扉」である。 「 灰 色 の 扉 」 と『 山 梔 』 と の 共 通 点 と し て 挙 げ ら れ る の は、 少 女 たちが幼時より兄妹ともども軍人の父から酷い暴力を振るわれてい ること、また、彼女らが、そのような子供の姿を日々眼にせざるを 得なかった母を、非常な「恥辱」を耐えた女性として憐みをもって 語り出していることだ。次に、両作品における該当箇所を引く。

「さうさ。 お父様は御病気なんだよ。 御病気なんだとも。 (中略) 拍 車 の つ い た 長 靴 で、 胸 を 蹴 つ と ば さ れ た こ と が あ る の か え、 お前には。私はよく知つてるよ、 よくしなふ鞣し革の鞭でひつ ぱたいて ね、あの長靴で、横つ腹のところを蹴つとばしてやる とね、お馬は驚風に罹つたみたいに、天井まで飛び上つて、奔 け 出 す の だ つ て。 そ れ か ら、 子 供 に さ う す る と ね、 ( 中 略 ) 子 供の小さい体はフットボールのやうに飛び込むの。 」 (「灰色の扉」 、傍線部引用者・以下同じ)

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「 自 分 の 生 ん だ 子 供 が、 自 分 の 眼 の 前 で、 お 馬 よ り も、 ひ ど く さ れ て ゐ る の を( お 馬 は 血 は 吐 か な い か ら ね。 ) 唯、 歯 を 喰 ひ し ば つ て 見 て ゐ な く て は な ら な い 母 親 は 恥 辱 だ よ。 ( 中 略 ) ち よつとでも母さんが、子供をたすけようとなさると 、母さんの 愛が、子供にばかし現はれるのを見て、 父様は、子供を殺すほ ど、百倍ひどくなさるんだつて云ふぢやないか。だから 私達の 時には、もうね、 母さんは黙つて黙つて、子供がどんな目に会 ふんだか、よくよく見てゐらしたのよ。それつきり、母さんの、 あの美しい大きい眼は決して笑つたことがなかつた つていふの。 (後略) 」

(同右)

「(前略)阿字子のやうに、 お馬の鞭で引つ叩たかれたり 、沓脱 石の上に、仰向けに、蹴つとばされたり、 拍車のついた長靴で、 気絶するほど胸を踏みつけられたり 、後手に縛つておいて、も うどうしても、抵抗することも、逃げることも出来ないやうに しておいて、お蔵の後の、天水桶に、倒にして浸けたり、上げ た り、 ( 中 略 ) あ ゝ 私 は、 あ の 時 の こ と を 思 ひ 出 す と、 息 が 止 まりさうでもう我慢がならない。 」

(『山梔』 )   父が、子供を折檻するのは、自分が打たれるよりももつと我 慢がならないと母は云つた 。

  (中略)

  以後は、折檻の必要がある場合には、自分でする、決して父 の手を煩はしたくないと母が云つた。そして、その声がどんな に傷ましかつたか。

(同右) 軍人の父が、躾と称して度々子供たちに加える過度な暴力の実態を、 両作品ともに馬への調教とも通じる非人間的なものととらえている。 さらに、そうした父に当初は反発し、止めに入っていた母も、自分 が 介 在 す る こ と で さ ら に 子 供 へ の 虐 待 が 増 し て い く 事 実 を ま え に、 口を閉ざさざるを得なくなっていく状況が、母に寄り添う語りで提 示されていく。結婚して妻となり、母となった者が、夫によって加 えられる「恥辱」と、夫から子に対する故なき暴力を止めに入るこ とのできない力のない母が、子から向けられる容赦ない眼差し。そ の双方を引き受けなければならない「女の運命」の不条理を、阿字 子やヌマは感じ取っている。 また、彼女たち主人公の眼は、結婚によって性質を捩じ曲げられ、 醜悪になっていく女の姿にも向けられている。両作品とも兄嫁の名 は、 「京子」 。彼女は徹底的に主人公の少女を理解しない、冷酷な女 性として造型されている。 「灰色の扉」では、 「私」すなわちヌマに 結婚を勧めるため、兄らとともに彼女のもとを訪れる京子だが、一 言たりとも言葉を発せず、ヌマとのあいだに交流は一切見られない。 ヌマによって、京子は兄と同様、家長の権限をもって自分を制度内 に囲い込もうとする敵として認識されている。他方の『山梔』では、 結婚前には素直な少女であった京子が、曲折を経て兄と夫婦になっ てからは、一転して家族全員の心に影をもたらす性悪な女になって い く 様 子 を 事 細 か に 辿 っ て い る。 主 人 公 の 自 由 な 言 動 を 度 々 嘲 り、 嫌悪する彼女は、ヌマにとっての抑圧者であると同時に、恋愛や結 婚の犠牲者としての色彩を帯びて描出されていくのである。 二つの作品には、他にも例えば、兄が士官候補生であることや多 く の 兄 弟 が い る こ と、 妹 と の 仲 の 良 さ、 さ ら に は 後 述 す る よ う な

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〈夕暮れ〉と〈月夜〉の場面など、複数の共通要素が認められるが、 主人公の人物像として看過できないのは、彼女たちが、ともに母を 反面教師とし、女として周囲から望まれるような生き方を激しく嫌 悪するようになる点であろう。

「(前略)何ていふ恥辱だろ、何ていふ恥辱だろ、 私は母様のお 柩に誓つて、私もまた、いつかは子を生まなければならない女 の運命と心を、今、この中に封じ込む 。今日以後、私は決して 女ではないことよ。 」

(「灰色の扉」 )

「(前略) 私はこの心を私たちの母さんから習ひました 。(中略) 私は、何故か、それは苦悩と悔恨の堆積にほかならないのだと いふことを習つてしまつてゐました。 」

(同右)

「 あ な た も、 そ れ を 云 ふ ん で す ね。 何 故、 結 婚 な ん て 云 ふ ん で せう。何故、何所にも嫁つちやいけないつて云はないのですか。

  (中略)

  私 は こ ゝ に 止 ま つ て ゐ た い。 大 人 に な つ て、 お 魚 の や う に、 鈍感になるのが恐ろしいんですもの。将来に、望みをかけるほ ど、それほどの無感覚さが恐ろしいのです。逃げて行つたあの 太陽を、私は欲しがつてゐるんです。 」

(『山梔』 )

母が身をもって娘に示した女の不幸を見つづけた彼女たちは、これ が 母 個 人 に 限 っ た こ と で は な く、 「 母 様 は、 そ の 心 を お 祖 母 様 か ら 習」ったのでもあることを知っている。代々引き継がれていく女固 有の悲しみや苦しみを、長年にわたり身近に凝視し、そこから逃れ ていこうと身を捩る少女たちが、これらの作品には描かれていくの である。 女ゆえの悲惨さや醜悪さを見、その元凶としての恋愛や結婚を避 けていく少女、あるいは女の抵抗が、両作品に通じる大きなテーマ と い え よ う。 野 溝 は、 『 山 梔 』 で は、 少 女・ 阿 字 子 の 家 族 内 に お け る 違 和 を 中 心 と し て 彼 女 の 成 長 を 辿 り、 「 灰 色 の 扉 」 に お い て は、 阿字子のその後ともいうべき設定のなかで、女の名を「ヌマ」と変 え、成長した彼女の抱え持つ内面の問題として、このテーマをさら に掘り下げたのである。

  分身の出現

拮抗する二つの「心」

「分身小説は閉塞空間の文学であり、その閉塞が分身を呼び出す

」 の だ と い う が、 「 灰 色 の 扉 」 で は、 「 私 」 す な わ ち ヌ マ の 経 験 す る 「 心 」 の 危 機 が、 自 己 の ド ッ ペ ル ゲ ン ガ ー を 目 撃 す る と い う 特 殊 な 体 験 を 通 じ て 強 調 さ れ て い く。 従 来、 自 己 の 分 身 と 遭 遇 し た 者 は、 死が近いという俗説の通り、ヌマは相反する二つの自己のはざまで 葛藤し、危機的状況に陥ることになるのである。 彼女の危機は、前章で見たように父による暴力の記憶と深く関わ り、かつ母の死により強く促されるものであることを具体的に跡づ け、ヌマにおける二つの「心」の内実を確認したい。初めてヌマが 「 も う 一 人 の 自 分 」 の 顔 を 見 た の は、 妹 の ク ノ を 最 後 に 尋 ね た 日 の こ と で あ る。 「 道 端 に 閉 ま つ て ゐ た 灰 色 の 扉 の 中 」 か ら 突 如 と し て 現れ出た青白い顔の少女を、十三歳の自分であると感じた「私」は、 父親から暴力を受けていた当時を克明に思い出し、その記憶がすべ

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ての元凶であると実感する。もっとも、これまでにも自分の分身と 思しき人物を幾度となく見かけたことのある「私」ではあった。し かし、まだそれは「どうもはつきりとは云はれない」程度のもので あり、近くで顔を見たことはなかったという。この時点では、前章 で見たような女の生き方に抗うヌマの生き難さが、いまだ現実味を 帯 び て い な い の で あ ろ う。 彼 女 を 死 へ と 誘 う 分 身 は、 さ ほ ど 力 を 持ってはいないことがわかる。 彼 女 の ド ッ ペ ル ゲ ン ガ ー 体 験 が い っ そ う リ ア リ テ ィ を 持 つ の は、 母の葬儀以後のことである。母の亡骸をまえに、感情を爆発させた 「 私 」 は、 母 親 が い か に 父 親 か ら「 恥 辱 」 を 受 け て き た か を ク ノ に 蕩々と語り聞かせた。父親の拍車のついた長靴で胸を蹴られ、鞣し 革の鞭で馬のように打たれた子供の頃の自分たち。そのような夫の 横暴を止めることもできず、暴力におびえる子供たちの姿を不本意 に も 見 続 け な け れ ば な ら な か っ た 母 親 の「 恥 辱 」。 今 後、 母 の 哀 れ な一生を反面教師とし、女の運命に逆らって生きることを断言した 「私」 は、 その夜、 兄弟たちが 「生涯、 決して忘れることはできない」 「あの事」を引き起こす。 「あの事」により、クノを泣かせ、家を追 われるように飛び出した 「私」 は、 この一年ほどの間に、 自分のドッ ペルゲンガーをしばしば鮮明に見、そして感じるようにもなったの であった。 母 の 死 は、 心 通 わ ぬ 夫 に 痛 め つ け ら れ、 「 千 た び も 子 供 の こ と で 泣」いた女の不幸な生涯を、より現実的なレベルでヌマに叩き込む。 また、この女ゆえの悲しさや苦難が、祖母から母へ、母から自分へ と引き継がれていくものであると認識していたヌマは、次の犠牲者 が確実に自身であることを実感せずにはいられない。彼女が、幼時 よ り 漠 然 と 抱 え 持 っ て き た 性 の 越 境 願 望 を 言 葉 と し て 発 す る の は、 こ の と き で あ る。 「 私 は 母 様 の お 柩 に 誓 つ て、 私 も ま た、 い つ か は 子を生まなければならない女の運命と心を、今、この中に封じ込む。 今 日 以 後、 私 は 決 し て 女 で は な い こ と よ 」。 こ れ ま で 密 か に 自 己 の うちに秘めてきた「女の運命と心」への違和感を、初めて公然と訴 え、 女 で あ る こ と を 否 定 す る ヌ マ で あ っ た。 し か し、 ヌ マ の 声 は、 理解者であった妹・クノにさえ届かず、彼女から「可哀さうな気ち がひ」と哀れまれなければならない。 女と生まれながらも、女を否定して生きることの困難は、この直 後 に 起 こ っ た「 あ の 事 」 に よ っ て も 如 実 に 物 語 ら れ て い よ う。 「 あ の 事 」 の 内 実 は 作 品 中 に 明 言 さ れ て い な い が、 「 指 頭 か ら、 ぼ た ぼ た と 血 の 垂 れ て ゐ た 大 き い 兄 さ ん の 手 」、 あ る い は「 兄 さ ん の 奥 さ んの蝋色をした顔」 、「皆が、あの出来事に動顚してしまつ」た、な ど の 記 述 か ら、 お そ ら く は 刃 傷 沙 汰 が あ っ た の で あ ろ う。 し か も、 それはヌマが自分自身に向けた刃であろうことが、野溝の他作品を 併せ読むことで明白となる。一連の事件は、ヌマによる自己の内な る女殺しともいうべき通過儀礼の意味を持つのではないか。 兄弟たちに取り押さえられて辛くも命をつなぎ、クノ一人に見送 られて実家を「放逐」されるヌマの叫びは次のようなものだ。

「(前略)私は人間の生活を見るのは、もう、厭なのよ。人間の 生活を見るのは、どうしても、私は厭なんだからね。 」

不条理な「女の運命と心」に刃向い、もはや「人間の生活」からさ え抜け出た異類としてのヌマが、一人で郊外に住むのは自然な成り

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行きであろう。女からの越境が、人間としての逸脱に直結する展開 は、ヌマの行く手の厳しさを示して余りある。ヌマの精神的な危機 の原型は、このような状況により醸成されたものと、ひとまずいえ るだろう。 では、ヌマにおけるいま一人の自己とは、どのようなものだった のか。それを端的に語っているのは、以下の一節である。

  そこで、クノよ。 私がたうとう是非ともお前に云はなければ ならなくなつたこと は、お前もよく知つてゐる大きい兄さんの お友達である あの人 が、突然、大きい兄さんと、兄さんの奥さ んと一緒に、私のところを訪ねて来たことだ。

自身の危機的状況をさまざまに振り返ってきたヌマは、ここに至り、 「 私 が た う と う 是 非 と も お 前 に 云 は な け れ ば な ら な く な つ た こ と 」 として、意味深長に「あの人」との七年ぶりの再会を語り出す。彼 女の口ぶりは、まるでこれまで語ってきたことの全てが、 「あの人」 との馴れ初めや今回の別れ、そして私の未練を吐き出すための単な る手続きであったかのような印象さえ受けるほどである。結論を先 走れば、彼への「心」の傾斜、その強い執着こそ、ヌマのドッペル ゲンガー体験を決定的にした要因なのである。 兄の友人である「あの人」が、おそらくフランス人であることは、 ヌマとの会話において彼が、 兄の介助を必要としていることや、 「あ の人が、あれから間もなくあの人の故国に帰つて行つたといふこと は 知 つ て ゐ た 」 と い う 一 節 に 加 え、 「 最 も 仏 蘭 西 語 の 達 者 」 で あ る 兄嫁に聞かれることを恐れ、かつてヌマに教授したドイツ語で話し て い る こ と な ど か ら う か が え る。 「 あ の 人 」 と は、 七 年 前 に 別 れ て 以来の再会であったが、昔と同様、ヌマへの愛を囁き、彼女の気持 ちを確かめようと矢継ぎ早に質問を繰り返す彼に対し、ヌマは頑な なまでに拒絶の姿勢を貫く。ヌマを占めているのは、あくまでも男 性への嫌悪、ひいては人間への恐怖なのであり、その根本には、や はり見てきたような母の人生への哀借の根深くあることが縷々述べ られていく。   母の「苦悩と悔恨の堆積」から「この心」を学んだというヌマは、 こ れ を「 母 さ ま だ け の 不 幸 で は 」 な く、 「 母 さ ま は、 そ の 心 を お 祖 母 様 か ら 習 」 っ た の で あ り、 「 こ れ は 人 間 に 生 ま れ た も の の、 皆 の 不幸です」と一般化する。ヌマが「あの人」の語りかけに背をそむ ける度に、目前にあるのが「私達の母様の肖像」であることは看過 で き な い。 「 誰 が、 私 を 愛 す る こ と が で き る の で せ う。 誰 を、 私 が 愛することができるのですか」と徹底して彼を斥け、家の「扉」を 閉めたヌマは、以下のような思いにとらわれたのだという。

  クノよ。だが、ほんたうにあの人は帰つて行つたのだらうか。 さきに、私が是非、お前に云はなければならないと云つたのは、 このことなのだ。つまり、 あの人は、初 めから、私の所に少し も来はしなかつたのではないのだらうか。 もつと云へば、今日、 私のところに来たあの人は、決して帰りもしなければ、来もし なかつたのだ。 あの人は、むかし、お父様の庭園で、私のとこ ろ に 来 た 時 以 来、 七 年 前 か ら、 決 し て 帰 つ て 行 く こ と な し に、 常に、私の中にゐたのではなかつたのだらうか 。

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少女のころより表層の意識では恋愛感情、結婚願望を固く拒んでき た は ず の ヌ マ で あ っ た が、 そ の 実、 彼 女 の「 心 」 の 奥 底 に は、 「 あ の人」への抜きがたい想いが根強く巣食っていた。この深層に秘め た い ま 一 つ の 自 己 こ そ が、 こ れ ま で 自 分 を 脅 か し、 ド ッ ペ ル ゲ ン ガ ー を 生 じ さ せ る 元 凶 で あ っ た こ と を、 ヌ マ は 認 め ざ る を 得 な い。 彼 女 は、 「 私 が ど う に か 私 の 意 志 ど ほ り 曲 げ 得 た と 思 つ た 運 命 が、 やつぱり、運命自身の仕事だつたといふこと」を痛感する。恋を厭 い、妻や母となる生き方を極度に避ける表層の意識と、それに反し、 男性を恋い慕う深層意識との鋭い拮抗が、ヌマの「心」の分裂を生 み、深刻な分身現象となって彼女を苛んだのである。

  〈夕暮れ〉と〈月夜〉の世界

こ の よ う に 暴 力 が 長 く 一 人 の 女 性 を 責 め 苛 む 様 子 は、 〈 夕 暮 れ 〉 と〈月夜〉という二つの時空において、象徴的かつ幻想的に辿られ て い く。 そ も そ も、 ヌ マ の ド ッ ペ ル ゲ ン ガ ー 譚 が、 「 灰 色 の 扉 」 と 題されているのは、彼女が「私が私自身の顔を見たことの最初」と 位置づける以下の象徴的な場面に拠るものだ。

  クノよ。お前は思ひ出さないだらうか。 (中略)私がその日、 お前の家に来る途中で、道端に閉まつてゐた 灰色の扉 の中から、 蒼ざめた顔が、ぴよこりと往来を覗き出たのを、私が見たとい ふ こ と を 話 し た の を。 ( 中 略 ) 私 が 見 た と い ふ の は、 な つ か し い少女の時の、私自身の顔であったのにちがひないのだ。

ヌマは、 〈夕暮れ〉時に、 「灰色の扉」の中から顔を出した少女時 代の自分と対面したという。父から謂われのない暴力を受け続けて い た 当 時 の 彼 女 は、 「 灰 の や う に 蒼 ざ め て 無 辜 の 眼 眸 を 大 き く 見 張 つた、 十三歳の女の子の顔」 として現れ出る。 思い出すだけでも 「気 が狂ふ」ほど辛い当時の記憶が、ドッペルゲンガーという「不吉な 出来事の最も発端」であったと彼女は振り返り、意味づける。表題 にある 「灰色」 とは、 このときの空の 「鈍色」 と関わるものだ。 「灰 色」とは、昼から次第に夜へ、すなわち明から暗へ、そして表から 裏へと移り変わる最中の空の色にほかならない。と同時に、虐待に 脅える幼い自分の顔色にも由来する色だろう。 柳 田 国 男 は、 〈 夕 暮 れ 〉 に 引 き 起 こ さ れ る 独 特 な 感 情 を「 一 種 の 伝統的不安」と記している

。野溝自身も後述する複数の作品におい て、この時刻が「逢ふ魔が時」といい、昼夜の中間にあってきわめ て不安な、魔の跋扈する時間帯とされていることに触れている。こ のような場面設定は、ヌマの異常体験と不穏な心理状態を浮かび上 がらせるべく、選択された巧みなものといえるだろう。前述の『山 梔 』 は、 「 夕 暮 れ が だ ん だ ん 迫 つ て 来 た 」 と い う、 ま さ に そ の 象 徴 的な一文からはじまる小説であることが想起される。むろん、彼女 のドッペルゲンガー体験は、かならずしも〈夕暮れ〉に起きるわけ で は な く、 ま た、 「 扉 」 の 開 閉、 す な わ ち 記 憶 の 往 還 が 伴 わ な い 例 もある。しかし、ヌマ本人が、これを自身の異常心理と結び付けて 考えている点が重要なのである。 ヌマにとって、少女時代は、恋愛や結婚とは無縁の楽園である反 面、父からの暴力に脅かされつづけた、いわば地獄でもある両義的 な過去だが、この冒頭部で語られるドッペルゲンガー体験は、より 後者を意識するようになっていくヌマの現状を強調しているだろう。

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一 方、 作 品 中 で〈 夕 暮 れ 〉 と「 扉 」 の 共 起 す る い ま 一 つ の 例 が、 逆に、少女時代に心惹かれていくヌマの心情を滲ませる展開となっ ていることは注目されよう。

  以前、私達が別れた時には、あの人は、私の頭の一 呎

フィート

半も 上から、優しく、さよならを浴びせかけたのだ。私達は扉のと ころまで行つて、もう一度さよならをした。 扉 の外には 黄金色 の夕暮 があつた。 (後略) 私は 扉 を開いた、そして私は私達が、七年前にさよならをした 時と、まつたく 少しも 変らない同じ黄金色の黄昏 を、扉の外に 見た。私はこの 夕暮れ の中に、あの贈り物を、遠く投げ捨てた。 「さよなら。 」 と、私は云つた。

これは、郊外のヌマ宅を兄夫婦と「あの人」が訪問したとされる場 面であるが、ヌマには「あの人は、初めから、私の所に少しも来は しなかつたのではないのだらうか」とも認識される、きわめて幻想 的 な 一 節 で あ る。 「 分 身 」 の 語 こ そ 用 い ら れ な い も の の、 ヌ マ は 彼 の分身を見たと思っているらしいことが記されている。 七年前、まだ少女であったヌマと「あの人」とが別れた日の〈夕 暮れ〉 は、 先に見たような 「鈍色」 ではなく、 輝く 「黄金色」 であっ た と い う。 お そ ら く、 彼 女 に は 当 時 の 場 面 が、 「 あ の 人 」 と の 美 し い 思 い 出 の 象 徴 と し て 記 憶 さ れ て い る の だ ろ う。 か つ て 見 た こ の 「黄金色の夕暮」には、 現在の私をして記憶の「扉」 、 あるいは「心」 の「扉」を開けさせるに足る力があった。 しかし、七年後の今、女としての生き方を否定しつつも、一方で は彼へと強く惹きつけられてしまうヌマには、少女であった過去は 単に憧憬のときではあり得ない。それは、現在の苦悩にもつながる 両 義 的 な 時 空 に な っ て し ま っ て い る。 そ れ ゆ え、 「 ま つ た く 少 し も 変らない同じ黄金色の黄昏を、扉の外に見」ながらも、彼女は一歩 を踏み入れることができず、過去に別れを告げなければならなかっ たのである。しかし、彼女の「心」は、現在にも安住することがで きない。 あの日、 「あの人」をにべもなく拒否し、帰してしまった彼女は、 そ の 後、 「 あ の 人 」 か「 私 」 の ど ち ら か が 死 な な け れ ば な ら な い と いう得体の知れない不安に襲われているのだという。自己の分身を 見た者は、ほどなく死を迎えるという俗説とまさに見合うような末 尾をもって、彼女の「灰色の扉」は永久に閉ざされてしまうことを 伝えるヌマの語りといえよう。 こうして〈夕暮れ〉のなかで描かれるヌマの閉塞状況は、 〈月夜〉 の時空でひととき解放される。

それは確かにお前が、かつて見た、月の蒼い夜、樹の下の小流 れの沐浴から這ひ上がつた私の姿である。私は、身を傾けて濡 れ 髪 を 絞 つ て ゐ た。 ( 中 略 ) お 前 は そ の 時、 私 の 沐 浴 の 姿 を 見 つけると、叫び声を上げて逃げて行つてしまつたではなかつた か。

月の下で、ヌマはあらゆる柵から逃れて全裸となり「沐浴」するが、 その姿を見たクノが、姉の狂気を疑い、驚きのあまりに「叫び声を

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上げて逃げて行つてしま」う場面である。ここでは、ヌマが人目に と ら わ れ ず に 行 動 で き る の は、 〈 夕 暮 れ 〉 を 過 ぎ た 夜 で あ る こ と、 ま た、 「 人 間 の 生 活 」 を 拒 否 す る 彼 女 の 生 き る 世 界 が 夜 で あ る こ と が物語られている。と同時に、最大の理解者である妹をもつてして も、全てを脱ぎ去った彼女の姿は受け入れられないものであること を突きつける箇所であろう。 〈月光〉が、 〈夕暮れ〉とともに、野溝作品に広く用いられる特徴 的な語であることは、後章に掲げた表からも明らかである。 〈月夜〉 あるいは〈月光〉は、人間を狂気に引きこむものとされる一方、女 性との連関から語られることも多い。野溝自身が小説「月影」のな か で、 「 月 光 は 人 を 狂 気 せ し め る と い ふ こ と を、 私 は、 ギ リ シ ア の むかしからの伝説にきいてゐた」などと書いていることから、これ も〈夕暮れ〉と同様、人の心を掻き乱し、物狂おしくさせる要素と して、意図的に物語空間に召還された装置といえよう。 従 来、 野 溝 は 永 遠 の 少 女 と 称 さ れ、 彼 女 が 描 く 女 た ち の 特 徴 も、 その少女性に見出されることが多い。しかし、こうして見てくると、 「 灰 色 の 扉 」 で は、 大 人 に な る こ と を 恐 れ る 女 性 が、 同 様 に 少 女 時 代にも安住できず、寄る辺ない身で虚空を彷徨い続ける姿が描かれ ている。野溝作品には、いわれてきたよりもはるかに複雑な人物像、 その深い孤独が造形されていることに気づくのである。

  〈ヌマとクノの物語〉

次に、 「灰色の扉」が野溝の作品中、 〈ヌマとクノの物語〉ともい うべき系列に属する小説である点を押さえ、これらの作品群におけ る連関について考えたい。 〈ヌマとクノの物語〉の系譜に連なる作品

登場人物 作品名 「灰色の扉」との共通点

「ヌマ」 ヌマ叔母さん 「 九 人 兄 弟 の 裾 の 方 」「 大 き い 兄 さ ん に は 一 番 可 愛 が ら れ た 」「 兄 嫁 の 京 子 」「 阿 字 子」 (→ 『山梔』 との共通点)

藤と霧 月光、魂

「私」と「ヌマ」 月影 月 光、 一 人 住 ま い の ヌ マ、 幻 影、 異 常 な 心、 愛 す る 母 の 死、 月 夜 の 沐 浴、 狂 気、 ヌマを心配する者の存在

寒い家 愛 す る 母 の 死、 夕 暮 れ、 月 夜、扉、幻覚

「私」と「クノ」 黄昏の花 愛 す る 母 の 死、 父 か ら の 虐 待、 郊 外 で の 一 人 暮 ら し、 夕 暮 れ、 救 い の 存 在 と し て の ク ノ、 七 年 目 に 会 っ た 人 への想い

秋妖 愛 す る 母 の 死、 軍 人 の 父、 父 と の 不 和、 夕 暮 れ、 扉、 七年目に会った人への想い

「ヌマ」あるいは「クノ」 私の二つの童話 母、 夕 暮 れ、 月 光、 打 た れ る女性、愛されない子供

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前章で述べたように、この作品の主題は、野溝作品全体に通底す る も の で あ る が、 と り わ け 着 目 し た い の は、 「 灰 色 の 扉 」 に 描 か れ るヌマの「心」の葛藤、その他の現状が、同じ名の登場人物を配し た一連の小説群により、多面的に補完されている点である。前頁の 表は、 『野溝七生子作品集』 (立風書房、一九八三・一二)に収録さ れた二六作品を対象とし、 登場人物名と作品名、 および「灰色の扉」 との共通要素を一覧化した表である。 七つの小説が、連関し合ってヌマ及びクノの今を浮かび上がらせ ていることは、登場人物名の一致に加え、酷似した設定や共通の語 がそれぞれに数多く見出せることから明らかだ。殊に、 「軍人の父」 を も ち、 「 愛 す る 母 の 死 」 を 経 験 し た 女 性 が、 父 か ら の 虐 待 の 記 憶 と〈夕暮れ〉とを結びつけて過去にとらわれ苦悩する点や、彼女が 郊外に一人暮らしをする身であること、 また作品中に 〈月夜〉 や 〈月 光〉が頻出し、それが彼女らの逸脱行動と不可分な場面設定である こ と な ど、 「 灰 色 の 扉 」 を も 含 む 多 く の 作 品 に 通 ず る 点 が い く つ も 指摘できる。 と は い え、 「 灰 色 の 扉 」 の よ う に、 ヌ マ と ク ノ の 名 が と も に 記 さ れているものはなく、全作品が、どちらか一人の名のみを明記して いるのが特徴である。つまり、これらの小説は、ヌマを中心化した ものと、クノに焦点化したものの二つに分けられるのであり(しか し、 こ の 場 合、 語 り 手 で あ る「 私 」 の 名 は 語 ら れ な い )、 野 溝 は、 この二つの系列を駆使し、全体として彼女たちの生を多面的に浮か び上がらせたのだと考えられよう。 試みに、それぞれの内容を概観してみよう。まず、ヌマが単独で 登 場 す る 作 品 か ら 見 る と、 小 説「 ヌ マ 叔 母 さ ん 」 (『 白 山 春 秋 』 一 九 五 五・ 六 ) に お い て、 「 九 人 兄 弟 の 裾 の 方 」 に 生 ま れ、 「 大 き い 兄 さ ん に は 一 番 可 愛 が ら れ た 」 と い う「 阿 字 子 」 が、 「 兄 嫁 の 京 子 」 か ら 疎 ま れ て 苛 め ら れ、 家 庭 内 で 孤 立 し て い く 様 子 は、 『 山 梔 』 の 世 界 を 踏 襲 し つ つ、 「 灰 色 の 扉 」 の ヌ マ の 語 ら れ な い 暗 部 を 物 語 る も の だろう。また、前出の「藤と霧」では、ヌマが死人の生き返りや人 間から人形への魂の移り変わりなど、特殊な事象を〈月光〉色の溢 れ る 夢 の な か で 感 受 す る 女 性 と し て 描 か れ て お り、 「 灰 色 の 扉 」 に おける〈月光〉と幻影あるいは分身との相関を考えるさいの手掛か りとなり得る内容である。 さらに、クノと思しき語り手「私」が、ヌマに語りかける形を採 る二作品からは、妹の眼によりとらえられたヌマ像が浮かび上がり、 「 灰 色 の 扉 」 の 語 り 手・ ヌ マ を 常 に 相 対 化 す る よ う な 展 開 と な っ て い る。 と り わ け、 小 説「 月 影 」 (『 近 代 風 景 』 一 九 二 七・ 九 ) の 内 容 が、 「灰色の扉」 に描かれるヌマの 〈月夜〉 における幻想的な 「沐浴」 を、 異 な る 視 点 か ら 克 明 に 描 写 し て い る 点 は 興 味 深 い。 「 灰 色 の 扉 」 に お い て、 「 月 の 蒼 い 夜、 樹 の 下 の 小 流 れ の 沐 浴 か ら 這 ひ 上 が つ た 私 の 姿 」 を 見 た ク ノ の 様 子 は、 「 叫 び 声 を 上 げ て 逃 げ て 行 つ て し ま つ た 」 と ご く 表 層 的 に 語 ら れ る に す ぎ な い。 し か し、 「 月 影 」 で は、 ヌマの常軌を逸した姿を目撃したクノの、夢現の心境と姉への気遣 いが、一編を通じ、神秘的な光景をともなってきわめてリアルに描 写されていく。また、 「月影」 においては、 「灰色の扉」 が語らなかっ た ヌ マ と「 あ の 人 」 と の 結 末 部 に 関 し て も、 「 A 氏 の 自 殺 」 が「 生 きて行かうとするヌマの欲望」を弱めたと明かされており、示唆的 である。 「「 私 」 ― ヌ マ 間 の 物 語 」 と し て は、 ほ か に「 寒 い 家 」 (『 近 代 風 景 』

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一 九 二 六・ 一 ) が あ り、 そ こ に は 他 作 品 と の 類 似 を 含 み つ つ も、 母 の死後に出家した弟の存在など、新たな設定がなされており、これ が、たとえば「山寺暮春」等の作品に見られるようなヌマと弟との 一連の物語を形成していくことになる。総じて、 「「私」―ヌマ間の 物語」には、傷つき疲弊したヌマが、弟妹との絆のなかに自己を癒 していくプロセスを取り上げた作品が多い。 こ れ に 対 し、 「「 私 」 ― ク ノ 間 の 物 語 」 で は、 父 親 と の 関 係 及 び、 ヌマにおけるトラウマの内実が、当事者の眼を通して状況を変えつ つ、 感 覚 的 に 追 憶 さ れ る。 た と え ば、 「 黄 昏 の 花 」 (『 女 人 芸 術 』 一 九

二 八・ 八 ) は、 家 族 の も と を 離 れ た 後、 郊 外 の 一 人 住 ま い を も 捨 て て 旅 立 っ た「 私 」 が、 〈 夕 暮 れ 〉 や「 花 の 香 気 」 に ま つ わ る 甘 美 と 苦さの相半ばする記憶を語りつつ、尼僧院における少女虐待を批判 的に告発する話である。母の死や、父からの虐待など、野溝作品の 定番が揃うなか、父の手で「家畜を叩く」ように鞭打たれた少女の 交錯した想いが吐露され、児童虐待が現在に通ずる普遍的かつ深刻 な問題であることを突きつける展開となっている。 また、 「秋妖」は、七年間会わなかった人と別れた帰途に、 「夕暮 のやうな寂寞」を痛感する「私」の特異な感覚に焦点化した短編で あ る。 母 の 死 後 五 年 を 経 て、 自 分 を 病 床 の 父 を 訪 問 し た「 私 」 は、 そこに充満する母の気配を感じ、父が「私のことばかりは母親の幽 霊 だ と 云 つ て 」 い た こ と を 思 い 出 す。 と 同 時 に、 「 心 」 を 開 か ず に 別れを告げてきたばかりの「七年目に会つた」人に対し、 「愛の心」 を 意 識 す る よ う に も な る。 母 と 彼、 双 方 の 幻 影 に と ら わ れ て い く 「 私 」 の 姿 は、 ま さ に「 灰 色 の 扉 」 で 見 た よ う な 愛 や 結 婚 に 対 す る 二律背反的な葛藤を地でいくものだろう。 このように〈ヌマとクノの物語〉は、各々が独立した作品であり な が ら も、 互 い が 不 在 の 箇 所 を 補 い 合 い、 全 体 と し て ヌ マ の「 心 」 の来歴を立体的に浮かび上がらせる、いわば連作のような作品群と いえるだろう。

おわりに

見 て き た よ う に、 「 灰 色 の 扉 」 は、 ド メ ス テ ィ ッ ク・ バ イ オ レ ン スや児童虐待といった現代にも通ずる問題を取り上げ、暴力が被害 者の心に、ドッペルゲンガーを宿すほどのダメージを与える、きわ めて非人間的なものであることを、象徴的表現により強く訴えた小 説 で あ る。 『 山 梔 』 を 含 む 野 溝 作 品 の 多 く が こ の テ ー マ を 共 有 し、 傷ついた少女の生き難さや内面の葛藤を掘り下げ描くものであった ことは、作品間に共通する語彙や場面設定などから明らかであろう。 野溝が、 「灰色の扉」に見るような恋愛・結婚に対する両義性や、 そ れ ゆ え の「 心 」 の 相 克 を 頻 繁 に 描 き 出 す の は、 一 九 二 七 ( 昭 和 二 ) 年 か ら 翌 二 八 ( 昭 和 三 ) 年 頃 な の で あ る が、 同 時 期 に 彼 女 が、 義 兄 の 友 人 で あ る フ ラ ン ス 将 校 と 恋 仲 に な っ た こ と は、 『 ア ル ス の ノ ー ト―昭和二年早春』 (展望社、 二〇〇〇・七) などに記されている。従 来、 そ の 自 伝 的 要 素 を 云 々 さ れ る こ と の 多 い『 山 梔 』 の み な ら ず、 野溝の作品群には偏差こそあれ、主題から細部に至るまで、彼女の 人生が濃厚に反映していることを思わずにはいられない。 本稿では、野溝の短篇のなかでも、特に〈ヌマとクノの物語〉に 絞り、作品傾向を探ってきたが、それ以外の短篇にも実は、述べて きたような作品世界は通底している。そこには、母からヌマへと引 き継がれた「女の運命と心」が、さらにはクノにも継承され、負の

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連鎖の見られることが描かれていくのであるが、それらに関しては 別稿を期したい。

⑴   野 溝 七 生 子 に 関 し て は、 林 礼 子『 希 臘 の 独 り 子 ― 私 に と っ て の 野 溝 七 生 子 』( 林 礼 子 出 版 事 務 局、 一 九 八 五・ 一 二 )、 矢 川 澄 子『 野 溝 七 生 子 と い う ひ と ― 散 け し 団 欒 』( 晶 文 社、 一 九 九 九 〇・ 一 )、 岩 切 信 一 郎・ 滝 正 人 編「 野 溝 七 生 子 年 譜 」( 『 野 溝 七 生 子 作 品 集 』 立 風 書 房、 一 九 八 三・ 一 二)などにより、彼女の年譜的な事実が明らかにされている。

    ま た、 近 年、 『 山 梔 』 に つ い て 単 独 に 扱 っ た 論 文 と し て は、 橋 本 の ぞ み「 野 溝 七 生 子『 山 梔 』 ―〈 美 し い 魂 〉 の 復 活 へ 向 け て 」( 新・ フ ェ ミ ニ ズ ム 批 評 の 会 編『 大 正 女 性 文 学 論 』 翰 林 書 房、 二 〇 一 〇・ 一 二 ) な ど がある。 ⑵   一柳廣孝 『〈こっくりさん〉 と 〈千里眼〉 ―日本近代と心霊学』 講談社、 一九九四・八 ⑶   小 田 晋 他 編『 『 変 態 心 理 』 と 中 村 古 峽 ― 大 正 文 化 へ の 新 視 覚 』( 不 二 出 版、二〇〇一・一)などに詳しい。 ⑷   五 十 嵐 伸 治 他 編『 大 正 宗 教 小 説 の 流 行 ― そ の 背 景 と“ い ま ”』 論 創 社、 二〇一一・七 ⑸   渡邉正彦『近代文学の分身像』角川書店、一九九九・二 ⑹   前掲の拙稿で論じた。 ⑺   渡邉正彦氏前掲書。 ⑻ 学作品を論じている。 二 〇 〇 八・ 五 ) で は、 こ れ に 触 れ つ つ、 〈 夕 暮 れ 〉 を 扱 っ た 数 多 く の 文   「 山 の 人 生 」( 一 九 二 五・ 一 )。 平 岡 敏 夫『 夕 暮 れ の 文 学 』( お う ふ う、

〈 付 記 〉  野 溝 七 生 子 作 品 か ら の 引 用 は、 『 野 溝 七 生 子 作 品 集 』( 立 風 書 房、 一九八三・一二)に拠り、ルビは省略した。       誌(五)

上智大学国文学科紀要

上智大学文学部国文学科 上智大学国文学論集

上智大学国文学会 湘南文学

東海大学日本文学会 昭和女子大学大学院日本文学紀

昭和女子大学 要 女子大国文

京都女子大学国文学会 叙説

奈良女子大学国語国文学会 人文

鹿児島県立短期大学 人文学報

都立大学人文学部国文学研究室 成蹊国文

成蹊大学文学部日本文学科研究

室 成城国文学

成城国文学会 清心語文

ノートルダム清心女子大学日本

語日本文学会 清泉女子大学大学院人文科学研

清泉女子大学大学院人文科学研 究科論集

究科 全国文学館協議会紀要

全国文学館協議会 専修国文

専修大学文学部国語国文学会 高岡市万葉歴史館紀要

高岡市万葉歴史館 高岡市万葉歴史館叢書

高岡市万葉歴史館 本藻

フェリス女学院大学文学会

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